転生軍師の戦国記~お転婆姫と大うつけの天下統一記~ 作:松平まこと
「久英、古土の様子はどうだ」
佐登正行は、山上城と名づけられた城にいた。
結衣と清継が五十鈴と出会ったあの山に築かれた城ではあったが、まだ城と呼ぶには烏滸がましい、屋敷や倉がいくつかあるだけの拠点だった。
彼は清継から周辺の城や砦に分散配置された兵も含めた約3000の軍勢を与えられていた。
兄が燈鷲を手に入れるまで、汐坂との国境地帯の防衛を任されている。
尤も古土家は東の国境地帯で
家中では清継が、危険分子……反乱予備軍である正行を遠ざけているのだという見解が支配的だった。清継により近い家臣は弟を危険から遠ざけたのだ、という理解でいたが。
正行本人も、兄の内心は察していた。
だからこそ不満があった。
武将として憧れている兄から頼られていないことへの年相応の感情だった。
その鬱憤をぶつけるようにこの実質的に意味のあまりないはずの警戒任務に熱心に取り組んでいた。
宿老(筆頭家臣)として正行につけられていた馬瀬久英は、まだ少年でしかない主のその意気込みに苦笑しつつも好ましく思っていた。男子とはこうあるべきだ。
彼にとってはわけのわからない清継よりはよほど仕えやすい。
だから彼は今からある話を持ち込むことに罪悪感を覚えていた。
「それなのですが……実はお目通ししてもらいたい者が」
「目通し?」
正行の反応を是と受け取った久英は部屋の外に合図を送った。
襖が開き、正行の母親である綾の方と一人の初老の男が入ってくる。
「お初目に預かり光栄です」
男はそれだけ言うと平伏した。
「何故母上がここに……?」
久英は気まずそうに目を逸らし、綾の方は正行を安心させるように微笑んだ。
「正行、こちらの御仁は古土家家臣、岡上信元殿です」
江原城は城全体で宴会をしているような状態だった。
兼清勢を打ち破った清継たちが入城してからもう3日はそのような状態だ。
包囲された兼清勢は、叩かれ、突かれ、殲滅された。
兼清は幾度か突破を試みたけれど、槍衾を突破できるほどのことはできなかった。
兼清が腹を切った時点で生き延びていたのは、僅か600名程度だった。
戦闘前は5000いたから、つまり1割ちょっとしか残っていない。
文字通りの全滅と言っていいと思う。
こちらの損害は、約400。(損害は崩れた中央の雑兵たちに集中していた)
損害費だけでも4400対400。
そして反乱者、佐登兼清は討たれた。
まさしく圧倒的な大勝利。
これで燈鷲統一と言っていいのだから、多少羽目を外すのはしょうがないのかもしれない。
とはいえ私はその騒ぎから距離を置いていた。
この世界、年齢に関係なくお酒飲まされるからね……。
未成年のうちにお酒を飲むとよくないって言うからね……。
そう思いながら清継を探すために城内をうろついていると
「おー、お転婆姫!飲んでけよ!」
「お、お嬢じゃないっすか」
吉家と才蔵に遭遇してしまった。
近くには与一殿が酔いつぶれたのか伸びている。
「私は飲みません。というかあんたたち飲みすぎでしょ」
「次いつ飲めるのかわかんねぇだろ!」
「そうだそうだ!」
そういいながら互いの御猪口に注いでは、ぐぃっと飲み干してガハハと笑い合っている。
なんでこいつらこんなに意気投合してるんだろう。
槍使い同士だからだろうか。
「清継見なかった?」
「頭?」
「あー……さっき奥のほうに行くのを見たぜ?」
「ふぅん」
「ありゃ女だな」
「は?」
私の顔を見た途端、酔っ払い二人は爆笑した。
ぶん殴ろうかと思ったけど、こいつらに付き合うだけ無駄だと考え直した。
「じゃあほどほどにしときなさいよ」
それだけ言って歩き出した私の背中にひゅーひゅーとか言いだしてきた。
あいつら実は昭和日本からの転生者じゃないの?
清継は奥の座敷で、平井様と何かを打ち合わせていたようだった。
清継は私に気付くと、面白いものを見るような顔をした。
「どうした、お転婆」
私は平井様のほうをちらりと見た。話の邪魔をしたいわけではなかったから。
だけどちょうど話は終わっていたようで、平井様は軽く会釈をすると出て行った。
「いいの?皆みたいに楽しまないで?」
足音が聞こえなくなってから私は清継に話しかけた。
別に内緒話をするわけではないけど、人前だとラフな言葉では話し辛い。
「下戸だからな」
それだけ言うと手元の書類に目を落とす。
私は彼の隣に腰を降ろした。
「それだけ?」
「……俺とお前はもう楽しんだだろう」
「……?」
首を傾げる私に清継はため息を吐くように言った。
「戦だ」
清継は私の顔を見つめた。
「戦にどう勝つかを企み、そしてそれが目論見通りに進められるか、それを俺もお前も楽しんだ」
私はなにか反論をしたかった。
だけど咄嗟に言葉が出てこなかった。
確かに、私はあの緊張を、スリルを楽しんでいた……のかもしれない。
だって清継からの無茶ぶりに応えることが楽しかったのは間違いないから。
「でも今は他の皆と楽しむのもいいんじゃないの?」
清継は呆れたような顔をした。
「言っただろう、俺は下戸だ。あいつらの玩具になるだけだ。それに」
「?」
「……お前が来ただろう。別にいいだろう、それで」
そう言いながら清継は視線を逸らした。
「……あっそ」
そうしてしばらく互いになにも言わなかった。
だけどその沈黙はあまり気まずくなかった。
私は天井を見上げた。
「ねぇ、これからはどうするの?」
清継が苦笑した気配がした。しょうがないやつだ、とかそんな感じ。
失礼な。
「国内をまとめて、対古土だな」
「纏める時の問題は?」
「そこはお前が献策するところだろう」
「……綾の方」
「母上か。妥当なところだな。母上はどう動く?」
「正行くんを起てる」
「だが、あいつは俺を裏切らない」
「じゃあ、大丈夫かな」
「ああ、お前は古土のことを考えていればいい」
そういうと清継は私の頭を乱雑に撫でた。
なにをーと私が文句を言ったあと、なんだかおかしくなって二人で笑ってしまった。
私たちは次の戦いを楽しむために動き出したのだった。
尤も私たちはこの時の楽観を深く後悔することになる。
自分たちは驕っていたと気付いた時には事態はどうしようもなくなっていたから。