戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
ゼファーに頼まれ、小日向未来は彼の車椅子を押し、彼の手足となっていた。
彼の行きたい場所に彼を連れて行き、彼の遺書を消去するなど彼の手の代わりも果たす。
未来はちょっとだけ彼の遺書を読みたいと思ったが、察したゼファーから「読んだら怒るだろうから読まないで欲しい」と言われ、難しい顔をしつつささっと消去する。
そうして今は、ゼファーが電話をするための手となっていた。
「ユミ、いいかよく聞くんだ。避難の時はBDは持っていくべきじゃない。
置いていけ、置いていくんだ。後でいくらでも買い直……え? 限定版?」
ゼファーは色んなところに電話をかけていた。
"会話せず言葉だけを一方的に伝える"遺書を捨て、彼は遺書を残すはずだった皆と『会話』し、思いを繋いでいく。
ゼファーが言葉を渡すこともあれば、ゼファーが言葉を貰うこともあった。
一方的に想いを告げるだけでは、こうはなるまい。
人と人が会話する事こそが、人が繋がる最良の道だ。
ゼファーは弓美と電話越しに言葉を交わし、勇気付ける言葉を贈る。
仕事に打ち込む林田夫妻や、ディーンハイム一家の世話役として同行している悠里とも話し、悠里が奏とまた話せた嬉しさを語るのを聞いてやり、久方ぶりに旧交を暖めたりもした。
流知雄に電話をかけると、英美が近くに居て、少し話したりもした。
お好み焼き屋ふらわーのおばちゃんに電話をかけ、南を初めとした卒業生にも電話をかける。
国外の祖父にまで電話をかけ、その声を聞いていた。
「あ、うん、大丈夫。俺もクリスも元気にやってるよ。爺ちゃんも、風邪引かないように……」
遺書は一方的に言葉を残し、繋がりを断ち切るためにある。
だが、こうして行われる会話は電話越しとはいえ、その対極にあると言っていい。
今生きている人間同士で互いの存在を確かめ合い、そこに絆があることを再確認し、『この世界を守らなければならない』という意志を強め、『これからもこの世界で生きていく』という決意を強めるための一過程なのだ。
この世界で生きる者達の声を聞き、ゼファーの心に不可思議な力が溜まっていく。
ゼファーと言葉を交わし、皆も心の持ち様を少しづつ力強く変えていく。
それは、絶望に抗う力だ。
「マリナちゃんとかにも電話しないと」
「何を話すの?」
「明日を信じろ、絶対に諦めるな、って話をするのさ」
これが何を変えるかは分からない。
何か変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。
人の心に何かを僅かに残すだけに終わるかもしれない。
「うん、うん、そっか。おばあさんを助けたのか。偉いぞ、マリナちゃん」
それを分かった上で、ゼファーは色んな人に電話をかけ、そこにある繋がりと、守るべき命がそこにあることを確かめている。
「いいさ、気にしないで。困った時はお互い様だ。
……だから、気にしなくてもいいってのに。
じゃあ、いつか俺を助けてくれ。君がもっと大きくなって、君が大人になってから」
いつかの未来に果たされる約束を、ゼファーは電話の向こうの少女に告げる。
それは心残りを無くし、自分の存在意義を削るための言葉ではない。
むしろその逆。
"その約束を残しては死ねない"という気持ちを生む、心残りにも存在意義にもなる言葉だった。
会話が終わり、電話は切られ、未来がゼファーに話しかける。
「今の声、小さい子?」
「ん、そうだな」
「そんな子が、大人になってから、か……それは、嘘のつもりで言ったの?」
「いや、嘘にしたくないと思いながら言った」
ゼファーはあと何日生きられるのだろうか。
小さな子供が大人になるまでの時間を、生きられるのだろうか。
「なら、嘘にしちゃダメだよ?」
「ああ」
どこか白々しく、どこか痛々しく、けれど暖かで、強さを感じる言葉の応酬。
二人は、その言葉が嘘にならないことを願っていた。
第三十九話:アガートラームは一人の力で抜くものにあらず 2
「よう、久しぶりだな」
「Dr.カルティケヤ!」
部屋から出て、未来に車椅子を押してもらいながら移動するゼファーの前に現れたのは、F.I.S.時代にゼファーと多くの因縁を持っていた、Dr.カルティケヤであった。
未来は再会の邪魔をしてはならないと、口にチャックをしてゼファーを見守る。
そこでカルティケヤに同行していたサーフ、アートレイデの二人もゼファーに再会の挨拶を述べる。研究者の男三人は、分かりづらいがどこか嬉しそうだった。
「やあ、久しぶり」
「元気そうで何より」
「Dr.サーフ、アートレイデさんも……あれ、トカ博士は一緒じゃないんですか」
「トカ博士は……」
「……その、なんだ……今は色々と熱中しておるな……」
「あっ」
察するゼファー。
ノイズロボなんてものを作ったあのトカ博士が二課に来て、普通のことをするわけがない。
何かが起こる。
とんでもないことが起こる。
それも味方サイドで。
トカを知るゼファーだからこそ戦慄し、トカを知らない未来は人知れず首を傾げた。
車椅子に乗っている泥人形のゼファー、その車椅子を優しく押している未来を見て、カルティケヤは小学生並みの邪推をする。
「……恋人か?」
「恋人じゃないですよ。恋人だったらどうだっていうんですか」
「え、ああいや……祝ってやろうかと……」
「えっ」
カルティケヤらしからぬ言葉に、ゼファーは目を丸くした。
ゼファーの反応に何かしら思うところがあったのか、カルティケヤの方はちょっと不機嫌そうに眉を動かしていた。
「なんか、丸くなりましたね」
「お前が居なくなってからもう七年だ。
お前の変わりようには負けるが、俺だって何か変わることもあるだろうよ」
「もう七年なのか、まだ七年なのか、どっちなんでしょうね」
「知るか。ゼファー、てめえが思いたい方でいいだろ」
F.I.S.に居た頃は小学生相当の年齢だったゼファーも、今や大学生相当の年齢になっている。
彼が怪物の姿をしていなければ、カルティケヤはなおさらに時間の経過を実感していただろう。
ゼファーとカルティケヤ達が別れてからの時間は、少年を青年にするのに十分な時間だった。
「……なんだ、その……無事に帰って来いよ」
「!」
人が変わるには十分な時間だった。
「儂も色々手を尽くそう」
「バックアップは任せてくれ」
「皆さん……」
カルティケヤに続き、サーフとアートレイデもどこか丸くなった言い草でゼファーに言葉を届ける。ゼファーはF.I.S.に皆が変われる可能性を残し、かの研究所でその可能性は芽吹いた。
ゼファーの知らないところで、彼らは変わったのだ。
別人と言うほどではないが、それでもどこか、彼らは確かに変わっている。
「俺達もやれるだけのことはやった。装者の援護は任せな」
拳を見せるカルティケヤは、ゼファー達の支援に全力を尽くすことを約束している。
おそらく次が、ウェルとの最後の戦いとなるだろう。文句なしの総力戦となるはずだ。
ブランクイーゼルの科学者や技術者は、二課の同業者達と力を合わせ、ウェルが打って来るであろう手に対抗するための仕込みをせっせと仕込んでいた。
ゼファーはウェルを。
装者達がルシファアを。
ディーンハイムがネフィリムを。
そしてそれ以外の仲間達が、それぞれの戦場に足りていないものを届ける。
それがゼファー達が決めた役割分担と、作戦である。
頼れと仲間に言われたならば、ゼファーは仲間を信じ、装者達の援護を彼らに任せ、全身全霊でウェルにぶつかって行ける。
「分かりました。皆を、よろしくお願いします。俺達皆で……生きて帰りましょう」
ゼファーは研究者の男達とその後もいくらか言葉を交わし、やがて未来に車椅子を押されてこの場を去っていく。
「恋人だと思ったんだがなあ……」
「私もそう思いました。隠してるだけという可能性も」
「……お前もずいぶん変わったよなあ、アートレイデ」
ぼそっと呟いたカルティケヤの言葉に真顔でアートレイデが合いの手を入れ、去り行くゼファーと未来の背中を、男三人で見送るのだった。
「んー……」
「どうした、ミク?」
「いや、だってね? ……あ、ううん、やっぱりなんでもない」
先の会話で何か引っかかることがあったのか、未来は少し難しい顔をしていたが、やがて自分の中で何かしらの結論が出たらしく、元の様子に戻る。
ゼファーはどうしたのか聞いてみようとするが、そこで廊下の反対側から歩いて来た男達が声をかけて来たので、聞くタイミングを逃してしまった。
「よう、ゼファー」
「このくっそ忙しい時に女連れとか、余裕すぎで参るね」
「甲斐名、そういうのはやめたまえ」
「天戸さん、カイーナさん、土場さん」
声をかけてきたのは、よく三人で固まっている男三人衆。
三人は次の戦いにおいて危険な役目を割り振られ、それを快諾した男達だ。
相も変わらずどこか朗らかで、芯がしっかりとした印象を受ける。
死ぬかもしれない戦いを前にしても、彼らはいつもの在り方を貫いていた。
「調子はどうだい?
ここ二週間ほど君は意識が覚醒したり消えたりと、私達も気が気でなかったよ」
「ご心配をおかけしてすみません。
ですがもう大丈夫です。体調の揺れも収まりました。後はこのまま、戦いに挑むだけです」
ウェルの居城『ヴァレリアシャトー』が海上に浮上してから、既に二週間が経っていた。
二週間もの間何もせず、ウェルは不気味な沈黙を保っている。
ウェルに主導権を与えるべきでないと、二課・ブランクイーゼル・ディーンハイムによる話し合いが行われ、奇襲作戦も立案された。
だがそれも実行されないまま、二週間が経過してしまった。何故か?
ゼファーの体調が、最悪の状態に陥ってしまっていたからだ。
ここ二週間、ゼファーは意識をまともに保てない時間と、意識を多少はまともに保てる時間を繰り返していた。
数日連続で徹夜した人間が、朦朧とした意識と多少は目覚めている意識を行ったりしているのに近い状態だろうか。もっともゼファーの場合、眠ればその時点で死ぬのだが。
ゼファーはこの二週間、意識が朦朧としている時は必死に生にしがみつき、意識が多少はっきりしている時は戦いの準備を進め、この二週間でなんとか戦闘可能なくらいには意識の状態を落ち着かせていた。
眠れず、意識の断絶がイコールで死を意味する今の彼に、意識を休ませている余裕はない。
かつ、今のウェルはゼファー抜きで勝てる相手でもない。
生死定からぬゼファーが小康状態になるのを待って、ヴァレリアシャトー攻略を始めるという意見には、皆が満場一致で賛成していた。
その間、ウェルは全く動かなかった。
以前であればそれを怪訝に思う者も居ただろうが、ナスターシャからウェルの行動原理を語って聞かされた者達には、何故ウェルが動かないのかよく分かる。
ウェルは、ゼファーを待っているのだと。
「勝ちましょう。皆の明日を生きる権利を守るために」
思うままに生きるウェルを見て。
思うままに生きるゼファーを見て。
男達もまた、それぞれ思うところがあったようだ。
天戸は右手で拳を作り、左手でゼファーの右腕――らしきもの――を持ち上げ、拳を当てる。
男と男がよくやる、拳を打ち合わせる所作のように。
「だな、明日のために」
天戸がどいて、入れ替わりに入った甲斐名もまた、ゼファーの拳に己の拳を当てる。
「だね、明日のために」
甲斐名がどけば、最後に土場が入れ替わりに入り、彼もまた拳と拳を当てる。
「ああ、明日のために」
男達はゼファーに背を向け、手を振りながらその場を去っていく。
「行ってくる」
次に会うのは、ここでか、あの世でか。
どちらであるかの確信も持てぬまま、男達は格納庫へと歩を進めて行った。
未来と共に次にゼファーが向かったのは、二課の食堂。
ブランクイーゼル数百人は二課本部に近い宿舎を割り当てられていたが、それでもその大半は二課本部に出入りしているため、食堂が出す食事の量は一気に増えていた。
組織としての健全化が進んでいたため、食堂の臨時人員補充は政府のバックアップもあり順調に進み、今や食う人も作る人もわんさか居る、そんな食堂になっていた。
食事が取れないゼファーは、ここしばらくここに来てもいない。
彼はここに食事目的ではなく、人に会いに来ていた。
「冷やかしなら帰んな」
「絵倉さん、ちょっと話くらい聞いてくれてもいいじゃないですかあ……」
なのだが、あえなく・にべもなく・すげなく・そっけなくされる。
おばちゃんを絵に描いたような絵倉は鼻を鳴らし、話しかけるゼファーをけんもほろろに突き放す。そこで、仕事のローテーションの合間に絵倉の手伝いに来ていた津山が顔を出した。
「絵倉さん、話くらい聞いても……」
「飯も食わずに話だけって、そら食堂に何しに来てるんだって話さね。
第一今アタクシは忙しいんだ。また後にしな、後に」
「絵倉さん、ゼファー君は出撃があるんです。その前にきっと話したいことが……」
「その上で言ってんのさ。話したいことがあるんなら、後で話せばいいだろう? ゼファー」
「……そうですね。ありがとうございます」
人の生き方はそれぞれだ。
問いが一つであっても、答えが人の数だけある問答など、世の中には腐るほどある。
絵倉は「後で話せ」と言った。
つまり「後で話すために必ず帰って来い」ということだ。
こういう形の思いやり、励ましもある。
「会話の回数が一回増えるも一回減るも大差ないものよ。
アタクシがあんたに言いたいことは、今日までの間にちゃんと言ってきたはずさ」
「はい。ちゃんと覚えています」
「簡単に揺らぐんじゃないよ。
アタクシの言葉が欲しいなら、想い出を見るといい。
死んでる奴も生きてる奴も、辛い時に想い出を見れば、
「はい!」
ゼファーは決戦の前に、言葉を交わして繋がりを確かめることで、心に力を貰っていた。
だがここでは"言葉を交わさない"という形で繋がりを確かめ、心に力を貰っていた。
人それぞれの命の価値があるように、人それぞれの激励がある。
例えば絵倉とは違い、ありきたりな言葉をありったけの声量で叫び、ゼファーを応援し始めた津山もそうだ。
「頑張ってください! 自分も頑張ります!
皆さんが押され気味でも、皆さんが戻って来るまでの間、水際での防衛は任せて下さい!」
「うるせえ!」
「あいだっ!?」
「あはは……はい、頑張ってきます」
叫んだ津山の顔面を、絵倉のおたまがひっぱたく。
津山が鼻の頭を抑えてうずくまり、ゼファーがそれを見て苦笑――に近い様子――を見せる。
「今夜はクリスマスだ。あんたらが勝ったと知らせが入り次第、すぐに料理作り始めるよ」
「了解です」
決戦を挑む今日の日付は、クリスマス。
一年の終わりを間近に控えた12/25。今日この日に、決戦は始まる。
慌ただしい司令部に辿り着くと、ゼファーは未来がちょっと緊張した面持ちになったのを見、司令部で慌ただしく動いている人達や、モニターに映る人達を見る。
「……これだけの人が動いていてるのは、何度見ても驚きますね」
「国難を超える事態だ。一丸になろうとするのは自然の成り行きだろう」
広木防衛大臣、斯波田外務次官、矢薙内閣情報官、竹中陸将補といった、ネフシュタンの起動実験の許可を得に行った日に見た面々が、司令部で関係各所への対応を行っている。
相手は日本の首相や米国大統領を初めとした各国の首脳陣が多い。
こと、内閣情報官たる風鳴八紘の働きはめざましかった。
内閣情報官の部下を引き連れ、手足のように使い、二課司令部と会議室に臨時拠点を作って、この司令部作戦発令所の機能を数倍にまで高めている。
それを、車椅子に乗ったゼファー、彼の車椅子を押す未来、片腕の無い弦十郎が眺めている。
「八紘兄貴曰く、自衛隊に仮設支部を作ってそこで雑務を処理するそうだ。
本部には精錬された情報と、本当に重要な案件だけを回してくれるらしい」
「やれるだけのことはやっておきたかったとはいえ、凄いですねツバサのお父さん……」
「ああ。凄え人だよ、うちの兄貴は」
弦十郎は腕が欠けた上、全身のいたる所にダメージが入っており、今回の戦いには出られそうにない。あと一ヶ月は静養しなければ、失血死しかねないだろう。
それほどまでに、ロンバルディアに与えられた傷は、一つ一つが深かった。
各国の支援も怪しい感じだ。
ネフィリムに短時間に凄まじい火力を集中したために、各国ともに『軍備の備蓄』と『軍事費』という二つの問題が首をもたげてきて、動ける国が減ってきてしまったのだ。
大統領選が近いのもあって、政治的理由から全軍事力を注げない国もあった。
前回の戦いで、通常戦力はネフィリムの足止めを果たし、見事ネガティブ・レインボウを当てるための一助となった。
ウェルの油断があったとはいえこの功績は大きい……が、それでも大きな戦力とは呼びにくいことに変わりはない。
各国の援護が見込めないことは、そこまでの悲報ではないだろう。
弦十郎が参戦できないことの方が数十倍悲報だ。
「お二方も凄いですよ」
「ゼファー君も司令も未来ちゃんも、お疲れ様」
「あ、シンジさん、アオイさん」
「おう、お前らもよくやってくれてるぞ」
「あ、こんにちわ」
体の状態から休んでいろと言明されているゼファーと弦十郎が司令部を眺めていると、緒川とあおいが話しかけてきて、未来が頭を下げる。
「とりあえずゼファー君、これ持って行きなさい」
「えっ」
あおいはゼファー達に二の句を告げる間も与えず、手にしていたものをどちゃっとゼファーの膝の上に置く。
それは、数え切れないほどのお守りの山だった。
「半分くらいは私が持ってた物と買ってきた物よ。
で、後半分は声をかけた皆が持ってきてくれたお守り」
「アオイさん」
「これだけあれば、一つくらいは効くと思わない?」
変身前に身に着けていたものはナイトブレイザー変身時に内的宇宙に格納されるため、メリットは残るがデメリットはほぼ残らない。インカムの通信機などその最たるものだ。
交通祈願やら安産祈願まで、もうあるだけ集めてきたという感じがプンプンとする。
"どれか一つでも効けばゼファーが生きて帰れるかもしれない"という皆の祈りが、目に見える形になったかのようだった。
何せ、お守りの数はゆうに200から300はあったのだから。
「ありがとうございます、アオイさん」
「いいのよ。あなたが無事に返って来ることが、一番のお礼になるんだから」
友里あおいは綺麗に微笑む。
ゼファーの幸せを祈りながら、あおいはお守りを手製の袋に詰めて、再度ゼファーに渡した。
「僕からはこれを」
「これは……?」
そんなお守りの群れの中に、緒川はもう一つお守りを乗せる。
「昔、杉谷善住坊の狙撃をかわした時、織田信長が懐に入れていたお守りだそうです」
「すぎた……?」
「本物かどうかも分かりませんし、効果があるかも分かりませんが……
仮に本物だとした場合、実績は十分ですよ。我が家の家宝のようなものです」
「そんなものを俺に?」
「あなただからですよ」
あおいが皆の願いと想いの数を表したお守りを持って来たとするならば、緒川は願いと想いの質を表したお守りを持って来た。
「このお守りが、あなたを守ってくれるなら。このお守りは返さなくても構いません」
ゼファーの背中を押すために、先祖代々受け継いできた宝を、ゼファーに預ける緒川慎次。
そのお守りは、他のお守りよりも少しだけ重く感じられた。
「ありがとうございます、シンジさん」
「教えたことを、忘れずに」
「はい!」
緒川にそう言われるだけで、ゼファーは自分の中に刻み込まれた忍の技術が、ほんのりと熱を持ったような気すらしていた。
もうこの体で忍術は使えないが、空を飛べるオーバーナイトブレイザーに対し、空を走る緒川の忍術の応用は絶対に欠かせないものだ。
これから始まる戦いの中でも、緒川の忍術はきっとゼファーを助けてくれる。
そして、片腕を失った体で、弦十郎もゼファーに激励を送る。
「行ってこいゼファー。忘れるな。拳は……」
「雷の如き意志を、自分の中で最も硬く強い意志を握って打て……でしょう?」
「……ふっ、お前に教えることは、もう無いかもしれんな」
「俺はあなたに学びたいことがまだまだ沢山あります。だから必ず、帰って来ますよ」
昔からずっと、今でもまだ、ゼファーにとって弦十郎はその背中に憧れ追いかける大人だ。
「いってきます」
そう言って、車椅子を未来に押され、ゼファーは二課本部を出て行った。
ゼファーと未来は本部を出て、海へと向かう。
海の上の空に浮かぶヴァレリアシャトーへと向かって、一直線に。
そうして進んでいく内に、敵の進行を海岸線で食い止めるための臨時前線司令部が見えて来る。
テント、通信機、多くの人と、司令部はそこで十分に機能していた。
自衛隊、一課、二課がごちゃ混ぜになって動いているその場所で、藤尭朔也は待っていた。
「最後の戦いだ。全力でサポートさせてくれ」
「頼りにしてます」
彼はここで、装者とゼファーのバックアップを行うこととなる。
彼は安全な本部でのサポートではなく、より早い対応が行えるこの場所でのサポートを志願したために、ここに居る。
彼もまた、死を覚悟してここに居た。
「ミク、ここまででいい」
「……うん」
未来がゼファーの車椅子のタイヤを固定し、車椅子から手を離す。
二人は車椅子の構造上、目を合わせないで会話を始めた。
ゼファーは、未来に"不安かどうか"を暗に問う。
「今日の俺は、生きることを諦めているように見えたか?」
未来は"不安だけど、信じてる"という返答を暗に潜める。
「ううん、見えなかった」
言葉を額面通りに受け取っていては成立しない二人の会話。
ゆえに、二人は交わした言葉以上の意思を疎通する。
背中を押しても、ここでない場所に向かって押しても、必ず戻って来ると信じて。
「私、ゼっくんが帰って来るって、信じてるから」
未来はそう言って、ゼファーに背を向けて臨時前線司令部に向かう。
ほんの11秒だけのギア装者である未来は、よっぽどのことがなければこの戦いにも投入はされない。そんな彼女の去り際に、ゼファーは貰った言葉に相応の返答を返す。
「なら今日は、ミクが信じる俺を、俺も信じてみる」
彼女が信じた自分を、裏切らないために。
やがて、戦士達がゼファーの下に集う。
一人、また一人と集い、ゼファーの左右に横並びになるように立ち、腕を組む。
全員が女性であるというのに、並みの男性よりよっぽど男らしい有り様だった。
調の中のフィーネは、魂で涙ぐみながら、胸の奥から湧き上がる感動を抑えきれずに居た。
中央に立つアガートラームと、アガートラームに選ばれた英雄。
英雄を助けるため、聖遺物を手にして集まった八人の勇者。
この構図は―――彼女の弟が世界を救ったあの時と、全く同じ構図なのだ。
あの時と似た構図。
けれど似て非なる構図だからこそ、あの時とは違う結末になるはずだと、フィーネは奮い立つ。
やがて誰からともなく、何の合図もなしに、心が通じ合っているという証明をするかのように、彼と彼女らは一斉に姿を変えた。
「
「
「
「
「―――アクセスッ!!」
「
「
「
「
全員の姿が一斉に変わり、色とりどりの光が世界に舞い散る。
海に飛び出したナイトブレイザーとシンフォギアを待ち受けるのは、光の速度の最上級ゴーレム・ルシファア。
ここで足止めされては、ゼファーがウェル博士の下まで辿りつけない。
ゼファーと装者達の心は、一つだった。
「任せたッ!」
「「「 任されたッ! 」」」
海上を走るゼファーと、飛び上がってルシファアを抑える装者に分かれ、戦いが始まる。
(爺ちゃん、母さん、父さん)
ゼファーは心中で生きている家族と、もう生きていない家族に呼びかけ、加速する。
ゼファーが向かう先にはネフィリム・ディザスターが待ち受けていて、その向こうにウェルの居城・ヴァレリアシャトーが浮遊していた。
近付いて来る錬金術師達の気配を感じて、ゼファーは振り返らずにネフィリムに向かう。
(ジェイナス、ビリーさん、リルカ……)
心の中で、死人に呼びかける。名を知っている死人も、名を知らない死人も居た。繋がりの薄い死人も、強い繋がりのあった死人も居た。
(……ハンペン、ジャベリン、ベアトリーチェ、マリエル、洸さん……皆……)
死人の名を一つ呼ぶたび、ゼファーは加速する。
(行こう、一緒に!)
まるで、遠く離れたところから、その背中を押されているかのように。
決戦デース
戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズは、おそらく二月中に完結します