戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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銃の種類を明言すると絶対に齟齬が出て突っ込みどころが出るので適当にぼやかして架空のコスモガンにしていくスタイル
H&K USPやTAR-21のデザインが好きです


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 英雄とは、最弱無敵でなければならない。

 弱者に当たり前のように勝つ強者を、人々は英雄とはみなさない。

 奇跡のように強者に勝つ弱者の物語こそ、人々は英雄譚として語り継ぐ。

 

 英雄とは、己より強い者に勝つ者である。

 英雄とは、不可能を可能とする者である。

 英雄とは、理不尽を踏破しうる者である。

 彼らは、たとえ敵が己よりも強き相手であろうとも。

 負けてはならない戦いには決して負けない者である。

 

 残酷な運命を誰よりも受け入れられない弱さ、最弱。

 世界が定めた運命にすら、抗い必ず勝利する、無敵。

 最弱たる人々の想いを代弁し、未来を絶やす者には決して負けない絶対無敵。

 英雄とは、最弱無敵でなければならない。

 

 最強の力を持った戦士が居るとしよう。

 しかし戦士は、己より強い力を持つ者には決して勝てはしない。

 その時点で、最強にはなれても無敵には至れない。

 

 最弱でありながらも、己より強き戦士を打ち倒す者。

 それこそが真なる無敵の英雄だ。

 

 最弱無敵こそが、最強を超える英雄の執る剣となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七話:Hero/Heroine/Sunlight 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開幕の爆音。

 爆風が双方の体を揺らし、爆炎が互いの視界を遮る。

 そこからの初動はゼファーの方が早かった。

 機械処理による行動判断は人間よりもはるかに早く、悩み思考する必要もない脅威の即時即決の連続だ。しかし直感により、ゼファーは相手より常に一手先んじる。

 ノイズロボを支点として扇を描くように、ゼファーはアサルトライフルを構えつつ走った。

 

 

(挨拶代わりだ)

 

 

 このノイズとの戦いは、何度も頭の中でシュミレートしていた。

 一度たりとも勝てたことはないが、それら全ての想定は彼の頭の中に収められている。

 警戒すべきものも、見出だせる勝利の鍵があるかもしれない箇所も。

 ゼファーは爆炎の中に一直線に突っ込み、イニシアチブを取ろうとしているノイズロボの動きに合わせて回り込むことに成功し、右方寄りの斜め前の位置を取る。

 そして対応される前に、アサルトライフルをマガジン一つ分一気に吐き出した。

 

 効率よく反動を殺し、秒間15発の弾丸を吐き出す最新式の突撃銃。

 ブレの少なさ、レーザーを使うドットサイトなどのお陰で集弾率も桁違いに上がっている。

 更に一発一発が、貫通力を高めたタングステン被甲のアーマーピアシング弾というおまけ付き。

 対人どころか、厚い西洋甲冑を木っ端微塵に粉砕する威力がある鋼の嵐だ。

 放った弾丸の数は30なれど横合いからの馬鹿げた威力の連射は、金槌が鉄床を叩くような音を連続して叩き出し、横からぶっ叩くかのようにノイズを横に転がした。

 位相差障壁が緩ければ、小型ノイズであってもこれで仕留められる。

 ゼファーの中には、そういった確信があった。

 

 

「……、……おいおい……嘘だろ?」

 

 

 甘く見ていたわけではない。

 予想していなかったわけでもない。

 楽観的になどなった覚えもない。

 だが、流石に『ほぼ無傷』というのはゼファーも驚愕せざるを得なかった。

 

 着弾の衝撃で転がり、装甲表面に多少の擦り傷を付け、しかし何のダメージも無かったかのように立ち上がり、敵ノイズロボは既に体勢を整えている。

 アサルトライフルの弾丸は一発残らず命中していたはずだ。

 そして弾倉丸ごと一つ食わせた場合のアサルトライフルの破壊力は手榴弾など比べ物にならず、なのにブドウ型ノイズロボはそれを食らってピンピンとしている。

 上手く行ったはずだった。

 最初から最高の流れで最強の手札をお見舞いできたはずだった。

 なのに、それは勝利ではなく、証明をもたらしてしまった。

 

 今のゼファーの手持ちの火力では、このノイズの装甲は越えられない。

 

 

「―――」

 

 

 機械の駆動音。

 それがまるで、ノイズロボにおける猛獣の咆哮のようだった。

 来る、と感じ考える前に、直感が導くままにゼファーは上体を後ろに90°一気に倒す。

 

 

「ッ!?」

 

 

 そして一瞬の後に、ゼファーの首があった辺りを刈り取る空中回し蹴り。

 ブドウ型は単に跳び、首を蹴り千切ろうとしただけだ。

 しかしあまりのスペック差に、ただの人間では予備動作すら見えない必殺と化す。

 一秒でも反応が遅れていれば、ゼファーはここで首を蹴り飛ばされていただろう。

 

 だが、ゼファーもただやられっぱなしにはならない。

 上体を後ろに倒した状態で無理に踏ん張らず、そのまま背中から地面に落ち、背中全体と背中を覆うマントの性能で受け身をとって衝撃を軽減。

 そして自分の頭上を通過しているブドウ型ノイズに向け、拳銃を発砲した。

 狙いは雑であったが、拳銃の性能に助けられ見事命中。

 空中で踏ん張ることもできなかったノイズロボは、命中の衝撃でバランスを崩し、跳躍の勢いのままにどこかへと転がっていく。

 しかしそれでも、ゼファーに体勢を整える時間は与えられない。

 

 

「ッ! なろ……!」

 

 

 ネックスプリングで起き上がる時間すら短縮したゼファーの視界に広がる脅威。

 爆弾、爆弾、辺りに散らばる爆弾の山。

 ブドウ型ノイズの十八番にして最大の武器が、ゼファーの周囲一体にばら撒かれている。

 直径50cm程度のそれは、おそらく跳躍と同時に発射していたのだろう。

 ゼファーの逃げ道を完全に塞ぐ、恐るべき確殺の一手。

 

 ゼファーはかのノイズと一度しか戦っていない。

 しかしF.I.S.には実は、ブドウノイズの出現記録が実に七件も残っている。

 この行動も記録にあるブドウ型が好んだ『詰ませ方』の一つにすぎない。

 知らないがために、ゼファーは一手先んじることができない。

 

 

(一時二時四時五時六時八時九時十一時に一つづつ。

 走って抜け……間に合わない! 時限で爆発する!

 なら―――)

 

 

 思考は一瞬。

 選択肢の選別と決断は直感に任せ、コンマ一秒の世界で全てを決める。

 ゼファーは逃げの選択肢を捨て、拳銃の銃口を十一時の爆弾へと向けた。

 外側から見れば起き上がると同時の抜き打ち、着弾、そして爆発。

 その流れの余りの早さ、爆弾の生み出した閃光に目を取られ、観客のほとんどは爆風が届く直前にマントに包まって伏せたゼファーに気付かない。

 

 耳を塞がずには居られないほどの爆音が空間に満ち、爆風が多くの爆弾を押し流し、押し流された爆弾が床や壁を巻き込んで大爆発を引き起こす。

 しかしその中で、驚くべきことにゼファーは生き残り、また銃を構え立ち上がっていた。

 ゼファーは爆弾の位置を一瞬で見極め、その中の一つを選び撃って起爆させることで、爆弾の一斉起爆の前に爆弾達を爆風で押し流したのだ。

 言うは易し、しかし実行は難しい、驚くべき度胸と正確な判断だ。

 最初の爆風に巻き込まれても死ぬ、位置を見極められず流された爆弾に触れても死ぬ、爆風が吹き飛ばしてきた小さな破片に抉られても死にかねない。

 かのマントがなければ、到底選べなかった選択だろう。

 

 

「!?」

 

 

 爆弾に気を取られず、即座に本体への攻撃を再開しようとしたゼファーに更なる驚愕。

 『本体に新しい爆弾が生えている』。

 本物のブドウ型ノイズにも、確かに発射した爆弾を再生成する能力はあった。

 しかしロボであるのなら、使い捨てである可能性という希望があった。

 あえなく砕かれた希望であっても、それは勝利の可能性の一つだったのだ。

 

 この特殊な無機高分子に精製した爆薬を注ぎ込んで膨らませ、遠隔操作装置を加えて完成させた爆弾は、同時生成数に限りこそあるものの数百個作ったところで底をつきはしない。

 

 

(この距離で、次に来るのはおそらく10、俺の残弾が……マズい!)

 

 

 ブドウノイズロボの身体に生えている爆弾に抜き撃ち。

 しかしあえなくかわされる。誘爆狙いをあっさりと見抜き、生成しつつの回避はまるで悪夢だ。

 ジグザクに跳び回り、ゼファーの射線を封じつつ爆弾を膨らませながら接近してくる、機動力も防御力も破壊力も桁違いのモンスター。

 勝てるわけがない。

 少年を応援する者が居たとしても、誰もが絶望するはずだ。

 大人と子供なんて比喩にもならないほどに、互いの間に明確な実力差が存在している。

 

 だが、それでも、当事者たるゼファーは折れはしない。

 生きることを諦めず、走りながらアサルトライフルのリロードを終え、牽制に拳銃弾を撃つ。

 諦めを踏破するその意志こそが、機械人形に勝る彼の唯一の武器だ。

 

 

「らぁッ!」

 

 

 直感が「今だ」と叫ぶ。

 同時、ゼファーが破片を含ませているタイプの手榴弾を放り投げる。

 一瞬の後、ブドウがゼファーに近距離で全弾を発射した。

 

 迫る爆弾の群れ、それに降り注ぐ手榴弾の破片。

 これまでにないほどの密集度と数で起爆した爆風が、秒速7mで降り注ぐ手榴弾の破片達が、機械人形ならばまだしも人間には到底生きられない空間を作り出す。

 ゼファーはその中で生を保証される鎧もなく、力もなく、聖遺物の加護もなく、ただマントを纏って伏せることで耐えんとする。

 それはあまりにも無力で、みっともなく、弱々しく、諦めない少年の姿だった。

 至極妥当に、爆風でゼファーは吹き飛ばされていく。

 

 

(……! しまった、爆弾の発射数は10、なのに爆音は9、これは―――)

 

 

 爆風で身体のあちこちに打撲と切り傷を作りながら、ゼファーは敵の策を悟る。

 手榴弾で誘爆できたのは九個まで。

 音から推測するに、ロボはゼファーの対応を読んで爆弾を一個だけ自分の背に隠し、自分の体で守った上で隙だらけのゼファーに打ち込もうとしているのだろう。

 ここまで幸運にも生き残れてはいるが、爆弾が直撃すれば一撃でおじゃんだ。

 爆風に打たれ軋む関節、血を流す全身。マントのお陰でなんとか形を保っているだけのポンコツな体を押して、ゼファーは拳銃の引き金を絞り、残弾を全て吐き出した。

 揺れる銃口から放たれる銃弾が、偶然にも最後の爆弾に当たってくれる。

 そして爆風が、離れてはいても無防備なゼファーに襲いかかった。

 

 

「ぎ、がッ……!」

 

 

 破片が腹、脛、左胸をマントの上から強く叩く。

 揺らいで捲れたマントの隙間を抜けた破片が、右脇腹と左二の腕を抉る。

 顔を庇った右手の甲も、失明を免れた代価として、爪の先ほどの破片が表面を裂いて行く。

 そして吹き飛ばれた先の壁に叩き付けられた左肩が、ゴキリと嫌な音を立てた。

 

 

「―――ッ! かッ、は、あっ……!」

 

 

 ぶらんと下がる左腕。

 観客席からも分かる嫌な当たり方と痛がり方。

 誰がどう見ても、肩が外れていることは明白だろう。

 あと一手。

 あと一手ロボが何か攻撃を加えれば、痛み悶えるゼファーへのトドメとなるだろう。

 笑ってしまうほどあっけなく、少年の足掻きと意志は圧倒的な力の前にへし折られてしまっていた。希望が、現実という絶対強者にへし折られてしまうように。

 

 不気味な熱が這い、運命をねじ曲げていく。

 

 今までずっと真実だけを伝えてきた直感が、囁いている。

 「これが運命だ」「この敵に勝てないのも運命だ」と、囁いている。

 「だから諦めろ」と囁いている。

 避けようのない運命を、自らの主に囁いている。

 

 不気味な熱が満ち、運命をねじ曲げていく。

 

 ゼファーには、『運命』とでも言うべき世界の流れが見え始めていた。

 一種の走馬灯か、命の危機がブーストした直感の本来の機能なのか。

 現実でないものを見ているはずなのに、現実にそうなるかもしれないと確信できる、筆舌に尽くしがたい不可思議なリアリティがそこにはあった。

 ゼファーがここで敗北し、死にはせずとも治らない大怪我をして生き残り、皆の希望は絶え、彼は体が動かぬままに大切な人が死んでいくのを目にし続け、絶望していく。

 そんな絶望に満ちた未来が、運命として用意されている。

 

 不気味な熱が浸透し、運命をねじ曲げていく。

 

 ゼファーは満身創痍で、左肩は外れてすらいる。

 抉れた右脇腹だけでも気絶級の痛みが走り続けていた。

 流れる血がどんどん身体から熱と力を奪い、時間経過で更に不利になっていくだろう。

 彼の手持ちの火力では装甲が抜けない以上、倒す手段も見当たらない。

 スピードも桁違い、爆弾は余波をあと一度喰らえば死に至るほどの規格外。

 どこの誰が、この状況で少年の勝利を信じられるというのか。

 

 不気味な熱が世界を侵し、誰にも気付かれぬままに運命を歪めていく。

 

 誰も彼もが、どこかの誰かの手の平の上だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなものか、と研究者の誰かが言った。

 よく頑張った、と真剣な顔で手を叩こうとしている大人が居た。

 期待外れだな、と白けた顔をしているウェル博士が居た。

 今この瞬間も目を離せず、少女達は絶望の魔の手に覆われつつあった。

 

 

「それなりに粘りましたが……まあ、こんなものでしょうか」

 

「ウェル博士、もういいでしょう」

 

「ん?」

 

「もう決着は付きました……これ以上続けても、無意味なはずです」

 

「えーどうしよっかなー」

 

 

 人一倍優しい、けれどそれをあまりゼファーには向けないマリアの諌言。

 彼女とて、ゼファーに傷付いて欲しいなどと思ったことは一度もない。

 対するウェルは非常にいい加減だ。

 ゼファーの生死すらどうでもいいと思っているということだろう。

 数字が表示されている携帯端末を手の中でくるくると回し、イラッと来る表情で白々しく迷っているフリをしている。

 誰がどう見ても、止める気がないのは明白だ。

 

 そんなウェルの前に、ふらついた足取りの切歌と、彼女を支える調が歩み寄る。

 この光景は、彼女らにとって地獄だろう。

 誰にも傷付かないでいて欲しいと願う心優しいマリアにも。

 背中を押して、この戦場に送り出してしまったセレナにも。

 一番最初に、友を救って欲しいと彼にすがりついた調にも。

 自分のために命を張り、傷だらけになって行く友を見せられている切歌にも。

 

 なぶり殺しにされている血まみれのゼファーの姿は、耐えられるものではない。

 

 

「お願いデス、お願いだから……もう、これ以上……!」

 

「ドクター、私からもお願い。これ以上やったら、死んでしまう」

 

「うーん」

 

 

 嫌いなウェル博士に頭を下げ、懇願することは彼女らにとって耐え難い屈辱だろう。

 子供であるからなおさらに、嫌いな人間にすがることは生理的に嫌なはずだ。

 白々しく、どこか楽しげに聞き流している様子を隠さない、彼はそういう嫌な男だ。

 迷っているのもフリ。停止信号を送れる端末をこれみよがしに見せつけているのも嫌がらせ。

 そして決して、情には流されない。

 

 

「だぁぁぁめぇぇぇぇでぇす! です! このまま続行ですよ!」

 

 

 どこまでも彼の行動原理は自分のためで、他人なんて要素では揺らがない。

 

 

「なぁに手足の一本や二本取れたところで死にやしませんよ!

 ちょうど僕が作ったヤバい医薬品も試したいと思ってたところですしねぇッ!

 死ななきゃ安いもんですよッ!」

 

 

 目を剥き、彼は歓喜の声を上げる。

 それは他人が彼の蛮行に屈し、絶望した様子を見せたことが、彼の自尊心を満たしたからだ。

 自分が偉いと、自分が他人より上だと、実感しているからだ。

 そんな見ていられない醜態を、彼は惜しげもなく晒す。

 周囲の他の研究者達が、自分をどう見ているかをよく自覚した上で。

 

 

「うっ、えぐっ、どうしよう、どうしよう………」

 

「きりちゃん……」

 

「あたしのせいでゼファーが、あたしの友達が……

 どうして、どうしてこんなことに……! うっ、えうっ……」

 

 

 切歌は座り込んで泣いてしまっている。

 調はそんな親友を励ましながら、寄り添いながら、それでもゼファーを応援している。

 マリアは何かを考えながら、手にした暗色の槍を持ち直していた。

 セレナは誰が何を言おうと、何をしようと、ずっと変わらずゼファーを見守っている。

 セレナに至っては、この戦いが始まってから一歩たりとも動いていない。

 そしてウェル博士は、近くの台にあったマイクを機材に繋ぎ、キーボードを叩いていた。

 

 

「これから向こうとこちらで会話ができるようにします。

 ただし、君達は一言も喋らないように。

 君達の声が一言でも混じった場合、即あの場所ごと彼を焼却しますのでそのつもりで」

 

 

 あんまりにも恐ろしいことを言いながら、ウェルは戦場とこの場を繋ぐ。

 ウェルが手にしたマイクから向こう側に声が届き、向こう側の集音器が拾った声をスピーカーがこちらに届けてくれる仕様のようだ。

 

 

「テステス。聞こえますか、ゼファー君」

 

「は、ぁ、ッ、ぐッ……、……? ウェ、ル博士?」

 

 

 ウェルの肉声が部屋に響き、スピーカー越しのゼファーの声が返って来る。

 そして一瞬漏れ聞こえた苦悶の声が、視覚的に見て取れた痛みの数倍の痛みを、その場の全員に実感させた。掠れる声、こらえる苦痛、浅く早い呼吸は文字通りの瀕死を思わせる。

 しかし、それも一瞬。

 ウェルの声を聞くやいなや、ゼファーは呼吸を整え、ある程度語調を直してみせる。

 打たれ強いのではなく、やせ我慢が上手い。

 こうした一瞬のやりとりでも、その人間の本質は出る。お互いに。

 ウェルは機械を止め、ゼファーで別方向の遊びを始めようとしているようだ。

 

 

「こんなに頑張っちゃうなんて、意外と君あの子のこと好きなんですか?」

 

 

 何言ってんだこいつ、と周囲の怪訝な目が彼に向く。

 

 

「そうかもしれません」

 

 

 しかしゼファーの反応に、その視線がぐるりと切歌に移動。

 え、え?あたし? と先程までの泣いていたのとは別の意味で赤くなっている切歌。

 

 

「切歌が好きです。セレナが好きです。調が好きです。

 ここで出会った皆、いつの間にか好きになってました」

 

 

 あ、そういう……と皆の心が一つになる。

 この一瞬だけは、大人も子供もウェルも不思議な一体感に包まれていた。

 幾多の半目が、今度はゼファーに向けられる。

 

 

「だから何かしてやりたいんです。つまんないことでも、何かを」

 

 

 この瞬間、周囲と違うものが見えていたのはウェルとゼファー、そしてセレナのみ。

 特に呼吸を整えるゼファーは、戦闘経験のないウェルの思考に、唯一の勝機を見出していた。

 ブドウ型が止まっている、今しか立て直しの機会はない。

 左腕を右腕で持ち上げ、肩から後方の壁に思いっ切りぶつかり、歯を食いしばり肩をはめ直す。

 観客から息を呑む声が上がった。

 意識が飛びそうな激痛であろうに、それにも構わず、ゼファーは立ち上がる。

 

 

「……ッ!

 たとえば俺にすげー力があって、すげー頭がよくて、すげー金があれば……

 この施設ぶっこわして、何もかもふっとばして、

 外の世界に皆を連れて逃げてそこでみんなを幸せにできるのかもしれない」

 

 

 いつしか彼の言葉は、ウェルではないどこかへ向かう、独り言となっていた。

 なのに。

 その戦いを見守る皆が、その言葉を聞き逃さないようにと魅入られている。

 この戦いに命を懸ける、彼の『理由』を聞くために。

 

 

「でも俺には、力もないし、頭もないし、他の何もない。

 俺は銃を撃って殺すことしか知らない。

 ここで友達になったやつらも、研究者の人達も嫌いになれないまま、好きになっただけで……

 この現実を自分一人で最高に幸せな形になんて、できない」

 

 

 ゼファーは傷だらけで血まみれの、そんな自分の手の平を見る。

 そうだ。彼の手は、こんなにも汚れている。

 己の血で。他人の血で。彼は自らの意志で、多くの人を殺めてしまった。

 殺すことは簡単で、幸せにするのは難しいというのに。

 

 

「それでも」

 

 

 それでも。

 希望もなく、涙を流し、絶望するこの場所の子供達を見て。

 彼ら彼女らの幸せを、諦めることだけはできなかった。

 

 

「それでも、『現実は変えられないから』なんて理由で、何もしないのは嫌だ。

 それが砂粒みたいな貢献だったとしても、俺は躊躇わない」

 

 

 血に濡れた手を乱暴に服で拭き、震える足をパァンと叩き、気合を入れる。

 ほんの少しだけマシになった手で、ゼファーは銃を握り締めた。

 

 

あの子(キリカ)の明日を、ほんの少しでも幸せにしてやりたいんだッ!」

 

 

 セレナの、切歌の、調の、マリアの、マリエルの、数え切れない子供達の未来に叫ぶ。

 そうして彼はうつむかず、前を向いて眼前の敵を睨みつけた。

 

 何度も何度も、彼の目の前には二つの選択肢が並べられていた。

 下を向いて何もしない選択と、リスクと比べればあまりにもメリットの小さい戦う選択。

 前者は諦観、後者は献身。

 ゼファーは、後者を選択した。

 いいものが何も落ちていない下を向くのをやめて、前を向いて……

 明日(みらい)の価値を、ゼファー・ウィンチェスターは高らかに叫ぶ。

 

 その叫びを、大人は誰もが笑わなかった。

 その叫びを、子供は自分達のためのものなのだと心震わせた。

 誰も彼もが、この光景に既視感を感じていた。

 

 倒されるべき災厄が居て。

 傷だらけでも立ち上がるヒーローが居て。

 そのヒーローが守ろうとする、小さな女の子が居る。

 おとぎ話の、テレビの中の、絵本の中の英雄譚。

 

 それに呼応するように、セレナが首からかけていたペンダントが輝きだした。

 

 

(『アガートラーム』……?)

 

 

 それはゼファーの想いに反応したのか、彼を見るセレナに反応したのか。

 『アガートラーム』と呼ばれた赤いペンダントは、純白の輝きを内より放っている。

 それを横目に見て、ウェル博士はほくそ笑む。

 「実験はこれで成功」だと、この場で彼だけが知る陰謀があった。

 そんなことはつゆ知らず、セレナはペンダントを握りしめ、想う。

 

 

(私は信じる。私以外の人間全員があなたを信じなくても、私は信じる)

 

 

 透明な壁に手を当てて、声が届かないのならこの想いを届けるのだと、念じる。

 

 

(あなたは、希望だから)

 

 

 信じる気持ちは、きっと彼の強さに変わってくれる。

 

 

「きりちゃん、信じよう」

 

「調……?」

 

「私達がお願いしたから、きっとゼファーは戦ってくれてるんだよ。

 ……だったら、私達は、ゼファーが勝つって信じるべき。

 何があっても、どんな時でも」

 

「―――」

 

 

 信じてくれと、調に言った。

 信じさせて、切歌を救った。

 その信じる気持ちがどんな結末に至るのかなんて、誰にも保証できはしない。

 ならば、後は気持ちの問題だ。

 女の子に信じられて、それを裏切れないと奮起する、男の覚悟の問題だ。

 

 信じる気持ちが現実を変えてくれるとでも思っている、そんな青臭い子供達のやり取りを、三文芝居でも見るかのようにウェル博士は鼻で笑い、調に頼まれ一時的に切っていたマイクのスイッチを入れ直す。

 透明な壁の向こうでは、ゼファーがようやく体勢を立て直し終えていた。

 

 

「何か貰ったわけでもないでしょうに、安い決意ですねぇ」

 

 

 ウェル博士には、何故ゼファーが血反吐を吐きながら頑張るのかが分からない。

 損得でもなく、利害でもなく、本当に短い間に作り上げた繋がりを理由に、ここまで必死になって命を懸ける理由が理解できない。

 全身の痛みが、ウェルの言葉が、纏わり付く不気味な熱が、ゼファーの膝を折らんとする。

 

 

「貰った『元気』が、この胸の中にあるから!

 元気は、目には見えないけれど──」

 

 

―――なにしろ誰かにあげても減らないのに、貰うとちゃんと増えるんデス!

 

 ゼファーは叫ぶ。そしてダン、と硬い床を踏みしめ、前に向かって強く一歩を踏み出した。

 その一歩で、押し付けられた『運命』をねじ伏せる。

 その一歩で、へばり付いていた『不気味な熱』を振り払う。

 彼は生きる。生きるために戦う。明日からもまた、大切なものを守る為に。

 

―――ありがとう。不器用で、ごめんなさい

 

 

「――大切なものは、目に見えない」

 

 

―――私はゼファーくんにも幸せになって欲しいなって、そう思うの

 

 その言葉はとても静かに、けれど重く、彼がここで積み重ねてきた時間を形にする。

 運命を、その一言でねじ伏せた。

 運命を、その一歩でねじ伏せた。

 不気味な熱が霧散する。

 数え切れないほどの喪失を経て、彼は今、運命を踏み越える。

 

―――そんな現実からすら逃げていたら、あなたは一体何からなら逃げないでいられるのッ!?

 

 

「俺はあの子達の明日を守るッ!

 そう決めた! そう定めた! そう誓ったんだッ!

 この胸の誓いは、誰にも奪えないッ!」

 

 

 調と切歌が思わず走り出し、彼と彼女らを遮る一枚の透明な壁にへばりつく。

 研究者達の中にも立ち上がり、前に出て目に焼き付けようとする者が何人か出始めた。

 運命を変える英雄の卵が、彼らに光を見せている。

 

 

「それは、絶対にッ、絶対だッ!!」

 

 

 人を照らし、目に残光を焼き付ける、そんな輝きを。

 彼はいつからか口にしなくなっていた、英雄から継いだ大切な言葉を掲げて見せる。

 

 

「っ」

 

 

 誰かが、あるいは誰も彼もが、息を呑んだ。

 

 

「ほう……ならば、勝利をもって証明することです」

 

 

 しかし、その光に憧れはしても、感光されない人間も居る。

 その男、Dr.ウェルは手元の端末を操作し、ブドウ型ノイズロボを再起動した。

 ゼファーがどんなに吠えようと、絶対的な力の差は埋まりはしない。

 心だけでは届かない。

 

 ゼファーと相対するブドウ型ノイズが身体を震わせると、爆弾が過去最大に膨れ上がっていく。

 一つ一つが直径1mから2m。破壊力もそれに相応だろう。

 それらを生成し左右に発射、バウンドしながらの待機状態を維持させて次の爆弾を生成、最大同時生成数である12個の爆弾を左右に並べきる。

 一発だけで戦車を鉄屑にするであろう、ゼファーに対して使うにはあまりにもオーバーキルがすぎる、ブドウ型ノイズロボの最後の切り札。

 

 

「右に六発、左に六発、合計十二発の爆弾が―――行く手を遮る高ぁい壁だッ!

 君がその大言壮語を、この現実の向こうに徹したいのなら……越えてみるがいい!

 この強敵をッ! この最強をッ! この絶望をッ!」

 

 

 罪ある者に迫る十二の試練。

 一つ一つが強大、ただの一度の失敗で即死、越えねば明日はどこにもない。

 ウェルの叫びに呼応して、十二の試練が迫り来る。

 ゼファーは新たな相棒(じゅう)を右手に預け、ロクに動かない左腕を横に振った。

 

 

「無論ッ!」

 

 

 痛む左肩は意図して無視し、左腕は銃の固定に添えるだけ。

 レーザーポインターをONにして、大雑把な狙いを付けてから、なぎ払うようにゼファーはアサルトライフルを掃射した。

 片手で突撃銃を使っての精密な射撃は不可能。

 ならばいっそと割り切って、鉄の嵐をバラけさせた。

 

 試練の数は十二。

 その内の四つに命中させ、あまつさえ本体にも当てて牽制をしてみせる。

 マントを使って爆風から身を守る中、それでいいと予想以上に好調な結果に頬がほころぶ。

 この爆風に紛れて、本体が飛んでくる事こそが怖かったのだ。

 

 

「―――」

 

 

 ブドウ型ノイズロボが駆動機関の唸りを上げる。

 心無い機械人形が、まるで予想外の手痛い反撃に怒り狂って吠えるかのように。

 爆風で爆弾がまた押し流されそうになるが、二度目ということもあり事前にそうしてくるだろうという行動予測がそれを押しとどめ、ノイズロボは残り八の爆弾の位置を固定する。

 対戦車として機能する威力の爆弾の爆風の中で、位置を固定できるという異常。

 もはや驚くのも飽き飽きして来るような変態技術だ。

 嵐の中で紙くずを折りたたむだけで踏み止まらせる行為に近い。

 

 陣形揺らがない爆弾の群れは、一糸乱れず最初の鶴翼のままだ。

 それこそが、ゼファーの望んだものだった。

 爆弾を爆風の中で固定できるか、できないか。

 あまりにも情報が少ない中で、直感が絞り込んだ上での最後の二択。

 ゼファーはそこで、敵の強さを信じた。

 自分が『それ』に抱いている恐怖と、絶望を信じた。

 

 

(お前なら、そのくらいやってのけると、信じてた……!)

 

 

 マントに全身を包んで爆風と破片をやり過ごしながら、ゼファーは目を瞑る。

 爆風で爆弾が流されていれば、照明が作り出す影ですぐ分かる。

 「爆弾はさっきの位置で固定されている」と確信するには、それで十分。

 少年はマントの中から拳銃を握った右腕を出し、爆風収まらぬ中目を瞑ったまま連射した。

 

 爆弾の位置は記憶している。

 その上流されぬよう地面に固定されているのであれば、止まった的を狙うのと変わらない。

 この瞬間に、この一瞬にゼファーは賭けたのだ。

 しかし多少の位置のズレと、ゼファーの射撃の腕というマイナス要素も存在する。

 彼は雪音クリスのような銃の天才ではない。

 だからこそ、一つの爆弾につき三発づつと念入りに撃つ。

 拳銃のマガジンには、奇しくも試練と同じ数の弾丸十二発。

 

 鳴り響く四つの爆音が、ゼファーの策が成ったことを知らせてくれた。

 残りの爆弾、合計四。

 ゼファーの手持ちの銃、残弾0。

 リロードなどすれば、その隙に確実に爆殺される距離。

 

 

(位置確認、斜めに転がって抜け……いや、一秒だけ待って引き付ける!)

 

 

 ここが勝負どころだと、ノイズロボも分かっている。

 ここまで散々時限式起爆の攻略法を見せられてきた。

 ならばこそ、残り四つは全て接触起爆型。

 その機動をある程度操作し、ゼファーを追い詰める。

 爆弾の再生成も愚策。そんなことをしている間に四つ全部撃ち落とされかねない。

 四つを巧みに操りつつ、ノイズロボは自分も前に出てゼファーを追い詰める。

 

 対するゼファーはいつもの様に泥臭く、跳んで地面を転がりながら爆弾の合間を抜けていく。

 しかし、それだけに終わらない。

 跳ぶ直前に拳銃のマガジンリリースボタンをプッシュ。手首を振って空のマガジンを排出。

 跳びながらマガジン上部を露出させたホルダーから、マガジン上部を銃に差しこみ横に強く引けば、ホルダーが外れマガジンが半分まで入った拳銃が完成する。

 そして転がりながら、マガジンの底を地面に叩き付ける。

 強く突き刺さるマガジンによりリロード完了。12発分の弾丸が装填される。

 外野から見れば、ゼファーが跳んだと思ったらリロードが完了していた、そんな摩訶不思議な妙技にしか見えなかっただろう。それだけの早技だった。

 

 

(近い位置の爆弾を……いや、違う。こっちだ!)

 

 

 ゼファーは近い爆弾を撃つフリをして、少し離れたノイズロボ本体を狙う……フリをした。

 食らっても損傷しない強度を持つノイズロボだが、体勢を崩され次の攻撃に繋げられることを嫌ったのか、回避行動を取る。

 そして、爆弾の一個に近付いてしまう。

 ゼファーがそこに誘導したかったのだとも知らずに。最初からそうするつもりだったゼファーの射撃は、ロボの対応速度を超えるのだとも知らずに。

 最大規模の爆弾の衝撃が、横叩きにノイズロボを襲っていた。

 

 

「―――」

 

 

 しかし、その人工知能の性能もさるものか。

 目に見えて損傷はない。爆弾の位置を常に把握し、大きなダメージを確実に食らわない位置で踏み止まっていたのだろう。爆弾に近寄り過ぎはしていなかったのだ。

 まるで痛みをこらえるように、駆動音が唸りを上げる。

 左肩に焦げ目がある程度の戦果。

 しかし、それでいい。ゼファーにもこれで仕留められるなどという楽観は毛頭なかった。

 

 拳銃のリロードを終え、右手で撃っている最中にもゼファーの次手への布石は止まらない。

 アサルトライフルを歯に咥え強く噛み、スリングと合わせて固定。

 脱臼したばかりで力の入らない左腕でも、マガジンの交換程度なら可能だ。

 いつものように早くはできない。だから丁寧に、それでも今できる最速で。

 右手で拳銃を撃ちながら、左手でアサルトライフルのリロードをこなす。

 牽制に弾を使いすぎた結果、拳銃の弾丸12発で起爆できた爆弾はたったの一つ。

 しかし結果としてノイズロボは爆弾の衝撃で体勢を崩し、ゼファーはアサルトライフルのリロードを終え、本体からの操作を受け付けていない迫り来る爆弾が最後に三つ。

 

 

「ッ、……ぐッ!」

 

 

 肩が痛む。抉れた脇腹が肉を吹き出した。

 抜けた血がどうしようもない倦怠感を産む。

 彼は歯を食いしばり、それら全てを意志一つで凌駕する。

 アサルトライフルをセミオートで一発、本体に牽制。

 そして三点バーストを三連射。三つの爆弾に見事命中させた。

 

 爆発、爆風。

 マントで防ぐも、小さな破片が額を裂き、大きな破片が左の太ももに刺さる。

 爆風に吹っ飛ばれたゼファーはゴミのように転がり、されど勢いを殺して流れるように立ち上がる。片目が流れる血に塞がれ、全身どこも血で汚れていない所の方が珍しい。

 それでもゼファーは銃を片手に、そこに立っていた。

 

 ウェル博士が差し向けた十二の試練を、ゼファーは奇跡の如く越えてみせた。

 

 

「さあ、戦いは、ここからだッ!」

 

 

 あの劣勢を越えてみせた。その事実に、観客もざわめき始める。

 勝てるのか、勝てるんじゃないか、いやまだ無理だろう、やってみないと分からない。

 応援したくなってきたな、いやあの装甲は抜けないだろう、隠し球があるんじゃないか。

 研究者間に幾多の言葉が流れ始める。

 「どちらに勝って欲しいのか」という、戦いの前に彼らの中に無かったはずの、観測するだけの第三者であったはずの彼らに生まれた感情があった。

 

 

(勝って……!)

 

 

 その祈りは、誰のものだったのか。

 だが誰のものだったとしても、彼に届いているのだと信じたい。

 

 彼の勝利を信じる少女達が居た。

 彼の勝利の可能性を考え始める研究者達が居た。

 しかし、それもこの戦闘を見れば当然と言えるだろう。

 

 ゼファーのやったことは、凡人の技の延長だ。

 しかし、その選択は並大抵の人間ができるものではない。

 「死にたくない」「だから、死なない」そんな思いが伝わってくる。

 凡人であれば死の恐怖で身が竦み、戦闘開始からものの数秒で死に至っているだろう。

 しかし死の恐怖などという余分、生き残るための足枷など彼はとうに捨てている。

 生への執着、死への恐怖、生死の境界が人の心に生じさせる揺らぎ。

 生存のためにそれらを「邪魔だから」の一言で切って捨てられるほどに、彼の生きたいという意思は強い。生きたいという気持ちを絶対に捨てられないことこそが、彼の絶対的な個性だった。

 

 難易度の高すぎるホラーゲームは、最初はどんなに怖くともいずれ怖くなくなってしまう……という有名な話がある。

 生き残るために集中する過程で、恐怖がどこかへ行ってしまうのだ。

 彼の心境はそれに近い。集中力が恐怖を跳ね除ける。

 最善の選択肢に恐れるという行為が含まれていないという単純な理屈で、死を恐れない。

 最高難易度の人生の中で、ゲームオーバーを必死に避け続けてきた、彼だからこその戦法だ。

 

 そしてその無謀と隣り合わせのスタイルを、直感というスキルが補填する。

 生存の鍵を瞬時に発見する眼が、戦闘の流れを読み詰みの状況を徹底して避ける経験が、それらを絶技にまで昇華する感性が。

 それらを合わせた『直感』が、泥臭くとも、奇跡のような生存を何度も成し続ける。

 あと一歩で死に至る瀬戸際を何度も何度も紙一重で生き残り、ほんの一瞬の遅れで死に至る綱渡りを何度も何度も渡り切り、死神の手招きを拒絶し続ける。

 心と勘でしぶとくしぶとく食い下がり、最弱のまま最強に追いすがる。

 

 その果てに、勝利の鍵を見つけられたならば。

 それこそが唯一無二の、最弱が最強を討つ、最弱無敵が辿る道。

 

 

「―――」

 

 

 ブドウ型ノイズは判断する。

 もうこれ以上爆弾を生成する必要はない、と。

 先程のように誘爆によって生まれかねない、少年側の万が一の勝利の可能性を摘み取る。

 爆弾による絨毯爆撃は効果が薄いと判断したようだ。

 少年側の武器ではノイズロボの装甲は抜けない。しかも少年は満身創痍。

 ならば触れれば即死の近接戦で削れば、問題なく勝利できる。

 至極妥当で、論理的で、どこまで行っても戦い慣れのしていない人間が組み立てたAIらしい判断だった。たとえ、オリジナルのノイズの行動パターンに、『一定の距離を取りながら爆弾でひたすら爆撃を続ける』という行動ルーチンが無かったのだとしても。

 それをしていれば、確実に詰みであったというのに。

 

 ゼファーも、ここまでノイズロボの動きを見られれば十分だった。

 「このデータはないだろう」という確信を、いくつか得る。

 「やはり本物には及ばない強さだ」という確信を得る。

 「勝機はある」と確信を得る。

 爆風で吹っ飛んだゼファーとの距離を詰めるため、ノイズが猛然と走り突っ込んでくる。

 ゼファーは静かに、アサルトライフルを構えた。

 

 

「歩行と走行を切り替えられる二足歩行ロボの発明って、ここ20年の話なんだってな。

 ……人間だって、小さいもの踏んだだけで転ぶんだぜ」

 

 

 ゼファーの銃口が下に向かって下がる。

 そしてノイズロボではなく、その足元を這うように、銃弾が放たれた。

 

 二足歩行というのは厳しい。

 かつて、数え切れないほどの技術者達が夢見て挑み、夢敗れたほどに、機械にそれを再現させるのは難しいことだったのだ。

 精密な重心移動、足使い、平衡バランス、そして段差やぬかるみといった地面の状態への対応。

 膨大なデータと機械側の処理能力が要求される、かつて人々が不可能と断じた夢。

 人は空に憧れるように、遠い昔に二足歩行ロボというものを夢見てきた。

 

 それは長きにわたり、人型ロボットというものに人々が憧れていることからも分かるだろう。

 機能的じゃない? 人型じゃなければもっと性能が上がる?

 それがどうしたと言わんばかりに、創作の世界の中に人型ロボはあふれている。

 そしてその夢に現実で挑む科学者達が、エンジニア達が、それこそ星の数ほど存在した。

 人は時に困難さに膝を折られ、時に夢を叶え、現代においてそれを形にしたのである。

 

 しかし、それほどに難しいことだからこそ、ほんの少しの差異が致命の傷となる。

 このノイズロボは現代の技術水準を大きく越えた、トカ博士の変態技術の結晶だ。

 時速数十kmで飛んだり跳ねたりする二足歩行ロボなど、どこに出しても恥ずかしくない大発明と言えるだろう。しかし、それにも限界はある。

 機械は設定された路面状況でしか走れないし、設定されたバランスの取り方しかできないし、設定された状況でしか歩けない。そこが、人間との最大の差異だ。

 

 走行中に飛んで来た弾丸を踏み付けた場合はどうするのか?

 弾丸の直進する勢いと回転力が足裏に発生させるエネルギーはどれほどなのか?

 そこから、どうバランスを取ればいいのか?

 ゼファーの読み通り、そんなデータはこのロボの中に埋め込まれていない。

 ならば結果は明白だ。

 

 一分間に数千、数万と回転する数千km/hの弾丸の群れ。

 踏み出したノイズロボの足裏と床の間に、二つのそんな弾丸が挟まった。

 飛び散る火花、ギィィンとかん高く鳴り響く音、薬莢が落ちる音。

 ブドウノイズロボは踏み込みの勢いをそのままに、すっ転んだ。

 

 

(……よし!)

 

 

 ゼファーが一瞬見失ってしまうほどの脚力だ。

 その脚力に相応に、すっ転んだノイズロボはゼファーの居た位置を通り過ぎ、彼の後方に転がっていく。ラストチャンスだと、ゼファーは一気に距離を詰めに走った。

 しかし、ここに来て失血、太ももの怪我、抉れた脇腹が足を引っ張る。

 彼は距離を詰め切れず、中途半端な位置でノイズロボの迎撃を許してしまった。

 観客も息を呑む。ここに来て明確に晒してしまった、ゼファー側の隙。

 体を捻り、一撃で決めようとするノイズロボと少年の距離、3m。

 誰もが少年が計算違いでミスを犯してしまった、そう考えていた。

 

 ゼファーが距離を詰めながら、両者の中間に大型手榴弾を投げ込むまでは。

 

 

「なッ――!?」

 

 

 戦いを見ていた者達の中から、誰かが声を上げた。

 双方巻き込まれ吹き飛ばされることは必至。

 人間など形も残らない威力だ。こんな距離で爆発させれば、ゼファーは確実に死ぬ。

 誰かがどこかで、つばを飲んだ。

 

 

「―――」

 

 

 これまでがそうだったように、ノイズロボは瞬時に機械的に判断、手榴弾を蹴り上げる。

 自分に向かう爆発物を、機械的に対処する。

 己の耐久力であれば放置することで一方的に殺すことができたにも関わらず、『この状況が想定されていなかった』『正確な対応データがなかった』という、致命の弱点がここで出てしまった。

 だが相手が人間であれ、ロボであれ、こんなもの正しく対応できるわけがない。

 『相手が処理することを信じ、自分と相手を巻き込む位置に爆弾を投げ込む』、など。

 

 蹴り上げられた爆弾が、二人の頭上で爆発した。

 

 

(そうだ、お前は、一手や二手の想定外程度なら鼻歌交じりに処理してくる……)

 

 

 爆風が両者を揺らす。

 しかしあらかじめ想定していたゼファーと、爆弾を蹴り上げるため片足を上げていたノイズロボでは、身体が不安定になる度合いがまるで違う。

 その一瞬をロボはふらついた上体で踏ん張るために使い、ゼファーは銃を構えるために使う。

 

 ゼファーは見ていた。

 最初のアサルトライフル30発の内、8発は敵の左腕に当たっていたことを。

 爆弾の至近距離爆発が、敵の左肩を焦がしていたことを。

 スーツの肩の部分のように、本当にうっすらと、肩の部分に線があったことを。

 

 ゼファーは知らない。

 このノイズが耐久上昇のため、メンテナンスハッチのような部分をわざと作っていないことを。

 柔軟性と強度を両立するため、手足と本体の装甲表皮部分を別々に作り、その接続部分の穴からボトルシップのように中身を組み立て、最後に手足を接続させるという製造過程を。

 半モノコック構造とでも言うべき特殊な構造のため、骨格にあたる構造を組み合わせる関節部分もかなりの強度を持ってはいるが、このノイズロボはその耐久力の殆どを聖遺物由来の材質で出来ている表皮に依存し、それ以外のリソースをノイズの特殊能力の再現に費やしている。

 

 結論。

 手足の付け根は、このノイズロボ唯一の弱点である。

 そしてノイズロボは今この瞬間、爆弾を蹴り上げ爆風で身体を揺らしてしまったことで、ゼファーの目の前でその弱点を晒している。

 

 

(……だから、俺の付け入る隙があるッ!)

 

 

 しかし、生半可な火力では抜けない弱点とも言えない弱点だ。

 強力な銃弾8発でもダメ、距離があったとはいえかの爆弾ですら届かなかった。

 ゼファーの銃で届くのか? 否、そうではない。

 銃弾も、爆弾も。届かなかったのではない。ダメージはちゃんと蓄積されている。

 無限の耐久力などあるわけがない。叩けば叩くだけ、石橋だって脆くなる。

 

 そしてゼファーが放つのは、これまでとは違う至近距離からの秒間15発の集中砲火。

 一発一発がタングステン被甲の徹甲弾だ。

 マッハ3の鋼の獣達が、機械人形の片腕を食い破らんと襲いかかる。

 金属が硬い何かを削る音と、ゴムを強く叩く音の中間のような音が連続して鳴り響く。

 

 至近距離攻撃はゼファー自身の命すら脅かす。

 マントで自分の身体を守るゼファーの身体を、欠けて飛び散ったノイズロボの表皮が何度も強く叩き、くるくると回転して飛んで来た跳弾がマントの上から肋骨を折る。

 マントの下でゼファーは苦悶の声を漏らし、血を吐いた。

 

 

「ぐ、が、あ……た、お、れ……倒れろぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 ブチン、と音がした。

 観客の中で誰かが感嘆に吠えた。

 少女の誰かが拳を握った。

 

 ノイズロボの片腕が宙に舞う。

 絶対無敵と思われた装甲を、ゼファーはここに来て攻略してみせる。

 気付けば、ブドウ型ノイズロボの最強の矛も、最強の盾も、最弱たる彼は乗り越えていた。

 勝たなければならないのだから勝つのだ、とでも言うように。

 

 

「―――」

 

 

 しかし、まだ片腕を肩ごともぎ取ったに過ぎない。

 ノイズロボ本体は今だ健在だ。

 人間を真っ二つにする威力の回し蹴りを、腕の喪失に動揺もせずに機械人形は撃ち放つ。

 痛みがない、死を恐れない、それも模造災害が再現した脅威。

 首を刈り取る蹴撃がゼファーに迫る。

 

 対するゼファーは、耐火ケースを開けてその場に伏せた。

 首を狙った回し蹴りを避けるも、足の負傷からか一瞬遅れ、髪の毛が数本持って行かれる。

 そんな即死技にかすったことを気にも留めずに、ゼファーは耐火ケースの中のマガジンを右手、アサルトライフルのグリップではなく銃身を左手に握る。

 そのマガジンは武器庫で用意した、脆いマガジンに『.308 ウィンチェスター』を改造した暴発マグナム弾を詰め込んだもの。

 迂闊な左脚回し蹴りで、左腕があった断面を晒したノイズに一歩踏み込み、マガジンを放り投げ、アサルトライフルを両手でハンマーのように使い、マガジンを肩の断面に叩き込む。

 まるで、金槌で釘を打ち込むかのように。

 

 

(……本物を再現してるなら、これはセーフだろ!?)

 

 

 ゼファーは本物のノイズが、装甲服の上からでも炭素転換してくることを知っている。

 しかしこのように、持っているわけでもないものをいくつか挟んだ上での一瞬の接触であれば、炭素転換の対象にならないこともあるのだと知っている。

 皮膚装甲の無い断面部なら、セーフだろうという予測もあった。

 いずれにせよ賭けだった。

 しかし彼は、賭けに勝った。

 

 叩いたアサルトライフルをくるりと回し断面に向ける。

 蹴りの終わり際に衝撃を受けたことにより、ノイズロボはたたらを踏んだ。

 そのほんの一瞬の隙に叩き込む銃弾など、決まり切っている。

 アサルトライフルのマガジンの一つに、一発だけ仕込んだ、熱量だけが膨大な榴弾もどき。

 狙うは肩の断面より内部に深く食い込んだ、暴発の危険性が高い強装弾30発入り弾倉。

 

 

「研ぎ澄ませれば―――、一撃にて充分ッ!」

 

 

 引き金が引かれる。銃弾が直進する。

 肩の断面に着弾する。弾丸が火を噴く。

 暴発した弾丸達がマガジンを突き破り、ノイズロボの体内を食い荒らし始めた。

 

 

「―――」

 

 

 まるで悲鳴のような雑音(ノイズ)が、ロボの体内から軋り響く。

 このノイズロボの表皮は抜けずとも、通常の弾丸をはるかに超える弾丸、その数30。

 耐久力のほとんどを表皮に頼っていたノイズロボには、ひとたまりもない。

 当然ながら、これだけの性能をこのサイズに収めたノイズロボは精密機械の塊だ。

 

 基板を砕かれ、冷却器を食い破られ、配線コードが千切られ、独立CPCの一つが潰される。

 銃弾に砕かれたそれらが凄まじい力で押し込められることで、また別の部品が圧力で間接的に破壊され、部品同士が損壊しあう。

 そして部品を貫通した銃弾は、表皮の内側に当たったことで跳ね返され、また逆方向へと破壊の力を向けていく。堅固な装甲が、破壊のエネルギーを内側に完全に留めていた。

 奇しくも、ここにきてその防御力が仇となる。

 密閉された容器の中で爆発した火薬のように、装甲がその破壊の威力を倍増させる。

 

 そして、ノイズロボに襲いかかる暴威の規模とは対照的に、すぐ近くに居るゼファーには破片の一つも飛んで行かない、ロボの内部で完結している鋼の嵐となっていた。

 

 

「―――」

 

 

 左腕の断面より、内部の部品が時折飛び出していく。

 もはやロボより聞こえる音は綺麗な駆動音ではなく、壊れかけの機械特有の耳障りな音。

 何もかもが引っかかり、詰まり、空回りして、ぶつかり合う。

 動けば動くほど自壊していく、そんな音。

 それは、まるで機械人形の断末魔のようだ。

 

 しかし驚くべきことに、その模造災厄はまだ戦いをやめてはいなかった。

 ギギギと、軋む音、壊れる身体、落ちる部品に目もくれず、ゼファーに残った腕を伸ばす。

 触れれば殺せる、模造即死能力はまだ皮膚に残っている。

 まだ殺すことを、諦めてはいないのだ。

 まるでオリジナルのノイズが、自分が死ぬことと引き換えにでも、絶対に人間を殺すことを諦めないことを、そっくりそのまま模倣しているかのように。

 そんな所まで完璧に模倣しているんだな、と、ゼファーは眉を顰めて敵を睨む。

 

 

「悪いな」

 

 

 けれど、もうこの場の勝者は決まり切っている。

 

 

「お前と違って、俺には俺の勝利を信じてくれてる人が居る。負けられない理由がある」

 

 

 ゼファーはアサルトライフルを捨て、拳銃を持った右腕を持ち上げる。

 ノイズロボが右腕を伸ばし、あと30cmで触れる、その距離まで近づいた瞬間。

 ぱぁんと、乾いた火薬の破裂音。

 銃弾は真っ直ぐに飛び、ブドウ型ノイズロボの眉間を強打する。

 

 その振動が、衝撃が、最後の最後のトドメとなった。

 機械人形がゆっくりと崩れ落ち、地面にぶつかり、重量相応の破壊音が鳴り響く。

 

 

「勝った……勝ったぞ」

 

 

 もう、銃を握るだけの力も残っていないのだろう。

 手から銃が滑り落ち、ゼファーもその場に倒れ、仰向けに転がる。

 

 

「もどきでも、模造品でも、それでも」

 

 

 そして仰向けに寝っ転がったまま、誇らしげに、拳を空に突き出した。

 

 

「ようやく、お前に、勝ったッ……!!」

 

 

 ゼファーには届かない場所。

 透明の壁に仕切られた向こうの部屋で、拍手と歓声が上がる。

 絶対に勝てない相手に、絶望的な実力差のある相手に勝った。

 研究者達の誰もが死ぬだろうと予想していた。

 だというのに、『運命』すら覆してみせた。

 ハリウッド映画のワンシーンのような戦いを現実で見れたことに、誰もが興奮を隠せていない。

 

 ウェル博士は気味の悪い表情を浮かべていた。

 マリアは胸を撫で下ろしていた。

 調はやった、やったと言いつつ、透明な壁を笑顔でペチペチ叩いていた。

 セレナは当然だ、といった顔をしていたくせに、へなへなとその場に座り込んでいた。

 切歌は泣いているのか笑っているのか分からない表情で、感謝の言葉を、彼の生還を喜ぶ言葉をずっとずっと口にしていた。

 

 英雄の卵、いまだ孵らず。

 されどその片鱗が見え始めた、そんな戦い。

 この戦いの記録はF.I.S.のデータベースに記録され、以後何年もの間閲覧されることとなる。

 

 運命を捻じ曲げる不気味な熱が、運命を正す絢爛の光に負けた、そんな戦いであった。




十個前後でめっちゃ頑丈で20m弱はありそうだった地下鉄の天井から地上までの層に綺麗に穴を空けるブドウノイズの爆弾
それに平気で耐えるビッキーのシンフォギアの素の防御性能
ロボノイズは相当な劣化品ですが、人間視点だとこういう次元の強さです

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