戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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「僕の知り合いに『無条件で人生は素晴らしい』と言う者が居ます」
「僕は彼のようにはなれない」
「中途半端です」
「でもこれだけは言えます。僕は生きるために戦う」
「生きることを! 素晴らしいと思いたいから……!」

引用:PROJECT G4


2

 実際のところ、シンフォギア部隊の四人組の鈍さの順番は非常に分かりやすい。

 まず藤尭朔也は一番鈍くない。大学時代、飲み会の時の席順で「おっ」と片思いの向きを察するのは彼の得意技だった。

 しかしながら彼は完全無欠に童貞なのでこの手の話では役に立たない。

 次に鈍くないのが、意外にもゼファー。

 「なんとなくですけど」から始まる言で、他人の感情を言い当てることが多いのを見れば分かるが、ゼファーは極端に自分の気持ちに鈍いだけで平均的に見ればそこまで鈍い人間ではない。

 直感と人間観察は、彼に備わっている技能の一つだ。

 

 一番鈍いのが文句なしに翼。

 自分に対しても他人に対しても相当に鈍い。

 それでも彼女が日常生活で他人とトラブルを起こしにくいのは、不器用ではあっても心優しく、愚直なくらいに真っ直ぐな人間だと、周囲に認識されているからだろう。

 

 そんな翼より少し鈍くなく、ゼファーよりも鋭くなく。

 二人の中間の塩梅に鈍いのが奏という少女であった。

 本音を隠すのが上手い人が自分を好きなことには気付けなくても、嘘をつけない人が自分を好きなことには気付く。どっちでもない普通の人の恋慕なら、10人中3人くらいは気付く。

 そのくらいの度合いの鈍さであった。

 

「よっ、ゼファー。最近なんか時々ボケーッと悩んでるな」

 

「……カナデさん」

 

 そして、彼女の根が善人で面倒見のいい少女であるということも変わりなく。

 ゼファーが考えていることが分かりやすい素顔と、意図して被る仮面の二面性を持っているということにも変わりなく。

 『それ』がバレるかバレないかは、隠そうとするゼファーの頑張り次第と、見抜こうとする奏の眼力次第であり。

 

「なんか悩んでんのか? あたしに打ち明けてみろよ、うりうり」

 

「そういうのじゃないって。

 第一、自分一人で抱え込めるような問題なら、俺は一人でさっさと解決するっての」

 

 今のところ、連日ゼファーが勝利し続けていた。

 "バレたくない"という少年の意志に、技能はしっかりと付いて来る。

 

「水くせーなー、あたしとお前の仲だろ?

 知らない仲じゃないんだ。お前や翼のためなら、あたしはなんだってしてやるさ」

 

「―――」

 

 ゼファーは口を開いて声を"出しかけて"、それを途中で止め、深呼吸一つ。

 それだけで理性は現実を綺麗に割り切って、何も割り切れていない感情は心の奥底の方に押し込まれ、すっと表情が作られる。

 落ち着くための深呼吸を、呆れているかのような大きな溜め息に偽装して、日常の中で冗談を飛ばす時のふざけた声色を意図して作る。

 

「女の子が、男に対して軽々しく"なんでも"とか言うなっての」

 

「お前に言ったところでどうせ何もしてこないんだからいいだろ?」

 

「う」

 

 奏はゼファーのことを分かっていないようで、分かっている。

 そも、人間関係とはそういうものだ。

 親が知っていること、知らないこと。親友が知っていること、知らないこと。

 妻が知っていること、知らないこと。子が知っていること、知らないこと。

 関係の数だけそれはある。

 自分でさえ自分のこと全ては分からないというのに、他人が自分のことを全部分かっているわけがなく、分かっていない部分があるということは、その人への不理解を意味しない。

 

 奏はゼファーの恋を知らない。

 ゼファーはそれを気付かせないようにしている。

 だがそれでも、奏はゼファーのことを指折りに理解している一人なのだ。

 この辺りの関係も、表面上はいつも通りのようで、いつも通りではなくなり始めている。

 

 奏を口八丁手八丁、話題の自然な転換で有耶無耶に流しての話術でなんとか丸め込んだゼファーは、彼女が去った後、ぽつんと一人そこに立つ。

 そして壁を殴った。

 

「……『なんだって』って言われて。何を言おうとしてたんだ、俺は」

 

 壁に血が滲み、破壊するために技巧を凝らした一撃でない拳撃は、逆に拳を痛めてしまう。

 だが、すぐに治った。

 心の傷は治せなくとも、体の傷ならすぐに治せる。

 だから、心の傷だけが残る。

 

「そんなこと考えたりする時点で、自分勝手なただのクズじゃないか……!」

 

 今のゼファーの頭の中身を見れば、大抵の人間は"幼稚園児並みの欲求だ"と言うのだろうが。

 それを指摘できる人間は、まだ誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話:運命の分岐点、ただし一本道 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憧れと劣等感は裏表。

 この二つの感情は本質的には同じものであり、心にプラス方向に作用するか、マイナス方向に作用するかの違いしかない。

 憧れていた相手に劣等感を抱く。

 劣等感を抱いていた相手を見直し、憧れる。

 コインを裏返すように、この二つの感情はちょっとしたきっかけで入れ替わるものだ。

 

 ずっとずっと前のこと。

 

 ゼファーの風鳴弦十郎への最初の感情は、劣等感だった。

 それはすぐに"ああなりたい"という憧れへと転じたが、始まりは劣等感だったのだ。

 少年は、かつて弦十郎にこう言っていた。

 

――――

 

「あなたみたいな人が居たなら! 俺なんて要らなかったじゃないか!」

「俺みたいな取り繕ったハリボテの希望なんて要らなかったじゃないか!

 強くて、無敵で、最強で……誰だって守れる力を持ってる英雄が居るのなら!

 俺みたいな弱っちい口だけの奴なんて! 要らなかったじゃないか!」

「なんで……なんでッ! あなたは助けてくれなかったんだ! あの子を!」

「なんであの時、あの場所に居たのがあなたじゃなくて、俺だったんだ……!!」

 

――――

 

 これが全てだ。

 ゼファーがこう言ってからもう四年近くの月日が流れている。

 少年の考え方、弦十郎への感情も、流れた年月がずいぶんと変えたことだろう。

 だが、ゼファーの弦十郎への憧れが、元は劣等感であるということに変わりはない。

 

「ゼファー、行けるか?」

 

「はい。準備出来てますよ、ゲンさん」

 

 今日は広木大臣と弦十郎が、極秘の会談を行う日だ。

 ゼファーが殺人的な忙しさの中、大臣秘書と打ち合わせをしていた努力が報われる日でもある。

 会談の場所は、とある料亭。

 いわゆる、数えるほどの大人物しか知らない穴場というやつだ。

 

 弦十郎が運転席に入り、助手席にゼファーが座っている。

 先に現地入りしている緒川も後に合流予定だ。

 ただでさえ弦十郎が居るというのに、後詰めにゼファーと緒川という対応力に長けた二人を用意しているあたり、『万が一』への想定と警戒のほどが伺える。

 昨今ののっぴきならない世界情勢と防衛大臣という要人のことを考えれば、それも当然か。

 

「どうした、元気が無いな」

 

「そんなことないですよ」

 

「……そうか」

 

 弦十郎のほんの僅かな"元気がなさそうだ"という直感が、"言われてみれば元気が無いように見えたのは気のせいか?"とゼファーの取り繕いに誤魔化される。

 何か引っかかるものを覚えつつも、弦十郎はゼファーの元気が空元気だった時のことを考えて、彼らしい選択を選び取る。

 

「よし、今日の仕事が終わったら焼き肉にでも連れてってやる!

 だから今日一日はいつも以上にガッツリ頑張ってくれよ、ゼファー?」

 

「おお、焼き肉……ありがとうゲンさん」

 

 ニカっと笑う弦十郎の笑顔は、貫禄と頼れる印象を見る者に植え付ける。

 そんな笑顔が、ゼファーは昔からずっと嫌いではなくて。

 

(……カナデさんも、こういうところを好きになったんだろうな)

 

 今では、純粋に混じりけ無くそれを好きとは言えなくなっていた。

 

 ゼファーにとって、弦十郎は兄のような、父のような、大好きな人で。

 武術の師であり、一時は一つ屋根の下で共に暮らした家族で。

 ああなりたいと純粋に思える、憧れの大人で。

 

(俺の笑顔じゃなくて、この人の笑顔を……、ッ! 何考えてるんだ俺は!)

 

 その人に対し『劣等感』などという醜い感情を抱いてしまっていることが、ゼファーを苦しめていた。

 かつて、ほぼ他人だった時に抱いていた劣等感とは違う。

 親しくなったからこそ、大切に想うようになったからこそ、苦痛になる。

 

 ゼファーの弦十郎への絶大な好意に隠れて、ケシ粒のように小さな悪意が蠢き始める。

 俺はこの人にはやっぱり絶対に敵わないし追い付けないんだ、と。

 自分が欲しがったものをこの人は必ず手に入れるんだ、と。

 なんで俺と違ってこの人は、と。

 この人さえ居なければ、と。

 魔が差すことさえもできないようなほんの小さな暗い気持ちだが、確かにそこにある気持ち。

 "そんな気持ちを抱いてしまっている"という事実そのものが、ゼファーを苦しめる。

 

(ゲンさんはこんなにいい人で、俺を気遣ってくれてるのに、俺は……)

 

 例え万の好意に混じる一の敵意だったとしても。

 潔癖で、妥協ができず、斜に構えられないゼファーにとって、それは"自分が他人に向けて絶対に持ってはいけないと思っている感情"だった。

 心が揺れる。

 だがゼファーは、その動揺を許さない。

 顔には出さず、やがて心の振幅を止めるように自己暗示を繰り返し、平常時の自分を取り戻す。

 

(しっかりしろ)

 

 どうしようもない苦悩を忘れるでもなく、そこから逃げるでもなく、とりあえずで棚上げして目の前のことに集中できる器用さが、今日までの日々の中でゼファーの身に付いていた。

 

(俺のダメさ加減に呆れるのは後でいい。後回しでいい。

 今は、やるべきことをやるべきだ……そうすれば、きっと、後悔だけはしない)

 

 彼が高尚なことで悩もうと、くだらないことで悩もうと。

 世界は彼を待たずに回っていくのだから、自分が悩んでいることを理由に責務を果たさないことは許されないと、彼は考える。

 

(頑張らないと)

 

 ゼファー・ウィンチェスターは、ふと思う。

 最近自分に"頑張らないと"と言い聞かせる機会が多くなってきたな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段の場所に着いた弦十郎とゼファーだが、そこには意外な先客が居た。

 

「斯波田事務次官!?」

 

「おう、邪魔してるぜぃ」

 

 斯波田賢仁(しばた まさひと)・外務省事務次官。

 広木威椎防衛大臣に次ぐ、二課の支援者の一人が何故かそこに居た。

 

「何故ここに……」

 

「なーに、お前さんらの話に一枚噛んでやろうと思ってな。

 広木への口添えと、お前らの計画に俺も賛成の署名をやろうってわけだ」

 

「! ありがとうございます!」

 

 斯波田へと弦十郎が頭を下げる。

 二人の人間関係は良好だが、斯波田は二課に政治的に求めるものがあり、また政治の駆け引きが苦手な弦十郎の代わりに弁論を担うこともあるなど、一言では言えない関係であった。

 人情だけでもなく、打算だけでもなく、されど確かな好感と信頼がそこにある。

 

 二課の支援者達はそれぞれの思惑をもって、打算も込みで動いている。

 斯波田事務次官は外交の際に切れるカードとして、『自衛隊は軍ではない』という理屈と同じ理屈で使えるものとしてのシンフォギアを求める。

 また、シンフォギアの導入による軍事費の縮小なども考えていた。

 広木防衛大臣は改定九条推進派の一人であり、シンフォギアを公の武力にしようとしている。

 対ノイズよりももっと広い対象と戦うためのものとして、シンフォギアを定義しているのだ。

 両者共に大なり小なりタカ派の政治家である。

 それぞれの思惑はあれど、資金や人員の補助が欲しい二課からすれば、足並みを揃えることに異論が出ようはずもない。

 

 そして完全聖遺物の再起動実験に二人が手を貸してくれるとなれば、実験が成功した暁には多くの人が救われることとなるだろう。

 打算や損得勘定はもちろんある。

 だが、それは広木や斯波田が弦十郎に向ける人情を否定するものにはならないし、それで救われる人間だってちゃんと居るのである。

 

「ほれ、行ってきな。広木が奥でお待ちかねだ」

 

「かたじけない。ゼファー、行ってくる。斯波田さんに失礼のないようにな」

 

「了解です」

 

 弦十郎は料亭の中に入って行き、後には斯波田とゼファーが残される。

 

「どっこいしょ。おう坊主、ちょいと話し相手になれ。ここに座んな」

 

「え? あ、はい」

 

 休憩用の長椅子に座り、自分の隣をパンパンと手の平で叩く斯波田に促されるまま、ゼファーはその隣に腰を降ろすのだった。

 

 

 

 

 

 斯波田がここに来た一番の理由は、二課の後押しをすること。

 だが、彼がここに居る理由はそれだけではなく。

 今はもうこの世に居ない彼の孫娘と生前愛し合っていた恋人が、孫娘に幸せをくれたことを斯波田が少なからず感謝していた男が、「あの子に目をかけてやって欲しい」と彼に頼んだからだ。

 あの子と言われた少年の名は、ゼファー。

 斯波田の今は亡き孫娘と恋人関係にあったその男の名は、土場という。

 

(あの坊やが俺に頼み事たぁ、珍しい)

 

 少し話をしてみて、斯波田は思う。

 この少年は時々居る、"長生きできないタイプの人間だ"と。

 彼の孫娘がそうであり、彼が人伝に聞く学生時代の弦十郎がそうであった。

 なるほどと、斯波田は心中で納得する。

 

「お前さん、元はどこの生まれなんだ?」

 

「正確なところは分かりませんが、バル・ベルデです」

 

「おうおう、物騒なところから来てんだな」

 

 実際に話してみれば、予想外にズレていて、予想以上にまともな少年だなと、彼は思う。

 彼の検分が正しいか間違っているかは定かではないが。

 

「どうだい、うちの国の居心地は。もう何年も居るんだろう?」

 

「いい国だと思います。掛け値なしに」

 

 長椅子に座り、両肘を両膝の上に置き、指を組むゼファーはしみじみと言う。

 

「比較対象があの国、っていう時点で説得力無いかもしれませんが……

 でも言います。この国はいい国です。俺はこの国、大好きです。

 いい人が治めてるからきっといい国なんだと、そう思ってます。

 だからこういう機会があったら、一度言いたかったんです。

 みんなが死ななくていい、笑える場所を守ってくれて、ありがとうございます、って」

 

 軽く頭を下げる少年を見て、斯波田は一瞬きょとんとして、面白いものを見つけたような表情になる。なるほど、と心中で理解も深めたようだ。

 

(こいつは人にも、自分にも、幻想を持ちすぎだ。面倒くさいくらいに純粋だな)

 

 そしてややおどけた口調で、茶化すように少年に言葉をかける。

 

「そいつぁ俺のおかげじゃあない。お前に優しくしてくれた周りの人の功績だろうよ。

 ついでに言やあ、ちくとんばい優しくされるように生きてきたお前さんの因果応報ってな」

 

「いや、そんな――」

 

「おおっと、蕎麦が来たぞ。食え食え坊主」

 

「へ? そば? い、いただきます」

 

 反論しようとするゼファーだったが、料亭の中から現れた女将の差し出した蕎麦とそれに大仰に反応した斯波田に、会話を遮られてしまう。

 どうやら、斯波田は弦十郎と会う前からこれを頼んでいたようだ。

 斯波田に勧められるままに、ゼファーは蕎麦をすする。

 

「あ、美味しいですね」

 

「だろう? お前さんは違いの分かる男だな」

 

(……美味しいとは言ったけど、すみません、俺そういうのから一番遠い男です……)

 

 こうして少年に気付かせることもなく、ごく自然に、斯波田は会話の主導権を握っていた。

 彼は外務次官。口八丁で戦うのが仕事だ。

 自分が凄いと初対面の相手に理解されるようでは、会話を誘導していると理解されてしまうようでは、外務の仕事は務まるまい。

 

「適当に肩の力抜きな、ナイトブレイザーの坊主」

 

「!」

 

「知らんわけがないだろう? 俺も二課の後援者の一人なんだからよ」

 

 斯波田は蕎麦をすすりながら、相手の神経を逆撫でしない程度に気軽な語調で言う。

 

「適当に生きろ適当に。参政権もない歳のくせして、抱え込みすぎるな」

 

 喋って、蕎麦を食って、飲み込んでからまた喋る。

 

「政治に興味持ちつつ、政治家に丸投げして、失敗したら罵倒するくらいでも構わんぞ?」

 

 そして笑って、少年に助言。

 いっそ清々しいくらいに開き直った政治家スタイルが、斯波田賢仁の持ち味であった。

 彼は神経質とは対極の場所に居る。

 

「適当に生きてなくても、死んでしまう人、苦しんでしまう人は居ます」

 

 が、ゼファーはその言を跳ね除ける。

 神経質な人間がキレ気味にそうするのとは違い、強い意志を瞳に宿して、自分の弱さを胸中に押し込んで、覚悟を混じえた声を発する。

 

「むしろ、もっと頑張らないと」

 

 一課の人間や、海で助けた人間、その他諸々。

 『救われた者の身勝手』はゼファーに少なくない影響を残した。

 それは、「今度こそは誰も死なせず苦しませず勝とう」という覚悟を助長し、「胸が痛い」というゼファーへのダメージとなりしばらく残る。

 

「ほら、この国だって民主主義ですし。

 俺にできないことを皆が、皆にできないことを俺がやってるだけですから。

 皆がやりたがらないことでも、誰かがやらないと……皆が平和に生きられない」

 

 だから戦うのだと、ゼファーはシンプルに斯波田に語る。

 

「民主主義ぃ? あのな、この国は皆で作ってんだぜぃ?」

 

 その言い分を、斯波田はバッサリと切り捨てた。

 

「基本は一人は皆のために、皆は一人のために(ONE FOR ALL ALL FOR ONE)だ。

 おめーのそれはそれじゃallじゃなくてotherじゃねえか。自分入れろ自分」

 

「―――」

 

「政治家だろうがナイトブレイザーだろうが、任されてるんじゃなくて託されてんのさ。

 押し付けてくるなら跳ね除けてやりゃあいい。てやんでいっ、ってな。

 託されたら受け取って、託された分だけやるのが男の仕事ってもんだ」

 

 自分も含めた全員が幸せになるために戦うことと、自分以外の全員が幸せになるために戦うことは、似ているかもしれないけど全くの別物だ。

 他人に言われないと、当人さえどちらなのか勘違いしていることも多いこと多いこと。

 ナイトブレイザーという存在を外野からずっと見ていて、今日ゼファーという少年を話して少しばかり知った斯波田外務次官は、そう断じる。

 

 ナイトブレイザーも、政治家も、見方によっては似たようなものだ。

 誰かの代わりに、大多数の人ができないことをするために矢面に立つ。

 必ずしも正しい選択を選び続けられるとは限らず、常に自分の正しさや汚さに迷い、惑い、時に人々に不条理に叩かれ、罵られる。

 それでも彼らが全ての責務を放棄してしまえば、未来はない。

 政治家を辞める者も、戦いの場から逃げる戦士もどこかには居るだろう。

 だが、斯波田もゼファーも、今日に至るまでその立ち位置から逃げ出しはしていない。

 

 だからこそ、土場は斯波田とゼファーを引き合わせようと一計を案じたのだ。

 土場の思惑は、彼の予想した通りの良い影響を産んでくれている様子。

 

「おめえさんは、俺に託しちゃくれないのかい? 信用できなかったりするのかい?」

 

「そんな……! そんなわけないじゃないですか!」

 

「同じさ同じ。政治を託されんのも、外交を託されんのも、戦いを託されんのもだ」

 

 斯波田はおかわりした蕎麦をどんだけ食うんだという勢いで、更に更にとすすっていく。

 

「そんな俺だから言うのさ。

 坊主に戦いを託して、坊主から政治を託されてる俺がな。

 託された分だけきっちりやって、後は肩の力抜いて適当に生きようや」

 

 からからと、周囲の人間に期待され、国を代表して答弁を続け、時に無責任な者達からの罵倒を受け続けた老人は笑う。

 見る目のない人間には軽薄に見えても、そこには何十年と積み重ねられた人間の厚みがあった。

 ゼファーはまだ、そう生きられるほどに人生経験を積めていない。

 

「手を抜けなんて、無理です」

 

「無理をするなって話に無理と返すたあ大物だな。

 普通に生きてりゃいいんさそれで。彼女とか居ないのか?」

 

「……居ませんね。特に好きな人も――」

 

「まあ俺はおめえんとこの土場に洗いざらい吐かせた後なんで全部知ってるんだがな」

 

「ちょっと!?」

 

「はっはっは、悩めよ若人!

 思春期は自殺しようと思うくらいの悩みでいっぱいだ!

 そいつに負けて首吊っちまう奴も、後々大人になってから笑い話にする奴も居る!」

 

 何も知らない相手ならば仮面で恋関連の話を誤魔化すこともできようが、事前に情報を持っている人間を騙せるはずもなく。

 そんな少年を、祖父と孫以上に歳の離れた老人は笑い飛ばした。

 

「子供には、世の中は子供と大人でキッチリ半分こ、みたいに思ってる奴も居る。

 子供時代がとても大きなものだと思ってる奴も居る。

 だがな、人生の中の子供時代なんてせいぜいが1/5程度、ってんだ。

 お前なんてせいぜい、まだスタートラインから一歩踏み出した程度の所だろうよ。

 まだまだ人生、先は長いんだ。恋愛の悩みもその内笑い話になって然りよ」

 

 つまらないことで悩んで自殺したりするのも普通の若者。

 必死で乗り越えたことを、大人になってから「なんであんなことに必死になってたんだろうな」と思うようになるのも普通の若者。

 現実に対して、斜に構えたり、必死になったり、思い悩んだり、躓いたり。

 若者は、皆が皆それぞれ違う悩みを抱えた青春の塊だ。

 今のゼファーもその一人。

 

「ありがとうございます、マサヒトさん」

 

「おっ、身内以外に下の名前で呼ばれるたぁこれまた懐かしい感じだ」

 

 斯波田はゼファーに答えをやったわけではない。答えへと導いたわけでもない。

 むしろ「もっと悩め」とそれを肯定さえしていた。

 この男は道に迷うことを悪とする人間ではなく、迷い悩むこともまた一つの道だ、と考えるタイプ。人それぞれの人生観がある中で、彼が彼なりに定めた人生観だった。

 正しい方向に向かう意志と、道を間違えた時に正してくれる誰かが周りに居るならば、どんどん迷えと若人に言ってはばからない、そんな人。

 

「……」

 

 ゼファーは以前、弦十郎は人には人それぞれの正しさがあると言っていたのを思い出した。

 今また、少年は新たに出会った人から『生き方』を学ぶ。

 それらを鵜呑みにするでもなく、かといって無価値な記憶にするでもなく、自分の中の肥やしにしていく。いつしかそれらが実を結ぶこともあるだろう。

 

 だが、それを邪魔する者はいつでもどこでも現れる。

 

「……ん?」

 

 弦十郎は、用心のためにゼファーをここに連れて来た。

 意図して集中を保ち続ければ、アウフヴァッヘン波を周囲に投射するゼファーの直感(ARM)は人の意識の有無、意識の流れすら感じ取れる。

 バリアコーティング持ちのシンフォギア相手や、完全無機物のゴーレム相手だとその真価の全てを発揮できない直感ではあるが。こういった時には、凶悪なまでの性能を発揮する。

 

「マサヒトさん、料亭の中に入ってください。ゲンさん達と合流します」

 

「おいおい、まだ中の話は終わってねえと思うぞ」

 

「敵襲です。数は……おそらく10以上。嫌な予感がする相手です」

 

「……なに?」

 

 彼の『聞き届ける力』は、日々成長を重ねていた。

 

「多分ですが、荒事になります。さあ早く」

 

 そしてゼファー達に対して先手を取れないことが確定したこの時点で、彼らに向けて忍び寄っていた謎の敵達の勝機は、毛の先ほども存在しなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今この料亭には、ゼファー・緒川・弦十郎の三人が揃っている。

 その時点でどうしようもなく、敵側は詰んでいる。

 勝機があるとすれば奇襲のみ。それすら、ゼファーによって芽を摘まれてしまっていた。

 

「ただいま戻りました」

 

「ご苦労、慎次」

 

 縛った人間を抱えて来た緒川を、弦十郎と無言のゼファーが出迎える。

 大臣達と料亭の従業員達を一カ所に集めて隠れさせた後、三人は玄関付近に陣取っていた。

 しかも先手を取り、敵の情報を得るために緒川が敵の一人をもう捕縛して来ているという、この圧倒的優位。

 二課サイドと謎の敵の戦力間には、かわいそうなくらいに圧倒的な差があった。

 

「偵察の結果ですが、敵は森の中から個別にここに接近しているようです。

 この料亭は周囲がほぼ森。全方位から来ていると考えるべきでしょうね。

 人種はバラバラ。国籍も特定出来ません。銃も番号は擦り潰されているようです」

 

 緒川が捕らえた敵を、地面に転がす。

 多少なりと尋問した後があるが、緒川も流石にこの短時間で情報を吐かせることはできなかったようだ。

 気絶しているように見えるが、ゼファーはなんとなく気絶しているフリをしているような気がしたので、気を抜かずに警戒を続ける。

 見れば、経験からか、緒川も弦十郎も気絶しているフリを警戒しているように見えた。

 

「どう思う、ゼファー」

 

「アメリカでしょう。証拠はないですけど」

 

「お前もそう思うか」

 

 昨今、日本とアメリカの関係は微妙な関係にある。

 それこそ、"証拠が残らなければアメリカの特殊部隊が日本の大臣を殺してもおかしくはない"くらいに。表面上は友好国であるというのが、なおさらややこしかった。

 ゼファーは勘で、弦十郎は知識でその推測に至る。

 男達は言葉にせずとも、目だけで『生け捕りにして全てを吐かせよう』という作戦目標を共有。

 

「俺と慎次がオフェンスで行こう」

「ゼファーさんはディフェンスをお願いします」

 

「了解しました」

 

 ただ一言、それだけ言って大人二人は森の中へと駆け出して行く。

 数秒後、森の中から何かが粉砕される音と、まばらな銃声が響き始めるのだった。

 

(……ご愁傷様)

 

 戦いの基本の一つに、敵の目標を正しく認識するというものがある。

 今ゼファーらの下に迫っている多国籍部隊は、どこの所属かも徹底して隠している特殊部隊ではあるが、ここに現れたという時点でだいたい狙いは絞れてくる。

 その中でも最も『狙われた場合のリスク』と『殺された場合の被害』が大きく、『街から離れた時を狙うのが一番殺しやすい』のが、広木防衛大臣と斯波田外務次官であった。

 

 この二人を殺される、攫われるのが最もマズい。

 それゆえに直感持ちのゼファーを料亭前に待機させ、弦十郎と緒川は自分から攻めに行ったのである。

 敵が何かしてくる前に殲滅すりゃいんじゃん! の理屈で忍者と防人セットが攻めに行くのも、念のためでゼファーをディフェンスに残すのもいいが、戦力差が酷すぎて笑い話にしかならない。

 

 大人二人は銃を携帯していなかったはずだが、ゼファーの直感は「十分な装備をした特殊部隊十数人が素手の二人に無双されてるよ」と伝えて来る。なんといういつものことか。

 かくいうゼファーも素手で、敵がもしここまで来た場合には少し考えなければならない。

 ナイトブレイザーになれば、武器がなかろうと彼も無双できるのだろうが……

 

(……ナイトブレイザー化は厳禁と。言われずとも分かってるよ、ゲンさん)

 

 この敵の目標が見えない以上、迂闊には変身できない。

 もし変身の瞬間を撮影→衛星回線で送信→ナイトブレイザーの正体発覚などという流れになってしまえば、ここで敵を全て倒したところで挽回が利かない、完全敗北と同義と言っていい。

 ゼファーはもしもの時は己が身一つで敵を倒さなければならず、それができる自信もあった。

 

(しかし、この敵の目的は?)

 

 森の上空10mくらいまで殴り飛ばされている特殊部隊員の姿を見上げつつ、ゼファーは敵の狙いの推測を始める。無論、周囲への警戒は怠らない。

 敵の目的がこの作戦の成功、つまりこの作戦が本命であればいい。

 ……だが、もしも、もしもだ。

 この作戦が本命でないとしたら?

 脅迫、警告、威力偵察、要人暗殺による総合的な力の漸減。

 その程度の目的しかないとしたら?

 

 本命の計画が、今日から日を置かずに行われるのではないだろうか。

 

「―――」

 

 ゼファーの勘は、本日すこぶる調子がいいようだ。

 理論立てる過程を経ずとも、『これだ』という結論に辿り着いた様子。

 嫌な予感に、ゼファーの背中にひんやりとした汗が流れ始める。

 

(……! 考えてる場合じゃないか。来た!)

 

 思考を中断したゼファーの前に、森の中から敵が一人飛び出してくる。

 弦十郎と緒川のうっかり?

 否。二人による防衛ラインを、仲間との連携で突破してくる手練ということだ。

 生半可な技量ではあるまい。

 

 ゼファーは料亭の人から事前に貰っていた、廃棄予定の包丁を容赦なく投擲した。

 狙うは足。回転する速度も飛んで行く速度も、微塵の容赦もない全力の投擲であった。

 敵はそれを横に跳んで最小限の動きでかわし、ゼファーへと正確無比な銃撃を撃ち放った。

 敵の目線、銃口の向き、撃つ直前の指の動きといった情報を全て叩き込んだ直感を稼働させ、ゼファーは後方宙返りにて回避。

 射線を通さないようにするために、着地と同時に転がるように岩陰に隠れた。

 

(予想以上に強そうなのが来たな……)

 

 敵は筋骨隆々、体格だけならば弦十郎に匹敵しているように見える。

 立ち回りもかなり丁寧で隙がない。

 何より、その淡々とした殺すまでの筋道の立て方が実に厄介だった。

 今もゼファーが隠れている岩陰に手榴弾を投げ込み、出てきたところを撃ち殺すための位置取りを慎重に選んでいるようだ。厄介極まりない。

 戦場帰りはああいう感じだと、ゼファーは経験的に知っている。

 

(長引くとマズいか。初見殺しで行こう)

 

 ゼファーは岩陰より飛び出し、フェイント込みで一気に距離を詰めようとする。

 が、熟練の兵士らしきこの敵の射撃をその程度でかわせるはずがない。

 銃弾に抉られて、少年の右太腿に、左脇腹に大きな穴が空く。

 だが止まらない。

 痛みと負傷で少年は足を止めるだろうという敵の予想は、いともたやすく覆された。

 

「……!」

 

 やせ我慢と気合で痛みを乗り越えたゼファーが、敵まであと2mという位置まで迫る。

 敵はもはや生かせないと判断したのか、ゼファーの首へと拳銃を向け、発射。

 ゼファーの首が抉れ、頸動脈がちぎれ、血が吹き出す。

 だがそれでも止まらない。

 

「ッ……! いてえな、おい!」

 

 人間をやめかけている今のゼファーを銃で殺したいのなら、脳を破壊する以外にないのだ。

 

「―――!」

 

 互いの距離はほぼゼロとなった。

 武器のないゼファーは、敵の装備のホルダーに吊ってあったナイフを拝借。

 敵がゼファーの頸動脈から吹き出した血に視界を塞がれ、致命傷を受けても止まらないゼファーに動揺した隙を突き、拳銃を持った手の手首を一閃。手首から先を切り飛ばした。

 

「Jesus!」

 

「Smile you son of a bitch」

 

 叫ぶ敵を見据え、ゼファーは淡々と言葉を突きつける。

 人を殺し慣れているのはゼファーも同じだ。

 ゼファーはそのまま敵の足を払い、手で押し、敵を仰向けに倒すように転ばせる。

 そして敵の動きを封じる体勢でマウントポジションを取り、その首にナイフをピタリと添えて。

 

 そこで、止まった。

 

(……あれ?)

 

 敵はピクリとも動かない。

 首に添えられたナイフを「動くな」という警告だと判断したのだろう。

 事実、ゼファーはこの敵を生け捕りにするということのリスクを無視できず、リスクを減らすためにここでこの敵を殺しておくべきだと思っていた。

 今すぐにでもナイフを動かし、首を掻っ切るべきだと思っていた。

 なのに、動かない。

 

(なんでだ?)

 

 敵には見えはしないだろう。

 ゼファーが今被っている仮面の下で、どれほど動揺しているか。

 自分の変化にどれほど戸惑い、自分を見失っているか。

 赤の他人であるこの敵にだけは伝わるまい。

 

(……なんで……今更……俺は、殺すのを、躊躇ってるんだ……?)

 

 人を殺すことに思い悩む、一人の少年の葛藤など。

 理解者でも何でもないこの敵が、仮面越しに読み取ることは不可能だろう。

 

(今更、今更だろ……何人殺してきた……! 物心付く前には殺してただろ! 俺は!)

 

 ゼファーが最初に人を殺したのは、いつのことだっただろうか。

 

(今更良い子ぶって殺せないだなんて、そんな……それが一番汚いだろッ!

 今ここで殺すのをやめたからって、殺した罪が消えるわけでもないってのにッ!)

 

 ゼファーが最後に人を殺したのは、いつのことだっただろうか。

 

(殺せ……殺すことが悪でも……!

 『殺さなきゃ殺される』があの場所のルールだっただろ!

 俺はあの場所で、クリスみたいに、殺さないでも生きていけるほど強くなくて―――!)

 

 ゼファーが最後に人を殺してから、人を殺さない日々はどれだけ重ねられていたのだろう。

 どれだけの成長が積み重ねられていたのだろう。

 どれだけ人と触れ合い、言葉を貰い、繋がりを紡いで来たのだろう。

 

(なん、で、殺せないんだッ!)

 

 もう、ゼファーは人を殺せない。

 『知らない相手だから罪悪感も少なく殺せる』という理屈は、見知らぬ町の人々の命を大切に思い、守ろうとして立ったあの時に、彼の中で完全に否定されていた。

 

(―――あ)

 

 そうしてゼファーは。

 ここがバル・ベルデの理屈が通らない場所であることに気付き。

 "リスク"程度のものを"命"と引き換えにできなくなっている自分に気付き。

 「もう誰にも死んで欲しくない」と叫ぶ己の心に気付き。

 誰の死も望まないということは、誰も殺さないという誓いを立てるのだということに気付く。

 

 ゼファーは生きたい。生かしたい。

 だからきっと、もう誰も人を殺さない。

 

「……」

 

 ゼファーは敵の首にナイフを添えたまま、英語で敵へと語りかける。

 

「こちらはお前を殺す気はない。投降しろ。悪いようにはしないと約束する」

 

「……!」

 

「情報を全て吐いてくれれば、二課で最大限に丁重に扱うと約束する。

 家族が故郷に居るとか、そういう話があれば最大限に便宜も図る。

 ここで死んだことにして身を隠せば、そもそも内通は発覚しないし―――」

 

 ゼファーは言葉を尽くして敵を説得しようとする。

 手首を切り飛ばされた敵は出血も多く、早く手当てしないと手遅れになりかねない。

 そんな思いからか、次第に言葉にも気遣いと焦りがうっかり滲み出始めてしまう。

 

 そんなゼファーの様子に、敵が何を思ったかは分からない。

 少なくとも、それは侮蔑や嘲笑といったものでないことだけは確かだ。

 敵は一瞬、父が子を見るような優しい表情を見せ、一瞬後にすぐに仕事人の表情へと戻す。

 そして、懐から何かを取り出した。

 

「―――!?」

 

 それが爆弾であり、すぐにでも爆発すると直感が最大限に警鐘を鳴らす。

 ゼファーは直感に導かれるままに、爆弾の効果範囲まで跳ねるように距離を取り。

 敵が何故、爆弾を見せたかということにすぐ気付く。

 

 ゼファーは爆弾を見て、すぐに距離を取った。

 それゆえに、少年がその爆発には巻き込まれることはない。

 爆弾は、この敵一人だけを巻き込んで消し飛ばすだろう。

 ほんの少しだけ情を見せた敵が、こんなところで使い捨ての駒として使い潰される運命を受け入れていた敵が、ゼファーに見せたほんの少しの気遣いと優しさ。

 そして、大国から下された命令への反抗。

 

 爆音と閃光。

 敵が見せた感情全てが、ゼファーの眼前にて、爆発と爆炎に飲み込まれて消えていく。

 

「……おい」

 

 ゼファーは呆然と立ち尽くす。

 弦十郎達が戦っている森の中からも、最初に緒川が捕獲した一人を転がしていた方からも、同じ爆発音が聞こえ始めた。

 つまりは、そういうことなのだろう。

 彼らの『自主的な自殺』により、"米国に不利な証拠は一切残ることはない"。

 

「……誰だって。誰だって! 死にたくなんかないはずだろ!

 生きたかったはずだろ! こんなところで、生きるのを諦めたくなかったはずだろ!

 できれば生きたくて、幸せになりたくて……思いは一つのはずだろうッ!?」

 

 ゼファーは叫ぶ。

 敵であっても、死んで欲しいなどとは思えなかった。

 敵であっても、生きて欲しかった。

 誰であっても、生きたいという気持ちは同じはずだと思っていたから。

 

「なのに、なんでッ……!」

 

 チカッ、と脳裏が瞬くような感覚と共に、思い出したくもない言葉が思い返される。

 あの日、紅き災厄(ヴァーミリオン・ディザスター)の時に、ゼファーが魔神から突きつけられた言葉の数々が蘇る。

 

――――

 

『お前が一番良く知っていたはずだったのにな』

『願おうと、望もうと、お前が手にすることはない』

『だから何も願わず、何も望まず生きていたのがお前だっただろう?』

『欲しいものも願うものもない……そんな虚無のままで居れば、傷付くこともなかったろうに』

『身の程を知れ』

 

『そうだな、お前達の一般的な判断基準から考えて見るならば』

 

『人を殺す人間は、救いようもなく悪だろう』

 

『そうだな、どうしようもない』

『境遇ではなく、お前自身がどうしようもないからだ』

『お前が、お前自身を永遠に許さないからだ』

 

――――

 

 人を殺すことは悪だ。他の誰でもない、ゼファーが最初からずっと一貫して言っている。

 自分が追い込まなければ死なずに済んだのかもしれないと、そう思うともう止まらない。

 ゼファーは、この敵を自分が殺してしまったのだと認識した。

 この敵を追い込み死に至らせていなければ、別の人がこの敵に殺されていたかもしれないと、そう理解した上で。それでも、心の淀みと痛みは取れやしない。

 『普通の人間らしくなった』ことが、『普通の人間らしく苦しむ』という事へと繋がって行く。

 

「……くそっ!」

 

 勘だが、分かってしまう。

 襲撃して来た特殊部隊の人間達は、一人残らず爆死してしまったようだ。

 自分の手で殺したようなものである他人の命が、肩に乗って、やたらと重い。

 

(人を殺すのって、こんなにしんどい気持ちになることだったっけ……)

 

 休みたい、とゼファーは思う。

 休ませない、と運命は押し付ける。

 

「!」

 

 直感が、少し先の未来に現れるであろう怪物達の襲来をゼファーへと注げる。

 迷う暇も悩む暇もありやしない。

 ノイズが、来る。

 

「次から、次へと……!」

 

 ゼファーはノイズの出現予測位置を二課本部に送り、避難誘導を開始させる。

 駆けつけて来た緒川と弦十郎に事情を説明し、二人の政治家の護衛を代わってもらい、ジャベリンが無いために自分の足で走り出す。

 ノイズの出現予測位置は、またしても街中だ。

 それもそこそこの規模の、そこそこ人が居る街のど真ん中。

 

「もうこれ以上、殺させてたまるか! アクセスッ!」

 

 ゼファーは焔の黒騎士へと変身し、そして。

 

「―――ッ!? あヅァ!?」

 

 過去最大級の腕の痛みに、立つことも出来ずに無様に倒れ込んだ。

 

「な、が、ア、づ、なんだ、これッ……!?」

 

 初期の頃にも戦いの中でこうなってしまったことは一度あったが、その時の痛みを倍加したような痛みがゼファーの腕へと走る。

 

 アガートラームはゼファーの正の感情を力に変える。

 その力は騎士の身体能力、戦闘可能時間、生命維持能力へと変わる。

 ネガティブフレアはゼファーの負の感情を力に変える。

 その力は敵を焼く力、そしてゼファーを焼く力へと変わる。

 ナイトブレイザーの特性は、少年の心の中における感情の拮抗を、そのまま反映してしまう。

 

 負の感情が増せば、焔はゼファーの身体を侵食するようになる。

 少年により大きな痛みを与え、その痛みを食らって更に火勢を増すという無限ループ。

 そして負荷が増すということは、当然戦闘可能時間が短くなるということであり、ゼファーの命が脅かされる可能性が高くなるということだ。

 

 焔の負荷を抑えるHEXシステムも今は使えない。

 今のゼファーは立つことすらもおぼつかず、変身可能時間もせいぜい五分と少し。

 まるで焔に喰われているかのような姿で、惨めに地面を這いつくばっている。

 

 その状態が。精神の状態をそのまま表出させる、ナイトブレイザーの特性が。

 今のゼファーの心の中身を、そっくりそのまま映し出しているかのようだった。

 

「あ……ぐ……!?」

 

 ナイトブレイザーが、自分自身の焔に飲み込まれていく。

 

 唸るようなゼファーの声すらも呑まれていく。

 

 やがて、そして―――

 

 

 




GXEDの「いつか燃え尽きるまで」ってフレーズが好きです

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