戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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強盗は金か命かと要求してきます。リアルの女性は両方+愛も要求してきます(偏見)
二次元の女の子の聖人っぷりときたらもう、天元突破ですよ


3

 子供同士いい影響を与え合ってくれれば、というのが弦十郎の理想であった。

 

 ゼファーはどこか世間の悪意に対する図太さ、流れに乗ることはあっても流されないスタンス、豊富な戦闘経験、いつも違う誰かと食事をしているようなずば抜けたコミュ力があった。

 反面、自分の中に溜め込んで鬱屈しやすく、今も軽い精神的な障害がいくつか残っており、いい意味でも悪い意味でも何をしでかすか分からない怖さがあった。

 基礎的な戦闘技術の下地もなく、翼に学ぶことや助けられることも多いだろう。

 

 翼は剣のようにどこまでも真っ直ぐで、それが周囲にいい影響を与え、また近くの弱っている人間や助けを求める人間を決して見捨てず、歳不相応なくらいに良心的な少女であった。

 反面、自分に自信がなく流されることも多く、周囲の人間と一人で良好な関係を築くのに苦労もしていて、自分と親しい人間の世界で凝り固まって、依存しすぎる危険性も見えていた。

 対人関係の問題や、実戦経験が皆無であるなど、これまたゼファーから学ぶことが多い。

 

 並べれば実に対照的で、この二人は互いに学ぶことが多い。

 戦闘経験だけの少年、訓練鍛錬だけの少女。

 対人関係良好、対人関係劣悪。

 表面上は平気そうだがいつの間にか精神的にドツボにハマっている少年。

 表面上は一見しょっちゅう精神的な問題を起こしてそうなのに、芯は揺らがず立ち直れる少女。

 大切な人の死に慣れている少年、全く慣れていない少女。

 その他諸々。

 足して二で割れば色々と丁度よくなるのかもしれないが、そうは行かないのが人間なわけで。

 

 二人が互いに対しいい影響を与え合えれば、色々と上手く転ぶという考えは間違ってはいない。

 精神的にもそうだし、戦闘技能的にもそうだし、二人の関係的にもそうだろう。

 競い合うライバルにしろ、肩を並べる戦友にしろ、二人並べるということに意味がある。

 弦十郎がゼファーにあんな無茶振りをしたのにも、その辺りに理由があった。

 結果を見るまではどう転ぶかは断言できないが、翼をよく知り、ゼファーに対しそれなりの理解を示している弦十郎には、色々と見えているものがある様子。

 

 まあそれを抜きにしても、子供は子供同士で関わりあって大人になっていくものなのだと、大人におんぶにだっこな内はまだ子供なのだと、弦十郎は自分の経験から知っていた。

 まあ大人の目を離れて子供だけで突っ走っていく危なっかしさも、まだ大人になっていない子供に大人の責務を背負わせる危険も知っているのだが。

 この辺りの塩梅は正解が存在せず、非常にデリケートな問題だ。

 

 

「まだ納得がいってないって顔だな、翼」

 

「あれで誰が納得するというんですか? 叔父様」

 

 

 風鳴家には、今は二人しか居ない。

 ゼファーもここで寝泊まりしていることに変化はない。

 しかし弦十郎がゼファーの特訓を大いに後押ししていること、ゼファーの門限を大幅に緩めたこと、近隣の警察に話を通して補導や通報の対策をしたこと。

 それらの結果、ゼファーは本当に風呂と睡眠の時くらいしかこの家に居なかった。

 二課に融合症例の件で健康診断に行く時間以外の全ての時間を、少年は修行に費やしている。

 

 だがそれでも、翼はゼファーが自分に一撃を届かせられるとは思わなかった。

 ゼファーの直感は自分の命が危ない時に最も強く発動する、戦場で彼が自分を生存させるために鍛え上げてきたスキルである。当然、それは回避に特化していた。

 攻撃の要に転用できるようなものではない。

 事実、先日の試合でもゼファーは回避と立ち回りだけで翼の動きを封じるしか無かったのだ。

 そして現在、ゼファーには翼に通用する手札が直感以外にない。

 誰がどう見たって、勝ち目なんかあるわけがない。

 

 

「新規の門下生との試合はあくまで実力を見るだけのもの。

 勝ち負けや条件を満たさなければ入門を認めないなど……私は初めて聞きましたよ、あんなの」

 

 

 翼はゼファーの邪魔をしたかったわけでも、傷めつけたかったわけでもない。

 むしろ彼女は彼の入門したいという意志が邪魔されて欲しくないと思っているし、「もしも自分が手加減を誤って怪我をさせたら」と不安になってすらいる。

 彼女の理想は、新しく切磋琢磨する仲間が出来るという未来だ。

 手を抜けば直ぐにバレてしまう以上、二週間後の試合は翼にとって不安しかない。

 最悪、自分の手で少年の望みを断ってしまうか、怪我をさせてしまうかもしれないからだ。

 そういうことを気にしてしまうのが、翼の気にしいな欠点である。

 

 そんな彼女を、弦十郎は笑う。

 爆笑というわけでもなく、愉快そうにでもなく、馬鹿にするでもなく。

 まだまだ子供な翼を、過去を振り返るように笑った。

 翼は分かっていないのだ。

 同年代の女子に一方的に叩きのめされたことに、男が感じる悔しさというものを。

 彼女がごく自然に、それが事実だとしても、ゼファーを自分より弱いと見ていることを。

 それが回り回って形を変えて翼の下に返って来ることもあるということを、分かっていない。

 ゼファーは比較的その二つに感じる感情は少ないかもしれないが、それでも何も感じていないわけがない。

 

 

「なに、次に会った時は見せてくれるだろうさ」

 

「何をですか?」

 

 

 風鳴弦十郎は知っている。

 

 

「男の意地ってやつを」

 

 

 女の子の前で格好を付ける、男の強さを知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一話:受け止めて、呼び覚ませ 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴機関の影響力は、日本を代表する諜報機関だったということもあって幅広い。

 そして風鳴機関が特異災害対策機動部二課に変わった後も、その影響力は維持されたままだ。

 二課は数十のダミーカンパニーを――実際に運営されているものも多い――保有しており、日本各地に医院や公共施設などの末端組織を散らしている。

 またノイズ警報装置や政府に関わっている人物の何人かを始めとして、組織として成り立ってはいないものの、二課に情報を提供するシステムや人物も多い。

 土地や建物の所有数も、普通の人間が見れば目を回すような数字が並んでいたりする。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 ゼファーが走った後の息を整えているこの空き地も、風鳴所有の土地の一つだ。

 弦十郎が幼少期に自分を鍛える場所として使っていた場所であり、ご近所の老人や中年夫婦などの一部はそのことをよく知っていたりもする。

 120%弦十郎の趣味で、その空き地の外見は90%ドラ○もんのそれ。

 巻藁や丸太、木偶人形に人型の的など、様々な原始的訓練器具も隅の倉庫に用意されている。

 ゼファーが修業をするための場所として、弦十郎がいくつか候補に上げた内の一つであった。

 

 数年前までは小学生の遊び場として愛されていたらしいが、最近の子供達が屋内でのゲームや漫画を好むようになるにつれ、寂れ始める。

 今では管理者が定期的に草刈りと除草剤の散布をする時以外は、ほとんど人も居ないという。

 場所は、ゼファーが風鳴家から走って大雑把に二時間前後くらいの位置。

 ゼファーはここで、基本的に朝から晩まで修行を続ける予定で居た。

 今日で二日目。一日目に試行錯誤をしたからか、どこか手馴れている様子も垣間見える。

 

 

「よし」

 

 

 ガッチリと十字に組まれた丸太に布が何重にも巻かれた訓練器具を、ゼファーは地面の穴を使って固定する。遠目には両手を広げた人影に見えなくもない。

 これをひたすら殴るのが、ゼファーが選択した修行だった。

 

 

「なぞって……速く……力強く……!」

 

 

 数回、数十回、数百回と拳をぶつけながらも、一つ一つを丁寧にこなす。

 目標とするのは、風鳴弦十郎が見せてくれた正拳突き。

 ゼファーはすでに二度、その動きを目に焼き付けている。

 洗練されていたとはいえ、動き自体は基本中の基本だ。

 なぞろうとすることそれ自体は、そう難しくはない。

 

 ゼファーが欲しがっているものは、攻めに使える切り札だ。

 それでもできれば複数枚。この二週間で、それらの練度を引き上げなければならない。

 そこでゼファーが最初に目をつけたのが、彼が今まで見てきた技の中で最もシンプルかつ強力であった、風鳴弦十郎の正拳突きだ。

 そうと決めたら、その一つに徹底的に打ち込んでいく。

 汗だくになりながら、筋肉痛になっている腕を上げ、幾度となく拳を放つ。

 

 弦十郎の動きを丁寧になぞろうとし過ぎると、拳は遅く弱々しい。

 速く打とうとするとなぞりが雑になり、拳に重みが乗らない。

 力強く打とうとすれば動きは固くなり、なぞりも速度も駄目になる。

 これら三つの並立が必須であるのに、それがどうしても上手く行かなかった。

 一流の武闘家の演舞は流れるようで、素人は見るに耐えないほどカクカクするという。

 こればかりは練習量がものを言うから仕方が無い。ひたすら数をこなすしかないだろう。

 

 何度も何度も踏み込み、ぎゅっと足裏を押し出す度に、地面が削れる。

 何十何百とやっていれば自然と地面には浅い穴が出来、足を飲み込んでいく。

 そうなる前に地面を軽くならし、また何十何百と打ち込んで行く。

 地面が踏み込みで抉れ、ならされ、強く踏まれて踏み固められていく。

 拳を打ち込み始める前と後で、地面の色と硬さはすっかり様変わりしてしまっていた。

 

 筋肉痛も辛い。腕は重く、肩は動かず、膝は鈍痛が滲み出ていて、腰ももうダメだ。

 慣れていない動きが全身に過剰な負荷をかけ、それが1000回以上繰り返されている。

 靴の中の足の皮は水マメが一旦出来て、既に破けていた。

 ものを殴り慣れていないヤワな拳の表面も、踏み込みだけで血が滲み出るほど痛めつけられた足裏も、共に赤く染まり始めている。

 数え切れないほど拳を叩き付けられている訓練器具もまた、血で赤くなっている。

 

 疲労と痛みで身体が動かなくなってきたのか、ゼファーはそこで膝に手を付いた。

 服がもう汗を吸えないと主に訴え、顎先から汗がぽたぽたと落ちていく。

 一滴や二滴では収まらない大量の汗を、ゼファーはとりあえず袖で拭う。

 水分を補給しつつ、切れる息を整えようとする少年。

 そんな中、ペットボトルを握る自分の手が、彼の視界の中に入った。

 

 皮膚が裂け、下の肉が見え、血が流れ出ている手の甲側。

 見た目も痛々しいが、当人が感じている痛みも相当なものだ。

 何しろ傷口の痛みも構わず打ち込み続けているのである。

 それも休みもなく、ただひたすらに。訓練器具に血の跡が染み付くまで打ち込んでいる。

 ただ、文字通りの怪我の功名もあった。

 ゼファーは正拳突きの練度を上げる以上の結果を、その修業から得られていたのである。

 訓練器具を殴る過程を経て、ゼファーは一つ、大切なことを知る事が出来た。

 

 

「痛いな……」

 

 

 切れる息を整えきれないままに、彼は汗と血と少量の砂にまみれた己の手を見る。

 そこには火傷で醜くただれ、その上から傷を刻まれたことで更に醜くなった拳があった。

 じわりじわりと拳は痛み、手を開いたり閉じたりすればその痛みは倍加する。

 痛かった。

 何かを殴った代価として、己の拳に残る痛みがあった。

 

 

「傷付けることって、そういうことなんだよな」

 

 

 いつだってゼファーは、銃を持って他者を傷付けてきた。

 引き金を引き、離れた場所から相手の痛みも知らずに殺し続けた。

 生きるためにそれしかなかったからという理由はあれど、痛みを他人に押し付け続けた。

 

 銃の最も優れた点は、殺した感覚が手に残らないことであるという。

 素手よりナイフ、ナイフより銃、銃よりミサイル。

 その結果に人が死ぬという実感が湧かないから、自分が人を傷付けてしまうという実感が湧かないから、子供にだってミサイルを発射するスイッチは気軽に押せる。

 銃の何十倍、何百倍もの人を殺してしまうというのに、むしろその引き金は銃よりも軽い。

 

 とある戦場の統計では、訓練した兵士の3%は初戦で精神的に再起不能に陥るという。

 また、60日間の戦闘を終えた後には、兵士の98%がカウンセリングを必要とするという。

 人は本質的に、自らの意志で殺すことや傷付けるということに向いていないのだ。

 それはゼファーも例外ではない。

 今や誰にも死んで欲しくないと願っているから、尚更に。

 

 

「……今更だ。本当に……今更だ」

 

 

 ゼファーは他人を傷付けてきた罪を、今この瞬間に強く強く噛み締めていた。

 生きるために殺してきた人達が抱いていた痛みの一部を、強く実感していた。

 殴る方も殴られる方も共に痛みを感じなければ、本当の意味で加害者が被害者の痛みを知ることなど出来ないのだという現実を、拳の痛みが教えてくれていた。

 

 

「『痛みが人を繋ぐ』……?」

 

 

 ふと脳裏に浮かんだ結論を、ゼファーは頭を振って否定する。

 それは何故かとてもしっくりと来る理論の帰結ではあったが、ゼファーには到底認められるものではなかった。痛みを前提とする人の繋がりなど、あまりにも虚しすぎる。

 ゼファーの知る人と人の繋がりには、いつとて相手の幸福を願う祈りがあった。

 相手を想う気持ちがあった。手を取り合おうとする優しさがあった。

 たとえ、その結論を抱く者が現れたとしても、ゼファーはその人物に共感はすれど迎合はしないだろう。

 

 

「……よし、休憩終わり」

 

 

 ゼファーは身体を軽く動かす。

 筋肉痛、関節痛、足の裏の向けた皮、手の傷は少し思案している間にすっかり消えていた。

 『融合症例』と了子が呼んだそれによる、異常な回復能力である。

 傷の超速治癒どころか、ほんの数秒で筋肉の超回復まで済まされていた。

 それも変な形に筋肉を固めることもなく、本人の意志を汲んでそれなりに良質な形に。

 回復というより、再生に近いのだろうか。

 

 ゼファーがオーバーワーク極まりない修行を己に課しているのも、この辺りに理由がある。

 どんなに自分の体を痛めつけようが、回復がほぼ数秒で終わるのだ。

 これを生かさない手はない。何しろ、拳を打ち込む最中にも傷は治っていたりするのである。

 運動部に入った当初、筋肉痛の中でも無理やり身体を動かしていくのが体作りの第一歩であるように、こうしてゼファーの身体は融合症例の特性により急速に作り変えられていく。

 今よりもより、近接戦闘能力の高い肉体に。

 

 肉体の再生はゼファーの意識の持ちようでまちまちだが、それでも体を動かしていなければ、軽い傷や筋肉痛はものの数秒で消えてなくなる。

 手の平にざっくり食い込んでいたナイフの傷も、治るまで十数秒しかからなかったのだ。

 人間離れした回復速度。

 ゼファーはそれを、自らの肉体を短期間で改造するために使っている。

 短期間で人間の限界を超えた修行量を詰め込むために使っている。

 その果てに彼がどこに至るのか、それは翼と戦ってみるまでは分からないだろう。

 

 肉体的な疲労も、精神的な疲労も消えはしない。

 しかし、それは気力でいくらでも補える。

 疲労により身体が壊れる心配はなく、身体が健全であるため疲労も解消されやすい。

 今のゼファーは、気力が続く限り無茶を出来る状態にあった。

 

 

(もう2000回くらい打ち込んだら、足払いとかもやっておくべきか……?)

 

 

 おそらく、プロ野球における1シーズン全試合全イニング単独完投なんて無茶を振っても故障はしないだろう。本来、どんなスポーツでも一日に数千回の素振りをやれば人は壊れる。確実に。

 ゼファーがやっているのはそういうことだ。

 一見ものすごく地味な作業にも見えるが、その実一から十までおかしい。

 実際に起きている現象はまさしくファンタジーであるのだが、絵面がどこまでも地味だった。

 

 まあ、ゼファーの勉強のやり方を知っている者なら、これも当然と見るだろう。

 単位時間あたりの成長速度の遅さを、自己研鑚にかける時間を倍増させて補うスタイル。

 彼はいい意味でも悪い意味でも、頭が悪い。

 

 

「あーっ!!」

 

 

 そこにかかる声。

 ゼファーはその大きな声に少し驚き振り向くと、声の主の顔を見て二度驚いた。

 

 

「ホントに居たぁ!」

 

 

 それはいかなる運命か。

 あるいは、彼らが出会ったことには意味があったのか。

 目には見えない赤い糸で繋がっていた、なんて考えてみるのもいいかもしれない。

 

 声を上げる立花響と、目を丸くした小日向未来が、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずはじめに、感謝の言葉を述べられた。

 

 

「この間は、ありがとうございましたっ!」

 

「響を助けてくれて、ありがとうございます」

 

 

 声の大きさが感謝の気持ちの大きさだと言わんばかりの響。丁寧に礼を述べることが一番感謝の気持ちが伝わるという意識が見える、親の躾の良さが垣間見える未来。

 二人の違いが目に見えるようだ。

 ゼファーもその感謝の言葉を聞き流すような人間ではないので、修行の手を一旦止めて二人に向き直り、その感謝の気持ちを受け取っていた。

 

 

「どういたしまして……って言っても、俺は通りがかっただけなんだけどな。

 お礼言うなら、君を助けようと怪我しても走り回ってたそこの子にちゃんと言っておきな」

 

「え? あ、はい! 未来にはそりゃもうたっぷりと言ってあります!」

 

「よろしい」

 

 

 自分の功を誇らない謙虚さ……というわけでもなく、本心だ。

 彼視点、救急車を呼んだり最終的に助けを呼んで来た未来の功績が一番大きいんだ、という風に見えている。事実、MVPが誰かと言えば未来も候補に上がるに違いない。

 ただ、そうさっくり彼の功を否定されても響や未来は多少戸惑ってしまう。

 

 

「ええっと……ウィンチェスターさんは」

 

「ゼファーでいい。多分、互いに歳もそう変わらないだろうし」

 

「え? そうなの?」

 

 

 もう互いに自己紹介や名乗りは済ませているが、互いの年齢については聞いていなかった。

 というか、ゼファーも自分の正確な年齢は知らなかったりする。

 ここでちょっとした勘違いが発生した。

 

 ゼファーにとっての『同年代』とは、バル・ベルデやF.I.S.で生きてきた経験から調(9歳)からマリア(16歳)くらいの範囲を意味している。

 しかし響や未来は、学校という一年生まれた年が違うだけで先輩後輩という明確な線引きがされるコミュニティに所属する、日本人の小学生達だ。

 ゆえに両者の間の『同年代』の認識には、相当な差異が存在している。

 

 外国人は年齢が読みづらく、日本人と比べれば成長が早いという要素。

 響や未来はそれをテレビで知っていて、年上に見えるゼファーを同年代に見たという要素。

 雰囲気がスれているせいで一見年上に見えるが、話してみるとやや幼い印象を受けるゼファー。

 そんなこんなな要素が重なって、互いが互いを同年代だと認識する。

 実際にそうであるかは、別として。

 

 

「じゃあゼっくんで!」

 

「いきなりあだ名ってのは流石にたまげるな! いいけどさ!」

 

 

 どこか憎めない雰囲気に、他人に対し踏み込むことを恐れない姿勢。

 立花響は笑顔でゼファーに向かって踏み込んで、ゼファーはびっくりしながらも受け入れた。

 色々と抱え込みがちなゼファーに対しては、このくらいでいいのかもしれない。

 

 

「ええと、じゃあ、ゼっくん」

 

(え、君も続くの?)

 

「私達は私の部屋の窓から見えたからここに来たんだけど、何をしてるの?」

 

 

 未来が指差す先を視線で追えば、そこには家屋の合間にチラッと見える遠くの家の窓。

 地味に遠い上に家屋の隙間からチラッと見える程度だが、空き地から窓を見るのではなく窓の方から空き地を見れば、ゼファーの姿を確認できるくらいには見えるのだろう。

 偶然というか、奇縁というか。ここに色恋沙汰が絡むなら、運命と呼ぶべきなのだろうが。

 何にせよ、本当に奇妙なめぐり合わせもあったものだ。

 ゼファーは隠す理由もないので、二人に打ち明ける。

 

 

「修行ってやつだよ。ちょっと先に、負けられない試合と相手が居るんだ」

 

「おお、漫画みたい」

 

 

 ゼファーは軽く、二人の目の前で訓練器具に拳を打ち込む。

 その姿に、響は最近道路で拾ったケンガンア○ュラなる格闘マンガを思い出した。

 未来を少女趣味と仮定するなら、響は少女でありながら少年趣味だ。

 りぼん派閥ではなくジャンプ派閥である。

 響の中で、秘密の格闘修行をしていたゼファーの好感度が密かに上がった。

 

 

「何か手伝えることはある?」

 

「え?」

 

 

 ただ、未来は響とは違う所を見ていた。

 未来の発言にゼファーは虚を突かれ、響は何かに気付いたようにハッとする。

 

 

「私は響を助けてくれたお礼がしたいの。

 何か、私に恩返しとして出来そうなことはない?」

 

 

 その日から、小日向未来と立花響は、しょっちゅうこの空き地に来るようになった。

 

 

「はい、お水っ」

 

「ありがとう、響」

 

 

 未来と響がここに来た理由は、ただ一つ。

 恩人に礼を言い、恩を返すためだ。

 この空き地で初めて会った日から数日、二人の少女は毎日のようにここに来ていた。

 ずっと居るわけでもない。自由な時間を全て彼に捧げているわけでもない。

 ただ、朝に一度、夕に一度は、必ずゼファーの修行を手伝いに来てくれていた。

 休日には、一日の大半ここに居てくれたこともあった。

 

 単なる気まぐれなんだろうと、ゼファーは思っていた。

 子供が遊びに来るような気持ちでここに来ているのだと思っていた。

 外国人が珍しく、少し興味が湧いているだけなのだと思っていた。

 少し経てば飽きの気持ちが来るはずだと、そう思っていた。

 事実。それらの気持ちが、彼女らの心になかったわけではない。

 

 

(でも二人は、俺の想像よりずっと誠実だった)

 

 

 修行開始から一週間が過ぎれば、もうゼファーは二人の気持ちを疑っていなかった。

 二人が『恩返し』と口にすることは多くない。

 最初に口にして、基本的にはそれっきりだ。

 だが、それでも二人の気持ちは少年に伝わっていた。

 恩返しのための誠実な姿勢だけではなく、奇妙な出会いをした異国の少年の頑張る姿を見て、恩を抜きにしても手を貸してやりたいと彼女らが思う気持ちも、ちゃんと伝わっていた。

 想いはその中身の詳細が伝わらなくとも、その暖かさとそこにあるということだけは伝わる。

 それだけは、きっと伝わってくれる。

 

 

「11……12……13……」

 

「わぁ、本当に私乗っけたまま腕立てしてる……重くない?」

 

「誰、乗っけてても、今の、俺は、重いって、言うぞ!」

 

「だよねぇ」

 

 

 それに。

 何故か二人を見ていると、ゼファーの胸の奥に湧き上がる気持ちがあった。

 決意という炎を燃え上がらせる、後悔という名の油に近いもの。

 守るという言葉を、カッコつけの言葉ではない心からの意志にする、喪失から生まれるもの。

 少年の視界に何かが重なる。けれど何かが違くて、重なり切る前に霧散する。

 

 代わりなど居ない。

 生者を死人の代わりにすることは、してはならないことだ。

 二人はいつかのどこかで死んだ、いつかのどこかの誰かの代わりにはならない。

 それでも、本人の意志や意識とは別の所で、それは強い気持ちの源泉になる。

 守れなかった後悔が、何も失ったことのない人間の守るという気持ちを遥かに超えた、かつての日々とは比べ物にならないほどの大きな感情を、その人間の胸の奥で爆発させる。

 

 もう失いたくないと、守ると、そのために強くなると、もう二度と、と……奮い立たせる。

 

 

「十五周目、周回ペース落ちてるよ! もっと腕振るんだよー」

 

「ふっふっ、はっはー、ふっふっ、はっはー」

 

「そうそう、長く走る時はその呼吸がいいんだって」

 

 

 何も忘れてはいない。

 憎悪も、怨嗟も、絶望も、孤独も、恐怖も、挫折も、苦痛も、後悔も。

 ゼファーはそれらを未だに胸の奥に抱え込んでいる。

 けれど抱え込んだまま、それらを理由にずっと俯いていることはしない。

 その道がどこに続いているのか分からなくても、今は一歩を踏み出していく。

 

 

「よし、休憩にしようか」

 

 

 ゼファーが自己鍛錬をしている間は、二人は何もしていないことが多い。

 土管に座って自分を見ている二人の姿を、ゼファーは何度見たか覚えていないくらいだ。

 だが、二人は暇で仕方がないだろうに、頑張っているゼファーに気を使って暇潰しの道具や、遊び道具を持ってくることはしなかった。

 事実、二人とも少なくとも試合の日までそういうことはやめようと、そう打ち合わせていた。

 だからその日、響が漫画本を持って来たことに、彼は物珍しげな視線を向けていた。

 

 

「ここから必殺技を考えよう!」

 

「……あ、あー。昨日俺が決め手がないって言ったあれか」

 

 

 ゼファーは、翼に対する決め手が欲しかった。

 かつてブドウノイズロボと戦った時のように、ゼファーは事前に勝機を見出だせる切り札を、見繕えるだけ見繕っておくタイプだ。

 今、簡単かつ強力な弦十郎の拳をなぞることで身に付けようとしているのもそうだ。

 生半可な技は通用しない。小細工も通るか分からない。

 決め手が欲しい、とこぼしたゼファーの言葉を、響は「必殺技が欲しい」と解釈したようだ。

 

 

「これとか、これとか、できたら凄いんじゃないかな?」

 

「響……漫画と現実をごっちゃにしてたら、また立バカ響って男子に笑われるよ?」

 

「それは普通にひどいよ未来!?」

 

「そりゃまあ、俺もできたら凄いと思うけどさあ」

 

 

 ゼファーは受け取った漫画をペラペラとめくる。

 未来が本気で呆れている様子を見てようやく、響はこの案に対する自信を失ったようだった。

 そりゃあ、漫画見て真似してかめはめ波が撃てるのなら誰も苦労はしない。

 

 

「こういうのを見てパッとできるようなやつが、天才って呼ばれるんだろうな……」

 

「出来ないのが普通だと私は思うなぁ」

 

 

 ゼファーは横目で訓練器具を見る。

 丸太を十字に組み合わせて布を何重にも巻いた、人に見立てた的だ。

 軽い気持ちで、ゼファーはそれに向かって駆け出した。

 そして、跳ぶ。腰をひねる。漫画にあった通りに、とある動作に従って脚を振る。

 何故かその動きがとてもしっくり来る感覚を、ゼファーは全身で感じ取っていた。

 風切音、次いで衝撃音、最後に破壊音。

 

 何千回叩いても全く壊れなかった丸太の十字、その横向きの一本がちぎれ飛んだ。

 

 

「「「 ……えっ? 」」」

 

 

 破壊された十字の一本、丸太がくるくると飛んでいって塀にぶつかる。

 ごろごろと転がってきた丸太の表面には、拳ではビクともしなかったに関わらず、深々と少年の足の形が刻まれていた。跳んで蹴る、そのただ一動作。

 それがゼファーの他の技のどれよりも、桁違いの威力を叩き出していた。

 

 

「え、なに!? 今のどうやったの!?」

 

「え、ちょっと待て、やってみたらなんか出た」

 

「なんか出た!?」

 

 

 さて、やった方も見ていた方もてんやわんやだ。

 それほどまでに、今の一動作は頭一つ抜けていた。

 他の漫画の技も出来るんじゃないかと響がキラキラした目で期待を寄せるが、何故か最初にやってみたその技だけしか出来ないことも判明。

 一瞬ちょっと本来の目的をおろそかにしかけた響だが、今回の件では殊勲賞と言っていい。

 ゼファーは奇跡的な偶然で、新しい手札を一枚手に入れた。

 

 

「行くよっ!」

 

 

 試行錯誤と相談の結果、もう一度試してみよう、ということに。

 ゼファーの指示で、離れた場所で未来が硬いボールを空高く放り投げる。

 それを見て、ゼファーは走り出す。

 ボールの高さ、位置を見て、間に合うタイミングに調整しつつ加速する。

 そして跳躍。先に見せた技と同じ特殊な動きで、ボールに蹴撃を叩き込んだ。

 吹っ飛んだボールは塀にぶつかり、大きな音を立てて勢い良く跳ね返って来るが、ゼファーが着地と同時に柔らかく受け止める。

 その技の破壊力、速さ、キレ、二回しか使っていないのにこの完成度。

 空中のボールに当てられる精度、一発芸にとどまらない有用性。これこそ、

 

 

「必殺技……!」

 

 

 付け焼き刃ではあるが、その鋭さから必殺と成り得る刃となってくれるだろう。

 珍しく、本当に珍しく、ゼファーにも才能のあるものが見つかったようだ。

 しかし、何故ゼファーではなく響が一番キラキラとした目で喜んでいるのだろうか。

 

 

「これもう、勝ったも同然じゃない!?」

 

「ああ、これで勝てる可能性が一割を超えたかもしれない」

 

「え、これで一割なの?」

 

 

 三人揃って妙にテンションが上った状態から、突き落とされる二人。

 どんなモンスターだ……と、ゼファーが勝ちたがっている相手のイメージが、響と未来の頭の中で揃って筋肉ムキムキマッチョマンのゴリラのような成人男性がウホウホ言っている姿に変わる。

 一人だけ高揚が収まらないゼファーは、あてにしていなかった『自分に向いている技』の発見で予想以上に勝率が上がったことに、彼だけは宝くじが当たったような気分なのだろう。

 二人のように上げて落とされてはいない様子。

 だからか、彼だけは現在時刻に気付ける余裕があった。

 

 

「二人とも、もう帰った方がいいんじゃないか?」

 

「え……え? もうこんな時間?」

 

「わっ、家が近くないと結構アウトだったかも」

 

 

 既に日は傾いて、その色を変え始めていた。

 小学生の、それも女の子であるのなら、冬場の帰宅時間はとても厳しく親に決められていることだろう。ましてや、響はちょっと前にやらかしたばかりだ。

 決められた時間までに帰れなければ、こっぴどく叱られることだろう。

 

 

「今日はありがとう。特に、助かったよ響。おかげで勝機も見えてきた……

 俺はもう少しだけここで鍛えていくから、二人はもう帰った方がいい」

 

「えへへ、もーっと褒めてもいいんだよ? じゃ、また明日ね!」

 

「あ、響! もう……ゼっくんも、帰る時に気を付けてね?」

 

「ああ」

 

 

 二人が帰って行く。

 響が後ろを向いて走りながらゼファーに手を振っていて、未来が転びそうな響を心配している。

 そんな二人に向かって手を振って、二人の姿が見えなくなった頃に、ゼファーは再度構えた。

 向き合う先は、十字ではなくなってしまった訓練器具。

 拳を叩き付けることで、何かを殴る技術を研鑽する丸太。

 傷付きながらも、強い拳を作り上げるためのものだ。

 

 

「よし」

 

 

 また、拳をひたすらに打ち込んでいく。

 百や二百では収まらない数を、目に焼き付けた弦十郎の動きに沿って、何度でも。

 丁寧に、速く、強烈に。

 日が傾いて、日が沈んで、空き地に備え付けられた街灯に照らされる中、打ち込んで行く。

 

 

「……ふっ……ふっ……くっ……」

 

 

 闇は不安を煽る。

 一人ぼっちの夜の中、心細くなるゼファーの胸中から、暗い気持ちが湧き上がる。

 少年は、それを気力一つで噛み潰しながら修行を続ける。

 

 

――――

 

「ゼファー、お前」

「俺が死んでも……どうせ、泣いてくれたりしないんだろう?」

 

――――

 

『そうだ、この地の誰もが死んだ。お前の選択の結果としてな』

『封印を解いた、お前の選択の果ての死。つまり、お前が殺したのだ』

『お前の家族と、お前の最も大切な娘が居た場所を、お前が終わらせたのだ』

『お前の罪だ』

 

――――

 

「だからほら、わたくしたちもしらねえちゃんみたいにまもるってやくそくしなさい!

 ずっとずっと、ピンチになったらたすけにくるって、やくそくしなさい!

 あすからのわたくしは、そのかちがあるわよ!」

 

「ゼファーにいさんのうそつき! だいっきらいッ!」

 

――――

 

「おにいさん、うた、うまかったんだね……」

 

――――

 

「なかせて、ごめんね」

 

――――

 

 

 湧き上がる絶望。

 死なせてくれ、と言おうとして口を開き、思い留まって口を閉じる。

 死にたい、といつの間にか開いた口から漏れそうになり、歯を食いしばって口を閉じる。

 もう嫌だ、と叫ぼうとした口を力づくで閉じ、歯の表面が込められた力に砕け散る。

 生きたいと、気持ちで気持ちをねじ伏せる。

 

 弱音は吐けない。

 死ぬわけにはいけない。

 生きたいと、果たすべきことがあると、貫くべき意志を心に決めて強く立つ。

 

 生きたいと/死にたいと、思っている。

 自分が死ねばあの人達を覚えている人達が居なくなる/何もかも忘れたい。

 大切な思い出を忘れたくない/凄惨な死で終わる思い出など忘れたい。

 大切な言葉を貰った思い出がある/心抉る遺言を刻まれた記憶がある。

 幸せな/辛い/出会った/死の/別れた/守れた/守れなかった記憶。

 痛い/苦しい/生きたい/死にたい/生きたい/辛い/もう嫌だ/死にたくない/守れなかった。

 

 ぐちゃぐちゃな思考が、かき混ぜられた感情を流し込まれて沸騰する。

 ありとあらゆる願いが、祈りが、自己嫌悪が、感謝が、後悔が、何もかもが混ぜ込まれていく。

 それでも、それでも。

 「幸せになりたい」と、「許して欲しい」と、「助けてくれ」とだけは、言わなかった。

 ゼファーはその三つの言葉だけは決して口にしない。祈りすらしない。

 

 自分は幸せになるべきではない、許されるべきではない、助けられるべきではない、そう思い。

 皆は幸せになって欲しい、許し合って欲しい、助け合って救われて欲しい、そう願い。

 だからこそ、誰かに救われたその時に嬉しさを、救ってくれた誰かに感謝を覚えた。

 幸せな笑顔を守れたその時にこそ、自分の価値を実感できた。

 

 

「悔しい……辛い……苦しい……なんで……俺は……守れない……!」

 

 

 一手撃っては、友を想う。

 

 

「憎い……憎い……あいつが、憎い……!」

 

 

 一手撃っては、友を想う。

 

 

「俺は、もう、二度と……!」

 

 

 全てを拳に乗せる。

 彼の拳の重みは、そこに込められた彼の想い、彼のこれまでの人生の重み。

 正の想いも負の想いも全てを込めて、一撃一撃を丁寧に力一杯打ち込んでいく。

 

 たった一つ。

 ゼファー・ウィンチェスターが風鳴翼に勝るものがあるとすれば、それだけだ。

 その拳は、『おもい』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミュージックステーションが終わるのを見て、小日向未来はテレビを消した。

 

 

「ふわぁぁ……」

 

 

 眠気から目をこすり、ベッドに腰掛ける。

 風呂上がりの髪もすっかり乾いていて、このまま寝ても寝癖が付く心配はしなくていいだろう。

 机や専用のテレビ、本棚、その他の家具にこの年頃の女の子らしい飾り付けがされている。

 特筆すべき所はあっても、どこまでもこの年頃の普通の少女の部屋だった。

 

 

(あ、そうだ)

 

 

 カーテンをシャッと開けて、窓に向かって身を乗り出す。

 冬の夜に窓を開けはしないが、遠目に見るだけならこれで十分だ。

 彼がまだ居るとは思っていなかった。ただ、今日の出来事を思い返すだけのつもりだった。

 なのに。

 

 

「あれ、まだやってる……?」

 

 

 しかし、彼女の予想に反し、そこではまだ人影が動いていた。

 立てられた丸太に、夜で顔は見えないが、誰かが拳を打ち付けている。

 誰がどんなことをしているかなど、考えてみるまでもない。

 小日向未来は時計を見る。もう夜九時を回っていた。

 少年と別れたのは四時半より前……と考えて、未来はびっくりして遠くの空き地を二度見する。

 

 

「……まさか、ずっとやってるの……?」

 

 

 ここまでくれば、心配を通り越して呆れが出てきて、一周してまた心配になってくる。

 一体、何時間無心になって修行しているというのだろうか。

 誰に見られているわけでもないのだから、ほどほどに手を抜けばいいだろうに。

 

 

「あ、でも今は私が見てるのか」

 

 

 窓を少しだけ開けると、小さな音が聞こえてくる。

 冬の夜は静かで空気が澄んでいるから、きっとここまで届くのだろう。

 彼女の耳に届く、拳が木を打つ小さな音。

 寒くて未来はすぐに窓を閉めてしまったが、そこからなんとなく伝わるものもあった。

 

 

「頑張ってるなあ」

 

 

 明日も早く起きよう。

 なんて、ほんの少しだけ感化された未来はアラームをセットして、布団に入った。

 頑張る彼を応援しようと、そう微睡みの中で思いながら。

 




393は個人的に頑張る人の味方っていうのが本質だと思っていたり

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