戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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偶然かなあと思いますがマリアさんのシンフォギアのマントの外側の色ってフランスだかの『アガート』ってマイナー色っぽいんですよね


5

「いつか死ぬと思ってたよ」

 

 

 ジェイナス・ヴァスケスはそう言った。

 

 

「あいつの生き方はただの前向きな自殺だ。

 あいつがここに流れてきたのは死刑宣告されたからでも、生きるのに困ってたからでもない。

 おおかた、ここで死のうと思ってたただけだろう」

 

 

 あの人の過去を知っているのか、と俺は聞いた。

 

 

「知ってるさ。あいつが死にたがってた理由も知ってる。情報に疎くちゃ生き残れねえからな」

 

 

 教えてくれ、と俺は言った。

 

 

「やだね。知った所で、クソみたいな気持ちにしかならねえよ」

 

 

 なんでジェイナスはビリーさんが嫌いだったんだ、そう聞いた。

 

 

「綺麗事が臭ってたのが一つ。

 ただの死にたがりが持ち上げられてたのが気に入らねえのが一つ。

 あとは、お前が真似してつまんねえ死に方しそうだったのがな」

 

 

 俺?

 

 

「バーソロミューのジジイも俺も、自殺志願者の真似するお前には肝を冷やしてたよ」

 

 

 そうだったのか、と半分だけ納得する。半分は納得していない。

 

 

「死ぬべくして死んだんだ。死なない理由があっても、ここに居れば誰もがいつか死ぬってのに」

「誰かを助ける英雄になれる奴ってのは、総じて前向きに自殺を続けてるやつのことだ」

「自分の死を何の為に使うか。英雄と自殺志願者にはそれしか違いがねえのさ」

 

 

 でも、皆に尊敬されてた。そう反論する。

 

 

「人は立ってらんねえんだよ、英雄なんて生贄を自分達が捧げてたって現実の前でじゃな。

 だから褒め称える。共に戦おうと言い出す。何かを対価に払おうとする。

 英雄は何も求めてないのに、罪悪感と焦燥感に背中を押されて何かをしようとする」

「人は英雄を無視できない。何も受け取らなかった英雄を、人が後ろから刺すなんざザラだ。

 何かを成す英雄は、ただそこに居るだけで何も成せない人間にとっちゃ害悪だ」

「お前もあいつの役に立とうとしてただろ? 何かできることはないか考えてただろ?

 それが自分の行動を慎重もクソもない無謀なものにしてなかったと断言できるのか?」

 

 

 ……言葉に、詰まる。

 

 

「誰かの心を奮い立たせる英雄ってのは、集団自殺と裏表だ」

「英雄が必要になるのは、そういう集団自殺をしないといけない時」

「皆が力を合わせて打倒しないといけない何かが出た時だ。他国の侵略とかのな」

 

 

 ノイズは? と問う。

 

 

「だからここでは、あの英雄も何年もただ尊敬されるだけだったんだっての。

 平和な国に、平和な世界に、英雄は要らない。むしろ邪魔だ」

「そんでもって英雄も、ノイズ相手にゃ殺されるだけなのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話:5th Vanguard 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビリーの死から、三週間が経った。

 戦闘が終わってから明かされたその事実は、多くの者に衝撃を与える。

 嘆く者、夜逃げを考える者、怒りを露わにする者。

 そんな中で、ゼファーはいつもの熱の乏しい表情を浮かべたままだった。

 バーソロミューが声をかけてきた気がするが、どんな風に声をかけられたか、何を言われたかまではさっぱり覚えていない。

 何も考えないようにして、少年は再び銃を取る。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 ここの所増えてきたS国からのちょっかいと小競り合い。

 物陰の裏で、ゼファーは今週二度目の戦闘の終わりを感じ取っていた。

 ノイズだけでなく人間とも戦わなければ飯は貰えない。それでも、ノイズと戦うより戦いやすくて、人間を撃つ方が楽でいいと少年は思っている。

 撃てば当たる。撃てば死ぬ。それのなんと気楽なことか。

 人の命にそう思う自分自身に自己嫌悪を感じながら、それでもそう思わずにはいられない。

 

 銃で撃てば、人は死ぬ。それはゼファーの中で揺らがない常識だ。

 しかし、ふと思う。

 それは英雄相手にも通じるのだろうか? 英雄に銃は通じるのだろうか?

 そんなことが思考に上がってきて、それを考える前に切り捨てる。

 余計なことを考えないように戦闘に没頭しても、すぐこれだ。

 

 

「……」

 

 

 考えないように、目を逸らして生きていく。

 死に向き合わずに、死を想わずに、駄々をこねる子供のように。

 銃をしまって、何も考えないように身を低くして少年は自陣へと帰っていく。

 自陣にて仲間の操る車に同乗し、帰路についた。

 

 

「ゼファー」

 

「……バーさん」

 

 

 ゼファーの様子を心配したのか、バーソロミューが声をかける。

 騒音を立てる車の上でもよく通る声だ。先日のビリーの死もちゃんと悲しんでいた彼は、ゼファーを心配する余裕も持てている。

 その上でずいぶんと減った仲間達を指揮して、紛争も乗り切っているのだから凄まじい。

 

 

「お前さん、ちゃんと泣いたか?」

 

「いや、別に」

 

「……ゼファー」

 

「特に何か感じたわけでもないし。別に泣くほどのことでもないよ」

 

 

 こういう会話を重ねる度に。こういうやり取りを繰り返す度に。

 バーソロミュー・ブラウディアは後悔を深める。

 もう少し、どうにか出来た。もっと違う人間にも育てられた。

 それは結果論だ。

 どう育てたらどういう人間に育つか、神ならぬ身の人ではどうやっても絶対に分からない。

 それでも、後悔はしてしまう。

 

 

「それよりさ、追加の人員って次はいつ来るんだっけ?」

 

「ん、そうじゃな。明日には来るぞ」

 

 

 空気が悪くなったのを感じ取ったのか、話題を変えてくれる少年に男は感謝する。

 その話題に乗って話を変えたが、それでも心中にしこりは残る。

 そう言った気遣いが、人並みの優しさがあるのに、と。

 他者の死から逃げ続ける時だけ子供らしさを見せる、そんなゼファーが心配でたまらないのだ、バーソロミューというお爺ちゃんは。

 

 

「せめて三ヶ月前くらいの数には戻ってればいいんだけど」

 

「そうじゃな、お前さんの所の小隊は今二人じゃし辛かろう。

 しかし実質全員単独行動を取るお前達の小隊に誰を回せば……あ」

 

「バーさん?」

 

 

 バーソロミューも現状のままで良いとは思っていない。

 ゆえに、回される人員のリストを頭の中でめくり直す最中、荒療治を一つ思いついた。

 彼はゼファーの人生も、ビリーの過去も、ジェイナスの身の上も知っている。

 その上で思いついた荒療治。一歩間違えれば傷が深くなるだけかもしれないが、それでも何もしないよりかはマシであるはずだと内心で決定する。

 それは「育て方を間違えたかもしれない」という後悔と、ゼファーも気付いている彼の過去に起因する執着と妄執が決めさせた蛮行。

 普通は子育てに一発逆転などありえない。

 十年の失敗は、十年の付き合いで取り戻すべきなのだ。

 それが分からないバーソロミューは、かなり頭の足りない決断をした。

 

 

「そうじゃ、そっちに回す人間を一人今決めたわい。仲良くしてやるんじゃぞ」

 

「その言い回しだと俺が期待してるベテランの大人が来る可能性ゼロなのが丸分かりなんだけど」

 

「かっかっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰還したゼファーは、思い思いに散っていく仲間を尻目に、車の横で座って人を待っていた。

 その間、ノイズとの戦闘をシュミレートする。

 中型希少種のブドウ型ノイズ、五体の大型ノイズ。

 もしも次に出た時、対策を何も考えていませんでしたでは済まされない。

 

 

「……勝ち筋、か」

 

 

 奇襲に徹し幸運に恵まれればブドウ型は倒せるだろう。

 しかし、確実ではない。運が向かなければ……ただそれだけの理由ですら死に至る。

 大型に至っては車で逃げる以外の選択肢もなく、それでも生存確率は絶望的。

 ノイズが『そういうもの』であるという認識を改めて突き付けられている気分だった。

 くしゃりと髪の毛をかき上げるゼファーの顔には、僅かばかりの羞恥と後悔。

 間違いなく、ゼファーはここ数年でノイズを舐めていたのだ。

 いつ殺されるか分からないなどと、まるで生き残る目があって当然のような認識で居た。

 殺されて当然、それが当たり前の認識だというのに。

 

 

「ノイズ―――人類種の天敵」

 

 

 ほんの少し存在比率を下げただけで機関砲すら無効化する怪獣のような化物達。

 それに恐れを抱くことはなく、少年は淡々と打開策を考えては打ち捨てる。

 有効かもしれないと思ったひらめきはノートに書き込み、それを元に戦術を組み立てる。

 覚えている限りの動きをノートに書き記していけば、いつかは打倒する方法も見つけることが出来るはずだと、そう信じて。

 絶対的な力の差が存在する、災厄の暴力に心折れずに立ち向かう。

 生きるために諦めないその姿は、どこか異様にすら見える。

 

 

「こんなとこでお勉強か。ガキらしく算数でもやってんのか?」

 

「……ジェイナス、遅い」

 

「わりーわりー」

 

 

 そんなゼファーに、掃除用具を持ってヘラヘラしながら声をかけてきたのはジェイナス。

 ビリーが死んだ時も、今日の戦場でも、自分一人だけ安全な場所に逃げていた男だ。

 ビリーの死を喜んでいることを公言している、嫌われ者の中の嫌われ者。

 けれど、それだけの男じゃないことをゼファーは知っている。

 でなければ、誰に言われるまでもなくビリーに命じられた車掃除を一ヶ月も続けるわけがない。

 何かを惜しむように、故人との約束を大事にする男だからこそ、少年は今日も手伝っている。

 

 

「じゃあ今日も掃除しよっか」

 

「あーあーだりー」

 

「ジェイナスは口開くと本当に憎まれ口ばっかだよな」

 

「性分なんだよ」

 

 

 ホースから水を出し、車全体にかけていく。

 車の中の靴が踏むフロア、タイヤ、地面に一番近い裏面は特に汚れているため念入りに。

 特に砂が詰まりそうな部分は手が抜けない。車が意図せず止まってしまえば、それはそのまま乗員がその場で命を散らしてしまうことを意味する。

 着れなくなった服を加工した雑巾を濡らし、ハンドル・ミラー・座席も綺麗に。

 最低限の点検もこなす。タイヤに空気を入れ、エンジンオイルを足し、ブレーキ・アクセル・クラッチの具合を弄り、足りない部品を次の支給で貰えるよう発注。

 ここまでやって、ようやく終わりだ。

 ゼファーは車の掃除と点検の仕方をビリーに習い、教わった。

 その思い出も無視して、ただひたすらに掃除に没頭する。

 

 

「よくもまあ、こんなのに懸命に打ち込めるな」

 

「手を抜く理由がないし」

 

「ほんっとうに不器用で可愛げの無いガキだな……」

 

 

 呆れたようにジェイナスが声を上げるが、ジェイナスと比べれば誰とて不器用で真面目だろう。

 作業中ずっとくっちゃべっているジェイナスもジェイナスだが、それに一々返答しつつ手を止めないゼファーもゼファーだ。

 出来の悪い兄と兄に甘い弟の構図にしか見えない。

 ……本来はここに、まとめ役の長男が居たのかもしれないが、もう居ない。

 二人の会話が弾むようで時々止まるのは、その一人分の隙間を埋めきれていないからだろうか。

 二人がビリーとの約束であるこの掃除を続けているのは、何を思ってのことなのだろうか。

 分からない。他人には分からない。それは二人の中で完結する、二人だけのものだ。

 

 

「……俺はよ、あの野郎が気に食わなかった」

 

「うん」

 

 

 ボソリと、二人の間でしか届かない声でジェイナスが呟く。

 誰かに聞かれたくないような声色で、けれど聞かれたくないような誰かは周りに見当たらない。

 誰に聞かれたくないんだ、なんて無粋な問い掛けをゼファーは投げかけない。

 

 

「ぎゃふんと言わせて傷めつけて、泥を舐めさせて俺の存在を認めさせてやりたかった」

 

「うん」

 

「あくまで、あくまで気の迷いって前提だが、あいつの前で謝ったりとか。

 毛の先ほどに申し訳なく思ったりした事に気づかれたりとか。

 そうしたら負けだと思ってたんだよ」

 

「うん」

 

「あいつ、今の俺達の会話聞いてると思うか?」

 

「……いつもは空の上から聞いてくれてても、今だけは昼寝してるんじゃないかな」

 

「そうか……」

 

「……」

 

 

 二人の間に、沈黙が流れる。

 

 

「ビリー」

 

「……」

 

「……悪かった」

 

「ジェイナス……」

 

「先に行きやがってクソ、てめえの最後のヘマで帳消しにしやがれ!」

 

「……うん、そうだな。帳消しでいいかもな」

 

「あー、くっそ、ざっけんなぁッ!」

 

 

 ジェイナスは思い出さないようにする、なんて選択は選ばない。

 卑怯と言われる。姑息と言われる。それでも、彼にも通す義理がある。

 死した人への思いの決着。人は、本来こうあるべきなのだ。

 死んだ人に対して無反応であってはならない。引きずりすぎてはならない。無駄にしてはならない。大切な人が死んでしまえば泣き、いつか立ち上がり、己が人生の糧とすべきなのだ。

 忘れず、悼み、刻み、踏み出す。それが死者に向ける最大限の弔い。

 

 ジェイナス・ヴァスケスはクズの中のクズと言っていい大人だが、それでも大人だった。

 

 

「……」

 

 

 少年が自分でも原因がよく分からない頭痛を、頭の片隅に覚えるほどに。

 

 ゼファー・ウィンチェスターは聡い子供であったが、それでも子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掃除を終えた翌日、道を歩く。

 其処彼処(そこかしこ)にビリーの思い出が刻まれている気がして、抑えこむのにゼファーは苦労した。

 

 一緒に笑いながら歩いた道。

 一緒に無為に語り合った広場。

 一緒に雑魚寝した家屋。

 一緒に練習した射撃練習場。

 一緒に作戦会議を開いた木陰。

 チンピラに助けられた思い出のある路地。

 格闘術を教えて貰った空き地。

 無意味に語り合った草地。

 ジェイナスを投げ飛ばすのを見ていた荒れ地。

 

 何もかもがビリーとの思い出を想起させ、それを押さえつける過程で頭痛を起こす。

 思い出はどこにでもあった。どこにも記憶は刻まれていた。共に過ごした過去だった。

 

 

(……あたま、いたい……)

 

 

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、死からの逃避は続く。

 他人の死を重く受け止めてしまう感性、他人の死に慣れず逃げ続けてきた過去。

 それらが合わさり、彼を苛む。

 

 

(大丈夫、またきっと忘れられる)

 

 

 また? 忘れられる?

 そんな無意識から出た言葉を意識したのが運の尽き。

 押さえつけていたもの、かつて押さえつけて忘れていたものが蘇る。

 頭痛は頭蓋を割らんとするほどになり、ゼファーはその場に頭を抱えてうずくまる。

 ビリーの思い出を押し込もうとした場所から、過去に押し込んだ思い出が逆流した。

 

 

 男達に押さえつけられる少女。

 助けを求める声。何もできない自分。笑う男達。土を舐める自分。

 初めて死と向き合うことから逃げたあの日。

 無力。悲鳴。絶望。終焉。理不尽。無慈悲。現実。忘却。

 

 

「リルカ」

 

 

 ぼそりと、誰かの名を一度呟くと、頭痛は消失。

 ゼファーは何事も無く立ち上がり、先程までの苦しみが嘘のように立ち直っていた。

 逆流していた思い出も、痛みを発していたビリーの思い出も、一緒くたに押し込んだのだ。

 それは子供が自分の心が壊れないようにと、自分の心を守らんとする無意識の防衛本能と同じ。

 虐待されている子供が愛されていない自分を絶対に認めないような、そんな逃避。

 

 思い返せば壊れる。

 だから思い出さないし、その死に涙しない。

 少年の瞳はいっそう活力を失い、生気を失っていく。

 一瞬前に自分が口にした『リルカ』という名にすら、もう思う所はない。

 

 少年はまた前に向かって歩き出す。精神的に、という意味を一片も含まずに。

 

 

 

 

 

「――痛――お願――助――」

 

 

 

 

 

 その耳に、かすかな声が届いた。

 

 

「……ん? こっちか」

 

 

 その声に何かを思ったわけじゃない。足を向けたのはただ気になったから、ただの気まぐれ。

 そう、少年は思う。

 

 

「――パパ――ママ――」

 

 

「……女の子の声か」

 

 

 知らず足が早まるのは、きっと今日は身体を動かし足りないからだろう。そうに違いない。

 そう、少年は思う。

 

 

「やだ、やだ、やめてっ!」

 

「お前口塞いどけ、手は押さえとかないでも大丈夫だろ、弱っちいし」

 

「ホント兄貴のこの趣味だけは付いてけねっすわ」

 

「どうでもいいから早く終わらせちまえよ」

 

「誰か、誰か助けてぇっ!」

 

 

 押さえつけられる小さな女の子。

 押さえつける男、のしかかろうとする男、見張り番に立っている男の三人。

 よくある光景だ。

 こんな司法の機能していない場所では、隙のある女はすぐに『こう』なる。

 誰も止めない。誰も邪魔しない。だから女は仲間を作るか、自衛するしか無い。

 自分自身も守れない奴が悪いのだ。たとえ被害者が子供でも。

 助ける義理もない。知らない女の子だ。手を出しても面倒事になるだけで得もない。

 だから、踵を返して帰ろう。

 そう、少年は思う。

 

 思っただけで、現実にはその光景を目にした瞬間、男達に銃口を向けて引き金を引いていた。

 

 

「げっ」「ぎゃふっ」

 

「……って、え、おいどうし……ゼファー!?」

 

 

 殺してはいない、先日ジェイナスからパクった麻酔銃だ。

 目の前には麻酔弾を叩きこまれた二人の男と、その男達に巻き込まれたであろう一人の男。

 ゼファーは弾倉が空になった麻酔銃を最後の一人に向けたまま、できるだけ平静な口調を意識して話しかける。

 

 

「ラダマンテュスの兄弟に……あんたはシュレディンガー一家のパシリか。

 見逃してやるからそこの二人連れてどっか行ってくれ、すぐに」

 

「ぜ、ゼファー。俺は無理矢理連れて来られただけでな、や、やめようとは言ったんだけどよ!」

 

「すぐにってのが聞こえなかったか? 別に弁明聞いたつもりはないんだが」

 

「だ、だったらその怖い顔やめてくれよ! じゅ、銃も下ろしてくれ! ちびっちまう!」

 

「……?」

 

 

 怖い顔? 俺はここに偶然通りかかって、気まぐれに邪魔しただけだ。

 何も思う所はない。だからいつも通りの俺の顔でしか無いはずだ。

 そう、少年は思う。

 

 

「ひ、ひぃっ……!」

 

 

 銃を下ろした途端、まるで猛獣に迫られた獲物のように二人を抱えて男は走り去って行く。

 彼がパシリと言われる所以だ。

 何はともあれと、ゼファーは役立たずになった銃をその辺りに放り投げる。

 

 

「大丈夫か」

 

「え、あ、えぅ」

 

「今ここに君をどうこうしようとする奴は居ない。だから落ち着いて、ゆっくりでいい」

 

 

 座り込む少女に語りかけると、ゼファー自身が驚くくらいに優しい声が出た。

 どうにも調子が狂っている。

 彼女の助けを求める声を耳にしたその時から、何か自分の身体が自分のものでないかのように、勝手に動いている。ゼファーの中には確かな戸惑いが生まれていた。

 思う所なんて無い、無いはずなのに――

 

 

「……って、もしかしてここの国の子じゃないのか……?」

 

 

 少年は髪の色、肌の色からそうかもしれないと当たりをつけた。

 亡命者の遺族がここに流れ着くという事はたまに、本当にたまにあった。

 この国で一番ベターなのはスペイン語。英語で通じなければゼファーにもお手上げだが、

 

 

「俺はゼファー。ゼファー・ウィンチェスター。分かる?」

 

 

 勢いよく頭を縦に振る少女を見るに、その心配は杞憂だったようだ。

 

 

「君の名前は?」

 

 

 

 

 

 少年は永遠に立ち止まったまま。

 人の死に何も感じたくないと駄々をこねる人間は、永遠に前には進めない。

 大切な人の死を乗り越えずに生きていく人間など居るわけがない。

 誰もが親と、家族と死に別れ、その生涯で得た大切な人達と死別する。

 足を止める少年と、前に進み続ける少女。

 ゼファー・ウィンチェスターの止まった時間を最初に進めたのは、間違いなく彼女であった。

 

 『運命』というものがあるのならきっと、この二人が出会ったこの瞬間に動き出したのだろう。

 

 

 

 

 

「く、クリス。雪音、クリス」

 

 

 

 

 

 剣の英雄と焔の災厄の、世界の命運をかけた戦いへと向かう運命が。




ゲリラ落ちした当時のロリクリスは無印設定画集によると九歳らしいんですが、本編16歳でゲリラ落ちしたのが八年前となってて誕生日挟んでないっぽいんですよね。本編二年前一月時点で14歳と一話の新聞に書いてあったりしまして
なので年齢の整合性取るの面倒なので事件の時期がずれて今現在八歳設定ということでお願いします
ゼファーはしばらく年齢不詳

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