戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 今回の戦い、頭の中で動画にしてみたら翼さんがぬるぬる動き過ぎ速く動き過ぎ力強過ぎ、なにこれ無理ゲーって結論が出ました


4

「やあ、元気にやっているようだね」

 

「土場さん?」

 

 

 ある日の、響と未来が帰った後の夕暮れの空き地。

 汗を袖で拭うゼファーに優雅に手を振り、声をかけて来た男。

 ゼファーはその人物に見覚えがある。

 言葉を交わしたのは数えるほどしかないが、友里あおいという女性と一緒に二課のオペレーターをしているはずの、土場という貴族のような雰囲気の男だ。

 ゼファーはスーツ姿しか見たことがなかったが、今の彼は私服。

 ……いい意味でも悪い意味でも、土場に似合う独特な私服であった。

 

 

「差し入れだよ。弁当と、スポーツドリンクと、それと靴だ」

 

「あ、ありがとうございます! ……靴?」

 

「自分の靴底を見てみたまえ」

 

 

 ゼファーは言われるがまま、自分の靴の底を見てみる。

 弦十郎が私服一式として買い与えてやったスニーカーの靴底は、ほんの数日でその凸凹の殆どを失ってしまっていた。冬の凍結した路面なら、容易に転んでしまいそうなほどに。

 

 

「うわっ……って、見てもいないのによく分かりましたね、土場さん」

 

「なに、簡単な推理というやつさ。風鳴司令から話も聞いている」

 

 

 土場に手渡された袋の中を見てみれば、コンビニで買って来たであろう2Lペットボトルにお菓子がいくつかと、ほっともっとのチキン南蛮弁当、それに子供用の靴が入っていた。

 高い買い物ではないにしても、見るからに土場が自費で買ったものだ。

 だからか、ゼファーは少し不思議に思う。

 優しくされる理由が分からなかったからだ。

 そんな少年の心境を見透かすように、土場は長すぎる髪を掻き上げてキザに笑う。

 

 

「なに、二課では今君が成功するかどうかで賭けになっていてね。

 負けた者が次の飲み会の会計を全て持つことになっているんだ」

 

「何してるんですか本当に」

 

 

 呆れた表情を浮かべるゼファーと、なんでか偉そうな土場。

 土場が弦十郎から少年の現状を耳にしたのも本当。

 ゼファーの試合の成否が賭けの対象になっているのも本当だ。

 だが、別に彼は飲み会を奢りたくなくてゼファーの応援をしているわけではない。

 そう聞こえるように口にはしたが、土場にとってそれはどうでもいいことだった。

 

 彼はただ、純粋な善意で頑張る子供の応援に来ただけだ。

 

 

「休むのも鍛錬の内だ。無理はするなと言っておくよ」

 

「ありがとうございます。土場さん」

 

 

 食料と靴だけを置いて、土場は颯爽と去っていく。

 翼のような隙のない立ち振る舞いではなく、無駄だらけのくせに何故か優雅だった。

 純日本人のくせに何故か貴族風であった。

 ゼファーはそんな彼の背中に向けて頭を下げ、早速弁当を口にする。

 

 

「うん、美味い」

 

 

 チキン南蛮弁当はたいそう美味かった。

 タルタルソースがチキンに合い、合間に野菜を食べることで全体的にしつこさを感じることもなく、鶏肉の旨味が添えられた米に合う。

 小食なゼファーでも、問題なく食べきることが出来た。

 チキンの下に敷かれた謎スパゲッティの意味は、彼には最後まで分からなかったが。

 

 

「再開するか」

 

 

 彼は結局その日、少しだけ早めに帰ることにした。

 サボり、自分の体を気遣った、そういう考えではなく。

 土場に恩義を感じ、その言葉を多少なりとも尊重しようと思っての行動だった。

 その日、ゼファーは早めに帰って早く休んだが、その分翌日早起きして空き地に向かう。

 以前は片道二時間ほどかかっていた道も、短期間に殺人的な鍛錬の詰め込みを行っての人体改造の結果が出てきたのか、もう一時間半ほどで辿り着けるようになっていた。

 

 

「よし」

 

 

 空き地に着いた時刻は、四時半を過ぎた頃。

 まだほとんどの人が起きていない時刻だ。冬ということもあり、朝日もまだ昇っていない。

 土場に昨日貰った靴、及び簡単な携帯食品と飲料を土管の横に置く。

 そしてまた訓練器具を立て、その前に立つ。

 今日は丸一日やってみよう、なんて考えながら。

 

 記憶の中の風鳴弦十郎を思い浮かべ、その動きをなぞる。

 力強く、速く、丁寧に。

 一発一発を適当にせず、全身全霊を込めて打ち込み続ける。

 何時間も打ち込み続ける内に、やがて日が昇り始めた。

 食事を休憩も兼ねた数分で済ませ、筋肉の再生が終わると同時に再開する。

 

 長距離走の選手のように、ゼファーの息は切れつつも整えられている。

 疲労や酸欠で体の動きは雑に鈍り、集中力は下がり、邪魔な効果が肉体に多く発生してしまう。

 だが、それらは訓練で慣らすことで多少ながら抑えることが出来た。

 ゼファーの息はかなり苦しそうだが、それでも一定のリズムを刻んでいる。

 

 冬の早朝であるというのに、ゼファーの服は既に汗でびっしょりだ。

 毎日毎日、3Lでも少し足りないくらいにゼファーは汗を流している。

 まずは背中が。次いで顔や首の垂れる汗が気になってくる。

 汗が目に入るのを嫌がり、袖で拭く度に袖もぐっしょり濡れていった。

 蒸発しうっすらとした湯気となる、あるいは正拳突きの動作で飛んで行く汗の飛沫。

 この様子では、靴の中も相当に蒸れているだろう。

 

 その靴も、今では相当にボロボロだった。

 新品のスニーカーだったはずだが、毎日毎日ゼファーの踏み込みを支え続けたことで、この一週間と少しの間に急速に摩耗してしまっている。

 百や二百ならどうってことはない。千や二千でも一度だけなら多少磨り減るだけで済むだろう。

 だが、それを毎日やらかされたことで、靴底はあっという間に摩耗してしまっていた。

 

 

「履き替えるか」

 

 

 靴の中敷きが足の指の形に幾つもの穴が空き、靴底のゴム地がブチっと擦り切れてしまったことで、ようやくゼファーは履き替えを決意。

 土場に貰った靴に履き替えてみるが、これがまた履きやすい。

 軽く触ってみた限りでも、結構頑丈そうだ。

 頑丈で履き心地がいい靴は総じて少しお値段が張ったりするが、ゼファーがそういう点にまで思考が至らなかった時点で、真相は闇の中だろう。

 ぶっ壊された訓練器具、耕されたり踏み固められたりと忙しい地面達に先んじて、ゼファーの修行三昧から開放されたのは彼の靴であった。

 

 そうしてまた打ち込み始める。

 一発一発を大切に、かつ真剣に打つのであれば、人は打てば打つほどに強くなれる。

 どう動けば滑らかに動けるのか、無駄がなくなるのか、強力に撃てるのかが頭で分かる。

 そして体が自然とその動きに向くように変化して、体が動きを覚えていく。

 積み重ねられた練度は、そうして無駄な癖を排除しつつ、美しさすら感じる技の完成形を成す。

 

 

「……ふっ……ふっ……ふっ……」

 

 

 太陽が真上に昇って来た。

 今日は平日。朝に一度顔を出した少女二人は、夕方まで顔を出すまい。

 何時間も、何時間も打ち込み、水を飲み、四分で昼食と休憩を済ませる。

 そうしてまた、正拳突きを打ち込み始めた。

 汗を垂れ流し、息を切らし、溜まる疲労と身体の損傷を再生能力で乗り越えながら。

 骨と肉が変形し、ガチガチの硬度になった拳がまた擦り切れるまで、打ち込み続ける。

 

 夕方になり、少女二人が姿を見せて、少し談笑してから別れた。

 そうしてまた、何度も何度も同じ修行を繰り返す。

 朝に「今日は丸一日やってみよう」と考えた初心を、ゼファーはきっちり貫徹していた。

 費やした時間も、修行の密度も、同じことを繰り返していることも、どれもが苦痛だろう。

 ずっとずっと終わりのないマラソンのようなものを続け、いつでも自分の意志でやめられる状況で、自分の意志でそれを続けている姿は、どこか壊れた玩具を思わせる。

 

 日が沈んでも、ゼファーはすっとずっと繰り返す。

 適当にやらず、手を抜かず、一手一手を丁寧にこなし続ける。

 その手が止まったのは、夜の十時頃だった。

 

 

(流石にこれ以上は明日に差し支えるな)

 

 

 そう考え、風鳴家に向かって走り出す。

 走り出すと、丸一日の修行と再生の繰り返しで筋肉が無駄に固まっていた。

 走りながら肩を回したりして、全身のバランスが悪くなった筋肉を整えていく。

 一時間半必死で走れば、それだけでなんとか戻りそうだったのが幸いだった。

 そうしてゼファーは、今日一日の修行を終える。

 

 走り込み、事実上合計三時間。

 正拳突き、合計十七時間半。

 外見年齢小学生相当。

 この日に突いた拳の数は、おそらく一万をゆうに超える。

 

 この光景の異常さは、この一日の一コマを切り出しただけではきっと分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一話:受け止めて、呼び覚ませ 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーにとって戦いとは、負けてはならない状況、怒りや憎しみをぶつけてもいい敵、背中に守るべき命を背負っている……なんてことが多かった。

 敗北は即座に喪失を意味していた。

 崖っぷちであったことが、負けられないという気持ちを強くしていた。

 だからあるいは、彼にとっては初めての経験だったのかもしれない。

 

 負けても誰も死にはしない。

 敵は悪役ではなく、むしろ好感を持てる知人。

 失敗のツケが、ゼファー以外の誰かに行かない。

 これまでの戦いに比べれば、断然『負けてもいい』戦い。

 

 なのに、彼が「勝ちたい」と思っているのは、何故なのだろうか。

 

 

「頑張ってね! 応援行けないけど、こう、心の中で応援してるから!」

 

「ありがとう、ヒビキ」

 

「大丈夫。こんなに頑張ったんだから、自信持って」

 

「ミクもありがとうな。二人とも、ここまで付き合ってくれて、本当に助かった」

 

 

 翼との再戦の前日。

 二人は家に帰る直前に、ゼファーにたっぷりと激励を渡していった。

 それこそ、響の方は前日から色々考えていたと言わんばかりに。

 

 

「頑張ってね!」

 

「ヒビキ、お前今日『頑張ってね』って百回くらい言ってるぞ!」

 

 

 未来の方は多弁ではないものの、確りと心を込めて言ってくれていた。

 応援だけでなく、響と違いほんの少しだけ心配も込められていた。

 

 

「今日は早く帰って早く寝なよ?

 この前、私が寝る前に見た空き地の光景が、私が起きてもそこにあって目を疑ったんだから」

 

「あ、ああ。流石に今日は早く寝とくよ」

 

 

 二人が去った後、ゼファーは後片付けを始める。

 明日に試合を控えた今、未来の言う通り疲れを残す気は毛頭なかった。

 クリスと過ごしていた時からショートスリーパーとしての能力を発揮していたゼファーだが、それでも睡眠や休息は短いより長い方がいい。

 この二週間はほぼ五時間睡眠で過ごしていたが、最高のコンディションに仕上げたいのなら、もっと多く眠らなければならない。

 だから珍しくも、彼は夕方に帰り支度を始めていた。

 

 

「帰るか」

 

 

 夕暮れの街を、一人走る。

 二人の言葉を思い返しながら、今日まで死ぬ気で頑張った時間を思い返しながら。

 学校帰りの高校生、疲れの見えないサラリーマン、買い物帰りの母娘、沢山の人。

 皆が皆平和で、凄惨な過去の片鱗なんて見えなくて、どこかしら幸せそうで。

 そんな街を、ゼファーは一人で走る。

 そこに居るだけで、心が暖かくなるような気がした。

 

 負けたくない敵であるというわけでもない。

 負ければ全てが終わるということもない。

 負けて失われる命もない。

 なのに、ゼファーは負けるわけにはいかないと、そう強く思っていた。

 二人に勝利の報告をしたいと、勝ちたいと、そう思っていた。

 

 「二人が手伝ってくれたおかげで勝てた」と、二人に言いたい台詞があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日。

 風鳴翼は早朝から、道場にて瞳を瞑り正座していた。

 精神修練の一つ、瞑想というやつだろう。

 ゼファーのように慣れていない者ならば数分で足が痺れ始めてしまうだろうが、翼のように慣れている上に、正しく綺麗な姿勢で負荷を和らげている者ならば、何時間だって出来るはずだ。

 事実、翼が瞑想を初めてから既に一時間が経とうとしていた。

 それでも足に痺れはない。

 

 

(私は……何をすることが正しいのか……)

 

 

 もう後二時間もすれば、ゼファーや弦十郎もここに来るだろう。

 翼はいまだに迷っている。

 それもAとBのどちらを選ぶか、といった迷いではなく、自分が気付いていないだけでどこかに全てを丸く収める正解があるんじゃないのか……という迷いだ。

 

 翼は今日まで、弦十郎に何度も考え直すように言った。

 だが、弦十郎は頑として首を縦には振らなかった。

 翼はゼファーが二週間で自分に一撃を食らわせることができるとは、微塵も思っていない。

 だから弦十郎を説得するつもりだったのだが、馬の耳に念仏を聞かせるようなものだった。

 そうこうしてズルズルと時間は流れ、再戦当日へ。

 

 いくら心中に迷いを抱えていようと、翼は防人だ。

 戦いとなれば、心の姿勢をカチッと切り替えて向かうだろう。

 弦十郎に釘を差された現状では、意識しようがしまいが手加減することは難しいはずだ。

 そうして翼は、ゼファーから機会を奪ってしまうかもしれない。

 珍しく、同年代で仲良くなれそうな知人であるというのに、だ。

 

 

(迷いを断ち切る術など、この覚悟を牙と成し敵に向けるしか知らないというのに……)

 

 

 悩めば悩むほど、心中で彼女の地も出てくる。

 どこかにあるかもしれない正解を探すことを、諦めないままに暗中模索。

 けれど答えに辿り着けるだけの思考の柔軟性、発想力、知識もなくて。

 結局は子供の休むに似た考えに終始する。

 

 

「おはよう、ツバサ」

 

「……あ、おはよう」

 

 

 迷いを断ち切らんと瞑想を続けるも、断ち切れないままずるずると時間が過ぎて、気付けばもうゼファーが来てしまっていて、朝の挨拶を返すのも少し遅れてしまう始末。

 彼女は基本的に、迷走している時はダメダメになるタイプであった。

 

 

(……どうしよう)

 

 

 もうあと10分もしない内に再戦が始まると思うと、迷いや悩みだけでなく焦りや惑いなども湧き上がって来る。何も考えずに戦うのなら楽だ。

 何も考えずにぶっ飛ばしてそれでいいなら、それが一番楽に決まっている。

 けれど、そうじゃないから困っている。

 そのくせ、戦いとなれば大抵のやつが歯が立たないくらいの力を発揮する。

 迷いを抱えてなお、風鳴翼はゼファーでもそうそう手の届かない高き頂だ。

 

 

「ツバサ」

 

 

 そんな翼に、ゼファーは向き合った。

 

 

「今回は、『失望』させない」

 

「え?」

 

 

 前回の戦いの最後。

 ゼファーを一撃で屠った直後の、薄れゆくゼファーの意識の中で、翼が見せた表情。

 彼の弱さに、彼女が自分がずっと求めていたものを得られなかったと、失望に傷つく表情。

 勝手に期待して、勝手に失望する自分自身を責めていた彼女の表情。

 それを、ゼファーはしかと見ていた。

 戦いにおいても自分と対等で居てくれる友人が欲しいと、そう思っていた翼の願いの詳細までもを見抜いたわけではないが、自分の弱さが翼をがっかりさせたのだと、そう気付いていた。

 それを払拭するには今日勝つしかないのだと、気付いていた。

 

 

「お、二人とも揃ってるか。おはよう」

 

「おはようございます、ゲンさん」

 

「え、あ、はい、おはようございます。叔父様」

 

 

 意表を突かれ、思考を纏めていた翼は弦十郎の出現に思考を中断させられる。

 もう時間だ。予定されていた再戦が始まる。

 こんがらがっていた翼の頭の中も、道場の中央で構えれば防人の精神へと切り替わる。

 少女ならば悩むこと、防人ならば悩まないことがある。

 防人の精神に切り替えられるなら、そうするだけで彼女は戦える。

 

 ゼファーは一度、目を閉じる。

 これまでの過去。これから未来(さき)にしたいこと。

 勝てると男として信じてくれた弦十郎、自分に何かを期待してくれていた翼、差し入れをしてくれた土場、二人の少女の激励。ごちゃごちゃに混ざっている現在。

 少年を強くするのは、いつとて周りの誰かの想い、誰かの祈り。

 勝利を祈ってくれた人が居た。

 

 想いを受け止めて、力を呼び覚ます。

 

 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 

 今度はゼファーも二人にならい、一礼する。

 付け焼き刃と、鍛え上げられた刃が激突する数秒前。

 

 ゆえに、ここで語っておこう。

 この戦いの始まりから終わりまで、一分もかからない。

 

 

「始めッ!」

 

「―――」

「―――」

 

 

 先手は踏み込むゼファー。

 翼の予測よりも早いタイミング、予測よりも速い速度、予測よりも強く正確な足払い。

 ゼファーには翼の性格と、今日に至るまでの状況を考えて、翼が先手必勝で勝つ気満々に初手から全力を尽くしてくるとは、ハナから考えてはいなかった。

 翼にそんなことを考えられるくらいの開き直りが出来たのなら、彼女は今頃クラスの人気者としてチヤホヤされていただろう。

 彼女の気後れと気遣いと勝利への渇望の薄さが、必然的にゼファーに先手を譲る。

 

 そして、ゼファーに勝機があるのは乱戦のみだ。

 真正面から向き合ってしのぎを削り合う、行儀の良い技術戦になれば敗北は必至。

 ゼファーには翼相手に短期決戦、及び乱戦を挑む以外の道はない。

 仕留め切れずに何手か過ぎれば、完全に駆け引きの世界に移行してしまうだろう。

 

 だからこそ、この選択は最善と言っていいものだった。

 まずは体勢を崩す。体勢の崩れていない風鳴翼相手には、どんな技も通用しないだろうから。

 当たってもいい。かわされてもいい。翼がこの足払いに反応することに意味がある。

 更に言えば、翼の視点でも、その足払いは一朝一夕で身に付くとは到底思えない練度であった。

 よく体重が乗っていて、速く、それでいて鋭い。

 しかし。

 仮にこの期間で、足払いをこの練度で修得する比較的速い成長ペースを、一年間ずっと続けた後だとしても、今の風鳴翼にすら届かないということも事実。

 

 

(手は抜けない)

 

 

 翼は前に出していた右足をすっと引く。

 ごく自然に、極めて滑らかな重心移動。

 ただ足払いをかわすために足を引いただけの動作であるのに、それすら洗練されていた。

 所要時間も極めて短く、動きの隙もほとんど無く、姿勢は微塵も崩れていない。

 ここまで綺麗に対処されてしまえば、足払いは完全に放った意味を失ってしまう。

 

 ゼファーの修行時間に比例する成長速度は、どこまでも才なき凡夫の範囲。

 血脈もない、才能もない、積み上げてきた技術もない、それが今のゼファーの限界だ。

 付け焼き刃と鍛え上げられた刃の間には、明確な差が存在している。

 

 悠々とかわした翼が、ゼファーの渾身の初手へ反撃しようとする。

 早撃ちであれ、逆羅刹であれ、翼の技であれば一撃で決まる……可能性は、あった。

 だが、そうはならない。

 次の瞬間、先手を取る権利を掴んでいたのは、またしてもゼファーであった。

 

 

「っ!?」

 

 

 翼の瞳に映る、翼よりも早く体勢を立て直し次撃を放たんとしているゼファーの姿。

 ゼファーは足払いの最中に蹴りの軌道を変え、強く床を踏み締めていた。

 次の一撃を放たんとするために足に力を込めているのだと、素人でも分かる姿勢。

 

 その立て直しは、初めから足払いを囮のつもりで布石の一つとして打っていたのでもなければ、絶対にできない速度での立て直しであった。

 しかし、初手が露骨に囮の動きであったなら、翼は即座に見抜いていたはずだ。

 その程度の眼力は、翼にだって備わっている。

 囮と分からない本命、本命と分からない囮、この二つは混合してこそ意味がある。

 

 ハイキックとローキックを組み合わせハイ・ロー・コンビネーションと成すような、ジャブとストレートをさんざん見せてからフリッカージャブを撃つような、真正面からの奇襲。

 この瞬間、初めてゼファーは翼の予想を超えた。

 

 しかし足を引いただけの、糸がほつれた程度の翼の隙を突くならば、尋常な技では不可能だ。

 生半可な技では届かない。ゼファーはそれをちゃんと認識していたし、翼もゼファーがここで生易しい手を打ってくるなどと甘い認識を持ってはいなかった。

 ゆえに翼は、先の後で先の先を潰す選択をする。

 その選択は字面だけ見れば異常の一言。

 しかし早撃ちの概念を考えれば、この一族にとっては当然の思考と言えるもの。

 

 

「ッ!」

 

 

 翼が放たんとするのは、技量と練度だけで打つハイスピードのローキック。

 本来は太腿を打ち痺れさせ立てなくさせる必殺の一撃を、体重を乗せる過程を全て省略することで疾く打ち込み、かつ一定の威力を保ったままの一撃と成す。

 ゼファーが攻撃を仕掛けようとした後に攻撃を放ち、彼の攻撃が翼に届く前に攻撃を叩き込み、ゼファーの攻撃がなんであれその威力を殺すつもりなのだ。

 後に撃って、先に届かせる。

 それが『早撃ち』の根幹にある概念の一つだ。

 「敵に先に攻撃された」と「敵より先に攻撃を当て敵の攻撃を潰す」を両立するという矛盾、理外の技。それすら、彼女らにとっては呼吸のごとく繰り出す凡技に過ぎない。

 身に染み付いた技、圧倒的な技量。彼女が積み重ねてきた努力の証だ。

 

 しかし。圧倒的な技量の差を、ゼファーは意志と発想で埋めていく。

 

 

「―――」

 

 

 翼のローキックはかわされる。

 否、翼がローキックを打ち始めたその瞬間に、ゼファーは既に直上へと跳んでいた。

 ゼファーは回避ではなく、攻撃の初動にて跳躍する。

 戦いの中であるにも関わらず、翼の顔に隠し切れない驚愕が浮かんだ。

 

 ゼファーは跳んだ勢いを殺さず前方回転。

 彼は戦場にて、走って射線をズラすより、直感に従って跳んでかわすことが多かった。

 その跳躍力は、十年近く鍛え続けられていたと言ってもい。

 横に跳ぶでもなく、高く跳ぶでもなく、その跳躍力のほとんどを縦の回転力に注ぎ込む。

 あえて例えるのなら、前方宙返りの軌道に近いそれ。

 そんな動きで、ゼファーは首を落とすギロチンのごとき『踵落とし』を繰り出した。

 

 

(踵落とし……!?)

 

 

 彼の中に存在した、非常に偏った才能の一つ。

 響がヒントをくれたことにより見付けた一撃。

 その踵落としのキレと威力は、まだ粗削りではあったが……恐るべきことに、翼の技の一部と並ぶほどのものであった。それこそ、素手の早撃ちでは力負けしかねないほどに。

 踵落としという一分野において、ゼファーは翼を凌駕する。

 

 

(決まるなら、これで決まれッ!!)

 

 

 いくつかの動作を省略したローキックを外したことで、翼には決定的な隙が発生している。

 だが、それを抜きにしてもその踵落としは強烈だった。

 一流の格闘家であっても、修めた技が尋常なものであればこれは絶対にかわせまい。

 まるで薩摩の剣士の大上段。重力に沿ったそれは、恐ろしい速度と威力を兼ね備えている。

 翼の驚愕が示す通り、この流れは素人に毛が生えたようなゼファーが、達人にも勝ちうる一瞬を作り上げた快挙だった。

 

 尋常な人間では一流であってもかわせない。

 しかし、風鳴の技は尋常なものではない。そして翼も尋常な使い手ではなかった。

 翼はローキックの空振りで崩れた姿勢を意図して更に崩し、重心をズラす。

 倒れる勢いを加速させ天地を逆転。

 前転・後転・側転から倒立に繋げるかのごとく、両の手だけで立つ。

 そして両の脚を開き、独楽のごとく回転し、一瞬でトップスピードへと至った。

 

 風鳴翼が得意とする防人の奥義、『逆羅刹』。

 翼はなんと踵落としを回避も防御もせず、逆に最も信頼する得意技で迎撃に移ったのだった。

 縦回転の踵落としと、横回転の逆羅刹が衝突する。

 二つの足が交錯し、硬い肉を打ち付ける音が響く。

 

 積み重ねられた人生の時間と、積み重ねられた技術の研鑽の時間が激突する。

 ぶつかり合う、戦いの中で生きてきた時間と、戦いの技を磨いてきた時間。

 先に打ち、予測と計算の上で放たれた重力に逆らわない踵落とし。

 後に打ち、崩れた体勢から技巧一つで持ち直し放たれた逆羅刹。

 にも、関わらず───打ち勝ったのは、逆羅刹であった。

 

 

「ッ」

 

 

 僅かな、本当に僅かな差でゼファーは打ち負けた。

 強いて言うならば、『強くなるために積み重ねた時間』の差が、その一瞬の命運を分けた。

 努力は、懸命に積み重ねた人間を決して裏切らない。

 翼が物心付いた時から積み重ねてきた努力の時間、「弱者を守るべし」と教えられながら力を磨いてきた時間は、この一瞬に最大の輝きを見せつけた。

 その逆羅刹は、まさしく見る者の背を凍りつかせる断破の一閃。

 

 ゼファーは意志、発想、予測でその差のほとんどを埋めてみせた。

 だが、あと一歩。あと一歩届かなかった。

 

 空中で縦回転の途中、横向きに大きな衝撃を叩き込まれ、吹っ飛ばされるゼファー。

 しかし翼もただでは済まず、体勢を崩され転がってしまう。

 互いに必殺となる技の鍔迫り合いの果ての勝利。それでも、翼は油断はしない。

 こうまで予想を超えて来られれば、彼を甘く見れるわけがない。

 

 崩れた身体を起こすまでの一瞬で状況の認識を整理し、勝利への最適の選択肢……吹っ飛ばされたゼファーが立て直すまでの一瞬の隙を突いて、トドメを刺す作戦を脳内で構築する。

 恐ろしい。彼が奇策と奇襲を一瞬で重ねてぶつけても、彼女はいまだに決定的な隙を晒さない。

 しかし。

 

 

(それでいい)

 

 

 ゼファーは、「それでいい」と思考する。

 翼は立ち上がりゼファーの位置を確認しようとして、瞠目した。

 一歩分離れた眼前、目と鼻の先。

 

 そこにゼファー・ウィンチェスターが立っていた。

 

 この日、何度目の驚愕だったか彼女にはもう分からない。

 この戦いに関わる一連の流れにおいて、翼が決定的に見まごうた一点。

 それは、ゼファーが修行に注いだ時間と密度だ。

 

 ゼファーはこの二週間、起きていた時間のほとんどを鍛錬に注いでいた。

 食事の時間、休憩の時間、睡眠時間も削れるだけ削り、修行に費やしてきた。

 布団に入ってから寝るまでの時間、果ては夢を見る時間の一部ですら使い、頭を使える余裕があった時間の全てを、翼との戦いのシュミレーションに注ぎ込んだ。

 肉体は融合症例で限界を超えて鍛えられ、余分な時間は全て思考に使われる。

 

 走っている時や風呂の時も、彼は起こりうる全ての可能性をひたすらに考えた。

 無限に等しい戦いの分岐を、足りない頭で想定出来るだけ想定して策を練ったのだ。

 無論、ゼファーの頭の程度では想定の的中率は相当に低くなる。

 それを少年は、ひたすらにかけた時間と集中力にて補った。

 肉体を鍛える過程でも、注ぎ込んだ時間と正拳突き一回毎に込めた集中力で補っていたように。

 

 

(この流れは、俺の想定内だ!)

 

 

 そして、正確な予想は要らない。きっかけがあればそれでいいのだ。

 直感はゼファーの経験、言うなれば頭の中の情報の量にも左右される。

 ならば、脳の中に不完全であっても、行動予測の情報があるならば?

 直感の構成要素である経験を補うものがあるならば、それだけで彼の反応は格段に早くなる。

 

 翼はこの戦い、常に受け身であった。

 戦いの流れに見てから完璧に反応してみせた。

 ゼファーはこの戦い、常に攻め続けた。

 戦いの流れを想定し尽くし、見る前に反応して完璧でなくとも攻め続けた。

 

 古今東西、主導権を握れる攻撃側はそれだけで有利と言える。

 踵落としを叩き落すために全思考を費やした翼と、踵落としが決まった場合・避けられた場合・受けられた場合・叩き落された場合を戦闘前に徹底的に想定した上で全力を込めたゼファー。

 足技の交錯の後の立て直しがどちらの方が早いかなど、語るべくもなく。

 逆羅刹と踵落としの大技勝負に負けたとしても、ゼファーの方が立て直しが早いのは必然。

 翼は先程よりも大きな隙を晒していて、ゼファーはそこを突ける位置にいる。

 

 

(いや、まだ、私はまだ……!)

 

 

 だが、しかし。

 戦技を戦術で越えられようと、風鳴翼はまだ諦めない。

 ここにきて彼女は華麗な足捌きではなく、遮二無二後ろへ跳ぶことを選択した。

 ゼファーと翼の距離は、もうどちらかが一歩踏み込めば拳が届く間合いであった。

 しかし体勢の立て直しの度合いの差で、翼は決定的に不利な位置に居る。

 

 ゆえに後方に跳ぶ。洗練された動きではなく、筋力に任せてがむしゃらに。

 ゼファーは詰め切れず、すんでのところで翼に逃げられる───はず、だった。

 

 

「―――な」

 

 

 ゼファーは左足を踏み込んだ。

 それは右の拳を正拳突きとして撃つ時に、誰もがこなす予備動作。

 その予備動作で、ゼファーは『翼の足の甲を踏んだ』。

 

 僅かな痛みに翼は顔をしかめる。

 しかし問題はそこではない。問題なのは、「翼がゼファーに捕まった」という事実。

 後ろに遮二無二跳ぼうとしたまさにその時に足を固定され、翼は体勢を大きく崩す。

 そしてゼファーが正拳突きの動作に入ったその瞬間、彼の眼前で逃げられない状態にある翼。

 捉えられ、体制を崩され、必殺の一撃が放たれる。

 将棋で言えば『詰み』にあたる、決定的に追い詰められたその一瞬。

 

 

「まだ、まだぁッ!」

「っ!」

 

 

 しかし、それでも翼は止まらない。

 安易に仕留められることを甘受せず、足掻く。

 後方に倒れる身体を立て直すなんて無駄なことに時間を使わず、倒れながらに一撃を放つ。

 その断片を見せていた程度の、これまでのまがい物の攻撃ではない。

 正真正銘の『早撃ち』だ。

 

 足を踏まれ、体勢は完全に崩れ後ろに倒れながら、その最中に放たれる右の手刀。

 当然ながら、先日ゼファーに見せた時ほどのキレはない。

 しかし、それでもなお目にも留まらぬ速度の一撃であった。

 事実、ゼファーはそれを目で追えていなかったし、かわすことも防ぐこともできはしない。

 風より早い、颯を居る如き手刃が迫る。

 

 だからゼファーは避けなかったし、防がなかった。

 

 

「だぁらぁッ!」

 

(! 私の早撃ちに目もくれず、一心に、正拳突きを――)

 

 

 ひたすらに丁寧に、速く、力強く拳を打ち込む。

 ただそれだけを考えて、何万回と詰め込んだ拳を叩き込む。

 彼の拳と翼の腹の間に、翼の手の平が差し込まれたことなど気にしない。

 早撃ちの手刀が側頭部に迫っていることも気にしない。

 

 ただひたすら、思考の純度を上げていく。

 勝利を伝えて「二人が手伝ってくれたおかげだ」と言ってやりたい、少女達のために。

 力を求める理由、これまでの過去のために。

 ただひたすら、拳を打ち続けていた少しだけ前の時間に、頑張っていた自分のために。

 余計な行動は要らない。余分な思考も要らない。

 ただ純粋に、繰り返した動作を執行する。

 

 

「――この拳、まさか、叔父様の――!?」

 

 

 もう、翼の声すらも聞こえない。

 自分以外の何も感じない境地に至ったゼファーは、今の彼が理想とする拳の動きを、真似ようとした弦十郎の正拳突きを、余すことなく実現してみせた。

 弦十郎のそれには届かずとも、少年の踵落としに匹敵する破壊力へと至らせる。

 その拳は翼の腹へと向かい、防御に差し出された翼の掌底越しに、強烈な一撃を叩き込む。

 

 そして、翼の身体を後方へと軽く吹き飛ばした。

 翼の身体が後方へとスライドする。

 必然的に、翼が放った手刀も彼女の体と共に流れていく。

 少年の側頭部を打つはずだった手刀の早撃ちは、その刃先がゼファーの額を浅く切り、けれどそれだけに終わった。その一撃は、空振りに終わる。

 防げない一撃だった。かわせない一撃だった。

 だから、攻めることで乗り越えた。

 

 この一瞬においては、攻撃こそが最大の防御。

 

 

「そこまで!」

 

「え?」

 

 

 不意に訪れた決着。

 集中に集中を重ね、ようやく翼のガードの上から攻撃を当てたゼファー。

 そこで弦十郎が割って入って来たものだから、戸惑ってしまう。

 

 

「一撃だ。だろう? 翼」

 

「はい」

 

 

 しかし、ゼファーと違って翼は戸惑ってはおらず、むしろ受け入れているようだった。

 翼が道着を下からめくる。

 異性への興味が有るのかも分からないゼファーと、全く気付いていない鈍感な翼だからスルーされているが、これがラブコメだったら赤面ものの行為だろう。

 そうして現れた翼の細身の腹には、赤い打撃痕が刻まれていた。

 

 

「手の平を差し込んだだけでしたから。

 ガードしたから一撃は入れられていない、なんて言えるわけがありません」

 

 

 そう。

 翼があのタイミングで、早撃ちの鞘にも使った手で、完全なガードを構築できるわけがない。

 腹に差し込まれた手は、ほんの僅かにダメージを軽減しただけに留まったのだ。

 ゼファーは、防がれたと思った。

 翼は、防げなかったと思った。

 現実は、ゼファーの渾身の一撃は翼に届いていたのである。

 

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「明日からビシバシ鍛えてやるからな、ゼファー。

 ま、俺も仕事があるから毎日まではいかんが。そんな日は翼に教わるといい」

 

「任せて下さい、叔父様。私もとうとう姉弟子ですからね、姉弟子。姉弟子ですから」

 

「よ、っし!」

 

 

 頑張った分、報われたのが嬉しかったのだろうか。

 ゼファーは彼のこれまでの生涯から見れば珍しく、少年らしい喜び方をしている。

 

 翼の予想を超えてから、ゼファーは一呼吸以上の間を一度も与えなかった。

 怒濤の隠し手の連続に、彼は蜘蛛の糸に等しい勝機を掴む。

 ゼファーはルールの上で一撃を入れられた、と思い。

 翼は同年代の人間に、生まれて初めて負けたと思った。

 そこには埋められないくらい大きな認識の差があるのだが、それは今問題になる話でもない。

 

 

「でも驚いたわ、ゼファー。私の予想以上の密度と時間で、努力を積んできたのかな」

 

「それでギリギリ判定勝ちみたいなもんなんだから、俺は翼の方にむしろ脱帽だよ」

 

 

 人外じみた修行をこなしたゼファーがおかしいのか。

 そんなゼファーがもう二度とこう上手くは行かない、というレベルで上手く行ってなお、奇跡のように一撃を入れられるのが限界……なんて翼がおかしいのか。

 一つだけ言える、確かなことがある。

 風鳴弦十郎と比べれば些細な事だ。

 

 

「どうだ。何か、見えたか?」

 

 

 弦十郎は、ゼファーに主語等が著しく足りていない言葉を投げかける。

 姪として付き合いの長い翼でも、彼が何を聞きたいのか分かっていない様子。

 だが、ゼファーには何を聞かれているのか、何故か分かるような気がした。

 

 

「思い出しました」

 

「何をだ?」

 

「俺の『夢』を」

 

 

――――

 

「皆に……幸せで居て、欲しいんです」

 

「死ぬことも、苦しむこともなく、でも生きているだけの時間を過ごすのでもなくて……

 具体性とか全然無いですけど、でも、それでも目指したくて……

 皆がそう生きていける場所を守れる自分になれたらって、そう……」

 

「それが、君の『夢』ですか」

 

――――

 

 

「ああ、あれも大切なことだった、って思って……

 昏い気持ちとも、そうじゃない気持ちとも、何か違うものが自分の中にあって。

 実現するには、叶えるには、辿り着くには、貫くには、力が必要だったんです」

 

 

 夢とは、その人がそれまで過ごしてきた人生、その人間の過去から生まれる。

 そして過去でも現在でもなく、未来にて叶えられるものだ。

 かつ、現在に抱いているからこそ価値があるものでもある。

 夢は過去と未来を繋ぐ。悲惨な過去と、幸福な未来も繋いでくれる。

 時に過去に誰かが目指していた夢を、未来の人間が継ぐこともあるだろう。

 

 夢とは、繋がりだ。

 ゼファーはその夢を、人の繋がりの中から見出した。

 

 

「今日からよろしくお願いします。俺は、強くなりたい」

 

 

 ゼファーの強い目、強い言葉、二週間前とは明確に違う雰囲気。

 筋肉が付いたことで実際に一回り大きくなった彼の肩を叩き、弦十郎がニカっと笑った。

 

 

「おう! 映画の見方ってやつも教えてやるよ!」

 

「えっ」

 

 

 何故映画に繋がるのか、ゼファーにはこれが分からない。

 

 

「いい? 今日から私は先輩で姉弟子よ。分かる?」

 

「え? ああ、うん、分かるよ」

 

 

 何故翼がここでそれを言うのかもさっぱりだ。

 先行きが早速不安になってきたが、ここに居れば強くなれることは間違いない。

 ゼファーは強くなろうとしている。

 100%善い感情というわけでもなく、100%悪い感情でもないままに。

 けれど今は、二人と話している内に、自然と笑えていた。

 

 明日からどうなるかは分からない。何が起こるかは分からない。

 強くなれても、彼が望むことがなせるかは分からない。

 それでも、今のゼファーは、笑うことができていた。

 




感想欄で踵落としの予想当ててた人多過ぎッ!!
ライダーパンチ&ライダーキック

人対人の戦いは互いの人生のぶつけ合いでごぜーます
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