戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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三期でリストラされると噂のノイズさん達、捨てるにはもったいない逸材というのに……それはそうとかっこいい防人の翼さんとネタにされる詐欺盛の翼さんは別人ですよと強く主張する次第


3

「二課本部、及び実験観測班からの報告です。実は―――」

 

 オペレーターとして同行していた友里あおいからの報告を聞き、了子は頭を抱えた。

 

「あの警備を抜けて、盗み出して、車にこっそり潜んで付いて来ていたっていうの……?」

 

「あの子の執念と能力を甘く見過ぎましたね……」

 

 状況は最悪。

 ノイズの再出現でただでさえ不確定要素が多い不利な戦況に、ジョーカーのゼファーを投入したことで更に不確定要素が増え、今また一つ増えてしまった。

 もはや、ちょっとやそっとの行動では収集が付かない状態に転がってしまっている。

 

「私も出ます、櫻井女史」

 

「あまり前に出過ぎないようにね、あおいちゃん。

 天戸さん達と合流してから慎重に動くのよ? おけー?」

 

「はい、OKです。……でもその、この歳になってちゃん付けは……」

 

「いーじゃないの、そのくらい。私と違ってアラサーじゃないんだから」

 

 二課本部のノイズ反応、アウフヴァッヘン波形を計測するレーダーが稼働し、光る。

 それが指揮車へと送られ、彼女らが見ている戦場の情報を書き換えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話:シンフォギアVSノイズ 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーが希少型である、ブドウ型ノイズと相対したのは二回。

 一度目はビリーが死んだ時。

 ブドウノイズはビリーに敗れはしたものの、その果てにビリーは死んでしまった。

 二度目はジェイナスが死んだ時。

 ブドウはジェイナスを殺し、ゼファーの目の前でその死体を踏み潰し、少年は戦うこともできず逃げた果てに、『紅き災厄』に飲み込まれた。

 

 ゼファーがブドウ型ノイズを模したノイズロボと同じ戦場に立ったのは二回。

 一度目は切歌の命を守るために戦った時。

 ズタボロのボロ雑巾のようになりながら、敵がロボであった幸運を掴み、彼は勝った。

 二度目は初めての共闘をした時。

 共に戦い、決定的な敗北を喫し、ゼファーはセレナを含む大切なものを全て失った。

 

 ゼファーの生涯における転機、彼が生きていた小さな世界の崩壊には、いつだってこのブドウ型ノイズが絡んでいた。

 多くの大切な人の喪失の裏に、このノイズの影があった。

 それは意識の深層に刻まれたトラウマに近い傷となり、彼の深い所に刻まれている。

 

 このブドウのノイズを見る度に、ゼファーの背筋は冷える。

 また誰かが死んでしまうんじゃないか、と。

 そのノイズと相対する度に、ゼファーの戦意は昂ぶる。

 もう自分の目の前で誰も死なせてたまるか、と。

 だからこそ、ゼファー・ウィンチェスターにとって、このノイズは特別な敵だった。

 この敵に負けることは翼の死に繋がるのだと、他の何でもないゼファーの直感が告げていた。

 

 

 

 

 

 地面を揺らがず大爆発。

 赤とオレンジの炎、真っ黒な黒煙が入り混じった爆炎が幾つも膨らんでいく。

 小岩を使い大ジャンプしたゼファーのバイクが、その爆炎の合間をくぐり抜けた。

 

「っっっ!」

 

 着地と同時にハンドルを切り、ゼファーは眼前に迫るナメクジ型の八本の触手をかわさんと、回避行動を取る。

 ナメクジ型の八本の触手の狙いは正確無比。

 回避行動だけではかわせはしないが、ゼファーはそこでハンドルを切りながら片手で拳銃を狙い撃った。銃弾が触手の内一本を弾き、八本の触手は結果的に全て地面へと突き刺さる。

 

(数はそう多くない、が、ノイズの密集地に突っ込みながら避けるのはキツい……!

 バイクがなかったら、とっくの昔にお陀仏だ! それに、小型だけならまだしも……)

 

 空より小さな球体が連射力を重視して十数個も連続で放たれ、爆発。

 ゼファーは加速しながらハンドルを切って切って切りまくり、普通のバイクでは到底出来ないような角度と加減速を用いて、ジグザグに爆撃をかわしていった。

 爆撃を行って来たノイズ――当然、ブドウ――は空中でくるりと一回転し、着地してバイクと並走。

 ブドウ型とバイクは横並びに走り、戦場を風より速く駆け抜ける。

 

「お前が、何より厄介なんだよなあッ!」

 

「―――」

 

 ギチチ、と関節が稼働する音が、まるでブドウノイズの声のよう。

 ブドウノイズは爆弾を、ゼファーは拳銃を互いに向けて撃つ。

 銃弾で誘爆した爆弾が何度も何度も炎の花を咲かせ、間が悪くそこに居た小型ノイズを幾度と無く巻き込んで粉砕した。

 それでも個別に位相差障壁を展開できる十数の爆弾同時展開は強く、ゼファーは八の爆弾、鳥型含む複数の小型ノイズに囲まれてしまう。

 

「しっ!」

 

 しかしゼファーはバイクをウィリー。

 バイクの前部を斜めに浮かせ、一瞬でバイクの前後を180°回転させた。

 そこで前部を地面に叩き付けるように地に足付ければ、バイクが減速、一瞬の停止、そして前後逆となっての再加速。

 スリップしかねない状態でバランスを取りつつ、ゼファーは逆再生と一瞬見まごうほどの逆走を実行し、爆発する球体とそれに巻き込まれるノイズ達を背中に、ブドウと距離を取った。

 

(ブドウが一体居るだけで、ツバサ救出にかかる時間と難易度が段違いだ……!)

 

 生半可なルート選択ではノイズ達に捕まってしまう。

 ゼファーはブドウを引き離した後、壁と言っていい斜度90°弱の崖面をバイクで駆け上がる。

 そうして崖面の終わり際で反転。追って来るノイズ達が崖面を登って来るのを見つつ、その合間をスラロームのように抜けながら、崖面を降りきった。

 さらに重力による加速も加え、その速度で一気にノイズの集団の隙間を抜ける。

 

 しかしその頃には、またブドウの接近を許してしまっていた。

 

(速い、硬い、唯一無二の広範囲爆撃……くそっ、結局振り切れなかった!)

 

 想定はしていたが、あまり良くない状況に流れが傾く。

 ゼファーの目に映るのは、ノイズに囲まれなおも戦い続ける翼の姿。

 アクセルを吹かして、ゼファーは彼女へ向かって一直線に加速した。

 その背後に、連れて来たくはなかった強敵を連れて。

 

 

 

 

 

 籠城とは、耐えれば勝てる可能性がある場合にのみ有効な戦術だ。

 援軍無き籠城に勝機なし、とすら言われることもある。

 勝機の見えない状況で耐えに耐え、たった一人で持ちこたえなければならないならば、その人は籠城で防御を固めているのとなんら変わりないだろう。

 例えば、もはやロクに歩くこともできなくなっている、今の風鳴翼とか。

 

「……ぐっ!?」

 

 腕も上がらない。立っているのも辛い。それどころか加速度的に体力が削られていく。

 最悪、寝っ転がっても息が切れたまま回復できない可能性すらある。

 そのくらい、何もしていないというのに彼女は疲弊していた。

 人並み外れた体力と身体能力を持つ風鳴翼でなければ、すぐにでも夏場に道路に打ち上げられたミミズのようになっていただろう。

 

(……重い……キツい……つらい……!)

 

 それでも、ノイズは彼女の状態なんてお構いなしだ。

 群れをなして、翼を殺そうとするために飛びかかる。

 バリアコーティングが正常に働いていない今の翼がノイズに攻撃されれば、炭素転換、あるいは単純な物理的衝撃で殺されかねない。

 それがどんな小物でも、だ。

 ノイズの中でも最も小さく、最も弱く、けれど最も数が多いがために最も多くの人間を殺してきたと言われる、カエルとオタマジャクシの中間型のノイズが翼に飛びかかる。

 

「この私を、力を奪えば無力となる手弱女と思わないでいただこうッ!」

 

 翼は全身全霊の力を振り絞り、なんとか一歩分動くだけの力を振り絞る。

 彼女はすっと無駄なく、無理なく、自然な力の流れで一歩だけ下がった。

 そうして振り絞った全身全霊の力を足から剣に向ける意識へと移動させ、注ぎ込み、位相差障壁を無効化する『調律』をなんとか発動。

 ノイズの動きに沿って刀を"添わせ"、すっと刃を引くことで、ノイズを切れ味のみで真っ二つに切り裂くのだった。

 

「すぅ……ふぅ」

 

 刀が纏ったシンフォニックゲインをシステム補助なしで制御、熱した鉄を冷まさないようなイメージで刀身の内でエネルギーを循環。

 調息という呼吸技術でむりくりに呼吸を整え、体力の減少を食い止める。

 翼は呼吸を整え、歌を歌い続けることだけは止めないようにしていた。

 ここでギアがかける負荷、あるいは受けたダメージによって歌が中断させられてしまえば、それこそこの戦闘が終わるまでの間に死んでしまいかねない。

 

(……呼吸を整えられる間奏はもう終わった……もうじき一曲が終わる……もう一度!)

 

《《       》》

《 絶刀・天羽々斬 》

《《       》》

 

 シンフォギアが奏でる音楽をもう一度、最初から奏で直す。

 それと同時に、オタマジャクシに一瞬遅れて飛び出して来たノイズ達が襲いかかった。

 ノイズの攻撃と攻撃のタイミングの隙間と歌の継ぎ目を合わせた翼の方が一枚上手だったようだが、それでも数の優位と力の優位は覆らない。

 だがそこでなんと、翼は歌いつつ、攻撃で倒される前に自ら倒れるという選択を選んだ。

 

(起き上がるのがしんどいのは、分かってるけど……!)

 

 上手く倒れるのに必要なのは受け身の技術と重力のみ。

 最高のタイミングで倒れた翼のせいで、厚みのある腕を伸ばした人型ノイズのパンチは空振り、翼の上にのしかかるような体勢になる。

 元より触れれば殺せるノイズだ。

 体当たり気味に突撃したことにも、のしかかる姿勢になったことにもちゃんと意味がある。

 しかし、今回ばかりは意味のある体当たり気味パンチだったことがアダになった。

 

「っ!」

 

 翼は刀を手に持つのでなく、柄の頭を地面に押し付け刀を立てる。

 彼女はのしかかって来たノイズに押し潰され……たかに見えた。

 その瞬間、倒されたのは翼ではなく、ノイズの方だった。

 人を殺さんと襲いかかったはずの、ノイズの背から刀が生えている。

 単純な理屈だ。

 翼は刀の柄の頭を地面に接し、のしかかって来たノイズが自重で刀に腹を貫かれるよう誘導したのだ。それが成功するよう、極限まで洗練された行動の内容とタイミングで。

 彼女は調律だけすればいい。

 それだけで、ノイズキラーたるシンフォギアは敵を討つ。

 

 本来の数%の性能しか発揮できていないこの状態で、人の天敵たるノイズを打倒できるシンフォギアがノイズの天敵として凄まじいのか。

 はたまた体がロクに動かないのにノイズを仕留める翼が凄まじいのか。

 いずれにせよ、鬼に金棒、弁慶に長刀、獅子に鰭とでも言うべき状態に違いない。

 

「……、っ、……!」

 

 翼が歯を食いしばって踏ん張れるのは、間奏、歌詞の継ぎ目、歌の流れが俗に言う一番と二番で切り替わるタイミング、その時しかない。

 それを使って倒れた体を起こそうとする翼だが、いくら踏ん張っても起こせない。

 全身を水着やタイツのように覆い、普段は彼女の命を守っているシンフォギアの服部分。

 高度な柔軟性、それと両立される優れた耐久性を持つはずのその部分が、今はただひたすらに重く硬く脆くなってしまっている。

 いわば岩で出来たタイツだ。体は曲げられず、重く、叩けば壊れる。

 体を起こすことすらできない翼に、残りのノイズが迫る。

 

 翼は刀を投げ、迫るナメクジ型の一体の脳天を突き刺した。

 だが、それが限界。

 もう満足なアームドギアを作る余力も、立ち上がる力も、翼には残されていない。

 腕を使って立ち上がろうとするも、片腕を持ち上げるだけで精一杯だった。

 

(……無念……!)

 

 歯が軋むほどに強く、翼は歯を食いしばる。

 せめて最期を迎えるその瞬間まで、敵を睨みつけてやろうと、そう決めたまさにその時。

 独特のエンジン音が響いたと同時に、発砲音。

 翼に襲いかかったノイズが一体残らず、横殴りの銃弾に叩かれた。

 目の前の腕すら上げられなくなっている、いつでも仕留められる獲物から、ノイズの視線が新手の戦闘者へと移る。

 

「……ギリギリ、間に合ったか!」

 

 左手をハンドルに。右手を拳銃に。

 気を引く程度の威力にしかならないが、拳銃弾でノイズをぶっ叩く。

 そうしてノイズ達が翼からゼファーの方に気を引かれたその一瞬の隙、包囲網の合間を縫うようにバイクを走らせ、彼は拳銃を投げ捨て右手を伸ばす。

 翼も同じく、右手を伸ばす。

 

「持ち堪えてくれてると信じてたぜ、ツバサッ!」

「絶対に来てくれるって信じてた、ゼファーッ!」

 

 手を取り、掴み、引き上げ、引き上げられる。

 繋がる手。

 バイクの上で、二人は顔を合わせて不敵に笑い合った。

 しかし会話を楽しむ時間もなく、彼と彼女の背後に迫るブドウ型ノイズ、翼を囲んでいたノイズ群、そして包囲網を抜けたバイクの行く手を阻むように現れた新手のノイズが視界に映る。

 二人は一瞬で表情を引き締め、それを戦士の顔へと変えた。

 

「歌をもう一度最初から、頼む!」

 

「任せて!」

 

 ゼファーの指示に従い、翼は再度『絶刀・天羽々斬』を歌う。

 翼はバイクの上で、風になびく自分の髪の先を見た。

 毎日その髪と付き合っている彼女にしか分からない形で、青く長い髪の先がちぢれ、ボロボロになっている。

 ……バリアコーティングが、正常に動作しなくなり始めているのだ。

 炭素転換を無効化出来る時間も、あと一時間あればいい方だろうか。

 それでも雑巾を力いっぱい振り絞るように、残り少ない無いに等しい力を振り絞り、翼は全ての力をバリアコーティングの展開に注ぎ込む。

 

「邪魔だ!」

 

 バイクの進行方向に立ち塞がる人型ノイズ。

 ゼファーはそれを前にして、ノイズに向かって叫びつつ、まず翼を上に放り投げた。

 

(邪魔なのって私!?)

 

「いやツバサは邪魔じゃねえよ!? でもちょっとごめんな!」

 

 そしてバイクを跳ねさせ、大ジャンプ。

 高速回転する後輪を人型ノイズに叩き付け、その重量と回転速度で人型ノイズの顔面を"ひどいこと"にした。

 上に放り投げたとはいえ、これだけ近い距離ならば翼のバリアコーティングはバイクとゼファーをも保護するバリアとなり、ノイズの接触による炭素化を無効化してくれる。

 ノイズを踏み台にし、ゼファーは空中で翼をキャッチ。

 バイクのサスペンションを最大限まで活用し、衝撃少なく着地した。

 

「よし、上手く行った……いやごめん、今の扱いは正直悪かった」

 

 歌いつつ恨みがましい目で見てくる翼から目を逸らし、ゼファーはバイクを加速させる。

 アサルトライフルのスリングを翼を抱え固定する補助に使ってはいるが、自分で体を動かせない人間一人を抱えてバイク操作というのは中々に無理があった。

 必死に翼を抱えつつ、ミラーで背後を見るゼファー。

 そこには背後から迫るノイズの集団と、その先頭を走るブドウノイズの姿があった。

 

「なら、もう一発」

 

 ゼファーはジャケットの前を開き、その下のホルダーに手をやった。

 そこに収められていたのは、20個の拳銃マガジンサイズの機械容器。

 彼はそれを引き抜き、後方へとばら撒く。

 そしてポケットの中に入れていた携帯端末を操作し、画面の『ALL』という表示を押した。

 

「かましてやるッ!」

 

 すると、遠隔操作型の爆弾であった機械容器が20個同時に爆発。

 サイズからすれば常識外れなくらいの規模の爆発は、位相差障壁という反則によって一体のノイズも倒すことなく空振り、けれど後方のノイズ達の足をほんの少しだけ止める。

 爆炎と巻き上げた砂塵が視界を塞ぐ壁を作り、少年少女の姿を覆い隠した。

 かつてのゼファーでは使えなかった、電子制御の爆弾を扱う複合攻撃だ。

 

 爆発がノイズの足を止め、視界を塞いでいる間に、ゼファーは周囲に視線を走らせながらバイクを走らせる。

 間を置かずゼファーは近くにあった、戦闘で生じた岩の積み重なりにより目につかなくなっている位置の側溝を発見、そのそばに移動。

 側溝が破壊され広がり大きくなっていることを確認し、そこに翼を放り込んだ。

 

「ちょっ」

 

「そこでじっとしてろ。すぐに迎えが来る」

 

 翼は筋肉が付いているとはいえ、全体的に細身で厚みのない体をしている。

 じっとしていれば、物陰に隠れている人間を発見することもあるノイズが相手だろうと短時間ならば、かつノイズが近くに来なければ、見つかるまい。

 そう。ノイズが、近くに来なければ。

 

「その間、俺が囮を務める」

 

「待って、ゼ――」

 

「翼が命を懸けて戦うなら、俺も命を懸けてお前を助ける。何しろ俺達、友達だからな」

 

「――!」

 

 そう言ってゼファーはハンドルを切り、ノイズに向かってバイクを走らせた。

 

 今の位置関係は、漢字の『斗』の形が一番近いだろうか。

 『斗』の左上の二つの点がゼファーと翼。包囲している二つの線がノイズ。

 ゼファーは左上で翼を隠し、全てのノイズの注意を引きながら翼とは反対方向……右下の方へ抜け、二課の仲間と合流しようとしていた。

 翼の位置を仲間に知らせて裏で回収してもらい、右下で囮を続けつつ、全員が逃げられるようにと時間を稼ぐ。それが今のゼファーが狙っている流れだ。

 最終的に『斗』が『卞』になればよし。

 シンフォギアが機能停止しブドウという想定外が出現した時点で、ゼファーはノイズを全滅させるという二課の当初の作戦は意味を無くしていると、そう判断した。

 

 ブドウが居なければ、ゼファーは翼を連れてバイクで逃げ切ることも出来ただろう。

 しかし、ブドウが相手では翼を連れて逃げ切るどころか爆撃を回避できるかさえも怪しい。

 二人揃ってミンチになるのが関の山だ。

 で、あるからして。

 ゼファーは翼の救出を別の誰かに任せ、ノイズ軍団に単身突っ込み、これを突破するしかない。

 

(こんな無茶苦茶な作戦、フィフス・ヴァンガードに居た頃に戻ったみたいだ……)

 

 ゼファーはブドウの爆発が飛ばした小石が裂いた頬を、指先で拭う。

 そこには血がこびり付いてはいたが、傷はなかった。

 この戦場では役に立ちそうにない再生能力が働き、せめてもの貢献として彼のコンディションを整える。

 

 今のゼファーは傷一つ無いが、大ピンチも大ピンチだ。

 自己再生能力があるとはいえノイズに触れられれば即死の前提に変わりはない。

 ノイズの群れに突っ込むということは、雨粒が一つでも肌か服に触れれば死ぬという前提で、雨が降っている土地に身一つで突っ込むようなものだ。

 そんなことをして生きている方がおかしい。

 ラグビーで一度も敵に触れられずに敵集団の中を駆け抜ける方が幾分楽だろうが、それでもやれと言われて出来る奴は居ないだろう。

 

「だけど、勝機もある」

 

 しかし目ざといゼファーは、この状況に絶望だけでなく希望も見出していた。

 一部のノイズ、具体的に言えば一番最初に出現したノイズ達が自壊を初めている。

 二度目に出現したノイズ達の自壊はまだまだ先だろうが、これでいくらか楽になるだろう。

 ゼファーはアサルトライフルと拳銃の中に残弾があることを知りつつ、マガジンを交換。

 万全の状態にした上で、アクセルグリップを巻き込むように回転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『彼女』を、誰も彼もが甘く見ていた。

 見ていなかったのは三人のみ。弦十郎、翼、ゼファーだけだ。

 弦十郎は忙しく、翼とゼファーは実験に意識が向きすぎていた子供。

 つまり、誰も彼もが『彼女』を甘く見ていたことには変わりなかった。

 

 『彼女』は理性より先に感情。考えるより先に本能の女。

 人に対するスタンスも、法や国という枠組みを守ることを大切に思い、その中の一部分である力なき人々を守ろうとする翼とは対照的だ。

 例えば、身内が犯罪者になったとする。

 翼は自分の手で捕まえ、罪を償わせようとするだろう。

 しかし『彼女』は、その人間に非があろうとも、犯罪者となった身内を庇うだろう。

 たとえ、国や体制を敵に回したとしても。

 

 翼は自らを律しルールを守る者、皆と一緒に誰も傷付けない選択を選ぶ勤勉なる者達を尊び、尊敬する。正しさと義を忘れない心で、彼女は他者と繋がる。

 『彼女』はルールを破った悪人であったとしても、「それがどうした」と決まり事の方を蹴っ飛ばし、その人を抱きしめる。感情と信頼で彼女は他者と繋がる。

 つまり、『彼女』は元々言いつけや決まり事で縛れる人間ではないのだ。

 その性質の良い部分が今は復讐心によって覆い隠されてしまっていて、悪い部分しか表に現れていないが、それをちゃんと見てくれている人もちゃんと居る。

 

 『彼女』は二課の最深部のセキュリティを一年近く研究し、この日ようやく突破した。

 そしてシンフォギア・ガングニールを盗み出し、ゼファーによる警備が無くなった二課本部からやすやすと脱出し、近場の車の中に体を潜めていた。

 シンフォギアを盗み出した奏は、「ノイズをぶっ殺してやる」と息巻く。

 そのために、確実にノイズの下へ連れて行ってくれる車……シンフォギアの実戦実験に使用される車の一つに乗り込んだのだ、と、自分の思考がそうなのだと自分でそう思い込んでいた。

 

 客観的に見れば、ノイズを一回殺すためだけに一年近くかけた準備期間を無に帰してシンフォギアを盗み、翼達の実験に潜り込もうとするなんて、ツッコミどころしかない。

 自分で自分に「ノイズを殺すため」と言い聞かせてる辺り、もう無茶苦茶だ。

 『彼女』の本心は言うまでもない。

 語る必要すらない。

 この日、この時、この場所を選んで『彼女』が"槍"を執った理由。

 

 ゆえに、彼女は友と思う者の前に立つ。

 

 

 

 

 

 空より、槍が降る。

 

 ゼファーは思わずブレーキを踏み、バイクの側面を前に向けて滑りながら車体を止めた。

 彼の進行方向に居たノイズが次々と頭上より大きな槍に貫かれ、破壊されたノイズの破片が炭の屑に変わり果てていく。

 ブドウは横っ跳びにかわしたが、残りのノイズはほぼ全て千々に吹き飛ばされていた。

 別所からこちらに向かってくるノイズが居たとしても、すぐに来ることはあるまい。

 ゼファーの前に立つノイズは、もはやブドウのみ。

 

「……ああ、ほら、あなたが俺の命を助けたりするから、雨じゃなくて槍が降った」

 

 ゼファーが呆れたように笑いつつ、軽口を叩く。

 そんな彼の横に降り立った、ノイズの包囲網に大きな穴を空けたその当人。

 軽やかに着地し、その人物はゼファーの軽口に笑って応える。

 

「普段のあたしらしくないってか?

 安心しろ、あたしはノイズをぶっ殺しに来ただけだ」

 

 その少女は、そのシンフォギア装者は、まるで炎のようだった。

 ボサボサの赤色の髪に、オレンジ色の服色が燃え盛る烈火のようだった。

 翼よりも全体の中で黒が占める割合が多く、黒いカラーリングが下半身の多くを覆っているために、下半身は灰と炭、上半身は燃え盛る紅蓮のようだった。

 適合係数の低さゆえに、純粋なエネルギーとして消費しきられなかったシンフォニックゲインが熱となり、吹き出すそれがまるで炎熱のようだった。

 

 焔の守りとなって、『天羽奏』はゼファーの前に降り立ち、ノイズに立ち向かう。

 その手には、彼女の身長ほどもある大きな槍。

 

「それに、ノイズが人を殺すってのは、あたしとしては我慢ならねえ」

 

 この赤と橙の炎の色が、天羽奏の纏うシンフォギアの力の形。

 

「全てのノイズは、あたしが倒すッ!」

 

 なんて頼りになる人なんだ、とゼファーは思った。

 

「だが運が良かったなそこのノイズ。あたしのギアも限界だ。

 もうほぼ動けねえ! あたしが動けてたら、今頃その命はなかっただろうよ」

 

「何言ってんだお前!」

 

 なんて予想外すぎる人なんだ、とゼファーは思った。

 適合係数の低さと調整不足のせいで先程の翼と同じ状態になった奏に、ブドウの爆撃球体が一つ迫るが、バイクを走らせたゼファーが横から奏をかっさらったことで、爆発は空振りに終わる。

 ほとんど体も動かない状態で、奏は自分に攻撃してきたノイズに牙を剥き、薬物中毒者じみている殺意に満ちた目をむいて、ノイズを睨んで叫んだ。

 

「クソ、野郎、調子に乗りやがって……ぶっ殺してやるッ!」

 

「ほぼ動けないってさっき自分で言ってただろうが!」

 

 ロクに体が動かなくなってもノイズへの殺意が微塵も揺らがず、毛の先ほどの恐怖も浮かんでいない天羽奏の有り様は、もはや流石としか言いようがない。

 ゼファーは荷物を一つ置いて戦いに来たというのに、また一つ荷物を背負ってしまった。

 近場のノイズの大半、この戦場のノイズの1/3を奏が一瞬で片付けるという大技を見せたおかげで余裕はできたが、ブドウが相手ならば焼け石に水だ。

 どちらにしろ逃げ切れまい。

 右、左とハンドルを切るゼファーの前後左右を絶え間なく爆撃が襲い、衝撃波と爆風だけでバイクが倒れそうなほどの恐ろしい攻撃の嵐。

 戦いの中で進化し、アウフヴァッヘン波形を用いた未来感知+音楽のレーダーへと至ったゼファーの直感を用いても、殺されるのは時間の問題だった。

 

「……今、ギアの機能はどのくらい使える? カナデさん」

 

「気合入れれば、調律とバリアコーティングぐらいなら余裕……ぐぶっ」

 

「血吐いた!? え、ホントに大丈夫!?」

 

「あたしはいっつも血ぃ吐いてんだろうが! 今更ガタガタぬかすな!」

 

 余裕はないが気合はある。

 そんな奏を、この状況でゼファーは信じるしかない。

 奏が来たお陰で、彼が生き残るために選べる選択肢は確かに増えた。

 生き残りの可能性は総合的に見て増加しているのか減少しているのか分かったものではないが、それでも、彼も彼女も諦めてはいない。

 

 そして、縦横無尽に走るバイクがとうとうブドウの爆撃に捕まってしまう。

 先読みに先読みを重ねたゼファーの直感を持ってしても、『絶対に当たる状況』に持って行かれてしまえば、ブドウほどの相手の爆破をかわすことはできやしない。

 

「ぐっ……!?」

 

 そこでゼファーは、バイク前輪のフロントホイールに奏のアームドギアたる大槍を突き刺した。

 アームドギアはこの程度では壊れない。ゆえに、槍は前輪の動きだけを強制的に止め、擬似的なクラッシュを起こしてゼファー達を空中に放り投げる。

 坂で異常に加速した自転車の前輪がロックされると、これと似た現象が起こる。

 ゼファーはそれを、槍を用いて意図して起こしたのだ。

 

 槍と奏を抱えて、ゼファーは空中へ。

 ブドウの爆撃がバイクを吹き飛ばすのを見ながら、風鳴家で習った受け身を用いて、奏を抱えながら地面を転がった。

 着地の衝撃で両の足の骨から嫌な音がしたが、やせ我慢が得意なゼファーは悲鳴も上げず歯を食いしばり、耐えながら立ち上がる。

 どうせ治る。なら、我慢すればいい。激痛に倒れそうになる自分に、そう言い聞かせながら。

 

「馬鹿野郎、生身のお前が生身じゃないあたしを庇う意味なんて……!」

 

「今は、こんなつまらないダメージの軽減にリソースを使って欲しくないんだ」

 

 ゼファーは急速に治りつつある、けれど立つのが精一杯の足で踏ん張り、槍を構える。

 そして奏に立ち上がるよう促し、二人で槍を握った。

 槍先を向けるのは、眼前に在るブドウ型ノイズ。

 

「当てるのは、俺がやる」

 

「……なーるほどな。あたしも、一回跳ぶくらいなら難しくはねえ」

 

「なら、タイミングを合わせて」

 

「あたしが炭素化と位相差障壁を潰す」

 

「俺が槍を突き出し、貫く」

 

「「それで、殺る」」

 

 二人の手が槍の柄を握り、手の端と端が重なる。

 槍先が単独でこちらに向かってくるブドウへと向けられ、二人の足に力がこもった。

 接近しつつ、ブドウ型ノイズは爆弾をいくつも歩けない二人に発射し、爆殺せんとする。

 

「―――」

「―――」

 

 それらの爆弾を、ゼファーが銃撃で撃ち落とす。

 撃たれた爆弾は誘爆し、他の爆弾を巻き込んで大爆発。

 爆熱がゼファーの肌を焼き、破片が一つ右の眼球へと突き刺さった。

 それでも、ゼファーは撃ち続ける。

 

 このまま爆殺されても終わり。

 位相差障壁の個別展開で、爆弾がすり抜けながら飛んできても終わり。

 ブドウ型ノイズが怪しんで足を止めても終わり。

 ゼファーと奏の周囲を回りながら、死角を探して飛び込んできても終わり。

 etc、etc、etc。

 二人が勝てない未来、負ける未来、殺される未来の可能性だけは数え切れないほどにある。

 なのに勝機は一つだけ。

 二人の間合いを読み違えたブドウ型ノイズが、二人の間合いに入って来た場合のみ。

 

 だが、ゼファーと奏は諦めなかった。

 自分達が生き残る可能性を、未来を信じていた。

 その思いが、奇跡のような偶然を、この場に招き寄せる。

 ゼファーが撃った爆弾が誘爆し、全ての爆弾を巻き込んで大爆発、その爆炎に紛れてブドウ型ノイズが一気に距離を詰めてくる。

 

 翼が放った『蒼ノ一閃』。

 奏が放った槍の雨。

 その二つがブドウ型の記憶領域に残り、回り回ってノイズの判断を「距離を離した方が不利」という結論に、この局面で至らしめる。

 ゼファーと、翼と、奏の行動が。諦めなかった意思が、足掻きが。

 最後の最後の土壇場で、彼らが求めた行動を敵より引き出す。

 

「「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」

 

 ゼファーは治りたての足で筋力全開、跳躍。

 奏はギアのパワーアシストを用いて、跳躍。

 ゼファーの腕力にて、槍が突き出される。

 奏が位相差障壁と炭素転換を無効化し、共に突き出す。

 一足一刀の間合いではなかったはずの距離から跳び、槍を突き出す二人の男女。

 

 それが、ブドウ型の胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貫いた……かに、見えた。

 だが、届かなかった。

 

「なん……だと……!?」

 

 ブドウ型は、必殺であったはずの二人の連携攻撃を見切った。

 武道の達人でさえ見切れなかったであろうその攻撃を、見切ったのだ。

 ブドウは攻撃された瞬間急ブレーキをかけ、後ろに跳ぶ。

 そして自分の胸に突き出された奏の槍を、白刃取りのように受け止めたのだ。

 天敵たるシンフォギアの槍を受け止めた腕は、衝撃と負荷のせいでボロボロに崩れ去ってはいるが、移動に使う足、攻撃に使う爆弾の枝も完全に無傷。

 胸には槍先が付けた軽い傷があるだけで、完全破壊にはほど遠い。

 結果的に言えば、ゼファーと奏の最後の賭けは、ブドウの戦闘力を奪うことすらできなかった。

 

「まだだ……!」

「……ああ、そうだな、まだだ……!」

 

 絶体絶命。打つ手なし。

 天羽奏。もはやあと数分立っていられるかいられないか、というコンディション。

 ゼファー・ウィンチェスター。残り爆薬3、マガジン2、アサルトライフル1、拳銃なし。

 そんな絶望的な状況であるというのに、二人はまだ諦めていない。

 

「まだ、俺達は生きているッ!」

「まだ、あたし達は戦えるッ!」

 

 ゼファーは銃を構え、奏は槍を杖のようにして立つ。

 撃ちてし止まぬ運命に吠える。

 この二人が戦士として、他の人間よりも優れている部分の最たるものは、どんな絶望にも膝を屈さず、折れることのないこの心の中に秘められている。

 

「俺は生きる!」

「あたしは生きる!」

 

「「お前なんかに、邪魔されてたまるかッ!」」

 

 知るか、と、口もないのに、ブドウ型ノイズが言った……そんな気がした。

 ブドウの背部に、葡萄の実のような爆弾球体がいくつも膨らんでいく。

 一つ一つが二人を纏めて爆殺するに足る威力であり、それが十二個。

 ゼファーと奏は目を逸らさない、目を閉じない。

 具体的に抵抗する手段がなくとも、抵抗することを諦めはしない。

 そんな二人を爆殺せんと、ブドウ型ノイズはその爆弾を一斉に放とうとして――

 

「天魔伏滅」

 

 ――空より降ってきた四つのクナイに、その影を縫われた。

 

「! これは……忍法・影縫い!」

 

 しゅたっ、と物音をほとんど立てずに降り立つ青年の姿。

 奏は一瞬、誰か分からなかった。

 しかしゼファーはよく知っている。その背中をよく知っている。

 普段は優しげで、有事にはとても頼りになる、その男の背中を知っている。

 

「シンジさん!」

 

「あのナヨナヨしてた緒川の旦那!? 嘘だろ!?」

 

 緒川慎次、推参。

 

「ノイズ相手では長くは持ちません、早く!」

 

 見れば、その肩には翼も抱えられている。

 しかもその場に現れたのは緒川だけではない。

 ゼファー、奏、緒川の側に、恐ろしい速度で接近&怖いくらいのブレーキ技術で停止した、そんな車が止まりドアが開いた。

 

「乗って、急いで!」

 

「アオイさん!?」

 

 ゼファーは緒川と視線を交わし、意思疎通。

 奏を抱えたゼファー、翼を抱えた緒川は、時間が足りなかったためか開いていたバックドアの奥に女子二人を放り込み、バックドアを閉める。

 

「ぎゃふっ」

「てめっ、後で覚えてろよ!」

 

 身動きができないがために荷物のように扱われた二人を置いて、緒川とゼファーは車の左右からすぐさま搭乗。二人が乗るか乗らないかというタイミングで、すでに車は発車していた。

 

「アオイさん、これはどういう……」

 

「おう坊主、俺達も居るぜ」

「や」

 

「って、天戸さんに土場さんも!?」

 

 運転席のあおいに文句を言おうとしたゼファーだが、そこで運転席の後ろに居た天戸、助手席に居た土場に声をかけられる。

 あおいは指揮車に、緒川と土場とは支援車両に、天戸は前線部隊に居たはず。

 なのに何故、とゼファーは疑問に思う。

 

「助けに来たのよ、今各部隊から動かせる人員集められるだけ集めてね」

 

「アオイさん……」

 

「櫻井女史から預かり物もある。まあ、ここからは私達を頼りたまえよ、少年」

 

「土場さん……」

 

「ガッハッハ、だがよくやった坊主! 後でおでんおごってやるぜ!」

 

「天戸さん……!」

 

 諦めなかったから、繋がる希望、繋がる未来。

 二人が諦めず、戦い続けたことには、意味があった。

 

「ですが、ゼファーさんにはどうやら厄介なファンが付いてしまったようです……ね!」

 

 ゼファーが大人達の言葉を噛みしめている横で、緒川が車の天井、ルーフを開く。

 そしてそこから上半身を出し、拳銃を狙い撃った。

 緒川は忍術の達人でありながら、同時に拳銃の扱いにも卓越した能力を持ち、ゼファーの乱射とそう変わらない速度で精密射撃が可能である。

 それが貫いた葡萄の実のようなものが、爆発。

 上半身を車の中に戻した緒川ごと、車体を大きく揺らした。

 

「きゃっ!?」

 

「ブドウ型……!」

 

「延長戦か。今日ばかりは望むところだ、なんて言えねえなオイ!」

 

 悲鳴を上げるあおい、敵の正体を瞬時に理解したゼファー、強気の台詞を吐きつつ緒川の代わりにルーフから上半身を出す天戸。

 どうやら、敵は見逃してはくれないらしい。

 天戸に続き緒川も車の上に上半身を出し、銃での反撃を行い始めた。

 

(これだけの人数を乗せてるからか、遅い、動きが悪い……

 マズい、このままだとこの車が皆の棺桶になりかねないぞ!)

 

 友里あおいの運転技術は確かに優れている。

 しかし、人を七人乗せた車では最高速度・加速・小回りの全てにおいて不利が生じてしまう。

 このままではマズい。

 そう判断したゼファーの前に、土場が何かを差し出した。

 

「え? ど、土場さん?」

 

「これを後ろに居る翼君と奏君のシンフォギアに繋げるんだ。

 出来るな? いや、君なら出来るはずだ。研究班の手伝いをしていたのだから」

 

「は、はい。出来ますけど」

 

 大小様々な機械と、その端子。

 ゼファーにはどれも見覚えがある。

 シンフォギアの調整を行うための、パラメータ操作用の機械だ。

 土場は助手席でこれをずっといじっていたようで、手元にある機械を全てゼファーに渡しつつ、耳に付けていたインカムをゼファーに付ける。

 

『ハローハロー、こちら櫻井了子。そっちはゼファー君で間違いないかしらん?』

 

「リョーコさん!? あ、はい、そうです!」

 

『よーし、よしよしよし。状況は全部土場くんから聞いてるわ』

 

 ゼファーは察する。

 まだ、打てる手は残されているのだと。

 自分には思いつかないのだとしても、大人達が力を合わせて成し遂げようとしている、そんな形勢逆転の策があるのだと、そう思う。

 そして、少年にそう思われるのに相応に、二課の大人達の頭脳は人並み以上に優れていた。

 

 

 

 

 

 ブドウ型ノイズは腕こそもがれてはいるが、満身創痍ではない。

 腕をもがれて出血多量で死ぬ、なんて欠点もノイズには存在しない。

 まして、ブドウ型は基本的に腕を用いて攻撃しない。事実上、ダメージは無いに等しかった。

 

 そんなブドウに向けて、車の天井から体を出して攻撃してくる二人の男。

 天戸と緒川。

 緒川は拳銃で精密な射撃を、天戸はバズーカランチャーなどを用いての大火力で攻めてくる。

 これでブドウ型ノイズがダメージを受けた事実は一つも存在しないのだが、これがノイズの足をほんの僅かに止める効果を発揮していて、時間稼ぎにはなっていた。

 と、いうより、最初からをそれを目的として撃っている様子。

 彼らは、何かを待っているようだ。

 

「天戸さん、準備出来たそうです!」

「よっし、俺らは邪魔だ! どくぞ慎坊!」

 

 その"待っていた何か"が来たようで、二人は揃って頭を引っ込める。

 ブドウ型ノイズは自分の邪魔をしていた攻撃が引っ込んだのを見て、これ幸いと一気に距離を詰め、跳ぶ。

 車の上に飛び乗るつもりなのだ。そうして今さっきまで人間側が使っていた天上の穴から中に入り、中の人間を皆殺しにしようとしているのだろう。

 その判断は非常に早く、二人が頭を引っ込めた瞬間から数秒も間を置かず、ブドウ型は車に向けて跳び出していた。

 だが、しかし。

 

「ここで決めるぞ」

 

 その突撃は、迎え撃たれる。

 

「ええ」

「いい加減、こいつのツラも見飽きたしな」

 

 車の名から飛び出してきたゼファーが車の上に立ち、ノイズから見て車のルーフの穴の向こう側にしゃがみ込む。

 続いて出てきた翼と奏は、シンフォギアの各所にコードと機械を付けていた。

 ノイズには分からない。

 

 了子がその機械を遠方から電波を飛ばして操作して、シンフォギアに起こっている不具合を解消しているなんてことは、分からない。

 それで体を動かすことが出来る程度には直ったシンフォギアのスペックを、『調律とバリアコーティング』に集中し、それだけは正常に機能させようとしているなんてことは、分からない。

 天羽々斬とガングニール、どちらか片方だけでも満足な性能を絞り出すことは不可能で、二つを直結させて擬似デュアルCPUと化していることなど、分からない。

 了子が修復した二つのシンフォギアが力を合わせ、二人の装者が力を合わせ、最高の一撃を繰りだそうとしていることなど、分からない。

 分からないから、その一撃が放たれることを許してしまう。

 

 そして二人は、その一撃を邪魔させるような余裕をノイズに許さない。

 風鳴翼と天羽奏は、ノイズを許さない。

 平和を乱す害敵の存在を許さない。

 

「行こう、奏!」

「ぶち抜くぞ、翼ァ!」

 

 奏が左手を握り締めると、そこから紫電のようなエネルギーが体を通して右手に向かう。

 右手に向かったエネルギーは、奏の右手と繋がっていた翼の左手に流れ込み、翼の体を通して彼女の右手、そして右手に握られた小太刀へと流れ込む。

 翼は右手を振りかぶり、風鳴の投擲術を用いて、その小太刀をブドウ型に向けて投げつけた。

 

「災いを貫け……私達の意地ッ!!」

 

 それはまさしく、銀色の流星。

 メジャーリーガーのストレートと比べても遜色ない速度で飛んでいったそれは、奏の槍が傷付けた小さな胸の傷を貫き突き刺さる。

 通常のノイズであれば、絶命して当然の一撃。

 だが、通常のノイズとは比べ物にならない強度を持つブドウ型ノイズは、その小太刀の一撃を胸に食らってもくたばることはなく、車の上に平然と降り立った。

 

「!? 耐えた!?」

 

 胸に小太刀を生やしたたまま、ブドウは爆撃準備。

 一呼吸の間も置かず、車の中身を吹っ飛ばそうとして……

 

「いや――」

 

 ノイズは、目の前に立っている少年に気付く。

 ノイズは、位相差障壁が機能していないことに気付く。

 ノイズは、胸に刺さった小太刀が自分を『この世界に引っ張り出している』ことに気付く。

 ノイズは、小太刀を引き抜こうとして己の腕がないことに気付く。

 ノイズは、少年が構えていることに気付く。

 

「――これで、フィニッシュだ」

 

 祈りを込めた原初の武器、"拳"。

 男の魂の全てを握り込む、信じる一撃。

 バリアコーティングに包まれたその腕が、調律された災厄へと向かう。

 

 『絶招』。

 

 それがノイズの胸に突き刺さった、小太刀の柄に炸裂する。

 有り余る衝撃とパワーは、ブドウ型ノイズの内部を破壊しながらも前後に貫く。

 ブドウ型が胸を中心に大穴を開けられ、小太刀がブドウの後方にすっ飛んでいくのと。

 

 ゼファーが吹っ飛ばされ、翼と奏にキャッチされたのは、ほぼ同時のことだった。

 

「がっ……!」

 

「ゼファー!?」

 

 ゼファーの絶招は、威力・タイミング共に完璧だった。

 しかし、敵もさるもの。彼の決定的な喪失の多くに関わってきただけのことはある。

 ブドウ型は背中の爆弾の中で手の平に乗るサイズの爆弾を選び、咄嗟に発射する前提で小型と大型ならば軽い小型の方が速く撃てるということに目を付け、抜き打ち気味にゼファーに当てたのである。

 まさに神業。

 絶招中でかわすことなんて出来やしなかったゼファーは、胸に直撃を食らってしまう。

 

 心臓や肺はなんとか無事だが、皮膚表面は火傷と血でドロドロ、胸骨はバキバキだ。

 ゼファーじゃなかったら死んでいる。

 彼であっても、全回復に数時間はかかるだろう。

 翼が車の後方を見れば、そこには胸に大穴を開けられても立ち上がる、そんなブドウノイズの姿があった。

 

 もはや戦えないだろう。自壊も時間の問題だ。

 だがあの状況から一糸報いて来て、その上立ち上がるノイズの姿に、翼は戦慄を覚える。

 

「なんて、奴……!」

 

 これがノイズ。

 シンフォギアがなければ敵わない、人類の天敵だ。

 そして未完成ならばシンフォギアの装者すらも殺し得る、最悪の災厄だ。

 

「げほっ、ごほっ……自壊、予定、時刻は……?」

 

「喋らないでください、ゼファーさん。残り20分です」

 

「……よし、なんとか、なりそ……」

 

 薄れていく意識の中、ゼファーは最後の心残りを緒川に問う。

 直感(ARM)のレーダーは、ノイズの残りの数が大して残っていないことを告げていて、20分ならば二課の部隊に死者が出る心配もないという推測が立てられる。

 郊外なのだから、市街地での戦いのような縛りはないからだ。

 それに安心し、ゼファーは自分の名を呼ぶ誰かの声を聞きながら、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーが起きた時、そこは医務室だった。

 横を見ると、そこにはメモと食事が置いてある。

 メモには"命の源は飯なんだよ by 絵倉"と書かれていて、山盛りの米と、トマトソースをかけられ切り分けられた鶏の胸肉と、レバーと、ほうれん草とトマトが並んでいた。

 明らかにゼファーが小食なことを考慮していない、けれど彼の体調を心配したメニュー。

 ゼファーはそれを半分だけ口にして、残り半分はまた後で食べようと決め、医務室を出る。

 廊下を進んでいくと、廊下の一部となっている休憩所に明かりがついていて、そこに二人分の人影が見えた。

 

「負け……になるのかな」

 

「実験は一応成功だろ。データは取れた上に、犠牲者もゼロなんだからさ。

 ……が、ノイズとの戦いって意味じゃ……結果的には尻尾を巻いて逃げたことになる」

 

「戦場に投入した人員の数と、倒したノイズの数で言えば、人類史に例がないくらい……

 って言われても、私達には実感が湧かないよね。もうちょっと、何かできたかも、って思う」

 

「そんなの負け犬の発想だろ。人類史はノイズから逃げてきた歴史?

 対ノイズ兵器でノイズを倒せたこと自体が歴史的快挙? はっ、笑っちまうっての。

 敵を全員ぶっ殺したら勝ち。逃げたら負け。理屈はシンプルなんだ」

 

「奏……」

 

「手応えはあった。あたしらの力は、ノイズを殺せる」

 

 それが風鳴翼と天羽奏であるのだと、声を聞いて理解する。

 

「だけど、足りない。力が足りない。

 『絶対たる力』と言うには脆すぎる……力が、力が欲しい」

 

「……そうね。珍しく、私も同意見。せめて、身近な人を守る力は欲しい……」

 

 力が欲しい。

 そう思うのは、そこに居た二人だけでなく。

 二人の話を聞いている、ゼファーも(かつ)えるように求めていた。

 渇いた地面が水を欲するように、彼も力を求めていた。

 ゼファーは数歩踏み出し、二人の前に姿を現す。

 

「ああ。そして、次は勝とう」

 

「! ゼファー! 怪我はもう大丈夫なの?」

 

「ああ、心配かけてごめん、ツバサ」

 

「おーおー、もう治ったのか、話には聞いてたがマジでスゲーな。

 今回みたいにサポートしてくれんなら、確かにお前は家政婦じゃないわ」

 

「家政婦……? そっちも、LiNKERの副作用は軽そうで安心したよ、カナデさん」

 

「適合係数制御薬の副作用よか、弦十郎の旦那のゲンコツと説教の方が効いたっての」

 

「ははは」

 

 頬に絆創膏を貼った翼も。

 首に包帯を巻いている奏も。

 胸に念のための固定具を付けているゼファーも。

 誰も彼もが、傷だらけだった。

 そんな中、ゼファーは拳を前に突き出す。

 

「強くなろう、俺達」

 

 それは決意で、約束で、誓いだった。

 

「今度は負けない。もう負けない。そのために、強くなろう」

 

「うん」

 

「だな」

 

 翼が、奏が、拳を突き出す。

 三人の拳が打ち合わされて、拳の合間に三角形を作り上げる。

 強くなろうと、少年と少女と少女は言った。

 

 そんな三人の話を物陰から立ち聞きしながら、邪魔しないようにと去って行く、そんな風鳴弦十郎の背中があった。

 

 

 


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