戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 『人』という字に「片方が楽して片方がいいように利用されてるだけじゃん」とか言う人が居ます。
 でもハーメルンなどでフォントを見れば『人』という字はちゃんと互いに支え合っているのです。
 ハーメルンというサイトで主人公をやっている以上、ゼファー君にもそういう大人になってほしいと思いました(小並感)


3

 

 

 魔神が、笑った。

 

 

 

 

 

第十七話:涙に浮かぶ未来 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大統領の手の者の死体がノイズの撒き散らす体液で溶解し、消えていく。

 フィーネのZWカートリッジの研究資料ごと、跡形もなく消えていく。

 米国にとって不利になる証拠が、消えていく。

 途切れ、戻り、明滅する意識の中で、ゼファーは銃を執る。

 彼が真っ先にしたことは、拳銃を連射し、己の右肘から先をちぎり飛ばすことだった。

 

「―――ッ!!」

 

「あ、あ、あぁ……!」

 

 激痛に悶えるも、歯を食いしばってぐっと堪えるゼファー。

 ノイズに貫かれた腕を捨てたが、炭素転換の侵食は止まらない。

 再生能力が肉体を再生し、それを上回る侵食が肉体をどんどん炭の屑にしていって、じわりじわりと肉を侵していく。

 心臓か、脳が炭化した時点でゼファーは死ぬだろう。

 今度こそ、後腐れなく。

 友達が自分を庇い、ノイズによってあまりにも残酷な殺され方をされようとしている、そんな光景を。小日向未来は、目の前でまざまざと見せつけられていた。

 

「やだ、やだ、死なないで……!」

 

 涙を流し、声を震わせ、炭化していく彼の体が砕けないよう優しく掴み、懇願する未来。

 痛みがある。死の恐怖がある。迫り来る万の敵が居る。

 ゼファーは歪んだ顔で、弱音を吐きかけ、こらえる。

 そして、心の奥から引っ張り出してきた『仮面』を被り、『本気の嘘』をついた。

 

「大丈夫だ」

 

 なんの根拠もなく。なんの理屈もなく。なんの保証もなく。

 ただ、彼女を安心させるためだけに。

 自分の命はもう守れないという確信、恐怖、動揺を抑え込み、ゼファーは微笑んだ。

 "こんな窮地はなんてこともない"と言わんばかりの、そんな表情で。

 

「ミクだけは、俺が必ず守る」

 

 そして未来を残された片腕で抱え、跳ぶ。

 ノイズの攻撃の乱打を避け、ゼファーは彼女を抱えたまま逃げる。

 他者の声を聞き届けられるように進化した直感が聞かせる、数万のノイズに蹂躙されるこの町に住まう人々の、助けを求める断末魔を耳にしながら。

 

(俺が見捨てた……いや、違う、現在進行形で、見捨ててる)

 

 未来だけは守ると、彼は口にした。

 

(……俺が、見捨ててるんだ……!)

 

 子供の悲鳴を聞きながら。大人の断末魔を聞きながら。

 発狂した誰かの末期の言葉を聞きながら。運命を呪う誰かの呪詛を聞きながら。

 ゼファーは歯を砕けるほどに強く食いしばり、この子だけは渡さないと未来を抱きしめ、ノイズを強く睨みつけた。

 

 

 

 

 

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 ゼファーは力のある人間ではなく、強い人間になりたかった。

 心も、力も、強い人。誰かの命も、心も、守れるそんな人。

 そんな強い人間になりたかった。

 

 大人ががむしゃらに力を求める姿を、ゼファーは見たことがない。

 日々を共に過ごし、ゼファーは知る。

 力が欲しいと心から飢えている人間は、その時点で子供でしかなく。

 そんな考え方から卒業できたのが大人というものであり、自分はまだ子供なのだということを。

 

 大人達は自分の弱さにも、自分の強さにも固執しない。

 強くなるべくして強くなる彼らは、「こうして強くなった」というものを持たない。

 彼らにとって、強くなる過程など特筆すべきものではない。

 だから「どうすればそんなに強くなれるのか」と聞いても、「飯食って映画見て寝る。男の鍛錬は、そいつで十分だ」という返答が返って来たりするのである。

 

 それこそが、ゼファーが欲しかった『本当の強さ』。

 強弱ではない価値を知り、戦いの中にない輝きを尊ぶ。

 大人はゆえに、優しさを、寛容さを、勤勉さを褒める。

 それこそが人の価値であり、彼が憧れた大人が皆持っていたものだった。

 

 ゼファーはそれを知っていた。

 自分が持たないからこそ、知っていた。

 戦いの中にしか生きられず、力を求め続けるしかない自分。

 自分の強さと弱さを無視できない、己の本当の意味での弱さを知っていたから。

 

 分かっていても、分かっていても、それでも、無視できない。

 ゼファー・ウィンチェスターはそれを分かっているくせに、それを無視できなかった。

 

 そして、彼はまた戦う動機を増やしてしまう。

 フィフス・ヴァンガードの荒野で友のために戦う動機を得たように。

 F.I.S.で誰かの希望を守りたいという動機を得たように。

 彼はこの平和な国で、『皆と一緒に頑張りたい』という動機を得てしまった。

 

 "無力なせいで皆に置いて行かれてしまう"。

 そんな未来を、彼は恐れるようになってしまった。

 かつての彼なら、そんなことは恐れもしなかっただろうに。

 

 くすぶる復讐心がある。こびりつく憎悪がある。責任感が、義憤が、罪悪感がある。

 

 それゆえに、ゼファーは心の底から力を求めた。

 

 

 

 

 

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 どうしてこうなったんだろう。

 未来は、後悔しかなかった。

 私が悪かったんだ。

 未来は、そう思う。

 

 別に彼女が悪かったわけではない。

 強いて言うなら巡り合わせが悪く、ゼファーの運が致命的に悪かった。

 フィーネが米国を泳がせておいたのと、彼女の予想よりずっと早く米国が実力行使に移ってしまったのと、フィーネの拠点が二課の支部近くに作られていたのと、ゼファーがこの日このタイミングで二課の支部を回っていたのと、未来がゼファーの後をつけていたこと。

 敵を見つけたゼファーが選んだ行動と、スパイが選んだ行動がぶつかり合った結末。

 全てが最悪のタイミング、最悪の噛み合わせで組み合わさってしまった。

 

(……やだ)

 

 彼女は友達を助けたかっただけだ。

 彼女は友達の力になってあげたかっただけだ。

 その結果、彼女を庇ったゼファーの片腕はもうここにはなく、炭素化も進み始めている。

 ゼファー・ウィンチェスターに、小日向未来が原因となった死が迫っている。

 自分のせいだと、彼女は思った。

 

(私、こんなの、望んでない……!)

 

 たとえ、ゼファーが彼女を一言も責めていなかったとしても、だ。

 

「! ぎっ……!?」

 

 ノイズの攻撃を避けようとするが、片腕が欠け、その身を激痛と共に炭素転換に蝕まれている今のゼファーにかわしきれるはずもない。

 未来を怪我しないよう草地に向けて放り投げ、自身も跳ぶ。

 けれどまたしてもワンテンポの遅れが生じてしまい、直感による事前察知の時間的優位が消え、攻撃の余波を食らってしまう。

 ドリルに変形した鳥形が地面にぶつかり、その衝撃波がゼファーを吹っ飛ばしたのだ。

 

「まだ、まだだ……まだ、俺は生きている……!」

 

 転がるゼファーだが、起き上がると同時に跳ね跳んだ。

 降り注ぐノイズの攻撃を避け、再度未来を抱え、走り出す。

 だが、体を動かせば動かすほど速まる血流を介し、炭素転換は進んでいく。

 全身の細胞という細胞が、徐々に硬くなっていく感覚を、ゼファーは覚えていた。

 ちぎれた右腕の断面からの侵食も進んでおり、あと一分と保たず肺まで侵食は進んでしまうだろう。

 

「ごめんなさい……」

 

 ゼファーに抱えられた腕の中で、未来は泣きじゃくる。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!

 私の、私のせいで……! 私があんなことしなければ、こんな所に来なければ……!」

 

 ポロリ、とゼファーの肩から先が落ちる。

 彼が傷付くたび、血を流すたび、未来の心は抉られるように痛む。

 けれどゼファーは、痛そうな様子すら見せようとしない。

 余分なものは全て仮面の下に押し込んで、残った方の手で未来の涙を拭った。

 

「こっちこそ、ごめんな」

 

「え?」

 

 そして銃を抜き、撃つ。

 拳銃程度の火力では足止めにすらならないが、行動を誘導することは可能だ。

 地形を最大限に利用し、死に際で効力が増した直感をフルに稼働させ、拳銃弾という"攻撃"で行動を誘導したノイズの攻め手の隙間を、未来を抱えながら抜けていくゼファー。

 

「これが俺の隠してたことだ。

 俺、ずっと隠れてこういうことやってたんだ。

 ミクが隠し事嫌いだって知ってたのに、隠し事してて、ごめんな」

 

 彼は本心から申し訳なく思い、謝っている。

 この場面で、彼が本心から自分が悪いと思っていて、この惨状の原因が自分だと思っていて、小日向未来に謝ろうとしているのだ、と。未来は気付き、呆然とし、涙声のままに叫ぶ。

 

「そんなの……そんなこと! 私もう気にしてない!

 そうじゃなくて、そうじゃなくて、私が言いたいのは!」

 

「よかった」

 

 ゼファー・ウィンチェスターは、友達を心から大切に想っている。

 

「許してもらえなかったらって、ずっと気にしてたんだ。

 許してもらえないまま死ぬのは……本当に、心の底から嫌だったから」

 

 彼はそう口にして、徐々に動きが悪くなる足で駆け出した。

 死に際で出てくる言葉が、これ。それがゼファーという少年だった。

 

 

 

 

 

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 ゼファーは他人の人生に余裕を認めても、自分の人生に余裕を認めることができない。

 一秒一秒を何かしらの形で使っていかないと、耐えられない。大切な人が生かしてくれた今、大切な人の代わりに生きている今を無駄遣いすることに耐えられない。

 将来何が役立つかは分からない。けれど、やれば身に付くことを彼は知っている。

 

 遊ぶなり、学ぶなり、働くなり、人生で得られる経験に無駄はない。

 無駄なのは何もしない時間だ。

 ゼファーはそうして身に付けた、多くの技術をその身の内に収めてきた。

 

 過去は変えられない。自分からは逃げられない。死んでしまった人には償えない。

 彼は今を何一つとして無駄にせず、大切に使い切る。

 それは今を生きられない、かつて死んだ誰かへの弔いだった。

 学びたかった、強くなりたかった、遊びたかった、生きていたかった、誰かへの。

 

 何年経っても、彼は死人のことを忘れることなんてできやしない。

 

 

 

 

 

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 弾丸型ノイズが四体、ゼファーのもとに飛んで来る。

 ゼファーは建物の影に未来を隠し、自分は弾丸型の軌道を誘導するために前に出る。

 回避できる自信はあった。一人ならば、回避できるはずの攻撃だった。

 誘導し、回避し、再度未来を拾ってまた逃げる。そういう計算の上での行動だった。

 

「!? かッ―――あっ、あッ!?」

 

 だが、しかし。

 そのタイミングで、彼の身体の炭素転換侵食が肺に達してしまう。

 人はむせるだけでも相当に苦しむ。

 ぜんそくの発作ともなれば、死んだ方がマシだと思う人も居るという。

 ならば片肺が炭化し、ぐずぐずと崩れていく痛みは、どれほどの苦痛となるのだろうか。

 

「い、ひ、ぃ、ぎッ!?」

 

 仮面の下に隠し切れないほどの激痛。

 未来の視界の外で、そうしてゼファーは姿勢を崩し、弾丸型ノイズの特性である着弾爆発をかろうじてかわすものの余波で吹き飛ばされてしまうのだった。

 その余波で、左足を引きちぎられながら。

 

(……しまった! このままじゃ、走るのも……)

 

 子供が放り投げた鉛筆のように、ゼファーは右腕左足がちぎれた状態で転がっていく。

 傷口に砂や小石がめり込み、あわや出血多量か破傷風で死ぬぞ、という有り様。

 しかし再生能力は出血多量で死ぬことを許さず、炭素化による死が間近に迫っている。

 そして、激痛の度合いと箇所は更に増した。

 にも、関わらず。

 ゼファーは片手で身体を跳ね起こし、片足で後方に跳び、追撃に飛んで来た後続のノイズの攻撃をかわす。

 

「ま……だ……だ……ッ!!」

 

 そして、数万のノイズによって蹂躙された街を見渡し、もはや誰一人として生きていない町並みを見て歯を食いしばり、憎悪に染まった目をノイズ達に向ける。

 風に乗って舞い散る黒いゴミが元は人間であったと思えば、その憎悪は更に増していく。

 肉体の痛みを意志が凌駕し、今またそこに莫大な憎悪が加わったことで、ゼファーは考えていただけで実行に移していなかった行動へと移る。

 ノイズに破壊された建造物の一部、細い鉄棒の断片を拾い上げ。

 

 膝より少し上から先がない、ちぎれた左足の断面に、突き刺したのだ。

 

「ぐ、ぎ、ぎ、ぎ、ぃ、い゛……!」

 

 ゼファーの再生は、取れた腕や足がポンポン生えてくるほど便利なものではない。

 けれども、異常な再生と回復をもたらすものには変わりない。

 少年は鉄の棒を太ももの骨の先端を砕くくらいの勢いで突っ込み、肉をかき分け、鉄棒を埋め込んでいく。

 

「あ゛、ぁ、ぐ、づッ……!」

 

 そして、再生。

 骨は鉄棒を包み込むように、肉は鉄棒を締め付けるように再生していく。

 人間離れした再生と回復の過程が、ゼファーの足に突っ込まれたただの鉄棒を固定し、彼に急ごしらえの『義足』を与えたのだ。

 激痛と、僅かばかりに失った正気と引き換えに。

 

「まだ、まだ、この程度で、俺が大切な人の命を諦めると思うなよッ……!」

 

 呼吸するだけで死ぬほど苦しくとも、呼吸をしなければ動けない。

 それゆえに苦痛をこらえ、彼は息を吸って吐く。

 義足と残った足で踏み出し、残された一本だけの腕の銃を握って、ゼファーは踏み出した。

 敵に抗うために。

 未来を守るために。

 肺までもを侵し始めた死の運命をその身で感じながら、己の命という最も守るべきものに守る価値がなくなった今、全てを投げ出す覚悟を決めて。

 

 

 

 

 

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 ゼファー・ウィンチェスターはどうしようもない。

 心がどうしようもなく面倒くさくて、いつだって三歩進んでは二歩戻っていた。

 だけど、それでも。

 そんな彼をほんの少しでも変えてくれた、支えてくれた、大切な大人と友達が居た。

 

 

 

 ゼファーは思う。

 

 お前が未来を自由に選ぶ権利は俺が死んでも守ってみせる、と言ってくれた、誰よりも強い漢が居た。

 その人の、役に立ちたいと思った。その人に認められたいと思った。

 

 微笑みながらも有能で、優しく、頼りになる忍者な人が居た。

 その人みたいな大人になれたらいいなと、そう思った。

 

 ずっと面倒を見てくれて、親しくしてくれて、姉のように想っている人が居た。

 その人の努力と研究が報われて欲しいって、ずっと思っていた。

 

 人は誰でも生きてれば幸せになれると、懐かしい気持ちと共に教えてくれた人が居た。

 頭を撫でてくれた、その手の暖かさを今でも覚えている。

 

 ことあるごとに何かをくれる。貴族然とした仮面を被る面倒見のいい人が居た。

 その人が対等の仲間として扱ってくれたことが、本当に嬉しかった。

 

 皮肉げだったり、小馬鹿にしてきたり、ぶっきらぼうだったりする人が居た。

 でも不器用なだけで優しくて、何度も何度も気遣ってくれたことは、絶対に忘れない。

 

 大仰に笑い、大らかさを教えてくれる、顔に傷のある漢が居た。

 またあの人とおでんを食べながら、つまらない話を交わしたい。嘘偽りなく、そう思ってる。

 

 一課の林田さん。食堂の絵倉さん。二課の人、リディアンの人。

 よくしてくれた人は数知れず、誰もが尊敬に値する人だった。

 平和を守ることくらいしか、その気持ちに報いる方法は思いつかなかったんだ。

 

 風切り羽のような友。

 戦いとなれば抜き身の刀のごとく鋭く美しい、彼女と友であることが誇らしかった。

 同じ家に居た間、家族として接してくれたこと、忘れない。

 

 歌は激奏、戦いは激槍の友。

 戦いでも日常でも、真っ正面から力づくでぶち抜く撃槍のような彼女と友であることが誇らしかった。

 彼女の歌う姿と戦う姿に見惚れた気持ちを、忘れない。

 

 なにもかもが心に響く友。

 皆に優しく皆に好かれ、皆がほっとけないお人好しの、彼女と友であることが誇らしかった。

 彼女の命を守れたかつての事件が嬉しくて、誇らしくて、そのおかげで笑えている気がして。

 まるで、自分に生きている価値が有るように思えて。

 

 そして、その誰よりも強く『守らなければ』と思える彼女。

 それは強く想っているだけでなく、きっと守らなければならない人々の象徴だから。

 響にとっての陽だまりの象徴が彼女であるように、俺にとっての彼女は、背後から背中を照らしてくれる陽だまりだった。

 

 そこに背を向け、戦いに向かう。

 けど、足を止めた時、振り向けばいつでもそこに帰れる日常(あたたかいばしょ)がある。

 陽だまりの記憶(メモリア)が、そこにある。振り返ればそこに在る。

 だから、思える。

 今も昔も、それがそこにあるおかげで、自分は自分を見失わないでいられるのだと。

 

 大切な人が死んで、その人のことを思い出すのが辛くて、その人のことを忘れようとする。

 誰が見たってバカなことをしてた俺。けど、きっと本気でやってたんだ。

 本気でやってたんだ……けど、今は違う。

 忘れないと、そう思う。

 忘れたくないと、そう思う。

 忘れてはならないと、そう思う。

 

 

 

 もしも。

 彼が、ゼファー・ウィンチェスターがいつの日か、大切に思っている大人か友の誰かと死別したならば、きっとその時が決定的な分岐点に違いない。

 それが終わりか、始まりになるだろう。

 けれど、それは今ではない。

 そのいつかが来る日は、来ないかもしれない。

 『未来』がどうなるかなど、神が死んだこの世界で知れる者など居ないのだから。

 

 

 

 

 

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 ゼファーの意識が薄れていく。

 右腕の断面から進んでいる侵食だけでなく、血液を介して全身を徐々に蝕んでいる炭素化の侵食が、脳を含む全ての細胞に負荷をかけているのだ。

 だが、それでも彼は戦いの技能を失いはしない。

 直感があれば、脳と体に刻まれた戦いのルーチンがあれば、まだ彼は戦える。

 

「……ぁ……ッ……」

 

 たとえ意識がなくなったとしても、意志はある。

 意志一つで彼は戦い続けるだろう。

 瞳に映る小日向未来を、何が何でも生かすために。

 遠く離れた未来が叫ぶ声が、もうほとんど聞こえていないのだとしても、だ。

 

「みんな……おれ……まも……」

 

 片腕、片足、片肺欠損。

 それでも銃は手放さない。未来の命だけは手放さない。

 彼の本質が、そこに垣間見えるだろう。

 

 立ちはだかるは数万のノイズ。

 そして彼が無力であるという現実。

 彼の意地がそれらを貫けなかったならば、彼が守ろうとする少女の命もないだろう。

 

「……もう……うしな……たくな……いやだ……」

 

 だからこそ戦い続ける、そんな彼の混濁する意識は、次第に記憶と現実をごっちゃにし始めた。

 

 

 

 

 

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 夕日の中。

 いつも三人一緒で遊んでいた空き地で、土管の上に座って足をぶらぶらさせている未来。

 その時、どんな会話の流れでその言葉を聞いたのか覚えていたはずなのに。

 何故か今のゼファーには、それがどうしても思い出せなかった。

 

「みんなみんな、幸せになるために生まれてくるんだよ。

 意味なく生まれてくる人なんて、どこにも居ないって、私は信じてる」

 

 ただ、誰かに何かを言われて、それを未来に話して、未来がそう答えてくれたことだけは、ちゃんと思い出せる。

 

「わたしだって、あなただって、きっと」

 

 その子は人の幸せを願える子で。

 その子は皆で幸せになれる道があると信じていて。

 きっと、ゼファーの幸せだって祈ってくれていた。

 

 

 

 

 

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 ゼファーは衝撃波で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 されど、痛みに呻く暇はない。

 壁に沿って横に回るように追撃を避け、地面に落ちていた割れた窓のガラス片を拾う。

 

 そして、それを自分の胸に突き刺した。

 

「づ……ぎぅ……ぐ、ぅッ……!」

 

 傷口を広げるように刺し、広げ、肺の中を血液で満たす。

 片肺はもう動かない。ならばその肺を捨て、肺の中を血液で満たし、右腕の断面からの炭素化侵食が心臓に達するまでの時間を少しでも稼ぐために、肺を血の盾と化そうとしているのだ。

 肺に血が溜まり次第、ガラス片を抜く。

 すると肺の穴は短時間で塞がり、肺を穴の空いていない血袋へと変える。

 

「―――ッ!」

 

 間髪入れず、ゼファーはガラス片の細くなった先の部分だけを肺と気管支を繋げる部分に差し込む。今度は傷口を広げるような事はせず、差し込んだまま放置。

 すると主の意思を汲んだのか、再生能力が発動し、ガラス片とそれが突き刺さった部分の周辺が癒着・結合。片肺と気管を繋ぐ道だけが塞がった。

 まるで、肺の切除と傷の縫合を同時に行ったかのように。

 結果、擬似的に片肺を摘出した人間と似たような呼吸状態に移行する。

 

 確かにこれで心臓が直接侵食されるまでの時間は伸び、呼吸も多少ではあるが楽になり、使えなくなっていた片肺は最高の形で使い潰されるだろう。

 選択としては悪くない。

 自分の胸にガラス片を二度突き刺すという行為がどれほどの痛苦を産むか、という一点に目を瞑ればの話だが。

 

「づ……っ……はぁ、はぁ、ぜ、ぜひゅ、っ……!」

 

 再生と回復を行う肉体がなければ、もういつ死んでもおかしくない状況だ。

 心臓が炭素転換されるのが先か。

 それとも全身を巡る血が全ての細胞を侵し尽くすのが先か。

 どちらにせよ、ゼファーの命はもう5分と保つまい。

 

 それでもノイズの攻撃をかいくぐり、未来を回収して逃走に移るその姿には、一種の執念さえ見て取れた。

 

 

 

 

 

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 ゼファーがこの国に来てから初めて海に行った時。

 それは聖遺物を回収し、海でノイズと交戦した日のことではない。

 随分前のことになるが、彼は小日向家と立花家が潮干狩りに行った時、響と未来に無理矢理引っ張られて海に行った事がある。

 ゼファーは乗り気ではなかったが、一度は見ておく必要はあると、そう思っていた。

 『海』には、約束があったから。

 

――――

 

「いつか、皆が分かり合える日が来たら。ここに皆で閉じこもってなくてもいい日が来たら」

 

「大人も子供も、皆で一緒に海に行こう。きっと楽しいぞ」

 

「そうだね。それはきっと……みんなが笑顔で居られる未来なんだよね」

 

――――

 

 防波堤の上に立ち、海を眺めながら、ゼファーはぎゅっと拳を握る。

 思い出が蘇る場所は、彼の心を傷付ける場所であり、同時に彼に友との大切な思い出を蘇らせる場所でもあった。

 

「や」

 

「ミク」

 

 そんなゼファーの背後からミクが声をかけ、ゼファーは一度振り向いて彼女の名を呼び、また海へと視線を戻す。

 数秒の沈黙の後、ゼファーは口を開いた。

 

「昔、さ」

 

 彼は色々と思い出しながら、なんてこともない口調で言おうとして。

 

「友達と……海を見に行こうって、約束したんだ……」

 

 なんてこともない口調で言えなくて、絞り出すように言葉を発した後、口を閉じてしまう。

 未来は防波堤に両手両足でうんしょうんしょと頑張ってよじ登り――ゼファーは軽く跳んで登った――、ゼファーの隣に立って、彼の顔を覗き込む。

 そして、不思議そうに問いかけた。

 

「泣かないの?」

 

「え?」

 

「泣きそうな顔してるのに、泣かないの?」

 

 人をよく見てるんだな、と感心しつつ、痛む胸を押さえてゼファーは笑う。

 

「さあな」

 

 "俺は泣いちゃダメなんだ"という言葉だけはぐっと堪えて、飲み込む。

 それで彼女の目を、誤魔化せるわけがないというのに。

 『彼が泣けない理由がどこかにある。それを止めないといけない』と彼女が思い至るのに、そこまで長い時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

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 記憶と現実の混濁が抜け、意識が現実に帰ると同時に、ゼファーは膝をつく。

 もはや、限界だった。

 胸にガラス、足に鉄。人体でないものを人体とし、右腕があった場所からの侵食に抗い、血液の致命的汚染に耐えてきたゼファーも、もはや限界。

 血液の炭素化による血栓などの身体的不調が多々発生し、ノイズの攻撃で飛んで来た破片が肌を裂き、炭素化で肉が割れ砕けポロポロと落ち始めている。

 彼の肉体は内外問わず、もはや手遅れの域にあった。

 

「もういい、もういいから! やめてぇ!

 もう頑張らなくていいから、休んでいいから、だから……!」

 

 そんなゼファーを周囲のノイズから庇うように、まだ戦おうとする彼を止めようとするように、未来はゼファーを抱え込むように抱きしめる。

 そんな彼女を優しく押しのけ、その際に炭素化で指の爪がポロリと落ちるのを目にしながら、ゼファーは立ち上がる。

 

「おれが」

 

 守りたい人(小日向未来)を見る。

 倒すべき敵(ノイズ)を見る。

 そして、ゼファーは立ち上がる。

 

「おれが、よくない」

 

 守るために退かない。膝を折らない。負けを認めない。諦めない。

 死の間際までそれを貫けるのならば、それは立派な英雄の資質だ。

 悲劇的な死で物語を締めくくる、理想的な英雄の形そのものだ。

 

「まだ、みくは、いき……られ……もういいなんて、いうな……」

 

 ゼファーが未来の命を諦められるわけがない。

 彼女の陽だまりのような暖かさを、覚えているから。

 この子が乾かしてくれた、自分の心の涙を、覚えているから。

 陽だまりの記憶(メモリア)が、折れそうな彼の心を何度でも立ち上がらせる。

 

「やめて……もういい、もういいよ……!」

 

 少女は少年にもう苦しんで欲しくないと思っている。

 少年は少女の命を守るためならば何だってする覚悟がある。

 二人の思いは相互に向かい、けれど交わらず平行線。

 

「おれが、よくない……! まも、れない、のは……い……やだ……!」

 

 腕が刃になっている人型ノイズが、未来に向かって跳躍する。

 それを直感で察知したゼファーは未来の前に躍り出て、構えた。

 絶招。

 全身の力を拳の先端に収束し、信念を乗せることで物理法則を撃ち抜く拳が放たれる。

 

 その拳は、触れるために位相差障壁を緩めていたノイズを撃ち抜き―――同時に、ノイズの刃腕が、ゼファーの胸を貫いていた。

 

「……ごふっ」

 

「あ、あ、いや、いや、いやあああああああああッ!!」

 

 響き渡る絶叫。胸の内に満ちる絶望。迫り来る怪物と死という絶対。

 

 

 

 

 

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 起こった奇跡に、封印越しに眺めていた魔神は瞠目した。

 それは魔神にとっても、予想を遥かに超えた奇跡。

 

 起こった奇跡に、戦いに割って入るか迷っていたフィーネは驚愕した。

 それは永遠の刹那を生きる魔女にとっても、予想を遥かに超えた奇跡。

 

 米国。特異災害対策機動部二課。周囲の大人達。F.I.S.の残党。

 だれもが想像すらしていなかったような奇跡が、この日世界に降誕する。

 その奇跡に、この世界に生きとし生ける全ての命が、無意識に息を呑んだ。

 

 

 

 

 

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 むせこみながら倒れ、痙攣するゼファー。

 彼の命も残り数秒か、十数秒か。

 致命傷を受けた彼は、もうどうやっても助からないと、彼女は理解したはずなのに。

 なのに小日向未来は、ゼファーの前に立ち、両手を広げてノイズの前に立ちはだかった。

 

「もう……」

 

 ノイズは恐ろしい怪物だ。

 外見も、大きさも、力強さも、何よりも触れれば死ぬというその無慈悲さが。

 されど未来は震える足で、震える体で、大きく深呼吸をして、彼を守ろうとそこに立つ。

 

「もう、私の友達に、ひどいことしないで……!」

 

 弱い者。

 臆病な者。

 自分が優位な時に踏み出す一歩ではなく、恐怖を踏み越えるために踏み出されるその一歩。

 そこにこそ宿る、その気持ち。

 人はそれを、古来から『勇気』と呼んできた。

 

「痛いのも、苦しいのも、悲しいのも、もう押し付けないで……!」

 

 彼女の声にこもる『勇気』。

 友へと向ける友愛、『愛』。

 そして絶望に抗う、絶望を切り裂く、絶望の中でこそ燦然と輝く『希望』を体現する在り方。

 もはや死体とほぼ変わらない状態で、ゼファーの意識がそんな彼女を感じ取る。

 

 彼の視界の中で、風景が三割、ノイズが七割。

 そんな特異災害達が一斉に飛び、走り、滑り、駆け、跳びかかってくる。

 恐るべき怪物達。なのに、未来は一歩たりともそこを動かず、彼を庇いそこに立ち続けていた。

 

 未来をそこからどかすために、生かすために、ゼファーは手を伸ばそうとした。

 だがそこで、ふと自分の手を見やる。

 その手は、濡れていた。僅かな水滴の跡があった。

 

「―――」

 

 それは、未来の涙のひとしずくだった。

 彼女が流した、ゼファーが流させたくなかった、彼女の涙だった。

 彼は彼女を、泣かせたくなかったはずなのに。

 涙の向こうに、彼を守ろうとする少女が見える。

 その涙が、涙に浮かぶ未来の嘆きが、彼に最後の一線を越えさせる。

 

 涙を流せないゼファーを『変身』させたのは、涙に浮かぶ未来だった。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 どこまでも広がる荒野と、その荒野を縁取る地平線。

 澄み渡る青空、横切る雲、天地を照り焼く熱い太陽。

 心地いい西風が、世界の端から端までを吹き抜ける。

 

 あの世界に、ゼファーの意識は再び訪れていた。

 

「……? ……! ここ、は……」

 

 ゼファーは体を動かそうとするが、相変わらず動かない。

 全身をコンクリートで固められているかのようだと、彼は思った。

 またしても彼が居る場所は、あの『銀の剣』があった祭壇の上。

 この世界の中で動かない自分の体の感覚が、未来を助けようとして動かなかった体の感覚を思い出させて、ゼファーの心中に焦りを産む。

 

「くっ、よく分かんねえけど、早く戻らな――」

 

『アガートラームは一人の力で抜くものにあらず』

 

「――い、と?」

 

 だが、そこで、どこからともなく声が響いてくる。

 その声を聞いた瞬間、ゼファーの中での優先順位が『戻ること』から『聞くこと』へと変わる。

 それは未来のことがどうでも良くなったからではない。

 あの場所で彼女を守るためには、この声を聞いた方が早く、かつ確実であると"直感的"に思ったからだ。

 その声は、ゼファーに問いかける。

 ゼファーは、その声に本心で答える。

 

『力が欲しいか』

 

「……ああ」

 

『死にたくないか』

 

「ああ」

 

『失いたくないか』

 

「ああッ!」

 

 その声は無機質で、人の声であるようには聞こえない。

 むしろ合成音声のような、『物』が『人』を真似ているかのような声だった。

 

『心せよ。その選択は、汝に変わらぬ悲劇の運命を背負わせる』

 

 それでいて、何故か……ゼファーのことを案じるような、そんな意志をも感じる。

 

『もう一度問う。力が、欲しいか?』

 

「……」

 

 ゼファーは一度深呼吸。

 生半可な返答ではこの"声"を納得させられないと感じ、嘘偽りない言葉を返す。

 

「もしも、悲惨な運命を避けられたとしても。

 大切な人を全て無くした果ての幸せな未来に、何の価値があるんだろうか」

 

『……』

 

「悲劇の運命でも構わない。守りたいんだ。

 たとえその果てにどんな未来が待っていようと、本気の夢なら、後悔はしない。

 皆に笑っていて欲しい。それが――」

 

 ゼファー・ウィンチェスターは、かつてウェル博士に語った夢を抱きしめる。

 

――――

 

「皆に……幸せで居て、欲しいんです」

 

「死ぬことも、苦しむこともなく、でも生きているだけの時間を過ごすのでもなくて……

 具体性とか全然無いですけど、でも、それでも目指したくて……

 皆がそう生きていける場所を守れる自分になれたらって、そう……」

 

――――

 

 その夢こそが、世界に貫く彼の意地。

 

「――それが、俺の夢なんだ!」

 

 『認められた』と、ゼファーは感じた。

 

「あの子を守る。不可能だって言われても、絶対に! 絶対に、絶対だッ!」

 

 一度は届かず、一度は取らず、一度は拒否された、あの『銀の剣』がそばにある感覚。

 ゼファーはその感覚に従い、己の内に手を伸ばす。

 

『ならば、手にするがいい』

 

 "届いた"と確信すると同時に、何かと自分が混ざり合い、それまで自分に付けられていた枷が全て外れるような感覚の中、彼の見える世界が全て真白に染まっていき――

 

『我、そのものをッ!』

 

 ――世界と自分が、変わる音がした。

 

 

 

 

 

(ねが)い望め、絶やせば望みは叶わない。

 未だ来ない明日を見つめ、過ぎ去った昨日を忘れるべからず』

 

『命の本懐は、荒野を行くが如し』

 

『迷わず進め、西風の子らよ』

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 諦めず、あがき続けるならば、奇跡が起こる時もある。

 それゆえに、諦めない者は諦める者よりもずっと強い。

 奇跡を起こすのはいつだって、最後まで諦めない者だ。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 その瞬間、地より生え、天を貫く炎の柱が現れた。

 核爆発がマッチの火に見えてくるくらいの、次元違いの熱量の爆発。

 それだけのエネルギーが解き放たされ、制御され、また一点へと収束されていく。

 

 バチリと、漏電のような音を立てて。

 グラリと、地震のような揺れを産み。

 ザワリと、暴風のように世界を叩く。

 

「ゼっ、くん……?」

 

 後ろからゼファーが飛び出して前に出た、というところまでは未来にも見えていた。

 そこでゼファーの体から『焔』が溢れ出し、その場の全てのノイズを飲み込んで、つむじ風のような火柱となり、ゼファーを中心とした焔の渦を発生させたのだ。

 なのに、その近くに居るはずの未来の肌に感じる熱さは微塵もない。

 

 焔がどんどん小さくなり、消えていく。

 それが炎熱が圧縮されている過程なのだと未来は気付けない。

 ノイズが焔に消され、今またその焔も消され、後に残ったのは人影一つ。

 その人影が圧縮された焔を握り潰すと、未来はその人影に向かって、ゼファーの名を呼んだ。

 

「ああ」

 

 彼女の言葉に応えたその声は、まさしくゼファーのそれ。

 しかしながら、容姿は何一つとしてゼファーのそれではない。

 全身が黒一色、他の色など何もない漆黒の騎士鎧。

 腕の装甲はヒビ割れ、そのヒビに纏わり付く焔がまるで太陽のフレアのような輝きを放つ。

 瞳はぎらりと、細くも純白の眼光を放っていた。

 

 その姿を、一つの呼称で表すならば――

 

「何が何だか、さっぱり分からない。……だが、たった一つだけ、分かることがあるッ!」

 

 ――焔の黒騎士(ナイトブレイザー)の名こそ、ふさわしい。

 

「俺は! 『戦える』ということだッ!」」

 

 町に散らばっていた数万のノイズが、一体残らずナイトブレイザーの方を向く。

 化物達も気付いたのだ。

 自分達の行動の報いを与える処刑人が、災厄の天敵がこの世界に降誕したことを。

 なればこそ人の天敵は、人の味方を殺さんと黒騎士へと群がっていく。

 ナイトブレイザーが、ゼファーが発した炎の断片が、風に揺らぐ。

 

 風向きが変わった。

 

 東より来たるノイズの大雪崩を、ゼファーは西より迎え撃つ。

 その背中を、風向きの変わった風が強く押した。

 風と共に、焔の黒騎士は人ならざる災厄に向けて飛び出していく。

 

 希望の西風が吹き、全ての運命の歯車が、今、粉砕された。

 

 

 




BGM:バトル・ナイトブレイザーの時間だあああああああ

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