戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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金子彰史@シンフォギアGX ‏@akanekotwitte10 7月7日

神獣鏡は歪んだ鏡じゃないんです。
大切な人の「歪み」だって映す鏡なんですよ。


良かった、独自解釈していた未来さんのキャラ解釈の方向性は現状間違ってないみたいです


第二十話:遠い日の、遠いあの場所で

 ずっと、ずっと前のこと。

 研究室の実験区画の中で、天羽奏は血を吐いていた。

 

「げ、ぼ」

 

「奏っ!」

 

 それは、まだ彼女が一度もギアを纏えていなかった頃の話だ。

 奏は二課の実験の内最も危険で、かつ高い効果が見込めるものに志願し、LiNKERにより肉体の負荷を省みずに無理矢理適合係数を上げようとしていた。

 結果、吐血。

 命すらも吐き出してしまうのでは、と見ていた者達が口元を抑えるほどの量と苦しみを伴って、奏は鮮やかな赤と赤黒さが入り混じった血を吐き出し続ける。

 

「了子君!」

 

「分かってるわよ! スタッフ、気道確保! 気管が詰まったら死ぬわよ!」

 

「バイタル低下!」

「中和剤持って来い!」

「気道確保チューブです! 早く!」

 

 翼が奏の名を呼びながらの悲鳴を上げて、弦十郎が了子に焦った声をぶつけ、了子が部下を動かして対応に当たる。

 内臓の表面すらもが剥がれ、彼女の吐き出した血に含まれていた。

 大量の出血を伴う肉体の多種多様な不具合、純粋に体の中身が失われたことによる生命力へのダメージ。それらが立っていることすら難しいほどに、奏の体から力を奪う。

 だが、膝は付かない。

 震える足で、霞む視界で、力の入らない体で、奏は立ち続ける。

 耳元まで迫った死神の足音を聞きながら。

 

(ここまで、なのか)

 

 体の衰弱は心の衰弱。朦朧とする意識が意志から力を奪い、死神が奏の命を生と死の境界線の向こうに連れて行こうとしていた。

 

(……妹だって突き放してきた。あたしが死んだって、別に誰も悲しま――)

 

 死の際になっても残るのは、ノイズを殲滅できなかったことへの未練のみ。

 妹は自分が居なくなっても上手くやっていけるだろうという確信が、奏の中にはあった。

 それを身勝手な考えと分かっていても、復讐を選んだあの日に決めたのだ。

 いつの日か復讐のツケとして自分が死に果てたとしても、妹の心だけは傷付けたくないと。

 

 だから自分の持っていた全ての心の繋がりを捨て、孤独に力を求めようとしていたはずなのに。

 奏を彼岸より此岸へと引き戻したのは、彼女の友である少年の声だった。

 

「頑張れッ!」

 

(―――)

 

 奏の耳に届く、いくつかの声。

 翼の心配する声。弦十郎の身を案じる声。了子の気をしっかり持てという声。

 有象無象の励ましの声。それら全てを切り裂いて、少年の「頑張れ」という声が届く。

 奏が顔を上げれば、そこには奏に危険な実験を中断させようとする者達の中で、ただ一人奏を応援しようとするゼファーの姿があった。

 

「ここで終わるつもりか! それであんたが生きた意味は、死んだ意味は残るのか!?」

 

 ゼファーは奏の復讐したい気持ちが理解できるし、その上で出来れば復讐と同じくらいに、あるいはそれ以上に大切なものを見つけて欲しいと思っている。

 天羽奏に、生きて欲しいと思っている。

 その頑張りが報われて欲しいと思っている。

 

「こんなところで、こんな形で死ぬな!

 生きろ! 踏み留まれ! 生きて成し遂げたかったことを思い出せ!

 生きていれば……生きてさえいれば、誰だって幸せになれるんだから!」

 

 生きろと言いつつ、生きてくれと願いながら、ゼファーは叫ぶ。

 何故だろうか。その声を聞くたびに、彼女の体の中に力が湧いてくる。

 

「頑張れッ!」

 

 そんなゼファーに続き、翼と弦十郎が声を荒げる。

 

「「奏ッ!」」

 

 ゼファーのような応援ではない、実験を止めさせようとしながらの、純粋な奏への心配だ。

 肉親というだけあって声が似ていて、ハモるとくすぐったい響きがある。

 声だけでなく心まで揃え、心底自分のことを案じている二人を見ていると、奏の胸中に芽生える何かがあった。

 

(……そんな顔すんなよ……)

 

 奏は歯を食いしばる。

 歯からミシッと嫌な音が聞こえて、奏は自分を助け起こそうとする大人達を振り払った。

 胸のペンダントを引き千切り、握ったまま頭上へと掲げて、彼女は叫ぶ。

 

「うおおおおおおおッ!」

 

 発する声に力が乗って、奏でる想いに物が応える、そんな歌のような言葉を。

 

「いつまで寝てやがる! あたしに手を貸せ……ガングニールッ!!」

 

 過去最高の感情を乗せて、命すら全て吐き出す覚悟で、天羽奏は聖詠を口ずさんだ。

 

「……人と死しても、戦士と生きる!(Croitzal ronzell gungnir zizzl!)

 

 その瞬間。

 奏に対し向けられていた計測機器が、異常な数値を叩き出し始める。

 

「第一段階、第二段階、第三段階突破……適合係数、適合ラインを突破!? 弦十郎君!」

 

「まさか……来るというのか!? ここから!

 気力のみで限界を超え……ガングニールがそれに応えただと!?」

 

 ペンダントが分解され、奏の服を分解し、光がその身を押し包む。

 天羽奏は、ガングニールに選ばれた。

 

「こいつが、あたしの絶対たる力! あたしだけの輝槍!

 ようやく手に入れた奴らと戦える力……あたしのシンフォギアだッ!」

 

 子供を自分が苦しめていることに苦しむ、弦十郎の思いなど気にもせず。

 先天的に適合者であった翼の、奏に申し訳ないという思いなど気にもせず。

 ゼファーが自分を辛く懐かしそうな目で見ていることなど気にもせず。

 けれどその三人から向けられる想いを受け止めて、奏は限界を超えた奇跡を見せつけた。

 

「ガングニール、適合! 実験は成功です、櫻井先生!」

 

「……本当にやり遂げるなんてね。一桁%の成功率を越えて……よくぞ……」

 

 研究員達の喜びの声を受け止めつつ、櫻井了子は本気の感嘆と本気の尊敬を奏に向けながら、彼女へと賞賛の言葉を向ける。

 

「世界最初の第一種適合者、風鳴翼。

 世界最初の融合症例、ゼファー・ウィンチェスター。

 おめでとう。あなたが三人目よ。世界最初の第二種適合者、天羽奏ちゃん」

 

 もはや声も出す余裕も無いのか、笑顔と大声を奏にぶつけてくる翼・ゼファー・弦十郎へとサムズアップを返す奏に、了子は拍手を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十話:遠い日の、遠いあの場所で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガングニール、イチイバルは本来二課の手元にあったはずが、数年前の時点ではどちらも二課の手元にはなかった聖遺物だ。

 シンフォギアの概念が生まれる前、第二次世界大戦の頃における聖遺物の運用は今よりもずっと漠然としていて、弓が後衛・剣と槍で二枚看板の前衛、くらいにしか考えられていなかった。

 所詮、聖遺物を軍事転用する技術もなかった時代の妄想だ。

 完全聖遺物など、どう運用するかの想定すらされていなかった時代の産物である。

 なのだが今現在、二課におけるシンフォギア運用はこれを多少なりと参考にしていたりした。

 

 天羽々斬・風鳴翼がスピード活かした最前列前衛のアタッカー。

 ガングニール・天羽奏が翼の横での近接戦闘、時には大技を出すために翼の後ろに回るメインアタッカー。

 ナイトブレイザー・ゼファーが時に焔、時に拳と織り交ぜての近中距離を行い、考えながら立ち回ることを求められるフリーアタッカー。

 

 イチイバルの代理人として、ナイトブレイザーを無理くりに組み込んだ形である。

 直感の対応力と焔の汎用性・凶悪な特性を評価された結果であった。

 イチイバルの埋め合わせをナイトブレイザーがする形。奇妙な巡り合わせもあったものである。

 

「俺が今は代わりに入ってる形だけど……

 イチイバルの装者が居たら、どうなってたんだろうか」

 

「いや知らんから」

 

「奏、そんなご無体な……」

 

 イチイバルの装者について考えを巡らすゼファーを奏がバッサリと切り捨て、翼が苦笑しながらそれを諌める。

 まあこの場では奏の方が正しいのだろう。

 居ない者のことを想像してもしょうがない。

 

 ゼファー達は車内にて、フォーメーションの確認をしていた。

 三人が流動的に前衛後衛を変える形。

 翼と奏を全面に押し出してゼファーが炎で援護する形。

 三人全員が前衛で一気に勝負を仕掛ける形。

 最も防御力の高いゼファーが前に出て、奏と翼が飛び道具を放つ防御重視の形。

 確認されるフォーメーションの数は山のよう。何しろこれから戦いだ。

 彼らは車によって運ばれた後、ゼファーが感知したノイズと交戦する手筈となっている。

 

 ノイズそのものはまだ出現していない。

 が、少し時間が経てば出現するだろう。

 ゼファーの直感による予知は、日本におけるノイズ被害をかつてないほどに減少させていた。

 何しろ出現前に感知が出来るのだ。

 避難誘導は早く始めて早く終わらせることができるし、ノイズが間近に迫っているという状況が起こす、民衆のパニックなどもなくなる。

 右を見ても、左を見てもいいことづくめだ。

 

 これを特異災害対策機動部は新システムの試験運用によるノイズ出現の事前察知、と公には発表している。

 なので"特異災害対策機動部すげえ"という風潮が出来、次第に弦十郎の政治的発言力や、二課の予算も増え始めていた。

 世間の流れは、徐々に変わりつつある。

 

「ゼファー、どうだ?」

 

「ちょい待ちカナデさん……ダメだ、間に合わない。やっぱ遠すぎた……!

 緒川さん、ここまででいいです! 俺達はここから足で行きます! 助かりました!」

 

「いえ、ご武運を」

 

「はい!」

「はい!」

「はいよ」

 

 運転席の緒川に別れを告げつつ、三人は車のルーフを開けてそこから飛び出す。

 ゼファーはノイズを感知し、車は全速力で現地に向かっていた。

 それはいい。そこまではいいのだ。

 だが、いくらなんでも"出現地点が山口"は遠すぎる。

 彼らは普段、ノイズ被害が最悪の形に繋がりうる東京に詰めているのだから。

 

 940kmという無情な距離が、ナイトブレイザーとシンフォギアの前に立ち塞がっていた。

 

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)

「アクセスッ!」

人と死しても、戦士と生きる(Croitzal ronzell gungnir zizzl)

 

 だが、まだ最悪の手遅れにまでは至らない。

 三人は弦十郎達の工作により人目が付かなくなった道を一直線に走り、山口へと向かう。

 

「アクセラレイター……二人とも、遅れるなよ!」

 

「ええ! 奏!」

 

「分かってる!」

 

 この三人の中では、ゼファーと翼が奏と比べて速過ぎる。

 ゆえにまずはナイトブレイザーが先頭を走り、焔を前方に円錐状に回転させながら滞空させ続けることで、空気抵抗を限りなくゼロにした。

 その後ろ、ほぼゼロ距離を翼が走る。

 そして手を繋いで翼に引っ張られる奏が、その後ろに続いた。

 

《《       》》

《 絶刀・天羽々斬 》

《《       》》

 

《《         》》

《 輝槍・ガングニール 》

《《         》》

 

 シンフォギアより曲が流れ、二人の装者は心に浮かぶ歌詞を口ずさむ。

 響き合う歌が力を高め、三人が走る速度を上げた。

 この移動手段はナイトブレイザーの戦闘可能時間を戦闘前にいくらか使ってしまう上に、アクセラレイターの長時間使用による負荷で更に時間は縮まってしまう。

 現地まで遠いこの状況で発動したならば、ナイトブレイザーが戦闘できるのはおそらく二分弱。

 残りのノイズは全てシンフォギアが片付けなければならなくなるだろう。

 

 だがそれほどのリスクを背負ってでも、『間に合わなかった』と言う最悪の状況に陥ってしまうよりかはマシだ。

 たとえこのまま、ナイトブレイザーとシンフォギアの全力を費やしたとしても……ノイズの出現と犠牲者の発生には、絶対に間に合わないのだとしても、だ。

 

「速く……もっと速く……!」

 

 燃え始める街を見て、仮面の下でゼファーは歯を食いしばる。

 未来が『泣きそうな顔』と言った、けれど彼女以外の誰もがそうは思わなかった、かの表情を騎士の仮面で隠しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に、この一件での民間の死者は0。避難にあたっていた一課に死者が数人。

 怪我人は軽いものばかりで十数人、という被害にとどまった。

 直感システムが特異災害対策機動部のシステムに組み込まれる前の、対抗策がなかった頃のノイズ事件の被害と比べれば、信じられないくらいに小さな被害。

 だがナイトブレイザーというヒーローがこの国に現れてから数えれば初めての、ノイズ出現事件による死者の発生であった。

 やるせない雰囲気が、街の後始末をしている一課の面々から伺える。

 

 この一件では一課もかなり活躍していた。

 避難用シェルターや支部を全国的に配備し、ノイズ出現に合わせて迅速に対応できるようにしていた一課の貢献は大きく、だからこそ民間の被害は0だったのだと言える。

 だが、その支部の人間は多少なりと平和ボケしてしまっていたようだ。

 その理由は、何を隠そうナイトブレイザーである。

 どうせナイトブレイザーが死人なんて出さないだろ、という根拠の無い思い込み。

 あのヒーローに任せておけば間違いはないな、という信頼。

 もう特異災害対策機動部も要らないのかもな、という投げやりな気持ち。

 

 英雄が誰も死なせないものだと思っていたら、仲間が殺されてしまった……そんな現状が、身勝手という自覚を持ちつつも、英雄に信頼を裏切られたような気持ちを感じさせているのだろう。

 一課の数人に、ゼファー/ナイトブレイザーに対する暗い気持ちが生まれてしまっている。

 言い換えればそれは、とても人間らしくも大人として情けない、仲間が死んだ悲しみを紛らわすための八つ当たりでしかないというのに。

 

 一課の内数人は、安全を確保した街の中で避難民を説き伏せているゼファー・ウィンチェスターを見て、表情を歪めた。

 

「ま、まだその辺にノイズが居るとか」

 

「大丈夫です。ノイズの二次出現は極稀かつ起こっていません。

 そしてノイズは種類ごとの自壊までの時間がちゃんと判明しています。

 根拠が無く言ってるわけじゃありません。だから大丈夫ですよ。今は安全です」

 

「そこな外人さん、私の家族が……」

 

「あなたの名前、ご家族の名前、携帯電話の番号などの連絡先を教えてもらえますか?

 こちらで見つかり次第、大至急お知らせします。大丈夫です、すぐに見つかりますよ」

 

「職場がなくなって、明日から僕ら、どこで仕事をすれば……」

 

「再就職です、頑張りましょう!

 補償金が出ますから、じっくり腰を据えて考える時間はありますよ?

 生き残れただけできっと皆さんすごい運がいいんです。その運は再就職にも働きますよ!」

 

 ゼファーは頼りがいのある笑顔で、人々を勇気付けている。

 その笑顔が、魂に沁みるような声が、徐々に絶望していた人々に上を向かせていた。

 時に理をもって説得し、時に情をもって説得し、堅実にメモを取りながら、ノイズに襲撃された人に支給される特異災害補償の申請法などを教えて回る。

 戦わずして、彼は希望を見せていた。

 

 それが気に入らない。

 一課の人間は気に入らない。

 自分の仲間が死んだというのに悲しい顔一つ見せず、誰も死んでいないかのように笑顔を振る舞っているゼファーという男が気に入らない。

 だから民衆に聞こえない、けれどゼファーには聞こえるような位置と声の大きさを選んで、一課の二人はわざとボヤいた。

 

「あのゼファーってやつ、人が死んだのに悲しくないんかな」

 

「あの騎士に変身してると、心まで金属になっちゃうのかもね」

 

 ゼファーの動きが一瞬止まる。声はちゃんと彼だけに届いたようだ。

 けれど彼はすぐさま動き出し、また人々へ大小問わず希望を振りまき続ける。

 心の痛みで動きが止まる。すぐさま心の意志が体を動かす。

 少年のその一瞬の違和感に気付いた者は誰も居ない。

 少年に陰口を叩いた者がその場から一瞬で消えたことに気づいた者も、誰も居ない。

 

「おい」

 

「ひっ!? き、君は二課の……」

 

 仲間が殺された八つ当たりに陰口を叩いていた二人は、路地裏で壁に押し付けられていた。

 襟元を掴まれ、壁に押し付けられ、次第に足が浮いていく。

 成人男性二人を同時に掴み上げるその筋力も、窒息しない程度の首絞めを同時に行う技も、大の大人が心の底から命乞いをしたくなるような殺気を放つ、その表情も。

 並大抵の少女が見せるものではない。

 されど怒れる天羽奏にとって、それは息をするように造作もないことだった。

 

「二度とそんなことを口にするな。あたしの前でも、あいつの前でもだ……!」

 

「な、なに」

 

「いいなッ!」

 

「「はいぃぃっ!!」」

 

 奏が二人の男性を投げ捨てると、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。

 彼女は一人路地裏に佇み、一度深く息を吸って吐いてから、路地裏よりこっそり表通りに居るゼファーの顔を見る。

 今のゼファーを見て、「本気の嘘が上手くなった」という感想が出てくるのは何人居るのだろうか。奏は笑って皆の前に出ているゼファーを見て、笑えない自分を自覚する。

 皆に笑顔の仮面を見せたゼファーは罵倒され、そうでない奏は何も言われない。

 

 そんな理不尽があるか、と奏は思い。

 人が死んでるのに笑ってる奴が悪い、とも思い。

 ノイズに人が殺されて平気な気持ちでは居られない、そんな自分とゼファーのことを想い、自己嫌悪と他者嫌悪で拳を壁に叩き付けた。

 

「誰が平気だ。平気な奴なんて、平気な奴なんて……」

 

 天羽奏が、風鳴翼が、ゼファー・ウィンチェスターが、人を殺されて平気で居られるわけがあるか、と思ったその瞬間。

 奏の中の記憶と理性が、昂った感情に冷や水をぶっかける。

 かつて死んだ人のことを乗り越えて『次』の大切な人を守ろうとしていたゼファーに対し、お前とあたしは違うと、そう罵倒した記憶が奏の中にある。

 

(……何言ってんだ、あたしは!

 人が死んで、それを何とも思ってないようなツラだと思って、アイツを責めたのは……!

 あたしらが守れなかった人達に『次』なんてないって罵倒したのは、あたしだろうがッ!)

 

 表通りのゼファーに目を背け、逃げるように奏はその場を離れる。

 奏は今、無性にゼファーと顔を合わせたくなかった。

 そんな奏が歩いていると、向かいから翼が忠犬のように駆け寄ってきて、上機嫌な笑顔で話しかけてくる。

 先程まで一課の死人を沈痛な表情で悼んでいた翼を見ていたために、奏は少し驚いてしまう。

 

「奏、奏!」

 

「え、ちょ、翼? なんなのさ」

 

 翼は強引に奏の手を引き、連れて行く。

 その先には簡易テントの下で応急手当を受ける、二人の男性が居た。

 二人が一課の制服を着ているのを見て、奏は少々顔を顰める。

 さっきまでの出来事により、奏は一課というものに悪い印象を持っていたし、「助けなければよかった」とすら思っていたから。

 

「この人が、奏と話がしたいんだって」

 

 そして翼に要件を聞いて、また自分達に文句か、とうんざりとした気分になってしまう。

 必然的に、奏がその二人に向ける言葉の語調は刺々しくなっていた。

 

「何か用かい?」

 

「槍の歌を歌っていたのは、君か?」

 

「そうだけど」

 

 男性は片方が怪我人で、片方がただの付き添いのようで、怪我人でない方は一言も喋る気がない様子だ。

 怪我をしていた男性は、ありったけの尊敬と感謝を込めた言葉を奏に向ける。

 

「瓦礫の下で、ずっと歌が聞こえてたんだ。

 だから……生きることをあきらめないで居られた」

 

 "救われた側"が、"救った側"へと感謝を述べる。

 

「だから、ありがとう」

 

「―――」

 

 その言葉があまりにも真っ直ぐに、奏が予想していた言葉とは真逆の方向性で突っ込んできたために、奏は思わず狼狽えてしまう。

 嬉しいやら、気恥ずかしいやら。

 小さな気持ちではあったが、「頑張った分報われた」感覚も味わってはいただろう。

 

「あ、ああ」

 

 だから彼女は返答に、かすかで小さな声を絞り出すので精一杯だった。

 

「君達のお陰で、僕らは助かった。君達の未来の息災を祈っている」

 

 一課の怪我人の男性は、担架に乗せられて運ばれていく。

 それを少し気の抜けた様子でそれを見送っていた奏は、翼に肩を叩かれて振り返る。

 

「ね、奏。陰口を叩く人も居れば、ありがとうって言ってくれる人も居る。

 君達のせいだって言う人も居れば、君達のおかげだって言ってくれる人も居る」

 

「! 翼、お前、聞いて……」

 

「だからみんな助けないといけないのよ。

 助ける人がお礼を言うか、文句を言うか、いい人か、悪い人か。

 そんなことを考えていたら……本当に助けなくちゃいけない時に、間に合わないから」

 

 普段、翼は奏に引っ張ってもらわないと何も出来ないんじゃないかと周囲に思われる事もある、そのくらいに自主性のない少女だ。

 翼も自覚はあるだろう。

 けれどこうして、戦いの場にて時たま奏をはっとさせるようなことを言うことがある。

 "戦いに向ける姿勢"という一点において、翼ほどブレない少女もそう居まい。

 奏は後頭部をかきながら、面倒くさそうにボヤく。

 

「面倒くさいな、人助けは」

 

「だから、助けられる時に助けなかったことを後悔する人にしかできない……

 叔父様も、お父様も、お母様も、そう言ってたわ。私もそう思う」

 

 翼は先程まで陰口を聞いて人助けに辟易しかけていた、けれど今ではそうではない、そんな奏に向かって綺麗な微笑みを向ける。

 

「だから、私達三人でチームを組むって知った時、私達良いチームになれると思ったんだ」

 

「『だから』? おい翼、話が繋がってないぞ」

 

「『だから』よ。話、ちゃんと繋がってるよ」

 

 翼は奏に背を向けて、ゼファーの方の手伝いに走る。

 走り去って行く翼の背中を見送りながら、奏は自分の手の平をじっと見つめた。

 先刻まで槍を握っていたその手を。かつて守れなかったその手を。今日は救えたその手を。

 そして、その手をぎゅっと握る。

 

「チーム、か」

 

 その手には、助けた人から貰った『ありがとう』が握り締められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もがいつまでも同じ場所には居られない。

 学生ならば尚更そうだ。天羽奏もその例から漏れることはできなかった。

 

「よし、行くぞ奏!」

 

「ただの三者面談に気合入れすぎだろ弦十郎の旦那!」

 

 リディアン高等科二年生、三者面談の時期である。

 

「第一よー、面談する担任の教師も二課の一員ってこれ意味ないんじゃ……」

 

「そんなことはないぞ。進路相談は重要だ。

 今日は俺が君の保護者代わりとして、みっちり話し合うとも」

 

「熱くなりすぎだろ……」

 

 顔を片手で多い、奏は溜め息を吐く。

 こうして父親気取りをしている時の弦十郎は、頼りになるのだがどうにも気恥ずかしい気持ちを感じさせられてしまうのだと、奏は思う。

 弦十郎はゼファー・翼・奏の父親代わりと言うにはちょっと遠く、けれど面倒を見ている大人と言うには親しすぎる、そんな保護者のポジションに居た。

 家庭円満とは言いがたい子供ら三人は、割りかしそんな弦十郎を慕っている。そんな人間模様。

 

「風鳴司令、始めてよろしいでしょうか?」

 

「ああ、すみません林田さん」

 

 奏の担任に促され、かくして三者面談は開始される。

 この担任の先生、実は何を隠そう一課の林田の奥方である。

 奏はそもそも一課の方の林田を知らないが、ゼファーもこの林田教諭と初めて会った時はびっくりしたものだ。

 彼女は二課の一員であり、研究者と音楽教師を両立してやっているという、二課とリディアンの存在意義から考えればかなり換えの効かない、有能な人物であった。

 この二足のわらじは実績を出していることと、物珍しさが相まって、世間的な受けもよく、そこそこテレビなどにも顔を出していたりする。

 世間の流れを操作したい二課にとって、そういう意味でも有用な人材だった。

 

 また、リディアンに通っている奏の一つ年上かつ翼の三つ年上の娘が一人おり、歳が近いせいかどうしても娘と重ねてしまうらしく、奏と翼にめっぽう甘い。

 奏が進級した時も、担任を買って出たほどだ。

 

「林田せんせー、あたし大学とか行く気ないし、進路空白でいいんじゃない?」

 

「ダメよ。自分の将来のことなんだから真剣に考えなさい」

 

「うっへ」

 

 奏は過去を理由に今だけを生きている。

 極端な話、ノイズを全滅させる方法があるのなら、今のこの瞬間に死ぬ選択すら選べるだろう。

 奏に懐いている翼や、誰も彼もに生きて欲しいと願うゼファーは、時折ハラハラした気持ちで奏を見ているに違いない。

 彼女に生産的な未来の展望はない。明日を平和に生きようとする気概もない。

 

(進路か。……ああ、昔は色々考えてたな。

 歌も好きで、父さん母さんの仕事にも興味があって、体動かすのも嫌いじゃなくて……)

 

 だから林田が進路に色々な選択を提示しようとも、奏は昔を思い出しつつどこ吹く風だ。

 まともに聞く気がないからまともに取り合いもしない。

 奏のそんな態度を見て、弦十郎は手持ちカバンの中からファイルを取り出し、奏に渡す。

 

「そこで、腹案を持って来た」

 

「腹案?」

 

 そこで彼は口頭とファイルの両方で翼にしたものと同じ説明を行い、奏に翼と組んでアーティストデビューする、という道を示した。

 奏と翼の違うところは、まず奏はアーティストになるという点に不安なんて微塵も持っていないくらい、クソ度胸があったということ。

 そして"言われたことはやり遂げたいが自信がなかった"翼と違い、奏にとってそれは"純粋にやってみたいと思えること"であった。

 

「アーティスト、ねえ」

 

「ユニット名は『ツヴァイウィング』。二人の名前から、そう名付けた」

 

「ツヴァイウィング……」

 

 完全聖遺物の起動という先史文明研究分野における歴史的快挙。

 成功する保証はなくとも、ステージに立つことは確約されているアーティストデビュー。

 奏がかつて両親の仕事に興味を持ち、考古学を多少なりと学んでいたこと。

 奏は歌が好きで、ステージに立って人前で歌ってみたいと、かつては思ったこともあること。

 そしてノイズを倒すための組織である二課が、翼と奏のデビューによりノイズを倒すための新たな戦力を得るであろう、ということ。

 様々な要素が奏の背を押した。

 

「いいさ、その話受ける。人に歌を聞いて貰うのは、嫌いじゃないしね」

 

「! そうか!」

 

 彼女に自覚はないだろうが、彼女の背中を押した最も大きい要素は、先日の戦いだった。

 歌った奏と、歌を聞いて生きることを諦めなかった人。

 救った奏と、守られた人。

 ノイズから人を守り、結果奏の胸の奥に残された「ありがとう」の言葉。

 天羽奏の歌が、人を救ったという事実。

 その時彼女は思ったのだ。自分がかつて、歌を好きだった理由を。

 

 人に自分の歌を聞いてもらうこと。

 人を歌で楽しい気持ちにさせること。

 天羽奏は、それがたまらなく好きだったのだ、と。

 

「第一だ。完全聖遺物が動くようになれば、あたしらが持てる力も増える。

 ノイズどもを根絶やしにできるようになるかもしれないし、いいことづくめさ」

 

「奏……」

「天羽さん、まだそんな」

 

「まだ言うさ。いつまでも言い続けるし、し続ける」

 

 だけど、言葉にするのは物騒な動機と決意のみ。

 ハリボテのような黒々とした憎悪でも、口にしないより幾分マシだと彼女は思う。

 だって、そうやって自分に言い聞かせていないと、『揺らいでしまいそう』で仕方がないのだ。

 

(……問題ない。あたしは、まだ、復讐のためだけに、戦えるはずだ……)

 

 もしも今、目の前にノイズに殺されそうになっている家族が居て、殺そうとしているノイズが居たとして、奏はノイズを迷わず殺すだろう。

 だが、その理由を"守るためじゃなくて殺すためだ"と言い切れるだけの煮え立つ憎悪は、大切なものを全て失ったと感じたほどの絶望は、今や彼女の中で最も大きな感情ではなかった。

 憎悪が薄れたわけではない。絶望を忘れたわけではない。

 

 ただ、"それを理由に捨ててはいけないもの"が彼女の中に生まれつつあった。

 天羽奏は、本質的に殺戮ではなく守護の人間である。

 得た力で救った人の"ありがとう"が、大切な家族を奪われた憎悪を蔑ろにしない範囲であれば、かつての彼女の在り方を取り戻しつつあった。

 以前そうして立ち上がった、ゼファー・ウィンチェスターと同じように。

 

「あたしはノイズを殺す。そのためならなんだってするし、なんだって切り捨てる」

 

 その言葉がひどく空っぽで、中身が無くて、上っ面の感情しか乗っていないことなど、奏自身が一番良く分かっている。

 

「あたしの家族の仇は、あたしにしか取れないんだ」

 

 それでも、それでも。

 家族を失った悲しみと痛みを忘れずに抱き続ける彼女は、それ以外にすれがる言葉も、すがれる思いも持ってはいなかった。

 ノイズへの憎悪以外に自分を支える柱が見つからない。

 心強き彼女に唯一弱い部分があるとすれば、そこだけだろう。

 

 三者面談から始まった『未来の自分はどうなるか、どうするか』。

 青春を生きる少年少女の誰に対しても向けられる問いであり、"先送り"以外の回答を出せない者の方がずっと多い、そんな問い。

 いまだその問いに復讐以外の解答を持たないこの少女には、どこまでも未来がない。

 表情を曇らせながら彼女の未来を案じる弦十郎と林田の心配は、彼女の心を変えられない。

 

 だから、この三者面談より一ヶ月半の後。

 ゼファーと翼がリリティアを撃退してから、数週間の後。

 天羽奏は奇妙な出会いと巡り合わせにより、人生の転機へと足を踏み入れる。

 彼女は想像すらしていなかっただろう。

 

 もう二度と会えないと思っていた両親と、出会える日がまた来るだなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、立ち上がりなさい、真紅の暴風『ディアブロ』」

 

「そろそろ米国でも日本でもなく、私だけの聖遺物も確保しておきたいの」

 

「遊び癖は抑えて、全力で確保して来てくれると助かるわ」

 

 

 




遠い日の、遠いあの場所で
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