戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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第一話最速直前の滑り込みセーフ


2

 朔也は特異災害対策二課という精鋭を集めた集団の中でも、履歴書に書ける範囲ではかなり優秀な経歴を持つエリートの中のエリートである。

 とはいえ、彼に戦闘技能はない。

 彼はもやしだ。戦闘力で言えばせいぜい3~4切歌。

 体を動かす機会のなかった大学生活でなまりになまりきっている。

 が、現状特にそれが問題となることはなかった。

 

「この人が土場さん。サクヤさんが配属予定の作戦発令所付きのオペレーターです。

 この人はカイーナさん。聖遺物探しのエキスパートです。

 この人が天戸さん。一課と二課の中でも五指に入るノイズ撃滅数を誇る実働部隊の方です」

 

「ふむ、新人のオペレーターか。よろしく頼むよ」

「足引っ張んないでよ」

「おお、また若いやつだな。よろしく頼むぜ」

 

「藤尭朔也です。よろしくお願いします!」

 

 機密事項を絶対に漏らさないこと、漏らせば最悪外患罪で最低量刑死刑という書類に同意、サインして就職したのも今は昔。

 ゼファーの紹介で二課本部の各所を回り、朔也は職員達と片っ端から顔合わせをしていた。

 朔也は既に作戦発令所のオペレーターとなることが決まっている。

 なので、戦闘力は特に必要がないのだ。

 

「この人が絵倉さん。二課食堂でご飯を作ってくれている人で、二課で一番料理がうまい人です」

 

「アタクシの食事を残したら承知しないよ? ええっと、藤尭朔也って言ったっけか」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 それゆえに本当に必要なのは、『二課の各部門がどう動いているか』を知ることであり、『二課の各部門にどういう人が居るか』を知ることである。

 二課で司令の次に重要なメインオペレーターともなれば、同僚に嫌われているようではまず立ちいかない。

 そういう意味では、二課のメンバーの全員と顔見知りであり、かつ彼に紹介されることで第一印象がよくなるゼファーという少年の存在は、朔也には渡りに船だった。

 弦十郎や了子のように親しまれ立場がある人間、緒川やゼファーのように信頼されている人間、翼や奏のように子供枠で可愛がられている人間を間に挟めば、第一印象はそれだけで多少なりとも良くなるものだ。

 

「この人がリョーコさん。ここで一番頭のいい人です。

 この人がアオイさん。たぶん、サクヤさんに一番お仕事を教えてくれる方かと」

 

「あなたが藤尭君? 櫻井了子、よろしくねー。まっ、気楽に構えていなさいな」

 

「友里あおいよ。ビシバシやっていくから、覚悟しておきなさい?」

 

「初めまして、櫻井先生、友里先輩。よろしくお願いします!」

 

 朔也もあと少しの間は大学に籍を置いている扱いだ。

 弦十郎もその間は配属予定の作戦発令所ではなく、ゼファーの下に置いて二課というものの全体像を把握させ、就職後にスムーズに動かすつもりなのだろう。

 勘のいいゼファーなら非戦闘員を連れ回しても、むしろ後方勤務の人間より安全なくらいだと、弦十郎が信頼しているのも大きい。

 

「この人がシンジさん、忍者です」

 

「初めまして、緒川慎次。忍者です。よろしくお願いします、藤尭さん」

 

「にん……!? よ、よろしくお願いします!」

 

 とにもかくにも。

 そうして、ゼファー・翼・奏で運用される対ノイズチームに、優秀ながらもまだ見習いな新人が一人加わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十九話:なおも剣風吹き荒ぶ 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖遺物の遺跡と、謎の巨人?」

 

 新たな任務の内容を告げられると、その内容に翼は首を傾げ、弦十郎に聞き返した。

 翼の言葉を引き継ぐように、そこからは奏が口を開いて問い詰めていく。

 

「聖遺物の遺跡ってーのは分かる。

 甲斐名の兄貴あたりが危険だって判断したなら、あたしらの出番だからな。

 が、謎の巨人ってなんだ? ノイズってわけじゃないんだろ?」

 

「そうか、奏は知らなかったな。ゴーレムの存在を」

 

「ゴーレム?」

 

 弦十郎が口を開く。

 そこにはゼファー、奏、翼、朔也の四人が集められていて、この件にナイトブレイザーとシンフォギアが必要とされていることは明白である。

 その理由の一つが、遺跡探索に一定以上の危険があると判断されたこと。

 そしてもう一つの理由が、その謎の巨人が『ゴーレム』であるかもしれない、と判断されたということだ。

 

「ゴーレムというのは、人型に近いロボットの完全聖遺物の総称だ。

 詳しいところは了子君に聞いてくれ。

 我々が綿密なデータを取れたのは『神々の砦』アースガルズだけだが……

 これ一体だけでも、数値上のスペックはお前達三人が力を合わせても届かないくらいに強い」

 

「マジかよ!」

 

「おうともよ。んでもって、了子君曰く今回はゴーレムの可能性大だって話だ」

 

 順を追って説明しよう。

 

 弦十郎がゼファー達の下に持って来た案件は二つ。

 まずは甲斐名が愛知で発見した、聖遺物があるであろう新たな遺跡の存在だ。

 これがまた厄介なものらしく、遺跡探索経験もあり直感で罠を無効化するゼファーや、シンフォギアの力が必要だと判断されたらしい。

 そしてもう一つが、とある山間部で目撃情報が寄せられた謎の巨人の存在。

 加え、巨人の発見報告があってからというもの、その周囲の気温が例年より15℃近く低いという異常気象が発生しており、一刻も早い解決が求められていた。

 

「うし、強敵に腕が鳴るってもんだ! 行くぞ、ゼファー、翼!」

 

「ああ、どっちも急いだ方が良さそうだ。勘だけど」

 

「ええ、行きましょう」

 

 この少年少女のチームにおいて、チームリーダーは奏である。

 能動的過ぎて時に前のめりになりすぎる奏と、受動的過ぎて時に腰が引けている翼と、二人が互いに行き過ぎないように影響を与え合っている中、バランスを調整するゼファーの構図。

 ならば、チームの中で一番考えているゼファー、引っ込み思案になりがちな翼より、二人を引っ張って行く奏の方がリーダーに相応しい。そう、ゼファーと翼が推薦したのだ。

 多数決でリーダーを決めようという話になって、奏がゼファーに一票入れたとしても、ゼファーと翼が奏に投票するので話にならない。

 最初は渋っていた奏だったが、今では立派にこのチームを引っ張るリーダーとなっていた。

 

「奏君は留守番だ」

 

「何故にッ!?」

 

「ここしばらくの連戦でLiNKERを使い過ぎだ。少し休んでおけ」

 

 が、問題もある。

 この三人の中で一番戦闘面に問題があるとすれば、時間制限・変身制限・自傷能力・暴走の危険と役満揃ったゼファーだろうが、奏もそこそこに問題がある。

 薬を使った時限式のシンフォギア装者であること、その薬が彼女の体と命を蝕んでいることは、二課の誰もが承知の話だ。

 だから彼女の命を守るため、こうして彼女の無茶を諌める必要がある。

 

 そも、弦十郎は今回の件は最悪偵察だけでいいと考えている。

 全力で全速でぶつかって、小細工抜きで謎の巨人とやらをぶっ飛ばそう、と血の気の多いシンプルな結論を出している奏とは、根本的に目指す目標が違っていた。

 

「と、いうわけだ。ゼファー、翼の両名は藤尭を連れて現地に向かえ。

 手分けして向かわせることも考えたが、流石に単独では万が一があるからな。

 遺跡の方には甲斐名、巨人の方には天戸さんを向かわせてある。現地で合流してくれ。

 どちらも一刻を争う。上手く行った場合、日帰りで帰ってくるくらいの気持ちで頼むぞ」

 

「了解です」

「分かりました」

 

 弦十郎の姪である翼、弟子であるゼファーは、跳ねっ返りな奏よりずっと彼に対して従順だ。

 この話にぶーたれているのは、留守番を言いつけられた奏だけである。

 

「へっ、男一人女一人でデートかよ」

 

「奏、みくびらないで。

 私はお付き合いもしていない異性とデートをするようなふしだらな人間じゃないわ」

 

「お、おう」

 

 不機嫌さからからかいに行った奏だが、予想以上の翼の堅物っぷり、精神的処女っぷりにカウンターパンチを貰い逆に戸惑ってしまう。

 苦笑しつつ、ゼファーは奏のフォローに回る。

 

「まあまあ、俺達が居ない間の二課はカナデさんしか動けないんだしさ。

 逆に考えよう。ノイズを倒す仕事はカナデさんが総取りしていいんだってことで」

 

「……いいね。その考え方はいい、最高だ。お前はあたしを乗せるのが上手いな」

 

 乗ってやるよ、と無言で意志を表情に滲ませつつ、奏は笑う。

 不機嫌さも戸惑いも、一瞬で湧き出してきた殺意で塗り潰される。

 その殺意の中に、自分を乗せた友人への感嘆と友情を混ぜ込んでいる奏の表情は、初めてそれを見た朔也の背筋をゾワリとさせた。

 ゼファーと奏の妙な関係性は、今日に至っても続いている。

 

「では、失礼します。すぐにでも準備して、準備出来次第出発しますね」

 

「私も行きます。叔父様も私達が居ない間、お気をつけて」

 

「ほんじゃまあたしも行くわ。了子さんに健康体だって太鼓判貰わねえと」

 

 少年少女らが退出する。

 残されたのは、弦十郎と朔也の二人のみ。

 ずっと沈黙を保っていた朔也がそこで、口を開いた。

 

「司令。もしかして、あの子達に言えない裏事情があったりします?」

 

「何故そう思う?」

 

「違和感、ですね。急ぎすぎな印象です。

 この二件を急いで同時に片付けようというのは変でもないですが……

 司令は彼らに戦闘が関わる案件を任せるのなら、もっと慎重に動くタイプだと思いました」

 

 弦十郎が驚きで目を見開く。

 藤尭朔也と風鳴弦十郎にそこまで長い付き合いはない。

 顔を合わせたのだって数えるほどだ。

 ならば方法は限られる。短い付き合いで相手の"芯"を見抜ける人間か、あるいは今日までの日々の中で周囲の人間から弦十郎の人柄を聞き、資料を集めて判断した人間か、ということ。

 

 藤尭朔也は後者である。

 二課の人間に話を聞き、ゼファーから話を聞き、弦十郎に対し「らしくない」と僅かな違和感を抱けるくらいに、朔也は弦十郎という男のプロファイリングを終えていたのだ。

 ゼファーも短期間に人の深い所まで見抜くということを時たまやるが、こうして理詰めでそういうことをできる人間というのは、二課には今まで居なかった人材だった。

 普通の人間はパズルの100ピースの内、99個が揃っていれば全体像を想像できる。

 優秀な人間ならば30~50個でも十分だ。

 だが朔也は1~2個で十分全体像を想像できる、天才の枠の中の人間である。

 

 ならば、隠す意味もない。

 弦十郎は少しだけ彼らしくなく急いた様子で、されど彼らしくゼファー達に負担がかからない程度に留めていた今回の作戦の原因を、朔也に打ち明けた。

 

「首都機能移転計画の話は聞いているか?」

 

「ニュースで少しくらいなら……」

 

 近年のノイズ出現率増加が"東京の人口過密"という特性に刺さり、かつ一回の出現と半日の騒乱で日本の首都機能を壊滅させる可能性を、国会と世論に提示し始めた今日この頃。

 数万体のノイズが都心に出現したという大事件は、とある計画に現実味を帯びさせていた。

 それが、首都機能の移転・分散案である。

 

 東京には過剰に人口と国の重要な機関が集中している。

 ノイズの出現は、超大規模首都直下型地震よりもはるかに甚大な人的被害を産む可能性があり、数時間で日本の心臓と脳を潰す可能性すらあった。

 それはシンフォギア等を擁する二課の注目度・重要度が加速度的に増すということでもあるが、二課も喜んでばかりでは居られない。

 ノイズ襲撃による人的被害の可能性は、常に存在するからだ。

 

 そこで政治家の一部分は首都機能を移転すべしと主張した。

 日本の中枢機能が分散していれば、ノイズが一度や二度襲撃しても国そのものが揺らぐということはまずなくなる。

 こうなると「うちに引っ越してきたらどうよ」と、都道府県知事などの地方の偉い人までもが呼応し始め、日本中どこもかしこもてんてこ舞いだ。

 地元の発展のため誘致したい政治家の思惑が絡むと、もう本当に何がなんだか分からない。

 二課の基本方針がノイズ被害を抑えるため、首都機能移転には賛成という件も含めて、はちゃめちゃにごちゃごちゃした話になり始める。

 

「案件はまだ候補地選びの段階で、実際に移転するかどうかも決まっていない。

 が、二課のスポンサーの内一人がな。地元をその候補地に挙げてるってわけだ」

 

「……読めてきました。ゴーレムらしき謎の巨人が出現したのは、その候補地なんですね?」

 

「察しがいいな。そういうことだ」

 

 例えばの話だが、政治家が地元に首都の重要な施設と機関を引き入れようとする。

 そこで敵対する派閥の政治家に「でも、そこに今は危ない奴が居座ってるそうじゃないですか」と突っ込まれた場合、候補地として据えることができなくなってしまう。

 居座っている邪魔者が居る限り、東京から金の卵を引き入れるのは不可能に近いだろう。

 

「首都機能を誘致したい。そのためにまずは候補地に選ぶ必要がある。

 だけど、邪魔者がいつまでもそこに居座っていればそこを突かれて候補から外される……」

 

 確かに市民を守る特異災害の対策部署としては、ゴーレムらしき存在は見逃せない。

 聖遺物の脅威ならば聖遺物でしか倒すことは難しいからだ。

 しかし、それは急ぐ理由にはなるが、急ぐべき時でも極力子供達の安全を考えようとする弦十郎が急ごうとする理由にはならない。

 二つの案件を同時に処理しなければならないほど切羽詰まっているのは、上記の大人の事情、そしてイチイバルとアースガルズの件が二課に与えた教訓、『聖遺物が盗られるかもしれない』という警戒心ゆえのことだった。

 

「聖遺物も謎の巨人も、二課としては無視できない。

 しかしこの拙速の理由は、ちょっと子供に聞かせたくない大人の事情と」

 

「情けない話だ。無茶な要求なら、こんな理由での要求は突っぱねるんだがな」

 

 次聖遺物取られたらどうなるか分かってんだろうな、と言っている偉い人。

 うちの地元に東京から誘致したいから邪魔者片付けてくれ、と言う偉い人。

 右も左も面倒くさい案件だらけだ。

 考えることが得意ではないのに、そんな人間達の中で踏ん張っている弦十郎の苦労と覚悟が伺える。彼は本当によくやっている方だろう。

 

 無論、子供達に死ねと言っているような要求が来れば彼は突っぱねる。

 国会議事堂をワンパンでふっ飛ばしに行く可能性すらある。

 が、老獪な政治家はその辺りの塩梅、落とし所の見つけ方というものが巧みであった。

 このくらいならば無茶でもなんでもなく、市民のために一刻も早く解決せよとの指示は正論で、突っぱねる理由がどこにもない。

 まだ30年と少ししか生きていない弦十郎が彼らに太刀打ちするには、もっと多くの仲間を見つけて、味方に付けなければならないようだ。

 

 まあ現地に向かうゼファーや翼がこういった裏事情を知ったところで、「一刻も早く何とかしないといけないことは何も変わらない」とのたまい、裏で色々動いている者達のことなど微塵も気にせずに、世のため人のために戦うのだろう。

 暗闘に"知ったことか"と吠えられる若さが彼らにはある。

 老獪な者達の要求をこの程度に抑え、いずれはもっと抑えられるようになろうと、子供達を守るために面倒くさい世界で戦う、大人としての自負が彼にはある。

 

「頼むぞ藤尭。あの子らが大変な目に合いそうになったら、助けてやってくれ」

 

 そして弦十郎の中で藤尭朔也は若けれど、子供の枠の中には居ない。

 彼もまた大人だ。

 己の肩に手を乗せる弦十郎から託されたものをしっかりと認識し、自分が弦十郎には及ばないことを自覚しつつも、新人なりに気合を入れる。

 

「任せて下さい。給料分以上に働いてみせますよ!」

 

 男、藤尭朔也。

 就職してすぐ、尊敬できる上司に大きな案件を任され気合を入れる。

 弦十郎の横にあったPCに表示されていた潜水艦の写真や、その横に表示されたデータが目に入るが、今はそれを気にしようともしていない。

 何しろ今回のこの件が、彼が二課に来てから初めて挑む任務となるのだ。

 気合の入り方が違う。絶対に成功させようと、藤尭朔也は息巻いていた。

 

 が、その気合はしょっぱなから聖遺物の名に裏切られることとなるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課の車を一台借りて、後部荷台にバイクを乗せて、一行は愛知の遺跡に向かう。

 運転席に朔也が座り、その後ろにゼファーと翼が座る形だ。

 現地の遺跡を確保している甲斐名から送られてきた位置情報を頼りに、車は特殊な街路を通りつつ最高最速で遺跡へ向かう。

 

「びっくりしたな……アナと雪の女王風の作品かと思ったら……」

 

「ベイマックス、ヒーローものだったよねこれ……」

 

(あー運転してなかったら俺も見たかったんだけどなー)

 

 二課は道の面でも優遇されていた。

 ちょっとした通行規制が使え、ちょっとした専用の抜け道が利用でき、有事には二課の車両は全て緊急車両扱いとなるくらいだ。ゼファーがバイクをかっ飛ばす時も然りである。

 車両自体もハイスペック車が多いために、移動時間はかなり短く済む。

 新幹線に乗った場合、駅から僻地にある遺跡まで移動に時間がかかることを考えれば、新幹線を利用して移動するのと十数分程度しか変わらないくらいに速い。

 が、それでも時間はかかる。

 なので車内で弦十郎の指示通りに適当な映画を見ていたゼファーと翼であった。

 話に加われない運転席の朔也の背中に、寂しそうな哀愁が漂っている。

 

「……」

 

「……? ツバサ、何か悩んでるのか?」

 

「え? ううん、そんなことはないわよ」

 

 ふと、ゼファーの直感が翼の様子に何か小さな違和感を感じ取る。

 けれどあまりにも小さなものだったから、戦いを前にしたゼファーに「今はいいか」と後回しにさせてしまう。戦いを前にして根掘り葉掘り聞き、わざわざ不和を生む必要もない。

 それに、そこまで緊急性のある悩みでもないだろうというのもまた、直感が告げる事実だった。

 

「そろそろ着くよ、二人とも」

 

「了解です。便利ですね、カーナビって」

 

「なんだかんだすごい発明だからね、カーナビ」

 

 そうこうしている内に到着。

 カーナビを讃えつつゼファーと朔也が降りると、翼がその後に続いて行く。

 三人が向かう先、遺跡の前の仮設テントにたむろする数人の聖遺物捜索チームの中から、彼らの到着に気付いた者が進み出てきた。

 甲斐名である。このチームのリーダーでもある青年だ。

 

「よ、ゼファー。それに司令の姪さんに、新人か」

 

「お疲れ様です。現状の説明をお願いできますか?」

 

「あいよ」

 

 ゼファーが労をねぎらうと、甲斐名は手早く三人に状況の説明をし始めた。

 

「僕らはこの遺跡の最深部手前まで調査を進めてたんだけど……

 最深部の扉に『絶対開けるな』って書かれてるんだ。

 ここに聖遺物があるのはまず間違いないと思うんだけどさ」

 

「どのくらい危険だと思いますか?」

 

「説明書で20ページに渡って『危険だ』と書いてあるくせに、何が危険かは書いてない。

 そんな判断に困る感じって言えば分かるだろ? このめんどくさい状況」

 

「ああ、それは判断に困りますね」

 

 危険と書かれているのに、何が危険か分からない。

 危険じゃないかもしれないが、危険かもしれない。

 加えて何でもありの先史文明、聖遺物絡みの問題。

 万が一のことを考えれば、危険を察知するゼファーとシンフォギアを揃えるのは必須だ。

 

「ってわけで、頼む。二人とも」

 

「了解です」

「任せて下さい」

 

 甲斐名から遺跡の内部構造の見取り図を受け取ったゼファーと翼。

 ゼファーはインカムを身に付け、翼はペンダントを身に付ける。

 両者共に気合十分。準備は万端だった。

 ……翼の様子に、少し迷いが見えることを除けば、だが。

 

「あ、甲斐名さん。

 通信は繋ぎっぱなしにしておきますが、できれば遺跡から離れていてください」

 

「うん? なんで?」

 

「万が一の時は、遺跡ごと壊して全部埋めちゃいますので。

 俺達は生き埋めになっても多分死にませんけど、皆さんが巻き込まれたら一大事です」

 

「わぉ、派手だね。承知したよ」

 

 甲斐名がハンドサインを送ると、チームが総出で撤収準備を開始する。

 仮設テントは分解されて車の荷台に乗せられ、機材も片っ端から乗せられていく。

 固定する時間が無いため、荷台に同乗したチームのメンバーが揺れないよう手で押さえつつ、車と一緒に離脱して行った。

 

「では、私達もそろそろ行きます。藤尭さんもお気を付けて」

 

「通信は常に繋いでおいてください。外で何かあったら俺達がすぐに駆けつけますから」

 

「翼ちゃんもゼファー君も気を付けて!」

 

 最後の一台に同乗し、その場を離れていく朔也。

 年齢不相応に頼り甲斐がある二人を見て、全く不安を感じていない自分を自覚し、思わず苦笑してしまう。もしものことがあったら、なんて心配は毛の先ほども感じていなかった。

 が、一切合切任せっきりにする気はない。

 

(さて、できれば無駄骨に終わって欲しいな。平穏無事が一番だ)

 

 朔也は手にしたノートパソコンを立ち上げ、シンフォギアのセンサーカメラからの映像とデータを受け取り、分析するための準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最深部に辿り着き、万が一に備えて翼には事前に変身させておいて、ゼファーは扉を開く。

 鬼が出るか、蛇が出るか。

 直感が「何事も無く終わることはない」と警鐘を鳴らし続けている以上、彼が警戒を解くことはなく、彼女に警戒を解かせることない。

 なのに、だ。

 扉を開けて数秒、彼らの思考は停止した。

 

「「 は? 」」

 

 扉を開けたことがキーになり、遺跡のシステムが起動する。

 指定された手順で開けられなかった扉が、セキュリティを起動させるスイッチとなってしまい、内部に格納された"完全聖遺物"を暴走させる。

 だが、その光景があまりにも予想外だった。

 それゆえ二人同時に「は?」なんて言ってしまう。

 二人の視界を埋め尽くすのは、その聖遺物が吐き出した紙のようなもの。

 

 そして紙に書かれた、『女性の裸』であった。

 

 なんてことはない。

 この遺跡に収められていた聖遺物、欠損のない完全聖遺物の正体は。

 男達の夢の形、『スケベ本』だったのである。

 

「だ、ダメっ!」

 

「馬鹿ツバサお前目を塞ぐなヤバい!」

 

 とっさに"ゼファーにはまだ早い"とばかりに彼の背後から目を塞ぐ翼。

 が、ゼファーは微塵も興奮していない。加え直感が告げる危機もまだ終わっていなかった。

 すぐさま翼の目隠しを振りほどき、彼は翼を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた翼が左によろけ、反動で転がって行くゼファーが右に転がって行き、二人の間をスケベ本の一ページが突き抜ける。

 

 それが後方にて、先史文明の技術で作られた非常に頑丈なオブジェクトの角を切断し、切り飛ばすのを見て、ゼファーと翼の背筋に悪寒が走る。

 

「マジか!?」

 

「非常に危険ね……切れ味も、ゼファーへの悪影響的にも……!」

 

「後者は別に危険じゃないだろう! お前の中で俺はどういう人間なんだ!」

 

 単体で起動する、完全聖遺物『スケベ本』。

 先史文明の時代に、聖遺物で武装した強盗からも盗難されないようにと技術の粋を集められたエロ本の究極進化系が、二人の前に立ち塞がる。

 

「ええい、アクセスッ!」

 

 ロードブレイザーに燃やし尽くされた全てのスケベ本、及び積み重ねられたエロの歴史。

 先史文明紀の男達が書き続け、読み続け、生み出し続けた誇りの証。

 その唯一の生き残りが、翼という堅物とゼファーという男に向かって牙を剥いた。

 

 

 




 そりゃ先史文明の人もエロ本隠してる場所には『絶対開けるな』『危険』と書きますよっと

 ゴーレムに関しては第十三話の1でちょろっと詳しく書いた記憶があります

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