戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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響「響き」
翼「鳴り渡れ」
ゼファー「希望の」
クリス「音」


第二十一話:銀の騎士VS黒の騎士

 特異災害対策機動部一課には、林田という男が居る。

 特異災害対策機動部二課には、林田という女性が居る。

 二人は夫婦だ。

 前者は戦士、後者は研究者兼教師。

 この夫婦には一人娘が居て、名を林田悠里(はやしだ ゆうり)という。

 

 林田一家は、誰も彼もがこの物語の中核には関わらない。

 この世界に確かに生きていて、けれどのその存在の有無や生死が世界の運命に直接関わってこない、けれど完全に無縁でもない、唯一無二の路傍の石だ。

 大局を見る人間には踏み躙ってもいいものに見える。

 小も大も見捨てない人間には守るべきものに見える。

 林田一家は、この世界の中でそういう立ち位置をあてがわれた人間だ。

 

「よし、よし、よしっ」

 

 悠里は夜中に一人、塾帰りに陸橋の下を通っていた。

 正確には塾帰り、と言うより模試帰り。

 今日の模試に向けてひたすら勉強を頑張っていたこの少女は、頭も体もクタクタで、右に左に行ったり来たりとフラフラなご様子。

 今赤信号の横断歩道を目にしてしまえば、迷わず渡ってしまうだろう。

 

 いつもの彼女なら、この陸橋の下を通る時に"上を通る車の音が、落ちてきそうで怖い"といつものように思っていただろう。

 いつも怖がっていたその車の音が聞こえないことに、違和感だって感じていただろう。

 遠くからかすかに聞こえる警報の音にだって反応できたはずだ。

 けれど彼女は生来のぼうっとした性格も相まって、ふらっと陸橋の下をくぐろうとしてしまう。

 そして、そのタイミングで陸橋は崩壊した。

 

「……え?」

 

 たっぷり数秒、悠里は何が起こったかを理解できなかった。

 上を見上げて、落ちてくる陸橋、それに混じるノイズの姿を視界に収める。

 この辺りにノイズ出現の警報を鳴らす設備がなかったこと、悠里が疲れ果てて周囲への注意が散漫になっていたこと、陸橋の上で大暴れしたノイズが戦いの余波で陸橋を破壊したこと。

 全てが、ひと塊の殺意となって悠里へと向かって落ちた。

 

「やだ、助け―――」

 

 助けを求める少女の声。

 救いを求める無力な声。

 それが生きたいという祈りであるならば、『彼』は必ず聞き届ける。

 

「―――!」

 

 25tトラックが乗っても壊れないような陸橋が、ノイズの一撃で崩れ落ちる。

 その陸橋の破片とノイズが入り混じって落ちる無骨な雨に、夜空を切り裂く赤き焔が飛び込んでいく。そして、闇夜に混じる黒騎士が、少女と瓦礫の間に飛び込んだ。

 息を呑む少女の目の前で、『ナイトブレイザー』は宙を駆ける。

 

 大きな瓦礫を飛び蹴りで蹴っ飛ばし、その反動で跳び反対側にあった瓦礫を蹴っ飛ばし、その反動で跳びすれ違いざまに手刀でノイズを両断していく。

 跳び、跳び、跳び。蹴り、蹴り、蹴り。

 陸橋の下の広い空間だった場所で、瓦礫とノイズを外に蹴っ飛ばすのと、それらを足場にしてジャンプをするのとを同時にこなす。

 まるで無重力下の密室で壁に向かって打ち出されたスーパーボールのように、ナイトブレイザーは縦横無尽に跳び回る。

 

 そうして大きなノイズと大きな瓦礫をあらかた離れた場所に蹴り飛ばした後に、騎士は着地。

 右手を掲げ、パチンと指を鳴らす。

 すると、彼の肉体の一動作に連動して焔が小さな瓦礫と小さなノイズを全て飲み込んでいく。

 上方を全て覆うその焔は、まるで焔の天幕だった。

 それが放つ紅い輝きにほんのりと照らされる黒騎士の姿に、少女は見惚れる。

 

「……あ……」

 

 騎士と少女の目が合って、騎士は少女の安全を確認した後、どこぞへと飛び去っていく。

 後には少女と絢爛な焔だけが残されて、夜に蔓延る怪物達はもう少女に近寄ることすらない。

 焔の熱で、少女の頬が少々火照る。

 少女の熱に浮かされたようなその表情が、夜の漆黒にやたらと映えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話:銀の騎士VS黒の騎士

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は春。

 突然であるが言っておこう。

 今現在、特異災害対策機動部二課は、全滅寸前の状態にある。

 

『あー、あー、こちら櫻井了子。うん、こほん。これは録画です。

 この映像をあなた達が見ている時、私達は既にこの世に居ないでしょう』

 

「のっけからボケないでくださいよ」

 

『ゼファー君がツッコんだと思うので、ここからは現状の説明に入りまーす』

 

「会話の先読み……流石了子さん……」

 

 ゼファーと翼は、リディアンの用務員室にて昼休みに了子から送られてきた動画を見ていた。

 リディアン高等科に入学したての翼は学生服、ゼファーは私服。

 二人は突然申し付けられた二課への立入制限に戸惑いつつ、了子による説明を二人一緒に確認しようと、ここで携帯電話にて動画を見ているのだ。

 

『まあ、ちょっとは聞いてるかもしれないけど。

 ただいま二課はインフルエンザでほぼ全員アウトの全滅状態です。

 無事なのは緒川君だけ。今ノイズが出たら大変ねー』

 

「何故他人事のように……」

 

 インフルエンザ。二課本部が生活圏含む地下の密室という時点でお察しである。

 今の季節は立夏を過ぎた五月。この時期の数少ないインフルエンザウイルスを拾ってくるとは、なんとも間の悪い職員も居たものだ。

 

「でも、インフルエンザが怖いっていうのは知ってるけど、そこまで大変なものだったかしら」

 

 一日か、二日か。

 難攻不落の二課の牙城は、そんな短期間で壊滅状態に陥っていた。

 だが、ただのインフルエンザがそこまで凶悪な特性を持つものなのだろうか?

 絶対にないとは言いがたいが、翼がうっすらと違和感を抱くくらいには、今二課を襲撃しているインフルエンザウイルスはあまりに強力過ぎた。

 

『ところで、ウイルスがどう増えるかご存知かしら。

 ウイルスはね、細胞に寄生して細胞を利用して増えるの。インフルエンザの場合は人の細胞ね。

 細胞に卵を産ませて、その卵から生まれてくるイメージを思い浮かべればいいわ』

 

「ふむふむ」

 

『そこで今回、ウイルスを連れて来た元凶、一番最初に発症した人の部屋を見てみましょう』

 

「?」

「?」

 

 いまいち了子の発言の流れの意図が読めないまま、ゼファーと翼は画面を注視する。

 すると画面が切り替わり、部屋の中でシャドーボクシングのような挙動で鍛錬を重ねる、風鳴弦十郎の姿が映し出された。

 一見平気そうに見える。

 しかし画面がサーモグラフィーのそれに切り替わると、画面にその体温が表示された。

 

「「 体温42℃!? 」」

 

 少年少女吃驚仰天。

 何故この体温で顔が赤くなってすらいないのだろうか。

 

『まあつまり、今二課を襲ってるのは弦十郎君の細胞から生まれたウイルスです。

 しかも当の本人はウイルスごときじゃ体調を崩しもしない。やんなっちゃうわね』

 

 今回の事件の元凶は、つまりこの人である。

 

『弦十郎君の細胞から生まれたインフルエンザ。"弦十郎エンザ"とでも呼ぼうかしらこれ』

 

「バイオハザード級のシロモノじゃないですか!」

 

『このウイルスを外に出すわけにはいかないからね。これが二課立入制限の理由よ』

 

 その結果、現在二課で動ける人間はゼファー・翼・奏・緒川の四名のみ。

 教職を八年近くやらせているリディアン職員達も居るが戦力外。

 ちょっと笑えないレベルで戦力が激減しているのであった。

 

『司令部は今、緒川君が一人で何とか切り盛りしてくれているわ。

 二課に入らないといけない時は、防護服を来て入り口の消毒フェーズを二回こなすこと。

 インフルエンザをどうにかしようと、独断行動をとらないこと。

 ワクチンは私がどうにか作って全員に摂取させるから心配は要らないわ。

 自覚症状がないだけで、この映像を撮った次の日には私も大変なことになってるでしょうけど。

 今、シンフォギア装者やナイトブレイザーまで動けなくなったら最悪だもの』

 

「はい……はい、了解しました」

 

『それとゼファー君の方には有事のマニュアルをテキストファイルで送っておいたから。

 何かあった場合、奏ちゃんと翼ちゃんの行動をちゃんと手綱取ってちょうだいね。

 他にも色々頼むけど、まず真っ先にして欲しいのは……

 言うまでもなく、来年から二課で予防接種必須にするための予算申請書類の作成と提出よ』

 

「はい!」

 

 ゼファーは話を聞きつつ、メモを取りつつ、映像を見る。

 今回の一件で一番仕事が増えたのは間違いなく緒川慎次だろう。

 平常時よりいくらか仕事の量は減らしているのだろうが、それでも二課の全職務が緒川に託された形だ。並みの人間では過労死待ったなしだろう。

 そんな緒川の職務から漏れたいくつかの仕事をゼファーが担当し、なんとか二課を回す形。

 なんとも不安になる組織体制だ。

 一刻も早くなんとかしてもらいたいところである。

 

(シンジさん、大丈夫かな……)

 

 ゼファーは心配しつつ、数日前に会った時の、少し疲れ気味だった緒川の姿を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えばの話だ。

 アイドルのプロデュースに関わりマネージャーをやれ、と言う。

 緒川慎次は笑顔で受けて、そつなく完璧にこなすだろう。

 金と物の流通を見張って目標の怪しい点を見つけ出せ、と言う。

 緒川慎次は颯爽と向かい、短期間で結果を出せるだろう。

 国の大臣などの要人を護衛し敵対する者達を排除しろ、と言う。

 緒川慎次は忍術を巧みに操り、最高の結末を成すだろう。

 

 彼はかなりの万能屋だ。

 困れば彼を頼ればだいたい何とかしてくれるし、人がいいからか都合が合う限り頼み事は断らないし、人格者であるために子供にも大人にも頼りにされている。

 それでいて、並大抵の不調は顔に出さない鉄の男でもあるのである。

 

 そんな彼が一目で『疲れている』と分かるような顔をしているのは、とても珍しかった。

 

「シンジさん、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですよ。心配をかけてすみません、ゼファーさん」

 

 その日、訓練室には二人の姿があった。

 緒川とゼファー。技を教える者と習う者。

 ゼファーは床に敷かれた濡れた和紙の前で振り返り、目元を揉んでいる緒川の表情を珍しそうに見た後、緒川に促されて目の前の紙に集中。

 そして、走り出した。

 忍術・水上走りを修得するための一過程、"水に濡れた和紙を破らずその上を走る修行"である。

 

「……中々上手く行きませんね」

 

「最初はそんなものですよ」

 

 だが、中々上手く行っていないようだ。

 ゼファーが走った後には、和紙を踏み破いた彼の足跡がしっかり残ってしまっている。

 そも、水上走りとは水の表面張力を最大限まで活用して水上を走る秘奥義だ。

 水面(みなも)に波紋すら立てずに走る、それが理想の形なのである。

 水に濡れた和紙の上を走って破いてしまうようでは、完成には程遠い。

 

 こういった基礎の部分がしっかりできていなければ、プールのような止まった水面は走れても、流水の上を走ることはできない。

 急ぎの時、水面を荒らしつつも全力疾走、といったこともできない。

 静かに、速く、水面の張力を足裏で優しく掴むように走る。

 一朝一夕で習得できるような、生易しい技術ではないようだ。

 

「……」

 

 緒川慎次は、疲れた頭で少し考え込む。

 こうして見ると、やはりゼファーは土壇場での爆発力はあるものの、他の才能のある人間と比べると平時の鍛錬の伸びが悪い。

 ゼファーと同時に学び始めた翼は、一年近く前に教えられた忍術をマスターしている。

 奏も生来の強さに技術を上乗せし、今やシンフォギアチーム最強のリーダーとなっていた。

 的確に自らを鍛え上げて強くなっていく翼や、翼と同等の鍛錬成長速度とゼファーと同等の爆発力を持つ奏に彼を並ばせるには、一工夫が必要だと緒川は考えた。

 

「期限を区切ってみましょうか。

 ゼファーさんは翼さんとは違いますから、この忍術修得には違う方法を試してみましょう」

 

「期限?」

 

「僕が見る限り、ゼファーさんは極端に本番に強いタイプです。

 普段の鍛錬では伸び悩みますが、窮地にて見せる爆発力に鍛錬が乗るタイプかと」

 

 そこで彼が考えたのは、追い込まれた時に限界を超えるゼファーの性質を活かした、擬似的にゼファーを追い込む修行法である。

 

「つまり『この日までに絶対に仕上げる』と追い込むんです。

 ゼファーさんも期日を意識すれば、ピンチの時のように限界の壁を超えられるかもしれません」

 

「なるほど……」

 

 できるかできないかで言えば、できる可能性の方が高いと緒川は睨んでいた。

 ゼファーの水上走りの習得率は、100を習得と仮定すればおそらく90程度。

 追い込んで練度を積み上げ、身体能力が伸びるナイトブレイザー化などが噛み合えば……越えられない壁ではないと、彼はそう思った。

 

「見たところ、あなたの水上走りも完成まであと一歩です。

 もう二年も打ち込んでいるわけですから。重ねた鍛錬は嘘を付きませんよ」

 

「シンジさん……」

 

「期限は10日。頑張ってください」

 

 ゼファーはその時、期限の短さに驚き、されど緒川がそう言ったということはその期間でも完成できる見込みがあると信じ、反対はせず。

 それらの感情以上に、表情に疲労を色濃く見せる緒川の状態が、無性に心配だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれから数日。期限ももう一週間を切ってる)

 

 ゼファーは己の意識を、記憶の想起から現実へと引き戻す。

 携帯が映していた映像は終わり際の了子の無駄話が終わり、ようやく終了した様子。

 彼の隣では翼が責任感に溢れた表情で気を引き締めていた。

 

 了子から一ヶ月後に迫った大臣と弦十郎の会談の打ち合わせの一時的窓口になることを頼まれ、絵倉がダウンしたことで動かなくなった二課の食堂の管理を頼まれ、無菌状態で手入れしないといけない研究サンプルの手入れを頼まれ……ゼファーもともかく仕事が多かった。

 が、それを理由に他のことをないがしろにはしない。

 そういう自分を許せないのが、ゼファーという少年である。

 自分に出来る範囲なら、頑張ろうと彼は決意した。

 できれば水上走りも期間内に完璧に完成させたものを見せて、少しでも緒川の精神的な疲れを吹き飛ばしてあげられないかと、そう思ってすらいる。

 

「ツバサ、とりあえず今夜は風鳴家に三人で泊まろう。

 三人の内一人は常に起きてるようにしておけば、万が一の場合も大丈夫だ」

 

「そうね」

 

 まずゼファーは、二課の仮設支部として風鳴家を使うことを決めた。

 二課本部と風鳴家は独自の直通回線によって繋がっている。

 ゼファー・奏・翼の三人で泊まり込み交互に一人は起きているようにすれば、無理なくノイズの出現などの事件に対応することができるだろう。

 簡単な打ち合わせを終えた後、翼は教室に戻り、ゼファーは仕事に戻ろうと足を動かした。

 

「まずは終わらせられることから終わらせよう。休んでる時間もそうない」

 

 ゼファーは指先でトントンとこめかみを叩き、今朝用務員室前の要望ボックスを開けた時、そこに入れられていた紙の生徒の要望を思い出す。

 その1、「虫柱がひどいので火炎放射器で燃やして欲しい」。

 これが一番多かったが、あいにくゼファーは生身の素手では炎を扱えない。

 その2、「スズメバチの巣をどうにかしてください」。

 ちなみに学校の片隅にて人知れず現在進行形で燃えている何かがそれだ。

 その3、「毛虫こわい」。

 三連で虫。何故か今回のボックスオープンは、やたらと虫が多かった。

 

 女子校らしいような、らしくないような。

 まあ同年代の男に対する要望としては、ある程度妥当なのかもしれない。

 ゼファーはとりあえずの毛虫対策として、雑草刈り・木々の剪定・予防薬の散布をしようと道具と薬を持って外に出た。

 彼はこうして、リディアン生徒に頼まれれば大抵のことは実現しようとしている。

 達成率はだいたい七割。

 何でも請け負っているせいか、微妙に低い達成率であった。

 

「お、いたいた」

 

 そんな仕事に邁進する彼の背後からかかる声。

 

「よう、リディアンの何でも屋。ちょいと相談聞いてくれないか?」

 

「カナデさん? どうぞどうぞ」

 

 用務員室を出てすぐだったゼファーは、道具を片付けながら奏を部屋の中に招く。

 奏の後ろに立っていた、幸薄そうで可憐な少女も一緒に。

 

「悪いな。ちと面倒事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は少し遡る。

 林田悠里は、ぷんすか怒っていた。

 父に対して収まらぬ怒りがあった。

 「私がどのくらい怒っているか思い知らせてあげるんです」とばかりに怒っていた。

 

 原因は単純明快。

 特異災害対策機動部一課で頼れる上司投票三年連続No.1の林田さんは、娘に「次の模試で○位を取ったら遊園地に連れて行ってやる」と約束し、すっかり忘れていたのでした。

 かつ、娘の悠里の誕生日の日に父が仕事で帰って来れないということが発覚。

 娘はすっかりやさぐれてしまったのである。

 

 とはいえ、この娘さん。教育のせいか育ちのせいか、妙に純粋無垢な子供であった。

 父に思い知らせてやる、となってまず家出という発想が出て来ない。

 万引きなどの犯罪で迷惑をかけようなどともっての外。

 学校にもちゃんと来ているし、家で父に嫌がらせ等をするわけでもなく、無視するのみ。

 その無視にすら罪悪感を感じている始末。

 

 だが思い知らせてやりたいという気持ちだけは本物で、けれどその気持ちと生来のいい子ちゃんな性格が笑えるくらいに噛み合っておらず、右往左往していた。

 

「おーうユウリィ、どした?」

 

「天羽さん?」

 

「シケたツラしてんな。貯金奪われたリーグ最下位の球団のファンみたいな顔してんぜ」

 

(何故この人の例えは時々おっさん臭くなるんだろう……)

 

 そんな悠里を愛称で呼びつつ、肩を叩いて来たのは彼女のクラスメイトの少女であった。

 天羽奏。この学校でが、誰であってもその名を忘れられるわけがない。

 それほどにこの少女の存在は鮮烈で、猛烈で、激烈だったから。

 

 天羽奏は、リディアン高等科に来てすぐの頃は、怖いイメージが先行し周りに誰も近寄ってはいかなかった。

 だが徐々に、徐々にその態度は柔らかくなっていき、次第に奏の周囲に人が集まっていく。

 二年生になる頃には、学年一の有名人になっていた。

 三年生になる頃には、学校一の有名人になっていた。

 無論、いい意味で、だ。

 

 更にリディアン高等科は今年から、総合音楽教育コースとタレントコースへと分かれていた。

 新たに作られたタレントコースは取り繕ってはいるが、表向き「有望な人間の支援を目的としたコース」といったものに近く、そこに所属するだけでエリートと言って差し支えないものだった。

 音楽家の抜擢というよりは歌手やアイドルの抜擢のためのコース、アーティストデビューのためのコース、というのが生徒達の間での評判である。

 良くも悪くも、タレントコースというものは生徒達の注目の的だったのである。

 

 だが、天羽奏はこの世全ての人間の予想をぶっちぎった結果を残した。

 風鳴翼という相棒を引き連れて、デビュー後の初シングルでオリコン一位をかっさらったのだ。

 それもダントツ、と頭に付く数字を叩き出しながら。

 

 その後の世間の騒ぎ、ニュースの取り上げられっぷりは語るべくもないだろう。

 期待の新星。超大型新人。リディアンの希望の星。

 学年一の有名人は学校一の有名人となり、今では(少なくともあと一週間くらいは)音楽界一の有名人となっていたのであった。とんでもない。

 

(……天羽さんと話したのも、久しぶりだな)

 

 そんな奏と悠里の関係は、仲がいいようでそうでもないようで、といった微妙な位置。

 普段遊ぶ友達グループで一緒になったことはない。

 一年生の時にクラスが同じで、二年生の時は別で、三年生現在でまた同じクラスに。

 席替えで隣になったこともあるし、携帯電話の充電器を貸し借りしたことも一度ある。

 が、学校外で一緒に遊んだことは一度もない。

 そういう距離感であった。

 

 それでいて、悠里の中には一躍時の人になった奏へのリスペクトがある。

 この手の"雲の上の人に対する尊敬"が"クラスメイトへの友情"を上回っているという状況が、現在の奏への周囲からの反応を如実に示していると言っていい。

 だが。

 

「なんか悩んでるのか? あたしでよかったら相談乗るぜ」

 

 それを分かった上で、クラスメイトの悩みを聞いて解決のために動こうと、そう思えるのが天羽奏という人間だった。

 ニカッと笑う笑顔が眩しい。

 そして悠里は、比較的ちょろい人間だった。

 

「天羽さん……!」

 

「さあどーんとこいどーんと!

 解決できる保証は渡せないが、解決するまで付き合ってやるって約束はやるぞ!」

 

「天羽さん!」

 

 悠里は全てをぶちまける。

 奏はそれを聞いた途端、即座にその冷静で的確な判断力を発揮した。

 すなわち、「あたし一人じゃ無理だな」と瞬時に判断しての速攻友人頼りである。

 

 

 

 

 

 そうして悠里は奏に引き連れられ、用務員室にてゼファーと引き会わせられたのだった。

 悠里もゼファー・ウィンチェスターのことはよく知っている。

 「リディアンの国際感あるよな」と話題の外国人の用務員、それも生徒と同年代なんじゃないかという疑惑ありで、ちょっと変わった性格の少年だ。

 俗に言う"生徒に友達的に慕われる教師"に近い親しまれ方をされ、頼めば大抵のことは断らずに頑張る少年の姿は、生徒達に概ね好感を抱かれているのであった。

 

 二年生が教科書忘れた、と泣きついてくれば三年生の生徒に片っ端から持ってないかと聞いて回って、倉庫を漁ってどうにかする、そのくらいはやる。

 そんな日々をゼファーは二年間、続けてきた。

 教師達と生徒達から得た信は重ねた年月に相応のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 悠里も彼の世話になったことがあった。

 まあ学園祭の時に一度だけ力仕事を手伝ってもらった、程度のことだが。

 

「林田さん、だったかな。こうして話すのは二度目になるか」

 

「は、はい」

 

 用務員室でゼファーは冷えた麦茶を二人に出し、悠里に話しかける。

 一気飲みしておかわりを要求した奏とは対照的に、悠里はおずおずとコップに手を出しちびちびと飲んでいた。

 

「それでカナデさんと林田さんは何故ここに?」

 

「お悩み相談ってやつさ。ユウリィ、こいつに話してみ? 頼りになるのは保証するよ」

 

「それで、私をここに?」

 

「そういうこった」

 

 奏の勧めに悠里は少しだけ迷っていたようだったが、やがてゼファーにも事情を話し始めた。

 ゼファーも最初は真剣に聞いていたものの、次第に表情を変えていく。

 悠里の「父に思い知らせてやりたい」は、悠里の父親とは戦場で、悠里の母親とは学校で力を合わせることが多いゼファーにとっては、ほんのちょっとだけ鼻白むものだったからだ。

 緊急性がなく、危険性がなく、深刻さの欠片もない思春期特有のありきたりな悩み。

 されど当人にとっては、極めて真剣に相談している、そんな悩み。

 

 奏の目が言っている。

 「くっだらない理由で悩んでるこいつをどうすりゃいいんだ?」と。

 ゼファーは目で返答する。

 「悩みにくだらない、くだらなくないもない。その人がどれだけ深く悩んでいるかが大事」と。

 彼も彼女も悠里に何を言えばいいのか頭を捻っていたが、そこで口を開いた悠里がポツリと呟いたその一言に、思考を持って行かれてしまう。

 

「あのナイトブレイザーみたいな勇気と決断力が、私にもあればいいのにな……」

 

「「 ぶっ 」」

 

「? あの、私何か変なコト言いました?」

 

「ああいや、ちょっとあたしらの内輪ネタと思い出し笑いさ。気にしないでくれ」

「そうそう」

 

「そうでしたか」

 

 嘘はついていない。

 二人が吹き出したのは、間違いなく内輪にしか通じない吹き出すネタだ。

 

「いや、俺が思うにさ。ナイトブレイザーだってそんなに立派なもんじゃ……」

 

「そうでしょうか? 私の友達は、みんなすっごく褒めてましたよ?」

 

「あー、うん、そうかもしれないけど」

 

「あのノイズに立ち向かう、すごい勇気が。

 迷わず人を助けるために動ける決断力が。

 弱さも迷いもない、生まれたその時からヒーローな人はああなんだって、そう……

 そう思ったんです。えっと、その、私気弱な自分が嫌いで……憧れたんです、あの姿に」

 

 誰だって他人に褒められれば、確かに悪い気はしないだろう。

 だがその"実像とかけ離れた独り歩きしている虚像"が褒められているのを実感すると、ひどい居心地の悪さ、途方もない違和感、言葉に出来ない気持ち悪さがやがて浮かび上がってくる。

 まだ、『ナイトブレイザーという虚像』は独り歩きを始めてはいない。

 ゆえにゼファーは、まだ褒められた嬉しさに言葉に出来ない違和感を感じている程度だ。

 決定的な破綻は、まだ影も形も見えてはいない。

 

「とりあえず明日までに俺の方で何か考えてみるよ。また明日な、林田さん」

 

「ありがとうございます。では、また明日」

 

 昼休みももう終わる。

 ゼファーは奏と悠里との話を切り上げ、丁寧な口調からまだまだ気を許していない悠里の心情を察し、彼女からの心象が少し悪くなったかもしれない、と直感でうっすら感じ取る。

 悠里はナイトブレイザーを"勇気ある者の理想の姿"と定義しているようだ。

 だから婉曲的であっても、ナイトブレイザーを大したものではないと言ったゼファーに対し、あまりいい感情を抱いていないようなのだ。

 

 さしずめ、ナイトブレイザーを賞賛しねえゼファー絶対許さねえ! といったところだろうか。

 実際はもっとずっと軽い感情ではあるのだが。

 そんなん言えるわけねえ、と彼女に言えるわけねえ、というのが困りもの。

 

「お前、なんか最近虚像と実像がかけ離れてきてないか?」

 

「俺もそう思うけど……まあ、気にしてもしょうがないかなあと」

 

 奏が胡乱げな目つきでゼファーを見ると、彼自身も戸惑っているようだ。

 まあ緊急性のある問題でないのなら、今は考えるべきことではないのだろう。

 

「ところで俺にこの問題振ったのは……」

 

「お前がこういうの得意そうだから。

 あと、お前ユウリィの親の両方に地味に気に入られてるから、どうにかできんじゃね? って」

 

「期待が重い……!」

 

「あっはっは。頑張れナイト、頑張らナイト。なあ、憧れのナイトブレイザー様?」

 

 そう言って、奏はゼファーの肩を軽く叩く。

 彼女が今日までいつもそうしていたのと同じようなボディタッチ。

 それが何故かやたらと気恥ずかしくて、照れくさくて、ゼファーは軽くその手を振り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ゼファーが人間関係の問題で悩んだ時はどうするか。

 一番多いパターンは、身近な大人に相談することである。

 が。今現在、二課で弦十郎エンザにかかっていないのは、殺菌消毒された二課司令部に引きこもって二課を何とか機能させている、緒川慎次ただ一人である。

 そんな状況でも、ゼファーの定期連絡ついでに相談に乗ってあげる緒川の性格は、ゼファーが見習いたいと思う人格者な大人のそれであった。

 

『僕も子供の頃、そういうことがありましたね。

 指定された課題を指定された期間にできたなら、欲しかったラジオを買ってくれると……

 父とそう約束をして、頑張って、けれど最終的にははぐらかされて有耶無耶にされて。

 そういう悔しい思いをしたことのある大人は、少なくないと思いますよ』

 

「シンジさんが!? あ、すみません、悪い意味で言ったわけじゃないんですけど……

 ただ、てっきりシンジさんは子供の頃から人格者で聞き分けのいい良い子だったものだと……」

 

『いえいえ、僕なんてまだまだです。

 歳を重ねて分別がついて、取り繕うのが上手くなっただけですよ。

 恥ずかしいことに、そのことについてはいまだに酒の席で父に対して言及するくらいですから』

 

「へえ……なんか、いいですね。そういう親子って」

 

『父として尊敬しています。子として親を愛してもいます。

 ですがそれとこれとは別問題だと、僕は思いますよ。忘れないことも多いです。

 どんなにくだらなく見えても、くだらないと断じるべきではないと思います。

 小さくとも"子が親に裏切られたショック"であるということに、変わりはありませんから』

 

 緒川慎次は自分の幼少期の体験も混じえ、ゼファーに懇切丁寧にアドバイスを重ねていく。

 奇妙な話だが、NINJAである緒川の方がゼファーよりもずっと、"普通の家庭環境と親子関係"というものに対してよく理解していた。

 こういうコモンセンスへの理解もまた、一人前の大人に必要な物なのだろうか。

 

『やはり、林田さん達を話し合わせることです。親が子に謝るのが一番でしょうね』

 

「ありがとうございます、シンジさん。参考にしてみます」

 

『頑張ってください。月並みな言葉ですが、上手く行くことを祈っています』

 

 ゼファーは緒川との通話を切り、目の前の川を見つめる。

 季節は五月だ。まだ水泳には早い時期である。

 が、ゼファーの肉体は聖遺物のパワーのおかげで風邪なんて引くわけもないし、弦十郎エンザにかかってもまず体調不良は発生しない。

 気を付けるべきことはせいぜい、了子が「自動再生するゼファーエンザが生まれないように細心の注意を……」と言っていたことくらいだ。

 そしてゼファーが水辺に立っているということは、その目的は一つしかない。

 どんなに忙しかろうと、ゼファーが自分に課せられた課題を放置するわけがないのである。

 

「さて、修行だッ!」

 

 そして彼は川に一歩を踏み出し、盛大に水底に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 後々、響を引き連れてゼファーと川辺で合流した未来さんは開幕一言。

 

「バカなんじゃないの?」

 

「心配かけて悪い。だけど、あともう少しなんだ。もう少しで俺も……」

 

「あのね。私がバカだって言ってるのは、そうじゃないの。

 風邪引くかもって私達に心配させて、心配かけちゃったなーって罪悪感抱いて。

 それで申し訳ないって顔してるゼっくんのことだよ? 分かる?」

 

「……う」

 

「まーまー未来もその辺で。ゼっくんがすごい顔してますからその辺でよしなにー」

 

 こうして言ってくれる未来が居るから、心の根本の部分が一線を越えないゼファー。

 何度言っても越えちゃいけない一線から離れない彼に根気強く説き続ける未来。

 話が行き過ぎそうになったら朗らかに笑って仲裁する響。

 なんだかんだこの三人は、今日も元気に平和にやっていた。

 

「ところでゼっくん、今日の未来さんに何か気付きませんかい?」

 

「髪がいつもより綺麗に切れてるのと、新しいヘアピン付けてることか?」

 

「おお! すごい! 私は言われるまで気付かなかったのに」

 

「……もう」

 

 美容院に行って来たこと、新しいヘアピンを買ったことにちゃんと気付いてもらえたことで、未来の機嫌が少し戻る。

 ゼファーは響のナイスなフォローに感謝し、またお菓子を買ってあげようと思うのだった。

 

「いやー、未来は私よりずっと女の子って感じだよねー」

 

「そう言うヒビキのその髪はまたシャンプーとボディソープ間違えたな。何度目だお前」

 

「ほえっ!? そ、そこは気付いてても言わぬが花じゃないかな!」

 

「二人とも、本当にもう……」

 

 が、それとこれとは話が別とばかりに響にも言及。

 あわあわしつつ響はクセが出やすい癖っ毛な自分の髪を慌てて抑え、未来はゼファーと響の両方に向けて溜め息を吐き、手を額に当てる。

 

 例えばの話。

 女性の髪飾りを褒めるということ。

 それはきっと、その女性の綺麗になる努力を認めることだ。

 髪が綺麗だねと褒めるということ。

 それはきっと、その人の生まれ持った容姿の良さを褒めることだ。

 髪を切ったねと言うこと。

 それはきっと、自分がその人のことをちゃんと見ていると、その人に伝えることだ。

 

 が、その辺が分からない人はそもそも気付かないし言及しない。

 なにせ面倒くさいのだ。

 服装にしろ髪にしろ、そういう部分に他人が遣っている気を察するのは、非っっっっ常にめんどうくさい。やれるのにやらない人すらいる。

 そういう言動を選べるということが、好かれる人間とそうじゃない人間の差なのだろう。

 ……まあ、今の響とゼファーのやりとりとその後の未来の溜め息を見れば分かるように、それはデリカシーの有無や異性に好かれることとは完全に無関係であるのだが。

 

「ってか川落ちしてくっさい今のゼっくんに言われたくない!」

 

「痛いとこ突いて来るなヒビキ!」

 

 彼の水上走りは未だに完成からは程遠い場所にあるようだ。

 ゼファーに繋がれた命綱を握った響の言葉の反撃は、何度やっても成功せず、川底のヘドロまみれなゼファーに痛烈に突き刺さった。

 まあなんだかんだで喧嘩になりさえもしないので、響に命綱を握ってもらいつつ、ゼファーはまたしても川に一歩を踏み出していく。

 そして、水落ちを繰り返すのだった。

 

「また落ちたー!?」

 

 ただ修行しているだけで面白い見世物になっている、そんな万国びっくりショー人間なゼファーだが、何度も川に飛び込んでは流されていく今日の修行はいつにもましてシュールだ。

 それにだ、覚えているだろうか?

 ゼファーは泳げないのである。

 飛び込み、流され、毎度響と未来にオーエスオーエスと引き上げられているのだ。

 既にシュールを通り越して、お笑い芸人の一発ネタの域にまで達しようとしている。

 

「……ぜー、ぜー、ぜー……せめて、俺も泳げれば……」

 

「それは夏になったら、私と響で教えてあげられるとして……

 ゼっくんはあの忍者さんみたいに水の上を走りたいの?」

 

「ああ。ありがとな、未来、響。二人が手伝ってくれてるおかげで、結構順調だ」

 

「順調ってなんだっけ?」

 

 ゼファーの結構順調発言に首を傾げる響をよそに、未来は記憶の海を探りだす。

 未来がその生涯において、水の上を走る人間を見たのはただ一度だけ。

 響が溺れ、ゼファーと出会った、あの日の一度だけだ。

 

(……あれ?)

 

 そこで未来は、自分の記憶の中の忍者と目の前のゼファーとの食い違いに気が付いた。

 走り方が違う。

 厳密に言えば、腕の振り方が違った。

 

「ね、ゼっくん。腕と足の振り方が違うんじゃない?」

 

「え?」

 

「あの時の忍者さんは、左右の腕と足を一緒に出してたような気がする……たぶんだけど」

 

「……そういえば」

 

 言われてみれば、とゼファーは自分の"思い込み"に気付いた。

 水の上を走るために使うのは、当然足だ。

 だが、ゼファーはその意識が強すぎた。

 水の上を走る際に、足の動きにだけ注意を払いすぎていたのだ。

 全身の力を乗せる拳の絶招然り、最上位の技術というものはその多くが全身の力を余すことなく利用するものである。

 

 緒川は右足を前に出す時に右腕を前に出し、左足を前に出す時に左腕を前に出していた。

 気付いてみれば簡単だが、足の動きだけを研鑽していたゼファーが一人で気付けたかといえば、かなり怪しいところだっただろう。

 緒川はゼファーが他人に指摘されることを期待していたのか、あるいは自分でその答えに至ることを期待していたのか。どちらにせよ、自分で教える気はなかったに違いない。

 なんにせよ、ゼファーはこれで技の完成にまた一歩近づいたということだ。

 

「ありがとな、ミク。なんというか……完成形が見えてきた」

 

「そうなの? よかった、私も友達が水落ちするのを何度も見ていたくないもの」

 

「はっきり言うなぁ」

 

 苦笑しつつ、ゼファーは今度こそ、と膝を曲げて川へと向き合う。

 

「行っけーゼっくん!」

 

「おう、見てろよヒビキ!」

 

 そして走り出そうとして、鳴り出したゼファーの携帯に足を止められた。

 

「!」

 

 その音は、メールの音でも着信の音でもない。

 二課司令部からの緊急連絡用ラインが繋がった時に鳴る、緊急事態を知らせる音だった。

 ノイズではない。ゼファーの勘には引っかかっていない。

 つまりはもっと別の何かが、緊急事態を産み出す何かが、迫って来ているということ。

 

「ミク、ヒビキを連れて避難所に向かってくれ。

 ここからだと……中学校側のノイズ用のシェルターが近いか」

 

「え? どうしたの急に」

 

「緊急事態だ。ヒビキ、ミクを頼む。守ってやってくれ」

 

「う、うん。何かあったの?」

 

「これから何かあるかもしれない、ってことだ。また後でな、二人とも!」

 

 ゼファーは二人に避難するよう指示し、走り出す。

 川の臭い水と臭いヘドロを洗い流す暇もなく、ゼファーは携帯端末とインカムを繋ぎ、いつものようにインカムを付け通信を繋いだ。

 

「こちらゼファーです。緒川さん、一体何が……」

 

『東北地方上空で未確認飛行物体の存在が確認されました。

 未確認飛行物体は海より突如出現し、東京に向かって一直線に飛んで来ています!』

 

「!」

 

 海より飛び出し、自衛隊のスクランブルも間に合わない速度で東京に向かってきている飛行物体ともなれば、それはこの時代の技術によってなされたものではあるまい。

 潜水艦が弾道ミサイルを発射した、などの場合ならば、緒川はそう言っているはずだ。

 

『急いでください! 観測所からのデータによればあと数秒で都内上空に侵入されます!』

 

「!? 速すぎませんか!?」

 

『接近してくる未確認飛行物体の速度はマッハ30!

 秒速10km以上、時速3万km以上です!

 それでいて衝撃波の類は一切発生していません。こんなことができるのは……』

 

「……ゴーレムか、その類ッ!!」

 

 あまりにも速いその速度。

 おそらくは速度を売りにしたそのゴーレムに対し、ゼファーは両の手で拳と掌を作る。

 そして打ち付け、変身した。

 

「アクセスッ!」

 

 服でも肉体でもない川の水とヘドロが内的宇宙と外的宇宙の境界線により濾し取られ、一瞬で現れたネガティブフレアによって蒸発。

 僅かに残った煤は黒い体表へと付着し、黒騎士を更に黒く染め上げる。

 

「こいつ、は……!?」

 

 加速能力を使いビルの壁面を駆け上がったナイトブレイザーは、そこで迫り来る『銀色の何か』と相対し、その拳を向けるのだった。

 

 

 




シンフォギアメインスタッフで有名な上松さんが、先日室内+物干し竿で『風輪火斬・月煌』の練習をして天井の照明をぶっ壊したとのこと。翼さんも中学生時代に一度くらいはやってそうです

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