戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
十五話は前編後編二話でダイジェスト気味ですがシンフォギア的なトンデモストーリーがあったのだと想像補完お願いします
十九話から四章予定
天羽奏をどう扱うか。
特異災害対策機動部二課は、治安維持機関と研究機関の二側面を持ち、かつそこに所属している大人達が妙に人情家なせいで、人道優先と国家機密保持第一という二側面をも持っている。
大人達が自主的に業務時間外で集まり、話し合うこともザラだった。
そんな中に、子供ながらも混ざるゼファー。
奏とよく話していて、年齢不相応に大人びている彼の意見は、最優先されるほどではないがそこそこに重んじられていた。
ゼファーは、大人達の前でも毅然とした姿勢でこう主張する。
「時間が解決してくれるかは分かりません。
しかし、解決するには時間が必要だと思います」
周囲の大人達はゼファーが現在の奏のように少し病んでいたように見えた時期のゼファーを覚えているし、そこから復帰するまでの半年の軌跡をずっと見守ってきた。
ドキュメンタリーでは難病から厳しいリハビリを経て這い上がった先人が、同じ難病にかかった人を励ますという番組がたびたびあるが、それと似たようなものであるとも言える。
ゼファーの言葉には、彼の人生に相応の説得力が宿っていた。
少年の主張に頷く二課の中核メンバーの面々の顔を見て、弦十郎は立ち上がる。
「よし、なら決を採ろう。
二課内部の重要区画を除いた一般区画全てにおける、天羽奏の立ち入りを許可するか否か」
誰がどう見たって賛成多数なことが一目で分かる、というか全員が手を上げてるので数を数えるまでもないという問答無用の多数決。
最近大人しくなってきた奏を、ちょっと回りくどい形ではあるが二課の正式な仲間として受け入れようと思う、二課の寛容な大人達。
笑えることに、見えてるリスクなんてガン無視で、子供を信じようとする大人達ばかりだった。
「よし! だが正直まだ何をやらかすか不安だ、ちゃんと見張っておけよゼファー!」
「すみません、最近『このスケベ野郎』って言われてからなんかやりづらいです……
異性なのに基本的に付きっきりってやっぱ、問題があるといいますか、なんというか」
「そうか、ウィンチェスター君はスケベか」
「いやだって、この年頃の男子は皆スケベでしょ」
「見張りにかこつけてスケベか。いやはや、性欲なさそうなツラしてやることはやってたか」
「あの、すみません、やめてください、ホントに!」
第十五話:血も涙も、
給湯室。
二課のお茶、コーヒー、カップラーメン、ペヤングの全てを支えるお湯の源である。
長らく「なんかこの電気ポット内側に白いのが一杯こびり付いてるな」と言われるほどに適当に扱われていた場所であったが、ゼファーが本を借りてきて色々と試行錯誤と四苦八苦を重ね、何度も使っていく内に、次第に小綺麗な場所となっていった。
電気ポットの内側の掃除と、コンロ周りの油汚れの掃除に関してのスキルをここでゼファーが身に付けた話は、どうでもいいので割愛する。
「……」
「と、いうわけでカナデさん。茶葉はここに……カナデさん?」
「……なんであたし、こんなことしてんだろうな……
メイド服着て、お茶の淹れ方聞いて……ははっ……」
「……土場さんと賭けして負けたからだろ。
勝ったら口利きしてくれるって約束で、負けたら一日メイド服で給仕してろって条件で」
「ド畜生! シンフォギアゲットに焦りすぎた!」
ガン、と給湯室の壁を蹴る奏。
怒りの表情で隠してはいるが、相当痛かったのだろう、痛みをこらえている様子をゼファーはきっちり見逃さなかった。
意外と可愛い人だなぁ、と思いつつ、茶葉の入れ物の蓋をきゅぽんと開ける。
「ほら、重いポットは俺が持つからそっちのケース持って。
向こうで適当なコンセントにポット繋いでから、緑茶とコーヒーと紅茶入れるから。
誰がどれを好きかっていうのはおいおい覚えて―――」
「何? お前ここで雇われ家政婦でもやってんの?」
「料理がダメダメだから、家政婦は無理だ」
「いやそういうこと言ってんじゃねーよ」
最初に会った時、最初に戦った時に物干し竿でぶっ飛ばされた記憶を奏は思い出す。
着せられたメイド服のひらひらを摘んでじっと見て、次に今シフトに入っている二課メンバー全員の好みを把握して茶やコーヒーを用意しているゼファーを見て、最後に微妙な顔で天井を見上げ奏は溜め息を吐くのだった。
ゼファーと翼は文句なしに仲がいい。
ゼファーは奏が二課で一番よく話す相手だ。
ならば翼と奏はというと、仲がいいとも悪いとも言いがたい。
険悪だった二人の仲は、一度本音でぶつかり合った後いくばくかの時間が流れたことで、なつく翼とつっけんどんな奏という奇妙な関係を構成するに至っていた。
年下のなついてくる女の子を無下にできない姉体質な奏、同年代の同性の友達に飢えていた翼の関係は奇妙ではあるが、そう悪いものではないように見える。
例えば暇だからと二人でぶらぶらしてる最中に、廊下の掃除をしていた二人の共通の友人を見付け、その掃除を物陰から一緒に観察したりするくらいの仲ではあった。
ささっと箒で掃くゼファー、物陰から覗く翼と奏という構図。
「いや、やっぱ家政婦だろアイツ」
「知らないの、奏? セガールという料理人は戦闘者としても一流だったそうよ。
家事や料理に戦闘者としての自分を鍛える要素があったとしても何ら不思議ではないわ」
「いや不思議だよ、不思議に決まってんだろ。つかアイツ料理ダメダメだろ、不味いだろ」
「不味いんじゃないの、雑なの……でもあれはあれで味があるでしょ?」
「そうだな、味が無いんじゃなくて雑な味があるんだもんな」
「……奏は意地悪だ」
ゼファーはT字の箒で廊下をさっささっさと掃いていく。
廊下を誰かが通ろうとするのを直感で察知すると、その人の目に触れないように「休憩を取っていました」的なポーズを取り、「掃除の邪魔をしてしまった」と相手に意識させないようにする。
そうやって気を使い、通り過ぎていく人に頭を下げて「お疲れ様です」と一言挨拶。
通りがかった二課職員は「頑張ってね」と微笑んで少年に手を振り、通り過ぎる。
そして物陰から覗いている少女二人に気が付いてギョッとし、通り過ぎていった。
「つまんねーな、ただ掃除してるのを見てるだけじゃねえか」
「違うわ奏、あれは立派な修行なのよ」
「は?」
「見なさい、ゼファーのあの動きは荒削りながらも無駄を極力削っているの」
その掃除は一見、なんでもない掃除に見える。
ただ、ずっと見ていればおかしい部分に気付ける。
彼はどんなに長く掃除を続けようと、一度たりとも自発的に休憩を取らないのだ。
そういう視点から見ると、徐々に変な所がいくつか見えてくる。
掃除をする際、人は背伸びだとか、廊下を見渡すとか、数秒の休憩を時々挟むものだ。
しかしゼファーのその掃除には、そういった細かな休憩も一切存在しなかった。
それは言うなれば、休憩も一休みも無しに数時間素振りを続けるようなもの。
掃除の職務を掃除のおばちゃんから任された時、頑張ろうと彼は決めた。
そして効率と定められた時間で行う掃除の量を増やすために、まずは動きの無駄を削り始めた。
更には身体を休める時間も無駄として削った。
よって、ゼファー・ウィンチェスターにおいては掃除ですら鍛練になりうる。
長時間の集中力の持続、常に最大効率の掃除の方法を追求する姿勢、自分の動きを客観的に分析して無駄を削るという過程の学習。
学ぶ気があれば、人間はどんなことからでも学んでいける。
ゼファーは戦いにおいても全力であり、そのための鍛錬にも全力である。
茶の入れ方を学ぶ時も全力で、掃除をするのにも全力だ。
なのに地の頭がよろしくないせいで、学習速度は人並み以下。
彼はいい意味でも悪い意味でも頭が悪い。昔から今に至っても、ずっとそうである。
「つまり、そういうことよ。奏も分かってくれた?」
「ああ、よく分かった。お前らがクソ真面目なだけのバカだってことがな」
「!?」
「ぶっちゃけ掃除にそんな懸命になる意味ってまるでなくね?」
そして学者夫婦の間に生まれた地味にインテリ家庭の長女である奏視点、脳筋どもの暑苦しすぎるノリは、つい正論を言ってしまうほどにバカバカしく見えた。
いや、ねーよと奏は言う。
いつの間にか、笑っている自分にも気付かずに。
ゼファーも二課に随分と馴染んできた。
学校がある翼と違い、鍛錬とシンフォギアを理解するための勉強だけをしている奏とも違い、基本的にずっと二課に居て皆の手伝いを続けているゼファーは、ある種家族のように二課の職員達に親しまれ、可愛がられていた。
ある者は息子のように、ある者は弟のように少年を見守っている。
「いいから捨ててきなさい!」
「大丈夫です、飼い方はバッチリ調べてきました。餌代も俺持ちで十分食わせて行けます」
「そうやって『ちゃんと飼うから』とかいうガキに限ってすぐ飽きるんだよ。
途中から大人に世話を任せるくらいなら最初から飼うのはやめよう、な?」
だからか、ゼファーが外で子犬を拾ってきた時はちょっとした騒ぎになった。
「いやいや、ガキにこういう流れで飼わせちゃダメでしょ」
「私個人としては飼わせてやりたいが、一応不潔にしてはいけない研究施設だからね」
「昔、知り合いが飼ってた青いおおか……雑種犬のせいで、犬にいい思い出ないのよ。ごめんね」
自分が子供の頃失敗した経験談ゆえか、反対の甲斐名。
施設の清潔性から消極的反対の土場。
昔が何年前のことなのか定かではないが、いい思い出がないと言って消極的反対の了子。
「ゼファーが飼いたいって言ってるなら、いいんじゃないでしょうか……?」
「構わん」
「『忍犬』と言いまして、ちゃんと仕込めばものになると思いますよ?」
「いいじゃねえか、男が決めたことなんだからよ」
「ゼファー君が居ない時は、希望者が手の空いた時に面倒を見てもいいと思いますね」
反対の大人も居るためか、消極的賛成の翼。
シンプル過ぎて清々しさすら感じる断言をする弦十郎。
合理的に利点を示すが、どこか何かがおかしい緒川。
まあなんとなるだろと楽観的な天戸。
実はちょっと子犬にメロメロになりかけているあおい。
「心っっっっっっっっ底どうでもいいわ!」
なお、奏のようにどうでもいいだろ派も居たりする。
二課メンバーは仕事をしつつ話し合いつつ、最終的には多数決。
賛成と反対の割合が大体上の通りの比率だったこと、二課のトップの弦十郎が認めたことで、ゼファーが拾ってきた子犬が彼の部屋で飼われることは決定された。
「絶対後で死なせて後悔すんだっての……」と最後まで反対していた甲斐名が、土場に肩をポンと叩かれ後に慰められていたとかいないとか。
勝利を勝ち取ったゼファーに、翼が楽しそうに話しかける。
「ねね、ゼファー、名前はもう決めてるの?」
「ハンペン」
「……え?」
「真っ白な子犬だから、ハンペン。あれ、なんか変かな?」
「……い、いいんじゃない?」
ゼファー、生き物へのネーミングセンスにも才無し確定。
引きつった翼の笑いと、遠方で大爆笑している奏の姿を見て、自分の付けた名前のどこが変かを必死に考えるゼファーは、歳相応のうろたえ方をしているように見えた。
そんな子供達を見つつ、多数決にも参加せずにゼファーの頼みを聞き、"子犬の手当て"をしていた了子が優しく微笑む。
「あらあら、そういえばあの子も、ネーミングセンスはまるでなかったわね……
ご主人様に感謝しなさいよ、子犬ちゃん。
三日飼うどころじゃない恩を、ゼファー君からあなたは貰ったんだから」
キュウン、と子犬は可愛らしく鳴く。
その下半身はグチャグチャで、了子の処置によりかろうじて形を保っている形だった。
運が良ければゆっくりと歩けるくらいには回復するかもしれない。
運が悪ければもう立ち上がれず、ほどなく死んでしまうだろう。
生も死も運次第。
おそらくは、この国で数え切れないほど発生している、車に轢かれた子犬の一匹。
ゼファーがこの子犬を拾ってきた理由を、聞かずとも了子は察していた。
「全く、人間だけじゃなくて犬まで見捨てられなくなっちゃうなんて。
またどこかで変な友達の影響でも受けてきたのかしらね、あの少年はもぅ」
捨て猫や川に流された犬を見過ごせない人種が居ることを了子は知っている。
そんな友達の真似をしているのだと思えば、ただでさえ微笑ましいこの一連の話の流れが、了子には余計に微笑ましいものに見えた。
ゼファーは奏にさんざん家政婦家政婦と言われてはいるがその実、能力的には戦場に出した方が活躍する少年である。
何しろ現在進行形で風鳴翼、天羽奏と武を競い、風鳴弦十郎や緒川慎次によって鍛えられている戦闘者なのだ。
聖遺物やノイズなどの存在を大雑把に感知するなんとなく直感レーダー、どんな厳しい戦場に放り込んでもしぶとく生き残り暴れ続ける戦闘能力、駒として尖ってはいないが非常に使いやすい。
そして、二課の外で仕事をする時は、大体天戸か甲斐名のどちらかと一緒だった。
天戸は前線担当。彼と共に出る時はノイズと戦う時、人々を避難させる時。
甲斐名は調査担当。彼と共に出る時は聖遺物を探す時。
どちらにおいてもゼファーはそこそこに役に立っていた。
社会の中で役目を果たし、社会の歯車になることを社会人経験と言うのなら、ゼファーは対ノイズ部隊という職に就いてからもう十年近い、社会人経験十年の人間であるとも言える。
年齢は中学生相当だが、それでいて新卒にありがちなミスが皆無という、かゆいところに手が届く人材であった。
ある日のこと。
甲斐名の所属するチームの聖遺物調査に、天戸や翼の私用が重なり、一緒に車で移動しようという運びとなった。
翼が聖遺物探索に興味があったこともあって、話はすぐに纏まったという。
最終的にゼファー、翼、天戸、緒川、甲斐名と甲斐名のチームがボックスカー数台に乗って目的地へと移動しようとする、そんな珍しい光景が出来上がるのだった。
「うわっ!? つ、ツバサ! 後ろに俺居るんだから椅子倒す時は一声くれ!」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
「翼嬢、翼嬢、なんで違う場所に手を伸ばしたのか知らんが、そこ引っ張っても椅子は戻ら――」
「げふっ」
「ああああああっ!」
「あっ、椅子が後ろにスライドしてゼファーが潰れた」
「あーあ言わんこっちゃない」
紆余曲折と謝罪と車の椅子の各機能についての指導などの諸々を終えて、テンパるとロクなことがないという教訓を得て、彼らは出立した。
車中で真面目にシートベルトを付けて座っているゼファーが、翼に問いかける。
「そういえば、ツバサ達は誰に会いに行くんだ?」
「お祖父様よ。あの辺りで隠居しているの」
「ツバサの祖父で、ゲンさんの父親か……なんか、凄そうだな」
「そうだよ、凄い人なの」
早朝に出て、昼過ぎに彼らが到着したその場所は、少し寂れた港町だった。
観光客も居ない、漁業や交易で発展しているわけでもない、なのに不思議と廃墟や田舎に似た雰囲気を微塵も匂わせていない、そんな場所。
知名度がそこまで高くなかった時代の知る人ぞ知る名地であった頃の『海の高山』を思わせる、そんな港町。
隠居地に選んだ人間のセンスと情報力が伺える、そんな場所だった。
「まずお祖父様に挨拶に行きましょう。ほら、いこ、ゼファー」
「あ、俺も連れて行かれる流れなんだ……」
家族に異性を紹介するという色気のあるシチュエーション。
そこに微粒子レベルの色気すら存在させないのは、二人が子供であるからか、それとも風鳴翼という存在そのものがそういった雰囲気を対消滅させているのかは、きっと神にも分からない。
「天戸さん、凄い屋敷ですね……」
「仮にも風鳴家の元当主だからな。
甲斐名や緒川も付いてくりゃあよかっただろうに」
「やることが多かったみたいですし、今日は仕方ないと考えましょう」
武家屋敷。
翼の祖父が居るという住居は、21世紀の地球上にまだこんなものが残っていたのかと見る者を驚愕させるほどに、武家屋敷だった。武家屋敷の中の武家屋敷だった。
ごく普通の人間であっても「その辺のふすまから侍が湧いて出てきそう」と思わず思ってしまうであろうほどに、武家屋敷だった。
ゼファー、翼、天戸の三人は、ゼファー以外は勝手知ったる我が家とばかりに一直線に進んで行く。
(そういえば、天戸さんは翼のお爺さんに世話になってたんだっけ。
で、ゲンさんに戦い方を教えたり、翼とは家族として接してたりもしてる人。
……俺は会ったこともないけど、人って皆こうやって薄っすらと繋がってるんだな……)
ゼファーにとっては赤の他人。
けれどゼファーにとっての大切な人達の多くが、大切に思っている人。
そう思うと、ゼファーは翼の祖父に会ってもいないのに、不思議な気持ちを抱いてしまう。
負の方向の感情の正反対であることは間違いないが、好意や親しみとはまた違う感情。
子供が父親の同僚に、親が我が子の友達に抱く気持ちに似た気持ち。
天戸がふすまを開き、その奥へと進むと、ゼファーと翼もその後に続いた。
「失礼します。お久しぶりです、風鳴訃堂
天戸が深々と頭を下げるその先に、ゼファーは老人の姿を見た。
それと同時に、居住まいを正す。否、正される。
老人はただそこに正座しているだけだった。
けれど、ただそこに座っているだけで、未熟な少年に「姿勢を正さなければ」と思わせるだけの雰囲気と覇気を纏い、そこに佇んでいたのだ。
有り体に言えば、この部屋に踏み込んだその瞬間から、ゼファー達三人はその老人の放つ空気に呑まれてしまっていた。
「お久しぶりです、お祖父様」
「初めまして、ゼファー・ウィン――」
ゼファーが名乗ろうとした、その瞬間。
訃堂が手にしていた竹の串が、三人の眼球に向けて一斉に投擲される。
老人とは思えぬ鋭い投擲、速度、威力。
天戸は座布団を大きく振って叩き落とした。
翼は人差し指と中指で静かに挟み止めた。
そしてゼファーは、投げられる前から顔を横に振り、余裕を持って回避した。
「ふむ、十分か」
(……え、なんで今串投げられたんだ危なっ)
全力ではない、ある程度加減されたのだと気付けたのは翼のみ。
攻撃というにはあまりにも生温く殺意がなかったからだ。
天戸が鈍っていないか、翼が成長しているか、孫娘に寄り付く悪い虫っぽいゼファーの力量を祖父心から計るため、それぞれ試そうとしたのだろう。
極めて荒っぽいが、事前に眼力か何かで一定の力量を見極めるなどの人外技を駆使していてもなんらおかしくはない。風鳴一族はそういう家系だ。
「
「貴様がただ修行不足なだけだ」
(しかもしょっちゅうやってるのかこれ……)
ゼファーの心臓は遅れて早鐘を打つが、不満げながらも困った表情の天戸、終始平然としている翼を見てなんとなく自分が間違っているような気がしてきて、慌てて首を振る。
周囲の空気に呑まれて「これはおかしい」という意識をぶん取られそうになりつつも、なんとか持ちこたえるゼファー。アウェイ感が半端ないようだ。
老人は天戸の近況報告、翼の近況報告を無言で聞き、結局全員が退室する時間になるまで、両手で数えられるほどしか言葉を発しなかった。
「
「今日はこれで失礼します、お祖父様」
「えと、失礼しました」
そして今日、この老人がゼファーに向けて言葉を向けたのは最後の最後のみ。
天戸が退室し、翼が退室し、最後にゼファーが部屋を出ようとしたその瞬間だった。
「少年」
「? あ、はい、なんでしょうか」
ここに来てから串だけぶつけられ、話しかけてくれもしなかった相手が話しかけてきたことに、思わずゼファーは身構える。
「あの子は、どうだ」
「……え?」
「友達の君の目から見て、翼は元気にやっているか」
そして、そんな必要はなかったのだと即座に理解した。
強面かもしれんない。厳格かもしれない。雰囲気が怖いかもしれない。
だが、それ以上に、風鳴訃堂と呼ばれたその老人は、孫が大好きな一人の祖父だった。
「はい、元気にやってます。
最近は同性の親しい友達と一緒に元気にやってることも多いですよ。
俺もしょっちゅう世話になってて、大事な友達です」
「……そうか」
そういう視点を手に入れた今のゼファーなら、見えなかったものも見えてくる。
今、厳格な雰囲気の下で少し安心したような表情を見せた老人の姿とか。
「引き止めてすまなかった。もう行って構わん」
「また来る機会があったら、翼の近況を分かりやすく話せるよう頭の中で纏めておきます」
「……子供が無駄に気を使うな。まったく」
頭を下げて、部屋を出て行くゼファー。
先を行く二人に追いつこうと足を早めながら、こちらに気付いて振り向いた翼を視界に捉える。
家族に愛されてるんだな、なんて思いながら。
風鳴祖父に一通りの挨拶を終え、手空きになった一行は聖遺物の調査隊のお手伝い。
友人(翼)の前で無自覚に張り切るゼファーが加わってからはどんどん探索も進み、二課の研究班の科学力・事前調査と丹念な検証も合わさって、あっという間に一つの場所に辿り着いた。
そこは海辺の洞窟だった。
通常、聖遺物は先史文明の遺跡の中から発掘される。
しかしこの洞窟は先史文明の残滓すらもなく、長年調査対象にすらなっていなかった。
その上でここに目を付けた二課の聖遺物を捜索するチームは、間違いなく飛び抜けた優秀な人物達の集まりであると断言できる。
「ツバサ、滑りやすくなってるから転ぶなよ」
「もう、子供扱いばっかり」
「ゼファーさんは翼さんのことが心配なんですよ、友達として」
「おいおい緒川ぁ、それをわざわざ言うのは野暮ってもんだぜ?」
「グダグダ喋ってる暇あるなら手を動かしなよ、天戸のオッサン。
あ、ゼファー、そこの機具取って。そうそう、それそれ」
「はい、どうぞ」
「甲斐名てめっ!」
口も動かすが手も動かす。
ゼファーは、力作業で天戸が活躍できたことはまだ予想出来ていたものの、こういった本職でもない物探しにおいても緒川がきっちり活躍していることに驚いていた。
忍者ってすごい。ゼファーは改めてそう思った。
「私、聖遺物の発掘って初めて見たな。ゼファーは慣れてるの?」
「いや、慣れてるってほどじゃないかな。翼に毛が生えたくらい」
「……なんか、ゼファーの日本語は時々本当に何か嫌な言い回しになるよね」
「ジャパニーズじゃないからってことで大目に見てくれ」
岸壁の中の隙間に片っ端から手を突っ込んで、中を探っていくゼファー。
それを興味深そうに眺める翼。
そんな二人の後方で、誰かが声を上げる。
「よっしゃぁ! 見つかったぞ皆ッ!」
バッと振り返り、ゼファーと翼は目配せ一つ。
言葉もかけずに、ほぼ同時に声がした方に向かって駆け出した。
「おや、ゼファーさんに翼さん。先程の声はちゃんと聞こえたみたいですね」
「緒川さん! 見つかった聖遺物はどれですか?」
「緒川さん! ど、どんな聖遺物でしたか?」
「こちらです。あまり触らないよう、お願いします」
そこには白いケースがあり、緒川がその側に立っていた。
甲斐名達調査チームはある者は冷静に話し合い、ある者は興奮しながら互いを讃え合い、ある者は電話で他の場所に連絡を送っている。
そんな中、まるで聖遺物を誰かに取られないよう警戒しているかのように、発見された聖遺物の周りを離れない緒川と天戸の姿が、妙に印象的だった。
緒川はケースを開き、その中に収められた聖遺物を二人に見せる。
「壇ノ浦で失われた聖遺物。『とある有名な剣の柄』ですね」
そこには、不可思議な模様が刻まれた、不思議な棒のようなものが収められていた。
「え、嘘……!?」
「とある有名な剣……え、何ですか?」
「ああ、ゼファーさんは馴染みがないかもしれませんね。
日本人だと、誰もがその存在を知っているものなのですが」
翼は驚愕から口元を抑える。
しかしゼファーは、何が何やら分からない。
その二人の反応の違いを見て、緒川は苦笑いをして頬を掻いた。
「昔、とある戦争で破壊された王権の象徴たる剣がありました。
その破壊を隠蔽するために時の帝と共に海に沈められた、と伝えられていたものです。
二課では所有することすら許されないであろう、性能ではなく象徴として有力過ぎる代物です」
「え? それじゃあ見付けても意味が無いものなんじゃ……」
「いえ、渡せばそれだけで恩が売れます。二課は敵が多いですからね。
これで宮内庁が二課のバックについてくれるようになるでしょう。
単純に比較はできませんが、完全聖遺物発見に比肩する大発見だと思いますよ」
「宮内庁……ええと、すみません、あの読みと漢字が俺の頭の中で一致してないやつですね」
「ええ、おそらくそれで合っていますよ」
ゼファーは、いまだ
緒川は手早くケースを閉めたが、翼はもう少し見ていたかったと言いたげな目をしていた。
なんとなく、ゼファーはそこに違和感を覚える。
その視線に緒川が気付いていなかったとは思えなかったからだ。
なにか急ぐ理由があるのか、と彼が考え始めたまさにその時、甲斐名が全体に撤収の号令をかける。
「よーし、じゃ撤収するよ。総員荷物まとめて……」
その言葉を、ゼファーが遮る。
「―――ヤバい」
声の大きさでもなく、声の高さや低さでもなく、その声に込めた深刻さで、ゼファーはその場の全員の視線を集めた。
「16分後! ノイズが来ます! 港から沖に向かってだいたい500m地点!」
仕事の内容が変わったことを告げる声。
ゼファーの叫びに応じ、全員が表情を一瞬で変えたことが、彼らがプロであることの証明であった。
「ただいまハンペン。元気にしてたか?」
「お帰りゼファーくん。大変だったみたいねえ」
戦闘結果、誰一人欠けずに帰還。
一般市民の避難誘導、聖遺物移送、二課としての職務を全て果たした彼らはようやくといった体で二課本部に変えることができていた。
ゼファーは弦十郎や了子に報告をしつつ、世話を頼んでいたハンペンを受け取りに行っていた。
自分の部屋でゼファーの労をねぎらう了子の視線の先で、ハンペンは小さな声で鳴きつつ、小さな舌でゼファーの指先を舐めている。ゼファーはくすぐったそうだが、同時に子犬が元気になったことを喜んでいるように見えた。
「俺、初めて見ました。海に出現する『海戦型ノイズ』」
「陸上だとさっさと炭化して消えちゃうし、そもそも希少だものねぇ。
海にポトッと落ちると大暴れするそうだけど。
……あ、もしかして、海のない国出身のゼファーくん、苦戦したのかしら?」
「はい。データが全くありませんでしたので……」
ゼファーの手元にある書類は、今回の戦闘詳細だろうか。
戦ったことのない相手に苦戦した経験も、書面に残して別の誰かが利用できるようにする。
いい癖が付いたもんだと、了子は心中で思った。
「その時、船の上でノイズに囲まれてピンチになった俺が、ボードとロープを掴んだんです。
ボードに乗ってた俺を、陸に居た翼がロープの逆の端を掴んで引っ張ってくれまして。
翼が走りながらロープを巻きとっていったら、あっという間に陸でした」
「なにその面白そうだけど頭が痛くなりそうな光景」
ノイズの行動分析はともかく、戦闘詳細は役に立たないなぁと了子は思う。
またしても愉快なことになっていたようだ。
ゼファー、翼、奏が二人以上揃っていると面白い事になる確率と成功率が格段に上がる。
(これが若さかしら)
統計的に分析し、そんな結論を出した了子はかなり年寄り臭い思考をしつつ頬に手を当てる。
「でも、本格的にきな臭くなってきたわねえ。
ゼファーくんが可能性を提示した、『ノイズの黒幕』の存在も含めて」
「?」
「今世界中でノイズの出現率が上がってるの。それも、かなり明確に」
ハンペンを抱きかかえるゼファーを椅子に座らせ、了子はキーボードをカタカタと叩く。
すると、天上の端から部屋の壁の前に大きなモニターが降りて来た。
パソコンのモニターをそのまま映しているようで、画面には世界地図とその上を動くマウスカーソルが映し出されている。
了子がカチカチとダブルクリックするとその部分が拡大され、赤い点が見えてきた。
「この赤い点、今月中のノイズが出現した場所よ。数分で自壊したのも多いけど」
「こんなに、ですか!? どうりで最近出撃が多いと……」
「『何か』が起こってる。それが何かは分からないけど、それは世界を揺らがす何かよ」
かつてゼファーが居たノイズ頻出区ほどではないが、それでも規格外の数だ。
大規模な出現は減少傾向、小規模な出現はかなりの増加傾向にある。
何かが起きそうな予感。それは二課の誰もが感じている、ぼんやりとした危機感。
了子にしては極めて珍しい真面目な顔で真面目な話題……と思いきや、話が一区切りついたところでいつものように破顔した。
「ま、そんないつ来るか分からない危機に肩肘張っててもしょうがないわよね!
さっ、この子犬ちゃんの餌を一緒に買いに行くわよ!」
「本当にいつもながら話題がロシアンルーレットな人ですねリョーコさん!」
その日、ペットショップで姉弟のように犬の餌の前でウンウン悩む男女が見られたという噂。
聖遺物に関して、シンフォギア装者は間違いのない知識を身に付けなければならない。
そこで教師役としても活躍していたのが天才科学者・櫻井了子であった。
彼女は研究で多忙な人間あるように見えて、実際最近はそうでもなかった。
ノイズの出現率増加により、政府が二課の予算と人員を増加させたのである。
手足が増えた結果、了子にはちょっとだけ暇な時間が増えた。
例えば料理人の部下の数が倍になったとしても、冷蔵庫にゼリーを入れ冷えて固まるまでの時間は変わらないわけで。
"了子にしかできない仕事"以外を全部やってしまうほどの人員増加は、調整するシンフォギアの数が一つから二つになって増えた仕事のほとんどを処理してしまい、結果的に了子が聖遺物について子供に教えられる時間を増やすのだった。
彼女の今の教え子は、ゼファー、翼、奏の三人。
「そういえばリョーコさん、俺疑問に思ってたことがありまして」
「なにかしら、ゼファーくん」
だがゼファーに限っては、聖遺物だけではなく常識や一般教養も教え込んでいる。
今こうしているように、翼や奏と一緒に学ぶ日であっても早めに来て、何かしらの質問をしてくるゼファーは、手はかかるが教えがいのある生徒であるようだ。
「ノイズに街を壊されて、職を失った人をニュースで見たんです。
でも街の瓦礫撤去とかの仕事を国が作って、そこに失業者を斡旋はしないんですか?
バル・ベルデの一部でそういうことをしてたことを思い出して、そう思ったんですが」
「一時しのぎの失業対策に、ノイズが作った瓦礫撤去?
んー、それ自体は悪くないんだけど……日本に合うかって問題もあるからね。
ノイズの破壊の何が不味いかって、日本の生産力や流通が破壊されちゃうことだから。
瓦礫を片付ける人が増えたって、減った国内総生産は変わらないでしょう?
それに瓦礫を片付けた後の職はどうするか、ってところをまた考えないといけないわよん」
「あっ……成程、偉い人は沢山考えてるんですね」
「面倒くさいだけよー、こんなの」
ゼファーは考える。そして疑問に持つ。それを誰かに聞く。
その過程で少しづつ、少しづつ賢くなっていく。
賢くなってどうこうしたいなんて目的意識があるわけではないが、とにかく考えることだけはやめなかった。
了子もそんな彼が間違った方向に行かないよう、言葉を選んでいるように見える。
「ちーっす」
「こんにちわ」
そこで現れる、奏&翼。
話がキリの良い所だったというのもあり、ゼファーと了子の話もここで一区切り。
ここからは授業の時間だ。
子供達三人が席につき、了子がどこからかホワイトボードを持ち込み、授業は始まった。
「さて、それでは今日の授業は『日本と聖遺物』となりまーす!
わたくし天才オブ天才櫻井了子の研究によれば、日本には数々の聖遺物があります。
さらに適合者候補の数も他の国よりはるかに多かったりするわ。
それは日本人の起源、祖先の一部がこの国の外からやってきた移民であるからなの」
「日本人の祖先は大陸から渡って来た人達、というのは聞いたことがあります」
「ところが、その当時に遺跡に刻まれてた文字を見るとまた別のことが発覚するの!
遺跡から先史文明文字に楔形文字……シュメールの文明の名残が見つかったのよ。
現代では先史文明の中心点はシュメール、という学説が有力よ。
この国の先祖の一部は先史文明の時代、シュメールから渡って来たのだと推測できるわ」
「先史文明……」
「ちょっと前までは人類の起源と言えばアフリカだったんだけどねぇ。
今現在は人類の起源はシュメール周辺説が強い強い……
ま、その辺り色々混ぜながら今日の授業はやっていきましょう」
真面目にノートを取る翼、ノートを取ることに夢中になって話を聞き逃さないよう気を付けるゼファー、両親から頭の良さを受け継いでいたからか適当に聞いても覚えられる奏。
笑顔の了子が三人を見回し、笑顔でホワイトボードにペンを走らせる。
それは一種、塾のような光景だった。
塾。それは学校が前提にある存在。
予備校ならば浪人生のように学校に通わず行っている場合もあるだろうが、塾にはまずない。
塾や予備校はあくまで学校で習う内容を補填する場所であり、それ自体が完全に学校の代わりとなることはまずない。
二課にはゼファーと奏、学校に行っている年頃であるのに学校に行っていない子供が二人居た。
この二人への大人達の認識は、また最近変わってきている。
ゼファーは「学校に行かなくてもやっていけそうだ」と認識されているが、奏は「今からでも行かせた方がいいんじゃないか」と認識されていたりする。
ゼファーが優れているからとか、そういうことではない。
能動的に奏に接していくゼファーや翼、弦十郎や了子や緒川などとは話すものの、奏は自分から他人に関わって行かないのだ。
ゼファーの時も彼を学校に通わせた方がいいのでは、という意見はあった。
しかしそれはゼファーの学習というものへのスタンス、常識を先に身に付けるべきという意見、ゼファー当人の意思で却下された。
ならば奏は、と言えばゼファーとは多くの違いがある。
彼が抱えていた問題が心理的外傷であったのと違い、彼女が現状抱えている問題が周囲への異様な攻撃性であることなどは、特に分かりやすいものだろう。
その攻撃性ゆえに彼女を学校に通わせるという意見は少なかったのだが、同年代の二人の友人に感化されたのか、最近は奏の同年代への対応はかなり緩くなってきていた。
その結果、奏を学校に通わせようという意見が二課の中で多数派となったのである。
実はその裏には奏に対し色々と考えていた弦十郎の地道な活動などもあったのだが、それがなくともこうなっていた可能性は高いだろう。
当然、残りの人生全てノイズ殺すのに使うんだからんなこと知るか、なノリの奏が今更学校に通えなどという指示に従うわけもない。
しかし、ここで交換条件が提示される。
それは奏がシンフォギアを纏うために必要な適合係数制御薬『LiNKER』の研究優先度の上昇。
そして、適合者を育成するためのプログラムを行っている学校への編入だった。
「へえ、モルモットの牧場ってわけだ。あたしにも、そこに入れと」
「……あくまで、適合者候補を探すための場所だ。奏君」
「んじゃ訂正するわ。モルモット候補の牧場ってわけだな、弦十郎の旦那?」
この時初めて、奏はその学校が明確に二課の傘下にあることを知った。
その学校のカリキュラムが生徒を音楽家として、そして適合者として最適に育てるためのものであることを知り、奏は鼻で笑う。
学校の名は、『私立リディアン音楽院』。
シンフォギアを操ることの出来る適合者の選出、及び音楽の波動が人体に与える影響を計測するため、政府によって秘密裏に設立された小中高一貫校。
そして地下にある二課本部の真上にある、表向き私立の音楽学校だった。
結局、奏はこの話に乗る。
交換条件に魅力を感じたのも理由の一つ。
翼やゼファーとの関わり合いで少しづつ焦りが消えてきたことも理由の一つ。
そしてこの頃、「今の自分はシンフォギアを操るのに向いていない」という自覚が強まり、どんな手段を使っても自分を適合者として正しく育てようと、そう考えていたのも理由の一つ。
ただのカリキュラムでしかなくとも、それがただの藁であっても、それは奏がすがろうと考えるに足るか細い希望だったのだ。
が、ここで問題が一つ。
「……高等部だから編入試験やるなんて、聞いてねえぞ……!」
悲しきかな、奏は久しぶりに徹夜でテスト前勉強をするハメになるのだった。
ゼファーには、前々から考えていたことがあった。
「風鳴家を出たい?」
「はい。一人暮らししてみたいな、と」
風鳴家を出て、自分用の家を持ち、二課と往復しつつ生活するスタイルに切り替えたい、という考えが彼の中にはあった。
元より、ゼファーは生まれ育った環境の劣悪さもあり、一人暮らしの方に慣れてしまっている子供である。
けれど、理由はそれだけではなかった。
「理由はいくつかあります。それで、まずはゲンさんに相談しようと思いまして」
まず、二課に犬がどうしてもダメな人が居るということ。
ゼファーには
次に翼の思春期突入、風聞などの問題。
翼という年頃の少女が住んでいる家に、血縁もない少年がずっと居候して居るのはマズいということ、翼が良からぬ噂を立てられる可能性への懸念。
こういうことを気にしだしたのは、ゼファーが常識を身に付けてきたということなのだろう。
ゼファーは他にも色々な理由を弦十郎に述べたが、その中でただ一つだけ、弦十郎に対して明かさなかった理由があった。
それは、いつまでも弦十郎の家に世話になったまま、面倒を見られる子供で居たくないという気持ち。対等の仲間として、役に立ちたいという気持ち。
つまり、ゼファーという少年の背伸びである。
一人前に見られたいという意識が、彼に一人暮らしという自立への道を志させた。
「金銭的な問題は、前から言っていた給金をゼファーが受け取ってくればそれで済むが……」
「お願いします!」
弦十郎は少し考えるポーズを取るが、実は一人暮らしを認めるか認めないかで言えば、弦十郎の思考は考えるまでもなく『認める』であった。
ゼファーはこの歳にしては生活力がある。
二課で寝泊まり、食事、洗濯などができ、一日の大半を二課で過ごしている彼の現状からすればどこで生活するかはもうそこまで問題ではないのである。
昔より精神的に成長し、立派になってきたというのもある。
ちょっと前までのゼファーが要保護者な子供であったとするならば、今のゼファーは全寮制の学校に通わせるのに何の不安もない、くらいには成長していた。
そして、口にしていなかったが少年の本音は弦十郎にきっちり見抜かれていた。
弦十郎は昔の自分を思い出す。
自分が実家を飛び出して旅に出た時もこんな顔をしていたんだろうか、と思う。
一人前になりたい、一人前と認められたい、だから今居る場所に留まっていたくない。
そう決意した男が誰もが浮かべる、そんな表情をゼファーはしている。
本人にそんな自覚は全くないのだろうけれども。
(……ったく、三日あれば男が変わるには十分だと、分かってたつもりだったんだがな)
弦十郎はゼファーの頭の上に手をおき、ぐしぐしとかき混ぜた。
かつては青く、幼少期には白く、今では黒い髪がくしゃくしゃになっていく。
「いいだろう、許可する。ただし、試験に合格したらな。
一般常識、一般教養などを確認する試験だ。八割取れたら許可してやる」
「! ありがとうございます!」
「構わん。男の巣立ち、男の門出だ。
これで認めんと言うようならそいつは男じゃないさ」
少年の頭を撫でながら、弦十郎は思う。
兄貴は翼という娘を持った時、こんな気持ちだったのだろうか、と。
けれどすぐさま否定する。娘でなく息子でなければこんな気持ちにはならないだろう。
弦十郎はそう思ってから、独身のくせに子供を持った気になっている自分に苦笑した。
父、風鳴訃堂の気持ちを分かった気になっている自分を、子供の頃は父が嫌いで仕方がなかったのに今はそうではない自分を省みて、弦十郎は感慨深い気持ちになる。
(若い頃は親父を見て、『あんな大人になりたくねえな』なんて思ってたのにな。
だってのに、いざ自分が大人になってみりゃ、若い頃に夢見てた立派さの欠片もねえ。
むしろ自分が嫌ってた大人の方が自分に近いくらいで。
若い頃嫌いだった大人達の気持ちまで分かるようになっちまって……)
ゼファーを見て、いつかゼファーも自分に対し反抗期になる時が来るんだろうかと、弦十郎はふと思う。
そうなったら、この少年に対して寛容になってやろうとも、思う。
かつて風鳴弦十郎という息子の反抗期に対し、どこまでも寛容になってくれていた、風鳴訃堂という尊敬する父のように寛容になってやろうと、そう思う。
弦十郎は父が子に対しそうするように、その少年を思ってくれていた。
(大人、か。虚しいもんだ。
今の俺はこの子より少し大人なだけで、昔夢見た大人になんてなれていない。
昔は嫌いだったものが、今では理解できるもの、受け入れられるものになっちまってる。
子供の頃なりたいと思ってた、子供が尊敬できるカッコイイ大人なんて程遠い……)
ほんの少しの後悔を吐き出すように、弦十郎はゼファーに向かって口を開く。
「一人暮らしで苦労することも多いだろうが……
いつかお前は、お前が思う立派な大人になれるといいな」
そんな何気ない弦十郎の言葉に、ゼファーは首を傾げる。
「お前は」と言ったから彼は首を傾げた。「お前も」と言っていれば首を傾げなかっただろう。
ゼファーという少年にとって、風鳴弦十郎という男は……
「俺、ゲンさんみたいな立派な大人になりたいと思ってます」
「―――」
「なれるかどうかは別として、これからなります。ゲンさんを目指します」
ゼファーという個人として、戦士として、男として、目指すべき目標だった。
心から尊敬し、そうなりたいと思える立派な大人だった。
弦十郎が自分をどう見ているかなんて関係ない。ゼファーが弦十郎をどう見ているかだ。
「くっ、はははッ」
「うわおおっ!?」
弦十郎は思わず笑い、頭を撫でる力と速度を三倍にしてしまう。
頭を撫でられるどころか頭の中身を軽くシェイクされ、ゼファーはぐわんぐわんと揺れる視界の中で転ばないようなんとかこらえる。
「
まずはもうちょっと歳食ってからだろうがな、はっはっは!」
「あ、頭が、世界がぐるぐる回ってる……!」
その日から試験日まで、ゼファーはちゃんと計画建てての勉強を始める。
奏のように、テスト一夜漬けで高得点が取れるような頭をゼファーは持ち合わせていない。毎日コツコツ、集中力が持続する時間を見極め、彼は自分なりの最大効率で勉強を続けていった。
翼はお小遣いアップを目論んでいた。
彼女のお小遣いは同年代の子供達と比べてもずいぶんと少ない。
それは彼女が極めて無欲であったからだが、最近の彼女は友人達との触れ合いにより何も求めない求道者のような側面が引っ込み始め、欲しい物を欲しいと言えるようになっていた。
プロテインなるものを知り、欲しいと思ったその瞬間、彼女の前に立ちはだかるのは小銭しか入っていないショボくれた財布であったのである。
「小遣いアップ? いいぞ、試験してやるからそれで高得点取れたらな」
「……ざ、座学ですか、叔父様」
「なーに、どこの家でもやってることだ。
学校のテストでいい点取れたらお小遣い上げるとか、そういうのはな。
難しいところは出さん。お前が学校の期末試験でやるようなものだけだ」
学校の教科書を開き、自室にて勉強を始める翼。
基本五教科で400点取れば小遣いを上げてやる、とは弦十郎の言。
先生の出題傾向や「ここ出すぞ」といった重要部分の指定などがない分、普通の期末試験で400点を取るよりずっと難しそうだ。
そこで翼は、一計を案じた。
というより、学校で見た覚えのある憧れていた光景を自分もやりたいと思い、実行した。
「勉強会って、翼、お前……あたしら三人、全員テスト内容違うなら意味ないだろ……」
「いやほら、互いにサボらないよう見張り合うみたいな効果はあるんじゃないか?
なんだかんだでツバサの誘いに乗ってくれるカナデさんはやっぱいい人だよ」
「は? お前そのいい人認定安売りするのいい加減にしねえと海に沈めんぞ?」
「か、奏、喧嘩しないで!」
始まる前は案の定少しも揉めたが、メンツがメンツだ。
クソ真面目ゼファー、堅物翼、学者夫妻の娘奏である。
ちゃんとした目標があるという前提で一旦勉強を始めてしまえば、後は黙々と真面目に勉強を進めていける。
「……奏、これ分かる?」
「あん? ああ、中学の教科書の範囲か。そこはこう……」
「あ、なるほど。ありがとね、奏」
「そりゃ高校に編入しようっていう奴が一人でも居りゃ、こんなもんさ」
しかも意外に、勉強会として成立していた。
「あたしが最年長だからあたしは分かんない誰にも聞けないんだけどな。こことか」
「ここなら、俺覚えがあるな。了子さんの受け売りだと……」
「……ああ、そう考えればいいのか。
というかゼファー、もしかしてお前他人との会話全部丸暗記してんのか……?」
「いや流石に全部丸暗記できるわけないだろ。
その人を大切に思ってて、その会話を覚えようと思ってたならともかく」
「んー、それもそうか」
奏は高校編入問題。翼は中学の期末試験。ゼファーは社会人相当の一般常識と一般教養。
「あれ、バイクは歩道を走っていいんだっけか……?」
「ダメに決まってんだろ!」
「ダメに決まってるでしょ!」
その甲斐あってか、三人の勉強はスイスイと進んでいく。
やがて、テスト当日。
三人は別々の場所で試験を受け、全力を尽くす。
そして、後日全員合格の通知を受け取った。
奏は『LiNKER』の開発を優先してもらい、リディアン高等部の一年生として編入。
ゼファーは一人暮らしの権利を勝ち取り、ペットのハンペンと共に二課が所有しているセーフハウスの一つのアパートに移住、新しい仕事をも任せられる。
翼の小遣いはアップした。
・GX公式サイトによるスリーサイズ設定
ちょいと昂ぶる設定が公開されました。翼さん意外と身長低かったです
あとオリジナルで設定してたクリスの銃器設定、調ちゃんの年齢等が公式とドンピシャでした!
まあ食い違いそうな設定もあるわけなのですが
響→84/58/86 D
未来→79/54/82 C
翼→81/57/83 C
クリス→90/57/85 G
マリア→96/62/90 G
調→72/53/76 A
切歌→82/56/83 D
翼→81/57/83
翼→81/57/83
翼→81/57/83
翼さんの低脂肪乳が食品偽装されてますね……