戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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「暴力から希望は生まれない。絶望が一時的に紛れるだけである」

 

 ―――キングマン・ブリュースター・ジュニア

 

 

 

 

 

 第二十話:遠い日の、遠いあの場所で 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣を振り、紙一重でかわされる。

 大きく避けるのではなく紙一重でかわされているのは、敵が翼の剣筋を見切っている証拠だ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 切れる息を整える暇もない。

 こうして息をするのもままならないような極限の状況でこそ、普段の鍛錬でどれだけ自分を追い込んでいるかが出るのだが、それでも焼け石に水だ。

 敵が拳を振るう。

 息もつかせぬ右手でのジャブ三連発に、かわしきれずに翼は髪を数本持って行かれてしまう。

 

「……っ……はぁっ……はぁっ……」

 

 この数分で、底なしに見えた風鳴翼の体力も底が見え始めていた。

 それだけの集中力が要される戦いであり、強敵なのだ。

 翼は限界を超えた集中をなさなければ食らいつくことすら出来ず、例えるならばビルとビルの間に張られた糸の上を走って渡っているようなピンチを強いられていた。

 そんな状況にもかかわらず、翼はしぶとく粘り続ける。

 

(しぶとく粘る戦い方は、友より日々学んでいる……!)

 

 だが、歌を歌いながら戦うというシンフォギアの特性は、こういう時に厄介だ。

 呼吸を整える時間ですら、間奏や曲の継ぎ目に求めるしかないのである。

 息が切れてくれば、体力も余計に消費してしまう。

 それでも翼は敵の気を引くために攻め続け、最も得意とする『逆羅刹』を放つ。

 素人目にはあまりの速度・練度が産むブレない軌道に両足の軌道がひと繋がりに見え、漏斗のようにも見える必倒の技……だったのだが、敵はそれを恐るべき反撃で打ち崩す。

 ディアブロは翼の逆羅刹を学び、それを用いて翼の逆羅刹に合わせたのだ。

 基礎出力・体格・体重で上回られている以上、翼が逆羅刹の打ち合いで勝てるはずもない。

 

「ぐっ……!」

 

 パワーで押し切られ吹っ飛ばされるも、翼は地面を跳ねるようにして体勢を立て直す。

 まだまだ粘る翼の姿に、戦いを見守っていた朔也は何度目かの驚嘆の声を漏らした。

 

(……敵も強いけど、翼ちゃんも途轍もない……!)

 

 ディアブロは身体スペックにおいても翼の遙か上を行っている。

 繰り出される技の中には、翼でも真似できないほどの高等技術もいくつか混じっている。

 そしてディアブロに食らいつくために技を出せば出すほど、翼の技はディアブロに学習されてしまい、加速度的に状況は悪くなってしまう。

 にも、かかわらず。

 風鳴翼はこの敵に対し食らいつき続けていた。

 

(もう三分以上一人で戦ってるのに、ディアブロに見せる技が尽きてない……

 技の練度も追いつかれてない。だから敵も能力を出して来ない……なんて技の量だ……!)

 

 翼は風鳴家の技を受け継ぎ、その上で緒川から技を学ぶなど、勤勉に技を身に付けていく人間である。

 その上、ゼファーと同時期に緒川から学び始めたにもかかわらず、ゼファーはいまだ水上走りを習得していないが、翼は一年近く前に影縫いを習得済みだ。習得速度も悪くない。

 そのため、翼は二課でも屈指の数の技を習得しているのだ。

 まるで技のデパートである。

 

 敵が悪い意味で朔也の予想を超えるバケモノであったのと同時に、翼もまた良い意味で朔也の予想を超えてくる凄まじき戦士であった。

 ディアブロが翼の剣による『早撃ち』を見ただけで手刀の『早撃ち』を理解し、横薙ぎに模倣の手刀早撃ちを繰り出すも、翼はそれを冷静に地面を鞘にした早撃ちで迎撃。

 パワーの差を、いまだ追いつかれない技量の差で埋めてみせた。

 

 二度、三度と見せる度に技の完成度は追いつかれていく。

 だが技の種類が10や20ではなく、100や200ともなれば、500回は攻防を繰り返しても真似された技の練度は追いつかれない計算だ。

 逆に言えば500ほど打ち合えばそれだけで、熟練の戦士の全てを喰らい尽くせるのがディアブロである。どっちもどっちな、恐るべき者達であった。

 

(奏……ゼファー……まだなの……!?)

 

 膨大な技を積み上げて、それでもじわりじわりと追い込まれていく翼。

 技として成り立っているものが片手で数えられるくらいしかないゼファーでは、彼女ほど保たせることは絶対にできなかっただろう。奏も然りだ。

 技を打ち、しのがれ、真似され、別の技を打つ。

 その繰り返しも、もはや限界であると翼は感じ始めていた。

 

 翼は右手で刀のアームドギアを持ち、左手に瞬時に短刀のアームドギアを形成。

 肩・肘・手首のスナップだけで鋭く投擲する。

 しかしディアブロはそれを早撃ちを応用した手刀で弾く。

 苦し紛れの反撃もあっさり弾かれた……かに、見えた。

 

(かかった)

 

 短刀を弾き、更に踏み込むディアブロ。

 その背後の"影"に、短刀が刺さった。

 翼の狙いは最初からこれだ。ディアブロに一度も見せていない、影縫いの一撃である。

 

「―――♪!」

 

 肺の空気を全て吐き出さんとする勢いで、翼は叫ぶように曲のサビを歌う。

 歌により高められたシンフォニックゲインが剣に集束、圧縮、解放される。

 それは横一直線に振るわれた『蒼ノ一閃』となり、ディアブロの腹に直撃した。

 蒼ノ一閃は、纏う衝撃波とビルをも両断する破壊力をもってディアブロを吹き飛ばし、地面を抉って土煙を巻き上げ、その姿を覆い隠す。

 

『やったか!?』

 

 朔也が遠く離れた場所からそれを見て、勝利を確信しぐっと拳を握る。

 だが、その発言がいけなかったのかもしれない。

 朔也の手にしていた携帯用パーソナルコンピュータがアラートを鳴らし、観測機のサーモグラフィーを始めとする各種機器が、異常事態を知らせ始めたのだ。

 危機を察知した朔也は、通信機の向こうへと叫ぶ。

 

『翼ちゃん、右に跳べッ!』

 

「ッ!?」

 

 土煙の中で赤い何かが光るのと、翼が右に跳んだのはほぼ同時。

 その瞬間に放たれた"何か"は土煙に穴を開け、一瞬前まで翼が居た空間を貫いた。

 "何か"が触れた土煙はジュッと音を立て、白い煙へと変わる。

 やがて土煙と白い煙が混ざり合うその中から、無傷のディアブロが歩き出してきた。

 

『これは……熱線!?』

 

「いえ、違います、藤尭さん。

 肉眼で見れば……いや、ゼファーの焔をよく見ている眼で見れば分かります」

 

『なんだって?』

 

「これは"炎"です。圧縮された炎による攻撃です!」

 

 見れば、ディアブロの肉を覆うように真っ赤な炎が燃え盛っている。

 ローマの拳闘士のようだったディアブロの肉体を覆う炎は揺らめき、輝き、煌めき、その熱量で周囲の空気を上空へと押し上げていく。

 気流にすら干渉する熱は、やがて暴風を生み出し始めた。

 ディアブロのデザインが上半身裸に見えるのは、服が物質的でない、ただそれだけの話。

 この炎と暴風こそが、ディアブロが纏う衣服なのだ。

 

 炎の真紅と、それが巻き起こす暴風。ゆえに『真紅の暴風』のゴーレムの名に恥じぬその姿。

 

(ディアブロの属性と固有能力は、『炎』……

 格闘と炎を併用する、奇しくもゼファーのナイトブレイザーと同じタイプ……!)

 

 翼は理性的に思う。

 とうとうディアブロが自分の技を全て見たことで、全力を出してきてしまったのだ、と。

 翼は感情的に思う。

 けれど自分がよく知るこの戦闘タイプが相手なら、まだ少しは持ちこたえられる、と。

 それは正解でもあったし、間違いでもあった。

 

「!」

 

 構える翼に対し、ディアブロは跳び上がる。

 虚を突かれた翼だが、冷静に対処しようと跳んで行く先を見極めようと目を凝らした。

 だが、しかし。

 ディアブロの跳躍軌道が、空中で何度も折れる。

 

(!? これは―――)

 

 空中に『赤い足場』が突如現れ、ディアブロがそれを足場として何度も跳躍を繰り返しているのだ。翼は間近に迫って来るディアブロを見て、踏ん張るのを止め、アームドギアの強度を上げる。

 そして極力衝撃を殺す姿勢で、衝撃のままに吹っ飛ばされることを選び、ディアブロの飛び蹴りを受け止めた。

 

「ぐっ……!?」

 

 腕に留まらず、全身に走る激痛。

 だが計算された脱力と柔軟な受け、そして吹っ飛ばされた後の綺麗な受け身により、翼はなんとか致命傷を避けることができた。

 翼は転がりつつ立ち上がり、顔を上げたまさにその瞬間、目の前に迫って来ていたディアブロの炎を無理くりに飛んで回避した。

 炎は翼が居た場所の地面に命中し、べちゃっと音を立てて着弾する。

 

(……べちゃっ?)

 

 炎が地面に当たって"べちゃっ"?

 翼はその違和感を無視せず、的を絞らせないよう走り出しながら、炎の着弾点を見た。

 何故かそこには、"赤い水たまり"……否、"炎の水たまり"があった。

 

(この炎、まるで水みたいな……どういうこと?)

 

 何が何だか分からないが、この炎を何度も撃たせるのはマズい。

 そう考えた翼は距離を詰め、自分が最も得意とする近接戦を挑み、先程までと同じ技比べに持ち込もうとする。

 だがそんな翼の進行方向に突如発生した異常な熱反応を感知し、朔也が声を上げた。

 

『! 翼ちゃん、止まれッ!』

 

「え? ……! 熱ッ!?」

 

 翼は朔也の声を聞き、慣性で前に進み続ける身体をギアの力で急制動。

 電車や車がブレーキした時と同じように、踏ん張った翼の上半身は前へと流れ、朔也が認識した熱反応に翼の手の先が突っ込んでしまう。

 すると、翼の手の先に、沸騰したヤカンに手を押し付けたかのような激痛が走った。

 不意の激痛に翼は苦悶の声を上げ、歌が途切れてしまい、ギアの出力がやや落ちる。

 

 そこに降り注ぐのは炎のナイフだ。

 翼はすかさず歌を再度歌い始め、最速のシンフォギアの能力をフルに活用して回避するも、左腕と右大腿を浅く切り裂かれてしまう。

 "焼き切られる"という激しい痛みが翼を襲うが、翼は鍛錬で鍛え上げた精神力で持ち堪え、今度は途切れさせずに歌い続ける。

 

(バリアコーティングを抜いて……今のは一体!?)

 

 翼はギアを操作し、目を凝らした。

 シンフォギアの視界補正が起動し、人間の眼ではありえないほどに狭い範囲に、視界の焦点が定まっていく。シンフォギアの視界は簡易な望遠鏡であり、顕微鏡だ。

 専用のスナイパーマスクなどを生成すれば狙撃すら可能とする汎用性を持っている。

 そうして視界の補正をかけると、彼女の眼に大量の小さな粒が見えてきた。

 目を凝らさなければ見えないが、それは煙や霧のように見える。

 

(粒……まさか……気体……?)

 

 あと少し、あと少しで結論に届きそう、けれど推測が絞れず、推測に確証が持てない。

 だが頭脳分野なら、藤尭朔也が補えばいいのだ。

 ここまでデータが得られたならば、彼も計算で真実に至ることが出来る。

 

『気体の炎、液体の炎、固体の炎……"三態の炎"か!』

 

 ディアブロの固有能力。格闘特化に改造される前に、このゴーレムに備わっていた機能とは?

 

『翼ちゃん、気を付けるんだ!

 ディアブロの固有能力はおそらく、炎を概念的なものと扱って三態を切り替えること!

 氷のように固まることも、水のように変形することも、蒸気のように変化したりもする!』

 

 すなわち、"ロードブレイザーの焔の模倣"。

 転じて、その開発コンセプトが不可能だと判明した後に至った最終開発コンセプトである、"多様性のある炎"だ。

 それ一つで戦える炎。万能の炎。どんな敵でも倒しうる炎。

 

 そういうコンセプトで作られた炎が、歌を歌い続ける翼へと迫る。

 地面をスライムのように這いずる液体の炎、正五角形の刃となり飛んで来る固体の炎、空間を塗り潰すように迫る気体の炎が翼に迫る。

 翼はとっさに後方へと跳び、上段に刀のアームドギアを構えた。

 

(この炎、多様で汎用性も高い……! それに)

 

 そこから振るわれる、縦一直線の全力・蒼ノ一閃。

 だがその一撃も気体の炎とぶつかり、強制的に減衰させられ、ディアブロに当たる前に消滅してしまった。

 攻防一体、万能の炎に翼は歯噛みする。

 ゼファーの焔ほどに凶悪で絶対的な性能こそない炎だが、扱う者の技量が高過ぎる。

 現状、ディアブロはゼファー以上の格闘技能と火炎操作技術を持つという、洒落にならない強敵であった。

 

(この炎を超えた向こうに、あの格闘能力を備えた敵が控えているという事実……!)

 

 加え、この『三態の炎』を超えた先には格闘戦の鬼が控えているというその事実。

 気体の炎を周囲に放出しながら格闘戦を仕掛けてきたならば、さぞ厄介なことだろう。

 本領は三態の炎と格闘戦を織り交ぜての前衛をきっちこなす、後衛役のイチイバルを守るための絶対的なカバー能力なのだろうが、攻勢に回っても十二分に強い。

 現状の打開策が見つからない翼に向かって、そんなディアブロの液体の炎が迫る。

 液状化した炎の鞭、それも十数本同時に向かってくるという鞭の包囲攻撃だ。

 

「ッ!」

 

 翼はそれに瞬時に反応、両足の剣による逆羅刹で切り落とさんとした。

 ゴーレムの圧縮炎を次々と切り裂いていくのは流石としか言えないが、いくらなんでも鞭の数と質が厄介過ぎる。

 一本、二本と切り落としていく内に回転速度は弱まり、刃の切れ味は熱で潰れていき、最終的に鞭によって剣が両方共捕まるという形で、逆羅刹は止められてしまった。

 そして、加熱。

 液体の炎が内包していた熱量は凄まじく、翼の両足の剣はあっという間に溶かされてしまう。

 

(……なんて熱量ッ!)

 

 それでも、逆立ちしていた翼の足の剣に炎の鞭が集中したということは、ディアブロの攻撃が上方に集まり、地面近くの部分に逃げるだけの隙間が出来るということだ。

 翼はそこに跳んで転がり込み、液体の炎の攻撃を回避しきる。

 一瞬遅れて、固体の炎のカミソリの群れが、翼がさっきまで居た場所を切り裂いた。

 間一髪。されど、翼はどんどん追い詰められている。

 

 転がった翼の眼前に迫るは、数を増した液体の炎の鞭、再生成された固体の炎の矢の群れ、気体の炎の面制圧だ。

 防御? 論外。

 攻撃? 論外。

 左右か後方に跳ぶ? 間に合わない。

 そこで翼が選んだ手段は、"アームドギアの生成"だった。

 幅5cm、長さ20mのアームドギアを、『足裏』に生成したのだ。

 生成されたアームドギアは15°程度の角度を付けて、風鳴翼を後方斜め上に向かって押し出し、その場を離脱させる。

 当然、三態の炎は当たらない。

 

「……ふぅ」

 

 粘る。まだ粘る。

 誰よりも強く生きたいと願い、けれど生かしたいという願いから戦場に立ち続ける友の影響は、生きるために粘る力となって、彼女の中に実を結んでいるのである。

 

(おそらく、あと一回……しのげるのは、あと一回が限度……)

 

 だが、流石にもう翼も限界だろう。

 体力、精神力も底をついている上に、ギアの負荷までもが身体に襲いかかっている。

 技も尽き、万策も尽きた。

 ならば後は、最後の手段しかない。

 

(……『絶唱』……)

 

 ナイトブレイザーのバニシングバスターと同じように、シンフォギアにも奥の手が存在する。

 それが『絶唱』。

 装者の負担を考慮せずに放たれる、シンフォギア最大最強の攻撃手段である。

 その負担は高い適合係数やLiNKERによって軽減されるが、それでもデフォルトの負担が"使った人間は死体も残らない"という、そういう次元にある命懸けの一撃だ。

 

 絶唱は聖遺物の種類、及びアームドギアの種類によって性質が変わる。

 絶唱は通常アームドギアを介して放たれ、アームドギアの特性の延長にあるからだ。

 剣ならば身体強化と必殺斬撃。槍ならばドリル状の衝撃波。銃ならば広域殲滅砲撃。

 その破壊力は、時と場合にもよるがシンフォギアと完全聖遺物(ゴーレム)の差を埋めることすらあるだろう。

 

 だが、翼は絶唱を撃ったとしてもこの敵には勝てないだろうと、そう確信していた。

 せいぜい一矢報いるか、時間稼ぎが関の山。そう思っていた。

 戦っている内に、彼女には読めたのだ。

 

(このゴーレム、おそらくはまだ……奥の手を残している)

 

 ディアブロがまだ一つか二つ、奥の手を残していることを。

 現状は圧倒的に翼の劣勢。

 絶唱でひっくり返したとしても、すぐにディアブロによってひっくり返されてしまうのならば、命懸けでも時間稼ぎにしかならないのは当然だ。

 それでも翼は、ほんの数秒であっても、その数秒を稼ぐために命懸けの絶唱を歌わなければならないのだとしても、絶唱を歌わなければならないと思っていた。

 

(ゼファーが、奏が、私にここを任せたんだから。

 その責任を果たさずして……何が防人か! あの二人の友達を名乗れるものか!)

 

『翼ちゃん! 無理はよすんだ!

 もう市街地に被害が出ても構わない! 市街地に逃げ込んで逃げの一手を……』

 

 必ず、確実に、絶対に。

 自分が時間さえ稼いだならば、二人の友が助けに来てくれると、そう信じているから。

 

『翼ちゃん!』

 

戦場に刃鳴―――(Gatrandis babel―――)

 

 朔也の制止の声を振り切り、翼は歌う。

 自らの死をも恐れぬ絶唱を。

 その覚悟が、意志が、諦めない強き心が、戦いの流れすら捻じ曲げる。

 

『え? 高エネルギー反応―――』

 

 ディアブロの頭上の空間に穴が空き、そこから極太のビームが降り注いだ。

 ダメージでゴーレムの動きが止まり、翼に向かって発射されていた三態の炎の全てがキャンセルされる。ディアブロの攻撃が全て消え去ったその場所に、空間の穴より二つの人影が降り立った。

 

「待たせたな!」

「間に合ったか!」

 

 橙の槍に黒騎士。

 翼の友が、翼を守るために翼の前に並び立った。

 諦めずに食らいつき続けた翼の粘りが、ここに勝機を繋ぐ。

 

「ゼファー! 奏!」

 

「翼、少し休んでな! あたしらが遅刻した分、いいとこ見せてやるさ!」

 

 奏が前に出て、ゼファーがその後に続くフォーメーションで、二人は突貫した。

 何故かは分からない。

 だが、翼も、奏も、ゼファーもその心は一つ。

 "この二人と一緒なら"と、どんな相手にも負ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

 ディアブロは体の各種関節がまともに動いていないことを感じ取る。

 先の一撃だ。

 ゼファーも奏も意図していなかったことだが、過去の世界と今の世界の境界を貫いたグングニルエフェクトが、流れ弾としてディアブロに命中していたのである。

 

 コンビネーションアーツは互いのエネルギー量を掛け算として放つ技。

 互いの力が10ならば、その威力は100となる。

 完全聖遺物のナイトブレイザーとパワーに優れるガングニールの掛け算ともなれば、その威力は計り知れない。世界の壁を壊した後も十分な破壊力を宿していたのである。

 そのためか、ディアブロの体は一時的に機能不全に陥っていた。

 

 グングニルエフェクトの流れ弾が当たったのは完全に運。

 されど運も実力の内だ。

 ディアブロの動きが鈍って来たこのタイミングを、二人が見逃すわけもなく。

 

《《         》》

《 輝槍・ガングニール 》

《《         》》

 

 奏が歌を口ずさみ、膝を付いているディアブロへと走り一気に距離を詰める。

 ディアブロは迎撃のため、炎の射出機(フレイムシューター)を起動。三態の炎を撒き散らす。

 だが、炎とくれば彼も黙っていない。

 

「全部、叩き落とすッ!」

 

 ナイトブレイザーが腕を振るえば、シンフォギアを焼かないようにとの指示を受けた焔が奏と全ての炎を飲み込んで、ディアブロの炎だけを焼き尽くし、叩き落とす。

 全てを焼滅させる魔神の焔と、ゼファーの守りたいという意志の矛盾は、その両立によって現実世界にこんな不思議な現象をも引き起こすのだ。

 

『奏ちゃん、ゼファー君! そいつは見かけほど打たれ強くないぞ!

 翼ちゃんのおかげで集まったデータによれば、防御力は君達と大差ない!

 むしろナイトブレイザーの方が硬いくらいだ!

 ディアブロの強さは、あくまで技術! 格闘技術と炎の操作技術だけなんだ!

 敵に攻勢に回る隙を与えちゃいけない! 大技撃つより、手数で攻めて攻めて攻め続けろ!』

 

「あいよ! あたしらに任せなァ!」

 

 ディアブロが腕を振り上げる。

 しかし、立ちはだかる奏はその行動を許さない。

 ディアブロの肩と肘の間を突き、その腕の行動をキャンセルさせた。

 奏はそのまま間を置かない連撃。ディアブロの額を突き、その顔面をのけぞらせる。

 だが良いようにされる気のないディアブロは体がのけぞるのに合わせ、右足を振り上げようとする。

 しかし、立ちはだかる奏はその行動を許さない。

 槍の石突にて太腿の部分をぶっ叩いてそれを無効化し、返しの槍先にて腹を切り裂いた。

 

 不自然なまでに、圧倒的な奏の一方的な連撃。

 確かに、ディアブロは今はその機能を著しく制限されている。

 一度膝をついてしまってからまともに立ち上がってもいないため、その姿勢はまっとうな構えすら取ることができていないというのが現状だ。

 炎の攻撃の数々も、ナイトブレイザーによって現在進行形で完封されている。

 だが、それでもだ。

 ディアブロをたった一人で圧倒し、手も足も出ない状況にまで追い込んでいる天羽奏の今の強さは、ゼファー・翼・朔也が目を剥くほどに途方もないものであった。

 

『なんだ、あの強さは……!? 数分前とはまるで別人じゃないか!』

 

(まさか……いや、まさか……)

 

 ディアブロの右ジャブ。

 奏は手に持っていた槍を左回転させ、槍でジャブを弾いてそのまま槍を一閃、ディアブロの顔面を切り裂いた。

 なんとかまともに立つだけでもしないと、と判断したのか、ディアブロは距離を取るため後方へと跳ぼうとする。

 

 しかし、立ちはだかる奏はその行動を許さない。

 奏は瞬時に片手にさすまたに似た二股の小さな槍を作り、敵の足首に向け発射。

 それにより片足を地面に縫い付けられたディアブロは、体勢を崩され、逃げることに失敗する。

 追撃の槍の一撃で、首筋に浅からぬ切り傷を付けられてしまう始末だ。

 

 ディアブロは一撃でも当てて気を逸らさなければ距離も取れないと、更に攻撃を重ねて放つ。

 選択したのは『早撃ち』。

 翼が最も得意とする、手刀でも撃てる神速の一撃だ。

 これはかわせない……と、思いきや。

 奏はディアブロの足を縫い付けていた二股の小さな槍に右足のつま先を引っ掛け、蹴り上げる。

 それだけ。

 ただそれだけで、強く蹴り上げられた小槍はディアブロの手刀の軌道を僅かに逸らし、ディアブロの手刀は奏の額を少しだけかするに終わってしまった。

 返礼とばかりに、奏は右の拳をディアブロの顔面へと叩き込み、槍で足を切りつける。

 

 絶えぬ連撃を組み立てる奏の圧倒的な強さを見て、ゼファーは思考する。

 

(今日までずっと、シンフォギアで戦う時はずっと、迷っていたっていうのか……!?

 迷いを、悩みを乗り越えたから、本当の強さが発揮されている?

 俺やツバサよりも明らかに上のあの実力ですら、本当の全力じゃなかったってのか……!?)

 

 これこそが、ありとあらゆる心のしがらみを乗り越えた天羽奏の本当の力。

 風鳴弦十郎の同種とすら言われたほどの才を遺憾なく発揮した戦闘能力。

 "一方的な攻勢が一度始まれば、敵に割り込みの行動さえ許さない強襲技能"。

 後に二課のメンバーにより、『割り込みを許さない連撃』(イントルード)と名付けられた、後の時代に彼女を最強のシンフォギア装者の座へと押し上げる妙技であった。

 悲しみの鎖を引きちぎった天の羽は、もうどうにも止まらない。

 

「ゼファー、私達も!」

「ああ!」

 

 だが、ゼファー達もただ見ているだけに終わるつもりはない。

 ディアブロが体の不調を治せば、もしくは体勢を立て直してくれば、この均衡は崩れる。

 今しかない。ディアブロを仕留めるならば、今しかないのだ。

 三人で今畳み掛けてこそ、勝機はある。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、天羽々斬!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 ゼファーと翼が空に手を掲げ、ナイトブレイザーと天羽々斬から解き放たれたエネルギーが、空にて凝縮し紅蒼の光球へと変わり、そのエネルギーが相乗される。

 

「「 シンフォニックレインッ! 」」

 

 そして、光球から燃える剣の雨が放たれた。

 剣の雨は先程までゼファーがこなしていたディアブロの炎攻撃への迎撃をしつつ、同時にディアブロ本体への攻撃も仕掛ける。

 だが、ディアブロもネガティブフレアを喰らえば即死ということは理解していた。

 だからこそ、優先順位を間違えない。

 奏の攻撃を受けきれなくなると分かっていても、ディアブロはその能力の全てをシンフォニックレインへの防御と回避に費やしてしまう。

 その決定的な隙を、見逃す奏ではなかった。

 

「もらったッ!」

 

 奏が放つは、『STARDUST∞FOTON』。

 大量のシンフォニックを内包した大型の槍を同時に複数生成し、射出する奏の大技だ。

 射出された数は七。

 おそらく純粋な破壊力で言えば、彼らの技でこれを上回るものはバニシングバスター・コンビネーションアーツ・絶唱といった技しかあるまい。

 

 そして奏は、それを攻撃ではなく、拘束に使うというバトルセンスを見せつけた。

 STARDUST∞FOTONが全弾直撃すれば、倒せる『かも』しれない。

 だが奏は槍にてディアブロの体を地面に固定して、『絶対に倒せる』の布石を打った。

 当たれば絶対に倒せる技。

 三人が力を合わせることで、一人分の力が10だったとしても、10×10×10で1000の破壊力を産み出す、絆のフィニッシュブロー。

 

 すなわち、"ゼファー・奏・翼の三人によるコンビネーションアーツ"だ。

 

「ラインオン!」

「ナイトブレイザー、ガングニール、天羽々斬!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 三人の力により三乗化されたエネルギーが三人の体に満ち、奏と翼はそのエネルギーの全てを手にした一本の刀と槍に込める。

 対しゼファーは二人の間に立ち、燃える両腕で奏の槍と翼の刀に優しく触れる。

 すると、ナイトブレイザーのエネルギーと腕の焔が二人の武器に移っていくではないか。

 

 そうして一人一人の力を10と仮定すれば、【(10×10×10)×三人分】÷二つの武器というとんでもない公式が完成。

 1500という、通常稼働のシンフォギアの150倍以上の破壊力が剣と槍に集約される。

 前に飛び出した二人は、動けないディアブロに向かって剣と槍を交差するよう振り下ろした。

 『十』の字を描くように放たれた、燃える炎の十文字。

 1500+1500。すなわち、彼らが平時に使う必殺技の『300倍以上』の破壊力。

 

「「「 ライアットフェンサーッ! 」」」

 

 それがディアブロへと当たったその瞬間、藤尭朔也は勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然ながら、三人の同時攻撃によるコンビネーションアーツともなればその威力は凄まじい。

 土が抉れ、砂煙が舞い上がり、そのエネルギーが発生させた煙がその場の全員の視界を塞ぐ。

 倒せる、と技を放つ前には全員が思っていた。

 倒せていない、と技を放った後には全員が思っていた。

 

『冗談だろ……?』

 

 ナイトブレイザーの魔神の焔は、反則中の反則だ。

 RPGで例えるならば、一度当てればボスキャラ相手でも継続ダメージで1ターン後に即死させる状態異常を敵に強制する、そんなバランスブレイカーである。

 当然、この焔を付加されたコンビネーションアーツにもその特性は受け継がれている。

 当たれば必ず倒せる。例外を除いて、必ず倒せるはずなのだ。

 

「アームドギアが……!」

 

「溶けてやがる……!?」

 

 当たれば、の話だが。

 驚くべきことに、翼の刀と奏の槍はディアブロに当たる前に融解させられていたのだ。

 そうなれば、当然アームドギアに付加されていた魔神の焔も地面に落ちてしまう。

 だが、おかしい。

 アームドギアはただでさえ頑丈な上に、二人は自分が手に持つ物は特に頑丈に作っていたのだ。

 かつ、バリアコーティングによる音楽の障壁も施されている。

 生半可な熱で融けるようなシロモノではない。

 

『この反応……いや、まさか……計算、照合、証明……』

 

 通信機の向こうで、十秒とかからず朔也が過程とその証明となる計算を終える。

 そして彼は、翼も感じていた"ディアブロの奥の手"の正体を即座に見抜いた。

 

『ぷ、プラズマか、これ!? 嘘だろ!?

 あれは炎の射出機(フレイムシューター)だけじゃなく、プラズマの射出機(プラズマシューター)でもあるっていうのか!?』

 

 朔也はディアブロの能力を、炎を固体・液体・気体の三態へと概念的に変化させて操るもの、と読んでいた。それは正しくもあるし、間違ってもいる。

 物質の状態には、この三態に加え、第四の状態というものが存在するのだ。

 それがプラズマ。

 気体の先にある、エネルギーを限界以上に溜め込んだ、一億℃の世界の物質である。

 

 ディアブロの周りに光輝く炎の膜が漂っている。

 その色合いは先程までのものとは一線を画し、現に奏が拘束に使っていた槍も、二人が攻撃に使ったアームドギアも一瞬で融解させられてしまっていた。

 このプラズマが本当に一億℃あるわけではなく、あくまでそれに近いものを生成しただけなのだろうが、それでもその脅威はとてつもない。

 つまるところ『これ』が、対ロードブレイザーに使われたディアブロの主兵装。

 

 ディアブロの能力は『三態の炎』だったのではなく、『四態の炎』だったのだ。

 

「サクヤさん、打開策はありませんか!?」

 

『そりゃプラズマなら冷やせば、って言うとこだけど……

 大気の中に平然と浮いて熱量を保ってるトンデモプラズマに対抗策なんかないって!

 ゼファー君、腕の炎をぶちかませ! トンデモにはトンデモだ!』

 

「ああ、くそッ!」

 

 人間側に策を練らせる余裕を与えず、ディアブロはプラズマを収束した光線を放つ。

 ゼファーはそれを、両の掌底を前に突き出しての焔の障壁で受け止めた。

 プラズマが障壁に食い込み、魔神の焔がプラズマを食らう。

 プラズマですら食らっていく魔神の焔がおかしいのか、そんな魔神の焔の障壁でも止められず、徐々に押し込んですらいるプラズマビームの破壊力がおかしいのか。

 持っているエネルギーの量が凄まじいというだけでプラズマが放つ紫の光、魔神の焔がそれとぶつかる際に放つ赤いスパークが、相模国分寺跡を照らしていく。

 

「ぐ、ぐぐぐ、う゛ッ……!」

 

 ゼファーは踏ん張るが、長くは保つまい。

 障壁を抜けたプラズマの断片が、ナイトブレイザーへと飛んで来る。

 当たってしまえばダメージで集中が切れ、その時こそ本当の終わりだ。

 

「頑張って、ゼファー!」

「踏ん張れ! 気張れ! ここがあたしらの正念場だぞ!」

 

 だが、彼の二人の友がそうはさせない。

 翼が生成した小太刀二刀流のアームドギア、奏が生成した切れ味を捨てとびっきり頑丈な大槍のアームドギアが、プラズマの断片を弾く。

 ゼファーが翼と奏を守るなら、翼と奏がゼファーを守る。

 それは友として、仲間として当然のこと。

 

「ま、け、る、か……!」

 

 右の奏を、左の翼を守るため、ゼファーは全ての力を振り絞る。

 焔の壁の厚みが増し、強度が気合で跳ね上がる。

 プラズマビームとネガティブフレアの力が完全に拮抗した、まさにその瞬間。

 

『来たぁ! 来た! 勝った! 皆、よく頑張ったッ!』

 

 朔也の勝利宣言が、三人の耳元に心地よく響いた。

 

「勝利宣言にはまだ早いだろうよッ!」

 

 流星のように飛んで来た『何か』が叫びながら、ディアブロを蹴り飛ばす。

 その『何か』が1kmジャンプからの飛び蹴りを喰らわせたことなどどうでもいい。

 ディアブロがとっさに張った固体の炎の壁13枚をキック一発でぶち抜いたこともどうでもいい。

 大切なのは、その『何か』がこのタイミングでゼファー達を助けてくれたこと。

 

 そしてその『何か』が、風鳴弦十郎であったこと。それだけだ。

 

「よく持ちこたえたなお前ら!

 助けてと言われたら、助けてやるのが世の情けだッ!」

 

「ゲンさん!」

「叔父様!」

「弦十郎の旦那!」

 

 ゼファーにとって、弦十郎は自分がなりたいと思う理想の大人の姿そのものであり、その背中を追い続ける遠い先人である。

 風鳴弦十郎の拳が、ゼファーに勇気をくれる。

 翼にとって、弦十郎は幼い頃からずっと頼りにしてきた信頼できる強き家族だ。

 風鳴弦十郎の家族としての愛は、いつとて翼を奮い立たせる。

 奏にとって、弦十郎は数奇な出会いと奇妙な関係の上に成り立っている、信じられる大人だ。

 風鳴弦十郎の勇姿は、奏に希望をくれる。

 

「しかし、こいつは手こずりそうだな……」

 

 そんな、風鳴弦十郎が。

 

「手を貸してくれ。ゼファー、翼、奏。この近所に被害が出る前に、速攻で片を付けるぞ」

 

「……!」

「……!」

「……!」

 

 "自分達を頼ってくれている"と感じたその時、基本いい子な子供達の胸の内に湧き上がってきた歓喜と興奮は、計り知れないほどに大きなものだった。

 

「はいッ!」

 

 ゼファーは仮面でニヤける顔を隠しながら、前に出る。

 地面に手を当て、彼はそのまま地面に赤いカーペットを敷くように一直線に、まだ弦十郎に蹴り飛ばされてから立ち上がっていないディアブロへと向けて、地を這う炎を放出した。

 ディアブロはそれを片手だけを地面に付け、片手だけの力で跳んで避ける。

 筋力ではなく技による跳躍。

 されど、そんな見事な技も、翼と奏が接近しているこのタイミングで好手にはなりえない。

 

「あたしらを頼りにすんのは正解だぜ旦那! なあ、翼ッ!」

 

「ええッ!」

 

 弦十郎に頼られた嬉しさを隠しもせずに、翼と奏は一気に接近。

 ディアブロは微塵も容赦せず、プラズマ弾を数十個形成。

 少女二人に当てて蒸発させようとするが……その前に、プラズマ弾が破裂していく。

 

「おっと、そんな物騒なもんをうちの子らに撃たせるわけにはいかんな」

 

 ディアブロが声のした方向、そこに居た弦十郎を見る。

 弦十郎は左手を握ったり開いたりをありえない速度で繰り返し、その側で同じくありえない速度で右手の親指を弾いている。

 それを一瞬で、"左手で空気を握り潰して固め、右手の親指で弾く指弾だ"と理解したディアブロは流石に達人というべきか。

 弦十郎は空気を親指で弾丸のように放ち、鉄板をもやすやすとぶち抜く威力を発揮して、プラズマ弾を片っ端から撃ち落としていたのである。

 

『ありえねえ』

 

 この場で唯一、藤尭朔也の反応のみが正常だった。

 

「ラインオン・ガングニール、天羽々斬!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 ディアブロの迎撃を弦十郎が撃ち落としたことで、奏と翼は当然フリー。

 そしてナイトブレイザーがその戦場に居さえすれば、コンビネーションアーツは発動可能だ。

 HEXシステムを起動、視界に浮かぶ正六角形二つだけを結線。

 天羽奏と風鳴翼、二人っきりのコンビネーションアーツを解き放った。

 

「「 デュアルブランドッ! 」」

 

 まずは奏が槍を頭上に構え、翼がその槍の上に乗る。

 そして奏が槍を全力で振り下ろすのに合わせて、翼は全力で跳躍した。

 パワーのガングニールにより、スピードの天羽々斬が打ち出される連携攻撃だ。

 跳躍した翼は相乗強化を受けた刀を横一閃。

 続いて奏も跳び、翼の攻撃で防御・回避・命中いずれにしろ体勢が崩れた敵へと追撃の縦一閃。

 わざとタイミングをコンマ数秒ズラして当てる、そういう凶悪さ。

 伝承に謳われる『燕返し』に似た剣と槍の二連撃である。

 

(ちっ、仕留め損なった!)

 

 だがディアブロもさる者だ。

 何と初撃の翼の刀を右手の甲、続く奏の槍を左足のスネで受け流してみせたのである。

 二人はゼファーの攻撃で跳んだ後の隙にきっちり合わせ攻撃したというのに、だ。

 やはりこの技量こそが恐ろしい。

 この世界に生まれてから数千年経つ武術家が、そう容易に倒せるわけがない。

 

「行くぞゼファー!」

「はいッ!」

 

 ならば、何度でも打ち込むまで。

 翼と奏の攻撃を捌き、空中回し蹴りで少女二人をふっ飛ばした後、体勢を整えたディアブロの前に迫るのは、ナイトブレイザーと風鳴弦十郎の二人であった。

 二人は左右に並び、同時に踏み込み、ゼファーは右拳、弦十郎は左拳を引き絞る。

 『ダブル絶招』。

 当たればタンカーだって地平線の向こうまで飛んで行くんじゃないかと、そう見ていた朔也が思ってしまうような、そんな恐ろしい連携格闘攻撃であった。

 

「「 はぁッ!! 」」

 

 こんなもの、当たればゴーレムだって即機能停止は免れられない。

 そう判断したディアブロの対応は早かった。

 右足の裏に最大硬度、最大圧縮を併用した固体の炎を形成。

 その右足を、ゼファーが打った方の絶招にぶつけたのである。

 足裏の固体の炎は一瞬で粉砕され、ディアブロの右膝と右足首の関節が更なる不具合を起こしたが、その体はゼファーの絶招により後方へと吹っ飛ばされる。

 結果、ディアブロは弦十郎の絶招の方には触れることすらない。

 食らう攻撃を選ぶことで、ディアブロは自身の破壊を回避したのだ。

 

「「 ―――♪! 」」

 

 だが、終わらない。

 終わるものかと、奏と翼は歌う。

 絶招で吹っ飛ばされたディアブロの行き先には、二人の装者が先回りしていた。

 最大にまで高められたフォニックゲインが剣と槍に集約される。

 翼の青いエネルギーの飛刃、『蒼ノ一閃』。

 奏の大気を引き裂く竜巻、『LAST∞METEOR』。

 二つの攻撃が、ディアブロへと迫る。

 

「―――!」

 

 だが、止める。

 これで終わるかと、ディアブロは踏ん張る。

 左手に気体の炎を圧縮し、竜巻を防ぐ。

 右手表面に液体の炎を固着させ、親指・人差し指・中指の三本で青い刃を白刃取り。

 歴戦のゴーレムは、これだけの連携をもってしても終わらなかった。

 

『チェックメイト』

 

 されど、次手で詰みである。

 

「バニシング――」

 

 ディアブロとナイトブレイザーの視線が、その瞬間交わった。

 地上で構えるは、胸部装甲を展開したナイトブレイザー。

 翼と奏の攻撃を受けている空中のディアブロに、回避の手段などあるはずもない。

 よしんば避けられたとしても、ナイトブレイザーの背後に弦十郎の姿が見える。

 つまり、初撃のバニシングバスター+それを回避したディアブロを殴りに行く弦十郎の拳、隙の生じぬ二段構えだ。

 この瞬間、ディアブロはどうあがこうが詰んだのである。

 

「――バスターッ!!」

 

 任務失敗、とディアブロはAIの簡易人格が考えられる範囲で残念に思い、任務の達成を断念。

 胸部装甲内に格納された『テレポートジェム』を起動し、空間転移にて離脱した。

 翼、奏、ゼファーの必殺技が誰も居なくなった空間を通り過ぎ、空を切る。

 

「……あれ?」

 

 戦場の空気が弛緩し、代わりに困惑が満ちていく。

 どこ行った、と辺りを見回す彼らの耳元に、朔也の声が届いた。

 

『ディアブロの反応ロスト……そうか、リリティアの時もこうやって逃げたのか』

 

「サクヤさん?」

 

『逃げられた、ってことだよ』

 

「……うわ、これ厄介じゃないですか? こんなことを毎度されたら……」

 

『敵が圧倒的に強い上に、敵が減らないね。最悪だ』

 

 ゼファーは離れた場所で言葉を交わしている奏と翼を見て、ゴーレムの厄介な特性に頭を悩ませつつ、変身を解除。

 黒騎士の姿が消えた後には、大時計を抱え、腕が痛々しく焼け爛れたゼファーの姿が現れた。

 

「ゲンさん、これ持つのお願いします。腕が痛くて正直キツい……」

 

「ああ、構わんぞ。するってえと、これが」

 

「はい、今回確保した聖遺物です。さっきまでは完全聖遺物だったんですが……

 どうやら、今ではただの聖遺物になってしまっているようです。すみません」

 

「いや、よくやってくれた。大金星だ。」

 

 弦十郎は快活に笑い、ゼファーの頭を撫でる。

 ゼファーは心地よさげにされるがまま受け入れ、この時計の聖遺物に思いを馳せる。

 奏の心に決着を付け、完全聖遺物としての最後の力を使い果たし、いつの間にかゼファーの内的宇宙の中に逃げ込んで来ていた聖遺物。

 どうにも、完全聖遺物というものは一癖も二癖もあるもののようだ。

 

「よっしゃ、帰るぞ! 野郎どもに少女達! 今日は俺が晩飯どっか連れてってやるぞ!」

 

 まあ、今はいいかとゼファーは思う。

 今この時は、戦いに勝ったことと聖遺物を確保したことを喜び、素直に笑おう。

 それでいいじゃないかと、希望の西風は思った。

 

 勝利に相応しい、肌触りのいい風が吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどうした数日後。

 

「緒川さんが帰って来るの今日だったかしら?」

 

「今日だな、ツバサ。俺の生まれを調べる目的とか聞いてるけど……

 なんか怖いな。なんか変な事実とか出てこないよな」

 

「変なのがあったらあたしらで笑ってやるよ、あっはっはーって」

 

「奏!」

 

(ああでも、笑い飛ばしてもらえたらちょっとは楽になったりするかもしれないのか……)

 

 ゼファー、翼、奏は二課の一室にて緒川を迎えようとしていた。

 特に何かあったわけではない。

 ただ、緒川の発案でゼファーの生まれた病院などを調べてみて、年齡すらハッキリしないゼファーのことをハッキリさせてみてもいいんじゃないか、という提案があったのである。

 その裏にはゼファーの両親は本当に死んでいるのか、もし生きていたら会わせてあげたら……という一部大人の思惑があったりするのだが、それは横に置いておく。

 

「おや? 皆さんどうしました、こんなところでお揃いで」

 

「あ、おかえりなさい、シンジさん。どうでした?」

 

「そんなに多くは分かりませんでした。すみません」

 

「あ、いいんですよ。俺が生きてた場所の周辺あたりとなると、大半がもう灰でしょうし……」

 

「分かったのはゼファーさんの年齡くらいですね。生後すぐのカルテがありました」

 

 帰ってすぐ、疲れているだろうに子供達に人当たりのいい笑顔を見せてくれる緒川。

 そんな彼が申し訳なさそうにしつつした発言に、翼と奏の二人が食いついた。

 なお、二人の現在年はこうだ。

 天羽奏、高校二年生、17歳。

 風鳴翼、中学三年生、15歳。

 

「ゼファーさんは今年で16歳になるようです。

 カルテの年代からの計算なので、誕生日は分かりませんけどね」

 

「あたしより年下!?」

「私より年上!?」

 

「同い年だと思ってた……」

「同い年だと思ってた……」

 

「「ん?」」

 

 声が揃って、顔を見合わせる奏と翼。

 そんな二人には目もくれず、ゼファーと緒川は向き合っている。

 

「俺、16歳だったんですか……」

 

「こんなことしか分からなくて、申し訳ありません。

 次があれば、もっといい知らせを持って来ると約束します」

 

「いえ……十分です。ありがとうございます」

 

 ちなみに余談だが、現在クリスは14歳、響と未来は中学一年生で13歳。

 マリアは19歳、切歌は13歳、調は12歳である。

 

「それより、司令はいずこに? 少し急ぎの用があるのですが」

 

「ゲンさんですか? 今は……ほら、あのセクションを改造して作ったステージに居ますよ」

 

「ステージに?」

 

 首を傾げる緒川に、ゼファーは微笑んで告げる。

 

「今日、二課でこっそり『ツヴァイウィング結成式』をやる予定だったんですよ」

 

 

 

 

 

 天羽奏と風鳴翼、二人揃ってツヴァイウィング。

 ユニットの結成が決まったのはずいぶん前で、本当にデビューするのもまだ先だが、その前に二課でこっそり結成式をして、二人の歌を聞こうと弦十郎が提案したのである。

 まあ、それに乗じてパーティーやどんちゃん騒ぎをしようという意図は明白であったが。

 お祝いやお祭り騒ぎが好きな弦十郎らしいことだ。

 緒川が帰って来るその日に日程を調節していたのも、更に彼らしい。

 

「お、来たか、緒川」

 

「司令……いえ、気持ちは分かりますけどね……」

 

「ゲンさん、緒川さんが俺のことに関して大成果上げてくれましたよ!」

 

「なんだと! やるじゃないか慎次!」

 

「いえ、そういうわけでは……ええと、ありがとうございます」

 

 戸惑いつつも、弦十郎とゼファーの賞賛を受け止める緒川。

 誰が想像できようか。

 

 先日、ツヴァイウィングプロデュースの中核メンバーである緒川に頼み、ゼファーが設立予定のツヴァイウィングファンクラブの会員番号シリアルナンバー1のカードを入手。

 最初のファンだーとはしゃぐゼファーに、弦十郎がNo.0のカードを見せつける。

 敗北感に膝をつくゼファーに、緒川が弦十郎のカードはゼファーより後に作ったことを暴露。

 ズルじゃねーかと突っ込まれる弦十郎は微塵も揺らがず、「司令特権だ」と胸を張りNo.0のカードを見せつけ、不敵に笑う。

 ゼファーは可能性だって0より1の方がいい、と主張。

 弦十郎をたじろがせ、その後も超理論の言い合いが勃発……

 

 なんていう喧嘩が二人の間であったなどと、誰が想像できようか。

 ちなみに設立予定ファンクラブのNo.2は了子であり、3は緒川である。

 すでにファンクラブ四天王が成立しかけていた。

 

「司令、こちら防衛大臣から」

 

「む、このタイミングでか……ゼファー、俺達は少し抜けるぞ」

 

「はい、分かりました」

 

 緒川と弦十郎が部屋を出ていき、入れ替わりに奏と翼が入室する。

 奏は部屋から出て行く弦十郎の背中を見送りながら、同情に近い感情を顔に浮かべていた。

 

「うっへぇ、偉い大人は忙しそうなこった」

 

「叔父様は実際に偉いもの。大変なのよ」

 

 奏と翼は簡易なものだがステージ衣装と呼ばれるに相応しいものに着替えていて、二人の容姿の美しさも相まって、まさしく『アイドル』と言うべき艶やかな姿になっていた。

 

「二人とも、綺麗だな」

 

「えへへ、そう?」

 

「はい、ゼファーの小学生並みの感想いただきましたー」

 

 翼は照れつつ、奏は茶化して反応を返すが、表情を見れば悪い気はしていないことは明らかだ。

 そして、翼と奏はステージの上に上がり、マイクをいじり始める。

 ゼファーが不思議に思っていると、翼から声がかかった。

 

「ゼファー、その辺りの適当な椅子に座ってちょうだい」

 

「え? もう始めるのか?」

 

「いんや、この一曲をやるだけだ」

 

 奏が手の中でマイクをくるくると回し、ビシッと握ってゼファーへと向ける。

 

「あたしら二人で相談して決めたんだ。

 最初のファンも、最初にステージでの曲を聞いてもらうのも、お前がいいってな!」

 

 翼は優しく、明るく微笑んで、ゼファーへと語りかける。

 

「だって私達、友達でしょ?」

 

 ゼファーは二人から向けられる想いに、友情に、胸が熱くなる思いだった。

 言葉を尽くせば無粋になる。

 だからゼファーは、万感の思いを込めて呟く。

 

「……ありがとう、二人とも」

 

 そして、ステージ前の最前列中央の席へと座り、二人の姿をまっすぐに見据えた。

 

「聞かせてくれ」

 

 そんなゼファーの真剣さに当てられたのか、翼と奏も奮い立つ。

 二課で習ったアーティストに必要な全てを魅せながら、二人は歌を喉より放つ。

 

「それでは、結成したてのツヴァイウィング、最初に歌うナンバーは!」

 

「『逆光のフリューゲル』!」

 

 戦場の歌でもなく。

 戦いのための歌でもなく。

 誰かを傷付ける歌でもなく。

 

 目の前のファンへと向ける、ただそれだけのためにある歌を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緒川慎次の報告書を読み、土場は関心したような声を上げていた。

 

「ふむふむ」

 

 彼はめったに本心を見せない。

 けれど二課の多くの人間には信頼を寄せられている。

 それは彼が過去に信頼されるようなことをして、その時に本心を見せたということでもある。

 ゼファーにもまだ、自分の全ては見せていないということでもある。

 

「年上には勘でさん付けだったと。相変わらず人間離れしているものだ、彼は」

 

 成長した直感が無自覚の内に見抜いていた真実。

 二人の年齢差を確認し、土場は納得の声を発する。

 

「彼は年上好きだったか」

 

 ここ数日。

 ゼファーを見て、鋭い者は何人かは既に気付いていた。

 鈍い者は、まだ気付いていない。

 

「私と違って、死に別れなければいいがな。幸せになって欲しいものだ」

 

 ゼファーは鋭いところもあるが気付いていないだろうと、土場はそう思う。

 若人たちの行く末に幸あらんことを願いながら、土場は手にした報告書を元の場所に戻した。

 

 

 




 豆知識:両者ともに生存の前提だと、セレナと奏は同い年

【ライアットフェンサー】
出展:WA4
組み合わせ:ジュード&アルノー&ラクウェル
特性:超シンプル単体向け強威力攻撃

【デュアルブランド】
出展:WA4
組み合わせ:ジュード&ラクウェル
特性:超シンプル単体向け強威力攻撃

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