戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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『光あれ』


3

 

 

 愛とは何か。英雄とは何か。

 答えは一つ。

 人に、救いをくれるものだ。

 

 

 

 

 

第三十六話:描いた未来を画架に掛ける 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢魔は未来の一番古い記憶から汚染している、との話だった。

 ゆえにゼファーと未来が進む"小日向未来の心"の旅路は、彼女の最も古い記憶にまで遡る。

 

「これは……」

 

 始まりの記憶は、幼い未来が両親に抱きかかえられている光景だった。

 両親は交互に、物心ついてもいない未来へと声をかけている。

 

未来(みく)

「君の未来(みらい)が、幸せでありますように」

「どうか、周りの人に良い未来(みらい)をあげられる、そんな女の子になりますように」

 

 風景もおぼろげ。

 両親の姿もおぼろげ。

 未来自身の姿ですらおぼろげだ。

 なのに、言葉だけはやたらはっきりとしていて……あの両親が、未来にどんな想いを込めてその名を付けたのか、未来がそれをどう受け取ったのかがよく分かる。

 

「これが、私が覚えている一番古い記憶。

 うんとちっちゃい頃に、お父さんとお母さんに抱かれてた、あったかい記憶」

 

「ミクの始まりの記憶か」

 

 記憶の風景がブレて、別の形に変わっていく。

 

「な、なんだ?」

 

「この記憶は本当に短いものだから。すぐに終わっちゃうの。

 短すぎて干渉することも、鑑賞することもできないから、次の記憶にすぐ流れるよ」

 

 次に現れた光景は、少しぼやけた町並みの中だった。

 立花家の近くだ、とゼファーは瞬時に理解する。

 そこに二人の少女が笑顔で駆けて来た。

 

「あれは……小さい頃のヒビキと、ミクか?」

 

「うん。この頃は……出会ってすぐの頃だったかな」

 

 ゼファーの隣には、すっかり女の子らしくなった未来。

 ゼファーの視線の先には、まだ性差がほとんど生じていないくらいに幼い未来と響。

 そのギャップに、ゼファーは少し戸惑いを感じているようだ。

 

「ねね、みくちゃん」

 

「なぁに、ひびきちゃん?」

 

 二人の声色にも、話し方にも、名の呼び方にも、ゼファーは違和感しか感じない。

 それが時の流れというものなのだろう。

 

「ともだちになろ! ずっとともだち!

 さいしょのともだちとずっとともだちなら、きっととってもすてきだとおもうんだ!」

 

「うん!」

 

 だが、二人の会話を聞いている内に、ゼファーは気付く。

 

「ずっといっしょにいようね!」

 

「うん!」

 

 これは―――立花響と小日向未来の、友情の始まりの風景だ。

 

「おとなになっても!

 だれかとけっこんしても!

 おばあちゃんになっても、ずっとともだち!」

 

「うん!」

 

 小日向未来の記憶の底に、消えることなく刻まれていた、彼女の"大切な想い出"だ。

 

「あそびにいこー、みくちゃん」

 

「どこにいく、ひびきちゃん?」

 

「みくちゃんのおうちで!」

 

「うん!」

 

 それはもしかしたら、どんな家族愛にも、どんな男女の愛にも、どんな信頼にも勝る、永遠の友情が生まれた瞬間だったのかもしれない。

 

「なあミク、俺の勘違いじゃなければ、これってもしかして……」

 

「うん。私と響が友達になった時の記憶みたいだね」

 

 幼い響と未来を見てゼファーは少し驚きを顔に浮かべているが、未来はどこか懐かしげだ。

 この光景は未来の原風景の一つ。

 どんなに昔であっても、見れば思い出す記憶であるということなのだろう。

 

『うれしいな』

 

「……? この声……ミク、なんだこれは?」

 

『ともだちだ』

 

「これは私の心の声……だけど今では、そうとも限らないの」

 

「どういうことだ?」

 

「今、私の心の声ですらも、夢魔が侵食し始めてる」

 

『ともだちができたんだ。はじめてのともだち。うれしいな……』

 

「私の本当の声は私にだけは分かるから、騙される心配はないと思うけどね」

 

「鵜呑みにするには危険、ってことか」

 

 ゼファーはどこからともなく聞こえてくる声に、耳を傾ける。

 彼の隣に居る未来も、彼の視線の先に居る幼い未来も、今の声を発してはいない。

 つまりはこれが、未来の心の声ということなのだろう。

 彼の隣の未来曰く、夢魔はこれすらも偽装できるらしいが。

 

「気を付けて、ゼっくん。……来るよ」

 

「……!」

 

 未来が声をかけた瞬間、ゼファーは思考を先程の声から、周囲の風景へと移す。

 すると記憶の風景の一部から、滲み出るように黒い泥が姿を現した。

 それはまるで、一流の画家が仕上げた風景画のキャンパスから、黒くおぞましい色合いの絵の具が染み出て来ているかのようだった。

 

「来たか!」

 

「■■■■」

 

 醜悪な汚泥はその黒い体を翻し、何かを言いながら彼の隣の未来に向かって飛んで来た。

 ゼファーは未来を抱きしめ跳躍し、その攻撃を回避する。

 

「きゃっ!?」

 

 だが前回以上に、未来に攻撃が当たりそうなギリギリの回避となってしまった。

 未来に黒い泥が当たりそうになり、未来が悲鳴を上げる。

 その瞬間、世界が揺れた。

 

(なんだ!?)

 

 ゼファーは一瞬動揺するが、すぐにその理由に思い至る。

 彼はこの世界に精神のみでダイブし、未来の精神という容れ物の存在を常に認識しながら、その容れ物の中を這い回る夢魔を探しに来たのだ。

 今の精神世界の揺れは、"未来の精神そのものが揺れた"ことで起きたもの。

 未来の精神を完全掌握していない夢魔が、未来の精神をこんなにも揺らせるはずがない。

 彼が抱きかかえている未来の危機が、未来の精神そのものに動揺を引き起こしたのだ。

 

 彼が思っていた以上に、彼の前に姿を表した未来は、未来の心の『芯』に近い部分の心が表出したものであったようだ。

 あるいは理性。

 あるいは意志。

 そう呼ばれる、"小日向未来の心"を構築する最も重要な部分なのだろう。

 

 彼が抱いているその未来が壊されてしまえば、ほぼ確実に、未来の精神は消滅する。

 

 ならば、その未来を狙うあの黒い泥の化物はロクなものではない、ということになる。

 一刻も早く倒さなければならない。

 ゼファーが庇わなければ、あの醜悪な化物は確実に未来の精神を破壊していた。

 戦意を高め、未来を庇い、ゼファーは化物に立ち向かう。

 

「ミク、走って逃げろ!」

 

「え、あ、うん!」

 

 ゼファーは未来を逃し、未来を追おうとする猛毒の怪物の前に立ち塞がった。

 見るだけで気分が悪くなる。

 その体臭を嗅ぐだけで失神してしまいそうだ。

 感じられる気配だけでも、体調を悪くする効果が有るように思える。

 

(これが『攻撃的な意志』ってやつなのか……?)

 

 この醜悪な汚泥に触れてしまえば、それだけで精神が粉々に粉砕されてしまってもおかしくはない。立ち向かうゼファーも、今逃げた未来もだ。

 

「なら……お前を倒せば、全部解決だろ! 夢魔ぁッ!」

 

 ゼファーは最初の敵襲撃からずっと持っていた石を握りしめ、電柱を蹴って一息に塀の上にまで飛び、近場にあった木の枝を蹴り折る。

 するとゼファーの右手には石が、左手には先の尖った太い木の枝が握られる形となった。

 一息で殺す。

 そう思考し、彼は跳ぶ。

 石を投げて一手、その後に敵がどう動くにしろそれに対応して一手、最後に尖った太い木の枝で貫いてトドメ……そう決めて、石を持った手を振り上げたその瞬間。

 

 

 

『それはちがうっ! ダメぇッ!』

 

 

 

 幼い未来の声とも違う。

 未来の心の芯が形となった、今逃げている少女の未来の声とも違う。

 この精神世界全てに響き渡る未来の心の声とも違う。

 無論、ゼファーの声とも違う。

 そんな少女の声が響いて、振り上げられた彼の手が止まった。

 

「……!? 今の、声は!?」

 

「■■■■」

 

 その隙に、汚泥の塊は蒸発するように消えていく。

 

「しまった、逃げられた……! にしても、今の声は……?」

 

 攻撃に集中していたのが災いして、ゼファーは声をしっかりと聞けなかったようだ。

 聞き覚えがある声か、聞き覚えが無い声なのかすらも分からなかった。

 ゼファーは記憶の風景が切り替わっていくのを見て、新しい記憶階層に移行しつつあることを理解し、逃がした未来と合流すべく走りだした。

 

(待て、『違う』って……あれが違うっていうのなら、夢魔はどこに?)

 

 夢魔とて、ゼファーとの接触で未来の意識が強まることを歓迎していないはずだ。

 むしろ、邪魔者ならば普通は一刻も早く排除したいと思うはず。

 なのにこの精神世界でゼファーが見た存在は、彼女の心の中核が形を変えた未来の姿と、夢魔の可能性が最も高いあの汚物のみ。

 消去法で、夢魔はあの怪物しか居ないはずなのだが。

 

(……さっき聞こえた声に俺が惑わされる方がマズいか……?)

 

 精神体である以上、現実の彼が抱える肉体のハンディはほぼ消えていると言っていい。

 だがそれと同時に、肉体に依存する直感や変身能力等も消えてしまっていた。

 今の彼は、鍛えられた体と同じ形を持つ精神体相応の戦闘力しか持たない、"少し勘のいい青年"でしかない。

 物事の正しさの判断を直感に委ねられない。

 ARMで敵の位置を感じられない。

 彼の悩ましい現状は続く。

 

「ミク!」

 

「! ゼっくん!」

 

 なんとか未来と合流出来たが、未来と合流した途端に記憶の風景が塗り替えられる。

 彼の目の前に居る未来は、彼女の心の芯とでも言うべき部分。

 記憶の風景は、"この未来"を中心として塗り替えられるのだろう。

 気付けば未来とゼファーは橋の上に居て、橋の下には川が流れていた。

 

「ここは……!」

 

「私達が初めて会った時、響が溺れてた川!」

 

 ゼファーと未来が振り返れば、川を流れる響を追う、幼少期のゼファーと未来の姿があった。

 

『この外国人の人、信じられるのかな……

 別の人呼んできた方がいいのかな……

 どうしよう……どうすれば……響……響……!』

 

「ミクはあの時、こんなことを思ってたのか」

 

「そう。あの時は、響が心配で心配でしょうがなかったから」

 

 幼い未来が、川を流されていく響に向かって叫ぶ。

 

「響ッ!」

 

 幼い響が、弱々しく未来に言葉を返す。

 

「……ん……みく……」

 

 幼いゼファーは、泳げない身で死の危険すら顧みず、何も言わずに橋を踏み台に川へと飛び込んだ。幼くないゼファーと響の間を駆け抜けるように。

 捨て身で川に飛び込んだ幼いゼファー。

 彼の背を見て、幼い未来は呆然とした表情を浮かべる。

 彼の背を見て、幼くない未来は憧憬の念を顔に浮かべる。

 

「ああ、そうだ。私、ここで、ゼっくんの背中に見たんだ……」

 

 そして彼女は昔を思い出し、呟やいた。

 

『希望』

「希望を」

 

 その呟きが、未来の精神世界に響き渡る心の声と、シンクロする。

 

「ミク!」

 

「!」

 

「ここに居ろ、川には近付くなよ!」

 

 だがそこで、過去の想い出に浸る未来の邪魔をするかのように、あの怪物が現れる。

 醜悪な怪物は、今度は未来の精神の芯が具象化した未来ではなく、記憶の光景の中の幼い未来を狙っているようだ。

 ゼファーは幼くない未来を橋の上に置いて、川に飛び降りた。

 

「■■■■」

 

 怪物が川に入り、川の水が汚染され始める。

 ゼファーが落下し、彼の着地の衝撃で川の水が円形に巻き上げられる。

 肌を突き刺すような痛みを生む、真冬の川の冷水の中。

 両者はまたしても対峙した。

 

 川を上がれば、1mも2mも離れていない位置に幼い頃のゼファー・未来・響が居る。

 この怪物を陸地に上げる訳にはいかない。

 そう考えて、ゼファーは川の中で川底の石を拾って構える。

 

(……ぐ……!)

 

 だが、怪物は川の水まで汚染していく。

 尋常でない、ありえないレベルの悪意の塊だ。

 触れただけで川の流水が汚染され、川の水に浸かっているゼファーの下半身が侵食されていく。

 彼が感じている苦痛こそが、この怪物の本質的な醜悪さを証明しているとすら言えるだろう。

 

 一秒でも早くこの怪物を倒さなければ、未来の記憶がどんどん汚染されてしまう。

 彼女の心の芯が形になった未来が怪物にやられれば、最悪の事態もありえるだろう。

 ゆえに、ゼファーはなんとしてでも怪物を倒そうとする……が、怪物はまたしても姿を消してしまった。

 

「……くそっ! 姿を表している時間を、どんどん短くしてきやがる……!」

 

 ゼファー視点、怪物と"あの未来"が接触するだけで負けも同然なのだ。

 ならばあの怪物にはゼファーと戦う理由がない。

 記憶の風景が切り替わるたび、ゼファーのカバーを抜いて奇襲できるチャンスを待てばいい。

 そして、怪物が現れてからすぐに消えてしまえば、ゼファーにはあの怪物を倒せるチャンスが回って来やしない。

 

「ゼっくん! 次の記憶に……」

 

「分かってる!」

 

 そうしてまた、未来の精神世界は新たな記憶を映し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強すぎる。

 それが、神獣鏡を装備した未来にクリスが抱いた感想だった。

 

「くそったれ!」

 

 神獣鏡が生成する鏡は、その全てがエネルギー偏向鏡面体という特性を持つ。

 エネルギーに対し『全反射』に近い特性を発揮する鏡は、翼の蒼ノ一閃や、クリスのエネルギービームですら反射してしまう。

 必然的に、攻め手が限られてしまう形となった。

 

(ウェルの野郎、ゼファーのこれをどこでパクりやがった!?)

 

 それだけでなく、今の未来には『直感』がある。

 ゼファーがF.I.S.に居た時期のコピー品だが、その効果は絶大だ。

 今の未来に遠距離武器はまず当たらない。

 近接攻撃も、夢魔に技能を追加された今の未来相手では自殺行為に近い。

 一対一であったならば響達の動きも先読みされてしまい、未来の飛び道具を回避することはまず不可能だっただろう。

 三対一だったからこそ、まだ彼女らは凶祓いの光を前にして生きていられている。

 

「雪音ッ! 立花ッ!」

 

「わーってるよ、先輩ッ!」

 

「もっと散りましょう!」

 

 128のミラーデバイスから放たれる、一発一発が必殺の光、それも一流の軍人相当の射撃技術にゼファーの直感が加わった包囲攻撃だ。

 こんなもの、数分とはいえ回避できている装者達がおかしい。

 彼女らの生存こそが、彼女らが非凡である証明のようなものだ。

 

 狭い部屋に重力を無視するスーパーボールを投げ込んで、跳ね回るそれを回避するとする。

 一般人では一つ回避することさえ無理だ。

 二個同時に投げ込めば、鍛えられた人間でも回避は不可能だろう。

 三個投げ入れられてしまえば、もはや人間が回避することは不可能になる。

 シンフォギアのシステム補助、藤尭朔也や友里あおいなどのオペレーターのサポートに、非凡な装者が揃って初めて、128の多角攻撃という理不尽に喰らいつけていた。

 

「みんな、諦めないでッ!」

 

 響はナイトブレイザーを抱えながら、翼は剣を振るっては飛ばしながら、クリスはひたすら火力をぶち込みながら、神獣鏡が織り成す光の檻の中を飛び回る。

 

 響はただひたすらに回避に専念した。

 ナイトブレイザーを抱え、何故かゼファーに憎悪を向け始めた未来の攻撃を、空中走行(インパクイトハイク)にて見事に回避していく。

 

 クリスはこの場に揃った四人の中で最もギアの性能が低いが、それを頭一つ抜けた才能・センス・射撃技能で補いながら戦っている。

 未来の火力を相殺して時間を稼ぎ食い下がるというこの戦い、ギア性能が低いながらも二課随一の火力を誇るクリスの貢献度は、もはや数字では測れまい。

 聖遺物の弾丸では光に当たると消されてしまうため、飛び道具全てに爆発する特性を付与し、光に当たる寸前に爆発させる。それも数十数百という光に対し、平行して同時にだ。

 そして爆風で数十数百という光を片っ端から吹き散らすクリスは、まごうことなく天才だった。

 

 こと、この戦いにおける翼の活躍度合いも無視できない。

 風鳴翼は三人の中で最も多く"直感持ちの人間"と戦い、勝ってきた装者である。

 事実上、今日までの日々の中で直感持ちの人間との戦いでは生涯無敗を貫いていた。

 彼女は"直感持ちの人間がどう動くか"の予測を重ね、千ノ落涙による物理攻撃をミラーデバイスに的確に命中させ、空を舞う鏡の砲台を次々と落としていた。

 

 響はゼファーを抱えてかわす。

 クリスは絶望的な光の包囲攻撃をなんとか減らす。

 翼は今日まで積んできた模擬戦の経験を活かし、ミラーデバイスを叩き落とす。

 そして未来は落とされたミラーデバイスを再生成しつつ光を放ち、三人が本気で足掻いてなお、圧倒的な優勢を保っていた。

 

「さっさと起きろ! バカ二人が……あたしだって、心配してんだよ!」

 

 クリスは叫び、思い出す。

 未来と初めて会った時のことを。

 学校で、先輩後輩として未来と接したことを。

 二課本部で、未来と他愛のない話をしたことを。

 未来に誘われて、アニソン同好会の皆とお好み焼きを食べに行った時のことを。

 

 雪音クリスは、本気で小日向未来を助けたいと思っている。

 

「小日向! お前が戦う必要などない、戻って来いッ!」

 

 翼は叫び、思い出す。

 響と未来が楽しそうに話していた光景を。

 クリスと未来が楽しそうに話していた光景を。

 ゼファーと未来が楽しそうに話していた光景を。

 そして、自分と未来が楽しく話せていた過去の想い出を。

 力無き人々を守る。光ある日常を守る。それが防人としての、彼女の願いだ。

 

 風鳴翼は、本気で小日向未来を助けたいと思っている。

 

「未来……」

 

 立花響は、小日向未来の一番の親友だ。

 小日向未来は、立花響の一番の親友だ。

 

「未来ぅぅぅぅぅッ!!!」

 

 ゆえに、その叫びにはクリスよりも翼よりも大きな感情が乗る。

 

《《           》》

《 歪鏡・シェンショウジン 》

《《           》》

 

 なのに。

 なのに、未来は眉一つ動かさない。

 夢魔に支配された脳は、響達の声を未来に届けてはくれない。

 それどころか、その攻勢は更に激しさを増していく。

 

「!」

 

 未来は鏡に自分の姿を映すように、ミラーデバイスだけでなく自分の体も増やし始める。

 砲台が増え、それぞれの未来が同時に極大砲撃『流星』を放った。

 

「回避ッ!」

 

 翼が叫び、三者が必死に回避する。

 ゼファーがこれ以上長引かせれば、装者達の命は一つたりとも残るまい。

 彼女らの窮地は、まだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーが次に見た記憶は、なんでもない風景で構築されていた。

 今はもう使われていない、響や未来の家の近くの空き地。

 ゼファーが鍛錬に使っていた場所。

 そこで子供な響とゼファーが話すのを、子供な未来が笑顔で相槌を打ちながら見ている。

 

「これは……俺が二人と友達になってから、少し後くらいか?」

 

「たぶんそうだね」

 

 ゼファーは隣の未来をいつでも庇える位置取りをしながら、周囲を警戒。

 油断していないのに油断してる風を装い、怪物が襲撃したくなるような状況を作り上げ、隣の未来に話しかけた。

 

「ツバサがさ、お前のことたいそう評価してたよ。

 力なくともその心と優しさだけで何かを守れる防人だ、って。

 クリスがさ、素直じゃない感じに心配してたよ。

 "絶対に助けろよ"ってさ。あいつも友達として助けたいと思ってるはずなのにな」

 

「……そうなんだ」

 

 少し照れくさそうに、ゼファーの隣の未来の未来が頬を掻く。

 心の芯そのものである未来が照れると精神世界そのものに影響が出るのか、彼らが見ている記憶の光景の色合いが少し変わったような気すらする。

 

「ヒビキがさ、絶対助けようって、一緒に助けようって言ってきたんだよ。

 未来の一番の友達が、お前を一番助けたいって思ってる友達が……

 ……ああ、いや、うん。すまん、自惚れかも知れないが訂正したい。

 ヒビキにミクの一番の友達は譲ろう。

 だけど、ミクを助けたいって気持ちの一番だけは譲りたくない。

 図々しいかもしれないが、ヒビキと俺のミクを助けたいって気持ちは同率一位ってことで」

 

「……ふふっ」

 

「え、なんで今笑った?」

 

「ゼっくんは昔から時々、可愛いなあって思って」

 

「えぇー……」

 

 未来はちょっと愉快そうに、それでいて懐かしそうに、ゼファーを見て微笑む。

 

「連絡がついてないから、ユミ達やご両親も心配してる。

 二課の大人の人も心配してた。

 ミクはたくさんの人に想われていて、その無事を祈られてるんだ」

 

「……うん」

 

「だから絶対に絶対、ミクは守ってみせる」

 

「うん。信じてる」

 

 会話しながら、ゼファーは未来を庇うように前に出る。

 すると空き地の塀から滲み出るように、汚泥の怪物が滲み出てきた。

 ゼファーの油断をついて気付かれないようこっそり現れるつもりだったのか、ゼファーに即座に反応されて、醜悪な化物は距離を取ったまま蠢いている。

 

「■■■■」

 

「今度こそ、俺の手で仕留め……」

 

『今日だけでいいから、ゼっくんどこかに行ってくれないかな』

 

「……え?」

 

 だが攻めようとしたゼファーの足は、精神世界に響く"未来の心の声"に止められてしまった。

 

『もっと響と話したいな』

『話したいこといっぱいあったのにな』

『今日はゼっくん邪魔だな。早く帰ってくれないかな』

 

「これは、ミクの心の声……? こんなことを、俺は思われてたのか……?」

 

「違う! ゼっくん、騙されないで! これはあの醜い化物が生んだ幻聴!」

 

「!」

 

 動揺するゼファーだったが、未来の声で一瞬にして我に返った。

 

「記憶の中の私を見て! 今、ゼっくんと響と笑い合ってる私を見て!

 あの笑顔が作り物に見える!?

 あの楽しそうな話し声に嘘があると思う!?

 あの私が、本当にゼっくんを邪魔だと思ってると思う!?

 嘘! 全部あの汚い泥の塊が作った嘘の気持ちなの! 私はあんなこと思ってない!」

 

「……そう、だな。危ない危ない。ミクが居なけりゃ、危うくここで騙されてたかもしれない」

 

「■■■■」

 

 そうだ。

 今記憶の風景の中で話している子供の未来の笑顔に、嘘はない。

 未来の言葉でゼファーはなんとか持ち直すが……その隙に、またあの化物は消えてしまった。

 

「くそ、また……なあミク、心の声の偽装ってのはあんなに自然なのか?

 正直判別がつかなかった。お前が居てくれなければ、普通に本音だと思ってたぞ」

 

「残念だけど、私にしか真偽は分からないと思う。夢魔に深くまで侵食されてるから……」

 

 今彼の隣にいる未来が、未来の理性や意志の具現化であることは確実だ。

 そこだけは揺らがない。

 逆に言えば、それほどまでに明確に未来の心の芯の部分を占めている彼女だからこそ、心の声の真偽は彼女にしか分からないのだろう。

 ゼファーには、今の心の声の真偽は分からない。

 それゆえに、彼女の言葉以外に判断基準が無いのだ。

 

「……づっ……」

 

「ゼっくん? 大丈夫?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 黒い泥が一滴付いた左腕、黒い泥に汚染された水に浸かっていた下半身が、ゼファーの体に気絶しかねない激痛を走らせる。

 痛みに強く痛みに慣れている、やせ我慢が得意技なゼファーでなければとっくの昔に行動不能になっているだろう。

 あの泥がどれほどの悪意と敵意で作られた攻勢の精神存在なのか、想像もできない。

 

 だが精神の汚染ならば、精神の強さで抵抗できる。

 そういう意味で、精神世界のゼファーは非常に打たれ強かった。

 しぶとい彼の精神体は、当然しぶとい。そのために彼は平然としているのだが……これ以上汚染が進めば、『精神死』すらありえるだろう。

 

「! また風景が……」

 

 やせ我慢でゼファーが未来を安心させようとすると、彼が話題を変えるまでもなく、記憶の風景が切り替わっていく。

 偶然だろうが、ゼファーは少しだけその偶然に感謝する。

 未来にあまり追求されたくない話題だったからだ。

 訪れた風景は、初めてナイトブレイザーが現れた、その日の戦場だった。

 

「これは、俺が初めてナイトブレイザーになった日の?」

 

「多分そうだと思う。ナイトブレイザーも、ノイズも居るから……」

 

「……いや、怪物はノイズだけじゃないな」

 

 ナイトブレイザーと、合体ノイズ『這い寄る混沌』がぶつかり合う空の下。

 ゼファーは、またしても現れた泥の怪物と対峙する。

 ノイズとナイトブレイザーが対峙する記憶の光景のその横で、彼はナイトブレイザーになれないながらも、泥の怪物に拳を向ける。

 

「■■■■」

 

 怪物は何かを言うが、それは声にならない醜悪な響きにしかなっていない。

 その怪物は、ゼファーを憎んでいた。

 その怪物は、未来を憎んでいた。

 敵意と憎悪に満たされたその声からも、それは伺える。

 

「■■■■」

 

 戦わなければならない。

 なのだが―――ゼファーは、ふと何かを思いつき、その思いつきに身を委ねた。

 それは、ただの思いつき。

 直感があった頃なら正解だったかもしれないが、今の彼に直感はない。

 ふと思っただけのそれに、正解を保証するものなど一つもない。

 けれど、彼はそれに身を委ねた。

 

 これが正しいのか、そう思う迷いが足を止める。

 いや、これは間違いだ、と思う弱音が躊躇いを生む。

 それでも彼は、何の根拠もなく"それ"を信じ、踏み出す。

 

「なあ、ミク」

 

「ゼっくん、早くあれをどうにかしないと……」

 

「あの黒い泥の怪物、何を言ってるか、ミクには聞こえるか?」

 

「え?」

 

「俺には聞こえないけど……聞こえるような、そんな気がする」

 

 聞こえるけど、聞こえない。

 そんな矛盾を口にしながら、ゼファーは自分に憎悪を向けて来る怪物に歩み寄る。

 怪物は『小日向未来』を殺そうとしている。

 怪物はゼファーにも、未来にも、それ以外の何もかもにも敵意と悪意を向けている。

 

 そんな怪物を、ゼファーはギュッと抱きしめた。

 

 怪物の憎悪が、ゼファーの精神体を侵食する。

 醜悪な黒い泥が、殺意と悪意と敵意にてゼファーを殺していく。

 彼の肌は火に焼かれたような痛みと、毒物に侵される痛みと、虫に食われる痛みと、刃物で切られた痛みを混ぜこぜにしたような苦痛に、加速度的に侵食されていく。

 

「なあ」

 

 理性ではなく。直感でもなく。"心"がそうしろと、彼に叫んでいた。

 

「お前『も』、ミクなんだろ?」

 

 黒く汚染された、その顔で。

 

 ゼファー・ウィンチェスターは、そんな異常なことを言い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来の心の外も、決着が迫る。

 

「先輩、これ以上引き延ばすのは無理だ! ここで札を切るぞッ!」

 

「ああ、行こう! ゼファーがあと少しで来ると信じて!」

 

「翼さん! クリスちゃん! 私達の全力を見せてあげましょう! 未来に!」

 

 とうとう彼女らも耐えられる限界を越え……けれど諦めず、命を懸ける絶唱を選ぶ。

 

「私達の歌が! 未来の心を引き戻してくれるって、信じて!」

 

 絶唱は失敗すれば即座に装者の命を奪いかねない、そんな特攻機能だ。

 迂闊に使えるものでも、気軽に使えるものでもない。

 されどここで切らねば、いつその切り札を切るというのか。

 

胸に響き―――(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

戦場に刃鳴―――(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

月の下、命は淡く―――(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

 三者の絶唱は、三つの旋律が高め合う三重奏となり、この世界に響き渡っていく。

 

―――いつか世界に満ちるまで!(―――Emustolronzen fine el zizzl!)

 

―――裂き誇る!(―――Emustolronzen fine el zizzl!)

 

―――雪のように!(―――Emustolronzen fine el zizzl!)

 

 ただこの一瞬。

 されどこの一瞬。

 三人の装者の本気は、小日向未来と神獣鏡という最凶の組み合わせと、拮抗していた。

 

《《        》》

《 RADIANT FORCE 》

《《        》》

 

 聖遺物殺しと聖遺物という最悪の相性を覆しながら、少女達の歌声が、未来へと伝わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 醜悪な怪物を抱きしめながら、ゼファーは自分の精神が、醜悪な怪物の干渉で壊されていくのを感じ取った。

 けれどそれでも構わないと、もっと強く抱きしめる。

 泥が彼を汚す。

 泥が彼を侵す。

 泥が彼を壊す。

 それでも彼は、強く優しく怪物を抱きしめた。

 

「■■■■」

 

 怪物が何かを口にすると、ゼファーの脳裏に何かの光景が流れ込んでくる。

 

 彼の脳内に、教室の真ん中で自分の席を前に立つ未来と、それを囲む子供達が見える。

 未来の席の中には、ゴミ箱のゴミがありったけに詰め込まれていた。

 机は刃物で傷付けられ、マジックペンで「人殺しの味方」「異常者」「クズ」「死ね」と、ありったけの罵倒の言葉が書き込まれている。

 

 それだけでなく、周囲の子供達までもが未来を罵倒していた。

 未来が生きていることを否定する言葉を。

 未来がこの世界に居ることを否定する言葉を。

 未来の人格のあらゆる価値を否定する言葉を。

 未来の行動の全てを否定する言葉を。

 小日向未来と立花響の全てを否定する言葉を、中学生の子供達は未来にぶつけ続けていた。

 

 一人は嘲るように。

 一人は憎悪をぶつけるように。

 一人は行き場のない怒りをぶつけるように。

 一人は自分が正義だと信じながら。

 一人は未来と響が悪だと信じながら。

 小日向未来によってたかって、考えうる全ての罵倒を叩き付けていた。

 

 そこから響く声は、ゼファーの精神を押し潰しかねないような密度と量を誇っていた。

 

『嫌だ』

『なんでこんなことに』

『辛い』

『私は何も悪いことなんてしてないのに』

『響が悪いんだ』

『私の居場所はどこにあるの?』

『昨日はトイレの水をかけられた』

『一昨日は階段から突き落とされそうになった』

『お父さんとお母さんにも迷惑をかけてる』

『切られてない教科書も、汚されてない教科書も、もうない』

『ゼっくんはなんで私を頼るの? 全部一人でやればいいじゃない』

『大人に味方は居ない』

『子供も全部敵』

『社会が悪い』

『助けてくれるって言ってたのに、ゼっくんは学校の中じゃ私を助けてくれない』

『響はすがってくるだけ』

『味方は?』

『敵は?』

『希望は?』

『明日が怖い』

『昨日が忌まわしい』

『死ね、死ね、死ね』

『嫌い、嫌い、嫌い』

『全部無くなってしまえばいい』

『全部、全部! 無くなってしまえばいいのに!』

 

 悪性の感情は攻勢の精神となり、ゼファーの精神を傷付け、壊していく。

 

 ナイトブレイザーが戦う姿を見る未来が、ゼファーが泣く姿を見る未来が、響が戦う姿を見る未来が、ゼファーが自分の体のことを弱音のように未来に漏らす光景が、次々映る。

 最も多かったのは、戦いに向かうゼファーの背中。

 

『嫌い、嫌い、嫌い!』

『なんで戦うことをやめてくれないの!?』

『なんで言うことを聞いてくれないの!?』

『あなたが戦って傷付くと、私が嫌だって言ってるじゃない!』

『戦うのが嫌なくせに戦うことを選ぶあなた達が、だいっきらい!』

 

 壊れていくゼファーに未来が感じた苦悩が、醜悪な怪物の中から漏れてくる。

 

『嫌い、憎い、消えろ!』

『何もできない私が嫌い!』

『友達を救えない私が憎い!』

『消えて欲しい! 消えてしまえばいい! 私なんて、消えてしまえ!』

 

 太陽の下、彼の特訓を手伝った。

 ある夜に、彼と蛍を見に行った。

 響に諭されて、三人が二人と一人になるという不安を取り除いてもらった。

 ナイトブレイザーに守ってもらった。

 三人で笑いあった。

 

 そんな陽だまりの記憶(メモリア)の裏に、懐かしの記憶(メモリア)の裏に、隠されていた小日向未来の暗い感情。

 

『置いて行かないで……力が無いからって、仲間外れにしないで!』

『私の友達を戦いの中に連れて行かないで!』

『嫌だ、友達が死んでしまうなんて……嫌!』

『なんで私には何もできないの!?』

『多くなんて望んでない!』

『私も、友達も、武器を持って戦わない明日が欲しいだけ! それだけなのに!』

『それの何がいけないの!?』

『私も、響も、ゼっくんも! ささやかな幸せしか望んでいないのに!』

『なんでみんな、"英雄"にはあんなにも無神経に、たくさんのものを望めるの!?』

 

 これは、未来の善意と理性と意志に隠れた、ほんの一摘みの『闇』だ。

 未来の本質と言うにはあまりに小さく、刹那的に生まれてすぐに消えていった感情で、普通に未来と付き合う分には無視していいくらいに些末な感情。

 けれど、彼女を理解するためには、絶対に無視してはいけない感情だ。

 

 彼女は何年もの間、こんな感情を感じるたびに、胸の奥に溜め込んできたのだろうか。

 どれだけの量の感情を積み重ね、圧縮してきたのだろうか。

 その上で。

 何度、ゼファーと響に柔らかな笑顔を向けてきたのだろうか。

 

『助けてって言った人を、全部助けないでいいじゃない! ゼっくん!』

『なんで私がウェル博士にさらわれた時、助けてくれなかったの!?』

『私だけは、ゼっくんに助けを求めちゃダメだ。負担を軽くしないと……』

『敵がゼっくんを傷付けるなら、私だけは絶対に傷付けないようにしないと』

『その傷を癒やすことだけを考えないと』

『クッキー焼いたんだ。食べてもらえるかな。美味しいって言ってもらえるかな』

『かばんに隠して、突然渡してびっくりさせる、かばんの隠し事』

『ああ、そうだ』

『さらわれた時、クッキーはウェル博士にかばんと一緒に、踏み潰されちゃったんだ』

『なんでだろ』

『うまくいかないな』

 

 醜悪で当然。

 これは、未来の中の醜悪な部分の全てを濃縮したものだ。

 触れれば精神が汚染されるのも当然。

 これは、未来が自分と周囲に向けて溜め込んできた悪意の塊だ。

 あの黒い泥の化物は、周囲の全てと自分への憎悪が形になったものなのだ。

 それでもゼファーは、自分の精神が壊れることも厭わず、優しく強く抱きしめ続ける。

 

『大好きなのに』

『居なくなって欲しくないのに』

『私には、何もできることはない』

 

 頑張ったのに。

 専門外の人間という身で、勉強もしたのに。

 未来の努力は、何一つとしてゼファー・ウィンチェスターを救わない。

 響を嫌う心もあったろう。ゼファーを嫌う心もあったろう。

 けれど、未来はそれ以上にこの二人が大好きだった。

 だから、ゼファーに生きて欲しかった。

 

『嫌い』

『私が、嫌い』

『自分を助けて欲しいって思ったら、叶って……』

『友達を助けて欲しいって願ったら、叶わなくて……』

『大嫌い』

『綺麗に生きている人達の横で、こんなにも醜いことを心の底で考える私が、大嫌い!』

 

 なのに現実は、少女のそんな純な想いを踏み躙るくらいには残酷で。

 

「大丈夫」

 

 なのにゼファーは、そんな現実の中でも未来に向ける愛の量を変えることはない。

 

「ミクがミクのことを嫌いでも、俺はミクのことが大好きだから。そんなに自分を貶めるな」

 

『―――』

 

 人は、汚いもの、醜いものを愛せない。

 それは本質であり、本能だ。

 理性と意志がそれらを超越しなければ、人は醜いものを愛せない。

 

 だから誰もが、自分の"そういう部分"を誰にも見せないようにと隠そうとする。

 それを見られたら、嫌われてしまうから。距離を取られてしまうから。

 それでいて、人は同時にそういう部分を"見て欲しい"とも思う生物だ。

 

 自分の醜さを隠し続けるのは辛い。

 だからそれを隠さなくてもいい、取り繕わなくてもいい関係を人は求める。

 それが難しいと知りながらも、そんな関係を求めてしまうのだ。

 自分の醜さを見られたくない知られたくない。

 自分の醜さを見て欲しい、受け入れて欲しい。

 誰の中にもある二律背反の矛盾。これを抱えてこその、人間。

 

 他者の醜さを受け入れるということは、その他者への好意が嫌悪を上回るということ。

 

 すなわち、醜さを受け入れるために必要なものとは―――愛である。

 

『こんなにも苦しくて』『誰か分かってよ』『誰か助けて!』

『私より苦しい人が居る』『だから何?』『私の苦しさは減らない!』

『私なんかを助けてる暇があるなら』『あの人を助けてよ!』

『ゼっくんは私よりずっと苦しいんだ!』『助けてよ』

『なんで誰も、仮面に騙されてあんなに苦しんでいるあの人のことを分かってないの!?』

 

「ミクが分かってくれてるなら、俺はそれで十分すぎるよ」

 

『助けたいの! 私が! あなたを!』

 

「そうだな。俺も、未来を助けたい。だからここに来たんだ」

 

 ゼファーは一旦、抱きしめた醜悪な怪物を抱きしめるのをやめ、向き合うように立つ。

 

「■■■■」

 

 離れてしまえば、怪物からゼファーへの感情の流入が無くなり、怪物の口から漏れる意味不明な言葉の意図は、ゼファーに伝わらなくなってしまう。

 先程までのゼファーならば、そうだった。

 けれど、未来の中の悪意に汚染された今のゼファーなら、その口から漏れる言葉を人の言葉として理解できるだろう。

 ゼファーは心と心の繋がりだけでなく、言葉を持って"それ"と繋がろうとする。

 

「■■■■」

 

 人のうめきに近い醜悪な音が、人の声になっていく。

 

「■■■て」

 

 抱きしめたゼファーから伝わった心の暖かさが、醜悪な泥を暖める。

 

「■を■て」

 

 どんなに汚くなって、醜くったって、受け入れる彼の心が、その悪性への救いになる。

 

「私を■て」

 

 『小日向未来の本当の気持ち』への、救いになる。

 

「私を見て」

 

 ゼファーは、未来の良いところも悪いところも全部見て、その上で、こう言うのだ。

 

「ああ、見てるとも。俺が大好きな君が、そこに居る」

 

 そして、もう一度抱きしめる。

 黒く醜悪だった泥の塊の表面に、一筋、透明な雫が流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 泥をまた抱きしめて、ゼファーは未来の理性と意志が形になった、"綺麗な未来"に話しかける。

 

「この泥は、誰の中にでも居る。誰の中にもある。

 ……未来の中にだって、醜い部分はある。それは、普通のことなんだよ」

 

 綺麗な未来は、醜い未来と、それを抱きしめるゼファーを見て呆然と呟く。

 

「なんで……なんで、そっちを抱きしめるの……?」

 

 ゼファーを指差す綺麗な未来の指先は、かすかに震えていた。

 

「未来の良い所を抱きしめてくれる人はいっぱい居ると思うからさ。

 だから、未来の醜い所を"それでいいんだ"って抱きしめる奴が、一人くらい居てもいいだろ?」

 

 諭すようなゼファーの声に、未来は激昂しながら叫ぶ。

 

「汚いでしょ! 見苦しいでしょ! 目を背けたくなるくらい醜いよ、"それ"は!」

 

 未来は響とゼファーが好きだ。他の人も好きだ。

 けれど、1000の好きに1の嫌いが混ざることもある。

 10000の大好きに1の嫌いが混ざることもある。

 それが『人間』というものだ。

 

「そんな気持ちが私の中にあって、胸の奥に湧いてたのは本当でッ!」

 

 けれど、未来は自分の中にあるその醜さを受け入れられなかった。

 

「自分可愛さで響やゼっくんのせいだって、自分は悪くないって、思ったこともあって……!」

 

 今日までの日々の中で、未来が語った気持ち。

 精神世界の中で、未来の醜い部分が語った気持ち。

 そのどちらにも嘘は無いのだろう。

 

「このくらいは、誰の中にもあるんだ。ミク」

 

「あ、あ、あ、あッ」

 

 けれど未来は受け入れず、拒絶した。

 

「こんなの、こんなの、そんなの私じゃないッ!」

 

 だから消してしまおうと、そう思ったのだろう。

 響を、ゼファーを、彼らが好きな純粋な自分だけを残そうとしたのだ。

 自分の肉を刃物で削ぎ落とすようなその行動に、どれだけの覚悟が必要だったのだろうか。

 

 "私は友達にあんなこと思っていない"と自分に言い聞かせ、記憶の中から悪意を追い出す形で記憶を改竄しようとし、自分の中の悪性をゼファーに倒そうとしてもらおうとしていた。

 悪性を単独で倒せなかったのは、未来の理性に"攻撃的"な部分が無かったからだろう。

 なんてことはない。

 戦っていたのは、未来の中の善性と悪性だったのだ。

 未来は自分の中の醜い部分を、何度も何度も否定する。

 

「いいや、全部『小日向未来』だ」

 

「なんでっ……そんなこと言うの!?」

 

 なのに、ゼファーはその否定を否定した。

 

「良いところも、悪いところも、全部……俺の大好きな、小日向未来の一部だ」

 

「なんで、そこまで」

 

「友達だから」

 

 ゼファーは言い切る。

 

「友達だから、良いところも悪いところも全部好きになってあげたいんだ」

 

「……!」

 

 その言葉に虚偽はなく、また迷いもない。

 

「俺は情けないところも弱い所も散々周りに見せてきた自覚がある。

 それを全部受け入れて貰って、支えてもらった恩はずっと忘れない。

 ……だから、お前に何度だって言ってやるんだ。何年経ったって、言い続けてやるんだ」

 

 未来の最も醜い部分を見た上で、彼は彼女を受け入れた。

 

「俺はミクの良いところも悪いところも全部ひっくるめて大好きなんだぞ、って」

 

「―――っ」

 

 未来が何もかもに嫌いと叫ぶ中、ゼファーは友への愛をシンプルに未来にぶつけ続ける。

 

「なんでよ、責めてよッ!」

 

「責めるもんか。だってお前、何も悪くないじゃないか」

 

「違う違う違うッ! 私はこんなにも醜くて、ゼっくんの友達失格で!」

 

「友達失格ってさ、友達のことを大切に思わなくなってこそだろ」

 

 未来は何故辛いのか?

 

「でもミクは、きっと……友達(おれたち)を大切に思ってくれてるから、辛いんだろ?」

 

「ち、ちが……う、ぅ……」

 

 それはきっと、未来が友達を大好きだから。

 だから友達に悪意を持っていた自分の心の一部が許せない。

 だから友達が死にゆく運命を許せない。

 彼女を根本的に救うには……誰かが彼女の全てを受け入れ、その上でゼファーが全ての敵を打ち倒した後、ゼファーが生き残らなければならない。

 

「何も違わない。俺とお前は、友達だ」

 

「……っ!」

 

 ゼファーの言葉に、未来が静かに涙を流す。

 彼はまだ始点に立ったばかりだ。

 ここから戦いに勝利し、自分が死す運命を変えなければ、本当の意味で未来は救えない。

 彼の中で、覚悟と意志が更に強固に固まっていく。

 そして未来が"泣いた"ことで、初めて『ズレ』が生まれ、ゼファーはやっと目標に至った。

 

「ようやく、見つけたぞ」

 

 彼が視線を向けたのは、抱きしめている醜い未来でもなく、綺麗な未来でもなく、その背後。

 

「え?」

 

 振り返った未来が悲鳴を上げなかったのは、ただそんな余裕すら無かっただけだ。

 未来の背後に突然現れた……否、今この瞬間まで誰にも認識すらされていなかった巨大な怪物。

 

 それは操り人形(マリオネット)と、歯車と、獣の皮と肉、魚の鱗で構成されていた。

 人工物の部分があまりにも生物的な曲線を描き、生物的な部分が切断面や無理な皮の継ぎ接ぎを重ねて非生物的な鋭角を描き、その結果『怪物』としか言いようない形を作り上げている。

 合理を象徴する人工物面が生物を象徴し、生物面がその逆を象徴する。

 そして象徴を担う部分ですら一つの意味だけを貫かない。

 これは『人間』をそのまま表した怪物だ。二面性があり、一つの部分ですら複雑怪奇な感情で構築され、それぞれが似ているようで似ていない、ジグソーパズルのような個性の塊。

 人間の難解さをそのまま形にした、"操り人形の怪物"。

 

『……小日向未来の理性が感涙し、同調が乱れたか』

 

「ミクの良心に寄生していたな?

 誰の中にもある一面を嫌悪した、自分を嫌った、未来の優しい心を利用して……

 ……許されると思うなよ、夢魔! 勝負だ! ツケはキッチリ払ってもらうッ!」

 

 その操り人形の手から伸びる透明な糸も、今ならば見える。

 理性を司る未来の身体に直接繋がる十数本の糸が、不潔感しかない毛と粘液に覆われた怪物のやせ細る十二本の指へと一直線に伸びていた。

 洗濯バサミを三つ重ねたような六本指構造の手でワンセット、それが左右一組。

 怪物の手の十二本指が、"操り人形が人を糸で操っている"という、人間にとってなんとも皮肉な光景を生み出している。

 

『何故だ! 私は"お前が見ていた小日向未来"に相乗りしていた!

 この女の良心に! 理性に! 表向きの心に寄生していた! 分かるわけがなかったはずだ!』

 

 夢魔は忌々しげに、ゼファーに叫ぶ。

 

『この女は親以上に、お前に心を開いていた!

 それを利用して、お前を使って、この女が必死に守っていた心奥にまで来たというのに!

 ここまで気付いてもいなかったお前が、何故、このタイミングで気付いた!?』

 

 夢魔はゼファーを利用していたのだ。

 まず未来の悪性を形にして、目につきやすくする。

 そしてそれを受け入れられない理性に干渉し、自分の望む方向へと誘導。

 "本物の未来の心"を隠れ蓑にして、未来の精神をゼファーの手で完全に破壊させ、その魂すらも手にしようとしていたのである。

 

『何故"そんなにも醜いもの"を選んだ!?

 綺麗なものの言葉を切り捨ててまで!

 醜いものをただ醜いというだけで嫌う、お前達人間がッ!』

 

 だがその企みは、"未来の醜さ"を受け入れたゼファーの手により、打破された。

 

「お前、気付いてたか?」

 

『……?』

 

「お前が醜いと嘲ってた泥のミクは、一度も俺を狙わなかった。

 ミクを庇って俺が動いて、結果当たりそうになってはいたけどな。

 俺が割って入るたび、あの黒い泥は俺を傷付けないようにと退却してたんだ」

 

『―――!』

 

「笑わせるなよ、夢魔。

 醜いからとその価値に気付けないお前に、本当に大切なものが見えるものか」

 

 ドン、とゼファーは己が拳で胸を叩く。

 

「大切なものは目に見えない。だから(ここ)で見るもんだ」

 

『……電子生命体より下等な、肉の生命体ごときがぁッ!』

 

「命に下等も上等もあるか、バカ野郎ッ!」

 

 夢魔は未来を離し、ゼファーに飛びかかる。

 ゼファーもまた、醜い未来と綺麗な未来を巻き込まないために、夢魔に飛びかかる。

 10mはありそうな夢魔の巨躯は、ゼファーが迎える必然の敗北を想像させた。

 

『この世界で! 電子の支配者たる夢魔(わたし)に!

 ただの人間でしかないお前が! 人間の精神でしかないお前が勝てるものか!』

 

「それはどうかな?」

 

『……なに?』

 

 夢魔がゼファーの体を引き裂かんと、その右腕を振り上げた瞬間。

 ゼファーの拳に握られている"青色の鍵"を、夢魔は目にした。

 そしてそれが何であるか気付くと、夢魔はその醜悪な顔を真っ青にする。

 

『……む、夢魔の……鍵……!』

 

「そうだ、お前の天敵たる"夢魔の鍵"だ」

 

『ば、バカな! 現代には残っていないと聞いていたのに! 話が違う! ありえない!』

 

「覚えとけ。因果応報……やったことには、それ相応の結末ってもんが返って来るんだよッ!」

 

 もう、何年前のことになるだろうか。

 ゼファーはルシファアから、この夢魔の鍵を受け取っていた。

 この鍵が夢魔の鍵であるということを知ったのは、つい最近。

 鍵はゼファーの精神の奥深くに潜行し、今こうして、夢魔への絶対的な武器として彼の拳の中に顕現した。

 この鍵は、ただの一撃で夢魔を"無力化して吸収する"鍵だ。

 

「だからお前がバカにする人間は、良いことをして、悪いことをしないように生きてんだ!」

 

『や、やめやめやめやめろおおおおおおおおッ!』

 

「まあそれはそれとして!

 俺がお前をぶっ飛ばすのは、ミクに手ぇ出したからだ!

 歯ぁ食いしばれよクソ野郎! 落とし前、付けさせてやる!」

 

 ゼファーが踏み込む。放たれる拳は絶招。

 炸裂した拳は"夢魔の鍵"の力を解き放ち、夢魔をただの一撃で粉砕し、鍵へと吸収させる。

 

「今だッ! ヒビキッ! ―――アクセスッ!」

 

 そしてこの瞬間、ゼファーは外の響へと叫んだ。

 

 

 

 

 

 夢魔は最後の足掻きに、未来の肉体に限界を超えさせようとしていた。

 ゼファーの肉体が死ねば、精神も死ぬ。

 精神が死ねば、夢魔の鍵の発動も不十分に終わる。

 そこに夢魔は悪あがきの余地を見出したのだ。

 

希望の響かぬ未来は要らない(Gatrandis babel ziggurat edenal)

 

「! バカな、絶唱だと!? 体が崩壊するぞ!」

 

「夢魔の野郎、他人の体だと思って無茶させやがって!」

 

「……この感じ! 翼さん、クリスちゃん! 合図です! 行きます!」

 

「「ああッ!」」

 

 未来から放たれる極大の光を回避し、回避し、回避し、三人は光の薄い一点を狙い撃つ。

 翼の絶唱が光に切れ目を入れ、クリスの絶唱がそれを押し広げ、響がそこに突っ込んだ。

 響は未来の力を吸い上げ、吸引し、霧散させながら一気に接近。

 

「!」

 

 それでも未来の迎撃は避けきれなかった……かに、見えた。

 しかし響はそこでなんと、"ナイトブレイザーを未来に向かって投げる"。

 未来が放った破魔の光は投げられたナイトブレイザーと、投げた反動を合わせて空中跳躍した響の間を抜けていく。

 そしてナイトブレイザーの体が、未来の体に衝突する。

 

「っ!?」

 

 その瞬間、ゼファーの精神は、未来の体内から騎士の体へと帰還した。

 

「ヒビキ!」

 

「分かってる!」

 

 ゼファーは瞬時に未来のアームドギアを奪い、体を抑え、響を呼ぶ。

 響は空を跳ねるように、一番の親友に向かって駆ける。

 最速で、最短で、まっすぐに、一直線に、胸の響きを伝えるために。

 その拳には、響のありったけの思いが詰まっていた。

 

「未来ッ―――!!」

 

 響と未来が出会ってから、もう十年以上になるだろうか。

 笑った日もあった。泣いた日もあった。支え合った日もあった。喧嘩した日もあった。

 この世界に刻んできたその十年の全てを、響は拳に込め、叩きつける。

 想いよ届けと。

 彼女に届けと。

 胸の響きは、祈りのように未来へと届く。

 

 それが、この戦いの決着となる一撃になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、響」

「ん? なあに?」

 

「一番の友達が二人居るって、変なことかな」

「ぜーんぜん、変なことじゃないよ! ……ここだけの話、私も二人居たりするんだ」

「えーっ!」

 

「未来、私思うんだ! 一番だって思える友達が二人居る……

 それって、とっても、とっても! 幸せなことなんじゃないかな、って!」

「……そうかもね。うん、きっとそうだよ」

 

「大親友って呼べる人が居ない人も、きっと居る。

 一番大切な親友は一人しか居ないって、そんな人もきっと居る。

 その人達よりずっと私達は恵まれてると、そう思うわけですよ!」

「うん。……ありがとう、響」

 

「私こそ、友達で居てくれてありがとうって、ずっと言いたかったんだ。二人の親友に」

「私も、本当は……一言や二言じゃすまないくらい、二人にありがとうって言いたかった」

 

「さ、行こ、未来。ゼっくんが待ってる」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう"それ"は、人の精神の形をしていなかった。

 

「……」

 

 グズグズに崩れ、今、終わりを迎えようとしている。

 人の精神は、普段肉体という鎧を着ている。

 肉体という鎧があってこそ、精神という脆い物は他者からの悪意に耐えられるのだ。

 

 ゼファーの精神は、守ってくれる物が何もない状態で未来の悪性に攻撃された。

 むき出しの悪意と敵意と殺意は、鞘に収まっていない刃に近くそれよりも更に恐ろしい。

 彼の心は、彼女の心に殺されかけていた。

 

 特に最後の、未来の心の闇を抱きしめたのが不味かった。

 あれが決定的に、ゼファーの精神を破壊してしまったのだ。

 未来が助かったのを確認した途端、ゼファーは文字通りに『崩れ落ちた』。

 

 にも、かかわらず。

 ゼファーはまだ、死んでいなかった。

 肉体はほぼ崩壊。精神は事実上の死を迎えた。

 なのに、彼はまだしぶとく生を繋いでいる。それは何故か? 単純な話だ。

 

 彼が"死にたくない"と、この期に及んで強く強く願っているからだ。

 

『おきて』

 

 そんなゼファーの精神を、『誰か』が後押しする。

 彼の精神を完全に修復することなど誰にもできはしない。

 けれど、その精神を継ぎ接ぎにして、ほんの少しだけ元の形に戻すことは出来る。

 

『ゼファーは、まちがえなかったのよ。あなたはまだいきるべきなの』

 

 砕けた精神が、辛うじて元の形を取り戻す。

 それは、Dr.ウェルが想像もしていなかったような奇跡だった。

 

『いまでもしんじてる。あなたは、ひとをまもれるひとなんだって』

 

 ぼんやりと意識を取り戻し始めたゼファーの前で、二人の少女の人影が薄れ、消えていく。

 

『たましいは、いつもあなたとともに』

 

『こころは、いつもあなたのそばに』

 

 ゼファーは心の中で、手を伸ばす。

 心の手は届かない。

 触れたいものに触れられない。

 心の中で、ゼファーは一人涙を流した。

 

「ベアトリーチェ……マリエル……」

 

 未来の心を守るため、あの時声をかけてくれたのは誰だったのか。

 

 それを知ったがゆえの、涙だった。

 

 

 




393の絶唱文面もオリジナルなので、後で公式で何か出たら差し替えたいと思います

夢魔の鍵ってなんじゃーって方は第十三話:灼光の剣帝×小さな花×心気絶招 2と3をどうぞ

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