戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 さてさて、G一話でビッキーを『英雄』と呼んだウェル博士は、G七話で「いつもいつも、都合のいいところでこっちの都合をしっちゃかめっちゃかにしてくれる、お前はッ―――」という言葉の後に、どんな言葉を続けようとしていたのでしょうか
 "都合のいいところで"と言った彼に、ビッキーはどう見えていたのか


2

 小さい頃に、切歌は子供達に死神と呼ばれていた。

 だが無責任なことに、当時彼女をそう呼んでいたことを覚えている者はほとんど居ない。

 切歌がそのことを、一生忘れない過去として記憶していたとしても。

 

 切歌の周囲の子供達が、運悪く死に続けるということがあった。

 それ以来、彼女は周囲の子供から「お前のせいで皆が死んだ」と責められ、「自分のせいで友達が死んでしまうのかもしれない」という恐怖を抱いてしまっていた。

 笑顔は失われかけ、切歌は絶望に堕ちかける。

 切歌は調との出会いでその後救われるが、この記憶は一生消えない想い出として根付いていた。

 

 その人生と、イガリマを手にした切歌に最も相性の良かったアームドギアの形状が、死神の鎌であったことは無関係ではない。

 銃にトラウマを持つ雪音クリスが、忌むべきものである銃のアームドギアに高い親和性を示すのと同じだ。

 切歌の忌むべきものこそが、切歌の強い武器となる。それがシンフォギアだ。

 

「殺して下さい、ゼファー・ウィンチェスターを」

 

 だから、ウェルが調を人質に取って切歌を脅した、その時。

 "切歌の想い出"が、切歌の心を責める声の錯覚が、切歌の心の中に生まれていた。

 死神め、と。

 ここから居なくなれ、と。

 あんたのせいで僕の友達は死んだんだ、と。

 自分の友達を死なせて平気な顔で笑うな、と。

 過去に切歌が周囲から言われた言葉が、死神の鎌を握る切歌の耳に、一つ一つ蘇っていく。

 

「なーに、簡単なことですよ?

 一番の親友のために、一番じゃない友達を切れってだけのことです。

 大切なものの優先順位の問題ですよ、優先順位の問題。

 それとも、ここでゼファー君を助けるために月読調を見捨てますか?」

 

 女性に夫と息子のどちらが大事か、選ばせるかのような悪辣な問い。

 "切歌にとって一番大切な人は調である"と確信しているのがなおタチが悪い。

 ウェルは、切歌が切り捨てられずに懊悩する姿を見ようとしているのではない。

 大切な人を切り捨てた結果苦しむ切歌を見ようとしているのだ。

 

「長生きできるか分からない彼を生かすために、月読調を切り捨てられますか?」

 

 凶祓いの光に包まれたこの場所に、助けが来るわけもなく。

 『選ばない』という選択がなされてしまえば、おそらく死人はもっと増えてしまう。

 選ばなければならない。

 調か、ゼファーか。

 一人を選び……選ばなかった方を、死なせなければならない。

 

「えら……えら、選べるわけ……!」

 

「あ、時間は数えてますので、制限時間が切れる前に選んでくださいね」

 

「―――っ!」

 

 友情が、嗤う悪意に踏み躙られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十七話:青年は友に背中を刺され 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の誰もが覚えていなくても、切歌は覚えている。ゼファーは覚えている。

 共に過ごしたあの日々を。友と過ごしたあの日々を。交わしたあの日の約束を。

 忘れられない、少年が少女に聞かせた誓いを。

 

――――

 

「キリカが何かを落としたら、無くしたら俺が拾って届けてやる。

 だから下も向かなくてもいいし、振り向かなくていい。

 キリカが見失った大切なものは、俺がちゃんと見てるから」

 

「キリカが笑って生きていける明日を、未来を、俺が守る。約束する」

 

「キリカの笑顔は素敵だと、そう思うから。

 余計な心配なんてせずに笑ってていいんだ。

 大丈夫、任せとけ。俺が……何からだって、君を守る」

 

――――

 

「でも俺には、力もないし、頭もないし、他の何もない。

 俺は銃を撃って殺すことしか知らない。

 ここで友達になったやつらも、研究者の人達も嫌いになれないまま、好きになっただけで……

 この現実を自分一人で最高に幸せな形になんて、できない」

 

「それでも」

 

「それでも、『現実は変えられないから』なんて理由で、何もしないのは嫌だ。

 それが砂粒みたいな貢献だったとしても、俺は躊躇わない」

 

あの子(キリカ)の明日を、ほんの少しでも幸せにしてやりたいんだッ!」

 

――――

 

 その記憶を抱えたまま、切歌がゼファーをその手で殺すことなど、できるはずがない。

 けれど調を見殺しになんて、できるはずもない。

 幼い頃、初めて調と出会った時の、調と友達になった時の、調に救われた想い出が蘇る。

 何年も前の、ゼファーと出会った時の、その後友達となった時の、その後救われた時の想い出が蘇る。

 頭の中に、『死神』と叫ぶ子供達の声が蘇る。

 手汗で握った死神の鎌が滑りそうで、けれど全く滑る気配がなくて、腹立たしくて。

 震える切歌の歯がガチガチと小さな音を立てていた。

 

「でき……できない、デス……!」

 

「うーん、こう言い変えないとダメですか?

 『やれ』。

 やらなければ、僕はあなたの望まない行動をとってしまうかもしれませんよ」

 

「や、やめっ」

 

「ほらほら」

 

 ウェルに煽られ、切歌は泣きそうになりながらゼファーへと一歩近付く。

 躊躇、恐怖、絶望、悲嘆。

 切歌はもう理性で処理できないほどの感情の渦に呑まれ、震える足で歩くことしかできない。

 鎌を振り上げ、それでも振り下ろすことができなくて、切歌はまともに動かない頭で、震える唇で、心に浮かんだ言葉をそのまま発していく。

 

「ぜ、ゼファー……逃げ……」

 

「どこに逃げるんだよ」

 

「……う」

 

 どこか支離滅裂で、でもこの状況をどうにかしたくて、そんな想いが伝わってくる言葉。

 

「だって、このままじゃ、し、死……」

 

「……俺が逃げたら、シラベが殺される」

 

「っ」

 

 泣き出す一歩手前な切歌と比べれば、ゼファーはずっと落ち着いている。

 だがそれは、切歌と比べればの話だ。

 その表情はいつもよりずっと暗く、溢れ出そうな感情を無理矢理に押し込んでいる様子が、明確に目に見える表情になっていた。

 切歌はゼファーの言葉を受けて、鎌を彼の肩の上にまで振り下ろす。

 けれど、鎌の刃はそこで止まってしまう。

 

「ごめ……ごめんなさ……い、いや、やっぱり……!」

 

 謝りながら切り捨てようとする切歌の想い。

 振り下ろそうとした刃をギリギリの位置で必死に止めた、それと相反する想い。

 二つの想いの板挟みにあい、切歌は今にも倒れてしまいそうなくらいに真っ青な顔をしていた。

 

「……」

 

 ゼファーはそれを見て、どこか納得したような、どこか諦めたような、どこか割り切ったような顔で、けれどいつもの瞳で切歌をまっすぐに見る。

 

「気にするな、キリカ」

 

 彼は笑った。

 

 せめて、笑って死のうと思った。

 

 

 

 

 

 この場で、最も脳の血管が切れそうになっていた者は誰か。

 

「気にするな、キリカ」

 

 それは、二人の会話を横で聞いていた、月読調に他ならない。

 

(こんな……こんな……!)

 

 ウェルのこの行動は、ブランクイーゼルの総意を完全に無視した行動だ。

 裏切者の調の処置を決めるというお題目こそあるものの、行動の結果訪れた結果次第では、ウェルは本格的にブランクイーゼルと決別する道を行きかねない。

 切歌がゼファーを殺さなければ、その結果何も得られないのだとしても、ウェルは調を殺すだろう。調の頭の中にある、エネルギーの爆弾を炸裂させて。

 

 ウェルは損得でやっているのではない。

 "自分はやると言ったらやる"ということを知らしめるためなら、容易に調の命を使い捨てるだろう。日和って殺さないなどということは、まずないと言っていい。

 

 その行動の結果自分がどんなに不利になるとしても、ウェルはやる。

 やるのだ。

 彼の価値観は、彼が価値があると認めるものは、常人とはあまりにもかけ離れている。

 

(動け、動け、動け……!)

 

 調は体を動かそうとするも、指一本動かない。

 原因は分かりきっている。ウェルが手にしている『あの剣』の力だ。

 調の体の動きを止めているのも、調の命を握っているのも、あの剣の力に違いない。

 ならばあの剣を取り上げられればどうにかなるのかもしれないが……ゼファーのガンブレイズが不意打ち気味に当たってもダメだったのに、尋常な手段でそれをなせるわけもない。

 

(せめて口がまともに動けば、私の舌でも噛みちぎってやれるのにッ!)

 

 殺しを強要される切歌に、それを受け入れつつあるゼファー。

 二人を見ていることしかできない調は、自殺も行動の選択肢に入れ始めるほどに、頭の中が煮え滾っていた。

 この光景を調の迂闊な行動が引き起こしてしまったのだから、尚更に。

 怒りが、絶望が、無力感が、調の頭の中に満ちている。

 

「よかったじゃないですか。

 裏切者のあなたの罪状を、あなたの親友が(そそ)いでくれるかもしれませんよ?」

 

 そんな調に、ウェルが煽り気味に声をかける。

 もしも体が動いたなら、調は飛び起きて振り向いてウェルに襲いかかっていただろう。

 けれど現実には彼女の体は動かないまま、地に寝そべり、声を発することすらできない。

 調の頭の中身は目まぐるしく動いているのに、体はそれに付いて来ない。

 

(動け、動いて、私の体―――!)

 

 思考の中で、足掻きに足掻く月読調。

 

 何故か、足掻く調の頭の中に、調のものでない心の声が響くことはなかった。

 

 

 

 

 

 ガンブレイズを一発生身で撃とうと決めた時点で、命懸けだった。

 ガンブレイズを一発生身で撃った時点で、もう体は限界を超えていた。

 けれど、彼は笑ってみせる。

 

「気にするな、キリカ」

 

 泣いて嫌がれば、切歌は絶対に自分を殺せないと、そう理解していたから。

 だから彼は、もし死ぬのならば笑って死のうとしている。

 "死ぬことなんてなんとも思っていない"と、切歌に伝えるために。

 

(どうなんだ、俺は……諦めてるのか……希望を託してるのか……現実逃避してるのか……)

 

 けれどこの期に及んで、ゼファーは自分の心が分からなかった。

 切歌と調のために死ぬことに、納得しているのか。

 二人のために死ぬことに納得していなくて、まだ死にたくないと思っているのか。

 二人のために死ぬことに納得はしていても、まだ死にたくないと思っているのか。

 切歌と調のために死ぬことに納得はしていなくても、死を受け入れているのか。

 

 ただ一つ分かっていることは、切歌が向けて来る死から、ゼファーは逃げようとしていないという事実のみ。

 

(それともまだ……俺は、諦めてはいないのか?)

 

 自分が諦めているのか、諦めていないのかすら、ゼファーには分からない。

 "もしかしたら"の希望はあるが、その希望が結実すると、ゼファーは信じきれていなかった。

 彼は胸を抑えて、その奥にあるものを感じながら、深呼吸を一つ。

 

(自分で、自分の心も分からない。

 ……いや、そもそも、精神が壊れた今もまだ、俺の心は『在る』と言えるのか)

 

 アガートラームのLiNKERで一時的に崩壊は止まっているものの、彼の肉体と精神が崩壊しかかっていることに何も変わりはない。

 ガンブレイズの反動でガタガタになっていた肉体以上の崩壊を始めた精神につられ、記憶までもがグズグズと崩れ始めてしまっていた。

 彼の記憶は、少しづつ思い出せない状態になっている。

 

 自分の精神が胸の奥にまだあるのかも、彼には分からない。

 

(もしも、俺がまだ諦めていないとするならば。

 "俺が生き残る希望"を俺が託している相手、それは……)

 

 ほぼ確実にここで自分は死ぬだろう、と彼は確信している。

 それでも、もしかしたらと、彼は思う。

 限りなく0%であるその可能性を、彼はじっと見つめていた。

 "自らの内にある可能性"が、奇跡に至る可能性を、彼は見ていた。

 

「後に引きずるな。

 俺が"気にするな"って言ってんだから、悔やむこともない。

 すっぱり忘れちまえ、俺のことなんて。

 キリカが未来で幸せに笑ってくれるなら……たぶん、それが一番、俺が喜ぶ弔いだ」

 

「そんなこと……できるわけがないデスッ!」

 

 切歌はゼファーの首に鎌を添えたまま、叫ぶ。

 

「なんで、なんで受け入れられるんデスか!

 死にたくないって言えばいいデス! 受け入れなくていいんデス!

 友達見捨てたって、死にたくないって理由なら、間違ってないはずデス!

 あたしだって、あたしだって死にたくないって思えるんだから、素直に言ったって……!」

 

「……」

 

 もう切歌も、自分が何を言っているのか、自分がどうしたいのか、どうなって欲しいのか、何もかもが分からなくなっているのだろう。

 だがその言葉は、ゼファーに昔の記憶を思い出させた。

 過去の想い出。

 忘れられない想い出。

 友であったジェイナスを見捨て、死なせ、ずっと後悔していた過去のこと。

 

 あの記憶が、ゼファーの"絶対に見捨てない"という気持ちを支えてくれた。

 友を見捨てるという行為に、忌避感をくれた。

 昔を思い出しながら、もう帰らない命を想いながら、ゼファーは微笑む。

 

「やれ、キリカ。お前は明日に進むんだ」

 

「―――っ!」

 

 ゼファーの言葉に背中を押され、倒れたまま動いていない調を見て、その調に剣を突きつけているウェルを見て、切歌は絶唱を発動させる。

 

私の全てが、あなたを照らしますように(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

 ゼファーに突きつけた鎌が巨大化し、その刃に『魂殺し』の特性が付加される。

 これで切り裂けば、ゼファーは最後に残った魂までもを失うだろう。

 先史文明期に、英雄ロディの幼馴染であった女神ザババが手にしていた、ロードブレイザーを倒すための魂殺し・碧刃イガリマ。

 アガートラームの担い手を守りたいという祈りが込められた、そんな碧の聖遺物。

 それが今こうして使われているのも、因果なものだ。

 

 切歌は触れただけでゼファーを殺す刃を彼に突きつけ―――けれど、振り下ろせない。

 イガリマの刃は曲線を描き、ゼファーの左肩・背中・右腰に触れそうで触れない位置で止められて、ゼファーは後ろにイガリマ・前に切歌と、挟まれるような位置で佇む。

 

「う……う、うぅ……うぅッ……!」

 

「キリカ」

 

「できるわけ……できるわけ……!」

 

 ゼファーが言葉で背中を押そうとも、もう切歌はこれ以上刃を進めることができない。

 答えは出た。

 切歌は誰よりも大切な調と天秤にかけたとしても……ゼファーを殺すことなんて、できない。

 

(できない……!)

 

 ゼファーを殺さねば調が殺されてしまうのだと言われても、殺せない。

 調が一番大切な友達、という前提が揺らいだからではない。

 ただ、それほどまでに……ゼファーという青年が、切歌という少女にとって、大切な友であったというだけのことだ。

 

「まったく」

 

 それゆえに。

 彼女の友情は、悪意に踏み躙られる。

 自分の意志で友を殺す権利が失われた後には、自分の意志に反して友を殺す未来が待っていた。

 

「しょうがないお子様だ」

 

「―――」

 

 その時ウェルがしたことは、三つの事柄のみ。

 呆れたように、切歌を見限る言葉を吐く。

 ゼファーの背後に零時間移動する。

 そして触れただけで死に至る絶殺の鎌を、『剣』の加護を受けた素手で押す。

 この三つだけだ。

 

 そして、ただそれだけで、切歌の魂殺しはゼファーの背に食い込んだ。

 

「あ」

 

 魂が切り裂かれる絶対的な痛みが、ゼファーの意識を一瞬で消失にまでもっていく。

 だが、ゼファーはこらえる。

 一瞬にして死に至るはずの一撃に、ほんの数秒だけ耐えてみせる。

 そして笑って、切歌に遺言のような言葉を託した。

 

「俺の仲間と友達に、伝言を頼むよ。

 "誰も恨むな、手を繋げ"。

 "これは俺の選択だ。キリカもシラベも悪くない"。

 みんなみんな愛してる、喧嘩すんなよ、ってさ。伝えてくれ」

 

 堰が切れたように、切歌の目から涙が溢れる。

 

「なん、で……どうして……!」

 

 何故ゼファーを殺した自分にそんなことを言うのかと、涙をぼろぼろとこぼしながら、切歌はすがるように彼に問う。

 ゼファーは泣いてしまった彼女を見て、彼女を安心させるため、優しく抱きしめる。

 "人間を演じるため作っていた"自分の体の体温を、切歌へと伝えていくゼファー。

 

 

 

「キリカに貰った元気の暖かさを。まだ、覚えてる」

 

 

 

 理由はそれだけだと言わんばかりに、彼は微笑んだ。

 それだけで十分だった。

 それ以上の理由なんて、要らなかったのだ。

 

 そしてゼファーの肉体がほどけ、存在がほどけ、切歌を抱きしめる青年の体が消えて無くなる。

 

「あ」

 

 ガキン、と音が鳴って、人口の地面に銀色の剣が突き刺さる。

 それがゼファーなのだと、何故か分かった。分かってしまった。

 それは"ゼファーだったもの"なのだと、何故か分かった。分かってしまった。

 切歌は目の前に突き刺さる聖剣を見て、前が見えなくなるくらいに涙を流しながら、言葉にならない声をこぼしながら、その場にへたり込む。

 

 聖剣『アガートラーム』。

 

 ゼファーの肉体、精神、魂を崩壊させた後には、聖剣だけが残った。

 人としての死体も残らず、人として死ぬことすらもできず。

 そうして、ゼファー・ウィンチェスターは、暁切歌の手で死に至る。

 

「あああああああああああああああああああッ!!!」

 

 切歌の絶望に満ちた絶叫だけが、その結末を飾るBGMだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院のベッドで、検査を受けている未来が横になっている。

 すっかり良くなったのか、未来が受ける検査はこれで最後になるだろう。

 自分の体が良くなり、少し前にゼファーからゼファーの体をどうにかする手段が見つかったと知らされ、未来はすっかり上機嫌だった。

 彼女は明日に何の不安も抱えていない。

 

(元気にやってるかな)

 

 今の彼女の頭の中は、ゼファーのことでいっぱいだ。

 いずれはそうでなくなるだろうが、今は自分の恥部を全部見られた羞恥心で頭が埋め尽くされている。羞恥心以上に感謝もあったが、それはそれ、これはこれだ。

 親友に自分の秘密を全て明かした後の少女の心境、というのが近いだろうか。

 あるいはエロ本を読んでいるのを親に見られた後の少年の心境も近いかもしれない。

 

(……恥ずかしい……でもなあなあにするのも、忘れてくれっていうのも何か違うし……)

 

 忘れてくれといえば、ゼファーは未来の中で見たものを忘れたように振る舞ってくれるだろう。

 だが、無かった事にはしたくないと、他でもない未来自身が思っている。

 未来はちゃんとあの時のことを感謝して、お礼をしたいと思っているのだ。

 

(そうだ、お礼にマフラーを贈った響みたいに、私も何か作ろう)

 

 未来が思い出したのは、二年前に響がゼファーと未来に贈ったマフラー。

 ゼファーはあれを愛用し、ついには自らの一部として取り込んでいた。

 あれくらい大事にしてもらえるなら……と、未来は思ったのだ。

 

(食べ物みたいな形に残らないものじゃなく、形に残るものを)

 

 感謝を形にするため、未来は考えに考える。

 

(想い出に残るものを)

 

 それが、目に見える繋がりになってくれたらいいなと、ちょっとだけ思いながら。

 

(できれば、身に付けてくれそうなものがいいな……)

 

 未来は明日も会いに来てくれるであろう彼を思い、さり気なく何を贈ればいいのかリサーチしようと、明日に希望を持っていた。

 

 明日の幸福が保証されていると、何の根拠もなく、信じ込みながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動けない調を見やり、涙を流しながら絶望する切歌を見やり、ウェルは笑う。

 そしてゼファーの背中に鎌の刃を押し付けたその右手で、ゼファーの成れの果ての聖剣を引き抜き、左手に持った『剣』の力で干渉を始めた。

 

「さて、吐き出してくださいな」

 

 ばちん、と紫電が走り、アガートラームが『鍵』を吐き出す。

 ルシファアからゼファーに手渡され、彼の精神の中に潜行していた"夢魔の鍵"だ。

 ……おそらくは。

 悪人の手に渡さないため、フィーネのような何をするか分からない人間にも渡さないため、ルシファアがゼファーを選んで渡したはずのもの。

 

 それが今、ウェルの手の中にある。

 

「これが機龍ロンバルディアの起動、制御、操作を司る鍵……

 うんうん、これが欲しかったんですよね。駒はこれで全部出揃った、かな」

 

 ウェルは鍵を手の中で転がし、ポケットの中に放り込む。

 そして空いた右の手で、再びアガートラームを強く握った。

 右手に聖剣、左手にもう一つの剣を握るウェルが空を見上げると、維持していたはずの聖遺物殺しの光の壁に穴が空く。

 穴が空いてからすぐに、少し遅れて届く爆音。

 更に音に遅れて、飛び込んで来る四つの人影があった。

 

「ほう……

 ゼファー君の独断専行に気付いた二課装者が来るも、凶祓いの壁を越えられず立ち往生。

 僕らの行動を察知して来たマリアが突入してきたのに合わせ、同時突入といったところかな?」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ、立花響、雪音クリス、風鳴翼。

 彼女らは完全に手遅れになったこのタイミングで、この処刑場へとやって来た。

 おそらくはネガティブ・レインボウで、神獣鏡を模した光さえ蹴散らして来たのだろう。

 マリアはイグナイト発動済み、響達はギア起動済みの状態で、ここに向かって一直線に飛び込んで来ている。

 

「大したものだ、ネガティブ・レインボウ……

 この天と地の間で最強の攻撃手段。僕がアレを手にすることはないんだろうなあ」

 

 ウェルは眩しいものを見るように、迷いなくこちらに向かって来るマリアを見る。

 だが(かぶり)を振って、右手に持った聖剣をもっと眩しいものを見るような目で見て、すぐさま先程までの下品な笑顔を浮かべ直す。

 やがて、やって来た装者達はウェルの前にまで辿り着き、彼が手に握る聖剣を見る。

 

「これは……」

「! あの剣……!」

「まさか……まさか、そんな……!」

 

 それを見て、装者達は四者四様の反応を見せる。

 クリスは全身の毛を逆立てるかのような様子で、目を見開いて牙を剥く。

 響は口元を抑えて、恐慌と絶望と悲嘆を表情に浮かべる。

 翼に至っては、奏が死んでしまった時と同じような顔になっていた。

 

「ウェル、貴様ぁッ!!」

 

 そしてマリアは、激昂する。

 

 倒れ伏して動かない調。

 涙を流し茫然自失のままへたり込んでいる切歌。

 そしてアガートラームを持つ、ウェル博士。

 これを見て状況が理解できないブランクイーゼルの人間は居ないだろう。

 

 マリアの激昂につられて、二課の装者達もウェルに怒りをぶつける。

 ゼファーの死を前にして誰もが冷静さを失い、それでいて最大威力の一撃を放っていた。

 

「―――ッ!!」

 

 声にならない叫びと共に、一箇所へと集約されていく四人の攻撃。

 響が拳から、陽光のような拳の衝撃波を放つ。

 装者指折りの火力を持つクリスが最大火力をぶっ放す。

 翼が防御や機動に使っているエネルギーまで総動員した、渾身の蒼ノ一閃を振り飛ばす。

 そしてマリアが、それらの攻撃を完全対消滅させないよう、ネガティブ・レインボウを撃った。

 

 

 

 

 

 四人の装者の全力、それも聖遺物の数だけで見れば七つ同時に励起された破壊力、加えてイグナイト・グラムザンバーも含む最大火力の集約だ。

 並の完全聖遺物であれば、防御しようが即座に蒸発させられているであろう威力。

 クリスは打倒を確信し、けれどゼファーの件で頭に昇った血はまだまだ下がっておらず、ウェルの死体が残っていれば蹴りに行きそうな勢いだ。

 

「……やったか? くたばれ、クソッタレめ……!」

 

 "キレている"のはクリスだけではない。

 調が動ける状態だったなら、切歌が絶望に沈んでいなかったなら、この場でウェル以外の全員がウェルに激怒しながら襲いかかっていただろう。

 だが、その怒りが形となってウェルにぶつかり……攻撃が産んだ爆煙の中から"無傷のウェル"が出てきた瞬間、皆の頭に昇った血が、戦慄と危機感にて凍りついた。

 

「おお、怖い怖い」

 

「!」

 

「ヒヤリとしましたね。

 攻撃を読んだ上で全力で防御していなければ、危ないところだった」

 

「バカな、あんだけの攻撃をくらって……!?」

 

 複数の聖遺物を重ね合わせたシンフォギアが複数、それもグラムザンバーまで混じっていたというのに、ウェルには傷一つ付いていない。

 クリスの驚愕ももっともだ。

 グラムザンバーがシンフォギア化で出力を落としているとはいえ、イグナイト化で出力はかなり向上しており、尋常な手段でかの暗色の虹が防げるはずがない。

 アースガルズが全力で防御すればあるいは……という次元の話になるだろう。

 

 信じられないものを見るような目で見てくる装者達を前にして、ウェルは手にした左手の剣の銘をゆったりと口にする。

 

「魔剣『ルシエド』」

 

 その瞬間、ウェルに名を呼ばれたことに応えるように、ルシエドと呼ばれた剣から力が吹き出し始める。その力の圧力に、思わず翼は一歩後退ってしまった。

 

「こ、この、圧力……!?」

 

「この魔剣はかつて、アガートラームやグラムザンバーと並び称された完全聖遺物」

 

 剣から放たれる力が、ウェルに対して憎悪に近い怒りを抱いていた装者達の足を、彼女らの意志に反して止めてしまう。

 魔剣ルシエドが発する力がただ強いからではない。

 その剣から発される力が、装者達の精神の根源に近い部分に働き、警鐘を鳴らしているのだ。

 やめろ、立ち向かうな、と。

 ギアを纏った勇気ある立花響ですら、足が震えてしまっている。

 

(足が、震えて……!?)

 

「この世界にかつて存在した『神』の一柱。

 意思ある力守護獣(ガーディアン)の一つ、"ルシエド"がその身を捧げて完成させた物です。

 人、始祖守護獣(カストディアン)、ドラゴン、他の守護獣達……

 この星の上に生きるありとあらゆる知性体の技術を集め、剣の形に整えた奇跡の一品」

 

 調も生身でこれを喰らったならば、体が動かなくなってもおかしくはあるまい。

 漏れ出た力だけでも、体を竦ませるほどの圧倒的な力の奔流。

 

「核はグラブ・ル・ガブルがこの宇宙の次に生み出した貴種守護獣(ガーディアンロード)の片割れ。

 すなわち、欲望の守護獣・ルシエド。

 有する機能は先史の時代に存在した技術全て。

 そして僕が『欲しい』と欲望を向けた、他者が持つ機能の全て。

 原動力は欲望。この剣は僕の欲望を吸って、吸った分に相応の力を発揮する。そして――」

 

 ウェルがそれをひとたび空に掲げれば、閃光が空を切り裂いた。

 

「――どうやらこの剣は僕が持つ限り、無限大の出力を持つようだッ! はははははははッ!」

 

 際限のない欲望がウェルより溢れ、それを吸い上げたルシエドは、空を切り裂いてなお余りある光刃を創り上げていく。

 クリスは、シンフォギアの保護がなければ己の体がとっくに潰れているであろう事を自覚する。

 

(漏れ出る力だけで……あたしの体が押し潰されちまいそうだ……!)

 

「欲望は無限。

 天井も無ければ底もないッ!

 そして人の数だけ欲望があるように、欲望は無限に多様でもあるッ!

 ゆえにこの剣に出力上限なんてものはなく、搭載できる機能の数に制限も無いッ!」

 

 ウェルの手元から空まで伸びた光が収斂し、圧縮され、様々な形へと変わる。

 翼がその中の剣を見た。クリスがその中の弓を見た。響がその中の槍を見た。

 彼女らの視線が惹きつけられたということが、それが"どういうものなのか"の証明になる。

 鏡もあれば、ゴーレムも居て、人形も居る。

 魔剣ルシエドが光として顕現させた機能は、数えきれないほどに多種多様。

 

 ウェルは果たして、どれほどのものを見て、それを『欲しい』と思ったのだろうか?

 魔剣ルシエドは、どれほどその欲望を形にしたというのだろうか?

 

「尽きることのない欲望と対等である存在は、折れることのない希望だけだ!」

 

 欲望を司る守護獣が形を変えた魔剣ルシエドは、ウェルを選んだ。

 

「そして、この星の上に存在する全ての欲望の力が、この剣には流れ込んでいる」

 

 それはすなわち、"全ての欲望の力"が彼の後押しをしているということを意味する。

 

「そんなもの、制御できるわけが……」

 

「僕の欲望は、それができると判断されたようですよ」

 

「!」

 

 翼の疑問に、ウェルは確信に満ちた断言を返す。

 ウェルは心が強い人間か? いや、そうでもないだろう。

 ウェルは意志が強い人間か? いや、そんなわけがない。

 顔を殴られそうになれば怯えるし、ちょっと脅せばすぐ逃げる、一本筋なんてどこにもない。

 けれど彼は諦めないし、困難を前にして折れないし、何度でも立ち上がる。

 それは何故か?

 

 彼は心強くない。意志も強くない。だが、欲望だけは誰よりも強いのだ。

 あれが欲しい。これも欲しい。英雄願望に承認欲求。

 欲望が強すぎて、それ単体で信念と似て非なるものになりかけている。

 世界中の欲望とぶつかり合ってもなお飲み込まれないほどに大きく、強い欲望。

 その存在を知覚するなり、クリスは苛立たしげに銃を構えた。

 

「要するにてめえが欲深ってだけじゃねえか……うぜえんだよッ!」

 

 魔剣ルシエドの重圧の中、誰よりも早く攻撃の姿勢を取ったのは流石としか言いようがない。

 クリスは煮え滾る怒りと戦意をそのままぶつけるかのように、右手に形成したクロスボウガンから赤い光の矢を放った。

 響も、翼も、マリアも、その攻撃に続こうとする。

 

「ルシエド」

 

 だがそこで、ウェルが剣を握ったままその名を呼んだ。

 

 世界が軋む。

 視界が揺れる。

 色彩がズレる。

 途方も無い違和感が、装者達の視界――認識している世界――に満ちていく。

 

 何かがぶつかる音がした、『気がした』。

 何かが壊れる音がした、『気がした』。

 何かが回避され、空振った音がした『気がした』。

 装者達が認識している世界が、一瞬の間に何かおかしなことになっていく。

 

 クリスが攻撃をして、その攻撃がウェルに届く前に、魔剣はウェルの求めに応える。

 何が何だか分からないまま、否、分からせないまま、魔剣は力の行使を終了させた。

 そして二課の装者達は突然に倒れ、突然肩を抑えたマリアが膝をつく。

 

「な、に……!?」

 

「ちょこまか逃げ回られては面倒なので」

 

 切歌と調に続き、ウェルの手によって無力化された少女が追加され、五人に増える。

 唯一立っているマリアに向かって、ウェルは魔剣ルシエドを突きつけた。

 

「僕の攻撃が当たらない確率を0にして、君達を一撃で倒せない確率を0にしました」

 

「……!」

 

 そんなことができるのか?

 できる。魔剣ルシエドならばできるのだ。

 この魔剣は、フィーネがロードブレイザーを倒すために当てにしていた武器の一本。

 だが、逆に言えば、その魔剣から放たれた必勝の一撃にさえ、マリアは耐えた。

 

「しかし、流石はグラムザンバー。

 いや、フィーネと違い、流石グラムザンバーに選ばれた側のマリアと言うべきでしょうか。

 出力こそ完全聖遺物時代より低いとはいえ、ルシエドの能力を防ぐ機能も目覚めさせるとは」

 

「……元より、完全聖遺物グラムザンバーを再起動させたのは私よ。

 実際に使いこなすための修練の時間こそ得られなかったけれども……」

 

「でしょうねえ。完全聖遺物のグラムザンバーをあなたが持っていれば、僕も危なかった」

 

 他の全員が倒れてなお、マリアは立っている。

 されど槍を杖のようにして立っていても、彼と彼女の間には『完全聖遺物』と『シンフォギア』の差が、壁のように立ち塞がっていた。

 

「僕の魔剣ルシエドを打ち倒せるのは、グラムザンバーとアガートラームだけだ!」

 

 グラムザンバーは砕かれ、既に完全聖遺物からシンフォギアへと堕している。

 アガートラームは担い手を失い、今はルシエドに干渉されてウェルの手の中だ。

 完全な形を保ち、最高の担い手を得ているのは、魔剣ルシエドのみ。

 ゼファーが消されてしまった時点で、ウェルが負ける可能性は消えてしまったのかもしれない。

 

「さて、と」

 

 ウェルは右手に持っていたアガートラームを地に突き刺し、ポケットから夢魔の鍵を取り出す。

 

「いい加減この幕にも一区切りをつけましょう。目覚めよ、ロンバルディアッ!」

 

 そして鍵が空に掲げられると、鍵は光を放ち、海を照らす。

 すると光を飲み込んだ海が隆起し、海の底から何かが飛び出してくる。

 それは船のようで、遺跡のようで、大地のような、巨大な建造物のようなものだった。

 

 

 

 

 

 東経135.72度、北緯21.37度付近の海域。

 ここには『フロンティア』の名でも呼ばれる、封印された星間航行船がある。

 その封印は聖遺物の力で組み立てられているため、神獣鏡の聖遺物殺しの力でも解除はできる。

 

 だが、封印である以上。

 『鍵』を使って、正当な手段で開けることだって可能だ。

 

 

 

 

 

 フロンティアの名で呼ばれるそれに、真の姿があることなど、ブランクイーゼルでも限られた者しか知ることのない事実だろう。

 

「フロンティアッ! 変形合体ッ!」

 

 ウェルが夢魔の鍵を放り投げれば、フロンティアがその鍵を吸い込んで取り込み、ウェルをマスターとして認証する。

 そしてウェルの叫びに呼応して、フロンティアは変形を始めた。

 全長30kmの星間航行船が、まず"割れる"。

 否、分離した。

 

 三つに分離した星間航行船はそれぞれが空中で変形し、再度合体。

 信じられないことに、船だったはずのそれは一瞬で『ドラゴン』へと姿を変えた。

 

 星間航行船形態(フロンティアモード)から、龍形態(ドラグナーモード)へ。

 かつて海底でベリアルを排出した船の形態から、もっと昔にそうであった時の龍の形態へ。

 ウェルが望んだ、全長30kmの超弩級巨大ドラゴンの姿へと変わる。

 

「さあ、僕に従え! 僕の乗騎となるがいい! ロンバルディアッ!」

 

 昔、昔のこと。

 この宇宙の外側からやって来て、その後カストディアンと共に地球にやって来た、そんな特別な一匹のドラゴンが居た。

 そのドラゴンの力は凄まじく、ゴーレムや守護獣ですら敵わないほどだった。

 

 だが、そんな至上のドラゴンであっても、ロードブレイザーに勝つことはできなかった。

 

 この宇宙の外から来た特別なドラゴンは、この宇宙に存在する全ての命を合計したものよりも、はるかに大きな命を持っていた。

 それこそ、ロードブレイザーであっても殺しきれないほどに。

 更に、地球という星とそこで生きる命に、愛着を持ってくれていた。

 それこそ、最初から最後までロードブレイザーと戦う最前線に居てくれたほどに。

 

 結果、ロンバルディアは殺されぬままに、その精神と魂を焼却されてしまった。

 

 機械と生物の融合体という異例の生物・ドラゴンの中でも更に異例、そんなロンバルディアであったからこそ至ってしまった、最悪の末路。

 ロンバルディアの体は海に沈み、永遠の平穏を仲間達――ロンバルディアと共に戦った人間――に願われながら、封印の奥に埋葬された。

 その場所が東経135.72度、北緯21.37度付近―――ウェル達が居る、この海域だったのだ。

 

「フロンティアの日本における呼称は『鳥之石楠船神』。

 それは鳥のように空を飛び、石で出来た、船であり神であるという意を持つ名!

 すなわち、生物であり鉱石であり機械である、ロンバルディアのことに他ならない!」

 

 来たるべき日にロンバルディアという最大戦力を利用するため、ノイズを開発した先史の研究者達が開発したのが『夢魔の鍵』だ。

 これは既に存在していた夢魔という聖遺物を利用し、夢魔を吸収し支配する力と、ロンバルディアの肉体を動かす仮想人格として夢魔を使役する力を持っていた。

 夢魔。

 夢魔の鍵。

 ロンバルディア=フロンティアの封印座標。

 この三つが揃っていなければ、ロンバルディアという極大兵器は扱えない。

 そんなセーフティだけが設置され、解除されずに一万年近くの数千年が経つ。

 

 だが今、その封印は解かれてしまった。

 先史の時代に最も危惧されていた、"悪人がロンバルディアを手に入れる"という最悪の事態の到来と共に。

 

「ここからは僕の時代だ! ひゃははははははッ!」

 

 有事に人類種を守る役目を課されていたであろう運命の方舟(デスティニーアーク)は、守護者として戦ったロンバルディアは今、人類に牙を剥く脅威と成り果てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンバルディアを従えたウェルが、上機嫌に空を舞うドラゴンを見上げる。

 

「これで終わり……だと、思っていたんですがね」

 

 だがその上機嫌もどこかへ消え失せ、彼が振り返ればそこには、立ち上がる装者の姿があった。

 雪音クリスが膝に手を当て立ち上がっている。

 風鳴翼が剣を杖にして立ち上がっている。

 立花響が力強く立ち上がっている。

 確実に倒したというのに、確実に気絶させたというのに、再び立ち上がり、諦めない気迫を、ゼファーを殺された怒りを、装者としての覚悟をその体から滲ませている。

 

「倒れても、倒れても……立ち上がるのが、私達だッ!」

 

 響が叫び、ウェルが眉をひそめる。

 そう、この精神性だ。

 この精神性こそ、ウェルが"英雄が持つもの"であると知りながら、自分が持てていないもの。

 彼が眩しく思い、忌まわしく思い、どう頑張ろうとも手に入れられないもの。

 

 立花響を始めとする少女達こそが、ウェルに現実を突き付ける。

 天地を引っくり返す力を手に入れようとも。

 この世全ての欲望を力と変える剣を手にしようとも。

 どれほどまでに強くなろうとも。

 

 ウェルは"強くなる"ことはできても、"英雄になる"ことはできないのだと。

 

「……ふん」

 

 折れることのない希望を持つ立花響が、ウェルに突き付ける。

 

 絶対的な力を前にしてなお折れない心は、まさしく人が『英雄』と呼ぶ輝きを宿すものだった。

 

「っ……その、通りだ!」

 

 響の叫びに続き、翼が力強く立ち、剣を構える。

 二人に続いて、打たれ弱いはずのクリスもやせ我慢と気合で立ち上がった。

 

「この程度であたしらをどうにかできると思うなッ!」

 

 響達の胸には、今や途方も無い悲しみと怒りが満ちている。

 彼女らがまだ戦えているのは、怒りが悲しみを凌駕しているからだ。

 怒りが少しでも収まってしまえば、悲しみに打ちひしがれて立てなくなってしまうだろう。

 だがそれは、今ではない。

 

(これは……彼女らの精神力と、シンフォギアの特性か)

 

 "絶対に倒す"という能力行使による、"絶対に倒されてしまう"という可能性の押しつけを、シンフォギアの『音楽のバリア』が僅かながらに弾いたのだろう。

 シンフォギアの真骨頂は、炭素転換やネガティブフレアを弾く概念障壁だ。

 ほんの僅かに踏み止まれる要素があるのならば、精神面においてとてつもない強さを持つ彼女らは、何度だって立ち上がるだろう。

 マリアもまた毅然と立ち、ウェルに槍を向ける。

 

「ウェル、覚悟を決めろ」

 

「あーマリア、面倒臭いんでそこの装者らを押さえ込んでおいてくれません?」

 

「どの口でそんなことを! 私の友を殺したお前の、言うことなど……!」

 

「いえいえ、お優しいマリア・カデンツァヴナ・イヴのことだ。

 "僕に殺される前にその子らを取り押さえ"なくて、いいので?」

 

「―――!」

 

 ウェルの悪辣な言い回しが、マリアの槍をピタリと止める。

 彼は有言実行し、躊躇わないだろう。

 二課の装者達が襲いかかって来たならば、ウェルはそれを撃退し、死体を三つ増やすはずだ。

 

「頭を冷やして考えてみてください。あなた、僕に勝てますか?

 その気になればゴーレムを全機集結させられる、ロンバルディアも居る僕に」

 

 勝てるわけがない。

 マリアは自分一人ならば、それでもウェルに襲いかかっていただろう。

 だが今は、マリアと共に死んでしまう者達が居る。

 命惜しさではなく、保身でもなく、マリアは他人の命のために槍を止めてしまう。

 ウェルの言葉は、マリアの"優しさ"につけ込んでいるようなものだった。

 

「気付いていますか?

 彼の友人であるその子らの生死を決めるのは、僕の選択でなくあなたの選択だということに」

 

 "ゼファーの友人"であるということまで引き合いに出して、ウェルはマリアに決断を迫る。

 二課の装者と共にウェルに挑み、ブランクイーゼルを決定的に決裂させて、ゼファーの友人達と共に死んでいくのか。

 二課の装者達を殺さないよう取り押さえ、これ以上誰も死なせずに終わらせるか。

 迫られる二択。

 選ばせる気のない二択だった。

 

「さあ、これ以上死なせたくないと、そう思うなら……

 その子らを全員取り押さえてくださいな。僕がうっかり手を滑らせる前に」

 

「―――っ」

 

 マリアは歯を食いしばり、倒れたまま動かない調に何かを握らせて、響達と対峙する。

 彼女が調に握らせていたものは、ペンダントだった。

 セレナの死後にマリアが受け継ぎ、壊れて動かないまま、ずっとマリアの身に付けられていたペンダントだった。

 

 まだセレナの姉としての意識を持っているマリアがこれを調に手渡したことに、何の意味も無いわけがない。

 このペンダントは、セレナの犠牲に恥じない自分で居ようとする、マリアの覚悟の象徴だ。

 セレナの親友だったゼファーを死なせ、その上ゼファーの仇も取ろうとせず、むしろ仇を取ろうとしている少女達と戦う……その行動に、マリアが何も感じないはずがない。

 

 ペンダントを身に付けるのをやめ、調に渡すマリアの心境は、いかばかりか。

 倒れたまま動かない調、涙を流し四つん這いになって謝罪の言葉を吐き続ける切歌、その二人を見るマリアの心痛はいかばかりか。

 この期に及んで、ウェルの助けになる行動を取らなければならないマリアの苦しみは、いかばかりか。

 それでもマリアは、それがゼファーの弔いになんかならないと分かっていても、せめてゼファーの友を死なせないためにと戦う。

 

「そうそう、それでいいんです。

 アガートラームもロンバルディアも手に入りました。

 客観的に見れば、僕はブランクイーゼルに貢献しかしていませんからね」

 

 マリアがどんなに心中でウェルを憎み、怒り、嫌っていても。

 彼女の槍は、ウェルへと向けられていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振るわれた魔槍に立ち向かうは、クリスの魔弓。

 

「邪魔だ―――くたばれ」

 

 クリスは一も二もなく絶唱を歌い、ギアの全能力を全開放。

 怒りでギアの機能を片っ端から解放し、それらを高い適合係数・ぶっちぎりの戦闘センス・激情によって奇跡的なバランスを保つ精神、この三つで制御する。

 絶唱の負荷を計算して、ほどほどなところで止める気なんて毛頭ない。

 クリスは自らの全てを爆発させるくらいの心持ちで、銃火を放つ。

 

 この瞬間、クリスはエクスドライブを除けば過去最大の火力を発揮していた。

 

「てめえら! 全員! 五体満足で帰れるとは思うんじゃねえぞッ!!!」

 

「っ!」

 

 ミサイル、矢、ビーム、レーザー、榴弾、ライフル弾、砲弾、フレシェット弾、HEAT弾。

 クリスの知るありとあらゆる火力兵器が、次から次へと顔を見せていく。

 

(なんて火力……!)

 

 力を加減し損なって響達を殺してしまわないよう、イグナイトを解除していたマリアだったが、早くも解除したことを後悔していた。

 イグナイトはそうポンポンと発動したり解除したりはできない。

 そしてイグナイトを使っていない今のマリアに、この火力は厳しかった。

 

 マリアは動けない調と切歌を庇わなければならない。

 ウェルも守る必要は全く無いのだが、庇う必要はある。流れ弾の一発でも行ったらコトだ。

 なのに、ギアのリミッターの一部、及び精神的なリミッターの全てが外れている今のクリスの火力は凄まじい。

 爆発に爆発が折り重なり、その中を鋼の弾丸とビームの弾丸が飛んで来る。

 ネガティブ・レインボウを操るマリアですら、その対処に苦労するほどであった。

 

 クリスの激情・憎悪・憤怒は綺麗に噛み合い、攻撃範囲と攻撃密度と攻撃威力を並立する。

 いかなマリアといえど、これだけの広範囲にこれだけの火力を叩き込まれては、そうそう対処しきれないようだ。

 

 魔弓は『今は亡き友への想い』一つで、魔槍と互角にやり合うという、信じられない力を発揮していた。

 

(このままじゃ、クリスちゃんが……!)

 

 だが、誰が見たって分かる。

 雪音クリスは、このままではギアの負荷によって死んでしまうだろう。

 彼女はギアを使い丸一日だって戦える体に、一分かそこらで死にかねないほどの負荷をかけている。それだけの負荷が、これだけの火力を生み出しているのだ。

 響は病院で眠っていた未来のことを思い出し、剣に成り果てたゼファーの末路を思い浮かべ、そして、クリスが死ぬかもしれない未来を想像した。

 

(……もう、もう、誰も!)

 

 ウェルへの怒りが、ゼファーへの友情が、筆舌に尽くしがたい悲しみが、止まらない絶望感が、響の胸中に満ちていく。

 それら全てを振りきって、響はクリスの体内に生まれるギアの負荷へと干渉し、クリスの命を救うことに全力を尽くし始めた。

 

(もう誰も……死なないでッ!)

 

 響の力を持ってすれば、他人が発動しようとした絶唱のエネルギーを吸い上げ、天に放って拡散させることなど容易いことだ。

 だが、彼女はそうしない。

 あえてそれよりも難しい、負荷だけを緩和し消滅させる作業に没頭する。

 

 ……止められなかった。響にも今のクリスの気持ちが分かってしまうから、止められなかったのだ。クリスのその怒りを、クリスの思うようにさせてやりたかったのだ。

 結果的に、響のバックアップを受けたクリスが、限界を超えてマリアと拮抗する形となる。

 

 魔弓VS魔槍。

 

 だがその戦いをよそに、ウェルへと挑む装者の姿があった。

 

 

 

 

 

 風鳴翼が突っ込んで来るのを見て、ウェルは呆れたように溜め息を吐く。

 

「せめて、遺品のアガートラームだけでも回収しようと? 短絡的ですねえ」

 

 ウェルは翼よりもはるかに早く、地に突き刺した剣を手に取ろうとする。

 ゼファーのガンブレイズが奇襲で当たってもどうにもならなかったのだ。

 ウェルがひとたびその剣を手にしてしまえば、奪取の機会はもう訪れないだろう。

 

「おや?」

 

 だが、アガートラームを掴もうとしたウェルの手は、空振った。

 聖剣は"ひとりでに"飛翔し、ウェルの近くを離れ、翼の手の中へと収まる。

 翼はアガートラームを手にした途端、聖剣が発する光を纏い、そのギアの形状を変えていく。

 

「! なんと……」

 

「魔剣ルシエドは使い手を選ぶのだろう。

 魔槍グラムザンバーも選ばれた者にしか全力は発せないのだろう。

 だが、この聖剣アガートラーム……いや、"ゼファーの剣"も同じこと」

 

 天羽々斬とガングニールの衣装が入り混じっていた翼の服装が、修道女の服と、巫女の服と、戦士の鎧を融合させたものへと変わる。

 それは天羽々斬にして天羽々斬にあらず。

 ガングニールにしてガングニールにあらず。

 今の翼を包む服の形をした防護壁は、アガートラームが創り出したもの。

 

「思い上がるな、Dr.ウェル!

 『この剣』は! 人の安寧と幸福を願う者のみが振るうことを許されるのだと、心得ろッ!」

 

 "変わった翼の姿"を見て、ウェルは思わず、声が裏返るほどの驚愕を言葉にしてしまう。

 

 

 

「青い髪に聖剣……伝承に記される『アガートラームの剣士』だとッ!?」

 

 

 

 それは、翼が借り物の"運命を変える力"を手にした証明。

 ゼファーから翼へと渡された力のバトン。

 そして、伝説の再臨だった。

 

「……残滓が、彼の残り香が、風鳴翼を選んだというのか!

 精神も魂も残っていなくとも! こんなことが起こるというのか!?

 彼は託すならば、選ぶならば、"風鳴翼がいい"と、そう思っていたということか……!」

 

 これも運命か、とウェルは呟く。

 先史文明期、アガートラームを振るっていたのは青い髪のロディ・ラグナイトだった。

 因果なものだ。

 聖剣に残ったゼファーの残滓が"託すなら翼"と思った結果、時を越え、人に害を成す災厄に立ち向かう青い髪の剣士が現代に蘇ったのだから。

 

 長く青い髪が、アガートラームの銀色の刀身に、悲しいくらいに映えている。

 

「分かっている、ゼファー」

 

 翼は悲しそうな顔で、泣きそうな顔で、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうな顔で、アガートラームの刀身を見つめる。

 そして目を閉じ、一秒置いて、目を開く。

 ただそれだけの行動で、前を見る翼の表情から、悲しみと迷いは消えていた。

 

「こんな形でお前と共に戦いたくはなかったが……行こう、共に」

 

 踏み込む。

 翼はアガートラームの加護を受け、魔剣ルシエドが発して来たエネルギーの奔流を切り裂いた。

 踏み込む。

 刀身に、天羽々斬・ガングニール・アガートラームの力を込める。

 踏み込む。

 その剣を、唐竹割りに振り下ろす。

 魔剣ルシエドと聖剣アガートラームがぶつかり合った。

 ウェルの欲望を吸うルシエドが、翼の意志を吸うアガートラームが、全力をぶつけ合いスパークする。この瞬間、両者の剣の力は限りなく拮抗していた。

 

「天羽々斬、ガングニール、アガートラーム……素晴らしい!

 今のあなたは、かつてチームを組んでいた三人の力を、継承することで一人に集めたわけだ!」

 

「貴様がそれを言うか……ゼファーを殺した、貴様がッ!」

 

 アガートラームが振るわれ、ルシエドが振るわれ、両者の間で次元の違う力が何度も何度も繰り返し衝突し、炸裂し、爆発していく。

 ウェルはルシエドに剣技を付加されて、翼は十年以上練りに練ってきた剣技で対抗し、両者の戦いはこの時代における最高の剣合戦へと移行する。

 

 翼は本来、アガートラームに選ばれる人間ではない。

 だが彼女は、"ゼファーに選ばれた人間"だった。

 彼女はそうしてアガートラームの力を引き出し、この星の上で最強の一角に片足をかけていたウェルの強さへと追いつき、互角の勝負を繰り広げていく。

 

「英雄は無辜の民より刺され、その命を失うものだ!

 肉体は立花響に! 心は小日向未来に! 魂は暁切歌と月読調に!

 生への執着は、成長していく仲間達に! 彼の信じる友が、彼を削り取った!

 まるで、最初からそうなる運命だったかのように! 素晴らしいじゃないか!」

 

「貴様の語る英雄論にも運命論にも興味はない! したことに相応の報いを受けるがいいッ!」

 

「報われるさ! 僕の一生懸命は必ず報われる!」

 

 一度翼を止めようとするマリアからのネガティブ・レインボウが飛んで来もしたが、それすら翼は防いでみせた。

 完全聖遺物のグラムザンバーと並び称されるほどのルシエドの一撃も、また防ぐ。

 "アガートラームの剣士"と化した翼の剣技は苛烈にして嵐の如き攻撃であり、同時にあらゆる攻撃を捌ききる盾でもあった。

 

 天羽々斬。

 デュランダル。

 アガートラーム。

 これで翼が手にした聖遺物の剣は三本目だが、彼女はそれら全てを十二分に使いこなしたと言っていいだろう。血筋が、研鑽が、努力の日々が、それを可能とさせている。

 

「……ゼファーがどれだけ生きたいと思っていたか知りもしない、お前が!

 アガートラームに選ばれるほどに『生きたい』と願っていたことも知らない、お前がぁッ!」

 

「知っているさ! だから、だからこそだ!」

 

 ウェルの手元から、神獣鏡の凶祓いの光が、神獣鏡の数十倍という規模で放たれる。

 翼は青い髪をなびかせて、銀の剣で美しい刃の奇跡を描く。

 切り裂かれた聖遺物殺しの光の破片は、夜空の星のように煌めき、消えていった。

 

「僕の思う英雄を知り、英雄とかけ離れた弱者から英雄となった彼ならば!

 誰かが英雄になれるなら、誰もが英雄になれるという言葉を体現した彼ならば!

 僕の信じる夢の結実か! 僕の夢の果ての無惨な終わりを、見せてくれるかもしれない!

 生きようとする意志が誰よりも強い彼だからこそ、誰よりもしぶとく生き残るのだから!」

 

 彼はゼファーを信じている。

 ゼファーならば、自分の夢を叶えてくれると信じている。

 自分の夢をこれ以上ない最高の形で終わらせてくれると、信じている。

 子供の頃に夢見た景色を、『夢見たあの光景』を、見せてくれると信じている。

 

 それが翼には、とても邪悪なものに見えた。同時に、子供の無邪気な夢のようにも見えた。

 ゼファーが肉体・精神・魂という全ての精神性を剥ぎ取られ、殺されて、二課の適合者達もブランクイーゼルの適合者達も、皆が揃って絶望していた。

 なのにウェルは、欠片も絶望していない。

 ゼファーが死んでしまうだなんて思ってもいない。

 死人の前で、死体の前で、"ここから彼は蘇るぞ"と笑顔で言い続けるような狂気の行動。

 

 それが、翼にはどうしても理解できなかった。

 

「狂っているのか、貴様……貴様が、ゼファーから全てを奪い、その命を奪ったのだろう!」

 

「君が僕の正気を疑う? 現実を見ろと僕を見下す? ……バカを言うな!」

 

 だが同時に、ウェルも翼達が理解できない。

 

「お前達の中の誰一人として、僕より彼を信じている者など居るものか!

 お前達は彼が死んだと諦め、その死に悲しんでいるが、僕はまだ信じている!」

 

 傍で彼を見てきたはずだろう、と。

 彼の友人を名乗り彼の理解者を名乗っていたはずだろう、と。

 彼の戦いと生涯を近くで見てきたはずだろう、と。

 ならば何故彼を信じない、と。

 ウェルは翼達をバカにしきった顔で、そう主張するのだ。

 

「彼はここからでもひっくり返せると!

 僕が予想もしていないような、想定もしていないような、そんな奇跡をぶっ込んで来ると!」

 

 彼は『英雄』の信奉者である。

 

「僕が信じた英雄が、姑息な小細工になど屈するものかッ!」

 

 あの人は英雄だ。

 英雄はこういうものだ。

 こんなことで英雄は負けない。

 僕は英雄になれる。

 彼の中には、そんな英雄に関する確信が渦巻いている。

 

 ウェルがゼファーに向ける友情や信頼が、それらをまたややこしく面倒臭い物へと変えていた。

 

「違う! ……ゼファーだって、弱いのだ!

 ゼファーに強く在ることを押し付けるな!

 あいつに強くならなければ越えられない生と死を、押し付けるな!

 弱いままでいていい権利は、弱さを他人に見せる権利は、誰にだってあるんだ!」

 

 翼は今日まで見てきたゼファーの弱さを、ゼファーが暴走した日に"私の前では弱いゼファーのままで居ていい"と言った過去を思い返しながら、ウェルへと叫ぶ。

 

「ならば賭けますか!?

 僕は彼がここから引っくり返すのに賭けますよ! 勝負にならないと思うがなぁッ!」

 

 そんな言葉に、ウェルは確信に満ちた言葉を返す。

 ルシエドとアガートラームが激突し、その衝撃波で海にまた高波が生まれていた。

 翼は平然とした顔で思考する。……このままならば負ける、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月読調は、ギアを装着してなお圧力を感じるほどの魔剣ルシエドの圧力に、生身で当てられてしまった。

 そのため、彼女の体はまるで動かない。

 気力でどうにかできるものでも、才能でどうにかできるものでも、努力でどうにかできるものでもない。これを解除するには、時間経過かもっととんでもないものが必要だ。

 

 調は"頭の中で自分以外の者に呼びかける"という客観的に見れば頭がおかしくなったのかと思えるような、そんな行動を取り始める。

 だが、当然声は返って来ない。

 いつも調の頭の中に棲み着いている声の主は、この状況に傍観を決め込んでいるようだ。

 

(……いい、知らんぷりするなら、それでもいい……元から頼ろうとは思ってない……!)

 

 だが調はへこたれない。

 何も出来ないはずのこの状況で、彼女もまた折れていない。

 月読調の目には、"もしかしたら"の可能性が見えていた。

 それは、どう転がるかすらも分からない可能性。

 

(私は私の手で、私が助けたい友達が救われる可能性に、賭ける……!)

 

 しからば、調がそれに賭けないわけがない。

 月読調はゼファー・ウィンチェスターを救うという目的のため、ここまで来たのだ。

 例えば親しい友のためなら、例えば大切な家族のためなら、例えば初恋の相手のためなら……"かけがえのない誰かのため"なら、何千年だって頑張れる資質。

 調にはそれがあり、それがあるからこそ『選ばれた』。

 

(友達に救われた命だから、友達のために全部使うんだ!)

 

 調の強靭な意志が、可能と不可能の境界線を超越する。

 彼女の体の中に無い、どこか遠くにあるシステムが唸りを上げる。

 システムが調の体の戒めをほんの少しだけ緩和し、調は少しだけ動くようになった体で、よろめきながら立ち上がった。

 調の頭の中のエネルギーの爆弾は、その一過程で消失していく。

 

『!』

 

 調の頭の中で、自分にもできないことを調がしたことに、調ではない意思が驚愕する。

 月読調は誰の予想も超えて、無力な身で"奇跡の種"を握りしめ、投げる。

 

「受け取って、風鳴翼! その『ペンダント』を!」

 

 調が投げたペンダントが、最後の奇跡を引き起こす。

 

 

 

 

 

 翼とウェルには、決定的な差が存在する。

 ウェルは魔剣ルシエドに選ばれた人間。

 だが翼は、アガートラームに選ばれたゼファーに選ばれた人間でしかないということだ。

 全力で力をぶつけ合い、競い合い、しのぎを削り合えば……翼の方が次第に疲れと負担で戦えなくなってくることは、明白である。

 

「くっ……!」

 

「パチモンなアガートラームの剣士の身でよくやったと褒めてあげましょう。

 ……ですが! 僕には勝てません! アガートラームを使って僕に勝てるのは、一人だけだ!」

 

 やがて翼が打ち負け、彼女は窮地に陥ってしまう。

 ウェルが勝ち、翼が負ける、そんな未来が見えてきたその時――

 

「受け取って、風鳴翼! その『ペンダント』を!」

 

 ――調が『希望』を投げて、軽やかに跳躍した翼が、それを空中で受け取った。

 

「!? なんだ!?」

 

 受け取ったペンダントが、翼の手の中のアガートラームと共鳴を始める。

 それだけでなく、翼の天羽々斬の中のガングニールまでもが共鳴を始めた。

 二つの共鳴は、二つのシンフォギアを覚醒させる。

 

 聖剣より光が溢れ、光は人の形を結んだ。

 

 人の形の数は二つ。

 翼がキャッチしたペンダントと聖剣が、聖剣から出てきた光の人に持って行かれる。

 翼の天羽々斬から出てきたガングニールのペンダントが、もう一つの光の人に持って行かれる。

 二つの光の人はシンフォギアを纏い、その片方は聖剣を手にしていた。

 

 一息の間に、光は人となり、シンフォギアを纏う。

 その片方、純白の少女を見て、マリアと調と切歌は目を見開いた。

 その片方、燃え上がる炎のような少女を見て、響とクリスと翼は目を見開いた。

 「信じられない」と言わんばかりに、彼女らは戦いの手を止める。

 そして装者間の戦いが止まったその一瞬に、妖精のような純白の少女と、燃え上がる炎のような色合いの少女は、ウェルへとまっすぐに飛んで行く。

 

 妖精のような少女は聖剣を振り、炎のような少女の拳へと力を宿す。

 

「クソみてえな企みは、全部あたしがぶっ壊してやる」

 

 銀を混じえた橙の閃光が拳に纏われ、ルシエドの守りを打ち破り、ウェルの腹に突き刺さった。

 

「ぐ、おっ……!?」

 

 ウェルは腹を抑えて下がりながら、自分を攻撃してきた新手の敵を見る。

 彼はその二人のことを知っていた。

 片やギアを操る才能に誰よりも恵まれ、戦う才能に恵まれなかった心優しい少女。

 片や戦う才能に誰よりも恵まれ、ギアを操る才能に恵まれなかった戦う少女。

 その二人が並び立つ光景に、ウェルは笑いながら感嘆の声を漏らす。

 

「は……はは……はははははははッ!

 こんな奇跡も君は起こすのか! これは流石に僕も予想していなかった!

 いや、こんなこと、想定だってできるもんか……君の奇跡は、やはり……!」

 

 炎のような少女は負けそうになっていた翼の前に立ち、叫ぶ。

 

「月読調ッ!

 暁切歌ッ!

 立花響ッ!

 雪音クリスッ!

 翼ぁッ! 立てッ!

 歯を食いしばれ! 胸を張れ! 地を踏み締めて、腹の底から声を出せッ!」

 

 続けて、この場で味方となりそうな全員を鼓舞する。

 

「そして、歌い上げろッ! 私達の歌には、力がある! だから―――」

 

 炎のような少女と同時に、妖精のような少女も叫ぶ。

 

「まだ、彼は終わりきってはいない。終わってない。終わらせないで、皆! だから―――」

 

 彼女らの背に浮かぶもの。

 その背を見る者の心に浮かぶもの。

 名を、『希望』と言った。

 

 

 

「―――生きることを諦めるなッ!」

「―――生かすことを諦めないで!」

 

 

 

 炎のような少女の名は、『天羽奏』。

 妖精のような少女の名は、『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』。

 

 絶望の中の絶望、絶望の底の底、どうしようもない絶望の渦中。

 

 最後の最後に、聖剣の内的宇宙の彼方から、彼女らはやって来た。

 

 

 




 切歌ちゃん絶唱の文面もオリジナルの以下略。

 第二十六話:私の好きだった人の分まで 4のことがここで繋がったアガートラーム+翼です。
 それと『光に還って吸い込まれていた』人達。
 見逃しがなければ登場人物まとめでは死亡扱いにはしてなかったと思います。

 第三十一話:立花響のラブコール 2のアガートラームは「なんでこの少女を保護しただけでこんなに怒ってるんだろう」とか考えてます。
 奏さん退場後の第二十五話:響の味方/たった二人の共同戦線/正義の味方で「ブレードグレイスを使わなくても全員守るくらいの気概を見せろ」と止めてるのは奏さんです。
 ゼファー君は六章エピローグ時点では切歌調マリアが装者であると知りません。六章エピローグの翼さんのくだりや「もしもの時は、二課で保護してあげて下さい。装者でもありますし」と言ってるのは奏&セレナのことです。
 三章時点(セレナ吸収後)で使えていたネガティブフレアのエネルギーベクトル操作、五章時点(奏さん吸収後)から使えるようになったゼファー君の右手の焔のガングニールは、当然そういうことです。

 フロンティアは公式サイトで各部が独立機能したブロックであり、それらが複合的に組み合わさることで一つの巨大な構造体として成立している、という設定を少し流用しました。
 第二十一話:銀の騎士VS黒の騎士 2でベリアルが自己保存のために使っていた海中の星間航行船がフロンティアです。封印でただの倉庫化していました。
 三章おまけのフィーネとザババといつかどこかの最後の戦いで、ロンバルディアはこっそり海に沈んでいます。超こっそりと。
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