戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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危惧していた自体が発生、しばらく更新できないかもです
このためにトップスピードで進めるだけ進めようとしてたのですが、ちょっと無念
書ける状態なら本編の更新を四日以上空ける気はないので、そうなったら活動報告で何か書くかもしれないので時々見ておいてください


2

「ただいま戻りました」

 

「おっ、おかえりんこ」

 

「おかえりんこ?」

 

「……あー、まー、うん。おかえりって意味よん」

 

 

 夜中に二課に帰還したゼファーを、夜食を摘んでいた了子が迎えていた。

 了子は期待した返答が返って来なかったこと以上に、純朴な返答が返って来たことで下ネタを振ったことに多少自己嫌悪を感じている様子。

 ゼファーは二課の作戦発令所付きの人間と一緒に一課に赴き、ノイズの情報や研究データを共有しながら、対ノイズの戦術を話し合ってきたのだ。

 

 

「で、どうだったのかしら? 戦術は私の専門外だけど」

 

「すごい勉強になりました。特にダムを利用する発想なんて俺には全くなかったので……

 地上や空中に現れるノイズは水中では本領を発揮できないらしいんです。

 それを利用して限定的にダムを使い、足場を崩すという案がかなり詰められてました。

 ノイズは地面を透過できない以上、地面をぬかるみに出来れば動きを止められますから」

 

「一課も本当にポンポン作戦案を考えるわねえ」

 

「資料一式貰って来ました。置いておくので、暇な時にでもどうぞ」

 

 

 ゼファーが手にしていた二つのファイルの片方を机の上に置く。

 ファイルの中身は同じだ。知り合いに見せる分と自分の分で、二つ分貰って来たのだろう。

 そこでゼファーは、了子がめくっていた資料の正体に気が付いた。

 

 

「あ、それ……」

 

「そ、ゼファー君が色々集めてた資料ね。

 やー、やっぱ単調作業の効率は真面目で根性ある人間の方が早いわねえ。

 私こういうのすぐ飽きちゃうもの」

 

 

 ゼファーが調べ、今了子がめくっているのは『聖遺物が関わっている』という前提での、ノイズの出現データだ。

 ノイズの襲撃で行方が分からなくなった聖遺物。

 ノイズの襲撃で所在が分からなくなった聖遺物。

 それらはこれまで、ただの偶然で不幸にも失われてしまったのだと思われていた。

 特異認定災害の名の通り、ノイズは災害か害獣としてしか扱われていなかったからだ。

 

 だが、それも最近までの話。

 

 ノイズの裏に人の影が見え始めると、途端にそれらの案件が臭くなる。

 聖遺物は本当に、ノイズの自然発生で行方が分からなくなったのだろうか?

 実は人知れず、どこかの誰かの手に渡っているのではないだろうか?

 そんな前提が新たに生まれたことで、再度数々のノイズ事件が洗い直されていた。

 

 

「特にこの、最近皆神山で起こった聖遺物発掘チームの件は露骨です。

 生存者は子供二人だけ、遺跡は崩落……聖遺物もその残骸も発見されず。

 ノイズの出現を操れる人間が居るのなら、たぶんそういうことなんだと思います」

 

「そうねえ、たぶんそうなんじゃない?」

 

「た、たぶんですか」

 

「ごめんね、私あんまりそういうの興味ないのよ」

 

 

 思った以上に淡白な答えが返って来てゼファーは戸惑うも、了子は本当に興味が無さそうだ。

 研究者だからそういうこともあるか……と思いつつ、ゼファーは何か違和感を覚える。

 けれどその正体に辿り着く前に、そのほんの僅かな違和感は霧散してしまった。

 矢継ぎ早に了子が次の話題を振って来たからだ。

 

 

「そういえばバイクの練習してるって聞いたわよー?

 もしかしてウチで開発案が出てるバイクの話も聞いてるのかしら?」

 

「え? いえ、それは初耳です」

 

「以前から悪ノリ気味に計画が立てられてるのがあってね。

 シンフォギアの支援機として色々挙げられてる案の内の一つなの。

 なんと、シンフォギアと合体もできるのよ!」

 

「凄いのか凄くないのかものすごく反応に困りますね!」

 

 

 そこからバイクの話題になって、シンフォギアの開発状況の話になって、そこから適合者が足りていないという話になって、解決策の話になって。

 コロコロと変わる話題を繰り返す、今日もそんな日常があった。

 日常に紛れて溶ける、形にならない違和感がいくつもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四話:アヴェンジャーズは正義か悪か 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツバサに勝つためにはどうすればいいんでしょう」

 

「試合400戦全敗だっけ? 諦めたら?」

 

「バッサリ!?」

 

「なんでそんなに戦績開くかねえ。見たところ、そこまで極端に差があるとは思えないんだけど」

 

 

 その日も、ゼファーはオペレーター陣に茶を差し入れていた。

 誰にでもできる雑用というやつである。

 最近味覚のダメダメな部分をマイ温度計などで補い始めたゼファーのお茶は、二課の内部でちょっと評判であった。

 オペレーター陣に茶を差し入れ、邪魔をしないように壁際まで下がると、そこで背後から現れた甲斐名にお茶を要求され、淹れるゼファー。

 手持ち無沙汰な男と少年が、その後壁際でひたすら駄弁っていた。

 もっとも、少年の気軽な相談を甲斐名はバッサリ切り捨てたりしていたのだが。

 

 

「シンジさんに相談したら『相性が悪い』と言われまして」

 

「相性ねぇ。確かにお前ノーマルタイプっぽいし、あの子は格闘タイプっぽいや」

 

「はい?」

 

「いや、こっちの話」

 

 

 多少なり雑談を繰り返していると、皆ひと通り茶を飲み終わったようで、ゼファーが全員から湯呑みを回収していく。湯呑みを綺麗に洗って干すまでが茶の差し入れだ。

 司令室をゼファーが出て行くと、ちょうどよく甲斐名がここで待っていた理由も終わる。

 友里あおいが、甲斐名に紙の束を手渡していた。

 

 

「はい、どうぞ。甲斐名君」

 

「あざっす、友里さん。資料室に届けるのはいいんだけど、これどうしたんだい?」

 

「この施設セキュリティと構造見直しのことかしら?」

 

「そそ、櫻井先生が改善案出してたってとこまでは聞いてるんだけどさ。

 なんでまた実行が後回しに? またなんか上から難癖付けられたとか?」

 

「それも一つの理由ね。二課は使おうと思えば予算をほぼ無制限に使えるけど……

 やりすぎれば他の部署から睨まれて動きにくくなるわ。

 了子さんの大規模改築案は画期的だけど、予算を使い過ぎちゃうのね」

 

「なら、他の理由も?」

 

「薄くなったのよ、セキュリティ見直しの重要性がちょっとね」

 

「?」

 

 

 セキュリティ見直しの必要性が薄くなった、とはどういうことだろうか。

 甲斐名は首を傾げる。元より二課は、かなり厳重なセキュリティによって成り立っている。

 それが改善されるようなことが最近あっただろうか?

 少なくとも、甲斐名に心当たりはない。

 

 

「ほら、ゼファー君がオカルティックな能力に目覚めたじゃない?」

 

「ああ、あれで僕もあいつ向こう側に行っちゃったなあ……って思ったもんだよ」

 

「毎日翼ちゃんと膝つき合わせて試行錯誤してたらしいの」

 

「……あっ、うん、察した」

 

 

 ゼファーの直感は、聖遺物の放つ波形を周囲に放つレーダーのようなもの。

 時間軸や概念に対しても反響するが、その分曖昧な感度しか維持できていなかった。

 人間の位置はぼんやりとしか分からない。集中して使わないと精度はさらに下がる。

 加え、昔から親しい人間であるほど直感が働きにくく嘘が見抜きにくくなるという特性も残ったままであり、日常生活の中では二課の人間や友人が近くに居ても分からない。

 意図して集中し周囲を探れば、その限りではないが。

 結果、ゼファーが二課に居る時だけは、奇妙な現象が成立するようになった。

 

 

「二課に不審者が入ってきたら、それが分かるくらいにはなったらしいわ」

 

 

 まるでメガネのように、「それが体の一部である」と平時は感じつつも、意識すれば「そこにある」と自覚できる。ゼファーの感知網において、仲間はそんな存在になりつつあった。

 必然的に、『そうでない人間』は異様に浮いて感じ取れるようになる。

 ゼファーは二課本部に居る時のみ、二課と関わりのない人間が本部に侵入してきた場合、それを即座に感知できるようになっていた。それこそ、壁や床や天井越しであったとしても。

 

 感知したゼファーが司令部に連絡、壁の向こう側から奏の位置を把握しての奇襲連撃、そして奏を取り押さえて司令部に連絡。

 それらの三つの間が約数秒。

 あっという間の大捕り物の後、ゼファーは奏を拘束して駆け付けて来た天戸に引き渡した後、物干し竿をかけ直してパパっと洗濯物を干し終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある実験室を独房代わりに使い、その少女は拘束されていた。

 日本において普通は囚人相手にも使わないような拘束服で動きを制限されているのは、その少女が見目麗しい少女であると同時に、周囲の全てに噛み付こうとする野獣であったからだ。

 まるで、手負いの獣。

 研究班、前線部隊、エージェント。二課の十数名が今や彼女を見張っている。

 そんな十数人の中に、ゼファーの姿も、翼の姿も、弦十郎の姿もあった。

 

 

「天羽奏。14歳。皆神山の件でのたった二人の生き残りです」

 

 

 土場がオペレーターを代表し前に出て、弦十郎達に彼女の詳細な情報を告げていく。

 それがノイズ絡みの事件であったこと、皆神山の一件への注目度が上がって再調査がなされていたことから、天羽奏の境遇はかなり詳しく調べ上げられていた。

 それこそ、本人の心情以外はほぼ全て判明している、というくらいには。

 そしてその心情も、ここまで顕になっていれば調べるまでもない。

 

 

「離せッ! この拘束解きやがれッ! ぶっ飛ばすぞクソ野郎ッ!」

 

 

 目の下のクマは、彼女が例の事件から悪夢によりロクに寝れていないということがよく分かる。

 暴れ回ろうとするその凶暴性は、触れるもの皆傷付けるナイフのようだ。

 まさに手負いの獣。

 心の傷が、天羽奏を手が付けられないほどに凶暴な人間に変えている。

 かつての奏を知る人間が今の彼女を見れば、さぞ嘆くことだろう。

 

 

「お前ら、ノイズと戦ってるんだろ!

 あたしに力をよこせ! ノイズをぶち殺す武器をくれ!

 実験体だろうが試作品だろうがなんだって構わない!

 あたしに、この手で……ノイズをブチ殺させろッ!」

 

 

 クリスがかの過酷な環境と仕打ちから、両親への愛を愛憎へと変化させたように。

 甲斐名の父が愛を向けていた息子に、劣等感から悪意を愛の中から生み出したように。

 奏のノイズに対する憎悪の根底は、家族への愛にある。

 愛していたからこそ、大切に思っていたからこそ、その愛は反転し憎悪に変わる。

 

 家族の殺害から始まる憎悪、という意味ではクリスに近いかもしれない。

 クリスも争いと人を傷付けようとする意志、それを引き起こす戦いの力に対する憎悪を、家族と平穏を奪われた過去から生み出していた。

 二人に違うところがあるとすれば、クリスは押し付けられた争いという悲惨な境遇への反逆者であり、奏は親を殺したノイズへの復讐者ということか。

 クリスは『何かを』憎んでいる者であり、奏は『誰かを』憎んでいる者、であるのだろう。

 人の業とも言える曖昧な概念を憎む者と、人の天敵と言われる確固たる仇を憎む者。

 

 その憎悪は翼の肌にピリッとしたものを感じさせ、彼女を怯えさせる。

 了子の後ろに隠れた翼を奏が一瞬チラッと見て、興味なさげにすぐ視線を移す。

 その視線は大人達の中、悠然と立つ弦十郎に向けられた所で止まる。

 この一瞬で『この中で一番強い人間』と『この中で一番偉い人間』を、当人の雰囲気と周囲の人間の反応で見抜いたのだろう。野獣じみた恐るべき嗅覚だ。

 

 

「……ノイズのことは、俺達に任せてくれ。

 選りすぐりの優秀なメンバーに、最先端の技術と最高のスタッフを集めている。

 君の家族の仇は、俺達が取――」

 

「寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞオッサンッ!」

 

 

 弦十郎は膝をつき、椅子に拘束されている奏に目線を合わせるが、眼前に奏の歯が迫る。

 顔を少し引くだけでそれをかわすと、彼の目の前で歯がガチンと噛み合わされた。

 拘束されていなければ、いかな弦十郎といえど鼻先の皮くらいは噛み千切られていたかもしれない。そのくらいには本気に、奏は文字通りに弦十郎に噛み付いていた。

 文明人とは思えぬほどに、その少女は凶暴だった。

 

 

「あたしはノイズが死ねばそれでいいんじゃねえ!

 ノイズが滅びればそれでいいんじゃねえんだよ!

 あたしが、あたしの手で、あたしの意志で、あたしの望むままぶっ殺してえんだよ!

 『ざまあみろ』と言いながら、この手で一匹残らず地獄に送ってやりてえんだよッ!」

 

 

 その根底にあるのは憎悪。彼女からかつての優しさや寛容さを奪ってしまうほどに、その黒い炎は彼女を胸の内から焼いている。

 その炎は、烈火の如き怒りと共にあった。

 

 

「家族の仇を取って欲しいんじゃなくて、家族の仇を取りてえんだよッ!」

 

「―――」

 

 

 何を犠牲にしても成し遂げてやるという、覚悟と裏表の殺意。

 そう、『覚悟』だ。そして『歪んだ夢』でもあった。

 ここに来て弦十郎の心中に、僅かな迷いが生じてしまう。

 弦十郎は奏をなんとしてでも説得し、平和な世界に戻してやるつもりだった。

 だが、目を合わせてすぐに分かってしまった。

 この少女は今はどうやっても、平和な世界を自分の居場所とすることが出来ないのだと。

 そして復讐という醜いものであっても、これは彼女の本気の思いであるのだと。

 分かってしまえば、弦十郎は迷う。

 

 その本気の思いを踏み躙ってまで「その子のために」を貫くことが、本当に正しいのかと。

 

 

(……この子は……だが、しかし……)

 

 

 例えば、子供の夢を「その子のために」「その職業だとお金で苦労するかもしれないから」「成功する保証がない」と否定することは簡単だろう。

 ただ、それは本当に間違いなく正しいことなのだろうか?

 無論、今話されている復讐のことと完全に同一に語れることではない。

 けれど似通う部分もあるはずだ。

 その子のためを思って、その子の本気の思いを踏み躙るのだから。

 

 風鳴弦十郎は迷う。

 大人として、子供が地獄に落ちるのをみすみす見過ごしていいのだろうか?

 一人の人間として、この覚悟を踏み躙っていいのだろうか?

 修羅道の果てに、この子が死ぬかもしれないのに? それも、自分がそれを許したせいで。

 復讐を止め、この子を突き放すことが本当に正しいのだろうか?

 正解などどこにもなく、思考停止して「常識的な選択」に甘えることすらも許されない。

 

 天羽奏の生きる目的は今、復讐しか存在しない。

 それを与えなければ、絶望して命を断ってしまう可能性すらある。

 仮定ではあるが、弦十郎達達が彼女に戦う力を与えなければ、彼女は最悪その果てに素手でもノイズに立ち向かい、復讐のために死んで行くだろう。

 そんな悲劇を確信させるだけの熱と憎悪を孕んだ黒い炎が、彼女の瞳の奥で燃えていた。

 

 人知れず、翼は迷う弦十郎の姿に衝撃を受けていた。

 彼女は「復讐なんて不毛なことを」と思っていたし、弦十郎がそれを理由に天羽奏を止めるだろうと思っていたし、現に弦十郎は直前までそう考えていた。

 なのに今、弦十郎は迷っている。

 何故迷うのか、弦十郎がここで奏の復讐を否定した後の未来を想像できない翼には、まるで理解ができなかった。

 そして、その最後の一押しは意外な所からやって来る。

 

 一歩踏み出した少年が、弦十郎の横に並び立つ。

 身長差から大人を見上げる形になる、そんなゼファーを弦十郎と奏が同時に見やる。

 ゼファーはどこか思いつめたような顔で、表層から心奥の感情が読み取れない表情で、けれど何か深く考えているかのような様子で、弦十郎に訴えかける。

 

 

「たとえ、復讐であっても」

 

 

 この場でただ一人だけ、ゼファーだけが、天羽奏の復讐を肯定する。

 

 

「彼女に生きる理由をあげてください」

 

 

 弦十郎は目を白黒させるも、すぐにそれも当然かと思い至る。

 最初から結論など決まっていた。

 何が正しいのか、それは分からない。けれど、どうするべきかだけは決まりきっていた。

 既に弦十郎は、復讐心で立つ子供に対し、過去に一つの選択を選び取っていたのだから。

 

 

「……そうだな」

 

 

 風鳴弦十郎は決断する。

 復讐のため戦いの場に向かう彼女に、戦場で生き抜く力を与えよう……と。

 いつか、復讐以外の道を見つけてくれるその日まで、生き抜ける力を……と。

 復讐に依って立っても、いつか復讐以外の理由で子供は歩いていけるのだと、彼は知っていたから。その過程を、すぐ近くで見ていたから。

 

 

「地獄に落ちる覚悟はあるか、天羽奏くん」

 

「あいつらを皆殺せるのなら……あたしは進んで地獄に落ちる!」

 

 

 最後に彼女の曲がらぬ意思を聞き、弦十郎は強く歯を噛み、現実の無常さを嘆き、そして彼女の復讐を受け入れた。

 その復讐を否定し、彼女を一人にするという選択を投げ捨てた。

 奏の頭を優しく撫で、優しく抱きしめる。

 

 

「わ、な、何すんだよオッサン……」

 

 

 奏は戸惑うも、先ほどのように暴れる様子は見せない。

 それは彼があまりにも優しく奏を抱きしめたからか、他人から伝わる体温の懐かしさがあまりにも体に欠乏していて、それを心のどこかで求めていたからなのか。

 あるいは、弦十郎が泣きそうなくらいに悲しげな顔をしていたからか。

 己を抱きしめる弦十郎に、父を重ねたという可能性もあるかもしれない。

 

 

「平凡な暮らしを選択してもいい。復讐するなら止めはしない。人を守るなら力を貸そう。

 君が最終的に幸せになれるのならどれを選んだって構わない。

 君が未来を自由に選ぶ権利は、俺が死んでも守ってみせよう」

 

 

 彼が願うのは、子供の幸せ。子供が笑顔のまま大人になれる未来。

 

 

「だからこれからは大人(おれたち)を頼れ。君はもう、ひとりじゃないんだ」

 

 

 少女を抱きしめる彼は、これまでもこれからも、ずっと変わることはない。

 きっと、ゼファー、翼、奏が大人になるその日まで、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは二課に、心の病人として運ばれてきた。

 しかし奏は要注意監視対象として扱われることとなる。

 まあ二課に不法侵入した経緯、本人の狂犬のような精神状態からすれば当然の対応なのだが。

 二課は機密だらけなので、「ノイズに復讐する力をやろう」なんて餌でも用意すれば、ホイホイ釣られて内部構造その他をペラペラ喋ってしまいそうな人物は、かなりの要注意対象なのだ。

 

 

「じゃ、今日からよろしく」

 

「あたしによろしくする気はない」

 

 

 そこで複数人のお目付け役が抜擢される。その中の一人が、ゼファーだった。

 何しろ直感があるし、戦闘力もそれなりに高い。

 全体を俯瞰してみると付け入る隙が少ないというのも大きい。

 それに何より、弦十郎がゼファーを強く推薦した。

 

 彼が何をゼファーに期待したのかは分からない。

 悪影響があるかもしれないのに彼にやらせる必要はない、と反対したものも居た。

 けれどゼファーは、弦十郎を信じて首を縦に振る。

 そこに何かの意味があると、最良の結末に繋がると信じているからだ。

 そのために、自分にできることがあるのだと分かったからだ。

 だから今、ゼファーは奏に与えられた一室で彼女と向かい合っている。

 

 

「じゃあ、ここで暮らすために守らないといけないルールを説明するな。まずは――」

 

 

 そこから、二課本部での奏の生活が始まった。

 彼女は一室から一室へ移動する際は目隠しをされる。

 最初だけの処遇だとゼファーは彼女に誠心誠意伝えたが、彼女はまるで信じていなかった。

 

 ある日は精密な身体検査をした。

 それがシンフォギアの適性検査も兼ねていると彼女は聞くやいなや、獣の如く飛びついた。

 適正を測るだけだというのに、彼女は異様な笑みで口角を吊り上げる。

 そこに恐ろしげな何かを感じ、不信を抱く者は多かった。

 

 ある日はトレーニングルームに訪れた。

 トレーニングルームに案内させたゼファーを尻目に、シンフォギアの扱いに身体能力と鍛錬が必要なのだと聞いていた奏は、殺人的なトレーニングを開始した。

 それこそ、ゼファーがこなしている量以上の、普通の人間には無茶な量を。

 鍛錬の果てに彼女は気絶し、ゼファーが医務室に運んだのだと聞けばその凄絶さが分かるだろうか。骨が折れそうな筋トレ、果てに酸欠で意識が飛んだ持久走。

 生き急いでいるのか死に急いでいるのか分からない在り方が、いっそう周囲の反応を悪くする。

 

 そんな奏をゼファーは監視役として支え、好意的に話し、彼女が問えば機密以外は答え、望めば許可されている範囲の場所ならばどこにでも連れて行った。

 そんな彼女とゼファー、もっと言えば天羽奏を、影から翼が覗く。

 そんな子供達を弦十郎やその他の大人達が、時に不安そうに時に難しそうな顔で見守っている。

 そんな日々が、一週間は続いただろうか。

 

 

「じゃ、今日もよろしく。カナデさん」

 

「……」

 

 

 ゼファーも奏とずいぶん分かり合った……なんてことは全くないが、不変ということもなく。

 少なくとも、朝の挨拶に対して皮肉や悪口雑言が返って来ることはなくなった。

 奏も荒れてはいるものの、その下地には変わらず人に好かれる性格がある。

 そして大抵の人間は、自分に無条件に好意を向けてくれる人間を無下にはできない。

 悪人であろうとそうそう嫌いにはならないのがゼファーという人間だ。

 二課での日々の中、一番話している相手がゼファーというのもあって、奏の態度は随分マシになったように見える。朝の挨拶が無言と視線の返答に変わっていたからだ。

 ……それを改善と思えるのはゼファーだけじゃないか、というのは置いておいて。

 

 

「はい、これ今日の食事……」

 

「いつか聞こうと思ってたけど、あたしは今日聞くことにした」

 

「え?」

 

「なんでお前、あの時あたしの擁護をした?

 ああ、いや、違うな……なんでお前みたいな性格の奴が、あたしの復讐を肯定した?」

 

 

 ゼファーがデスクの上に置いた食事のトレーに目もくれず、奏はゼファーに問いかけた。

 その目からはあらゆる虚偽を許さない、という意志が伝わってくる。

 下手な誤魔化しは意味が無いし、してはならないと、そうゼファーは思った。

 

 

「……同じだと、そう思ったから」

 

「同じ?」

 

「俺も憎くて憎くて仕方ない奴が居て、復讐したいと思ってた人間だから」

 

 

 ゼファーは自分の人生の一部を語った。

 大好きだった人の思い出と、その大好きな人を殺した憎い仇との最後の戦いを。

 愛があればこそ生まれた、復讐という憎悪の始まりを。

 ゼファーは奏の気持ちが分かる気がした。

 彼女は自分の気持ちを分かってくれると、そう思っていた。

 彼らは同じく失い、嘆き、憎み、怒っていた人間だったから。

 

 

「……」

 

 

 奏は彼の話を、目を閉じて俯いて聞いている。

 話は終わり、ゼファーは彼女に語りかけた。

 ゼファーが彼女に抱いているのは親近感、共感、同族意識。

 

 

「俺と同じだと思ったから、だから――」

 

 

 けれどそれを、奏が同じように彼に対して抱くとは限らない。

 本質的な意味で人が完全に同じであることも、同じ不幸を経験することもない。

 幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある、と言われるように、不幸を『同じ』にされることに、人は強い不快感を覚えるものだ。

 

 天羽奏は、恐ろしい形相でゼファーの襟首を掴み、突き飛ばすように壁に叩き付けた。

 

 

「お前とあたしを同じにするなッ!」

 

「――あ」

 

 

 この場は、奏の境遇に無意識下でクリスを重ね、その憎悪に自分がかつて抱いた憎悪を重ね、人は皆共感し分かり合えるという主義主張を持つゼファーという少年の人間性が、完全に裏目に出た形となった。

 いや、そうではない。

 ゼファーは変わった。自分で自覚できないくらいに、大きく変わった。

 周囲の友に、周囲の大人に促され、何度も奮起して前に進んだ。

 それがゼファー本人よりも、外野の奏の方がよく見えた……それが、根本的な原因なのだろう。

 

 

「お前、大切な人が殺されて『憎い』より『悲しい』の方がデカい奴だろ?

 ぶっ殺してやる、より先になんでこんなことに、って嘆く奴だろ?

 目ぇ見て、話して、こうして本音聞けば嫌でも分かるってんだよ!」

 

 

 それは英雄の資質の有無。

 大切な人が死に、それで俯いたまま独力で立ち上がれない人間は英雄にはなれない。

 喪失を味わいながらも戦い続けてこそ英雄だ。

 ゼファーも後付けであるが、それを技能として会得していることからも、大切な人の死に跪かない能力は英雄に必須であることが分かる。

 その点、奏は資質十分であった。

 

 彼女は家族の死を悲しんでいる。

 家族への愛も誰よりも深かった。

 なのにその死に跪くことはなく、仇を討つために全身全霊を賭している。

 何があろうとも戦い続けられるその心の在り方は、生粋の戦士のそれだ。

 

 もしも翼が大切な人を失えば、何年もそれを引きずったままでいるに違いない。

 ゼファーが大切な人を失えば、表には出ないが一生忘れず引きずり続けるだろう。

 大抵の人間は、その悲しみを時間の流れで薄れさせることで乗り越える。

 即座に乗り越えられる奏のような資質の持ち主は、そうそう居やしない。

 

 

「お前は悲劇を見て、憎い奴を殺したい、とは考え続けてない。

 もう二度と失いたくない、って『次』に向かった奴だろ……?

 憎しみより悲しみがデカいから、仇を討つことが次第に後回しになってんだろ?」

 

「だって、そうして『次』をちゃんと見ないと、守――」

 

「あたしらが守れなかった人達に、『次』なんてないだろッ!」

 

「―――」

 

「てめえはそうやって『次の大切な人』でも作ってろ!

 だがあたしにはそんなのはごめんだね!

 家族の代わりなんてありえないし、家族に『次』も代わりもないッ!

 お前なんかとあたしを一緒にするなッ!」

 

 

 そう言われれば、ゼファーは返す言葉がない。

 前を向いている今のゼファーに、かつて後ろを向いていた時のゼファーの在り方が、憎しみ以外の何もなかった頃の自身の言葉が、それで立っていた頃の言葉がそのまま返って来る。

 奏の言葉に、目に、滲み出る雰囲気に、複雑に混ざり合う感情が表出する。

 それは憎しみを乗り越え、既にその先に進んだ人間への奏の想い。

 

 憎しみを乗り越えた? 仇への復讐に全てを懸けずに日和った?

 奏の目には、ゼファーはそのどちらに見えているのだろうか?

 あるいは、そのどちらにも見えているのかもしれない。

 

 

「お前、もうとっくに復讐者じゃないだろうがッ!」

 

 

 劣等感、怒り、自虐、後悔、悲嘆、憧憬、侮蔑。

 家族を殺された復讐者としての天羽奏、憎しみがなくなれば悲しみで立っていられなくなるかもしれない天羽奏、家族が居た頃の明るい天羽奏。

 それらが、叫ぶ彼女の表情の中に見え隠れする。

 

 

「お前なんかと、あたしを一緒にするなッ!

 あたしなんかと、お前を一緒にするなッ!

 比べたら、ひどくみじめだろうがッ……!」

 

「―――っ」

 

 

 もはやどちらがどちらを責めているのかも分からない。

 奏は怒っている。ゼファーは怒られている。

 けれど二人は互いに悲惨な表情を浮かべていて、互いが互いの傷を抉り合っている。

 まるで、傷付いた後歪んで治った傷口を抉り取るかのように。

 二人の関係はどこまでも痛みを伴っている。

 それがどう転ぶかなんて、今の二人の頭の中に残っているはずがなかった。

 

 

「同じに、するなっ……」

 

「……ごめん、なさい」

 

 

 奏も、ゼファーも、「自分の方が不幸だった」とは言わない。

 奏はそれを言って、復讐に全てを注いでいないゼファーを罵倒しようとする自分の口を噤んだ。

 ゼファーもそう言われたとしても、不幸比べには絶対に乗らなかっただろう。

 二人は共に、それがどんなに不毛であるか分かっていたから。

 『自分の不幸を大したことがないと見下される』ということが、どれほど耐え難い侮辱であるか想像できるくらいには、優しい人間だったから。

 互いに何かを失った人間。奪われた人間。

 それは初めて目を合わせた瞬間から分かりきっていたこと。

 だから、互いの痛みだけは、本当に痛いくらいに理解できていたのだ。

 ただ、その先に至る場所が違うというだけで。

 

 だから本当は、二人はどこかが同じだった。

 

 

「そこまでにしときな、もう十分だろう」

 

 

 そこに入るインターセプト。

 互いの痛みが分かるくせに互いの傷を抉り合う二人の間に割って入る影。

 その人影は太っちょだった。

 それこそ、絵に描いたような食堂のおばちゃんといった風体で。

 

 

「なんだ、アンタ」

 

「なんだとは言い草だね。毎日誰が作った飯を食ってると思ってたのさ」

 

「絵倉さん……」

 

 

 なんてことはない。

 ゼファーは奏の寂しさを埋めるため、色んな事をしていた。

 漫画を持ってきたり、話しかけたり、周囲の大人に彼女の態度の弁明をしたり。

 そうして今日は、食事を一緒に摂ろうとしていたのだ。

 結局、本人の望まぬ形で地雷を踏んでしまったが。

 

 今日の朝食のメニューは二人分を一人で運ぶのは難しかった。

 そこで、絵倉に食事を運ぶのを手伝ってもらっていたのだ。

 彼女はずっと部屋の外に居た。ずっと会話を聞いていた。奏の境遇も知っている。

 だからこそ、会話の流れで蔑ろにされた一つの気持ちを軽んじることはできなかった。

 

 絵倉に問えば、どちらの味方でもないという返答が返って来るだろう。

 彼女が味方をしたのは、ゼファーの初志だ。

 寂しい誰かの隣にいてあげたいという、子供の他意なき優しさに彼女は味方した。

 ゆえに自分の子にそうするように、今日彼女は奏を叱る。

 

 

「あんたの気持ちも分からんでもないけどね、先に手を上げたらその時点で負けだよ」

 

「……ッ! あたしの気持ちが他人に分かってたまるか!

 まして、何にも知らないようなあんたなんかにッ!」

 

 

 呆れた顔を見せる絵倉に対し、奏は狂犬の如く吠える。

 それは気持ち、ゼファーに対してよりも数倍大きな敵意が込められているように見えた。

 だが、絵倉はどこ吹く風だ。

 女を捨て切った所作で、小指を使い耳クソをほじくっている。

 

 

「『私の気持ちは誰にも分からない』とか、思春期のガキは誰だって言ってるっての」

 

「……ん、だ、とぉッ!?」

 

「アホなのかしらん?確かにあんたの気持ちはあんただけのものさ。

 その復讐心も、キレてる気持ちも、悲しい気持ちもねぇ。

 が、そんな特別は誰だってそうなんだよ。誰だって自分だけの特別な気持ちを持ってる。

 この世界の誰もが自分だけの気持ちを持ってて、アンタは最近までそれに気付いてなかった。

 ただそんだけの話だよ、中坊」

 

「―――」

 

 

 溢れ出る絵倉のオカンオーラと有無を言わせぬ迫力、バッサリ切り捨てる言葉。

 微塵も悲痛さと同情の様子を奏に対し全く見せていない。

 それでいて冷たさを全く感じさせていないというおかしな状態。

 あらゆる悲劇や逆境、悩みや甘えをバッサリと切り捨ててケツを蹴り上げる、原初のオカンとでも言うべき女性の形だ。とても分かりやすい母性の発揮、とも言える。

 

 

「この世界は70億の特別で溢れてる。あんたはそん中の一人でしかないんだよ」

 

「ん、な」

 

「70億もいればあんたとキャラ被りしてる奴だって居るさ。

 あんたの気持ちは知らないが、あんたと同じ目をした奴の愚痴なら何十回と聞いてきた。

 アタクシがそいつらの人生語ってやろうか?

 借金、托卵、浮気、詐欺、そういうのが絡んで破滅した奴の人生ってやつをね」

 

 

 不幸比べに意味は無い。不幸には本質的に上下はない。

 だから、自分の不幸を他の不幸に見下されると、人は激昂する。

 不幸な人間の大半は「自分が世界一不幸なんだ」と思い込んでいるからだ。

 そしてその不幸を解消しない限り、その人間は絶対に幸福になれやしない。

 絵倉が同じ目をしている、と言ったのはそういうことだった。

 彼女が奏に対し畳み掛けるように言葉をぶつけているのは、少なからず天羽奏という少女が、いつかどこかで幸せになることを望んでいるからだ。

 そのきっかけとなるであろう少年の善意を、無かった事にする気がないからだ。

 

 絵倉はずっと、誰かと対面しながら食事を作り続けてきた。

 幼少期は家族に、成人してからは居酒屋で、結婚し子も生まれた今は二課の食堂で、ずっとずっと誰かの人生の愚痴を聞きながら、ありふれた不幸を食事で慰めてきた。

 料理こそが彼女の銃弾。

 少女がシンフォギアでノイズに抗うのなら、食を用いて不幸に抗うのが彼女の戦い。

 美味いものが現実に抗うエネルギーとなるのだと、彼女はよく知っている。

 

 

「そんなやつらと一緒にするな、とあんたは言う」

 

「そんなやつらと一緒にッ……あ」

 

「同じ気持ちにはなれなくても、気持ちは分かってもらえるもんだよ。

 あんたが心を閉ざして、周りの人間を突き放さない限りはね」

 

 

 絵倉が背中に庇っていたゼファーに持っていた食事のトレーを渡し、「こっからは自力で頑張りな」と言わんばかりにその背中を叩く。

 そしてデスクの上のゼファーが持ってきた方のトレーを奏に押し付け、部屋のドアを開いた。

 嵐のように現れて、嵐のように去って行こうとする。

 

 

「ホラ、さっさと飯食いなアンタ達。

 飯食って、寝て、映画でも見てれば誰だって自然と健全になるもんだ。

 冷めたら不味いし、片付けにも時間ってもんは必要なんだよ」

 

 

 そう言って、親指を立てて部屋を出て行った。

 まるで子供の悩みを無神経に無遠慮にぶっ飛ばし、子供の秘密や抱えている問題だらけの部屋を勝手に片付け、何でもかんでもバッサリ断じるおばちゃん的オカンのように。

 オカンに限らず親とは総じて、無神経なことはあれども無責任さを混じらない。

 ただ、『子供に何が必要か』をよく分かっている。

 

 

「食べよっか、カナデさん」

 

「……」

 

 

 ゼファーには、部屋を出てすぐの所で壁に背中を預けている絵倉の存在が感じられている。

 彼女が助け舟を出してくれたことに気付けないゼファーではない。

 これ以上彼女に情けないところは見せられないと、彼は強く奮い立った。

 

 

「……美味いな」

 

 

 ポツリと、奏が呟く。

 楽しさを感じられない苦しい時でも。

 嬉しさを感じられない悲しい時でも。

 喜びを感じられない悩んでいる時でも。

 美味しいものを食べれば、美味しいと感じるものだ。

 

 美味しいという気持ちは上向きの気持ち。

 その人の気持ちがどんなに下を向いていようと、その気持ちを上に向けてくれる。

 美味い食事が人の心を明るくさせるということは、そういうことだ。

 人の心と体を巡るエネルギーは、元を辿れば食から得るものなのだから。

 

 

「カナデさん」

 

「……」

 

「きっと今、俺とカナデさんの感じてる『美味しい』は、同じだと思うんだ」

 

「……」

 

「今だけは、カナデさんは俺の気持ちが分かる。

 今だけは、俺はカナデさんの気持ちが分かる。

 今だけは、きっと同じ気持ちで居られてると思うんだ」

 

 

 美味しい食事を美味しいと思う気持ちは、きっと皆同じだ。

 奏は自分の気持ちは誰にも分からない、と言う。

 ゼファーは奏に強烈に拒否されても、分かり合おうとする姿勢をやめない。

 傷を抉り合いながらも、二人は自分の道から外れようとしない。

 

 

「それでも、俺達は……互いの気持ちが分からないのかな?」

 

「……」

 

 

 奏はその言葉を否定しなかった。肯定もしなかった。

 ただその言葉を耳にしながらも、彼に何の言葉も返さない。

 その言葉は奏の心に響いていないのか? いや、そうではない。

 復讐一色に染まっていた奏の横顔に、数え切れないくらいの複雑な感情が混じる。

 

 手負いの獣は、自分と同じく手負いでありながらも牙を剥かない同族を見る。

 何が正しいのか。何が正しくないのか。そんなことは奏には分からない。

 けれど正しさなんてどうでもいいと、そう考えて復讐に身を投じたはずだった。

 それを成し遂げられるなら他のことはどうでもいいと、そう割り切ったはずだった。

 

 なのに、自分が今居る場所から別の道を進んだ少年が見えた。見えてしまった。

 人との触れ合いと経過していく時間が、憎悪をヤスリで削るように目減りさせて行くのが感じられ、それがまるで自分の薄情さを証明しているようで苛立ち、それが心中に注がれることで足りなくなった分の憎悪の隙間を埋める。

 彼女は恐れていた。

 この憎悪が薄れることが、家族への愛を否定することに繋がっているようで。

 憎悪が薄れ、彼のように復讐よりも優先する何かを見付けてしまうことが恐ろしかった。

 

 ゼファーはいつからか、復讐のため強くなろうとする気持ちより、守るために強くなろうとする気持ちの方が大きくなっていた。彼はあの日に、自分から全てを奪った者に対する憎しみよりも、大切なものが全て失われた痛みと悲しみを強く感じ取った。

 本質的に、彼は憎む者ではなく喪失を恐れるものである。

 大切なものを新たに得られたならば、この帰結は当然だった。

 

 ゆえに、奏は「そうはなりたくない」と思う。

 彼と自分が同じであるということを、異様なまでに拒絶する。

 ゼファーの気持ちを分かりたくないと、共感したくないと、そう思う。

 分かり合いたい少年と、分かり合いたくない少女は噛み合わない。

 

 彼と彼女はアヴェンジャー。

 

 アヴェンジャーとは復讐者、報復者の意。

 転じて罪なき人々への加害に対する正義の報復者、つまり正義の味方をも指す。

 悪に対する復讐者、悪を許さぬ在り方は、いつかどこかで正義に繋がるものだ。

 その者が、優しさを持ち続ける限り。

 

 さて、天羽奏はどうなのか。

 その答えは神のみぞ知り、しかしてこの世界に神は居ない。

 




アメコミヒーローズ、アべンジャーズの名の意味を初めて知った時は唸ったものです

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