戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
スケベ本には愛がある。
愛がなければ書かれない。
スケベ本には勇気がある。
家族に見られる、それを覚悟する気高き勇気。
スケベ本には希望がある。
有史以来生きとし生ける、天文学的な数の者達にエロの希望を見せる。
スケベ本とは欲望である。
その一言で事足りる。
先史の時代の勇者の一人、ガングニールの槍師ヴォータンが残した言葉だ。
第十九話:なおも剣風吹き荒ぶ 3
聖遺物の定義は、先史文明の遺物であることのみ。
狭義では神話や伝承に語られる、既存の兵器を遥かに超える性能の武具、とも定義される。
剣、槍、弓。最も出土数が多く、見つかりやすい戦うための聖遺物。
戦闘武器ではない凶祓いの鏡、先史の時代のAIやプログラムも勿論聖遺物だ。
つまり、先史文明期のものであるのなら、スケベ本だって聖遺物である。
天羽々斬が災害切りの特性を転じた機動力を持つように、ガングニールがエネルギーの爆発的な生成と放出を特性として持つように、この完全聖遺物『スケベ本』が持っている特性は二つ。
『複製』と『犯罪殺し』だ。
まあ小難しい理屈は無いので安心して欲しい。
要は、この本は自分でほぼ無尽蔵に自分のコピーを作ることができ、ルールに則った方法以外で自分を手に入れようとした場合、そいつを痛めつけに行くという、ただそれだけのことである。
前者の複製特性。
これは要するに、現代の書籍や同人誌のデータ化販売へ「紙媒体の方が読んだって気がするだろ!」と反逆した、先史文明人の努力の結晶である。
原本を一冊作れば、コスト0で無料に無限に複製本を生成可能なシステムだ。
コピー&ペーストで増やせるデータ書籍とコスト面で同格となり、かつデータをそのまま違法アップロードされるというリスクを排除。
スケベ本はデータじゃなくて実際に手に取れる本がいいんだい、と頑なに主張する男達に規格外の利潤と低価格でスケベ本を提供し、先史の時代に一世を風靡したほどのシステム。
後者の犯罪殺し特性。
これは本が勝手にスキャニングされてデータをばらまかれそうになったり、万引きされそうになったり、ベッドの下に隠していたのを無理矢理見られそうになると発動するシステムである。
設定により痛い目を見せる程度のものから、本気で殺しにかかるレベルの反撃まで多種多様。
先史文明の人間を撃退するということ。それすなわちこのスケベ本も生半可な聖遺物では太刀打ち出来ない戦闘力を持つということでもある。
殺傷性のあるエログラビアページで敵を切り裂き、切断不可の特性を付加された袋とじで防御、特大ポスターで敵を締め上げることすらする。
その戦闘力は現代の人間から見れば圧巻だ。
例えば先史の時代にコミックマーケット等の祭典があったとする。
その時代は各サークルがこのスケベ本の原本を一冊持っていけば、それで成り立つものだったのだろう。一冊あればいくらでも増やせて、在庫切れもなく、格安で売ることが出来るのだから。
まさにエロの革命。これを生み出した者は天才の中の天才だろう。
エロの世界に変革をもたらすテロリスト、エロカイダのエロリストとでも言うべきか。
これを開発した、あるいはこの地に持ち込んだ、先史の者はここ愛知に骨を埋めたのだろうか?
ここを出身地とした革命者・織田の祖先となったのだろうか?
第六天魔王信長の祖先・快楽天魔王としてここに君臨していたのだろうか?
興味は尽きない。
まあ全て余談だ。
相対するゼファーらにとっては、"途方もなく強いスケベ本が襲ってくる"という訳の分からない現実がそこにあるのみである。
敵の強さが全てであって、先史文明期の男達のエロ談義なんて彼らに興味はない。
兎にも角にも、戦いだ。
「『蒼ノ一閃』」
翼が刀を刺突に突き出すと、刀の形状に沿った形の、巨大な蒼色の刃のエネルギーが通路を一直線に突き進む。
ゼファーが絶招の二次効果として放出する焔と同じく、高い攻撃力と汎用性、そして使い勝手の良さを兼ね備えた信頼性の高い技。蒼ノ一閃だ。
蒼のエネルギーは完全聖遺物製の紙を一枚、十枚、百枚と貫通するという、恐るべき破壊力で紙をガンガン切り破いていく。
……が、蒼の刃は紙を破れば破るほど減衰し、800枚ほどの紙を破壊したところで止められてしまう。
「ッ!?」
物は壊れる時にエネルギーを持っていく。
壊れやすいものを利用して防弾性能を上げる、戦車の装甲や防弾ジャケットと同じ原理で紙は蒼ノ一閃の破壊力を持って行ってしまったのだ。
加え、紙は地味に高い耐久性を持っている。札束であれば銃弾を防ぐことも出来るほどだ。
完全聖遺物の作り出した紙数千枚ともなれば、容易には貫けまい。
「ツバサ、来るぞ!」
そして数千枚の盾は、同時に数千枚の刃にもなる。
紙という厚みのない形状により、空気抵抗をほとんど受けない紙の刃が恐ろしい速度で飛来し、ゼファーと翼へと襲いかかる。
ナイトブレイザーが両腕を振るえば、腕の炎により片っ端から紙は炎上。
されど全ては叩き落とせず、その鎧の表面にうっすらと切り傷が付いていく。
翼が手にした刀サイズのアームドギアを振るえば、紙は次から次へと切り裂かれていく。
しかし最速のシンフォギアたる天羽々斬でも手数がおっつかない。
彼女が紙一重での回避に首を振れば、ふわりと浮き上がった髪が数本髪に切断された。
それはバリアコーティングを貫通されたということを意味し、紙の刃が首元などの急所に当たれば、ナイトブレイザーと違い翼は即死する可能性が高いということを意味していた。
(私達が破壊したページはもう1000や2000どころの話じゃないのに……!
最奥の大部屋と通路を埋め尽くすこの紙の群れ、一体何十万枚あるの……!?)
「本体、焼け落ちてくれるなよッ!」
たまらず、ゼファーは通路を焔の壁で塞いだ。
魔神の焔は使い手がまだ未熟なれど、森羅万象にて最強の炎である。
十分な厚みを持って構築された焔の壁は、敵が完全聖遺物だ、紙の枚数が数十万枚だといったことを意にも介さずに、突っ込んで来た紙の全てを焼き尽くす。
発禁本はレッツ焚書だ。紙が焔に勝てるわけがない。
(俺はどのくらいで止めればいい……? どこまでやったらやり過ぎだ……!?)
だが、ゼファーは全力を出して全てのスケベ本を燃やし尽くすわけにはいかない。
彼らの目的はこの聖遺物の回収であって、破壊ではないのだ。
本の聖遺物を回収する、という任務において、焔を扱うナイトブレイザーはすこぶる扱いに困る性能を誇っていた。
本体である原本まで焼いてしまわないか、本体から飛び出したページだけを焼き尽くすにはどのくらいの加減が必要なのか、思い悩みながら壁を維持するゼファー。
そんな彼のカカトに何かが後ろからぶつかり、足を払って、仰向けにずっこけさせる。
「!?」
ゼファーが驚愕して見れば、そこには二枚の紙があった。
(通路を遠回りして……!)
この遺跡の通路は曲がりくねった一本道で出来ている構造ではない。
おそらくはアミダくじのような形、という表現が一番近いだろう。
焔の壁が作られた通路ではなく、飛ばした紙を別の通路を通らせて、紙の刃でナイトブレイザーのカカトにぶつけたのだ。
その攻撃力はナイトブレイザーを傷付けられもしないが、逆に攻撃力が低い紙であったことが幸いし、直感のムラを偶然縫う形となって奇襲を成功させてしまったようだ。
そして、焔の壁を維持していた集中が途切れ、壁の厚みと密度が揺らぐ。
紙一万枚が焔の壁にぶつかっていく。
紙の群れの表面が焼かれ、その下の紙、更にその下の紙へと引火していき、次から次へと灰になっていく。
だがその一万枚の紙に続いて更に一万枚、更に更に一万枚と後続が続いて突っ込んで来た。
紙から紙へと引火し燃え尽きる速度より、紙が追加される速度の方が圧倒的に速い。
恐るべきことに、それは絶え間なく繰り返されるルーチンだった。
一万枚で焔の壁が1mm押し込まれ、二万枚で2mm、三万枚で3mmと押し込まれていく。
笑えるくらいの数の暴力。
ゼファーが足を払われて乱した集中が戻り切る前に、そうやってスケベ本のページによる紙片の淫乱舞は焔の壁を押し込み、隙間を作り、隙間を押し広げて風穴を開けるのだった。
(……くっ!)
歌いながら戦っているため、声をかけられない翼はナイトブレイザーの襟首を掴み、焔の壁があった方向の反対へと彼を放り投げる。
阿吽の呼吸で彼女の意を察したゼファーは、自分のカカトにぶつかってきたページ、及びそれに続いて回り込んで来た紙の全てを炎弾で焼き払う。
そして翼は大剣サイズのアームドギアを無数に形成。
地面と天井に次々突き刺し、即席のバリケードとした。
アームドギアの硬い材質すらゴリゴリと削られているため、この壁も突破されるのは時間の問題だろう。
「下がるぞ、ツバサ!」
ゼファーの声に頷く翼。
聖遺物確保の目的のためには、雑に全てを燃やしてはいけないという制約。
ただのスケベ本であるためか比較的弱いとはいえ、完全聖遺物の圧倒的性能。
そして何故かは分からないが、翼の動きが地味に悪い。
長年試合を繰り返してきたゼファーでないと分からないレベルだが、この窮地において翼の動きにキレがないということは、無視できない要素であった。
ナイトブレイザーの焔、天羽々斬の刀剣連続射出で本のページの足止めをしつつ、二人は逃げるように一気に後退する。
"た行は『膣』の文字列が入ってるからエロいんだよ!"などと、読むだけで知能指数が減りそうな文面が書かれた紙の刃が二人へと迫る。
戦うスケベ本というアホくさい字面、女性の裸が群れをなして迫る笑える絵面に反して、ナイトブレイザーとシンフォギアに退却を選ばせるだけの戦闘力。
このスケベ本、ただものではない。
(( なにこれ……!! ))
加速度的に生産される紙片の軍隊だが、一瞬で数十万の殺傷武器を生成できる完全聖遺物といえど、紙は紙。焔と剣を放ちつつ逃げる高速戦闘型のこの二人には追いつけない。
だがこのまま逃げ続ければいずれは地上に出てしまう。
この公共良俗に反する不健全性の塊のような性技の味方を解き放てばどうなるか。人を襲うかもしれないこいつを外に出せばどうなるか。真っ当な正義の味方達はそのリスクを見逃せない。
それゆえ葛藤する。
これを外に出していいものなのか、と。
(マズいな。俺も、あと5分戦えるか戦えないかくらいか……!?)
加え、ナイトブレイザーの活動限界が間近に迫っていた。
HEXバトルシステムのおかげで負荷はかなり軽くなり、ゼファーも今では安定して20分以上戦えるようになっている。焔の操作精度や動きのキレもそれなりに向上済みだ。
が、それでも負荷がなくなったわけではない。
腕を焼く痛みは我慢強いゼファーを気絶寸前まで追い込んだり、戦闘の邪魔をしない程度にまで抑えられるも、あいも変わらずゼファーに制限時間を課す。
遺跡内での戦闘が15分を超えた今では、彼らが取れる選択肢は限られる。
逃げる。まだ逃げる。
逃げる度に敵は増え、通路から通路へと満ちていき、次第に先回りもされ始める。
されどゼファーと翼は焼き、殴り、切り、突き刺し、なおも止まらず進む。
足を止めれば、か細い勝機すら失ってしまうから。
このまま何の策もなく逃げ続けていれば、最悪変身解除後のゼファーと翼の二人で、この無尽蔵に増殖する敵を地上で迎え撃たなければならなくなってしまう。
面倒な敵を地上に解き放ってしまうか、完全聖遺物を回収できずに灰にしてしまうかの二択を選ばなければならなくなるだろう。
ゼファーと翼は、どうするべきかと考える。
そこで翼のヘッドギア、ゼファーの体内に取り込まれたインカムから、通信越しの声が届いた。
『ゼファー君、翼ちゃん!』
「! 藤尭さん!?」
『その先の十字路を壊して塞ぐんだ! この聖遺物ならそれで閉じ込められる!』
「壊し……!?」
「分かりました!」
翼は一瞬迷ったが、ゼファーは即座に行動に出る。
右手をぎゅっと拳の形に握ると、拳の周りに圧縮された火球が複数出現。
ナイトブレイザーが拳を振り出すのに合わせ、その火球達はビームの如き火砲を発射。
朔也が指定した部分の天井へと直撃する。
翼は朔也の指示に迷いなく瞬時に従えるだけの信頼を、まだまだ付き合いも短い朔也には向けていなかったが、ゼファーに対しては向けている。
ゼファーの選択になら、迷いなく後に続いていける。
朔也を信じたゼファーを信じ、翼は跳ぶゼファーの後に続いて駆けた。
落ちる天井が十字路のど真ん中を塞いで行き、雪崩れ込む土砂がその隙間を蟻一匹すら這い出られないくらいに埋めていき、十字が四つの直線へと分断された。
そして道が塞がれ、紙片は道を通れなくなる。
足を止めたゼファーと翼は、振り返って自分達の背後で土砂に埋められた通路を見た。
土砂越しに紙が衝突しているであろう微かな物音はするが、大量の土砂はビクともしていない。
「……そっか。どんなに切れ味があっても、紙で掘ることはできない。
埋まった通路を掘るのに必要なのは切断力じゃなくて、頑丈さだから……」
小さなウォーターカッターで坑道は彫れない。土を掘るのに必要なのはスコップだ。
異常な切れ味があるとはいえ、敵の特性をよく理解した足止めの妙案である。
人が操っていたならばこの紙を用い、時間を費やす事で瓦礫を撤去することも出来るだろうが、あいにくとスケベ本に高尚な知恵を与える馬鹿など居るわけがなく。
ゼファーの変身時間を計算、戦闘の流れを「このままでは不味い」と判断し、仕切り直しのための効果的な一手を提案した朔也。
問い質しもせず、迷いもせず、即座にその提案に迷いなく乗ったゼファー。
そのゼファーに続いた翼。
三人の内誰か一人でも"そう"していなかったら、この状況には持って来れなかっただろう。
今の位置取りを理解するには、十字路の形を頭の中にイメージすればいい。
十字の上の方向に行くと階段がある。ここを通れば、この遺跡を出ることができる。
十字の右、及び下からは増殖したスケベ本の大群。
この二方向から来る本を、出口がある十字の上方向へは何が何でも行かせてはならない。
ゼファー達はこの十字路の左、行き止まりがある短い直線の一本道の半ばに居る。
ナイトブレイザーは右手を掲げ、その掌から物質を消滅させる火力の火柱を放出。
地上から彼らが居る場所まで空気を届ける空気穴を作り、彼は変身を解除した。
「少し休もう。今すぐ解決できる問題じゃなさそうだ」
「……そうね」
どてっ、と座り込むゼファーに続き、静かに変身を解いた翼もその隣に座る。
「ツバサ、どうしたんだ? 何か悩みがあるのか?」
「……そういう風に見えた?」
「翼の強さも、戦いのキレも、俺はよく知ってる。でも今日は、そのどっちもなかった」
「……」
言いたくないなら言わなくていい、とゼファーは言おうとして、口を噤む。
なんとなく、それが冷たい対応であるように感じてしまったから。
「話してみないか? 友達だし、気軽にさ」
踏み込んで来るゼファーに、翼は目を丸くする。
「友達なら、辛いことも楽しいことも話して欲しいんだ。
辛いことなら半分になるし、楽しいことなら倍になる。
今ツバサが抱えてるものが辛いなら、俺に半分渡してしまえばいい」
どこか懐かしい言葉を、彼が信じている言葉を、ゼファーは口にする。
「……情けないやつだって、幻滅するかもしれないわよ」
「ツバサがどうかは知らないけど、少なくとも俺はお前のことを信じてる。
何を話したって、どんな弱音を口にしたって、信じられるって思えるくらいには」
ゼファーが"彼女"に、"雪音クリス"にそう言われたのは、もう何年前のことだろうか。
――――
「友達なら、辛いことも楽しいことも話して欲しいんだ。
辛いことなら半分になるし、楽しいことなら倍になる。
今ゼファーが抱えてるものが辛いなら、あたしにさっさと半分よこせ」
「お前がどうかは知らないけど、少なくともあたしはお前のことを信じてるんだ。
何を話したって、どんな弱音口にしたって、大丈夫だって思えるくらいには」
――――
今でも、ゼファーにとっての『友達』というものには、雪音クリスという相棒の影響が大いにあるのだ。あの日の言葉は今でも彼の胸の内に息づいている。
どんなに彼が変わろうと、大切な人が増えようと、相対的にクリスの思い出の重みが軽くなるわけがない。大切な友達に貰った言葉は、大切な友達に向かって口を開く時、彼の口を自然とついて出てくる言葉へと変わる。
「……叔父様に言われたんだ。私達、これから―――」
そして、本気の思いは伝わるものだ。
少し時刻は遡る。
「げ、芸能人!?」
「ああ、そうだ」
翼が叔父の弦十郎から伝えられた事柄は、彼女にらしくもなく大声を上げて仰天させた。
彼曰く、翼と奏をセットでアーティストとしてデビューさせよう、という話があるとのこと。
彼女からすればどうしてそうなった、と思い叫びそうになるのもむべなるかな。
風鳴翼は不器用な武人肌の少女である。
幼少期から武道一辺倒で、年頃の少女らしい「アイドルになりたい」といった憧れも持たず、彼女は芸能人とは縁遠い生活を送ってきた。
翼の思う芸能人というものは、歌を歌ったり踊りを踊ったり、小粋なトークで場を沸かせる器用な人間、見目麗しい人間がなれるもの。
現実にどうであるかは別として、それは彼女の思う『風鳴翼』とは正反対のものであった。
やりたいやりたくないという話以前に、「出来るわけがない」という断言が出てきてしまう。
彼女の自認識はどこまでも無骨なものであり、豪華絢爛な芸能の世界に自分が出て行って何が出来るのかと、翼はそう考える。
「今進められている計画がある。これを見てくれ」
「これは……」
翼は弦十郎が差し出した書類に書かれた計画に目を通す。
そこに書かれた計画は、かなり丁寧に段階を踏むものであった。
まず、翼がリディアンに入学するまでの10ヶ月の間、二人に訓練を受けさせる。
その後、架空の事務所を仕立て上げ、緒川をマネージャーに付けた上でアーティストデビュー。
デビューのタイミングは翼の入学とほぼ同時を予定。
リディアン高等科へのタレントコースの設立、翼と奏をそこに移籍させてからとなる。
これは二課の目的をいくつか達成するために、非常に効果的な一手であるとされていた。
第一の効果はリディアンの入学者増加。
リディアンはアウフヴァッヘン概念に基づき、音楽が人体に与える影響を観測する場所であり、シンフォギアを扱える適合者を探す選定所だ。
翼と奏の活躍は、そのまま入学希望者の増加に繋がる。
そして第二の効果が、櫻井理論に基づいたフォニックゲインの集約である。
桜井了子曰く、聖遺物をも動かすシンフォギアの主要エネルギー・シンフォニックゲインは命のエネルギーであり、声のエネルギーであり、歌のエネルギーであるとのこと。
だからこそシンフォギア装者は歌うのだが、了子は最近新たな理論とシステムを開発し、装者でない人間の声や歌をエネルギーと変えることを可能としようとしていた。
理屈は単純明快。
聖遺物と自分の声を共鳴させてシンフォニックゲインを発生させる装者の声に、多くの人間の声を乗せ、民衆の声と心に一体感を持たせた上で、その声をシンフォニックゲインへと変える。
装者の声で全員の声を包み、丸ごとエネルギーに変えるという理屈だ。
この方法を用いれば、現在起動方法が確立しておらず、倉庫の肥やしになっている未起動の完全聖遺物を利用できるようになる、というのが了子の談だ。
必要なのは心と声を揃えた民衆の、腹の底から出した声。
そしてそれらの声を向けられ、その声の嵐の中で歌うシンフォギア装者とその聖遺物のみ。
その条件に合う状況はあるか、と二課の頭脳達が頭を悩ませた結果、総合的なメリット・デメリット、及び装者達の安全を考えて『歌手のライブコンサート』が一番いいのではないか、という意見が出たのである。
翼と奏がアーティストとしてデビューし、彼女らを広告塔としてリディアン高等科は適合者候補を集め、最終的にはライブコンサートを利用して完全聖遺物を起動する。
目に見える最初の結果が出るまで、最低でも一年から二年はかかるという、かなり遠大な計画であった。
「で、ですけど……」
けれど、そんなことを唐突に言われても翼は戸惑うしかない。
翼は剣には自信がある。戦えと言われたなら、胸を張ってそれに挑める。
でも、ステージに立って歌を歌えと言われたならば、そう在れない。
彼女の生来の気質は気弱で泣き虫、臆病者なのだ。
ゼファーがかつて戦いに挑む時の彼女を別人のようだと思ったのは正解で、修練によって戦いの時のみ別人のように心を奮い立たせることはできても、根本の部分を変えることはできない。
歌を歌い、笑顔を振りまき、テレビカメラの前でものを語る。
翼はそんなことをそつなくこなしている自分をまるで想像できない。
できる自信がないから、やりますと言えない。
そんな彼女の迷いを全て見透かしたように、弦十郎は助け舟を出した。
「嫌ならいい。強制はせん。俺達はお前の意志を尊重する」
「……少し、考えさせてください」
弦十郎は翼のおむつを換えた記憶があるくらい、彼女を幼い頃から見守ってきた。
昔の翼を知る弦十郎は思う。
翼はこの申し出を断るだろう、と。
されど、今の翼を知る弦十郎は思う。
もしかしたら、と。
昔の翼であれば、ここで「考えさせて欲しい」などとは、絶対に言わなかっただろうから。
弦十郎は内気な翼の本質を知り、彼女が日の当たる表舞台で賞賛を浴びることを欲さないことをよく知っている。彼は彼女の家族だから。
そして、友の影響を受け翼が変わりつつあることも知っている。彼は彼女の家族だから。
決める権利は翼にある。
翼の将来を決めるのは弦十郎ではない。彼はどこまでも、彼女を助けるだけだ。
ゆえに彼女がどんな選択を選んでも、弦十郎は翼のために何かをし続けるのだろう。
彼は、彼女の家族だから。
「一週間待ってください、叔父様。必ず答えを出してみせます」
「ああ。ゆっくり決めるといい」
子供は迷う。大人は選択肢を提示する。
将来の選択に迷う子供を、焦らず待つ大人。
この世のどこにでも転がっている、けれど同じものは何一つとして存在しない、"ありふれた"光景だった。
翼の悩みは将来の悩み。
かつ、「自分にできるわけがない」という思い込み。
なまじ装者がアーティストとなるメリットを理解できてしまうがために、翼は溜め息を吐く。
できない、断ろう、と自分の中で結論が出ているというのに、全てを振り切れずにうじうじと思い悩んでしまう。それが風鳴翼という少女であった。
悩みつつも多少戦闘能力が落ちるだけで十分強い、というのも彼女らしい。
「笑っていいわよ。もうなんというか、自分でも情けないって自覚はあるもの」
床に並んで座りながら、翼は自嘲しつつ隣のゼファーに言う。
目の前のことに集中していなくても強く、けれど普段の隙のない強さが心の問題でのみ揺らぐ、それが翼。メンタルくらいにしか弱点がない、ゼファーの親友だ。
笑え、と言われてもどこで笑えばいいのかわからない彼は彼なりの言葉を返す。
「悪い、笑いどころがどこか分かんねえわ」
「……ああもう、ゼファーは平常運転ね。逆に安心したけど」
翼は、それでちょっと笑ってしまう。
彼女の苦悩に理解を示しつつも、嘲笑するという発想に理解が及んでいないのだ。
いつも通りな彼が、少しだけ彼女に落ち着きを取り戻させる。
「無理よ、私にステージに立って人前で歌えなんて……」
「でもツバサは歌が上手いだろ? それは文句なしに事実だと思うぞ」
「あれは……シンフォギアを扱うために、少し訓練しただけだから。
本職の人には絶対に及ばないし、ましてやそれでプロの道に入るなんて……」
自分に自信を、揺らがない心を持てないという翼の問題。
自らに由を求めていない翼は、こういった所で幾度となく二の足を踏んでしまう。
実際、翼の歌はシンフォギア装者となるための訓練の過程で、既にセミプロレベルの域に達している。
リディアン入学までの期間に訓練を行い、入学後もみっちりトレーニングを重ねれば、アーティストとして十分やっていけるだけの実力は既に付いているのだ。
それゆえ、問題は彼女の心の中にのみ存在しているのである。
ゼファーにはそれが分かっている。だから、彼が選ぶ言葉は決まりきっていた。
「アイドルとか、歌手の人もそう言うんだろうな」
「え?」
「ツバサは人前で歌ったり踊ったりができないって言っただろ?
じゃあそれが本職の人に、ツバサのように命がけで戦えって言ったらどうなるかって思ってさ。
でもきっと、その人達もツバサみたいに『できるわけない』って言うんだろう」
「当たり前じゃない。だから、私達が守らなくちゃいけないんだから」
アーティスト。防人。
ステージの上で歌いながら笑顔を振りまくこと、戦場で歌いながら戦うこと。
それのどちらが難しいかなんてことを、決める権利は誰にもない。
「つまり、どっちか片方がもう片方より難しい、ってことはないんだ」
「うん」
「じゃあ、なんでツバサはアーティストとしてやっていく自信が持てないんだ?
なんでアーティストは、ツバサのように戦えないんだ?
その二つの難しさに上下はなくて、今より難しいことに挑んでるわけでもないのに」
「……えと」
ゼファーの問いに、翼は少し悩んでしまう。
そう考えてみると、彼女は少し不思議に思えてきた。
翼はそんな風に考えたこともなかったが、言われてみると少し不思議に思えてくる。
「俺は思う」
その答えは、彼女の友であり、彼女の努力をずっと隣で見てきた、ゼファー・ウィンチェスターが持っている。
「ツバサは戦うための努力をしてきたから。
アーティストはステージに立つための努力をしてきたから。
重ねてきた努力が、『自分はやれる』っていう自信をくれたんじゃないかって」
「―――あ」
風鳴翼はステージに立つためという目的を持ち、重ねてきた努力がない。
だからアーティストになれ、と言われてできる自信を持てていない。
アーティストは戦うためという目的を持ち、重ねてきた努力がない。
だから戦え、と言われてできる自信を持つことが難しい。
同じなのだ。
重ねてきた努力の方向性、目的の方向性が違うだけで、この両者は全く同じ。
翼が戦うことに自信を持てているのに、ステージに立つ自信を持てていない理由。
それはその自信の土台となってくれる、努力の存在の有無だった。
「努力は絶対に自分を裏切らない。
俺は翼を見てそう思って、そう信じられるようになったんだ。
ゲンさんに言われた通り、クタクタになるまでトレーニングした時間が。
了子さんに言われて始めた勉強を、10分単位でも見つけてやってきた時間が。
俺を裏切らないって、そう信じて、きっとそれが俺を今でも支えてくれる強さなんだ」
「私を見て……?」
翼は努力を欠かさない。
彼女と同年代で、彼女よりもたゆまぬ努力を重ねてきた人間は存在しないだろう。
再生能力で人間に不可能な量と密度で鍛錬をしてきたゼファーも、詰め込み鍛錬の限界に至り元の鍛錬量に戻した今では、翼には到底追いつけまい。
物心ついたその時から、今日までずっと自主的に鍛錬を重ねてきた彼女の努力量。
それは人間を辞めなければ絶対に追いつけない、同年代には絶対に追いつけない、これから先どんどん差が広がっていくであろう、積み上げられた輝かしき山だ。
剣を振る翼。走り込む翼。筋肉を鍛え上げる翼。汗を流す翼。
積み重ねられた努力の日々。
ゼファーが翼に勝てないことを周囲の人間は不思議がるが、本当は他の誰よりも、ゼファー本人がその現実に納得している。
弦十郎の次に、ゼファーは翼の努力を見てきた人間だから。
「ああ。してきた努力に裏切られない翼を、俺は見てきたから。
翼が努力してきた過去は、今の翼を絶対に裏切らない。
翼は今日までどのくらい剣を振ってきた? どのくらい技を磨いてきた?
それを一番よく知ってるのは、翼だ。
それが裏切らなかった過去を、それが裏切っていない今を、翼はちゃんと知ってるはずだ」
努力が自信を生む。
『自分はこれだけやって来た』という記憶が、不安を消し飛ばす。
世のアスリート達は、皆そうしているものだ。
「努力して身に付けた動きは、どんな時でも翼の身体を動かしてくれる。
努力して身に付けた技巧は、意識せずとも技を繰り出させてくれる。
努力した過去は、頑張った時間は、その人を決して裏切らない」
その努力は、たとえ10分ぽっちでもいい。
テスト前の数分に重ねた努力が自分を助け、テストの点数を数点上げてくれた記憶は、誰の頭の中にもあるだろう。
10分の努力ですら、それは人を裏切らないのだ。
日単位の努力は、月単位の努力は、年単位の努力は。
費やした年月に相応に、その人を決して裏切らない。
「だから、『これまで頑張ったことがないことだから自信がない』じゃなくてさ。
『これから頑張って自信を持とう』って考えるのはどうだ?
剣を振って剣に自信を持てたツバサなら、歌って歌に自信を持つことだって、きっとできる」
「―――」
その発想の転換は、翼には考え付きもしないものだった。
そして翼を見ていたゼファーからすれば、これ以外の返答がないくらいに当然のものだった。
自信があるから挑戦するのではなく。
挑戦してから自信を身に付けるという発想。
保守的な翼からは遠く、いつだって挑戦的なゼファーには近い考え方。
努力はその人に最も近しい隣人である。
その人間が費やした時間と汗の量を知る者である。
自分を信じられなくても、自分がしてきた努力を信じられる者は居る。
翼がそうだ。努力してきた過去は、今を決して裏切らない。
今努力すれば、それは未来にきっと自分を支えてくれる。
「今の自分がダメでも、明日の自分がダメとは限らないだろ?」
昨日、今日、明日の自分を信じられる。
それも『自信』だ。
「明日を思って、今日頑張って、昨日の自分に誇れる自分で居続けるだけ。
それだけでツバサは、ツバサが思ってるよりすごいことができるようになると思うんだ」
まして、翼はアーティストをやりたくないのではなく、できる自信がないだけなのだ。
「カナデさんだって一緒だし、シンジさんだってついていてくれる。
ゲンさんが目を離すなんてありえないし、俺だって頼りないかもしれないけどずっと手伝う」
ゼファーは翼を信じている。
「ツバサは一人じゃないんだ」
「……ゼファー」
その人格を、能力を、強さを、弱さを、可能性を信じている。
「ゼファーは、私にアーティストになって欲しい?」
翼は疑問を口にした。
ゼファーがこうまで、本人の意志で決めるべき選択に関して強く主張することは珍しい。
それゆえの当然の疑問。そして甘えだ。
最後の後押しに、「ゼファーがそう望んだから」という理由を用いて、不安に思っている自分を奮い立たせようとする無自覚の打算。
ちょくちょくうじうじする彼女にはよくあることだ。
「そういうわけじゃないんだけど……なんというか、ちょっと嫌だと思ったんだ」
が、返って来たのは予想外の答え。
翼を先程まで熱心に説得しようとしていたにも関わらず、ゼファーは翼にアーティストになって欲しいわけではないのだという。
翼の将来は翼が決めるべき。
ゼファーはそんな普段のスタンスを揺らがしたわけではなく、彼はただ単純に、『翼の物言いに腹が立った』だけだった。
「やりたくない、じゃなくてどうせできない、って決めつけられるのがさ。
俺は翼なら挑戦さえすればできるって信じてる。絶対にできるって思ってるんだ。
翼本人がそう言ってるんだとしても、"どうせできない"って言われるのに腹が立ったんだ」
ゼファーはシンフォギアと共に戦い、その歌を間近で聴き続けてきた少年だ。
彼は翼と奏の歌を知っている。
彼女らの歌の価値を知っている。
言うなれば――
「俺はツバサとカナデさんの歌が、今この世で一番素敵な歌なんだと信じてるから」
――ゼファー・ウィンチェスターは、翼の歌のファンなのだ。
だから"私の歌じゃどうせ"といった翼の自虐に、「違う」と吠える。
翼の歌が評価されないなんてありえないと、自信を持って断言する。
「俺は多分、翼の歌のファンなんだな」
「―――!」
彼は言う。自信を持てない歌姫に言う。
失敗なんてありえないから、自信を持って歌えばいいんだ、と。
風鳴翼の歌の、最初の一人のファンとして言う。
「……まったく、ゼファーはもう」
少し照れくさそうに、呆れたように、翼は髪をかき上げた。
ゼファーが心の底から本気でこう言っていることも、自分が彼の言葉に乗せられていることも、翼はちゃんと分かっている。
一時の感情に振り回されていれば、後に後悔することもちゃんと分かっている。
それでも思うのだ。
この最初のファンのために、ステージに立ってみるのも悪くないな、と。
そのために頑張ってみるのもいいかもね、と。
『自分のため』よりも『他人のため』の方が頑張れる彼女は、そう思う。
「精一杯やるけど、どうせ私の歌じゃそんなに人気にはならないわよ?」
「……! いや、なる! 賭けてもいい! 俺は絶対人気になると思うんだ!」
「なーらーなーいー」
「なる!」
「ならないってば!」
武人と歌姫。
随分とかけ離れた二つだが、この日彼女は「どうでせきない」から「どっちもできるように頑張ろう」と考えを改める。
いまだ歌が好きでも嫌いでもない彼女。
ゼファーの言う通りに人気が出るか、翼が思う通りに人気が出ないか、それはまだ誰にも分からない。されど彼女が挑戦のために絞り出した『勇気』はそこに、燦然と輝いていた。
『そろそろいいかい?』
「!?」
「あ、すみませんサクヤさん。何十分も待って貰っちゃって」
『や、いいけどね。俺も青春だなあって聞き入ってたし』
「……聞いてたんですか? 藤尭さん」
『ゼファー君のインカム、ずっと集音とスピーカーがオンだったんだよね』
「ええええええ!?」
うろたえるな、と周囲の人間に一喝されそうなくらいに翼がうろたえ始める。
何しろ二人きりだと思っていた先ほどの会話が筒抜けだったのだ。
最悪、朔也どころか朔也と一緒に行動している甲斐名達にも聞かれていた可能性すらある。
まあ冷静に考えれば当然の事実だったのかもしれない。
連絡が突然途切れて二人から何の連絡もなく数十分経過……なんて事態になっていたなら、翼達の通信機に連絡が入って来ないはずがない。
連絡も通信も一度も来ていなかった時点で、これは分かり切っていた事実だったのだ。
赤くなってどもる翼とは対照的に、ゼファーは何が恥ずかしいんだと言わんばかりに平然としていて、朔也と打開策を練り始めている。
「再変身可能まで……あと十分くらいですね。このタイミングで来たのは狙ってました?」
『それもあるけど、話に一区切り付くまで待ってたのさ』
「成程。すみません、こっちはまだ本体を抑える方法が思いつきません。
俺の場合は手で持つことすらアウトですし、ツバサも得意分野が斬撃ですし」
そも、ピーキーなネガティブフレアを扱うゼファーのナイトブレイザー、対ノイズを想定し捕縛武器など搭載していないシンフォギアでは、捕縛というのがどうにも難しい。
スケベ本あなどりがたし。
ゼファーもいくらか案は思いついているのだが、スケベ本の本体を捕獲して何もできないようにさせる手がどうにも思いつかなかった。
だが、彼が思いつかなくても、彼女が思いつくことはある。
「ゼファー、そっちは私に任せて」
「? ツバサ、何か思いついたのか?」
「うん。原本、本体さえ見つかれば私が何とか出来るかもしれない」
「本当か? なら……一発、賭けに出てみるか」
自信を漲らせて言う翼をゼファーは信じ、彼女に任せる。
本体さえ見つかれば彼女がどうにかする、というのなら。
残った問題は、その取り巻きであるエロティック紙吹雪をどうやって片付けるか、本体をどう誘導して翼の前に連れて来るか、という問題に収束する。
「実戦で試してみよう。俺達の『コンビネーション・アーツ』」
「ええ」
そしてその問題ならば、ゼファーには腹案がある。
ゼファーと翼に策があるらしいことを察した朔也は、通信機越しに二人に問いかけた。
『案はまとまった?』
「はい。遺跡の天井に大穴を開けて、先んじて外に出て、外で一網打尽にしようかと」
『……考えがあるのかい?』
「半ば賭けですけどね。最悪、バニシングバスターで全部薙ぎ払って終わらせます」
最優先は聖遺物の確保。
次善が人に危害を与える危険物となりうる18禁物を、誰の目にも触れさせない内に破壊し、運が良ければその破片を聖遺物として回収すること。
それを前提として、ゼファーはプランを提示する。
翼と朔也の知恵も借り、最終的には即席の作戦としては悪くない仕上がりのものが出来上がっていた。
『あ、ちょっと待ってくれないか? なら俺が少し計算してみるよ』
「計算?」
『遺跡の材質データと構造データはあるんだ。
なら発破と同じさ。どこをどのくらいの強さで壊せば、どう崩れるか?
どこに炎を行き渡らせれば、最短にかつ隙間なく埋め尽くせるか?
それをこっちでシュミレートしてみる。君達が少しでも有利になるように』
「! そんなことできるんですか?」
『そのくらいなら難しいことでもないね』
少し待つか、とゼファーが思った途端、彼の持つ携帯端末にデータが送られてくる。
(……いやいやまさか。だってまだ一分も経ってな……)
別件だろう、と思いゼファーが画面を覗くと、そこには「どこを壊せばいいか」「どこを燃やせばいいか」が綿密に記された遺跡のデータ。
ご丁寧にその解答を導き出した計算式が、ゼファーや翼にも分かりやすい形で添えられていた。
異常な速さ。異常な正確さ。
ゼファーが思わず絶句してしまったのも無理はない。
この計算速度と柔軟性の高さは、ゼファーが今まで出会ってきた天才達の中でも、間違いなく指折りの凄まじさであった。
「……速すぎません!?」
『いやだって、早く送らないと君達が困るだろうと思ったから』
「あ、いや、文句言ってるわけじゃないんです。純粋に凄いと思ったというか」
『本当? いやーよかったよかった。実はちょっと不安だったんだ。
国が極秘で運営してる特務機関とか、俺クラスはゴロゴロ居ると思ってたからさ』
「それは絶対にないです、はい」
ゼファーの直感が囁いている。
風鳴弦十郎が藤尭朔也をゼファー・ウィンチェスターの下に付けたのは、実はこういう形でのサポートを期待してたんじゃないか、と。
そんな感覚を脇に置いておいて、ゼファーは立ち上がり、自分に続いて立ち上がった翼へと声をかけた。
「行けるか、ツバサ?」
「……あのね、ゼファー。私は模擬戦であなたに全戦全勝よね?」
「ん? ああ、そだな」
「だったら心配ばっかりせずに、もっと私を頼ってもいいんじゃない?」
「……ははっ」
「なんで笑うのよ!」
「今でもMAXに信頼してんのに、これ以上信頼できるわけないだろ?」
「……もうっ!」
いい
二人の間には確かな信頼があり、支え合う繋がりがある。
前を見据え、上を見据え、下を見据え、そして互いに臨戦態勢。
翼は胸のペンダントを握り、口を開く。
右手を拳と握り、左手を掌底と開くゼファー。
純白の光が両の手に宿り、爽やかに艶やかに強く輝く。
そんな両の手を左右に広げ、胸の前で叩きつけるように打ち合わせ、変身。
「
「アクセスッ!」
二人の姿は一瞬にして変化した。
彼女は蒼い光と風を纏い、その手に刀を。
彼は銀の光と紅蓮を纏い、その手に焔を。
ただの一言を区切りとし、戦うための自分へと変わる。
そうして翼は上を向き、ゼファーは下を向いた。
「突き抜けろ!」
「燃え落ちろ!」
翼は刀を構え、ゼファーは床に手を当てる。
蒼ノ一閃が遺跡上層と地上の間にある全ての土砂と障害物を吹き飛ばし、ナイトブレイザーが床と壁に沿ってこの遺跡の全域へと焔を迸らせる。
藤尭朔也が計算した位置に向け、この作戦を成功させる、最良の状況を作り出すために。
スケベ本からすればたまったものではない。
この遺跡に居続ければ、自分の全てが燃えてしまう。
そうすれば、偉大なる男達が残したフェチズムの広辞苑がなかったことにされるも同義だ。
脱出しなければ。逃げなければ。
部屋に隠したエロ本が発見されそうになったら勝手に逃げてくれる機能があったらなあ、と考えた先史時代の男が搭載したプログラムに従い、スケベ本とそのページは全てが地上に脱出する。
(そうだ。一瞬で燃え尽きない程度の火力で遺跡の全てに着火すれば……
お前達は逃げ出すしかない。ツバサが切り空けた地上と遺跡の通路が、一本道だったとしても)
やがて全てのスケベ本のページは地上へと出る。
地上ではひと塊、地上と遺跡の通路の中ではぎゅうぎゅう詰めかつひと並びという、一網打尽にされるためにあるような、そんな状態で辿り着いてしまう。
地上という、彼らが用意した処刑台に。
先回りしていたゼファーと翼が、そこに待ち受けているとも知らずに。
獲物が、彼らの罠に一歩足を踏み入れる。
「今だツバサッ!」
「ええ!」
翼の網膜に映し出された、一つの正六角形とその周りに付く六つの正六角形。
中央の正六角形に自分を表す天羽々斬のアイコンが表示されているのを確認し、翼はそのプログラムを起動させた。
天羽々斬とナイトブレイザーの繋がりの強さが爆発的に増したことが、双方の感覚によって知覚され、今まで以上にそのラインの存在が強く認識される。
これこそが了子が偶然発見し、昇華させた新システム。
ゼファーが発するアウフヴァッヘン波を無線ネットワークのように利用し、彼と繋がっているギアをも端末として連結し、瞬間的にエネルギー量を相乗させる必殺連携。
ナイトブレイザーがその場に居る時のみ使える、ギア装者及びナイトブレイザーの中から最大三人を選んで放つ、連携による必殺の奥の手。
「ラインオン・ナイトブレイザー、天羽々斬!」
「コンビネーション・アーツ!」
名を、『コンビネーション・アーツ』。
ナイトブレイザーとシンフォギア、異なる二つで掛け算の破壊力を産み出す、Hybrid Energy Xtreme バトルシステムの予想外の副産物であった。
「「 シンフォニックレインッ! 」」
ゼファーは右腕を、翼は左腕を空に掲げた。
ナイトブレイザーと天羽々斬より放たれたエネルギーが空へと舞い上がり、紅と蒼の入り混じった光の球体へと変化する。
そして、静寂の一拍。
光球が動いた、とそれを見ていた者達が認識したその瞬間、光球から焔の雨が降り注いだ。
雨? いや、厳密には違う。
翼の生成した小太刀が、『小太刀以外を燃やさず敵を燃やせ』と指示されたナイトブレイザーの焔を纏って、雨のように降り注いでいるのだ。
数は無数。
台風一回で県一つに降る雨粒の数は、三千兆個以上と言われている。
『シンフォニックレイン』はそれに及ばずとも、見る者に雨を彷彿とさせるだけの数をなし、スケベ本に向かって降り注いでいた。
狙いは正確無比。
焔を纏った小太刀は一つ一つが正確な狙いをもってスケベ本のページを貫き、逃げようとしたページがあれば直角に曲がって貫いてすらいる。
ゼファーの直感すら反映しているようで、本体だけは絶対に貫かないように軌道の調整すらなされていた。
火力も甚大だ。
一つ一つの威力は絶招や蒼ノ一閃には及ぶまい。
総合的な破壊力で見てみても、バニシングバスターには届かない。
だが逆に言えば、総合的な破壊力はバニシングバスター以外のどんな攻撃とも比較すらできないほどに高かった。
雨のごとき焔の剣は全てのページを貫いていき、やがて途方もない数の愛撫シーンページの壁に隠されていた本体がゼファーの目に映る。
「見付けた! 行け、ツバサッ!」
ゼファーは即座に、その場で回し蹴り。
虚空を蹴るようなその蹴撃は、足先より薙ぎ払うような巨大な焔の一撃を発生させ、本体の下方に居た全てのスケベ本のページを薙ぎ払う。
「……っ!」
そして翼は、歌いつつ跳び上がる。
向かうはスケベ本。できれば『彼』の目に触れないように焚書しておきたい存在。
原本が向けてくる迎撃の紙の刃を全て切り裂き、その本体を掴み取った。
「捕まえた」
そして、地上に降りたと同時に短刀を地面に突き刺す。
スケベ本は暴れようとした。
しかし体が動かない。
新たなページを生成し、射出しようとした。
しかし体が動かない。
目の前の敵を切り裂いてやる、とプログラムを走らせた。
しかし体が動かない。
動くわけがない。
そのスケベ本の『影』には、翼の短刀が突き立てられているのだから。
「ゼファー、今よ!」
『今だゼファー君!』
「バニシング! バスターッ!!」
本体は抑えた。ならばもう遠慮する必要など、どこにもない。
翼と朔也の声に応じるように、ゼファーは最大火力を展開。
その場でぐるりと回転して360°全てを薙ぎ払うように、バニシングバスターを発射した。
もはやナイトブレイザー初心者だった頃の、全力で撃つしかなかった頃の彼ではない。
粒子加速砲の威力を調整、今度は大気圏の端にも届かず霧散する程度の威力に抑え、範囲を広げた拡散砲として発射した。
無論、翼にはぶつからないよう、細心の注意を払いつつ。
よって、本体を残し全ての有象無象が蒸発するのは必然である。
威力を抑えた? 威力を抑えたところで大型ノイズを蒸発させる火力は健在だ。
それがバニシングバスター。
それがナイトブレイザーが保有する最強の必殺技だ。
撃てば勝つ。撃ったならば勝ったということ。
それゆえに、この戦いは文句なしに、ゼファー達の勝利であった。
「……ふぅ。なんで、スケベ本にこんな苦労してるんだろうな、俺達……」
「それを言っちゃおしまいよ」
賢者タイムじみたことを言うゼファーの言葉が、戦いの終わりを無骨に飾っていた。
後はそう難しい作業でもない。
暴走している完全聖遺物とはいえ、頑丈な金属製の保管ボックスであれば閉じ込めておくのはそう難しくない。所詮はエロ本だ。
捕獲と護送の準備が終わったあたりで、ゼファーは翼に話しかける。
「影縫い、マスターしてたんだな」
「うん。今日まで成功したことなかったんだけど、成功してよかったわ」
「……ん? え?」
「あの時の私、なんだか何でもできそうな気がしたから。
……今思うと、本当に成功してよかったなーって思うよ」
翼のぶっつけ本番カミングアウトを聞き、ゼファーの笑顔が引きつる。
彼女ができると言った時、ゼファーは彼女なら確実にできると思っていた。
翼は自分が本当に確実にできることくらいしか、できると断言しない。
ぶっつけ本番、賭け、運に天を任せることが結構多いゼファーとは大違いだ。
だから彼女のぶっつけ本番など、彼が見るのは初めてで、それゆえに度肝を抜かれてしまう。
「それでよく成功させたな、すげーよツバサ」
「ゼファーが、努力は私を裏切らないって言ってくれたから。
緒川さんに教わって頑張って来たこれまでも、きっと裏切らないでいてくれるって思ったんだ」
「……本当に凄いよ、お前は」
少し照れ気味に頬を掻く翼を見て、ゼファーは微笑む。
他人の言葉に真剣に向き合って、それを自分の力に変える。
そんな強さが翼の中に無ければ絶対にできなかったことだ。
友への敬意が更に大きくなるのをゼファーは感じ、彼女の友であることを誇らしく思う。
「第十号聖遺物『スケベ本』。回収完了」
「その名前だけはなんかもう……私が言うのもなんだけど、本当にあれね……」
「言うなって」
ゼファーはヘルメットを被り、スケベ本入りのケースを固定した愛機ジャベリンに跨った。
彼はこれから二課に直行、そのままとんぼ返りで翼の下に帰って来る予定だ。
何も戦闘力のある彼が行かなくても、と思う人も居るだろう。
が、二課は可能であれば極力ノイズと戦える人間が聖遺物を運送すべしという、特殊な状況を想定したマニュアルが存在したりする。
ゼファーが以前その存在の可能性を提示した、ノイズを操る謎の人間の存在が、以前聖遺物を奪取された二課にそうさせるのだ。
以前、数万体のノイズが出現した件が『人の手、正確には米軍の手によるものの可能性大』と研究班が結論を出したのもそれに追い打ちをかける。
聖遺物を盗まれないほど強いやつに運ばせなければ、と二課が考えるのも無理はない。
大抵の場合は緒川が運ぶのだが、あいにく彼は居合わせていなかった。
「サクヤさん、ツバサをお願いします」
「任された。無理はさせないようにするよ」
藤尭朔也と風鳴翼は、このまま天戸の部隊が先に現地に到着しているという、ゴーレムらしき謎の巨人が居るという山間部の土地へと向かう。
海沿いだが山間部。かつ、人がそれほど居ない土地であるという。
ゼファーが合流するまでは様子見の予定だ。
彼が合流しても倒せないようなら、更に奏の合流を待つこととなるだろう。
「甲斐名さんもツバサ達をお願いします。あなた達が同行してくれるなら、心強いです」
「あいよ。僕らは基本は戦闘を避けて、有事には避難誘導。
援護できれば援護して、邪魔になるなら邪魔しないように逃げておくね」
ゼファーは甲斐名達、聖遺物の捜索班にも援護を頼む。
これで甲斐名の部隊と天戸の部隊が翼のバックアップとして動けることとなった。
朔也の頭脳と合わせれば、生半可なことではどうにもならない完璧な布陣だ。
「じゃ、ツバサ。また後で」
「うん、また後で」
最後に翼と一言交わし、ゼファーはバイクのエンジンをふかす。
このジャベリンMrk-3であれば二課とこの場所を往復するのに三時間もかからないだろう。
それほどのスペックを誇るモンスターマシンなのだ。
普通は乗っている人間の方が先にグロッキーになってしまいそうなものだが、肉体の負荷や疲労もあっという間に抜けるゼファーにとっては軽いもんである。
見送ってくれる仲間達の視線を背に感じながら、ゼファーは一刻も早く翼達と合流するため、二課に向かってバイクを全力で走らせるのだった。
二課に完全聖遺物でした、と言って届けたところまではよかった。
二課の皆はゼファーを褒め称え、その頑張りを認め、もみくちゃにしながらゼファーに笑顔で「よくやった」と言ってくれたものだ。
が、それがスケベ本だと判明してからは最悪だった。
巻き起こる爆笑の渦。先史の男達に思いを馳せ感動する男達。何故か何も悪くないゼファーに向けられる女性陣の白い目。「もうやったのか?」と言われてはもうたまらない。
ゼファーは逃げるように報告書を出し、バイクに再度跨っていた。
「うん、一刻も早く逃げよう。今ここに居たら間違いなく皆のおもちゃだ。
ほとぼりが冷めるまで逃げよう……ツバサ達と合流しよう……」
うなだれつつ、ゼファーは補給したばかりの燃料がちゃんと満タンになっているかメーターを確認し、そこで鳴り始めた携帯端末に水を差された。
(! この番号、サクヤさんの……!)
しかし、かかってきた番号を見て、事態を直感的に理解し、すぐに出る。
何かあったんだ、と直感が彼に告げていた。
『ゼファー君!』
「サクヤさん!? いったい何が……」
『―――大至急―――大変―――翼ちゃんは捕縛されて―――凍死―――
このままだと被害の規―――死人が―――リリティ―――危険
―――通信もすぐに使えなくな―――早く来―――』
「サクヤさん! 聞こえません、何があったんですか! サクヤさん!」
『―――』
通信は、そこで途切れた。
ゼファーは携帯端末をインカムに接続。
すぐさまバイクをフルスロットルで出撃させ、翼達が居るであろう場所に向かい、全速力ですっ飛んで行く。
やがて、ゼファーの予想通りに彼と二課本部間で通信が繋がった。
『ゼファー君、緊急事態よ。今……』
「謎の巨人……ゴーレムの疑いがあった対象が居た場所に異常事態発生、ですか?」
『ええ、やっぱりそっちで分かってたみたいね。
膨大なアウフヴァッヘン反応を確認。波形は未観測のものが検出されたわ』
「名称の更新をお願いします。サクヤさんが情報を残してくれました」
ここから現地まではどう急いでも一時間半はかかり、ナイトブレイザー化してアクセラレイターで走って行っても結果は大して変わらない。それが本当にもどかしい。
そんな気持ちを押さえつけながら、ゼファーは朔也が残してくれた情報を、二課へと伝えた。
「敵は氷の女王、『リリティア』です!」
四章はツヴァイウィング編であり、聖遺物発見編であり、VSゴーレム編