戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
男言葉なのは恫喝の時や威厳出したい時に、男に転生してた時の経験が出てるみたいな感じで
フィーネさんの全台詞抽出とかやってたらややこしくて自分でも混乱してます
「……全く、君には敵わないな」
「じゃあ!」
「なんでかな、君を見てると離婚した妻が連れてった息子を思い出すんだ。
全然似てないのにね……元気に、してるといいんだけど」
「会って後悔する、会わないで後悔する。
どっちがダメなのかは俺には分からないですけど……
会って後悔する分には、元気かどうか知ることは出来るんじゃないですか?」
「……うん、そうだね。会いに行こう。ありがとう、背中を押してくれて」
「いえ、お子さんを大事にしてあげて下さい」
セレナの視線の先で、ゼファーが研究者の一人と話している。
最初はゼファーを嫌っていた研究員だった。
だけど時々話して、本音で語って、時間をかけて、分かり合って。
少しづつ歩み寄ってもらって、仲良くなった。
それが、ゼファーがセレナにしてもらったことを忘れていないがゆえの行動なのだと、セレナが知って赤面したのがいつだっただろうか。
子供達にも、大人達にも、距離感を計りながら、相手を傷付けないようにと最大限の優しさと気遣いをもって接し、仲良くしようとする。
ゼファーがそんな日々を送り、もうすっかりこの施設のどんな場所にも馴染んだ頃。
もうゼファーがF.I.S.に来てから、八ヶ月という時間が経とうとしていた。
「悪いセレナ、待たせたか?」
「ううん、全然」
セレナがゼファーを救い、そこから全ては始まった。
この研究所の人も、環境も、皆の考え方も、少しづつ変わって行っている。
いい意味でも、悪い意味でも、人が変わらないなんてことはありえない。
ゼファーが誰よりも心の弱い人間から、少しづつ変わって行っているように。
結局カルティケヤは、ゼファーの利用価値が薄れても離れては行かなかった。
サーフはずるずる妥協している内にそれなりに譲歩した。
ウェルも彼なりにゼファーを気に入ったようで、頼まれれば代価と引き換えに手を貸している。
研究者内の問題児達ですら、というか問題児から順に、分かり合うことができた。
あいつですらそうなら、自分も……と思った研究者も居ただろう。
興味を持って、まず話してみようかと思った研究者も居ただろう。
誰にでも媚びていて気に入らない奴と思った研究者も居ただろう。
万人に簡単に好かれる人間が居るはずがない。
それでも、自分を好いてくれる人と嫌う人の比率は、努力次第でいくらでも傾けられる。
自分を嫌う人とだって、共存することもできる。
共存していく内に情が湧くこともあるだろう。
つまりは、意思一つだ。
大事なことは、他者といつかの未来に繋がることを諦めようとしないこと。
「お腹減ったね」
「今日の昼なんだっけ? チーズバーガーだっけ?」
そんな彼を、ずっと傍で彼女は見守り続けた。
この研究所で八ヶ月もの間、誰よりも近くで、誰よりも長く。
もうすっかり、二人は誰もが認める親友の間柄。
友情は信頼という水を吸い、想いに照らされて育つ植物だ。
二人の間には、決して揺らがない信頼関係が構築されている。
「明日はどんな日になるのかな?」
「きっといい日になるさ。少なくとも、俺はそう思ってる」
この二人が揃っていれば、きっとそこに希望は絶えやしないだろう。
小さく未だ未熟であれど、この二人を見ていると、物語の勇者とその相棒が想起させられる。
彼らが戦い、勝ち続けるのであれば、それは語り継がれる英雄譚となっていくはずだ。
この二人の、どちらか片方が死なない限りは。
第八話:Ave Maria 3
セレナ・カデンツァヴナ・イヴは内向的な人間だ。
厳密には調のような物静かな人間とも違う。
大人しい、穏やか、虫も殺せない、優柔不断、気が弱い、お人好し、愛嬌がある。
そういった表現が似合う、絵に描いたような美少女である。
ゼファーは彼女を希望と呼んだ。
子供達は、彼女を心優しい少女だと言う。
大人達は、彼女を手のかからない子供だと言う。
総じて、セレナ・カデンツァヴナ・イヴは「いい子だ」と呼ばれるタイプである。
姉のマリアが、自慢の妹だと誇る良心的な少女であった。
ただ、彼女という人間は、それだけで語れるものではない。
いつだって笑っている人間は、何も感じないくらいのバカか、大抵のことを乗り越えられるくらいに辛い思いをした人間のどちらかだ、なんて言葉がある。
そも、この研究所に拾われるような子供が、まっとうな幼少期を過ごせているわけがない。
お気楽脳天気という単語がこれ以上なく似合う暁切歌ですら、過酷な過去とトラウマを胸の奥に秘めていたりもするのだ。
セレナ・カデンツァヴナ・イヴもまた、心優しいだけの少女ではない。
「お姉ちゃんを見習って、いい子になるのよ」
大人達にいつからそう言われ始めたのか、彼女は覚えていない。
ただ、物心ついた時には、そう言われていた記憶があった。
彼女の両親をはじめとして、言っている方には頻繁に言っているつもりはなかったのだろう。
それでも彼女の脳裏には、事あるごとにそう言われているという記憶が刻み込まれていた。
セレナとマリアは、東欧の辺境の一地方に生を受けた。
日本では中東ほどに紛争地域のイメージを持たれていないが、一昔前は負けず劣らずの規模で、どこもかしこも銃口が火を吹いていたほどの激戦地であった。
セレナとマリアが生きているこの時代にも、まだ紛争が続いているほどに。
国を失い、親を失い、住む場所を失い、居場所を失い、人としての尊厳を失いかける日々。
戦火は、姉妹からありとあらゆるものを奪って行った。
それでも、日々口にする物にすら困窮する苦難の中でも姉妹が折れなかったのは、支えてくれるたった一人の家族の存在と、幼い頃に祖母に教わった一つの『歌』のおかげだった。
りんごの歌。
優しく、穏やかで、覚えやすく、耳の中にすっと入ってくる旋律。
姉が口ずさんでは妹が続き、妹が口ずさんでは姉が続き、どちらかともなく一緒に口ずさみ。
時には姉妹の口ずさむ旋律に周りの人が耳を傾けたり、乗ったり、拍手をしたり。
難民として
だからセレナはマリアが大好きで、マリアはセレナが大好きだった。
両親と祖母を紛争で失い、それからずっと二人は身を寄せ合って生きて来た。
それはF.I.S.に来る前も、来た後も変わらない。
一目会った時に運命を感じたほどに相性のいいゼファーであっても、セレナにとっての一番がマリアであることは揺ぎないと、そう感じているくらいに、二人の愛は強い。
けれども。
現実は、セレナに安易な好意を許さなかった。
好きな気持ちだけがあったなら、その気持ちだけで姉に接することが出来たなら、セレナはどんなに楽だっただろうか。
「マリアちゃんはいい子ね。セレナちゃんも、お姉さんのようになれたらいいわね」
まだ両親が居た頃には、両親に。
国も親も住む場所も失った後も、周囲の大人達に。
セレナはそんなことをずっと言われ続けてきた。
マリアはセレナが胸を張って自慢できる姉だ。
多少抜けている所もあるが、勤勉で、努力家で、思いやりがあり、優しく、気遣いのできる、いつの間にか皆の中心になっている少女だった。
特に小さい子供には姉のように、母のように慕われる人間だった。
マリアは社交的で多くの人から慕われていた。セレナは内向的でそんなに友人も多くなかった。
マリアは天才ではなかったが、積み上げていく人間だった。セレナは当時、自主的に自分を磨くということもよく分からなかった。
大人にも子供にも頼られるのがマリアで、その後ろを付いていくのがセレナだった。
傷付けないのがセレナで、優しくするのがマリア。
愛されるのがセレナで、愛してあげるのがマリア。
誰かに受け入れられるのがセレナで、誰かを受け入れるのがマリア。
他人に踏み込まないのがセレナで、踏み込むのがマリア。
皆の中心に居るマリアに、そっと寄り添うように立つセレナ。
言い換えれば、彼女はずっとずっと『マリアのおまけ』のように見られていた。
彼女本人を見ていた友人も居ただろう。
姉のマリアを始めとして、マリアがとても敵わないようなセレナの長所を見ていてくれた周囲の人間も居ただろう。
だがそれも、マリアの周囲の、マリアのついでに彼女を見る人間の視線の数の前に霞んで行く。
自然と周囲に好かれるマリアの長所が原因か、セレナを個人として見る人間の数よりも、『マリアの妹』として見る人間の数が圧倒的に多かった。
それはF.I.S.に来る前も、来た後も変わらない。
ずっと、出来のいい姉と比べ続けられる妹。
自分を見る目に姉というフィルターがかかっている感覚。
憧れても、ああはなれない、姉妹だから殊更に実感する劣等感と誇らしさ。
「私をもっと見て欲しい」と思っても、口には出せず、曖昧に微笑んでしまう性格。
じんわりと、染み込んでくるような辛さと苦しさ。
「しょうがないよね、マリア姉さん優しいもん。当然だよ」
なのに、彼女はそれに納得してしまう。
ずっと「君らしくなろう」ではなく「姉のようになろう」と言われてきたことを、誰よりも姉を理解し認める優しい妹は、納得として受け入れてしまう。
胸の奥のじくじくとした痛みを、姉を認めてもらえたという誇らしさで消せてしまう。
なのに、普通の子供ならグレてしまうような境遇で、彼女は誰よりも心優しく育っていった。
それは、彼女が誇りに思う姉よりもずっと、彼女が心の強い者だったからだ。
「私は私にできることで、姉さんを助けてあげないと」
セレナの友人は知っている。
彼女の折れない心、窮地における判断力、他人に決断を促す力、苦しくとも微笑んでみせる精神力、傷付いた人間を支える力、誰も傷付けようとしない鋼の意思。
それらは平時では本当に目に見えにくく、しかし大切なものなのだと。
その恩恵に預かっているマリアやゼファーは、それを特に実感している。
この二人は鋼のハートとは程遠いために、尚更に。
何もなければ、彼女はずっとマリアを支える人間として生きて行っただろう。
愛する家族を支え、どこにでもある兄弟姉妹への悪感情を好感情で塗り潰し、大人になったらそれも笑い話して笑い合う、そんな人間として。
あるいは彼女らしく、心強く優しい者の宿命として、いつかの未来にどこかの誰かを救って、死んでいってしまったかもしれない。
未来の可能性は無限大だ。
しかし、その時に彼女にあった未来の可能性は、一旦全て白紙に戻される。
その日セレナは、『悪魔』と出会った。
「あら、素敵……少しだけ、弟を思い出す目をしてるわね。あなた」
貴金属を柔らかな糸に加工したかのような髪。
上質の絹をきめ細かくしたかのような肌。
金の瞳、女性の理想型のような容姿、『少女』ではなく『女性』としての美しさの完成形。
なのに、美の完成形の一つだとすら思わせられる美しさも、長身であるのに膝まで届く現実離れした長さの美しい髪も、「自分とは違う」と確信させられる圧倒的な存在感も。
それら全てが、どこか人間離れした印象を持たせられてしまう。
悪魔はセレナに、『フィーネ』と名乗った。
「あなたは私のことを知らないでしょうけど、私はあなたのことを知っているわ」
神も天使も、人の善き部分を信じ、試練を与えて成長を信じる者。
対して悪魔は、人の善くない部分を知り、契約を迫る者。
悪魔は人が嫉妬や劣等感から離れられないものなのだと知っている。
そして捧げたものに相応の代価を人に与える。契約を破ることは決してない。
フィーネという名の女性は、何千年も己の目的から人を幸にも不幸にもしてきた、人ならざる者であった。己が悪役であることなど、彼女はとうの昔に自称している。
彼女の目は、既にセレナの内面を見抜いている。
参考になる資料は豊富、そして数千年磨いた慧眼もある。
フィーネからすれば、つまらないことや自分と他人の違いが気になって仕方ない、そんな思春期の少年少女の思考回路など単純明快にもほどがある。
その内に秘められた光も、光を僅かに陰らせる心の闇も。
どこか微笑ましいものを見て、フィーネは妖艶な笑みを浮かべる。
魅力的というより、取って食われそうだと思わせる笑みであった。
「私なら、あなたの悩みを消すことができるかもしれないわよ」
自分の底の底まで見透かされている感覚。
ゼファーがセレナに対し度々感じていた感覚を、この時はセレナがフィーネに対し感じていた。
心臓が高鳴る音と、背筋が寒くなる感覚が同居する。
悪魔に「魂を売れ」と言われているのだと、セレナは思った。
彼女は本来、そんな安易な誘惑に乗るような人間ではない。
「欲しくない? 何があっても、どんな時でも。
姉ではなく、あなたの側に付いてくれる『あなたの味方』」
けれど。
その誘惑は、姉への複雑な感情と、胸にいつまでも残っていた寂しさが合わさって、セレナの心をどんなものよりも大きく揺らした。
ずっと、ずっと、ずっと思っていた。願っていた。祈っていた。望んでいた。
姉ではなく、自分を見てくれる誰か。
姉ではなく、自分を一番に思ってくれる誰か。
姉ではなく、自分の味方になってくれると確信できる誰か。
寂しかった。自分を見てもらえないのは寂しかった。
悲しかった。姉と比べられて見習えと言われるのが、悲しかった。
惨めだった。そんな自分を、大好きな姉当人が慰めてくれるのが、みじめだった。
セレナは優しく、他人想いで、心も強い。
だから他の人が耐えられないような心の痛みにだって耐えられる。耐えてしまう。
神様でもなんでもない彼女は、人並みに傷付きもする心しか持ち合わせていないというのに。
彼女はずっと、こんな気持ちを胸に抱いて、誰にも吐き出せないままに生きてきた。
そんな気持ちを抱いた上で、その気持ちが小さく見えるくらいに大きな愛と、『大好き』を周囲に向けられる彼女がどれだけ尊いか。
それを分かってやることは、最大の理解者であったマリアにすら叶わなかった。
半身、相棒、片割れと言っていいほどの理解者は、この時点でのセレナには存在しない。
セレナはいつも姉と比べて自分を取ってくれると確信できる誰かの不在、「姉に置いて行かれたら自分は一人ぼっちになってしまう」という小さな恐怖を胸に抱いていた。
姉が自分を置いてどこかに行くはずがない、なんて考えだけで振り払えるわけもない恐怖。
「そうなるという確証はないけど、そうなるという確信はあるわ。
私の助言を聞いたあなたなら、間違いなく『彼』を絶対的な味方にできる」
手を差し伸べるフィーネ。
その手を取るということは、悪魔に魂を売り渡すということ。
彼女の走狗となることと引き換えに、欲しかったものを手に入れるということだ。
悪魔と手を繋ぐことで、手を繋いでくれる誰かと出会えるかもしれない。
セレナの手が持ち上がり、揺れ、迷うように宙を泳ぐ。
「その代わり、私に余すことなく伝えて頂戴。
あなたが見たこと、聞いたこと、感じたことを。
あなたが私に払う対価は、今はそれだけでいい」
そして、迷うセレナに、悪魔は核心を突く一言を放つ。
「この手を取りなさい。そうすれば―――あなたはもう、どんな時でも一人じゃなくなるわ」
その日、セレナ・カデンツァヴナ・イヴは、悪魔に魂を売り渡した。
悪魔との取引で、彼女は普通の研究者は近寄ることすら許されない場所に立っていた。
入るも自由、誰かを連れて来るも自由。
その権限が悪魔に魂を売った対価に手に入れたもの。
「……」
白と灰……その二色しか存在しない、ほぼ何もない部屋。
その日、その時、その場所で。彼女は『運命』と出会った。
「―――」
枯れ木か、燃え尽きた灰。
気を失って壁に寄りかかるゼファーに対する、それがセレナの第一印象だった。
人として大切なものを全て失ってしまった後のような、生気の無い姿。
セレナが一瞬死体なのかと思うほどに深く、その少年は泥のように眠っていた。
泥に沈んで行く死体のように、力無く。
恐る恐る一歩、また一歩と彼女は彼に近付いて行く。
花に吸い寄せられる蝶のように。磁石の両極のように。飛んで火に入る夏の虫のように。
どんな人間かも分からない。もしかしたら怖い人かも、という気持ちもあった。
しかし、ここに来る前に感じていた不安は、いつの間にかどこかへ消え去ってしまっていた。
その少年を目にした瞬間から、どこか不思議な気持ちが彼女の奥から湧き上がって来て、不安や期待といった感情が押し退けられて行く。
眠る少年の前に辿り着き、少女はしゃがみ込む。
浅い呼吸。呼吸の音も小さく、耳を近付けないと聞こえない。
顔色も悪く、肌もよく見ると傷の跡や治りかけの傷でいっぱいだ。
少女は伸ばした手で、少年の頬にそっと触れる。
(……冷たい)
死人のように冷たい、とまでは言わない。
なのに生気が、熱がどこまでも薄かった。
まるで、彼女には見えない彼の精神の状態が、そのまま肉体に現れてしまっているかのようだ。
セレナの手の平よりも冷たいその頬は、彼が今どれほど『あたたかいもの』を失ってしまっているのかを、彼女に伝える。
触れてあげたいと、彼女の胸に自然と湧き上がる気持ち。
自分の中にある熱が、暖かさが、少しでも伝わってくれれば……そんな優しさを胸に抱いて。
彼女がそう思ってしまうほどに、彼は心も体も冷えきっていた。
凍っているかのように冷たいのではない。
暖かさが何一つとして残っていない、そんな冷たさだった。
セレナが少年の手を取って、少しづつ熱を伝える。
まるでセレナの暖かい心が彼に熱を与え癒やすように、少年の表情が和らいでいく。
それがこの場所で初めて、彼が与えられた救いだったのかもしれない。
「ん、ぅっ……?」
頬と手を暖め続けて、けれどいつまでも起きない彼にずっと付き添うわけにも行かないわけで。
やがてセレナは立ち上がり、スカートをパンパンと払い、外へと歩き出していく。
しかし、外に出たまさにその瞬間、声がした。
鉄格子越しの向こう側で少年が身を捩る。
少女の熱が、御伽噺で王子が姫にするキスのように、彼を目覚めさせたかのようだった。
「……生きてる? 俺、生きて……って、ここは……? 鎖? どこだよ、ここ」
声を聞いて、目が覚めてからの彼の姿を見て、どこか心が落ち着いていくような感覚を彼女は感じていた。ずっと探していた「ここだ」という自分の居場所を見つけたような、そんな気持ち。
ゼファーが初めて会った時に感じたものと同じ、あるいはそれ以上の感情。
いつの間にか、セレナの頭の中から、フィーネのことなど全て吹っ飛んでいた。
アベル・ボナール曰く、友情にも一目惚れはある。
恋愛の一目惚れなど言うまでもない。
ならばきっと、最上位の相性の良さであるならば、存在するはずだ。
『信頼の一目惚れ』なんていう、どこか現実離れしたものだって。
そしてこの気持ちは、これから何ヶ月もかけて、様々な形に変わりながら膨らんで行くこととなる。
「あ、起きたんだね」
セレナが声をかけ、それに反応する少年。
彼女が一目で相手に何かを感じたように、少年側も何かを感じたことが分かる。
蝶や蜂が蜜を求めて花に誘われるように。
正反対の性質、磁石の両極が引かれ合うように。
光と暖かさを求めて、虫が炎に飛び込んで行くように。
人と人の出会いに働く重力がある、なんて言った人も居るが、この二人の間にはまさしくそれが働いていた。
「ここはどこだ!? というか、まず君は―――」
「落ち着いて、私はどこにも行かないよ?
あなたが満足するまであなたのそばに、ここに居るって約束する。
ちゃんと答えるから、一つづつ質問してね?」
その出会いは誰かに仕組まれたことだったのかもしれない。
運命に定められた、歯車を噛み合わせる行為の一つにすぎない出会いだったのかもしれない。
だが、それでも。
そこに二人が感じた感情だけは、誰にも仕組むことのできない、彼らだけのものだった。
「ここはF.I.S.って研究所のお部屋。
私の名前は、『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』」
あなたのお名前、なんですか?」
互いが互いに、運命を感じた。
「ゼファー」
最後の最後。
この場所での出会いから始まった彼と彼女の関係。
その関係の終わり、最後の最後の結末に至るまでの運命はもう定められている。
「ゼファー・ウィンチェスター」
誰かが変えることができなければ、その結末は必然。運命とはそういうものだ。
「ゼファー……うん、素敵なお名前だね」
セレナはゼファーの手を取って、柔らかく微笑んだ。
重ねた手から伝わる鼓動が、暖かさが、優しさが流れ込んでいく。
白と灰の牢獄。
震えていたゼファーに触れ、こんな牢の中に閉じ込めて居させたくないと、どんな時も響き合うように一緒に居たいと、そんな想いを膨らませて行く。
いつの日か、必ずここから連れ出してあげるのだと、いつしか彼女は胸に誓っていた。
内向的で、あまり積極的に動かないのが常の彼女だ。
それは慎重とも、時に臆病とも言われる。
そんな彼女を突き動かすのは、「君と二人なら、きっと何も怖くない」という気持ち。
現時点では色気もへったくれもない、そんな一目惚れから来る感情だった。
元々行動の縛りなど無いに等しいものだったのだ。
セレナが悪魔の走狗から、彼の最大の理解者にして絶対の味方になるのは分かりきっていた。
いや、セレナが分かっていなかっただけで、それはただの予定調和だったのかもしれない。
少なくとも、フィーネ・ルン・ヴァレリアにとっての『想定外』は、この時点で何一つとして発生していなかったのだから。
「ごめんね、マリア姉さん。こんなことに付き合わせちゃって」
「あなたに一人でさせるよりはずっといいわよ。私は、あなたの姉だもの」
セレナとマリアが注射器片手に、実験室で吊り下げられたペンダントの前に立っている。
二人は揃って腕の血管の位置を確認し、注射器を腕に当てた。
その注射器の中に込められている薬剤は、研究者達の間で『LiNKER』と呼ばれているもの。
「私達二人で、LiNKERの後押し付きで『アガートラーム』に触れれば……
そうなる可能性の一番高い未来が……未来が、見えるかもしれないんだって」
「誰かにそう教えてもらったの? マムに?」
「……研究者の人だよ」
「……ふぅん」
何かを察した上で問い詰めないでいてくれる姉に、セレナは心中で感謝した。
フィーネのことは口止めされているため、セレナは誰にも話せていない。
こんな実験が研究者の側から回ってくるあたり、どこかフィーネの影がチラつくというか手の平の上で転がされている気もするが、セレナに選択肢はない。
どうせここで見たものも報告しろ、と後で言われるに決まっているのだから。
セレナはどこか焦っているように見える。
妹の返答に少し距離を感じて、寂しそうにしている姉の姿が目に入っていないくらいに。
『では、始めてください』
実験室に備え付けられたスピーカーから、ナスターシャの合図が届く。
セレナとマリアは互いの目を見て、頷き、ほぼ同時に注射器を動かした。
流れ込む薬が全身に浸透し、二人の体に秘められた力を引き上げる。
そんな二人に呼応するように、『ペンダントの形に加工された聖遺物』が輝き始める。
何かを掴もうとするように、求めるように、二人がペンダントに手を伸ばす。
細い指先がペンダントに触れた、その瞬間。
二人の意識は一瞬にして、別の場所に飛ばされていた。
「……」
「な、なに? なんなの!?」
もしもゼファーがここに居たならば、「あの珠の時と同じだ」と言っていたかもしれない。
リアルをそのまま持ってきた光景を、リアリティの無い視点で見渡す感覚。
セレナとマリアは聖遺物の力を引き出し、未来の一端を目にしていた。
そうなる可能性が最も高い『運命』。日向の陰る未来の姿を。
「セレナ、これは……」
「あれ、ゼファーくん……?」
そこで、マリアとセレナは『結末』を見た。
夕焼け空の下、何もかもが燃え尽きた灰の世界。
赤い空、血に染まった大地、赤い血肉を見せる腕や足がその辺りに転がる、凄惨な光景。
命がたった二つしか残らなかった、赤き焔が全てを飲み込みつつある終わりの形。
その片方、魔神は宇宙に響き渡るほどに高らかに、勝利の嘲笑を鳴り渡らせていた。
その魔神の前で、諦めを知らぬ英雄が立ち上がる。
全身が血まみれ、片腕は既になく、左足もよく見れば足首から先がない。
抉られた両目の跡から流れる赤い血が、まるで涙のようだ。
そしてその右手には、真っ二つに折られた銀の剣。
ただの鉄屑と化した剣の残骸を振り上げて、英雄たる少年は立ち上がる。
『滑稽だな』
「……う、る、さぃ……」
魔神の声に、そんなことは自分が一番良く知っているとばかりに、声にならない唸りを上げる。
誰も守れず、誰も救えず、最後の最後まで『生きたい』という願いだけは叶え続けて。
その果てに、その少年は一人ぼっちになっていた。
怨嗟の声を、死者の怨念を、そんな邪な祈りですら、少年は聞き届けてしまう。
そこで、セレナとマリアは『こうなってしまった』理由を理解した。
この少年は、他人の祈りをことごとく聞き届けすぎた。
その努力の果てに、どこかが壊れてしまったのだろう。
周囲は、そんな少年を信じ過ぎ、無責任に責任を背負わせすぎた。
皆で力を合わせれば乗り越えられるはずだったことですら、その少年に一人に任せてしまった。
その果てに、この世界がある。
誰かが英雄になってしまったせいで、誰もが英雄になれなかった世界。
ボタンの掛け違いが、世界をどうしようもなく終わらせた。
「おれが、みんなを、まも―――」
『お前以外は皆死んだというのに、何を守るのだ?』
魔神が突き付ける現実を振り払うように、少年は歯を食いしばって飛びかかる。
飛び上がる少年の両の目の跡から、力を込めたことで血が頭に昇り、血の涙が流れた。
折れた銀剣が振り上げられ、魔神の首元に向けて振るわれて。
英雄は、魔神の炎に一瞬で消し飛ばされた。
あまりにもあっけない、そんな死に様。
『人間も所詮、私がその気になればこんなものか』
呆然と、姉妹はその光景を目にしていた。
それは世界の終わり。世界の終焉。世界の結末。
それもその少年……『ゼファー・ウィンチェスター』の年齢を見れば、すぐ近くまで迫っている絶望であった。
今の光景のゼファーの年齢は、20は行っていなかったように思える。
ならばあと十年前後の間に、この光景は現実となる可能性が高い。
大人が知れば、どれだけの問題となり、どれだけ焦るか想像も付かない。
世界を誰が終わらせたのかは分かる。
そして、何故終わってしまったのかもこの光景が教えてくれた。
英雄と人々が引き起こした破滅と終焉。
しかし、いつだって心を一つにして困難を乗り越えてきたはずの姉妹は、この光景に違うものを感じていた。『何が悪いか』ということに、全く違う感想を抱いていた。
セレナは、英雄に問題があるのだと思った。
周りを頼らず、責任を分け合わず、自分が潰れるまで何もかもを背負い込んでしまった英雄。
その果てに、周りの全てを巻き込んで終わってしまうなんて。
もう少し。もう少しだけ、この英雄が変わってくれたなら……と。
ただそれだけで、英雄も周りの皆も救われたはずなのに、と。
そう思い、そう感じた。
マリアは、周囲に問題があるのだと思った。
特別な誰かに全てを押し付けて、平気な顔をして他人事にする。
そんな人々が悪いのであって、押し付けられた者に責任はないのだと。
もう少し。もう少しだけ、この人々が変わってくれたなら……と。
ただそれだけで、英雄も周りの皆も救われたはずなのに、と。
そう思い、そう感じた。
セレナは彼を信じた。
彼が少しだけ変われば、それだけでこの結末は回避できるはずなのだと。
マリアは彼を信じなかった。
人はそんなに強くないと、一人に世界の結末を託すべきではないのだと。
妹は彼の強さを見て、姉は彼の弱さを見た。
妹は彼に全てを託そうと考え、姉は皆でその責任を分かち合うべきだと考えた。
妹は一人の優しい英雄を望み、姉は英雄に優しい世界を望んだ。
((絶対に、こんな未来には―――))
セレナは彼に寄り添い、彼のそばで『変える』ことを決めた。
彼が幸せになれるように、たくさんの人々が幸せになれるように。
彼を変えることを決めた。
マリアは彼から離れ、彼の味方ではない形で『変える』ことを決めた。
彼が幸せになれるように、たくさんの人々が幸せになれるように。
人々を変えることを決めた。
ゼファーを変えようとするセレナが常にゼファーの傍らに居るのも当然。
ゼファー以外を変えようとするマリアがゼファーの物語に絡んで来ないのも当然。
姉妹の努力がどう形を結んでいるのかは、ゼファー視点では眼に見えないだろう。
セレナの功績はゼファーの内にしか働かないし、マリアの功績はゼファーの視界の外側でこそ、何かを変えている。
もしもそれが目に見える時があるとすれば、ゼファーが成長した時に彼の内面に。あるいは彼が周囲を変えようとした時に、周囲の変わる度合い、彼の外側にしか見えないだろう。
セレナはゼファーに語りかけ続け、マリアはゼファー以外に語りかけ続ける。
ゼファーと話している内に彼の雰囲気に飲み込まれ、「彼の在り方も有りかもしれない」と思ってしまう可能性を恐れ、マリアは自然と距離を取る。
セレナは話せば話すほど惹かれ合い、距離が近付いて行く。
姉妹で分け合う一種の役割分担だった。
今日から続いて行く日々の中で、姉妹はそうして生きて行く。
そして映像の最後に、世界の終わりの光景が崩れ、新しい終わりの光景が映し出される。
「あれは、私……?」
「あれは、セレナ……?」
ゼファーと同じように、セレナの結末が映し出され始めた。
それもまた、『運命』であるのだと伝えるかのように。
血まみれのセレナ。
跪くゼファー。
瓦礫の洞に変わったF.I.S.の研究所。
セレナが光の粒子に変わり、消えて行く。
ゼファーが叫ぶ。
天より堕ちた巨人の如き、白い怪獣が悲鳴を上げる。
絶望の声が鳴り渡る。
瓦礫の中に埋まる死体がいくつも見える。
炎が全てを飲み込んで、少年の姿も飲み込まれていく。
そして、魔神が復活する。
それら全てが、少女の死を引き金として引き起こされていた。
「ここしかない」と、妹は覚悟を決めた。
「認められない」と、姉は覚悟を決めた。
セレナ・カデンツァヴナ・イヴの末路。
それを変えようと姉妹は思う。たとえ、その変えたい方向が違うのだとしても。
そこからの日々は、順風満帆とは行かなかった。
セレナは近付く度に、知る度に、彼という個人に重荷を背負わせることが辛くなる。
たとえ彼が変われたとしても、重荷を背負わせることをよしとできるかどうか怪しかった。
彼を信じるから託そうとするし、彼を好ましく思うからこそ背負わせたくないと思う。
何より、彼女には一つの恐れがあった。
ゼファーは周りの人々と触れ合う度に、人々に求められる者に変わって行く。
その成長には、セレナも関わっている。
もしやと、ある日彼女は思った。
その少年を英雄に押し上げ、処刑台に送ってしまうのは、もしかしたら自分なのではないかと。
迷いは振り切れず、今も続く。
マリアは周囲を変えようとした。
彼女なりに、時に話しかけ、時に会いに行き。
しかし大衆に歌ではなく言葉で呼びかけた場合の彼女の宿命なのか、どうにも効きが悪い。
言ってしまえば向き不向きの話で、彼女はこうしたことにあまり向いていなかった。
そうしていく内に一部を除いて、アガートラームに見せられた光景の初期段階のような光景が出来上がっていく。
未だかの未来には程遠くとも、不相応の重荷であると彼女が思うことに変わりはなく。
何も変えられた気がしないということは、妹の末路もまた変わっていないということで。
焦りは実を結ばず、今も続く。
姉妹は遠い未来と、近い未来を共に変えようとそれぞれ足掻いている。
しかし変えられたのか、変えられていないのかも分からないまま時間が過ぎて行く。
手応えのない作業の繰り返しほど、人の心を苛むものもない。
ゼファーがこの研究所の在り方を変えようともがいていた時と同じ気持ちを、二人も感じていたのだった。明日を変えることの困難さと苦労は、彼らが共通して抱く苦痛であったのである。
それは、つまり。
未来と運命を知り、それを享受せず、決して諦めず、より良き明日を目指す資質。
聖剣に選ばれた者達の、宿命であった。
「お前みたいなガキが世界を知った風に語るなッ!」
今日もまた、ゼファーは自分をよく思っていない大人の前に立っていた。
殴られた頬は赤く、口の端から血が流れている。
そんなゼファーの背中を、セレナの揺れる瞳が見つめていた。
大人の誰もがゼファーに賛同しているわけではない。
こうして、ゼファーに対し苛立ちを感じている者も居る。
何故その研究者が怒っているかと言えば、ゼファーが語る理想に寄りすぎている言葉に、苛立ちを感じてしまったからだ。
笑いもせず、怒る。
それはその研究者が、理想というものを抱き、折れたことがあるからに他ならない。
元中二病の人間の方が中二病の人間に対し苛烈に反応してしまうように、自分の中の暗部や欠点を見せ付けて来るような人間に対し、人は自然とキツくあたってしまう。
何も知らない子供が偉そうに、無知な子供が知った風に、そう思う大人も居るだろう。
事実、ゼファーは生きてきた年数だけで言えば、この研究所の大人の誰にも劣るのだ。
「どんな世界を知ったとしても、俺は俺の世界をこう語ります」
だが、そこは問題ではない。
言葉に乗る重さは、ただ生きてきた時間の長さだけが示すものではない。
大切なのは重ねた人生の長さではなく、そこに刻んできた想いの大きさと数。
言い変えれば、人生に刻まれた傷の数だ。
「俺を救ってくれた世界は、人は、こんなにも素晴らしいんだって……そう、語ります。
他の誰かが、この世界を汚いだとか、醜いだとか、救われないだとか言ったって。
ずっと、ずっと、明日も、その先も……
この世界はいいものなんだって、明日はきっといい日になるって、そう語り続けます」
ゼファーは差し伸ばされた手を忘れない。
貰った元気を、恩を、優しさを、救いを、光を忘れない。
世間を斜めに見てるだけの人間に、世界の汚い部分を見た上で「素晴らしい」と胸を張って言えない人間に、その言葉は劇薬だ。
真っ直ぐに目を見て、人や世界を素晴らしいものなのだと胸を張って言い、その研究者を含む個人個人をしっかりと見ていることを伝え、人間賛歌を自然と口にする。
ならば彼は、信じた人間に背中を見せ、その背中を押されるか、刺されるかのどちらかなのだ。
その危うさが、セレナの瞳を揺らがせる。
「俺はきっと、マリアさんよりセレナのことを知らない。
キリカほどにシラベのことを、シラベほどにキリカのことを知りません。
それでも、そんな友人達のことを『知った風に』、優しくていい奴らなんだって語ります。
知らないことがあっても、知ってることもたくさんあるんだって信じたいから。
世界にだって、そう向き合っていたいんです」
少年は、そうして世界に向き合っている。
世界は素晴らしいものなのだと、明日は今日より良い日になると語る。
何も知らない子供の戯言だと笑われても、そう言い続ける。
「あなた達が『絶望を現実』と語るなら、俺は『希望を実現』させ続けます。
いつか、あなたが「それもありかもしれない」と思ってくれるその日まで」
絶望と現実を語る大人に、ゼファーは希望を語り、頭を深々と下げる。
「だから、少しでいいんです。あなたが俺を見極めるための、時間を下さい……!」
頭を下げたゼファーに、その研究者の顔は見えない。
ただ、一瞬、息を呑んだような音が聞こえて、直後に舌打ちをする音がする。
足音がして、それが遠ざかっていくのを耳にしてゼファーが顔を上げると、彼に背中を向けた研究者の背中が遠ざかっていく。
ゼファーは寂しそうに、悲しそうに、悔しそうに、拳を握り締めた。
その研究者がゼファーを見極める時間をあげるのか、決定的に決別するのか、それともそれ以外の選択を選ぶのかは分からない。
それもまた、明日からのゼファー次第だろう。
好感触だったのか、更に嫌われたのかもゼファーは分からない。
彼だって、できるなら自分を好きな人、自分に辛く当たらない人とだけ話していたい。
友達と楽しいだけの時間を過ごしていたい。
だけど、仕方が無いのだ。
彼はこの道を選んだのだから。皆が笑える共存の明日を望んだのだから。
その苦悩は、彼が望んで得たものでもある。
不安げに息を吐くゼファーの肩を、背後からセレナが軽く叩いた。
「大丈夫。私はずっと、あなたの傍に居るよ」
彼が本当にダメになってしまいそうな時。
自然とセレナは放っておけなくて、声をかけてしまう。
ゼファーが望む言葉をかけてしまう。
「結婚は『死がふたりを分かつまで』だけど、私は親友だもの。
もしどっちか片方が死んだって、私はあなたを一人になんかしない」
ゼファーを最も親しい友と思う気持ちは、彼女の偽りのない本音だ。
吐き出す言葉も、彼女の心奥から湧いた心からの言葉だ。
その言葉はどんな形であれ、彼をいつかきっと『英雄』に押し上げる。
「ありがとな」
それでもセレナが生きている内は、彼はきっと間違えはしない。
ならば彼女の生死こそが、世界の命運を分けることとなるだろう。
運命を決める分岐点は、すぐそこに。
「セレナが居てくれるなら、それだけで何も怖くない。君と二人なら」
その『運命』を変えられなければ、きっと彼の運命も変わらない。
「ヒャハハッハー! でーきたできたぞ! うっっっっひゃァー!」
徹夜明けのテンションで、ウェル博士が自分の研究室で叫んでいる。非常に鬱陶しい。
「これで後は機を待つのみッ! これが一番のハードルだったんだよォッー!」
分類で言えば『世紀の大発明』……と、言っていいものであったのだが。
「完璧ッ、完全ッ、完成ッ! 『ロードブレイザーのLiNKER』だッ!」
『それ』が、他の誰もが知らぬ間に、彼の手の中にあるというのが最大の問題だった。
まあネフィリムのLiNKERが作れるのなら、素材と時間があれば出来ますよねっと