戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 風鳴弦十郎と緒川慎次の手によって、ロンバルディアはノイズが居る位相差世界……通称、バビロニアの宝物庫に封じ込められていた。

 主の指示がなければ、消滅した思考回路を夢魔で補っているロンバルディアは何も出来ない。

 指示された行動を行い、本能的な反射をそこに加えて動くことしかできないのが、今のロンバルディアだった。

 

 ゆったりと、眠るように漂うロンバルディア。

 最初は軽く暴れていたようだったが、今では完全にその動きを停止していた。

 海の底で、眠りについていた時のように。

 

 だが、至高の竜はいかなる理由か、バビロニアの宝物庫の最奥にて目を覚ます。

 

 本能が叫ぶ。

 それは例えるならば、脳に傷が付いて心を失った人間が、それでも食欲・性欲・睡眠欲を失わなかったという事例に近い。

 それは本能から生まれる憎悪。

 ありとあらゆる生物が持つ、『敵』を排除しようとする反射行動だった。

 

 ある生き物は、逃げるという形でその敵を認識範囲から排除する。

 ある生き物は、隠れるという形でその敵を認識範囲から排除する。

 ある生き物は、攻撃という手段でその敵を認識範囲から排除する。

 

 ロンバルディアが選んだのは、『攻撃』だった。

 敵の存在を知覚したロンバルディアは、世界に穴を空けるほどの咆哮をぶちかます。

 そしてバビロニアの宝物庫に空いた穴から、敵が居るであろうその場所へと、飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十九話:アガートラームは一人の力で抜くものにあらず 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔剣ルシエドが振り下ろされる。

 ゼファーが後ろに跳びながら、二本のナイトフェンサーをクロスさせてそれを受け止めようとする。回避が間に合わない、と見ての、遠火で手を焙るような防御。

 当然、そんなものに効果があるわけがない。

 魔剣ルシエドは二本のナイトフェンサーを豆腐のように切り裂いて、その向こうの黒鎧に切り傷を付ける。

 腹が軽く裂けたことに気付きながらも、ゼファーは接近戦を続けざるを得ない。

 

「あああああああッ!」

 

 十倍にまで時間を加速して切り結ぶナイトブレイザー。

 単純にナイトブレイザーより十倍以上速いウェルのオーバーナイトブレイザー。

 両者の間には速度の差も技量の差もある。ゼファーが瞬殺されていないのは、今日までの戦闘経験値と意志の強さという、二つの要素が"食い下がる力"として発揮されているから。

 そして、藤尭朔也がウェルの動きの癖をリアルタイムで分析し、教えてくれているからだ。

 両者の力量差をひっくり返せない程度に、ウェルから見れば誤差レベルに、ゼファーは徐々に動きの質と速度を上げていく。

 

「まだ速くなるか、ナイトブレイザーッ!」

 

「まだまだぁ!」

 

 ナイトブレイザーとオーバーナイトブレイザーの間には、不思議な共感と繋がりがあった。

 ウェルのナイトフェンサーを受け止めるたび、ゼファーにウェルの感情が伝わる。

 信頼、嫉妬、友情、敵意、感謝、憧れ。

 ゼファーのナイトフェンサーを受け止めるたび、ウェルにゼファーの感情が伝わる。

 信頼、尊敬、友情、慈愛、希望、思いやり。

 剣に想いを乗せる分野ではゼファーが勝り、剣に力を乗せる分野ではウェルが勝る。

 

 ゆえに、攻防を行えば勝者は決まりきっている。

 今度は魔剣ルシエドではなく、通常のナイトフェンサー一本が、ゼファーのナイトフェンサー二本に叩きつけられる。その衝撃で、ゼファーの体が浮いた。

 ウェルはナイトフェンサーを持つ手を離し、すかさずルシエドからインストールしたやり方でパンチを放つ。黄金の拳が、ゼファーのみぞおちに突き刺さった。

 

「ぐっ……あっ……はっ……!」

 

 大量の火薬が爆発したような爆音と共に、ナイトブレイザーが壁に叩き付けられる。

 壁に叩き付けられたナイトブレイザーは壁に当たって跳ね返り、逆方向の壁に当たってまた跳ね返り、ゼファーが焔の反動で空中制動をかけるまでまるで止まる気配を見せなかった。

 一秒ほどの間に、壁と壁の間で跳ね返ること十数回。

 当然、壁にぶつかるたびに、この勢いに相応のダメージがゼファーに叩き込まれることになる。

 ゼファーは空中制動でなんとか止まり、着地しようとするものの、足が床に着く一瞬前に、オーバーナイトブレイザーの蹴りを腹に食らってしまう。

 

「―――がッ!?」

 

「そんなものか、君の力は!? そうじゃないはずだ!」

 

 ウェルはそこから跳躍し、後方に吹っ飛んでいくゼファーに追いつく。

 そしてゼファーの頭を掴み、床に向かって投げた。

 掴まれ投げられた頭は床にぶつかり、ゼファーは頭へのダメージと激痛で意識を飛ばしかけながら、蹴られた衝撃の慣性で吹っ飛んで行く。

 

「がぐぅッ!」

 

 ゼファーの立て直しはこのダメージでは間に合わず、ここからなら確実にもう一撃、追撃を叩き込めるとウェルは判断した。

 その判断は正しい。

 ゼファーが一人きりである、という前提が揺らがないのであればの話だが。

 

「!」

 

 吹っ飛んだゼファーを、ジャベリンがキャッチして走る。

 アタッチメント固定用マシンアームでゼファーを掴み、ネガティブフレアだらけの戦場を疾走するバイクの勇姿は、焔の黒騎士の騎馬の名に恥じないものだった。

 ジャベリンの新規AI。

 藤尭朔也のコントロール。

 二つが合わさり、ジャベリン二世は主を乗せて焔の地獄を駆け抜けていく。

 

「アクセラ……レイター……!」

 

 そこに時間加速が加わり、ジャベリンは自分を狙って生き物のように蠢くネガティブフレアの中を、人の拳をかわすハエよりもキレのある軌道で通過してみせた。

 

『まだだ、まだ終わってない! 負けるな、ゼファー・ウィンチェスター!』

 

 通信機から、朔也の声が聞こえる。

 それと同時に、ウェルが手元にチャージした焔を球状に圧縮し、ジャベリンの動きを先読みしつつ絶対に回避できない速度で撃ち出した。

 バイクとゼファー、両者に向けられた必殺の焔球。

 

『君は、ここで終わるような男じゃないだろう!』

 

 仲間の声を聞き、体に走る激痛に呻き、それでも歯を食いしばり……ゼファーは、10mほどにまで延長したナイトフェンサーで、焔球を両断した。

 運転は朔也に任せ、左手で剣を振るい、右手で頭を抱えるゼファー。

 ダメージはまだ抜けていないが、そこは気合で補うしかない。

 

「ええ、はい……俺は、負けませんよ!」

 

 バイクを飛び降り――否、飛び昇り――ゼファーは天井に足を着けて、再度跳躍。

 10mに延長したナイトフェンサーを30mまで伸ばし、相応の太さにまで拡大化して、ウェルに向かって振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネフィリム・ディザスターが、空に熱線を吐く。

 雲の上にまで到達した熱線は枝分かれし、無数の赤き熱線の雨となり、チフォージュ・シャトーとブルコギドンに向かって降り注いだ。

 

「うわっ!?」

 

「うっわーい戦隊ロボはゴジラにも勝つトカ信じてたのにー!」

 

 城は上にバリアを張るも、あまりの圧力に押されて海に叩き付けられる。

 バリアの維持と飛行の維持が両立できないことからも、チフォージュ・シャトーが限界なことが伺える。

 

「キャロル! 負荷が規定値を超えました!

 戦闘は続行できても、飛行は維持できません!」

 

「くっ……仕方ない、キャロル、海上モードに移るぞ!」

 

 チフォージュ・シャトーは飛行を諦め、海上に浮かぶことを第一とする。

 ブルコギドンも同じように熱線の雨に晒されたが、こちらは素の装甲強度と、装甲表面に発するエネルギーのコーティングだけで耐えていた。

 だが、足は止められてしまっている。

 そんなブルコギドンに、ネフィリムは一気に接近した。

 

 巨体に見合わぬ機敏さに、巨体相応の歩幅が加わり、ブルコギドンとネフィリムはあっという間に互いの体に手が届く位置に。

 ネフィリムの両手が、ブルコギドンの両手が、がっしり組まれる。

 組まれた手を通して力勝負……腕力勝負になるが、拍子抜けしてしまうくらいに、この腕力勝負は即座に決着が付いてしまう。

 

 ミシリ、と音が鳴る。

 バキリ、と音が鳴る。

 ブチッ、と音が鳴る。

 そうして、ブルコギドンの両腕は肩辺りからもぎ取られてしまった。

 

「あーっ! 吾輩のブルコギドーンっ!」

 

 そして両腕と共に、両腕のコクピットの中のパイロットも海に落ちていく。

 両の腕の中には、甲斐名と天戸が居た。

 戦闘の衝撃でヒビが入っていた腕の中に、海水が流れ込んでいく。

 

「畜生、ここまでか……!」

「土場ぁ、後は任せたぞ!」

 

「甲斐名君! 天戸さん!」

 

 命懸けだなんてことは分かっていた。

 甲斐名も、天戸も、土場もだ。

 だがここで、自分が死んでいくことに、仲間が死んでいくことに、実感が伴う喪失が発生する。

 海に沈んでいく二つの腕が、強烈に死を実感させた。

 

「糞ったれ……!」

 

 ネフィリムがブルコギドンに食らいつき、胸部をむしるように食いちぎる。

 胸部の装甲が剥がれ、その奥のメインジェネレーターが剥き出しになる。

 あと一撃。

 たった一撃。

 剥き出しになった胸に攻撃が当たってしまえば、その時点でブルコギドンは停止してしまう。

 

「こんなところで死んでたまるかよッ!」

 

 カルティケヤが叫び、ブルコギドンが足を上げてネフィリムを蹴り飛ばす。

 蹴られたネフィリムはダメージこそないものの、海中に思いっきり倒れこんだ。

 海原に津波を生みながら、劣勢の戦いは続く。

 

 

 

 

 

 一方、装者VSルシファアの戦場。

 この戦場で最も無茶をし、苦しんでいたのは誰か?

 意外なことに、それは風鳴翼であった。

 

「っ、くぅ……!」

 

 翼は戦闘のさなかに肋骨の辺りを抑える。

 そこは、先日ゼファーに骨を殴り折られた場所だった。

 気力で痛みを抑えるにも限界はある。

 誰もが痛みに耐えながら戦いに支障をきたさない、ゼファーのような人間にはなれないのだ。

 

 確かに翼は燃える炭の上を平然と歩けるし、涼しい顔でそういう修行をやり遂げたこともある。

 だが、骨が折れた状態で全力戦闘を行ったことで、骨の位置が不味いことになってきたのだ。

 骨折は激痛を伴い、骨折状態での運動は内出血や神経の損傷を伴う。

 ルシファアの攻撃が骨折箇所に当たったりもして、翼のダメージが深刻なことになってきた。

 

(!)

 

 翼の動きは、動けば動くほど悪くなっていく。

 一人の動きが悪くなれば、そこが連携の穴になり、集団の弱点になる。

 ルシファアが翼を狙おうとするのは、当然の帰結だった。

 

「翼ッ!」

 

 フォトンボウガンから発射される、光の弾幕。

 その内八割は、アースガルズの対消滅バリアに防がれる。

 その内一割は、セレナのバックアップを受けつつ翼のカバーに入った奏に弾かれる。

 だが残り一割は、防ぎきれずに翼に届いてしまう。

 翼は剣を振り、斬撃の軌跡で壁を作るように斬撃の結界を作る。

 

 だがルシファアの火力の前では、剣にも盾にもなれない蟷螂の斧だった。

 

「―――ぁッ」

 

 フォトンボウガンが翼の肩に突き刺さり、続いてルシファアが飛翔する。

 信じられないスピードで奏の側を横切ったルシファアに対し、奏は信じられない反応と技量を用いて"すれ違いざまにビームフェンサーを叩き落とし"、"フォトンボウガンも叩き落とす"。

 ルシファアは瞬時に距離を詰めたが、奏はルシファアを瞬時に無手にした。

 そのため、ビームフェンサーによる確殺の追撃は、打ち上げる蹴撃に変更される。

 

「翼ぁッ!」

 

 内臓に傷くらいは付いていそうな一撃を叩き込まれ、翼は雲の上まで蹴り上げられる。

 物理的に、翼はこの戦場から排除されてしまった。

 

(不味い、一人抜けると……!)

 

 翼の重みの分、戦力差の天秤が傾く。

 加え、単純に生身の強さで測るならば、風鳴翼は装者の中でも最強に近い。

 それほどの強者が撃破されたことで、皆の心に大なり小なり動揺が走ってしまっていた。

 これらの要素が、"付け入る隙"となってしまう。

 

(うわこっち来た!)

 

「きりちゃん!」

「切歌!」

 

 ルシファアは奏に弾かれた武器が着水する前に空中で回収し、切歌を狙う。

 手にしたフォトンボウガンから放たれる光は、一直線に切歌の前に出たマリアと調に向かう。

 連射力重視ではなく、威力重視の単発火力。

 だが、ネガティブ・レインボウと頑丈な丸鋸の盾を持つこの二人であれば、イグナイトのブーストもあり耐えられる……はずだった。

 

「―――がッ!?」

 

 なのに、マリアのこめかみに光の弾丸が突き刺さる。

 焦る調が、動揺する切歌が、海に落下していくマリアを見ながら、声を揃えて叫んだ。

 

「「マリア!?」」

 

 フォトンボウガンは基礎性能が馬鹿みたいに飛び抜けている上に、極めて高い汎用性と応用力を持つ、多芸な飛び道具だ。

 その性能は、他ゴーレムの飛び道具全てをある程度であれば模倣できるほど。

 ルシファアはこれを使い、マリアと調に同時攻撃を仕掛けることで、『自分よりも遥かに攻撃力が高いマリア』を退場させることに成功していた。

 

 ルシファアはマリアには火力一辺倒の光弾を放っていたが、調に向けて放った光弾は、圧縮した光弾とその光弾を包む光のコーティングによる二層構造になっていた。

 有り体に言ってしまえば『◎』の形だろうか。

 この二層構造の光弾は、調の盾に当たった瞬間に外側だけが弾ける。

 そして光による目眩ましに加え、マリアの方からは調の体が邪魔で見えにくい軌道を通り、中の光弾が曲がりながら飛んでマリアのこめかみに命中。

 ルシファアを一撃で落とす攻撃力を持つマリアを、落としたというわけだ。

 

(防御成功に見せかけて、私の体を、目隠しにして……!?)

 

 ルシファアのこの手は、三重の意味を兼ねている。

 切歌を狙うと見せかけて、マリアと調の行動を誘導した。

 そして二人に同時攻撃を仕掛けると見せかけて、マリアを落とした。

 最後に邪魔なマリアを落としたことで、調と切歌を落とすチャンスを作る。

 無意識の内に"マリアが落ちない前提"で戦闘思考を動かしていた二人は、そこをルシファアに突かれ、まず切歌が蹴り落とされてしまう。両手を自由にしつつ、ルシファアは切歌を撃墜した。

 

「あぐぅ!?」

 

 切歌が落とされると同時、調にもルシファアが両手で撃ったフォトンボウガンが迫る。

 調が一人だったなら、ルシファアはここで調を落とせていただろう。

 だが、今の調には、緊急時に"自分の体を動かしてくれる他人"が居る。

 

『月読調!』

 

「っ!?」

 

 フィーネが調の体を操作して、ルシファアの攻撃を受け流す。

 今日(こんにち)に至っては本人が動かした方がキレのある動きをする調の体だが、こういった窮地で出るのは経験。戦闘経験と人生経験だ。

 精神の動き・肉体の動き共に安定感のあるフィーネの肉体操作により、調はなんとか戦線離脱をまぬがれる。

 

(ありがとう、助かった)

 

『ルシファアを段階的にしか弱体化させられてない分、こっちでも貢献しないとね』

 

 調はギアを変形させて飛翔し、ルシファアに蹴り落とされた切歌が海面にぶつかり巨大な水柱を立てる音を聞きながら、自由落下を続けているマリアを見る。

 このタイミングで入れ替わりにクリスと奏が火力を叩き込んでくれたおかげで、調もルシファアからある程度距離を取れたが、調がクリスと奏に加勢しても傷一つ付けられない状況は続く。

 

(そうだ……光殺しは切れた。

 フィーネがその分、セキュリティを一つ一つ解除して、弱体化させてくれてる。

 なのに、なのに……弱体化してなお、ルシファアはこんなにも強い……!)

 

 調は最高密度の連射と最高精度の精密射撃を両立しながら、丸鋸をルシファアに放ち続ける。

 そしてチラリと響の方を見た。

 

「セレナちゃん! セレナちゃん、しっかり!」

 

 そこには響に抱きかかえられ、翼よりも先に倒されていたセレナが、響に力なくぐったりと寄りかかっていた。

 数秒後、セレナがダウンした後も残っていた力場が消える。

 

 セレナと、翼と、マリアと、切歌が撃破された戦場で。

 響と、奏と、クリスと、調とフィーネが水に足を着ける。

 見上げる空には、ゆったりと浮かぶルシファアの姿。

 もうこちらの攻撃が届く範囲には降りて来ないかもしれない、と調は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルコギドンの腕はもげ、城はあえなく海に落ちた。

 だが、これは敗北なのだろうか。

 否。敗北ではない。決着にすらならない。

 勝負は『ここから』だ。

 

「カルティケヤ氏ぃ! 土場氏ぃ!

 あれをやりますぞ! 我らがトーカーの仲だということを見せつけてやりましょうぞッ!」

 

「トーカーじゃなくてツーカーだしツーカーの仲でもねえッ!」

 

 カルティケヤがキレ、ブルコギドンの各機能の数字を調整し始める。

 

「オーラス機能起動!

 って危ねえ、こっちは我輩が付けた自爆スイッチだった!

 そーそーこっちこっち、そんじゃまポチッとな!」

 

 甲斐名と天戸、及び両腕を失ったブルコギドンが、トカの操作によりチフォージュ・シャトーの上部に飛び乗る。

 

「なんだ? なんだあいつ? 何する気だ……嫌な予感しかしないぞ……」

 

 手元の空間投影ディスプレイと天井を交互に見ながら、キャロルは不安そうな声を漏らす。

 その声をリクエストと受け取ったかのように、ブルコギドンは足と城を接続した。

 

「ブルコギドンが弱ぇと言う者!

 ブルコギドンに勝てると言う者!

 ふてえ奴らも居たもんだ!

 このトカの目が黒い内にゃあ、そんな奴らはすぐさまこの手でぶん殴るッ!」

 

 ブルコギドンは一部錬金術の機能を用いられている。

 先史文明期の異端技術も用いられている。

 そしてそれ以上に、トカ博士による謎技術が用いられている。

 ある意味で錬金術と同系統の、そしてある意味で完全に別系統の技術が、城を侵食する。

 

「デビルイヤーは地獄耳?

 結構結構コケコッコー!

 ブルコギドンの手、シャトーの手、すなわち我輩の手でござい!

 ならば殴ろう、我輩の手で!」

 

 ガコン、と最後に音が鳴れば。

 

 ブルコギドンとチフォージュ・シャトーは、見事な合体を完了させていた。

 

「機獣合体! ブルコギドン・シャトーッ!」

 

「何してくれてんだてめえええええええッ!」

 

 キャロルの哀れな叫びが、合体完了した城の中に響き渡る。

 

「分離ィ! 変形ィ! そして合体ッ! ドリルドリッガーッ!」

 

 ブルコギドンの尾が分離し、空中で『ドリル』に変形し、ブルコギドンの右肩に接続した。

 それは、ブルコギドンの新たな右手。ドリルの付いた右腕であった。

 ブルコギドンの下半身と接続したチフォージュ・シャトーも、唸りを上げて回転を始める。

 回転と共に力が捻出され、螺旋状に構築された力を城が加速度的に増幅し、城の力の全てがブルコギドンへ、そしてそのドリルへと、収束されていった。

 

 集められた力に、ブルコギドンの機体が軋む。

 次の一撃でブルコギドンは壊れるとの試算が出るが、トカはそれを見なかったことにした。

 花が美しいのは、それがいつか散るからだ。

 いつか散る花の美しさは、造花には決して真似できない。

 永遠でないからこそ美しいのだ。

 いつか終わるから美しいのだ。

 トカは自分の最高傑作を、造花の美しさで終わらせたくはなかった。

 

「アルカぁ……!」

 

 最高の舞台で、最高の輝きを見せるこの瞬間こそを、彼は待っていた。

 

「ドリルぅ……!」

 

 ブルコギドンがドリルを掲げ、そのドリルに雷光を纏わせる。

 シャトーが傾き、その上部にて合体しているブルコギドンを、ネフィリムに向ける。

 そしてシャトーは、ブルコギドンを"発射"した。

 

「ドリッガーァァァァァァッッッッ!!!!」

 

 雷光を纏うドリルを突き出し、ブルコギドンは飛び立った。

 ネフィリムは口より破壊熱線を吐き、それを迎え撃つ。

 衝突するドリルと熱線。

 爆裂する大気。

 熱線の中を突き進むブルコギドン。

 ドリルによって熱線は散らされ、四方八方に赤き輝きとなって吹き飛んでいく。

 

 掘って掘って堀り抜ける。一直線に突き抜ける。

 その一念で、雷光を纏うドリルは熱線の中を突き進んでいった。

 虚仮の一念岩をも通す。

 ブルコギドンはズタボロになりながら、その身を溶かしながらも……大怪獣の心臓を、貫いた。

 

 ネフィリムの胸に、ドリルが空けた大穴が空く。

 そして、ネフィリムは大爆発を起こした。

 爆発の熱とエネルギーは空に一直線に伸び、地球の外にまで飛んで行く。

 ブルコギドンは海に着水し、その足で大波を生みながらそれを見上げ……やがて、その機体を崩壊させた。

 

「大ッ! 勝ッ! 利ィィィィィィィィ!!」

 

 トカ博士が叫ぶと同時に、ブルコギドンに残っていた三つのコクピットが緊急排出される。

 ブルコギドンは今度こそ直しようがない残骸に成り果て、海の底に沈んでいった。

 

(勝った……勝ったはいいが……こう波に揺られては……)

 

 土場は排出された後、瞬時に膨らんだ救命ボートに揺られながら海を見渡す。

 勝った。なのに、思っていたような喜びや達成感はどこにもなかった。

 甲斐名も天戸も、もう海の底に沈んでしまった……そう思うと、やるせない気持ちだけが湧き上がってくる。犠牲が、土場の心を暗く染めていた。

 

「ご心配なく」

 

「!?」

 

 だがそこで、土場の背後から声がかかる。

 救命ボートの上で土場が振り返れば、そこには気絶しボートに乗せられている甲斐名と天戸、そして忍術道具・水蜘蛛にて、水上戦仕様な緒川慎次が立っていた。もちろん海上に。

 

「彼らは僕が助けておきました。心配は無用ですよ」

 

「忍者って凄い……!」

 

 土場は改めてそう思った。

 勝利を素直に喜べないのは、城の中の人間も同じ。

 

「畜生……! 畜生……! あの野郎、天が許してもオレが許さん……!」

 

「よしよし」

 

 キャロルは怒り、ジュードが頑張ってそれをなだめる。

 当然ながら、その怒りの矛先はトカ博士。

 城の砲門がトカに向いているのも、どうやら気のせいではないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシファアは弱体化してなお、容易には倒せない脅威であった。

 装者達は一人、また一人と倒れ、今やルシファアとまともに戦えるのは響一人だけ。

 アースガルズは倒れた装者に攻撃を仕掛けるルシファアのせいで、倒れた装者達を守る以外の行動が取れない。

 今この場に残った希望は、彼女のみ。

 立花響が、最後の希望だった。

 

「やあッ!」

 

 響が空中で右手のガングニールの拳を振るう。

 ルシファアはそれを悠々と避け、響の背後からビームフェンサーを振り下ろす。

 ゲーム的な表現をするならば、ルシファアは響が一回の行動を取る時間で三回分の行動が取れるほどに速い。『回避』『後ろに回り込む』『攻撃』を同時に行うことなど、さして難しくもない。

 だがこれはゲームではない。リアルの戦いだ。

 

(くっ、やっぱり速い!)

 

 響は脚部パワージャッキをガコンと動かし、後方に跳ぶ。

 後方にはルシファアが居るため、当然その懐に背中から飛び込むような形になった。

 響はビームフェンサーの刃よりも更に内側に飛び込んで攻撃を無力化し、その腕を軽く押し上げながら、背中からぶつかる拳法の技……"鉄山靠"の亜種をぶちかましていた。

 ルシファアの機体が揺れる。

 が、体には傷一つ付いていない。

 

(そんでもって硬い!)

 

 響はそのまま左手のアガートラームの拳を振るい、体を回してルシファアを殴ろうとする。

 しかし、ルシファアに単独で攻める装者の拳がそうそう当たるわけもない。

 イグナイト使用中だったとしても、距離がゼロだったとしても、だ。

 響が左手を振るう準備を終えてから、左手を振るい終えるまでのほんの一瞬。その一瞬にルシファアは、響の拳よりも速く飛ぶ。

 ただそれだけで、響の拳を回避した。

 

「っ!」

 

 響は左拳が空振った、と思った次の瞬間に防御行動を取る。

 眼前にまで迫る光の攻撃が見えたからだ。

 響は光弾の力を吸い上げ、右の拳と左の拳を打ち合わせるように、光弾を挟み込む。

 敵の力も取り込み、いなし、無力化するのが響の"受け入れる力"の真骨頂。

 光弾は拳と拳の間で火花を散らしていたが、やがて減衰し、左右の拳に押し潰された。

 響は残光が引っかかっている両の拳を振って、ルシファアに向けて何度でも挑んでいく。

 

「このくらいで、私が諦めると思うなぁッ!」

 

 装者は次々と倒され、もはや残るは響のみ。そして響一人では、この敵には絶対に勝てない。

 だが、これは敗北なのだろうか。

 否。敗北ではない。決着にすらならない。

 勝負は『ここから』だ。

 

「まだ、まだぁ……!」

 

 ある者は海面で、ある者は海中で、ある者は空の上で、歯を食いしばる。

 装者達は気絶寸前にまで追い込まれ、者によっては言葉を発することすらもできないほどのダメージを受けていたが、誰も気絶してはいなかった。死んでもいなかった。

 全員が気合と根性、意志と負けられない理由で意識を繋ぎ止め、食らいついていた。

 負けは許されないと。

 負けてたまるかと。

 負けられないと。

 飛びそうになる意識を必死に掴み、それぞれが動かない体に鞭打ち、立とうとする。

 

「う……くっ……!」

 

 そして、歌い始めた。

 シンフォギアの力の源は歌だ。

 心折れない限り、彼女らは歌える。歌えるのなら戦える。戦えるなら、きっと負けない。

 彼女らが歌い続ける限り……希望は、繋がる。

 

「……ッ、ふ、うっ……!」

 

 響が一人で戦った、僅かな時間。

 その時間で、立ち上がっていなかった最後の装者(セレナ)が立ち上がる。

 

「ゼファーくん! ここだよ!」

 

 セレナが、遠くで戦うゼファーに呼びかける。

 

『もう一段階弱体化完了!』

 

「セレナ、すぐ撃っていいッ!」

 

 響が一人で戦った、僅かな時間。

 値千金のその時間で、フィーネは更に弱体化を進めた。

 そして、フィーネからルシファア弱体化の報を聞いた調が、セレナに叫び合図を送った。

 

 

 

 

 

 ゼファーは剣戦闘のさなか、ナイトフェンサーを床に突き刺す。

 

「!?」

 

 ウェルが予想していた切り上げがワンテンポ遅れ、予想以上の速度となって飛んで来た。

 剣の焔を"何も燃やさない"設定にして床につっかえさせ、デコピンの要領で十分な力が溜まったらすぐに"全てを燃やす"設定に変更。そうやってゼファーは疾風の如き切り上げを放った。

 ウェルはそれをかわし、回避されたと見るやゼファーは後退し、一足一刀の間合いまで退く。

 

「風鳴の、早撃ち……!」

 

「猿真似ですけどね」

 

 ゼファーのそれは、剣でデコピンをするのと大差ない。

 零時間抜刀、瞬間剣閃、一撃必殺の『早撃ち』と比べるのが失礼なくらいにお粗末だ。

 だが、それでも翼の技の模倣ではある。

 少なくとも、ウェルを驚かせるという成果はあった。

 

「ネガティブフレアと俺の付き合いは、長い間ずっと変わらなかった。

 俺がこいつを抑える。こいつは俺すら喰おうとする。

 制御を致命的にミスしてしまえば、世界をそのまま焼き尽くしてしまいかねない焔だ」

 

 この偽早撃ちは、ゼファーはネガティブフレアに『燃やさない』という命令を浸透させて初めて可能となる技だ。

 魔神の意志が染み渡っているネガティブフレアでは、絶対にこの技は使えない。

 ウェルの手の中にあるネガティブフレアでは、絶対に真似できない。

 ゼファーの剣先で、彼と五年以上もの時間、共に在ったネガティブフレアが揺らめく。

 

「だから俺は、こいつで燃やせないものを燃やすんじゃなく。

 こいつが燃やしてしまうものを燃やさないように、ずっと執心してきた」

 

 ウェルの目には、魔神の焔と何も変わらない自分の焔と、魔神の焔とはまるで違う『ゼファーの焔』が見えている。

 滅ぼす焔に守る焔。

 二つの焔は、とても同じ焔には見えなかった。

 それは、人と焔の間にも"繋がり"はあるのだと、ゼファーが無自覚に証明しているかのようで。

 

「あなたの焔は、何もかもを燃やしてしまう。

 俺の焔は、守るべきもの、燃やしたくないものは燃やさない。

 だから俺が今使った翼の技の猿真似は、ウェル博士……あなたには、使えない!」

 

 ゼファーは技能の問題の話をしているつもりだ。

 だがウェルには、ゼファーが気付いていないだけで、そこにある"絆"が見えていた。

 言葉もなく、焔に意思はなく、人はそこに絆があることにすら気付いては居ないけど。

 『絆の後押しが力になる』のは、とてもゼファーらしいと、ウェルは思った。

 

「そんな手品ごときで、何ができるッ!」

 

 ウェルは仮面の下で笑う。笑いながら、ルシエドとナイトフェンサーを振り上げ、飛んだ。

 

「手品なら、まだある!」

 

 ゼファーはウェルが飛んで来る前に、その攻撃を直感で察知。

 自らの天地を逆にして、両の脚から焔を放出しながら回転を始めた。

 先日翼との戦いでも使った、翼の逆羅刹の応用である広範囲焼却攻撃である。

 当然、こんなものでオーバーナイトブレイザーにダメージを与えられるわけがない。

 

(!? 引っかかった!?)

 

 だが、この亜種逆羅刹の目的はダメージを与えることではない。

 ゼファー両足から放出された焔はウェルの"ナイトフェンサーだけ"に衝突し、力を作用させた。

 ウェルから見れば、ナイトフェンサーだけがどこかに引っかかったように感じたことだろう。

 

 ウェルはそこで、『つい』足を止めて自分のナイトフェンサーを見てしまう。

 人間の習性だ。

 コインが落ちる音がすると、人がついそちらを向いてしまうのと同じ。

 "服が何かに引っかかった"と感じると、人は『つい』足を止めてどこが引っかかったのか確認しようとしてしまう。

 ウェルもまた、『つい』どこが引っかかったのかと思い、足を止めてそちらを見てしまった。

 

 そうしてゼファーは、人の習性を利用して、ウェルにほんの一瞬の隙を生む。

 

「らぁッ!」

 

 その一瞬で踏み込み、ゼファーはウェルに斬りかかる。

 いや、斬りかかるような動きをした。

 ウェルはゼファーが斬撃で来ると思っていただけに、そこでゼファーが"剣を投げてきた"ことに驚く。両者の距離は2mから3mという近さであり、完全に不意を突いた形になった。

 

 ウェルは投げられた剣を弾くが、ここでゼファーは更に一歩踏み込む。

 魔剣ルシエド、あるいはオーバーナイトブレイザーのナイトフェンサーで斬られることを恐れない勇気の一歩は、幸運を引き寄せる。

 勇気で幸運を引き寄せた拳の一撃が、ウェルの右胸に突き刺さった。

 

(これは、立花響の拳……!?)

 

 その動きが立花響の動きを模倣したものであると、魔剣ルシエドがウェルに囁く。

 ゼファーの拳を食らってもなお、オーバーナイトブレイザーの装甲には傷も付かない。

 殴られ後退したウェルを見て、ゼファーは剣を再生成もせず、両の手を銃の形へ。

 距離を取って撃つのではなく、距離を詰めて至近距離からの銃撃を放った。

 

「だぁらッ!」

 

 ガンブレイズでのガン=カタ。雪音クリスが二丁拳銃でやっているような攻撃を、ウェルに対して仕掛けたのである。

 

(今度は雪音クリスの!)

 

 今のゼファーはナイトフェンサーを持っておらず、ウェルの魔剣ルシエドかナイトフェンサーをかわせなければ、防御すらできないまま両断されてしまうだろう。

 ゼファーはガンブレイズでウェルの動きを誘導し、徹底して回避に徹することでウェルの斬撃をかわし続ける。

 ガンブレイズは当たっても姿勢を揺らすだけ。

 オーバーナイトブレイザーの能力があればかわすのも容易い。

 だが、ウェルの動きを誘導するには十分だった。

 

「そうやって仲間の真似をして! 状況を打開できるとでも!?」

 

「少なくとも! 俺は、あいつらが側に居てくれてるみたいで、心強い!」

 

「そうかい!」

 

 ウェルはルシエドの力を使い、オーバーナイトブレイザーの速度も合わせて、瞬時にゼファーの背後に回り込む。

 そしてそのまま両断しようとしたが、ゼファーの背中から生えてきた"焔の槍"がウェルの腹部に向かってまっすぐに伸び、ぶち当たる。

 弾き飛ばされたウェルは、悔しげにその槍の名を呼んだ。

 

「天羽奏の、ガングニール……!」

 

 弾かれたウェルに飛んで来る、多種多様なゼファーの焔。

 その焔の形も、どこかで見たようなものばかりだった。

 

(虹の帯に、丸鋸、流星……この程度で!)

 

 ウェルはルシエドとナイトフェンサーでその全てを切り裂きながら、ゼファーへ向かって一直線に駆けて行く。

 まるで羽虫を蹴散らすトラックのようだ。

 ウェルが接近し、ゼファーが剣を振り、ウェルがルシエドで防御する。

 

 にもかかわらず、ゼファーが振るったナイトフェンサーは、ルシエドを"通り抜けて"ウェルの腕を斬り、その腕を痺れさせた。

 

「なっ……」

 

「魂殺し……これもまた、猿真似だ」

 

 切歌を模した『魂殺し』。

 切歌と違い、猿真似でしかないゼファーには、魂に直接痛みを与えることがせいぜいだ。

 だが、ここに来て初めて、ウェルにダメージが通った。

 その事実はとても大きい。

 

「なんだ、その力は……!?」

 

「俺がずっと使ってきた力だ。人を想うと湧く力だ。俺の一番、強い力だッ!」

 

 ゼファーがウェルに勝っている点は、いくつかある。

 戦闘経験。意志の強さ。そして、自分を想ってくれる仲間の数。

 ゼファーが勝つには、『そこ』で勝負するしかない。

 戦闘経験の薄さから来る判断ミスを突き、想いの力で畳み掛けなければならない。

 

(バカな! 彼は今、HEXを始めとした仲間との繋がりもないはず!

 せめて仲間と何らかの繋がりがなければ、こんな奇跡には理屈が付かない!)

 

 ウェルにもそれは理解できていた。

 だからこそ、ウェルは瞬時に理解したようだ。

 ゼファーとゼファーの仲間達が、どこか何かで繋がっていると。

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

 

 ゼファーが咆哮し、翼を真似た剣術を右手で、クリスを真似た銃術を左手で放ち、攻撃の合間に得意技のカカト落としをお見舞いする。

 足裏に焔を流して調のように滑って走り、響の拳を右手で放ちながら、左手で精密にエネルギーベクトルを制御した焔を放った。

 技に技、特徴に特徴を混ぜ、模倣と模倣に本物を混ぜる。

 あまりにもトリッキーな動きの応酬に、ウェルはとうとう決定的な隙を作ってしまう。

 

『ゼファーくん! ここだよ!』

 

 そのタイミングで、ゼファーの耳元にセレナの声が飛んできた。

 

 

 

 

 

 ウェルの推測は正しかった。

 ゼファーと装者達が離れているから、HEXなどで繋がっているわけがない、という推測はあながち間違いではない。

 彼の計算外は、一人の装者が、ゼファーと装者達を繋ぐアンテナの役に徹していたことだった。

 

 セレナはゼファーの体と同じ、アガートラームで出来たシンフォギアを持っている。

 彼女はゼファーと装者達の中継地点としての役目を果たすのに、これ以上ない適任者だった。

 繋がろうと思えば繋がれたのだ。

 セレナを通して、ゼファーと、装者達は。

 

 HEXバトルシステムは、エネルギーの流れの制御、及びネットワークによる相乗効果を目的としている。その副産物こそが、コンビネーション・アーツ。

 フィーネ製シンフォギアの全てに搭載されている、決戦機能だ。

 その威力は、参加人数が多ければ多いほどに乗数計算で増加していく。

 

「ラインオン!」

 

 セレナがナイトブレイザーと、七人の装者を繋ぐラインを形成する。

 

「ナイトブレイザー!」

「ガングニール!」

「ガングニール!」

「天羽々斬!」

「イチイバル」

「シュルシャガナ!」

「イガリマ!」

「グラムザンバー!」

 

 八人の戦闘者が、セレナの作ったラインを通して、自らの力を吹き上がらせる。

 

「コンビネーション・アーツ!」

 

 セレナの掛け声をトリガーとして、それら全ての力が乗算される。

 

「「「「「「「「「 サクセサー・オブ・ソウルッ! 」」」」」」」」」

 

 ゼファー達の力が八乗に。

 一人の力を10と仮定しても、八乗すれば1億に至る。

 "そうしなければ勝てない敵"が、彼と彼女らの前に立っていた。

 

 

 

 

 

 ゼファーは八乗化したスペックで、ウェルに斬りかかる。

 余りにも大きなエネルギーに、体もHEXのネットワークも崩壊しかけている。

 力が大きすぎるあまりに、短期決戦を強いられてしまっていた。

 

(構うものか!)

 

 ゼファーは有り余る力を込めた二刀のナイトフェンサーで、ウェルを圧倒する。

 しかし、ウェルはゼファーの予想に反して、追い詰められた顔を見せるどころか、余裕綽々に笑ってみせた。

 

「こんな隠し玉を……! ならば! こちらも全力で受けて立つまで!」

 

 笑いながらウェルは、己の体を業火で包む。

 

「ファイナルバーストッ!」

 

 ウェルの命を削り、爆発的に火勢を増す焔。

 そしてゼファーと同等の速さと力強さが発揮され、ここに来て再度力は拮抗した。

 

 

 

 

《《     》》

《 始まりの歌 》

《《     》》

 

 

 

 

 サクセサー・オブ・ソウルにより、装者達の力もまた八乗化する。

 こちらも力の負荷により長時間は戦えないが、イグナイトの存在、及びルシファアのシステム的弱体化により、ようやく装者達の勝率は『0ではなくなった』。

 

「一番槍行くぞ! 後は、託すッ!」

 

 まず真っ先に突っ込むは、天羽奏とガングニール。

 ルシファアが当然応戦するが、ルシファアの迎撃と回避行動はことごとくアースガルズに邪魔されてしまい、奏の槍がルシファアに突き刺さった。

 初撃を入れた奏の魂は後の者に託されて、続く者がその魂を繋ぐ。

 

「二番槍行きますッ!」

 

 続く立花響の拳を避けようとするルシファアだが、空中で響の飛行の向きが――エネルギーベクトルが――不自然に捻じ曲がり、クリーンヒットしてしまう。

 ルシファアの右腕が、根本からふっとんだ。

 

「任せろ!」

 

 三人目は、空の上に蹴り上げられて、そのまま勢いを殺さずに落下してきた風鳴翼。

 天を羽ばたく蒼い光が、ルシファアの背中のウェポンラックを切り落とす。

 

「巻き込まれんじゃねえぞ、お前らッ!」

 

 仲間から仲間へとバトンのように渡されて来た想いを、クリスは構えた弓に(つが)える。

 今日この日、初めて。クリスの持つイチイバルが『弓』の形を取っていた。

 弓に番えられた矢は、ルシファアに着弾すると同時に爆発。

 光のバリアを粉砕して、光の防御機構を打ち壊す。

 

「紡ぐ……ここで、皆の想いを!」

 

 マリアが溢れ出る力、受け取った想いを紡ぎ、暗色の虹を放つ。

 元より、七色を束ねてこその虹だ。

 紡がれた魂はルシファアに向かって一直線に飛び、回避しようとしたルシファアの運動ベクトルにセレナが干渉、腕で包むように動きを止める。

 ルシファアは身をよじって回避したが、それでも左足を持って行かれていた。

 

「ここで!」

「全部に、決着を!」

 

 もう片腕片足しか残っていないルシファアに、それでも容赦なく切歌と調が攻撃を加える。

 切歌は強烈に。太陽のように強い攻撃で。

 調は繊細に。月のように優しい攻撃で。

 それは奇しくも、剛柔一体の攻撃となり、敵を倒すことを第一とする攻撃と敵の逃げ道を無くすことを第一とする攻撃の融合となって、ルシファアに向かう。

 それがルシファアに残っていた、一本の腕をもぎ取っていた。

 

「皆! 決めてッ!」

 

 それでもなお落ちないルシファアの強さを見て、セレナが叫ぶ。

 ラストの一撃。

 トドメの一撃。

 それを放つため、七人の装者達はセレナとアースガルズのバックアップを受けながら、ルシファアに向けて小細工なしに突っ込んで行く。

 

「行っっっっっけぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」

 

 叫ぶ声は一つとなって、戦場に鳴り響く。

 装者達の光が一つとなって、ルシファアに向かって飛んで行く。

 皆の想いが一つとなって、ルシファアのボディを貫く。

 

 そうして彼女らは、ようやく、『最強のゴーレム』に勝利した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最後の決着が迫る。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「ぜひゅー……ごほっ、うっ……ふぅ……はぁっ……」

 

 ゼファーは片手のナイトフェンサーを捨て、両手で一本のナイトフェンサーを持つ。

 ウェルもナイトフェンサーを捨て、両の手で魔剣ルシエドを握りしめる。

 

「俺は、あなたを止める」

 

「僕は、英雄になる」

 

「俺は、あなたの……友達だから!」

 

「僕は、僕の夢を……ここで終わらせる!」

 

 互いに同時に踏み込み、燃え盛る体を滾らせた。

 振るうは高熱剣と魔剣。

 純粋なスペック差は、無慈悲にウェルの剣が先に当たるという未来を導く。

 ゼファーの剣が当たるよりも遥かに早く、魔剣はゼファーの首を切り飛ばすだろう。

 魔剣の概念にすら及ぶ攻撃力は、それでゼファーを確実に絶命させる。

 

(僕の勝ちだ―――!)

 

 ウェルは憧れたゼファーを超える喜びで体を満たしながら、魔剣を横に振るう。

 

 剣の軌道は横一直線、ゼファーの首はあえなく刎ねられ―――は、しなかった。

 

(―――は、あ?)

 

 ナイトブレイザーの首がパージされ、剣の軌道の上に首が無くなる。

 必然的に、必殺たる魔剣の一閃は、何も斬れずに空を斬る。

 

(首を、切り離―――)

 

 魔剣に首を斬られたら死ぬのであれば、その前に首を切り離せばいい。

 切り落とされる首がないのなら、首を切られて死ぬことはない。

 そんな常識外れな発想から、ゼファーは己の首を切り離していた。

 

 普通の人間には真似できず、普通の人間ではまず思いつかない発想。

 その思いつきに身を委ね、初めて行うこの回避行動を成功させた、その胆力。

 まさにそれこそが、かつてウェルが憧れた『英雄の資質』で。

 

「俺の、勝ちだ」

 

「ああ。僕なんかじゃなくて……君が、『英雄』だ」

 

 振り下ろされたゼファーのナイトフェンサーが、軽やかな斬撃の音を奏でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは剣を振り下ろした。

 ウェルではなく、ウェルのすぐ近くの床に。

 

「僕を……斬らないのか……」

 

「俺は最初から友達を止めるつもりで来たんです。殺すつもりなんて最初からないですよ」

 

「……僕は……」

 

「大丈夫ですよ。人間、やり直そうと思えばどこからだってやり直せるものです」

 

 ゼファーはウェルに手を差し伸べるも、ウェルはその手を取ろうとしない。

 ウェルにやり直す気などない。

 違う生き方をする気もない。

 もうこれ以上生きる理由もない。

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの夢は、もう叶ってしまったのだから。

 

 英雄にはなれなかったけれども……彼の夢は、もう叶っていた。

 

「あなたは、俺の首を狙った。

 そして俺の首が取れた時、動揺していた。

 自主的に首を取るなら俺は死なないと、知っていたはずなのに。

 それはあなたが、心の中では俺を人間として見てくれていたからだ」

 

「―――!」

 

「あなたはずっと、俺のことを一人の人間として見てくれていた。だから、負けてしまった」

 

 ゼファーは自分のことを見てくれていた、自分のことを理解してくれていたウェルに、諭すように語りかける。

 人をちゃんと見ることができるのだから、生き方を変えていけば、周りを見て回りに優しく出来る人間にだって、きっとなれると。言葉にせずに、ウェルに言う。

 

「違う。君が人間で居ようとし続けていたから、だから僕は負けたんだ。

 君は人であることを、人として生きようとすることを、決して捨てなかった……」

 

 ウェルは首を横に振る。

 

「人間は、一人じゃ生きていけません」

 

 けれど、ゼファーは手を差し伸べ続ける。

 

「一人で生きていけない情けない俺を、助けてください」

 

「……」

 

 生きる理由はないけれど。

 夢は終わってしまったけれど。

 世界中の人間から目の敵にされる身の上だけれど。

 

 それでも、ゼファーに誘われたその生き方は……少しだけ、悪くないような気がした。

 

「……ったく、しょうがないなあ、も―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、茶番は終わろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬。

 まばたきもできないような一瞬。

 その一瞬で、ゼファーとウェルは見たことのない場所へと招き寄せられた。

 

「!?」

 

「ウェル博士、戦闘態勢を!」

 

 本能が、聖剣が、魔剣が、二人に最大限の警鐘を鳴らす。

 "何故こうなったのか"を考える必要すらなかった。

 "これはそういうことなんだ"という結論と納得だけが、彼らの胸の内にあった。

 

「バカな……封印は、まだ保つはずだ!」

 

 何もかもが終わる感覚というのは、こういうものなのかと、彼らは思う。

 

「……復活、したのか……!」

 

 自分達はあんなものをどうにかするつもりだったのかと、『それ』を見て、ゼファーとウェルは凍りつくような恐怖を味わう。

 

「物語も、希望も、お前達の命も、ここで終わる」

 

 『それ』が口を開き、ゼファーとウェルに語りかければ、二人の心も肉も魂も、その全てが恐怖に染まる。

 『それ』はゆったりと、あるがままにそこに在った。

 

「そして、為すすべもなく焼き尽くされるお前たちの未来に恐怖するがいい」

 

 魔神。

 焔の災厄。

 デミ・ガーディアン。

 ムア・ガルドの翼。

 数ある異名で称される、悪夢と絶望の具現。

 

 かの者の真名は、『ロードブレイザー』。

 

 復活を遂げた暁に、全ての宇宙と世界を滅ぼすと言われる、全ての生命の絶対的天敵。

 

 それが今、この世界に復活した。

 

 

 




 

アガートラームの担い手、焼滅済み

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