戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 この星に生まれた最初の歌は、ただの風だった。

 星は原初の鼓動を風と成し、命の合間に吹き流す。

 西風が葉を揺らし鳴らす音に。西風が奏でる波の音に。西風が大気に響かせる音に。

 大昔の人間は、『美しさ』と『心地よさ』を感じた。

 それがこの星に生まれた、始まりの歌。

 人はそこから『歌』を学び、やがて他者と繋がるための音楽を奏でるようになった。

 

 太古の昔。人と星が、共に歌う時代があった。

 

 

 

 

 

第三十八話:おそらくきっと、世界でいちばん色気のない修羅場 7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは皆に謝っていた。

 自分の選択を間違っていたと思い、悔いたからではない。

 "正しい選択をする"というお題目を掲げ、それを理由に友達の"死んで欲しくない"という思いやりを踏み躙った己の傲慢に気付き、彼は謝っていた。

 

「すまなかった」

 

 その辺り、皆ちゃんと分かっているのだろう。

 装者達はゼファーの想いを知っていて、彼の覚悟を眩しいものと見ながらも、彼に生きて欲しいという一念で、各々がそれぞれ言葉を選んで戦った。

 

「まったく」

 

 ゆえに、この戦いは尾を引かない。

 本来はゼファーが謝る必要すらなく丸く収まるはずだったが、ゼファーが頭を下げているのは、彼なりのけじめということだろうか。

 

「しょうがないなあ」

 

 ゼファーの気を楽にさせてやるためだけに、許しの言葉を選ぶ装者も居た。

 

「大丈夫? 痛くなかった?」

 

 調を始めとして、ゼファーの体調を今更になって心配する装者も居た。

 

「大丈夫。皆が気遣って絶唱も使わなかったおかげで、俺の命はほとんど削れてないから」

 

 元より死にかけ崖っぷちの位置で死ぬ気で踏ん張っているのが今のゼファーだ。

 この程度でどうにかなるのなら、とっくの昔に死んでいる。

 

「で、どうする? あらかた決着はついたっぽいが、まだ戦いは続いてんぞ」

 

 クリスが顎で空を示す。

 空には戦いで上がった煙、戦いの影響で不自然な形に散った雲があり、今でも続いている戦闘の音が響き渡っていた。

 まだ戦いは終わっていない。

 ナイトブレイザーや装者達を別の戦場に投入すれば、どこかの戦局はひっくり返るだろう。

 ブランクイーゼルの通信妨害も今は無いのか、装者達のヘッドギアにはひっきりなしに通信が入り、セトがフリーになっている危険性を知らせてきたりもしていた。

 危機感は誰もが持っている。

 そこで声を上げて注目を集めたのは、奏であった。

 

「ゼファー次第だな。ゼファーお前、最低でも二つ手を用意してたろ?」

 

「!」

 

「え、奏、どういうこと?」

 

「こいつがなんとかしなくちゃいけないのは最低でも二つ。

 ウェルとオーバーナイトブレイザーだ。

 アークインパルスなら、どっちか片方をどうにかしながら魔神も封印できる……

 が、どうしても一手足りないだろ? なら最低でももう一つは、何か手があったはずだ」

 

「あ」

 

 翼の疑問の言葉に、奏は理で返した。

 仮にゼファーがアークインパルスを頼りにしていたとしても、それ一つでウェルと魔神という二つの勢力に対処できるわけがない。

 二つの勢力が肩を並べているわけではない以上、どうしても"二回"技を撃つ必要があった。

 戦闘者として装者随一の才覚を誇る奏だ。

 彼女の獣じみた感性の目には、他の人には見えていないものが見えている。

 

「……カナデさんは流石だなぁ」

 

 ゼファーは相変わらずな彼女に苦笑する。

 他の人間が、ゼファーの希望に満ちた自殺行動に目を取られている中でも……彼女はそれ以外にある要点を、ちゃんと見ていたのである。

 奏の指摘に、ゼファーは自分が用意していた手を語り始めた。

 

「この世界にまだ質量も、熱も、時間も、光も、宇宙もなかった頃の話だ。

 原初の混沌の泥の中から、この世界で初めて形を成した命が生まれた。

 命の名は、『グラブ・ル・ガブル』。知無き白痴の神、原初の神とされる命」

 

「なんだ? お伽話か?」

 

「いや、守護獣(かみさま)の昔話だ」

 

 胡乱げな目をして茶々を入れて来るクリスに、ゼファーは淡々と語る。

 ずっと昔にウェルから聞き、アガートラームの記録で知識を補填し、先日の"星との接続"で確信を持つに至った一つの歴史を。

 

「グラブ・ル・ガブルはまず最初に、幾多の宇宙を創り上げた。

 次に空っぽだった宇宙を、無数の星と命で満たした。

 そして最後に、秩序を司る輪を成す神々をその身から生み出したんだ。

 全てを終えたグラブ・ル・ガブルはその身を一つの星に変え、眠りについた」

 

 ダン、とゼファーは足裏で地面を強く蹴る。

 

「それがこの星、地球だ」

 

「……え?」

 

「他の守護獣(かみさま)達ですら、この星を見つけてしばらくはその事実に気付かなかった」

 

 彼に踏まれたこの大地の下に、全ての始まりである原初の神様が居ると、彼は言う。

 

「やがて魔神との戦いで、全ての守護獣(かみさま)は死んだ。

 地、水、火、風、勇気、愛、欲望、希望の守護獣達。

 命、山、海、天、雷、雪、光、闇、星、月、時空、幸運、死、恐怖の守護獣達。

 殺された守護獣は全て母たるグラブ・ル・ガブルの体内……つまり、地球(ここ)に還った」

 

 それどころか、死した全ての守護獣(ガーディアン)がそこに居ると、彼は言う。

 

「ならその力を吸い上げて、攻撃として撃ち出すこともできると思わないか?」

 

「!」

 

「前に一度、この星の命に触れる機会があったんだ。その時からずっと、これを考えてた」

 

 ゼファーの結論は突飛であったが、"できて当然"という確信に満ちていた。

 (かみ)の力を借りるという行為に、何の不安も感じていない。

 それが少しだけ、異様ですらあった。

 

俺の体(アガートラーム)を"地球に纏わせるシンフォギア"に見立て、『地球の絶唱』を放つ」

 

「そんなこと、できるんデスか……!?」

 

「できる。俺はこれとアークインパルスの連続発動で、全てに決着を着けるつもりだった」

 

 確実に自壊することになるだろうが、ゼファーの命と星の命の二連撃であれば、ウェルとオーバーナイトブレイザーを片付け、魔神の封印を1000年は延長できただろう。

 フィーネがロードブレイザーを月に封印した力も、言い換えれば星の命によるものなのだから。

 できるかと問われて、彼はできると答える。

 

「ヒントは神獣鏡の、ダイレクトフィードバックシステムにあったんだ」

 

「これ?」

 

「そう、それ」

 

 未来がペンダントを持ち上げると、肌に優しいチェーンで吊られたペンダントが僅かに揺れて、ちゃらりと音を鳴らした。

 

「初めてそれを知った時は、目から鱗が落ちる気分だったな。

 ギアが装者を操る。

 機械が使用者に干渉して行動を促す。

 そんな発想はしたこともなかったし、実現できるものだとも思わなかった」

 

 神獣鏡のギアのシステムが、彼にヒントをくれた。

 "纏われる側"が、"纏う側"を操作してもいいのだと。

 

「この場合は俺の体が神獣鏡のギア、装者がこの星にあたる。

 俺は俺の意志を星に投射し、星の力を体で受け止め、攻撃として放つ、ってことだ」

 

「でも、それと引き換えに……」

 

「俺は死ぬ、はずだった。少しばかり、放つ予定の攻撃の威力が高すぎたからな」

 

 心配そうな響の声に、ゼファーは"もう死ぬつもりはない"という意図を暗に含めた言葉を選び、響を安心させる。

 だが、彼らの話は途中だというのにこのタイミングで中断されてしまう。

 ナイトブレイザーの感知網が、シンフォギアのセンサーが、接近して来る敵を捉えたからだ。

 

(! 深淵を統べる王、セト!?)

 

 普通の人間では見ることもできないような遠くから、迫り来るゴーレムが見える。

 ルシファアに次ぐ上位ゴーレム、ブラックホールや銀河を息をするかのように生成し、人にぶつけて来る最悪の敵だ。

 まともにぶつかっていい相手ではない。

 皆の体に、緊張が走る。

 だがただ一人、緊張すらせずに、左手でゼファーの右手を取った少女が居た。

 

「手を繋ごう!」

 

 少女の名は立花響。

 彼女は迫る脅威を前にして、手を繋ぐという選択肢を選んだ。

 

「8人居れば、苦しいのは1/8!

 何かをやり遂げた時の嬉しさは、8倍になる! でしょ?」

 

 ゼファーを見て、未来を見て、クリスを見て、翼を見て、奏を見て、調を見て、切歌を見て、響はこの場に揃った七人全員に呼びかける。

 その呼びかけに誰よりも早く応えたのは、やはりと言うべきか、未来だった。

 響の残った右手と、未来の左手が繋がる。

 

「うん、そうだね」

 

 未来が手を伸ばすと、その右手と、ぶっきらぼうなクリスの左手が繋がった。

 

「ったく、このバカは」

 

 少々恥ずかしがっているクリスの右手を、翼の左手が力強く握る。

 

「ゼファーが負うはずだった負荷を我らで引き受けるということか。悪くない案だ」

 

 "ゼファーの負担を皆で分け合い背負う"ということを、相談もないままに皆が承諾し、手を繋いでいく。だがこの場の全員が手を繋ぐ前に、この輪の中に新たな面子が加わろうとしていた。

 

「8人でそれなら、10人なら苦しいのはもっと少なくなるね」

 

「! セレナ、それにマリアも!」

 

「説得に成功したんデスね!」

 

「……」

 

 マリアを引き連れたセレナが飛んで来て、調と切歌が喜びの声を上げる。

 ギアを纏うマリアは抵抗の意志を見せておらず、セレナがマリアを説得したことは明白だった。

 マリアはゼファーや二課の装者達を前にして、第一声をどう紡ぐか、逡巡する。

 

「その……私は……ごめ……」

 

 何を言うべきか迷いながら、何か言わないとと焦るマリアの名を、ゼファーが呼んだ。

 

「マリアさん」

 

 ゼファーはマリアの名を呼んだだけで、他には何も言いやしない。

 響が、翼が、クリスが、マリアに向かって微笑みながら頷いた。

 受け入れられている、とマリアは感じた。

 何も言わなくていい、とマリアは無言で言われていた。

 優しさが、じんわりと身に沁みる。

 

「―――」

 

 ゼファーが差し出した左手と、マリアが恐る恐る差し出した右手が繋がれる。

 

「……私は、皆を救いたい。犠牲の延長じゃなくて、手を差し伸べる延長で、世界を救いたい」

 

 ようやく"自分らしく"なり始めたマリアの左手は、セレナの右手と繋がれる。

 

「それでいいんじゃないかな、姉さん」

 

 セレナが繋ごうと手を動かす前に、その左手が切歌の右手にしかと繋がれる。

 

「やっぱり大切な人とは喧嘩するより、こうして仲良くしてる方が楽しいデス!」

 

 切歌は嬉しそうに、かつ元気にセレナの手を取ってから、調に手を差し伸べる。

 

「やろう。今度は、みんなで一緒に」

 

 調が切歌の手を取り、翼がその右手を伸ばし、調もまた左手を伸ばす。

 

「っしゃ! 気合入れるぞ!」

 

 そして翼と調の間に入った奏が、二人の手をがっしりと掴む。

 誰かが"こうしよう"と特に言ったわけでもないのに、彼らは自然と輪の形で繋がっていた。

 手と手を通して、人の熱が輪の中を循環していく。

 彼らがそうしている間にも、セトは武器を構えてゼファー達との距離を詰め、攻撃の準備を行っていた。セトの攻撃開始まで、あと数秒。

 

「始めよう」

 

 ゼファーがそう言うと、ゼファーから繋いだ手を通して、一気に装者達に負荷がかかる。

 

「くっ、う……!」

 

 星の力を放つために人体にかかる負担は、彼女らの想像以上のものだった。

 それこそ、凡人に耐えられるものではなく。適合者の素質を持ち、ギアを纏える彼女らでなければ、そもそも耐えられなかっただろう。

 この中の一部の人間も、LiNKERの補助がなければ確実に耐えられなかったはずだ。

 

「づ、ぐ、ぎ……!」

 

 自然と、皆が自分の果たすべき役割を実感し始める。

 融合症例の響、デフォルトでエクスドライブ級の適合係数を持つセレナが、この中で最も多くの負荷を引き受けていた。

 次いで、正規適合者の翼とクリスが多くの負荷を引き受ける。

 奏も頑張ってはいたが、LiNKER頼りの身でそう無茶はできない。

 奏より適合係数の低いマリア・調・切歌はなおさら無茶できないだろう。

 が、そんなLiNKER頼りの装者達も、自分にできる限界まで負荷を引き受けていく。

 死にかけのゼファー、この中で最も適合係数の低い未来に、負荷をかけるわけにはいかないからだ。

 

「ぐ、ぐぐぐ、ぅッ……! みんな、頑張れ……!」

 

 力のある者、力の無い者、どちらともいえない程度に力がある者が、それぞれ自分が持てる重さの限界まで荷物を背負い、長く険しい道を皆で一緒に歩いて行くかのような光景。

 皆が自分にできることをしながら、苦しいことを分かち合っている。

 励まし合って、足並みを揃えて、肩を並べて。

 

「……行ける! 撃て、ゼファーッ!」

 

「応ッ!」

 

 だからこそ、誰も脱落させないままに、皆で目指した目的地へと、皆で一緒に辿り着ける。

 

「「「原初の力(オリジナルパワー)――」」」

 

 揃った声は、揃った想いは、星の力を震わせた。

 

「「「―――星の咆哮(グラブ・ル・ガブル)ッ!!!」」」

 

 この世全ての命の母たる(かみ)が、人に力を貸し与える。

 子に手を貸す親のように、泥の守護獣は彼らの背を押した。

 吹き上がる力が、彼らの輪の中心で渦を巻く。

 迫り来るセトのブラックホールバレット。

 煌めく星の力。

 ゼファー達とセトのちょうど中間地点で、二つの攻撃は真っ向からぶつかった。

 

 星の輝きは色無き煌めきとなり、一瞬の拮抗すらせずにブラックホールを突き破る。

 

 セトはクェーサーを生成し、盾とする。星の一撃はそれすら突き破る。

 神話のメギドの火を再現した火の壁が守りを成す。星の一撃はそれを粉砕した。

 最後にブラックホールが光も捕らえて離さない闇色の壁を作るが、それすら紙に等しかった。

 

 彼と彼女らが放った星の光は、その一撃をもって、セトの体をも粉砕する。

 

 全てを終わらせるため、ゼファーが準備していた一撃。

 その一撃は全てを終わらせはしなかったが……深淵を統べる王・セトを破壊するという、十分すぎる戦果を獲得した。

 そしてその代価として、死ぬはずだったゼファーは――

 

「どうデス? ゼファー」

 

「体の状態は?」

 

「……大丈夫、みたいだ。いや、マジか?

 俺、ここでこれの反動で死ぬと思ってたのに……生きてるし、ピンピンしてる……」

 

「……!」

 

 ――その一撃を放ってなお、死んではいなかった。

 

「やった、やった、やったぁ!」

 

 響が喜びの声を上げ、彼女の言葉につられるように、皆が喜びと安心の感情を顔に浮かべる。

 ネフィリムやルシファアが撤退に入ったという通信が皆のヘッドギアに届くも、皆それを半ば聞き流し、今この瞬間の喜びを噛み締めていた。

 次の戦いの始まりに繋がる、一つの戦いが終わる。

 

 限りなく勝利に近い、戦いの終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星の一撃が、戦いの終わりに幕を引く。

 輝ける星の光は、その光を見た全ての人間に、一つの戦いが終わったことを知らしめていた。

 ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤは光を見上げ、両の足で甲板にしかと立つ。

 車椅子に頼らなければ生きていけなかった彼女はもう居ない。

 ゼファーが切歌と調を通して渡したものの効能によって、彼女は健康な体を取り戻していた。

 

「終わりの始まりを告げる鐘」

 

 ナスターシャは人と星が手を取り合った結果生まれた光を見ながら、目を細める。

 彼女の背後では、ブランクイーゼルの全ての人間が整列していた。

 揺らがずそこに立っている者も、大なり小なり戸惑っている者もそれなりに居るようだ。

 

「地より空へと伸びる、地球と天空を繋いだ光の柱」

 

 ナスターシャは彼らに振り向き、幕を引くための指示を出す。

 

「頃合いです。撤収準備を」

 

 各々の返答が揃い、大きな声の返答と成る。

 既にブランクイーゼルの拠点空母から、あらゆる物資が引き上げられていた。

 そして今、全ての人間がこの空母を降りる。

 あとに残るのは、空っぽの空母のみ。

 今日を最後に"ブランクイーゼルの拠点"と呼ばれるものは、この地上から姿を消すことになる。

 

「とうとう、望む力を手に入れましたか。Dr.ウェル」

 

 ナスターシャはゼファー達とウェル博士の戦力が戦っている場所『ではない』方向を見、遥か彼方で生まれた大きな光を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルバトス、リヴァイアサン、セト、ロンバルディアの破壊と撃退という大戦果を得た戦いが終わった、その翌日。

 

「は?」

 

 そう言ったのは、誰だったろうか。

 

「ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスを除いた、ブランクイーゼル構成員全員。

 私達は特異災害対策機動部二課と独自に和睦を結びたいと思っています。

 つきましてはその際に、あなたがたの要求を極力全て呑みたいと考えています」

 

 ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤは、ブランクイーゼルのほぼ全ての人間と、ほぼ全ての技術とほぼ全ての資材を手土産に、事実上の全面降伏を行っていた。

 誰も予想していなかったこのタイミングで、突然に。

 ウェルを置き去りにして、ウェル以外の全員を連れて。

 これで驚かない者など居るわけがない。

 ゼファーはもちろんのこと、マリア達などのブランクイーゼルを事実上離反した者達も心底驚愕しており、動揺を顔に出していない者の方が少ないくらいだ。

 

「私が風鳴八紘の名にかけて保証しよう。

 彼女らは仲間として迎え入れても、なんら問題はない」

 

 しかも、完全にこの降伏を受け入れる方向で話が進んでいた。

 翼の実父であり、弦十郎の兄である風鳴八紘は、ナスターシャが長年こちらと裏で繋がっていた人間であり、一般市民の被害を抑えるために尽力もしていたと言い始める。

 

「黙っててごめんよ。

 僕らも八紘さんやナスターシャ教授とは長年の付き合いだったから、当然知ってたんだ。

 日本にはテレポートジェム、F.I.S.にはイグナイトモジュール……

 なんて風に、どっちの組織にも技術提供をしてたから、いつかバレるとは思ってたけど」

 

 ジュード・アップルゲイト・ディーンハイムがそこに補足を入れると、皆の困惑の感情、及び困惑しながらも受け入れようとする感情が倍加していく。

 二課よりも上の立場の人間の証言、日本にもブランクイーゼルにも属していないディーンハイムの証言のコンボは、彼らに困惑と納得の強制を叩き込んでいた。

 

「な、なんじゃそりゃあッ!」

 

 後頭部を掻きながら奏が口にした言葉は、まさにこの場の全員の気持ちを代弁するものだった。

 至極妥当な叫びであった。

 

「我々は、これから―――」

 

 そこからナスターシャが"これからどうする予定か"を語り始めたが、それをちゃんと聞いていた者が――短時間でこの衝撃の降伏劇を自分の中で消化出来ていた者が――何人居たものか。

 この場の大半の人間は、話をちゃんと聞ける状態でないほどに困惑中である。

 

 彼女が語った今後の方針は、人の歴史の中で非常に多く見られたものだった。

 まず、ゴーレムの保有数などのブランクイーゼルの現状戦力を誤魔化しつつ、グラムザンバーという実際に示威行為に使えるものは見せ札に使い、ブランクイーゼルの脅威を印象付けつつも協調路線に変更。

 そしてゴーレムの操作をしていたのがウェルであると周知。

 時間を置いて、ウェル博士の暴走と、彼がブランクイーゼルから離脱したことを公表する。

 

 ゴーレム担当だったウェルが独断専行しすぎていたのだと、ブランクイーゼルはもう少しだけ穏便な道を選びたかったのだと周囲に説明し、ブランクイーゼルの過剰な武力行使の罪をウェルに被ってもらい、ブランクイーゼルの印象改善を図る。

 つまり、『悪者役』をウェルに押し付けよう、という話であった。

 その結果、ブランクイーゼルは世界平和を願う組織という印象を多少なりと強め、ウェルはそのために過激な選択肢を選んだ人間と、世界的に見られることになるだろう。

 

「はっ」

 

 その話を聞いて、クリスはナスターシャを鼻で笑う。

 クリスは笑っていた。

 心底相手をバカにした、心底相手を軽蔑した、喧嘩を売るような笑みだった。

 

「あのクソ野郎に罪を全ておっ被せて自分はキレイキレイか、いい御身分だな」

 

 ナスターシャは事務的に事実だけを述べ、要点をまとめて話していなかったため、頭の回りが遅い人間にはその意図が理解できていなかったが……クリスは違う。

 クリスは努力が好きでない天才肌なだけで、頭は良いのだ。

 彼女の目には、これがウェルを生け贄にして綺麗な身分になろうとするナスターシャの汚い企みにしか見えなかった。

 

「"大人の汚さ"って感じに、反吐が出そうだぜ」

 

「何か勘違いしてはいませんか?」

 

「あ? 何がだよ、婆さん」

 

「この一件に関しては、『ウェル博士の了承と同意も得ています』」

 

「―――は?」

 

 ナスターシャの発言に、クリスが信じられないといった表情で思考を停止させる。

 ここまで話に付いて来れていた者達も、同様に思考を停止させていた。

 意味が分からない。

 全ての罪をウェルに被ってもらう、というところまではいい。

 そういった話は、人類の歴史の中で非常に多く見られたものだ。

 が、罪を被ってもらう人間の同意を得ている、とはどういうことか。

 ましてやあのウェルが、だ。あの性格で自己犠牲なんて殊勝な選択をするわけがない。

 

「無論、彼が改心したなどということはありません。

 彼は徹頭徹尾自分のため、自分の欲望のために動いています」

 

 ナスターシャの発言は、一から十まで意味が分からないものだった。

 皆の視線はナスターシャに集まり、時折どういうことなのか意味が分からなくなった者達が、車椅子に乗せられた怪物の姿のゼファーや弦十郎に視線を向けている。

 

「お話しましょう。今日ここで」

 

 ナスターシャは、わけが分からなくなっている者達に、全てを理解させるための真実を語る。

 

「ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスが、何を望んでいるのか。その真実を」

 

 それは英雄を目指す狂人を理解するための、最後のピース。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 自分の存在を二つに分け、片方をネフィリムの肩に乗せ、独自に行動していた方のウェルは何をしていたのだろうか、という話だ。

 彼はゼファー達が戦っていた場所から遠く離れた地にて、一人で魔剣を握っていた。

 

「これ、なんだと思います?」

 

 オーバーナイトブレイザーを、跪かせながら。

 

「『ロードブレイザーのLiNKER』ですよ。

 ゼファー君という檻にロードブレイザーが囚われていた時に、生成したものです」

 

 秋桜祭の時、何故ウェルがオーバーナイトブレイザーの動きを感知できていたのか。

 その答えは、ここにある。

 この男はゼファーがF.I.S.に居た頃に作ったロードブレイザーのLiNKERという切り札を使い、オーバーナイトブレイザーの位置を感じ取るどころか、今は従属させてすらいた。

 

「オーバーナイトブレイザーは、ロードブレイザーの端末。

 子機は親機に逆らえない。

 このLiNKERの効果が最大限に発揮されている間は、君は僕に逆らえないんですよ」

 

 オーバーナイトブレイザーはウェルを殺そうとするが、動けない。

 何度もゼファー達を苦しめていた黄金の騎士は、ロードブレイザーのLiNKERというジョーカーを切ったウェルには逆らえず、彼の前で無防備な姿を晒していた。

 ウェルは魔剣ルシエドを振り上げる。

 魔剣の力がウェルとオーバーナイトブレイザーを繋ぎ、ウェルの体内のLiNKERとオーバーナイトブレイザーを共鳴させ、両者の間に一方的なラインを形成する。

 

「さて、では……いただきます」

 

 そして、ウェルは、オーバーナイトブレイザーを『喰った』。

 

 ゴキ、ゴキ、ゴキュ、ゴキュと、生理的嫌悪感の湧いて来る音がする。

 

「……ふぅ」

 

 そうしてウェルは、オーバーナイトブレイザーを吸収し、その身に取り込んだ。

 

「成功だ。これで……これで! 最後の舞台の準備は整った!」

 

 ウェルの身が、オーバーナイトブレイザーと同じ姿へと変化する。

 オーバーナイトブレイザーの力はそのままに、オーバーナイトブレイザーの技量はそのままに、その心だけがウェルのものへと塗り替えられていた。

 その左手にはナイトフェンサー。

 その右手には魔剣ルシエドが握られている。

 

 オーバーナイトブレイザーに魔剣ルシエドの力が加わり、ウェルはようやく自分がかつて夢見た次元まで強くなったことを実感し、笑う。

 

「ひゃははははははははッ!!」

 

 人と人が争う最後の戦いが、始まる。

 最後にゼファー達の前に立ち塞がるは、最強という称号に恥じない人ならざる者達だった。

 最強のゴーレム、灼光の剣帝ルシファア。

 最強の大怪獣、ネフィリム・ディザスター。

 そして最強の災厄獣、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。

 

 『ナイトブレイザーの最後の戦い』が、始まる。

 

 

 




ベリアル→四章撃破
ディアブロ→六章撃破
アースガルズ→六章撃破
リリティア→七章撃破
バルバトス→七章撃破
リヴァイアサン→七章撃破
セト→七章撃破
ルシファア→健在

 もう終わりが近いなあ、と思います

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