転生軍師の戦国記~お転婆姫と大うつけの天下統一記~ 作:松平まこと
まだ少年と呼ばれるべき幼さを持つ武将の前に、中年と言うべき年嵩の男が跪いていた。
「島田殿、よく起ってくれた」
「若様、この久秀。貴方様のようなお方がこの燈鷲をお導きになられることのお手伝いができること、感に堪えませぬ」
少年の感激に打ち震えているような声に、男は涙降るような声で応えた。
だがどこか空々しさを感じさせるやりとりでもあった。
正行勢2000は、彼の謀反に呼応して兵を挙げた島田久秀勢1000と合流した。
正行は、これまで久秀との面識はなかったが、元々叔父である兼清派だったことは聞いていた。
はっきり言って信用ならない。
単に兄が支配する国では生き辛いから機会に飛びついた、ただそれだけに違いないのだ。
だが、ともかくこれで彼の軍勢は兄のそれの倍近い数になる(武士は精々同数だろうが)。
問題は、あの何事も果断な兄が、自分たちが合流するまでに仕掛けてこなかったことだった。
正行は、てっきり合流する前に自分の軍勢に強襲をしかけてくると考えていたのだった。
(だからこそ戦闘に移りやすい隊形で行軍し、それがさらに合流を遅らせていた)
派遣していた物見から道を進んだ先に敵が陣を構えていることを聞いた彼は、久秀勢を前に立て前進を開始した。
街道が屈曲しているところにちょうどいい丘……というほどでもない盛り上がった場所に本陣を設営した。
その前方に簡単な柵を打ち込み、鉄砲衆、弓衆を配置していく。
さらに前方には逆茂木……相手の方に葉を向けて刺した大ぶりな枝……を突き刺していく。
あー、土嚢が欲しい。
あれがあれば敵の矢玉に耐えられるもっと頑強な陣地になるのに……。
柵だと突撃はある程度防げても飛び道具がね……。
うん、これが終わったら麻袋とかで土嚢を作ってもらおう。
運ぶのは袋だけで済むから軽いし。
陣地としては、左翼を森に委託して、前方に各『衆』から抽出した弓・鉄砲衆による射撃部隊が障害の後ろに展開している。
やることは単純明快。
火力でできるだけ敵を削る。
頃合いを見て槍衆で逆襲しつつ陣地を堅守する。
問題は、たった450名の火力部隊で3000名の敵の突撃を止められるのか、という点だった。
もちろんそこをなんとかするために出来る限り道幅が狭い場所に陣地を設営したわけだけど……。
あとは敵の士気と練度次第なところはある。
「勝てるのでしょうか」
梶川信次が呻くように言った。
「たとえそう思っても顔に出してはならない。ましてや口には、な」
隣にいた立林様が小声で叱った。
「大将は常に誰かに見られている。弓は扱えるだろう?しばらく前で射ってきなさい」
信次は転げるように前に駆けだした。
「しかしいいのですか?私が仕切っていて」
私の言葉に立林様は皺の深い顔を歪ませた。笑ったらしい。
「主君の命だからね。それにおもしろい」
「?
「そうかもしれない。だけどそれが君のような女子が考えたとね」
さいですか。
ちょっとげんなりした感覚を覚えながら前を見ていると旗が見えた。
正行君の旗印。
彼の軍勢……敵の到来だった。
本来あるはずの森の静けさと土のにおいが、突撃の混乱がもたらす喊声と悲鳴と血の匂いで上書きされていた。
「厄介だな」
正行は吐き捨てるように呟いた。
一度目の突撃は失敗した。
逆茂木に引っかかって速度が落ちたところを、弓・鉄砲で集中射撃を受けて壊乱したのだった。
特に鉄砲の効果が大きいようだった。
損害自体はけして多くない──突撃した500名の内、負傷したのは100名未満──だったが、射撃の音が響くたびに勝手に退がる兵が出ていた。
おそらく、鉄砲に馴れていない島田勢が中心だったことも原因だろうが……
「若」
馬瀬久英の声に正行は我に返った。
正行は考え込んでいたことを誤魔化すように早口で返した。
「どうした?」
「仕寄り道具が整いました」
城攻めに用いる盾、それに竹束を括りつけた即席の防弾装備が用意できたという報告だった。
うん、とあどけなさが残った仕草で正行は頷いた。
「ありがとう。ああ、それと久英」
「はい」
「お前は出奔したことにする」
「は?」
呆然とした久英を見て、正行はいたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべた。
「お前、未だにこの謀反が厭だろと思っているだろう?それに上手くいかなかったとき、お前まで喪っては佐登家の損失が大きすぎる」
「若様っ!?」
琴平結衣なら年相応と称しただろう無邪気さを表に出したまま佐登正行は、英久の背中を叩いた。
「佐登家のためだ。許せ」
「なにを言っても聞いてもらえないのでしょうな」
頷く正行を見て、久英は首を振った。
「そういうところは兄君そっくりですな」
「ありがとう」
「褒めてはいません」
「マズい」
盾を構えた兵を先頭に立てて、向かってくる敵兵を視界にとらえた私は思わず呻いた。
「槍足軽に準備をさせて」
「破られますか」
立林様の確認に頷きながら急かす。
「早く。槍は置いていいから」
陣前は、もちろん
だけどどうしても自分たちに迫ってきている敵を、正面の盾を構えた敵を狙いがちだから、射撃効果は著しく落ちている。
教練の仕方を変えたほうがいいな……今考えることじゃないけど……。
敵が陣前20mくらいに接近してきた時、私は後退の指示を出した。
射撃部隊が下がり始めたのを見た敵が、喊声を上げながら突撃を開始する。
柵を乗り越え、敵が射撃部隊に迫った時、刀を抜いた槍足軽たちが逆襲を開始した。
銃声が支配していた戦場は、あっという間に悲鳴、怒声、罵声、そして刀や鎧がぶつかり合う金属音による別の曲が演奏される場所へと変わってしまった。
「第二陣への再配置を急がせて」
伝令が駆けだすのを見ながら考える。
予備陣地として作っておいた柵の後ろへと射撃部隊が展開しきるまで出来ることはない。
問題は──。
その時、混乱しつつもどこか拮抗していた文字通りの近接戦闘が崩れた。
何人かの足軽が宙に舞うのが視界に入る。
「武士が投入された……!」
問題は、その時間があるかどうかだった。