戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 ウェルが二課本部にてデュランダルを奪取した一件から、判明してしまったことがある。

 それは、二課本部も安全な場所ではないということだ。

 ならばゼファーの安全を確保するためには、装者が一人、彼の傍につくしかない。

 安全保障と言うには心もとないが、ウェルがゼファーに執着していることが判明した今となっては、彼の身辺警護に何の手も打たないという選択肢は存在しなかった。

 

「寒いデスねえ、雪とか降りそうデスよ」

 

「雪?」

 

「あー、今のゼファーは知らないんデスか。

 えっと、冷たくて、白くて、雨がふわふわに凍ったもので……」

 

 今、ゼファーの傍についているのは暁切歌。

 無理をして明るく振舞っているのが見え見えだが、今のゼファーはそれに気付くこともない。

 切歌と調。この二人は、セレナが弦十郎に『この二人はまだ戦えない』と念を押すほどに、大きな精神的問題を抱えていた。

 ゼファーがイガリマの絶唱に切られるまでの流れを思えば、それも当然か。

 

 シンフォギアの性能は装者の精神状態にも大きく左右される。

 まして切歌と調は、心の闇を制御しなければ暴走してしまうイグナイトモジュールの使い手だ。

 今の彼女らでは、"心の闇"に抗えない可能性が高い。

 ただでさえまっとうに戦える精神状態ではないというのに、これは致命的だ。

 

「アカツキさんは、寒くない?」

 

「へっちゃらデス! ゼファーは寒くないデスか?

 上着持って来ようと思えば、もっと持って来れるけど」

 

「大丈夫。寒さとか、今は感じないんだ」

 

「―――、……そう、でしたね。いやー、あたしとしたことがうっかりうっかり!」

 

 ゼファーを一室にずっと閉じ込めておくのは可哀想だ、と言った者が居た。

 記憶に何か刺激を与えればもしかしたら、と言い出した者が居た。

 それになにより、ゼファーが今の世界を見てみたい、と口にしていた。

 そのため、切歌がゼファーの傍につき、二課本部の近辺限定という条件付きで、ゼファーと切歌は街を歩いている。

 

 ゼファーは顔が完全に見えなくなるくらい深くフードを被り、体が完全に隠れるくらいに厚着して車椅子に乗せられ、切歌に運んでもらっていた。

 街を見るたび、緑を見るたび、平和な街の光景を見るたび、ゼファーは喜色の声を漏らす。

 けれども、記憶が戻る気配はなく。

 

「何か、して欲しいこととかないデスか? ゼファー」

 

「特に無いかなあ」

 

 切歌の言葉は、自分を責める行動か、贖罪の機会を求めるものだ。

 だがゼファーに彼女を責める気はなく、彼女に償ってもらう気もない。

 

「一緒に居てくれるだけで、嬉しいよ」

 

「……そ、デスか」

 

 ゼファーの車椅子を押す切歌の手に、時折"あの時の感触"が蘇る。

 鎌の柄の手触り。

 刃を押された時の押し流される感覚。

 そして、ゼファーの肉に刃が食い込む、その感触。

 命を奪う実感。

 切歌の手には、未だ"ゼファーを殺した時の感触"が残っていた。

 

「……ごめんね」

 

 切歌の口から、思わず呟きがこぼれ落ちる。

 "謝って許されたい"という一欠片の気持ちを自覚し、彼女はそんな自分が嫌になった。

 その声はとても小さくて、切歌は思わずこぼれたその声が届かないことを祈る。

 けれど、ゼファーは聞き届けてしまう。

 

「いいよ」

 

「―――」

 

 そして、彼女を許した。

 

「俺のことだから、俺が一番分かるよ。

 友達なら……きっと、許せる。俺は許すと思う」

 

「……ゼ……」

 

「アカツキさん、優しいから。

 あなたが自分のせいだって言っても、何か理由があったんだって、俺は思うよ。

 俺が大人になって変わったとしても、きっとあなたのことは許すと思うんだ」

 

 子供は残酷だ、と言う者が居る。

 

「だって今ここに居る俺だって、あなたと友達になれたら誇らしいだろうって、そう思ってるよ」

 

 ゼファーの言葉は素直な気持ち。

 青年のゼファーなら切歌を許すだろう、という仮定もまた真実。

 だが同時に、その許しはとても残酷だった。

 子供は残酷だ。

 純粋で何も知らないということは、何を言うと人が傷付くか、分からないということでもある。

 

「―――っ」

 

 今の切歌に、この言葉は少しばかり重すぎる。少しどころでなく、鋭すぎる。

 笑おうとしていたのに、せめて笑顔でと思っていたのに、切歌の双眸から涙がこぼれてしまう。

 ゼファーは友達の泣き顔を嫌い、笑顔を好む少年だ。

 それは幼少期から変わらず……ゆえに、彼は切歌の涙に困惑してしまう。

 

「え」

 

 今の彼には切歌の涙を拭うこともできないため、うろたえながら声をかけるしかない。

 

「あ、あの、泣かないで」

 

 その時ゼファーは、彼の心の奥から、魂の底から、湧き上がって来る"何か"に突き動かされていた。

 

「なんだか、俺、あなたが泣いていると……胸が痛くなる気がする」

 

(ッ……!)

 

 幼き頃のゼファーの言葉は強烈だ。

 良薬でもあり、猛毒でもある。

 切歌は胸の痛みを感じながらも、彼の言葉でなんとか踏ん張り、持ち直した。

 頑張って、頑張って、頑張って。切歌は涙を拭い、また明るく笑ってみせる。

 

「ちょ、ちょーっと目にゴミが入っただけデス! ゴミがちょっと大きかっただけ!」

 

「な、なんだ、よかった」

 

 切歌が涙声になっていることにすら気付かず、誤魔化されてしまうゼファー。

 今は彼が子供で助かったと、切歌は心中で胸を撫で下ろす。

 

「そういえば、ゼファーに手紙が来てたデスよ。女の子から」

 

「え、手紙?」

 

「差出人の名前はひらがななので、これならあたしでも読めるです。まりなちゃん、だそうで」

 

 かつてゼファーが助けた、麻里奈という少女からの手紙。

 当然、今のゼファーにとっては知らない他人。切歌にとっても知らない他人だ。

 

「ちょっとお待ちを。読んであげるデス」

 

 ゼファーは少し困惑しつつ、失われた自分を取り戻す手がかりをその手紙に見出し、切歌が代わりに読み聞かせる役目を買って出る。

 

「がんばってー、とか、ありがとうー、とか可愛い字で……

 ……ん? んん? あれ? 最後の一文、これって……

 いやまさかラブレ……いやいやいや、そんなー、ええっ?」

 

「アカツキさん?」

 

「……うん、見なかったことにするデス」

 

 しかし、切歌は読まずにしまってしまう。

 ヤギのように読まずに食べなかっただけマシなのだろうか。

 

「ゼファー、女の子には優しく……

 ああいや、優しすぎるとまた……

 ……ほどほどに! 他人の好意にはほどほどに応えるように!」

 

「え、ああ、うん」

 

 切歌が言葉を選んでいると、そこで彼女の携帯端末が鳴った。

 

「! 緊急連絡……緊急事態……! ゼファー! 急いで本部に戻るデス!」

 

 敵襲警報。

 ブランクイーゼルの襲撃を知った弦十郎が、皆を招集しているのだ。

 切歌はゼファーと一緒に居ることと現在地を連絡し、ゼファーが不快な思いをしない程度に車椅子を速く押し始めた。

 

「どうしたの?」

 

「とにかく急いで……」

 

 だが、車椅子は急停止せざるを得ない状況にぶつかる。

 

「ではそろそろ、茶番は終わりにしましょうか」

 

「「 ―――!? 」」

 

 突如、ゼファーと切歌の前に、大きなロボットと一人の人間が現れたのだ。

 片や氷の女王・リリティア。

 片や魔剣の担い手・ウェル。

 二者はなんの前兆もなく、何の気配もなく、切歌とゼファーの前に立ち塞がっていた。

 

(さっきまでそこに居なかったはずなのに!?)

 

 正確には"現れた"のではない。"最初からここに居た"のだ。

 魔剣ルシエドは、聖遺物の加護が無いのであれば人間の認識ですら自由自在に操作する。

 切歌は瞬時に胸のペンダントを握った。

 そして、"あの時の記憶"を思い出してしまう。

 

 ゼファーを殺した時の手の感触が。

 死神め、死神め、と自分を責める子供達の言葉が。

 絶叫に近い、暁切歌自身の泣き声が。

 切歌の脳裏に鮮明に蘇っていく。

 

「……っ、夜を引き裂く曙光のごとく―――!(Zeios igalima raizen tron―――!)

 

 なのに、彼女はそれら全てを振りきってシンフォギアを纏う。

 何が何でもゼファーを守る、という意識がなければギアなど纏えなかっただろう。

 彼女の本質が人を守ろうと奮い立てる素晴らしい人間でなければ、ここで折れていただろう。

 絶望の底でも拳を握れる人間でなければ、ギアは応えてくれなかったはずだ。

 

 暁切歌は、心折れたまま、絶望したまま、心で泣いたまま、ゼファーを守るために立ち上がる。

 

「君に用はないんですけどね。お役御免ですよ、魂殺し担当君」

 

「二度も……二度と! ゼファーに手は出させるもんかデス!」

 

 敵はリリティアにウェル、味方は無しの孤軍奮闘。

 少し遅れて、街に避難警報が鳴り響いて来た。

 今にも雪が降りそうな曇り空の下、避難警報だけが鳴り響く世界で、切歌は敵と対峙する。

 

 『今度こそは彼を守るために』と、心に決めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十八話:おそらくきっと、世界でいちばん色気のない修羅場 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弦十郎が二課の皆にオーダーを出してから、本当に短時間で装者達は戦場に立っていた。

 とはいえ、二課本部も東京。

 敵の進行目的地も東京。

 移動に時間がかからなかったのは、当然と言えよう。

 立花響、雪音クリス、風鳴翼、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ、天羽奏が海辺に並ぶ。

 壮観だった。

 これでなお心もとないというのだから、敵がどれほど強大なのかよく分かる。

 

「奏……」

 

「そんな心配そうな顔すんなって、翼。適材適所ってやつだ」

 

 この中でリーダー格が誰かと言えば、間違いなく奏だろう。

 彼女は響から見れば頼りになる先人。クリスから見れば気安くて気のいい先輩。翼から見れば頼りになる相棒。そしてセレナからは、同じ視点を持つ仲間と見られている。

 ゼファーが抜けた今、このチームは奏を事実上のリーダーとして機能していた。

 

 そして、奏はリーダー格相応の役目を自ら進んで請け負っていた。

 

「ネフィリム本体と、その分体のネフィリム……ネフィル、っつったか。

 あれは響、クリス、翼に任せる。

 んでもって、それを除いた残り全部が―――あたしとセレナの担当だ」

 

 一見無謀に見えるほどに、偏った戦力の振り分けで。

 

「勝つ必要はない、要は時間さえ稼げればいいんだ。違うか? 翼」

 

「だけど、ゴーレム全機も含まれてて……!」

 

「あたしを信じろ」

 

「―――」

 

 なのに、天羽奏が自信満々で言うと、どうにもならないことが、少しだけどうにかなりそうな気がしてくるから不思議なものだ。

 それはゼファーに重荷を背負わせすぎて潰したものと、同じものであったが……"やりすぎない"奏は、いい塩梅でこういった言葉を扱う。

 

「二年会わない内に随分心配性になったな?

 いいか、もう一度言うぞ。あたしを、信じろ」

 

「奏……」

 

「ゴタゴタ説明すんのは性に合わねえ。これで納得して、お前はお前の戦場に集中しな、相棒」

 

「……うん」

 

 彼女は背負うし、自分を信じさせるが、自分が壊れるまではやらない。

 自己犠牲という言葉は、天羽奏にはそこまで似合わないのだ。

 それを知る翼は、奏を信じ、彼女の無茶を許す。何か考えがあるのだろうと、自分の戦いに集中する準備を再開する。

 

 そして、ブランクイーゼルはやって来た。

 

「皆、後で生きて会おうぜ!」

 

 奏がそう叫ぶと、皆が思い思いの返答を返し、飛び出して行く。

 

 ネフィリムに向かっていった仲間達を見送る奏は、咄嗟に槍を構えて防御。

 すると奏の槍が、『何か』を弾いた大きな音がする。

 その『何か』は目にすら映らない、そんな次元の攻撃だった。

 

「―――っ、初手からこれか!」

 

 奏が弾いた攻撃は、魔弾の射手・バルバトスのレールガンによる狙撃攻撃。

 秒速10kmという、凄まじい次元の一撃だった。

 奏はそれを槍で受け流し、ワームホール・ワープで突如背後に現れたセトにぶち当てた。

 

 奏は目にも耳に頼らず、バルバトスの狙撃とセトの出現を察知し、秒速10kmの攻撃を受け流すことで"防御と同時に攻撃"したのである。

 

 "この弾丸の速度はベリアルの飛行速度とそう変わらない"なんて理屈で。

 "後ろで空間が揺らいだ気がした"なんて理屈で。

 "物理的に触れるならどうとでもできる"なんて理屈で。

 天羽奏は、このファーストアタックをかわしてみせた。

 

「セレナッ!」

 

「分かってる!」

 

 続き、水面(みなも)から海を征く者・リヴァイアサンが飛び出して来る。

 リリティアの姿も、ルシファアの姿もまだ見えない。マリアやウェルも居ない。

 たった三機だが、絶大な力を持った三機だった。

 

 バルバトスの第二撃は、リニアレールガンほどの速度ではないが、十分な弾速と破壊力を持つ強酸弾(アシッドミサイル)

 セレナはリヴァイアサンが1000tほどの海水を小手調べにぶつけてきたのを見て、その海水のベクトルを操作し、アシッドミサイルを受け止めた。

 

「っ!」

 

 しかし、敵ゴーレムの猛攻は止まらない。止まる要素がない。

 バルバトスのリニアレールガンの直撃を食らったセトが、ブラックホールバレットをぶちかまして来たのだ。

 一つ一つが極小のブラックホール発生弾、その連射速度はなんと秒間一万発。

 

(―――これをしのげなければ、全部終わる!)

 

 奏とセレナの心の声が、その瞬間、寸分違わずシンクロした。

 

 セトはブラックホールを直接撃ち出して攻撃しているわけではない。

 撃ち出しているのはあくまで"ブラックホールを発生させる弾丸"だ。

 普通ならば付け入る隙でもないそれに、奏とセレナは突破口を見出した。

 

 奏が弾丸の位置を見切り、ずば抜けた戦闘感性にてどこを狙うべきかセレナに伝える。

 セレナは奏の意を受け、狙ったブラックホールバレットに干渉。

 そして奏は槍先から3333本の細いビームを放ち、正確無比にセレナが力場にて干渉したブラックホールバレットへと命中させ、空中で誘爆させた。

 セレナに干渉されたブラックホールバレットはいとも容易く空中にて爆発、小規模なブラックホールを発生させ、他のブラックホールバレットを飲み込んでいく。

 ブラックホールバレット秒間一万発を、奏は秒間3333の弱小ビームにて防いでいた。

 

 それだけでなく、ブラックホールの発生位置を細かに調整することで、奏とセレナはバルバトスとリヴァイアサンの攻撃をも防いでいた。

 セトのブラックホールは、重力に指向性を持たせるという異端技術によって作られている。

 地球を飲み込まず、かつ敵だけを飲み込む、ということが可能なブラックホールなのだ。

 奏とセレナはその重力の向きを誘導し、回避し、バルバトスの狙撃とリヴァイアサンの海水攻撃の邪魔をさせていた。

 

 バルバトスのレールガンがブラックホールの重力であらぬ方向へと飛び、地球外にぶっ飛んでいって、太陽に飲み込まれるコースに乗って行く。

 リヴァイアサンの莫大な海水による攻撃が砂浜に当たり、砂浜の砂が巻き上げられ、雲がある高さにまで砂粒がぶっ飛んで行く。

 ブラックホールの重力により空間が捻じ曲がり、太陽光すら真っ直ぐには進めない、そんな戦場の中で、奏とセレナの二人は必死に跳び回っていた。

 

「ったく、あたしは攻勢が得意だってのに」

 

「私は防戦しか得意じゃないな」

 

「そんじゃま、あたしは攻めるように守るとするかッ!」

 

 奏が右手の槍から放つビームでブラックホールバレットをいくつも撃ち抜き、同時に左手にもう一つ槍のアームドギアを形成、投擲する。

 するとその槍は重力場の影響を受け、軌道を曲げ、ブラックホールに引っ張られ、空中で幾度となく曲がり、幾何学的な軌道を描いてセトの背中にぶち当たる。

 

 この程度ではセトの分厚い装甲は小揺るぎもしない。が、攻撃は一瞬中断された。

 そうやって、奏は得意とする攻勢による防御を用いて、攻勢防御による時間稼ぎを開始した。

 

 

 

 

 

 体長50mのネフィリムの体重は、おおよそ3万トンをはるかに超える。

 しからばそのパンチの衝撃力は10万トン弱、パンチの重さは更に大きなものとなるだろう。

 プロの格闘家のパンチでも数百kg程度なことを考えれば、まさしく次元の違う一撃である。

 

 ネフィリムはその拳を、響へと一直線に振り下ろす。

 重力を味方に付けた打ち下ろしの一撃は、小型隕石の落下にも匹敵するほどだ。

 響はそれに、跳躍と拳撃を合わせる。

 

「やああああああああッ!」

 

 融合症例ガングニールの爆発的なエネルギーを、絶唱三回分ほど捻出し、アガートラームの力にて無駄なく制御し拳先にて爆発させる。

 大怪獣と、怪獣の手の平に乗りそうな小さな少女の拳が激突する。

 轟音。

 空気の炸裂。

 響の拳はネフィリムの拳を止めたが、その反動で彼女は吹っ飛ばされ砂浜に衝突し、砂をド派手に巻き上げながらバウンドしていく。

 

 拳のぶつけ合いに負け、敵の拳を止めただけで吹っ飛ばされた……と書けば響が弱いように聞こえるが。『体重差60万倍以上』ということを考えれば、響がどれほど凄まじいのか分かるというものだ。

 響はバウンドするも、砂浜が衝撃を吸収してくれたことでダメージは少なく、空中で体を捻って姿勢を立て直す。だが着地と同時に、小型の怪物に襲われた。

 

「!」

 

 "ネフィル"。

 元々はこれが共食いし合い一つに集まったのがネフィリムなのだ、と言われる怪物。

 その怪物に、響は左の拳(アガートラーム)のジャブを打ち込み、右の拳(ガングニール)のストレートを追撃に叩き込む。

 綺麗に連撃が入った、が……ネフィルは痛そうにするも、倒れる気配はまるで見せない。

 

「っ、意外にしぶとい……!」

 

 響に殴り飛ばされたネフィルは、口を開いて熱線を発射。

 後方宙返りでそれを回避した響は油断なく構え、周囲を見渡す。

 そこには、海から上がってきた数十体のネフィル達が、響を見て口から涎を垂らしていた。

 

 ネフィルは体長2m、体重はおおまかに300kg。

 個体差はあるが極めてしぶとく、一体一体が通常のシンフォギアの戦力に匹敵する力を持つ。

 エネルギーを喰うために通常兵器を無効化する力も、聖遺物を喰って急速に成長する力も、熱を攻撃に使う力も、ネフィリムと同じく身に付けている。

 

 ノイズと同じように沢山居て、ノイズのように一撃では倒せない。

 そして成長すれば、ネフィリムのように大きく強くなっていく。

 極めて厄介な敵だった。

 

「うじゃうじゃと、しゃらくせえんだよッ!」

 

 クリスが超巨大ネフィリムと分体のネフィルに同時に火力を叩き込むも、これだけ的が多いと流石に火力を集中しきれない。

 ネフィルはなんとか地上に上がって来ないよう押し戻せるが、ネフィリム・ディザスターほどの大怪獣ともなれば、ダメージすら与えられていない。

 ネフィリムとネフィルの両方を押し留めない限り、東京の壊滅は免れないというのに。

 クリスはネフィリム・ディザスターの足を止めるため、ネフィリム・ディザスターの足元の砂浜に小型ミサイルを撃ち込み、足場を崩して転ばせようとした……が。

 

(くそっ、転ばねえ!)

 

 ネフィリムの巨体は小揺るぎもしない。

 3万トンの体を砂地に立たせるために何かをしているのか、足元に特殊な力場があるようだ。

 これ以上ネフィリムを先に進ませてなるものかと、そこで突撃したのが翼。

 

(レイザーシルエットなら!)

 

 翼は絶唱を寸止めして絶唱の三割ほどの負荷で絶唱の八割ほどのエネルギーを引き出し、そのエネルギーを剣に集中、レイザーシルエットの力を全て『切断力』に変換してぶつける。

 すると彼女が手にした刀のアームドギアは、するりとネフィリムに突き刺さっていた。

 

 巨大な敵を前にして、大きな攻撃でも破壊力のある攻撃でもなく、その硬い皮膚を貫くための切断力を選んだ判断力は流石と言えよう。

 切断力のある刃を動かす力は素の腕力だけ、という割り切りも素晴らしい。

 かくして、翼の刃は極めて硬いネフィリムの肌を貫いたのだが――

 

「―――!?」

 

 ――柄が、滑る。

 柄を握っていた手が滑ったのではない。柄が、突き刺したネフィリムの上で滑ったのだ。

 刃の部分が熱で溶かされ、溶けた刃の上を柄が滑ってしまったのだ。

 

 ネフィリムの体内は、今や一億度弱の高熱が循環する増殖炉である。

 いかに剣をエネルギーでコーティングしようと、そんな体内に剣を差し込んでしまえば、刀身も融解するというものだ。

 かつて翼が剣を溶かされたかのディアブロのプラズマと比べても、そこまで温度に差がないほどの高熱なのだから。

 

「先輩!」

 

「!」

 

 翼はクリスの声に反応し、跳躍。

 自分を踏み潰そうとするネフィリムの足の裏を、ギリギリで回避した。

 人間の歩く歩幅は約80cm、と言われている。

 しからばネフィリムが人を踏み潰そうと足を踏み出せば、ただそれだけで射程距離40m以上、重さ3万トン以上の絶殺の一撃となるのだ。

 大きいということは、強いということ。重いということは、強いということ。

 何気ない一行動ですら必殺となるネフィリムに、装者達は何をするにも冷や汗が出てしまう。

 

「ッ」

 

 更には、ここに来てネフィリムが口を開いてくる始末。

 

 セレナは"ネフィリムが口を開く時、それは食事の時か熱線を吐く時"と二課勢に伝えており、この行動は、二課勢の全員が警戒していた行動であった。

 熱線が来る。今のネフィリムに見えている範囲、その全てを焼き払う熱線が来る。

 装者達の目つきが変わる。

 そして、待ってましたとばかりに、彼女らは事前に打ち合わせていた動きをぶち当てた。

 

「対応コンビネーションDッ!」

 

 翼は叫ぶと、その場で逆立ちし、足裏より巨剣を形成。

 そして彼女の足は下から上に巨剣を蹴り上げ、形成された巨剣は下から上に突き出され、剣先はネフィリム・ディザスターのアゴをかち上げる。

 翼はなんと、逆立ちして天地逆向きの『天ノ逆鱗』を打ち放ったのだ。

 

 更に、翼の合図に合わせて響が懐に潜り込み、跳躍と同時にアッパーを放つ。

 50m近い跳躍からのアッパーは流石に威力が落ちるが、響は腕部武装ユニットをナックルガードとブースター付きのものに変化させ、翼と同時に攻撃を当てることで威力を補う。

 そうして、翼と響の攻撃がアゴに当たった結果、ネフィリムの口は僅かに上を向く。

 

「リフレクター・フルアクトッ!」

 

 そこで、クリスがエネルギーリフレクターを全力展開。

 

「く……うっ……!」

 

 熱線の向きを捻じ曲げ、なんとか熱線が地上に当たることを回避する。

 背の高いビルは屋上が少し焼かれたかもしれないが、そこはビルの持ち主に我慢してもらうしかないだろう。大事の前の小事だ。

 ネフィリムは、翼と響の合体攻撃でもほんの少しだけしか口の向きを動かせなかった。

 だが、大怪獣はその"ほんの少し"が気に障ったらしい。

 

「くっ―――!?」

 

 ネフィリム・ディザスターが、その手を砂浜に叩きつけた。

 ただそれだけで、砂の地面は爆発する。

 その衝撃波は爆弾のそれに匹敵し、飛び散る小石は弾丸に近い威力を得る。

 砕けた岩は信じられない威力で飛来し、大きな音を立てながら装者の体に激突していく。

 絶大な力により生まれた圧力が飛ばす砂と水は、もはやウォーターカッターの域にある。

 

 虫を人が叩き潰すように、ネフィリムは手を地に叩きつけた。

 羽虫がその風圧で吹っ飛ばされるように、装者達は余波だけで吹っ飛ばされていく。

 直撃していれば虫のように"ぷちっ"と、シンフォギアが潰されていたであろう一撃。

 

「うあぁっ!?」

 

 それをこともなげに放ち、ネフィリムは街へと突き進んで行く。

 サイズが違いすぎる。

 力の総量が違いすぎる。

 規模が違いすぎる。

 どうすればその足を止められるのか。

 どうすればその侵攻を食い止められるのか。

 どうすればこの怪物を倒せるのか。

 響にも、翼にも、クリスにも、全く見当がつかない。

 どう攻撃しても、まるで素手で山を殴り続けているかのようだった。

 

 ネフィリム・ディザスターにとっての装者は、人にとってのカタツムリやカナブンとそう変わらない大きさだ。サイズが小さすぎて眼中に入らず、入ったところで踏み潰せばいいと見ている。

 大きいということは、強いということだ。

 クリスのミサイルを肌で弾き、目に突き出された翼の剣先を眼で弾き、響のパンチを顔面で弾きながらも、ネフィリムは歩む速度を緩めない。

 

 ただひたすらに強く大きな大怪獣は、既に街を射程の中に収めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、切歌の戦場では。

 

「まったく、マリアはマリアで体調不良を理由に不参加を決め込むわ。

 イガリマとシュルシャガナは裏切るわ。

 右を見ても左を見ても自分勝手なやつらばかりで、やんなっちゃいますね」

 

 切歌はあえなくリリティアに追い詰められ、その手から鎌は落ち、切歌はリリティアに首を掴まれて吊り上げられていた。

 

「ぐ……!」

 

「リリティアの素の機能だけでどうにかなっちゃうなんて、雑魚すぎません?」

 

 そんな切歌を、ウェルは笑う。

 

「その人を離せ!」

 

「あーん? 威勢がいいですねぇ」

 

 ゼファーは車椅子を破壊され、地面に転がされていた。

 それでもウェルが言うように威勢だけはあり、切歌を攻撃しているウェル達に向かって叫ぶ。

 ウェルは叫ぶゼファーを見て、その体を蹴っ飛ばした。

 

「いだっ!?」

 

「ゼファ……あぐっ!」

 

 それを見た切歌がゼファーに手を伸ばすも、リリティアが首を絞める力を増せば、切歌はまた自分の首を掴み締めているリリティアの手にかかりきりにならざるを得なくなる。

 

「そうそう、これこれ。

 リリティアをぶつけるならこういう構図でって、僕密かに決めてたんですよ」

 

 フィーネと同じマスターコードにて命令を出して来るウェルに、リリティアは逆らえない。

 

 リリティアは、かつて女神ザババと共に戦ったゴーレムだ。

 碧刃イガリマと紅刃シュルシャガナと共に、先史の時代、ザババの力になった女性形の機械人形である。かの時代の記録は、いまだリリティアの中に刻まれていた。

 アガートラームを持つロディ。

 彼を守ろうとしてイガリマとシュルシャガナを振るうザババ。

 そして、その二人の背中を守るリリティア。

 あの時代に何度そうして戦ったかことか、リリティアはまだ覚えている。

 

 機械は、主には逆らえない。

 

「アカツキ、さ……」

 

 ゼファーの口から弱々しい声が漏れ、切歌の目に強い輝きが宿る。

 その目の輝きに、リリティアは見覚えがあった。

 もう一万にも届きそうな何千年もの昔、主の瞳に見たものと同じものだった。

 

「守る……守るん、デス」

 

 切歌は小さな手で自らの首を締めるリリティアの手を掴み、力を込める。

 

「あたし、あたし……ひどいやつだけど、ダメダメだけど、才能も強さも無いけどッ!」

 

 リリティアの拘束はほどけない。

 だが少しだけ隙間ができて、切歌は素早くそこに手を突っ込んだ。

 

「ゼファーの友達で居たいんデスッ! ゼファーに友達で居て欲しいんデスッ!

 もう、友達じゃないのかもしれないけど……それでも! それでもッ!

 許されないことしたくせに、許して欲しい、なんて思ってて……

 また友達になって、みんなで一緒に、あなたと一緒に、笑いたいんデス……!」

 

 悲痛な叫びと共に掲げられるは、ペンダントが変化した赤きモジュール。

 

「この気持ちは、許されないのかもしれないけど……!

 でも、それでも、あたしはゼファーの友達で居たいっ……!

 ここで見捨てたら、あたしはそんな自分の気持ちすら許せなくなるデスッ!」

 

 悲しみの中、絶望の中、それでも強く輝く覚悟を胸に、切歌はイグナイトを握る。

 

「あたしに……あたしにっ! 自分のしたことに、向き合う強さを!」

 

 そして、"心の闇を乗り越える"ことで力を得るそれを、胸に突き刺した。

 

「イグナイトモジュール……抜剣ッ!」

 

 心の闇が膨れ上がる。

 "ゼファーを守る"。その決意が闇をねじ伏せる。

 罪悪感が、後悔が、恐怖が、憎悪が、切歌の心を飲み込んでいく。

 "ゼファーを守る"。その決意が負の感情をねじ伏せる。

 大切な友達を殺してしまった時の鎌の感触が、その手に蘇る。

 "ゼファーを守る"。その決意が闇をねじ伏せる。

 

 守るため。そのために、切歌はイグナイトの誘惑を断ち切り、イグナイトの力を身に纏った。

 

 思い出したくもない過去を一つ乗り越えるたび、暁切歌は強くなる。

 

「ほう……あの罪悪感と後悔を抱えたまま、暴走を乗り越えるとは」

 

《《       》》

《 獄鎌・イガリマ 》

《《       》》

 

 イグナイトの重い旋律に乗せて、切歌は歌う。

 

「過去に何があったって!

 顔を隠して、俯いて、何もしないでいたら最悪デス!

 恥ずかしい過去があるなら、間違った過去があるなら……あたしは! 償うために戦う!」

 

 右手に大鎌を形成、左手に大鎌を形成。二つを合体させ、大きな長物を作り上げる切歌。

 友を傷付けた罪悪感と、友を守るという決意を一つにしたかのように。

 そうして彼女は、リリティアへと挑みかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セト、バルバトス、リヴァイアサン。

 奏とセレナの前には、この三機しか現れていない。敵に別働隊が居るのは明白な事実だった。

 だが戦況を把握しようにも、ブランクイーゼルお得意の通信妨害が働いてどうにもならない。

 それに、だ。

 把握したところで、奏にもセレナにも、どうこうできるだけの余裕はなかった。

 

「ちッ!」

 

 奏が跳び、セレナが飛んで敵の攻撃を回避する。

 四方八方より飛んで来るブラックホールバレットによる包囲攻撃。

 当たれば即座にブラックホールに潰される波状攻撃だ。

 セトはブラックホール生成の応用でワームホールを彼女らの周囲に無数に作り上げ、そこにしこたまブラックホールバレットを撃ち込んでいた。

 

 回避したブラックホールバレットは別のワームホールに飛び込み、また彼女らに向かって飛んで来る。セレナのサポートを受けた奏が何度撃ち落とそうと、まるで埒が明かなかった。

 加え、バルバトスが隙あらば対大陸弾頭(マルドゥークゲイズ)を撃ち込もうとしてくるものだからたまらない。

 これでもかと攻めて来るゴーレム達は、ブラックホールバレットを回避し続ける二人に対し、更なるダメ押しをして来るほどだった。

 

(! 核弾頭魚雷(リアクタートーピドー)―――)

 

 リヴァイアサンの原子力を使った魚雷が海面より飛び上がり、セレナに迫る。

 セレナは回避行動の直後で、避けられない状況にあった。

 だが、ここで"間に合う"のが天羽奏という人間である。

 

「消えてろ!」

 

 奏は跳躍と蹴撃を一息に重ね、魚雷を素早く、かつ柔らかに蹴っ飛ばした。

 そして奏は人間離れした洞察力でどことどこのワームホールが繋がっているのか、セトの攻撃を回避しながら見切っていた。

 奏がリアクタートーピドーをワームホールの中に蹴り込んだ先は、ブラックホールバレットを叩き込むセトの眼前のワームホール、すなわちセトの目と鼻の先。

 

 目の前に現れた核魚雷……それに、セトは慌てず騒がずイービル・クェーサー・システムを起動する。そして極小規模の銀河を形成、リアクタートーピドーをそのまま飲み込んだ。

 セトは右手で小規模な銀河を形成しつつ、左手を奏に向ける。

 その時"何が起こるか"を事前察知できたのは、力の流れを操るために力の流れを見ていたセレナだけだった。

 

「危ない!」

「っ!」

 

 イービルクェーサーが発動され、一瞬前まで奏が居た場所に小銀河が現れる。

 飛行するセレナが奏を抱えて回避しなければ、この一瞬で奏はミンチになっていただろう。

 ブラックホールの生成の次は銀河の生成。

 こんなもの、まっとうに防ぐ手段があるわけがない。

 

「サンキュ、セレナ」

 

「いいよ、気にしなくて……でも」

 

「ああ。セト、あいつが飛び抜けてやべえな」

 

 セトは今彼女らが相手をしている三体の中でも、火力が次元違いにずば抜けている。

 この地球を破壊しないようにセトが気を使っていなければ、とっくの昔に二人はお陀仏だ。

 本来ならば、上空や宇宙空間でこそ本領を発揮するタイプなのだろう。

 ブラックホール、ワームホール、イービルクェーサー。

 どれもこれもが、地表近くでマスターもなく使うには適していない。過剰火力だ。

 

「あたしら、後どれくらい持つ?」

 

「……五分。その後は、奏ちゃんのLiNKERの効果が保たないよ」

 

「やれやれ、きっつい話になってきたなッ!」

 

 海を見れば、迫る高波。

 海より来たるリヴァイアサンの対地攻撃に、二人は飛び上がる。

 "そもそも数秒後にセトに殺されている可能性の方が高い"とは、二人のどちらも言わなかった。

 

 

 

 

 

 魔剣ルシエドは、可能性すら操作する。

 例えばこの世界に自らが存在する確率を50%と50%に分け、世界の二箇所に同時に存在することすら可能だ。なんてことはない。複数の世界に何%存在するかを操作する、ノイズの位相差障壁と仕組みは同じ。

 神獣鏡からコピーした力を使えば、鏡面分身を使うことさえも難しくはない。

 

「!」

 

 ウェルがネフィリムの肩の上に現れる。

 装者達はそれを突如現れた本物だと思ったが……上記のルシエドの機能を前提として考えるならば、このウェルは本物であり、同時に偽物であるとも考えるべきだろう。

 

「Dr.ウェルッ!」

 

「いけませんねえ。

 ネフィリム・ディザスターを止めることはおろか、ネフィルの掃討も出来ないなんて」

 

「降りてきやがれクソ野郎!」

 

 クリスは吠えるが、ウェルはどこ吹く風だ。

 

「ま、そうでしょうね。あなた達はHEXを使えなければそれだけで出力が落ちますし……

 何より、問題は火力だ。

 あなた達の戦いの基本は、自分より強い相手に大火力のコンビネーション・アーツでしょう?」

 

「っ!」

 

「コンビネーション・アーツが使えない時点で、お得意のジャイアントキルは既に死んでいる」

 

 魔剣ルシエドを携えたウェルが現れたことで、響達がこの大怪獣を市街地に入れないよう足止めを成功させる可能性は、とうとうゼロになってしまった。

 そして今、響達の生存の可能性も0になりつつある。

 

「さあ、幕を引いてやれ、ネフィリムッ!

 成長の糧となる仲間の喪失……ほどよい悲劇を用意するためにッ!」

 

 ウェルは魔剣ルシエドを抱げ、"ゼファーの仲間"を死体にすべく、ネフィリムに指示を出した。

 

 

 

 

 

 凍結の世界(フリージングゾーン)

 全ての熱が、運動エネルギーが奪われる、凍結と静止の世界。

 切歌はイグナイトの火でこれに抵抗しながら、リリティアに戦いを挑む。

 

 そんな戦いを、ウェルは木に背を預けながらじっくりと眺めていた。

 

(リリティアの弱点は、トータルバランスの悪さ。

 固有能力が強すぎて、そこにスペックを割きすぎている。

 だがそれは逆説的に言えば、バランスが崩れるほどのずば抜けた固有能力の高さゆえのもの)

 

 切歌が翔べば、リリティアが氷の棘を生み出して迎撃する。

 空中に生え、地面に生える無数の氷の棘を前にして、さしもの切歌も下がらされてしまう。

 肩のユニットを稼働させ、ブースターで小刻みに加減速を繰り返しつつ、切歌は距離を詰めて必殺の間合いに入ろうとするが、近接格闘戦が苦手なリリティアは早々近づけさせてはくれない。

 

(暁切歌とイガリマはゴーレム相手にはそこまで相性が良くない。

 何故ならば、魂殺しのイガリマは魂の無い相手に対し本領を発揮できないからだ)

 

 切歌は鎌の刃を飛ばすが、それも空中で失速し、途中で落ちてしまう。

 熱、分子の運動、運動エネルギー。それら全てを略奪するのがリリティアの特性だ。

 相性が悪いタイプの人間は、とことんこのゴーレムには歯が立たない。

 切歌は肩のユニットから鎖鎌型ワイヤーアンカーを出し、中距離から多角的に攻めようともするが、鎖鎌で言う鎖の部分をほんの数秒でガチガチに凍らされ、動かなくされてしまっていた。

 切歌はやむなくそれをパージし、バックステップで後ろに下がる。

 

(加え)

 

「ッ」

 

(足手まといが居る)

 

 だがそこで、切歌はゼファーの近くに着地してしまう。

 当然のことだ。

 リリティアの相手をしながら、ゼファーを逃がせるはずがない。

 ゼファーを抱えてリリティアに背を向け逃げても、すぐに死に至らしめられるだけだ。

 そして一人で逃げられるような足が今のゼファーにないことを、切歌はよく知っている。

 

 必然的に、切歌はゼファーを庇って守りながら、隙を見てゼファーを戦域から遠ざけながら、機を見てゼファーから離れるように戦うしかない。

 けれどそれにも限界があり、追い詰められて周りが見えなくなると、こういう状況も出来る。

 

 切歌は足を止め、リリティアの氷のマシンガンを、鎌を振って防御する。

 自分の前で鎌を円状に回転させ、盾のようにしているのだ。

 長持ちはしないと分かってはいるが、"それでもゼファーを守れるならば"と……そう考え防御している切歌に向かって、新たな攻撃が飛んで行く。

 

 透明な斬撃。ウェルが放った必殺の一撃だ。

 

「っ、また!」

 

(暁切歌に味方はおらず、ここには僕が居る)

 

 切歌はそれを鎌で受け止め、アームドギア全体を使って衝撃を拡散。

 ウェルが殺す気で放った一撃を、鎌を犠牲にして無効化する。

 

(流石はシンフォギア。防御不能な概念攻撃によく耐える。が)

 

 だが、防御手段が無くなってしまえば、リリティアの格好の的になってしまう。

 

 この戦闘中に、何度も見られた光景。

 リリティアに食い下がる切歌にウェルがちょっかいを出し、切歌は対処しきれずに窮地に陥ってしまう、そんな流れが、また生まれる。

 

「しまっ―――」

 

 鎌を失い、それでも切歌は足掻く。

 両の手を拳にして、氷の弾丸を弾く弾く弾く。

 肩の鎖鎌を再生成。鎌の部分だけでなく、鎖の部分も使って弾く弾く弾く。

 バリアフィールドを最大限に強め、軽い当たりは歯を食いしばって耐える。

 それでも、少女の体では限界があって。

 

「あ、ぐ、ぅッ……!」

 

 腹に大きな氷塊を叩き込まれ、切歌は悶絶して膝をつく。

 

「終われば、こんなもの、と……なんとまあ呆気ない。新機能も用意していたというのに」

 

 切歌の首に向けて、リリティアの氷の刃が飛んで行く。

 当たれば彼女の首は容赦なく刎ねられることとなるだろう。

 リリティアの凍てつく心の奥底で、錆びついた大昔の記憶の中の誰かと、切歌が重なる。

 それでも、機械は、人には逆らえない。

 リリティアに攻撃の指示を出し、ウェルは切歌から目を話して、地にて呻くゼファーを見た。

 

「君を目の前で殺せば……さて、彼は目覚めてくれるかな?」

 

 少しばかりの、期待を寄せて。

 

 

 

 

 

 ウェルは天才だ。まごうことなき天才である。

 その上、彼が所属するブランクイーゼルには圧倒的なまでの戦力的余裕があった。

 それこそ、最強戦力であるルシファアを後詰めにしてもなお余裕が有るほどに。

 

 ウェルの計算と策略は、こうだ。

 この戦力差ならば絶対に勝てる……が、万が一ということもある。

 今まで何度も何度も不可能を可能にしてきた集団が、特異災害対策機動部二課というチームだ。

 土壇場で信じられないような切り札を切ってくる可能性は、十分にありえる。

 光速で動くだけの的ならばいくらでも倒す手段はある、とウェルは考えていた。

 

 ゆえに、彼はギリギリまでルシファアという札を伏せていた。

 "このくらい追い詰めれば"、"追い詰めてからこれだけの時間が経てば"、『温存していた切り札を切る』。そういう風に前提条件を整理し、ウェルは敵側の全員の性格をシミュレート。

 そして敵側に伏せ札がないことを確認してから、ルシファアを戦場に投入した。

 

(―――)

 

 セトの攻撃を回避し、バルバトスの攻撃を回避し、リヴァイアサンの攻撃を回避し、極限まで余裕を削られた回避直後の奏とセレナ。

 街中の街路に足をついた二人の目の前に、突如としてルシファアが現れる。

 これが戦闘開始直後なら、人間離れした戦闘の才能を持つ奏、人間離れした聖遺物を使う才能を持つセレナのどちらかは、何か対応できたかもしれない。

 だが、この状況で何もできることはなく。

 

「―――」

 

 二人の首に、ビームフェンサーが迫る。

 

 

 

 

 

 ウェルがネフィリムの肩の上で、大怪獣に攻撃を指示する。

 

「では、さようなら」

 

 響達の周囲に人影はなく、助けてくれそうな者も居ない。

 街中で空を見上げる響達の視界には、ネフィリムが空に放ち空より落とさんとしている、赤い熱線の雨が見えた。空が見えなくなるくらいに、圧倒的な数と密度を誇る雨。

 大怪獣に幾度と無く蹴散らされていた響達に、それを回避する余裕も手段もない。

 

 赤い雨は、容赦なく装者達を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが言った。誰もが言った。

 

「……絶対に、絶対――」

 

 諦めるか。諦めないか。その分水嶺を前にして、ギアを纏う誰もが言った。

 

「――諦めるもんかッ!!」

 

 絶望を前にしても折れない、希望の言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウェルの想定外は、二つ。

 一つは、彼の作戦の全てを聞いた上で、その全てを横流ししていた者が身内に居たこと。

 そしてもう一つは……"ウェルの敵"もまた、伏せていた札があらかた表になるのを、待っていたということだ。

 

 

 

 

 

 天羽奏の体が、ばしゃんと水になる。

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴの体が、ばしゃんと水になる。

 立花響の体が、ばしゃんと水になる。

 雪音クリスの体が、ばしゃんと水になる。

 風鳴翼の体が、ばしゃんと水になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ってな感じに、勝ちを確信した奴の足元引っくり返すのが、最っ高に楽しいのよねえ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『水の錬金術を使った水の幻像』。

 そう理解した瞬間、ウェルは思わず動揺の声を上げてしまった。

 

「何ッ!?」

 

 装者達の幻像が崩れ去ると同時に、ウェルの目の前にケタケタと笑う少女が現れる。

 否、少女ではない。

 青と紺を基調にした服を着ているその者は、少女にあらず、『人形』である。

 

「いい顔ねぇ……ゲス野郎がそういう顔してるの見ると、あたし超いい気分になるわぁ!」

 

 ゲスに笑う少女が手を叩けば、ウェルは乗っていたネフィリムごと飛ばされる。

 ルシファア、セト、バルバトス、リヴァイアサンも強制召喚され、ウェルの手駒のほとんどがひとところに集められていた。

 集められた場所は、街の中心。

 けれどネフィリムが街を破壊しようとしても、街は壊れない。

 町の人々がネフィリム達を見上げて驚いているが、彼らに危害が加わることはない。

 

 それも当然だ。

 今ウェル達が居るこの場所は、この世界であってこの世界ではないのだから。

 

「強制空間転移……

 強制対象召喚……

 元の世界からも目に見える擬似位相空間の創造……

 擬似的にとはいえ、神の世界創造に等しいこの奇跡……まさかッ!」

 

 この世界であってこの世界でない場所に、春風と花びらが舞い始める。

 空には本来並び立つはずのない、星と月と太陽のコントラストが浮かぶ美しき天蓋。

 道は草原へと変わり、小さな花が咲く。

 町の人々は世界が美しく変わっていくのを見ながら、ほぅ、と感嘆の息を漏らしていた。

 

 創り上げられた世界の真ん中に、一人の青年が降り立つ。

 

「ようこそ、我が劇場へ。自慢の劇団員達が、あなた方をお待ちしていました」

 

「ジュード……ジュード・アップルゲイト・ディーンハイムッ……!」

 

 ウェルは驚愕に呑まれながらもその名を呼び、ゴーレム達とネフィリム達を襲いかからせる。

 

「ミカ、レイア、ファラ、ガリィ」

 

 だがそこで、彼に名を呼ばれた劇団員達が飛び出した。

 

「了解だゾ!」

 

 ミカが放つは火。

 空より燃え上がる一撃を雨のごとく降らし、ネフィル達を焼き尽くしていく。

 

「いい流れで理想的な登場だ。ここは派手にやらせてもらう」

 

 レイアが放つは土。

 圧縮された大地はブラックホールと同質の特性を持ち、セトとすら拮抗してみせる。

 

「承知しましたわ、奇術師殿」

 

 ファラが放つは風。

 リヴァイアサンの海水も、ファラの暴風を突き抜けることあたわず。

 

「ったく、戻ってきたばかりのガリィちゃんをこき使うとかきっちくぅー」

 

 ガリィが放つは水。

 戦う力を持たないジュードを守る。

 

「キャロル、エルフナイン」

 

「ああ、もっとオレを頼ると良い」

「頑張ります!」

 

 続き、第五元素(エーテル)を操るキャロルとエルフナインが前に出る。

 時間に縛られぬ要素たるエーテルは、いかな原理か、ルシファアの攻撃をも防ぐほどの魔術的効果を発揮していた。

 

「レイア・シスターズ」

 

 最後に、レイアと呼ばれた女性に似た巨大女性型ロボットが三機、虚空より突如現れる。

 それそれが全長、約45m。

 レイア・シスターズと呼ばれた三機の巨大ロボは、三機がかりでネフィリムに襲いかかった。

 

「は、は……これは、凄まじい……」

 

 ウェルが声を漏らすのも無理はない。

 あの日、フィーネとゼファーが別れたあの日に起こった事象……その影響の全ての帰結として、今この場に存在する光景がある。

 

「ここは勧善懲悪の物語の舞台。奇跡をお目にかけましょう」

 

 奇術師ジュードは誰も傷付けない。

 奇術師ジュードは誰とも戦えない。

 彼が起こせるのは奇跡のみ。ゆえにこの光景は、どこまでも奇術の世界でしかなく。

 

「心ゆくまでお楽しみ下さいませ」

 

 ウェルにこの劇場を壊す手段など、ありはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切歌の首に放たれた氷の刃が、離れた場所から放たれた小さな丸鋸に弾かれる。

 

「まったく……」

 

 間一髪で切歌は助かり、切歌を助けた者の名を、切歌とウェルが呼んだ。

 

「調ぇッ!」

「月読調……」

 

 イガリマ、シュルシャガナ、アガートラーム、リリティア。因縁の物がこの場に揃う。

 調は静かに、穏やかに、隙無くアームドギアを構える。

 

「……世話が焼ける……」

 

 ウェルの側からでは、アームドギアが邪魔で調の表情が見えない。

 

 大きな丸鋸に隠されたその両目は、深い色合いの金色に染まっていた。

 

 

 




 

Was yea ra sonwe infel en yor…

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