戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
どちらも、誰にでも輸血できるO型です
「いやはや、いいものを見せてくれて感謝ですぞウェル博士。
研究室の中で見猿聞か猿言わ猿のままではやはりイケませんなー、我輩トカゲ派だけど」
「ご満足いただけましたか、トカ博士」
「満足満足一本満足とくらぁいッ!
あれですな、ウェル博士とは別方向にしぶとい生命力ですな!
サーフ博士にハエ並みの生命力と言われるウェルライフ。
叩けば死ぬのに叩けないイライラしちゃう~、トカなんとか言ってたトカ」
「……」
「我輩、ゴキブリ並みの生命力トカしょっちゅう言われます。
その心は? 叩かれれば死んじゃうナッイーブで繊細な命! マイHP!
ちなみにHPはホクス・ポクスフィジポスの略だぜぃ」
部屋に先程まで居た大半の人間が居なくなった後、部屋に残っていた二人の研究者が話し込んでいる。ウェル博士と、例のロボの開発者たる『トカ博士』その人だ。
設定だとか人物背景を語る必要はない。
その口から出てくる言葉の羅列が全てを物語るだろう。
ウェル博士が苦手とする数少ない人間であるのも納得だ。
このノリに合わせられる人間はそうそう居ないだろう。
「ウェル博士はゲームをやりますかな? 我輩最近課金兵と呼ばれているトカいないトカ」
「いえ、最近はあまり」
「なんとそれはもったいない!
今ならワイル【ピー】ズ 2nd イ【ピー】ョンがPSストアで大好評発売中だというのに!
税込み617円! わーやっすーいお買い得! みんなも買おうご一緒に!」
「あの、みんなとは誰の」
「サントラで戦闘曲聞いてみたら意外と短くて拍子抜けとか言っちゃいかんぜよ!
お兄さんとの約束だ……分かっているな諸君……!」
爆発的な勢いで放たれる言葉とネタのラッシュに思考が追いついていかない。
こうまで振り回されているウェル博士というのも珍しかろう。
「ま、ゲームには対極的な遊び方があるのでありまして。
例えばチート使って俺TUEEEEE無双サクサクプレイング。
それに対する亀甲縛りプレイLV1縛りでラスダンまでクリア。
なーんてものもあるわけですな」
「ま、まあそれなら僕にも分かります。
力を得て蹂躙するか、弱いままで勝つ手段を探すかということですね。
対極的になっているのはかけた労力の違いでしょうか」
「その通り。我輩みのもんたでないので答え引っ張らない良心が大好評だトカ。
ゼファーという少年、縛りプレイの主人公のような印象を受けましたな。
弱いまま、勝つ方法を探し、力なくとも勝つ……ゲーマーの鏡でしょう」
「勝てる相手だったから勝てただけなのでは?」
「STGをやりなされ、吾輩R-TYPEが好きだトカなんトカ。
パワーアップアイテムを一つも取らず勝つのはヒッジョーに難しい。
が、しかし。理屈の上では一発も食らわず足掻いていればその内勝てるトカ。
諦めない限りは勝ちは無くならないわけですな」
なるほど、これが言いたかったのかと、ウェルはどっと疲れた頭で理解する。
特に、縛りプレイがどうという話の着眼点は参考になる。
ゲームがヘタクソな人間は、いくらチートで力を得ても負けることがいくらでもある。
例えばステータスを上げても、物理反射能力を持っている敵を何度も殴ればそれだけで死ぬ。
逆にゲームが上手い人間は、LV1のままでもラスボスにすら勝てる。
何の力を得ずとも、何故か存在する勝ち筋を辿り、勝ってしまうのだ。
前者が力に溺れ絶対的な強さを持ちながら負ける運命にある魔王だとするのなら、後者が力の差を覆し己より強い敵に打ち勝つ英雄。
トカ博士が言っているのはそういうことだ。
戦闘技術や才能、手にしている力とは別の場所にある、『勝つ上手さ』。
ウェル博士はそうして、また一つ新たな視点を得る。
前者の代表格が自分であるのだと、自覚できないままに。
「ん、もうこんな時間でしたか。トカ博士、食事でも一緒にいかがですか?」
「残念ながら我輩、そっちのケはおらぬゆえ。
ウェルだけに同性愛ウェルカムと言われても乗らないのだトカ」
「勝手に人をホモ扱いしないでいただきたい!
そうではなくて、見せたいものがありましてですね……」
「禁断の扉の向こう側の世界とでも申す気ですかな?
男同士でもそんな強引さが成立すると思ったら大間違いですぞッ!」
「ちげえっつってんだろッ!!」
第七話:Hero/Heroine/Sunlight 6
ゼファーが目を覚ましたのは、医務室のベッドの上だった。
「……?」
左目が何故かじんわり痛く、見える視界が半分濁っている。
それが左目の中に残っていた血のせいだと気付くまでにたっぷり十秒。
起き上がろうとして動かした肩から走る激痛に、ポンコツ状態の体を理解。
意識がハッキリしてくるともうダメだ。全身痛んでいない箇所がない。
それでも現状を知らなければと、呻きながら体を起こす。
ぱらっぱらっと、固まった血が体にかけられていた白いシーツの上に落ちる。
そうしてようやく、彼は自分が包帯ぐるぐる巻きで、医務室に寝かされていたのだと理解した。
(戦いはどうなッ……ああ、勝ってた。そういや勝ってたな俺)
壁にかかった電子時計を見るに、夜まで眠っていたようだ。
ゼファーは全身傷だらけだが、見れば不思議と致命傷は一つもない。
直感と生きようとする意志が産む、異常なしぶとさと粘り強さがよく分かる。
死ぬ気でなんとか致命傷だけは避けていたようだ。
「! 良かった、目が覚めたんだね!」
「わぁ……!」
ゼファーの呻き声に反応したのか、カーテンがシャッと開けられ、二人の少女が顔を出す。
セレナとマリエルだ。
二人共あと少しで泣きそうな、それでいて安心したような、嬉しげな笑顔を浮かべている。
「マリエルちゃん、外にいる人だけでも呼んで来て」
「あ、はい!」
状況を聞きたいゼファーの様子を察したのか、それともそれ以外の理由もあるのか、セレナはマリエルを頼み事という形で外に出す。
勝利の後、すっかり気絶タイムだったゼファーには現状が全く分かっていない。
このタイミングで、彼が最も頼りにしているセレナが居てくれた事はこの上ない僥倖だ。
まあ偶然でも何でもなく、医務室に人がぎゅうぎゅう詰めになることを避け、セレナ固定で他の人間がローテーションで看ていたという必然でしかないのだが。
「身体は大丈夫?」
「意外と大丈夫だな」
「そう、じゃあ絶対安静だね」
「おい」
ゼファーの『大丈夫』という言葉を真に受けるのではなく、ゼファーが返答に使った言葉とそのニュアンスから彼の体調を読み取るセレナ。
少なくともベッドから起こしてはマズいだろうと、彼女はそう判断した。
そして、その判断は非常に正しい。
特に肩、脇腹、肋骨がひどい。
他にも抉れていた場所、破片が食い込んでいた場所は多かったが、そちらはなんとか処置が間に合っている。ゼファーは知るよしもないが、実は軽い外科手術まで終えられていたりする。
寝ている間に針を入れられたことに気付いていないのは当人だけだ。
脱臼はあまり知られていないが、後遺症が残りやすい。
自己流ではめ直したらならその確率は倍率ドンだ。
脇腹は肉が深く抉られ、あと少しで筋肉まで抉られていたところだという。
破片の位置があと少しずれていたらと考えると、これが一番致命傷に近いのかもしれない。
唯一の骨折である肋骨は、折れた位置が幸運だった。
よく「アバラがイッた」などと漫画で言われるが、実際シャレにならないくらい痛い上に、息をするだけで痛みが増して行くという悪夢のような仕様。
折れて肺に刺されば死ぬし、内出血が過ぎても死ぬ。
この三つはどれも、重症の類だろう。
実は出血も危険域だったのだが、これはとある人物からの輸血でなんとかなっていた。
その人物はゼファーの命の恩人と言っても過言ではない。
しかし、ゼファーに助けたことをその人物が名乗り出ることはないだろう。
だからゼファーも知ることはない。
今、彼の中には、その人物の感謝の気持ちが形になった『血』が流れている。
「聞いていいか? 俺、なんでここで寝てるんだ。誰が俺を運んで来てくれたんだ?」
「それは……」
その問いの意図は明確だ。
ゼファーは自分の傷が、友人に罪悪感を感じさせてしまうものなのだと分かっている。
気にするな、と言っても優しい人間は気にしてしまうのだと知っている。
かつてのクリスがそうだったからだ。
その日『心配させないため無理をバレないようにする』と曲解されたバーソロミューの忠告は、ゼファーの心奥に未だ残っている。
だからゼファーは全てを黙って、セレナにだけ話して戦いに臨んだ。
彼が守りたかったのは日常、何も考えずに笑える明日、そして希望を持てる未来だ。
勝ったとしてもその結果、彼女らの笑顔が曇るようならまるで意味が無い。
彼は報われたかったわけでもない。戦いを褒められたかったわけでもない。
ただ、友達に笑っていて欲しかったのだ。
自分の功績を認められようが、友達が笑っていられない状況になってしまったら、その時点で彼は敗北したに等しいのである。
だから、彼は隠そうとする。代わりに背負った苦痛をひた隠しにする。
ゼファーの問いは、彼の目的からすれば当然の確認だ。
自分を運んで来てくれたのが切歌や調ならば、確実に隠し通せていない。
切歌は特に罪悪感を感じてしまうだろう。その笑顔が曇ってしまうかもしれない。
そんなことになってしまったら、それこそ何のために戦ったのか分からない。
セレナはそんなゼファーの献身的な心中を、痛いほどに分かっている。
しかし彼女には、彼に真実を伝えられない理由があった。
時間は数時間前に遡る。
戦いが終わり、それぞれが思い思いの場所へと歩き出そうとしていた。
研究者達はデータの整理に、助手達は同僚や上司に酒の肴にもなる今の話を伝えに、作業員はノイズロボの回収に、少女達はぶっ倒れた少年を見て肝を冷やして駆け付けに。
そんな少女達の前に、ウェルが立ちはだかった。
「君達には今日ここで見たことの一切の他言を禁じます。
勿論、ゼファー君に対してもです。君達は今日、ここで何も見なかった」
驚き、困惑し、少女達から異論が上がる。それも当然だろう。
彼女らとしては、ゼファーの健闘をからかいつつ笑って褒めてやりたいに違いない。
ゼファーに対しても他言できないということは、ここで見ていたことも口にできないということだ。つまり、この戦いについても知らないフリをしなければならないということに他ならない。
それは事実上、この戦いを無かったこととして扱えと、そう言うも同じだ。
彼女らも当然ながら反発する。
理由が分からない。意味が分からない。
それがどういう意図から出た発言なのか、全く理解できないからだ。
だというのに、Dr.ウェルは壁を作るように笑顔を浮かべて却下する。
「理由? 教える義理がありませんよ」
どこまでも平行線。
そこでセレナが、次にマリアが、次第に切歌と調も異変に気付く。
しかしなんというか、その異変は言葉にしづらいものだった。
本性を隠す胡散臭い笑顔の下から感じるものが、何か違う。
おかしい、おぞましい、おどろおどろしい、おそろしい。
それらのどれにも近いようで、違うものを感じる。
不定形の感情を感じさせる何か。
彼女らの誰もが思い浮かべることが出来なかったが、この状態に相応しい形容はたった一つ。
ウェル博士はいつもより数割増しに『狂って』いた。何故か、子供のように。
かつては星の数ほどあれど、現代には絶えて久しい本物の『英雄の戦い』。それを未熟なものなれど見せられたことで、ウェル博士の心中に生まれた感情の坩堝。
それを本質的に理解できていた者は、この場には居なかった。
「こっそりバラそう、なんて思わないことです。すぐに分かりますからね。
君らが他言した場合……他言した者の周囲の人間を『処分』します。
無論他言した者も処分しますが、周りの人間を処分する過程を見て貰ってからになりますね」
ウェルはやると言ったらやる男だ。
人情にほだされて土壇場で日和ることなど、絶対にしない。
誰かが他言したならば、その誰かの前でその友人を並べて殺していくくらいはするだろう。
警備員を動員し、銃を並べて不条理に。
たとえその結果、ウェルにどれだけの不利益が発生しようとも、彼は必ずやる。
子供の癇癪と、大人の意地を半々に混ぜた感情で。
子供達はそれを経験として知っているからこそ、渋々ながら了承する。
ウェル博士の指示に従い、何故かけさせられたのか分からなかったペンダント、マリアは暗色の槍を台の上に置き、施設側に返却する。
その中で、セレナが返したペンダントにだけ目をやり、ウェルは口の端を吊り上げた。
「よろしい。彼は僕の助手に医務室に運ばせますので、帰っていいですよ」
ウェルの思惑がどうであれ、勝利の余韻に水をさされた気分なのだろう。
少女達の表情は皆どこか芳しくない。
しかしそれでも、ウェルの思惑なんか知ったことかとでも言うように、口外しなけりゃ見舞いに行ったっていいでしょとばかりに、切歌を先頭に駆け出していく。
そんな切歌、調、セレナに続こうとするマリアに、ウェルが待ったをかけた。
「ああ、そうそう、マリア君。
いざとなれば『その槍』で殴り込もうと企んでいたこと。
今回はおとがめなしとします。せいぜい僕に感謝してくださいね」
マリアは一旦足を止め、振り返り、しかし何も返答せずに走り去って行った。
ウェル博士が口にしたことが事実かどうかは分からない。
ゼファーが本当に命の危機にさらされた時、彼女が動いたのかどうかも分からない。
しかしウェルの頭の中には、ある程度の確信があったようだ。
少女達が去った後の一室で、しかしまだ他の研究員も残っているそこで、ウェルは突如として漏れる含み笑いを始めた。脈絡のない思い出し笑いのように、不気味さが先行する笑い。
「ふ、ふ、ふひひひひっひ」
笑いながら手にしたのは、セレナが置いて行ったペンダント。
この後このペンダントは軽い検査を終えた後、アルコール消毒等の処理をされる。
その後に保管だ。そして、一度保管されれば容易には持ち出せない。
そんなセレナのペンダントを、ウェルはねぶるように一舐めした。
そういった事情があった。
ウェルの思惑はどうであれ、セレナ達はゼファーに事情を話せない。
セレナはゼファーが戦ったことを知っているという前提で少しは話せるが、それだけだ。
そしてセレナ達はゼファーが寝ている間に話し合い、口裏を合わせ、『知らないフリ』をした。
勘のいいゼファーを騙し切るため、ゼファーに最も信用されていて、その疑いの目を向けられにくいセレナが最初の説明を担当する。
「大丈夫、誰にもゼファーくんが戦ってたことはバレてないよ。
ここまで運んで来てくれて手当してくれたのはウェル博士の助手の人。
子供達にはゼファー君が大きな機材が壊れたのに巻き込まれた、って言ってあるよ。
それで心配して来てくれた子達の一人が、マリエルちゃん」
「そう、か。よかった……」
真実に嘘を混ぜる。
セレナは嘘を付くのが得意なのではない。
ゼファーにどう嘘を付けば効果的なのか知っているだけだ。
運んで来て手当をしてくれたのがウェルの助手というのも真実。
何も知らない子供達にゼファーの怪我をどう伝えたかも真実。
何も知らないマリエルがここにいる理由も真実だ。
ただ、そこに一滴の嘘が混じっているだけで。
「実はね、ゼファーくんのお見舞いの人がいっぱい来ちゃってね。
医務室が一時期いっぱいになっちゃったくらいだったの。
だからできるかぎり帰して、数人に外で待ってもらってるんだ」
「本当か? ……なんか、嬉しいな」
「……。本当に嬉しそうだね。なんだか凄い幸せそう」
「そんなこと聞かされたら、それだけで胸の中いっぱいになっちまうよ」
心の底から嬉しそうな表情を浮かべるゼファーに、セレナは複雑な感情を抱く。
きっと彼は、本当にこれだけのことで満足なのだろう。
ウェル博士ほどにとまでは言わないが、もう少し俗物的に欲深になってくれた方が、周囲の人間としては安心できるのだ。
今のままだと、彼が将来的に幸せになれる気が全くしない。
それはまごうことなく欠点である。美徳であっても、褒められたものではないだろう。
ゼファーの傷だらけの身体を見て、ことさらセレナはそう思う。
「……次はもうちょっと、危なげなく勝てないかな?」
「……かっこ良く無傷で勝てなくてごめんな」
本気でその身を案じる気持ち、無言の「心配かけさせないで」が飛んで来る。
本気で申し訳なく思う気持ち、自分を情けなく思う感情が彼の中に湧き上がる。
思い合うからこそ、時に厳しいことも言わなくてはならない。
「かっこ良くなくていいから、私は、怪我をしないで帰って来て欲しい」
「……約束はできないけど、頑張ってみるよ」
セレナの優しい懇願を、ゼファーは直視できない。
その気持ちを嬉しく思うし、セレナのお願いであればなんだって尊重したいと思う彼であるが、こればっかりは難しい。
その願いを叶えるためには、ゼファーが強くならなければならないのだ。
きっと、誰よりも強く。心も体も強く、誰からも傷付けられないほどに。
それはとても遠い、地平の果てにすら思える目的地。
「おっじゃまっしまーすデース!」
そんな目的地へ向かう一歩を踏み出させた友人の一人の声が、医務室に響いた。
「きりちゃん、怪我人が居るんだから静かに」
「まったくもう、切歌ったら」
「おっととと、これは失敬しちゃったデスね」
「キリカ、シラベ、マリアさん?」
「お見舞いデース、怪我の調子はいかがかと!」
セレナは事前に、ゼファーから全てを聞いていたことを三人に明かした。
ゼファーが隠していた理由、彼の気持ちも明かした。
今現在、ゼファーが戦っていたのだと知っている四人の中で、ゼファーに対し、ほとんど偽装無しで話すことが許されているのはセレナただ一人だ。
三人は何らかの形で、誤魔化す方法を考えなければならない。
そこで、セレナが言った。
全員が共犯になって仮面を被ろう、と。
ドクターに言われたからではなく、自分たちの意志で、と。
ゼファー・ウィンチェスターは自分の怪我を誰かが知れば、それがその人の笑顔の邪魔になってしまうと、そんな余分な気の利かせ方をしてしまう気にしいな人だから、と。
そんなことで笑顔で無くなってしまうかもしれない人だから、と。
そのために私達の意志で知らないフリの仮面を被ろう、と。
ゼファーくんの笑顔を、私達の意志で守ろう、と。
友達として、これに限らず、これからも、と。
そう、彼女が言った。
切歌が、調が、マリアが頷いた。
「機械が壊れたのに巻き込まれたとか? 聞いたデス。
大人のお手伝い頑張るのはいいデスが、ほどほどにしましょーね」
「あー、うん。これからは気を付ける」
(俺の怪我はそういう事情にしたんだな、セレナ)
(あなたの怪我はそういう事情にしたんだよ、ゼファーくん)
それからゼファーが起きるまで、彼女らは誤魔化す練習をたっぷりとした。
マリアが色々考えて、切歌と調が笑顔の練習。
にらめっこになったりもしたが、今の二人は本当に自然に笑えている。
この場限りでもいい。この場さえ乗り切れれば、明日からはもう疑いもしないだろう。
「ゼファーは頑張りすぎデスよ。今日はゆっくり休むのがいいデス」
「同意。ひどい怪我だと、私も思う」
「休んでいなさい。あなたが頑張ったことは、ちゃんと分かってるから」
「え、と、ありがとう? って言えばいいのかな、俺は」
ゼファーはありがとうと言う。
しかし、切歌も調も「ありがとう」と口にすることができない。
何度も何度もお礼を言いたいのに、ウェルの言葉が呪いのように行動を縛る。
彼女らの心中は相当に辛いことだろう。
ウェル博士のただの嫌がらせなんじゃないか、と疑ってしまうほどに。
ぶっちゃけると、ウェル博士は嫌がらせも込みで彼女らに他言無用を押し付けている。
「というか、切歌は今日誕生日だよな?
こんな所に居ていいのか? 祝って貰う立場だろ、お前」
「ふっふっふ、問題ナッシング! あたしの今年の誕生日パーティー会場はここデスので」
「は?」
「ゼファーは安静にしてないといけない。
だけどきりちゃんがゼファーを仲間はずれにしたくないって言ってる。
だから私達は考えた。うんと考えた」
「私は止めたんだけどね……でも何故か私の妹までノリノリで」
「待て、ここ医務室」
「他に誰も居ないし、マムに許可はもう貰ってあるよ?」
「セレナァ!」
困惑するゼファーに、どこか満足そうな様子を彼女らが見せる。
してやったり、という顔を誰もが隠さない。
今日は切歌の誕生日。そして、ゼファーが守った切歌の笑って居られる明日だ。
彼の頑張りは無駄にはならなかった。切歌が九歳になる未来は、彼の流した血が守る。
そんな彼への、彼女なりのささやかな感謝。
「パーッとやるデス、パーッと!」
「いぇ-い」
「うんうん」
切歌が盛り上げ、調が感情薄目に乗り、セレナが同調して、マリアが額に手を当てる。
ツッコミに回っていたゼファーも、いつしか笑顔になっていた。
「……まったく、本当に楽しそうだな、キリカは」
「誕生日が来て嬉しくない子供なんて居るもんデスか!」
「それもそうか」
ゼファーは自分の誕生日なんてものは知らない。祝われた覚えもない。
けれど不思議と、切歌のその言葉に同意してした。
それはある種、どんな子供にだって備わっている、本能のようなものだったのかもしれない。
廊下の向こうからマリエルや調が食べ物や飲み物を持ってきて、その辺の台や机に次々と適当に並べて行く。やんややんやと騒ぎが広がっていく。
皆が笑って、ゼファーが笑う。
そんなゼファーの笑顔を見て、セレナは優しく微笑んだ。
ゼファーの嘘が、被った英雄の仮面が、本気の嘘ならば。
セレナの嘘は、彼女が周囲に被らせた仮面は、どこまでも優しい嘘だった。
彼に何も気付かせず、彼の笑顔を守るための嘘だった。
「にいちゃー!ぶじかー!」「きかいにつぶされてぺしゃんこだってー!?」
「しんじゃやだー……」「しなないでー!」「はらへったー」
「きりかのたんじょうびがどうだかってきいた」「マリエルー?どこー?」
「え?あにきけがしてんの?」「おかしもってきたよー」
ゼファーを慕う子供達が、切歌の誕生日を祝おうとした子供達が、一度はゼファーを見舞いに来たのに帰された子供達が、ただ騒ぎたいだけの子供達が集まってくる。
「あれ? なんだろう」
「どうしたの? マリエル」
「セレナちゃん、しらないケーキとのみものがあったんです。だれがもってきてくれたんだろう」
「……うーん、何と言えばいいのかな。見舞い品には違いなんだろうけど……
どうしてこう、ゼファーくんはツンデレな大人の男の人に好かれるんだろう……
面と向かって祝ってあげればいいのに。その資格が無い、とか思ってそうだよね……」
「? だれのかわかるの?」
「複数人からお見舞いとお祝いだよ、きっとね」
少しだけ、どこかの誰か達が歩み寄ってくれた証が届けられる。
「ゼファー、ありがと」
「どうしたキリカ? また突然だな」
「『どうやったのか知らないけど』、
あたしが誕生日を迎えられたのはゼファーのおかげデスよね? だから、ありがとう」
「……約束、したからな」
そんな医務室の片隅で、並んで座って話す二人。
切歌はただ一度のみの、礼を言う機会を得た。
何度も何度も礼を言いたい気持ちを抑え、万感の気持ちを込めて感謝する。
ゼファーは、守れた約束を心に刻む。
その嬉しさも。それと共に、心に刻まれる後悔の痛みも。
ゼファーは、守れなかった約束も心に刻む。
「そういや、言ってなかったな」
「デス?」
「キリカ。誕生日おめでとう」
明日をも知れぬレセプターチルドレン。
だからこそ彼ら彼女らの『誕生日』は、とても重い意味を持つ。
誕生日を祝われるということは、とても幸せな意味を持つ。
ゼファーはそれを守った。これから先も守るのだと誓った。
誕生日という特別な日が、その祝いの言葉を、彼の守れたという実感を、彼女の救われたという実感を、ほんの少しだけ特別にしてくれる。
「……うんっ!」
花が咲いたような笑顔。
ゼファーだけが見たそれは、まるで満開の向日葵のようだった。
その笑顔だけで、全ての痛みが消えたと思えるくらいに、彼は報われた気持ちになれた。
子供達が医務室でどんちゃんやっている中、食堂で額を突き合わせる二人の男。
共に天才、トカ&ウェルの変態コンビ。
紆余曲折あったが共に食事は取れているようだ。
「ふーむ、脳に備わっている素粒子観測能力とは。
こりゃまたぶったまげったーロボなハッケン? ケン・イシカワ? と言えるでしょうな」
「ようやくデータが集まりましたので、彼女に出してみようかと。
彼女から貰っていた猶予も五月までという制限付きでしたからね」
ウェルから見せて貰った書類をめくりながら、トカはカレーうどんをすすっていく。
ズズズと音が鳴る度にウェルは気が気でないのだが、不思議とうどんの汁は一滴たりとも書類にかかってはいない。謎だ。激しく謎だ。
まさしく科学の力! ……科学でいいのだろうか?
「最近あまりナスターシャ主任を見なかった理由はそれですかな。
彼女の倫理観と熱意には眼を見張るものがあるんだトカ」
「あっはっは、あんな頭が前時代的なだけのオバハンに何を期待してるので?」
「惚れ惚れするくらいに無自覚クズ発言でトカ困っちゃう」
メガネクイッとするウェル。
ハンバーガーを食べていたために汚れている指が使えず、小指で眼鏡を押し上げているのがなんとも情けない。
今ここに居ないからと露骨な陰口を叩いているのも加わって倍満だ。
「クズクズ言われると流石に傷付きますよ?
と、言うか、そんなに僕が嫌いなのによく話してくれますね」
「我輩、反応悪いツレないツンデレより反応良いナイスなナイスガイの方がグッドなゆえ。
ウェル博士は性根が肥溜めのように腐り切っておりますが、反応いいので嫌いじゃないトカ」
「は、はは、そうですか……」
そんなウェル博士ですら押されるのだからトカ博士のノリはお察し。
天と地の間にこの男のノリについて行ける者はそれこそ片手で数えられるだろう。
「ふむ。なれば吾輩、一世紀に一回限りのシリアス顔で忠告を申しましょう」
「シリアスの割合少なすぎるのでは」
「ミミズだって、オケラだって、生きているから超カッコいいんだトカ。
生きてるって信じられないくらい素晴らしいことなんだトカ。
それが分かってる人間は、そりゃー等身大の火星ゴキブリよりしぶとくもなりますぞ」
そんな人間が語るシリアス。
しかしギャグ世界のギャグ星のギャグ空間の生物と侮る事なかれ。
たまには、彼だってまともなことは言う。
「Dr.ウェルにとっては獲物でしょうが、狼と狩人。どちらが獲物になるかは分からないトカ」
ウェルはゼファー達を、家畜のように見ている。
しかし今日のノイズロボとの戦いで、トカは家畜に生え揃った牙を見た。
自分の最高傑作の一つを破壊されたことに、彼は感嘆と創作意欲の刺激しか感じていない。
逆に言えば、刺激されるだけの何かを感じていた。
「……肝に銘じておきますよ」
ウェル博士はようやくシリアスが出来ると、眼鏡を光らせた。
「失敬、今言われたセリフ、最初の『キモい』の部分の後は聞き流していたトカ」
「全部聞き流してんじゃねえか!」
「突然ですが『江戸川コナン』と『枝豆ご飯』の語感の近さときたら!
ご飯なだけに語感もクリソツ。栗ご飯もたいそう美味だトカ。是非食したいトコロ」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ッ!」
そして即座にハシゴを外される。
ウェルは言葉にならない叫びで吠えた。
目的のためトカ博士とこれからしばらく打ち合わせないといけない、ウェルの明日はどっちだ!
自分の一番苦手なジャンルは純ギャグか恋愛物かのどっちかだと思います
WA2の特集見つけたのでつい衝動的に割烹に載せてしまいました