戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
というわけで四章、ツヴァイウィング編です
第十九話:なおも剣風吹き荒ぶ
ハッと起きて、ゼファーはジャージに着替えて部屋を飛び出した。
機能調整も終わり暫定完成版として仕上がった愛機T2T-003『ジャベリンMrk.3』に跨がり、通常のバイクとは比較にならない速度でかっ飛ばしつつ、二課本部へと連絡を飛ばす。
「ノイズが出ます! 35分後、千葉の津田沼駅から北2km地点!」
二課からの応答を待ち、ゼファーはバイクを全力でかっ飛ばした。
櫻井了子の手によって聖遺物由来の技術を注がれたこのバイクは、特撮の架空バイクじみた性能を持つ。30分もあれば100kmや200km移動することなどさほど難しくもない。
だからこそ、余裕で間に合った。
『5分後には翼ちゃんも奏ちゃんも到着するわ。殲滅より、被害を抑えるのに集中して』
「了解!」
インカムから届くあおいの声に応答しつつ、ゼファーはバイクの上に立つ。
オートバランサーは既に起動済み。
ゼファーがこのバイクから離れれば、このバイクはオートで適当な場所まで走り、止まってくれる。AI制御機能まで付いたこのジャベリンMrk.3ならば、それが出来る。
それゆえに、ゼファーは叫びながらバイクから跳び上がった。
「アクセスッ!」
街中に現れたノイズと、そのノイズと同時に現れたナイトブレイザー。
人々が悲鳴を上げるのと、歓声を上げたのはほぼ同時。
人々と怪物の間に焔の壁が立ち、戦いが始まった。
『おうゼファー、通信聞こえてるか? 帰ったら宿題手伝ってくれ』
「真面目にやってくれ、カナデさん」
『真面目にやりなさい、奏ッ!』
『おーこわ』
日に日に世界中で出現率が上がっているノイズという名の大災害。
それに立ち向かう彼と彼女らは大人ではなく、どこまでも学生だった。
戦場で軽口を楽しめるほどに場馴れした学生、というのも妙な話だが。
第十九話:なおも剣風吹き荒ぶ
かのタラスクとの決着から一ヶ月。
シンフォギアも普通に実戦に投入され、ナイトブレイザーもそこそこ安定して扱われるようになり、ノイズに対して共闘したのも何度目になっただろうか。
対ノイズ兵器とそれを補佐するシステムの完成により、特異災害対策機動部二課はようやく本来の役目を果たせるようになっていた。
そんな日々の中、シンフォギアやナイトブレイザーの模擬戦を見たことがない者が、ふと思う。
"あの三人"の中で、誰が一番強いんだろうか? と。
そして気になって模擬戦の戦績を見て、己の目を疑うのだ。
「っ!」
そんな模擬戦は、今日も元気に行われている。
《《 》》
《 絶刀・天羽々斬 》
《《 》》
風鳴翼が歌いつつ、剣を振るう。
目にするだけで「この姿勢、この状況ならこの一撃が最も強いのだ」と他者に確信させる剣閃。
それが連撃となり嵐のようにナイトブレイザーへと放たれていた。
無限の状況それぞれ全てに最適解を返していくような、見惚れる剣技。
攻撃の際にも、防御の際にも、その剣閃には洗練された美しさがある。
剣を多少かじった人間が、彼女の剣技を見れば剣の深淵と奥深さを知り、剣を置いてしまうであろうほどに、あまりにも巧みで精錬された剣の舞がそこにあった。
対するナイトブレイザーも拳を振るう。
何一つ武器を装備していなくても、その両腕は刀を弾く。
硬く、速く、弦十郎に師事した武技の理によって動かされるナイトブレイザーの二本の腕は、翼の一本の刀に並ぶ手数を発揮していた。
神経の伝達速度という足枷を捨て、アクセラレイターにて加速し、直感によって最大効率で振るわれるアガートラームの強固な両腕。
それは武器がなくとも、十分な性能を誇る凶器であった。
シンフォギアは『絶唱』禁止。
ナイトブレイザーは『バニシングバスター』禁止。
それが模擬戦の前提条件だが、今のところは互角に見える。
(シンフォギア・天羽々斬……!)
ゼファーは目の前の友の力を分析する。
シンフォギアのバリアコーティングは、音楽のバリアだ。
それは概念的な防御であり、魔神の焔も出力次第で無効化出来る。
翼ほどの適合係数とギア出力があれば、バニシングバスター以外の焔を防ぐことはそう難しくはない。
焔の絶招ならば防御を貫通できるかもしれないが、通常の焔なら息をするように弾かれ、それなりに威力がある焔でも意図してバリアを強化されれば防がれるだろう。
そういう意味で、ナイトブレイザーはシンフォギア相手に極めて相性が悪かった。
そして風鳴の剣は速く、鋭い。
気を抜けば鎧に切り傷を付けられ、鎧の奥にダメージを徹して来るのだ。
刀で鎧を切れる、切れないは関係なしに。そこには武の理がある。
同じ力で武器を振るうなら、面より線、線より点の方が力が加わるのである。
金槌で木は貫けないが、金槌で打った釘は木を貫ける、そういう理屈。
線で斬られるなり点で突かれるなりして急所に当てられてしまえば、いかなナイトブレイザーでも倒されてしまうだろう。
刀と腕、ということでリーチがありすぎるのも問題だった。
現に翼の攻撃は何度も騎士の胴体に叩き込まれており、対照的にゼファーの攻撃は一発も翼にクリーンヒットしていない。
両腕をクロスしないと防げないような重い斬撃、両腕を使ってようやく追いつけるほど速く手数の多い斬撃を織り交ぜる翼の剣技は、怖気が走る完成度だ。
まるで拳が届かない。
(ナイトブレイザー……!)
翼は目の前の友の力を分析する。
ナイトブレイザーの焔は、絶招にのみ気を付けていれば問題はない。
だが、それを抜きにしてもナイトブレイザーは恐るべき脅威だった。
アクセラレイターを使えば速度特化の天羽々斬より速い。
通常時でパワー特化のガングニールより腕力がある。
そして防御力に至っては、シンフォギアのそれより一段上だ。
時間制限という欠点さえ無ければ、ただ殴る蹴るだけを繰り返すだけで強いこの鎧は、最も高い継戦能力を持っていただろう。
翼は技量で上を行っているために優位を保ててはいるが、何度もヒヤリとさせられている。
隙を突いても直感で無効。
無自覚に隙を見せると直感で見抜かれ、そこを突かれる。
急所を外すといい当たりでも仕留め切れず、加速能力で速さの上を行かれて攻められる。
カカト落としで剣を折られた時など、背筋が冷える思いであった。
翼が思う、ゼファーの最たる長所である異様なしぶとさ。
それがナイトブレイザー化による反応速度と耐久力の向上により、相対する者から見れば洒落にならないレベルでパワーアップしていた。
まるで跳び跳ね燃え盛る鋼の要塞。
斬っても斬っても壊れない、無骨な鉄の塊がしぶとく食らいついてくるようなものだった。
「やるな、シンフォギア!」
「ナイトブレイザーもね!」
ゼファーは焔を数カ所にまき散らし、蜃気楼の真似事をして視界を揺らがせる。
そして焔の合間をジグザグに駆け、翼の死角を取ろうと動き出した。
対する翼は、シンフォギアのセンサー補助を用いて視界に頼らず知覚を動かす。
手に持つアームドギアと同サイズのアームドギアを8本生成、焔の合間を縫うように飛ばし、ナイトブレイザーに襲いかからせた。
「ッ!」
目眩ましと機動力を駆使した奇襲を仕掛けたゼファーが、純粋に技量で上を行かれた形。
たまらず彼は焔の壁を最大限の厚みで展開。
バリアコーティングは装者の肌表面に最も強く作用し、離れれば離れるほど効果が薄れる。
翼の手から離れて飛ぶアームドギアならば、焔の壁で十分焼き尽くせるのである。
そうして8本の剣を焼き尽くした焔の壁は、互いの姿を両者の視界から消し去った。
壁が間にあるのなら、互いの姿は瞳に映らない。
(防御? いや、ゼファーならこんな時、防御をただの防御で終わらせたりしないはず―――)
だが、目に頼るまでもない。
風鳴翼は、ゼファー・ウィンチェスターの目に見えない所までもよく知っているのだから。
(ここだッ!)
翼は回転しつつ跳躍。
外から見れば、それは真上に跳んだ前方宙返りのように見えたかもしれない。
更にそれと並行して、手にしていた刀型のアームドギアを巨大化変形。
3mを超える巨大剣を形成し、回転の勢いのまま、自分の読みに全てを託して振り切った。
対するゼファーは、焔の壁を作った時点で動き始めていた。
剣の射出に対し神業的な防御をしたと見せかけて、それをただの囮と化し、壁の横から回り込んで一撃で決めんとしたのである。
アクセラレイター込みのスピードであれば、回り込んでいたナイトブレイザーの姿を即座に翼が目にしたとしても、反応する時間はない。
焔の壁はそういう形状、そういう位置を選択していたからだ。
防御した時点で、彼は詰ませるための一手を打っていたのである。
「!?」
工夫はゼファーが上を行く。
相手への理解は翼が上を行く。
ゆえに、ゼファーは虚を突かれる。
翼を殴ろうと拳を振り上げてみれば、そこに翼は居らず、その位置は拳の届かぬ前斜め上方。
そして跳び上がると同時に翼が振るった巨大剣は、一直線にナイトブレイザーへと向かって振るわれていた。
奇襲を仕掛けたのは彼であるはずなのに、一瞬で奇襲の攻守が逆転する。
「―――ちッ!」
だが、ゼファー相手に生半可な奇襲は通じない。
ゼファーは瞬時に姿勢を整え、攻撃に使うはずだった一撃を迎撃のために切り替える。
そうして、ゼファーの絶招が振るわれた剣に叩き込まれた。
(!? 嘘っ)
ゼファーの絶招は、今やナイトブレイザーの特性により『アガートラームの硬度を叩き込む拳』『ネガティブフレアの圧縮焔を解き放つ』という二つの効力を得られている。
ゆえに生身でもビルの外壁を壊せていた絶招の威力は数段強化され、近中距離のどちらにも対応できる一撃と化していた。
加え、膨大な熱量という追加効果。
衝撃と焦熱で、翼の巨大剣が一撃にて破壊されたのも、むべなるかな。
(―――痛っ)
されど、ゼファーも無事では居られない。
拳が痛む。予想外の奇襲への迎撃に、予想以上のダメージを貰ってしまっていた。
なにせ、翼が気合を入れて作る剣。これが異常に頑丈なのである。
彼女の『剣』へのイメージが強固であるからか、やたらと硬いのだ。
それこそ全力の魔神の焔で燃やし尽くすのでもなければ、完全聖遺物級の桁違いのエネルギーを持ってくるか、聖遺物のエネルギーそのものを消し去る以外には壊せないかもしれないと、ゼファーにそう思わせるほどに。
加えて、通常の刀の六倍以上のサイズであろうこの刀に、翼はきっちり力を乗せ、刃筋を立て、刃を走らせて振るって来るのである。
2mサイズのシャーペンで普段通りに綺麗な字を書くような、そんな無茶苦茶な技量だ。
おかげで殴った手はジンジンと痛み、二度も三度も繰り返せないと彼に判断させる。
翼は自分が作れる最硬のアームドギアで繰り出した、理想の一閃を真正面から打ち砕かれたことに、顔には出さないが心底驚愕している。
ゼファーも同じく、自分が奇襲を仕掛けた側だというのに反撃を喰らい、いくらでも使い捨てられるアームドギアと引き換えに、拳にダメージを貰った現状に危機感を抱いていた。
騎士が炎熱の帯を振るい、翼へと向かわせる。
対し剣士は両足のスラスターから風を吹き出し、ゼファーの炎熱を回避した。
翼が回避の後に地に足付けたその時には、翼はアームドギアを再構築していて、ゼファーの拳の痛みも多少和らいでいた。
その時点で翼とゼファーの距離、約10m。
翼はリーチを誤魔化すためか、脇構えに刀を構える。
ゼファーもここで畳み掛けず、腕を前にやり対応力の高い受けの構えを取る。
そうして自然と翼が攻める側となり、彼女が風のごとき速さで踏み込み、二人は真正面からぶつかり合う形となった。
「行くわよ!」
「来い!」
翼が打とうとしている一手は唐竹割り。
脇構えに構えているのはフェイントで、視線を下に引っ張ってから、重力を乗せた縦一直線の最高最速の一撃を上方より放つつもりなのだろう。
それは直感を持つゼファーには簡単に見抜けることで、翼自身見抜かれることは承知の上。
その上で、何が何でも振り下ろすつもりなのだ。
翼が風より速く加速。脇構えから上段の構えへと移る。
ゼファーは拳を解いて指を伸ばし、いかにも斬撃を流そうとしている姿勢に変える。
翼は刀を真上から真下へと一直線に振り下ろし、ゼファーの脳天を狙う。
ゼファーはなんとそれを見て、両の手で真剣白刃取りを狙うという暴挙に出た。
「ッ」
直感があるならば、タイミングは外すまい。
白刃取りと同時に蹴りでカウンターをすれば間違いなく翼は沈む。
このタイミングで狙うにしては奇抜だが、成功したならば、最高の一手となるだろう。
成功すれば、の話だが。
あいにく相手は風鳴翼。
ゼファー視点、模擬戦生涯全敗の相手。
「!? な―――」
ゼファーは白刃取りをしようとして……手と手の間に、短刀がつっかえ棒のように挟まっていることに気が付いた。
誰がやったかなんて語るべくもない。
刀のアームドギアならば、それを生成したのは風鳴翼に決まっている。
翼はゼファーが真剣白刃取りを狙っていると気付いた瞬間、自分が振るう刀を挟み込もうとするゼファーの手の平の間に、短刀サイズのアームドギアを生成したのだ。
アルファベットの『H』のように閉じきらなかった両の手は、刀を挟めない。
真剣白刃取りは、一瞬でもタイミングがズレれば刀を掴めない、非常にシビアなタイミングを要求される絶技の一つだ。
だから翼はそれができるし、それの崩し方をよく知っている。
翼の手にした長刀がゼファーの手と手の間を通り過ぎるまさにその瞬間、ゼファーの手の間にあった短刀は消え、翼の刀は掴まれることなく直撃。渾身の一撃が彼の頭蓋を揺らす。
ゼファーはそのまま、パタリと倒れて変身解除。
誰が見ようと文句なしに、風鳴翼の完全勝利であった。
ゼファーの意識が戻ったのは、それから一分ほど後の話。
「いつつ……」
「それは腕がでしょうか? それとも頭?」
「頭の方ですね。腕より回復が遅いのは、なまじ明確な負傷じゃないからでしょうか」
やりすぎないようにと立会人を買って出てくれていた、緒川がゼファーの心配をする。
いつも忙しそうにしている緒川が手空きなのは珍しい。
彼が気を配ってくれているならば、訓練中に万が一ということはまずないだろう。
脳天を揺さぶられて気絶し、一分で完治寸前まで回復している時点で十分早いのだが、彼はそれに満足はできない。
満足など出来るはずもない。また負けてしまったのだから。
相性の問題なのか、ゼファーはいまだに翼に一度も勝てていなかった。
もう二年以上も模擬戦をしているというのに全戦全敗。
ここまでくれば、皆笑うしかない。諦めず挑み続けるゼファーと絶対に勝ち続ける翼の姿は、二課名物かつ二課の七不思議の内に入ってしまっていた。
前述の、ゼファー・奏・翼の中で誰が一番強いのか気になった者が、三人の戦績を調べて驚く理由がここにある。
ナイトブレイザーは強い。見方を変えれば、シンフォギアよりも強い。
だが、ナイトブレイザーが強くとも、シンフォギアが強くとも、戦闘において最終的な強さを決定するのはそれを扱う人である。
ナイトブレイザーは確かに強いのだが、この三人の間で模擬戦をすると、相性の悪さと使い手の強さの差が露骨に出てしまうのだ。
結果、三人の中で最も強いのは天羽奏、という結論が出る。
ゼファーと奏が戦うと、奏が才能+努力+センスで彼の上を行く。
行くのだが、ゼファーは自分より強い相手と戦い慣れていて、自分より強い相手の倒し方を知っている。粘りに粘って、一瞬のチャンスを狙って倒す。
なので勝率はゼファー:奏=1:9ほどになる。
奏と翼が戦うと、総合的な戦闘能力の差で奏が翼の上を行く。
で、あるのだが、二人の実力には明確な上下があるものの、それは絶対に勝敗が揺らがない、というレベルではなく。勝ったり負けたりで奏:翼=6:4くらいの勝率となる。
するとゼファーと翼の戦績の異様さが浮かび上がってくるわけだ。
翼:ゼファー=10:0。この二人だけ、どうにもおかしい。
一生の内に一人会えるか会えないかというレベルで、戦った場合の相性が良く悪い相手なのであった。
「どうしたら勝てるのやら……」
「不思議ですね。僕も翼さんとゼファーさんほど、相性が悪い試合は見たことがありませんよ」
ゼファーが弱いわけではない。
むしろ模擬戦でない実戦での異常な粘り強さと爆発力は、周囲の誰もが認める所だ。
だがそれは、言うなれば1万回挑めば1回だけは勝てる相手に挑み、その1回を最初の1回に持ってくる強さだ。1万回挑んで9999回勝つ彼女らと何度も戦えば、どうにも厳しい。
まして翼はゼファー相手なら1万回挑んで1万回勝つのだ。ひどい。
ゼファーが起きたそのタイミングで、模擬戦は次の組み合わせに移ったようだ。
シンフォギアを纏った翼に向かい合うように、シンフォギアを纏った奏が立っている。
翼も呼吸が整えられればそれでいいようで、連戦にもかかわらず準備万端といった様子でそこに佇んでいる。
「次は、私と奏ね」
「っしゃ、ようやっとあたしの出番か」
さてどっちが勝つのだろう、とゼファーと緒川が眺めていたまさにその時。
奏と翼の二人の前に、一人の男が現れる。
「いや、お前達は俺と試合だ」
「あっ」
「うげっ」
二人の表情が一気に変わったのも、さもありなん。
シンフォギアを纏い常人とは比較にならない強さを手に入れた二人の少女達。
……が、それはあくまで、常人と比べたらの話であって。
二人の前に立つ『風鳴弦十郎』が常人であるなどと、誰が言えようか。
「胸を借りるつもりで、二人一緒にかかって来い!」
「畜生! こっちに合わせろよ翼!」
「え、ええ!」
彼女らにもまだまだ成長の余地があるとはいえ、シンフォギアをまとめてぶっ飛ばす弦十郎。
ちぎっては投げちぎっては投げ、槍と刀をポンポン殴り飛ばしていく。
目眩がするような強さであった。
「……うわあ」
「うわあ」
圧巻である。
ナイトブレイザーが持つ魔神の焔は弦十郎相手に極めて相性が良いのだが……何故か、ゼファーはタイマンで弦十郎に勝てる気が微塵もしなかった。
こんな強者がノイズ相手では役に立てないというのだから、相性というものは恐ろしい。
ゼファーも翼という相手が居るので、相性の恐ろしさは身に染みている。
兎にも角にも、強くならなければならない。
負けてはならない戦いに挑む時、相性の有無は言い訳になどならないのだから。
「すぐには終わりそうにないですね。
再変身が出来るようになるまでの一時間、また練習をお手伝いしましょうか?
以前教えた水上走りの出来具合も確認しておきたいですし」
「! ぜひお願いします!」
ゼファーのナイトブレイザーの難点の一つは、十数分の変身が終わってしまえば一時間は変身できないというデメリット。
が、身体自体は10分もあれば外見上は再生しきってくれるのである。
そこで生まれる余剰時間を使い、緒川はゼファーをまた鍛え上げていく。
風鳴翼とゼファー・ウィンチェスター。
二人は子供の頃から緒川が見守ってきた子供達であり、また初めての教え子でもあったから。
少年少女の模擬戦が終わると、メンテナンスも兼ねて櫻井了子はシンフォギアを回収し、基幹システムはそのままにアップデートを繰り返す。
「ふんふふんふふーん」
了子が弦十郎から求められたものは二つ。
現状よりももっと効率的にナイトブレイザーとシンフォギアを共闘させられるシステム。
そして、ゼファーの腕の炎の侵食と負荷を抑えるシステムである。
あえて言おう。無茶振りであると。
言われてパッと作れるものではないし、存在を想定すらしていなかったナイトブレイザーに合わせてシンフォギアを弄るのも難しく、そもそも機械やシステムで動いていないナイトブレイザーを科学者である彼女が弄れるはずもない。
普通の人間にそれを頼めば「無理」と即答が返ってくるだろう。
が、了子は快諾した。
他の誰に出来なくても、彼女ならばできるからである。
「あんなこっといいなー、じゃあやりましょうねー。
でっきたらいいなー、じゃあ出来るようにしましょうねー」
了子が考案したのは、ゼファーが使っている二つの完全聖遺物から漏れる余剰エネルギーを、シンフォギアに吸い上げさせるというシステムだった。
ゼファーの活動時間制限はエネルギーを制御しきれていないことが原因。
そも完全聖遺物を二つ同時に、聖遺物の扱いに慣れていない人間が扱いきれるはずがない。
むしろ制御に手がかかりすぎて、エネルギーの膨大さが逆に弱体化要素になってしまっている、と了子は判断したのだ。
ならばシンフォギアを、擬似的な外付け制御装置として扱えばいい。
その結果エネルギーの制御に余裕ができ、ナイトブレイザーも強くなる、という理屈だ。
これならばナイトブレイザーの側を弄る必要はない。
加え、シンフォギアもエネルギーの供給源が出来て更に強くなる。
シンフォギアが歌手ならば、ナイトブレイザーが音響機器。音楽的に例えるならばそうなるか。
こうすることで、ナイトブレイザーは戦場に居るだけで周囲のシンフォギアを強化し、また周囲にシンフォギアが居れば暴走しにくくなるだろう。
そしてそれは、シンフォギアが周囲に増えれば増えるだけ効果が増していく。
装者が傍に居れば居るほど、ゼファーは暴走しにくくなり、かつ全ての装者を強化することで戦術的なメリットを加速度的に生み出していく。
数多くのシンフォギア装者とナイトブレイザーが共に戦うことを想定したシステム。
了子はこれを、異なる二つの力が高め合うシステムと称し、こう名付けた。
『Hybrid Energy Xtreme バトルシステム』、と。
略して"HEXバトルシステム"と名付けられたそれは、シンフォギア装者の網膜に投影され各種センサー結果と共に表示される、七つの正六角形の表示によって制御される。
七つの正六角形には装者が一人づつセットされているように見える。
つまり、このシステムを同時に利用できるシンフォギア装者は、最大七人ということだ。
これはナイトブレイザーの余剰エネルギー、及び周囲に知覚目的の強烈なアウフヴァッヘン波を投射しているゼファーという存在があるからこそ成り立つシステムだ。
そして、それは予期せぬ喜ばしい副産物も産んでいた。
了子もこのシステムを制作する過程で偶然気付いた、騎士と装者が揃い形作る新たな武器。
「『コンビネーション・アーツ・システム』。さて、サクッと仕上げちゃいますか」
袖まくりして、彼女はキーボードをカタカタと叩く。
途中で小腹が空いたので、デスクの端に置いてあったお盆の上のカップケーキに手を伸ばした。
が、そこで先程の出来事を思い出す。そういえば、と。
そのカップケーキは絵倉とゼファーの合作らしく、研究班やオペレーター達にご馳走するため、お茶と一緒に彼らが置いていったものだった。
既に地上のリディアンでの仕事、及び対ノイズ戦闘が本職となっているのに、こうして二課の職員達に何かをしてあげようとし続けるゼファーの姿を思い出し、彼女は微笑む。
こうした行動からも、ゼファーの好意は伝わってきた。
二課の皆を家族のように慕うゼファーの好意は、こうして行動に表れている。
だから二課の皆にとってゼファーは子であり、弟なのだ。
了子が手にしたカップケーキは二つ。
形の綺麗さから、片方は絵倉が、片方はゼファーが作ったのだということがよく分かった。
なのに口にしても、味だけではどちらをどちらが作ったのか、まるで見当がつかない。
「流石に年単位の努力は嘘をつかない、か」
菓子に味見は要らない。味音痴でも美味しく作りやすいものだ。
されどそれでも、ゼファーの作った食べ物が絵倉のそれと遜色ない味であったということは、彼の努力を証明する跡だった。
それがどうした、ただの菓子だ、と思う者も多いだろう。
が、了子はそうは思わない。少し作業に気合が入るというものだ。
そんな彼女が指先を右に左に走らせていると、彼女の携帯電話に直結されているインカムに響く着信音。
危険な聖遺物作業の途中でも緊急連絡に対応しなければならないことも多い了子は、作業中でも手を止めずに応答できるよう、こんな小物も作っていたのである。
手を止めずに電話に出れば、かけて来たのはここのトップ。風鳴弦十郎であった。
「はいはーい、どしたの?」
『俺とゼファーは予定通り例の奴を勧誘に行く。留守を頼むぞ』
「はーい。了子ちゃんにお任せよん」
『30過ぎてちゃんはどうかと思うぞ、了子君』
「いーのよ。心は永遠に少女なんだから」
パパっと連絡を終え、パパっと作業再開。
了子は最近の二課の人手不足を思い、最重要機密の保持のためおおっぴらに人員を補充できない事情を思い、弦十郎の苦労を思って溜め息を吐く。
「弦十郎君も大変ねえ。今日もスカウトなんて」
新しく来るのは誰だろう、と思いつつ。
直感持ちのあの子にいずれスカウトを任せてみてもいいかもしれないって話、本気だったのかしら、と思いつつ。
了子は指先を目にも留まらぬ速度で走らせるのだった。
とある所に、『
彼は天才であり、秀才であり、優秀だ。
それを念頭に置いて、彼の人生を追ってみよう。
「藤尭さんのとこの子はすごいわねえ。うちの子にも見習って欲しいわ」
朔也は子供の頃から周囲の大人に頭のいい子だと褒められる子供であった。
けれど、そんな子供は近年珍しくもない。
彼と同年代だけでも、そう呼ばれる子供は日本中を見れば何千人と居ただろう。
朔也がそんな凡百の者達の中に埋もれなかったのは、ひとえに彼が大人達の過大な期待を、期待以上の結果で返し続けたことに起因する。
「頑張らないと。先生も、父さんも、母さんも見てる」
朔也は何をやっても上手くこなす男だった。
とにかく要領がよく、才能に恵まれた上に努力を欠かさない男である。
得意分野を伸ばし、苦手分野をコツコツと補い、それゆえに周囲からは何でもこなせる天才として見られる男だった。
運動も勉強もこなせるが、運動より勉強、それも数字を処理する理系分野を得意とする彼であったが、周囲からすればあらゆる分野に精通しているようにしか見えない男であった。
「いやー、お前やっぱすげーわ」
「また満点かよ」
「うがあああやべえ! この点数はやべえ! 朔也勉強教えてくれ!」
それでいて、周囲から嫉妬されない人間だった。
誰がどう見ても頭一つ抜けた天才である彼だったが、どこか俗っぽく親しみやすい人間であったらしい。敵は少なく、友達も多く、顔が良くて優しいからかそれなりに告白もされ、人並みに恋もしたりした。
ただヘタレだったからか、恋人か居たことはなかったらしい。
そんなキャラが受けたのか、男友達が非常に多かった。
「藤尭はいいやつだよな。女子にも『いい人止まり』って評価が多いけど」
「ほっとけ!」
天才は他人を見下しがちだ。
本物の天才は他人の無能さに苛つくことが多い。
「なんでこんなこともできない」と天才視点で簡単なことにも躓く他人をなじり、嫉妬ゆえに足を引っ張ってくる凡人に対し、負の感情をこじらせることだってある。
そうやって天才は彼らなりの理由があって凡人を見下し、凡人との間に壁を作って天才のコミュニティへと移り住んでいく。
彼らが対等の人間を求めても得られない理由が、その見下す視線にあると気付けないままに。
天才は変人となりがちだ。
彼らは凡人が見えないものが見えるために、凡人とは違う感性を構築し、凡人とは違う世界を生きている。
"どこか噛み合わない"という感覚を常に抱いていて、それに折り合いを付けながら生きている。
例えるならば、彼らは地が丸いことを知っていながら、地が平たい板であると思い込んでいる人間達の中で生きているようなもの。
そんな凡人達に変人と呼ばれるのは、天才にとって途方もない苦痛であるのだろう。
「朔也ー、今週のジャンプで○○の●●が死んだぞー」
「ネタバレはやめろおおおおおッ!!」
ならば朔也はどうなのかというと、別にどうともならなかった。
彼は天才特有のこじらせ方をしなかった。卑怯者や極悪人を人並みに見下すことはあれど、能力の差を理由に他人を見下すことは絶対にしなかった。
常に定期テストで学年一位を取り続けながらも、同級生達とは友として、対等の関係を築き上げることを第一とした。
ごく普通の、どこにでいる男子のように。
案外、本音とは他人に伝わっているものだ。
叩き出した結果と不釣り合いなほどに普通な、そんな彼から伝わるごく普通の親愛と友情が、周囲に伝わっていないはずがない。周囲の反応と無関係であるはずがない。
彼は天才が向けられる嫉妬や、よく分からない異才に向けられる敬遠とはずっと無縁なままに、いつだってクラスの中心だった。
藤尭は天才であると同時にその感性はどこまでも一般人のそれであり、それだけに人を惹き付ける何かがあった。
全国模試で一位を取ったその帰りに、友達と本屋にエロ本を買いに行く。
女の子に告白されテンパって断ってしまった月の終わりに、部活の個人戦で県大会を優勝する。
クラスで集まって勉強会を開くと、全員に丁寧に勉強を教えながら、クラスの誰よりも自分の勉強を進めている。
有名大学への推薦を貰って職員室から出て来たら、クラスの友達に囲まれて胴上げされた。
比類なき天才と親しみやすい一般人の同居、それが藤尭という人間であった。
「「「 わーっしょい、わーっしょい! 」」」
「落ちる! 落ちる!」
彼の青春には特に何か目標や夢があったわけではない。
強いて言えば部活動に所属していた時に優勝を目指し、敗北した日の夜に悔し涙を流したが、せいぜいがその程度の話だ。
彼はコツコツと積み重ねることを当然と考えるタイプだった。
運動も、勉強も、誰に言われるまでもなく先を見据えて積み上げていき、自分を無自覚に磨き上げていく。
学校に所属しているのだから勉強を頑張るのは当然、部活に所属しているのだから練習を頑張るのは当然。
至極健全に、友達付き合いも疎かにしないように、彼は毎日頑張った。
それが一番難しいのだが、それをこなしてこその天才なのだろう。
藤尭の才能も相まって、彼は常に学校の中で一番だった。
中学生を卒業し、朔也は彼に見合うレベルの高校へと進学した。
当然、そこは天才と呼ばれた子供達が集まる学び舎。
今までのようにはいかない……と、思われたが。
なんと、彼はそこでもあらゆる分野でトップを争っていた。
それだけではなく、普通の学校と比べればプライドも高く気難しい人間の多い天才達のコミュニティの中ですら、彼は皆から好かれていた。
競い合うべき場所で、友情を育んでいた。
「サクっちマック派? 正気なん?」
「たとえ皆がマックを見捨てても、俺は見捨てない……!」
総合的に見れば彼がその高校で一番であると誰もが認め、その学校の多くの人間が彼に親しみを持ち、けれどそれでも卒業の時は来る。
高等学校を卒業し、彼は彼に見合う大学へと進学した。
そして以下略。
彼はそこでも一番で、かつ得がたい友人達に囲まれていた。
教師達から大学院へと進むよう薦められたが、あいにく藤尭は学者になる気もなく、これ以上学生として人生の時間を使ってしまうことに疑問も感じていた。
実に普通に、健全に、藤尭は社会人となる道を進む。
「内定貰った? あたしまだだわ」
「俺も決まってないなぁ」
「藤尭はよりどりみどりで選んでないだけやん! 殴るぞ!」
学校というコミュニティを変える度に彼はその場所の一番となっていったが、高校生や大学生になっても学校生活や私生活が特に何か変わったわけではない。
彼は高校生になっても童貞男友達とAVの観賞会を開いたり、大学生になってもサークルの飲み会で酔った美女の先輩に迫られて、ヘタレて逃げたりもしていた。
彼はずっと親しみの持てる天才であり、人の輪の中心に自然と立っている男のままだった。
才能に見合わない平凡で幸せな人生、けれど不満なんて持ったことはなく。
そんな彼の人生を変えたのは、修得単位にも隙なくもう学校に来なくても卒業できる、そんな状況が完成した大学四年目に突然目の前に現れた男だった。
男は不思議な雰囲気を持つ外国人の少年を連れ、朔也の前に悠然と立つ。
「この国を守り、世界を救う仕事をしてみないか?」
2m近い長身、その長身をあますことなく包み込む筋肉の鎧、そして凡夫とは違う圧倒的な存在感。周囲を雰囲気だけで圧倒し、岩石から直接削り出してきたかのような肉体を持つその男は、藤尭に物語の中の英雄を思わせた。
男に付き従う少年は、どこか掴み所のない印象を受ける。なのにその視線だけは目を逸らしたくなるくらい真っ直ぐで、自然と一方向へと吹き荒ぶ風を思わせた。
男の印象が圧倒的なら、少年の印象は不思議と言うべきか。
二人の印象は似て非なるが、それでも不快感や不信感は不思議と湧いてこなかった。
しかし、男が口にしたその誘い文句は非常に怪しい。
世界を救う仕事、と言われても普通は宗教の勧誘か何かかとしか思えない。
朔也はそれなりに名が知れていて、色んな所からオファーの来ている天才だ。
魅力的な職場も多く、今ここでこんな怪しい誘いに乗る理由は微塵もない。
だが。
何故か朔也は、その言葉に揺れていた。
「俺は風鳴弦十郎。この世界を守るため、お前の力を俺に貸して欲しい」
一般人の感性を有するとはいえ、彼は同年代でもトップを争えるレベルの天才だ。
ごく普通の人間の視点を持ちつつも、天才としての感覚も確かに持っている。
地動説が常識の世界で、天動説を見つけ出すような、そんな人種が持つ感性。
その感覚が、藤尭朔也に真実を伝えてくれている。
目の前の男は藤尭よりもはるか高みに居る男であり、そんな男が自分を頼りにしてくれているのだと、そんな男が自分を求めてくれているのだと。
物語の中で英雄に「仲間になって欲しい」と言われる戦士の気分を、彼は感じていた。
「……自分に、できることがあるのなら」
気付けば、朔也はその誘いに乗っていた。
本気の想いは伝わる。男と男の間に言葉は要らない。
そんなフレーズは古今東西大人気だが、二人の間で何が通じ合ったのか傍目にはさっぱりだ。
朔也自身どういうコミュニケーションをしたのかさっぱりなのだからしかたない。
いまだゼファーにも真似できない、"カリスマ"と"男と男の間にのみ通じる以心伝心"のみで新人を勧誘するという、風鳴弦十郎の離れ技であった。
弦十郎は非日常の塊である。
"気"を抑えていても、彼は電車に乗るだけで周囲の注目を集めるような強者である。
彼が朔也より引き出したのは、誰もが心の中にほんの少し持つ非日常への憧れ。
かつ、頼り甲斐のある雰囲気が感じさせる、堅実な人間が求める将来への安心感。
そして、人生がいい方向へと変わっていく予感だった。
「まあしばらくはこいつの下で学んでくれ。
こいつはうちの職場の全ての業務に精通してるからな」
「え?」
が、朔也の予想はいい意味でも悪い意味でもなく、明後日の方向へと裏切られる。
弦十郎に背を押された少年が一歩前に出た。
こんな子供が、と彼は思うと同時に、子供なんだろうか、と一瞬迷う。
年齢の読みにくい外国人というのもあったが、それ以上にスレた雰囲気の影響が大きかった。
「ゼファー・ウィンチェスターです。よろしくお願いします」
「あ、ああ。藤尭朔也。よろしくな」
弦十郎の圧倒的な存在感とは違う、不思議な存在感。
朔也は彼のじっと見る目に、本質までもを見抜かれているかのような錯覚を味わっていた。
あるいはそれは、錯覚などではなかったのかもしれないが。
岩を思わせる弦十郎、風を思わせるゼファー。
朔也の生涯において、人らしい印象より先んじて人間離れした印象を受ける人間というのは、初めて見る人種であった。
もしも彼が数年前にゼファーと会っていたならば、こんな印象は抱かなかっただろう。
影がある少年だ、程度にしか思われなかったはずだ。
弦十郎と似て非なる、などと思いはしなかったはずだ。
天才の視点は、凡人には見えていない何かが見えているのだろうか。
「握手します? サクヤさん」
「お、いいね。分かってるねゼファー君」
とまあ、これが今日までの彼の20と数年の生涯。
彼の人生は才能と比べれば、実に安定していた。しかしそれを平坦だのつまらないだのと言えるはずがない。
彼なりの挫折があり、彼なりの失恋があり、彼なりの大事件があった。
単に天才によくある周囲の拒絶や絶望的な事件が無かったというだけで、人並みの人生とドラマが確かにあったのだ。
それが彼の強みでもある。
彼は天才であり、そして学年に一人は居る人気者並みのコミュニケーション能力がある。
彼にはどんな仕事を振っても大抵のことはこなすし、教えれば覚えがよく、何より話していて楽しい。そんな彼はそんな場所でも頼りにされ、親しまれる人間だ。
天才とも凡人とも仲良く出来る、人間関係の調整役としても、彼は非常に優秀な人間である。
弦十郎が彼を雇おうと考えた理由の一つがそれだった。
誰とでも仲良く出来そうな人間同士だからか、すぐに仲良くなった朔也とゼファーを見、弦十郎はうっすら笑んで思考する。
(すぐに気が合ったか。これは嬉しい誤算だな)
高いコミュ能力。
そして選んだもう一つの理由が、藤尭朔也の自由発表論文……『ノイズ対応改善案』だった。
それは既存のノイズ対策・避難誘導のためのマニュアルよりもはるかに高い柔軟性と、分かりやすく整理された文面によって構成された、意見文の一段上に位置する論文だった。
二課等の内部事情を知らない人間が書いたにも関わらず、その論文は二課のブレイン達に注目されるほどの完成度を誇っていたのだ。
藤尭朔也。特異災害対策機動部二課の文句なしに期待の新人。
はてさて、特務機関の新人として就職した彼の未来はいかなるものか。
それを決めるのは神様でも運命でもなく、彼にあてがわれた一人の少年。
しばらくは、あるいはずっと付き合うであろう、ゼファー・ウィンチェスター次第であった。
少年
青年
青色少女
槍剣士
4章なので4的な