戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 シンフォギア無印の用語ページ『世界情勢』の部分に繋げるための世界情勢話をしておこう、と考えて書き始めたら難産でして
 その手慰みに適当な短編書いて反響にびっくりしてたりしてました



第十六話:シンフォギアVSノイズ

 ゼファーは危機感を抱いていた。

 いや、危機感を抱けと言われたと言うべきか。

 

 シンフォギアの完成、及びその実戦投入の可と不可を見極めるための起動実験。

 すなわち、ノイズとの戦闘を実際に行う実戦形式の実験。

 文字にするだけでも危険なことが伝わってくるが、実際の危険度はもっとずっと高い。

 櫻井了子は自室にて、ゼファーに語った。

 

「完成してるけど、完璧じゃないのよねシンフォギア」

 

「は?」

 

「わ、怖い顔。ゼファー君が私にそういう顔見せるの珍しいわね」

 

「……すみません、失礼しました」

 

「いいのよー、私達に気安くなってきたってことだからねー。

 ……それに、責められて当然よ。

 あなたが危惧している通り、翼ちゃんを危険に晒すことに変わりはないんだから」

 

「本当に未完成なんですか? それで完成扱いにして実戦って、どういう……」

 

「未完成じゃないわよ。完成してるけど、完璧じゃないの」

 

 了子はメガネを外して眉間を揉み、苦々しそうに事情を明かす。

 

「言うなれば、今のシンフォギアはバージョン1.0。

 でも正直な話、実戦はバージョン1.3くらいになってからにしたかったのよね……

 私個人の……ううん、私達の意見を言わせてもらうなら、このロールアウトは早すぎなのよ」

 

「じゃあ、何故」

 

「お偉いさんの圧力ってことよ!

 あーもー! それも拒絶すれば二課の予算がメッタメタにされるレベルの圧力!」

 

「えっ」

 

「完成してるなら早急に実戦で試せ、ってなんじゃそりゃよ。

 こんなことなら書類上の手続きとはいえ完成扱いにしておくべきじゃなかったわっ!」

 

 言うなれば、今のシンフォギアは工場から最初にロールアウトされた完成品。

 実際に現場に出して運用してみて、その欠点を改善する過程を終えていない段階。

 二課としては貴重な適合者にもしものことを起こさないため、翼という個人を守るため、もう少しシンフォギアの完成度を高めたい。

 偉い人は適合者の希少さを肌に感じられておらず、シンフォギアの完成も政治的な手札の一つでしかないため、完成したならばまごまごしていないですぐに実戦で使えと言っている。

 了子が語った話は、そんな裏事情だった。

 

 二課はかなり慎重に、石橋を何度も叩いて話を進めようとしている。

 偉い人は早急に、無謀なほどに急いで話を進めようとしている。

 どちらかが愚かな人間だ、という話ではない。

 ただ、偉い人には現場が見えていない。それだけだ。

 

「圧力、ですか」

 

「デュランダル獲得のために色々便宜を図ってもらった反動ね。

 多少無茶しても完全聖遺物はそれだけの価値があったけど……

 まさかこんな微妙な、予想してなかった形でツケを払わされるとは思わなかったわ」

 

 シンフォギアは国家の機密だ。

 他国には勿論のこと、日本の政治家の多くもその存在を知っていない。

 与党の人間の一部が「二課という部署が何かを作っている」と知っていて、その更に一部がシンフォギアの存在を知っているだけだ。

 だから今回、シンフォギアのテストが不十分にもかかわらず実戦に投入される原因となった偉い人達の多くは、シンフォギアの存在すら知らない。

 

 「俺達の知らない所で国民の血税を湯水に使ってる奴らが、何かを完成させた? ならさっさと見せてもらおうか」と彼らは主張している。

 『税金の無駄遣い』は政治の世界では流行語大賞である。

 ここに来て、国税を吸い上げるだけで成果の見えなかった二課に存在意義を見出そうとする人、無くしてしまおうとする人、無駄を削ろうとする人が動く。

 普段ならばそういった人物達の要求は、二課の後ろ盾となっている政治家などに突っぱねられるのだが、今回だけはそこで強く出られない理由があった。

 

 それが、デュランダルの獲得である。

 

「そういえば、リョーコさん前に言ってましたね。

 このチャンスを逃さないため、早く確実に話を通したのは偉い人にも結構無茶だったって」

 

「そうなのよー、『この前おまえらの無茶聞いてやったのに今度はこの頼み断るの?』

 みたいな風に言われたら、私達のバックに付いてくれてる人達、下手したら失業しちゃうわ」

 

 例えば二課の味方に付いている政治家Aが居るとする。

 政治家Aの派閥の部下である政治家Bならば、一声かければ味方についてくれる。

 仲が良くも悪くもない政治家Cならば、「今度言うこと一つ聞くから」と約束をすればデュランダルの件の話を通すことを承諾してくれる。

 別派閥の政治家Dを味方につけるために、「互いの提案に互いに協力しよう」と約束して、これを機に同盟関係を構築して味方につける。

 仲の悪い派閥の政治家Eには「せめて邪魔はしないでくれ」と苦しい条件を飲みながら、なんとかデュランダル獲得まで中立を守ってもらう。

 

 さて、これが今回の無理矢理なシンフォギア実験の件となるとこうなる。

 

 政治家Bは政治家Aと一緒に、この件に反対してくれるだろう。

 しかし政治家Cは「デュランダルの時の貸しをこの件で返せ。反対するな」と主張。

 政治家Dは「二課が開発している詳細不明の対ノイズ兵器は早急に完成させるべき」と言い、断れば同盟関係の維持をチラつかせ、政治家Aの同盟相手が消える危険性を匂わせる。

 そして政治家Eは政治家Aへダメージを与えるため、嬉々として拙速に賛成する。

 

 この例えは分かりやすく整理しただけで、実際何百人と居る政治家達の暗闘はこんな単純明快なものではないのだが、大雑把にこんな感じだと思えばいい。

 

「沢山の人の命がかかっているのに、足の引っ張り合いなんですか?」

 

「だって、シンフォギアは一応は完成してるもの。

 お偉いさんは死亡率10%を9%、8%とじりじり下げようとしてる私達が鬱陶しいのよ。

 いつまでやってるつもりだ? 成果さっさと出せ! ってね。

 しかも失敗しても、その人達からすれば装者が一人減るだけだし」

 

「その一人は、ツバサなんですよ!?」

 

「そうよ。私達にとっては唯一の、彼らにとっては有象無象の、ね」

 

「―――っ」

 

 ゼファーは立ち上がり、更に食ってかかろうとする。

 普通の人がそうするように、普通の人に寄って来た感覚が発する感情のままに、普通の人が怒って当然の場面で当然のように怒りを見せる。

 だが、即座に静まった。

 彼の心の、平穏な生活と人との触れ合いが変えた部分とは別の、何も変わっていないどこか冷めた部分が、彼に冷静になるよう促す。

 了子に怒っても何も変わらないと、冷静な判断を下させる。

 

 そして、ゼファーの心が「お前だって誰かの大切な人を殺してきただろう」と己に囁く。

 「有象無象の兵士を何人も、何の感慨もなく殺してきただろう」と自分自身を責める。

 その人の人柄を知らなければ、人は他人にどこまでも残酷になれるのだと彼は知っている。

 自分には、風鳴翼を危険に晒した者達を責める資格はないのだと、ゼファーは罪悪感から続く言葉をぐっとこらえた。

 

「……でも、誰かの命がかかってることです。

 その人達には、誰かの命より大切なものがあるんですか?」

 

「自分の命より大切なものはないわよ。

 でも他人の命より大切なものがたくさんある人は、世の中結構居るわ」

 

 平静を装って、ゼファーは『いつもの自分が言いそうなこと』を言う。

 彼は普段、「表情で考えていることが分かりやすい」と仲間に言われるような少年だ。

 だからこそ、今回の件で考えることが一気に増えて、精神的に参っている了子は気付かない。

 ゼファーが無自覚に、かつて彼が他人のために作り出した、『仮面』を一瞬被っていたことに。

 

「あなたはブレないわねえ、おねえさんちょっと癒されちゃう。

 そんなあなただからこそ、もしもの時はお願いしてもいいかしら?

 私もギリギリまで完璧に近づけるし、今だって不具合起きる確率なんて3%以下だけど……

 事前に位相差障壁や炭素転換を使って実験することもできないから、最悪はありえる」

 

「はい、リョーコさん」

 

「だから『その時』は頼ると思うわ。

 顔も知らない偉い人の大切なものが、翼ちゃん達より価値があるなんて思いたくないから。

 こんなところでそんなくっっだらないもののために、あの子達を犠牲になんてしないわよ!」

 

「俺にとっても大切な友達です。全力を尽くします」

 

 了子は悪戯っぽく笑い、手にした書類をぱぁんと叩く。

 

「私達研究班も、できることは全てするわよっ」

 

 そこに描かれた図面はシンフォギアのものではなく、されど了子が一部の手の空いた研究員に実験までに完成させようとしているものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話:シンフォギアVSノイズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際の所、二課が危惧している『万が一』が起こる可能性は低い。

 あくまで現在予測できる範囲で、の話だが。

 予想外のことが立て続けに起こった場合、その可能性は飛躍的に増加する。

 ゆえに、二課は「万が一がある」と主張し、権力者は「そんな低い可能性を気にしていつまで時間と金を無駄に使っている」と強行する。

 

 だが、もう上から通達されてしまったことだ。

 二課がどうやってもこの命令が覆ることはない。

 ならば考えるべきことは現状を嘆くことではない。

 『万が一』の場合に備え、作戦を練ることだ。

 

「ゲンさん、二課の部隊はどのくらい配備できるんですか?」

 

「多くは無理だ、ゼファー。

 我々の本分は一課と連携してのノイズ出現時の対応にもある。

 実験に人を割きすぎて、別所でノイズが出現した場合に対応できないとなれば本末転倒だ」

 

「ならば司令、一旦聖遺物の探索に回っている人員の一部をそちらに回してみては?

 甲斐名さんを始めとした人達を回し、前線に出る部隊を一時だけ補填。

 浮いた戦闘要員をそのまま今回のノイズとの実践形式実験に回せば……」

 

「成程な。いい案だ、慎次」

 

 ゼファー、弦十郎、緒川の三人は額を突き合わせて作戦を練っていた。

 とはいえお固い会議というわけではない。

 弦十郎が作戦を話し合う会議の前に、会議に提出する基本方針と草案を考えていたところに、ゼファーと緒川が参加した形というのが正しいか。

 

「よし、纏まった。感謝するぞゼファー、緒川。

 どうにも頭を使う事柄は苦手でいかんな」

 

「いえ、自分がお役に立てたならそれで。……正直、俺も頭脳労働には自信が……」

 

「僕も頭がいい人間というわけではないですけどね」

 

 事実と謙遜が入り混じる男同士の暑苦しい会話。

 ふと、ゼファーは聞いてみようと思っていたことを思い出し、二人に聞いてみた。

 

「そういえば、今回の件に関してなんですが……

 土場さんと話している時、"中国と米国に関して調べてみるといい"と言われたんです」

 

「ほう」

 

「土場さんはそこで聞いても答えてくれなくて。

 日本の国の中の問題なのに、他の国の名前が出てきたのってどういうことなんでしょうか」

 

 弦十郎はゼファーの後ろを見る。

 そこにはバッグと、バッグに詰め込まれたいくつもの識別ラベル付きの本が見えた。

 なるほど、と弦十郎は先日図書館利用カードの作り方を聞きに来ていたゼファーの行動に納得する。俗っぽくかつ遠回りだが、至極常識的な選択だ。

 しかし同時に、弦十郎は本で読んだだけではピンと来ないのではと推察する。

 

 実際、こうして聞きに来ているということは、ゼファーはピンときていないということだ。

 この少年もあまり頭の出来はよろしくない。

 けれども、分からなければ人に聞きに行くということを知っている。

 無言で頷く緒川を見た後、弦十郎は頭の中で極力分かりやすく話せるよう話を組み立てながら、ゼファー向けて口を開いた。

 

「ゼファー、日本はどういう立ち位置で、どういう立地にあると思う?

 米国と中国の二国を絡めて考えてみてくれ」

 

「ええと……」

 

 ゼファーの今の一般常識の量は、ニュースをよく見る高校生程度。

 彼なりに精一杯考えつつ、完璧とも事情通とも言いがたい知識量で、ゼファーなりの答えを導き出す。

 

「……国家としては米国と仲がいい。米軍基地もあります。

 商業的には中国と仲が良いです。安く沢山作ってくれて、日本でも製品をよく見ます。

 軍事的、政治的には米国に近くて、それでいて立地的には中国に近い。

 もし米国と中国で何かがあれば、代理戦争の矢面に立ちやすい……

 そんな感じでしょうか。俺、そんなに詳しくないのでよく分からないです」

 

「いや、十分だ。回答としては悪くない」

 

 もう少し世間知らずな回答を予想していたのか、的外れな回答を予想していたのか、無知な回答を予想していたのか、弦十郎は少し驚いたような顔を見せた後、嬉しそうに笑う。

 その表情の意図がよく分からないゼファーを、緒川が微笑ましいものを見る目で見ていた。

 弦十郎はゼファーの知識量を前提に、少しづつ話を広げていく方法を選ぶ。

 

「米国と中国は……そうだな、翼と奏君の仲を悪くしたような関係だ」

 

「友達じゃないライバル、ってことですか?」

 

「ああ、それが近い。そんでもって日本をゼファー、お前に例えよう。

 日本は米国のパシリに近い。お前は二人の片方のパシリという設定だ」

 

「パシリ……いや、いいですけど……」

 

「日本は米国のパシリ。

 そして米国と中国に仲良くして欲しいと苦心する板挟みの立ち位置。

 かつ、中国の喉元に突き付けられた米国のナイフだ。切れ味があっては困るのさ」

 

 切れ味、つまりは日本の固有の武力。

 有事に「こちらに攻めてくるかも」と中国に危惧させるだけの直接的な力。

 ゼファーはもしやと、シンフォギアのことを思い浮かべる。

 そんな少年の想像を否定するように、次は緒川が口を開いた。

 

「ここ数年、日本でも憲法9条改正に関する騒動がいくつか起きています。

 シンフォギアはどこまで行っても『兵器』ですから、無関係では居られませんよ」

 

「え、ですけど、シンフォギアの存在は国家機密なんですよね?」

 

「はい。シンフォギアの存在はまず発覚してはいないでしょう」

 

 一部の国以外には、と続く言葉を緒川は発さなかった。

 ゼファーが首をかしげる。シンフォギアの存在を知られていないなら、そもそも国交上何が問題にされているのか分からない、と彼は悩む。

 そこでこの話の流れと、新たに与えられた情報に唸る少年に、弦十郎が助け舟を出した。

 

「シンフォギアの情報が漏れているということはまず無い。

 何しろ二課に早急な成果を求めてる日本のお偉いさんですら、一部しか知らないんだ。

 やっこさんらの目についたのは、完全聖遺物の方だろう。

 日本が聖遺物を積極的に集め、実用化に向け研究していることまでは隠しようがないからな」

 

「……あ、『デュランダル』ですか!」

 

 ここでまたしても名前の出る完全聖遺物、デュランダル。

 どうやら今回の騒動の全ての元凶はかの宝剣と見て間違いはないらしい。

 完全聖遺物は起動させるための技術こそ確立されていないものの、起動さえすれば通常の聖遺物と違い誰にでも扱える新世代の道具であり、旧世代の異物であり、永久機関も夢ではないと言われるほどのロストテクノロジーの塊だ。

 軍事的に他国を刺激してもおかしくはない、ということだろう。

 

 ある種、日本は今かつての冷戦時のキューバに似た、けれど当時のキューバほど危険視されていない立ち位置にあるのかもしれない。

 冷戦時の核の立ち位置にあるのは、さしずめ聖遺物だろうか。

 中国の喉元に突き付けられたナイフ、近隣国でありながら親米である日本が9条関連で論争を起こし、完全聖遺物を手に入れたという事実は、分かる人にだけ分かる形で危機感を煽っていた。

 

 あくまで、もしもの話になるが。

 聖遺物の兵器転用が実用段階、という情報が漏れていたならば。

 かつての冷戦の対立構造ほどの敵意が米中間に存在したならば。

 日本が平和憲法を掲げ律儀に守ろうとする国でなかったならば。

 この一件が、国家間に大きな緊張を呼んでいた可能性もある。

 

「例えば、その二国に対し一国家として毅然とした態度を見せたい奴が居る。

 米国にも中国にも舐められてたまるか、っていう普通の奴らだな。

 そいつらの一部は、"ノイズ対策です"と言い訳できる憲法に抵触しない武力を求めている。

 そいつらの一部は、日本を対テロならぬ対ノイズの最先端国家にしようとしている。

 そいつらの一部は、二課に回す予算を他の所に回そうとしている。

 まあ、あくまで一部だ。他にも色々居るだろう。

 日本という国を強くしよう、守ろう、と考える人間の中ですらこれだけ細かく分かれるんだ。

 米国の属国の位置を維持するべき、中国のマーケットに配慮しろ……

 なーんて方面の人間も合わせれば、ちと笑えん細かい枝分かれをすることになる」

 

 弦十郎は多くの政治家の主張を聞き、言葉を交わす機会があったのか、彼の語る政治家の例え話は妙に実感が伴っている。

 対し、彼の話を聞いているだけのゼファーは少々よく分からなくなってきたようだ。

 

「ゲンさん、それって結局誰の主張が正しいんでしょうか……?」

 

「知らん」

 

「えっ」

 

「俺が正しいと思うものはある。だが、俺はそれが絶対的に正しいとは思わん。

 個人個人が正しいと思うことを主張し、最後に多数決で決めるのが民主主義だからな。

 俺が正しいと感じたこと、お前が正しいと感じたこと。それが全てだ」

 

「民主主義……」

 

 民主主義、というものを概要だけ知っていてピンときていなかったゼファーも、こう数え切れないほどの偉い人がスパゲッティのように思惑を絡ませているのを実感し、少しづつ「そういうものなんだ」と理解を深めていく。

 

「中国は"かもしれない"程度の可能性であっても、日本を第二のキューバにはしたくない。

 米国は兵力を貸し、恩を売り、首輪を付けたままにしておきたい。

 どんな形であれ日本固有の武力が高まることは両国にとって都合が悪いってことなのさ。

 その結果、二課は今回急かされてるってわけだ」

 

「……?」

 

「二課にさっさと武力を生み出せ、って言う奴も居る。

 二課からデュランダル取り上げてどっちかの国に渡そうとしてる奴も居る。

 二課を潰して予算をよそに回そうとしてる奴も居るな。

 その他諸々の思惑があるだろうが……

 米国と仲が良い奴も、中国と仲が良い奴も、そのどっちでもないやつも、他国を慮らん奴も。

 今回俺達をつつきに来てるってわけだ」

 

「……ううん、混乱してきました」

 

「俺も最初は混乱したもんだ。というか今でも不透明でわけわからん所が多い」

 

「うわぁ……」

 

 頭を抱えるゼファーに、再度緒川が口を挟む。

 

「なら、確実な味方の名前だけ覚えておけばいいのではないでしょうか」

 

「味方、ですか? シンジさん」

 

「はい。ゼファーさんにはその方が性に合っているのでは、と思いまして」

 

「……確かに」

 

 小難しいことをごちゃごちゃ考えるより、シンプルな方が彼の性に合うだろうし、何より楽だ。

 時々うだうだ悩んでしまう分、普段はシンプルに生きているのがゼファーである。

 緒川はその辺の思春期にありがちなゼファーの性質を、よく分かってくれていた。

 

「偉い人で確実な味方って、例えばどなたなんですか?」

 

「二課なら外務省の『斯波田事務次官』。

 それと防衛省の『広木防衛大臣』ですね。

 この二人の名前だけは覚えておくと後で役に立つかもしれません。

 二課に味方しているにも関わらず、人体実験は極力避けて欲しいと言うような方達ですから」

 

「……。斯波田事務次官、広木防衛大臣。よし、覚えました」

 

 ようやく頭の中がスッキリしてきたのか、ゼファーが顰めた眉を元に戻す。

 少年はこれから時間をかけて今しっかりと聞いた話を消化していくのだろう。

 最後の最後、緒川が『味方』の話をしたのには理由があった。

 彼は全ての大人が、偉い人が、少年の敵ではないと伝えたかった。この実験で危険に晒される適合者のことを思い、最後の最後まで足掻いてくれた人達もいるのだと、知って欲しかったのだ。

 

 弦十郎はゼファーの頭の上に手を置き、頼り甲斐のある声で言う。

 

「ゼファー、俺はさっき言ったな。皆、自分が正しいと思う主張をしていると」

 

「あ、はい」

 

「そんな心配そうにするな。

 上の連中の中にも頼りになる、信じられる、俺達の味方をしてくれる人はちゃんと居る。

 今緒川が挙げた二人なんかもそうだ。こんなことはもう二度と起こらないさ」

 

「……そうでしょうか」

 

「ああ。だから俺達は全力で、今回の実験を何事も無く乗り越えるぞ!」

 

「……、……」

 

 ゼファーは少し考えて、一息吐いて、また考えて。結局は、弦十郎の言葉を信じることにした。

 考えるだけ無駄かな、と気づいたとも言う。

 

「はいッ!」

 

 信じられる大人も居る。信じられない大人も居る。

 このまままっとうに成長していけば出来上がる、そんな境界線が彼の中に生まれ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは道すがら、とある実験室を覗く。

 そこでは一人の少女が研究員達に囲まれ、血を吐いていた。

 慌てふためき彼女に声をかけ続ける周囲の研究員達が見えていないかのように、その少女は単品で顕現した槍を床に突き立て、歯を食いしばって自分を奮い立たせる。

 血を吐きながらも、立ち続ける。

 

「……がぁ、ぁ、はぁ……! くそっ、時間がねえってのに……!」

 

「天羽さん! 無茶はやめてください!

 例の実戦実験に間に合わせようと頑張ったって、私達はOKサイン出しませんよ!」

 

 今回の件は二課の多くの人物を慌てさせ、苛立たせた。

 しかしそうでない人間も居る。

 「シンフォギアの実戦投入が前倒しになる」と考え、歓喜した者が居た。

 自分の命など省みない、安全性など気にしない、ノイズを殺せるならばそれでいい。

 復讐者、天羽奏である。

 

「気道を確保しろ! さっきまで窒息してたんだぞ!」

「バイタル低下! すぐに医務室に運ばないと……!」

「奏ちゃん、しっかりするんだ!」

 

「どい、つも、こい、つも……あたしの邪魔すんな……ちから、よこせ……」

 

 しかし復讐者はその牙を剥くことなく、血だまりの中に倒れ伏した。

 気を失った奏の体を研究員達が担架に乗せ、運ぶ。

 ゼファーがここ数ヶ月の間、何度も見た光景だった。

 

 天羽奏には、戦いにおいて風鳴弦十郎に匹敵する才があった。

 だが、シンフォギアを操る才能がなかった。

 シンフォギアが人体にかける負荷を軽減する才能、『適合係数』が致命的に足りなかったのだ。

 ゆえに、彼女は今に至っても、シンフォギアの起動において15回に1度は血を吐いてしまう。

 装者の身を守るはずのシンフォギアが、負荷で逆に彼女の命を蝕んでしまうのだ。

 

 彼女は足りない適合係数を、櫻井了子が開発した適合係数制御薬『LiNKER』にて補っている。

 それでも、奏の適合係数は翼には遠く及ばない。

 薬を用いても不安定な装者と、何もしなくても安定している装者。

 

 ノイズをこの手で殺したい、と叫ぶ奏が今回の実戦実験に選ばれなかったのは、むしろ必然と言ってよかった。

 

「……ちく、しょう……」

 

 血反吐を吐きながらも、奏は力を求め続ける。

 ノイズを殺せる場所を求め続ける。

 それは絶対に折れず、曲がらず、揺らがないのではないかと思わされる鋼鉄の復讐心。

 翼が憧憬の念を抱き、ゼファーにも少なくない影響を与える烈火の想い。

 

 それでも、今はどこにも届かない。

 

「……カナデさん」

 

 ゼファーは強化ガラスに手を当て、ガラス越しにその少女の戦いを見ていた。

 ステージに上げられてしまう少女も居れば、少女をステージに無理矢理上げようとする政治家、せめて少女の手助けをと息巻く二課も居て、ステージに上がれないことを嘆く奏のような人間も居る。

 誰も彼もが自分にとって正しいことを求めているのだと、弦十郎に言われた記憶がゼファーの脳裏に蘇る。

 奏はきっと、それが正しいと信じる復讐を揺るぎなく追い求めているのだ。

 

「……正しさ、か。俺、ツバサ、カナデさん、偉い人達、二課の皆……」

 

 実験室に、奏に背を向けて、ゼファーは別の部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 ゼファーが向かった先は、二課本部に用意された翼の私室だった。

 物が少ないはずなのにやけに散らかっている。

 以前部屋を片付けてあげたところ「散らかっているように見えてどこに何があるかはちゃんと分かってたの! 使いやすいようにしてたの!」と言われてから、ゼファーは翼の部屋の片付けだけはしないようにしていた。

 

「いらっしゃい、ゼファー」

 

「ん、お邪魔します」

 

 翼もゼファーがここに来た理由が、例の実験についての話だと見当はついている。

 実験そのものの危険性は高くはないと彼女は聞かされている。

 だが安全であるという保証もないとも聞かされている。

 シンフォギア初のノイズとの戦闘によるシンフォギア稼働実験の被験者は、当然だが翼が選ばれた。奏なんてもってのほかだ、当然の帰結だろう。

 翼にとっては、これが『シンフォギア装者』としての初陣となる。

 表面上は落ち着いて見えるが、内心は緊張や不安でいっぱいいっぱいに違いない。

 

「怖くないか、ツバサ」

 

「正直に言うと、ちょっと怖いかな」

 

 ゼファーが問うと、翼は本音を包み隠さず打ち明ける。

 

「私のせいで、何か大きな失敗をしてしまわないか、それが怖い」

 

 他の誰にも明かしていない恐れを、打ち明ける。

 誰よりも大切にしている血縁者の家族でもなく。

 他の誰よりも強い友情を感じている同性の友人にでもなく。

 ほどよい距離感の一人の友人だからこそ、打ち明ける。

 彼女も自分の感情に押し潰されそうになっていて、本番前にこの気持ちを打ち明けたくて、打ち明けられる誰かを探していたのだろう。

 その誰かが、今日はゼファーだったというだけの話。

 

「怖いのは死じゃなくて、失敗か」

 

「うん。私は、知ってる。これは一人の人が作ったものじゃないんだって……知ってる」

 

 翼は首から下げた赤いペンダントをぎゅっと握る。

 それが彼女のシンフォギア。絶刀『天羽々斬』だ。

 

 彼女は知っている。

 それを完成させるため、どれほど多くの人間が、どれだけ長い時間をかけてそれを完成させようと頑張ってきたのかを。

 頑張ってきた一人一人の顔を、覚えている。

 その頑張りが積み重なっていく光景を記憶している。

 翼が手にした力が、どれほど多くの人達に支えられているものであるかを知っている。

 

 だから彼女は、失敗こそを恐れている。

 皆の頑張りが自分の失敗で無に帰してしまうことを恐れている。

 自分が頑張れば上手く行く、上手く行かなかったらそれは自分に何かが足りなかったから、そう考えていそうな彼女のストイックさが言葉にまで表れていた。

 

「ツバサなら大丈夫だ。適合者が他に何人居ても、俺ならきっとツバサに託す」

 

「ありがと、ゼファー。これは二課の皆の夢と希望の結晶だから……

 だから私も、その中の一人として、二課の一員として……頑張りたいんだ」

 

 翼は握った拳を開き、広げた手の平の上でペンダントを転がす。

 

「ノイズに虐げられる人を助けるため、守るために。

 勝てない敵に抗うために、理不尽と戦うために。

 皆が夢見た、希望を託したこの力を……私が、ちゃんと使いこなしてみせる。

 この国を、この国に住む人々を、ずっと守ってきた防人の末裔として」

 

 昔の翼が気弱と言われていたなどと、今の彼女を見て誰が想像できようか。

 気弱な部分はなくなってはいないのかもしれない。

 だが、そんな弱さを飲み込んで余りある強さが、今の風鳴翼にはある。

 

「後悔しないように、精一杯生きていける選択を選びたい」

 

「―――」

 

 もしもその果てに、死することになろうとも。

 彼女はその瞬間まで後悔しない生き方をしたいと言う。

 死を覚悟した上で、強く『生きたい』と願うその在り方。

 それは全ての"生きたい"という気持ちを蔑ろにできないゼファーの胸を、強く打った。

 

「……ツバサは、生きたいんだな」

 

「? 誰だってそうでしょ?」

 

「―――。うん、そうだ。そうだな、当たり前のことだよな」

 

 頑張る理由はこれ一つでもいいのかもしれない、とゼファーは思う。

 

「生きて帰って来いよ、ツバサ。

 お前が生きて生きて生き続けて、シンフォギアの価値を証明するんだ。

 他の誰でもない、シンフォギアを皆と一緒に作ったお前じゃなきゃダメなんだ」

 

「うん、任せて」

 

 微笑みを浮かべる翼を見て、ゼファーは固い意思を番える。

 彼女の命を、生きたいという意思を、皆の頑張りを無駄にしたくないという願いを守るためならば、千のノイズすらも倒そうという意志を固めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは銃を構え、撃つ。

 銃弾は的に綺麗に命中し、彼は銃の手応えを確認、マガジンを排出した。

 今、彼が浮かべている表情はかつて彼が戦いの際に浮かべていた表情そのもの。

 己を最高の精神状態に持っていくため、ゼファーはかつての自分を極力再現するように心の状態を調整していた。

 

 無論、昔の彼をそのまま再現できるわけがない。

 体も、心も、ずいぶんと成長しているからだ。

 冷たさと熱さが心の中で入り交じる。

 伸びた身長、しっかりしてきた体つきが、以前よりも威力のある銃を扱えるようにしてくれていた。今の自分に相応の銃をチョイスし、ゼファーはホルスターに収めていく。

 扱える爆薬の量と種類も、知識が付いた今の彼ならば以前とは比べ物にならない。

 

「よし」

 

 人もノイズも殺し慣れた戦士の表情。

 誇れることでも、褒められたことでもない、そんな人生を経てきた少年の戦いの顔。

 だが、今はその人生で得てきた全てを誰かを守るために使おうとしている。

 二課に備蓄された武器を最高の量とバランスで装備し、固めた久しぶりのフル装備だ。

 その手には一課の林田から受け取った、遺物の銃が握られている。

 

 ゼファーがこうして"最高の装備状態"で戦いに挑もうとするのは、F.I.S.での対ノイズロボ戦以来……あのブドウノイズロボ達と戦って以来、初めてだった。

 ノイズから人々を逃がすための、避難誘導のための装備ではない。

 敵を殺すための、勝つための武器。ノイズと戦い倒すための装備だった。

 装備重量を減らして回避力を引き上げ、生還力を底上げしようとする思考を切り捨て、リスクによってメリットを引き上げる装備の構成であった。

 

「行くか」

 

 シンフォギア、初の実戦投入。

 並びにノイズとの戦闘による性能調査実験、その当日の朝のことだった。

 人類史初のシンフォギアとノイズの戦い。

 

 役者が揃った一つの舞台の、幕が上がる。

 

 

 


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