戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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日付を勘違いしてたのでちょっと調整

守護獣の名前知らないという人は、ぶっちゃけ守護獣の名前は頑張って覚えなくていいです(暴言)


第四十話:七色のフリューゲル

 

 

 

 守護獣の復活。

 装者達のガーディアンズ・エクスドライブ。

 ロードブレイザーの襲来。

 あれから、一週間が経っていた。

 

 一週間経っても、装者と守護獣とロードブレイザーは、一秒の休憩もなく戦い続けていた。

 

 

 

 

 

第四十話:七色のフリューゲル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪の守護獣アルスレートの力が、クリスの右のガトリングに宿る。

 火の守護獣ムア・ガルトの力が、クリスの左のガトリングに宿る。

 雪の混じる火力が、雪音クリスの名に相応しい鮮やかな弾幕を解き放った。

 

「オラぶっ飛べぇ!」

 

 クリスは星系を揺らがすほどの火力を一点集中し、完全に制御した上で魔神に叩き込む。

 何も考えずに空に向けて放てば、太陽に穴が空く火力だ。

 だが、そんな攻撃を食らってなお、ロードブレイザーは揺らがない。

 ダメージどころか、着弾の衝撃で体を揺らしてすらいなかった。

 

「これで本気か?」

 

「……っ、少しは怯めよ!」

 

 ロードブレイザーがクリスに手の平を向け、その手の平を握る。

 

「デェス!」

 

 その手が握られる前に、太陽神の側面を持つ光の守護獣ステア・ロウの加護を受けた切歌が横合いから飛んで来て、光の速度でクリスを抱えてその場から退避した。

 するとクリスが一瞬前まで居た空間、切歌が残した陽光の残光が、押し潰される。

 夜空の星に手を伸ばし、掴めないと分かっていながら、星を掴む仕草を取ったことはないだろうか? 一度くらいなら、したことがある人も居るだろう。

 

 ロードブレイザーは、この仕草を行い"本当に星を掴むことができる"。

 視界に手を重ね、握ることで、握った視界の範囲をそのまま押し潰せるのだ。

 例えば、ロードブレイザーがこれを夜空に向けて実行した場合、夜空から星がごっそりと消えることになるだろう。

 クリスは切歌に間一髪、その攻撃から助けられた形となった。

 

「助かった、サンキュー」

 

「お気になさらず、デス!」

 

 切歌は陽光を纏う鎌の刃を放ちながら、クリスを後方へと連れて行く。

 

「マリアに……マリアに繋いで!」

 

 そこで入れ替わるように、天使の如き天の守護獣ソラス・エムスと、月の守護獣セレスドゥの加護を受けた調が、叫びながら丸鋸を放つ。

 調が放った丸鋸は、総数が万に届くほどの刃の群れ。

 その上、一つ一つの重量が木星にも匹敵するという途轍もないものだった。

 ロードブレイザーはそれらを全て焼却し、一瞬にて焼滅させるが、そこで二人のガングニールが背後に回った。

 

「了解!」

「任せな!」

 

 地の守護獣グルジエフ、海の守護獣ルカーディアが奏の槍に力を注ぐ。

 星の守護獣リグドブライト、勇気の守護獣ジャスティーンが響の拳に力を注ぐ。

 そうして、息を合わせた二人から、星一つの全てをぶつけるような攻撃が放たれた。

 

「ゼファーは居ねえが!」

「即席即興!」

 

「「 グングニルエフェクトッ! 」」

 

 触れそうな距離で、同じ方向に振るわれた槍と拳。

 二つは共鳴し合い、特大のビームをロードブレイザーへと放った。

 ロードブレイザーは振り向くも、特に防御行動は取らず、その胸部でそのビームを受け止める。

 ダメージもなく、傷もなく、苦悶の声もない。

 魔神は薄ら笑いを浮かべながら、その攻撃に"耐える"という行動をそもそも取らない。

 

「ネガティブッ!」

 

 だが、その次に飛んで来た攻撃だけは別だった。

 

「レインボウッ!」

 

 グングニルエフェクトのビームが途切れる直前、暗色の虹が飛来する。

 聖の守護獣イオニ・パウアー、魔の守護獣ドラス・ドラムの加護により、"暗い色の虹"という矛盾の塊は指数関数的にその威力を引き上げていた。

 ロードブレイザーのネガティブフレアが壁となる。

 その壁は、魔神にとって最大の盾だった。

 その盾が暗色の虹の軌道を変え、ネガティブ・レインボウは惜しくも当たらない。

 

 だが、この攻防は大きな意味を持つ。

 先程まで、人間達のロードブレイザーへの攻撃は、その全てが直撃しても何のダメージも与えられないか、無造作な防御に焼滅させられるだけだった。

 しかしマリアの放った虹は、ロードブレイザーの全力の防御を引き出し、その全力の防御ですら軌道を変えるに留まった。

 つまりネガティブ・レインボウは、守護獣の加護を受けた今なら、ロードブレイザーを傷付けられる可能性があるということだ。

 

 やはりグラムザンバーの攻撃性能は、他の聖遺物と比べても頭一つ抜けている。

 

(通る可能性は……ある! ネガティブ・レインボウなら!)

 

 ロードブレイザーはマリアの持つ槍を見て、少し楽しげに表情を変える。

 

「ああ、そうだ。そうでなくては面白くない。少しは希望を持って欲しいものだ」

 

 魔神は人間が諦めないことに、人間が希望を持っていることに、人間が自分に抗い続けていることに、喜色を浮かべる。

 それを尊んでいるからではない。

 それこそが絶望を最高に引き立てるのだと、知っているからだ。

 

人間(おまえたち)はどうにも、希望を抱かないと極上の絶望を抱かない。

 上げて落とすのも面倒だ。諦めた者は希望も絶望もしないというのは、考えものだな」

 

 ぽう、と魔神の体が淡く光る。

 

「お前達の絶望は、いい味になってくれそうだ」

 

 その光が消えると同時、装者と守護獣と魔神が居る領域に、火の玉がいくつも現れる。

 火の玉は破裂し、全てを爆炎と高熱で焼き払おうとしていた。

 そこで止めに動いたのが、翼、セレナ、アースガルズの三者。

 

「切り捨てるッ!」

 

「防いでみせる!」

 

 翼に加護を与えるは剣の守護獣、エクイテス。

 スサノオを始めとして、気まぐれに人に剣を教えるような守護獣が、翼が一度振るっただけの剣筋を無数に分裂・飛ばし・火の玉に正確に当てていく。

 『破壊力』まで斬られた火の玉は、爆発も出来ずに消えていった。

 セレナは愛の守護獣ラフティーナの力を借り、魔神の攻撃ベクトルを捻じ曲げる。

 アースガルズは城の守護獣ゼルテュークスの後押しを受け、完全に防御に徹していた。

 

 それでも、魔神の攻撃だ。

 全てを防ぎきることは出来ず、戦士達は各々が回避と防御を余儀なくされる。

 

 魔神の攻撃で、時空がねじれて時間軸が崩壊していく。

 時空の守護獣ダン・ダイラムが必死に動き、時空の崩壊だけはなんとか食い止める。

 魔神が何かするたびに、この星に砕けかねないほどの負荷がかかり、地表に住まう人間達が全滅しかねない余波が生まれる。それを、手の空いた守護獣達が相殺していた。

 水の守護獣シトゥルダークを中心に、他の守護獣もそれを手助けしている。

 生命の守護獣オードリュークが、全ての生命から生まれる想いの力を増幅し、"生命を脅かす"という性質を持つ全てのものを弾く。

 死の守護獣ギィ・ラムトスが、生命に向けられる死の全てを無力化する。

 星系の破壊を片手間に行える彼らの力をもってしても、ロードブレイザーによる破壊の余波を相殺することは、自身の全力で挑まなければならず、他に何かをする余裕は無いようだった。

 

 全ての守護獣が装者達のバックアップを行い、装者達はそれに応え、守護獣達の力を何倍にも引き上げていた。

 こと、一部の守護獣達の"目に見えない支援"の効果は目覚ましい。

 風の守護獣フェンガロン。

 風とは大気の動きであり、『歌』もまた大気の振動。

 そのため、フェンガロンは歌を愛し、歌う者に加護を与え、歌に宿る力を強める守護獣である。

 シンフォギアとの相性は、他の守護獣と比ぶべくもないほどに最高だった。

 

 全てのシンフォギアはフェンガロンの加護を受け、その力を飛躍的に上昇させている。

 そこに幸運の守護獣チャパパンガの加護が加わったことで、装者達は『運良く』、『幸運にも』生き残り、『奇跡的に』ここまで魔神相手に食い下がることに成功していた。

 先史文明期の戦士達より魔神相手に善戦しているのには、そういうカラクリがあったのである。

 

「守護獣共も完全復活か。さて……」

 

 その身に神を宿す巫女(ミーディアム)に近いものになった装者達、装者達の存在を通して力を発揮する守護獣達を見ながら、ロードブレイザーは次手を放つ。

 

「なら、これはどうかな?」

 

 魔神の手の上に、またしても宇宙の卵が現れた。

 

「させっかッ!」

 

 だが当然、みすみす攻撃をさせるわけにはいかない。

 翼、クリス、奏、切歌、調、マリアが守護獣の後押しを受けながら、飛び道具でそれを妨害しようとする。

 しかし、ロードブレイザーは凄まじく強力なネガティブフレアで攻撃を受け止め、燃やし、軌道を曲げて、それらの攻撃をなんてこともなく乗り越える。

 そして宇宙の卵を、解き放った。

 

「―――!」

 

 地球表面で放たれた、極小のビッグバン。

 それは守護獣達の対応によりなんとか"地球に多少の影響を与える"程度の余波に収まったが、装者達に多少のダメージを与えていた。

 守護獣の加護を受けたアースガルズとセレナが居なければ、少し危なかったかもしれない。

 装者はロードブレイザーの攻撃に耐え、反撃のために動き始める。

 

 このビッグバンが、攻撃の予備動作でしかないと気付けなかったために。

 

 ビッグバンにより発生した宇宙は、装者と守護獣を飲み込んでいた。

 その宇宙が、収縮を始める。

 ネガティブフレアを圧縮して創った宇宙の卵より、望んだ性質を持つ宇宙を創り上げたロードブレイザーは、創った宇宙もろともに装者と守護獣を押し潰そうとしていた。

 

「なにこれ!?」

 

 宇宙の終わりの形として、科学者達が語る終焉の一つ。

 『ビッグクランチ』。

 通常起こりえないとされる、宇宙が立体から"点"になるまで収縮するという、終焉の現象を発生させる攻撃だった。

 装者が、守護獣が、押し潰される。

 

「さっせるかぁッ!」

 

 それに対抗するは、勇気の守護獣ジャスティーンに真っ先に選ばれた装者、立花響。

 恐怖の守護獣エノハ・エースが、恐れを知らぬ響に恐怖を突き付ける。

 勇気の守護獣ジャスティーンが、響の心に恐れを乗り越える力を注ぐ。

 恐れを感じないことが勇気なのではない。

 恐れを感じ、それを乗り越えようとする心こそ、勇気なのだ。

 

 エノハ・エースとジャスティーンの干渉により、響の心の内に過去最大の勇気が生まれる。

 勇気は力に。

 力は歌に。

 歌は奇跡へと変わる。

 振り上げた腕に、奇跡が宿った。

 

「ぶ、ッ、と、べ、ぇッ!!」

 

 そうして響は、収縮する宇宙の壁を殴って壊す。

 響が空けた宇宙の穴から皆が脱出し、響はそのまま、ロードブレイザーに殴りかかった。

 

「ふむ」

 

「くっ、う……こんの……!」

 

 ロードブレイザーが適当に拳を振るう。

 響がありったけの勇気を込めて、拳を振るう。

 二つの拳が衝突し、響の拳が砕け、吹き飛ばされる。

 海面に響が叩き付けられたことで、巨大な水柱が立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課やブランクイーゼルの大人達もまた、できることをしていた。

 避難誘導に津波対策、その他諸々。

 宇宙規模の戦いをしている装者達とは違い、彼らは装者達の攻撃の余波が海に当たって生まれた高波、それが守護獣の力で抑えられたものさえ、呑まれれば溺れ死んでしまう。

 

 装者達が戦っている海の近くに人を寄せ付けないように、人々を避難させる大人達。

 パニックが起こるから? 違う。

 流れ弾が陸地にまで届いているから? 違う。

 誰もがこう言いながら、避難しようとしなかったからだ。

 

「俺も戦う」

「僕もだ!」

「私にだって、できることがあるはず」

「地球のどこに逃げたって、隠れたって、あれが相手じゃ同じことだ」

「仮に必ず死ぬ未来があるとするのなら、ワシはあれに抗いながら死にたい」

「おいは、気に入らんものには気に入らんと叫ぶんじゃ」

「あれに石投げてやんだよ。あ? 倒せない? 知るか。あたしはあれが嫌いだ」

「立ち向かおう。自分達が生きているこの世界は、あいつなんかのものじゃないんだ」

「皆が生きるからこその世界なんだ。一つの命が好きに壊していい道理なんて、あるわけない!」

 

 人々が、声を揃えてこう言いながら、海辺に向かおうとしていた。

 海辺に向かい、魔神に立ち向かおうとしていた。

 心の強さが変わったわけではない。

 変わったのは、心の姿勢。

 

 恐れはあった。

 人々は、目を瞑れば魔神の姿とそれに抗う装者達の姿を見ることができた。

 おそらくは魔神が復活したがために、人の魂に何らかの作用が起こっているのだろう。

 魔神の圧倒的な力は、人の心に恐れを生む。

 台風や地震や雷とはまるで違う。

 この『災厄』は、人に対して明確な悪意を持っているのだから。

 

「そうだ、俺達は、死ぬために生まれて来たわけじゃない!」

 

 人々は、災害と同等の力を持った無差別殺人犯を前にして立ち向かうに等しい"勇気"を見せる。

 隣に居る大切な誰かを守るため、力を振り絞る"愛"を見せる。

 絶望を前にして、なおも折れない"希望"を見せる。

 生きたいという"欲望"を見せる。

 

「まだこんなところで死にたくない。生きたいんだ」

 

 魔神は装者達の諦めない心、希望を持つ心を見て、それが絶望のスパイスになると嗤った。

 ゼファーが皆の心に引き起こした作用は、ちょうどその対となる作用。

 魔神の力を知り、そこに恐怖を感じたからこそ、人はなけなしの勇気を振り絞った。

 明日に生きるという希望を目指して、強く立っていた。

 希望があるからこそ絶望が強くなるならば、絶望があるからこそ希望もまた強くなる。

 

「生きることを諦めたくない」

 

 守護獣のゼファーが振り撒き、人のゼファーが芽生えさせた希望が、人の心を支えている。

 

「俺達は、生きることを諦めない!」

 

 その希望が背中を押して、皆の"立ち向かう"という意志を強くしていた。

 

 

 

 

 

「だからといって戦場に近い所に移動しないで欲しいんだがッ!」

 

 しかし、一課やら二課やら自衛隊やらといった者達からすれば、これが少々厄介なわけで。

 皆の心が魔神に負けていないのはいいが、戦闘の僅かな余波で高い波が飛んで来る海辺に皆が移動すると、装者や守護獣の預かり知らぬところで死者が出かねない。

 希望を持って、勇気の一歩を踏み出すのはいい。

 だがそれを戦場に向かって踏み出すのは、明確に戦士の足を引っ張る行為なのだ。

 

 藤尭は叫びながら、そういう者達の誘導に手を貸していた。

 皆が勇気を出した結果、急性の人員不足という問題が発生してしまったからだ。

 例えば日本人全員が海に向かって、日本の警察全員がそれを止めようとすると、警察官一人で五百人弱の市民を止めなければならない。実際にはそこまでの事態にはなっていなかったが、警察にも休日がないくらいには、大変な事態になっていた。

 

(眠い……いや、気張れ……!)

 

 藤尭は12/25にゼファーの援護をしてから一睡もせずに12/27まで仕事し、一旦就寝。12/28朝に仕事を再開し、12/31現在までまた寝ずに仕事をしていた。

 無論、仕事の速度や丁寧さは全く落としていない。

 藤尭は誰よりも仕事に打ち込んでいた。その裏には、ジャベリンを操作してゼファーの近くで何かをできる位置に居ながら、何もできなかった自分へのやるせなさがある。

 藤尭にできることはなかっただろう。何せ、相手は魔神だ。

 それでも、彼は自分の情けなさに納得することができなかった。

 仲間を助けてやりたいという熱い気持ちのせいで、まるで寝れる気がしなかった。

 

(……頑張ってるのは、俺だけじゃないんだ……!)

 

 一週間。

 この一週間、藤尭朔也は複数回の休憩と、一回の睡眠を取った。

 だが、装者達は違う。

 装者達はこの一週間、睡眠も食事も休憩も、一度たりとも取ってはいなかった。

 

 守護獣の加護で命の力を補充し、疲労や眠気を取りながら、装者達は戦い続けていた。

 骨折や四肢の欠損もあったが、守護獣はそれらも直してくれる。

 装者達は一週間もの間、一秒たりとも気を抜かずに、魔神から世界を守り続けていたのだ。

 

 肉体に疲労は溜まらない。

 だが、少し前までのゼファーがそうであったように、精神に疲労は溜まる。

 一瞬の気の緩みも許されない一週間は、装者達の動きを少しづつ鈍らせていく。

 頑張っている装者達を見て、藤尭は気合を入れ直しつつ、装者達の精神に限界が見え始めていることに危機感を持つ。

 

「司令の傷が絶対安静の域を抜けてればな、くそっ……」

 

 問題なのは、一週間分の想い出をチャージしたディーンハイムですら投入できないくらいに、対ロードブレイザーの戦いがインフレーションを起こしているということだった。

 

 

 

 

 

 この一週間、最前線のテントで寝泊まりしながら、ナスターシャは海辺に立ち続けていた。

 ここ数日は歳のせいでキツくなったのか、藤尭が善意で持って来てくれた椅子に座り、海を見続けている。その視線の先には、魔神と装者と守護獣が戦う戦場があった。

 未来は一度親に説明するため家に帰ったが、その時以外は基本的に前線に待機し、未起動のギアを持ちながらナスターシャの護衛に付いている。

 

「ガングニールの色。

 アガートラームの色。

 天羽々斬の色。

 イチイバルの色。

 イガリマの色。

 シュルシャガナの色。

 グラムザンバーの色。

 綺麗だとは思いませんか? "虹色"という色も含んだ、鮮やかな七色」

 

「はい。とても……綺麗……」

 

 空には青。流れる雲。

 青い空と白い雲の合間には、浮かぶ七色。

 守護獣の力を吸って"自分らしい輝き"を放つ装者達の光の翼は、空より七色の翼を魅せる。

 虹色さえも内包する、輝ける七色。

 それを見ながら、ナスターシャは呟いた。

 

「七日……七日、ですか」

 

「七日がどうかしましたか?」

 

「かの伝説を聞いたことは?」

 

「え、伝説?」

 

 疑問の声を上げる未来に、ナスターシャは伝説を語って聞かせる。

 それは遺跡に刻まれていた、先史の人間が後世の人間のために残そうした伝説の文面。

 ブランクイーゼルがF.I.S.だった頃に見つけ、そこから人伝に伝わっていった、英雄と魔神の戦いを語る伝説だった。

 

 

 

かつて、この世界を焔の朱に染めた災厄があったという

地より伸びた焔は天を焦がし、星の未来すら焼き尽くさんと渦を巻く

存亡の危機にさらされる人類が縋った、たった一つの可能性

 

『剣の英雄』

 

剣を手にし、希望を背負い、たった一人の家族を守るため、彼は立ち上がる

ガーディアンブレード『アガートラーム』の呼び声に導かれるままに

立ち上がるすべもなかった人々は、彼の剣の一振りに希望を託し、未来を信じる

 

剣を手にして七日目の夜───焔の災厄、その悪夢は幕を閉じる

戦乱は終わり、剣の英雄は姿を消した

大地に深く突き立った、聖剣アガートラームを残して

 

 

 

 事実そうであったかは分からず、それを確かめる方法は無かったが、伝説においてはロディが聖剣を手にしてからロードブレイザーを封印するまで、ちょうど七日であったと言われている。

 そこにナスターシャは、運命のようなものを感じた。

 

「この戦いの始まりは12/25。七日目の夜とは今日、12/31の夜のこと」

 

「!」

 

「さて、"前の戦い"は多くの犠牲を払って魔神の封印に終わったそうですが……」

 

 陽は既に沈み始めている。

 『七日目の夜』まで、あと一時間も無いだろう。

 

「……この戦いは、どうなることやら」

 

 ナスターシャは夜になってもここに居るつもりのようだ。

 未来もまた、それに付き合う気概で居る。

 

「響、ゼっくん、みんな……頑張って……!」

 

 小さな手を組み祈る未来を見て、ナスターシャは自分の体よりも大きなトランクを撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンバルディアに向けて放たれた過去・現在・未来・並行世界の全てから包囲する焔、絶対包囲攻撃と呼ぶべきそれが、クリスに迫る。

 ロードブレイザーが遊びの感覚で放ったそれは、守護獣ですら防ぐことは困難であった。

 

「!」

 

 クリスはすぐに来るであろう痛みを予感し、リフレクターを展開して身構える。

 ロードブレイザーはクリス以外の全員にも同時に攻撃を仕掛けていたため、クリスを助けられるものはいない。クリスは燃え尽きる。その結果は変えられない……はずだった。

 

(え)

 

 だが一人だけ――否、一体だけ――防御をまるで考えず、生還をまるで考えず、クリスを守ろうと動いた者が居た。

 それは、人を守る物と定義された者。

 『砦』という、命を守る盾としての役割を名に与えられた物。

 神々の砦、アースガルズだった。

 

「アース、ガルズ!?」

 

 アースガルズは自分の体の重要な部分だけを守り、手足に当たりそうなネガティブフレアは無視しながら、クリスを助けるために飛ぶ。

 体に付いたネガティブフレアは絶対に消えないために、この時点でアースガルズの命運は決定した。アースガルズにあった滅び以外の未来が、無残に焼却される。

 

 アースガルズはそのままクリスをかき抱き、対消滅バリアを最小範囲・最高密度・最上強度で展開する。

 バリアが焔を防ぎ、クリスを抱きしめるアースガルズの体もまた、焔を受け止める。

 対消滅バリアと、弦十郎の拳でも壊せないその強固な体。

 その二つを用いて、アースガルズはクリスを守り切った。

 

 代償に、その体を崩壊させながら。

 

「アースガルズッ!」

 

 なおも仲間達の周りにバリアを張り、守ろうとするアースガルズ。

 だがその胸に、焔の弾丸が突き刺さり、炸裂する。

 それが最後のトドメとなり、アースガルズは爆発四散した。

 飛び散る破片を見つめながら、ロードブレイザーは摂理を語るように口を開く。

 

「終わりを先延ばしにできたとしても、お前に守れるものは何もない。全ては、ここで終わる」

 

 理由があった。

 アースガルズには、自分の崩壊と引き換えにしてでも、クリスを守るために動く理由があった。

 その理由と共に、アースガルズは焼滅していく。

 

「てめええええええええッ!」

 

 激怒したクリスが、エクスドライブ固有の浮遊ユニットを射出する。

 その怒りに共感した地の守護獣グルジエフ、山の守護獣ディノギノス、城の守護獣ゼルデュークスがクリスに力を貸した。

 守護獣達は単純に、クリスが射出したユニットを『重くする』。シンプルに重くする。

 物理法則上"そのままの形で居続けられるのがありえないくらい"に、この宇宙のどの星よりも重くなったクリスのユニットが、ロードブレイザーに叩き付けられる。

 

 クリスは"重く硬い物で殴れば痛い"という常識に則った攻撃を仕掛けていた。

 

「クリスちゃん!」

「雪音!」

「先輩!」

 

 そこでクリスの攻撃に合わせて攻撃を仕掛けられたのは、響・翼・切歌の三人。

 三人がクリスの攻撃に合わせ、クリスもまた煮えた頭で三人の攻撃に合わせた。

 

 雷の守護獣ヌァ・シャックスの力を借り、雷を握り潰すように放たれる拳の衝撃波。

 光の守護獣ステア・ロウ、剣の守護獣エクイテスの力を借りた光の速度の飛ぶ斬撃。

 死の守護獣ギィ・ラムトスの力を借りた、(デス)をもたらす鎌の一撃。

 

 四人の装者の攻撃に合わせ、闇の守護獣レイテア・ソークが、闇で魔神の感知領域を狭める。

 

『叩き込め!』

 

 そうして、四方から守護獣と装者の力を合わせた一撃が叩き込まれた。

 

「やったか!?」

 

 やってないだろうな、と思いつつも、翼はそう言わずにはいられなかった。

 手応えはある。

 なのに、魔神を傷付けられる気がまるでしない。

 手応えがないならまだいいのだ。

 それは暖簾に腕押しをしているようなもので、まだどうにかできる可能性がある。

 だが、今翼達が感じている手応えは、素手で山を殴った手応えに近い。

 "どうにかなる気がしない"、そういう類の手応えだった。

 

「!」

 

 闇が、内側から焼き尽くされる。

 闇すら焼くネガティブフレアを身に纏い、ロードブレイザーはゆったりとその姿を現した。

 

「分かる。分かるぞ。私には分かる。お前達の中の希望が陰り、絶望が大きくなってきたな」

 

 装者達がほんの一瞬でも心の中で「勝てるのか」と不安を抱き、恐怖を感じ、絶望をよぎらせてしまえば、それは魔神の力となってしまう。

 負の方向性の感情、特に絶望はロードブレイザーの大好物だ。

 ロードブレイザーが圧倒的な力を見せるたびに、人の心に絶望が芽生え、魔神の力は強くなる。

 この戦いの最中にも、ロードブレイザーは強くなっていく。

 

「心を折り、膝を折り、諦めろ」

 

「嫌だ! 絶対に諦めない!」

 

 魔神の言葉は誘惑だった。

 諦め、膝を折り、絶望し、死を受け入れる"楽な道"を選べという誘惑。

 そんな誘惑を、立花響は突っぱねる。

 

「まだ……まだ、私達は負けちゃいない!」

 

 月読調も、攻撃のおまけを付けて誘惑を跳ね返す。

 

「心も膝も折れていない! まだ立てる!」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴも、反撃の虹と共にその誘惑を撃ち返す。

 

「腕も剣も折れていない! まだ戦える!」

 

 風鳴翼も、斬撃と重ねて誘惑の言葉を叩き返す。

 

「かかって来い、三下魔神ッ!」

 

 天羽奏に至っては挑発で返し、飛んで来たネガティブフレアを手にした槍で打ち返した。

 

「てめえの絶望なんざ安いもんだ! 安さが爆発しすぎてんだよッ!」

 

 雪音クリスが構えた弓を撃ち、魔神がそれを掴み取るも、矢は魔神の手の中で爆発。ダメージこそ無いものの、クリスは気に入らない魔神への意趣返しを成功させた。

 

「私達は負けない!」

「あたし達は諦めないデス!」

 

 セレナが幼少期からの友人である切歌の飛行機動を離れた位置から補助し、切歌は守護獣の補助を受けた鎌を振り上げ、魂殺しの一撃をロードブレイザーに叩き込む。

 魂あるものなら必殺。

 命であれば魂は必ずあるため、必殺。

 "相手が生命体ならば防御手段は存在しない"と太鼓判を押されていた一撃。

 なのに、鎌の方が砕け散る。

 ロードブレイザーにも魂はあるはずなのだが、エクスドライブに守護獣の力を乗せてなお、魂殺しの刃は魔神の命に届かない。

 

「ああ、それならそれでいい。じっくりと、折っていってやろう」

 

 穏やかでないことを言い始めたロードブレイザーに、"やれるものならやってみろ"とでも言うかのように、調は始祖守護獣(カストディアン)からの力の後押しを受け、大丸鋸を振る。

 否、調ではない。

 調の体を使って、その中のフィーネが攻撃を仕掛けていた。

 フィーネは攻撃のさなかの一瞬、自分に力を貸してくれている始祖守護獣(カストディアン)と言葉を交わす。

 

『行こう、共に』

 

(カストディアン様……)

 

『私はお前を愛している。

 我が子の一人、迷い子のフィーネよ。

 どんな努力であったとしても、私だけはお前の何千年もの努力を認める。

 お前の頑張りを褒め称えよう。よく頑張った、と。

 親が子を愛さずして、誰がその子を愛してやれようか』

 

(―――!)

 

『お前は頑張ったのだ。

 その努力は、それだけで価値がある。

 私はお前が私の巫女であったことを、誇りに思う』

 

 永遠の刹那を生きる日々の果てに、与えられた報い。

 それは、かつて恋した神からの褒め言葉だった。

 十分だった。十分過ぎた。それだけで、今日までの日々が全て報われたような気すらした。

 フィーネの心境を反映したかのように、大丸鋸は信じられないサイズにまで巨大化する。

 

 ぶっちゃけると、地球と同じ直径にまで大丸鋸を巨大化させていた。

 フィーネの上がりきったテンションがひと目で分かる。

 しかもサイズが多くなったというのに、時間あたりの回転数は据え置きという凶悪さであった。

 

 地球の円周は大雑把に40000km。

 調の大丸鋸の回転速度がアベレージ分間30000回、秒間500回。

 すなわち、この大丸鋸の末端の速度は秒速2000万km。

 斬撃力、切断力は推して知るべし。

 

「ああああああああああふぅううううううううううらああああああッッッ!!!」

 

 フィーネは自分の初恋をそのまま攻撃に変えたような一撃を、奇声を発しながらぶつける。

 

「小細工を」

 

 ロードブレイザーはそれを受けてやることもしない。

 一息に超大規模の焔を放ち、大丸鋸の2/3ほどを一撃で焼滅させてしまった。

 

(相変わらず、気に食わないわ、ロードブレイザー……!)

『焦って攻めるでないぞ、人の子らよ』

「気を落ち着けてフィーネ、こっちにも影響出るんだから……!」

 

 調の攻勢に対処したと同時、ロードブレイザーは振り返って焔を放つ。

 何気なく、息をするように、特に力を込めた様子もなく、過去に放った全ての焔のどれよりも熱い焔を放った。

 その焔が向かう先は、コンビネーション攻撃を仕掛けようとしていたマリアとセレナの姉妹。

 

「っ!?」

 

 プランク温度を超えた"物理的に意味が無い"ほどの高温に、ネガティブフレア特有の無茶苦茶な性質を融合させ、"意味を持たせた高温"を内包するネガティブフレア。

 全ての宇宙を創ったグラブ・ル・ガブル以外には生み出せないであろう熱。

 それが、姉妹に直撃する。

 

「……あ」

 

 ただの熱、されど次元違いの熱が命中したことで、全ての者の視界から姉妹の姿が消える。

 グラムザンバーのギアの残骸が、海に落ちていく。

 その中にはアガートラームのギアの残骸も混ざっていた。

 そして、その中にはとても小さく見えづらい、けれど守護獣の加護を得た今の装者にはちゃんと見える……粉砕された、グラムザンバーのペンダントがあった。

 それが、皆に仲間の死を確信させる。

 

「セレナあああああああッ!! マリアああああああああああッ!!!」

 

 悲痛な叫びをBGMに、その絶望を喰らって、ロードブレイザーはまた強くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いを眺めながら、ディーンハイム一家は戦いの準備を終えていた。

 装者と守護獣達が負けたなら、次には彼らが戦う予定になっている。

 たとえ、勝ち目がなくとも。

 

「大丈夫でしょうか、お兄様……」

 

「エルフナイン」

 

「僕は、その……勝てる気が、しません。

 なのに諦めたくもない。

 心がおかしくなってしまったみたいです」

 

「いや、それが普通なんだ。その心が人間なんだよ」

 

 エルフナインはホムンクルスのため、外見年齢には少々不相応に幼い。

 知識はキャロルから十分過ぎるほどに貰っているが、実年齢は七歳だ。

 そのせいか、魔神の恐怖に絶望しかけてしまっている。

 魔神の凄まじさを理解できる知識があり、魔神の脅威に立ち向かうために必要な人生経験が無いため、そのアンバランスさが最悪の形で作用していた。

 

 ジュードはエルフナインの肩に手を置いて励ましながら、戦いの空を見つめる。

 

「大丈夫。僕らは勝つ。後は、ナスターシャ教授の策が成ることを祈ろう」

 

「……そう、ですよね。大丈夫ですよね」

 

 エルフナインは自らの内から絞り出した心の強さでもなく、全てを吹っ飛ばす豪快な根性論でもなく、納得せざるを得ない理詰めの説得でもなく、ジュードへの信頼一つで心を落ち着かせる。

 彼の言葉一つで落ち着くくらいには、エルフナインからジュードへ向けられる信頼は大きい。

 何も言わずに佇むキャロルが、それをじっと見ていた。

 

「キャロル、エルフナインの姉なんだろう? 妹の不安くらい、和らげてあげなよ」

 

「……ふん」

 

 エルフナインはキャロルに妹と認められたい。

 キャロルは自分の分身と言っていい存在で、ジュードに懐くエルフナインに複雑な感情を抱いている。嫌いではないし、むしろ好きだった。

 そしてジュードは、この二人をもうちゃんとした姉妹だと思っている。

 少しだけ面白味のある家族関係。

 で、あるならば。

 キャロルがジュードに促され、エルフナインを勇気付けてやるのも当然のことで。

 

「この一週間で、魔神は幾度となく人を絶望させてきた。

 今もこの世界のどこかの誰かを絶望させているだろう。

 だが、この世界の大半の人間はそれを跳ね除けているようだ。

 絶望を一つ跳ね除けるたび、人の心の光は胸の内より浮かび、水に浮かぶ泡のように現れる」

 

 絶望を跳ね除ける希望、人の内から漏れる輝きは、今も世界のいたる所で生まれ続けている。

 

「これは無力な祈りではない。どこかに必ず届き、力と成る想いだ」

 

 人の想いは集い、守護獣を復活させた。

 復活した守護獣に力を注ぎ、シンフォギアに奇跡の力を与えた。

 ならば、今生まれている力はどこに行っている?

 その力は、どこに"溜まっている"?

 

「なら、『奇跡』は起こるはずだ。一生懸命の報酬として」

 

 ジュードとキャロルの二人から言葉を貰い、いつしかエルフナインの不安は無くなっていた。

 

「第一、あいつらが負けたらオレが出張るだけだ。

 敵が強く、強い味方がくたばった程度で、未来を諦められるものかよ」

 

「……キャロル」

 

「お前とてそうだろう。勝てる気がしないのに、諦めたくないということは、そういうことだ」

 

「―――!」

 

 ジュードが手を乗せていた肩とは逆の方に、キャロルが手を乗せる。

 そして、ジュードと同じように戦いの空を見上げた。

 両の肩に人の手の暖かさを感じながら、エルフナインもまた空を見る。

 

「前を見ろ、エルフナイン。前を見ている内は、オレ達はあいつらと共に戦ってるんだ」

 

 ちょうどそのタイミングで、空に鮮やかな銀色が輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶望が、皆の心から染み出してくる。

 

「セレナあああああああッ!! マリアああああああああああッ!!!」

 

 しかし、魔神さえも疎かにしていた事実があった。

 F.I.S.の研究所が崩落したあの日、マリアが何の武器もない生身で、魔神に抗って見せたこと。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴも、セレナ・カデンツァヴナ・イヴも、アガートラームに選ばれた人間であったということ。

 そして、人間の可能性。この三つだ。

 

《《          》》

《 銀腕・アガートラーム 》

《《          》》

 

 戦場に歌が鳴り響き、ロードブレイザーの攻撃で見えなくなっていた空域から、二つの人影が飛び出して来る。

 一つは、気を失い落下していくセレナ。

 そしてもう一つが、"アガートラームのシンフォギア"を纏い、魔神に接近するマリアだった。

 

「マリアさんが、アガートラームのシンフォギアを纏ってる!?」

 

 落ちていくセレナを愛の守護獣ラフティーナがキャッチし、その怪我を治してから目を覚まさせる。マリアはそちらに目もくれず――仲間を信じ妹を託した――、一瞬にて魔神とすれ違う。

 すれ違いざまに放つは、光の剣閃『SERE†NADE』。

 確かな技量、強い想いで放たれたその一閃は、ロードブレイザーの首筋を切り裂いた。

 

「アガートラーム……! そうだ、そうでなくてはな!」

 

 ロードブレイザーは首に付けられた切り傷を指でなぞり、笑う。

 この希望が折られた時、人はどれだけ絶望するのか。

 それを考えるだけで、楽しくて仕方が無いようだ。

 ロードブレイザーが首の傷をなぞり終えた時、すなわち一秒かそこらの時間で、マリアの付けた傷は癒やされていた。

 

(高速再生……! ようやく傷付けたと思ったら、これ!?)

 

 これだけ攻めてようやく、首に傷が付けられた……と思いきや。

 ロードブレイザーは装者と守護獣の力を結集しても傷付け難い防御力だけでなく、大抵の傷は一瞬で治る自己再生能力まで持っているようだ。

 されどマリアは弱音を吐かず、銀剣を構えてロードブレイザーに対峙する。

 ロードブレイザーもまた、"他者を傷付けられるアガートラーム"を敵と見定め、最も警戒すべき敵としてマリアだけを見ていた。

 

(来た)

 

 ロードブレイザーが意識の向きを偏らせた、この瞬間。

 装者を無力なものと侮り、その油断が定着したこのタイミング。

 一週間の中で一度も訪れていなかったチャンスが、ここにてようやく訪れる。

 

(フィーネが言ってた、可能性が生まれる、マムの策のために必要な、この瞬間!)

 

 調は光の守護獣ステア・ロウ、雷の守護獣ヌァ・シャックス、風の守護獣フェンガロンから、ひたすらに速く頑丈になるための力を授かる。

 そして、光の如きスピードで飛び出した。

 マリアを見ていたロードブレイザーの背中に向けて、一直線に。

 

「短い間だけだったけど、楽しかったわ。調ちゃん」

「短い間だけだったけど、私も楽しかった。フィーネ」

 

 そして、二人は何故かそれと同時に、一つの口を使って別れの言葉を交わす。

 ロードブレイザーは光速で接近する調に平然と対応し、人が蟻を摘んで潰すような心境で、マリアとセレナに撃った焔と似て非なるものを、調に向けて放った。

 

「邪魔だ、小蝿」

 

 それは、かつてロンバルディアの精神のみを燃やした焔と同じものだった。

 精神を焼き、魂にまで熱を伝える焔。

 ロンバルディアは精神の喪失だけで済んだが、人間の調ではまず即死するだろう。

 

(どう計算しても、守護獣の力を限界まで上乗せしても、魂は燃やされるとフィーネは言った)

 

 調はそれを見ても、自分が死ぬとは思わなかった。

 胸の内に満ちるのは、味方なのかそうでないのか最後まで分からなかった、一人の共犯者を失うことへの小さな悲しみ。

 そしてその共犯者の心から伝わる、途方も無い覚悟だけ。

 

「イグナイトモジュール、オールセーフティ、リリースッ!」

 

 調はほんの僅かな時間に、自分の全てを注ぎ込む。

 守護獣の力を盾にした。瞬時に焼き尽くされる。

 イグナイトの力を盾にした。瞬時に焼き尽くされる。

 ギアのバリアフィールドを盾にした。瞬時に焼き尽くされる。

 そうしてロードブレイザーのネガティブフレアは、調の全ての防御を越えて――

 

(限界まで守りを上乗せすれば、魂一つの焼却で済むと、フィーネは言っていた。だから)

 

 ――調の心と魂を抱きしめるように包む、フィーネの心と魂に阻まれた。

 

「! 魂が、二つ―――」

 

 ロードブレイザーは、先史の時代にフィーネのことなど憶えていなかった。

 調の中にフィーネが居たことにも、気付いていなかった。

 ゆえに、"魂一つは確実に焼き絶対に殺す"攻撃は、"魂一つを焼いたものの殺せなかった"攻撃に堕ちる。

 調はそのまま、残った力の全てをフィーネの組み立てた術式に注ぎ、右腕を突き出す。

 突き出された右腕は、ロードブレイザーを傷付けないままに、その体の中に潜り込んだ。

 

 それと同時に、調の口が、調の意志に反して動く。

 

「必ず、助けなさいよ」

 

 調が潜り込ませた手を引くと、調とフィーネが狙っていたものが、その手に握られていた。

 それは、ロードブレイザーが体内で焼き続けていたもの。

 ロードブレイザーが、自分の体内に隠しておかないと安心できなかったもの。

 人がロードブレイザーに勝つために、絶対に必要だったもの。

 

 聖剣アガートラームが、調のその手に握られていた。

 

「ありがとう、フィーネ。生まれ変わりなんてものがあったなら……また、いつかの未来で」

 

 もう調の中に、フィーネの魂と精神は無い。

 全ては焼き尽くされ、消えてなくなった。

 別れを惜しむ時もなく、むしろ時こそを惜しみ、調は魔神に背を向けて飛ぶ。

 月の守護獣セレスドゥがどの守護獣よりも早く力を注ぎ、調は魔神の至近距離から離脱する。

 

「させるか!」

 

 ロードブレイザーが調に追撃を放とうとする。

 この距離ならまず外さないし、誰にも割って入られない。

 そう考え、攻撃を放とうとしたロードブレイザーの腹が……内側から、爆発した。

 

(ロンバルディア、貴様―――!)

 

 ロードブレイザーの体内で、ロンバルディアがその生命力の全てを爆発力に変え、宇宙規模の威力を持つ大爆発を引き起こしたようだ。

 これ、ウェル博士の置き土産である。

 ウェル博士は最後の最後、喰われたロンバルディアに一つの指令を送っていたのだ。

 "ロードブレイザーにとって最悪の嫌がらせになるタイミングで自爆しろ"、というものを。

 魔神にダメージはなく、倒せる気配はまだまるでない。

 が、最高のタイミングで最悪の嫌がらせにはなったようだ。

 

 ロンバルディアの自爆でロードブレイザーの足は止まり、その短時間で立花響を初めとする装者達と守護獣達が、ロードブレイザーの前に立ち塞がっていた。

 

「調ちゃんの邪魔をするなら、私達がその邪魔をするッ!」

 

「チッ」

 

 調はロードブレイザーの妨害を受けぬまま、飛翔し、手にした聖剣を投げ飛ばす。

 

「届けええええええええええええええッッッ!!!」

 

 ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤに向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何!?」

 

 未来は驚き、後退る。

 いきなり目の前に剣が飛んで来て、地面に突き刺さったのだから、それも当然か。

 遠目に見える戦場は、どんどん未来達の居る場所に近付いて来ている。

 まるで、魔神がこの剣を第一目標としているかのように。

 

「ようやく全てのピースが揃いました。危うい綱渡りも、多々ありましたが」

 

「ナスターシャ教授?」

 

「小日向未来さん。これこそが、私達の最後の希望です」

 

 ナスターシャは自分がここまで持って来た、人一人より大きなトランクを開ける。

 そこには、人に限りなく近い、のっぺらぼうの人形のようなものがあった。

 

「ロディ・ラグナイトの後継者に相応しき体。これは、『ホムンクルス』と呼ばれるものです」

 

 それはナスターシャが何年も前に依頼し、錬金術師達が作り上げたものだった。

 

 

 

 

 

「ここまで、長かった」

「始まりは錬金術の祖となる技術、先史文明期でも研究中だった一つの技術を見つけた時でした」

「その技術の名は、『魔族式ホムンクルス』」

「魔槍、魔剣、魔弓の名に習い、それらの聖遺物を最大限に扱える生命を作ろうという技術です」

 

「それは、人の形をしたゴーレムを作ろうという計画の中で生まれた技術の雛」

「人の手で人を超えた人間を作ろうという、神か悪魔の域に足を踏み入れた技術体系」

「ですがこの計画は頓挫し、技術は完成せずに放棄されてしまいました」

「それは何故か?」

「研究者は気付いたのです」

「今居る人間よりも優れた人間が完成し、繁殖し、地に満ちれば」

「劣等種である現生人類は、いつの日か駆逐されてしまうと」

 

「このホムンクルスの製作技術は、錬金術の祖となりました」

「キャロル・マールス・ディーンハイムの技術の中に、今もこの技術は息づいている」

「"優れた人間を創る技術"は形を変え、"全く同じ人間を作る"技術になっていました」

「ですが、それで十分」

「既にこの世にない体の複製は、流石に数年もの時間が必要だったようですが」

 

「これが、私の計画。あの子らに恨まれても仕方のない、全てを利用する悪辣な企み」

「全ては、この瞬間、この状況を作るためにありました」

「精神も、魂も、肉体も。聖剣の成分が混じっているために、余分だった」

「『完全なゼファー』を復活させるためには、全てを削り取らなければならなかったのです」

 

「ゼファーの芯、本質、存在の根幹だけを残し、それをホムンクルスに注ぐ」

「ホムンクルスはやがて、注がれたゼファーに反応し、星の記憶に接続されます」

「この星は……グラブ・ル・ガブルは、全てを覚えている」

「ゼファーの人生も、彼が抱いた感情も、記憶も、細胞の構造も、遺伝子も、想いも、希望も」

「星は全てを覚えているため、存在の根幹さえ残っていたならば、蘇らせることは可能です」

「逆に言えば、根幹以外が残っていれば、それが邪魔になってしまう」

 

「彼は12歳まで人間として行き、そこから7年間聖剣として生きました」

「ならば彼を『19歳の人間』として再構築する手段は、これしかなかったのです」

 

「策は成った」

 

「この世界に失われていた、剣の英雄は、蘇る」

 

 

 

 

 

 ロードブレイザーが、信じられないほどの力を拳の内に溜める。

 それは多元宇宙を内包する世界を一冊の小説に例えるのなら、その小説を一瞬で灰にできるほどの火力。グラブ・ル・ガブルでも防ぐことができるか分からないほどのものだ。

 ひとたび放たれれば、装者も守護獣も防ぐことはできない。

 ロードブレイザーを怯ませられるだけの火力も出せず、誰もがその発射を止められない。

 

「消えるがいい、この世界に存在する、全ての生命よ―――!」

 

 世界をリセットできる火力が、ほんの僅かな焦りを込められ、放たれる。

 未来と、ナスターシャと、アガートラームに向かって

 

鏡に映る、光も闇も何もかも―――!(Rei shen shou jing rei zizzl―――!)

 

 未来は瞬時にギアを纏い、ロードブレイザーにも有効な凶祓いの光を放つ。

 だが、それは焼け石に水どころか、マグマに水滴を一滴だけ垂らすようなもの。

 未来の抵抗は抵抗にもならず、魔神が放った焔の球が彼女に迫る。

 この焔が地球に当たったその瞬間、焔は弾け、魔神を除いたこの世界の全ては消し去られるだろう。

 

(もう、ダメ……! ゼっくん……!)

 

 未来は目を閉じ、制限時間が来て解除されたギアを握り、友に祈った。

 救いを求め、助けを求め、"もう一度会いたかった"と祈りを込める。

 

 

 

 

 

 その瞬間、時刻は0時を回る。

 12/31の夜は終わった。

 今は1/1、すなわち"八日目の朝の前"。

 伝説に語られる七日目の夜は終わり、なおも戦いは終わらない。

 

 七日を越える。

 伝説を超える。

 運命をこえる。

 

 ナスターシャがホムンクルスに持たせた聖剣が、光を放った。

 やがてそれに反応し、星より"溜め込まれていた光"が溢れ出て、ホムンクルスに流れ込む。

 今日までこの世界に、魔神に対抗できる希望はなかった。

 そんな都合のいいものは存在しなかった。

 希望は今、この瞬間に誕生の産声を上げていた。

 

 未だ来ていないから未来。

 過ぎ去ったから過去。

 望みが絶えるから絶望。

 希い望む心こそが希望。

 

 諦めぬ心が満ちるこの世界で、風向きが変わり、西風が吹き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その青年は未来の前に立ち、未来を守るように剣を振るう。

 

「アークインパルス」

 

 振るわれた剣より放たれた光が、焔を切り裂いた。

 聖剣の力は想いの力。世界を守ろうとする想いから放たれたその光は、世界をリセットする力の全てをゼロへと戻し、魔神の攻撃を無に還した。

 青年は聖剣の振り心地を確かめながら、今の彼に相応しい服の裾を(ひるがえ)す。

 

「あ、ああ……!」

 

 装者達が、その姿を見間違えるわけがない。

 たとえ、その青年の髪の色が、濃い『青色』に染められていたとしても。

 

「青い髪……その装束……何の制限も課せられていない銀の剣……!」

 

 ロードブレイザーが上げる戦慄の声に、青年は顔を上げる。

 

「ゼファーッ!」

 

 完全無欠に何もかもを取り戻し、人間だった頃の自分を取り戻したゼファー・ウィンチェスターが、そこに居た。

 その背後に希望の守護獣ゼファー、欲望の守護獣ルシエドを従えて。

 聖剣アガートラームを携え、青年はそこに立っていた。

 

「何度私の前に立ち塞がるというのだ……『アガートラームの剣士』ッ!」

 

 其は、ロードブレイザーと対等の存在。

 

「この星に生きる命を、俺が愛している限り―――何度でもだッ!!」

 

 個にして最強に至るのではなく、群にして最強に至る者。

 誰も見捨てず、誰も忘れず、誰の死も無価値にしない者。

 

「一人で地獄に行くなんて、寂しいこと言わないで下さい」

 

 ゼファーは聖剣と、そこにくっついていたルシエドのコアの残滓を見て、今は亡き人に向けてつぶやく。

 

「行きましょう、ウェル博士……俺達と、一緒に!」

 

 たとえ、その人が死んだとしても。

 

 その人をひとりぼっちにしたくはない。

 

 そう思うゼファーは、剣の英雄となった今も、ゼファーのままだった。

 

 

 




BGM:バトル・VSロードブレイザー

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