戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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皆が死んでしまったという絶望、その正反対に位置するもの

今回の話は時系列がやや先行しますが、五~七章までに時系列は合流しますのでお気になさらず


クリス/マリア+調+切歌の純情な感情

 むかしむかし、あるところに。『エレシウス』という国がありました。

 

 平和な国。幸せな国。大きな大きな国でした、

 しかしある日、空から悪いドラゴンがやって来ます。

 ドラゴンは火を吹き、するどいキバやツメで人を傷付け、大きな翼で空を飛びました。

 ドラゴンの名は『タラスク』。

 国を守ろうとする兵士のみんなも、タラスクには敵いません。

 タラスクは卵を産んで、国の人の数よりも多くなるまで、どんどん増えてしまうのです。

 

 みんながみんな、タラスクに泣かされてしまいました。

 ですが、それでも涙を流さなかった人達が居ました。

 一人の少年と、二人の王女様。

 三人は力を合わせて、タラスクに立ち向かいます。

 

 少年には銀の腕。

 赤の王女様には銃。

 青の王女様には剣。

 三人は七日七晩の冒険の中で、たくさん増えたタラスク達をとうとう全て倒したのでした。

 エレシウスに、平和が戻ります。

 泣いていたみんなは、曇り空が晴れるように笑顔になったのでした。

 少年は王女様達を守るために、騎士団を作ります。

 そして、こう言いました。

 

 

「誰もが『空っぽの画架』(ブランクイーゼル)で居られる権利を守ろう。

 どんな絵を書いてもいい。どんな絵を掛けてもいい。誰だって、何にだってなれるように」

 

 

 王女様は姫巫女と、少年は英雄と呼ばれるようになり。

 騎士団は少年の願いを掲げ、いつしか『ブランクイーゼル』と呼ばれるようになりました。

 少年の銀の腕、赤い少女の銃、青い少女の剣。

 みんなみんな、自分達を守ってくれた彼らに「ありがとう」と言いました。

 そして、エレシウスの民はそれからずっと平和に暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 どこにあったのかも分からない、実在したのかも怪しい国の御伽噺。

 その腕が、銃が、剣が、実際にはどんな名前だったのかも分からない眉唾な物語。

 それでもこの世界で一番知られている、絵本の中のファンタジー。

 英雄とお姫様達の、竜退治の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外:クリス/マリア+調+切歌の純情な感情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お祝いしようだぁ?」

 

「うむ」

 

 

 時間軸で言えば、ゼファーやジェイナスが遺跡に向かってから少し経った後。

 その日、クリスは実に一年以上ぶりに買い物に誘われた。

 なお、家族でもなく異性にでもなく、バーソロミューから誘われた模様。

 どこに行くんだよ、と問えば「街じゃ」と答えられる。

 金あんのかよ、と問えば「へそくりがある」と答えられる。

 どうやらこの国を出る前に、この国で使える余分な金を使い切ってしまおうという算段らしい。

 まあ、国外ではバル・ベルデの金はジンバブエドル以下の紙切れでしかないため、その判断もあながち間違ってはいないのだが。

 

 

「ゼファーが帰って来たなら、色々と労ってやらねばならんしの」

 

「おおう、最終日にしてようやくあたしもこの国のまともな料理食えそうだな……」

 

 

 そんなこんなで、爺さんと少女は車に乗ってフィフス・ヴァンガードを離れていた。

 目的はパーティー用の食材の買い出し。

 ゼファーが帰って来たら美味い飯を食わせてやろう、という算段である。

 一見ふてくされた顔をしながらも、クリスも内心未来に展望が見えてきたことで気持ちが上を向き、どこか浮かれた気持ちになっていた。

 

 

「なあバーさん、その……」

 

「なんじゃ?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「……そうか」

 

 

 だが、隣に居るのがこの男では、イマイチ気分が上がりきらないようだ。

 彼女が彼に向ける感情は、複雑だ。

 経緯を考えれば、その感情は純粋な好意でも嫌悪でもない。

 バーソロミューの歪みも、その結末もクリスは見た。

 けれど彼女はゼファーほど寛容にもなれないし、素直でもないし、バーソロミューに対し感じた忌避感もいまだ消えずに心に残っている。

 けれど、これまでの日々で感じた恩や親しみも確かに残っている。

 クリスが彼に向けるその感情は、基本的に家族思いな娘が思春期に父親に対し、初めてうざったいだとか気持ち悪いだとか、そういう感情を抱いたケースに少し似ていた。

 家族特有の、好意と嫌悪が両立するパターンである。

 

 普通こういった場合には、娘が親サイドと距離を取ることで自立していき、大人になっていくというケースがほとんどだ。

 が、別に彼女は親に意味もなく反抗する反抗期というわけではない。

 面倒くさくなったら丸投げできるゼファーという友人も彼女には居るわけで。

 今は微妙な関係でも、そのうちどうにかなるだろ、なんて彼女は考えていた。

 楽観的に、特に理由もなく。

 

 車の内装の凸凹に肘を引っ掛け、クリスは頬杖をつく。

 すると、視界の端で何かが輝いた。

 なんだろう……と彼女が思う間もなく、衝撃。世界が揺れる。

 そして数分前まで彼女らが居た道、場所、それら全てを光が押し包んでいくのが見えた。

 光が、熱が地面を抉り、車を何cmも強烈にバウンドさせる。

 

 

「なんっ……!?」

 

 

 その日見た光景を、衝撃を、恐怖を、雪音クリスは一生忘れることができないだろう。

 

 

「……ひ、ぃっ」

 

 

 天地を貫く焔の柱。

 その瞬間までこの世界を、ごく一般的な感覚における『世界』と認識していたクリスが、その瞬間のみ、この世界が一枚の『絵』でしかないように錯覚する。

 一枚の絵にマッチで火を付けられた、そんな光景が世界を薪として構築させられている。

 その焔があまりにも凄まじくて、神聖で、邪悪で、次元が違うと思い知らされたから、脳裏に刻み込まれ、錯覚してしまう。

 この世界という枠にすら収まらない、相対的にこの世界を『火を付けられた一枚の絵ごとき』に貶めてしまう、圧倒的に存在の次元が違う焔。

 

 世界をあまりにも簡単に焼き尽くしてしまうために、世界の価値と不動性を相対的に貶める。

 世界の価値あるものを全て燃やし尽くしてしまうために、世界そのものを否定する。

 世界に息づく全ての命を否定するために、あらゆる生命の天敵として君臨する絶対者。

 

 蛇に睨まれた蛙、なんて表現では生易しすぎる。

 それでは次元の差が、この『絶望』が伝わらない。

 漫画の中に人間にもし意思があったとして、漫画の中で確かに生きていたとして、その漫画が現実の人間に焼かれてしまう、そういう例えこそが相応しい絶望だ。

 何もできない。何も足掻けない。なのにゴミのように、自分達の世界が滅ぶ。

 自分達の世界よりもっと大きくて恐ろしい『何か』によって、纏めて焼滅させられる。

 漫画の中の人間が、自分の入っている本を燃やされるということは、そういうことだ。

 

 世界から見ればゴミのように小さな自分が、世界をゴミのように焼却する何かによって、世界もろとも纏めて消されてしまう。

 そんな恐怖を突き付けられた人々が、跪いて許しを請う。

 助けて下さい。許して下さい。見逃して下さい。

 ただそこで燃え盛っているだけの焔に、意志があるのかも定かでない焔に、それを目にした何十万という人々が泣いて許しを請い、そのまま焼き尽くされる。

 それはひどく滑稽で、気味が悪くて、どこか歪んでいて、それでいて当然の光景だった。

 国が、人が、天地が、全てが焔に呑まれて消えて行く。

 

 

「あ、ぁ、あ」

 

 

 首が痛いくらいに空を見上げていたクリスは、焔の柱が消えた後、真っ先に空の異変に気付く。

 

 

「空が……喰われた……?」

 

 

 空にぽっかりと、真っ黒な穴が空いている。

 空が青いのは、大気が太陽光の中に含まれる青い光を散乱しているからだ。

 核兵器を空に向かってぶっ放した所で、青空を欠けさせることなど出来はしない。

 なのに現実に、ただ焔がそこを通ったというだけで、青空は綺麗に抉られていた。

 

 物理法則を完全に無視し、現実のあるべき形にすら目もくれず、その焔は条理を超える。

 きっとこの焔は、砂も燃やせる。海も燃やせる。真空ですら燃やせるのだろう。

 だから天空も、大地も、まるで油のように燃やしてみせた。

 空の青色ですら、その焔の前では薪として喰われる燃料でしかない。

 

 世界で最も恐ろしい、否、世界に収まらないほどに恐ろしい焔。

 

 

「―――ぁ」

 

 

 その日、その後何をしていたのか、どうなったのかをクリスは覚えていない。

 ただ気付けば心折られ、ベッドの中で震えながら、ただ次の日が来てくれることを祈っていた。

 明日が来ないかもしれないと、クリスだけが世界の危機を肌に感じ取っていた。

 間近で『魔神』を見てしまった彼女だけが、その『敵』の恐ろしさを知ってしまった。

 彼女の遺伝子に刻まれた生命の記憶が、その恐ろしさを補完する。

 手を握ってくれるはずの相棒の不在が、心の底から心細かった。

 

 だから、翌日。

 ゼファー・ウィンチェスターの『死』を伝えられた彼女の絶望の大きさは、とても他人に理解できるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーソロミュー・ブラウディアは、有能だ。

 そして友達付き合いの範囲でなら、とてもいい男でもある。

 しかし子の面倒を見る親としては、反面教師としての一面を除き赤点以下の評価しかできない。

 そんな救いようのない男であった。

 

 クリスが、彼女に背を向けるバーソロミューに向かって叫ぶ。

 

 

「どういうことだよ!」

 

 

 ゼファーの生存の可能性がない、と聞いてからのクリスの落ち込みようはひどいものだった。

 なにせ、現段階で唯一の友人であり、唯一純粋な好意を向けられる相手だったのだ。

 半身と言っていいほどに分かり合っていた相棒でもある。

 互いが最大の理解者であることなど、当人二人が一番良く自覚していた。

 だからこそ、その喪失は強烈な痛みとなる。

 誰よりも愛していた両親が、目の前で死んでしまった時のように。

 

 あるいは両親の死にも等しい悲しみに臥せっていたクリスだったが、それでも彼女は、ゼファーとは違い一人ぼっちになることはなかった。

 ……この先の話を思えば、あるいは全員と死別していた方がまだ救いがあったかもしれないが。

 彼女の傍には、バーソロミューが居た。

 売り言葉に買い言葉のような軽さであっても、クリスを一度は『家族』と呼んでくれた大人が。

 クリスにとって、家族とは特別な意味を持つ関係である。

 

 なのに。

 

 

「今日を境に、お前さんとワシはもう何も関係の無い他人となる、ということじゃ」

 

 

 バーソロミューは、クリスと唐突に縁を切る宣言をした。

 クリスは何もやらかした覚えがない。実際、彼女に悪い点は何もなかった。

 だというのに、彼は彼女を見捨ててどこかに行くという。

 

 

「なんでだよ……あんたも、あたしを一人にするのか!?

 せめて理由くらい言えよ! もうあたしには、他に誰も居ないんだぞ!?」

 

「……」

 

 

 バーソロミューは何も答えない。

 その目にはゼファーの生存の見込みがなくなってからずっとある絶望が浮かんでいて、クリスに対し向けられる無機質な視線が放たれている。

 本気だ、とクリスには理解できた。

 バーソロミューは本気で自分を見捨てるのだと、絶望と失望が彼女の胸中に渦巻いていく。

 

 それは裏切りだった。少なからずあった、彼女が彼を信じる気持ちへの。

 雪音クリスはいまだ両親に対する不信、大人に対する不信を捨て切れずに居た。

 それでも、信じたいと思っていた。

 いつかまた昔のように、信じられたらいいなと心の奥底では思っていた。

 だからこそ、バーソロミューの裏切りは彼女の心を深く傷付ける。

 

 クリスはバーさんは大人の中では一番マシなだけだと口にしつつ、けれど内心は自分を家族の輪に迎えてくれたことを感謝していて、それでもゼファーに関わる一件で複雑な感情を抱いていて。

 ゼファーを失った痛みへの叫喚を唯一共有できる相手だと思っていて。

 彼がどこかに行ってしまえば一人ぼっちになってしまうことなど、クリス自身が一番よく分かっていて。だからこそ、彼女が今この瞬間、彼に対して抱く感情は凄まじい。

 なまじ中途半端な好意があっただけに、それが反転したことで発生する嫌悪は、無関心の正反対に位置する強大な感情だ。

 

 すがるようにバーソロミューを睨むクリスを置いて、彼は彼女に背を向ける。

 

 

「あ……」

 

 

 その背に彼女は手を伸ばそうとして、やめて、力なくだらりと下げる。

 彼の背中が、あらゆる問答を拒絶していて、もうどうしようもないのだと気付かされたから。

 バーソロミューが部屋を出て、扉が閉まりその姿が見えなくなった後、クリスは力なく下ろした両の手を、力の限りぎゅっと握る。

 

 

「ああ、そうかよ、ゼファーの前でだけ取り繕ってただけなのかよ……

 あいつが居なくなれば、もうあたしに対していい顔する必要もないってのかよ……」

 

 

 それをクリスは、ゼファーが居なくなってしまったことが理由なのだと確信する。

 バーソロミューがゼファーに向ける歪んだ感情をクリスは知っていた。

 だからこそ、その歪んだ感情の一環として自分と家族ごっこをしていたのだと判断してしまう。

 

 バーソロミューは語らない。クリスは信じない。

 だからこそ、どこまでも分かり合うことができなかった。

 

 

「大人なんて、クソ野郎ばっかりだ……もう二度と、信用なんてするもんか……!」

 

 

 こうして雪音クリスの『大人』に対する感情は、固定化されてしまう。

 大人に対する不信、戦場への憎悪、人の戦う力と意志への敵意。

 彼女を構成する要素の根幹に、それらがしっかりと根づいてしまう。

 その原因はゼファーとの別れと、バーソロミューが彼女を一人にしてしまったこと。

 

 孤独が、彼女に歪みを植えつけた。

 

 

 

 

 

 バーソロミューは部屋を出ると、そこに待っていた女性に声をかける。

 

 

「アップルゲイト」

 

「ああ、分かっているさ」

 

 

 アップルゲイトと呼ばれた女性は、銀の髪を揺らして頷いた。

 外見は20代にも見えるが、その落ち着いた雰囲気はもっと歳を取っているようにも見える。

 彼女が彼に向ける目が厳しいのは、彼女の生来の目つきが悪いというのもあるが、もっと単純に彼を内心で責めているからである。

 その理由は当然、今のクリスとの会話である。

 

 

「だがもう少しやり方というものがあっただろう。ブラウディア」

 

「時間がなかったんじゃ。そんなこと、お前さんも分かっておるだろうに」

 

 

 彼とて罪悪感を感じていないわけではない。

 だが、彼には彼なりの理由があった。

 

 

「ワシはこれからまた汚い世界に身を置く。あの子を連れては行けまい」

 

 

 バル・ベルデは既に死に体だ。

 国としての基盤の崩壊、反共産武装市民団体の蜂起、大統領の亡命、隣国との終わらない紛争に加え、紅き災厄(ヴァーミリオン・ディザスター)で完全にトドメを刺されてしまっていた。

 雪音夫妻の件もあり、国連の武力介入も時間の問題と彼は考える。

 だが、現在のこの国は頭を失った暴徒の集団だ。

 下手に国連軍が介入すれば、最悪もありうると彼は予想していた。

 

 つまり、交渉も説得も通じない暴徒達のゲリラ化と、それによる武力介入の長期化である。

 戦争がぐだぐだに長続きして沢山の人が死ぬ、と言い換えてもいい。

 国連軍が負けるわけがないが、それでも相当に手間取りはするだろう。

 ジェイナスによる対抗勢力の粛清、大統領の亡命に伴う一騒動などによりこの国の知識人の数は相当に削られてしまっている。

 そこに旧政府派閥と国軍の対立、国外からの麻薬カルテルの流入、そこからの経路による市民の武装化の進行など諸々が加わり、もうどうしようもない。

 何もしなければ、バーソロミューもクリスもいつかそれに巻き込まれてしまうだろう。

 

 誰かが舵取りをしなければならないのに、舵取りをできる人間が居ない。

 だからこそ、バーソロミューは政治闘争の世界に再び立たんとする。

 彼が発展に貢献したこの国の最後を、綺麗に終わらせるために。

 国連の介入を早め、これ以上の治安の悪化を防ぐため、最悪の事態を避けるために彼は動く。

 

 そして、最終的に、クリスを国連軍に発見させることが彼の最終目的だ。

 

 音楽家の雪音夫妻はかつて世界中で知られたほどの者達だ。

 当然ながら、その一人娘の存在もそれなりに知れ渡っている。

 国連軍に保護されれば、彼女はほどなく故郷に帰ることができるだろう。

 軍事介入は多くの場合市民団体からの反発が問題となることが多いが、クリスを救出したとなればその功績は彼らの『正当性』の強力な追い風となってくれる。

 国連軍も、彼女の扱いには相当に苦心してくれるだろう。

 

 そして雪音クリスは、平和な世界に帰ることができる。

 ……バーソロミューは、それがゼファーの望んでいた『最後の願い』であったことを、覚えている。クリスの未来のため、ゼファーの最後の願いのため、彼はそれをなさんとする。

 たとえその結果、クリスに嫌われることになったとしても。構わないと、彼は思う。

 

 

「私はあんな小さな子が、ここで一人で生き残れるとは思えないが」

 

「生き残れるとも。……あの子は二人なら無敵じゃが、一人でも最強じゃ。

 火器に愛されたあの才能があれば、足手まといが現れん限り死にはすまい。

 歳に差があるだけで、お前さんらと同じ化け物の枠じゃよ」

 

「ほぅ」

 

 

 雪音クリスは銃の天才だ。

 その才能はゼファーが心底驚愕し、桁違いの戦闘センスと相まって、歴史の転換点に現れる英雄達が持つものと遜色のない域にある。

 彼女は人殺しの技術をわざわざ日夜磨こうとはしないが、それでも日々の戦場でそれらは鍛えられ、更にゼファーによって基礎を徹底して叩き込まれてもいる。

 ノイズに囲まれでもしなければ、戦場において死ぬ可能性はほぼ存在しない。

 その可能性も、ヴァーミリオン・ディザスター以来何故か急激にノイズの発生頻度が激減した現状を考えれば、無いに等しい。

 ノイズの発生原因になったものがかの災厄でこの地から消えてなくなった、というのが定説だが真相は誰も分かっていないのが現状だ。

 

 戦闘でクリスが死ぬ可能性はほぼ存在しない。

 ……なら、それ以外では?

 百戦錬磨のバーソロミューは、暗躍と駆け引きの場で死ぬ可能性はほぼ存在しない。

 ……なら、それ以外では?

 

 クリスとバーソロミューは共に居る限り、互いが互いに対し死のリスクを発生させてしまう。

 バーソロミューの敵対派閥の人間がクリスに毒を盛る、騙し打ちする、彼女を人質にとってバーソロミューを脅す。

 どこまでも暗躍に向いていないクリスが、バーソロミューの弱点となってしまう。

 戦闘に関わる無双の才能なんて持ち合わせていないバーソロミューは、戦場において常に一定以上の死の可能性が存在する。彼は戦闘の分野において強者ではない。

 クリスがそれをカバーしようとすれば、バーソロミューがクリスの弱点となってしまう。

 暗躍、戦場、どちらか片方に二人揃って居ても同じだ。

 二人は自分が一番安全な場所で戦うのなら、互いが完全に足手まといになってしまうのである。

 

 だからこそ、バーソロミューはクリスを突き放した。

 自分と二度と関わらないように。そしてそのまま、彼女が後腐れなく故郷に帰れるように。

 見ているとゼファーを思い出してしまう、そんな彼女と二度と会わないように。

 優しさと身勝手さが混ぜ合わされた気持ち。

 それが正しいのか、間違っているのか、彼自身にすら分かってはいなかった。

 

 

「成程、一理はある。……だが、貴方は変わらないな。

 いつまで経っても、家族として、父親としては最低最悪だ。

 あの子が求めていたのは安全ではなく、隣に居てくれる誰かのぬくもりだったろうに」

 

「……」

 

「時に倫理、損得、法、正しさよりも優先すべきことがある。

 家族というのなら……貴方は、あの子のそばを離れるべきではなかった」

 

 

 意思は固いのか、アップルゲイトの言葉にも、バーソロミューは揺れはしない。

 ただ、瞳を濁らせる。

 彼はどこまで行っても、理想とされる『親』に近付くことができなかった。

 

 

「ワシは今、どんな顔をしとるかの」

 

 

 アップルゲイトと呼ばれた女性は、バーソロミューとは旧知の仲だ。

 彼が暗闘に望むにあたり国外より入国し、彼の護衛を務める手筈となっている。

 だから、彼がかつて狂ってしまった事件のことも知っている。

 そんな彼女が、痛ましげに彼に向かって呟いた。

 

 

「また家族が死んだような、そんな絶望した目をしているよ」

 

 

 ゼファー・ウィンチェスターがどこか遠い場所に行ってしまったことが、バーソロミュー・ブラウディアに刻んだ絶望は、クリスのそれを遥かに超えている。

 その傷は、古傷の上から本当にどうしようもないほどに深く刻まれていた。

 

 

 

 

 

 それから数年後。

 滞り無く、バル・ベルデという国は一つの終わりを迎えた。

 国連軍が介入し、予定調和のように国の膿は叩き出され、かつて共産圏でもあったこの国はアメリカの事実上の属国となり、これから何十年もかけて生まれ変わることとなるだろう。

 そしてクリスも無事発見され、救出され、日本へと帰国することを許された。

 彼女の生存は日本を中心に報道機関で幾度となく繰り返され、彼女の帰国は日本にて大いに歓迎されることとなる。

 

 飛行機での長旅を終え、クリスは用意された宿舎にて黄昏れていた。

 頬杖をつき、窓から街の風景をぼんやりと眺める。

 綺麗で、血と硝煙も満ちていない、どこにも死の気配が存在しない、平和な国。彼女の故郷。

 かつて彼女が帰りたいと願った場所。

 だというのに、彼女自身が不思議に思ってしまうほど、喜びも懐かしさも感じられなかった。

 街を眺めていても、何の感情も湧き上がって来なかった。

 

 バル・ベルデでの流血の日々は、彼女の中からこの国を懐かしく思えるだけの記憶とクオリアを奪い尽くし、平和な世界に居心地の悪さを感じてしまうような感性に、彼女を変えてしまった。

 当時幼かったクリスにとって、この国の思い出がほぼイコールで両親の思い出であるということもある。バーソロミューによる『大人の裏切り』で、彼女の中の両親への悪感情が悪化していることを考えれば、それは最悪と言っていいものだった。

 そして何より、彼女の隣には誰も居なかった。

 喜んだとしても、それを分かち合う相手が居なかった。

 未来に展望もなく、守りたいものもなく。

 ただ、争いを憎む心だけが残されて、けれどそれを実現させる方法なんて思いつかなくて。

 だから彼女はこうして、たった一人で黄昏れている。

 

 

「……」

 

 

 こうしているとふと、彼女はかつて遠くに行ってしまった相棒のことを思い出す。

 普段は考えないようにしている。思い出さないようにしている。

 けれど時折、心が追い詰められた時、彼との幸せな思い出が蘇ってしまう。

 両親やバーソロミューのように、最後にケチが付かなかった唯一の幸せな思い出だ。

 一度たりとも彼女を裏切らなかった、ずっと味方で居てくれた友達の思い出だ。

 それは彼女の心に活力と、慣れることのできない悲しみを注ぎ込む。

 

 

「……いつまで経っても女々しいな、あたしは……」

 

 

 袖口でゴシゴシと、人知れず彼女は目元を拭う。

 会いたいと思う。話したいと思う。また一緒に居たいと思う。

 けれど、死んでしまった人にはもう会えないのだと、両親の時に彼女は思い知っていて。

 だから余計に悲しくなってしまう。

 

 そんな彼女の悲しみをよそに、宿舎に避難警報が鳴り響いた。

 

 

「なんだ?」

 

 

 何事かと思う彼女は、外の街に目を向ける。

 そしてそこに、幾度となく戦ってきた宿敵を見た。

 

 

「ノイズ……!? くそっ、ざっけんなッ! またてめえらかよ!」

 

 

 空に、街路に、空間からにじみ出るように現れる特異災害達。

 クリスがバル・ベルデで戦ってきた、人の身では敵わない人の天敵。

 平和な日本に帰ったというのに切れない縁に、流石に彼女も苦い顔だ。

 「逃がさない」と言いながら、戦場が追いかけてきたような錯覚すらある。

 

 彼女はつい身に染み付いた癖で腰の銃を取ろうとするが、手が空振って丸腰であったことを思い出し、舌打ちする。

 たとえ銃があったとしても、彼女がノイズと戦って勝てる可能性は相当に低い。

 それでも生存のためになら、戦う選択を選べるのがクリスであった。

 だが、今日は彼女が戦いの場に赴く必要はない。

 もっと相応しい役者が、既に舞台の上に上がっている。

 

 クリスは空を見上げる。

 ビルの上に、炎と共に、見たことのない存在が佇んでいたからだ。

 

 

「なんだありゃ……『騎士』……?」

 

 

 その騎士は、誰よりも高い場所に立っていた。

 全てのノイズがその騎士へと群がっていく。

 危ない、とクリスが思った次の瞬間、騎士に群がっていたノイズの大群は一瞬で蹴散らされていた。一体は炎で、一体は拳で、一体は蹴りで。

 あまりにも圧倒的な力で、その騎士はノイズを蹴散らしていく。

 信じられないものを見て、クリスは己の目を疑う。

 それでもその騎士はそこに居て、焔を纏い、焔を操り戦場に立っている。

 全身黒の、夜の闇に炎を灯したような風貌。

 

 

 黒一色の炎を纏う騎士(ナイトブレイザー)が、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もできなかった。守れなかった

 それが、マリアの心に刻まれた後悔の傷だった。

 

 

「……497……498……499……」

 

 

 彼女は無心に槍を振る。

 模造槍ではあるが、金属製のために重さは十分。

 振り続ければ十分に訓練になる重量だ。

 

 

「……500……501……502……」

 

 

 思い返すのはあの日の光景。

 何かができたはずだった。

 喪失の瞬間まで期間もあって、思いつくことは全て試して、挑んでいたはずだった。

 セレナの聖遺物を奪って、先に自分が使うという方法もあった。

 ゼファーだって、セレナだって、もしかしたら止められたかもしれなかった。

 セレナに変に食い下がらなければ、子供達を避難させるチームに加わって、避難にかかる時間を短縮して、結果的にギリギリで助けられた可能性だってあった。

 その他にも、今になって考えれば道なんていくらでもあって。

 だけど、どれも全てが終わった後の「もしも」でしかなくて。

 現実にセレナは死に、自分は何もできなかった。彼女はそう自分を責めている。

 

 未来を知った所で、人に最善の改善ができるわけがない。

 人は全知でもなければ全能でもないのだ。

 最高の未来を目指した所で、絶対に取りこぼしというものは出てしまう。

 だが、それでも仕方ないと割り切れず、失ったものを忘れられないのが人間だ。

 「こうしていれば助けられたんじゃないか」と考えてしまうのが人間だ。

 自分が何かを成し遂げた実感がなければ、なおさらに。

 

 

「……ッ!」

 

 

 全ての気持ちを振り切るように、彼女は槍を大きく振りかぶり、最速の一閃を放つ。

 

 あの日、マリアが閉じ込められ、ゼファーのもとにノイズロボが駆け付けて。

 ゼファー達はほぼ全滅したものの、死者が出る前に援軍は間に合った。

 そこから調、切歌、セレナにバトンタッチ。

 聖遺物を扱える彼女らが時間稼ぎを代わることで、予定時間を全員で乗り越えられた。

 

 F.I.S.の避難は滞り無く終了し、一人の死者と六人の負傷者を除き、『全員が生き残ることができた』。皆死んだなんてことはない。

 その足掻きが、頑張りが、無駄なわけがなかったのだ。

 

 だが、完全無欠にF.I.S.サイドが勝てたわけではなかった。

 切歌と調は聖遺物を使用しての戦闘訓練を全く受けてなかったこと、セレナほどに聖遺物と相性が良くなかったことが重なって、途中で戦闘限界時間が来て二人は戦線を離脱してしまう。

 更に完全に想定外だった銀色の敵により施設が破壊され、ネフィリムと銀色の敵が同時にゼファーを狙い始めたことで、気絶したゼファーをセレナが抱き抱えたまま離せなくなってしまう。

 やがて完全聖遺物級の敵二体の大暴れにより研究所は崩壊し、子供達や研究者達の避難は完了したにも関わらずセレナとゼファーの離脱が困難に。

 ネフィリムを生き埋めにするという作戦は完全に崩壊してしまう。

 

 ……最終的に、セレナは死亡を確認されてしまった。

 ネフィリムの無力化の負荷、銀色の敵からの心臓抜き。どちらも確実に致命傷だった。

 セレナにエネルギーを削り取られ、銀色の敵に粉砕されたネフィリムは心臓だけしか残らなかったが、それでもしぶとく生存し再生を始めている。

 銀色の敵はいつの間にか消失。

 ゼファーの死亡も確認されたが、何故か後日生存も確認された。

 その時の子供勢を中心とした皆の喜びようは、凄まじいものであったという。

 

 戦いの結末は、死体すら残らず、燃え尽きた世界にネフィリムの心臓がポツンと残るのみ。

 死者も少数、負傷者も軽微。

 勝ちと見るか負けと見るかはその人次第だろう。

 生き残った者達は生き残れたことを喜び合い、子供達は互いに抱き合い、大人達は照れ隠しに拳を打ち合せ、怪我をした子供を大人が手当てし、一人の子供が一人の大人に感謝を述べていた。

 助けられた者達が助けてくれた者達に感謝し、助けた者達が助かってくれたことに感謝する。

 そんな光景を、自分は何もできなかったと思っているマリアは、どこか空虚な気持ちを抱きながらぼうっと眺めていた。

 それから数年。

 

 マリアはセレナの喪失で空いてしまった心の穴と、その時に刻まれた罪悪感と無力感を抱えながら、今日を生き続けている。

 未来を知りながら変えられなかった後悔を、ずっと胸に抱き続けている。

 そうして今日も力を求め、槍を振るうのだ。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 けれど、何もできなかった、というのは彼女の視点での話でしかない。

 どの道何かができたところで、マリアはセレナを救えなければどんな結末であっても、「私は何もできなかった」という結論に終わることは目に見えているのだから。

 あの日、マリアだけが目にした『敵』が居る。

 彼女だけが成せたことがある。

 

 全ての人が避難を終え、最後にバックアップに残っていた研究者達が研究所から距離を取ろうとする車の中に、あの日マリアは乗せられていた。

 しかし、彼女はナスターシャの目を盗んでこっそりと車を抜け出してしまう。

 彼女がセレナを置いていけるわけがない。

 自分の命に代えてでも妹を助けようとするほどの、愛の深い少女なのだ。

 車を抜け出し、ゼファーとセレナを助けるため、彼女は走る。

 やがて、セレナ達が戦っていた場所に辿り着き……そこで、マリアは目にしてしまった。

 

 愛する妹が銀の鎧に胸を貫かれる光景を。

 この世界でたった一人の血を分けた家族が殺される瞬間を。

 誰よりも何よりも守りたいと願った家族が、遠くに行ってしまった絶望を。

 喉が一瞬で枯れてしまうほどに、彼女は妹の名を叫ぶ。

 彼女は目にしてしまった。

 

 やがて、少年の身体を焼き尽くし、その残骸から這い出て来た魔神の姿を。

 まるでサナギから成虫が出てくるように、卵から怪物が生まれるかのように。

 人から産まれる魔神を、希望から生まれた絶望を目にしてしまった。

 そこに顕現してしまった魔神を、目にしてしまった。

 

 ……その時、セレナの死の絶望が彼女の胸の奥にあったことが、あるいは救いであったのかもしれない。魔神を見たことによる精神的ダメージを直に喰らわずには済んだのだから。

 虫に刺された痒い部分が、痛みを感じなくなるのと同じ理屈だ。

 最悪廃人になりかねないほどの傷は、幸か不幸か直前に刻まれた傷のお陰で彼女は乗り越える。

 だが、何も感じないわけではなかった。

 これ以上の絶望はないと思えるほどに、妹の死に絶望していたマリアが、一瞬でその絶望を魔神に対し感じた恐怖で塗り潰されてしまったのだから。

 

 セレナの名を叫び、肺の空気を全て吐き出した上で枯れてしまったマリアの喉から、引きつったような、潰れたような声が漏れる。

 否、それは悲鳴。それは恐怖。全ての生命が遺伝子に刻まれている、根源的な恐怖であった。

 理性的な絶望の感情が、本能的な恐怖の感情に塗り潰されていく。

 マリアの目の端から、涙がこぼれ始めた。

 膝が震える。過呼吸で手足が痺れて動かなくなり始める。今にも失禁してしまいそうだ。

 

 だと、いうのに。

 彼女は逃げ出しもせず、膝を折りもしなかった。

 むしろ一歩を踏み出し、魔神の注意を引きつけんと走り出す。

 思考の全ては「怖い」「逃げたい」「誰か、セレナ、助けて」と情けない声で占められている。

 なのに彼女は、怯えたままに囮を務める。

 「この魔神を皆の所に行かせてはいけない」と、それだけを思って。

 

 追い詰められた、最後の最後の絶望の瞬間。

 人の本質が現れるその瞬間に、彼女は恐怖を踏破して『勇気』を示してみせた。

 

 勇気を胸に、マリアは何の力も持たないまま、魔神の悪意に抗わんとする。

 向かう先は皆が居る方向の丁度反対側。ほんの数秒にしかならない足掻き。

 それでも彼女は、なにもしないことよりも、何かをすることを選んだ。

 魔神は目だけでマリアを追い、片手を振り上げる。

 

 しかし。それを阻むように、その手に月の光の糸のようなものが絡み付いた。

 糸は最初は一本か二本。なれど一瞬ごとに乗算の速度で本数を増し、ほんの数秒で億を超え、兆を超える。

 ロディが口にした『星の枷』という封印が、間に合ってくれたのだ。

 それはフィーネが最初の生で東欧の何箇所かに、次の生で西欧のほとんどに、その次にアメリカ大陸にと、何千年もの生を費やしてなした策。

 守護獣と同じエネルギーが循環しているこの星のレイラインを整え、守護獣が居なくなった後の地球が荒廃しないようにして、そのエネルギーの一部を貰って溜め込む封印基点。

 その封印基点を全て起動させ、一万年弱の年月をかけて集約したエネルギーで魔神を封印する、愛した弟と恋した神を殺された乙女の積み重ねられた執念の形。

 魔神復活から封印起動までのほんの一瞬。

 その一瞬で魔神は小細工しようとしたが、ほんの一瞬彼女に気を取られてしまった。

 人の目の前を小さな虫が一瞬、通り過ぎた時と同じように。

 

 その一瞬が、魔神の小細工が成立するまでの時間を潰した。

 結果、光の速度の世界を生きる魔神は、値千金の一瞬を彼女に使わされてしまう。

 もう封印完了までの間に魔神が何かをすることは出来ないだろう。

 結果的に、魔神が出来た小細工は一つ。

 彼女が潰した時間の間に出来たであろう小細工は、両手でようやく数えられるほど。

 本当に偶然に、完全に偶然に、完膚なきまでに無自覚に、彼女は魔神に対し最大級の嫌がらせをやってのけた。だがその偶然は、彼女が踏み込んだその勇気がなした奇跡である。

 本当に最後の最後まで諦めないものだけが掴むことができる、本当にささやかな奇跡だった。

 

 魔神が月へと引き上げられて行く。

 それを呆然と見送りながら、マリアは気が抜けたのか腰が抜けたのか、その場にへたり込んでしまう。セレナぁ、と言いながら泣きだしてしまった。

 15歳の少女に相応の心、泣き虫な弱さ。

 なれどその勇気は、魔神に最大限の警戒を促した。

 魔神は、自分を倒す可能性を持つ人物達のリストの中に、彼女を加える。

 

 彼女もまた、魔神の天敵に成り得る者であるために。

 

 

 

 

 

 また、とある日のある時のこと。

 暗い部屋の中で、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは気持ち悪い笑みを浮かべている。

 彼が覗く画面の中では、ゼファーが武器庫の中で様々な武器を触っていた。

 剣、斧、槍、弓。

 だがどれも興味本位でしかなかったようで、手にしてすぐに放り投げている。

 最終的に、手に馴染んだアサルトライフルが目に付いたようで、それを肩から吊り下げていた。

 

 

「ああ、成程」

 

 

 そこから、彼が何に気が付いたのか。

 彼以外は知りようがない。

 彼以外の人間は、彼の思考を推察できるほどに、優秀ではないのだから。

 

 

 

 

 

 彼女には、彼女が望むほどの力が無かった。

 強い人が弱い人を力で抑え付ける光景が、彼女は何よりも嫌いだった。

 だから強くなって、守りたいと思っていたはずだったのに。

 考えて、考えて、考えて。月読調は、今日も膝を抱える。

 

 

「……」

 

 

 暗い部屋で、椅子の上に膝を抱えて座り、彼女は今日もディスプレイを眺める。

 流れる映像は、ゼファーがかつてF.I.S.でノイズロボ相手にこなしてきた戦闘の数々。

 数ヶ月にも及ぶ熟練の戦闘技術が詰まった、一種の戦闘教本であった。

 戦いに関してズブの素人であった調は、まずここを足がかりにして『戦い方』を学んでいた。

 

 相手に直接触れないようにしつつ、手が届かないくらいの近距離から銃弾が届く中距離で相手との距離を調節して立ち回る。

 ゼファーの戦い方は、彼女にとって学ぶものが多かった。

 彼女は体格的に恵まれていない。

 ……幼少期の栄養状態の悪さが原因とも思われていたが、彼女は数年経っても同年代と比べて背やスリーサイズが伸び悩んでいるようで、このまま伸びないままか、成長の時期が遅いのだと思われる。なお、彼女自身は頑なに後者だと主張している。

 

 体格的に恵まれていないということは打たれ弱いということであり、肉体の延長で振るう武器の威力が期待できないということであり、フィジカルに多くのハンデを背負うということでもある。

 運動がそこまで好きでもない彼女の体つきは細い。

 外見からしてか弱い美少女であり、そもそも争うことに向いていないのは明白なのだ。

 だからこそ、ゼファーの戦い方は彼女の参考になる。

 ゼファーの戦い方は、その根本に『対ノイズ』の概念が組み込まれているからだ。

 

 すなわち、敵に触れられたら死ぬ、という前提での戦闘術。

 接近された時に間合いを離す術、自ら距離を詰めることで逆に相手の行動を狭める術、攻撃を距離の維持に使う術、飛び道具で逃げ道を塞ぎ詰ませる術、その他諸々。

 一から十まで考える調と、リスクに突っ込んで直感で切り抜けて勝機を探すゼファーの戦闘法は噛み合わない所は噛み合わないが、あくまで参考止まりであるために問題はない。

 何度も何度も繰り返し彼女はゼファーの戦闘記録を見返して、「何故この時こう動いたのか」を分析し、彼女は自分の糧としていく。

 学ぶべき所を吸収し、ゼファーの動きの改善点を見付けたりもした。

 そうして数年の時が経つ。

 

 画面を見る彼女の目は、プロスポーツの試合を見てその動きを真似ようとする学生選手のようであり、友達や家族の姿や思い出を映像に求める寂しがり屋のようでもあった。

 真面目兎(クニークルス)と呼ばれるように。兎は寂しがりやなのである。

 

 

「部屋の電気くらいはつけましょうよ」

 

 

 パチン、と調の背後で音が鳴り、部屋に明かりがつく。

 調が自分にかかる声に振り向くと、そこには彼女の大親友の暁切歌。

 身体を動かした直後なのか汗だくで、首からかけたタオルも薄着な服も汗に濡れており、その両手にはドリンクの入った入れ物が見える。

 切歌はいつも通りに太陽のようにニカッと笑い、調にドリンクの片方を差し出した。

 

 

「きりちゃん」

 

「お疲れ様デス!」

 

「ありがと。きりちゃんもお疲れ様」

 

 

 調は切歌からドリンクを受け取り、ストローに口をつける。

 そして汗で彼女の身体に貼り付いた薄着を恨めしげにガン見した。

 発育に伸び悩む調と対照的に、ここ数年の切歌の発育のボンキュッボン(死語)っぷりは凄まじかった。それこそ同年代トップクラスと言っていいほどに。

 二人は一つしか歳が違わないというのに、調は切歌の驚異的な成長に胸囲的な凶意を隠せない。

 しかし切歌に罪はなく、調も切歌が大好きであったので、舌打ちは心中だけに済ませられた。

 

 太陽が月とは比べ物にならないほどに大きい球であるなど、誰だって知っている。

 

 

「調も頑張るデスねー。

 あたしもやってましたけど、調ほど深く分析したら頭おかしくなりそうデス」

 

「きりちゃんだって頑張ってるでしょ? 私達は、頑張る方向が違うだけだよ」

 

 

 調は頭を使って強くなる方法を考える。

 対し、切歌は体を使って強くなる方法を模索していた。

 昔から体を動かすことが好きで頭脳労働が得意でなかった切歌は、調とは対照的な方向で力を求めていた。汗だくだったのは、つまりそういうことである。

 調も切歌も、力を求めている。

 その理由は考えるまでもなく、あの日に突き付けられた喪失と後悔以外にありえない。

 調はドリンクの蓋をジッと見て、悔いるように口にする。

 

 

「守りたかった。他の人任せじゃなくて、私はこの手で守りたかった」

 

 

 あの日、聖遺物を手にして調と切歌は下層へと向かった。

 友達を助けられると思って。助けられた恩を返せると思って。

 力を得たことで湧き上がる万能感と、皆で一緒に戦う流れの中で感じた何かをすべきだという使命感と、友達を助けたいという友情と、どこか嬉しく誇らしい気持ちが胸中で混じっていた。

 二人は何の根拠もなく、自分達が友達を助けられるのだと信じていた。

 それで全部ハッピーエンドで終わりだと、思い込んでいた。

 けれど、現実はそんなに甘くはなく。

 

 確かに、彼女らは貴重な時間を稼いでみせた。

 セレナも含めれば、F.I.S.に四人しか居ない聖遺物を扱える者が三人がかりだ。

 F.I.S.の事実上の最大戦力と言っても過言ではなく、事実ゼファーとノイズロボが協力して稼いだ時間と同等の時間を、この三人だけで稼いでいる。

 しかし、この三人には致命的なまでに『実戦経験』がなかった。

 そして切歌と調に至っては、聖遺物を完全稼働させる経験までもが足りていなかった。

 それでまともに戦えるわけがない。

 

 他の人は「よくやってくれた」と二人を称えてくれる。

 けれど、生き残ってしまった二人には、自分の至らなかった部分がよく見えてしまう。

 無駄な動き、無駄な消耗、もっと上手くできた部分、大失敗してしまった部分。

 その果てにセレナよりも先に戦線を離脱してしまい、セレナの死の遠因になってしまったと感じてしまっているから、なおさらに。

 アスリートが自分の試合や競技での出来栄えから、自分の欠点や改善点を見出していくように。二人は「ああしておけばよかった」という気持ちを抱えて、あの日の事件の終わりを迎えた。

 もう少し、もう少しだけ事前に訓練でも何でもして強くなっていれば、セレナが助けられたかもしれないのに……なんて、思って。

 

 

「セレナだって、私の大切な友達だったんだよ」

 

「……あたしだって、そうデス」

 

 

 調は無表情、無感情と思われがちな少女である。

 しかしその内心には熱いものがあり、こと友達のこととなれば誰よりも行動的となる。

 セレナは調の大切な友達だった。

 この施設に来てからずっと付き合いのある、大切な家族のようなものだった。

 だからこそ、彼女の力を求める気持ちは強い。

 もう二度とセレナのように、強者から力で無理矢理死を押し付けられてしまう人が、せめて目につく範囲の中だけでも、生まれてしまわないように。

 

 

「友達が困っているのなら……」

 

 

 そして、生きていてくれた、『彼』のことを思い浮かべた。

 

 

「私が、助けてあげるんだ」

 

 

 切歌を、マリアを、友達の顔を思い浮かべた。

 そうして調は、「守る」という意思を強く固める。

 誰もが理不尽に傷付けられない、そんな未来を夢見て。

 無力なままの自分から一歩踏み出して、違う自分に変わろうと踏み出す彼女は、もはやお城でじっと王子様を待つお姫様のように受動的ではない。

 彼が助けてくれたから。彼女はいつの日にかきっと、彼を助けるために命を懸けられる。

 その容姿はか弱く可憐であれど、その心はきっと鋼を切り裂く鋸のように苛烈だ。

 

 

「あたし達、デスよ!」

 

 

 そんな調の肩を叩いて、頬に肘をグリグリと当てる切歌。

 その笑顔は太陽のように明るく、見るものを暖かい気持ちにさせる。

 ゼファーと出会い、最も強い覚悟を得たのがセレナで、最も多く希望を貰ったのが調なら、最も大きく成長を促されたのが切歌である。

 トラウマを乗り越えられた。

 命を救われ、それを契機に強くなりたいという意思を貰った。

 自分をずっと見ていてくれると、友達が見てくれる自分というものを、教えてもらった。

 彼女が今扱う聖遺物は、二人の友との友情の結実である。

 

 

(あたしも)

 

 

 そうして、切歌は生きていてくれた『彼』のことを思い浮かべる。

 彼がくれた明日を、今日も彼女は生きている。

 大好きな大親友や、マリアや、ナスターシャと生きていける日々。

 それこそが、彼が繋いでくれた明日。

 

―――キリカが笑って生きていける明日を、未来を、俺が守る。約束する

 

 彼は約束を守ってくれた。

 切歌はあの日からもう何度も誕生日を迎え、歳を重ね、それを皆に祝われている。

 調に祝われるのは嬉しい。マリアに祝われるのも嬉しい。

 だけど、欲張りな彼女は、いつかまた彼にも誕生日を祝って欲しいと思っていて。

 彼女はもう、守られるだけのヒロインに甘んじている少女ではない。

 彼が助けてくれたから。彼女はいつの日にかきっと、彼を助けるために命を懸けられる。

 その容姿は可愛らしくとも、その心は魂をも切り裂く死神の鎌のように鮮烈だ。

 

 

(あたしも、友達を守るんだ。強く、強くならないと……)

 

 

 切歌が頬に当ててくる肘を押しのけて、少し呆れたような微笑みを浮かべ、調は自分が持っていたドリンクの容器を少し上に掲げる。

 それだけで意思の疎通ができたのか、切歌も笑顔でそれに応え、同じようにドリンクの容器を掲げ、調のドリンクに向けて動かし、軽くぶつけた。

 そして顔を見合わせ、笑い合う。

 

 

「とりあえず、ドンパチ向きの自分磨きだけってのも乙女的にどうかと思うデスしねー。

 他にもなんかやろう!デス! 次会った時、ゼファーに色々とビックリさせるつもりで!

 とりあえず調は笑顔の練習しましょ?」

 

「え゛」

 

「はい、にー、にーっとどうぞ?」

 

「に、にー?」

 

「かーっ、ダメダメですね調! 女は笑顔と涙が武器だとマムが―――」

 

 

 今、隣に居る友を守るために。

 今は遠くに居る、遠く離れた友を、いつか守るために。

 地球に寄り添い照らす二つの星のように、傍で守れるだけの力を求める。

 

 二人は、月と太陽だった。

 

 

 

 

 

 ナスターシャはあの日の研究所の崩壊の直後ほど、無力感を感じたことはなかっただろう。

 犠牲を避けよう避けようとした果てに、自分の子のように大切に思っていたセレナとゼファーを死なせ、挙句の果てに自分は生き残ってしまったのだ。

 全てが終わった後に対ロードブレイザーの封印について明かしてきたフィーネの態度から、自分がどうでもいいコマの一つ程度にしか思われていなかったと気付いたのも大きかった。

 彼女は一番多くのことを知っていたつもりで、一番犠牲の出ない方策を選んでいたつもりで、そのための力になれているつもりで、なのに何もできなかったと思っていた。

 自分が犠牲になっても、子供が残ればいいとすら思っていたのに。

 いつだって、子供達は彼女より先に行ってしまう。

 ゼファーが生きていてくれたことに一番喜んでいた大人は、間違いなく彼女だった。

 

 

「……けほっ、げほっ」

 

 

 むせ返るナスターシャ。

 それだけなら風邪気味なのかと疑うところだが、口元を抑える手に血が付いている。

 喀血吐血となればただごとではない。すぐにでも治療が必要だ。

 なのに、医者は彼女のこの症状を『原因不明の病』としか診察できていなかった。

 彼女がこうなってしまった原因は、あの研究所が崩壊した日の後に遡る。

 

 ナスターシャは事件の後、ゼファーやセレナの万が一の生存の可能性、そして二人が何か残したものがあればそれを無駄にしないために、研究所跡の調査の指揮を現場で直接取っていた。

 汗にまみれ、泥にまみれ、いざという時はいち早く自分が対応するために。

 しかし、その想いは完全に裏目に出てしまう。

 その現場調査に連日連夜参加していた人間達が、次々と原因不明の病に倒れ始めたのだ。

 症状は個人差があったが、症状が最も軽かったナスターシャ以外はこの数年で全員死亡。

 後にF.I.S.の他の研究者によって『魔神出現による空間単位の汚染』『人の生存圏の焼滅効果』という結論が出されたものの、もはや後の祭りであり。

 ナスターシャは今日に至っては、車椅子がなければ移動もままならなくなってしまっていた。

 

 子を思う思いが、魔神の罠に据えられた餌となってしまったのである。

 

 

(急がねば……儚く脆いものは、他にもあるのだから……)

 

 

 しかし、その鋭い眼光と意志力は健在。

 F.I.S.の総指揮を任せられたほどの能力に陰りはなく、大人も子供も大半が彼女に従うだろう。

 血を吐きながらも、彼女は守るべき未来を諦めることだけは決してない。

 その未来を生きていく子供達を、ずっと守ろうとするだろう。

 だからこそ彼女は今日、これからひとつの決断を下す。

 

 時計を見て、彼女は時間を確認する。

 そろそろだと判断し、電動の車椅子を動かした。

 その過程でふと目に付いた、セレナのペンダントを手に取り、膝の上に乗せる。

 

 移動しながら、そのペンダントを眺めるナスターシャ。

 ペンダントの中には、聖遺物『アガートラーム』の破片が入っていた。

 セレナがそれを纏い戦うスタイルは、ゼファーが目にした通りのあの姿だ。

 ナスターシャの予想では、このペンダントの中身は空っぽになっていたはずだった。

 その可能性が最も高いと彼女は踏んでいた。

 

 なのに、『むしろ中身が増えていた』。重量、質量、共に増加。それが再検査の結果であった。

 

 聡明なナスターシャは、一つの推論に至る。

 荒唐無稽な予想であるため、誰にも話せない。

 しかし、もしもそうなったなら、希望が一つ残ると、彼女はそう思う。

 中身の増えたペンダントをポケットに仕舞い、やがて彼女は広場にその姿を見せた。

 

 その広場には、老若男女がぞろぞろと集まっている。

 ウェル、カルティケヤ、トカ、アートレイデ、サーフ、研究者達、警備員、その他諸々大人達。

 腕を組むマリア、空を見上げていた調、口笛を吹いていた切歌、年長組の子供達。

 かつてのF.I.S.の研究所中に居た者の中でここに居ない者は、ナスターシャの呼びかけに「付き合えない」と言って辞めた者達と、幼い子供達しか居ない。

 

 

「皆、集まりましたね」

 

 

 皆がナスターシャの言葉に反応し、姿勢を正す。

 誰もがその目に『覚悟』を宿していた。大人も、子供も。

 

 

「知っての通り。我々はこれより、米政府から離反し、独自の組織として動きます」

 

 

 皆あらかじめ聞かされていたのか、彼女のとんでもない発言を耳にしても、眉一つ動かさない。

 

 

「世界を救うために、無辜の命を可能な限り救い出すために」

 

 

 ここに残った面々は、いつかどこかでゼファーが分かり合うことを諦めなかった面々だ。

 彼が良心を取り戻させた罪人が居た。

 彼の友人だった年長の子供が居た。

 彼に興味を持って歩み寄ったマッドサイエンティストが居た。

 彼に兄貴風を吹かせていた年長の子供が居た。

 彼に子供を傷めつける罪悪感を思い出させられた研究者が居た。

 彼が守ってくれた時、その背中を見ていた年長の子供が居た。

 彼に昔亡くしてしまった実の子の面影を見ていた大人が居た。

 彼を守りたいと思っていた子供が居た。

 そして、それはゼファーが特別な力を持っていたからではなく。

 

 彼らの中に良心を始めとするいい部分が確かにあって、それをゼファーが見逃さなかったから。

 彼らの中に悪い所もちゃんとあったけど、寛容なゼファーがそれらを全て受け止めたから。

 彼らが手を取り合い、助け合うことをゼファーが望み、そうなって欲しいと行動し、そんな未来をずっとずっと諦めていなかったから。

 ゼファーが居なくなった後も、彼がそう望んでいたことを、彼らがちゃんと覚えていてくれたから。その繋がりを、絆を、皆が忘れはしなかったから。

 だから、今。

 

 子供と大人は、一時しのぎではなく、共に肩を並べる『仲間』としてここに集まった。

 

 

「我らはもうF.I.S.ではありません。新たな名が必要です」

 

 

 勿論、全員が分かり合えたわけではない。

 ゼファーの気持ちと言葉が届かなかった者も居た。

 ここに研究者が何人か居ないのは、別の道を行った者が居るということは、共に来るのではなく決別を選んだ研究者が居るということは、そういうことだ。

 それでも、ゼファーが夢見た光景がそこにはあった。

 

 憎悪、嫌悪、怨嗟もあるだろう。子供によっては敵意だってあるに違いない。

 大人だって子供を対等な仲間として見ている者の方が少ないはずだ。

 ……けれど、共に戦う仲間として認められる程度には、歩み寄れたのだ。

 これまでの日々に、この数年に、本当に少しづつ、手を取り合えたのだ。

 明日から過ごしていく日々の中で、彼らはもっともっと歩み寄っていけるはず。

 

 他人と共に生きるコツは、受け容れること、認めること。

 その人が隣で生きることを、許してあげることだ。

 ゼファーの友であった子供達を中心に、手を取り合うためにどんな気持ちが大事であるかを、その場の誰もが思い出と共に記憶している。

 彼らは、受け容れる子供達(レセプターチルドレン)だから。

 

 

「元も有名な御伽噺の騎士団の名。

 そして、戦士の時代に存在した、姫巫女フィーネの騎士団の名から頂戴します。

 今日より、我らの名は『ブランクイーゼル』。そう名乗り、世界を救いましょう」

 

 

 演説をしつつ、この光景をいの一番にゼファーに見せたかったと、ナスターシャは思う。

 憎み合い、見下し合うしかなかった大人と子供が肩を並べている光景。

 聖遺物を扱える少女達。

 経歴も何もかもを捨てたエリートの研究者達。

 研究を手伝い、体を鍛え、勉強を重ねた子供達。

 そして広場の外にチラッと見える、ギリギリになって戻って来たらしい研究者やら、ゼファーに一番世話になっていたちっちゃい子供達やら。

 少しだけ、口の端が上がってしまう。

 

 皆が皆、自分達の生きる世界を守るために立ち上がった。

 そこに生きる命を、自分が生きる場所を、全ての未来を守るために。

 こうして多くの人が一つになることは、きっと簡単で難しいことなのだろう。

 難易度は高く、けれどそこに生きる人に良心がある限り、何か一つきっかけがあればいい。

 F.I.S.において、そのきっかけはゼファー・ウィンチェスターという少年だった。

 だから誰の心の中にも、あの少年の後ろ姿が焼き付いている。

 

 世界を守ることを皆が諦めない。皆、この星で生まれて、生きていきたいのだ。

 

 

「マリア」

 

「はい!」

 

 

 ナスターシャはそうして、マリアに指示し、広場の超大型ディスプレイに映像を映し出す。

 広場に集ったブランクイーゼルの仲間達は、息を飲んで注視した。

 そこにこれから映るものを、見たことはないが耳にしてはいたから。

 

 

「我らが世界を救うために、打倒せねばならない『敵』が居ます」

 

 

 映し出された場所は、山間の小さな村だった。

 ほのぼのと農産と畜産で日々の糧を得て、時折村の外と交流を持つだけの、そんな村。

 人は多くなくとも、笑顔だけはたくさんあった。

 

 

「これが、私達の『敵』です」

 

 

 そんな村が、燃えている。

 映し出される映像の中で、家は燃え、家畜は灰となり、森は焼け、人はかつてそうだったのだろうと想像できる程度にしか形の残っていない、黒い炭と化している。

 F.I.S.は、後日この村に赴き、耐火ケースの中で融解していたカメラから、一枚のフラッシュメモリを取出・修理し、サルベージすることに成功していた。

 名も無き誰かが、この村で人知れず足掻いたのだ。

 この村を焼き尽くした犯人の存在を、他の誰かに伝えるために。

 自分達のように誰かがその犯人に殺されることが、もう二度と起こって欲しくないと願って。

 だからこそその映像には、その村の人間全てを焼き殺した残虐な犯人の姿が残されていた。

 

 自ら吐き出した焔の中で闊歩する絶望の騎士。

 紅の焔に照らされ、その光に映える煌めきの黄金。

 生きとし生ける、全ての生命の天敵。

 

 

 黄金色の炎を纏う騎士(ナイトブレイザー)が、そこに居た。

 

 




 三体のナイトブレイザーズ。あ、全部が同一人物の変身とかそういうのはないですよ
 これで伏線を撒くだけの起承転結の起にあたる二章分が終了と

 あと九話入ってすぐに気付いたどうしようもないすっっっっっっごいミスの件
 ゼファーが示した『代案』ってぶっちゃけ大したものでもなんでもないんですが、プロットで決めてた書こうと思ってた地点とっくに過ぎちゃってたので、ちょっと考えて思いついた三章でさらっと補足する方向で行くことにします。本当に申し訳ないです!
 いや本当に引っ張ってたつもりもそこまで画期的な案だって考えてたわけでもないんですが、完全無欠にうっかりでした
 許してください、なんでもしますから

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