戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
翼さんの鉄のように硬く減ることもない死んでる胸のサイズを揶揄してガンダムデスサイズヘルというあだ名を付けてあげたい
パパとママが、大好きだった。
いつも一緒に居てくれるわけじゃないけど、皆のためのお仕事をしてる二人が大好きだった。
帰ってきてくれれば、離れ離れだった分まで一緒に居てくれる二人が大好きだった。
パパとママのお仕事が、大好きだった。
人を笑顔にするお仕事が、世界を平和にするお仕事が、二人が笑顔で頑張ってるお仕事が、大好きだった。
会う人が皆「お父さんとお母さんみたいな人になるんだよ」と言ってくれるのが嬉しくて、とっても誇らしかった。
パパとママの歌が、大好きだった。
聞いているだけで思わず心が弾んだり、静かな気分になったり、姿勢を正さないといけない気分になったりする、あたしも皆も笑顔にしてくれる歌が大好きだった。
歌で平和を掴むんだと、二人が奏でる旋律が大好きだった。
パパとママと一緒に居られる時間が、大好きだった。
クリスマスの時、あたしのためだけに作ってくれた曲を聞かせてくれて、飛び上がりそうなくらい嬉しかった。
曲に合わせて歌ったら、パパとママが褒めてくれて、ふんわり浮き上がっていくみたいな気持ちになれて、とっても笑顔になれた。
パパとママと一緒に居られれば、そこには大好きがいっぱいで、ただそれだけで幸せだった。
だからパパとママがお仕事に一緒に行かないかって言ってくれた時、すぐにうんって言えた。
危ないかもしれないって言われてちょっとだけ怖かったけど、二人を信じられた。
今は思う。今だから思う。
あたしはなんで、パパとママ
その国の名前をあたしは知らない。その国で一番偉い人の名前も知らない。
あたしが知っているのはパパとママの名前と、二人のお仕事の仲間の人の名前と、パパとママがこの国に何をしに来たかということだけ。
パパとママは歌で世界を平和にするお仕事をしている。
この国の人達は隣の国の人とずっと喧嘩しているのだと、パパが教えてくれた。
喧嘩をしたら、仲直りしないといけない。あたしだって知っている。
パパとママのお仕事は、歌を通して二つの国の仲直りを手伝うことなんだ。
ただ、あたしは少し怖かった。
いつもの優しいパパのお友達のおじさんが、すごく怖い顔をしてる。
一緒に居た人達の何人かが、同じような顔をしてる。それが怖がっている顔だったんだとあたしが気付いたのは、それからずっと後のことだった。
パパとママがこの国の偉い人と握手をしていたのを見た。
……いい人ではないと思った。あたしだって、いい人とそうでない人の区別くらいはつく。
銃を持った人達と一緒に車に乗って、荒野を往く。
鈍く光る、人を傷つける武器を平気で持っている人達が怖い。そんなものを持って、怖い顔をしている人達が怖い。なんであんな怖いものを人に向けられるんだろう。
あたしは無性に怖くなって、ママの膝の上に座って到着を待った。
優しく抱きしめてくれるママの左手と、頭を撫でてくれるママの右手が暖かい。
こんな怖い場所にいつも行って、皆を笑顔にして帰ってくるパパとママは、本当にすごい人なんだって、あたしはそんな二人の娘なんだって、誇らしい気持ちになれた。
空を見上げる。
グレーの雲がもくもくと広がっていて、雲越しにうっすらと太陽が見える。
今日が薄暗いのは、きっとこの雲のせいだ。
車が走ると後ろに砂埃がバーっと広がって、後ろを走っている車の人達はすごく煙たそう。
前を走ってるあたし達が申し訳なく思えてくる。
砂は後ろにバーっと広がってから、あたし達から見て左の方へ流れていく。
運転手の人が、ここはいつもは南風が吹いていて、時々西風が吹くのだと教えてくれた。
ありがとうと伝えると、ママがよくできました、と言って頭を撫でてくれた。
パパとママに恥ずかしい気持ちはさせたくなかったから、とーぜんだ。
空の太陽を見る。この時間に太陽があの場所なら、砂が流れていく方向は北。
今日は一回も西風が吹いてないんだな、と。ふと思った。
ちょっとさびれた街についた。
この街の一番大きな建物で、パパとママが公演するって、パパから聞いた。
でも、ちょっと怖い街だと思った。
人に元気が無くて、なんだか変な臭いがして、空気が少し淀んでる。
気付いたら、あたしはパパの手をギュッと握ってた。
パパは苦笑して、それでもあたしの手を振り払うことなく、握り返してくれた。
偉い人達との打ち合わせの時も、視察の時も、ずっと。
そんなパパがあたしは大好きで、きっとママもそんなパパが大好き。
それで、パパもママとあたしが大好きなんだ。それが、幸せだってこと。
その幸せをおすそ分けしてあげて、皆で幸せになるんだ。
誰が無理って言ったって、パパとママの歌ならきっと出来るって、あたしは信じてる。
パパの邪魔をもうこれ以上しちゃけないな、と思って、あたしはパパの手を離した。
ちょっと寂しいと思ったけど、繋いだ手を離してしまった。
その時、何か気持ち悪い『熱さ』を感じた。
近くに火でもあったかな、と、あたしはキョロキョロと辺りを見渡す。
無い。やっぱり無い。気のせい……いや、確かに熱かった。
何かがあたしの近くで燃えるような、そんな感じがした。
……ダメだ。何か分からない。でもここにいちゃいけないって、あたしには分かる。
今感じた熱さは、何かもうどうしようもない、本当に怖い何かで。
パパとママを連れて逃げないと。あたしはそう思った。
前を歩いてるパパの手を離してしまったことを後悔して、もう一度その手を掴まないとって思って、走って、走って、走って、やっと追いついて――
――ぱぱの、あたまが、なくなるのを、めのまえで、みた。
パシャって、水風船が割れるみたいな音がした。
ぶしゃって、真っ赤であったかい液体が頭にかかった。
どさって、パパはあたしの目の前で倒れた。
そこから、記憶はハッキリしない。喉がすごく痛かったら、何度も叫んだんだと思う。
目が痛かったから、すごく泣いたんだと思う。
身体が痛かったから、走って逃げる途中で何度も転んだんだと思う。
途切れ途切れの記憶の中で、ママがあたしを抱きしめて、倒れて。
倒れた背中に赤い穴がいっぱい空いてたのを覚えてる。
何度揺すっても起きてくれなくて、どんどん冷たくなっていって、それで……
また、記憶は途切れる。
あたしは逃げた。怖くて、嫌で、何もかもが夢なんだって、いつか覚めるんだって、そう思ってずっとずっと走って逃げた。
泣きながら、ガラガラになった喉で助けを求めて、ずっと逃げた。
誰も助けてくれないどこかの場所で、ずっと逃げていた。
気付いたらあたしは車の中に居た。
手錠を付けられて、まるで奴隷みたいに運ばれてた。
あたしの他にも子供達がたくさん一緒に運ばれてて、皆みんな目が死んでた。活力がなくて、希望を奪われたというより、まるで生まれた時からずっと希望を持ったことがない、みたいな。
そんな顔の子供達を見て、あたしもこうなってしまうのかな、なんてぼんやり考えて。
その想像にくっついて来た現実味に、すぐにゾッとした。
これは夢なんだって、何もかもが夢だったってオチを期待して、目を瞑って覚めるのを待つ。
パパとママと一緒に皆を笑顔にする夢を見て、車に揺られて覚めてしまう。
あたしだって、見比べれば夢と現実の区別くらいつく。
聞き分けの悪い子供が車から降ろされて撃ち殺されてから、夢なら覚めてとは思わなくなった。
その代わり、夢をずっと見ていたいと、そう思うようになった。
夢の中には、パパとママが居る。幸せな時間がある。
気分転換に殴ってくる大人も、目障りだからなんて理由で銃を撃ってくる大人も居ない。
ずっと夢の中で生きていけたら、って思う。
パパとママを、ちょっと前まであった幸せな時間を思い出して、泣く時間が増えた。
どれだけ時間が経ったかも分からない。
車から子供達が一人、また一人と降ろされていって、次はあたしの番だってことは分かってた。
降ろされた場所はパパとママが殺された街よりも、ずっと人が少なくて寂れた街だった。
運転手のクソみたいな男に「この道を真っすぐ行った所にある家に居る男の所に行け」と言われて、この男が仕事をサボるためにあたしをここで降ろしたんだと気がついた。
どうでもいい。
もう、あたしには何もない。
パパとママみたいになりたいと願ってた。
大好きな二人といつでもどこでも一緒に居ていいって許しが、欲しかった。
でも、もう願うものなんて無い。欲しい物なんて無い。
空っぽなまま、あたしは歩く。
「おいそこのガキ、新入りだろ? こっちだこっち」
あたしには、疑ってかかる気力すら無かった。
気付いたら路地裏の突き当たりで突き飛ばされて、三人の男に逃げ道を塞がれてた。
怖い、って。
あたしは、パパとママを夢見るだけの廃人から、この瞬間に元に戻ってしまった。
「暴れんなよ、へへっ。優しくしてやるからよ」
「ガチペドでドSの兄貴が抱いて壊れなかった女の子とか居ないでしょ」
「加減すると気持ちよくねえんだよ」
その男達は、英語で話していた。
この国ではスペイン語と英語が両方通じるんだって、誰かが言っていた気がする。
だから何を言っているのか分かった。分かってしまった。
あたしはここで、そういう『ひどいこと』をされる。
「ひっ」
男達の間を走って逃げようとして、
「逃げちゃいかんよおじょーちゃーん」
お腹を思いっきり殴られる。
息が吸えない。おなかが痛い。大したもの食べさせてもらえなかったけど、それも全部吐いてしまう。涙が出てきて前が見えなくなって、息もできないままうずくまる。
息ができなくて、苦しくて、手足の感覚が薄くなってぴりぴりし始める。
痛くて、苦しくて、悲しかった。
「おい、こんな小さな子供思いっ切り殴って殺す気かラダマンテュス兄」
「この場所をこの角度で殴るとよ、死にもしねえのに死ぬより痛えんだわ」
「……知りたくなかった知識だ。もうお前ら兄弟と縁切りたいくらいに」
「こういう時は泣いてる顔の方が興奮するしな、壊してるって感じがして」
「わりぃ兄貴、俺もドン引きだわ」
ようやく息を吸えるようになったら、髪の毛を掴んで無理矢理立たされた。
髪の毛を力づくで引っ張られるのがこんなに痛いなんて、あたし知らなかった。
知りたくも、なかった。
「次逃げたらもっと痛く殴るからなー? 大人しくしてな」
「……やだ」
「ん?」
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 痛いのもアンタ達なんかに好きにされるのも嫌だッ!」
「……ほーん、殴られてまだそんだけ言えるとは勝ち気だねぇ」
手足を振り回して足掻く。こんなになって、ようやく気づけた。
あたしにも、まだ失いたくないものがあったんだって。
こんな奴らに好きなようにされたくない。
こんな奴らに汚されたくない。
こんな奴らに玩具にされたくない。
こんな奴らに殺されたくない。
もしもそれまで許してしまえば、あたしは『雪音クリス』ですらなくなってしまう。
「お願い! 誰か助けて!」
暴れて、叫んで、あたしは諦めない。
「助けなんか来ねえよ! ここはそういう場所だッ!」
手足を抑えられて、口まで抑えられそうになって、
「パパっ、ママっ、助けてっ!」
思わず口をついて出た言葉に、あたしの耳を疑う。
もう居ないって、会えないって、分かってたはずだったのに。
「ハッハー、そのパパとママとやらをとっ捕まえてその前でヤってやるのも昂ぶりそうだ」
泣きそうになって力が抜けて、その隙に服に手をかけられた。
いやだ。こんな、こんなのってないじゃないか。
誰か、誰か、誰か――
「やだ、やだ、やめてっ!」
「お前口塞いどけ、手は押さえとかないでも大丈夫だろ、弱っちいし」
「へへっ、兄貴も趣味が悪いっすねえ」
「どうでもいいから早く終わらせちまえよ」
「誰か――」
――誰か、助けてぇっ!
声は、届いてくれた。
「げっ」「ぎゃふっ」
「……って、え、おいどうし……ゼファー!?」
あたしを抑えこんでいた二人の男が、カエルが潰れるような声を出して倒れた。
何がどうなってるかも分からないまま、男二人が倒れて開けた視界の中に居た少年が目に入る。
男達を挟んであたしのちょうど反対側に、男の子が立っていた。
浅黒い肌、白い髪。ボロ布みたいな服、銀色の銃。
瞳には炎みたいな燃え盛る怒りの色を浮かべていて、思わずあたしも身を竦ませてしまった。
あたしだけでなく、最後の一人の見てるだけだった男にも分かったみたいだから確実だろう。
表情だけで分かる。
この男の子は、あたしのために怒ってくれている。
「ラダマンテュスの兄弟に……あんたはシュレディンガー一家のパシリか。
見逃してやるからそこの二人つれてどっか行ってくれ、すぐに」
声色はドスの利いた明らかに怒っている声で、それで抑揚を抑えようとしているのも分かるからこそ、ものすごく怖い。
スペイン語だからか何言ってるのかさっぱり分からないけど、声を向けられていないあたしですら怖いんだから、それを向けられてるこの気弱そうな男はもっと怖いんだろう。
助けて、と言った。
そうしたら、助けに来てくれた。
そしてあたしを見て怒ってくれている。
この国に来てから初めての、いいことだった気がした。
「ぜ、ゼファー。俺は無理矢理連れて来られただけでな、や、やめようとは言ったんだけどよ!」
「すぐにってのが聞こえなかったか? 別に弁明聞いたつもりはないんだが」
「だ、だったらその怖い顔やめてくれよ! じゅ、銃も降ろしてくれ! ちびっちまう!」
「……?」
ものすごく怒ってると言いたげな表情と、何を言っているのか分からないという表情の同居。
それがものすごく怖い。
怖いと同時に、頼りになるとも思ってしまう。
「ひ、ひぃっ……!」
最後の一人は結局、銃で撃たれた二人を抱えたまま逃げて行った。
男の子があたしの方に歩いて来たのを見て、あたしはちょっと怖くなった。
もしかしたらこの少年は、あたしなんて関係なくあの男達に怒りに来たのかもしれない。
スペイン語だったから何を言ってるかはさっぱりだった。
あたしを助けに来てくれた、なんて、なんで確信してしまったんだろう。
そう、こんな都合よく助けなんて来るわけない。
信じたって、期待したって、頼りにしたって、結局裏切られるんだ。
パパとママだって、あたしとずっと一緒に居てくれるって言ってたのに、もう居ない。
なのに、あたしのピンチに都合よく味方が現れてくれるなんて、あるわけない。
そんな幸運が最初からあったなら、あたしも、あたしのパパとママも……
あたしは、あたしは、あたしは―――
「大丈夫か」
「え、あ、えぅ」
「今ここに君をどうこうしようとする奴は居ない。だから落ち着いて、ゆっくりでいい」
そんな風に信じられなかった心が、かけられた優しい声に溶かされる。
何を言っているか分からない。それでもあたしの身を案じてるのが分かる、優しい声色だった。
知ってる。あたしは知ってる。
声に乗せられているこの気持ちを、あたしは知っている。
パパとママは、この声みたいな歌を、世界中に届けてた。
「……って、もしかしてここの国の子じゃないのか……?」
「俺はゼファー。ゼファー・ウィンチェスター。分かる?」
最初はあたしの知らない言葉で、次に英語で語りかけられる。
さっきみたいなパパとママの歌みたいな声じゃない。……気のせい、だった?
考えてたら反応が遅れてしまったので、すぐに首を思いっ切り振って返事した。
「君の名前は?」
手を、差し出される。
見知らぬ人の手。もうダメだって何回も思って、戻れないんだって何度も思って。
信じられないって、悪い人しか居ない場所なんだって、パパとママを殺した奴らなんだって。
思って、思って、思って。
それでもあたしは、その手を取った。
「く、クリス。雪音、クリス」
その手は暖かくて、強く握られて、なんでか涙が出てきて……そこから先の事は覚えてない。
第二話:Chris Yukine
暗い、昏い、夢の中。
父の死、母の死、飛び散る血潮。自分に悪意を向けてくる大人達。
延々と続く地獄のような映像のリプレイは、それが夢であるとクリスに確信させるには十分すぎるほどに残酷だった。早く終われ、早く終われとクリスは頭の中で繰り返す。
現実が夢であって欲しいと、こんな夢は見たくないと、現実からの逃避を繰り返す。
どんな奇跡が起ころうが、彼女の現実は変わらない。
「ああああああああああッ!!」
次に目が覚めた時、クリスの目に映ったのは薄汚れた天井だった。
自宅の綺麗な天井でもなく、いつも一緒に寝てくれていた父と母でもなく。
目を覚ます度、この現実が夢じゃないんだと思う度、クリスは涙ぐむ。
もう、夢の中にしかない光景。願えど叶わぬ夢の光景だ。
叫んだ喉が痛い。顔は涙と唾液と鼻水でぐちゃぐちゃになっているのが分かる。
鏡も見たくないな、なんて。そんな風に彼女は思った。
「起きたか」
「っ!?」
「お前あの後、色々ショックだったのか気を失ってな……俺の名前、分かるか?」
「え、あ、うん」
盛大にギョッとしたクリス。声は近い……というかほぼ至近距離だ。
加えて自分の左手が少年の手を握っていた事に気づき、少女は叩くようにして手を離す。
照れ半分、驚愕半分といった所だろう。
この場で徹底的に問い質さなかった結果、クリスが気を失ってから悪夢にうなされていた事、それを見て朝までずっと寝ずに少年が手を握っていた事実は闇に葬られたのだった。
ゼファーは、そういうことは口にしない性格である。
後に残るのは、手を握られていた事からくる年頃少女の微妙な不信だけだ。
「これ布。水はそこの桶に入れてあるから」
「……ありがと」
羞恥からか少し顔を赤くして、クリスは顔を洗い始めた。
いくら衝撃体験のオンパレードで精神的外傷と精神的荒廃が進んだとはいえ、彼女とて乙女だ。
八歳の、という前提はこの際置いておく。
微妙にぬるい水で顔を洗って、比較的綺麗だと思える布で顔を拭く。
そう、比較的だ。今居る部屋も、かけられていた掛け布団も、目の前の少年の服も、ついでに言えば今クリスが着ている服も、現代文化に慣れ親しんだクリスには嫌悪感増し増しなのだ。
全体的に薄汚れているし、くさい。
「ここ、どこ?」
「俺の家。狭いし何も無いけどな」
昨日、昼間に旧知のチンピラ二人を仕留めたゼファー。
問題なく蹴散らせた所まではいいものの、その後少女に抱きつかれ、小一時間ほど泣かれた所でお手上げ状態。泣き疲れて眠った少女に完璧に応対できるほど、彼の人生経験は豊富ではない。
仲の良い知人の家はその場所からは遠く、相談にも行けない。しかし自宅は近かった。
何より、ラダマンテュス兄弟が報復に来る可能性を考えれば、寝たままの少女を抱えて迂闊に移動などすれば命取りになりかねない。
結局ゼファーは自宅に連れ帰り、先日適当に想定侵入経路に仕掛けた爆薬の安全装置を外し、一晩中少女の手を握っていたのだった。
ラダマンテュス兄弟は性癖のクソさで有名な兄弟だが、戦友であった。
性格に気に入る所は一欠片もなかったが、それでも共にノイズと戦う仲間程度には思っていた。
報復のリスクを無視して、そんな相手を迷いなく撃ったことも。
何のメリットも無く、今も少女を見捨てず匿っていることも。
重荷にしかならないのに、義理もないのに、面倒を見ているのも。
初対面の人間にそこまでこだわるのは、普段のゼファーらしくもない、事実少年自身が一番戸惑っている行動だった。
「とりあえず、あったかいものどうぞ」
「……あったかいもの、どうも」
ランタンから取り出した固形燃料に大雑把に火を付け、大雑把にその周りに組んだ石の台座の上にステンレスの器のようなものを置き、水を注いでお湯を沸かす。
そこに更に大雑把に謎の白い草を投入。もう色々とガバガバだ。
車でしか行けない場所に群生している草を、事前に任務の帰りにこっそり摘んで溜めておく。
それをお湯にぶち込めば、嗜好品がほとんどないこの場所でもお茶が飲めるのだ。
任務の頻度から考えれば、大体二ヶ月に一杯ほどのお茶が飲める計算になる。
なお、クリスに少しふーふーしてから一気飲みされた模様。
出されたものを遠慮無くいきなり一気飲みするクリスも、いい飲みっぷりだと感嘆しかしていないゼファーも、この二人の性格由来の微妙なズレっぷりが見て取れる。
「腹は減ってるか?」
「ものっすごく」
「……別に遠慮とか期待してたわけじゃないけど、遠慮無いタイプだなお前」
お湯の蒸気で少し蒸らして柔らかくした乾燥パン、火で炙った干し肉。
ついでとばかりに缶から出した野菜。
地位の低い者に配られる支給食料は軒並み「栄養失調で死ね」と言わんばかりものだが、まあこれでもこの地ではマシな方だろう。
クリスの舌に合うかどうかは別として。
「美味しくないんだけど」
「今日はそれしかない。悪いな」
実際は今日も、なのだが。
現代社会に生きてきたクリスの舌やここまでの境遇を考えれば当然の反応だが、人によってはカチンと来るかもしれない。
普段から愛用し食べているものを不味いと言われれば、不快に思う方が大多数のはずだ。
つまりカチンと来ないゼファーが変人の部類に入るのは間違いない。
「あ、えっと、その……助けて、くれたんだよな?」
「俺はたまたま通りがかって、気まぐれにやっただけだから。助けたわけじゃない」
「……そうなのか?」
「そうなんだ」
空腹を不味い食事で埋めて、感謝して、クリスは改めて恩人の姿を見る。
不揃いな白い短髪、傷跡がうっすらと残ってる浅黒い肌、活力の無い青い目。年頃は自分と同じくらいで、少し年上かもしれない。
銃のような人だ、とクリスは思う。
人らしい感情が感じ取れなくて、無機質で、他人を在るがまま受け入れているような雰囲気。
戦場でただ銃弾を吐き出すための機械のようだ、なんて失礼な印象すら抱いてしまう。
「銃のようだ」という人に本来向けられるはずのない形容が、彼にはとても似合ってしまう。
少なくともあの時の激怒と言っていい憤怒も、優しい声色も、両親を思わせた声も、今目の前に居る少年とは全くもって重ならない。
むしろ、その対極だ。
どうにも、人らしい熱が感じられない。
あの時のことは夢か見間違い聞き間違いだったのかもしれないと、クリスが現実を疑ってしまうくらいに、少年から感じられる上っ面の印象は無味乾燥で冷たかった。
「気まぐれで初対面のあたしにここまでしてくれるものなのか?」
「……さぁ、どうだろうな」
ゼファーは雪音クリスという少女を、改めて見た。
本の中の写真でしか見たことのない、雪のように白く綺麗な髪。左右でくくって、胸元まで伸びた髪はサラサラで、生まれてこの方見たことがないくらいに透き通っていた。
肌に無駄な日焼けが見られないのは育ちか、人種か。どちらにせよ、そちらも雪を思わせるほどに綺麗で、所々にある傷の痛ましさを倍増させている。
将来不細工になることは絶対にないと断言できる顔立ち、アメジストのような瞳。
生きるために鍛えた自分のような身体でもなく、食べるものがなくてやせ細った子供の身体でもなく、触れたら壊れてしまいそうな柔らかい身体なのだと見れば伝わってくる。
特に声色。声色が印象に残る。
しんしんと沁み入る、可愛らしくも美しい声。それは音色であり、それ一つで旋律だった。
ゼファーが雪の降る国に行ったことがあれば、「雪が降り積もってるみたいだ」と表現したかもしれない。
彼の感想を総括してざっくり言えば「すごく可愛い子」で終わるのだがまあそれはそれとして。
クリスはどれもこれもが、ゼファーの生きてきた世界と食い違っている。
自分とは生きる世界が違う少女。自分たちが生きる世界に落ちてきてしまった少女。
フィフス・ヴァンガードでは少女は望まずとも特に目立つだろう。
少女は無垢過ぎて、綺麗過ぎて、脆弱過ぎる。この地では誰が見てもそう思うはずだ。
無防備な立ち振る舞いも、幸せの後に刻まれた不幸が生む嗜虐心をそそる薄幸の雰囲気も、持っていて当然の弱々しさも。昨日の兄弟のような飢えた狼達を寄せ付ける香り付けにしかならない。
メリット無しに背負うには面倒事過ぎる、と思考した。
見知らぬ他人なんだから義理もない、と思考した。
優しい人はすぐ死ぬってわかってるのに、優しいフリなんかして何がしたいのか、と思考した。
さっさと捨ててくるべきだ、と思考した。
……けれど、それでも。
ゼファーは、見捨てる決断だけは絶対にしなかった。
「……」
クリスはうっすらと警戒心を露わにする。
誰も信じられない、誰も信じたくない、この国のやつらはパパとママを殺した奴の仲間なんだ、そんな思考が少女の思考に根付いていた。
人間不信。
この地では人間不信な方が優しい人間より長生きするが、雪音クリスという少女がそうなってしまったというのは皮肉としか言いようがない。
少女の父と母はこの地に人を信じることを伝えるために来て、少女はその夢を心から愛し信じていたのだから。
……いや、もしかしたら、だからかもしれない。
信じることを、手を取り合うことの大切さを伝えに来た両親が血だまりに沈む光景。
繋ぐために伸ばされた手への返答として返された銃弾が、彼女の中の『信じる』という幻想を砕いても何もおかしくはない。
唯一信用できるかもしれない少年相手にですらクリスは迷う。
信じていいのか。信じるべきでないのか。
信じられない。信じたくない。信じるのが怖い。……けれど、それでも。
繋いでくれていた手の暖かさだけは、信じられると思えたから。
自分の中に残っていたひとかけらの『信じたい』という気持ちを、クリスは誤魔化さなかった。
「ゆっくりでいい。辛かったらそこは飛ばしてもいい。ここまで来た経緯を話してくれ」
「……うん」
ぽつり、ぽつりと言の葉が口から漏れる。
実際にあったこと、その時思ったこと、それらがない混ぜになって語られる。
クリスの語りは感情的であったし、文章として纏められていなかったし、時々記憶の混濁ゆえか時系列の前後すらあった。
不意に泣き出し、激怒してゼファーに八つ当たりに怒り、現実逃避も度々繰り返した。
それでも、ゼファーは根気よく聞き続けた。彼女を肯定する言葉も時に織り交ぜた。
「お前は悪くない」と何度でも言って、「なんでこんなことに」という嘆きに「運が悪かっただけだ」と繰り返した。
ゼファーの器用でない語りかけは何度もクリスの怒りを呼び、拳を何度も叩きつけられながらも繰り返し続け、それでも彼女の中で感情を消化できるように、過去を整理できるように、巡り合わせの悪さだけを原因にして、彼女が自己嫌悪や自己否定といった結論に至らないようにしていた。
過去語りに始まり、罵倒と罵声に変わり、最後には吐き出される弱音と後悔に終わる。
朝に始まり、昼を越え、夕方になって、話はようやく終わったようだ。
今度は話し疲れからかまた眠ってしまったクリスの手を握り、安心して寝付くまでの間傍に居てやるゼファーの姿は、似た髪色からしてまるで少女の兄のようだ。
ただ、薄紫がうっすらと混ざっている芸術品のようなクリスの髪と違い、ゼファーの髪は燃え尽きた後の灰のようにくすんでいるのだが。
「本当に、いつもの事だな」
話を聞き終えて、ありふれた話だとゼファーは思う。
どこにでもある、聞き飽きた話のマイナーチェンジ。
そんな感想しか浮かんで来なかった。
「優しい人はすぐに死ぬ」
なのに、目の前の少女を不憫に思っている。
普段の少年であれば、初対面の人間にここまで優しくはできない。
何かがズレている。何かがおかしい。
何かを、忘れている。
「つっ」
頭の片隅に走る痛み。それも一瞬のことで、痛みが走った後には直前の思考は消えていた。
何かを忘れていることに気付いたその思考を忘れる、その逃避。
それは両親の死を夢であってくれと願うクリスよりも、死そのものを忘れてしまっている分ずっとずっと情けなくて、弱々しい。
そんな自分を知ってか知らずか、少年は少女の頭をひと撫でしてから手を離し、部屋の外へと歩き出していった。
フィフス・ヴァンガードにまともな大人は一人も居ません