戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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実は時系列を追うと、翼ハバキリ反応→フィーネ転生→二課設立
って流れなんですよね、シンフォギアの過去話

過去話を見ていると翼さん口調も行動もサキモリッシュしてない内気な子でびっくりします


第三章 罪人が英雄に至るまで
第十話:シンフォギア


「ハロー、プレジデント」

 

「例の件、通ってるでしょ? ……問題はないわ。私がそんなミスを犯すとでも?」

 

「致命的な情報漏洩にはならないわ。日本の聖遺物を横取りしたのはまずかったわね」

 

「大丈夫よ。この件をご機嫌取りにすれば、あとは外交努力でなんとかなるでしょう?」

 

「日本がアメリカに逆らうのは難しいなんてことは、誰だって知ってることよ」

 

「じゃ、あの子は貰うわね」

 

「監視も管理もこちらでするわ。それじゃ」

 

 

 

「共に、世界を救いましょう。世界の警察署長さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十話:シンフォギア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴弦十郎という男は、古くより国防を担う風鳴一族の裔として生を受けた。

 先祖代々受け継いできた血と責務を受け継ぎ、その名に恥じないだけの結果を出してきた経歴を持ち、その名は裏の世界のことごとく、そして表の世界の一部に轟いている。

 血脈と天賦の才から得た力を弛まず鍛え上げたその力は、既に常人の域にない。

 

 現代における、『英雄』と呼ばれる存在だ。

 

 その逸話の数々は、彼の存在を指して「兵器の所有に相当するのではないか」「日本国憲法に違反するのではないか」と国内外の政府関係者に言わせてしまうほど。

 先代米国大統領は、彼を「核にも匹敵する抑止力」と畏敬を込めて称したという。

 裏の世界では、風鳴弦十郎はこう呼ばれていた。

 

 『人類最強の男』、と。

 

 

「たっだいまー!」

 

「おう、お帰り了子君。どうだった?」

 

「……んー、ちょっと長くなるかもね」

 

 

 彼がホテルの一室で新聞を読んでいると、扉を陽気に開けて櫻井了子が入って来た。

 筋肉ムキムキでありながら落ち着いた雰囲気、静の印象を受ける弦十郎とはかなり対照的に、細身でバインボインな了子は話し方の軽さもあって、動の印象を受ける。

 彼女は弦十郎のように特殊な血族や生家といったものは持っていない。

 ただし、一種彼を凌駕するほどの『天才』であった。

 

 大学を出るまでは、ごく普通の学生。

 しかし職業として聖遺物に触れる機会を得て、聖遺物に出会った彼女はその日から変わる。

 「まるで生まれ変わったかのようだ」と周囲から評されるほどに、彼女の才能は開花した。

 『櫻井理論』を中心とした画期的な論文をいくつも発表し、その才能は日本政府が風鳴弦十郎と同等に得難いものである、と高く評価しているほどだ。

 聖遺物に関しては、その頭脳は世界でもトップクラスであるとまで言われている。

 

 弦十郎はふざけ混じりに、彼女を『人類最高の頭脳』とまで言っている。

 

 

「米国サイドからは『好きにしろ』みたいな感じねぇ。

 あっちもあっちで考えはあるんだろうけど、単にそれだけだったわ」

 

「……なに? どういうことだ……?」

 

「あの子の様子、見せてもらってもいい?」

 

 

 外での出来事を話す了子の言葉に、弦十郎は顎に手を当てて考え込む。

 そして彼女の要望に頷いて、奥の部屋へと連れて行った。

 

 

「……本当に、ひどいわね」

 

 

 カーテンの隙間から、朝日の光が差し込んでいる。

 奥の部屋はホテルの寝室であり、ベッドの上に子供の姿が見える。

 遠目に見れば、今起きたばかりの子供がそこに居るのだと誰もが思うだろう。

 しかし近付けば、その姿の痛ましさに思わず口元を抑えてしまうはずだ。

 

 瞳は虚ろ。表情にも体にも力がない。何より、その姿のどこにも意志が感じられなかった。

 暖房の効いた部屋の中だからか、着替えさせられた少年の服装は薄く大きな成人男性用のシャツ一枚で、そのせいで傷だらけの全身がチラチラと見えてしまっている。

 古傷のようにある、両腕の火傷なんて特に痛々しい。

 グロテスクな色素が沈着してしまっていて、見ているだけで気分が落ち込みそうになる。

 ひどいものだった。

 体にも心にも、子供としてあるべき正常な部分がまるで見受けられなかった。

 

 

「こんにちわ、私は櫻井了子っていうの」

 

「……」

 

「……あなたのお名前は?」

 

「……ゼファー・ウィンチェスター……」

 

「そう。どこから来たの?」

 

「……F.I.S.という研究所……」

 

「その前はどこに居たの?」

 

「……バル・ベルデ……フィフス・ヴァンガード……」

 

 

 一見、了子と少年は意思疎通ができているようにも見える。

 外見とは裏腹に、きちんとした意思のもとに言葉を紡げているようにも見える。

 しかし櫻井了子の明晰な頭脳は、そこにある違和感からあっさりと真実に辿り着いてみせた。

 

 

(……会話が成立してるわけじゃないわね、これ)

 

 

 言葉の直前と節々にある不自然な間。

 長い問いかけには応えられず、短い問いかけに短い返答で応えるだけの会話。

 音声認識ソフトに言葉を聞かせているかのような、会話のようで会話でない何か。

 

 

「気付いたか、了子君」

 

「これ、私が聞かせた言葉に反射的に言葉を返してるだけよね?

 たぶん、耳に入った言葉が脳の一回路を刺激して……

 その言葉に関連付けられた部分の記憶をそのまま口に出している、と見るべきかしら」

 

 

 名前を聞けば答える。出身地を聞けば答える。

 ただし一番好きな思い出を聞いても答えないし、面白い話をしろと振っても答えない。

 返って来るのは反射的に答えられるものだけで、間に思考が挟まると途端に止まってしまう。

 つまり、この少年は今『思考が停止』しているのだ。

 死んではいないが、生きてもいない……そういう状態。

 廃人、そう呼ばれる状態であった。

 

 

「間に合わせの診察だけど、脳に物理的なダメージがほんの少し見られたわ。

 心因性……精神的なダメージだけでは、こうはならないはず」

 

「と、言うと?」

 

「薬物か何か、あるいは何かしらの方法での物理的なダメージ。

 精神的ショック、トラウマ、極度のストレスによる精神的なダメージ。

 それがこの少年の心を壊してるってわけねー。まさしく、生きた屍よ」

 

 

 了子がつつつ、と指をゼファーの瞳の前で泳がせる。

 しかし、焦点の合っていない瞳は何の反応も示さない。

 指を揃え、瞳に一直線にチョップを繰り出し、寸止めする。

 なのに目を瞑ることもせず、何の反応も示さない。

 ゆっくりとその手を、少年の頬に添え、撫でる。

 人肌の範囲ではあっても、やけに低い体温が不気味だった。

 

 

「記憶を掘り起こすことは出来ているから、植物人間というわけじゃない……

 けど、『戻って来させる』のはかなり難しいんじゃないかしら。

 こういう状態になったままってことは、『目を覚ましたくない』って気持ちも、

 多分にあるんでしょうし」

 

 

 記憶を喪失しているわけではない。

 脳が再起不能なまでに傷付いているというわけではない。

 ならば本人の意思一つで、戻って来ることもできるはず。

 ……本人にその意思があれば、の話だが。

 

 

「記憶……いえ、『意思』を刺激するきっかけが必要よ。じゃなきゃずっとこのままね」

 

 

 専門分野ではないとはいえ、天才・櫻井了子の診察だ。

 その結論は限りなく正答に近いのだろう。

 廃人となった彼を蘇らせるには、言葉を引き出すための記憶を刺激する会話ではなく、心を引き出すための意思を刺激する体験が必要だ。

 でなければ、心はずっとこのままだろう。

 そのきっかけを探したいのなら、話しかけ続けて少年の記憶を探ってみればいい。

 方法だけは、分かりきっていた。だが……

 

 

「こいつを見てくれ。この紙束だ」

 

「あら、これは……」

 

「わざわざ帰国を先延ばしにさせてもらって、この三日色々と調べさせて貰ったかいがあった。

 反射で言葉が返って来るってのも、最初は戸惑ったがコツを掴めりゃなんてことはない。

 ここに箇条書きにした内容が、この少年の生涯の大部分だ」

 

 

 弦十郎の脳裏に、この数日の苦労が思い返される。

 短い文でしか問えない上に、「○○は■■ということか?」といった会話文での疑問の解消はほぼ不可能。おまけに、所々にトラウマがあるようだった。

 そういった部分を少年に思い出させてしまうと、少年は唸りながら倒れて気を失ってしまう。

 相当に根気がいる上に、見ているだけ話しているだけで正気が削られる痛ましさが、彼を心底疲弊させていた。同情も介護も、根本的に疲れるものである。

 そして、そうして完成された『ゼファー・ウィンチェスターの人生』とでも言うべき紙束は、それを目にした了子の表情が、だんだんよろしくないものに変わっていくほどのものであった。

 

 会話形式で過去を問い質せるわけではなかったので、当然抜けもある。

 短い言葉で問いかけ、脳の回路の反応と反射で生涯をまとめようとすること自体が難しいのだ。

 ゼファーと関わりの薄かったマリアのように、脳の回路に引っ掛かりの少ない者も居る。

 また、弦十郎の問いかけた内容が悪かったせいで脳の回路に引っ掛からず、会話に出てこれなかったウェルやクリスといった人物達も居る。

 弦十郎がバル・ベルデの名を聞いた時点で『そういう偶然もありうる』と考えていれば、あるいはクリスの名は聞けたかもしれないが。

 そうして、穴だらけの少年の人生簡易まとめが出来上がる。

 その状態でも、相当に凄惨な内容に変わりはなかったのだが。

 

 

「うわ、なにこれひっどーい」

 

「反応軽いな了子君!」

 

「読んでる内容が内容だから辛気臭くならないようにしてるのよん?

 あたしまでお先まっくらけっけな顔してたら、そりゃそれこそだーれも笑えないじゃないの」

 

「む……それもそうか」

 

「第一、あたし達がどんだけ同情しようが、この子の過去は変わらないのよ?」

 

 

 同情をして表情を曇らせている弦十郎も、何も気にしていない風でこの少年に何をしてやれるのか考えるべきだと促す了子も、どちらも間違ってはいない。

 どちらも、根底には気遣いと優しさがあるのだろうから。

 いい大人だからこそ、この少年には何かを思わずにはいられないのだろう。

 

 

「にしても、アメリカの聖遺物研究施設の子供ねえ……

 機密情報もわんさかあるでしょうに、それでもこの子をあっさり渡したっていうのは……

 やっぱり、そういうことかしら?」

 

「どういうことだ了子君?

 俺はこの子を取り戻そうとする米国と一戦やりあう覚悟で居たからな。

 ドンパチもやらずに引くなんざ、米国側の狙いがさっぱりだ」

 

「理由は見えてるのも見えてないものもたっくさんありそうだけどねぇ。

 一つ。この少年が知られて困る情報を持ってない。

 実際、この紙見る限り『実際聖遺物をどう扱ってたか』はほとんど知らないのかも」

 

「漏れると本気で困る機密情報がない、ということか……」

 

「二つ。その研究所は、もう存在しない。だから知られても困らない」

 

「……その可能性も高そうだな。口封じか、あるいは……」

 

「三つ。今回、日本から聖遺物を横取りした詫び。

 それともののついでに、これから先『聖遺物研究機関同士』で交流を深めよう……

 なんて打診をしてくる事前準備、とは考えられないかしら?」

 

「そして、政治的一手……か」

 

 

 ゼファーは研究の手伝いはしていたが、研究の根幹に関わっていたわけではない。

 その点を考えれば、F.I.S.の技術の一部、それも最重要な部分を避けて提供することで、日本サイドに恩を売れたとも考えられる。

 そして彼女の言う通り、F.I.S.の研究所は既に無い。

 人体実験に子供を使っているということに、「許せん」と憤慨した弦十郎が必死になったところで、もうないものは見付けられはしないだろう。

 そして、日本政府と、風鳴弦十郎という個人への折衝案という意味もある。

 

 アメリカ側からの変則的な技術提供。

 「その子供が気になるならやるから今回はおとなしくしていてくれ」という、無言の釘刺し。

 日本側への飴と、風鳴弦十郎という個人への折衝案なのだろう。

 そして、了子はポケットの中に入れていた、この少年が持っていた持ち物を取り出した。

 

 

「じゃなきゃ、この子が聖遺物持ってるのに見逃されやしないわよ」

 

 

 彼女の手の平の上に乗っているのは、槍の穂先の一部分。

 彼がずっと手放さなかったもの。

 最後の最後まで、皆を守ることを諦めず、捨てることをしなかった行動の証明。

 囮になるために預かっていた聖遺物、『ガングニール』であった。

 

 

「聖遺物を取って聖遺物を返す? 米政府が何をしたいのか、俺にはさっぱり分からん」

 

「弦十郎君が怖かったんじゃないの?

 あるいは、『お前らが聖遺物の研究できてるのは俺達が許しているからだ』

 って釘刺しに来た、って可能性もあるけどね。

 新品の聖遺物を手に入れて、日本にはお古の聖遺物で我慢させる……とも考えられるけど」

 

「俺達が何かしたら恒久的に聖遺物を横取りするってのか?

 聖遺物での経済制裁だなんて、どんだけ横暴にやらかそうってんだ」

 

 

 考えられる可能性はいくつもある。

 しかしこの子供を受け取ったことで、弦十郎達に発生するデメリットはほぼ皆無なのだ。

 貴重な聖遺物が手に入ったことを考えれば、大幅にプラスになっているとも考えられる。

 まあ風鳴弦十郎という男は、メリット皆無デメリット甚大であろうと、子供を絶対に見捨てない男であるがゆえに、そういうものはまるで意味が無いのだが。

 

 

「何にせよ、見捨てられないんでしょ?この子を。弦十郎君は子供には優しいものねえ」

 

「よしてくれ、照れくさい。

 この子より歳を重ねてる男としての、責務ってやつだ。

 親父や兄貴が俺にしてくれたことを、俺がこの子に回り回って返してるようなもんさ」

 

「おねーさんそう言うの嫌いじゃないわよんっ」

 

 

 何にせよ、彼らの本拠はアメリカではない。

 廃人になっている少年を治療するためにも、ここに一人で放置なんてせず、日本に連れて帰る必要があった。元気になったら、少年自身に選ばせればいい、と。

 この少年の境遇を考えれば、米国の傘下に置いていく事自体危険なわけで。

 まして、この少年は一人では食事もできない状態の、まだ幼い子供なのだから。

 

 

「さあ、帰りましょう。日本へ!」

 

 

 かくして、ゼファーは心が死んだまま、日本へと旅立った。

 昔々、クリスを帰してあげたいと思っていた彼女の故郷、一目見たいと思っていた国へ。

 その時の気持ちが、何一つ頭の中に残っていないほどに、擦り切れた状態で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 米国連邦聖遺物研究機関(Federal Institutes of Sacrist)、通称F.I.S.は米国における聖遺物研究機関であり、表に出ない特務機関である。

 聖遺物は現代の技術水準を大きく超える異端技術の塊であり、一種金のなる木でもある。

 兵器開発や国家間競争にも与える影響を考えれば、軽んじられない研究分野だ。

 当然、世界各国にF.I.S.のような聖遺物研究機関は存在する。日本にもだ。

 しかしながら、その発足の理由までもが全て同じとは限らない。

 

 F.I.S.は、自分の転生先候補を集めてくれる大規模な組織力が欲しいフィーネ、誰にでも扱える汎用聖遺物技術が欲しかった米国、聖遺物の研究がしたかった研究者の三者が、『世界を守り救うために、魔神を倒す』という目的を掲げて、一箇所に集まった組織である。

 当然、フィーネの「上の指示」と米国政府の「スポンサーの無茶ぶり」と研究者の「現場のワガママ」がしっちゃかめっちゃかに噛み合わなかったりもした。

 反面、日本における聖遺物研究機関は少し特殊な成り立ちであった。

 

 日本の聖遺物研究機関の話をする前に、まず日本の『対ノイズ機関』の話をしよう。

 ノイズが国連総会にて特異災害として認定されたのが7年前。

 そして日本がそれに応じ、当時既存の部署に割り振っていたノイズ対策の職務、ノイズ対策本部としての機能を一本化したものが、『特異災害対策機動部』である。

 災害対策本部と自衛隊が混ざったものだと考えればイメージしやすいだろうか?

 囮になってのノイズの進路変更、避難誘導、更に被災後の救援等をこなす部署だ。

 だが、誰かが言った。

 

 

「守るために、死なせないために、ノイズを倒せる力があれば……!」

 

 

 ノイズに対し、人はあまりにも無力である。

 フィフス・ヴァンガードでもそうだったし、それは日本でも変わらない。

 だが、それで諦めないのが人というものだ。

 特異災害対策機動部は何かないか、何かないかと探し続ける。

 そして内閣情報調査室から、一つの情報がもたらされた。

 

 

「風鳴機関が、アンチノイズシステム開発の目処を立てたらしい」

 

 

 『風鳴機関』。

 一般人には知られていない、しかし国防に携わる者であるならば皆知っている機関の名だ。

 第二次世界大戦時に旧陸軍が組織した特務室が最も有名であるが、厳密に言えばその歴史はもっと古い。何故ならば、その名の通り、古くよりこの国を守ってきた防人たる『風鳴一族』が中核となる国防組織が、形を変えてきただけだからだ。

 風鳴一族は、常にこの国を守るために影に日向に戦ってきた一族の裔である。

 その戦力は一騎当千。

 当代の当主の弟である風鳴弦十郎に至っては、人類最強との呼び声も大きい。

 その役割は諜報活動、特に防諜だ。

 戦時より数多くのスパイを血祭りに上げてきた風鳴一族は、『日本のSAKIMORI』と呼ばれ、裏の世界では絶対に敵に回してはいけないものとされ、恐れられている。

 

 さて、その風鳴機関だが、お抱えの研究チームが聖遺物を研究する機会を得た途端、水を得た魚のように対ノイズ装備なるものを生み出したらしい。

 その始まりには、一人の少女と一人の女性が関わっていたとか。

 特異災害対策機動部の人間には、聖遺物のことなどよく分からない。

 しかし、聖遺物を武器にすることができる天才と、聖遺物を操る才能を持った少女が揃ったことで、ノイズ対策にも希望が見えたということだけは理解できた。

 そうして、公権力のバックアップと強力なスポンサーを求めていた風鳴機関と、ノイズ対策の手段を欲しがっていた特異災害対策機動部の目的が合致する。

 

 既存の特異災害対策機動部は、特異災害対策機動部『一課』に。

 風鳴機関は、特異災害対策機動部『二課』と、そう呼ばれるようになったのだった。

 利害の一致が、二つの組織を合体させたのである。

 

 さて、ここまで話せばもう分かるだろう。

 この"特異災害対策機動部 二課"こそが、日本における聖遺物研究機関であり、風鳴弦十郎や櫻井了子が所属する、ノイズと戦う日本の砦なのである。

 表向きには特異災害対策機動部は、一課しか目に付かないようになっている。

 そういう意味でも、秘匿機関であったF.I.S.に近いのかもしれない。

 けれど、日本の聖遺物研究機関の根底には、対ノイズ構想が常に共にある。

 

 ノイズ相手に抗う力もなく、進路変更と時間稼ぎしか出来ない一課。

 聖遺物を研究し転用した『力』をもって、現状を切り拓こうとする二課。

 偶然なのだろうが、まるで鏡。

 ゼファー・ウィンチェスターという少年が生きてきた場所、生きてきた道の鏡写しのようだ。

 フィフス・ヴァンガードで彼は一課のように、ノイズ相手にバル・ベルデの一般人を守るための使い捨ての部隊として、進路変更と時間稼ぎに戦ってきた。

 そしてF.I.S.で、聖遺物の研究機関に全力で力を貸してきた。

 一章の物語と二章の物語に、一課の職務と二課の職務が重なる。

 ただの偶然だ。言い換えれば、『運命』であるとも言えるのだろうが。

 

 そう、運命だ。

 人と人の魂の間に働く重力。英雄の下に集う勇者達。類は友を呼ぶ。

 弦十郎と了子に連れられて、ゼファーは二課本部にやって来た。

 どこをどう通って来たのかは、意思もない彼は覚えていない。

 だが彼は、気付けば地下の研究施設に居た。

 脳反応で半自動的に足を動かし、手を引かれるままに歩を進めていく。

 F.I.S.と同じ、彼の記憶と意思を刺激する、地下の聖遺物研究施設に潜っていく。

 光から遠ざかっていく深海魚のように。光から逃げる土竜のように。

 

 そうして、彼は彼女と出会った。

 

 

「おかえりなさい。叔父様、了子さん」

 

 

 青い髪。

 背中までさらりと流れるその髪が、意志を完全に失ったはずのゼファーの目を引いたのは、それが彼自身も知らない、彼の本当の髪の色と同じだったからだろうか。

 藍色の溶けた黒い瞳。

 その瞳で彼の瞳が一瞬止まったのは、彼の青色の瞳とどこか色合いが近かったからか。

 そして、雰囲気。

 ゼファーの心が死んでいなければ、こんな雰囲気を感じ取っていただろう。

 リルカ、マリエル、ベアトリーチェとは明確に違う雰囲気。

 クリス、切歌、調、マリア、そしてセレナに通ずる雰囲気。

 それが死んだ彼の心に届き……そうになるも、届かない。

 

 可愛らしい少女であった。

 音符のようなサイドテールも目を引くが、それ以上にその佇まいが印象に残る。

 顔だとか、髪型だとか、服装だとかではない。

 佇まいだ。立っている姿勢、それそのものが単体で印象に残るほどのものに完成されている。

 凛としていて、背筋がピッと伸びていて、肩が上がっていたり顎が引けていないということもない。その姿勢は、日本舞踊の達人並みに完成されている。

 本人の容姿も飛び抜けて優れてはいるのだが、それ以上に努力と研鑽で身に付けたであろう姿勢の方が目立っていて、優れた容姿がおまけになっている。

 「立っているだけで全く隙がない」と漫画的な言い方をしてもいいだろう。

 年齢はゼファーと同じくらいなのだろうが、末恐ろしい少女であった。

 

 

「ああ、ただいま。翼」

 

「たっだいまー、翼ちゃんは今日も可愛いわねえもう!」

 

 

 彼女の名は『風鳴翼』。

 風鳴一族の現当主の一人娘であり、風鳴弦十郎の姪。

 そして二課発足の遠因となった、セレナ・切歌・調・マリアと同じ、聖遺物を扱う才能を生まれながらにして持つ特別な少女。

 そして、青い髪を持つ者であった。

 

 

「あの、その子は……」

 

 

 翼は、弦十郎に手を引かれている少年に目を向けた。

 初めて見る少年だった。それも同年代。

 ここは地下にある、機密性の高い二課本部だ。

 特別な才覚のある翼と違い、普通の子供が入ることはまず許されない。

 ここで同年代の子供を見たことに、まず翼は驚く。

 

 

「見ての通り、少し心を病んでしまっていてな……」

 

 

 そして少年の表情を見て、弦十郎の言葉を聞いて、二度驚いた。

 死んだ魚のような眼は焦点が合っていなくて、表情も完璧に死んでいる。

 絵に描いたような廃人だ。ここまで活力のない同年代を、翼は生まれて始めて見た。

 その辺に転がっていたら、死体と見間違ってしまいそうなほどだった。

 

 

「この子を医務室に連れて行ってあげてくれ、翼」

 

 

 弦十郎は膝を付き、子供達の目線に合わせる。

 そして翼の手を取り、自分が繋いでいた少年の手をその上に重ねた。

 彼の意を汲み、翼はその手をぎゅっと握る。

 

 

「はい、叔父様」

 

 

 弦十郎と了子はこれから早速、二課の主要人物を集めた会議がある。

 米国側の狙いを推察・検討するための意見集めと、上に提出する報告書の概要を纏めるため二課の総意と認識をすり合わせるための会議だ。

 この少年の医務室のベッドに寝かせるための手間は、省けるなら省きたいのだろう。

 まして、要されるのは子供のお使い程度の労力だ。

 会議に参加しない子供の翼に任せても、一切問題はない。

 

 

「あなたの名前はなんていうの?」

 

 

 それに、弦十郎の中にも少しだけ期待する気持ちがあったのかもしれない。

 赤ん坊の頃から面倒を見ているからこそ、いい子だと知っている自分の姪が、同年代のこの少年に対していい刺激を与えてくれるかもしれない……なんて、期待。

 過度なものではなく、せいぜいガリガリ君の当たりを求める程度のものではあったのだが。

 

 

「……ゼファー・ウィンチェスター……」

 

「私は風鳴翼。よろしくね」

 

「……」

 

 

 翼の問いかけに、ゼファーの脳の回路の一部が刺激され、機械的に名前が返って来る。

 それは会話なんて呼べるものではなく、どちらかと言えばパブロフの犬の反応に近い。

 だから翼が「よろしく」と言っても、少年は完全に無反応だ。

 少女は少し戸惑った様子だったが、それでも気を取り直して、少年の手を引いていく。

 

 

「では、失礼します」

 

「おう、頼んだぞ」

 

「転ばないようにねー!」

 

 

 去り際に律儀に頭を下げて礼をしていく翼に、弦十郎は軽く手を上げて、了子は陽気に大きく手を振って応える。去りゆく子供二人の後ろ姿を、大人二人は微笑んで見送った。

 

 

「こっちに行くと宿舎で、こっちに行くと―――」

 

「……」

 

 

 翼は道中で簡単な案内をしているが、ゼファーから反応が返って来ることは一切ない。

 それも当然だ。ゼファーは会話をしていたわけでも、意志が戻って来たわけでもない。

 魔神に一度精神と魂を焼き尽くされたという外的要因。

 セレナというトリガーにより、二度目の絶望に飲み込まれたという内的要因。

 その二つにより、彼の心は燃え尽きかけの灰のようになっている。

 ほとんど意識すらも無いのだから、コミュニケーションが成立するわけがない。

 

 

「足元、気を付けてね」

 

「……」

 

 

 それでも、翼は嫌な顔一つしなかった。

 この年頃の子供には、話しかけても無視されることは本当に癪に障ることであり、怒ってその子を嫌いになる者がほとんどだろう。

 なのに彼女は彼の事情を表面上だけ知っただけであるというのに、彼を慮り気遣ってすら居る。

 おそらく親の躾がよく、彼女も本質的に優しい少女なのだろう。

 だから繋いだ手を優しく握り、彼女は無視されようとも彼の手を引いていく。

 

 

「ここ、近道なんだ。この前探検してた時に見付けたんだけど」

 

「……」

 

 

 ただ、もしもゼファーに正常な意識がほんの少しでも残っていれば、現状にツッコミぐらい入れていただろう。特に自分が歩いている場所に。

 風鳴翼の人並み外れた胆力とほんの少しの好奇心が見付けた『近道』は、なんと地下施設の中央に広がる巨大な筒状空間の中、超長エレベーターシャフト群が立ち並ぶ、そんな不思議な空間の内側に設置された階段であった。

 全長数km、と関係者が冗談交じりに語る高度……いや、深度だ。

 もし今ゼファーが下を覗いても、間違いなく底は見えない。

 そういう場所を二人はサクサクと歩いていた。

 

 ぶっちゃけ、無風状態でスカイツリーの外側に仮設置された階段を昇るようなものだ。

 普通の人間なら足が竦んで動けないだろう。落ちたら即死で済めばいい方である。

 思考が飛んでるゼファーはともかくとして、ここを平気で歩いて行っている翼の大物感は相当なものだ。ここに大人が居たらひくついた笑みを見せるに違いない。

 けれど、大人が怯えるということは大人の方が臆病というわけだからではない。

 大人の方が「もしも」を考える力が育っているからだ。

 だから、基本的に『無謀』とは若い者の特権でもある。

 

 失敗をしなければ、子供は学べない。

 翼が踏み出して、手を引かれたゼファーが一歩踏み出して。

 子供二人分の体重を乗せられた階段のネジの幾つかが同時に、ピンっと外れて飛んでいった。

 

 そして、足場がガタンと外れて落ちる。その上に居た、少女一人を道連れとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英雄と呼ばれたビリー・エヴァンスが『救えなかったこと』『生き残ってしまったこと』から来るサバイバーズギルト……『前向きな自殺衝動』を持っていたとするのなら。

 

 ゼファー・ウィンチェスターのそれは、歪んだ他者評価と自己評価に由来する『非自己完結の自傷衝動』と言っていい。

 

 ゼファーは人一倍自分以外の個人を大切に思う。

 彼の周囲には、人一倍好かれやすい少女が比較的多かったのとは対照的だ。

 彼はいい意味で言えば人を好きになりやすく、別れを重んじる。

 悪い意味で言えば簡単に人を好きになり、人との別れを軽んじられず傷付きやすい。

 平和な場所に生まれていれば、それはきっと良点として育まれていただろう。人との出会いを喜び、人の死に涙を流し、それでも出会いと別れの意味を理解する大人になれていたはずだ。

 ゆえに、彼は致命的に生まれた場所を間違えた。

 

 生まれつきという形で自分の命、他人の命を重く感じる感性を持たされた少年は、命が銃弾よりも軽い世界でひどく歪に仕上がってしまった。

 命の重みを理解したまま足掻き続ける選択をしたクリスのようにはなれず、ただひたすらに命の重みが失われる事から逃げ続けた。

 全ての命を守れれれば誰も死なないと、そういう形で今も逃げ続けている。

 

 彼の自傷衝動の源泉は、守れなかった過去と忘れてきた過程。

 大切に思えた人、守りたいと思った人、救いをくれた人。その誰もを守れなかった記憶。

 そして守れなかった後は、決まって少年は一人ぼっちになった。

 

 一人は寂しくて、生きている理由までもが無くなって、心に空いた穴に風が吹く。

 逃避しなければ、心が壊れるほどの痛み。彼は弱く、脆く、情けなかった。

 欲しいものもなく、願うものもなく、ただ生きたかっただけの少年が初めて抱いた願いは「大切な人を守りたい」というちっぽけなもの。

 しかし彼はこの国に来るまでの生涯で……一度たりとも、大切な人を守れたことはなかった。

 事実がどうであったとしても、彼の視点ではそうだった。

 皆、遠くに行ってしまった。その隣に帰るという約束まであったのに。

 

 そしてその死を、ただひたすらに忘れようとした。

 無意識が忘れようとして、意識がそれに応える。

 死んでいった大切な一人一人に、後追い自殺をしかねないほどの想いと、忘れてはならない大切な想い出があった。

 だからこそ、深層の意識で矛盾する。

 忘れてはならない、大切な思い出だから。

 忘れなければならない、この痛みに耐えられない。

 子供の支離滅裂な主張のようだった彼の中の歪みは、次第に二極化し固定化されていく。

 子供の頃、親から愛されなかった子供が子の愛し方をどうやっても上手くこなせないように。

 子供の頃に形成された欠陥は、大切な人が皆居なくなってしまうという二度の絶望を経て歪みへと至り、どうにもならない自己嫌悪を発生させる。

 

 「あの人達はあんなに素敵なのに、俺は」という思考が意識無意識問わず常に付き纏う。

 自分に価値が見出だせない。他者に対する悪意という形で発散されない劣等感。

 自己完結せず、他者と関わり合うことでそれは育まれた。

 自分が嫌いだ。だからそれと比べればマシな、皆が好きだ。

 自分が許せない。だからそれと比べればマシな、皆を許せる。

 過去のトラウマが守れなかった自分自身を延々と責めて、それが精神の許容範囲を超えないようにと無意識が逃避させ、逃避する自分を責める無意識が稼動するという最悪の永久機関。

 

 彼の生き方は、ずっとずっと生き急いでいる。

 それは償う相手も贖う相手も居なくなってしまった罪人が、右往左往しながら罰を受け続けている構図と言っていい。

 誰も裁いてくれない。皆優しかったから。

 誰も許してくれない。皆死んでしまったから。

 それが彼の世界だった。

 だから彼は、自分自身を永遠に許せない。

 

 『守れなかった』。

 『死なせてしまった』。

 

 たった二つ、それが根源。

 クリスが、セレナが。

 切歌が、調が、マリアが、ナスターシャが、ウェルが、マリエルが、ベアトリーチェが。

 リルカが、ビリーが、ジェイナスが、バーソロミューが。

 その後ろに続く無数の屍達が。

 「許さない」と、夜な夜な夢の中で彼に縋り付く。

 守れなかった罪を、死なせてしまった罪を、裁かず、許さず、忘れられぬよう呟き続ける。

 大切な人を守れなかった。死なせてしまった。それは彼の中で揺るぎなく、死をもってしても償えない重罪だった。

 

 死にたくない。最初に、そう思った。

 守りたい。次に、そう思った。

 守るために生きよう。そう決めた。

 

 なのに、守りたいものも、生きたいと思う理由も、手に入れてから失った。

 それはきっと、最初からないことよりも辛かった。

 ひとりぼっちのままで居るより、一人ぼっちになってしまった瞬間の方が辛かった。

 

 大切な人達と過ごす時間は楽しくて、生きる意味がたくさん見つかって、毎日が忙しくて。

 自分を許せるとまで思えるようにはならないけれど。

 それでも、自分を嫌う度合いが減った。悪夢を見る頻度が減った。

 なのに失ってしまうから、手に入れる前よりももっと守れなかった自分が嫌いになって。

 

 大切な人を守れなかった記憶が、彼を歪ませた。

 大切な人を忘れられず、かろんじられず、蔑ろにも出来ない性格。

 けれどもそれは、欠点と断じられるものではない。

 それは今も生きている大切な人達を、死者より大切にするという意味ではないのだから。

 

 彼の心の全ては、絶望の沼の底に囚われていた。

 もう立てないことなど、意識すら蘇らせることの出来ない彼自身が、一番よく分かっていた。

 

 なのに。

 なのに、目の前で、少女が奈落の底に落ちていってしまいそうになったその瞬間。

 なのに、ほぼ初対面のはずのその少女が死に落ちそうになっていたその刹那。

 なのに、意識すらもない状態で、手を伸ばせば救える場所に、その少女が居た一瞬。

 

 ゼファーは、自分の手を離していた少女に手を伸ばし、再びその手をがっしりと繋いでいた。

 

 そして引く。

 彼が全体重をかけて彼女の手を引いたことで、彼女の体はまだ残っていた階段へ。

 そして自分とほぼ同重量の子供を引っ張り上げたことで、彼の体は反動で奈落の底へ。

 少女を救う代価として、外れた階段の一部と共に、少年は落ちていく。

 

 絶望の底に落ちたとしても。希望がその手から全てこぼれ落ちてしまっていたとしても。

 意識と思考のスイッチが落ちたままであったとしても。

 少女を救うことで、死神が手招きする奈落の底に落ちてしまうのだとしても。

 それでも、彼は。

 誰かに手を伸ばすことを、辞めることはしなかった。

 

 

「―――!」

 

 

 意識があれば、生きることを諦めない彼の意識が止めたかもしれない。

 こうまで安易に、自分の命を捨てさせはしなかったかもしれない。

 だが、今の彼を動かすのは衝動だ。

 『守れなかった』『救えなかった』『死なせてしまった』

 という、無意識すらも染め上げる強烈な後悔だ。

 だからこそ、ゼファーが翼を見捨てることはありえなかったのだ。

 

 彼は、もう誰にも死んで欲しくなかったから。

 

 

「―――ッ」

 

 

 翼が叫ぶ。

 ゼファーは相も変わらず心が死んだまま、遠ざかっていく少女を見やる。

 そこで、意を決したように、何かを握る彼女が彼の視界に映る。

 

 

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)

 

 

 少女の声が響き、その声が旋律へと変わり、世界に満ちる。

 声でもなく、言葉でもなく、叫びでもない。

 『歌』だ。それは歌だった。

 ゼファーはかつて、クリスの、そしてセレナの歌に救われた。

 彼にとって、『歌』は特別な意味を持つ。

 

 それはかつてゼファーの絶望を払い、胸に命の火を灯した少女の優しさを、彼に思い返させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっ」

 

 

 会議前に自分の部屋に寄っていた了子は、自分の部屋の計測器が鳴らした警報を聞き、次に登録されていた波形の高エネルギー反応が施設内で観測されたことを知り、飲みかけだった茶を吹き出した。ペットボトルの爽健美茶が彼女の手を濡らす。

 しかし、彼女にそんなものを気にしている様子はない

 

 

「何があったの!?

 翼ちゃん、まだ開発中だっていうのに起動させちゃダメでしょ!

 その―――」

 

 

 すぐさま上着をはおり、彼女は部屋を飛び出した。

 風鳴翼は『それ』を使う気なのだと、一瞬で彼女には理解できてしまったから。

 特異災害対策機動部が求めた、聖遺物を用いた対ノイズ武装。

 俗称、『アンチノイズプロテクター』。

 開発コード、『FG式回天特機装束』。

 特別な才能を持つ人間に、一旦エネルギーに還元した聖遺物を全身に纏う武器と鎧として再構築し、ノイズを駆逐するだけの力を与えるアンチノイズシステム。

 正式名称、『シンフォギア』。

 

 

「『シンフォギア』をっ!」

 

 

 しかし体力が無いせいですぐにバテる。

 櫻井了子は一旦膝をついて休み、爽健美茶を一口飲んでからまた走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファー・ウィンチェスターが誰かを見捨てられない少年であるように。

 風鳴翼は、あるいは彼以上に誰かを見捨てない少女であった。

 そう教えられてきたし、そう育てられてきたし、生まれつきそう考える性格の人間であったし、それを苦にも思わない少女であった。

 

 そんな少女の目の前で、ボロボロの少年が自分を庇って落ちていく。

 心がボロボロであることは、目を合わせた瞬間に分かった。

 体がボロボロであることは、手を握った時、マメと擦り傷と火傷だらけの手から伝わった。

 そんな状態でも、誰かを救おうと動くことが出来る少年が落ちていく。

 迷いはなく、決断は一瞬だった。

 

 

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)

 

 

 『聖詠』。

 シンフォギアは、起動キーとなるコードを『歌』という形で入力しなければ起動しない。

 聖遺物ごとに文字列は同じ。

 しかし、そこに込めなければならない想いは個人個人の心の形に左右される。

 ゆえに、同じ聖遺物でも聖詠は人によってまた違う。

 だからこそこの聖詠は、風鳴翼という人物をそのまま表していた。

 

 そして、翼は光に包まれる。

 シンフォギア起動に伴うエネルギーが迸り、球型の光が彼女を包み込む。

 光に包まれたのはほぼ一瞬。

 

 光が消えた後には、どこかゼファーがあの日に見たセレナに似た翼の姿が現れた。

 セレナと違うのは、光の羽が無く、メインカラーが純白から青になっている所だろうか。

 フォルムも全体的に妖精というより剣士に近い。

 しかし、ヘッドギアを始めとする機械的な部分、服と水着と鎧の中間のような不思議なデザインの衣装であるという点に、相違はなかった。

 

 

《《       》》

《 絶刀・天羽々斬 》

《《       》》

 

 

 そして、彼女は歌う。

 『シンフォギア』は聖遺物の波動を、少女の歌によって共鳴させることで増幅し、制御することで聖遺物を武装として扱うシステムだ。

 歌えなければ扱えない。歌うことが力となる。

 言い換えれば、救うために、守るために歌うシステム。

 だからこそ、その歌は命であり、少女の歌には血が流れているのだ。

 

 かつてゼファーの胸に、その血と命が流れ込み、彼を立ち上がらせたように。

 

 

「―――」

 

 

 翼は歌い、下に向かって跳ぶ。

 そして空中でゼファーをキャッチし、横抱きにしたまま着地した。

 着地直前に下に向かってスラスターのように大気を噴出させ衝撃を和らげたのも、高所から飛び降り少年をキャッチして着地するという芸当を成すだけの身体能力を彼女に与えたのも、聖遺物のエネルギーを完全に制御するシンフォギアの恩恵であった。

 どちらかが死を覚悟しなければならなかった状況で、子供にそんな状況を完全に覆すだけの力を与える。成程、シンフォギアの有用性は明らかだろう。

 翼も彼を救えたことに、ホッとしている様子。

 

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

 

 だが、目を見開いて翼を凝視するゼファーは、体の状態よりも心の状態の方が深刻だった。

 翼も、弦十郎も、了子も想像しなかった方法で。

 ゼファー・ウィンチェスターの心は、灰であった状態から蘇る。

 

 

「……あ」

 

 

 シンフォギアを纏った翼の姿は、最後に見たセレナの姿にどこか似ていたから。

 

 

「せ、れな……」

 

 

 青い髪が、ゼファーの心をほんの少し揺らした。

 彼女の歌が、幸せな記憶とも辛い記憶とも共にあった歌が、彼の心に血と命を注ぎ込んだ。

 そして、シンフォギア。

 彼が最後に見たセレナと似た様相の、翼のシンフォギアが、彼の心を覚醒させた。

 何よりも大きかったのは、翼の歌だ。

 翼の歌には、セレナの歌と同じ何かが込められていると、ゼファーは理屈抜きに気付いていた。

 

 魔神が何度絶望の運命を押し付けようが、何度悲嘆の海に沈められようが。

 彼は、必ず立ち上がる。

 時に助けられ、時に覚悟を決めて、時にズタボロなままで、いつとて己の二本の足で。

 それでも、彼の心はまだ壊れた人形のように不安定。

 燃え尽きかけの心の中から、燃え残りの破片を積み上げて、心の形を取り戻したに過ぎない。

 

 

「……セレナ……!」

 

「わ、ちょ、ちょっと!?」

 

 

 ゼファーは降ろされてすぐに、翼を抱きしめる。

 意味の分からない流れに翼は慌てるが、彼が震えているのに気付き、抵抗を止める。

 力いっぱい、彼は彼女を抱きしめる。

 そうしないと、彼女がどこかに行ってしまうからとでも言うように。

 ただ、孤独を恐れるだけの哀れな少年の姿が、そこにはあった。

 

 

「置いて行かないでくれ……一人にしないでくれ……!」

 

 

 壊れた心の破片から組み上げられたつぎはぎの心は、未だ正常な思考を取り戻せていない。

 彼はセレナが戻って来てくれた、あるいはどこにも行っていなかったと思い込んでいる。

 セレナと同じ姿をした翼に、セレナの姿を重ねている。

 あの日の、最後の最後の光景の続きを、凄惨でない形の終わりを求めている。

 もうどこかに行ってしまった皆が、そばに居てくれる未来に繋がることを、求めている。

 

 それが、あと一時間か二時間か、正気を取り戻し始めるまでの僅かな間にしか見ることの出来ない儚い夢、現実にはならない、泡沫のような幻想であったとしても。

 

 

「大丈夫」

 

 

 初対面の彼女からすれば、気狂いの暴走。それ以上でもそれ以下でもない。

 なのに、彼女は彼を突き放すことはしなかった。

 彼女は彼の境遇を知らない。だから突き放さなかったのは、彼の境遇に同情したからではない。

 もっとシンプルに、彼女が優しい少女であったからだ。

 そして、「弱者を見捨てずその身で守る万民の剣であれ」と、彼女がずっとそう育てられてきたからだ。そう教えられてきたからだ。そう生きようと決めているからだ。

 だから彼女は、先祖が、祖父が、父がそうしてきたように、傷付いた誰かを見捨てない。

 

 自分を抱きしめる少年の背中を、ポンポンと叩く。

 声を震わせて、体を震わせて、何かに怯える少年を安心させようとする。

 一人に怯える彼を見捨てず、自分本位に突き放そうとしない。

 そしてただ、「大丈夫」と耳元で声をかけ続ける。

 

 

「大丈夫だから」

 

「う、うぅ、ッ……!」

 

 

 涙を流さずとも、心で泣き続ける少年。

 そんな彼を突き放すことなく、受け止める少女。

 

 半身の片方を千切り奪われた少年と、まだ飛べぬ片翼だけの翼は、こうして出会ったのだった。




シンフォギア二次創作なのにシンフォギアがまっとうに出てくるまで50話かかった亀進行作品があるらしい
今回の投稿で丁度50話目です。三章のスタートは第十話で50話目からスタートと非常に切りが良いですな

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