戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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「翼さんは裏表のない素敵な人です!凹凸とか色んな意味で!」と叫んであげたい


7

 「変わったね」と調が周りに言われるようになってから、どのくらい時間が経っただろうか。

 ゼファーとカルティケヤの対決から二週間ほど経っているし、大体そのくらいだろう。

 いい方向か悪い方向かはともかく、月読調は目に見えて変わっていた。

 

 

「お前ら、野菜嫌いと肉嫌いは不動なのな……

 俺、野菜炒めで肉だけ野菜だけ残ってるの初めて見たぞ」

 

「いやいやいや、嫌いなものを無理して食べるのは肉体的にはともかく精神的に極めて不健康。

 つまりあたしは、この場の誰よりも健康的な食生活を送っている……デェス!」

 

「俺の目を見てもう一度言ってみろ」

 

「……デェス」

 

「きりちゃん、困った時なんでも『デェス』で済ませるのはよくないよ」

 

「え、野菜ばっか食って肉残してるシラベがそれ言うの?」

 

 

 第一に、分かりづらいが自己主張が強くなった。

 とは言っても、元々普段は人一倍自己主張が弱い娘であったので、それでも人並みではない。

 その上ちゃんと他人の気持ちを慮れる良識も兼ね備えているわけで、欠点にはならなかった。

 ただ、間違っていることを間違っている、とちゃんと言える人間になれていた。

 彼女は今日まで、友達にも大人にも、それが間違っていると思っても、それを言葉や行動に移せずに居た。

 それが彼女のコンプレックスであったのだが、一連の騒動を通じそれらが解消され、以前よりもずっとイキイキとしているように見える。

 誰もが変えたい自分を持っていて、なりたい自分を思い描いている。

 人と関わることで成長するのは、ゼファーだけではないということだろう。

 

 

「昨日までの私と思って貰っては困る」

 

「うん?」

 

「今日の私は、昨日の私を越えて行く……!」

 

「はっ、調がものっそく嫌そうな顔でお肉を食べていく!

 油っこいものは食べたくないとあれだけ菜食少食主義を貫いていた調が!

 なんかあたし置いてかれた感あるデス!」

 

「よし、キリカも野菜食え! 俺の肉分けてやるから一緒に食って頑張れ!」

 

「うぬぬぐぎぎままよ……デェス! 今日だけデス! うりゃ!」

 

 

 無論、変わったら変わったで問題もあった。

 切歌と調、怒った時にどちらが過激かといえば、実はぶっちぎりで調である。

 目が怖い。表情が怖い。声が怖い。

 容姿や声色が可愛らしい分そこそこに相殺されるのだが、整った容姿から繰り出される激怒の様子は、普段の落ち着きっぷりを知っている者が一歩後ずさるほどのもの。

 イラッとくれば血が出るくらいに強く壁を殴ることすらある。

 普段おとなしい人ほど、怒ると怖いとか言うアレだ。

 

 が、変わったとは言っても、彼女自身が強くなったわけではない。

 月読調は自分の弱さ、勇気の無さを理由に抗わないことをやめた。

 しかし、そのせいで大人との間のトラブルは激増。

 元のトラブル発生件数がほぼゼロとはいえ、普段から従順だった調が反抗的になったということは、気になる大人は癇に障ってしまうようだった。

 年齢不相応な落ち着きはそのままに、どこか歳相応の危なっかしさが戻って来てしまった調に、ゼファーや切歌はてんやわんやである。

 時に切歌やマリアが仲裁に入り、ゼファーが先日のように大人と勝負をし叩き伏せたことも一度や二度ではない。

 一度は暴力沙汰にまでなったほどだ。

 

 ただ、それもあってか、総合的に見れば子供達の死傷数は驚くほど減っていた。

 調は見逃さない。見捨てない。そこにゼファーが駆け付けて、彼女を守る。

 切歌やマリア、セレナもそれが決定的な破綻に繋がらないようにと動く。

 小さな子供達から年長の子供達までもが、それに続いていく。

 個人個人が自分のできることをしていった結果、施設全体の空気が変わって行っている、そんな流れを感じている者達も居た。

 

 そして調は、いつしか誰からも人形とは呼ばれなくなっていた。

 俯かず、無言で従うこともせず、自分の主張をちゃんと口にする。

 多少は歳相応にむっとするし、反抗するし、親しい人以外の前でも笑うようになった。

 そんな彼女を人形などと思う者が居るわけがない。

 しかし彼女の性格も相まって、今では代わりに真面目兎(クニークルス)と呼ばれるようになっていたりする。先日ゼファーが切歌を子犬、調を兎と思ったのは彼だけの印象ではなかったらしい。

 ロマンチストで激情的な面もあれど、基本的に彼女は生真面目な知的人なのだった。

 

 

「最近気付いたけど、ゼファー好き嫌いが無いんじゃないデスよね。

 何でもかんでも無差別に美味しい美味しいって言ってるだけデスよね。

 なんでか舌がバカになってるだけデスよね!」

 

「そういえば、この前古い油での揚げ物が出た時、ゼファーしか食べてなかったね……」

 

「あー、うん、まあ、色々食ってきたからな……」

 

「色々?」

 

「色々」

 

「舌もバカなゼファーは本当に色々食ってそうで恐ろしいデェス……」

 

「も? 今『も』って言ったお前?」

 

 

 カルティケヤとの騒動が終わってからも終わらない激動の二週間の後。

 食べられる幼虫と食べるべきではない幼虫の判別が付くゼファー、なんだかんだ親友と友人が仲良くなれて嬉しいのか笑う切歌、髪をかき上げながら食事を再開する調。

 F.I.S.という牢獄に閉じ込められた子供達。

 明日をも知れぬ、未来の見えない子供達。

 運命を受け容れる子供達と、ただ一人そうではない少年。

 問題も理不尽も山積みだ。その上、解決できる見込みもないと来た。

 

 けれど、それでも。この瞬間、笑い合う彼らは、間違いなく幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話:Moon/Prince/Princess 7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっちゃけ、黒幕あなたですよね? ウェル博士」

 

「はて、なんのことやらさっぱりですね」

 

 

 テーブルを挟んで並ぶ二つのソファー。

 この研究室に置かれているそれは、研究室の主たるジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスが偉い人への応対のために置いたものであるため、そこそこに高い。

 そこに今、並んで座る二人の子供と、相対する一人の大人が居る。

 どこかぴりっとする雰囲気のゼファーの隣りに座るのは、彼が最も信頼を寄せるセレナ。

 じっと見つめられていると心の底まで見透かされそう、と評される二人の子供を前にして、ウェル博士は肩を竦めて余裕の表情を崩さない。

 

 

「ここ最近、調や大人しい子に絡む件がやたら多いんです。

 調の変化が大人を刺激してるのかと思っていたんですが……なんとなく、違和感がありまして。

 ウェル博士、Dr.ダンドリッジとは仲悪かったですよね?

 あの人と調の間にトラブルがあって、それを仲裁して、まあ見逃してもらえたんですが……

 その時、聞いたら教えて貰ったんですよ」

 

 

 セレナは無言のままだ。彼女が求められている役割は、話すことではない。

 ゼファーは確信をもって、面白そうに自分を眺めているウェルへと真っ直ぐに言葉を向ける。

 けれど、ゼファーは自分とウェルとの間に見えない壁を感じ取る。

 見えないけど厚い透明な壁。研究者とモルモットの間にあるアクリルケースの壁のような、相互理解を阻む壁。ウェル博士との間にある、果てしない心の距離と壁。

 透明であるからこそ、互いの顔が見えているのに、こんなにも二人は遠い。

 

 

「あなたが特定の子供達の名前を挙げて、研究員の人に『お願い』していたと。

 声をかけられた研究員は皆お金に大なり小なり心揺らされる方達。

 Dr.ダンドリッジは仲の悪い相手への意趣返しだったんでしょうけどね」

 

 

 彼が、カルティケヤが子供達に手を伸ばした件の元凶であるから尚更に。

 二週間。ゼファーが調や他の子供達を庇わなければならない件が頻発し、それが落ち着くまでの時間であり、それと同時にゼファーが真実に辿り着くまでの時間だった。

 それが長いと見るか短いと見るかは人ぞれぞれだろう。

 ウェルにある者は挑発され、ある者は危機感を煽られ、ある者は世間話のように勧められ、ある者はデータをチラつかせられ、ある者は握られている弱みを匂わされた。

 彼らは殺すため、あるいは実験に使うため、あるいは特に意味もなく、何の意味があるのかも分からず子供にちょっかいを出す。そして、ゼファーと対峙する。

 ゼファーが『誰のために奮起するのか』すら、ウェルの手の平の上だったということだ。

 そしてウェルのPCの中には、それら全ての戦いの記録が残されている。

 

 

「最初に感づいたのはいつでしょうか?」

 

「この通帳を貰った時からです。言ってしまえば勘ですが」

 

 

 ウェル博士が引き起こした一連の騒動が一段落し、ゆえにゼファーはここに居る。

 少年が「もう必要ない」と通帳を投げ、綺麗な放物線を描いてウェル博士に向かったそれが、ウェル博士の空振った手をすり抜けて彼の額に命中する。

 ズレた眼鏡を、ウェルは何事もなかったかのように押し上げた。

 

 ゼファーはウェル博士からこの通帳を貰った日、ほんの僅かな違和感を感じた。

 カルティケヤとの勝負が始まる前も、ほんの僅かな違和感を感じていた。

 それは言葉にもならない僅かな情報。しかし集積され、一度きっかけを与えられて形を成せば、こうして真の黒幕にも辿り着く。

 フィフス・ヴァンガードに居た頃の彼の直感では、こうは行かなかっただろう。

 

 ゼファー・ウィンチェスターの直感は、『進化』している。

 薪をくべられた焔のように、鍛え続けられている銀剣のように。

 

 

「悪くない。実に悪くない。妥当に成長しているようで何よりです」

 

 

 そんなゼファーを見て、ウェル博士の瞳に色が宿る。

 嫉妬、羨望。好意、憎悪。憧憬、侮蔑。諦観、不屈。純粋、矛盾。混沌、秩序。夢、欲。

 あまりにも混ざりすぎていて、それぞれの感情は純粋で美しくある色が、どれもこれも混ざっていってドス黒い何でもない色となっている。

 一瞬。たった一瞬見せただけの彼の内実は、あまりにも歪んでいた。

 一番似ているものは、そう。

 小さな虫の手足や頭をもぎ取って遊ぶ子供のような……それに似た、無邪気な邪悪さ。

 

 ごくりと、ゼファーは固くなったつばを人知れず飲む。

 余分な思考が混ざりそうになる彼の手に、セレナが己の手を重ねた。

 彼女のそれもまた、視線もやらずに人知れず。

 すっとしていく思考に、彼女に感謝の言葉を無言で述べながら、ゼファーは話を続けた。

 

 

「ウェル博士は、俺の直感が成長してるって知ってたんですか?」

 

「ええ。よーく考えた方がいいですよ、今の時期のあなたは特に」

 

 

 ゼファーからすれば、ウェルが研究者達をけしかけた真意は分からない。

 そも、直感がどういうものなのかも正確には分かっていない。

 分かっているのは、それら全ての答えをウェル博士は持っているが、それをゼファーに対し明らかにすることは絶対にない、ということだけ。

 それは、誰の目にも明らかな事実であった。

 ウェルという男は、誰が見てもそういう男であったから。

 

 

「『どんな人間になるか』というものは、結局本人が選択することです。

 これから先、あなたがどんな存在に完成するのか……決める意志があなたを変える。

 決意こそが、その未完成である直感の方向性を定めることになるでしょう」

 

 

 ウェル博士は、一欠片の善意も見せずにゼファーの可能性を語る。それがいっそ清々しい。

 

 

「直感はただの脳機能……なんですよね?」

 

「ただの脳機能ですよ。だからこそ、(ここ)から生まれる意志に左右されるんです」

 

 

 直感。目、経験、感性からなるゼファー・ウィンチェスターの脳機能。

 ウェル博士は人差し指でトントンとこめかみを叩きながら、事実を告げる。

 意志一つでまだいくらでも変化しうると、そう告げて。

 

 

「もう二度と、今回のようなことはしないで下さい」

 

「ええ、誓いましょう」

 

「……では、失礼します。行こう、セレナ」

 

「ふむ。もう他に何か言うことは無いんですね?」

 

「はい?」

 

 

 ウェル博士の問い。

 ゼファーは、同じことを繰り返させないために、ウェル博士に釘を刺すためにここに来たのだ。

 それ以外の目的などない。

 だから「何か言い忘れたことがあったかな?」と考えても、答えは出ない。

 

 

「はい、もう特に何もないですよ」

 

 

 いつも通り、ウェル博士に嫌悪感も敵意も悪意も感じていない語調で、ゼファーは首を傾げる。

 ふぅ、と溜息を一つつき、ウェルは眼鏡を外して鼻背を袖で拭う。

 眼鏡を付け直したウェルの視線は、心なしか先程より見下しているように見えた。

 

 

「Dr.カルティケヤは、十年前に妻を、六年前に娘を亡くしています。

 十年前に妻をノイズに目の前でゴミに変えられ、娘は六年前に押し入られた強盗に。

 彼はノイズを憎んでいます。だから、ここにいる。

 彼は子供を憎んでいます。

 『俺の娘は死んだのに、何故他の子供は』という気持ちが抑えられないそうでして」

 

 

 そして、突如脈絡もなく、ウェルはカルティケヤの身の上話を始めた。

 セレナは少し怪訝な様子を見せるが、ゼファーは目に見えて興味を示している。

 ウェル博士の思惑を読み切れないままに、今日ゼファーに頼まれ補佐役として付いて来たセレナは、少し考えた後、沈黙の静観を選択した。

 

 

「彼は妻子を亡くして以来、人が変わったように子供嫌いになってしまったそうです。

 実際、研究員とだけで話している時の彼は非常に気さくで温厚ですよ?

 それでも彼は、きっとどこかが壊れてしまってるんでしょうねえ。

 子供が目の前に居るというだけで憎しみが溢れ、殺意が混ざってしまう」

 

 

 昔、一人の男が居て、大学で出会った初恋の人と結婚して、卒業後は研究者になって。

 特筆することもなく、家庭を作って、娘も生まれて、目一杯愛を注いで。

 ある日突然、ノイズに襲われ。無慈悲な災害に妻を奪われ、嘆いて叫び。

 ノイズを打倒するために研究の内容を変え、男手一つで娘を育てて。

 悲劇に折り合いをつけようと苦悩しながら、娘を唯一の心の支えとして生き続け。

 人を災厄から守る為に研究を続けた日々の果て、男は人の手で娘の命を奪われた。

 何に怒ればいいのか、何のせいにすればいいのかも、男にはもう分からない。

 

 そうなってしまえば、もう男に残されたのは仕事だけだった。

 何のためにしているのか、何を守るためにしていたのか、そんなものも忘れたまま、ノイズと聖遺物に関わる研究を成し続ける、そんな日々の中で。

 この世界に生きているという幸福を、何も分かっていないという顔で享受している子供を、そんな偶然を得られなかった子供も居るのだと知らない顔で、のうのうと生きている子供を見た時。

 男は、「許せない」と思った。

 八つ当たりでしかないのだと分かっていても、そう思う自分を止められなかった。

 

 どこにでもある、ありきたりな話。

 山もあり、谷もあり、幸せもあり、不幸もあり、苦労もあり、努力もあり。

 ただ、結末があまりにも凄惨なだけの、どこにでもある人生。

 

 それがカルティケヤという、誰も救えなかった、守れなかった、主役になれなかった男だった。

 

 

「人並みの俗物さも、人並みの優しさもありながら、それでも人は残酷になれる。

 ありきたりな悲劇がありきたりに産んだ人間が産む悲劇。

 で、あるからこそ、この施設での殺傷も笑えるくらいにありきたり。

 そうは思いませんか?」

 

 

 理解できないと、ウェルは嘲笑う。

 ウェルはその気持ちに共感しない。

 自分のためにしか頑張らない彼は、傷付いた人間の心が分からない。

 

 

「思いませんよ」

 

 

 ゼファーは理解し、共感し、自分のことのように痛ましく思う。

 その気持ちの万分の一も理解できていないと分かっていても、それでも。

 絶望の淵で足掻く少年は、喪失の痛みを抱える人間に理解を示すことができる。

 

 

「たとえ命の価値が銃弾よりも軽くても、誰かが死んでしまうことが、ありきたりなはずがない」

 

 

 誰にも死んで欲しくないと、そう思う少年だからこそ。

 そう思った上で、守りたいと思った上で、守れなかった彼だからこそ。

 ウェル博士とは違い、大切な人の死の痛みが分かる。

 この世界で人が死ぬということがありふれていて、救いのない死がありきたりであると知っていても、それでも死んでいった人が代わりのない唯一無二であるということを知っている。

 

 

「それならDr.カルティケヤも、妻子の死を悲しんだりはしません。

 俺が、俺達が、こんなにもあの子達を『守りたい』と思うはずがない」

 

 

 ウェル博士は自分しか見ていない。

 だから他人の痛み、他人の都合、他人の気持ちが分からない。

 ゼファーは他人しか見ていない。

 だから他人の想い、他人の痛みを時に自分自身より優先する。

 

 

「生きたいという気持ちが同じでも、その命まで同じはずがないんです」

 

 

 ゆえに、個人の命を重んじるゼファーの言葉を、ウェルは眼鏡の奥の瞳で見下している。

 ゼファーが自覚していない部分を、ウェルは一方的に理解している。

 今、まるでカルティケヤを擁護しているような、そんなゼファーの言葉に、

 

 

「今の君の心境を当ててみましょうか? Dr.カルティケヤに同情しているでしょう」

 

「!」

 

「どうやったら君みたいな人間が出来上がるんでしょうね?

 君をハメた僕に対し、何の怒りも敵意も抱いていない。

 それどころか僕の裏工作を、僕の処遇を案じて誰にも話していない。

 かるーく身の上話をしただけで、友を殺しかねなかったカルティケヤに同情する」

 

 

 ウェルは長く付き合っていれば誰もが気付くであろう、ゼファーの一部分を指摘する。

 ゼファーはカルティケヤに同情し、その痛みに理解を示している。

 蛙の鳴き声のように喉をひきつらせた声で笑い、子供に対し正の向きの感情を何一つ向けず、頭髪や髭・服装も悪印象しか与えないほどにだらしがなく、子供達を何度も何度も笑いながら殺し、ゼファーの友を死に繋がる実験に使おうとしていたカルティケヤに、だ。

 悲しい過去から生まれる気持ちだけでなく、醜い保身、八つ当たりに近い憎悪、重ねてきた罪が数え切れないほどに積み重なっている、さして親しくもないカルティケヤに、だ。

 旧知の仲なら、カルティケヤの心優しい部分を見たことがあるのなら、家族が居た頃の姿を見たことがあるのなら、まだ分かる。しかし、ゼファーはそのどれでもない。

 

 ゼファーの視点では、未だカルティケヤは憎い敵であるはずなのだ。

 理解など示す必要のない、倒すべき敵であるはずなのだ。

 常人であればそう考えるのが普通なのだと、ウェル博士は指摘する。

 

 だが、ゼファーのそれは今に始まったことではない。

 嘘と悪態ばかりつく悪党も、彼は友と受け入れた。

 執着と妄執にまみれた罪人も、彼は家族と受け容れた。

 犯罪も殺人も躊躇わない破綻者の集団を、彼は戦友と受け容れた。

 雪音クリスは、そんな人間達を一人たりとも受け容れられなかった。

 ゼファーとクリス、どちらが正常であるのかと言えば、それは間違いなくクリスだろう。

 

 

「ありえないんですよ。君はあまりにも、『他人に寛容すぎる』」

 

 

 少年誌で、味方を殺したライバルが味方につく。

 親の仇、友の仇、仲間の仇といとも簡単に和解する。

 『本当はあいつに悪い所は何もなかったんだ』と全ての罪が許される。

 

 ない。そんなものはないのだ。そんな簡単に行くはずがない。

 人間である以上、絶対に禍根は残る。

 怒り、憎しみ、悲しみは、納得では消えない。折り合いを付けられるだけなのだ。

 嫌いな人間は、どんなに凄惨な過去があると知ったとしても、すぐに好きになどなれない。

 感情を理屈で抑えることはできても、制することはできない。

 許すこと、寛容であるということの難しさは、生きている誰もが知っているはずだ。

 他人に寛容であるということは、突き詰めればそれそのものが絶対的な個性となる。

 

 『仏』という字は、元は『人に非ず』と書いた字の変形であるとも言われている。

 仏は人ではない。仏のような心は只人には持てないということだ。

 ただ寛容であること、慈悲を持つことであっても、行き過ぎればそれは誰にも真似出来ない。

 ゼファーだって、カルティケヤに怒りや不快感はちゃんと感じている。今だってそうだ。

 それでも同情してしまい、もう彼を憎めなくなってしまうのが、ゼファーの性格だった。

 

 悪を絶対に許さず、根絶やし皆殺しにする。そんなヒーローは子供に夢を見せられない。

 悪に立ち向かいつつ、悪を許す余地を持ち、時に更生した悪に助けられる。

 それもまた、英雄に求められる一つの資質だった。

 

 

「それがいつの日か、君の背中をきっと刺しますよ」

 

 

 ウェルのその言葉が預言なのか、忠告なのか。ゼファーには、判別が付かなかった。

 彼がそうなって欲しいと思っているのか、そうでないのかすらも分からなかった。

 ゼファーが返答の言葉を返す前に、遮るようにウェルはセレナへと話しかける。

 

 

「それとセレナ君。貴女にお電話が一本かかってきてましたよ?

 『アイオーン』が、折り返し電話をかけ直して欲しいとのことです」

 

「え……!?」

 

 

 それまで黙っていたセレナは、自分に話の矛先が向けられた事に驚いたのか、その名前に驚いたのか、ウェルとゼファーに交互に視線をやりながら、慌てた様子を見せている。

 少し珍しい彼女の様子に、ゼファーも目を丸くしている。

 

 

「アイオーンって誰です? ウェル博士」

 

「この施設内で本名を出すと、色々マズい人が居るんですよ」

 

「?」

 

「知りたければ教えても構いませんが、僕の言ったことをもう忘れたんですか?

 君の記憶力の有無に興味はありませんが、必要以上に知ればどうなるかは言ったはずですが」

 

「ゼファーくん」

 

「……ん」

 

 

 知りすぎた者は、この施設から出られなくなる。

 この施設における鉄則だ。一部の子供が永遠に囚われる理由でもあり、研究者の解雇が『抹殺』と同義に扱われている理由でもある。

 アイオーン、というのはもしかしたら偽名なのでは、とゼファーは思考を走らせる。

 そうやって推測し、探ろうとして、セレナに名前を呼ばれ、やめる。

 ただ一言でも、「探って欲しくない」というセレナの意志が伝わるニュアンスだった。

 無論、この二人の間でしか伝わらないニュアンスではあるが。

 

 セレナが知られたくないことであると壁を作るなら、ゼファーは踏み込まない。

 踏み込むべきではないと、彼の勘もそう言っていた。

 ゼファーはソファーから立ち上がり、部屋の出口へと向かう。

 

 

「ウェル博士」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「俺が一人じゃない限り。誰かがきっと、俺の背を刺されないように守ってくれますよ」

 

「慕われている自信があると? 随分自信があるようで」

 

「信じてるのは俺の評価じゃないですよ。俺が信じてるのは、俺の友達です」

 

 

 去り際に、ゼファーの信じるものを口にして。

 

 

「では、今日はこれで失礼します」

 

 

 扉を開け、少年が出て行き、パタンと扉が閉められる。

 そんなゼファーの後ろ姿を、ぼやっとセレナは見送っていた。

 だから、電話を使う許可を得るため、ここに残った彼女は見逃した。

 ベキッ、という音につられてセレナは振り返る。

 テーブルの上に折れたペンが落ちている。それは先程まで、博士の手の中にあったものだ。

 

 

「さて、電話使用の申請は今すぐここでしますか?」

 

「……はい。よろしくお願いします」

 

 

 ウェルは取り繕った笑みを浮かべている。

 セレナが背を向けていた間、ゼファーが部屋から出ようと背を向けた間、ウェルが握っていたペンをへし折った瞬間、彼がどんな顔をしていたのか。

 それを知る者は、誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルティケヤは、今日に至っても約束を守っていない。

 ゼファーは、今日に至っても約束を履行させることができていない。

 調は特に気にしていない。

 そんなこんなで「シラベに、謝れ」という約束は宙ぶらりんなまま二週間が経っている。

 しかし、ゼファーは忘れない。

 彼は自分が破ってしまったものも含めて、約束というものを忘れない少年だ。

 人の命と同じように、彼は約束を重んじる。

 

 

「こんにちわ」

 

「……よお」

 

 

 だからこそ、廊下でばったりカルティケヤと出会った瞬間、ゼファーは咄嗟に道を塞いだ。

 ほぼ反射に近い行動速度。

 ゼファーと反対側の今来た道を戻ればカルティケヤも逃げられるかもしれないが、幼少期から戦場に立っていたゼファーの体力と、研究職の中年で勝負になるはずもない。

 「逃がさない」とゼファーが意思表示をした時点で、彼の逃げ道は塞がれている。

 まあ、カルティケヤにも逃げる気はさらさら無いのだが。

 

 

「座れよ、ウィンチェスター」

 

「いいですけど、逃げないでくださいよ?

 悪いことをしたら謝る。俺はそんな変なこと言ってないと思うんですけど」

 

「逃げてたわけじゃねえよ。

 ただな、俺も研究の結果を提出しなきゃならん期限ってもんがあっただけだ」

 

「……あー」

 

 

 二人は廊下に備え付けの椅子に座る。

 先程まで柔らかすぎて逆に落ち着かないソファーに座っていたゼファーとしては、この安物感あふれる背もたれすら壁で代用した安っぽい黒い椅子がたまらない。

 料亭の食事より行きつけのラーメン屋の方が上手く感じるオヤジのごとしだ。

 対するカルティケヤは、ゼファーの目から見ても、どこか印象が変わって見えた。

 雰囲気が軽くなったというか、表情から険が幾分取れている印象がある。

 言葉からも荒々しさが減り、憑き物が取れたかのようだ。

 

 実際、カルティケヤは変わっていた。

 それが希望を取り戻した子供達によるものなのか、勇気を見せた月読調によるものなのか、思い出した死人の子供達によるものなのか、それら全ての元凶たるゼファーによるものなのか、カルティケヤ本人にも分からない。

 分かることはたった一つ。

 あの日に対峙したことが、自分を僅かであっても変えたのだという確信。

 ゼファーと対峙し、完膚なきまでに叩き折られた時。

 折られた心の芯が、きっとよくないものであったということが、今ではよく分かる。

 

 ゼファーに何かを折られてから、心に感じる重みが心地いいと彼は思う。

 それは罪悪感、自己嫌悪、憎悪を適当な比率で混ぜた何かの重み。

 歪みが消えて、重みが残り、心地が良くなった。

 ならば、最初にあった歪みの大きさはどれほどのものだったのだろうか。

 何にせよ自分の研究に行き詰まり、子供達を無為に使い潰そうとしていたカルティケヤが二週間で延命を許されるだけのものを仕上げられたのだから、彼の変化は相当なものだろう。

 妻子が健在だった頃は、彼もこれが平常運転だったに違いない。

 ゼファーは、それに気付いた。

 ここの研究員達が、変わるきっかけ一つで、犠牲無しに結果を出せるほどに優秀な人間の集まりであるのだと、一つの確信を持った。

 

 

「この二週間のことは俺も聞いてる。お前、分かってんのか?」

 

「何がですか?」

 

 

 この二週間、自分と同じような展開で、自分と似てるようで似てない形で叩きのめされた後の研究者達を、カルティケヤは会議室や食堂でよく見ていた。

 話を聞いて少し頭を回せば、彼もウェルに利用されたという事実には辿り着く。

 癇に障ってはいるが、今はそこが問題ではない。

 カルティケヤが言っているのは、ゼファーの『思い上がり』についてだ。

 

 

「何も変わらねえ。変わるわけがねえんだ。子供(おまえ)が変えられる余地なんてねえ」

 

 

 カルティケヤは、ゼファーに敗北した。

 それはどういう手段で勝ったか、というより、どういう形で勝ったか、という決着だった。

 カルティケヤの中にあった気持ちにも決着をつけてくれた、そんな勝負。

 しかし、彼はそれでもゼファーを過大評価していない。

 

 ゼファーが全ての大人を叩き伏せたとして、それでどうなるのか。

 子供が皆大人に素直に従わなくなった所で、それでどうなるのか。

 どうにもならない。最終的に、何も変わりはしないだろう。

 ゼファーが仮にこの研究所の全ての人間と勝負をして、全員にカルティケヤの時以上の結果を出し、全員を改心させ味方に付けたとしても、その上には軍が居る。

 軍の上には政府だ。どう足掻いても、このやり方だけでは何も変えられない。

 ゼファーが常勝無敵の超人であっても、子供達を救うことは出来ないのだ。

 

 

「お前は分かってないんだろうがな。ここのガキは皆、事実上死ぬために集められてんだよ」

 

 

 受け容れる子供達(レセプターチルドレン)の運命は変わらない。

 ゼファーがここでどう戦おうと、どう抗おうと、救えないとカルティケヤは確信している。

 フィーネの魂に塗り潰されるか、実験で使い潰されるか。

 どちらの運命も、ゼファー・ウィンチェスターが覆すには重すぎる。

 ゼファーと直接やり合ったカルティケヤだからこそ、ゼファーには無理なのだと、そう確信できている。大人と何度戦い何度勝利しようが、何も守れないのだと理解できている。

 

 

「ここの研究全部止めてみろ。世界なんてあっという間に滅んじまうだろうよ。

 ガキ使い潰すくらいに最大効率でやって、それでやっと雀の涙みたいな結果が出るんだ。

 子供を使わないでいいなら使わないって甘ちゃんもここには腐るほど居たけどな」

 

 

 この研究所は、世界を救うため、何を犠牲にしてでも結果を出すと誓った研究者達の集う最後の牙城だ。それ以外の思惑がある人間も居るが、世界を守ろうとする意志に変わりはない。

 世界を救うため、という最終目的だけは、研究者達皆の根底にあるのだ。

 子供のためと研究を滞らせることは、世界の終わりにも繋がりうる。

 だからこそナスターシャは、周囲から偽善者と後ろ指を指されていたのだ。

 

 誰もが研究を止めない。止められない。子供の犠牲を無くそうとしない。

 彼らには、死んでいった子供達に恨まれる覚悟ができている。

 個人個人で形は違えど、子供達を使い潰すことを受け入れている。

 だから止まらない。そんな大人は、ゼファーの綺麗事だけでは止まらない。

 止まってくれるような大人も、子供を犠牲にすることをよしとしない、そんな甘ちゃんな大人も確かに居た。だが、しかし、

 

 

「結果出せねえで消えてったか、割り切ったかのどっちかだったぜ」

 

 

 その内の何割かが解雇という名の抹殺を押し付けられ、残る大半が妥協と挫折と保身によって意見を変え、子供を踏み躙る狂気へと足を踏み入れていった。

 カルティケヤはそんな青臭い研究者達を、心の中でバカにしつつ見続けてきた。

 現実は、英雄の勇姿と綺麗事だけでは変わらない。

 

 

「代案も出さねえでアレも嫌、これも嫌。ああ、ガキはそういうの大好きだよな。

 だけどそれで大人は動かねえんだよ。やりたいやりたくないで物事決めねえんだよ。

 レセプターチルドレンを使う以上の結果を出せる、代案があるってんなら別だがな」

 

 

 「こんなことは許されない」だけでは変わらないものがある。

 「これは間違っている」だけでは変えられないものがある。

 「代案なんて無い」なんて主張が、決して通らない現実もある。

 Aが間違っているからと言って、それを無くすことは難しい。

 Aより優れたBを持ってきて、初めて否定が受け入れられる、そういうことは多い。

 カルティケヤは、子供達を犠牲にしない代案を探しどうにもならなかった甘ちゃん達も、今も足掻き続けているが見付けられていないナスターシャも、どちらのことも知っている。

 代案なんてものはないと、そう知っている。

 

 

「ありますよ」

 

 

 そんなカルティケヤに対し、ゼファーは「代案ならある」と言い切った。

 

 

「な……に……?」

 

「ちょうどいいかもですね。Dr.カルティケヤなら、贔屓目は絶対にないでしょうし」

 

 

 目を見開いて、想像もしていなかった『提案』に驚愕するカルティケヤの目を真っ直ぐに見て、ゼファーは自分の考えを一つ一つ述べる。

 彼らしく筋道を立てて話すものの、要所要所で知識の不足が目につき、少し不安要素もある。

 しかし、カルティケヤは思う。「もしかしたら」と、そう思う。

 ゼファーの提案はそれ単体でこの施設の現状を決定的に変えうるものではない。

 しかし、こうにも短期間で変える足がかりを一つ見つけられたということが、カルティケヤの心中にひょっとしたらひょっとして、という考えを浮かばせていた。

 

 

「お前、なんつーこと、考えやがる……いや、お前の視点ではそんなに特別な事でもないのか?」

 

「どうです? 無謀ですか?」

 

「……いや、そうでもない。そうでもないが……」

 

 

 自分は思いつきもしなかった、しかしこいつには当然のことなのだろう、そうカルティケヤは思考する。少年の話が相当に整理されていることから、ずっと考えに考えていたんだろう、とも。

 子供嫌いのカルティケヤの視点から見ても、悔しいことにその代案の有用性は認めるしかない。

 更に言えば、その『代案』はゼファーの協力が必要不可欠。

 しからばゼファーが代案の使用の条件として、子供達の待遇の改善を要求すれば、研究効率を上げつつも、子供達の犠牲者を格段に減らすことが可能となるだろう。

 

 欠点があるとすれば、レセプターチルドレンの実験を完全に代用することが出来ないため、代案としての役割を完全に果たせないということだろうか。

 それでも、子供達への実験の負荷は天と地ほどに変わるだろう。

 いずれは完全な代案を組み上げていければ、実験の効率を上げつつも、レセプターチルドレンに死者を出すこともなくなるかもしれない。

 

 

「この二週間、俺と同じ方式で何人か蹴散らしてたのはこのためか?」

 

「ただの偶然ですよ。ただ、何かに使えるかもとは思ってましたが」

 

 

 そしてその代案は、ゼファーがカルティケヤにしてやったような勝負と勝利を重ねれば重ねるほどに、説得力を増すという少し特殊なものだった。

 代案単体でどうこうではない。

 ゼファーがカルティケヤにそうしたように、誰かに向き合い、理解し、勝利し、子供達が少しづつ変化を見せる、この流れ。

 今この研究所の中にある流れに乗れば、この代案の提案はそれなりの魅力と説得力を持つと、カルティケヤの頭脳は推測する。

 

 

「……乗ってみませんか?」

 

「何?」

 

 

 推測もしていたし、思考もしていたし、現実にどうかとも考えていた。

 だが、しかし。

 まさか自分が「この代案に乗らないか」と誘われると思っていなかったカルティケヤは、思わず反射的に聞き返してしまう。

 カルティケヤには、この少年によく思われていない自覚があった。

 カード勝負の前には、ゾッとするほどの敵意を向けられてすらいたのだ。

 

 

「お前は、俺のことを多少なりと知っていると思っていたんだがな」

 

「はい、多少なりとも知っています。乗ってくれるかもしれない、と思う程度には」

 

「子供の犠牲を抑えてくれると、そう思うのか?

 俺と分かり合えるとかなんとか甘っちょろいことをバカみたいに考えてるのか?」

 

 

 人間はそう簡単に一度抱いた感情を消すことは出来ない。

 まして、カルティケヤはゼファー・ウィンチェスターが『割り切る』という言葉とは無縁の人間であるということを、彼と親しいナスターシャの口から聞いたこともあった。

 少年の胸の内にはまだ、月読調を傷付けたカルティケヤへの怒り、かつて暁切歌が孤立する遠因となったという因縁、子供を死に追いやろうとしていたことへの敵意があるはずだ。

 事実、それはゼファーの中に消えない感情として、確かにそこにある。

 

 だが、今はそれ以上に、ゼファーはカルティケヤという一人の個人と、手を取り合いたいと思っていた。分かり合いたいと思っていた。

 敵ではなく、味方で居て欲しいと思っていた。

 少しづつでいいから、変わって行って欲しいと、そう思っていた。

 良い印象より悪い印象の方が圧倒的に多くとも、それを理由に拒絶したくなかった。

 彼に、子供達が生きたいと願う一つの命であることを、ちゃんと認識して欲しかった。

 

 カルティケヤには、この少年によく思われていない自覚があった。

 

 

「皆、生きていたいんです。その気持ちは一緒なはずです。

 同じ気持ちを抱けるのなら、きっと分かり合えるはずなんです。

 子供達も、俺も、あなたも」

 

 

 ならば何故、敵意や悪意とは違う、何か暖かいものが言葉の中に込められているのだろうか。

 

 

「生きているなら、変われるはずです。俺も、あなたも」

 

 

 なのに何故、この少年はこんなにも真っ直ぐに目を見て、強く言葉をぶつけてくるのだろうか。

 

 

「本当は誰だって、誰のことも傷付けたくないはずです! 俺も、あなたも!」

 

 

 どうしてこんなにも、この少年の声は、眼と耳を逸らせないくらいに熱いのか。

 

 

「死んでしまえば全て終わってしまいます。

 だけど死んでいないなら、まだ全ては終わっていないはずです。

 まだ、何かを始められるはずです。俺は、友達にそう教えられました」

 

 

 胸に拳を添え、少年はそこから吐き出すように、心臓の熱と共に言葉を叩き付ける。

 ゼファーは信じていた。カルティケヤに対してすら信じていた。

 自分の友を傷付け、数え切れないほどの命を笑いながら奪い、子供達を踏み躙ることをなんとも思っていなかった外道ですらも、変われるのだと信じていた。

 でなければ自分も変われるはずがないのだと、そう信じていた。

 皆で一緒に変われるのだと、そうして共に生きていけるのだと、信じていた。

 

 

「俺は変わりたい。友達に、もう逢えない大切な人に、胸を張れる自分になりたい」

 

 

 死んでいった人にこそ胸を張りたいのだと、ゼファーは声の大きさをそのままに、咆哮する。

 その言葉に、カルティケヤは何を思ったのだろうか。

 妻を怪物に殺され、娘を人に殺され、自分もその手を汚し、変わり果てた彼は何を感じたのか。

 ただ一つだけ、確かなことがある。今の彼は、妻子に胸を張れる立派な男ではない。

 そんなことは、カルティケヤにだって分かっている。

 

 大泣きをした直後のような喉の痛みを、カルティケヤは感じていた。

 今の自分が姿ひどく歪で醜く見え、歯を食いしばる。

 変わってしまった自分を強く自覚し、痛む胸を抑える。

 変わろうとする少年を見て、遠い昔の自分を思い出す。

 博士というものに憧れた少年期の自分を、男から夫になる時に決意した自分を、父親になるのだと自分に言い聞かせた頃の自分を、変わろうとした時の自分を、カルティケヤは思い出す。

 

 少年の言葉の通る耳と胸が熱い。いや、違う。熱いのはカルティケヤの胸の内だ。

 カルティケヤの胸の中で燻っていた、いつからか忘れてしまった熱だ。

 

 子供の頃、テレビの中のスーパーマンが敵を倒すのを見ていたあの時に。

 研究者というものに、博士というものに憧れて、進路を決めたあの時に

 妻に初めて会った日に、一目惚れをして顔まで真っ赤になったあの時に。

 娘が生まれて、娘の小さな手が、彼の親指をぎゅっと掴んでくれたあの時に。

 

 胸の奥に確かにあった、そんな熱。

 

 

「今の俺の姿が、あの人達に胸を張れないくらい情けないことを分かってるから、だから――」

 

「もういい」

 

「え?」

 

「分かる、分かるさ。本当に許せないのは……自分だ」

 

 

 ゼファーの言葉は、語られれば語られるほどにカルティケヤの胸に刺さる。

 上っ面だけの言葉なら聞き流していただろう。

 全く共感のできない言葉であれば聞き流していただろう。

 傷のない、血の流れていない言葉なら聞き流していただろう。

 一度相対し、少なからず相互に理解し合った相手の言葉でなければ聞き流していただろう。

 ただの子供の言葉であれば、聞き流していただろう。

 けれど、そうではなかった。

 

 

「ああ、クソ、畜生が……言われなきゃ分からん俺も、偉そうに説教垂れるガキも。

 ガキに言われてその気になっちまってその気になりかけてる俺も、何もかも腹が立つ」

 

 

 ゼファーが椅子から立ち、カルティケヤの正面に立ち、手を差し出す。

 その手を取れば、カルティケヤはゼファーの提案に同意したということだ。

 子供を犠牲にしない方法があるのなら、その代案の方がいいと認め、子供を使い潰すことをもうしないと誓い、ゼファーと共に何かを変えていく仲間になるということだ。

 この施設の研究者の中で、ナスターシャを除き、最初に子供に歩み寄る大人になる。

 その意思表示であると同義。そういうことだ。

 

 カルティケヤは逡巡する。

 心中で子供への憎悪、罪悪感、彼本来の性質、体に染み付いた悪意が拮抗する。

 保身、打算、損得、利害もあれど、それらはさして大きく扱われもしない。

 躊躇い、迷い、苦悩し、煩悶し、そして。

 

 ほんの少しだけ、子供への憎悪が勝ち。カルティケヤは、ゼファーの手を払いのけた。

 

 

「俺は望んでガキを使い潰していた……あいつらが、のうのうと息をしてるのが許せなかった。

 本当は誰だって誰のことも傷付けたくない? あいにくだが、俺は違う。

 なんだそりゃ? 性善説か? 笑わせるなよ、世間知らずのガキが」

 

 

 捨て切れない。捨て切れないのだ。

 カルティケヤは子供に対して「なんで俺の娘が死んで、お前らは」と言う気持ちを、捨てることができない。自分の娘が理不尽に死に、それ以外の子供が生きていることが許せない。

 理不尽に妻子が殺された現実も、守れなかった自分自身も、彼は許せない。

 だから、子供と手を取り合うという選択が、選べない。

 許し、許されるための償いの道を選べない。

 ゼファーとて、カルティケヤが憎む『生きている子供』には違いないのだ。

 

 だと、いうのに。

 

 

(……クソが、なんで、そんな顔しやがる……!)

 

 

 打ちのめされたような顔をして、今にも泣きそうなのに泣かないままに、ゼファーは気落ちした様子を見せる。おそらく本人は隠そうとしているのだろうが、それでも分かりやすい。

 そんなゼファーを見て、カルティケヤは無性に腹が立った。

 あんな言葉を吐ける人間が何をしているのか、と。

 別の人間にもさっさと当たれ、どうでもいいみたいな様子を見せろ、何こんなことで落ち込んでるんだ堂々と振る舞え、と、「しっかりしろ」という苛立ち。

 そして子供が傷付いたということ、それそのものに対して苛立つという、まるでその辺に居るごく普通の大人のような、カルティケヤというクズが考えるはずもない思考。

 先日までのカルティケヤならば、絶対にこんなことは考えはしない。

 まして、カルティケヤは今、ゼファーと分かり合うため手を取り合うことを拒絶したばかりだ。

 

 彼のその変化に一番戸惑っているのは、無論彼自身に他ならない。

 しかし、それもあるいは当然のことだったのかもしれない。

 カルティケヤの心中の葛藤は、ほんの僅かに子供への憎悪が勝った。

 ほんの僅か。ほんの僅かでしかなかったのだ。

 彼の中にも、ゼファーの手を取ろうとした気持ちが、長年の憎悪にあと一歩で勝てたかもしれなかった暖かい何かが、ちゃんと存在するのだ。

 そして、そこに最後のひと押しが為される。

 

 それは気の迷いか、ただの偶然か、彼の愛するニコチンが脳にまで回ったか。

 あるいは彼を見守る、天上の妻子の想いが起こした必然か。

 カルティケヤの視界の中で、遠い昔の薄れた記憶の中の俯き泣く娘と、目を伏せるゼファーの姿が、重なった。よく泣く娘だったと、忘れていた彼の記憶が蘇る。

 そして、カルティケヤは自分の子供が泣いているのを嫌う男だった。

 四苦八苦しながらも必死で、泣き止ませようと手を尽くす男だった。

 愛は反転し憎しみとなってしまったが、彼はかつてはそういう男であった。

 

 彼の中で、ほんの少しだけ、天秤が傾いた。

 カルティケヤは、舌打ちをして椅子から立ち上がる。

 そしてゼファーに背を向けた。その表情は、ゼファーからは伺えない。

 

 

「いいぜ、乗ってやる。ただし、結果が出なければ俺は俺のやり方に戻させてもらうがな」

 

 

 子供嫌いで、子供が生きていることすら許せなくて、子供をたくさん殺してきて。

 そんなどうしようもなく悪い人で、だけど悪い部分だけで出来ている人でもなくて。

 そんな男が、苦悩の果てに、ほんの少しだけ日和って子供に歩み寄った、そういう話。

 

 

「……! ありがとうございます!」

 

 

 けれどもその一歩が、どれだけ尊いかをゼファーは知っている。

 自分は罪人だと開き直らず、自分は悪くないと責任転嫁せず、抑えきれない憎しみをこらえ、自分の流儀を曲げてまで、彼はほんの少しだけ歩み寄った。

 カルティケヤは下衆の類だ。どれだけ善行を積もうと、善人にはなれないだろう。

 してきた事を考えれば、死後に地獄に落ちてもおかしくはないだろう。

 だがそれでも、「自分が悪である」と開き直って悪行を重ね続ける人間と比べれば、彼の選択は間違いなく『正しい』のだと断言できる。

 たとえ過去に、償いきれないほどの罪を重ねてきたのだとしても。

 この瞬間に、彼がゼファーに感謝されるような選択をしたことは、それそのものは誰かに褒められたっていいはずだ。

 

 カルティケヤは身振りでゼファーに付いて来るように示し、歩み出す。

 何事かと考えるゼファーに背を向け、カルティケヤはゼファーよりも広い歩幅で進んで行く。

 曲がり角を曲がり、エレベーターに乗り、その先へ。

 

 

「10万ドル分、踏み倒す気はねえよ」

 

「!」

 

 

 ポツリと、カルティケヤは呟いた。

 その呟きに、ようやくゼファーは彼がどこに向かっているのかを察する。

 廊下の白い蛍光灯の明かりが終わり、少し黄色のかかった明かりの部屋へと辿り着いた。

 そこは広場。先日ゼファーとカルティケヤがやりあった、大人しい子供達が集まる広場だ。

 子供達の評判が最低最悪のカルティケヤが現れたことで、大人しい、言い換えれば気弱な子供達は、ざわめいたりぎょっとしたり逃げようしたりと露骨な反応を見せる。

 が、その後ろに居るゼファーを見て、多少は落ち着きを取り戻し様子見に回ったようだ。

 

 カルティケヤはそんな子供達には目もくれず、一直線に本を読む一人の少女へと向かって行く。

 誰も使っていない小さな象型の滑り台に座って本を読んでいた調は、そうして自分の方へ向かってくるカルティケヤと、その後ろを歩いているゼファーを目にした。

 本をぱたんと閉じ、調はゼファーをじっと見つめる。

 ゼファーは「大丈夫だ」と言う意志を伝えるため、彼女の目を見てしっかりと頷く。

 それだけで、月読調が逃げる理由はなくなった。

 

 

「シラベ・ツクヨミ」

 

「なに?」

 

 

 調の視線は、ひどく冷たい。

 カルティケヤは彼女が嫌う大人達の筆頭だ。

 子供の痛みを分かろうとしない、偽善者達よりなお嫌悪する殺人者。

 彼が殺してきた子供の内の一人の笑顔を調は覚えているし、彼がやらかした事件で切歌が孤立していたこと、それに苦しんでいたことも調は覚えている。

 分かり合えるはずがない、手を繋げるはずがない、そんな敵だった。

 同じ人間にすら見えない、そんな外道だった。

 

 

「すまなかった」

 

 

 だからか、その衝撃と驚愕は、その部屋の中で調が最も大きかっただろう。

 

 子供達の前で、月読調に向けて、衆人環視の中で。

 子供をゴミのようにしか考えていないと誰もが思っていた、そんな男が。

 子供に向かって、深々と頭を下げていた。

 子供をバカにすることもせず、顔に屈辱も浮かべず、ただストレートに謝っていた。

 

 

「お前に対し申し訳なく思っているからじゃない。

 俺はお前らを使い潰してきたことを、何も後悔していない。

 俺はお前らに恨まれることも、憎まれてることも受け入れている」

 

 

 それはカルティケヤの紛れもない本音。飾り気のない心からの言葉だ。

 だから嘘ではないとちゃんと伝わるし、彼があっさりと改心したわけではないのだと分かる。

 それでいて、もう昔日の彼ではないのだと、調や他の子供達にもちゃんと伝わって行く。

 

 

「じゃあ、なんで私に謝りに来たの? 約束を破ることもできたはず」

 

 

 頭を下げる彼を見つめる、調の両の瞳には。

 得体のしれない怪物である大人……ではなく、そこに生きている一人の人間が映っていた。

 

 

「こいつが……悪いことをしたと思ったなら、頭を下げろと。そう言ったからだ」

 

 

 ゆっくりと頭を上げてから、カルティケヤは親指を立ててゼファーを指し示す。

 もうああいうことは俺がさせない、この人もしない、そうゼファーが言い、調が少し驚いたように目を瞬かせた。調はゼファーの「悪いことをしたら~」という発言を知っていたために、それを大人にまで守らせたということに、驚きしかない。

 「このわからず屋にどんな薬を処方したのか」と調は聞きたい気持ちでいっぱいになったが、今自分が誰に向き合うべきなのか、それが分からない月読調ではない。

 

 カルティケヤは謝った。

 どうやったのかまでは彼女には分からないが、ゼファーは無理矢理ではなく謝らせた。

 ならば、最後に調が果たすべき役目がある。

 

 

「いいよ」

 

 

 許すか、許さないか。その権利と義務は調にあり、調は彼の罪を許す。

 勿論、それは自分を傷付けたことに関してだけだ。

 それ以外のことを彼女は許す気もないし、今の所歩み寄る気も全くない。

 けれど、頭を下げて謝ってくるのであれば、あのくらいは許してもいいかな、なんて思うくらいには。彼女は懐の広い、『いい女』であった。

 

 

「私が嫌いなのは偽善者で、今のあなたは偽善者じゃないから」

 

 

 月読調は大人が嫌いで、偽善者が嫌いで、傷もなく幸せになっている人間が嫌いだ。

 これはそんな彼女なりの、精一杯の妥協と歩み寄り。

 間に立ってくれているゼファーの顔を立てている、というのもあるだろう。

 謝ったなら許してやるかと、頭を下げる大人相手に優越感があるというのもあるだろう。

 誰かが死んでしまった、といった決定的な事柄が無かったのもあるだろう。

 だが、それでも。

 

 大人が謝り、子供が許し。

 そんな光景がこの施設の中で見られるということが、どれほどの奇跡であったのか。

 理解できた者は、その光景に信じられないような目を向けていたはずだ。

 

 

「あ、でも生理的に無理だから近寄らないでね」

 

「……言うじゃねえか」

 

「特に加齢臭が無理」

 

「言うじゃねえかッ!」

 

「どうどう、落ち着いて落ち着いて。ドクターもシラベも落ち着いてくれってば」

 

 

 悪人が善行をちょっとした所で、良い人より上になることはない。

 不良が雨の日に犬を拾うより、捨て犬を何度も拾ってる優しい子供の方がずっと偉いはずだ。

 一度いいことをしたヤンキーより、一度悪いことをしてしまっただけの優等生の方が、ずっとマシな人間であるはずだし、褒められるべき人間のはずだ。

 彼が子供に歩み寄ったところで、マイナスがゼロに近づいただけの悪人でしかない。

 プラスになったわけではなく、褒められるような人間になれたわけではないのだ。

 だけど、けれど、それでも。

 

 悪が許されないのなら。罪が許されないのなら。咎が許されないのなら。

 悪人が、罪人が、咎人が幸せになってはならないのなら。

 『皆が幸せな世界』には、絶対に辿り着くことは叶わないだろう。

 人が繋がれるいつかの未来は、永遠にやってこないだろう。

 人は、自分が『生きていることを許せない人間』とは、絶対に手を繋げないのだから。

 

 もしも、もしもだ。

 人が真の意味で繋がれる、そんな未来を誰かが祈り望むなら。

 その祈りを叶えるためには、許し償わせることが出来る誰かが必要だ。

 許しと償いを受け入れさせる、そんな誰かが必要だ。

 そんな誰かと、『他人と手を繋ぐことを躊躇わない人間』が揃って、初めてそれは成されるだろう。それでも世界征服より数倍は厳しい、険しい道になることは間違いない。

 

 仮に、世界中の全ての人間が笑顔で居られる世界を望むなら。

 全ての人間が、全ての他人がそこに生きていることを許せなければならない。

 そんなことが不可能であることだけは全人類が知っている。

 全ての人が手を繋ぐことは出来ないのだと、歴史が証明している。

 

 不和(バラル)の呪詛が、いと高き月より降り注ぐ限り、永遠に。

 

 しかし、それでも。

 分かり合うことは、絶対に不可能ではないのだと……ここに証を立てる者達が居た。

 調とカルティケヤの間に割って入って行くゼファーは、分かり合うことを尊んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ーネさん。私、あなたの言う通りにはならないと思います」

 

 

 一人しか入れない、内側から鍵を書けられる透けていない電話ボックスのような部屋。

 電波を始めとする一切の盗聴要素を遮断する、機密のためにあるような小部屋だ。

 電話しかできない、その代わりにその内容を外に絶対に漏らさない。

 そんな電話を用いて、セレナ・カデンツァヴナ・イヴは誰かと話していた。

 

 

「未来は未だ来ていないから未来なんです。まだ、何にも決まってない。

 私は信じてみたいと思います。

 今はそう見えなくても、彼はいつか、きっと皆にとっての希望になれると思うから」

 

 

 彼女のできる精一杯の凛とした表情で、彼女は電話の向こうへ言い放つ。

 電話の向こうから届く声は、セレナ本人にしか聞こえない。

 しかし、少し気落ちした彼女の様子から見るに、色好い返事は得られなかったようだ。

 

 

「……そう、ですか。

 なら、いつかきっと、彼はあなたの前に立ちはだかると思います」

 

 

 セレナの言葉から察するに、味方でもなく、敵でもない誰か。

 電話の向こうの誰かは、そんな関係である誰かのようだ。

 

 

「利害や損得じゃないですよ。

 あなたが踏み躙ろうとするものを、彼は絶対に見捨てられないからです。

 あなたが許さなかった人を、彼はきっと受け容れてしまうからです」

 

 

 セレナの強い言葉に対し、電話の向こうの人物も強い言葉で返したのか、セレナの表情が少しだけ険しくなる。しかしほどなく、強い決意を瞳に滲ませて、

 

 

「……死にません。私が、絶対に死なせない」

 

 

 電話の向こうに、宣戦布告のような、セレナらしくもない断言を言い放った。

 言葉も一つ一つも優しく柔らかい彼女らしくもなく、そこには戦う意思が垣間見える。

 そして二言三言ほど交わした後、電話を切った。

 よほど神経を使う相手だったのか、小部屋から出てすぐにセレナはんーっと背伸び。

 所作の一つ一つが愛らしいが、あいにく見ている者は居なかった。

 

 どうしよっかな、と、少し行き先を考えていると、曲がり角から少年と少女が現れる。

 本当にタイミングよく、狙ったわけでもなく完全に偶然で、セレナとゼファー&調はそこでばったりと出会った。親友のシンパシーでもあったのだろうか?

 傍目では、ゼファーがセレナを迎えに来たとでも勘違いしかねないタイミングの良さである。

 

 

「よう」

 

「や」

 

「これから晩飯だけど、一緒に行くか?」

 

 

 二人揃って一言だけ挨拶。

 ゼファーは身振りで一緒に行こうと誘い、調は無言で首肯する。

 ああ、仲良くなったんだな、とセレナは実感して、ニッコリと笑った。

 

 

「うん、行こっか」

 

 

 十人に聞けば十人が『天使の微笑み』と称するセレナの笑顔。

 そして容姿だけではなく、彼女は心も褒められるに値する輝きを持っている。

 けれど、天使だから隠し事は無いなんて、そんなことはありえない。




このカルティケヤって名前のオリキャラ初登場の投稿の前日までグレッグって名前だったんですぜ
繰り返しますがオリジナルキャラにワイルドアームズネーム付けているだけで原作と何も関わりはありません
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