戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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てっきとーにGXの短編を書いていたりいなかったり

あ、改めまして感想・お気に入り・評価ありがとうございます。一つ貰うたび、画面のくれた方の名前に向かって手を合わせ、ありがたやありがたやと拝む毎日です


3

 

「負けて、たまるかッ!!」

 

 

 

 

 

第二十二話:運命の分岐点、ただし一本道 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウッ、と焔が燃え盛る。

 空間を飲み込み、抉り、食い尽くし、ゼファーの戒めから解き放たれようとしている焔。

 それは、少年も正確な由来を知らない魔神の残り香だ。

 少年の内側にほんの少しだけ残されたただの残火でありながら、それはアガートラームによる制御を食い破り、今すぐにでもこの世界全てを焼き尽くそうとしている。

 これは今日まで、『ゼファーの希望』でしか抑え込むこともできないものだった。

 

 だが、しかし。

 徐々に焔は収束し、凝縮され、鎧の内側にまた戻っていく。

 腕の亀裂より焔が体内に戻っていく過程。それは少年の身体に特大の苦痛を与えるが、少年はそれに耐え切って、堪えきる。

 

「ぐっ、あっ、アッ!!」

 

 そして驚くべきことに。

 たった一人の力だけで、暴走しようとするナイトブレイザーの力を、押さえ込んだ。

 

「はぁ、はぁ……抑え、込んだぞッ!」

 

 以前と比べれば苦痛の規模が小さかった、というのもある。

 だが、今こうしてゼファーが暴走と苦痛を抑え込んだのは、彼の心が日々成長していることの証左に他ならない。

 かつて未来の助力がなければ僅かな暴走すら押さえ込むことも出来なかったゼファーは、今やたった一人でも立てている。

 他人によりかかるのではなく、他人によりかかられても大丈夫な様子で、一人で立っている。

 

「負けるか、こんな、感情なんかに……!

 自分の感情に、自分なんかに負けていられる時間なんてあるかッ!」

 

 ナイトブレイザーは跳ぶ。

 街中には既に避難警報が鳴り響いていて、阿鼻叫喚の人々の視界の中に、丁度ノイズが出現したところだった。

 人々からはこんな光景が見えたことだろう。

 

 鳴り響く警報。悪夢のように出現するノイズ。

 絶望して諦め・助けを求める声を上げ・目を瞑ってしゃがみ込む民衆。

 そして、誰かが殺されるその前に、駆け付けてくれたナイトブレイザー。

 空より舞い降りた黒騎士は、何より先に人々の心に救いを与えてくれていた。

 

「ナイトブレイザーだ……」

「た、たすかったぁ……も、もうだめ゛がどお゛も゛でだ……!」

「よかった、よかった、よかった、本当によかったっ!」

「ありがとう! ありがとう! マジでぇ!」

 

 人々の声を背に、ナイトブレイザーはアクセラレイターを無言で弱起動。

 足裏で圧縮した焔を爆発させ、高速で踏み込んで先頭のノイズをまず殴り潰した。

 時間加速により全ての速度が底上げされ、水上走りの発展技術により"全身が空を蹴る足"になっている今のナイトブレイザーの機動力は、天羽々斬のそれすらも上回る。

 その代価として、ゼファーの全身から命が削れる音がする。

 

「ぐっ……!」

 

 ゼファーには分かる。

 HEXバトルシステムでシンフォギアの補助を受けられない今の自分の体では、ノイズに対しても自身に対しても破壊力が増している今のネガティブフレアを抑えきれない。

 変身維持は五分が限界。全力で戦うのなら、三分が限度といったところだ。

 たった三分。されど三分。今の彼には十分すぎるほどの三分だった。

 

 拳でノイズを殴り、拳先で焔を爆破。

 反動で後ろに飛んだ肘鉄が、背後から迫るノイズを粉砕した。

 ゼファーは加速し、跳躍して右肩後・右腰後・左肩前・左腰前で焔を爆破し、高速回転しての回転蹴りでノイズを複数体纏めて蹴りちぎった。

 着地し、一息つく間も惜しいとばかりに加速して移動。

 左手で焔を放出して敵を片っ端から焼き払いながら、右手は肩から先を焔の反動で無理やり動かすことで、文字通りの腕一本で大型ノイズを放り投げる。

 宙に浮いた大型ノイズは、アクセラレイター+焔の反動により威力を高められたカカト落としにより、急所部分を破壊されて炭化した。

 

「ハァ……ハァ……ハァッ……!」

 

 ナイトブレイザーの内より、命が焼ける音がする。

 息は切れ、隠し切れない苦悶の声が時々漏れるようになってきた。

 救われた人々の何人かには、聞かれてしまったかもしれない。

 

 ナイトブレイザーは変身しているだけでゼファーの生命力を削る。

 腕を焔が焼き、再生能力が腕を直す無限ループの苦痛。

 アクセラレイターも全身に致命的な負荷をかけるものだ。

 体表で焔を爆発させて体を動かす身体制御法のダメージなんて言わずもがな。

 再生能力があるからかろうじて生きていられるだけで、なければ数分で命を燃やし尽くしてしまうであろうラインナップだ。

 

 だがこの『痛み』も、『姿』も。ゼファーが望んで手にした戦うための『力』なのだ。

 無力の苦痛、喪失の悲嘆はこれらと比べても上を行くほどに辛い。

 ゼファーはそれを知るからこそ戦い続ける。

 昨日も、今日も、明日も、未来も。

 

「ああああああッ!」

 

 敵を一塊にして、バニシングバスターで一気に殲滅。

 ……しようとするも、直感がそれを思い留まらせる。

 「今バニシングバスターを撃てば反動で死ぬ」という直感の囁きに従い、ゼファーは胸部装甲の展開を中止する。そして跳び出し、己が手足でノイズを全滅させんと踏み出した。

 

 かつて絶えられなかった痛みにも、苦しみにも、絶望にも耐えられるようになった。

 それを成長と言うのなら、これは間違いなく成長と言えるだろう。

 大切な人が死ねば、その痛みから逃げるためにその人に関すること全てを忘れようとしていたゼファーは、もうどこにも居やしない。

 

 痛みが彼を強くした。

 苦しみが彼を成長させた。

 迷いと悩みが決意をくれた。

 希望を諦めない心を育んだのは、絶望だった。

 

「アクセラレイターッ!!」

 

 人を守らずにはいられない。

 ヤケになって全てを投げ捨てるなんてできない。

 命のために戦うことをやめられない。

 

 どんなに心が苦しくても、辛くても、泣きたくても。

 

 歯を食いしばり、この道を行くと決めたのだ。

 

「……っ、……ッ、……ぜ、ぁッ……!」

 

 全てのノイズを討ち果たし、人々の感謝の声を背で聞いて、ゼファーは路地裏へと走る。

 町の郊外まで逃げるだけの体力も余裕も、もはや残されては居なかった。

 負荷による苦痛と披露で、変身解除と同時に倒れ込むゼファー。

 その途中でゴミバケツをひっくり返してしまい、ゴミにまみれたまま立てなくなってしまった。

 

「……ぅ……」

 

 全身のいたるところに暴れ回った焔の傷跡、火傷が残っている。

 腕などはもはや皮膚が残っておらず、かろうじて溶けていない肉が付いている程度で、ドロドロになった肉がギリギリ骨の周りに付いている、くらいの状態であった。

 組織液と血液が混ざり、ドロドロになった肉の合間から漏れている。

 今回は内臓にまでダメージが行ったようで、ゼファーはむせて血を吐きながら、熱で融けてくっついた瞼を無理矢理引っぺがす。

 

「……はぁ……はぁ……よし、なんとか、なったか」

 

 見るからに致命傷なそれらも、再生能力によって急激なスピードで治されて行く。

 この力はゼファーの生きたいという力に聖遺物が応えた力。

 そして同時に、何度傷付こうがその体を直し、彼を戦場に向かわせる力でもある。

 悶えるゼファーの身体を侵した焔は、今は彼の内的宇宙の中に封じられている。

 残滓であっても世界を焼く焔。彼という器が封じてくれていなければ、どうなっていたか想像するのも恐ろしい。

 

「負の感情……見ないようにしても、消えはしないんだろうな……」

 

 覚悟を決めても、負の感情が消えるわけではない。

 それは当然のことだ。

 覚悟とは負の感情をねじ伏せる意志である。

 仮面を被ろうと、意志でねじ伏せようと、その感情が消えてなくなることはない。

 そういう意味では皮肉にも、ネガティブフレアがゼファーの弱音を代弁してくれているようなものだろう。なんとも、評価に困る傍迷惑な焔だ。

 

「今日も、明日も、明後日も……」

 

 ゼファーは何とか立ち上がる。

 変身中の熱で融解した足の裏の皮が、靴下にくっついてズルリと剥ける痛みが走った。

 だがもはや、その程度の痛みで膝を折るような軟弱さは彼の中から追い出されている。

 立ち上がり、呻くように彼は己を叱咤する。

 

「負けてたまるかっ……俺が負けて、失われるものがある限り!」

 

 決意新たに、少年はふらふらと歩き出す。

 この少年が生きている限り、どんな悪がどんな質と量を備えて襲来したとしても、最後には正義が勝つだろう。その代価に、何が支払われるかは分かったものではないが。

 

 

 

 

 

 どこの国のものか特定できなかった特殊部隊も、偶発的に発生したノイズも、二課がその力でものの数分にて片付けた。

 加え、今日のために案件を煮詰めてきた二課の頭脳担当達と、広木防衛大臣を必死に説得しようとしていた弦十郎の頑張りが光る。

 ただ話しただけでも大臣を説得することは可能だったろうが、こうした有事に完璧に対応する対応力、あるいは組織力を見せることで、それが説得の後押しとなってくれたらしい。

 弦十郎は、広木の説得に成功していた。

 

 これで後は自衛隊とシンフォギアの模擬戦を行い、そこで中立派を味方に引き込み、ツヴァイウィングの完全聖遺物再起動実験を成功させるだけ。

 一つのゴールが見えてきた。

 完全聖遺物・ネフシュタンの再起動という目標に到達するまで、あと少し。

 そこまでは頑張ろうと、ゼファーは気持ちを新たにする。

 

 斯波田外務次官はそんな少年に、別れ際に好々爺な笑みを見せ、こう言った。

 

「忘れるなよ、悩めるナイト。

 気楽に生きろ。皆を守る時、その"皆"には自分をきっちり入れること。

 肝心要を見失わなけりゃ、どんなにふらふら揺れてても最後にゃ上手くいくってもんだ」

 

 肩をポンと叩かれて、言葉を貰い、ゼファーは斯波田へと頭を下げる。

 

「色々と、ありがとうございました!」

 

 他者と話したことが全てゼファーの血肉となることはない。

 言われたことをゼファーが全て自分の人生に反映する義務もない。

 けれど、言われたことは無駄にはならない。

 この日の出会いも、また別の形でゼファーの人生に影響を与えていくのだろう。

 

 そうして、この日の話と戦いは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく後のこと。

 ゼファーは山梨県・北富士駐屯地近くにある、北富士演習場に佇んでいた。

 北富士演習場は旧陸軍が設立した演習場であり、現在でも陸上自衛隊や米軍が利用を続けている4597ヘクタール規模の広さの演習場である。

 戦車やヘリなども訓練も可能な、富士山麓の適度な広さの演習場だ。

 

 この演習場は、駐屯地と合わせ一級品の軍事施設である。

 地上部分も十分に金がかけられているのだが、その真価は駐屯地の地下施設だ。

 地中貫通爆弾(バンカーバスター)による攻撃も想定された耐久力を誇り、指揮系統を保護する機能も持っている。

 もっとも地下施設の増設は、ここ数年に基地そのものの大規模改装をした時になされたものだ。

 最初からこうだった、というわけではない。

 

 今日ここで、自衛隊とシンフォギア装者の模擬戦が行われる。

 『聖遺物はこんなにも凄いんだ』と見せつけ、完全聖遺物再起動実験への賛成を促すための模擬戦が。つまり、正念場である。

 

「翼、だがしかし、それは……」

 

「私になら可能です、叔父様。了子さんもそう思いますよね?」

 

「そりゃーね。自衛隊もこの数ならこの十倍持って来られても余裕よ。

 十倍だと奏ちゃんならLiNKER切れ、ゼファー君なら時間切れでおっ死ぬかもだけど」

 

 だがそこで、自己主張をする者が居た。

 風鳴翼。聖遺物使い三人で挑むはずだったこの戦いに、彼女は一人で挑もうとしている。

 

「私が行きます」

 

 ゼファーと、奏と出会ってから彼女は徐々に変わり始めた。

 劇的でなくともゆっくりと、内気だった性格は自己主張するように。

 大人のイエスマンから、こうして自分の要望を言えるように、変わっていった。

 

「私一人で、十分です」

 

 叔父である弦十郎は、姪である翼が何を考えているのか分からない。

 だが、その目を見て、本気だということは理解した。

 こうまで言うのであれば、風鳴翼は必ず勝つだろうと、そう確信を持った。

 

「……必ず、勝つんだな?」

 

「絶対に勝ちます」

 

「分かった。行って来い」

 

 周囲の何人かから反対の声が上がるが、弦十郎はどこ吹く風だ。

 弦十郎は、今の翼にならば、この敵との戦いであるならば、託しても大丈夫だと思っていた。

 それは信じたいという家族の情であり、同時に人類最強が持つ人外的な直感でもある。

 

 翼は弦十郎と了子、及び付き添いに来ていた二課の皆に背を向ける。

 そして臨戦態勢に入っていたゼファー・奏・朔也の前に、厳密に言えばゼファーの前に移動し、彼の目を真っ直ぐと見て口を開く。

 

「私、思うんだ。

 ゼファーがあんまり私を頼らないのは、私が頼りないからなんじゃないかって。

 だから奏はさん付けで、私は呼び捨て。

 だから奏を呼ぶ時は『あの人』で、私を呼ぶ時は『あの子』なんだろうって」

 

「え?」

 

 翼は不器用である。

 めっちゃくちゃ、と頭に付くくらい不器用な少女である。

 あの日から今日までずっと、翼はゼファーと奏の件をどうするべきかとうんうん唸っていた。

 あーでもない、こーでもない。

 いい答えが出ないまま、頭の中で思考は散々堂々巡り。

 

 記憶の中を探りに探り、何か打開策は無いかと考え続ける翼。

 ……そうしたら、その内、彼女はだんだん腹が立ってきた。

 彼女の記憶の中におけるゼファーの対奏対応、対翼対応に、明確に差があったのである。

 

 例えば飲み物を買って来てくれた時、奏→翼の順で渡す。

 二人の名を順に呼ぶ時、「ツバサ、カナデさん」ではなく「カナデさん、ツバサ」の順で呼ぶ。

 三人で話している時、翼ではなく奏の方を向いて話していることの方が多い。

 そう気付くと、なんとなく友人ランクで負けたような気がしてきて、翼は無性に腹立たしく、寂しく感じるようになって来た。

 

 翼は激怒した。

 かの運根鈍の男に思い知らせてやると決意した。

 翼には恋愛がわからぬ。翼は防人である。恋愛とは無縁な生涯を送ってきた。

 けれども仲間外れに対しては、人一倍に敏感であった。

 彼女はさびしんぼ少女である。

 

 ……まあ、ゼファーが奏に対して恋愛感情を持つ前は奏>翼の優先順位は丸っきり逆であったのだが、それは言わぬが花だろう。

 準家族で親友なゼファーと翼の関係は、そう簡単に揺らぐほどヤワなものではない。

 だが、それがいけないのではと翼は考えた、

 どうすればいいのかはまだ思いつかないが、とりあえずゼファーがもっと自分に寄りかかれるようにならなければ話にならないのではと、そう考えた。

 

「ゼファーの想像以上に私が頼りになるってこと、見せてあげる」

 

 それゆえに、翼は一人で戦いの場に赴く。

 ゼファー・ウィンチェスターの中の、自分のイメージをひっくり返すために。

 その背を見送りながら、奏はゼファーの脇を肘でつついた。

 

「お前なんかやったの?」

 

「心当たりは無いわけじゃ、ないけど……」

 

 藤尭朔也は無言で両目を手で覆い、思春期の少年少女にしか戦う力が与えられていない巡り合わせと、古今東西様々な組織を内部崩壊させてきた『恋愛』というファクターに、頭を悩ませるのだった。

 

(あーやっぱ、そういうのか……童貞の俺に何しろってんだよ……)

 

 恋愛経験皆無の、童貞の身で。身の程知らずと言ってはいけない。彼は義理堅いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、戦いは始まる。

 自衛隊側には、明らかに油断があった。

 何しろ彼らの視界の先には一人の少女、それも武器も持っていない高校生が一人だけ。

 しかもセルロース弾やゴム弾ではなく、実弾が指定されており、自衛隊の面々の武器には人を容易に殺せる弾丸が装填されているのである。

 撃てば死ぬ。

 その意識が自衛隊の面々の脳裏に、上からの命令の不可解さを浮かばせているのだ。

 彼らは人を殺すのではなく、自ら衛るために訓練を重ねてきたのだから。

 

「おいどうすんだよ」

「……撃ったら死ぬよなあ」

「無駄口を許可した覚えはないが」

「「す、すみません」」

 

 旧式とはいえ、戦車や戦闘ヘリまで用意されているというのに、彼らはまだ半信半疑。

 少女一人に一部隊が匹敵すると念を押して言われているというのに、半信半疑。

 それほどまでにこの戦場で、風鳴翼は異質な存在だった。

 自衛隊の一部には、アーティストとしての翼を知っているために、なおさら引き金に指を乗せることを躊躇っている者も居た。

 

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)

 

 だが、そんな慢心もそう長くは続かない。

 彼らはどう手加減すればいいのかと迷っているが、その実立場は逆だ。

 彼らは全力を出してなお、届くか分からない相手と相対している。

 翼が変身した瞬間、彼らは呆気に取られるのではなく、最大限に警戒すべきであった。

 そうすれば、数分は持ち堪えられただろうに。

 

「―――え?」

 

 戦闘開始の合図から、またたくほどの一瞬の後。戦車が一台、両断される。

 それも乗員にはかすりもしない軌道で、豆腐に箸を入れるようにざっくりと、だ。

 何が起こったか? 自衛隊には一瞬、それすら理解できなかった。

 よく見れば、翼がノーモーションで振り下ろした剣先から何かが飛び出したのだと、振り終わった後の翼の姿勢から判別できただろう。

 

「散開!」

 

 だが彼らが真っ先にしたことは、冷静かつ堅実な、『いつも通りの動き』の再現であった。

 訓練を実戦のように。実戦を訓練のように。

 未知の圧倒的戦闘力に対し動揺せず、瞬時に慢心を捨て動けるのは、流石といったところだ。

 これで相手が翼と天羽々斬でなければ、大抵の相手に善戦は出来ていただろうに。

 

「見たか、ゼファー」

「ああ……チャージ無しで以前までのチャージした威力と同等の蒼ノ一閃。

 前に俺やカナデさんと模擬戦した時より、ずっと技の性能が上がってる」

 

 ノータイムで蒼ノ一閃に切り裂かれた戦車が弱いわけがない。

 30~50tの金属とセラミックスの塊が脆いわけがないのだ。

 生半可な爆弾などでは傷付きもせず、人間を紙のように砕く弾丸を跳ね返し、石や木々を踏み潰して行くパワーファイター・戦車。世界と歴史の中でこんなにも多用されてきたという事実そのものが、戦車の強さと防御力を如実に示していると言える。

 弱いわけがない。脆いわけがない。

 ただ純粋にシンフォギアが強すぎて、蒼ノ一閃をノータイムで撃つ翼が強すぎる。

 

《《       》》

《 絶刀・天羽々斬 》

《《       》》

 

 歌を歌いながら、翼は空高く跳び上がる。

 そして右足の剣を振りかざし、縦回転で切りつけた。

 ただの一閃で撃墜されたヘリの中から、パイロット達がパラシュートで降りて来る。

 

「おい、ゼファー! ありゃ……」

「うわ、俺のカカト落としだ……

 練度はまだまだ俺のほどじゃないけど、俺が最初に使ったやつよりキレッキレだアレ」

 

 空力を制御して着地した翼は、着地のタイミングを狙い撃ちしてきた自衛隊の練度に舌を巻く。

 だが舌を巻いただけで、完璧な対応をしてみせた。

 先史の時代の高機動タイプの戦士達が持っていた聖遺物全てに搭載されている、すなわち天羽々斬にも搭載されている、簡易アクセラレイターにて加速。

 風を纏ってさらに加速。

 その名に恥じず、彼女はまるで風のようなスピードで戦場を駆け抜けていく。

 翼ある鳥のように自由に、剣振るう度に風切り鳴らし。

 

 瞬間速度や最高速度こそゼファーにわずかに劣るものの、その動きは実に滑らかで速い。

 動きの一つ一つに無駄がなく、翼が剣を振るって敵を斬る度に、"そこでああ動いたのはこういう意図があったのか"と見る者を感嘆させる足運びであった。

 言うまでもなく、あの時のディアブロの歩法の模倣だ。

 一閃、二閃、三閃。

 抜けば玉散る氷の刃が、戦車をなます切りにして、歩兵を峰打ちで気絶させて行く。

 四閃、五閃、六閃。

 振り抜けば風が鳴る剣が、戦車を吹っ飛ばして別の戦車にぶち当てる。

 

「うわ、この攻撃テンポはあたしのイントルードか?

 いいテンポで攻めてんなー、音だけで小気味いい感じだ」

「……久しぶりに、ツバサはすげえって再認識したなあ」

 

 翼は日々の鍛錬で成長する。

 それこそ、戦いの土壇場にて新技能を目覚めさせる奏やゼファーの成長速度に、鍛錬による成長のみで付いて行くほどに。

 翼に明確な特異能力など必要ない。

 寄って、斬って、かわして、倒す。それだけで自衛隊にも、ノイズの群れにも無双するのだ。

 彼女はただ純粋に強い。ただそれだけで、固有の能力を使う者達と互角に渡り合っている。

 

 その影には、たゆまぬ鍛錬がある。

 自らを鍛え上げ、自分にないものを持っている人に時に師事し、時にその技を真似ようする。

 それは一種、部活のエースがプロスポーツ選手のフォームを真似て学ぶ過程に似ていた。

 

 真似てもそのプロスポーツ選手と同じくらい上手くはなれない。

 寸分違わず同じ技を身に付けることなど出来ない。

 だが、それでも真似ようとしたことは技の血肉の一部となり、己の動きそのものを少しづつでもいい方向へと成長させる。

 真似た動きの良点が、自分の動きに吸収される。

 そうして真似た相手とは少し違う動きがその身の内に蓄積され、変化し、成長し、いつしか真似たプロスポーツ選手の動きを超えることだってあるのだ。

 

 翼の動きは、常に学び鍛える彼女の心の姿勢が生み出した、彼女だけの強みである。

 

「しっかしいつの間にこんなに強く……いや、ツバサはいつもそうか」

「あたしらもうかうかしてらんねーなあ」

 

 遠方から翼の戦いを見ているゼファーと奏は、先程から感嘆しっぱなしだ。

 こうまで"仕上げて"来た翼の強さに、平常心では居られないのだろう。

 

「いやいや、こっちから見れば君らどっこいどっこいの成長率だからね?」

 

 だが、朔也から見ればどいつもこいつもどっちもどっちだ。

 翼は鍛錬で日々強くなる程度が桁違い。

 ゼファーは追い込まれた時の爆発力で、それに並ぶ。

 そしてその二人ですら追い越せず、不動で三人中最強の位置に居続ける奏。

 当初の予定ではこの三人で自衛隊に挑む予定であったのだが、確かにこの三人を投入すれば自衛隊側に万に一つの勝機もないし、一人でもやはり万に一つの勝機もなかっただろう。

 

 五兆円の年間予算と、十年以上の訓練があっても普通の人間には届かない、天上の域の強さ。

 これが、シンフォギアだ。

 

「―――♪」

 

 銃弾を"見てから避ける"。

 誘導弾を避け、引き離し、追い付かせないまま手で投げた短刀で撃墜。

 バズーカの弾丸をキャッチして、音楽の障壁で包み込むようにして、その爆発を無力化。

 自衛隊員から手榴弾が投げられたと見るや、それが落ちるのを見逃すどころか、投げた人間から手榴弾が1mも離れない内に信管部分を切り捨てる。

 何もかもが常識外れのその戦闘能力。

 

 自衛隊の、誰もが思う。「こんなものに勝てるわけがない」と。

 

 翼が剣を地に突き刺す。

 すると剣が地より生え、その全てが正確に翼の狙った目標を刺し貫いた。

 歩兵の銃を、自走砲を、誘導弾発射車両を、装甲車を、戦車を、全て全て。

 走っている人間の手の銃が、回避行動を取っていた車両のタイヤだけが精密に刀に貫かれたのを見て、自衛隊側の司令官は茫然自失とする。

 

「旧式とはいえこうも易々と……」

 

 自衛隊側の戦闘続行不能を確認し、弦十郎は満足気に翼に通信機越しに呼びかける。

 

「よくやった翼。帰投準備だ」

 

 自衛隊の、誰かが呟くように口にする。

 

「あれが特異災害対策機動部二課保有のFG式回天特機装束――」

 

 ナイトブレイザーと並び、人々の噂にのみ語られる、ノイズと戦う正義の戦士。

 

「――シンフォギア」

 

 シンフォギアの、その名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分かりきっていた結果ではあったが、自衛隊VSシンフォギアの戦いはシンフォギアの圧勝に終わった。ゼファーが一課の動きから色々と学んでいたように、純粋な練度や訓練の量・戦略戦術レベルでは自衛隊が上を行ってはいたが、それ以上にシンフォギアが強すぎた。

 ただの人間と人間の兵器なら、いくら数を集めようとシンフォギアには敵うまい。

 今回の戦いを見ていたお偉方も、この戦いを見て思い知ったことだろう。

 

「暇だっ!」

 

「はいはいカナデさん大人しくしててね」

 

「翼ー、ゼファーがつれねえんだ、暇潰そうぜー」

 

「大人しくしてて、奏」

 

「ちくしょう、ここは真面目ちゃんの巣窟か!」

 

 だが、戦いの後二時間ほど、シンフォギア装者二人+ゼファーは一室に閉じ込められていた。

 いわゆる「会議の間大人しくしていろ」的処置だが、気の長い老人を主体とした会議は長くて長くて、もはや二時間も経ってしまっていた。

 忍耐強い翼やゼファーはともかく、奏はかなり飽きてきてしまっている様子だ。

 そんな奏をなだめようと、ゼファーが少ない知識を総動員して挑む。

 

「じゃあほら、俺と両手の人差し指出して相手の指叩くと足し算で指の数が変動するアレを……」

 

「小学生か」

 

「親指立ててチョメチョメ1、チョメチョメ2、チョメチョメ3、チョメチョメ4って言っていくやつを……」

 

「小学生か」

 

「ブンブンブブブンって」

 

「小学生か!」

 

「手をパンパン二回叩いて溜めたり攻撃したりするやつを、チャージ三回で貫通ルールで」

 

「小学生かッ! てめえ外国人のくせになんで日本文化にそんなに詳しいんだよッ!」

 

「いやほら、友達にさ」

 

 主に響から教わった遊びがことごとく通じないことに、ゼファーはたじろぐ。

 なんという強敵。ゼファーはそう思った。

 バカじゃねーのこいつ。笑いながら奏は思った。

 こうやって話してるだけで楽しく、暇が潰れるから友達と言うのだろう。

 

「うーん……っと、俺はもう行かないと」

 

「ん? どうしたゼファー、あたしらはここに待機って命令だろ?」

 

「そうよ、じっとしてないと」

 

「って言われてもな……俺はちょっと、二人とは立場が違うから。正規職員扱いだし」

 

 ゼファーは二課の『正規職員』だ。

 シンフォギア装者、という立ち位置で居る彼女らとは実は厳密には違う。

 彼は二課の職員として二課に入り、その後ナイトブレイザーとなった。

 シンフォギア装者となってから二課に所属した彼女らとは、色々と違う。

 

「分かりやすいのを一つ挙げると、二人も給料貰ってるだろ?

 危険手当とか付いてる、あのやたらと多い口座に振り込まれてるあれな。

 俺の場合、あそこから健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、所得税、住民税……

 そういうのが引かれてる。でも多分二人は引かれずにそのまんまだ」

 

「なにそれこわい」

 

 ゼファーは形式上、他の二課職員と同じ給料体系を取っている。

 ここから家賃や生活費を捻出し、やりくりするのがゼファーの毎日だ。

 その実、弦十郎達の意向で多少給料に色が付けられていたりもするが、それは置いておこう。

 ゼファーとシンフォギア装者達は一見同じ待遇に見えるし、大抵の場合一括りにして扱われることが多いが、こうして細かい所を見れば所々に差異がある。

 

「と、いうわけで。聖遺物を使うってことに関して、偉い人からの質問に答えてくるな」

 

「ああ、そういう。頑張れよ、イラッときたら蹴っ飛ばしちまえ」

「ゼファーなら安心。皆様に失礼の無いように、ね」

 

「二人から真逆の要求されて俺今まさに戸惑ってるよ」

 

 聖遺物使い代表として、質疑応答の場に向かおうとするゼファー。

 二人からの正反対の意を込められた声に、彼は思わず笑ってしまう。

 彼は扉から部屋の外に出て、そこに待機していた自衛隊員を見かけ、その人の名前を思い出し、すれ違いざまに声をかける。

 

「ツヤマさん、二人をお願いします」

 

「はっ」

 

 敬礼を返してきた自衛隊員に、ゼファーも返礼として頭を下げた。

 廊下を歩きながら、ゼファーは思う。

 F.I.S.のせいか、こういう地下にある施設に居るからか、嫌な予感がする、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、その予感は見事的中することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラートが鳴り響く。

 

「これは、もう無理だろ!」

「弱音を吐くなッ!」

 

 現実を嘆く声が聞こえる。

 

「二課本部からの照合データ来ました! やはり間違いないとのこと!」

「一緒に送られてきたデータも来ましたが……これは……」

「隊長! ノイズが! 下の部隊が救援を要請しています!」

 

 そこで、大地がまた揺れた。

 

「このデータにあるリリティア、ディアブロ、ベリアル……

 そのどれもが子供のお遊びにしか見えない、このゲイン数値……」

 

 絶望の声を上げる者が居た。

 諦めの声を上げる者が居た。

 悲嘆の声を上げる者が居た。

 

「……これが……『アースガルズ』……」

 

 地上にはアースガルズ。

 地下にはノイズ。

 上が洪水、下が大火事の方がまだ希望のある状況だ。

 

 そんな状況の中、カメラから飛んでくる映像の中で。

 日本人の多くに希望、英雄、ヒーローと讃えられるナイトブレイザーは、地を舐めていた。

 アースガルズの前に、叩き伏せられていた。

 

「ナイト、ブレイザー……」

 

 八体のゴーレムの内、他のゴーレムと別格と称される三体の上位ゴーレム。

 その内の一体、神々の砦・アースガルズ。

 ナイトブレイザーが完全に敗北し、出口を塞がれた地下の基地にてノイズが暴れ回るというこの絶望。訓練された自衛隊員でなければ、皆膝を折っていただろう。

 

 希望を託された英雄が負けるということは、皆の希望も折れるということ。

 今この瞬間、この場所で。

 ゼファーの敗北は絶望となり、皆の心に降り注いでしまっていた。

 

 

 




セルロース弾とかいう架空の弾丸大好きです

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