戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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シンフォギア装者が牛乳だとするならOTONAはミルメークの位置に相当するのがシンフォギア


一章エピローグ

「嘘だろ」

 

 

 珠の中の世界と似た感覚。

 リアルをそのまま持ってきた光景を、リアリティの無い視点で見渡す実感。

 ゼファーはそれを再度体験していた。

 身体は重力から切り離され、どこまでも飛んでいける。

 どこまでだって行けるから、どこだって見れる。

 リアリティのない視点から、リアルの世界を見下ろす感覚。

 

 見下ろす先は、現実のフィフス・ヴァンガード。

 夢じゃないのか、という問いに、「現実だ」と直感が答える。

 滑稽にも見える自問自答だが、彼にとってはこれ以上信用できるものもそうそうない。

 それでも、夢だと信じたかった。

 見渡す限りの荒野ですらない大地が広がる世界は、ゼファーの心を容赦なく折りにかかる。

 草木もなく、岩石すらも見当たらず、一部の地面はガラス化したまま残っている。

 そして残りの大地は、灰でも砂でもない『何か』に至るまで焼き尽くされていた。

 はるか上空から見れば、ここは数万平方kmの範囲がすり鉢状に凹んでいる巨大なクレーターのようにも見えるだろう。

 地面の表面が焼けたのではなく、地表が抉られるように焼滅させられたのは想像に難くない。

 

 何かもが燃やし尽くされた大地には、生命の気配がまるで無かった。

 植物も、虫も、鳥も、魚も、菌も、そして人間も。

 数十万の人間、小さなものも含めれば那由多にも届きそうな生命が消えた虚空。

 ありとあらゆる生命が纏めて焔に呑まれ、その存在を否定された大地のおぞましさ。

 それは実際に目にしなければ実感できないだろう。

 今の人類の科学力では観測できない命の源が、大地が抱えている命が生まれるために必要な要素が、それが無ければその土地で命が生まれなくなってしまう何かが、人の魂が常にこの世界で感じ続けているそれが、その大地にはもう残っていない。

 この地にて新たな生命が生まれるのはまた数千年後の事になるだろう。

 その不気味さ、違和感、おぞましさが背筋に悪寒を走らせ、肌を粟立たせる。

 

 誰もが生きることを許されないままに、命を奪われた後の大地。

 そこには誰も立っていなかった。

 クリスも、バーソロミューも。

 少年と共に戦ってきた戦友達も。

 それはゼファー・ウィンチェスターが、また一人ぼっちになってしまったことの証明だった。

 

 

「嘘だ」

 

『嘘ではない。現実が嘘になることはない』

 

「ッ!?」

 

 

 突如、ゼファーの頭の中に響く声。

 大気を振動という形で伝わっていくのではなく、直接頭の中に響く声。

 それでいてどちらの方向から声をかけてきたのかが分かる不可思議な声。

 そちらにゼファーが顔を向ければ、そこには一粒の焔が浮かんでいた。

 

 マッチの火のような大きさの、小さな焔。

 しかしそこに内包されるは世界を焼き尽くしてなお余りあるような絶対的な熱量。

 ゼファーの全身の毛が逆立つ。汗がじわりと滲み、身体が熱を持つ。

 ジェイナスの最後がズタボロにした心がヒビの入ったまま、奮い立つ。

 『この焔を倒さなければ』という使命感が彼を突き動かしていく。

 不気味な熱が邪魔していた直感の働きが、最大限の警鐘と効能を吐き出している。

 戦意が、敵意が、殺意が、加速度的に満ちて行き、

 

 

『そうだ、この地の誰もが死んだ。お前の選択の結果としてな』

 

 

 焔が告げた一言で、霧散した。

 

 

「え……?」

 

『封印を解いた、お前の選択の果ての死。つまり、お前が殺したのだ』

 

 

 研ぎ澄まされた彼の直感が、その言葉を否定しない。

 根も葉もない嘘ならば、本来の機能を発揮する今の彼の直感は誤魔化せない。

 しかしその焔が告げる言葉は、一側面ではあるが、間違いなく真実だった。

 

 

『お前の家族と、お前の最も大切な娘が居た場所を、お前が終わらせたのだ』

 

 

 そも、不安を感じた直感を信じて遺跡に行かないという手もあった。

 遺跡に近付くごとに阻害されていく直感の警鐘を信じ、逃げるという手もあった。

 遺跡の中で地下二階の天井が崩れるまで、機会は何度もあった。

 最後にノイズをかわした時、上に逃げればそれで問題はなかった。

 最後の最後にゼファーの判断を鈍らせたのは、ジェイナスとクリスへの思い。

 ジェイナスが死んでしまったのだからと、それに見合う結果を欲した欲。

 大切な人の死のあまりの重さに、それに見合う未来を望んだ、ギャンブルで負けたからと更に金を賭ける破滅する人間のような思考。

 クリスを国に帰すために、確実な結果を出さなければという義務感。

 ゼファーが無事に帰ってくることが一番で、国に帰れることなど彼女にとっては二の次であったはずなのに、その気持ちを理解せず自分の気持ちだけで突き進んだ愚行。

 最後はジェイナスの死が思考を鈍化させていたという前提があるとはいえ、ゼファーが選択を間違えたことに違いはない。

 

 

『お前の罪だ』

 

 

 この地を焼いた、災害そのものを除外すれば。

 その罪を問われるべき人間は、ゼファー・ウィンチェスターをおいて他に居ない。

 

 

「お前が、お前が、それを言うのかッ!」

 

『そうだ。そして我が口にしたとしても、お前には否定出来ない罪だ』

 

「……ッ」

 

『そうだろう? 一人ぼっちの、ゼファー・ウィンチェスター』

 

「黙れッ!!」

 

 

 焔が嘲笑う。

 道を見失った愚か者を、(あざけ)て笑う。

 己を否定しなければ立ってられない、そんな弱さを嘲笑する。

 

 

『あの英雄の根拠の無い言葉なんかを信じるから、そうなる』

 

 

―――どんなに遠くに行っても、どんな時でも、君は一人じゃない。それは、絶対に絶対なんだ

 

 

『もうお前の隣には誰も居ない。どんな時でも、お前は一人ぼっちだ』

 

 

 ミシリと、心が軋む音がする。

 かろうじて立っていられたゼファーが膝から崩れ落ち、目から生気が失われる。

 ジェイナスの死、クリスとバーソロミューとの永遠の別れ。

 それが弱く脆く幼い彼の心を蝕み、罅割れさせ、汚染する。

 あと一押し、あと一押しでもう彼の心は形を保てなくなるだろう。

 

 

『お前さえ居なければ、誰もが生きていられたかもしれないのにな』

 

 

 ピキリ、と心が割れ……しかし、砕けない。

 焔の予想を少しだけ超え、ゼファーの心は形を保つ。

 生き汚い、最後の最後でしつこいくらいに粘る彼の生きる意志が、希望を繋ぐ。

 今にも死にそうな顔で、ゼファーは叫んだ。

 

 

「誰も、誰も死なずに、死なせずに、みんなで一緒に明日に行きたかったんだ……!

 生き残ってみんなと一緒に、明日に生きたかったんだ……!

 そんな願いですら、過分だっていうのかよッ!」

 

 

 生きたかった。

 生かしたかった。

 一緒に生きて行きたかった。

 クリスと、バーソロミューと、ジェイナスと、ビリーと、リルカと、戦友達と。

 誰も彼もが大切で、だからこそ死んで欲しくなくて、死んだことを受け止められなくて。

 ゼファーは、そんな子供だった。

 

 

『お前が一番良く知っていたはずだったのにな』

 

『願おうと、望もうと、お前が手にすることはない』

 

『だから何も願わず、何も望まず生きていたのがお前だっただろう?』

 

『欲しいものも願うものもない……そんな虚無のままで居れば、傷付くこともなかったろうに』

 

 

 願っても、望んでも、綺麗なものは手に入らない。

 誰も死なないなんていう素敵な居場所は手に入らない。

 だって、ゼファーが生きていたのは『そういう場所』だったから。

 だから何も欲さず、何も願わず。それがこの物語が始まった時のゼファーだった。

 

 クリスと出会って、少しだけまともになってしまって。

 クリスとの日々が、ゼファーを少しだけ普通の子供に戻してしまって。

 クリスへの想いが、彼に友を大切に思う気持ちを強く刻み付けて。

 彼女がきっかけとなって、ゼファーは大きく変わった。

 その果てにビリーが、バーソロミューが、彼を正しい方向へと導いた。

 だからこうまで傷付いている。

 

 彼女は多くのものをゼファーに与えると共に、ゼファーが傷付かないために築いてきたチャチな防壁を全て剥がしていったのだ。

 以前よりもずっと素直に他人を大切に思えるようになったということは、以前よりもずっと大切な人を失った時の傷が深くなるということに他ならない。

 Ifの話をすれば、そうやって更生させていけばゼファーは真っ当な人間にもなれただろう。

 しかし所詮はIfの話。

 治りかけの傷を抉るように、中途半端に更生した状態での新たな傷は、心の芯を深く抉る。

 

 

『身の程を知れ』

 

 

 だからこそ、その願いは過分だと、焔は断じる。

 力が抜け、膝立ちすらできなくなって、ゼファーは地面に転がるように倒れこんだ。

 

 

「何が悪かったんだろう」

 

『そうだな、お前達の一般的な判断基準から考えて見るならば』

 

 

 呆然と、呟くようなゼファーの言葉に、

 

 

『人を殺す人間は、救いようもなく悪だろう』

 

 

 焔は何の容赦もなく、現実を叩きつける。

 

 

「……ああ、そうだよな」

 

 

 誰も彼もが人殺しだった。

 雪音クリスですら人を殺していた。

 思えばゼファーの記憶の中の大切な人達は、全員人を殺した経験があった。

 子供だって知っている、「人を殺すことは一番悪いことだ」というルール。

 その罪に対する罰であるのだとしたら、ほんの少しだけ納得はできるかもしれない。

 たとえ、そうしなければ生きていけない土地なのだとしても。

 ゼファーは終始、人を殺せる人間より殺せない人間の方が尊いと、そう断じてきたのだから。

 五年以上銃を撃ってきたゼファーは、あの地でも指折りに上位に人を撃ち殺してきたはずだ。

 殺してきた数で罪が決まるなら、ゼファーの罪は救いようがないほどに重いだろう。

 

 

「でも、そんなの……どうしようもないじゃないか」

 

 

 その言葉は、クリスへの擁護だった。

 人を殺したくなかったはずの、彼女への弁護だった。

 そして同時に、自分の過去への諦観だった。

 ゼファーは物心付いた時には既に銃を持ち、戦場へと出ていた。

 幼少期特有のおぼろげな記憶の中で、彼は既に人を殺していた。

 ゼファーの中の最古の記憶は、人を殺した記憶よりも後にある。

 

 だから、彼は生まれて初めて殺した人間の顔を覚えていない。

 

 救えない。救いようがない。救われるべきではない。

 殺された人間からすれば、これ以上無いほどの最悪だ。

 他の誰でもないゼファー自身が、それを償えないほどの重さの罪であると認識している。

 彼は環境が許したとしても、人を殺すことを許してしまうのは何か違うんじゃないか、そう考えながら生きるために殺し続けてきた人間だ。

 人を殺す人間より、殺せない人間の方が生きる価値があると考える人間だ。

 そうやって育まれた、どこか間違った幼い子供だ。

 

 

『そうだな、どうしようもない』

 

『境遇ではなく、お前自身がどうしようもないからだ』

 

『お前が、お前自身を永遠に許さないからだ』

 

 

 ゆえに焔は笑う。

 愚か者、絶望に沈む者、歪んだ者、驕る者、強欲な者。

 それらが産む感情は等しくこの焔の餌であり、薪となる彼の糧。

 ゼファー・ウィンチェスターは、焔が好む愚か者だった。

 永遠に自分を許せない愚か者は、踏み躙りがいのある弱者として焔の火勢を増していく。

 

 

「お前……なんなんだ」

 

『お前の絶望を望むものだ。全ての終わりを望むものだ』

 

 

 最後の意地で、ゼファーは問う。

 隠すこともなく、焔は答える。

 

 

『そう望んだものより生まれ、そう望まれて在るものだ』

 

 

 自らを脅かしうる敵に、宣戦布告をするように戦意を滲ませて。

 

 

『永遠に生命(おまえたち)の敵として在り続けるものだ』

 

 

 この星に生きとし生ける全ての生命を敵に回し、焔は再び世界に宣戦布告した。

 

 

『また会おう。世界が終わる前の日に』

 

 

 焔が消え、世界がシャットダウンする。

 見えていたはずの現実の光景が跡形もなく消え去り、闇が訪れる。

 光の無い空間で起き上がる気力も湧かずに、ゼファーは横たわったまま。

 そんなゼファーの身体に、数え切れないほどの手が群がる。

 手はゼファーをズブズブと深みへと引きずり込もうとし、爪を立て、引っ掻いて肉を抉る。

 右を見る。血塗れで下半身の無い、ジェイナスが居た。

 左を見る。全身が火傷で痛々しいにも程がある、クリスが居た。

 周りを見れば知った顔が数え切れないほどに並んでいる。

 ノイズと戦い、紛争で人と戦い、散って行った忘れられない戦友達が並んでいる。

 誰も彼もが、ゼファーが忘れようと努力してきた者達だ。

 忘れられずに、心の底に沈殿していった記憶の泥だ。

 脳に幾万の針が突き刺されているかのような痛みが、記憶が生む痛みがゼファーを襲う。

 

 これはゼファーの罪悪感の結晶だ。

 心の奥底に押し込んでいた感情が腐敗したものだ。

 死んだ人間が皆ゼファーを恨んでいるという思い込みだ。

 罰せられたい、なのに罰せられない、そんな現実が生んだ自罰だ。

 

 

「ああ」

 

 

 死んでいった人達全ての顔を見て、ポツリと呟く。

 

 

「やっぱ俺、泣けないんだ」

 

 

 泣かなければ。泣かなければ。泣かなければ。大切に思っているのなら泣かなければ。

 泣いてはならない。泣いてはならない。泣いてはならない。それは過去を否定する。

 乾いた大地から水を吸い上げるように、涙を絞り出そうとする身体。

 涙を流してなるものかと、大地を乾かしていく深層意識。

 乾かされ、割れ、罅割れてなお痛めつけられる心という名の大地。

 彼には大切な人が死んでしまったとしても、涙を流せない理由がある。

 

 その果てに、心が大切な何かを欠けさせてしまったとしても。

 涙も流せないままに、ゼファーは死んでいった人間に責められながら、泥の中に沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章:フィフス・ヴァンガード編:エピローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミス・フィーネ、あまり一人で先行なされると危険ですよ」

 

「あなた達よりはよっぽど安全よ。銃程度では殺されてやらないわ」

 

「……失礼したしました。しかしここはニューヨークではなくバル・ベルデです。

 例の件もあります、十分ご注意を」

 

「例の件、ね」

 

「やはり魔神……『ロードブレイザー』が?」

 

「封印された状態ではあれほどの出力は出せないわ。

 見なさい、この雑草一本生えていない燃え尽きた大地を。

 焼かれた大地は……総面積で三万kmから四万kmといった所かしらね?

 それでもかの魔神にとっては欠伸をした程度のものでしょうけど」

 

水爆(イワン)に匹敵する規模で欠伸、ですか……」

 

「けれど、仕込みは上手く行っていたようね。

 封印遺跡自体の場所が不明で後手に回ったのは痛手だったけれど……

 完全復活という最悪は避けられたと見るわ」

 

「先日お聞かせいただいた、”人類が滅びていないからまだ復活していない”

 という理屈ですか。

 まだ魔神そのものを目にしたことのない自分としては、にわかに信じがたいです」

 

「あれは『終わり』よ。目覚めたなら、今の人類にその終わりを回避する手段はない」

 

「……」

 

「護衛に付いて来てもらって悪いけど、おそらくあなた達の仕事はないわ」

 

「いえ、万一のということもあります。

 その万一を回避するために我々はここに居るのです。

 貴女に万一のことがあれば、それこそ人類の命運は尽きてしまう」

 

「……そう、勝手にしなさい。

 瓦礫を掘り起こす人手としては活躍を期待してるわ」

 

「ハッ、期待に応えて見せます。 作業開始!

 この国の混乱に乗じているとはいえ、発見されれば国際問題だ!

 手早く、丁寧に、普段の訓練の成果を見せてやれ!」

 

「「「了解ッ!!」」」

 

 

 

 

「辺境で起きたから被害者が少なかったと見るべきか。

 辺境に遺跡があったからこそ発見が遅れてしまったと見るべきか……

 全く、憂鬱になる」

 

「ミス・フィーネ、生存者です」

 

「……なに? 私の聞き間違いかしら?」

 

「生存者です。地下の区画の空間から、子供が……」

 

「私に見せろ! 一刻も早くッ!」

 

「ハッ!」

 

 

 

 

「……なんて、ことだ」

 

「この事件唯一の生存者ということでしょうか。

 我々の姿を見せるわけにも行きませんし、始末するか薬を使うか……

 ……ミス・フィーネ?」

 

「これもまた運命か。だとしたら、なんと皮肉な」

 

「ミス・フィーネ?」

 

「器はこの時代の『担い手』か……なら、私は……」

 

「ミス・フィーネ!」

 

「……すまない、取り乱したわ」

 

「いえ、大丈夫です。指示を」

 

「この少年の持ち物を確認、薬剤投与で意識のない状態を維持。連れて帰るわ」

 

「了解しました。調査は継続されますか?」

 

「もう十分よ、探してたものは見つかったから。

 降魔儀式も、もうこの有り様では使えないでしょうしね」

 

「では撤収に入ります。四班は痕跡処理と少年の運搬! 残り全員で撤収準備!」

 

「「「了解ッ!!」」」

 

 

 

(……何をしている、『アガートラーム』……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナスターシャ先生、ミス・フィーネからの定時連絡です。

 これより帰還するとのこと……それと、居候が増えるようですよ」

 

「それは新たなレセプターチルドレンが現地で見つかった、そういうことですか? Dr.ウェル」

 

「いえ、それよりもっと興味深い物のようですよ」

 

「人を、物扱いするなどと……」

 

「それを言いますか? 私が、貴女が、そんな綺麗事を?

 あの子供達の前で胸を張って言えますか?」

 

「……」

 

「何にせよ、研究の予定は加速させませんとねえ。時間があまりにも足りない」

 

「足りないのは時間だけではないでしょう」

 

「聖遺物も足りないからと、欲張った結果でもこれですからねぇ。

 現状我々が保有する聖遺物はイガリマ、シュルシャガナ、アガートラーム、神獣鏡。

 完全聖遺物がグラムザンバー、ソロモンの杖、魔剣ルシエド、ネフィリム、夢魔。

 それに加えて『深紅の暴風』『深淵を統べる王』……

 ロンバルディアを勘定に入れるとしても、まだ万全には程遠い」

 

「シンフォギア以外はほぼ全て基底状態。

 装者の関係で現状使えるのはアガートラームのみということもお忘れなく」

 

「ま、足りないのはいつものことです。始まった以上四の五の言ってられないでしょう」

 

「ええ、既に賽は投げられてしまいました。

 ルビコンの川を越えられなければ、我々に待つのは滅びのみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいーまー! あら、司令自らお出迎えとは嬉しいわね」

 

「了子くん、お疲れ様だ。メキシコの遺跡とやらはどうだった?」

 

「ダメねえ、聖遺物は見付からなかったわ。

 私自ら出向いたっていうのに、肩透かしで困っちゃう」

 

「そうか……だが今の中南米は不安定だ。何事もないことが一番の朗報だよ」

 

「ヴァーミリオン・ディザスター……私やっぱり、あれは聖遺物絡みだと思うのよね。

 完全聖遺物によるものか、聖遺物を利用した他国の兵器かは分からないけど」

 

「うちの国には憲法ってもんがある。

 了子くんの技術は兵器のためじゃなく、ノイズから人を守るためにあるもんだ。

 そっちはまだ今の所は二課の領分じゃない」

 

「憲法はまず弦十郎君の拳法を禁止すべきだと思うけどねぇ」

 

「おいおい、茶化さないでくれ」

 

「ま、弦十郎君がちょっと暗い顔してたからね。

 できる女と評判の私としては見逃せないってわけよ」

 

「……顔に出ていたか?」

 

「当ててあげましょうか? 雪音夫妻の件でしょう」

 

「……ああ、大当たりだ。政府は雪音夫妻とその同行者の生存の可能性を、今回の件で切った」

 

「生きていたらあの辺りに……って予想されてた辺り、全部吹き飛んじゃったものね」

 

「一年経った頃から、生存が疑問視されて予算が削られてはいた。

 俺も含めた複数人が調査に潜入しようにも、国交が断絶してるあの国で東洋人は目立つ……

 世論の後押しも随分弱くなった。雪音夫妻の死亡も確認自体はされている。

 事実上、俺達は、俺は……まだ助けを待っているかもしれない誰かを見捨てるってことになる」

 

「弦十郎君……」

 

「青臭いと言われるかもしれんが、悔しくて仕方がない……!」

 

「……甘ちゃんねえ。でもお姉さん嫌いじゃないわよ、そういうの」

 

「すまない、少し愚痴ってしまった。長旅で疲れているだろうに」

 

「年下の愚痴を聞くのは大人の役目。

 男の情けない部分を包み込んでやるのがいい女の役目ってやつよ、気にしない気にしない」

 

「ああ、君はいい女だ。俺が保証する。ところで仕事を頼みたいんだが」

 

「……まさか、弦十郎君がわざわざ私をここまで出迎えに来てくれたのって」

 

「いや、本当にすまない。しかし了子くんが見てくれないとどうにもならない案件でな……」

 

「私の職場がブラック過ぎてもうダメかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きりちゃん、マムが出した宿題終わった?」

 

「ほげっ、調が精神的にあたしを裏切ったデス!?」

 

「そんな大げさな……」

 

「切歌、調。セレナがどこに行ったか知らない?」

 

「あ、マリア」

 

「食堂の方の廊下でさっき見たデスけど」

 

「ありがとう、切歌」

 

「えへへっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響、そろそろ帰ろっか」

 

「えー、未来の家門限早すぎるよー」

 

「響も女の子なんだから、暗くなってから一人で帰るとかやめなよもう」

 

「遊び足りない! 夏休みが待ち遠しい! そんな感じだね、今の私の気持ちっ」

 

「……もう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家族が全員ノイズに?」

「あの姉妹だけ生き残ってしまって……」

「誰が引き取るの?」

「うちはやだよ、そんな余裕ないし」

「かわいそうに……」

「子供達だけで生きていくのは無理だろう」

「それより遺産だ、弁護士によれば……」

 

「うるっっせぇんだよ、遠巻きにジロジロ見ながらあたしの周りでごちゃごちゃとッ!」

 

「……か、奏ちゃん……」

 

「言いたいことがあるんならあたしに直接言えッ!

 あたし達に同情したフリして同情してる自分に酔うなッ!

 今ここは、あたしの父さんと母さんの葬儀の場だッ!

 二人の死を悼む気のない奴はとっとと出てけッ!」

 

「「「………」」」

 

「……姉さん」

 

「ああ、分かってるよ。お前は心配するな。お姉ちゃんが全部何とかしてやるから」

 

 

 

「くそ、どいつもこいつも……! あたしはこんなとこで足を止めてらんないんだ……!」

「あたしは絶対に、力を手に入れなきゃならないんだ……!」

ノイズ(あんなもの)の存在を、許してなんていられるもんか……!」

「あたし一人になったとしてもッ! その存在を否定し続けてやるッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緒川さん、友里さん、藤尭さん。司令がこれを……」

 

「ありがとうございます、翼さん。書類は確かに受け取りましたよ」

 

「ありがとね、今日は訓練がないんだっけ?」

 

「あ、はい」

 

「翼ちゃんはしっかりしてるよねえ、俺が翼ちゃんくらいの時はもっとテキトーだった気がする」

 

「朔也くんは割といつもテキトーだからじゃないかな」

 

「そりゃないよあおいさん!」

 

「あははっ、翼さんは真面目ですから」

 

「も、もう、あんまり持ち上げないでください……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人一人の運命が始まり、噛み合い、絡み合い。

 

 物語が、始まる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ぅっ……?」

 

 

 瞼を貫いて眼を刺激する、蛍光灯の輝きにゼファーは目を覚まさせられる。

 

 

「……生きてる? 俺、生きて……って、ここは……?」

 

 

 自分が生きていたことに、まず驚く。

 そして身をよじろうとして動かない身体と、ジャラリという音に感じる違和感。

 ぼんやりとした思考のまま、夢うつつの頭を稼働させる。

 

 

「鎖?」

 

 

 見れば、両手両足に錠がかけられた上に、錠は鎖と繋がっていた。

 手に繋がっている鎖の先は壁の穴、足に繋がっている鎖の先は床の穴の向こうに繋がっている。

 機械が作動すれば鎖が引っ張られ、身動きが取れなくなる仕様だろう。

 事実、手は壁の穴、足は床の穴にほぼ固定された状態で身動きがとれない。

 

 

「どこだよ、ここ」

 

 

 真っ白とグレーを組み合わせた無機質な部屋。

 よく分からない色々できそうな棚、鉄格子の嵌められた一面以外は何もない正方形の部屋。

 まるで牢獄のようなその場所は、ゼファーにも見覚えのない不気味な部屋だ。

 ジェイナスが死んでからの徐々に曖昧になって行く記憶もあり、まだ夢を見ているのかという思考が脳裏をよぎるほど、現実感がない。

 急すぎる場面の転換に、思考がついていけていない。

 

 

「あ、起きたんだね」

 

 

 思考が落ち着きを取り戻す前に、鉄格子の向こう側から聞こえる声。

 ゼファーがそこに目を向ければ、そこにはゼファーと同じくらいの年頃の少女が立っていた。

 亜麻色の肩まで届く髪、慈愛を滲ませた微笑みはとても可愛いらしく、小柄な体躯と添えられた髪飾りが美少女を形にしたような印象を完成させている。

 クリスが雪を思わせる儚げな容姿と活動的な雰囲気、可愛らしさと美しさの両立といった二面性を思わせるならば、この少女はとことん可愛らしい。

 容姿も仕草も愛嬌があり、誰に対しても警戒心を抱かせない、絵に描いたような美少女。

 十人が十人可愛いと評する、そんな少女だった。

 

 

「ここはどこだ!? というか、まず君は―――」

 

「落ち着いて、私はどこにも行かないよ?

 あなたが満足するまであなたのそばに、ここに居るって約束する。

 だから、一つづつ質問してね? ちゃんと答えるから」

 

 

 焦るゼファーを諭し、落ち着かせる少女。

 その柔らかな声色に込められた慈しみに触れたからか、ゼファーは少し落ち着きを取り戻す。

 優しい声、落ち着かせる声、聞き心地のいい声というものはある。

 少女はわざとゆっくりとした語調で話し、言葉のリズムで少年の心を鎮めていく。

 そして優しく微笑み、一つ一つ質問に答え始めた。

 

 

「ここはF.I.S.って研究所のお部屋。私の名前は、『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』」

 

 

 胸に手を当て、少女……セレナは己の名を名乗る。

 聖剣に選ばれた二人が、銀の腕に愛された二人が邂逅する。

 それは一つの運命であり、とある運命の始まりであり、終わりに至る運命を確定させる道。

 目と目を合わせたその瞬間から、二人は同時に運命を感じ取る。

 運命を感じたそのことにも気付かぬままに。

 ゆえに、決まり切っている結末をここに語ろう。

 

 二人の出会いは悲劇に終わり、死に終着し、世界の終わりを確定させる。

 

 

「あなたのお名前、なんですか?」

 

 

 セレナが縛られたままのゼファーの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。

 

 

「ゼファー」

 

 

 反射のように、思考することもなく、ゼファーは己の名を告げる。

 

 

「ゼファー・ウィンチェスター」

 

 

 名前を交換して、セレナはにっこりと柔らかく笑む。

 両の手を後ろに回して笑顔を浮かべるその姿は、まるで絵物語の妖精のようで。

 

 

「ゼファー……うん、素敵な名前だね」

 

 

 米国連邦聖遺物研究機関(Federal Institutes of Sacrist)

 ここに、出会うべくして出会った二人の話は始まる。

 

 さあ、終わりを始めよう。

 避けようのない破滅、終焉に至る運命を始めよう。

 まだ終わる以外の未来が残っていた世界が、終わる以外の選択肢を無くしてしまう、そんな結末に至るまでの物語を始めよう。

 欠陥品の少年が、傷を刻まれるだけのストーリーを始めよう。

 

 そして、最後に残された希望へと繋がる物語を始めよう。

 

 始まるのならいつかは終わる、誰もが知ってる不動の摂理。

 始まりという言葉は、喪失までのカウントダウンの開まりと同義の言葉なのだから。




これにて一章『フィフス・ヴァンガード編』は終了です。あとちまちましたもの投稿してから二章『F.I.S.編』に入ります
一章の伏線はちまちま回収するものもあればずっと後になってから回収するものもあるのでそこはご勘弁ください。ちょっとアカンミスをしてしまったので修正中ですが投稿開始前の書き溜めは残り十回分くらいかな

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