戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
ああ、もう終わりだ。
この場に観客が居たら、一人残らずそう言っていただろう。
決着は明白で、勝敗は瞭然で、力の差は歴然だ。
音もなく、慈悲もなく、ゼファー達は殺される。
そんな未来が、彼らに歩み寄り手をかけたまさにその時――
「―――」
――光が舞い降りて、迫り来る死を嘲笑うように、ゼファーとマリアの二人を運び去っていた。
その光は、翼の生えた人型の機械人形だった。
光の羽、光の関節、カメラアイも光で出来ていて、体の各部が光で出来ていた。
それは形容ではなく、実際に固形化された光で形成されていた。
知識のない者にも『それは固形化された光なんだ』とひと目で分かる、そんな輝き。
装甲のラインにも光が走っていて、まるで光を動力源にしているかのよう。
浅葱色の光と金色の光が、紫色の装甲にとても綺麗に映えている。
特に金色の光で出来た翼は、見る者の心を魅了する。
神々しさと邪悪さの融合は、堕天使を機械で表現しようとした意匠が見える。
(……この、ゴーレムは……!)
かの者の名は『ルシファア』。
先史の時代、戦女ヴァージニア・マックスウェルと共に戦場を駆けた最強の機械人形。
"灼光の剣帝"の異名を持つ、光のゴーレムである。
(!)
光が奔った。
ゼファーの眼にはそうとしか見えなかったが、実際にはルシファアが光速度にまで加速して攻撃を仕掛け、オーバーナイトブレイザーが"自分より速い敵がいればそれと同じ速度になる"能力を使用し、迎撃しただけのこと。
ゼファーとマリアは文字通り『目にも留まらぬ速さ』で地に置かれていて、ルシファアとオーバーナイトブレイザーによる光速度の激突は、空中にて行われていた。
(なんで次元の戦闘……!)
ルシファアとオーバーナイトブレイザーが低空で衝突するたび、その衝撃波がこの紅い空に焼き殺されていることにゼファーは安堵の息を漏らさずにはいられない。
でなければ、戦闘の余波だけで大規模な犠牲が出ていてもおかしくはなかったから。
第三十五話:現実がキミを壊していく 4
二課の人間はどいつもこいつもしぶとくて、抜け目がなくて、諦めが悪い。
いつからそうなのか誰もはっきりとは言えないが、いつからか皆そうなっていた。
"その男"は仲間に避難誘導を任せ、重大かつ一番危険な任務を任され、戦場を一人走っている。
(急げ)
左手に黒騎士の頭部と下半身と腕を抱え、走りながら目についた黒い欠片を片っ端から拾っていき、ポケットに放り込む。
一分一秒後に死にかねない戦場で、回避や逃走といった選択を選ばずに、拾集しながら"その男"は一直線に駆けて行く。
(急げ……)
男の名は津山。
戦う少年少女の背中に、ツヴァイウィングの背中に感化され、自衛隊から二課に転属した者。
彼はナイトブレイザーの破片を拾い集めて、ゼファーの居る場所に向かって走る。
(急げ!)
そして、胸部と右腕しか残っていない状態でしぶとく這いずり、自分の体の断片を探しているナイトブレイザーを発見した。
(大丈夫ですか!?)
(! 津山さん!)
津山は手話である程度の意志を伝えるが、虫の息なゼファーには音が消えたこの世界で意志を伝える手段はない。
津山の声はゼファーに届くが、ゼファーの声は津山に届かない。そんな構図だ。
(なんて酷い姿に……!)
津山は心配している意志を手話で伝えてくるが、ゼファーはそれに対し津山が想像もしないような、見当違いな感想を抱いていた。
(ああ、やっぱ偽装は上手く行ってたのか。安心した)
ゼファーは、自分が日常の中で上手く人間らしさを演じられていたことを確信する。
壊れた自分の体を見直しながら、ゼファーは心中でホッと息を吐いた。
(今の俺の体より、人間で居る時の俺の体の方が、ずっと酷くぶっ壊れてんだけどなあ……)
今のナイトブレイザーの姿でも、人間形態のゼファーの時の方よりかは、ずっとマシでまともな形を保っている。
それはれっきとした事実であった。
(これ、ナイトブレイザーの破片です。
拾えるだけ拾い集めましたが、全部は……)
(……これだけあれば十分だな。破片を共鳴させて引き寄せてみよう)
津山からの一方的な意思伝達による会話もどきは続く。
今のゼファーに、ブレードグレイスは使えない。
そのためバラバラになった破片と破片の間にエネルギーを流し込み、無理矢理に固着化させ、接着剤と同じ作用を引き起こさせる。
だが、所詮は応急処置だ。
今のアガートラームだからこそ起こせるようになった応急処置でしかなく、軽く殴っただけでバラバラになってしまいそうなほどに脆い、砂の鎧に等しいシロモノにしかなっていなかった。
ゼファーはエネルギーでナイトブレイザーの断片をくっつけながら、そのエネルギーで断片同士に働く引力を発生させ、砕けて散らばった断片を引き寄せ集める。
エネルギーは黒騎士の鎧から滲み出る燐光となり、彼の体表で何度も瞬く。
だがその瞬きは、瞬くたびに次第に弱くなっていく。
その輝きが、命の輝きであるのなら、それが表す事実は―――
(マリアさん、マリアさん)
(……っ、ここは……ああ、なるほど。醜態を見せたみたいね)
(俺ほどの醜態じゃありませんでしたよ)
ゼファーはアガートラームとグラムザンバーのシステム的接合点から、シンフォギアシステムを仲介して、マリアの意識を引っ張り上げる。
物理的にひっぱたくより安全かつ速い手だ。
覚醒したマリアはギアの起動を保ったままであり、今ならまだ歌い直せる。
(行けますか?)
(私は行けるわ。……だけど、そっちがダメなんじゃない?)
(正直、一撃打つのが精一杯ですね)
(なら)
(その一撃に、勝負を賭けましょう。どの道、負けたらおしまいです)
ゼファーは空の上でオーバーナイトブレイザーと切り結ぶルシファアを見つつ、ダメージの深そうなマリアと、そんなマリアの数倍ダメージを受けている自分を使って、どう決定的な一撃を叩き込むのかを考え始めた。
響・未来・クリス・翼・切歌・調という陣営の違う六人が空を見上げ、オーバーナイトブレイザーとその焔を、紅く燃える空と共に見つめる。
ゼファーとマリアがコンビネーションアーツを命中させたと思えば、エネルギーの炸裂と閃光により皆の視界が一瞬潰れ、気付けばルシファアが代わりに戦っていた。
ゼファーとマリアがどうなったのか、彼女らの視点では分からない。
だがルシファアが彼らの代わりに戦い、彼らの姿が戦いの中に見えないことから、状況が悪化したことだけは見て取れる。
(私達には、何も出来ないの!?)
響は空を見上げて歯を食いしばった。
融合症例であり、他の装者と違って体内にシンフォギアシステムがある響ですら、『波』が殺されるこの空の下では聖詠を紡げない。
どうすればいい? 何をすればいい? このまま見ているだけでいいのか?
響の胸の内にある葛藤は、この場の全員の胸の内にある葛藤だ。
そんな中、調は一人ステージの会場に戻って採点者が使っていたペンとメモ帳を回収し、装者達に筆談で話しかける。
(ある。私達にも、やれることはある)
(え?)
調は装者達の袖を引っ張り全員の視線を集め、メモ用紙に絵図と数字を書いていく。
専門的な用語や計算が多数そこには書かれていたが、調はそれを学の無い者にも分かるような形で書き記していく。
それは、"この状況でシンフォギアを起動させる唯一の方法について"の説明だった。
『どうすれば』、『何ができるか』を装者達は理解していく。
調の書いた絵図の中では、四人の人間から一人の人間に向かって四つの矢印が伸びていた。
(あたしらが作れるフォニックゲインを一点集中。
で、一人分の聖詠を保護して、ギアを起動するってわけか)
(そう)
(理論上は可能、か)
調が提示した手段は、適合者が体内で生成できるフォニックゲインを束ね、適合者が口にする聖詠を保護し、ギアを起動させる……というものだった。
多量のフォニックゲインで声を保護すれば歌うことができるというのは、戦場から響くマリアの声のおかげで既に立証済みだ。
なればこそ、適合者のフォニックゲインを束ねれば、聖詠程度の短い歌ならば歌えるかもしれない。調はそう言っていた。
(……私達二人は、時限式の適合者。
あなた達三人のように、生身一つでたくさんのフォニックゲインは作れない)
(何?)
(計算では、おそらく起動させられるギアは一つだけ。
その後は全員、フォニックゲインを絞り出したせいで二個目の起動まではできないと思う)
クリスは以前、半年ほどかかってソロモンの杖を再起動させた。
何故半年もかかったのか?
それは、適合者が絞り出せる単位時間当たりのフォニックゲインには限りがあるからだ。
生身でオーバーナイトブレイザーの力を跳ね除けるだけの力を振り絞れば、もう一度別のギアを起動させられるだけの力はすぐには戻るまい。
切歌と調が第一種適合者であれば二つほど起動できたかもしれないが、そうでない以上、この五つのギアの中で起動できるのは一つのみだろう。
(そう、だったのか……)
翼は調と切歌がLiNKERを必要とする第二種適合者……"奏と同じ適合者"であることを知り、不思議な親近感を覚える。
調と切歌が装者としてあまりにも強かったがために、翼はその可能性を全く考えていなかった。
だがこうして調が『一人しか送れない理由』を伝えるために、自分達の弱点を明かす誠実さを見せて来ると、敵であるというのに親近感が増してしまう。
翼は少し思考した後、調が筆談に使っているメモ用紙を翼も使い、筆談での会話を始める。
(しかし、凄いな。
これだけでもシンフォギアシステムとフォニックゲインの特性を熟知しているのが分かる。
ブランクイーゼルの者達は皆こうなのか? 櫻井女史と比べても遜色無さそうに見えるが)
(これから先戦うかもしれない相手に情報を漏らすと思う?)
(もっともだ)
教科書を丸暗記したような、ガワだけの理解ではない。
完璧に理解しているからこそ、噛み砕いて分かりやすく説明できるのだ。
翼はブランクイーゼルが装者ですらこのレベルの知識を持っていることに驚き、素直な賞賛と敬意を向ける。
翼の知る限り、ここまで難しいことをここまで分かりやすく説明できたのは、今はどこにいるかも知れない
(と、なると、送れるのは一人だけ。この中から一人だけか……)
翼は顎に手を当て、悩む。
天羽々斬、ガングニール、イガリマ、シュルシャガナ。
今ここに装者とギアがセットで揃っているのはこの四つだけだ。
戦場に送り出すならば、当然この中でも頭一つ抜けて強いイガリマかシュルシャガナとなるだろう。
(問題なのは、彼女らを信じて良いのかどうか、ということだ)
……だが、二課とブランクイーゼルは敵対関係にある。
もしも調か切歌のギアを起動させ、彼女らがここで暴れ始めてしまえば、二課の装者達は全員抵抗すらできないままやられてしまうだろう。
その可能性は0ではなく、そのリスクは無視できない。
迷う翼に、調はメモに書いたシンプルな文字列を突き付ける。
(信じて)
調はその文字列を見せながら、翼の眼を、響の眼を、クリスの眼を見る。
裏切りはしないと、言葉を尽くすでもなく、利を語るでもなく、眼で伝える。
(向いている方向は違うけど、私達。守りたいと願うものは、同じだと思う)
続いて書かれた調の言葉に込められた真摯な気持ちを、三人は感じ取る。
世界を守る。人を守る。友達を守る。
『守るために戦う』という点において、二課もブランクイーゼルも何も変わらない。
調達はただシンプルに、正義では守れないものを守ろうとしているだけだ。
その過程で、認められるものと認められないものがあるだけで。
選んだ道が違うというだけで。
彼女らは何か一つボタンがかけ違えれば、同じ道を行っていたかもしれない者同士である。
戦う理由さえなければ、彼女らはいつか友達になれる、友達の友達という関係なのだから。
翼はマリアと刃をぶつけ合った時、マリアに対し感じたものと同じものを、調の真摯な瞳の向こう側に感じた。
(信じるよ)
メモ用紙に言葉を書き、誰よりも先に調の求めに応えるは響。
響は和やかに笑い、調の手を取った。
言葉よりも強く、繋いだ手から伝わるもの。響は彼女らしいやり方で、彼女らしい選択と意志を調に伝え渡していた。
お互いのことをよく知っているというわけでもないのに、調のことを信じきっているかのような響の笑顔を見て、調は逆に戸惑ってしまう。
そんな響と調を見て、翼とクリスはどちらからともなく笑う。
(ならば今日ばかりは、力を合わせるとしよう)
翼がメモ用紙にそう書くと、翼とクリスもその手を伸ばす。
伸ばされた二人の手が、調の手と響の手の上に重なった。
ニカッと笑った切歌が最後に手を重ねると、五人の装者の手が重なる形となる。
未来は一人、祈るように手の平を合わせた。
「―――」
誰を送り出すかなんてことは、相談するまでもなく。
五人は揃って口を開き、音は響かずとも心の内に歌を紡ぐ。
そうして発生したフォニックゲインを、繋いだ手から一人に集める。
集められた五人分のフォニックゲインを、聖詠という名の短い歌に、彼女は乗せた。
「
なけなしのフォニックゲインが紅い空からの干渉を弾き、調の声を調のシンフォギア、シュルシャガナへと確かに届ける。
歌える、と調の胸に確信が浮かんだ。
《《 》》
《 鏖鋸・シュルシャガナ 》
《《 》》
そして調は頭部ユニットに飛行能力を持たせる『緊急φ式・双月カルマ』を発動し、適合者達に背を向けて飛び上がる。
そして胸のモジュールに触れ、体の負荷など考えず、イグナイトの力を全て開放した。
(イグナイトモジュール、抜剣! オールセーフティ―――リリースッ!)
ゼファーを倒した時の
そう何分も戦えない代わりに、絶大な力を振るう形態へと至る。
結果、調の飛行速度は、クリスのミサイル並みの速度へと加速した。
調の視線の先では、撃墜されたルシファアが地に落ちていく。
……オーバーナイトブレイザーがこの地に現れてから、この数分でどれだけの攻防が交わされ、どれだけの味方がオーバーナイトブレイザーに落とされたことか。
敵が強すぎるがために、人間側は同時攻撃を仕掛けたくとも、せいぜいが波状攻撃、最悪戦力の逐次投入という形になってしまう。
誰も味方が居ない中、月読調はたった一人でオーバーナイトブレイザーに立ち向かう。
(オーバーナイトブレイザー)
ルシファアが落とされた結果、オーバーナイトブレイザーの速度は光速から元に戻る。
その瞬間を逃さず、調は小型の丸鋸を1000個発射した。
発射された小型の丸鋸は数珠のように並び、瞬時に反応したオーバーナイトブレイザーのガードの上に激突する。
すると数珠のように並んでいた丸鋸達はほぼ同時に衝突し、後ろの丸鋸が前の丸鋸を押しながら衝撃を伝えるという構図が999箇所で成立、1000個で1000倍の威力という構図が完成する。
1000倍の衝撃に空いたガードの隙間に、調は大型の丸鋸を叩き込む。
シンフォギア相手ならばこれだけで真っ二つにできる威力があったが、これでもなお、オーバーナイトブレイザーの装甲にはかすり傷一つ付いていない。
だが、調はそんな圧倒的防御力を見てもなお、気後れした様子を見せてはいなかった。
(さあ、素敵に潰し合いましょう)
対応力、応用力に優れ、防御という一ジャンルにおいて、ギア性能を差っ引いても装者随一の技能を持つ月読調。
彼女は全身全霊の全てをかけて、オーバーナイトブレイザーに挑む。
その時、何故か。
調の赤紫の透き通った瞳が、重厚な黄金のような金色に変わっていた。
ルシファアは頑張った。
かつてアースガルズとセトと共に戦い、その上で勝てなかった相手に対し、たった一機で挑んだのだ。勝てるはずもない勝負に、ルシファアはとことん食い下がった。
光の速度で切り結び、光の速度で飛び道具を撃ち落とし合い、光の一撃を幾度と無く放つ。
ゼファーとマリアのコンビも健闘したが、ルシファアの方が長く喰らいついていたようだ。
僅かなりともダメージを与えながら、ルシファアは貴重な時間を稼いでみせた。
その果てに、最強のゴーレムは敗北を叩き付けられる。
光の羽は全てもがれ、装甲はボロボロ。
概念攻撃により、目に見えている損傷以上にルシファアの損傷は大きいだろう。
自己再生能力がいくらかあるとはいえ、この戦いが終わるまでの間に直ることはあるまい。
だが地に落ちたルシファアはなお戦おうとしているのか、フォトンボウガンを構える。
撃てるのはおそらくあと一発。たった一発。それだけだ。
それが最強のゴーレムと呼ばれたこの機体に、最後に残された力。
この一発を撃ってしまえば、ルシファアは帰還用の僅かなエネルギーを残して、全てのエネルギーを使い尽くすことになるだろう。
どこで撃つか? どこに撃つか?
無駄撃ちはできない。
空にはオーバーナイトブレイザーに追い詰められていく調の姿があった。
ルシファアはフォトンボウガンの先をオーバーナイトブレイザーに向け、仲間を助けるか、敵を追い詰めるか、追い詰められた敵を仕留めるか、いずれにせよ"自分が撃つべき時"を待つ。
イグナイトの力の全てを開放しても、調一人ではマリアの強さにも及ばないだろう。
人間性を失った対価に力を手に入れた今のゼファーと互角、といったところか。
それではゼファーとマリアのコンビを一蹴し、かのルシファアをも屠ったオーバーナイトブレイザーを相手にして、勝てるわけがない。
(くっ……!)
だが調は、意外と粘る戦いを見せていた。
頭部ユニット、両手のヨーヨー、刃に変わるスカート、足裏のローラーを武器にするなど、徹底して手数でしのぐ。大丸鋸の頑丈さなど、彼女は防御面でも極めて優秀である。
実力差を考えれば、攻めの手を一手打たれただけで負ける可能性が最も高かった。
調の実力をよく知るブランクイーゼルの人間ならば、三手以上は絶対に保たないと断言したはずだ。
なのに調は、オーバーナイトブレイザーの攻め手を五手もしのいでみせた。
そして六手目で、ようやく詰みの流れに入る。
(ぐッ!?)
調の大丸鋸によるガードを、オーバーナイトブレイザーが強烈に蹴り込む。
音速の数倍という速度も出せるクリスのミサイル、それと同等の速さを平気で出していた調が、蹴り飛ばされた衝撃と速度で意識を飛ばしかけた。
戦闘機の急発進の際にかかるG程度とは比べ物にならない、脳や内臓が引っ張られる感覚。
シンフォギアの生命維持機能がなければ、たったこれだけで調は死に至っていただろう。
これは箱の中に豆腐を入れて思いっきりシェイクするのと、そう変わらないからだ。
歯を食いしばり、飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止める調。
蹴り飛ばされた調と、高速で飛翔するオーバーナイトブレイザーは、一瞬でリディアン上空から離れぶっ飛んでいく。
次の追撃で調は終わる。
オーバーナイトブレイザーが情を見せるわけもない。
絶体絶命……だが、運命が最悪でも、敵が最強でも、一生懸命な調に"幸運の女神"だけは微笑んでくれたようだ。
調が飛んで行った先に、一機のヘリが浮かんでいる。
そのヘリから何者かが飛んで、否、跳んで来て、オーバーナイトブレイザーに飛び蹴りを放つ。
完璧な奇襲を行ったその男の容姿に、月読調は見覚えがあった。
(……風鳴、弦十郎!?)
その身一つで競うのならばまごうことなく人類最強。
風鳴弦十郎の飛び蹴りは、命中せずとも超音速機が飛行時に発するものに近い衝撃波を生みながら、オーバーナイトブレイザーに蹴りの物理的衝撃を叩き込む。
完璧な奇襲であったというのに、オーバーナイトブレイザーはそれに対し超反応。
弦十郎の飛び蹴りに対し拳を瞬時に合わせ、弦十郎を逆に殴り飛ばした。
弦十郎が空では自由には動けないとはいえ、アースガルズとも互角に殴り合い、格闘戦特化のディアブロに勝っていたこともある弦十郎が、真正面から競り負けた。
そのことに、ヘリのパイロットは驚きを隠せない。
オーバーナイトブレイザーのパンチで足を殴られた弦十郎は、そのまま空中で勢いを殺しつつ、中国拳法の秘奥"
奇襲への対応ですらこうなのだ。
オーバーナイトブレイザーが弦十郎の存在に気付いた今、弦十郎が先程と同じように攻めたところで、今度はネガティブフレアを使ったカウンターが待っているだろう。
弦十郎はヘリに着地してから再度跳躍する準備が整うまでの一瞬で、どう攻めるべきかを考えに考える。
(今ので防がれるのなら、どうする!? 次の手は―――)
だがそこで、吹っ飛ばされている調が彼の目に入った。
蹴り飛ばされた調を、オーバーナイトブレイザーは追って来て、その先にヘリが居た。
なればこそ、今弦十郎とオーバーナイトブレイザーの間には、吹っ飛ばされている調が居る。
そして、調は自分の拳を胸に当てる。
まるで「任せろ」とでも言うかのように。
それを見て、弦十郎はニッと笑った。
(任せたぞッ!)
弦十郎が跳ぶ。
調が体を丸めて団子にし、体を折りたたむ。
弦十郎が足裏を調に向ける。
調が足裏を弦十郎の足裏に合わせる。
そして、弦十郎と調の脚力が重ね合わされ、調の軽い体が吹っ飛んだ。
オーバーナイトブレイザーに蹴り飛ばされて吹っ飛んでいた調は、今度は弦十郎に蹴り飛ばされる形で吹っ飛び、180°反転。
弦十郎に気を引かれ、調がそういう風に飛んで来るなどと思っていなかったオーバーナイトブレイザーの至近より、攻撃を叩き込まんとする。
「
月読調の放つことができる最強攻撃、『絶唱』を。
「
シュルシャガナの絶唱特性は無限軌道から繰り出される果てしなき斬撃。
そして調個人の影響でそこに加えられる絶唱特性は、『肉体の代行』。
細い足の脚力の無さを補う機械的機動力を、細い腕の腕力の無さを補う機械的パワー、それらの"調のシュルシャガナ"の特性を、絶唱は一つの形へと結実させる。
それは、『黒く巨大な人型ロボ』だった。
15mはあろうかという、イグナイトの力も乗せたフルメタルのブラックロボ。
調が搭乗するためだけにデザインされたそれは、調の操作を受けて動き、その全身から数えきれないほどの刃を発し、オーバーナイトブレイザーへと襲いかかった。
弦十郎に蹴り飛ばされた調のスピード。
オーバーナイトブレイザーの飛翔のスピード。
両者は高速で接近し、信じられない速度で攻撃し合いながらすれ違う。
その果てに、今の調が掴み取れた結果の中では、最良の結果が得られることとなった。
調の絶唱ロボは粉砕され、切られ、灼かれ、調の腹にも一撃が叩き込まれる。
対しオーバーナイトブレイザーは全身のいたるところに僅かな切り傷が残っているものの、致命傷は一つたりとも見られなかった。
(あっ……くッ……!)
しかし、オーバーナイトブレイザーに確かなダメージが通り、確かな隙が出来る。
調はダメージを喰らって落下していくが、これでこの戦いが終わり、なんてことはない。
このチャンスに、調が命懸けで作ったチャンスに、皆が便乗した。
(!)
ルシファアがフォトンボウガンを発射する
フォトンボウガンは光の速度による攻撃だ。
オーバーナイトブレイザーが反応し、ルシファアと同速度になり、回避しても間に合うかどうかは半々……そう読んだルシファアの攻撃だったが、光の攻撃はギリギリ回避されてしまう。
オーバーナイトブレイザーは『人間』を恐れながら戦っている。
ゆえに回避できてしまったのだ。
ルシファアの攻撃を回避し、元の速度に戻ったオーバーナイトブレイザー。
だがその黄金の背中に、回避行動を読んでいたかのように飛んで来た"ヘリが衝突"していた。
(当たれええええええええええッ!!)
ヘリが飛んで来て体当たりをしたのか?
いや、違う。そんな遅いものがオーバーナイトブレイザーに当たるわけがない。
調を蹴り飛ばした弦十郎が空中で足を振り下ろして加速落下し、地面を蹴って再跳躍、パイロットがパラシュートで脱出したヘリを空中で掴み、全力で投げたのだ。
弦十郎の筋力で振り回されたヘリは空気抵抗でローターがバキバキになりつつも、投げられた後は空気抵抗を抑えながらオーバーナイトブレイザーに向かい、衝突。
4tの重さを、黄金の背中に叩き付けていた。
ダメージこそないものの、オーバーナイトブレイザーの足が止まる。
そこに、地上から暗色の虹が飛んできた。
(―――!)
正二十面体の形で飛んで来たネガティブ・レインボウを、オーバーナイトブレイザーは必死に回避する。
フォトンボウガンの回避直後に弦十郎の投擲をくらってしまい、オーバーナイトブレイザーはもう余裕を持った回避ができるだけの余裕が無い。
遮二無二回避し、なんとか絶殺の攻撃を回避した―――かに、見えた。
(この瞬間を、待っていた)
マリアに遠隔操作された暗い虹色の正二十面体が、回避したオーバーナイトブレイザーの真横で開き、展開される。
開かれた正二十面体の中には、ナイトブレイザーが居た。
マリアは跳躍したゼファーの周囲をネガティブ・レインボウで包み、あたかも自分がネガティブ・レインボウで攻撃したと見せかけ、ゼファーを敵の至近距離にまで運んだのだ。
オーバーナイトブレイザーは距離を取ろうと飛翔するが、もう遅い。
(貫けッ!)
ゼファーの手に握られたナイトフェンサーが、彼の中に残された僅かな力を吸って、その長さと威力を引き上げる。
伸びた光熱剣の切っ先はオーバーナイトブレイザーの顔面に直撃。
されど、その顔面を貫ける気配は全く無い。
そこで瞬時に反応し、最適解を出して来るのがマリアという女傑だった。
正二十面体を構成していたネガティブ・レインボウがほどけ、ゼファーのナイトフェンサーに纏わりつき、同様にオーバーナイトブレイザーの顔面に直撃する。
オーバーナイトブレイザーの顔は特に頑丈な作りになっているのか、それともネガティブフレアを顔周りに集めて防御しているのか、いずれにせよ、刃の切っ先はなおも敵を貫けない。
(撃ち抜けえええええええええええええッ!!!)
ゼファーとマリアの渾身の一撃を防御しながら、オーバーナイトブレイザーの右手が光る。
邪悪に煌めくネガティブフレアが、そこに握られていた。
オーバーナイトブレイザーは自分の頭を守りながら、余った力で小規模ながらも焔で反撃しようとしているのだ。
平時のオーバーナイトブレイザーの攻撃ほどの威力はないだろうが、それでも体が継ぎ接ぎな今のゼファーならば、一瞬で死に至らしめるほどの威力があるだろう。
(あと少し……あと少しなんだッ……! ここまで来て、負けられるかッ!)
迫り来るいくつもの焔を見ながら、ゼファーは痛みに耐える覚悟を決め―――自分の腰を抱き締める誰かの腕の感触と、焔を防ぐ大きな丸鋸を見た。
(シラベ!?)
(死なないで)
彼を守ったのは、文字通りに飛んで来た月読調その人だった。
だが、彼女も万全の状態とは言い難い。
彼女が彼の腰に抱きついているのは、ゼファーにくっついていなければ、もうこれ以上飛ぶ余裕が無い調は地に落ちてしまうからだろう。
見れば、大型の丸鋸も焔に溶かされていて、長くは保ちそうにない。
息も切れ切れな今の調では、盾となる丸鋸の再生成などできはしないだろう。
この丸鋸が燃え尽きた時、調はゼファーと心中する形で、二人纏めて焼き尽くされる。
それを承知で、調はここに来てくれたのだ。
地上でマリアが膝をつく。
ダメージで飛びそうな意識を無理矢理に繋ぎながら、マリアはネガティブ・レインボウを維持。
友と掴む勝利のために、命を削る覚悟で再度立ち上がる。
ゼファーを背後から抱き締める調が、ガクリとうなだれる。
首を上げる力も残っていないというのに、調は丸鋸の盾を維持しながら、決死の想いでゼファーに激励の言葉を囁く。
(私が守るから……だから、勝って!
あなたを殺すかもしれないこいつを、ここで、倒して!)
(……ああ!)
『友情』が、彼の背を押した。
(……ぶった――)
ナイトフェンサーが、最後の最後まで絞り出された力を吸って、とうとうオーバーナイトブレイザーの頭部を貫く。
(――斬れろおおおおおおおおおおおおおッ!!!)
そしてそのまま、ネガティブ・レインボウを纏ったナイトフェンサーが、振り下ろされる。
オーバーナイトブレイザーは真っ二つに切り裂かれ、体を左右に切り分けられる。
ゼファーは更に追撃の一閃を横に振る。
縦一閃の後に振るわれた横一閃が、最終的にその黄金の体を四分割した。
オーバーナイトブレイザーは四つに切り分けられた。
そのダメージからか、燃え尽きそうな空も元に戻っていく。
普通の敵ならば、ここで決着だった。
だが、オーバーナイトブレイザーは普通の敵ではない。
オーバーナイトブレイザーは四分割されてなお、四分割された体の断面から触手を伸ばし、再生しようとする。
「……とんだ化け物だよな、お前も。だが!」
調がゼファーの体にしがみつく力を失い、落ちていく。
ゼファーはそれを左腕で抱え直す。
地上でマリアが咳き込み、最後の力まで使い果たしたことを示す。
ネガティブ・レインボウの援護も、もう望めないだろう。
弦十郎は遠く、ルシファアにもうエネルギーは残っていない。
戦いの中、仲間達が脱落していく中……それでもゼファーは、戦い続ける。
ゼファーは左腕で調を優しく抱え、右拳を強く握り込む。
視界はチカチカとしてもう役目を果たしておらず、ARMを使って敵の位置を見定める。
強く踏み込み、足裏で焔を爆発して、跳ぶ。
拳が狙うは、オーバーナイトブレイザーの断片達が伸ばした触手の、その接合点。
四つの断片の丁度中間地点、触手の集まるその場所に、ゼファーは全力の拳を叩き込んだ。
「喰らえ、俺達の―――絶招をッ!!」
拳の威力、炸裂する焔の威力が、物理的ダメージと概念的ダメージを同時に叩き込む。
オーバーナイトブレイザーは、ゼファーを見ていた。
腕をちぎった。
頭をもいだ。
下半身と上半身を切り分けた。
胴体を蹴り砕いた。
傷めつけられるだけ傷めつけた。
戦える仲間だってもう居ない。
なのに、なのに、一人だけ立ち向かってくるゼファーを見て、どれだけ傷めつけても折れないゼファーを見て、こうして自らの命を脅かすゼファーを見て……オーバーナイトブレイザーは、心底ゼファー・ウィンチェスターという『人間』を、恐れていた。
地上に降りて、ゼファーは変身を解く。
「はぁ……ハァ……はぁっ……!」
四つん這いになろうとしたが、腕がテクスチャとポリゴンが崩れた立体データのように崩壊してしまう。腕が消えたことで、ゼファーは顔面から地面にぶつかってしまった。
「痛っ……!」
崩壊した腕を、ゼファーは『腕のデータ』を脳内で組み立てオーバーライドし、力技で腕のデータを再定義する。これで時間が経てば、自然と腕は再生されるだろう。
ナイトブレイザーとしての体も、時間が経てば次第に再生されるはずだ。
ゼファーは横に置いた調が気絶していることに気付き、その息を手探りで確かめつつ彼女の気配から命に別条はないことを確認する。
そして、空の向こう側に飛んで逃げていくオーバーナイトブレイザーを、見送った。
(……生き延びられたことを喜ぶべきか、倒せなかったことを悔やむべきか……)
あれだけやってもなお、オーバーナイトブレイザーは倒しきれなかった。
あくまで体感だが、与えられたダメージも二年前のそれに及ばないだろう。
オーバーナイトブレイザーがビビって逃げた、といった印象だ。
あれほどに高位の存在ともなれば、目に見える体の損壊がダメージを正確に計る指標にはならない。体を四分割されてもすぐに再生してきたのがその証拠だ。
いずれまた来るだろう。
それも、今度は二年なんて長期間ではなく、もっと短いスパンで来るはずだ。
ゼファーがクラクラしてくる頭に喝を入れていると、足音が彼の横にまで近付いて来て、その足音の主が調を抱え上げた。
「お疲れ様」
「マリアさん……」
長居は無用と言わんばかりに、マリアは調を抱えてこの場を去っていく。
撃退を喜びながら話すにしても、殺せなかったことを嘆いて愚痴るにしても、ゼファーと長々と話していては、余計な情を抱いてしまう気がして、言葉少なにマリアは歩いていた。
だが、情に流されやすいのがマリアという優しい女性だ。
彼女は一度だけ足を止め、一度だけ言葉を彼に向けてしまう。
「……その、あなたの、体は……いいえ、なんでもないわ。
明日から私達は仲間でも戦友でもなんでもない。それを覚えておくことね。
それと投降はいつでも受け付けるわ。長生きしたいのなら、早く私達の下に来なさい」
マリアの背中が見えなくなるほどに、遠くにまで行った。
それを感じ取ると、ゼファーは指で眼をこする。
痛みがない。感触がない。視覚がない。
彼の眼は、その機能の全てを失っていた。
「……う」
そんな中、彼の携帯電話が鳴る。
ゼファーは自分の耳はまだ正常に機能している、ということを再確認。
血も流れていない、厳密には細胞で出来てもいない、動くだけの腕で携帯を取る。
「はい、こちらゼファーです」
『ゼファー君!? やった繋がった! そっちに何か被害は出ているかい!?』
「サクヤさん? いえ、調べてみないと正確には分かりませんが、こっちで被害は出ていません」
『よかった……いや、よかったのかは分からないけど。ともかく、一安心だ……』
「どうしたんですか? そっちで何か?」
藤尭朔也の声に、ゼファーは嫌な予感が止まらない。
誰もが分かっていたことがある。
だが、分かった上でそうしていなければ、最悪の事態に転がっていた場面は何度もあった。
今日とてそうだ。
そうしていなければ、最悪の事態もありえた戦いだった。
それでも、"それ"は分かっていた可能性だったのに。
『本部に襲撃だ! ワイルドアームズチームも、司令も、どっちも居ない時を狙われた!』
「―――!」
風鳴弦十郎が本部を離れることに、リスクがあることなんて、皆分かっていたはずだったのに。
「被害は!?」
『デュランダルを持って行かれた……!
他聖遺物は全部無事だ! ソロモンもネフシュタンも神獣鏡も!
でも、どう盗られたかすら分からないレベルなんだ!
偶然セキュリティに敵さんが引っかかった、程度の情報しかこっちには残ってない!』
「それはどういう……?」
『間違いなく聖遺物の力だ!
それだけじゃない、行き掛けの駄賃とばかりに本部も壊されてて……』
「被害は!?」
『死人は出てない。でも、怪我人が何人か居る。クソ、ウェル博士め……』
「……!」
ゼファーは朔也の口から下手人の名を聞き、息を呑む。
そこで、ゼファーの携帯電話に別の番号からの着信が入って来た。
「サクヤさん、そっちの件に緊急性は?」
『急いで帰って来て欲しい……と、言いたいところだけど。
君がここでそう聞いて来るってことは、そういうことなんだろう?
極力急いで欲しいけど、こっちの件に緊急性はないと考えてくれていい。
ウェル博士が本部を出て行ってから数分経ったけど、再襲撃の気配もないと思う』
「分かりました。
五分後にもう一度こちらの状況を整理してそっちに連絡入れます。
こちらで装者と司令を拾ってから、本部に帰還しますね」
『了解!』
ゼファーは思考を高速で回しつつ、通話中にかかってきた番号にかけ直す。
彼の携帯にかかってきた電話は、響からのものだった。
『ゼっくん! 未来が、未来が!』
「ヒビキ、落ち着いてくれ。順を追って話してくれ。何があった?」
開口一番不安にさせてくる響を落ち着かせながら、ゼファーは焦燥に染められ始めた思考を律して、意図して電話の向こうの響をなるべく落ち着かせられる声色を作る。
『調ちゃんを送り出して!
もうできることはないからって、皆で避難してて!
邪魔にならない所に行こうとしてたら、ぼうっとしてきて……!』
皆が揃って眠ったならば、それは外部から誰かの干渉を受けたという証明に他ならず。
『気付いたら皆眠ってて! 切歌ちゃんが居なくて!
未来が……未来も、どこにも居ないの!? どうすればいい!?』
響の声が、想像もしたくないようなことが起こった現実を、彼らに突き付けていた。
マリア・カデンツァヴナ・イヴが、彼の襟を掴んで壁に叩きつける。
ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスが、彼女に襟を掴まれ叩き付けられる。
調、切歌、マムを含むブランクイーゼルの誰もが、それを見ていた。
誰も止めない。
誰も止めようとしない。
それどころかマリアに加勢してウェルを殴ろうとしている者まで居た。
「お前は……クズだ!
皆、みんな命をかけていたのに! 必死だったのに!
お前だけが、お前だけがそれを利用して火事場泥棒のような真似を……!」
ウェルの後ろの檻の中では、ネフィリムが何かを食っている。
壁際の担架の上には、眠らされ手錠をかけられた少女……小日向未来が眠っていた。
彼が語るまでもなく、一目瞭然な彼の所業の成果がそこにあった。
ゼファーが、装者達が、人を守るために命をかけて戦っていた、その横で。
ウェルは二課本部を襲撃して欲しいものを奪い、調に協力してくれた装者達を眠らせ、ゼファーが大切に思う人間をさらって来たのだ。
彼は人類が一丸となって戦うべき相手を前にして、皆と一緒に戦うことを考えもせず、どこ吹く風で強盗と誘拐を行っていたのである。
「嫌だなあ、敵対組織から聖遺物をかっぱらってきただけじゃないですか」
「ふざけるなッ!」
「ふざけてるのはどっちです? なかよしこよしでどうにかなると?
違うでしょう。僕らは特異災害対策機動部二課を潰し、蹂躙し、世界を従えるんですよ?」
そのため、ウェルの味方はこの場にただの一人としていない。
にもかかわらず、ウェルは詭弁を弄し続ける。
「使えそうないい人質もゲット。いいことばっかじゃないですか」
「お前は、どこまで性根が腐っているんだ!?」
マリアの激怒の声に、ウェル以外の誰もが同意していた。
「これではまるで、騙し討ちだ……!」
「騙し討ちぃ? 誰が誰を騙したんです?
和平なんて持ちかけた覚えはないですし、油断した方が悪いんですよ。
世界の命運をかけて戦っているのに、いい子ちゃん気取って不利になる方がアホでしょ?」
「……っ」
「世界のために悪を貫くのがどうのこうのって主義主張は、もう捨てたんですかぁ?」
だがウェルは切って捨てられない理を内包した、一種の正論を語っている。
ブランクイーゼルは手段を選ばず、世界を救うために悪を成す組織である。
そういう意味で、二課本部を襲撃して聖遺物を奪うことも、目障りな者達を黙らせるための人質を確保することも、間違ってはいないのだ。
ブランクイーゼルと二課は正式に手を取り合ったわけでもない。
現場でゼファーとマリアが、調と切歌と二課装者達が、信じ合い手を取り合っただけだ。
それだけの関係でしかなく、"騙し討ち"でもなんでもないと言うウェルの言葉にも、確かに理はあるだろう。
人の情を排して考えれば、確かにウェルの言うことにも一理はあるかもしれない。
ただ、今日にウェル博士が騙し討ちに近い強襲を行ったことで、二課とブランクイーゼルの間には決定的な不信が根付いてしまった。
もはや、対等の立場で手を組むことは不可能だろう。
「第一、あなた達は僕がどうやってオーバーナイトブレイザーの行動を予測したのか。
その辺も知りたくて知りたくてたまらないんじゃないですか? そうでしょう?」
「それは……!」
「なーら僕をここから叩き出すのは当然無し。
僕の機嫌を損ねるのも当然アウトだ。違います?」
「ぐ……!」
「ほらほら、この手を離して下さい」
マリアが悔しそうに、ウェルの襟を掴んだ手を離す。
ウェルは腹の立つ半笑いを浮かべながら、服の表面をパンパンと払う。
「第一、僕がルシファアを向かわせてた上、あそこには彼が居たんです。
なら負けるわけがないでしょう? あんな強いだけのチキンじゃ、心の強さで勝てませんよ」
「……! お前、まさか全部予想通りだと……全部、仕組んでいたと……!?」
「いやだなあ、こうすればこうなるだろうと信じてただけですよ。
仕組んでいただなんて人聞きの悪い。勝てる舞台を用意しておけば、英雄は勝つものですよ?」
ウェルは信じられないものを見るような目で見てくる周囲を見渡して、指を鳴らす。
すると"デュランダルを食べ終わった"ネフィリムが顔を上げ、自分を閉じ込める檻を食い破り、そのまま壁を食い破って空母の外へと飛び出していく。
空母の外には、海しかない。
「何!?」
「さあ、ご覧ください」
そしてネフィリムが飛び込んだ海の辺りが泡立ち、蒸気が噴出し、海が途方も無い熱とエネルギーで真っ赤に染まっていく。
「グラウスヴァインを!
デュランダルを!
アガートラームと、融合症例を!
必要なピースを全て揃え、ネフィリムはあらたなるステージに到達した!」
そして、海より『それ』は現れた。
最高位の竜の心臓。
無尽のエネルギーを吐き出す永久機関たる聖剣。
至高の聖遺物たるアガートラーム。
それら全てを取り込んだ"生きた増殖炉"たるネフィリム。
それは、50mを超える大怪獣だった。
人と変わらないサイズであってもシンフォギア装者を上回る力を持ち、力とサイズの相関関係を保ったまま、50mサイズにまで成長したバケモノだった。
超巨大なその体躯もさることながら、その背にはウェルがカ・ディンギル跡地にてネフィリムに食わせた破片から、ネフィリムが再構築したカ・ディンギル砲塔が備わっている。
おそらくは一門だけで、月さえ跡形も無く粉砕することが可能な荷電粒子砲。
それが巨大なネフィリムの背に、二つセットで備わっていた。
ネフィリムが咆哮し、海が揺れる。
ただの咆哮が海を揺らし、海に浮かんでいる空母をも揺らし、皆立っていることすらできない。
そんな中、ウェルはただ一人、とても愉快そうに笑っていた。
「ははははははははははははッ!!!」
英雄の在り方を知り、英雄のように世界の在り方を変えることを望み、英雄のように人々を先導することを願い、その根本が英雄とは絶対的に相反する、歪みを内包する者が居たのならば。
それはどこまでも英雄と対極であり、英雄とは相容れぬ者となるだろう。
英雄が世界を支える力であるのなら、それは世界を滅ぼす力。
英雄の反存在。
其は人にあらず、獣のように理性ではなく情動で生きる。
刹那的に、衝動的に、人の未来よりも自らの欲求を満たすために生きる。
かの者の名は
人の内から現れて、人の滅びに直結することもある、獣のような人間。
「立て、『ネフィリム・ディザスター』!
今日の戦いでも倒せなかったアレを、僕が育てたお前が倒すんだッ! ひゃはははははッ!」
彼が災厄の獣たる理由は、単純明快だ。
彼は自分が英雄になるためならば、他人がどうなったっていいからだ。
彼は自分が英雄になるためならば、世界だって犠牲にできるからだ。
そして自分が英雄に英雄になれないと確信した瞬間、この世界ごと道連れに心中しようとするような、そんな人間だからだ。
倫理観がぶっちぎれているこの男は、世界を壊す遠因になりうる。
彼はただの人間でありながら、人に望まれる英雄の対極に立つ人間だった。
調ちゃんの絶唱は何気に単独で出てないので、あの二人絶唱の表現を"二人の絶唱の文面が同じ"と解釈するのも流石になんかなーと思ったので、オリジナルです
公式で出たら差し替えるかもです
調ちゃんは防御力も優秀
G7話では脚部パーツと腕部パーツを同時起動した全力ビッキーパンチを防御
GX8話ではミカの攻撃をイグナイト無しで防御、踏ん張りの効かないブーツのせいで吹っ飛ばされるも、再戦時は踏ん張りの効かないブーツで完全防御を成し遂げています
この防御を破壊して突破できたのは、作中ではアルカノイズだけですね