戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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調ちゃんが「胸の板を信じなさい」って翼さんに言ってる夢を見ました



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 『それ』は、『真銀の騎士』と呼ばれていた。

 『それ』の主である竜殺しのスサノオは、大昔に『それ』に命じた。

 片手に持った、愛刀天羽々斬を強く握り締めながら。

 

「アガートラームと、吾の仲間の聖遺物が揃った時。

 その時こそ"次の戦い"が始まる前兆。世界が終わる前の日だ。

 戦士を試せ。担い手を試せ。力を認めたならば、従僕となり力を貸せ」

 

 騎士とは守るべき存在。

 『それ』の主は武士であり防人であったが、『それ』は騎士と在れとプログラムされている。

 そして、主にもそう在れかしと望まれていた。

 何千年の時が経とうと、一万年の時が経とうと、命じられた言の葉は色褪せない。

 

「騎士の在り方を示せ。真銀の騎士」

 

 海中に沈む星間航行船(フロンティア)の格納庫が開く。

 そこから飛び出した真銀の騎士は、空を切り裂き東の京へと飛び立った。

 フィーネがそう断じているように、ゴーレムには心があるわけではない。

 戦闘に最適化されたAIと、おまけの簡易なAIがあるだけだ。

 人らしい考え方や判断力など、望むべくもない。

 

 騎士はただ試す。試す相手が弱ければ壊れてしまうかもしれない、などと考えず。

 来たるべき日に、共に戦うであろう者達を試す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話:銀の騎士VS黒の騎士 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトブレイザーの人並み外れた視力が敵を捉える。

 だが、捉えたと思ったその瞬間には、ナイトブレイザーの眼前にまでその敵は迫って来ていた。

 

「こいつ、は……!?」

 

 地平線までは大体5kmである、と言われている。

 緒川はこの敵を秒速10km以上と言った。

 すなわちこの敵は、地平線の向こうから反対側の地平線の向こうに消えるまで、ジャスト1秒しか費やさないということである。

 地平線の彼方にかすかに敵が見えてから敵が眼前に迫るまで、0.5秒しかかからなかった。

 

「―――!」

 

 ゼファーでなければやられていたかもしれない。

 直感持ちのゼファーでなければ瞬殺もありえた。

 ナイトブレイザーの装甲がなければ即死もありえた。

 だが現実に、直感による事前察知とアガートラームの鎧によるガードが成立し、その銀色の初撃はゼファーの手で受け流された。

 

(今の銀色……なんだ!? 速すぎる!)

 

 だがゼファーはその衝撃で吹っ飛ばされ、空中を吹っ飛んでいき、ビルの屋上に着地する。

 彼の眼をもってしても敵の姿はおぼろげにしか見えず、今の一撃一つとっても、"何で攻撃されたのか"すら分からない。

 それほどの圧倒的速度だった。

 

「戦闘機……だったような……」

 

 彼の眼におぼろげに見えた敵の姿は、戦闘機に近いように思えた。

 ならばこの速度も納得か。

 アクセラレイターや天羽々斬の最大速度と比べても、数十倍~百倍ほどの次元違いの速度。

 このレベルの速度ともなれば、ヒットアンドアウェイの過程だけでも地平線の向こうに消えることが可能であり、『地球の丸さ』を意識する次元の戦いとなる。

 

 ゼファーは目を開きながら、"見る"ことを止める。

 眼を直感のためだけに稼働させ、五感ではなく直感で敵の動きを探る。

 思うだけで動くナイトブレイザーの肉体を頼り、反射的に反撃する構えだ。

 そうして、ゼファーは右手を振り下ろした。

 

「はッ!」

 

 圧縮された拳大ほどの大きさの火球が、ゼファーの手の平より無数に放たれる。

 焔の膜ほど薄くなく、圧縮した炎よりはずっと薄い、遠くから見れば幅30mほどの空間を塗り潰していく赤いスプレーのようにも見えるだろう。

 明らかに素早い敵を捉えるための面制圧攻撃だ。

 だがその火球の圧殺攻撃は、どこからか何度も繰り返しぶつけられた衝撃波により四方八方に散らされてしまう。

 

「!?」

 

 その火球の隙間をすり抜けるように飛んで来る、銀色の流星はかすかに見えた。

 ガードはできた。だが、それだけ。

 ナイトブレイザーはその銀色の流星に何が何だか分からないまま吹っ飛ばされ、宙を舞う。

 そしてそのまま、空中で四方八方からの衝撃を何度も何度も繰り返し受ける。

 攻撃してきているであろう敵の姿は、空中でぐるぐる回転させられている現状も相まって、ゼファーにはまるで見えやない。時間加速を使っても見切れないほどに速すぎるのだ。

 それでもゼファーは直感という人外じみたスキルを最大限に活用し、手足を盾として攻撃のほとんどのダメージを最小限に抑えていた。

 

「あっ、だっ、がっ、い゛っ!?」

 

 そしてゼファーは、攻撃を食らいつつも、敵の能力と攻撃の正体を冷静に分析し始めていた。

 

(……防御の時に手応えがない。これは……?)

 

 ナイトブレイザーの体を叩き、微々たるダメージを与えているのは物理攻撃ではない。

 衝撃波(ソニックブーム)だ。

 大気が切り裂かれたことにより発生した真空の刃と、大気を伝う圧力波が、強烈にナイトブレイザーの装甲をぶっ叩いているのだ。

 

 ゼファーはこのタイミングで、緒川が気にしていた"ありえない速さ"の正体に気付く。

 マッハ3の速さで飛ぶ物体は、地上から2kmほどの高さを飛んでいたとしても、大気を切り裂いた衝撃で地上に被害をもたらしてしまう。

 速過ぎるものが大気の中を飛ぶということは、そういうことだ。

 ましてこの敵の速度はマッハ30。十倍である。

 なのにこの敵は空気をほとんど揺らすこともなく、空を自由自在に飛び回っている。

 

 つまり、『空気抵抗』を操作する能力を持っていることは間違いないだろう。

 空気抵抗を0にして、ありえない速度で飛行する。

 空気抵抗を急激に元に戻すことで、ソニックブームを発生させてそれを凝縮、敵にぶつける。

 この二つの行動により、ナイトブレイザーを完全に手玉に取っているのだ。

 

 ナイトブレイザーに直接触れないよう、反撃の機会を与えないよう、衝撃波で攻撃。

 それを何度も繰り返し、ナイトブレイザーの体が空中でくるくる回るよう当てる場所を計算しつつ、ナイトブレイザーが落ちていかないよう何度も衝撃波で打ち上げる。

 まるでテンポの早いお手玉だ。

 真空の刃と無色の衝撃波はナイトブレイザーへの決定打にはならないが、それでも焔の黒騎士にありとあらゆる反撃を許さない。

 

(敵に触れることもできない、落ちても行けない!?)

 

 斜め下からの圧縮ソニックブームの高速連打。

 ゼファーは反撃の糸口すら掴めず、文字通り『スピードだけ』で圧倒されていた。

 この敵はただ速いというだけで、それが人を殺す凶器にも、反撃を封じる盾にもなっている。

 速度以外の武器を出してくるとすれば、ある程度傷めつけてからだろう。

 つまり、そろそろ直接攻撃が来てもおかしくはない。

 

(この敵の最高速度は空気抵抗を0にしている時。

 空気抵抗を戻した時は遅くなり、攻撃の際はおそらく更に遅くなるはず、そこを―――)

 

 そう考え、彼は耐える。

 衝撃波を一撃、二撃、三撃と耐え続けた果てに、それは来た。

 ゼファーは攻撃を喰らったその一瞬だけ、腹に銀色の剣を叩き付けられたその一瞬だけ、見えた敵の姿を目に焼き付ける。

 

「がぁッ!?」

 

 『それ』は銀色の戦闘機だった。

 『それ』はゼファーの目の前で、騎士をモチーフにした人型のロボットへと変形した。

 右腕に添えられたパイルバンカー。左腕に固定された銀色の剣。

 飛行機の翼は変形し、騎士の背中から生えたメカメカしい天使の翼へと変わる。

 

 記号の"↓"に近いセンサーアンテナ、多角形で二つ備わったカメラアイ。

 各関節周辺のデザインには製作者のこだわりが見え、特に肩部分や腰回りには才能とセンスのある人間特有の造詣の深さが垣間見えた。

 カラーリングこそ銀一色だが、明るい銀色や暗い銀色、黒っぽい銀に透き通る銀、エナメルのようにテカテカした銀色にいぶし銀な銀色と、まるで銀一色で描いたトリコロールカラーのようだ。

 

 ゼファーがかつて見たどのゴーレムとも違う。

 この敵の姿は、明らかに製作者が外見にこだわりすぎなくらいにこだわっていた。

 男のロマンが詰め込まれていた。

 見る者から感嘆の声を引き出すような、息を呑むデザインセンスの塊であった。

 ロマン特有の無駄な部分と、空戦機体特有の完璧で無駄のない機能美が、矛盾することなく一つの形として融合を果たした姿であった。

 

(変形ロボット、だと……!?)

 

 腹に剣を叩きつけられたゼファーは、地面に向かって一直線に落ちていく。

 攻撃直後のチャンスだ、と判断し攻撃するものの、腕から伸びる焔は敵に追い付けない。

 純粋に速いのだ。焔が届かないほどに、焔が追い付けないほどに、ただ圧倒的に。 

 人型になったことで速度はかなり落ちたものの、それでもマッハを下回ることはまずない。まだまだ速過ぎる。

 敵はゼファーが放った焔をくぐり抜け、パイルバンカーを構えながら再度接近。

 

「ぐ……!」

 

 避けられると分かった上で、ゼファーは腕の痛みに耐えながら、腕の中に焔を圧縮。

 カウンターを合わせようとして……

 

「―――♪」

 

 ナイトブレイザーの正面3m地点まで接近した敵が、『蒼ノ一閃』を必死に回避するのを見た。

 それを撃った者の方向を見ることなど、ゼファーはしない。

 すかさず腕に溜めた焔を放ち、敵が追撃の焔を避けるために更に後退したのを確認しつつ、アクセラレイターで自由落下の速度を増して地に落ちていった。

 そんな彼を、少女が空中で優しく受け止め、着地する。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、なんとか。ツバサのおかげだ」

 

 彼が彼女らのヒーローであるのと同じように、彼女らもまた彼のヒーローである。

 

「おら吹っ飛べ!」

 

 翼がゼファーの救出に動いたのとタイミングを合わせ、奏は高く跳び上がって槍を敵へと振り下ろしていた。その一撃は速く、重く、鋭い。

 奏は一回攻撃を当てさえすれば、速度だけが売りで重さも硬さもなさそうなこの敵を、なし崩しにスクラップにできる自信があった。

 だが、当たらない。

 逆にその敵が飛び立つ際に発生させたソニックブームで吹っ飛ばされてしまう。

 奏は目の前の人型ロボットが飛行という一動作を行うだけで、大気が引きちぎられる音・大気が押し潰される音・爆発的な衝撃波を発生させることができるのだと、身をもって知る事になった。

 

 奏は空中で身をひねり、ただ飛ぶだけのことが攻撃手段になる敵の速さに口笛を吹きつつ、ビルの壁面に軽やかに着地。

 壁を蹴ってゼファーと翼の近くに着地し、二人と合流。

 三人は背中を合わせて360°全てを見張り、またしても地平線の向こう側へと消えた敵がどこから来ても対応できるようにと、防御重視のフォーメーションを選択した。

 彼らはここ数年で新設された八車線×八車線の交差点の真ん中で、どこから来るかも分からない銀の敵を警戒し続ける。

 

「銀色の騎士……おいゼファー、あれ」

 

「もしかして、ゼファーが追ってた、ゼファーの仇の……」

 

 警戒を緩めることなく、奏と翼が口を開く。

 二人はゼファーの過去を知っている。

 翼はそこに彼の戦う原動力を見出していたし、奏はそこに共感を抱いていた。

 ゼファー・ウィンチェスターがこの世界でただ一人、憎悪を向ける銀の騎士。

 

「いや、ぜんぜん違う。俺が探してる仇は……」

 

 だが、二人の推測をゼファーは否定する。

 彼があの仇の姿を見間違えるはずがない。

 今でも悪夢に見るくらいに脳裏に刻まれた、あの姿を見間違えるはずがない。

 ゼファー達を今襲っている銀の敵と、ゼファーからかつて大切なものを奪った銀の敵は、全くの別物だ。彼はそれを、断言できる。

 

「……ナイトブレイザーと、そっくりだったはずだ」

 

 ゼファーの仇は、言うなれば銀のナイトブレイザー。

 今ここで黒のナイトブレイザーと戦っている変形ロボとは、頭のてっぺんから足の先まで何もかもが違う。

 

「だから大丈夫だ。心配はいらない。いつも通り行こう」

 

 ギュッと握った拳に、強く焔が握り込まれる。

 ゼファーは次に敵が攻めてくる前にどうにかしなければと、自分の前に厚い焔の壁を形成しながら、奏と翼に指示を出した。

 

「二人とも、HEXバトルシステムを作動させてくれ!

 俺が直感で敵の動きを察知して、エネルギーの流れで言葉より早く警告する!

 自分の方に少し多めにエネルギーが流れてきたら、すぐ自分のところに敵が来ると考えろ!」

 

「「 了解! 」」

 

 この敵がヒット&アウェイを選択した場合、反応できるのはゼファーの直感だけだ。

 が、ゼファーの力量では防御がせいぜいで、勝機に繋がる反撃なんて夢のまた夢である。

 そこでゼファーは自分の前に速度だけでは絶対に突破できない焔の壁を構築し、ゴーレムの攻撃先を誘導する。そしてフル稼働させた直感とHEXシステムの応用で、罠を仕掛けたのだ。

 集中力のほぼ全てを割かれるために、ゼファーは一時的に焔の壁の維持と直感の提供以外に何もできない役立たずになるが、それと引き換えに奏と翼に擬似的な直感の補助が付く。

 

 敵が狙うは翼か、奏か。

 最初の一回目に狙われたのは、翼の方だった。

 地平線の向こうから現れた敵が翼の視界に入るまで0.5秒。変形開始から完了まで0.2秒。剣を腰だめに構え横一直線に振るまで0.1秒。

 

(! 最初は私!?)

 

 だが、直感の補助を受けた翼に対し0.8秒は遅すぎる。

 翼はすれ違いざまに叩き込まれた流し切りを、小太刀二刀流の巧みな防御で受け流した。

 小太刀二刀。

 日々研鑽を続ける彼女は、アームドギアの形態変化による戦闘スタイルの切り替えも習得し始めている様子。

 

 その上、剣を形成するシンフォニックゲインの量をそのままに、剣のサイズを小さくすることでアームドギアの強度を上げることにも成功していたようだ。

 まあ、生成に小太刀一本につき二秒・二本で四秒もかかってしまう現状の研鑽度合いでは、実戦の中で使うには状況を選ばねばならないだろう。

 そんなリスクを背負ってまで作られた翼の小太刀二刀だが。

 

(今の一撃で刃こぼれなんて……なんて一撃。私ももっと精進しないと)

 

 今の敵の突撃一度だけで、刃がいくらか欠けてしまっていた。

 もう一度食らえばポッキリと折れてしまうだろう。腕に痺れまで残ってしまっている。

 速さとはすなわち、破壊力を構成する要素の一つだ。

 翼は自分に一撃食らわせて即旋回して、0.1秒とかけずに隣の奏に襲いかかる敵へと小太刀を投擲し、手元に使い慣れた刀のアームドギアを形成した。

 

「っしゃぁッ!」

 

 0.01秒の世界での攻防はまだ続く。

 奏は獣じみた嗅覚で翼の次に自分が狙われていることを察知し、ゼファーの直感補助により敵がどこから攻めてくるかを読み、翼のサポートでチャンスを得て攻める。

 翼の小太刀を敵が弾いたのを見て、奏は先手を取り力強く槍を振り下した。

 敵は翼の攻撃によって一手遅れるも、"後から出した攻撃で先に出された攻撃を追い越して先手を取る"という、あまりにもふざけた速度の剣撃にて対抗する。

 速さで上回る一撃と巧さで上回る一撃は、ぶつかり合い拮抗。

 ほんの僅かに奏の方が勝る形で、互いの剣と槍は弾かれた。

 

「もういっちょッ!」

 

 だが、立ちはだかる奏は敵の次の行動を許さない。

 銀色の敵が次手にパイルバンカーを構えた瞬間、奏は『割り込みを許さない連撃』(イントルード)にて更なる追撃を開始していた。

 敵は剣を上に弾かれ、奏は槍を下に弾かれた。

 が、奏は槍の表面から地面に向かってエネルギーを放出、槍をその反動で強制的に跳ね返らせたのである。槍はほぼノータイムで、切り上げの一撃へと変えられていたのだ。

 その一撃が、敵のパイルバンカーを弾き上げる。

 

「―――♪!」

 

 奏は間奏が終わりサビに入った曲をさらに力強く歌い、ギアの出力を引き上げる。

 そしてゲインの上乗せで切れ味を増した槍を、両の武器を弾かれて隙だらけになった敵の腹へと向けて、突き出した。

 

(……!?)

 

 だが、敵はなんとこれも回避。

 敵は効果音を付けるとしたら"ぬるっ"以外の表現がありえないような気持ち悪く、かつ素早い動きで後方へと移動した。奏の切れ味ある一撃は腹の表面を浅く傷付けるに留まってしまう。

 そして再度戦闘機形態へと変形。

 少年少女らが一呼吸できるだけの間も置かずに、再度空の彼方へと飛び立っていった。

 

「おいゼファー、今あいつとんでもなく気持ち悪い動きしたぞ?」

 

「慣性操作……かな。前後左右上下、どの方向にも等速で動けるのかもしれない」

 

 敵の見せる能力に対する分析はなんとか追いついて居るのだが、その物理的な速度には全く追いつけそうもない。

 そして離脱から二秒と待たずに、敵は再度襲撃してくるのであった。

 しかも今度は、搦め手で来る。

 

「!?」

 

「な……!」

 

「体が……空中に引っ張られる!?」

 

 敵は空中をしっちゃかめっちゃかに飛び回り、乱気流で三人を揺さぶる。

 どうやら空気抵抗を全く軽減していないようで、そのソニックブームで街路樹がポンポン倒れ、ビルや民家の窓ガラスが次々と割れていく。

 三人がその衝撃でふらついたのを見て、敵は一気に空に向かって急上昇。

 乱気流と一緒に、三人を『空気ごと持ち上げた』のだ。

 

 ソニックブームをある程度制御してみせる敵だ。

 この程度、造作も無いのだろう。

 

 テーブルの上にティッシュを置いて、その上に手を置いて、手を素早く上に上げてみるといい。

 それだけで、今彼らに起こっている現象が少し理解できるはずだ。

 大気ごと空中に持って行かれたゼファー達は、地に足が付かず空中でふらふらと無防備な姿を晒してしまう。彼らが飛べるはずもない。

 ゼファー達にない能力。彼らの弱点。

 この敵にある能力。敵の利点。

 地に足がつかなくなってしまった途端、露呈してしまう敵味方の最大の差異。

 

 その答えは単純明快。『飛べること』である。

 

(マズい……!)

 

 ゼファーはシンフォギアとの繋がりを通じて二人に警告し、自身も焔を放出して仲間のカバーのために動く。

 だが、焼け石に水だった。

 三人は空中で敵からの物理攻撃を喰らってしまい、それぞれが別々の方向へと吹っ飛ばされていく。その連撃の速度があまりにも桁違いだったため、三人が吹っ飛ばされた時の音は、まるでひと繋がりの音のようにその場に響いていった。

 

 ゼファーは仲間の援護に動いた瞬間を狙われ、背中を強烈に蹴り飛ばされる。

 そのまま少し離れたところにあった歩道橋へとぶつかり、めり込んだ。

 翼はゼファーの援護のお陰でなんとか迎撃が間に合い、なんと斬撃でパイルバンカーの先端を切りつけるという、とんでもない方法で生き残りを果たした。

 その衝撃で吹っ飛ばされてしまったものの、なんとか道路に着地する。

 奏に至ってはクロスカウンターを狙ったが、失敗して吹き飛ばされたなんていう始末。

 どこまでも攻撃的で、どこまでも貪欲で、敵に回すと肝が冷えるタイプの少女である。

 

「づ……!」

 

 ゼファーはむせ込みそうになる自分のダメージをなんとか押し込んで、状況を確認した。

 翼はダメージが薄そうだ。道路を走りながらこちらに向かって来ている。

 奏は腹を抑えながら、遠くから家屋の屋根の上を飛び移ってこちらに向かっている。

 こちらはそこそこのダメージを食らっている様子。

 ゼファーはできれば二人と合流したい。

 だが、敵がそれを見逃すはずがない。

 ほぼ確実に、合流のタイミングを狙って攻撃を仕掛けてくるだろう。

 どうにかしなければ、どうにもならない。どうにもできない。

 

「―――」

「―――」

「―――」

 

 だからゼファーは、翼は、奏は。

 どうにかするための一手を考えつき、ひとたび目を合わせただけでその策を共有する。

 そして呼吸を合わせて、合流地点に向かって走った。

 

 敵は合流のために一カ所に集まろうとする彼らを見て、再度襲撃せんと加速し降下する。

 今度は衝撃波ではなく、物理的攻撃でダメージを与えるために空気抵抗を0にしているようだ。

 戦闘機型で一気に接近、一瞬で人型に変形し、攻撃を仕掛けようとした敵は――

 

「今だ!」

 

 ――奏が槍を変形させた多節棍の槍に、その身を雁字搦めにして捕らえられた。

 アームドギアは使い手の技量により、いくらでも変形させることが可能である。

 槍を鞭に近い"絡め取る武器"に変形させ、敵に巻きつかせるなど奏にとっては容易なことだ。

 だが、これだけでこの敵の動きを止めることは不可能である。

 一秒と保たず、アームドギアの鎖は引き千切られてしまうだろう。

 この一手だけで終われば、の話だが。

 

「次!」

 

 ゼファーの声に従い、奏の行動にコンマ数秒遅れる形で翼が刀を地面に刺す。

 正確には『地面にあった敵の影』を、だが。

 語るべくもない。"影縫い"だ。影を縫いつけ、動きを止める忍術の秘奥である。

 それも大きな刀で深く縫い付け、翼がその手で上から抑えるというおまけ付きだ。

 翼と奏の二人によって、ほんの少しだけ、空を走る銀色の流星は動きを止める。

 

「行けッ!」

「行って!」

 

「ああ!」

 

 影縫いが力づくで剥がされる。

 多節棍状の槍が引き千切られる。

 少女二人が声を上げる。少年が応える。

 それらと、ナイトブレイザーが敵の背に乗りその翼をがっしりと掴んだのは、ほぼ同時だった。

 

「捕まえた!」

 

 ゼファーは変形機構をここまでの戦いでしっかりと分析している。

 なればこそ、彼は"どう翼を持てば変形できなくなるか"もきっちり把握していた。

 加え、ゼファーの腕にはネガティブフレアが宿っているのだ。

 触れれば焔が燃え移る。

 ただ腕で触れるだけで相手を即死に追い込むという凶悪な特性が、銀の敵へと牙を剥く。

 

 銀の敵は全速力かつがむしゃらに飛び回り、なんとかナイトブレイザーを振り落とそうとする。

 だが、戦闘機に変形さえされなければ、速度でゼファーが振り落とされることはまずない。

 ナイトブレイザーの握力は、指先がゴーレムの装甲にめり込むほどに強力なのだ。

 敵が飛ぶ。全速力で四方八方に飛び回り、黒騎士を振り落とそうとする。

 黒騎士がしがみつく。敵の翼をしっかり掴み、腕の焔で敵を焼き尽くさんとする。

 先に落ちれば負け。先に燃え尽きれば負け。

 大気を切り裂き、空気の壁と何度もぶつかり、空にジグザグな焔の軌跡を刻み込む、そんな両者のデッドヒート。銀と黒の二色の意地が幾度となくぶつかり合う。

 命がけのチキンレースが、空の上、雲の下で開催されていた。

 

「離れる、かッ……!

 このままお前が燃え尽きるまで、付き合ってやるよッ!」

 

 速度と衝撃波で何度も手を離しそうになるゼファーだったが、気力で己を支えて堪える。

 その上、このまま灰にしてやるとばかりに、焔の出力を更に上げた。

 音速の何倍もの速度の世界の中でもネガティブフレアは消えることなく、敵を焼く。これが風や衝撃波で消えるようなヤワな焔であるわけがない。

 

(あと少し、あと少しで倒せる……!)

 

 ゼファーがそう、考えた時。

 "一手足りない"と直感が警告し、彼の逸る心と勝利の確信を抑えつけた。

 すると、冷えた頭と彼の目に、敵のうなじに刻まれた型番が認識される。

 

「え?」

 

 そこには先史文明の古代文字で、製造番号の焼き入れと、後付けでその名が彫られていた。

 『真銀の騎士・ベリアル』と。

 

「おい」

 

 ゼファー以外の者は忘れている者も多いだろう。

 だが、ゼファーがそのことを忘れるわけがない

 

―――

 

「そんなに憎いか、その仇が」

 

「ああ、憎い」

「地の果てまでも追いかけて……どこに逃げようが居場所を突き止めて……

 力が足りないなら手に入れて……どこの誰だろうと、必ずこの手で、殺してやる……!」

 

―――

 

 ゼファーはかつて、その憎しみよりも大きな感情を持ち合わせていなかった。

 憎い仇である銀色の騎士を、何よりも強く思っていた。

 それを弦十郎に止められ、弦十郎に唯一の手がかりを与えられ、いつかはあの仇の下に辿り着くだろうと、そう信じて今日まで歩いてきた。

 

―――

 

「お前が探している銀色の騎士の手がかりになるかもしれん情報を、一つやろう」

「スサノオは西の果てで、一人の英雄と共に戦った八人の勇者の一人だったらしい。

 その戦いで得たものを故郷のこの地に持ち帰ったと伝えられている。

 んで、その三つの持ち帰った物の通称が、『神々の砦』、『天羽々斬』、

 そして『真銀の騎士』。正式名称はともかく、当時はそう呼ばれていたそうだ」

「俺はお前の仇の容貌を知って、真っ先にこいつを思い浮かべた。

 何しろ神々の砦と天羽々斬は発掘済みだが、真銀の騎士は未だに発見されてないからな」

 

―――

 

 弦十郎から得た情報。

 

―――

 

「氷の女王『リリティア』。

 真銀の騎士『ベリアル』。

 深淵を統べる王『セト』。

 神々の砦『アースガルズ』。

 真紅の暴風『ディアブロ』。

 魔弾の射手『バルバトス』。

 灼光の剣帝『ルシファア』。

 海を征く者『リヴァイアサン』」

 

―――

 

 了子が遺跡の調査の過程で得たと言っていた、彼女からの情報が擦り合わされる。

 真銀の騎士、ベリアル。

 ゼファーは憎い仇の名を、そうだと思っていた。

 その仇と目の前の銀の敵が同一でないと断言できた。

 だが、目の前の銀の敵の名こそ、ベリアルであるという。

 突きつけられた真実が、ゼファーの頭の中身を沸騰させ、動揺させ、心の不安定化はナイトブレイザーの戦闘能力をも不安定にさせてしまう。

 彼の内から、大切な人を殺した敵の手がかりが、陽炎のように消えていく。

 

「俺は、俺は、俺は!

 セレナを殺して、皆を死なせたあいつの名を、真銀の騎士だと思ってたんだぞ!?

 お前が、お前がベリアルなら……! あの時の銀の騎士は一体何だったってんだ!?」

 

 ゼファーは無自覚に期待していたのだ。

 新たなゴーレムと出会うたびに、新たなゴーレムと戦うたびに。

 こうしてゴーレムを倒していけば、いつの日かきっと、あの仇に辿り着けるかもしれないと。

 

 ゼファーは無意識の内に期待していたのだ。

 奏が過去に決着を付けて歩き出すのを見て、いつの間にか無意識の内に、彼女と自分を重ねながら、根拠もなく思ってしまっていたのだ

 "自分にも過去と決着を付けられる日は近くまで迫っている"、と。

 

 ゼファーはそんな根拠もなく期待していた自分、浅ましく抱いていた願望に気付き、自分が知らず知らずの内にすがりついていたか細い手がかりが失われたことに、大きく動揺してしまった。

 実は今日まで人知れず時間を見つけて続けてきた、仇を探すために費やした時間と過程。

 それらが全て振り出しへと戻ってしまい、手がかりは何一つとして彼の手の中に残らない。

 

「お前がベリアルなら、あの銀騎士に繋がる手がかりがなくなるってことじゃないか……!

 また振り出しで、今度こそ手がかりが尽きて……探しようがなくなって……!」

 

 だが、ベリアルからすれば彼の動揺など知ったことではない。

 むしろこれは千載一遇の好機であった。

 ナイトブレイザーの焔は不安定に動き回り、ベリアルだけではなくゼファーも喰らい尽さんと動き始め、翼を掴むナイトブレイザーの意識も動揺して緩みきっている。

 ベリアルは全速で海上へと出て、そこから一気に海面に向けて急降下する。

 

「! な、に、ぉッ……!」

 

 そしてなんと、海面スレスレのところで"自らの翼をパージ"した。

 翼を掴んでいたゼファーは、しがみつくのに必死でロクに反応もできず、そのまま海面に叩き付けられてしまう。

 

「う、あッ―――!?」

 

 そして、ゼファーは泳げない。

 最悪なことにこの瞬間、その事実はベリアルにも伝わってしまった。

 

「ま、待てッ!」

 

 ナイトブレイザーは必死にもがくが、前にも上にも移動できない。

 その時点で、もはやこの戦いの中でベリアルには届かないと宣告されたに等しい。

 ベリアルは空から下等なものを見下ろすような視線をゼファーへと向け、見下し、やがてどこぞへと飛び去っていった。

 その際に発生させたソニックブームで、また街の窓ガラスなどをもののついでに破壊しながら。

 

「……ぐ……くそっ……!」

 

 限界が来て変身が解除されたゼファーは、それを何もできずに見ていることしかできなかった。

 飛び去っていったベリアル。

 その背には先ほどパージした翼とは違うデザインの、先ほどまでよりも更に小さく、先ほどまでのものよりもスピードが出なさそうな翼が生えていた。

 実際、飛ぶスピードもかなり落ちていた様子。

 スペアの翼……というには、色々と違和感のある翼だ。

 つまり。あのゴーレム・ベリアルには、翼の再生能力があるということなのだろう。

 

 今日ここで仕留められなかったのは痛い。

 空を飛べるという絶対的優位の差を埋める手をいくつか打ってしまった上に、翼が完全に再生しきってからまた襲撃してきた場合、厄介なんてレベルではない。

 ゼファーは流れてきた流木に掴まってなんとか溺れるのを回避しつつ、またとないチャンスを逃してしまった自分の失態に、歯噛みした。

 冷静に対応できていれば、今頃は敵を焼き尽くせていたかもしれなかったのに。

 

 ネガティブフレアはRPGで言えばLV1のキャラクターでも、使えばLV100のキャラクターを倒せるようになるジャイアントキラーだ。

 今日のように上手く物事が回れば、圧倒的格上だって倒せるチャンスが訪れる。

 だが逆に言えば、チャンスが訪れなければ勝機はないのだ。

 

(クソ、何やってんだ俺は……! 冷静になれ、冷静さを失ったら終わりだろ……

 いくらなんでも動転しすぎだ。アレの手がかりがなくなったくらいで情けない……!)

 

 ゼファーは己の精神的な未熟さを恥じる。

 彼は憎しみを胸の奥にチリつかせながらも、それをとうの昔に割り切っている。

 仇のことを忘れていないから、こうして予想外の場面で動揺してしまうし、それを心の強さで乗り越えているから、こうして一人でもその動揺を乗り越えられる。

 

(諦めなければ、いいだけだ。復讐じゃなく……あの日のことを、もう繰り返させないために)

 

 手がかりが無くなったくらいがなんだ。

 あの銀色のナイトブレイザーを追うことは、絶対に諦めない。

 もう二度と、誰もアレの手によって殺させはしないと、彼はそう誓っているのだ。

 それに、天羽奏が過去に決着を付けたことで成長したのは、彼女だけではない。

 奏がゼファーを見て過去への自分のスタンスを定めたように、ゼファーもまた、過去に決着を付けた奏の姿を見て、その姿勢を見習おうと奮起するのだ。

 

(俺も、カナデさんのように、あの人みたいに……)

 

 ゼファーは自分に活を入れて、揺らいだ精神をしっかりと固め直す。

 と言うより、それ以外にすることがない。

 泳げないゼファーには、海上で流木に掴まりプカプカ浮いている以外にできることがないのだ。

 ベリアルの攻略法を考えつつ、彼はひたすら翼か奏が拾いに来てくれるのを待つ。

 表面がドロドロに溶け、真っ赤な肉がむき出しになっている両腕に、海の塩水がやたらと染みて彼に痛みを与えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか回収されたゼファーと、二人の少女は街の中へ。

 二課の大人達の名代として、ゼファーは一課と少々のやりとりを交わし、被害状況を確認する。

 軽い怪我人が数人出た程度で、今回もかろうじて死者は出なかったようだ。

 

 リリティアの騒動により、ゴーレムの存在は世間に広く周知されることとなった。

 世間一般のゴーレムへの認識は『暴走して人に危害を加える事もある古代文明のロボット』。

 まああながち間違ってはいないが、ノイズと似て非なる災害のようなものなのだと、力なき人々の間では認知されていた。

 今回もゴーレムが暴走し、ナイトブレイザーがそれと戦ってくれていたのだと人々は認識。

 そのおかげかパニックには至らなかったが、二度三度とこんな事件が重なれば、都心でのゴーレムの破壊活動に人々が恐慌状態に陥ってもおかしくはない。

 

 加え、ムラがあるという特性がいい方に作用し始めてきたゼファーの直感が、ピリピリと主に危機を伝え知らせようとする。それは、再来する危機への警告。

 

「カナデさん、ツバサ、ちょっと聞いてくれ」

 

「ん? どした?」

「何か気付いたの?」

 

「勘の調子が良くなってきた。たぶん、たぶんだけど……あの敵、明日も来るぞ」

 

「「 ! 」」

 

 おそらくは翼の完全再生にそれだけの時間がかかるのだろう。

 だが、早すぎる。対策を練るにしても時間がない。

 まして、いい案を出してくれそうな頭のいい大人達は軒並み弦十郎エンザにやられているのだ。

 

「……出来る限り、この三人でもいい案が出るようにしよう。

 俺達は一旦ここで解散。一人一人が策を考えて、夕方に風鳴家に集合。

 そして考えてきた策を全部教え合って、改めて三人で作戦を立てる。これで行こう。

 シンジさんを頼るかどうかは、シンジさんの疲労の度合いをまず確認してからということで」

 

「私、ゼファー、奏。三人寄れば文殊の知恵とも言うしね」

 

「高速増殖炉的な知恵か。あたしら最強だな」

 

 出来る限りポジティブに軽口を叩いてはいるが、状況は厳しい。

 何をやるにしても痒いところに手が届かないような感覚が、常に彼らの周りに付き纏っている。

 ゼファー達は自分達を後ろから支えてくれていた大人達の存在の大きさを再認識し、その力を借りられない場合の動きにくさに、どうにももどかしさを感じてしまう。

 大人の不在が、皮肉にも子供達が大人へ改めて感謝するという状況を作り出していた。

 同時に、この打てる手が極めて少ないピンチな状況も作り出していたのだが。

 

「それじゃ、また後で」

 

「うん」

 

「おう、夕方にな」

 

 ゼファーは二人と別れ、策を考えつつもベリアルの装甲の破片でも落ちてないかと、その辺りを適当に散策し始めた。

 

 

 

 

 

 十分か、二十分か。

 ゼファーがそのくらい歩いていると、曲がり角で知り合いとばったり出会う。

 

「あ」

「あ」

 

 避難所から帰宅途中の、立花響その人であった。

 響はゼファーの姿を見て、また一人で水に落ちていたのかと指摘。

 そんなとこだ、と海水まみれのゼファーは答える。

 川の臭さのことを覚えていた響にむりやり手を引かれ、ゼファーは立花家に引っ張り込まれるのであった。

 響が他人の身だしなみを気にするということはたいそう珍しいことであったが、別れ際のゼファーがそれほど臭くて印象に残っていたのだろう。今は特に臭くもないのだが。

 

「ヒビキー、出たぞー。シャワーありがとな」

 

「ドアの前にお父さんの服置いてあるから、それに着替えてー」

 

「いいのか? 勝手に着たら怒られるんじゃ……」

 

「大丈夫じゃないかな。お父さんもゼっくんのこと嫌いじゃないと思うから」

 

 そんなもんか、と言いつつゼファーは響父の服を着て風呂場から出てくる。

 だが、ピチピチとまでは行かないが相当にきつそうだった。

 ほえー、と言いながら響は驚きの表情を浮かべる。

 

「お父さんも体小さいわけじゃないのに、ゼっくんもすごい体してますなあ」

 

「そうか?」

 

「そだよ、うん」

 

 今のゼファーの身長は170半ばはあるだろう。

 クリスと初めて会った頃と比べれば30cm近く、響と初めて会った頃と比べれば15cmほど身長は伸びている。体格も筋肉が目に見える量であり、かなりがっしりとしていた。

 弦十郎より筋肉が多少薄く、緒川より少し身長が低い。そんな体格だ。

 響父の服だと小さめなのもいたしかたなし、といったところか

 

「背も伸びた。体も出来てきた。最近はできることも増えてきたんだ、俺」

 

「うん、知ってるよ?」

 

「『次』は俺一人でも、ヒビキが溺れてたらちゃんと助けられる。絶対に、絶対にだ」

 

「―――」

 

 響はきょとんとして、軽く息を飲んで、少年を見つめる。

 あの日に緒川の手を借りなければ溺れた響を助けられなかった、自分一人の力で助けられなかったことをほんのちょっと気にしていたらしい、そんな少年をじっと見つめる。

 そして快活に笑って、随分と背が伸びた友達に言葉をかけた。

 

「うん、信じてる」

 

 響もゼファーも色んな意味で頭が悪いから、このくらいの距離感でいいのかもしれない。

 

「そうだ、ヒビキ。ヒビキの知恵を借りたいんだが、いいか?」

 

「わっ、私"知恵を借りたい"だなんて他の人から言われたの初めてだよ」

 

 響は自分に貸せる知恵なんてないと思っているようだが、そんなことはない。

 ゼファーに対し響が貸せる知恵というものはある。

 例えば、娘として父にどう接しているか、とか。

 

「もしヒビキが父親と喧嘩したら、どうやって仲直りする?」

 

「ごめんなさいすればいいんじゃないの?」

 

「……ああ、そうだ。お前そういう奴だったな」

 

 返って来た返答は、いっそ小気味いいくらいにシンプルだった。

 流石は立花響というべきか。実に真っ直ぐで、正しくて、本質を突いている。

 全くもってその通りだ。喧嘩をして仲直りをしたいなら、謝って許し合えばいい。

 アドバイスにはなっても、参考には全くならないという点に目を瞑れば、最高の助言であった。

 

「ごめんね。私お父さんと喧嘩になることもめったにないから、参考にならないかも」

 

「いや十分だ。じゃあ、喧嘩してから父親にされたくないことって、あるか?」

 

「なんて言うのかな。"子供の考えることは分からない"みたいに考えてるっていうか。

 "はいはいごめんごめん"みたいな、"大人だから子供には譲らないと"みたいな。

 お父さんは私に、時々そういう所を見せるんだよね。ああいうのムカーっとしちゃうかな?」

 

「ふむふむ」

 

 ゼファーは響の発言を一つ一つ噛み締め、自分なりに理解をしていく。

 彼は響とも、響の家族とも多少なりと交流がある。

 それゆえに立花響が、父と悪くない関係を結んでいることを知っていた。

 血の繋がった父と娘の愛情関係。

 ゼファーには想像もできないものではあったが、周りの人間から参考になる話を聞くことで、彼は林田一家の問題の解決に一歩一歩近付いている。

 

「あ、ゼっくん、この後暇なら未来も読んで一緒に遊ばない?」

 

「悪い、今は無理なんだ。具体的には宿題を一つもやってない8月31日くらいには忙しくてさ」

 

「忙しすぎるぅ!?」

 

 とにもかくにも、休憩終わり。

 ゼファーは後日この服をちゃんと洗って返そうと思いながら、名残惜しそうに手を振る響に別れを告げ、先の戦闘が行われていた市街地へと向けて歩き出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして彼が歩いている途中、彼の携帯端末に電話が一本かかってくる。

 

『ゼファー・ウィンチェスターさんですか?』

 

「はい、そうですが」

 

『私は広木防衛大臣の秘書です。話は通っていると思いますが』

 

「……ああ、はい! 通ってます、何でしょうか?」

 

 それは了子に頼まれていた、防衛大臣と弦十郎の会談の件に関する打ち合わせの一件のためにかけられてきた電話。

 難しいことじゃないはず、と了子は言っていた。

 だが、どこかで手違いがあったようだ。

 明らかに大臣の秘書はゼファーの方に専門知識と会談に関する細かな知識を求めて来ていて、綿密な計画の骨組みをこの打ち合わせで組み立てようとしていた。

 が、ゼファーがそんな知識を持っているわけがない。

 彼は言わばピンチヒッター。打ち合わせに必要な知識など、何も持ってはいないのだ。

 それを察したらしく、電話の向こうの秘書も軽く溜め息をつき、話を止める。

 

『本当にあくまで代理でしかないようですね』

 

「すみません、こちらの不手際で……」

 

『いえ、こちらでスケジュールを調整すればなんとか明日まで引き伸ばせます。

 そちらの危機的状況は重々承知していますが、明日までになんとかできますか?』

 

「なんとかします、必ず。絶対に」

 

『心強い言葉ですね』

 

 結果的に、ゼファーはこの会談に関する情報を全て頭に叩き込んだ上で、明日改めてこの秘書と電話で打ち合わせをすることとなった。

 せめて計画の骨組みだけは、明日までに間に合わせなければならないようだ。

 セキュリティ一つ疎かにすれば、防衛大臣の首が物理的に飛んでしまう。

 ゼファーが今している仕事は、それなりに簡単なことであるのかもしれないが、絶対に適当にやってはいけないものだった。"いい加減"だけは許されない。

 よって、ゼファーは今日中に会談を無事終わらせるための計画に必要な資料などを今日中に探し出し、明日までに平然と頭の中から引っ張り出せるようにしておかなければならない。

 

「またやることが増えた……いや、弱音吐いてていい状況じゃないか」

 

 今夜は長くは寝れないなと、ゼファーは覚悟を決める。

 やることはドンドン増えていくが、やらなければならないことなら仕方ない。

 ダウンしている二課の皆に作る料理の材料も買わなければならないし、研究室のサンプルを無菌状態に保つ作業もしなければならない。

 

「ん? あれは……」

 

 そんな忙しいゼファーの視線の先に、一人の男が佇んでいた。

 手にはタバコ。どうやら、今しがた仕事を終えたらしい。

 名を林田。今のゼファーのやるべきことを増やした要因、林田悠里のお父さんである。

 

(娘さん側の話だけ聞いててもダメだよな)

 

 ゼファーは悠里の主張を思い出しながら、その男に話しかけた。

 

「こんにちは。ご無沙汰してます、林田さん」

 

「君か。さっきのゴーレムの件は緒川君から報告が来ているが……」

 

「あ、そうでしたか……じゃなくて。話があるのは、娘さんの件です」

 

「……そっちか」

 

 林田はゼファーを悪く思ってはいない。

 が、ゼファーが振った話題により、露骨なしかめっ面の表情を作り上げた。

 少年が彼に一から事情を説明していくと、表情に浮かぶ申し訳無さの色がどんどん濃くなっていき、しまいには頭を一度下げてくる始末。

 

「本当にすまないな。君に迷惑をかけるつもりはなかったんだが……

 仕事のために家族をないがしろにするつもりはない。これは本音だ、信じて欲しい」

 

「迷惑だなんて、とんでもない。好きでやってることですから。

 でも、家族を大切に思っているのなら、普通はそちらを優先するものじゃないんですか?」

 

「……」

 

 ゼファーの問いかけに、林田は少し口ごもってから、ぽつりぽつりと言葉を漏らしていく。

 人の命を守れるこの仕事を誇りに思っていること。

 いつだって、家族の命を自分が守るという気概で、この仕事に望んでいること。

 自分の家族のために、他の人の家族の命を守る仕事を軽んじることに後ろめたさがあること。

 自分の仕事が家族を守っているのだと信じていること。

 仕事に打ち込みすぎて家族を傷つけたことを、ちゃんと分かっているということ。

 忙しすぎて娘との約束を忘れるなど、娘の誕生日に仕事で家に居られないなど、父親としてどうなのかと思っている、ということを。

 

「あの子が平和に生きられるように仕事にひたすら打ち込むべきか。

 あの子の要望に応えられるよう、家族との時間を確保するべきか。

 両立しなければならなというのに、両立はできないというのがな……」

 

 典型的な、仕事で手を抜けない&家族を愛している父親のジレンマなケースであった。

 ゼファーには解決法が思いつかない。思いつくには人生経験が足りなすぎる。

 この手の話を解決させられるのは、当人のみだろう。

 つまり、林田一家の人間にしか、この問題を根本的に解決することは出来ないのだ。

 だが放置して、林田一家だけで解決する様子もなさそうである。

 ならば、ゼファーがやるべきことは一つ。

 とにもかくにも、この父娘を和解させること。それだけだ。

 

「まずは仲直りのために、謝りましょう。悠里さんに謝りましたか?」

 

「いや、まだだ。……そうだな、まずは謝らなければ」

 

 うん? と、ゼファーは思った。

 なんとなく、適当な印象を感じ取ったのだ。直感が。

 ゼファーは響の言葉を思い出す。

 自分が悪いとは分かっているが、何が悪いのかは根本的な部分の認識がズレたまま、大人なんだから自分が子供に譲らないと……という意識で、謝ろうとしているその姿勢。

 直感が「このまま行かせたら失敗するぞ」と、ささやいていた。

 

「林田さん。風鳴翼と天羽奏、二人は俺の大切な友達です」

 

「? それがどうかしたか」

 

 ゼファーの脈絡のない言葉に林田は首を傾げるも、聞き流さず言葉に耳を傾ける。

 

「二人は今世間で、トップアーティストも狙える逸材だって言われてます。

 了子さん曰く、二人の声や歌には『力』があるそうです。

 歴史に名を残したアーティスト達や、政治の偉人達と同じように。

 それがシンフォギア装者となれる人が持ち併せている、資質の一つだから。

 でもそれだけじゃない。それだけで、デビューと同時にこんなに人気が出るわけがない」

 

 ゼファーの口から出てくる言葉は、友に対する努力の肯定。

 

「二人は頑張ったんです。努力したんです。

 歌に、踊りに、あのステージに立つために、シンフォギアを纏うために。

 自分にできる精一杯で、歌を歌う自分を磨き続けてきたんです」

 

 目標に向かい積み上げられた努力への賞賛。

 

「目的のために頑張ったんです。目的のために勉強を頑張った、あなたの娘と同じように」

 

「……!」

 

「謝るのなら、漠然と謝らないでください。絶対に」

 

 そして家族で一緒に遊びに行くという目的のために、模試に向けて全力を尽くして頑張った悠里の努力の肯定と、林田への『謝り方』に関する忠告だった。

 

「努力を踏み付けにしてしまったことをちゃんと言って、ちゃんと謝ってください」

 

 林田は目の前の少年の言葉を真摯に受け止める。

 誠実にぶつけられたその思いを、愛娘の努力を肯定するその言葉を受け止め、大きく息を吸い、肺の空気を全て吐き出していく。

 

「……参ったな。久しぶりに、正論で諭された気がする。

 偉くなって歳を食うとどうにもいけないな。色々と、鈍くなる」

 

 林田は少年に機会を与えられ、自分を見つめなおした。

 タバコの箱をクシャッと握り潰し、ポケットへと放り込む。

 そしてゼファーに向き合って、礼の言葉を告げた。

 

「感謝する。少年」

 

 男は初めて会った頃と比べれば、ずっと大きくなった少年を見つめる。

 仲間のために生身でタコ型ノイズに立ち向かっていた頃の勇気はそのままに、顔に精悍さが加わった。林田はなんとなく、この少年は二課の風鳴司令や緒川慎次に似てきた気がすると、本当になんとなくそう思う。

 あと一年か二年もすれば、もう少年呼びも出来ない、立派な大人になるだろうと思いながら。

 

「君と初めて会ってから、もう何年も経つが……

 今の一瞬が一番強く、"君の成長"を感じられた気がするよ。また時間があれば、話そう」

 

 それだけ言って、林田は去る。

 現場での一課の仕事が終わっても、一課本部ではまだやる仕事があるのだろう。

 その背中には、家族の問題が山積みであろうとも、己の成すべき義務/するべき仕事をないがしろにはしない、そんな一人の男の信念が宿っていた。

 ゼファーはそれを見て、再度気合を入れ直す。

 

「……娘さんの方はまだ何も解決してないというか、話し合う気もないんだよな……」

 

 この後娘の方の説得もして、二人を引き合わせて話し合わせて……というフェーズを越えて初めて、林田一家の問題は"解決するかもしれない"ところまで行く。

 まだまだ先は長く、悠里にも「明日までに何か考えてくる」と言ったばかりだ。

 明日までに説得の文面を考えよう、と思った所で、ゼファーは自分が明日までにやらなければならないことのラインナップの一部を思い出す。

 

「いや、確実に一つづつ片付けよう。次は林田夫人に電話して相談。

 二課の部屋で寝込んでる皆に病人食作って、大臣の秘書さんと話せるように資料漁って……

 水上走り修行と、さっきのベリアル騒動のデータの整理と、リディアンの仕事と……

 ……本気で間に合わなくなりそうだったら、ツバサとカナデさんの手も借りないと」

 

 焦っても仕方ない。

 確実に一つづつ最速で片付けよう。

 そう自分に言い聞かせながら、ゼファーは一旦二課本部へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 ゼファーは昨日も今日も、一度も西風が吹いていないことに気が付いた。

 

 

 

 

 

 朝が来て、ゼファーは風鳴家にて分厚いマスクを身に付けていた。

 体調が悪いからではない。

 病気を移されないよう、予防のためだ。

 

「こほっ、こほっ……ごめん、なさい、ゼファー……」

 

「だるい、だるい、くそ、喉と関節がいてえ……ちくしょう……」

 

 ゼファーの視線の先に居るのは、布団に横になる少女二人。

 語るべくもなく、インフルエンザの患者な二人。

 弦十郎と同時に感染していた翼と、翼の潜伏期間中に翼に伝染された奏であった。

 

「あっはっは、こりゃ笑うしかないな」

 

 Q.シンフォギア装者がインフルエンザにかかったらどうなるの?

 A.戦えなくなります。

 

「よりにもよってこのタイミングで二人ともッ―――!!」

 

 ゼファーの直感が正しければ、本日ベリアル襲来予定。

 加え、本日彼はやるべきこと盛りたくさん。

 

「ぜふぁ、ごめ……」

 

「いいから、喋るのが辛いならゆっくり寝てな、ツバサ。後は俺が何とかするから」

 

「無理すんなよゼファー、いざとなったらあたしがげぼっおぼっごほっ!?」

 

「無理すんなはこっちのセリフだ! ほら寝て、横になって!」

 

 装者全滅。

 司令部ほぼ全滅。

 特異災害対策機動部二課、現在動ける人員・総員二名。

 

(ヤバい……ピンチだ! 結構シャレにならないピンチだこれ!)

 

 さて、問題。

 

 今日、ゼファーが一人で片付けないといけない問題は、いくつある?

 

 

 




本日の参考・第十話:シンフォギア 3

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