戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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想いが次元を越えるなら、読者の応援が作中の人物に届いたっていいじゃないかと思います



最終章 Windward Birds
第四十一話:Regenbogen Flugel


 

 

 英雄は、自らの存在意義を消しながら戦い、物語の終わりに世界から消えるもの。

 英雄は、その力を恐れた民衆に背中を刺されるもの。

 英雄は、勇者と魔王のように、魔神と共に世界から消えることを望まれるもの。

 英雄は、物語の終章で友に背中を刺され死に至るもの。

 

 そんな物語は、もうおしまい。

 

 ここから始めよう。

 

 悪を倒して、始めよう。

 

 刃を持つ戦いの終わりは、刃を持たない戦いの始まり、新たな人生の幕開けなのだから。

 

 

 

 

 

第四十一話:Regenbogen Flugel

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトブレイザーの黒鎧は、アガートラームの剣士に相応しい白装束へと変わっていた。

 人の身に纏われるその白はまるでエクスドライブの白のよう。

 ゼファーはアガートラームを掲げ、装者達に呼びかける。

 

「行こう」

 

 立花響が、雪音クリスが、風鳴翼が、天羽奏が、セレナ・カデンツァヴナ・イヴが、マリア・カデンツァヴナ・イヴが、暁切歌が、月読調が、小日向未来が、空に手を掲げる。

 すると、ギアから光が放たれた。

 光に包まれた装者達はそのまま光と化し、ゼファーの掲げた聖剣の中に吸い込まれる。

 

「皆で一緒に戦おう」

 

 ガングニールの光。

 天羽々斬の光。

 イチイバルの光。

 イガリマの光。

 シュルシャガナの光。

 神獣鏡の光

 アガートラームの光

 そして、人々の想いの光。

 

 八色の光は聖剣からゼファーの体に流れ込み、聖遺物の七光はゼファーの背中で翼となる。

 人の光はゼファーの体の中に満ち、ゼファーの髪を長く伸ばす。

 青く長い髪は世界中からの想いを受け取るアンテナの役目を果たし、海風に乗り静かに揺れた。

 

『明日を生きる希望を』

『明日を生きたいという欲望を』

 

『『 今、ここにッ! 』』

 

 希望の守護獣ゼファー、欲望の守護獣ルシエドが、他の守護獣達を先導する。

 グラブ・ル・ガブルより最初に生まれ落ちた二体の守護獣に導かれ、全ての守護獣達がこの星と宇宙が壊れないように保護の力を展開し、余剰の力をゼファーに注ぐ。

 全ての力は剣の英雄へと結集され、全力で戦っても問題のない環境が整えられる。

 

「準備はいいか? なら、始めるとしよう。

 今度は封印などとつまらない結末にはしてくれるなよ!」

 

 ロードブレイザーは準備を終えたゼファーに向かい、"本気の"火力の焔を放つ。

 例えばの話だが、蟻をつまんで潰し、蚊を叩いて潰し、ハエにスプレーを吹く人間の動きが、本気の動きであるわけがない。

 力の差がありすぎると、あらゆる点で本当の本気は出してもらえないものだ。

 たった今魔神が放った炎は、今日までロディしか見たことがないような威力の焔であった。

 

「ああ、分かってるさ。俺も、俺達も、お前を封印するつもりなんてさらさらない」

 

 迫る焔。

 掲げられる聖剣。

 ゼファーはアガートラームの力を引き出す言葉を叫び、聖剣を振り下ろした。

 

戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

 その瞬間、二つの声が一つに重なり、世界に響き渡る。

 

「「 絆の力、エネルギーベクトルの操作ッ! 」」

 

「何!?」

 

 ネガティブフレアはその瞬間、ゼファーとセレナの制御下に置かれ、支配権をロードブレイザーから奪い取らぬままに、ゼファーは焔を自身の周囲に循環させる。

 

「これは……あの女共が身に付けていた玩具の……」

 

「玩具なのかどうかは、その身で確かめたらどうだ?」

 

 ゼファーが再度剣を振り、ロードブレイザーに向けてベクトルを支配した焔を発射する。

 ロードブレイザーの渾身の焔だ。

 魔神といえど、これが直撃すればただでは済むまい。

 当たれば、の話だが。

 

「いいや、遠慮しておこう」

 

 ロードブレイザーが指を鳴らすと、その空間に存在する焔の全てが、ロードブレイザーの支配下にあるものを除いて消える。

 焔の魔神とも呼ばれるロードブレイザーは、焔への干渉力においても頂点に立っている。

 ロードブレイザーを傷付けようとする炎の類は、全てその存在を許されずに消え去ってしまう。

 焔の扱いという分野で競えば、今のアガートラームでもロードブレイザーには敵うまい。

 この土俵で戦ってはならないと、ゼファーは強く自分を戒める。

 

「さて次手だ。防いでみろ、アガートラームの剣士ッ!」

 

 ロードブレイザーが拳を空に突き上げる。

 すると拳から雲丹(うに)のような焔が射出され、雲の上で信じられない速度で増殖し始める。

 その増殖速度の速さたるや、一瞬で地球全域を覆ってしまったほどだ。

 増殖した焔は一斉に落下を始め、この星をその熱量で蒸発させようとする。

 

戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

 振り上げられた剣に添うように、二つの声が一つとなって叫ばれた。

 

「「 絆の力、無限軌道から繰り出される果てしなき斬撃ッ! 」」

 

 振るわれた斬撃の衝撃波が、地球と焔の間で一瞬にて無数に分裂する。

 それは遠目には斬撃に見えず、星を包む壁のようにすら見える、斬撃の結界。

 調がいつも放っているような、斬撃の飽和攻撃だった。

 斬撃は全ての焔を切り裂き、地球を守る。

 

(やはりか。身の内に取り込んだ仲間の力を、聖剣の力によって顕現させている……!)

 

 ゼファーの力の正体を、ロードブレイザーは普通の生物とは次元の違う特性を持つ目で、異様に早く見抜いていた。

 先の技はセレナ・カデンツァヴナ・イヴの技。

 今の技は月読調の技。

 "今代のアガートラームの剣士のアークインパルス"の性質を見抜き、ロードブレイザーは警戒レベルを引き上げながら身構える。

 

戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

 今度はこっちから攻めると言わんばかりに、二つの声を一つにし、ゼファーは剣を突き出した。

 

「「 絆の力、螺旋を描く一点突破の突貫突撃ッ! 」」

 

 剣先に纏われるエネルギーが、ドリルのように渦を巻く。

 突破力・貫通力・破壊力をひたすら引き上げたドリルを突き出しながら、ゼファーは飛翔した。

 魔神は光速の数倍の速度で回避行動を取るが、遅い。

 回避は間に合わず、ロードブレイザーは時間の断絶と空間の断絶を何十層にも折り重ね、物理的に絶対に通れないはずの防壁を展開する。

 

「くっ……!」

 

 知ったことかと言わんばかりに、奏とゼファーはそれを貫いた。

 聖剣が纏うエネルギードリルは魔神の左胸に突き刺さり、そこで跳ね上がって左肩の辺りから抜ける。

 ロードブレイザーはゼファーを殴り、吹っ飛ばし、左肩の高速再生を始めた。

 

「久しく感じていなかったこの痛み……悪くない……

 く、くくくっ、そうだ、この感触を忘れていた!

 私は生きている! 絶望として望まれ、希望を束ねたお前と戦いながら!」

 

 魔神は傷口に手を突っ込み、その中をぐちゃぐちゃとかき回しながら、歓喜の声を上げた。

 ロードブレイザーが、ゼファーを憎む。

 他に誰も要らないと思えるくらいに、ゼファーを求める。

 憎悪の上に憎悪を重ね、憎悪と憎悪の間に憎悪を挟み、憎悪の集合体に憎悪を上塗りする。

 よくぞここまでの希望に育ったと笑い、魔神は歪んだ在り方を示した。

 

「希望を潰すことこそが! 命を潰すことこそが! その快感が! 私の生きる意味だッ!」

 

 その憎悪が魔神の体内で歪んだ変性の仕方をして、魔神の力をより高めていく。

 

 ロードブレイザーは猛然とゼファーに襲いかかった。

 振るわれるは右の手刀。

 ゼファーはその腕を根本から切り飛ばしたが、切り飛ばされた腕が独自に飛翔し、ゼファーの頭を引っ掴む。そして、星系規模の威力の爆発を起こした。

 

 太陽系を跡形もなく消す威力を顔面に当てられ、ゼファーは後方に吹き飛ばされる。

 ダメージこそ無いが、一瞬視界が塞がれ吹き飛ばされたのが不味かった。

 その一瞬で腕を生やし、ロードブレイザーは焔の弾幕を張る。

 アガートラームといえど、ほんの僅かに処理を失敗しただけで死に至るであろう弾幕。

 

「野郎ッ!」

 

 ゼファーはそれら全てに適切な対処を行いながら、偶然ちらりと視界に入った地上の様子を認識する。地上には、二課の者達が居た。

 喉が張り裂けんばかりに叫びながら、それぞれが精一杯の応援をゼファーに送っている。

 せめて心は共に戦いたいと、想いを送って来る。

 弦十郎達を中心とした二課の皆の想いが、ゼファーをまた一段階強くした。

 

(皆……!)

 

 焔の弾幕を越えたゼファーの眼前に迫るは、成長を続けるロードブレイザーの全力火力。

 空間を捻じ曲げ、無量大数という単位の数で飛んで来る焔の弾丸の群れ。

 その焔の弾丸の群れより大きな総エネルギー量を持つ、百の大きな焔の玉。

 どうやらセレナの力でも対処できないほどの数と力で攻める、という考えで撃ってきたようだ。

 ゼファーはそれに立ち向かい、聖剣を脇構えに構える。

 

戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

 火力ならお前を信じて頼る、と彼は心の中で強く念じ、息を合わせて声を合わせた。

 

「「 絆の力、死角無く広域に放射する殲滅砲撃ッ! 」」

 

 聖剣から放たれたのは、無量大数の数のビーム。

 それぞれが十分な破壊力を持ちながら、一発一発が針の穴を通すような正確さで、焔の弾丸の群れを撃ち落としていく。

 だが焔の弾丸は撃ち落とせても、焔の玉は撃ち落とせない。

 聖剣の力とクリスの力の合わせ技でも落とせないくらいに、大きな力が込められているようだ。

 

戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

 必要なのは一撃の重さと、それら全てに対処する速さ。

 ゼファーは最も長く共闘していた仲間に呼びかけ、肩を並べるように声を揃える。

 

「「 絆の力、十全に練り上げ聖剣より百裂する高機動の刃ッ! 」」

 

 そうして、風よりも速く飛翔した。

 火の玉に近付き、切り落とす。続いて別の火の玉に近付き、切り落とす。

 そしてまた……と繰り返すこと百度。

 5.4秒÷10の44乗(1プランク)にも満たない時間で、ゼファーと翼は全ての火の玉を切り落とし、そのスピードを殺さずすれ違いざまに魔神の首を斬りつける。

 

 ロードブレイザーの首が半分ほど切断されたが、すれ違ったゼファーが反転して再度斬りつけた頃には既に、ロードブレイザーの首には傷すら残ってはいなかった。

 

「私の命には届いていないぞ、剣の英雄!」

 

「俺としてはさっさと倒れて欲しいんだけどな!」

 

 ビッグバン級の攻撃が無数に放たれ、アガートラームの剣閃がその全てを切り伏せる。

 ロードブレイザーが放ったビッグバンの数は、台風の時に降る雨粒の数とそう変わらず、それを切り伏せる聖剣の斬撃の数もまた同様だ。

 対処しきれなかった爆発が、宇宙誕生に匹敵するエネルギーがゼファーを吹っ飛ばし、ゼファーは回転しながら後方に飛ばされていく。

 その回転の最中に、ゼファーは地上から空を見上げる戦士達の姿を見た。

 

 一課に、自衛隊に、ブランクイーゼルに、ディーンハイムに、その他諸々。二課の者達ほどゼファーと親しい付き合いはないが、それでも彼らはこの戦いに参加していた戦士達だった。

 世界を守るために戦う覚悟を決められた、心強き戦士達だった。

 彼らは喉が張り裂けんばかりに叫びながら、それぞれが精一杯の応援をゼファーに送っている。

 せめて心は共に戦いたいと、想いを送って来る。

 ジュード達を中心とした戦士達の想いが、ゼファーをまた一段階強くした。

 

(俺は一人じゃない。

 俺が負けちゃいけない理由も!

 負けたくないというこの想いも!

 俺一人の分だけじゃないッ!)

 

 ゼファーは正の感情を束ねる英雄で、ロードブレイザーは負の感情を喰らう魔神。

 青年は希望をもたらし、災厄は絶望をもたらす。

 両者は対極に位置するが、この二つには世界法則とでも言うべき"相性の差"が存在した。

 希望はすぐに使い切られる。

 絶望は長々といつまでも心の中に粘着する。

 力の大きさが同じなら、一瞬で使い切られる方が勝つのは当たり前だ。

 

 それゆえに、希望より絶望の方が大きかったとしても、希望は時に絶望に勝つのだろう。

 

 ゼファーならばこうも言うはずだ。

 "希望は最後の最後には、絶対に絶望に打ち勝つ"のだと。

 その諦めない心が、今日まで人々の心に影響を与えてきたように、今またロードブレイザーの心にまで少しの変化を与える。

 

「余裕も、油断も、慢心も。そんなものを持っていては、お前には勝てそうにもないな」

 

 その瞬間、魔神は『自身の命を削る』という信じられない行動を取り、焔の火勢を先程までのものとは比べ物にならない域にまで引き上げ、ゼファーに向けて解き放った。

 霧のように見える焔が降り注ぐ。

 しかし、霧のように見えるそれは、粒の一つ一つが星を焼滅させるに足る熱量を含んでいた。

 宇宙から地球に焔を撃つロードブレイザーに、大気圏の縁でそれを迎え撃つゼファー。

 

「私に抗うなッ! 受け入れよ未来をッ!」

 

「俺達の未来は俺達が決める! 戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

 彼は一人の少女の心に触れ、その心地よさに惹かれる自分を感じながら、その少女と声を繋ぐ。

 

「「 絆の力、邪悪を払う凶祓いの光ッ! 」」

 

 ゼファーの周囲に浮かんで来たミラーデバイスと、彼が手にした聖剣から、聖遺物・守護獣・ロードブレイザーの力に作用する凶祓いの光が放たれる。

 神獣鏡は聖遺物としての格が低いが、凶祓いの輝きは邪悪の権化たるロードブレイザーと相性がよく、十分な効力を発揮することができていた。

 

「ぐ、く、う、ぅ……!」

 

 ゼファーは高度を下げるという形で後退しながら、その光で焔の霧を消し、後退と光の照射の並列作業をそつなくこなしていく。

 霧の一粒でも地表に落ちたら星が終わるという、この状況。

 彼に焦りがまるで見えないのは、ゼファーが"一人でその作業をしていない"からだろうか。

 

(感じる)

 

 ゼファーは星に背を向け、星を守るように、星の外からの攻撃を片っ端から消している。

 地球は彼の目に映ってはいない。

 目ではなく肌で。地球に息づく命の存在を、ゼファーは肌で感じ取っていた。

 街のどこかで祈る麻里奈の姿が、見えていないのに見えた気がした。

 

 力なき人々も、ゼファーの戦いを魂で見ながら、ありったけの想いを絞り出していた。

 彼らは皆戦えない。けれど、生きることを諦めようともしない。

 民衆は喉が張り裂けんばかりに叫びながら、それぞれが精一杯の応援をゼファーに送っている。

 せめて心は共に戦いたいと、想いを送って来る。

 麻里奈を中心とした民衆の想いが、ゼファーをまた一段階強くした。

 

(俺の後ろに、皆の命がある……!)

 

 守らなければ、という担い手の意志を、アガートラームが物理的な力へと変える。

 全ての焔を凶祓いの力で消し去り、ゼファーは聖剣を掲げて魔神に斬りかかった。

 ロードブレイザーもまた手元に焔の剣を作り、英雄を正面から迎え撃つ。

 

「知ってるかロードブレイザー。

 伝承じゃ神獣鏡の光は、新しい世界を照らし出すって言われてんだとよ!」

 

「ならばその言葉にこそ返してやろう。『知ったことか』と!」

 

 他人の想いで強くなっていくゼファー、己が内のゼファーへの憎悪で強くなっていくロードブレイザー。5.4秒÷10の44乗(1プランク)刻みに見ても、この二人の動きはもう追えない。

 聖剣と焔剣はその性能に天と地ほどの差があったが、強度だけを見れば比肩している。

 剣才も取り戻したゼファーは、流麗な剣筋でロードブレイザーを攻め立てていた。

 

 だが、そんなゼファーをも魔神は上回り、剣の勝負でゼファーのガードをこじ開けて、その腹に蹴りを叩き込む。

 

「ッ、戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

 だが、蹴られても反撃を返す、転んでも起きる、くじけても立ち上がるこそのゼファーだ。

 彼と声を混じらせるマリア・カデンツァヴナ・イヴが、そうであるのと同じように。

 

「「 絆の力、万物より力を借り受ける輝きの虹ッ! 」」

 

 横一閃に振るわれた聖剣より、虹が放たれる。

 それはネガティブ・レインボウを使いこなしていたマリアが、セレナのハイ・レインボウを見て学び、アガートラームを通して発現させた一撃だった。

 世界法則の具現たる守護獣の補助も受け、マリアはこの世界に満ちる七種の力を束ね、ゼファーが振るうための力と成したのだ。

 

 アガートラームに適性のある二人の合体技に、アガートラームの力を最大限に発揮した虹の一撃は、ロードブレイザーの体を袈裟に切り裂く。

 傷はすぐに塞がったが、さしもの魔神もこの一撃にはダメージが残ったようだ。

 

「ぐぅッ……だが、無駄だ!」

 

 虹を叩き込んだゼファーは、最小限の動きで軽やかに魔神の斬撃を回避していく。

 そこに焔の多角的攻撃も加わるが、ゼファーは最小限での回避を続け、回避に専念しながらも、地上に耳を傾けていた。

 地上から飛んで来る想いがあった。

 この戦いを見て、とても大きな想いを送って来てくれている者達が居た。

 

 戦う力もなく、けれど他人でもない、ゼファーの友が皆、彼の戦いを応援していた。

 

 リディアンの生徒達も居る。

 ゼファーの同年代達が居る。

 小難しいことなんて考えず、彼ら彼女らは純粋に友達を応援していた。

 友は喉が張り裂けんばかりに叫びながら、それぞれが精一杯の応援をゼファーに送っている。

 他の人達よりも濃い『友情』を、彼に送り届けている。

 せめて心は共に戦いたいと、想いを送って来る。

 板場弓美を中心とした友達皆の想いが、ゼファーをまた一段階強くした。

 

戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

 友のために、と思うだけで、二人の心と声は少しのズレもなくシンクロする。

 

「「 絆の力、物質的防御を許さない魂の両断ッ! 」」

 

 ゼファーは一瞬の内に、数万回の空間跳躍を行う。

 死角を取り、フェイントを混ぜ、そうしてゼファーは消耗と引き換えに一閃を叩き込んだ。

 また再生されてしまう、と世界中の人間が思った、その瞬間。

 先程マリアの力を借りて叩き込んだ虹が、魔神の体内で炸裂した。

 

「な、に……!?」

 

「マリアさんの虹。

 それを転用したセレナの力場干渉。

 そしてトドメに、お前の魂そのものに届かせることができる切歌の刃」

 

 切歌の魂殺しは、非常に稀有な属性だ。

 魂にピンポイントで作用し、精神状態などにも影響を与えられるこれは、負の感情を喰らい物質的な肉体を持たないロードブレイザーに対し、切り札になりうるものだった。

 ゼファーはこれを、マリアとセレナの二人の力と組み合わせることに成功していた。

 

 魂殺しの力が、世界の力を束ねた虹に、その虹を転換した力場と混ざり、ロードブレイザーの体内でしっちゃかめっちゃかにかき混ぜられている。

 魂にまで影響するこの力は、ロードブレイザーにさえ苦痛を与えていた。

 殺すまではいかない。

 しかし、ロードブレイザーの体に"不具合"を起こすには、十分な量があった。

 

「お前はもう、二度と再生できない!」

 

「……次に再生することができないのなら! 今この瞬間に全てを懸けるだけのことだッ!」

 

 ゼファーは魔神の攻撃で負ったダメージが何故か回復しないことに眉をひそめながら、聖剣を正眼に構える。

 ロードブレイザーもまた、再生できなくなった体から、命を削って力を絞り出す。

 間近に迫る決着を、両者共に感じていた。

 両者に"必ず勝てる"という確信はなく、その上で、両者は自分が勝つと信じている。

 

「全ての希望を背負うお前を倒し! 私が! 全ての生命を絶望させてみせよう!」

 

戦姫絶唱(アークインパルス)ッ!」

 

「私は、永遠に生命(おまえたち)の敵として在り続けるものだ!

 この多元宇宙の全てを滅ぼした後も!

 並行世界の全ての! 過去と未来の世界の全ての!

 上位と下位の次元の全ての! 新たに生まれる宇宙の全ての!

 全ての! 命を滅ぼしながら! 私は永遠に生命(おまえたち)を絶望させ続けるのだ!」

 

 ロードブレイザーは、絶望を望んでいる。恐怖を望んでいる。

 死を望んでいる。不幸を望んでいる。死別を望んでいる。滅びを望んでいる。

 断絶を望んでいる。無を望んでいる。ゼファー・ウィンチェスターとは、対極に。

 捨て身になり、明確な殺意を向けてくる魔神を見て、ゼファーは死の予感を覚える。

 

 その感覚が、時間の止まった精神の世界の中で、ゼファーに何かを見せ始めた。

 

 ビリーの背中が、ジェイナスの背中が、リルカの背中が見えた気がした。

 ハンペンの背中が、ベアトリーチェの背中が、マリエルの背中が見えた気がした。

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの背中が、立花洸の背中が見えた気がした。

 ロディ・ラグナイトの背中が、フィーネ・ラグナイトの背中が見えた気がした。

 光に向かって行く無数の背中。

 ゼファーが見てきた全ての死者の背中が、そこに見えた気がした。

 

 死んで行った人達から「まだ来るな」と言われ、力を貰った気がした。

 

 ゼファーが見ている彼らの背中は、生と死の境界線の向こう側にある。

 いつかゼファーも彼らに追いつき、彼らと肩を並べる日が来るだろう。

 生と死の境界線を越え、先に行ってしまった人達と再会することもあるだろう。

 

 だがそれは、今日ではないし、今でもない。

 

「「 絆の力! 」」

 

 ゼファーはその時、右手に聖剣を握る感触を、左手に暖かな少女の手の感触を感じていた。

 

「「 繋ぐ手、繋ぐ心、繋がる想いッ! 」」

 

 右手の剣、左手の拳。

 二つのケンが皆の力を束ねて乗せて、嵐のようにロードブレイザーに叩き込まれる。

 斬撃、拳撃、斬撃、拳撃、と瞬時に無数に刻まれる連撃。

 『皆の力』を束ねてこそ、立花響。

 それゆえにこの連撃は、ゼファーが今日放ったどの攻撃と比べても桁違いの威力であった。

 

「が、はッ……未来、永劫、死に続けよ、人間っ……!」

 

 ロードブレイザーは大きなダメージを受けながらも、この世界に生きている人間の深層心理にこびり付いている負の感情を吸い上げ、しぶとく生き続けていた。

 まだ自分を殺す力を秘めている魔神を見ながら、ゼファーは雄々しく剣を突きつけた。

 

「俺達にどんな未来が待っていようとも。お前に未来は無いと知れ、ロードブレイザー」

 

 空を蹴り、ゼファーが右肩の上に剣を振り上げる。

 空を飛び、ロードブレイザーが自分の体を焼くほどにまで高めた焔を圧縮する。

 ゼファーは次の剣閃に、後先を考えず全ての力を込めるつもりでいた。

 ロードブレイザーは次の一撃に、自らの全てを燃焼するほどの熱を込めるつもりでいた。

 

『絆の力!』

 

 全ての命の声、全ての守護獣の声、地球の全ての人の声が重なる。

 全ての命の想い、全ての守護獣の想い、地球の全ての人の声が重なる。

 振るわれた剣は、放たれた焔と衝突し―――真っ二つに、一方的に、切り裂いた。

 

『アークッ!』

 

「ぐ、が、あ、熱い、私の焔よりも熱い、この天をも貫く熱き想いが、貴様らの―――!?」

 

 そして聖剣が、魔神の胸に突き刺さる。

 

『―――インパルスッ!!!』

 

 聖剣から魔神の体内へと、ありったけの光が叩き込まれていた。

 

 

 

 

 

 瞬間、閃光。

 魔神の体がヒビ割れて、そこから漏れた光が魔神を包み、爆発した。

 全てに決着が付いたことを知らせる大爆発だ。

 戦いを見ていた者達は、皆揃って一様に喜び、"明日を生きる権利"を得たことにはしゃぐ。

 

 笑っている者が居た。

 泣いている者が居た。

 叫んでいる者が居た。

 

 嫌いな誰かと"今日だけは"と肩を組み、生き延びたことを喜んでいた者が居た。

 愛する誰かとキスをして、生きていることの素晴らしさを堪能している者が居た。

 共に戦っていた親友と銃口を打ち合わせ、タバコを吸っている者達が居た。

 

 誰も彼もが、喜びと輝きの中にあった。

 そんな人々の想いを受け取りながら、ゼファーは崩れていく魔神の最後を看取る。

 

「誇れ」

 

 律儀に、最後の最後に情けをかけるように、魔神の最後を看取ろうとするゼファー。

 それを見て、魔神は笑う。

 魔神は人間の価値観とは絶対に共存できない、宇宙とすら共存できない、邪悪の権化だった。

 それでも、自分が殺すことには変わりないのだから、せめてその最後は見送ろうと考えるゼファーに、ロードブレイザーは『勝者に相応しい姿』を教える。

 

「勝者の責務だ。誇れ、ゼファー・ウィンチェスター」

 

 魔神はみじめに食い下がる様子など微塵も見せない。

 魔神の名に相応しく、この世界で最も邪悪であるという誇らしさに胸を張り、壊れていく。

 

希望(おまえ)は、絶望(わたし)に勝ったのだ」

 

 正義に討たれる悪としての自分を噛み締めながら、魔神はこの世界から消え失せた。

 

「……ああ、分かった」

 

 誰かがゼファーに何かを教え、ゼファーが何かを学び、ゼファーは成長する。

 今日まで幾度となく繰り返されてきた事柄と、同じことがここでも繰り返される。

 ゼファーは魔神からも何かを教わり、ほんの少しの成長を見せていた。

 

「今度は、もうちょっとだけ優しく……

 他の生命と共存できる生命に生まれ変われよ、ロードブレイザー」

 

 聖剣を額に当てて、ゼファーは短い言葉を口にする。

 

「他の誰が祈らなくても。俺だけはそう祈ってるから」

 

 今の自分の胸の内にある想いを、隠さずに口にする。

 

「さて」

 

 地球は守護獣に守られていたが、剣の英雄と焔の魔神の戦いの影響で、地球はちょっとばかり動かされてしまっていたようだ。

 まだ朝日が昇る時間ではないはずなのに、水平線に1/1の朝日が見える。

 これから地球の回転速度や自転軸を戻さなければならない守護獣達は、さぞ苦労するだろう。

 

 まあ、ゆっくり時間をかけてやればいい。時間も未来も、もういくらでもあるのだから。

 

「帰ろうか、皆。腹も減ったし、今はぐっすり寝たい気分だ」

 

 ゼファーの呼びかけに、彼の内に居る皆が同意の声を返す。

 伸びをするゼファーが朝日を見つめ、海風に青い髪をなびかせて、嬉しそうな微笑みを見せる。

 

 

 

 

 

 こうして、世界は救われた。

 

 めでたし、めでたし。

 

 戦いの物語の最後のページに描かれた後日談を語り、この物語は締め括られる。

 

 けれど、戦いの物語は終われども、彼らの日々は続いていく。

 

 

 




次回がラストエピローグ。つまり最終回になります

 さて、ゼファー君が第四話:Lord Blazer 3の映像の最後で見たのは誰だったのでしょうか。
 "響き合う歌のような絆の形"と表現されたあれは、誰だったのでしょうか。
 ロディではありません。『フィーネとザババといつかどこかの最後の戦い』で書きましたが、ロディは最後に八人の仲間と八体のゴーレムの一部、16の光と共に戦っていました。
 ゼファー君が「もし、俺が、あんな風に」と思ったあの背中は、あの時点ではありうる可能性の中の一つでしかなかった、未来の―――

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