戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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最近書き途中だった文が消えて心が折れる事態が頻発しています。ガッツで耐えています
正直その日は不貞寝したくなるレベルですが、ガッツで書き溜めてます
心折れそう、でもガッツです
あ、今本編に出ている年齢詐称組はだいたいこんな感じになっています

キャロル:肉体年齢19歳、実年齢数百歳
エルフナイン:肉体年齢16歳、実年齢7歳
ジュード:戸籍年齢19歳、肉体年齢20歳、合計年齢37歳
ガリィ:製作されてからの経過日数・理論上無限



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「二年前の騒乱の時、彼は親友や自分に石を投げた者を責めましたか?」

 

「敵に回り自分に刃を向けた僕達に、彼は一度でも悪意や怒気を向けましたか?」

 

「誰も憎めないんですよ、彼はね。憎めないから愛するしかない。まぁ、所詮は僕の私見ですが」

 

「愛と憎しみは同種のもので表裏一体。

 愛憎という表現こそがまさしくそれを表していますが……」

 

「彼は昔、自分が一番嫌いだから他人が好きだった。

 自分が一番許せなかったから、他人を許せた。

 己に対して寛容でなかったから、他人に寛容になれた」

 

「けれど、今は違う。

 今の彼は多少なりと自分を好きになれている。

 自分を少しは許せている。ちょっとは己に寛容になれたようです」

 

「つまり、今の彼は……そういったところとは無関係に、人を愛しているということです」

 

「子供の頃の精神状態を一度再現したことで、彼も自覚したでしょう。

 今の自分と、昔の自分は違うのだと。今の彼は歪みではなく、意志をもって人を救う」

 

「歪みのせいではなく、自分の意志で死に向かう」

 

「希望を抱いたまま、自分の意志で燃え尽きる」

 

「マリア、一つ聞きたいんですが」

 

「あなた、どこかが決定的に間違ってるわけでもない今のゼファー君を、説得できるんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十八話:おそらくきっと、世界でいちばん色気のない修羅場 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が()けても、二課の一室とある一室だけは、部屋の明かりが消えることはない。

 明かりを辿れば、そこがゼファーの部屋だということが分かるだろう。

 ゼファーは一晩中部屋の電気をつけたまま、何らかの映画を部屋の中のモニターに流し、映画を見ながら頭の中で策を考えに考えていた。

 

「ん」

 

 車椅子に座ったままのゼファーは、ドアがノックされた音を聞く。

 彼はかつての自分を取り戻した。が、かつての全てを取り戻したわけではない。

 ゼファーの姿は、相も変わらず指一本動かせない、指の一本もない怪物の姿のままだ。

 耳が無いまま、喉がないまま、彼は部屋へと人を招く。

 

「どうぞ」

 

 ドアを開けられないゼファーの代わりに、ドアをノックした者がドアを開けて入って来る。

 入って来たのは、月読調であった。

 

「シラベ? どうかしたのか、こんな夜更けに。いや、それとも……」

 

 眉目麗しい、容姿端麗な美少女である調がこんな夜更けに訪ねて来たとなれば、思春期の男子の大半は勘違いしかねないだろう。無縁を高鳴らせるに違いない。

 特例を除けば、それでドキドキしない思春期男子はホモと言っていいはずだ。

 が、ゼファーは特例だった。

 彼は勘違いもドキドキもしていない。

 

 それどころか、今までほとんど誰も気付いていなかった"調の秘密"を、あっさり見抜いていた。

 

「……用があるのは、フィーネさんの方かな」

 

「―――いつから、気付いていたの?」

 

 調が目を閉じ、ゆっくりと瞼を押し上げれば、そこには金の瞳があった。

 ゼファーがかつて綺麗だと思った透き通る赤紫の瞳は、彼がいつかどこかで見た覚えがある、金色の瞳へと塗り替えられていた。

 少女の瞳には、どこか慈しみに近い感情が揺蕩っている。

 

 ゼファーが殺した、けれど終わらせはしなかった人が、そこに居た。

 フィーネ・ルン・ヴァレリアが、そこに居た。

 

 調、切歌、マリア、セレナ……ゼファーがF.I.S.で出会った少女達は皆、フィーネが輪廻転生システムを用いて転生する際、転生する先となる可能性のある"レセプターチルドレン"だった。

 フィーネは約半年前に、ゼファーの手によって肉体の死を迎えた。

 だがネガティブフレアで殺されなかったため、その魂は次の肉体へと向かったのだ。

 何の因果か、彼の友である月読調の体へと。

 

 フィーネの魂は瞬く間に調の魂を塗り潰した……かと思いきや、フィーネは何故かそうしなかった。転生成功と同時に器の人格を塗り潰すのがいつもの彼女のやり方だ。

 だがフィーネは、何故か調相手にはそうしなかった。

 結果、フィーネの魂と調の魂、二人の精神が一つの肉体の中に同居する。

 

 いつから気付いていたのかとフィーネが問うと、ゼファーは目も耳もない顔で、困ったように考え始めた様子を見せる。

 

「いつだろう? 正直、よく分かりません。

 あなたの声を聞いた時か、今魂であなたの魂を見た時か、どちらかだと思うんですが」

 

「……想い出の喪失は止まっても、想い出を記憶領域に書き込む力は別、か」

 

「なんだか物覚えが悪くなってるんです。考える力も、前ほどには残ってなくて」

 

 彼はかつての自分を取り戻した。が、かつての全てを取り戻したわけではない。

 今となっては思考能力や、意識をまともに動かす力も壊れかけだった。

 聞いたことに対しても、見たことに対しても、"覚える"という作業を行えなくなり始めている。

 

「あの時、フィーネさんが俺を呼び戻す最後の一声をくれた時……

 調の声だ、と思って戻って来たのか。

 フィーネさんの声だ、と思って戻って来たのか。

 どっちだったのかも思い出せなくて、ちょっと記憶が怪しい感じなんです」

 

 頭の中で調が騒ぐので、フィーネは意識を強めて黙らせる。

 表に出ている意識がフィーネでなく調であったなら、彼に駆け寄って体調の確認くらいはしていたかもしれない。

 

「それで、ええと……あれ、今何の話をしていたんでしたっけ」

 

「……あなたの物覚えが悪くなっているという話よ」

 

「あ、すみません」

 

 今のゼファーは、話の途中にもちょくちょく変なところが表出している。

 "何故そうなっているのか"を理解した調が頭の中でギャーギャー騒ぐので、フィーネは彼女の意識を無理矢理に押し込めた。

 話の最中に話の内容さえ覚えていられないゼファーを見て、フィーネは事前に打ち立てていた推測に確信を持つ。

 

「夜更けになっても寝ないのは、意識の連続性を絶たないためかしら?」

 

「……流石です。お見通しですか」

 

 今のゼファーは意識の動きを止めれば、その瞬間に死に至る、と。

 

「寝たら、そのまま死ぬ。

 気絶してもそのまま死にますね。

 試す気はありませんけど……多分、ぼーっとしたりしてもそのまま死ぬと思います」

 

 よく漫画の中などでは、雪山で凍死しそうになっている人間に「寝るな、寝たら死ぬぞ」と言うシーンがある。意識がある限り生きられる、意識が途切れれば死ぬ、そういう状況だ。

 それと同じで、今のゼファーは意識の動きが止まれば死に至る。

 彼の体はとうとう眠る権利すら失っていた。その身が夢を見ることも、もうあるまい。

 次に彼が心を休められる時は、彼が死ぬ時になるだろう。

 

「なので……ん、あ、すみません、今何の話をしていたんでしたっけ」

 

「寝たら死ぬって話」

 

「ああ、そうそう、そうでした」

 

 ゼファーの意識や思考はもう終わりが見えている。

 だが、あやふやなそれらとは対象的に、彼の意志と覚悟はギッチリと固まっていた。

 ゼファーは既に、自分の行く道を定めたようだ。

 

 残り少ない命をどう使うか。既にその覚悟を決めている。

 

「結末はもう見えました。後のことは、よろしくお願いします」

 

「……」

 

「永遠の刹那を生きるあなたを信じます。……俺が言えた義理は、無いのかもしれませんが」

 

 フィーネはこれまでも、これからも、ずっと人類史と共にあるだろうと彼は考えている。

 そんな彼女に『後を託す』という意味を、ゼファーが分かっていないわけがない。

 一度は彼女を殺した負い目も有り、ゼファーはその願いを不躾で図々しいものであるとすら考えていた。

 それでも、ゼファーは彼女に頼む以外の道を選べない。

 彼に未来(さき)は無いのだから。

 

 フィーネは彼の願いを受け入れたのか、彼の願いを受け入れないまま彼を安心させるためか、それとも別の目的があるのか……彼の願いに、了承の返事を返す。

 

「ええ、分かったわ。もしもあなたが心半ばで死したなら。それを受け継ぐと約束しましょう」

 

 それを聞き、ゼファーは安堵の息と、無意識の内の声を漏らす。

 

「……安心した」

 

 自分が声を漏らしてしまったことに気付いても居ない彼を見て、フィーネは目を細める。

 そこから益体もない一言二言を交わしてから、フィーネは退室していった。

 誰も居ない深夜の廊下を、調の体は歩いて行く。

 

(……あれで、良かったのかしら)

 

 安心させるべきだったのだろうか、とフィーネは思う。

 ゼファーの欲しかった言葉をあげて良かったのだろうか、とフィーネは考える。

 情に流されて、ゼファーの求めた言葉をやって、生の執着を削ってしまったのでは……と、フィーネは今更になって後悔し始める。

 

(―――良いわけ、ないッ!)

 

 そんなフィーネから、調は無理矢理に体の主導権をもぎ取る。

 意志力の強弱が逆転し、今度はフィーネが意識を精神の底に押し込められた。

 激情は、調の意志にフィーネの意志を凌駕するほどの力をくれる。

 調はその激情のままに、拳を廊下の壁に叩きつけた。

 

「っ……!」

 

 切歌が頭の良くないリアリストなら、調は頭の良いロマンチストだ。

 

 割り切れるわけがなかった。納得できるわけがなかった。諦められる、わけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京都民を一日かそこらで全員他県へと避難させることができるか?

 不可能だ。不可能に決まっている。

 それでも勝手に逃げる者は居たのだが、「東京から逃げてきた奴らが居ると怪獣はこっちに来るんじゃないか」と言い始める者が出て来ると、乱闘事件まで発生する始末。

 東京から避難誘導される前に逃げ出した者、その者達とトラブルを起こす者達で、東京周辺は警官が総出で対処にあたってもどうにもならないレベルの未曾有の大パニックを起こしていた。

 

 仮に日本全国から警官を全て集めたところでせいぜい30万。

 "1000万人の難民"に匹敵するこの人の洪水を対処できるわけがない。

 政府や二課にできることといえば、"安全だから何も心配はない"と嘘をついてパニックを抑え、"念のための避難"と銘打って都内から人を逃がすことくらいだ。

 それでも、圧倒的に時間が足りていない。

 

 ディーンハイムからの情報で、ブランクイーゼルがすぐに再襲撃してくると判明していた今、この状況はあまりに致命的だった。

 二課の皆はまたしても、街を守りながらの戦いを強いられるのだ。

 それも、今日の戦力からネフィルとリリティアを差し引いただけの強敵達に対して。

 

 二課の面々はそれでも、ディーンハイム一家の戦闘力を頼もしく感じ、その戦闘能力をあてにしていたのだろう。

 セト、ルシファア、バルバトス、リヴァイアサン、ネフィリム・ディザスター、ネフィル、魔剣ルシエド、ロンバルディア。

 このメンツを撤退に追い込み、なおかつ一人の死人も出さなかったのだ。

 ジュード達の戦闘能力に期待していなかった者など、居るわけがない。

 だからこそ、そういう期待があったからこそ。ジュード達が想い出の大半を使い果たし、期待された戦闘力を発揮できないと聞くと、多くの者は落胆していた。

 

 希望が見えたと思った瞬間、絶望に落とされる。

 それは人の心にヒビを入れるにたるものだ。

 "今のゼファーの状態"を知っているがために、二課を包む空気は暗い。

 

「あいつらとまともにやりあえる人が、助けに来てくれると思ったのに……」

 

 ぽつりと、誰かが呟く。

 ジュード、キャロル、エルフナイン、ガリィは二課の司令部に招かれていた。

 弦十郎や装者を初めとした二課の多くの人間がそれを出迎えていたが、ポツリと呟かれたその言葉に、心中で同意を示したのは何人居ただろうか。

 どうにも空気が暗く、重い。明るい歓迎の空気が無い。

 間近に迫っているブランクイーゼルの再襲撃に、ロクに睡眠と休憩も取れていない二課の多くの人間は、負の方向の感情を抱いているのだろう。

 

 そんな者達を、キャロルは鼻で笑った。

 

「ふん、歳を食って大きくなったのは能書きと図体だけか。肝っ玉の小さなことだ」

 

「んだとッ!?」

 

 挑発的なキャロルの言葉に、クリスが激怒する。

 装者達は個人差はあれど、比較的マシな方だ。

 響、翼、クリス、切歌、調、セレナ、奏と、人並み以上にガッツのある面々が揃っている。

 大人も弦十郎や緒川などを初めとする者達は、この状況でさえ平時とそう変わらない様子という、素晴らしく完成された精神性を見せていた。

 だが、多くは今にも俯いてしまいそうな者達ばかりであり、その者達に向けてキャロルは強い言葉を吐いていく。その言葉は、一部の装者にも向いていた。

 

「莫迦者か、お前達は」

 

 キャロルは知っているのだ。

 諦めた人間は、ここまで暗くはならないと。

 諦める人生は楽だから、ここまで落ち込んだ気持ちにはならないのだと。

 諦めきれていないから、ここに居る人間達は苦悩しているのだと。

 諦めない人間だから、諦めるべき現実を前にしても、苦しみながら立ち続けているのだと。

 キャロルは気付いているのだ。

 

「受け入れられない現実を受け入れようとして膝を折るくらいなら!

 現実に挑んで敗れて折れろ! その方がまだマシだ! 少なくとも目障りではない!」

 

 諦める人生は楽だ。楽しくなくても、楽ではある。

 だが、楽な人生を選んでここに来た者など、一人も居ないのだ。

 少し苦しい道を選び、少しだけ頑張って、少しだけ他人の苦難を請け負い支え合って……そうして、この場に立っている。装者も、大人もだ。

 

「下を向くぐらいなら、奇跡を信じて足掻いてみろ!」

 

 キャロルはそんな者達に、苛立たしげに言葉をぶつけていた。

 

「諦めないということは、好き勝手に生きることだ。

 好き勝手に生きてみろ。……ゼファーといったか、あいつは。

 男は時々女の気持ちなんて知りもしないで好き勝手やるもんだ。

 なら、(わたし)達も好き勝手に生きたっていいだろうさ。

 お前達の望むものはなんだ? お前達が目指すものは何だ? お前達が信じるものは何だ」

 

 装者と大人に、苛立ちをぶつけるというのが半分。

 装者と大人に、活を入れるというのが半分。

 キャロルは薬か毒かも定かでない劇薬のような言葉を吐いて、司令部の全員に背を向ける。

 

「戦いたくないなら寝てるがいい。

 戦えないのならば戦場には出て来るな。

 お前達と違い……戦っても欲しい未来が、オレにはある」

 

 たとえ一人になっても戦う、とキャロルはその背中で語りながら、司令部を出て行った。

 キャロル・マールス・ディーンハイムは、きっと一人で世界を敵に回したって戦える。

 そんな強い人間が吐いた強い言葉は、大なり小なり、暗く沈んだ心に響いていた。

 

「あまり、キャロルを悪く思わないであげて下さい。キャロルはちょっと不器用なだけなんです」

 

「うん、分かってるよ。不器用な人は、私達の周りにも多いから」

 

 キャロルが誤解されたと思ったのか、エルフナインが弁解を始めれば、響が微笑んでそれに応える。エルフナインがほっとしたような笑顔を見せて、緊張した空気が少し緩んだ

 危うく"ディーンハイム"の第一印象が悪くなるところだったが、エルフナインのファインプレーと響の天然っぷりで、なんとか悪印象を与えることだけは避けられたようだ。

 

 忘れてはならない。

 特異災害対策機動部二課とジュード達の間に、信頼関係は無いのだ。

 何かあれば、それだけで協力関係は破綻しうるのである。

 その点、エルフナインに友好的に話しかけていく響は、二組織の橋渡し役としてはこれ以上なく適役な人材であった。

 

「エルフナインちゃんは、キャロルさんとは姉妹なの?」

 

「えっ……あ……はい。そう在れればいいなと、思っています」

 

「?」

 

 変な言い回しだ、と響は思った。

 最初から姉妹ならそうだと言うだろう。

 義理の姉妹や戸籍上の姉妹なら、そう言えばいい話だ。

 赤の他人なら、そう在ろうとしても姉妹になれるわけがない。

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべる響をよそに、エルフナインは皆に語りかける。

 彼女なりの、激励の言葉を。

 

「僕達は又聞きですが、皆さんが頑張っていたことを知っています。

 凄いと思いました。奇跡みたいだと思いました。

 ですが、敵は皆さんが守ってきたものを狙っています。僕達は、それを奪わせたくないんです」

 

 エルフナインは知識があり、頭も良い。けれど純粋だ。

 必要な知識をダウンロードされた、生後数年のホムンクルスともなればこうもなるだろう。

 子供のような純粋さと感受性、大人顔負けの知識と知性。

 彼女は純粋な善意で、響達を助けようとしているのだろう。

 彼女は純粋に、響達の頑張りに感動したのだろう。

 

 胸の前で両の拳を握り、彼女は純粋な気持ちで激励の言葉を向ける。

 

「頑張った人には、報われて欲しいんです!」

 

 が、その言葉はこの場で言うべきだったのか、言うべきでなかったのか、怪しいものだった。

 プラスになったのか、マイナスになったのかも分からない。

 少なくとも、空気は少し重くなった。

 

「―――っ」

 

 キャロルが強い言葉を選んだがために、劇薬となる言葉を吐いたのならば。

 エルフナインは人生経験が足りないがために、劇薬となる言葉を吐いてしまっていた。

 『頑張ったのに報われなかった』とゼファーに対し思っている者達にとって、エルフナインのこの言葉は顔面ストレートに近い。

 ゼファーが"十分報われた人生だった"と考えていようが、周囲はそうは思わないのだ。

 

 良くも悪くも発言が衝撃的で、意図してやったやってないの違いはあれど、キャロルもエルフナインも言葉でこの場の全員をぶん殴っていた。

 この二人が姉妹だという確信は、もう皆の中で揺らぐまい。

 そこで空気を読んでガリィがエルフナインの背を押して、司令部から追い出そうとする。

 

「サブマスター、うちのマスターそろそろ追いかけませんと。

 あーの人拗ねたらあなたかジュードが説得しないと平時の状態に戻らないんですから」

 

「あ、っとと、そうだった。皆さん、失礼します!」

 

 エルフナインが"自分の発言で空気が悪くなった"と認識する前に、司令部から叩き出した迅速さは流石ガリィと言うべきか。

 ガリィはエルフナインの背を押し、彼女と一緒にキャロルを探しに行こうとし、司令部から出る直前に司令部の中に言葉を残していく。

 

「"人形の方が人間の未来のために頑張ってるじゃん"とか言われたい?

 あたしは喜んで馬鹿にしながら言うけど。言われたくなきゃ、頑張るしかないわよねぇ?」

 

 女性陣三人による劇薬発言三連発が過ぎ去った後の、沈黙が広がる司令部。

 思い悩む者、覚悟を固めようと必死になっているもの、自己嫌悪に陥っている者、その他諸々。

 空気は最悪だ。

 皆の精神状態も最悪。

 はい解散、と誰かが言った方がいいような気すらしてくる最悪の流れだった。

 

「すみません、うちの面々が失礼をしてしまったようで」

 

 そんな空気の中、ジュードは率先して笑って一歩前に出る。

 彼は指を鳴らした。すると、部屋の中にいい香りが満ちていくではないか。

 花の香りだ、と誰かが思ったその時には、皆の心が多少なりとリラックスしていた。

 緊張を取り、心を上向きにする花の香りを再現する錬金術。

 ジュードは得意技で空気を一瞬にして変え、もう一度指を鳴らして、今度は純粋な音のみでこの場の全員の視線を集める。

 

「気を取り直して、始めましょうか」

 

 そうして、ジュードは作戦会議を再開する。

 キャロルに、エルフナインに、ガリィに強烈な叱咤をされ、ジュードに上向けられた皆の精神。

 それが良い方向に向き始めていた。

 と、言うより、そんなことでもしなければ、この絶望的状況下で全力戦闘の連戦という疲労に、皆耐えられまい。

 

 変革が必要だった。ゼファーにも、皆にも。

 

 この状況を引っくり返すためには―――英雄の周りに決定的な『何か』を起こす必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音声認識ソフトを使って、ゼファーは機械に声を吹き込んでいた。

 藤尭に頼んで設置してもらったそれは、パソコンの画面の中で、不器用ながらもゼファーの声を文字列に変えていく。

 何度も声を吹き込み、何度も文字を消し、何度も文字を変換する。

 ゼファーは"もう戦力として運用すべきではない"と仲間達からこぞって言われ、作戦会議に参加することも許されていなかった。

 そのため、彼はひたすら部屋で一人声を文字に変換していく。

 

 夜の六時ほどから始めて、休憩無しで12時間。

 声をぶっ続けで文字にし続け、ゼファーは"今まで会った全ての人"への遺書を書き終えた。

 

「よし」

 

 祖父への遺書はスペイン語。

 F.I.S.の何十何百という子供達にも、大人達にも、英語で遺書を書き記した。

 日本に来てからの知り合いに至っては、もはや数えるのも大変な数になっている。

 一課に二課、リディアンの在学生に卒業生、近所の知人に戦う仲間。

 12時間かけて書かれた遺書は一人あたりの量も多く、とてつもない数になっていた。

 

「これで、よし。……これでいいんだ」

 

 ゼファーは多くの心残りを片付けて、それでも胸の中に残る心残りを切り捨てようとする。

 未練があった。執着があった。大切なものがあった。約束があった。死にたくなかった。

 あまりにも多くの心残りがあった。

 ゼファーはその心残りを切り捨てようとして……できなかった。どうしてもできなかった。

 ゆえに、"心残りはもう無い"と思い込む。

 

 今の彼に救いがあるとすれば、一つだけ。

 彼は希望も抱いていて、絶望ゆえのやけっぱちな思考ではなく、自らの意志をもって『死にに行こうとしている』ということか。

 

「アクセス」

 

 彼は静かに文言を唱え。

 彼は静かに姿を変えて。

 彼は静かに消え去った。

 

 

 

 

 

 ブランクイーゼルの襲撃が終わってから、約16時間が経過した朝。

 ゼファーは木々の合間を駆けていた。

 彼のARMが、ブランクイーゼルの再襲撃を知らせている。

 ゼファーはたった一人で、それに立ち向かおうとしていた。

 

(もう奇跡が起こる余地はない。

 次の戦闘、俺が最適な選択を選んだとしても……死人は出る)

 

 彼が選ぶは、命を守り悲しみを終わらせる道。

 ゼファーには腹案があった。ウェル博士を倒し、オーバーナイトブレイザーをロードブレイザーの封印に叩き込み、その封印を強化して、1000年は保たせられる策が。

 

 たとえ、その代償に今度こそゼファーが絶対的に死ぬとしても。

 

 この状況下では、これ以上ない最善の選択だった。

 

(選択の余地もない)

 

 1000年もあれば、何かロードブレイザー対策も見つかっているかもしれない。

 宇宙に視野を広げた人類が、人類という括りでの民族意識に近いものを持ち、今とは比べ物にならないほどの結束を持つかもしれない。

 ウェル博士が居なくなれば、ゴーレムやネフィリムは脅威でなくなるかもしれない。

 かもしれない。

 かもしれない。

 だが、この"かもしれない"以上の希望なんてものがこの世界に残っていないのも、また事実。

 

 彼の行動と選択は、客観的に見れば最善だった。

 

 一人死ねば地球人類全てが助かるのであれば。それは、正しいと言える……かも、しれない。

 

(俺は、今日―――死ぬ。自分の意志で)

 

 ゼファーの幸福と未来の断絶という一点に目を瞑れば、の話だが。

 

「……!」

 

 それを受け入れられる者も居れば、受け入れられない者も居る。

 死の覚悟を決めたゼファーの前に、立ちはだかる一つの影。

 

「……ツバサ」

 

 ゼファーが今日まで一度も勝てていない――と彼は思っている――少女がそこに居た。

 

「ゼファー。お前を止めに来た」

 

 木々の合間の、ほんの少しだけ開けた空間。

 風鳴翼は、そこでゼファー・ウィンチェスターと対峙する。

 

「どいてくれ、ツバサ。

 俺は今日ここで、全てに決着をつけないといけないんだ」

 

「その決着を、誰が望もうか」

 

「……何?」

 

「お前が望む決着の形を、望まぬ者も居るということだ」

 

 翼が手にするは、絶刀・天羽々斬。

 ガングニールと融合していた時ほどではないにしろ、ガングニールとの融合を経て、パワーアップを遂げた聖遺物。

 覚悟と共に刀を構えた翼に、ゼファーの静かな問いかけが向かう。

 

「これしか無いはずだ。

 俺を止めるのはいいが、代案はあるのか?

 この世界を、人々を守るため、何か起死回生の策があるのか?」

 

「代案はない。だが、お前を死なせたくないという気持ちはある」

 

 翼は、しっかりと現状を認識していた。

 ゼファーを今ここで行かせてしまえば、ゼファーは死に、世界は救われるだろう。

 ゆえにこそ、翼はゼファーの"世界救済"を邪魔しようとしている。

 

「それだけで十分だ。この在り方を貫く理由には十分過ぎる。私は、そう生き、そう戦おう」

 

 翼は胸の覚悟を剣と構えた。

 対し、ゼファーも胸の覚悟を拳と構える。

 

「ありがとう」

 

 ゼファーは少しだけ笑って、感謝の言葉を告げて、目を閉じる。

 彼が再び目を開けた時、彼の目からは、一切の甘さが消えていた。

 躊躇も、未練も、迷いも、暖かみも……そこには何一つとして無く。

 

「だけど、代案が無いなら、俺は負けるわけにはいかない」

 

 世界を想い。人を想い。死にたくないのに死を選ぶ男の覚悟だけが、そこにはあった。

 

「俺は希望を抱いてここで死ぬ」

 

「私はお前の明日を守る」

 

 青と黒。

 余りにも速い両者は一瞬でトップスピードにまで至り、激突した。

 速さは、黒が圧倒的に上回る。

 

(! 速い!?)

 

 翼が剣を一度振る間に、ゼファーはその三倍の速さで息もつかせぬ三連撃。

 右の拳で刀を打ち、左の拳を顔に打ち、足払いをかける。

 翼は刀を持つ手が痺れる感覚、咄嗟に横に動かした顔に拳がかする痛み、そして足を払われた浮遊感を覚える。

 初手の攻防では、ゼファーが圧倒的に優勢に立った。

 だがこの程度で決着となるほど、翼は甘い女ではない。

 

(なんのッ!)

 

 翼は足払いにて180°回転し、頭を下にした状態でトドメを刺されそうになっていた。

 そこで彼女は脚部剣からエネルギーを放出し、宙に浮いたまま、ゼファーに蹴られた勢いに乗って更に180°回転した。そうして、彼女は再び地に足をつく。

 トドメになるはずだったゼファーの一撃が、翼の刀によって受け止められ、防御の成功と引き換えに刀は粉砕された。

 

 粉砕された刀の破片が飛び散って、地面に落ちる……その前に。

 翼は脚部のホルダーから小太刀二刀を射出し、両手でキャッチ。両手両足による四刀流で手数を一気に四倍にまで引き上げ、コマのように回転しながら連撃を放つ。

 ゼファーは洗練された四刀による乱舞を、余裕綽々に二本の腕で捌いていた。

 

《《         》》

《 Beyond the BLADE 》

《《         》》

 

 歌が流れ、リズムが出来、それに乗って圧倒する。

 先日までの翼なら、それができたはずだった。

 装者の中でも最強の一角を占める翼であれば、できないはずがなかった。

 だが今は、ゼファーに圧倒されてしまっている。

 その理由の一つが、翼にはよく理解できていた。

 理解できてしまうことに……翼は、深い悲しみを覚えていた。

 

(もう、あの弱点までもがないのか……!)

 

 ゼファーの、ひいてはナイトブレイザーの天敵とは誰か。

 無論、シンフォギアである。

 シンフォギアのバリアフィールドはネガティブフレアに対して極端に強く、かなりの出力差があったとしても容易に遮断してしまう。

 それに何より、『歌』があった。

 

 ゼファーは歌が好きだ。こと、装者の歌には惚れているとすら言っていい。

 戦闘中でも、彼は装者が奏でる歌に聞き惚れてしまう。

 その隙は装者もゼファーも気づかない形で生まれ、戦闘中に"決定的な弱体化"に転じ、ナイトブレイザーとシンフォギアにスペック差があったとしても、それを逆転させてしまうのだ。

 

 翼はそれをよく知っていて、そのためゼファーとの戦いでは無敗を保っていたのである。

 歌を好む彼の心がある限り、勝つ自信が翼にはあった。

 友に手を上げることを心の奥底で躊躇う彼の心があれば、負けることもないと確信していた。

 だからこそ。

 歌を聞こうともしていない彼を見て、翼は確信してしまったのだ。

 

 今のゼファーは、"全てを切り捨てて"戦っているのだと。

 

(お前は、そこまで、心を削ぎ落としてしまっているのか……!?)

 

「集中しきれてないそんな状態で挑んで来るとは、俺も舐められたもんだな」

 

「!」

 

 そこで彼から放たれたのは、『逆羅刹』であった。

 翼が最も得意とする技であり、対処法もよく知っている技。

 体を回転させ、ゼファーは己の天地を逆さにして足を振るう。

 翼はそれに対応しようとし……それが、逆羅刹であって逆羅刹でない技ということに、喰らう段階になってから気が付いた。

 

「なっ!?」

 

 翼が焔の壁に呑まれる。

 そして円状に広がる焔の渦は、km単位で周囲の森の全てを呑み込んで行った。

 ネガティブフレアは完全に制御されているものの、内包されている熱量は太陽の中心温度をはるかに超えている。

 後に残ったのは地面と、髪が少し焦げ、地に膝を付いている翼だけだった。

 

「この焔が、証明になるはずだ。俺は絶望や自暴自棄を理由に死のうとしているわけじゃない」

 

 ネガティブフレアは、ゼファーの絶望を喰らってその火勢を増す焔だ。

 過去に何度か、ゼファーの負の感情を喰らって制御不能となり、彼の身を焼いたこともある。

 今、ネガティブフレアは、ゼファーに完全に制御されていた。

 それが何よりの証明となる。

 ゼファー・ウィンチェスターは、絶望なんてしていない。彼はまだ、希望を抱いて立っている。

 

「俺は希望をもって、死を選んだ」

 

「死に希望など無いッ!」

 

「死に希望は無いかもしれない。だけど俺は、俺の死で守れるものにこそ、希望を見た」

 

 奏の死に絶望の涙を流した翼だからこそ、その言葉には重みが乗る。

 だが、足りない。

 今のゼファーの心を動かすには、翼の言葉ですら重みが足りない。

 

「ツバサ。俺は、俺の友達の中に希望を見たんだ。お前だってそうだよ」

 

「―――ッ」

 

「俺が居なくなっても、友達がこの世界の明日を守ってくれる。

 俺が居なくなっても、友達が俺が守りたかった人を守ってくれる。

 俺が居なくなっても、その悲しみを、俺の友達はきっと乗り越えてくれる」

 

 信じる気持ち。希望。友情。

 それが、ゼファーを殺すのだ。

 

「そう信じて、俺は行く」

 

「待―――」

 

 ナイトブレイザーの脚力が体を跳ねさせ、焔の爆発が彼の体を加速させ、時間加速が彼を視認できない域の速度にまで至らせる。

 その一撃を防御できたのは、本当に奇跡の賜物だった。

 血と技が、積み重ねられたその二つが翼を守る。

 幸運と偶然も重なって、翼は小太刀二刀を交差させ、盾とした。

 

 されどゼファーの一撃は、そんな奇跡を真正面から粉砕する。

 

 ゼファーの拳は一瞬で小太刀二刀を粉砕し、貫通し、翼の体に拳を叩き込む。

 信じられないような衝撃が炸裂し、翼はゼファーの視界の外にまで、すなわち何kmという単位で吹っ飛ばされていく。

 友の骨を殴り折った手応えに嫌な想いをしながらも、ゼファーは翼に感謝の気持ちを抱く。

 

「今までありがとう。今もありがとう。……ツバサと友達になれて、よかった」

 

 今日までずっと、翼と友達として一緒に過ごした日々が、幸せだった。

 彼は今彼女が止めに来てくれたことを、本当は嬉しく思っていた。

 止めに来てくれた彼女を排除してしまったことを、心苦しく思っていた。

 ゼファーは死にたくなんてなくて、翼を傷付けたくもなかった。

 

 その上で、彼はしたくもないことをしながら、世界を救うために死に向かう。

 

 覚悟とは、できればしたくないことをする決意を持つことだ。

 どんなに辛くても途中で辞めないと、心に決めることだ。

 したいことをするのであれば、楽なことをするのであれば、覚悟は要らない。

 ゼファーは覚悟を胸に、迫り来るブランクイーゼルを迎え撃とうとしていた。

 

「……ああ、そういえば俺、ツバサに勝っちゃったのか」

 

 その途中で、ポツリと呟く。

 

「勝っちゃったんだな」

 

 迷いを捨て、弱さを捨て、大切な想いを捨て、重荷を捨て、生を捨てたゼファーは強い。

 それは重りを体に付けて鍛錬していた武闘家が、その重りを外した時の状態に近かった。

 背負っていたものの重みが、捨てられなかったものの重みが、彼を鍛え上げた。

 そしてそれらの重みがなくなった今、彼は過去のどんなゼファーよりも身軽だった。

 今の彼は、信じられないくらいに強い。

 

「あんなに勝ちたい勝ちたいって必死に思ってて、勝てなかったのに」

 

 今まで一度も勝っていなかった風鳴翼にすら、勝ってしまうほどに。

 

「勝っちゃったのか」

 

 彼の胸中に満ちたのは、達成感―――ではなく。喪失感だけだった。

 

「……いや、今は、そんなことを考えているべき時じゃない」

 

 ゼファーは(かぶり)を振って、前を見据える。

 

「終わりにしよう、ここで。

 ウェル博士の悪巧みも。

 魔神の脅威が差し迫る今も。

 ……ちゃんと報われていた、俺の人生も」

 

 いい人生だった、とゼファーは掛け値なしの本音を呟く。

 彼が仮にいい人生を送っていたとしても、それは彼が死んでいい理由になんてなりはしないが、ゼファーはそれを"死に納得する理由"に使う。

 いい人生だった。

 出会いに恵まれていた。

 幸せだった。

 だから、ここで死んだっていいはずだ……と、ゼファーは自分に言い聞かせている。

 

 せめて最期は笑って死のうと、頬を引きつらせながら、彼は飛び出す。

 

「皆、後のことを……この世界の未来を、頼んだぞ……」

 

 どこか滑稽で、どこか残酷で、英雄の死にて幕を閉じそうになっている、この物語。

 ゼファー・ウィンチェスターは、正論では太刀打ち出来ない主張を掲げて、正論では揺らがない覚悟をもって、戦いに向かう。

 

 ゼファーが強くなることが。

 ゼファーが勝利することが。

 ゼファーが信頼し、後を任せ、信じて未来を託せる仲間がいるということが。

 ゼファーが希望を抱き、未来を守ろうとすることが。

 ゼファーが世界と人を愛していることが。

 ゼファーが他人の笑顔を守ろうとしていることが。

 ゼファーが正しく生き、正しく死のうとしていることが。

 ゼファーが世界のための一番正しい選択肢を選ばなくてはならないこの状況が。

 

 ゼファー・ウィンチェスターを、死に至らしめる。

 

 それが今この世界を席巻している、希望という名の毒だった。

 

 

 




 

『他に方法があるのならゼファーはそれに飛びつくが、他の方法が見当たらない』

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