転生軍師の戦国記~お転婆姫と大うつけの天下統一記~ 作:松平まこと
目をこするのを堪えながら私は服装を整え、小姓のあとについて部屋に入った。
途端、怒声が響いた。
「そのようなことはありえん!」
私は衝撃を受けた。
怒鳴っているのは清継だった。
与一殿の胸倉を掴んで睨みつけている。
彼が怒りの原因となる報告をしたのだろう。
私が固まっていると清継は与一殿を突き飛ばすようにして解放した。
与一殿は、完全におびえてしまっていた。
集まっていた家臣たち、清正の重臣だった立林守明様はもちろん、清継子飼いの連中、吉家たちですらどうすればいいのかわからないようだった。
清継がここまで感情を、怒りを表に出しているのは珍しい。
いつもは怒るにしても悲しむにしてもどこか抑えた、演技が混じっているはずなのに。
父親である清正様が亡くなった時でもここまでではなかった。
とはいえこのままではダメだ。
反乱が起きて、トップが感情のままに振舞って狂態を晒しているのは絶対にダメだ。
このままだと誰も彼も逃げ出してしまいかねない。
「清継」
私は敢えて配下としてではなく、友人としての態度で彼に呼びかけた。
「ああ、結衣ようやく来たな」
「こんな深夜に呼び出さないでよ」
私の軽口に清継は苦笑したようだった。
私は思ったより状況がまずいことを悟った。
清継がこういった場で私の態度になにも言わない。
彼が平常な状態ではないことを改めて確信した。
「許せ。こ奴らが戯けたことを言うからだ」
清継は泣いているように笑った。
私は息を吸い込み、お腹に力を入れて言葉を絞りだした。
「それで、
周りが息を呑んだのがわかった。
「正行が謀反を起こしたとこいつらは言っている。ありえないことなのにな」
私はその言葉に特に驚かなかった。
清継がここまでおかしくなる相手など、私が知る限り彼しかいない。
私や吉家が裏切ってもこうはならないだろう。
私は目の前の若い主君にとにかく現実に対処させようと決めた。
「清継」
「なんだ、結衣」
それでも口に出すのには勇気が必要だった。
声が震えないように、つっかえないように、そう意識しながら息を吸った。
「
清継の顔面から表情が消えた。
「なんだと?」
「誰が謀反を起こしたとしても、
私は優しく見えるように努力して微笑んだ。
「
清継はしばらく沈黙していた。
それはおそらく数分だっただろう。
だけど私には、もしかしたらその部屋にいた全員にとって、数倍のように感じられた。
清継は聞き取れないくらいの小さな声で何事か呟いた。
そして深く息を吸い、出した。
「
その声にはいつもの彼らしい張りがあった。
私はほっとしながら清継に頷く。
「好き勝手言ってくれたな。どう動く?」
そう言うと清継は紙を示した。
そこには今掴めた限りの謀反勢の動きが書かれていた。
私は肩をすくめて書かれた内容に注目した。
敵はあちこちで蜂起しているらしい。
場所としては旧兼清領と燈鷲東部(正行君の領地)、あと北部(清純様の領地)からも少し。
位置だけを見ると江原、上牧(つまり私たち)を包囲しているような状態だった。
だけど西部や北部の勢力はバラバラの百程度の小勢がほとんどだった。
逆に東部は最低でも千以上のまとまった軍勢が動いているらしい。
総計は現時点でわかっている範囲でも3000ぐらいだろうか。
状況証拠から見ても、正行君が謀反の首謀者かもしくは殺されているかのどちらかだろう。
それはともかく。
清継に言ったように今は状況への対処をしなければならない。
「小勢力は、各城に配置した『衆』で掃討しましょう。東部の敵主力には上牧、江原の戦力だけで相手をします」
つまり衆三つ1500と馬廻りである武士500だけで対抗する。
与一殿が口を挟んだ。
「危険すぎませんか?敵は最低でも同程度です。2500も置いて行くなんて」
私はその通りです、と頷いた。
「ですが、時間が今は一番重要です」
清継が私の隣に腰を降ろした。
「古土か」
長引くと古土家の軍勢が応援に駆け付けてくるはず、そう言っていた。
「古土家と謀反勢を同時に相手にすると私たちは負けます。そのころには西の小勢も集まってちょっとした集団になっているでしょうから」
「だからまとめて全部を一挙に倒す?」
「はい。それに、各城の戦力はまだ訓練中ですからまともな合戦では当てにできません」
清継はしばらく黙って考え込んでいた。
「守明」
清継は唐突に口を開いた。
「ハッ」
「お前は上牧にいる衆一個を率いて先に行け。情報を集めつつ牽制しろ」
「ハッ」
守明様は答えると部屋を駆けだした。
「与一!」
「ハ……」
「すまなかったな。お前はここで兵を集めろ」
城仕え以外の兵を徴集しろと言う命令だった。
「ハッ」
「いくらかまとまったら後を追ってこい」
与一殿は平伏した。
「明朝、出陣する」
清継はそこまで言うと立ち上がり、全員を見回した。
「敵は兼清伯父上より手強い。一撃で仕留める。そのつもりでいろ」
「俺がやるぜ」
それまで黙っていた吉家が胡坐をかいたままそう言った。
その目は止めるなら今だ、と言っているようだった。
「俺に二言はないぞ、吉家」
「なら御首級を挙げて見せるから楽しみにしてろよ、頭」
清継はその言葉に声を上げて笑った。
だけどその笑い声は私に痛々しさばかり残るものだった。
賽は投げられた。
問題は