戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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身体の赤いライン無し、マフラー無し、ナイトフェンサー無し、妙に全身の装甲がトゲトゲしい、両腕の装甲ヒビ割れ状態のナイトブレイザー(未完成)


4

 数万のノイズ出現。

 及び、その直後の超巨大エネルギー反応。

 当然ながらノイズと聖遺物の反応を探知できる二課司令部の人間達は、一瞬たりとも手と口を止めていないのではないか、と思わせるくらいにせわしく動き回っていた。

 そして友里あおいや土場を始めとするオペレーター達の手により、超巨大エネルギー反応と既観測波形リストとの照合が行われ、二課司令部の大画面に照合結果が表示される。

 

「アウフヴァッヘン波形照合開始!」

「類似反応検出! これは……!」

 

紅き災厄(ヴァーミリオン・ディザスター)だとぉ!?」

 

 画面に表示された文字列に、風鳴弦十郎が大きな声を上げた。

 フィフス・ヴァンガードを中心にバル・ベルデと隣国の領土の多くを焼滅させ、死者60万人以上を産んだ大規模災厄の名は、まだ人々の記憶に新しい。

 それと類似する波形が観測されたことは、司令部に少なくない動揺を与えた。

 

「それだけじゃありません! それに重なるほぼ同量のエネルギーも観測!」

「データベースに該当波形なし! ですが、間違いなくこれも聖遺物です!」

「ノイズ反応、加速度的に減少! これは……」

 

「その聖遺物反応はノイズと戦っている……と見て、間違いはなさそうだな」

 

 弦十郎はあごひげを弄り、眉間にしわを寄せて画面を睨む。

 今現在、彼の頭を悩ませるのは二つの要素。

 二週間休みなしで働いていた櫻井了子に、今有給を消化させている真っ最中であること。

 そして了子が居ない間にした頼み事で、ゼファーがあの地点に居る可能性が高いということ。

 気付いた弦十郎がゼファーに何度連絡しても応答は返って来ておらず、それが最悪の事態を彼らに想像させていた。

 

「無事でいろよ、ゼファー……」

 

 弦十郎は一人の男としてゼファーを心配し、無事を祈る。

 だが、二課のトップとしての彼はゼファー一人の命にかまけることを許されてはいない。

 出現地は人口密集地でも、駅周りや住宅街でもなかったが、ノイズが数万体出現したという事実は国そのものを揺らがす大事件に転じかねない。

 ノイズは出現数がイコールで死者数になりかねない、そういう災害だ。

 数万体のノイズは町を飛び出し四方八方に思うまま広がって行き、数万人の死者を産みながら二次災害で死傷者の数を指数関数的に増大させていくだろう。

 最終的な被害は、大震災を上回りかねない。

 現状、『最悪』が目に見えていた。

 

 弦十郎は背後に突然現れた緒川の気配を感じ取ると、二課が抱える他の懸念材料について問う。

 

「奏くんは大人しくしていたか?」

 

「話を聞いた途端にシンフォギアを強奪して突撃しようとしていたので簀巻きにしてあります」

 

「よくやった!」

 

 とある一室にて、天羽奏は簀巻きにされて転がされていた。

 

「翼はどうだ?」

 

「話を聞いた途端にシンフォギアを盗んで特攻しようとしていたので簀巻きにしてあります」

 

「よくやった!」

 

 なお、その横には仲良く転がされた翼の姿もあったという。

 

「慎次、研究班はどうだ?」

 

「返答は変わっていません、司令。

 『今シンフォギアを出せば前より酷いことになる』だそうです」

 

「了子くんが二週間休みなしで頑張っても、進捗はその段階か……」

 

 シンフォギアは年単位で開発してきた、一朝一夕では出来上がらないものである。

 加え、最近初の実戦を迎えて諸々の問題が表出したばかり。

 基本構造からの見直しと改良の途中であったシンフォギアは、現段階では出撃不可能だった。

 逆に言えばこの段階を越えれば、調整と実戦投入を並行して行っても問題ないくらいの完成度に至るのだろうが……それもまだ、先のこと。

 

 そんなことは奏も翼も分かっている。

 分かった上で取り上げられていたシンフォギアをかっぱらい、リスクを承知で友人の元に駆けつけようとしていたのだろうが……ここ数年で性格を完全に把握されていた少女二人は、行動を読まれ忍者にあっさりと取り押さえられてしまったのだった。

 

「では、現場には僕が行きます。

 ゼファーさんならこの状況でも生き残っている可能性は高い。

 何より、僕がそう信じたいんです。司令、救出作戦の許可を」

 

「……許可するが、必要ないかもしれんぞ」

 

「? どういうことでしょうか?」

 

 二課のレーダーの中で巨大な聖遺物反応が移動し、その進路上のノイズの反応が次々と消えていく。そのくせ、進路上の建造物に大きな被害を出しているようには見られない。

 明らかにノイズと敵対し、人の街を壊さないように戦っている聖遺物反応を見て、ゼファー並みと名高い風鳴弦十郎の直感は「もしや」と彼に囁いていた。

 

「勘だが。俺があれをゼファーかもしれないと言ったら、お前は笑うか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七話:涙に浮かぶ未来 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトブレイザーはまず、その場で独楽(こま)のように一回転。

 すると周囲の全てのノイズを薙ぎ払うように、両の腕から焔が吹き出した。

 吹き出した焔は無数のノイズを飲み込み、一瞬で蒸発させる。

 それはまるで、人が鬱陶しい虫柱に火炎放射器をぶち込むかのような光景だった。

 大前提としてあるはずの、位相差障壁をなんてこともなく彼は無視する。

 

「未来、ここを動くなよ」

 

「え、あ、うん。でも……その姿は?」

 

「俺も分からない。必ず帰って来るから、後で一緒に考えてくれ」

 

「―――。うん」

 

 焔の黒騎士(ナイトブレイザー)と化したゼファーは、未来を置いて飛び出した。

 今や戦場に在る全てのノイズがナイトブレイザーに向かって来ている。

 なればこそ彼女から離れるべきであるし、今のゼファーには離れていても未来を守れるという、根拠に満ちた自信があった。

 

(……身体が、軽い! 何もかもが軽快で、力強くて、俺の身体じゃないみたいだ!)

 

 ナイトブレイザーが踏み込む。

 踏み込まれた大地が陥没し、小さな土の粒が数cmほど飛び上がる。

 その土の粒が大地に着地する前に、ナイトブレイザーの拳はナメクジ型の胴体を貫いていた。

 全てのノイズの視線を、風を、残像を置き去りにして、その拳は敵を打つ。

 

 ワンテンポ遅れて、鳥型二体が身体をドリルに変えて飛来した。

 戦車の装甲をも貫通するであろう、破壊力と貫通力を持つ体当たり。

 だが、しかし。それはナイトブレイザーにも通用するという理屈にはならない。

 ゼファーはなんと、左右から飛んで来たその二体の敵を、腕一本づつを使って掴み止めた。

 ドリルが握られ、回転が止まり、ノイズが純粋な握力で握り潰される。

 そして残骸は、ひび割れたナイトブレイザーの両手に宿る、膨大な熱の焔によって焼き尽くされた。

 

 ナメクジ型といい、鳥型といい。

 平然と触れるナイトブレイザーに対し、炭素転換までもが意味をなしていないようだ。

 位相差障壁と合わせ、人類に対し猛威を振るった最強の矛と盾は、今またここで打ち破られる。

 

「すぅ――」

 

 ゼファーは視界の端の未来の位置を確認し、未来が居ない方向に向け、構える。

 右拳を引き絞り、全身をしならせ全ての力を乗せつつ、解き放つ。

 右拳から全力の焔を放ちつつの、"絶招"を。

 

「――はッ!!」

 

 一撃必殺の拳により押し出された焔の渦は、恐るべき速度と威力をもって小型ノイズを吐き出していた大型ノイズ、及びその周辺の数百のノイズ、それらによって半壊させられたビル一つを呑み込み、呑み込んだところで横一直線の軌道から空へと舞い上がり、霧散。

 圧倒的な破壊と焼滅のエネルギーを内包したそれは、通りすぎた後にチリひとつすらも残さなかった。

 絶招の名に恥じない、必ず殺す技……必殺技である。

 

「……!?」

 

 しかし、大技にはそれなりの代償が必要だったようだ。

 ゼファーが纏うナイトブレイザーの鎧、そのヒビ割れた両腕の炎が動きを変える。

 どこか嫌な感じがするその焔が、両腕の亀裂から内部へと侵入していき、ゼファーの腕の内部を焼き始めた。

 

「づ……っ、……!?」

 

 ゼファーは一気に敵を殲滅しようと踏み出した足を止め、うずくまってしまった。

 うずくまる彼の体調なんて気にする素振りも見せず、ノイズ達はどんどん近付いて来る。

 このまま動きが止まったままならば、いかなナイトブレイザーといえどノイズの餌食となってしまうことは明白であった。

 

 ゼファーの腕が焼ける。

 ゼファーの腕が再生する。

 痛み、治り、痛み、治りのエンドレス。

 熱したヤカンを触るどころではない痛み、火傷の苦痛だ。

 精神を狂わせかねない規模の苦痛が、ゼファーの再生能力と焔の侵食により終わることなくいつまでも続き、少年に呼吸すら困難なほどの痛みを与える。

 

「あ、あ゛、あ゛あ゛、ッ……! ……ああ、そういう、ことかよ……」

 

 腕が焼かれている部位は、あの日セレナを守れなかった日に刻まれた、醜い火傷のある部分。

 焼かれた部分が再度焼き直され、また治し直され、焼き直される。

 まるで『この傷を忘れるな』と言われているかのよう。

 焼かれる痛みが、あの日の心の痛みを連鎖的に思い返させ、彼の中の憎悪と復讐心を引き出していく。あたかも、焔がそれを求めていたかのように。

 されど、湧き上がる気持ちはそれだけではなく。

 負の感情と対になる正の感情も、また彼の内より噴き出していた。

 

「そうだ。この腕の痛みが、俺にあの日の罪科を思い出させてくれる」

 

 あの日、セレナを、守りたいと思った全てを守れなかったことを。

 ゼファー・ウィンチェスターは、己の罪であると思っている。

 その後悔は、ずっと変わらず胸の内に居座っていた。

 

「この腕の炎が、誰の手を取る資格もない、誰を抱きしめる資格もない。

 俺の身のほどを思い出させてくれる。俺が思い上がらないようにしてくれる」

 

 ヒビ割れた腕の内側からしみ出るように、触れれば人を傷付ける焔が生まれ、燃え盛る。

 まるで、『誰と手を繋ぐことも許さない』とゼファーに言い続けているかのようだ。

 

災厄(おまえたち)が、戦いの中で俺の存在意義を思い出させてくれる」

 

 焔が、彼の中の負の感情を吸ってその熱量を増す。

 

「そうだ、戦うことしか出来ない俺が……

 戦うことでしか存在意義を証明できない俺が、災厄(おまえたち)の存在を許さない!」

 

 オタマジャクシ型のノイズが、痛みに悶えていたゼファーに飛びかかる。

 が、届かない。

 

「この痛みも、姿も、俺が手にした戦うための『力』なんだ。……ようやく力が手に入った」

 

 ナイトブレイザーの掌底、及びその手の平に溜め込まれた膨大な熱量が、姿勢はうずくまったままでノイズへと叩き込まれる。

 熱されたフライパンの上にドライアイスを落とした時のような過程を経て、ノイズは一瞬未満の時間で蒸発し煙へと姿を変えてしまった。

 

「人を脅かす災害を打倒する力を……

 大切な物を取りこぼさない力を……

 大好きだって思える人を守れる力を!」

 

 鎧が、彼の中の正の感情を吸ってその力強さを増す。

 

「もう二度と……俺から奪えるとは思うなッ!!」

 

 昂ぶる感情が、今は彼に気付かせない。

 火勢を増す腕の焔にも。力強さを増す黒の鎧にも。

 そして徐々に崩壊していく、自分の人としての体にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィーネは観測機器を用いて、戦闘のデータを収集することに専念していた。

 もはや戦闘に割って入る意味は無い。

 こんな事態に転がるなどと、流石のフィーネも予想だにしていなかったようだ。

 そも、大統領がここまでの短慮に出るほど焦っていたことも、その原因となったであろう米国内部の政治事情も、このタイミングでZWカートリッジを使われたことも、知らない間にゼファーがここに来ていたことも、何もかもが彼女の想定から外れていたのだが。

 彼女の視線は当然ながら、戦いの中心に居る黒騎士へと向いている。

 

「何もかもが、予想外……ちょっと笑えないわね」

 

 ナイトブレイザーの炎の計測温度は驚くべきことに、青色巨星並みの温度をマークしている。

 ……つまり、『太陽を燃やせる』レベルの温度であった。

 ノイズが一瞬で溶解するのも当然だろう。

 

 それだけで済んだならば、これはただの熱い炎だ。けれどそうではない。

 観測機器から送られてくるデータによれば、この炎は"内部から一切の熱が漏れていない"とのこと。つまり、燃やす対象以外を全く熱していないのだ。

 この炎の隣に氷を置いても、炎の熱で溶けることはまずないということである。

 これにより、戦場に居るはずの小日向未来は、全く熱さを感じていないようだ。

 無論、燃やす対象の選択はゼファーの意志で行われているのだろう。

 

 水辺に落ちた焔が、水を燃やして爛々と燃え盛っている。

 空間に広がる焔の拡散は、大気を直接燃やし真空すら燃やしているのだろう。

 焔が単体で空中に浮かび、そこに留まっているのは、空間に着火しているからだろうか。

 いずれにせよ、この焔が常識外れであることに間違いはない。

 

「……いや、『担い手』を常識で測ることがそもそもの間違いか」

 

 そうこうしている内に、ナイトブレイザーがうずくまった。

 フィーネが数ある観測機の内一つの感度を引き上げ、腕の周辺のデータを収集させる。

 すると彼が纏っている焔が、逆に彼を蝕んでいるのが確認できた。

 焔の行き来を常に追ってみれば、焔は腕のヒビ割れの内側から噴き出していて、一部が勝手に外部から内部へ戻り、内部を焼いている様子。

 すぐに戦いは再開されたが、先程までと比べると明確に彼の動きが鈍い。

 そして腕から漏れる炎は、自らの意志で放出した分は彼の意思に従い動いているものの、勝手に漏れ出る分に関しては彼の操作を受け付けていないようだ。

 止めようとしているが、腕の中で暴れる炎を止められていない。

 

「あの鎧……未完成?」

 

 腕のヒビ割れが、欠損なのではないかとフィーネは推察する。

 思い返すは、今この国にはないセレナ・カデンツァヴナ・イヴのペンダント。

 例の事件の後、何故か『中身が増えている』とナスターシャからの報告が上がっていたことを、彼女は思い出した。

 つまりこの現状はナイトブレイザーの黒鎧が不完全であるがゆえに、ゼファーの体を一部分のみ守りきれていない、ということだ。

 

「あんな状態なら、あの焔は肉体も精神も魂も短時間で焼滅させてしまうはず……」

 

 被害が腕だけに留まり、しかも腕の肉体再生と多少なりとも拮抗する程度でしか肉を焼かない焔に、フィーネは怪訝そうに首を傾ける。

 かの火はそんな生温いものではないはずだ、と、フィーネは訳知り顔で思案する。

 どうやらこの炎に関しても、彼女は多くの知識を持っているようだ。

 

 そこでナイトブレイザーが走り、回し蹴りで二体のノイズを潰しつつ、手刀を構える。

 指を揃えて作った刃を振り下ろしたならば、そこから炎の刃が飛び出した。

 まさに手刀。比喩ではない、文字通りの炎刃が遠方の敵を切り裂いていく。

 その過程で行われた、炎の圧縮・炎刃形成・炎刃射出・軌道制御という一連の流れを見て、それがゼファー・ウィンチェスターでは不可能なほどの超高等技術によるものであると理解して、フィーネ・ルン・ヴァレリアは瞠目した。

 

「……まさか」

 

 気付いた事柄から、フィーネはナイトブレイザーの現状を再度推察する。

 これは"今の彼では実現不可能なレベルの"制御力だ。

 そう気付いてから見れば、腕を焔が侵食するスピードが遅くなっているのは、焔が腕から先の体や心を蝕んでいないのは、その動きが阻害されているからだと分かる。

 それも、彼本人が意識しない形で、焔が制御されている。

 その『制御のされ方』に、フィーネは見覚えがあった。

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴの『エネルギーベクトル操作能力』……!?」

 

 その"誰も傷付けない力"の在り方は、今でも彼女の記憶に鮮烈に残っていたものだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焔の粒が人型ノイズの右腕に付く。

 高熱を内包した火の粉はノイズの腕を次第に焼き、ノイズは左手でそれを払おうとするが、腕から焔は全く取れず、むしろ払った左手にも燃え移る。

 炎は一気に腕を駆け上り、ノイズの全身を包み込み、焼き尽くした。

 そして焔は消滅したノイズが居た草むらに落ち、草を数本焼いてしまったが以後は草を一本たりとも焼くことはなく、ノイズがそこを通れば焼くというトラップとして機能する。

 この町のいたる所で、そんな光景が繰り広げられていた。

 

 ゼファーは手を掲げ、そこから焔の鞭を放つ。

 鞭はノイズの身体に絡みつき、ゼファーが鞭を引くとその五体を溶断しバラバラにする。

 操作している焔の形状、熱量、総量といい目を剥くような制御力だ。

 無論、それは不器用な部類に入るゼファーの技能によるものではない。

 この鎧や、焔が与えたものでもない。

 

 常に彼の傍に居る、どこかの誰かが……彼に貸している優しい『力』だ。

 

「残り、1/3!」

 

 ゼファーに向かい、翼獣型ノイズが迫る。

 サイズこそ中型の範疇だが、その甲殻は完成したシンフォギアでも傷付けることは難しい防御力を誇り、速度はマッハ単位という大型ノイズに匹敵する脅威だ。

 少年は勢いよく飛び上がり、縦回転。

 右足に焔を纏いつつの絶殺技、かかと落としをお見舞いする。

 交通事故もかくやという大きな音を立て、翼獣型の装甲をクレーター状に粉砕。

 そして敵内部に撃ち込んだ脚の火を拡散させ、内部から焼き尽くした。

 

(大型がまだ何体も残ってる……1/3といっても、まだ数千体は居る。油断できない)

 

 

 ゼファーは未来を守ると言った。

 その時はどうやって守るのかも、何が守れる根拠になるのかも語れない、弱者の戯言でしかなかった言葉。彼の人生は、そんなことを他人に言い続ける人生だったとも言える。

 生まれて初めて、誰かを安心させるためだけに嘘をついた時。

 その時から、彼の生き方の方向性は決まっていたのかもしれない。

 

 明日はきっといい日になると、そう嘘をつく。

 いい人は最後に報われるんだと、そう嘘をつく。

 助けを求める声を出せば、誰かがきっと助けてくれるんだと、そう嘘をつく。

 その嘘を、血反吐を吐きながら現実にする。

 

 それが英雄だ。

 英雄は理想という名の嘘を吐けねばならない。吐き続けなければならない。

 理想という名の嘘を吐き、その背中で夢を見せ、希望を絶やさぬ戦いを続けねばならない。

 現実を知り、理想が虚構であると知り、それでもそれを口ずさみ。

 現実に存在しない夢物語を、綺麗事を、祈りを現実に成さねばならない。

 

 それを自らの意志で、覚悟で、望んで為さねばならない。

 たとえ、それが押し潰されそうなほどに重くとも。

 誰かがその責務を果たさねば、続かない世界もある。

 誰かが希望(ゆめ)を見せなければ、立っていられない者達も居る。

 その『誰か』が特別である必要はない。成すか成さぬか、誰の前にもその選択肢は現れる。

 

 成すと決めたなら、その者が進むのは茨の道であるだろう。

 けれども、ひとたびその選択を選び、嘘を吐き続けることを選択したのなら。

 その嘘を、覚悟を、意地を世界に貫くと決意したのなら。

 

 本気の嘘なら、後悔はしないはずだ。

 

 

「っ!」

 

 手足の生えた芋虫のような大型ノイズが全身を横周りに一回転させ、体重を乗せた尾を振るう。

 その大型ノイズのサイズは25m、重さは二万トンほどだろうか。

 避ければ辺りの建物が粉砕され、木々が吹っ飛ばされ、その尾が振るわれた直線上に居る未来の命を脅かすと判断したゼファーは、それを真正面から受け止める。

 当然ながら、その大きく重い体を動かすパワーに二万トンの体重を乗せた一撃は重く、ナイトブレイザーの肉体であってもダメージは少なくない。

 

「ぐ、っ、ッ!」

 

 地面に足をめり込ませながら、ゼファーは歯を食いしばってそれを受け止めた。

 そして、ただでは攻めさせない。

 受け止めた尻尾を抱きかかえるように掴み、ゼファーは15m二万トンの巨体を投げ飛ばす。

 その大型ノイズが先ほど吐き出した、数十体のノイズに向かって。

 

「どうぅりゃッ!!」

 

 体が大きく重いものは、背中から叩き付けるだけでも致命傷となる。

 叩き付けられた大型ノイズも、潰された小型中型ノイズにもだ。

 体重二万トンのものを25mの高さから落とせば、自由落下でも約50億ジュールのエネルギーが発生し、TNT爆薬1トンの破壊力をゆうに超える破壊力が発生する。

 そこにプラスアルファでナイトブレイザーのパワーだ。それゆえか、この一本背負いにゼファーが巻き込んだノイズ達は、この一撃で一体残らず絶命していた。

 

「まだまだ、かかって来い! ノイズども!」

 

 

 英雄は、生まれた瞬間から英雄なのだろうか?

 英雄の子は皆英雄か? 力強き者は皆英雄か? 心強き者は皆英雄か?

 否。英雄とは、誰かが祈るその世界で、その祈りに応えた者である。

 

 明日はどうなるんだろうと震える者に、明日はきっと良くなるよと嘘を付き、血を吐きながらその嘘を真とする者である。

 戦えない弱き者達全ての代わりに、地獄の全てをねじ伏せる闘争へと挑む者である。

 

 その資質は、特別である必要はない。

 ただ人よりも、ほんの少し我慢強く、ほんの少し心強ければそれでよい。

 

 だからこそ。彼ら(えいゆう)は、ただの人の中からも現れる。

 ただの人が、英雄に至る道を選ぶ、その一瞬が存在する。

 

 始まりの音楽(バベル)たる西風を身に纏い、彼らは人の内より風のように生まれ来る。

 

 この世界における英雄は、常に西風と共にある。

 

 

(……ラグが、ない。ああ、なるほど、体が軽く感じるわけだ……!)

 

 ゼファーは今の自分の体を動かす内に、更なる優位性に気付く。

 今彼の肉体となっている漆黒の鎧は、"頭が動かしている"という感覚ではなく、"思えば動く"という感覚で動かされているのだ、と。

 今の体と、人としての体を比較すればそれは明白だ。

 目が見てから脳が認識するまでのラグ、脳が認識してから体を動かせるまでのラグ、敵の動きに反応して自分が動くまでのラグ、そういったものが一切存在していないのである。

 

 思えば、動く。

 それは直感を持つゼファーにとって、これ以上ない優位点だった。

 今までは、直感で感じ取っても体が付いて来ないということが多々あった。

 しかし、それももう過去の話。

 直感で感じ、感じたと同時に動いてくれる身体があるということは、ゼファーの長所であった対応力としぶとさが、更に強化されるということとイコールだ。

 

「らぁッ!」

 

 要塞型の大型ノイズが戦艦の砲撃並みの威力・速度、かつマシンガン並みの連射性で弾丸型ノイズを撃ち出してくる。

 ゼファーは足を止め、両の腕をでたらめに振るった。

 それは技なんて何もない我流の防御であり、肩から先が一瞬消えて見えるほどの速度で振るわれる両腕であり、全ての弾丸型ノイズを仕留める拳の攻撃である。

 ゼファーの直感が軌道を予測し、ナイトブレイザーの目が弾丸ノイズの動きを見切り、拳より燃え上がる炎が弾丸型を確実に絶命させていく。

 そして要塞型の方が先に息切れし、連射が止まった瞬間、ゼファーはその場で横向き一回転。

 全身の力を乗せた右の手刀をその場で振るい、横一文字の炎刃を発射。

 要塞型の上半分と下半分を切り分け、綺麗に真っ二つにするのだった。

 

「……はぁ、はぁ……腕の痛さと苦しさと、体力の消耗が……はぁ、はぁ、尋常じゃ、ないな」

 

 

 英雄は、苦境の中で生まれいづる。

 

 敗北の運命にあった国の中から。

 滅びる運命にあった民の中から。

 絶対の悪に虐げられていた世界の中から。

 

 彼らは苦境の中で、幸福ではなく苦痛を得る道を選ぶ。

 

 その道が、楽なものであるはずがない。

 その道が、簡単なものであるはずがない。

 その道が、幸せだけを喰めるものであるはずがない。

 誰もが「これじゃ世界のための生贄じゃないか」と叫ぶ、そんな凄惨な道だ。

 

 鉄の鎧を身に纏い、鉄の刃を携え、鉄の雨をくぐり抜け。

 鉄刺を踏み越え、鉄の嵐の中を突き進まなければならぬ道。

 血反吐を吐き、血の涙を流し、傷より血を出し尽くし、血泥を踏み越え、返り血を常に纏う道。

 男が、英雄が、自ら望んで進まねば進めない鉄血の世界。

 

 それでも彼らは選ぶのだ。

 自らの意志で、望み、願い、誰かの祈りに応えるその道を。

 今は只人であれど、その者がいつの日か英雄となる運命を背負っているのなら。

 

 いつかの未来に必ず、その者は己を英雄と成す決意と理由に巡り会う。

 

 誰かを想い、苦境を一つ跳ね返すたび、ゼファーはそうして強くなる。

 

 

「……! お前ら、そんなこともできたのか……!」

 

 ゼファーの視界の中、直感(ARM)による感知網の中で、町にはびこる残り数千のノイズ達が一箇所に集まっていく。

 少年は、数十数百の小型ノイズが融合することで形成される、カエル型の大型ノイズの存在を思い出し、それが桁違いの規模で行われているのだと推測した。

 ナイトブレイザーを倒すため、敵対する圧倒的強者という条件・自分達が数千という圧倒的多数であるという条件が重なり、ノイズ達はかつての主に刻み込まれた行動様式を実行する。

 

 溶け、混ざり、まるでそれぞれのノイズが未分化の細胞で、新たな巨大生物を造り上げるかのような過程。それが、信じられないような強敵を産む。

 現れた『超巨大ノイズ』とでも言うべき異形は、ゼファーを仮面の下で瞠目させた。

 サイズは50m以上、重量もそれ相応。

 外観は化け物と言うべきなのか、宇宙人と言うべきなのか。

 いずれにせよ、名状しがたい容姿であることには変わりない、そんな姿であった。

 

 その戦いを見ていたフィーネのこぼした「這い寄る混沌」という一言のみが、この存在に付けられた正式な名を呼んでいた。

 

「―――!?」

 

 這い寄る混沌が吐き出した黒い球体を、ナイトブレイザーは即座に絶招で撃ち落とした。

 今の彼の絶招は、直接的な打撃力に加え爆発的な威力の炎の渦を発生させる。

 炎の渦に飲み込まれ、黒い球体は焼滅させられる。

 黒い球体は呆気なく消えたが、ゼファーはそれに感じたとてつもない悪寒を勘違いだったとは思わない。

 そして、彼のその警戒は極めて正しかった。

 彼に直感がなければ、あるいは直感の警告を無視するような豪胆な人間であったなら、彼は、あるいはこの国は、終わっていたかもしれない。

 

(なんだ、今の――)

 

 這い寄る混沌が吐き出した黒い球体は、『反物質爆弾』(アンチマターボム)であった。

 

(――ヤバい!)

 

 『反物質』。

 通常の物質と対消滅反応を起こし、莫大なエネルギーを放出する物質である。

 一円玉の反物質と一円玉をぶつける、なんて小さな規模でも、得られるエネルギーは広島原爆の約三倍だと言えばその恐ろしさが分かるだろうか。

 今、這い寄る混沌が吐き出した反物質は野球ボールほどの大きさだった。

 ナイトブレイザーの炎により、他の物質と反応する前に焼滅させられたから周囲に被害を及ばさなかったものの、彼が油断し着弾を許していたならば、どんなに恐ろしいことになっていただろうか。想像に難くない。

 

(撃たせたらヤバい。撃たせる前に、全部消しつつ、接近……し……て……)

 

 ゼファーは反物質の存在を知らない無知な状態のまま、直感的に感覚的に最適解を導き出し、ビルの壁を飛び移りつつ踏み出した。

 撃たれたならば対消滅反応が始まる前に叩き落とす。そして一撃で決める。

 時間をかけてミスをしてしまえば、流れ弾一発で大惨事は確定だ。

 そう思い、全速力で接近し……ようとして、コンクリートを削りつつ急停止した。

 

 ビルの屋上で足を止めたナイトブレイザー。

 その視線の先では、40はあろうかというアンチマターボムを発生させた、這い寄る混沌がナイトブレイザーを強く睨みつけていた。

 数千体のノイズの処理能力、稼働エネルギーを全て注ぎ込んでの絨毯爆撃。

 おそらくはこれを撃つために、融合合体後に一歩も動かなかったのだろうと、ゼファーが敵の行動理由を察した時には時既に遅し。

 

 直感による事前察知。それにより、ゼファーは一手のみ許されるだけの時間を得ていた。

 その一手で全てのアンチマターボムを焼滅させ、這い寄る混沌を倒さねばならない。

 でなければ、待つのは破滅だ。

 這い寄る混沌だけを仕留めてもダメ。アンチマターボムが消えるわけではない。

 アンチマターボムを消して一息ついても意味が無い。次弾が放たれるだけだ。

 一撃。

 たった一撃で、全てを消し飛ばさなければならない。

 先ほど焔の絶招を撃ち込んで、ようやく一つ消し飛ばせた反物質の爆弾を、だ。

 

(できるのか……?)

 

 彼の胸の内に、一抹の不安がよぎる。

 できるのか、という不安だ。

 だが、ビルの上に立つ彼の視界の端に一人の少女が映った瞬間、不安は吹き飛んだ。

 

(いや)

 

 彼の胸の内に、一握りの勇気が宿る。

 やるのだ、という踏破の勇気だ。

 

(やる)

 

 そこで、彼は両の腕を腰だめに構える。

 誰に教えられたわけでもなく、『できる』という確信だけがそこにある。

 そうして彼は、ナイトブレイザー最大最強の技を起動した。

 

 

 

 

 

 彼女は祈る。

 その無事を祈り。

 

「お願い……」

 

 彼女は祈る。

 その勝利を祈り。

 

「すごくなくていいから、かっこよくなくてもいいから……」

 

 彼女は祈る。

 ただ健やかに、傷付くことなく、無事に帰ることを祈り。

 

「無事に、帰って来て……」

 

 祈りを聞き届ける少年を想い、両の手を重ねて、祈る。

 

 

 

 

 

 ガション、と音がした。

 それがナイトブレイザーの胸部が開いた音なのだということは、真正面でその胸部を見ている者にしか分からないだろう。

 すなわち、その胸部を向けられた這い寄る混沌には見えていた。

 胸部の装甲が四つに別れ、それぞれが外側にスライドしていくのを。

 その奥から現れた、内臓(内蔵)器官と直結する砲台を。

 這い寄る混沌は見た。

 自分に向けられる、ナイトブレイザーの切り札であろう胸部の大きな砲口を。

 

「うおおおおおおおおッ!」

 

 這い寄る混沌が、反粒子で構築される40前後の反物質爆弾を発射する。

 ナイトブレイザーの内臓が粒子加速器(アクセラレイター)と化し、体内で粒子を加速。

 アンチマターボムは全てがナイトブレイザーに向かい、飛来する。

 ナイトブレイザーの体内で加速した粒子が充填され、砲口から光が漏れた。

 

「バニシング――」

 

 そして、放たれる。

 『反粒子』(アンチマター)の対となる、『粒子加速砲』(バニシングバスター)が。

 

「――バスタァァァァァァッ!!」

 

 ゴパッ、と空間を抉りながら放たれる最強最大のビーム砲撃。

 ナイトブレイザーの体内にて莫大な熱量により加熱・加速させられた粒子は、胸部砲口にて次元違いの圧力により圧縮され、光速度の何割かという速度で解き放たれる。

 その上で余分なものを破壊しないよう、完全にエネルギーベクトルを操作されていた。

 

 粒子砲はアンチマターボムを全て呑み込み、這い寄る混沌をそのまま飲み込み、地表に触れないまま一直線に大気圏外へと突き抜けて、地球から太陽系の端までを一直線に貫通する。

 どの惑星にもぶつからなかったのは、単に運が良かっただけだ。

 バニシングバスターは敵を倒す『ついで』にこの星の上の、そしてこの太陽系の空間を一直線に抉り、焼滅させ、結果的にこの宇宙が膨張する速度をほんの僅かに遅らせる。

 誇張なしにそれをやらかせるだけの威力が、この一撃にはあった。

 

「……」

 

 後には何も残らない。

 反物質も、這い寄る混沌も、ノイズの残党も。

 ナイトブレイザーは、ビルの上から軽やかに跳躍。

 直感のレーダーが感知した最後の一体、未来に近寄っていた最後のノイズを未来の前で着地も兼ねて踏み潰し、戦いに終わりを告げた。

 

「もう大丈夫だ。……怪我はないよな? ミク」

 

「う、うん」

 

 小日向未来には傷一つ付いていない。

 それはゼファーがナイトブレイザーになったからであり、だがそれ以上に、ゼファーがナイトブレイザーになる前から徹底して彼女を守ろうとしていたからである。

 未来はおっかなびっくりと、すっかり姿が変わってしまったゼファーに応対する。

 戻れるのかな、と彼女は心配に思ったが、それ以上に先ほどゼファーが言っていた言葉が気になった。

 

「あの、ゼっくん」

 

「? どうした? やっぱりどっか怪我を……」

 

「ううん、そうじゃなくて、さっき抱きしめる資格がどうのって……」

 

 未来は聞き逃せなかった言葉に関し、彼を問い詰めようとして、その言葉を遮られる。

 他の誰でもない、目の前で膝をついたゼファーその人に。

 

「く……ぐっ!?」

 

「ゼっ――」

 

「来るなミク! 離れろ!」

 

「――!」

 

 駆け寄ろうとする未来だが、ゼファーの声に遮られ立ち止まる。

 ゼファーは倒れこみ、両手両膝を地面に付いてしまう。

 そんな彼の両腕を無慈悲に侵食する焔が、もっと上へ、もっと内へと、暴虐的に蠢いていた。

 

「なに、これ……!?」

 

 『バニシングバスター』はナイトブレイザー、最強最大の一撃である。

 それはナイトブレイザーの全機能をシャットダウンさせるだけの負荷を発生させ、発動後はセーフティとして強制的に変身を解除する……はずだった。

 だが、焔が足掻く。

 まるで躾を一度も行っていない狂犬のように。

 この最初の一回、強制変身解除が一度も行われていなかったこのタイミングで、紅色の焔というじゃじゃ馬は暴れだし、変身解除を阻害し始める。

 それはイコールで、変身者であるゼファーの命をも脅かしているということでもあった。

 

「ぐ、ぎ……じ、ぎ、ぃ、がッ……!!」

 

 腕の焔は、次第に肉体を通して精神までもを侵し始める。

 仮面の下の瞳の色が徐々に黒く染まっていき、憎悪に塗り潰されていく。

 このままでは、彼は苦痛と憎悪に心を塗り潰され、衝動のままに全てを破壊する破壊の騎士に堕ちてしまいかねない。

 焔は暴れる。

 「もっと昏い感情を寄越せ」、と。

 そのためにゼファーを食い尽くそうがお構いなしで、そのためならばゼファーの感情を勝手に弄くることすら躊躇わず、彼の中の憎悪を煽る。

 

「はな、れろ……みく……!

 やばい……もう、おれが、おれじゃ、なくなる……!」

 

「!」

 

 ゼファーは未来に背中を向け、離れようとする。

 けれど、もはや彼の身体は彼の意志では動かない。

 一歩、二歩と歩いたところで、ゼファーは膝をついてしまった。

 

「が、あ、ア、ァ……!」

 

 声までもが化け物じみ始めたゼファーの瞳が、とうとう黒一色に染まってしまう。

 その精神が暴走する……まさに、その瞬間。

 

「―――」

 

 小日向未来が、ゼファーを後ろから抱きしめた。

 

「あなたが」

 

 今のゼファーは、触れるだけで殺されてしまいそうなくらいに恐ろしい雰囲気を纏っている。

 力を持たない弱者の未来にとっては、猛獣の口の中に飛び込むに等しい勇気が必要だったろう。

 だが、その勇気が。友に向ける愛が。彼女の信じる明日への希望が。

 肌を通して、ナイトブレイザーの内へと……ゼファーの心へと沁みていく。

 

「あなたの手が誰も抱きしめられないなら、私があなたを抱きしめるから、だから……!」

 

 心の中、闇に向かうゼファーの足が止まる。

 振り返ればそこに、陽だまりの記憶(メモリア)が、陽だまりである彼女が在った。

 彼女だけではない。今のゼファーを支える大切な人達との記憶が、大切な人達の姿が在った。

 闇より手招きする何かの誘惑を振りきって、ゼファーは歩みの先を変えていく。

 

「戻って来て……あなたはもう、ひとりじゃないんだよ?」

 

 その一言が、ゼファーを完全に"こちら側"に引き戻した。

 鎧がほどけ、光の粒子に還り、未来が抱きしめていた騎士が元の少年の姿に戻る。

 ゼファーは自分を抱きしめる未来の手に己の手を重ね、かすれる声で言葉を発する。

 

「……ミク。ありがとう、それと、ただいま」

 

「どういたしまして。こちらこそ、ありがとう。それと、おかえり」

 

 とてつもない負荷の結果か、ゼファーは重くなってきた瞼と、失われる意識に全てを委ねる。

 閉じられる寸前のぼんやりとした視界の中で、自分に何か声をかけている未来と、何故か走りながら駆けつけて来た様子の了子の姿を見ながら、彼は意識を手放すのだった。

 

 

 




 響がヒーローポジになったリルカというのは有名な話ですが、個人的に未来さんは「金子先生が今度こそはとちゃんと魅力を書ききったマリナでもある」と思ってます。個人的に
 そこに主人公ウィンチェスターを加えた三人組という脳内区分けがあったり
 まあ物語上の深い意味は無いですけどねー

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