戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

172 / 188
マリア 21歳 少女
セレナ 肉体年齢13歳、生誕からの年数計算19歳
奏   肉体年齢17歳、生誕からの年数計算19歳
ゼファー 18歳 青年
翼    17歳
クリス  16歳
響未来切歌15歳
調    14歳

ややっこっしいデース


3

 再生能力。

 それはアガートラームの肉体再生能力・ブレードグレイスから零れ落ちた一機能である。

 ブレードグレイスは本来の機能が発揮されていたならば、即死級のダメージでも死んでさえいない限り、一瞬で回復させることを可能とするヒーリングスキルのハイエンド。

 そう。

 死んでさえいなければ、ブレードグレイスは人を治すことが出来るのだ。

 

 そも、セレナや奏が光となって吸収されたあの現象は何だったのか?

 あれは致命的な傷を受けた二人の体を、彼女らの生命維持に支障がない最小単位で分割し、ゼファーの内的宇宙に引き込み、彼の内的宇宙で再構築する過程の一つだったのだ。

 分割された時点で彼女らにはアクセラレイターの効果に似て非なる停止効果が働き、その肉体を『死』に至らせる作用の全てが静止する。

 そしてゼファーの再生能力は彼女らにも働き、彼女らはゆっくりと時間をかけて傷を癒していったのだ。

 

 内的宇宙は大きさだけなら外的宇宙と等量の大きさがある。

 人間二人を格納する程度ならば、さほど難しいことではない。

 問題は二人の少女を格納するスペースの確保というより、二人の少女が負っていたダメージの量にこそあった。

 

 聖遺物の反動含む、即死級のダメージ。

 これを治すには二人の体の時間を停滞させ、時間をかけてじっくり治す必要があった。

 二人の意識は水面に浮かぶ泡のように時折、内的宇宙から彼の表層意識へと浮かび上がり、僅かな干渉と力の譲渡を繰り返していく。

 そうして、数年が経っていた。

 

 アガートラームの記録を全て引き出せるようになった時点で、アガートラームがゼファーの"本当の願望"を勝手に実行していた、ということをゼファーは自覚した。

 聖剣は、担い手の願望を婉曲的に叶えていたのだ。

 今の彼が『ゼファーでもありアガートラームでもある』という、ちぐはぐな状態であったからこそ、これは起こったのだろう。

 ゼファーは自分の内側の彼女らの存在に気付き、彼女らが限りなく完治に近い状態であることを認識し、一つのギミックを己の中に仕込んでいた。

 

 それが、自分が彼女らを外に出す前に死んでしまった場合、彼女らが自分の意志で外に出ていけるという仕組みの実装である。

 

 ゼファーが死んだ時点で、ゼファーの内的宇宙は消滅する。

 彼の内的宇宙から排出されたセレナと奏は聖剣の中で待機し、チャンスを待った。

 イガリマによるゼファー殺害のほぼ直後と行っていいタイミングで、翼がアガートラームを強奪してそれを振るい始めてくれたことで、ウェルに妨害される可能性も消える。

 

 そして、最高のタイミングで、彼女らはウェルを横合いから殴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十七話:青年は友に背中を刺され 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスは、その少女が二年前の惨劇で命を落としたことを、フィーネから聞いていた。

 神妙な顔で故人を語るフィーネの顔が印象的で、その時のことはよく記憶に残っている。

 響は、二年前に自分を庇い立ったその少女の背中を、目を瞑れば今でも明瞭に思い出せた。

 「生きることを諦めるな」と叫んだ彼女の声は、響の心の奥深くに刻まれている。

 そして、風鳴翼。

 翼にとって、こんな奇跡は、彼女の生涯で初めてと言っていいくらいに、喜ばしいものだった。

 

「友の悲しむ声に応えて、地獄の底からささっと推参。悪党あらば片っ端からぶん殴る」

 

 天羽奏が槍を造れば、振るわれる槍は大気を裂いた。

 

「ガングニールの適合者、天羽奏たぁあたしのことだ!」

 

 名乗りを上げれば、よく通る声は心に響いた。

 空気が変わる。

 流れが変わる。

 ゼファーですら心奪われたほどの傑物は、ウェルが放った光に真っ向から立ち向かう。

 

「第一種適合者にもなれなかった時限式が、よく吠えるッ!」

 

 魔剣ルシエドの力を圧縮して放出した、荷電粒子砲に近い光の一撃。

 奏はその光を受け止めず、回避せず、なんと"槍先で掴んで投げた"。

 

(! 槍の先でエネルギーを『噛んだ』のか……!?

 ギアに搭載されていない機能を、技量で振るうこの実力。

 流石、ゼファー君が"装者としては最強"と評価していたと、記録されているわけだ……!)

 

 彼女はセレナがバックアップに飛ばしたアガートラームの力の残滓を槍で巻き取り、かつてアースガルズにそうしたように、槍の先で光を"噛んで"、"掴んで"、"投げた"のだ。

 槍先でエネルギーを掴むというデタラメは、未だ健在。

 咄嗟の思いつきでアガートラームの力の残滓を利用するなど、相も変わらずその戦闘能力と潜在能力は装者の中でも頭一つ抜けているようだ。

 

「おおっと、久しぶりの槍はやっぱ勝手が違うな」

 

 しかも、これでもまだ本調子ではないらしい。

 これで適合係数さえあれば……とは、誰もが思うところだろう。

 奏はまだウェルの脅威ではないが、ウェルに奏を見逃してやる義理も無く、彼は追撃に物理的な技量では捌けない確率操作攻撃を放った。

 命中確率100%。防御確率0%。回避確率0%。殺害確率100%。

 視覚で捉えることすら出来ない一撃が、奏へと飛ぶが――

 

「―――」

 

 ――その時、ちりん、と風鈴が鳴るような音がした。

 

 聞き心地のいい音と共に、ウェルの確殺攻撃は虚空に還る。

 ウェルが奏の隣を見れば、そこには聖剣を手にしたセレナの姿があった。

 翼と同じく、セレナもまた聖剣を振るう資格を持っている。

 けれどもそれは、ゼファーとも翼とも似て非なるもの。

 彼女は"アガートラームのシンフォギアの適合者"。ゆえに、ゼファーにも認められていた彼女ならば……ウェルの攻撃を相殺するくらいは、容易いことだ。

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴ……過去に記録された中で、最も適合係数の高い適合者」

 

「え、私まだそんな位置付けなの……ま、いっか」

 

 ぼそりとウェルがこぼした言葉に、セレナは少し気恥ずかしそうに頬を掻く。

 だがすぐに、真剣な面持ちへと表情を戻した。

 

 セレナからマリアの手に渡ったペンダント、あれこそがアガートラームのシンフォギアだ。

 ゆえに、今のセレナはアガートラームのシンフォギアを身に纏いながら、完全聖遺物へと戻った聖剣アガートラームを手にしている。

 その力を正確に把握しているのは、奏とセレナのみ。

 ウェルですら、その力を把握できてはいない。

 

 だからこそ、ウェルが"今のセレナにできること"を正確に把握していない今だけは、起死回生の可能性がここに残されている。

 

「ふむ、戦闘の天才にギア操作の天才……なら、遠慮はいらない、か」

 

「「 ! 」」

 

「さあ―――その剣を手にしたのだから、こんなもので潰れないで下さいよッ!」

 

 装者達の頭上に絶大な質量の鉄塊が生成され、それが光速で落下する。

 物質が純粋な加速で光速に至るという時点で物理法則に反しているが、魔剣ルシエドはそれすらも可能とする剣だ。

 その速度も異常。

 その破壊力も異常。

 その精密さも異常。

 物理法則を無視して落ちて来る光速の鉄塊は、空気を全く揺らすことなく落下して来ている。

 その落下が産む衝撃波等の破壊のベクトルまで、完全に制御されていることの証明だ。

 

(私が!)

 

 速すぎる、重すぎる、強すぎる一撃。

 人間には本来対応すら出来ない攻撃……それに、聖剣の加護を受けたセレナは対応してみせる。

 アガートラームを天に掲げて、光速を迎撃する障壁を展開。

 天を落とすに等しい一撃を、真っ向から受け止めた。

 

「くっ、うっ……奏ちゃん!」

 

「わーってるッ!」

 

 あまりの重さに苦悶の声を漏らすセレナ。

 そんなセレナの声に応えて、奏は全速で走り出す。

 

「少し力借りてくぞ!」

 

 行き掛けの駄賃に、奏はセレナが持つ聖剣に触れ、その力を少しだけ吸い上げていく。

 エクスドライブと同じ、外部からゲインを吸引しての一時的なブーストだ。

 付け焼き刃だが、その加速は奏を天羽々斬と並ぶ速度へと至らせる。

 そして奏はまず翼に駆け寄り、翼を掴んでセレナに向かって投げ飛ばした。

 

「奏……!」

 

「話は後だ! セレナの近くに居ろ、翼!」

 

 翼は感極まった顔で何かを言おうとするが、グッとこらえて頷く。

 そして奏に投げられた勢いのままに、着地と同時にセレナの方へと跳躍。

 奏は翼を投げた後、最高速度を維持しながら響の下に駆け寄り響もぶん投げ、続いてクリスにも近寄ってそのままぶん投げた。

 メジャーリーガーに投げられたボールのごとくかっ飛んでいった装者達は、説明されなくとも奏の意を察し、セレナの近くに駆けて行く。

 奏は翼達がセレナの方へと向かっている間に調と切歌を抱え上げ、彼女もまたセレナの傍へと向かい駆け出した。

 

「急いで!」

 

「わーってるつったろセレナ!」

 

 奏は人が息を一つ吐くよりも早く、少女達がセレナの周囲に集まるという状況を作り上げてみせる。だが一人だけ、回収されていなかった者が居た。

 マリアだ。

 彼女には機動力にも優れるグラムザンバーのシンフォギアがあり、加えてセレナに近い位置に居た。その気になれば、マリアはセレナの傍にも行けただろう。

 だがマリアは、セレナに駆け寄ることはしなかった。

 

 マリアがセレナを見る。

 セレナがマリアを見る。

 マリアがセレナから目を逸らす。

 その一瞬の視線の交錯で、セレナはマリアの決意を知った。

 

 セレナを見るマリアの目には、驚愕、困惑、歓喜、感動が浮かんでいる。

 今にも泣き出しそうで、今にも大声を上げそうで、セレナを抱きしめたいという気持ちでいっぱいなのだということは、マリアのその顔を見れば分かるというものだ。

 だがマリアは、セレナに駆け寄ることはしなかった。

 

 姉妹の間だけで伝わるものが、血を分けた姉妹の相互理解が、姉妹を決別させる。

 

(……マリア姉さん)

 

(セレナ……)

 

 二人はそうして、再会と同時に袂を分かった。

 

「全員拾ったぞ、急げセレナ!」

 

「行くよ、皆! 転移っ!」

 

 そうしてセレナは、ウェルからの光速鉄塊攻撃を受け止めたまま、響・翼・クリス・切歌・調・奏を巻き込んで、空間転移でその場から離脱した。

 光速で落下する鉄塊が、アガートラームというつっかえ棒を無くして落ちる。

 星にぶつかれば星にヒビが入りかねない、そんな一撃。

 ゆえに、ウェルはそれを生み出した時と同じく、剣の一振りで鉄塊を一瞬で消失させた。

 

「……なんとまあ、多芸な。ルシエドを使う僕が言うのもなんですが」

 

 星砕きの一撃を容易に放ち容易に消すウェルも、それを防ぎながら皆を連れて転移で逃げたセレナも、共に凄まじい。

 ウェルの感嘆の声が波の音に混ざり、戦いの終わった戦場に薄ら寒く響いていた。

 彼が振り返れば、そこにはギアを解除し、フィーネから継いだ輝きを握りしめるマリアが居た。

 その表情だけで、ウェルは少し満足する。

 

「まあ、今日はこれでよしとしますか。ロンバルディア! 僕とマリアを!」

 

 ルシファアやセトをも上回るドラゴンに乗り、ウェルはブランクイーゼルに帰還する。

 マリアを連れて。

 ルシエドを握り。

 帰還の途中に、ルシファア・セト・リリティア・リヴァイアサン・バルバトスと合流し、王様気取りでウェルはブランクイーゼルの母艦へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシエドと違い、アガートラームには転移機能が搭載されていない。

 だがこの聖剣は基本的に気合があればなんでもできる。

 万能とまでは言いがたいが、人の願いの数だけできることがあると考えても、なんら差し支えはないだろう。

 セレナは翼以上に聖剣を使いこなす適性を見せ、空間転移というトンデモで盤面をひっくり返してみせた。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 だがその代償として、セレナは体力のほとんどを使い果たしてしまう。

 セレナはギアを解除し、聖剣を地に突き立て、地面に仰向けに力なく倒れた。

 ここは、二課本部に近い場所だ。

 周囲に人影も見当たらず、ウェルの手の者も居ないこの場所は、もう安全と言っていいだろう。

 

「セレナ」

 

「あ、調ちゃん……

 ありがとう。調ちゃんのおかげだね。

 "何かある"と思ってたけど、"何がある"とは分かってなかったんだよね、ペンダントのこと」

 

 調がペンダントを投げたからこそ、希望は繋がった。調は賭けに勝ったのだ。

 セレナはそれに、感謝の言葉を述べる。

 懐かしい声、懐かしい穏やかな話し方、懐かしい微笑み。

 死んでしまったはずの、死なせてしまったはずの、居なくなってしまったはずの、F.I.S.の皆を守ってこの世を去ってしまったはずの、友人がそこに居る。

 調はなんだか、泣いてしまいそうな気持ちだった。

 

「本当に……本当の本当に、セレナなの……?」

 

「うん」

 

 セレナはアガートラームの使役で疲れ果てていたが、状況把握に動き出した。

 調はもう大丈夫そうだ。体調に悪そうなところは見えない。

 雪音クリスは見るからに怒っていて、やり場のない悲しみと怒りに身を震わせている。

 放っておけば、八つ当たりに調や切歌に襲いかかりそうなくらいに、彼女は怒っている。

 

 切歌は一言では言い表せないくらいに酷い。

 心がポッキリ折れた時点でギアは解除されており、涙で顔はぐちゃぐちゃで、ゼファーを殺してしまったことの罪悪感が大きすぎるあまりに、セレナに何か言葉をかけることもできていない。

 切歌はゼファーに鎌の刃を刺してしまったその時から、思いっきり泣いて、少し楽になって周りを見渡す余裕ができた途端、彼を刺した記憶を思い出し、また泣き始めるというサイクルを何度も何度も繰り返している。

 

 見ていて辛くないのは、翼と奏と響くらいのものだ。

 翼は半身、相棒、親友、恩人、いくつもの言葉が相応しい大切な人……天羽奏の復活に、見ていて恥ずかしくなるくらいに号泣していた。

 その感動が、ほんの一時だけだが、喪失の痛みを忘れさせている。

 

「奏……奏……!」

 

「ったく、何年経っても翼は泣き虫なまんまだな」

 

「奏だって、何年経ってもいじわるなままだ……!」

 

 もしも奏とセレナが来てくれていなかったら、戦いがどんな形で終わったとしても、戦いの終わりと同時に装者達は立ち上がれなくなっていただろう。

 悲しみに打ちひしがれ、悲しみの涙を流し、悲しみの声を上げていただろう。

 そんな運命が、奏とセレナの復活でひっくり返されていた。

 

「ちょくちょく様子は見てたけど……翼も、実質あたしと同い年になってんだなあ。

 二年、二年か。そりゃ、うちの妹も含めて皆でっかくなるのも当然か」

 

「……話したいこと、いっぱいあるんだ……」

 

「分かってる。……でも、ちょっと待っててな」

 

 奏は翼の頭を撫でて、泣いて抱きついてくる翼を引き剥がし、セレナの下に向かおうとする。

 だがその途中でふと響に目を留めて、彼女に話しかけた。

 

「初めまして、かな。響って呼んでいいか?」

 

「は、はい! あの、奏さん、これどういうことなんですか……?」

 

「いいんだよ、こまけえことは」

 

「は、はあ」

 

 響の中で、奏は短くも強烈な記憶を刻んでくれた尊敬の対象だ。

 戦いの中で見せた生き様も、その最期も、最後に残してくれた言葉も、今の響を形作る礎となってくれている。

 奏の死が残したものは、響の中でとても大きなものとなっていた。

 だからこそ、こうして奏と話していると、響はちょっと不思議な気持ちを感じてしまう。

 

「あたしの居ない間、ガングニールが果たすべき事をよくやってくれた。

 礼を言うよ。あんたが居なけりゃ、翼もゼファーもどうにかなっちまってただろう」

 

「……よくやれてなんて、ないです。ゼっくんは……ゼっくんは……私、守れなくて……!」

 

 奏の褒め言葉に、けれど響は喜べず、ぎゅっと拳を握りながら、涙を溜めて俯いた。

 響にとって、ゼファーは既に一二を争えるほどに大切な人だ。

 その死は、彼女に二度と立ち上がれないほどのダメージを与えていた。

 今の響がギアを解除してしまえば、彼女はもう二度とギアを纏えなくてもおかしくはない。

 

「そう落ち込むな。守れなかったなんてことはない。まだ、どうにかなる可能性はある」

 

「え?」

 

 だが、奏は、響のそんな絶望を否定した。

 奏は背中越しに、翼やクリスが驚きながら自分の方を見た気配を感じる。

 意図的にそれを無視して、奏はセレナに歩み寄ってその肩に手を置いた。

 

「セレナ、気を落とすなよ」

 

「うん」

 

 あの時、マリアはセレナと共に来ようとすれば来れたはずだ。

 だが来なかった。

 ……ウェルへの怒りと嫌悪感もあったろうに、それでも、セレナと共には来なかった。

 奏には理解し難いが、セレナには何か理解できるところがあったようだ。

 

「マリア姉さんは、私がどの陣営につこうとしているのか気付いてた。

 私がどこに逃げようとしているのか気付いてた。……だから、私の方には来なかった」

 

「アテは外れたか。あっちにもあっちの信念がある、ってことだろうな」

 

 奏はバツが悪そうに頭を掻いて、予想以上に平気そうなセレナに、次の行動を促す。

 

「だが今、あたしらが一刻も早くすべきことは……」

 

「うん、大丈夫。分かってる」

 

 セレナは奏と向き合い、響、翼、クリス、調が見ている中、切歌を一度だけチラッと見てから、"ゼファーだった聖剣"を優しく抱きしめる。

 

「ゼファーくんを、助けないとね」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは、直情的なクリスと、彼女と似たところのある切歌だった。

 

「できるのか!?」

「できるんデスか!?」

 

 怒りも悲しみも大きかったクリス、自分がやってしまったことの罪悪感と絶望で沈みきっていた切歌、両名が耳が痛くなるくらいの大声を上げる。

 セレナは凛とした表情で頷く。

 

「可能性はあるよ。

 ゼファーくんが千々に断片と砕かれた今でもまだ、生きたいと願っているのなら」

 

 セレナは柔らかな髪をかき分けて、首から下げていたペンダントを外す。

 そのペンダントこそ"アガートラームのシンフォギア"。

 かつて、セレナとゼファーが仮初めの死を迎えた時に、アガートラーム本体と接触していたシンフォギア。ここにこそ、ほんの僅かな希望はある。

 

「このペンダントの中に、ゼファー君の命の欠片と心の欠片があるの」

 

「!」

 

「これはバックアップなんだ。

 アガートラームの中に居た『誰か』が、もしもの時のために残した最後の切り札」

 

 『ロディ・ラグナイト』の最後の置き土産。

 彼はアークインパルスを使ってもゼファーの命は"足りる"と後に確信していたが、当然ながら過去には"足りないかもしれない"と思っていた時期もあったわけで。

 後に"使う"かもしれない時のために、ロディはゼファーの魂の一部、精神のコピーの一部をこのペンダントに保存していたのだ。それを、見ていたセレナは知っていた。

 

「どうにか、なるの……!?」

 

 沈痛な面持ちだった響の顔に、希望の色が浮かび始める。

 

「……分からない。でも、やるしかない。私は信じるよ。

 ゼファー君なら……みっともなくても、泥臭くても、生きることを諦めないはずだって」

 

 セレナがペンダントを聖剣に触れさせると、ペンダントから聖剣へと小さな光の粒が流れ込んでいく。ひとしきり光が流れ込んだなら、聖剣が一人で震え出した。

 

 ゼファーが元に戻る確率は、極めて低い。

 精神の欠片、魂の欠片があるとはいえ、『さっきまで生きていたゼファー』を構成する要素は千々に砕かれ、聖剣の中に漂っている。

 ペンダントの中に残されたバックアップでどの程度まで再生できるか。

 注がれた魂の欠片と精神の欠片が、聖剣の中のゼファーの欠片を回収して、運良く人の形を取り戻せるか。

 望みは……薄いだろう。

 

 セレナは万が一を考えて、真剣な表情で聖剣に手を触れたままで居る。

 切歌は涙をぐしぐしと拭いて、涙を流していた目に希望を浮かべ、それを見ていた。

 調は細くたおやかな指を胸に添えて、祈るようにそれを見ていた。

 クリスは珍しくしおらしい表情で、僅かな希望にすがるような気持ちで、それを見ていた。

 響はただ一心不乱に手を組んで、祈った。戻って来て欲しいと願いながら、それを見ていた。

 翼はかつて三人で過ごした日々を思い出しながら、その再来を(こいねが)い、それを見ていた。

 奏はセレナを、ゼファーを信じ、結末を見守る。

 

 聖剣はやがて、剣とは違う形を取り始める。

 

 そして、一つの形に固定化された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小日向未来は、不安な気持ちを抱えたままに、二課の廊下を歩いていた。

 彼女は二課に呼び出されていたのだが、要件すら伝えられていない。

 ただ、伝えてくれた人の声が暗く沈んでいたことだけが、嫌な感じに耳に残っていた。

 

(なんだろう……)

 

 二課本部の空気が重い。

 一対一で話している時、相手が落ち込んでいる時の空気を、数倍に濃くしたような空気だ。

 まるで、施設の人間全員が絶望しているかのような……そんな気すらする。

 悪い空気の中で、未来は二人の少女とすれ違う。

 

(あれ?)

 

 その顔を、未来は見覚えがある気がした。

 暁切歌と月読調という、二人の少女。

 秋桜祭の件で、この二人の顔を関係者はしっかり覚えておくべきだということになり、かの二人の顔写真が密かに関係者に配られていたのだ。

 一応敵陣営の人間であるはずなのだが、何故ここに居るのか、それが未来には分からない。

 

(なんでここに……ゼっくんと和解した、とか?)

 

 だが、ここに居るということは何らかの形で受け入れられたのだろうと、未来は思う。

 気になったのは、彼女らがここに居ることだけではない。

 曲がり角付近ですれ違ったため、一瞬しか見えなかったが……二人の片方が泣いていて、もう片方がそれを支えながら歩いていたように見えたのだ。

 

(……泣いてた、ような)

 

 未来は後ろ髪引かれるも、呼ばれている身のために目的地へと一直線に歩いて行く。

 その途中、今度はどこからか喧騒が聞こえてきた。

 二年前、ツヴァイウィングのファンとして響も引きこもうとしていた未来には、その喧騒の中に聞き覚えのある声が二つ――翼と奏の声――あるように思えた。

 だが、奏は彼女視点まだ死人だ。

 未来は聞き間違いだろうと己の耳を疑い、喧騒への興味を失せさせていく。

 

(呼ばれてるんだから、遅れちゃダメだよね)

 

 未来はそのまま進み、目的の部屋の前にまで来る。

 そこで彼女は、目を見開いた。

 呼ばれた部屋の前で泣いている響と、そんな響に語りかけている弦十郎を見たからだ。

 未来の中で響が何故泣いているのかを知り、その涙を止めなければという感情が湧き上がり、響が何故泣いているのか、その原因への嫌な予感も湧いてくる。

 とにもかくにもと、未来は泣いている響に話しかけた。

 

「響?」

 

「! 未来……」

 

「どうしたの? 何かあったの?」

 

 だが響は、未来の姿を見た途端、彼女に背を向けて走り出す。

 

「ごめん……!」

 

「あ、ちょっと、響!」

 

「響君!」

 

 響が逃げて、弦十郎がその後を追う。

 未来は響のその行動に、幼馴染特有の理解力を働かせる。

 一時的に何を言えばいいのか分からなくなってしまい、逃げてしまうこともあるのが響という少女だ。未来は響が親に怒られた時、そうしてしまっているのを見たことがある。

 問題なのは、響がここで、未来に対してそういう行動を取ったということだ。

 謝りながら逃げていったということだ。

 

(嫌な……嫌な予感がする)

 

 未来には人を見る目がある。

 そんな彼女だからこそ、響や弦十郎の様子から、なにかよろしくないものを感じ取っていた。

 

(嫌な予感が止まらない)

 

 未来は目的地の扉を開き、部屋へと入る。

 だがそれと同時に、短く悲鳴を上げてしまった。

 

「失礼しま……ひっ!?」

 

 部屋には雪音クリスと、藤尭朔也と……ベッドに寝かされる一体の『怪物』が居た。

 

 それは、子供が白い粘土を捏ねて作った人形に、適当に絵の具を塗りたくったような、そんな醜悪な怪物だった。

 体の作りがどこまでも適当で、雑で、醜くて、品がなく、のっぺりとしている。

 プロの造形師が『醜悪な怪物』の像を作ろうとしたなら、もっと造形に凝るだろう。

 この怪物の醜悪さは、子供が適当に作った果てに偶然こうなってしまったような、そんな雑さと適当さから生まれた醜さによるものだ。

 

 人間で言えば胴体にあたる部位の上に、楕円のものが乗っている。

 未来はなんとなく、それが頭のように見えた。

 楕円の中には暗い色合いの穴が三つあって、それがなんとなく、目と口に見えたからだ。

 そうして見ると、なんとなく怪物に腕があるようにも見える。

 逆に言えば、そういった認識の転換が起こるまで、未来の目にその怪物には頭があるようにも、腕があるようにも見えていなかったということだ。

 

「な、なっ」

 

 未来は怪物を見て悲鳴を上げた後、クリスと朔也に声をかけて逃げようと高速で思考する。

 だが未来が何かを言う前に、朔也が怪物に優しく話しかけていた。

 

 

 

「ゼファー君、彼女は小日向未来さん。君の、友達だった人だ」

 

「……え?」

 

 

 

 その瞬間、未来の思考は停止する。

 ゼファー君?

 どこに?

 なんでその怪物に向かって?

 え?

 どうして?

 そんな思考が、一瞬で未来の脳裏を二巡三巡と駆け巡る。

 

 藤尭朔也は、その怪物をゼファーと呼んだ。

 雪音クリスは、未来の様子を見て砕けそうなくらいに歯を強く噛みしめる。

 怪物は未来の方に顔らしきものを向けて、少し幼気な喋り方で、未来に話しかけた。

 

「そうなんだ。あ、はじめまして。

 はじめましてって言うのも変かもだけど……俺は、あなたに謝らないといけないかもしれない」

 

「え」

 

「ごめんなさい、コヒナタさん」

 

 ゼファーと呼ばれた怪物が謝ると、唇を震わせる未来に対して、深呼吸で気分を落ち着かせた朔也が語りかける。

 

「落ち着いて、聞いて欲しい」

 

 ゼファー・ウィンチェスターは死ななかった。

 死んで終わりにはならなかった。

 けれど、それだけだった。

 

 

 

「彼は……人間としての肉体と、精神と、魂を喪失した状態だ」

 

「肉体は見ての通り崩壊してしまっている。一人では歩くことも、腕を動かすこともできない」

 

「クリスちゃんの協力もあって、記憶は5~7歳頃のものだと推測できる」

 

「それ以降の記憶は……今の彼の中には無いし、復活させられる見込みもない」

 

「魂の破損で、命自体も不安定だから、体にショックも与えないで欲しい」

 

「そんなことをしたら、本当に、今度こそ―――」

 

 

 

 未来の思考は、停止する。

 ぼんやりと形を失った彼女の意識の中を右から左へ、朔也の言葉が通り抜けていく。

 途中から、朔也が何を言っているのか未来は聞いてすらいない。

 でも、肝心な所はちゃんと聞いていて、覚えていた。

 聞いてしまっていた。覚えてしまっていた。

 いっそ、最初から朔也の話を何もかも聞かなかったなら、救いとなっただろうに。

 

 未来は力なく、言葉なく、呆然としたまま床にへたり込む。

 

 白い粘土を子供が適当にこねくり回して作ったような、この醜い怪物が、ゼファーなのだ。

 過去の記憶のほとんど全てを無くしたこの怪物が、ゼファーなのだ。

 未来との想い出を全て失ったこの怪物が、ゼファーなのだ。

 大切な想い出の全てを忘れたこの怪物が、ゼファーなのだ。

 

 彼はまだ生きている。

 

 けれど今のこの状況は、死んでしまったのと何が違うのだろう?

 

「なんなんだ……なんなんだよ!」

 

 床にへたり込む未来を見て、クリスは拳を壁に叩きつける。

 

「こんな結末誰が望んだッ!」

 

 悲しいけれど、悲しいけれど、泣きたいけれど、泣きたいけれど……だけどそれらを、ゼファーをこんな風にした者達への怒りが塗り潰していて。

 泣きたいのに泣けない不器用な少女は、ゼファーのために怒り狂う。

 彼のために泣いている人はたくさん居るけれど、彼のために今怒っている人が居なかったから。それも、彼女が怒っている理由なのかもしれない。

 

「皆が幸せになれる未来を本気で望んだ結果が! これかよ!

 ざっけんな! 因果応報はどこ行った!? あたしはこんなの認めねえぞ!」

 

 彼女は誰に怒っているのだろうか。誰に対し、一番怒りをぶつけているのだろうか。

 誰が許せないのだろうか。

 

「認めるもんかよッ!!」

 

 そんなもの、決まりきっている。

 雪音クリスは、ゼファーを守れなかった自分こそが、一番許せないのだ。

 その怒りは、自分自身へと向かっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから、一ヶ月の間。

 一つの終わりを迎えるまでの、長い長い時間。

 怪物となったゼファーを中心として、二課は暗黒の時代を迎えることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い部屋に入り、風鳴八紘はモニターの電源を入れた。

 彼は極秘通信の回線を繋げる。

 この極秘通信が盗聴されることはなく、この極秘通信の存在が露見されることはない。

 ゆえに、この回線で行われた通信の全ては、他者に知られることはない。

 

 何故ならば、この通信は今や、ヤントラ・サルヴァスパの保護を受けているからだ。

 

『定期連絡です』

 

「お疲れ様です」

 

『では、ブランクイーゼルのこれから先一ヶ月の予定を通達します』

 

「了解しました。その後、こちらからは日本政府が得た裏の国家間談合の内容を」

 

 通信相手は、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。

 八紘とナスターシャは、互いが所属する組織の内部情報を交換していく。

 

「これは、本当に上手く行くのでしょうか」

 

『上手く行く公算はあります。

 ですがそれ以上に、これが上手く行かなければ世界は終わるだけです』

 

 暗躍。この二人がしていることは、その一言に尽きる。

 ウェルは調を内通者と知り、その罪状を責めてあんなことをやらかしたが……そんなウェルですら気付いていない最大の内通が、ここに存在していた。

 

「希望が全く見えない絶望よりも、時に希望が垣間見える絶望の方が悪質なこともありましょう」

 

『それは報われぬ結末が確定しているのなら、の話です。

 努力が徒労に終わる悲劇の結末は、確かに悲惨の一言でしょう。

 ……ですが、まだ運命は確定してはいない。賽は投げられど、止まってはいないのだから』

 

 人の数だけ思惑がある。

 ならば、人の数だけ、企んでいる筋書きがある。

 

『では、かの"希望の守護獣"が死したその時から蒔かれていた種――』

 

 ナスターシャは八紘に、自分の計画における一つの要点を伝える。

 

『――その全てが死に絶えた守護獣(ガーディアン)を、復活させる方法の話をしましょうか』

 

 彼女は頭がいい人で、それゆえに……他の人には見えていない、多くのものが見えていた。

 

 

 




やっとこの作品におけるプロトブレイザーが出せました

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