戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

177 / 188
5

 翼がゼファーの足を止めた、ほんの僅かな時間。

 その僅かな時間で、ゼファーを足止めする新手が現れる。

 まるで、翼からバトンを受け取ったかのように。

 

 ローラーが地を削る音がして、ゼファーの前に二人の少女が立ちはだかる。

 丸鋸を構えるは月読調。大鎌を構えるは暁切歌。

 ……二人と共闘してから、まだ24時間も経っていないというのに。ゼファーは今度は、この二人と戦う巡り合わせの中に居た。

 

「今度はシラベと、キリカか」

 

 時間が無い、とゼファーは焦り始める。

 既にブランクイーゼルは日本に攻撃を仕掛けられる位置にまで来ているはずだ。

 早く彼女らを振り切らないと、とゼファーは焔を滾らせる。

 

 ゼファーが倒すべき敵を視界に入れれば、その瞬間に全ては終わる。

 戦いも、ゼファーの命も。

 そのため、彼は戦場に行こうとする。

 そのため、彼女らはここで彼を止めようとする。シンプルな構図だ。

 

「二人までこっちに……俺を止めに来るとは思わなかったぞ」

 

「私達だけじゃない」

 

 調の返答に、ゼファーは仮面の下で目を細めた。

 彼女の言葉のニュアンスから察するに、装者は全員ゼファーを止めに来ているらしい。

 翼、調と、ギアに機動力――瞬発力に非ず――がある順に邪魔しに来たことから、ゼファーは一つの推測を立てる。

 装者は一斉に二課本部を出撃し、足の早い順にここに辿り着いているのではないか、という推測だ。

 

(私達だけじゃない? ……そうか、移動速度の差か。

 短距離ならともかく、それなりの距離を移動するなら速度差はモロに出る。

 ツバサは最速。ツバサより速いシンフォギア装者は居ない。

 移動専用の形態を持つシラベ、シラベに乗せて貰ったキリカがツバサに次ぐのは必然)

 

 ならば、すぐに終わらせなければ次はガングニールの二人が来る。

 そこでも手こずればイチイバルまでやって来てしまうだろう。

 装者が皆揃ってゼファーを止めに走っているのならば、確実にそうなるはずだ。

 ゼファーは歯を強く食いしばり、調と切歌に説得の言葉をぶつける。

 

「俺に構ってる場合じゃないんじゃないか?

 今、ブランクイーゼルが攻めて来ていることを知ってるだろう。

 お前達の力は、俺を止めるために使うべきじゃない。人を守るために使うべきだ」

 

 見ようによっては、この状況は無辜の人々を皆殺しにしようとしている強敵を前にして、ゼファー達が仲間割れしているようにも見える。

 人を守るために使う戦力が、敵を前に同士討ちなど、あってはならない。

 

 なのに、彼と彼女らは矛を引けずにいた。

 ゼファーは人々を守るため、死ぬために、一歩も引けない。

 調と切歌は彼を守るため、死なせないために、一歩も引けない。

 命を燃やし切ろうとしている青年と、命ある限りその邪魔をする少女達。

 敵を前にして……それが愚考であると知りながらも、彼らは仲間割れせざるを得ない。

 

 仲間割れを、同士討ちを避けた時。失われてしまうものがあまりにも大きかったから。

 

「頼む、邪魔をしないでくれ。俺がここで足踏みをしている間に、人が死ぬかもしれないんだ」

 

 ゼファーは世界を救うため、人を救うため、二人に懇願する。

 

「正論デスね。うん、ゼファーの言ってることの方が正しいかもしれないデス」

 

 けれど二人は、ゼファーの頼みを聞いてやらない。

 

「私達はきっと、一番正しい選択を選んでないんだと思う。……それでも、私達はここで戦う」

 

 聞いたが最後、彼とはもう会えなくなると知っていたから。

 

「正義では守れないものを、守るためにッ!」

 

 自分達の選択が『正義』から程遠いと知りながら、彼に刃を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十八話:おそらくきっと、世界でいちばん色気のない修羅場 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調と切歌は、即座にイグナイトを発動。

 更にイガリマとシュルシャガナが相互に力を高め合う、ユニゾン・システムも起動。

 先日ライブ会場前でナイトブレイザーを瞬殺した時と同じ布陣で、毅然とゼファーに挑んだ。

 

《《          》》

《  Just Loving X-Edge  》

《《          》》

 

 切歌が鎌を振るえば、そこから飛び出す三日月状の刃が三つ、ゼファーの左より迫る。

 調が地を滑るように走れば、彼女は小さな丸鋸を無数に射出、ゼファーの右より攻める。

 左右より挟み込まれるように放たれた二人の攻撃は、まさしく刃の檻。

 

「ゼファーがそうせざるをえなくなった原因が、あたし達にあるのなら……!」

 

「私達の、せいであるのなら!」

 

 今こそゼファーを生かすために、と二人は叫ぶ。

 だが、ゼファーはいとも容易く刃の檻を回避しきった。

 アクセラレイターでもはや何倍に加速しているのか考えるのもバカバカしいスピードに至り、ナイトブレイザーは刃にかすりもしていない。

 だがこれもまた、調の計算の内だった。

 

(きりちゃん!)

(デス!)

 

 切歌の攻撃はゼファーに回避されたことで、調の方へと飛んで行く。

 調の攻撃はゼファーに回避されたことで、切歌の方へと飛んで行く。

 だが、攻撃は両者に当たることなく、反転した。

 調の大型丸鋸が切歌の回転する飛刃に当たり、そのまま跳ね返す。

 切歌が調の丸鋸の群れに突っ込むと、丸鋸の群れは切歌を避け、弧を描いて反転する。

 

「!」

 

 二人は目配せ一つなく、目で合図することもなく、当然言葉で打ち合わせすらせずに、ただそこに"親友が居る"というだけで、互いの思考をトレースしたのだ。

 

 でなければ、切歌の飛刃が右回転で調の大丸鋸が左回転、両者の回転数もピッタリ同じだなどという偶然が起こるわけがない。刃が綺麗に跳ね返されるわけがない。

 切歌が回避なんて考えず、"そのままの速度で突っ込めば調の刃の方がどいていく"という確信を持って、刃の群れの中に突っ込めるわけがない。

 

 更に調と切歌は、飛び道具と同時に接近、近接武器を振り上げて一気呵成に攻撃を仕掛けた。

 飛ぶ鎌の刃が三つ、小型の丸鋸は無数、そこに切歌の鎌と調の大丸鋸まで重ね合わせる。

 足りない分の実力を、二人はコンビネーションにて補おうとしていた。

 回避直後のゼファーは切歌の方を向いていたため、前後から挟み撃ちにする形になる。

 

「はぁッ!」

「デェス!」

 

 ゼファーの前から、調の小型丸鋸が肩・肘・膝・顔・首といった部位を正確に狙い、切歌の大鎌が腹を狙う。

 ゼファーの後から、切歌が飛ばし調が弾いた三つの刃がうなじと両膝裏を正確に狙い、調の大丸鋸が背中を狙う。

 彼が死ぬ時は、ウェルと魔神をどうにかするために全力を出す時だ。

 今のゼファーは、シンフォギアでいくら叩かれても死にはしない。

 そんな事実に基づく全力攻撃が、前後からゼファーに迫る。

 

「―――」

 

 だが、今のゼファーに届かせるにはあまりにも遠い。

 二人は気付いていなかったのだ。

 ゼファーはまだ、全力の速さを見せても居なかったのだということに。

 

「―――!?」

 

 複数の音が、同時に鳴り響く

 空気が弾ける音。

 全ての鎌の刃が粉砕された音。

 全ての鋸の刃が打壊された音。

 人の肉を打つ音。

 それらの音はほぼ同時に、人の耳では聞き分けられないくらいに短い間隔で、連続して響く。

 

 秒速340mなどという遅い速度でしか響けない音を置き去りにして、ゼファーは一瞬で全ての攻撃を粉砕し、調と切歌の腹に拳を叩き込んでいた。

 イグナイトの強靭なバリアフィールドを抜いて、衝撃が彼女らの内臓に響き渡る。

 横隔膜にまでダメージが行き、二人はたった一撃で呼吸ができなくなった。

 

「か、はっ……!」

 

 歌って力を捻出するシンフォギアにとって、こういった腹への一撃は最悪だ。

 呼吸ができないということは、歌えないということなのだから。

 ……だが、結果から言えば息ができなくなる程度で済んで良かった、とも言える。

 

(……なんとか、芯は外せた……!)

 

 二人は拳が腹に当てられたその瞬間、身をよじってクリーンヒットを避けたのだ。

 ゼファーの攻撃の瞬間、調は「きりちゃん危ない!」と思い、切歌は「調危ない!」と思った。

 "ユニゾン"によりいつも以上に強く繋がっていたことで二人の思考は伝わり、二人は瞬時に攻撃の芯を外すことに成功したのである。

 それでも、並の人間であれば一撃必殺であっただろう威力があるのが恐ろしい。

 

 調と切歌はシステマの呼吸法を応用した呼吸法で、横隔膜の痙攣を取りつつ、なんとか呼吸を続ける。このまま息が止まっていては、歌うどころか酸欠で気絶しかねなかったからだ。

 切歌は鎌を杖代わりにし、調は地に膝をつき、息を整えつつも無防備な姿を晒していた。

 

「……私達のせい、か。そんな風に思ってたんだな」

 

 ゼファーは二人のコンビネーション攻撃にかすりもせず、ゆったりと二人に歩み寄る。

 

「違う。皆のせいだなんて考えたこともない。

 ただ、ここで終わりにしたいんだ。

 戦いの中じゃなくて、平和な世界の中で歌を歌ってる時の皆の歌も、好きだから」

 

 二人は歩み寄ってくるゼファーの姿を見、ゼファーの言葉を聞き、ゼファーを止めるという決意を膨れさせていく。

 

「大きな悲しみを生む要因は、今日ここで全て終わらせる」

 

 そして切歌と調は根性で立ち、意志が肉体を凌駕した状態でゼファーに飛びかかった。

 

「あなたまで終わって、どうするの!」

 

 調は『裏γ式・滅多卍切』を発動。頭部ユニットのマシンアームを四つに増やし、大丸鋸四つを形成して振るい、猛然と攻める。だが、ゼファーにはまるで当たらない。

 

「誰が世界のために死ねだなんて頼んだデスか!」

 

 切歌は『封伐・PィNo奇ぉ』を発動。肩のユニットから鎖鎌という体で16のワイヤーアンカーを放ち、その刃を全てゼファーに向ける。だが、ゼファーにはまるで当たらない。

 

「キリカ、シラベ」

 

 二人はイグナイトとユニゾンという二つのブーストを得て、上位を除いたゴーレムであればすぐさま倒せるだけの猛攻を見せていた。だが、ゼファーにはまるで当たらない。

 ゼファーが反撃に転じれば、武器は一瞬で砕け散る。

 そして黒騎士は二人の攻撃をかいくぐって懐に入り、二人の頭を同時に掴んで、地面に強烈に叩きつけた。

 それこそ、地面にクレーターが出来るほどの力で、強烈に。

 

「がッ……!」

 

 痛みをこらえる声が漏れ、強烈な一撃に二人の体は動かなくなる。

 

「俺を止めたいのなら代案を出せ!

 俺の敗北が多くの人の死に繋がる可能性がある限り、俺は負けてやるものかッ!」

 

 二人は戦闘不能に足る一撃を食らっていた。

 ダメージは軽くない。すぐには起き上がれないだろうと、ゼファーは推測している。

 が、逆に言えば、時間があればまだ立ち上がって来る可能性がある。

 ゼファーは油断なく、気絶もギア解除もしていない二人に向けて、足を振り上げる。

 

 振り上げられた足が、振り下ろされ――

 

「代案が無くたって、嫌なものは嫌だッ!」

 

 ――割って入って来た響のローキックが、その足を横合いから弾いた。

 

「……ヒビキ」

 

「他に道が無いからって、進みたくない道を進まなきゃいけないなんて義理はない!

 目の前にある道の中から最善を選ぶだけなら、ロボットにだってできる!

 人間だけ! 人間だけだッ! 目の前にない道を作って、そこを進んで行けるのはッ!」

 

 響が右半身を前に打ち出すような姿勢で、右の拳を撃ち込む。

 ゼファーはそれに、無造作に右の拳を打ち込んだ。

 拳と拳が衝突する。

 拳の周囲の空気が弾け、響の体が回転した。

 ゼファーのあまりの拳の威力に、響は拳ごと弾かれてしまったのだ。

 

 が、立花響は転ばない人間ではない。何度転んでも起き上がるのが、立花響なのだ。

 

 響は拳を弾かれた衝撃で右回転。

 だがそこで無理に体勢を立て直さず、むしろゼファーの拳の威力をそのまま乗せる形で、360°回転してからの左拳を放った。

 中国拳法の秘奥が一つ、『化勁』の応用である。

 ゼファーの力は響の力に"化"され、響は先程の拳よりも更に強い拳撃を放っていた。

 

 ナイトブレイザーの掌はその一撃をも容易に受け止め、その口は響に語りかける。

 

「ブランクイーゼルが再襲撃を仕掛けて来ている今。

 ここ以外に俺の命の使い所はないはずだ。

 東京と周辺のベッドタウン含めて1000万を超える死者を出すか?

 第一、封印の期限が迫ってる魔神はどうする? 解決策は、他にあるのか?」

 

「終わってから考える!」

 

「ったく、ヒビキらしいな……やめてくれよ、そういうの、本当に」

 

 こうなった響は、止まらない。

 味方にすれば頼もしくて、敵に回せば厄介だ。

 ゼファーと響は同種の格闘技を修めた者同士として、同じ歩法で互いに踏み込む。

 両者は真正面から拳を差し込み始めるが、ゼファーは響を圧倒的に凌駕する力や速さを出すまでもなく、技のみで彼女を圧倒する。

 

(!? 真正面から、技量だけで―――!?)

 

 響に戦いの基礎を叩き込んだのはゼファーだ。

 確かにその時は、この二人の間に絶対的な技量の差はあっただろう。

 が、響の成長の速さと独自鍛錬により、二人の間に技量の差はもうほとんどないはずだった。

 にもかかわらず、響はいつの間にか腕を取られ、ゼファーに投げ飛ばされている。

 

 今のゼファーには余分がない。無駄がない。迷いがない。

 そのため、技一つ取っても過去のどの時代の彼よりも強いのだ。

 響は腕を取られたと認識した瞬間には、空高く投げ飛ばされていた。

 そしてそのまま一直線に、直線距離にして100mほど飛び……ゼファーに大火力の奇襲を仕掛けようとしていた、クリスに衝突する。

 

「わっ、このバカ!」

 

「バカでごめんなさい!」

 

 ゼファーに回転をつけて投げられたせいで、響は空中で体勢も整えられず、自分の位置も分からない。ただクリスの声に反応し、脚部パワージャッキをガコンと動かす。

 ジャッキの稼働で生まれた反動を使い、響はあらぬ方向に飛んで行く。なんとかクリスと空中で衝突することだけは避けられたようだ。

 

「くそ、一手遅れて――」

 

 響が飛んで来たことで、クリスは攻撃の発射を一瞬遅らせてしまった。一瞬ゼファーから目を離し、響の方を見てしまった。その一瞬で、ゼファーはクリスの目の前に居た。

 

「――っ、!?」

 

 一瞬で距離をゼロにする速度。

 音もなく、声もかけずに忍び寄る容赦の無さ。

 クリスにはその装甲の黒色が燃え尽きた残骸のように、赤色が血のように、その様子が悪魔のように見えてしまった。

 クリスはガトリング砲を盾にし、腕部装甲を盾にするが、そんなものではナイトブレイザーのカカト落としを防げるわけもなく。

 

「づッ!?」

 

 クリスは流星のごとく、空から地へと叩き落とされていた。

 地面にめり込んだ体を抜くクリス、戻って来た響、ダメージが重そうな切歌と調に、ゼファーは静かに語りかける。

 既にブランクイーゼルの攻撃は始まっているはずだ。

 "こんなところでこんなことに使っていていい時間はない"と、ゼファーは焦る。

 

「最後通告だ。ブランクイーゼルとの戦いに戻れ。……罪のない人を守る戦いに、戻ってくれ」

 

 一刻も早く行かなければ、とゼファーは焦っている。

 それが"一刻も早く死ななければ"という焦りと同義であると、彼は気付いているのだろうか。

 心の一部を麻痺させなければ、死を選ぶこともできないくらい、生きたがっているくせに。

 

「嫌」

 

 そんなゼファーの前に立ったのは、月読調であった。

 こんなにも早く彼女が立ち上がったことに、ゼファーは少しだけ驚く。

 

(さっきのをどう耐えたんだ?)

 

 おそらくは、ゼファーの知らない防御法を使ったのだろう。

 バリアフィールドの制御か、受け身か、あるいは既存概念に囚われないもっと別の何かか。ひょっとしたら、それら全部の複合かもしれない。

 何にせよ、ゼファーは調がどういう技を使って先の一撃に耐えたのか、見当もつかなかった。

 

「ゼファー」

 

 調はボロボロになりながらも、ゼファーに語りかけて来る。

 その目は本当に真っ直ぐだ。

 全てを切り捨てなければ一つの事柄に向かえない今のゼファーとは違い、今日までの調の人生を何一つとして切り捨てないまま、ただひたすらに積み上げた、その先にある真っ直ぐな目。

 

 調は、馬鹿みたいに真っ直ぐに、理想を見つめていた。

 調は、この期に及んで、ゼファーを苦しめる『全て』のものを排除しようとしていた。

 少女の目は語る。

 "ゼファーが苦しんでいるのなら、私が助けてあげるんだ"と。

 

「皆、戦うことを決めた。

 皆、戦ってる。

 皆、自分の生きる世界を、自分の手で守ろうとしてる」

 

「皆……?」

 

「そう、『皆』。皆、守るために戦ってる」

 

 その時ゼファーには、胸に手を当てる調が、とても尊く、輝かしいものであるように見えた。

 

「正義では守れないものを、守るためにッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは、空から街を見下ろしていた。

 右手にはグラムザンバーのアームドギア、背中には翼のようにはためくマント。

 彼女が命じられた事柄は、ネフィリムやゴーレムがウェルと共に街を蹂躙している間に、ゼファーや装者などの邪魔者をネガティブ・レインボウで倒すことだ。

 

 将棋で言えば、王と斜めに並ぶ位置に置かれた角だろうか。

 敵の動き次第で王手となる、そうでなくても敵の戦力を深く抉る可能性のある、グラムザンバーの強さを前提とした強烈な一手。

 オーバーナイトブレイザーでさえ防御できず、魔剣ルシエドがその全スペックを注いでようやく防げる、ネガティブ・レインボウ。これが奇襲に用いられたなら、それこそ最悪だ。

 抵抗すらできずに、戦いは終わるだろう。

 

(私は……何をしてるんだろう。自分らしく在ることすらできずに……)

 

 マリアは槍を構えて、迷っていた。

 ネフィリムやゴーレムを迎え撃とうと動いていた時、横合いからかの暗色の虹を喰らえば、どんな者とてひとたまりもあるまい。

 だからこそ迷っていた。

 これで正しいのだろうか、と。

 

(迷うな)

 

 正しいと思い込まなければその選択を選べないくせに、正しいと思う選択をしたゼファー。

 正義でなくても、正しい選択をしていると自分に言い聞かせているマリア。

 二人はどこか似ていた。

 "自分がどうしたい"かというより、"皆のためにこうしなければいけない"で動いているあたりなど、哀れなくらいにそっくりだった。

 

 それをよく知る少女は、力の翼を羽ばたかせ、マリアの前に現れる。

 

「どうしてあなた達は、迷っているのに必死に迷いを捨てようとするの?」

 

「!」

 

「その迷いの中にこそ、あなた達の一番大切なものがあるはずなのに」

 

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴが、アガートラームのシンフォギア装者が、そこに居た。

 シンフォギアに選ばれた適合者が、マリアの前に立ちはだかっていた。

 

「セレナ!?」

 

「本当に似てる。一見似てるとは思えないのにね。姉さんも、ゼファー君も」

 

 "戦うための聖遺物"のハイエンドであるグラムザンバー。その欠片から作られたシンフォギアの形状は、まさに『鎧装』の言葉こそが相応しい。

 ならば。

 『妖精』の言葉こそが相応しい、今のセレナの姿から読み取るのならば、アガートラームは"何のための聖遺物"なのだろうか。

 少なくとも、"戦うための聖遺物"ではないはずだ。

 

「危なっかしくて、でも頼りになって……だから、大好き」

 

 セレナは腕を振り、不可視の力場を発生させる。

 すると力場はマリアに覆いかぶさり、彼女の体に干渉している力のベクトル全てを支配して、マリアの体を斜め下方向にすっ飛ばした。

 

(これは、ベクトルが!?)

 

 地球がマリアを引っ張る力、マリアがそれを相殺する上向きの力、その他諸々の力の向きが操作され、マリアは誰も居ない方向にすっ飛んでいく。

 グラムザンバーの力でそれはすぐさま解除されたが、平行して飛んで来たセレナと共に、マリアは周囲に誰も居ない場所へと連れて来られていた。

 

「セレナ、お願いだから邪魔をしないで」

 

「マリア姉さんがマリア姉さんらしくないことをしている限り、私は何度でも邪魔するよ」

 

「……っ」

 

 マリアにも、自分らしく在れていない自覚はあるのだろう。

 セレナの言葉に動揺し、マリアの目に迷いが浮かぶ。

 マリアはその迷いを振り切るように、必死の形相で大きな声を上げた。

 

「あと少し! あと少しなのよ! あと少しで……世界は一つになってくれる!」

 

 ブランクイーゼルの世界制覇は、もうあと一歩というところまで来ていた。

 あと少しで、人類圏からの紛争根絶は完了する。

 その先にどうなるかまでは分からないが、ひとまずは統一されるだろう。

 

 今日までの間、世界が統一される過程で――その大半は軍人であったが――人が死んでいった。

 今日からも人は死んでいくだろう。

 マリアは誰一人として手にかけてはいないし、ブランクイーゼルの方針を決めるのはマム、ゴーレムを動かして実際に殺したのウェルであったが……マリアを恨んでいる者も居るだろう。

 何よりマリア本人が、これを己の罪であると思っている。

 罪と思いながらも、マリアはこのやり方を貫いていた。

 

「……最初は、セレナのためにやっているつもりだった!

 そんなことをしてもセレナは喜ばないって!

 そんなことをしてもセレナは戻って来ないって!

 ちゃんと分かってた! だけど、そうせずにはいられなかった!

 セレナに救われたこの命で世界を救えば、ゼファーを救えば!

 妹を犠牲にしてまで生き延び、生き恥を晒し続けるこの命にも、意味があると思った!」

 

 マリアは証明したかったのだ。

 あの日、妹を、友を犠牲にして生き延びてしまったという後悔を抱いた。

 今日までの日々の中、妹を生贄にして生き延びてしまったようなものだと、何度も泣いた。

 だから、彼女は証明したかったのだ。

 セレナが犠牲になったことには意味があったのだ、と。

 セレナに救われたこの命には意味があるのだと、と。

 無意味な死も、無意味な命も、ないのだと。

 証明したかったのだ。

 

「あなたの死を、犠牲を、献身を、意味のあるものにしたかった!」

 

 何故ならば、マリアはセレナが、大好きだったから。

 マリアにも"死にたくない"ではなく、"生きていたい"という気持ちがあったから。

 彼女には歪みのない、暖かで真っ直ぐな優しさがある。

 だからこそ、彼女は罪悪感を抱いてしまっているのだ。

 

「……もう、犠牲は出てしまっている。その死だって、意味のないものにしていいはずがない!」

 

 世界を一つにするという名分で、既に死なせてしまった者達に。

 これから先、世界を一つにするという名分で死なせてしまう者達に。

 

「『妹が生き返ったから』と、私がそれを途中で辞めてしまったら……

 私達が死に追いやった人達の無念は、恐怖で従わせた人の気持ちは、どこへ行けばいいの!?」

 

 世界を一つにします、そのために逆らう者には攻撃を仕掛けます、それで人が死にました、なんと妹は生きていました、妹が生きていたから色々やめます……なんて理屈が、通るだろうか?

 マリアは、そんな理屈は通してはいけないと思っている。

 "平和のために犠牲になれ"という名分で、ブランクイーゼルは人の命を奪ったのだ。

 

 ならば、その命を無駄にしない方法は……世界を一つにし、平和にする以外にない。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは、自分が殺していない全ての死に対しても、『意味のある死であって欲しい』と願っていた。

 意味のない死より、意味のある死の方が、まだ救いがあると思っていたから。

 

「理想を追った結果、セレナやゼファーに重荷を背負わせて、死なせるだけなら……」

 

 そして、全ての命が救われるだなんて夢想は、今のマリアの中にはない。

 マリアは犠牲を出したくない。

 けれど、それでも、彼女は犠牲が出る道を選んだ。

 

「……私は、追わない。

 皆で生きる世界を守るため、痛みが必要であるのなら……それは、皆で分かち合うべきよ!」

 

 アルビノ・ネフィリムが暴走したあの日、誰も死なせないという理想を追ってしまった結果、セレナとゼファーがああなってしまったことを、彼女は今でも覚えているから。

 

「私は……自分の意志で、自分の選択で、自分で背負って、この道を選んだ!」

 

 "みんなで一緒に明日に行こう"と考え、マリアは"特別な一人"に全てを背負わせない道を行く。

 

「その過程で生まれる罪は、全て私が背負っていく!

 きっかけはあなたでも……もうこれは、私の選んだ道なのよ!

 たとえ、セレナに否定されたとしても! 私はここで止まりはしない!」

 

 マリアが手にした槍に、暗色の虹を纏わせる。

 今のマリアは、セレナの言葉でも止まらない。

 セレナにも容赦なくその槍を向け、宣誓するかのように叫ぶ。

 

「正義では守れないものを、守るためにッ!」

 

 セレナはそんな姉を見て、柔らかく微笑んだ。

 

「優しい姉さん」

 

 そして、セレナはその細い指先を槍の先に向け、地面に向けて振る。

 すると槍が纏っていた虹が"ずるり"と剥けて、地に落ちた。

 

「なっ」

 

「犠牲にしてしまったものの重みで折れそうになって。

 けれど、犠牲にしてしまったものから絶対に逃げようとはしない。

 図太くなれなくて、繊細で、責任感が強くて、優しくて……そこは、変わってないんだね」

 

 セレナの力は、エネルギーベクトルの操作。響と似たギア特性である。

 また、セレナの事実上のアームドギアは装甲に生えた光の羽であり、これもまた繋ぐ手のアームドギアを持つ響と似ている。

 響のギア特性が"受け入れ共に在る"ものであるとするならば、セレナのギア特性は"守る"ことに特化したもの。どちらも、人を傷付けない二人の心が形になったシンフォギアだ。

 

 火山の噴火も、大海の津波も、暗色の虹も。

 セレナの力は干渉し、制御し、守るために無力化することが出来る。

 誰も傷付けない。誰も傷付けさせない。彼女の力は、そんな優しさに溢れている。

 

「セレナッ!」

 

 マリアが槍に纏わせるために加減したものでない、全力のネガティブ・レインボウを放つ。

 セレナはそれを力場で制御しようとするが、虹はなおも止まらなかった。

 全ての力を支配する力場と、全ての守りを打ち崩す虹が衝突し……結果、ネガティブ・レインボウは少しだけ曲がるも、セレナに向かって一直線に飛んで行く。

 だが、僅かでも曲がったならばそれでいい。

 セレナは飛翔し、マリアの放った虹を回避した。

 

「姉さんッ!」

 

 マリアが力を溜め込み、槍を空のセレナに向ける。

 セレナは空で力を集め、地上のマリアへと向ける。

 

 この世界の万物は七つのエネルギーから成る、七つの質量で出来ている。

 それら全てと対になるマイナスのエネルギー七種をぶつけ、"完全対消滅"という現象を起こし、質量もエネルギーも消し去ってしまうのがネガティブ・レインボウだ。

 だが。

 逆に言えば、力の操作に長けるものならば、その七つの正のエネルギーを手の内に束ね、己が力として発することもできる。

 

「もう止めよう、姉さん!」

「止まらないわ、セレナ!」

 

 セレナの手の内に輝ける虹が、マリアの槍の先に暗色の虹が束ねられる。

 

「ハイ――」

「ネガティブ――」

 

 そして、対になる二つの虹が衝突する。

 

「「 レインボウッ! 」」

 

 光の虹と闇の虹が衝突し、誰も見たことがないような光景が、この戦場に現れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光速で飛び回るルシファアは、単独で全ての戦力を全滅させることが可能だ。

 ゆえに、生半可な戦力をこれにぶつけても一秒の足止めにもなりはしないだろう。

 よって、生半可でない戦力がここにぶつけられることになった。

 ディーンハイム一家の全員は、ここに投入されたのである。

 

 ジュードがひょいと気軽に、超高難易度であるはずの異世界創造を実行。

 創られた世界に囚われたルシファアに、ジュード達は対峙する。

 彼らはなけなしの想い出全てを注ぎ込んで、ここを最後の戦いと定めているかのように、後先考えない全力の戦いを行おうとしていた。

 

「今回はカツカツだ。……しょうがないから、残り全部の想い出使いきって、幻術主体で行こう」

 

「はいはい、ガリィちゃんにおまかせあれっ」

 

 火のミカ、風のファラ、土のレイアがガリィの補助をすれば、ルシファアと正面衝突をせずとも時間が稼げるというエルフナインの案を、ジュードは採用していた。

 熱で作る蜃気楼、風による光の屈折、土の物質創造が加われば、幻術を得意とするガリィも相当な結果を出してくれるに違いない。

 

「オレ達は撃破を捨てて戦うぞ。なに、倒せはしないが、短時間なら保つはずだ」

 

 戦闘総指揮はキャロル。

 キャロルの指示で動き始めた皆に、ジュードが気合を入れる言葉をかける。

 

「行こう、皆! こういう誰も傷付けない戦いの方が、どちらかと言えば僕は好きだ!」

 

「はっちゃけんじゃないわよ!」

 

 皆がジュードの言葉に笑い、肩の力を抜き、そして駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 複数国より、同時にミサイルが放たれる。

 ブランクイーゼルが反抗勢力の本拠地たる東京を見せしめに焼き払えば、全世界はブランクイーゼルに屈服するということは、裏を返せばまだ全世界が屈服していないということだ。

 日本に協調して攻撃を仕掛けてくれる国も、まだ多くあった。

 

 だが、それらはネフィリム・ディザスターの歩みを全く止められていなかった。

 ミサイル十発でよくてせいぜい一秒の足止め。それ以上の効果など望むべくもない。

 大陸間弾道ミサイル、対空ミサイル、対地ミサイル、対戦車ミサイル、何もかもをありったけ叩き込んでいるというのに、ネフィリムの進行速度はなおも緩まない。

 

「くそっ、東映の映画でこういうの見たぞ畜生ッ!」

 

 戦闘機が飛ぶ。戦闘機が落ちる。

 駆逐艦が並ぶ。駆逐艦が沈む。

 ネフィリム・ディザスターは四方八方に赤い光線を放射して、周囲の全ての敵と攻撃を撃ち落としていた。

 日本の兵器も、他国の兵器も、片っ端から落とされていく。

 一課も二課も自衛隊も、その他大勢の者達も、諦めずに果敢に攻撃を仕掛けていく。

 

 それでいて、ネフィリムには傷一つ付いていなかった。

 

「怯むな! ありったけの火力をぶち込め! 今は国家予算とか考えなくていいぞッ!」

 

 無駄になるかもしれない。

 意味が無いかもしれない。

 そう思いながらも、自衛隊と軍人の共同戦線は手を止めない。

 彼らにとっては、いつものことなのだ。

 

 自分が戦場に出る機会が、本当にあるかなんて分からない。

 厳しい訓練の中、彼らは何度もふと思ってきた。

 無駄になるかもしれない。

 意味が無いかもしれない。

 この訓練の成果は、一生実を結ばないかもしれない。

 

 そんな風に思いながらも、いつの日か人を守るために体を張る日が来ると信じて、今日まで訓練を重ねてきた男達が、ここに居る。

 

「踏ん張れ、正念場だろうがッ! 俺達の国は、俺達が守るんだッ!」

 

 彼らの命と、何十年にも及ぶ積み重ねと、途方も無い努力は、どれほどの効果を得られるのだろうか。敵はあまりにも強すぎる。きっと、彼らはほんの僅かな時を稼いで終わるに違いない。

 

 値千金の、ほんの僅かな時を。

 

 

 

 

 

 山の中、バルバトスは静かに狙撃砲を構えていた。

 狙撃銃ではない。狙撃砲である。

 バルバトスは理論上、銀河の外縁にまで狙撃が可能な長距離砲撃戦特化ゴーレムだ。

 火力も小さめな大陸であれば一撃で吹き飛ばすこともでき、リニアレールガンから撃ち出される通常弾の弾速も秒速10kmと、現代の技術水準の遥か上を行っている。

 

 バルバトスは山中に、リヴァイアサンは海中に、セトのワームホールを利用した長距離移動で移動させられていた。

 全ては、陸と海から同時奇襲攻撃を仕掛けるためだ。

 マリアの配置といい、今回の侵攻は容赦がない。

 

 これだけの戦力に多方面から一気呵成に攻められては対処できまい、という悪辣さが目に見えるようだ。

 バルバトスは狙撃砲を構える。

 対大陸弾頭を用いるまでもない。

 都一つ、府一つ、県一つ、バルバトスの火力があれば吹っ飛ばすのは容易いだろう。

 バルバトスは静かに、照準器を街に向け……

 

 黒い獣の襲撃を受けた。

 

「―――」

 

 黒い獣は、初撃にてバルバトスの対大陸弾(マルドゥークゲイズ)を撃つための主砲を殴り潰す。

 バルバトスの弱点は、接近戦だ。

 長距離砲撃戦に特化したバルバトスは、近寄られると滅法弱い。

 敵はどこかとバルバトスは探すが、黒い獣は森の中を跳び回り、バルバトスのセンサーの網をくぐり抜けていた。

 この森の中だ。

 優れた機械のセンサーと、優れた獣の感覚ならば、後者が勝る。

 黒い獣はバルバトスを再度殴り、その機体に致命的なダメージを与えながら、数時間前にジュードから聞いていたことを思い出していた。

 

―――こんな短時間では、オートスコアラーのメンテと、これとこれしかできませんでした

 

 黒い獣の出現にバルバトスが救援を呼び、リヴァイアサンがすかさず応援に動く。

 だが、それすらも黒い獣の計算の内だった。

 獣はバルバトスを瞬殺できたにもかかわらず、バルバトスの主武装をあらかた潰した上で生かさず殺さず、救援を呼ばせたのだ。

 海中では面倒なリヴァイアサンを、海上に引きずり出すために。

 

―――あなた用の調整がしてあります。出力も向上しているはずです

 

 リヴァイアサンは海中で戦うのなら、上位ゴーレムとも戦えるほどの水中戦特化型だ。

 だが、長所はそのまま弱点となる。

 水中戦に特化して強いということは、水中でなければ全力は出しきれないということ。

 リヴァイアサンが海上に顔を出した瞬間、黒い獣はその頭を引っ掴み、陸上へと投げる。

 地面に衝突するリヴァイアサン。

 黒い獣はリヴァイアサンの上半身と下半身をガシッと掴んで、両の腕の筋肉を膨れ上がらせて、その上半身から下半身を引きちぎった。

 

―――どうです? どこか変な所はありませんか? そうですか、良かった

 

 そして拳の二連撃。

 人の目に映る速度などゆうに超えた二連撃が、バルバトスとリヴァイアサンの頭部を粉砕した。

 ゴーレムをあっという間に二機撃破して、黒い獣が空を見上げる。

 

―――この黒い『ネフシュタンの鎧』が、あなたの全ての力をブーストしてくれるはずです

 

 風鳴弦十郎(けもの)の見上げる視線の先には、ロンバルディアが、信じられないような速度で空を舞っていた。

 

「さて、ドラゴンと殴り合うのは……初めてだな」

 

 ネフシュタンはフィーネが纏っていた時は金色、クリスが纏っていた時は白色を基調としていたが、弦十郎が纏う今は黒鉄(ブラックメタル)とでも言うべき色合いになっていた。

 黄金でもない。白銀でもない。黒金だ。

 これはフィーネやクリスと比べると、この鎧の力を引き出せていないという証明でもある。

 今の彼はメタルヒーローさながらの風体だが、彼に聖遺物を扱う力はなく、ネフシュタンは弦十郎と相性があまりよろしくない様子。

 

 だが、道具が強いという事実と、使用者が強いという事実だけで、十分過ぎる。

 

 バルバトスが弱い? リヴァイアサンが弱い? そんなわけがない。

 弦十郎が強いのだ。

 ネフシュタンを装備した彼は、生き物とは思えないくらいに強かった。

 

(あいつらを見てると、俺も若い頃を思い出して、血が滾ってきやがる)

 

 弦十郎は"子供だと思っていた"者達のことを思い出す。

 翼が生まれた時のことも、ゼファーがここに来た当時のことも、響がここに来た時のことも。

 弦十郎は、昨日のことのように思い出せる。

 翼が生まれたのは17年前、ゼファーが来たのは七年前、響が来たのは八ヶ月も前だというのに。

 

 弦十郎の知らぬ間に、子供達は成長していった。

 ゼファーのように、気付けば大人になっている者も居た。

 子供に色んなことを教えているつもりが……成長した子供に、逆に教わることもあった。

 

 特に、今回の一件ではそうだった。

 ゼファーにどう接すればいいのか悩み、思いっきりぶつかろうとしていなかった弦十郎とは対照的に、装者達はゼファーを殴ってでも止めると言い出したのだ。

 敵を前にして同士討ちすることがどれだけのリスクとなるか、分からぬ娘達ではない。

 弦十郎はその訴えを聞き、ニッと笑って、こういったのだ。

 

 "好きなだけやれ。お前達が好き勝手する権利は、俺達が守ってやる"と。

 

「ああ、燃えてくるじゃあないか。なあ」

 

 そして弦十郎は今、ここに居る。

 ジュードの手によって改造された、自分専用のネフシュタンの鎧を身に纏って。

 

「何が正しいのかはまだ分からんが……俺は、あの子らの選択に賭けよう」

 

 弦十郎は、無自覚の内にゼファーの内側に踏み込むのではなく、見守っていた。

 見守るということは、その人間を変えるチャンスを捨てるということなのに。

 そんな弦十郎とは対照的に、装者達はゼファーの内側に迷わず踏み込んでいった。

 それを若さゆえの無謀と、そう言う者も居るだろう。

 だが弦十郎は、若き彼女らが見せた"それ"にこそ賭けたのだ。

 

(セトの姿が見えていないが、予定通りと言えば予定通りか)

 

 黒鉄の鎧を身に纏い、弦十郎は空へ跳ぶ。

 

「正義では守れないものを守りたい、か」

 

 弦十郎の身体能力は数倍にまで増幅され、拳を打ち出す。

 対しロンバルディアも、全長30kmの凄まじい巨体を翻し、その巨大な尾を叩き付ける。

 衝撃波が飛び、大気が爆裂し、爆音が鳴り響く。

 初撃の威力は、全くの互角。

 

「青臭い理屈だが……あいにく俺は、そういうのが大好きでなッ!」

 

 ここに最強の男と、最強の竜の戦いが、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 以前ウェルが本部を襲撃したせいで、弦十郎は本部を離れられなくなった。

 それもまた、ウェルの悪辣な策略だったのだろう。

 ならば、どう弦十郎が抜けた穴を埋めるのか?

 セキュリティはディーンハイム式トラップでどうにか埋まる。ならば指揮系統の問題は?

 

「おい、蕎麦持って来い蕎麦。全員仕事しながら食え!

 飯が腹ん中になけりゃあ、力が入らねえってもんだろ!」

 

「一人で食べるのならともかく、他の人の仕事の邪魔をするものではないよ」

 

 なんと、司令代行として斯波田外務次官、広木防衛大臣が駆け付けてくれていたのである。

 

(すっげ……普通、大臣とその秘書とかが、命令系統の維持目的に来てくれるもんなのか!?)

 

 オペレーターの一人がそう思うが、当然普通来てくれるわけがない。

 が、今は日本の一大事だ。

 東京の大破壊は、中央集権的な国家である日本に大打撃を与えるだろう。

 国を憂う者であれば、皆自分にできることをしようとするのは当然だ。

 

 ……そうでなくたって、二人は二課との付き合いも長く、ゼファー達に命を救われた過去もあったので、ここに来てくれた可能性はあったが。

 

「さあ、もうひと頑張りだ。油断せずに行こう」

 

 『防衛大臣』がそう一言言うだけで、空気が締まるような気すらする。

 防衛大臣の指揮の下、ブランクイーゼルの通信妨害の対策で使われている有線通信を通し、各所へと通信と命令が飛んで行く。

 防衛、自衛、そんな風に名付けられた組織が、役職が、者達が、一斉に空に吠えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場が同時にいくつも生まれ、その全ての戦場で爆音が鳴り響いている。

 誰も彼もが戦っていた。

 自分達の生きる世界を守るため、立ち上がっていた。

 クリスが口を開く。

 

「へっ、豪気なこった。

 信じられるか? あいつら、装者もナイトブレイザーも要らないっていうんだぜ。

 あの面倒くさそうな姉妹も今頃話してんだろうな。

 なあ、ゼファー。あいつら、お前がそんなに過保護にならなきゃいけない奴らなのか?」

 

「守らなければ、死んでしまう人達だ……!」

 

「そうだな! 死ぬだろうよ!

 だがな、あいつらは望んでそうしてんだ! お前と同じようにな!」

 

「―――!」

 

 響が叫ぶ。

 

「もうやめようよ! 自分を棚に上げるぜっくんは、実はちょっと嫌いだよ私!」

 

「えっ!?」

 

「自分が望んで死ぬのはいいけど、他人がそうするのはダメ!

 他人には死んで欲しくないけど、死んで欲しくないと自分に言われると耳を貸さない!

 幸せになって欲しいとか言うくせに、自分は幸せになろうとしない!

 誰も見捨てないのに、自分は見捨てる! そういう所は、正直直して欲しい!」

 

「……っ!」

 

「そうやって自分を特別扱いして、本当に楽しいの!?」

 

 切歌が吠える。

 

「風鳴司令がゼファーに伝えろって言ってたデス!

 戦いたくないなら、戦わなくていいって!

 ゼファーが全部背負う必要なんてないって!

 『お前が犠牲にならなくても、俺達が代わりに世界を守れるって証明してやる』って!」

 

「その、過程で、何人死ぬんだよ……!」

 

「いっぱい死ぬかどうかは、まだ分からないデス!」

 

 調が静かに、口を開く。

 

「アガートラームは使用者を死に招く兵器なんかじゃない。

 それは生きようとする命の力を束ねて、未来への扉を開く鍵。

 ……ゼファー。生きたいっていう自分の気持ちに、嘘はつかないで」

 

「シラ、ベ……!」

 

 ゼファーは唸り、(かぶり)を振って迷いを払い始める。

 彼は迷いを捨てたからこそ、ここまで圧倒的に強くなれた。

 ……ならば必然的に、彼の生きようという意志が強まるたび、彼が迷いを取り戻すたび、彼は弱くなっていく。

 

「私の、立花響一人の祈りじゃ届かないなら、皆の祈りを一つにするよ。

 そして、届ける! この胸の響きを!

 だって、皆祈ってるんだから! ゼっくんに、生きていて欲しいって!」

 

 声が響く。

 

「全ては、生きてこそデス!

 誰かを好きになることも、ケンカすることも!

 生きてなければ、何も始まらないデス! ……だから、生きてッ!」

 

 想いは響く。

 

「誰もが無力じゃねえんだよ!

 お前が命を捨ててまで、過保護に守ることはねえんだ!

 皆無力じゃない! 心を繋げる強さなら、誰だって持ってるんだ!

 それは―――聖遺物なんて使えなくたって、明日を掴める強さなんだよ!」

 

 少女達が青年を囲み、青年に本当の気持ちを問い質そうとする。

 それは、『修羅場』であった。

 一人の男性と複数の女性で繰り広げられる、修羅場であった。

 

 けれど……おそらくきっと、世界でいちばん色気のない修羅場であった。

 

「俺は……俺はッ! もう決めたんだッ! 余分なことを、思い出させないでくれッ!」

 

 ナイトブレイザーが地を蹴り、猛然と装者達に襲いかかる。

 これが正しいのかと問われれば、彼女らは是と応えられまい。

 ゼファーは正しいのかと問われれば、彼女らは迷いながら首を縦に振るだろう。

 だがそれが、なんだというのか。

 

 彼女らは今、正義では守れないものを守るために立っている。

 正義の味方を止めるために戦っている。

 それは『正しい選択』でも、『最善の選択』でもないのだろう。

 

 それもでも今は、ただ、一人の友のために―――!

 

 

 




 


シンフォギア一期監督殿、弦十郎+ネフシュタンでござる

「正義では守れないものを守るために」っていう、原作の調ちゃんの台詞が好きです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。