転生軍師の戦国記~お転婆姫と大うつけの天下統一記~   作:松平まこと

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夜明けの先

「古土元康討ち取ったり!」

 

 小雨の中、清継の勝鬨が丘の上に響き渡った。

 それを聞いた両勢の兵たちは暫し呆然としたのち、対照的な反応を示した。

 

「うおおおおおおっ!」

 佐登勢はそれに和した声を上げ、

 古土勢は途方に暮れたような顔をした。

 

 現代的な感覚では、古土勢は生き残った中で最も位の高い者が指揮を掌握し、戦闘の継続か撤退かその二つのどちらかを選ぶべきだった。

 だけどこの中世相当の世界にそんな高等な組織はまだない。

 

 おそらく誰が指揮を執るのかといったレベルで混乱しているようだった。

 元康の傍にいた高官たちもほとんど討ち取られているか負傷してしまっているのがそれを助長しているのだろう。

 

 それはともかく、今のうちだ。

 

「清継!」という私の声と「殿様!」という石の声は同時だった。

 見ると石が手招きしている。

 撤退路を確保している、ということなのだろう。

 

「よし!続けェ!」

 

 清継は私の腕をつかむとそのまま駆け出した。

「ちょっと!?」

 

 それを見た馬廻りの生き残りも後に続く。

 

 こうして私たちは雨が上がり、夜が明けるころには海岸に辿り着き、そのまま船で脱出に成功したのだった。

 

 

 

 

 古土家先手勢は、佐登の最終防衛線となっている久山城を陥落させつつあった。

 

 既に三つある曲輪(城を塀や堀で区分けした区画、独立した陣地)の内、二つを占領しており、今日中には三つ目を落せるだろう。

 そうなればあとは本丸だけで、抵抗力はほとんどない。

 

 青山半介は、自らの手勢を盛んに励ましその日、三度目となる突撃を敢行していた。

 

 手勢は鬨の声を上げながら門へと向かっていく。

 鉄砲や矢が射かけられるがその勢いは止まらない。

 

 うん、いける。

 狙撃による銃弾が自身を掠めても半介はまったく動じず、手勢の様子を眺めていた。

 搦め手(別の門)を攻めている朝月勢の様子が見えないのが気にかかるが、このまま攻めれば……。

 

 その時、半介の視界に山(つまり城を)降りていく朝月勢が視界に入った。

 

「なにィ!?引き揚げるつもりか!」

 もう少しでやっとこの城を陥とせるのに。どういった了見なのか。

 怒りの衝動のまま怒鳴り、人をやって朝月の意図を確かめようとしたその時に伝令が駆け込んできた。

 

「殿!申し上げます!」

 出鼻を挫かれた想いの半介はどこか投げやりな声で、はよう申せと返した。

 

「古土元康殿、お討ち死にでございます!」

 

「な……」

 さすがの半介も一瞬自失した。

 同時に朝月勢の行動の理由も理解した。

 

 半介は即座に決断した。

「退けェ!」

 

「よろしいので」

 法螺貝の音が後退命令を伝える中、近習が小声で咎めるように声をかけてきた。

「よろしいもよろしくないもないわい」

「しかし我等は古土に忠を示さねば……」

「古土はしばらく大混乱だ。戦どころじゃねぇよ」

 そう言うと半介はにかっと笑みを浮かべた。

 

 だが内心は表情とは裏腹に弱り切っていた。

 まさかこんなことになるとは。

 

(こうなりゃとにかく自領に戻らんと)

 

 青山家が生き残る手立てを打つにはそれが必要だった。

 

 古土の中での権力争いが加熱することは間違いない。

 跡を継ぐのは嫡男の氏康だとしても、その下で権力を掴めるのが誰かと言うことは決まっていないからだ。

 元康が死んだということは、遠征に付き従った彼の側近たちも間違いなく大勢死んでいるのだから。

 

「しかし……退くにも兵糧が」

 近習の言葉に笑みを浮かべたまま半介は答えた。

「古土の領地から集めればええ」

 

 帰り道にある味方の領地から略奪してしまえと言っていた。

 どうせ佐登に寝返るかもしれない連中だし、なにより半介の領地から遠い。

 つまり恨まれてもすぐには問題にならないのだから、遠慮することはない。

 生きて帰る、という絶対条件と比べるとどっちを優先すべきかは明白だった。

 

 半介は乱世の漢なのだ。

 

 

 

 

 船で脱出し、江原城に帰り付いて既に一週間が経っていた。

 この日、私は漸くのんびりできる、という贅沢を味わっていた。

 

 帰り付いてからものんびり休むことなんてできずに、目の回るような忙しさだったのだ。

 やれ褒賞の配分、やれ戦傷者への補償(清継直臣限定だけど)、攻め落とされた城の補修をどうするのか、汐坂への逆侵攻は行うのか、等々。

 ちなみに汐坂の諸侯は、古土を見捨てて佐登に寝返ったものが多く、清継は一兵も出さずに汐坂を支配下に置く結果になっていた。

 まぁ帰りの駄賃として略奪されたらそうしたくなる気持ちもわかる。

 

 それはともかく、こっちはずっと寝る暇もほとんどない状態だったわけだ。

 はっきり言ってブラック労働である。

 こちとら未成年(令和基準)だぞー、せめて一日8時間労働で週休二日にしろー。

 なんて思っても訴えるべき場所もないのだった。

 

 そういったブラック労働も漸く一旦落ち着いたのだった。

 

「ごろーん」

 故に多少は自室でだらだらできる。

 出勤時間なんてものは無いのです。時計も厳密な物はないし。

 

 そうしていると突然襖が開いた。

 寝転がった姿勢で、襖を開いた姿勢のままの清継と目が合う。

 

「………」

「………」

 

「なにをしてるんだオマエは」

 

 清継の呆れ切った声に私はいそいそと姿勢を正して座る。

 いやでもいいじゃん!自室でどんな姿勢でいてもさ!

 

「なんのよう?」

 私は何事もなかったかのような声を出した。

 清継がなにか言いたげな顔をしたが笑顔で押し流した。

 

「これからのことだ」

「ああ」

 

 確かに古土家という火急の脅威を撃退し、国内も落ち着いたわけだから、今後の方針を再検討すべき時期ではあった。

 

「いやでもそういうのはもっと色んな人と話して決めた方がよくない?」

 私単なる若造(しかも女子(おなご))ですけど?

 

「話す前に考えを整理しておきたい」

 会議で話し合う前にある程度絵を描いておきたいということだった。

 

 確かにノープランで挑む会議は時間の無駄なことが多いよね。

 もちろんTOPが自分の中で結論を出しているのに、会議で決めたって言う名分を得るためだけに呼ばれる会議も無駄だけど。

 学校で言うと先生がもう決まっていることを意味もなく話し合いをやらせるやつ。

 

 そうなるとまずは大方針を考えないといけない。

 つまり領地を守る守勢戦略か、積極的に打って出る攻勢戦略か、だ。

 そこでふと、あの雨の丘の上での元康とのやり取りを思い出す。

 

「……天下を取るんだっけ?」

「……ああ」

 

 なんだか少し気まずそうに清継は肯定した。

 その様子に首をかしげていると

「なんだ、おかしいか」

 そう声を荒げた。

「?別におかしくないでしょ?」

 だって誰かが天下を取らないとこの乱世は終わらないのだし。

 正行君の件で随分ダメージを受けていたこいつがそれを目指すのは理解できる。

 実力としても一国+アルファを領する今、それを目指したってなにもおかしくはない。

 

 清継は私を少しだけぽかんと眺めて、笑い出した。

 

「そうか、おかしくないか」

「急に笑い出すのはかなりおかしいけど?」

 

 私がそう言うとようやく清継は笑いを納めた。

 相変わらずノンデリだなこいつ……。

 

「天下を取るなら、古土領をどうにかしないといけないね」

 天宮、東を目指すには今回古土が来た道を逆方向に進む必要がある。

 他に主要な街道がないから、天下を取るには、ここをどうにかしないといけないのが絶対条件になる。

 

「その間、藤野家が大人しくしているか、か」

 

 藤野家は、燈鷲から見て汐坂とは逆方向……北と西を接している国、本巣(もとすの)国を支配してる。

 元々は本巣の守護大名である高坂氏を乗っ取った下剋上の家でそう言う意味では佐登(うち)と似ている。

 

 今は下剋上を成し遂げた俊三と息子の俊儀とで内乱が起きてそれが収まっていない。

 とはいえ、最近は徐々に俊儀優勢となってきているようだ。

 

 つまり背後(西)を抑えてから東を目指すか、西を放置してとにかく東を目指すか、という二択なわけだった。

 

「方針はともかく、名分はどうするの?」

 

 一応、この時代でも他国へと攻撃をする際は、周囲(付近の有力大名や朝廷、さらには部下や周辺豪族)を表面上だけでも『まぁしょうがないか』と納得させられるだけの理由を用意しないといけない。

 それができないと、後々難癖をつけられて侵攻理由にされたり、『あいつヤバいから組もうぜ』と袋叩きにされたりしてしまう。

 

 それを避けるために『その土地は元々我が家の物です』とか『朝廷から治めよという指示を受けています』とか『その土地の正当な所有者から正式な支援を要請されました』なんかが必要なわけだ。

 これがないと方針自体決めてもすぐに覆ってしまう。

 ちなみに古土は、一応兼清や正行君(正確には綾の方)からの要請があったという体で燈鷲に攻め入って来ていた。

 

 

「そこが悩ましい」

 

 佐登は燈鷲をほぼ乗っ取ったわけだけど、汐坂や本巣に縁も所縁もない。

 そうなると攻め入る理由がないのだった。

 うーんと唸る。

 一番手っ取り早いのは、相手から攻めさせて反撃の名目にすることだけど……。

 

 

 その時、遠くから女の子の声とそれを止めようとする男性の声が聞こえた。

 

 清継を見ると首を振る。

 心当たりはないらしい。

 

 二人して首をかしげていると襖がバーン!と勢いよく開いた。

 

 そこには、おかっぱの美しい黒髪の少女がいた。

 私よりは少し年下だろうから十歳くらいだろうか。

 目鼻もくっきりしており、かわいらしい女の子だった。

 

 その少女は「お主が清継殿か!?」と清継を指さした。

 

 清継は面食らいながらもしっかりと頷く。

「ああ。俺が佐登清継だ」

 

 少女はにんまりと笑うと大きく息を吸い、叫んだ。

「私の婿になって将軍になってくれ!」

 

 ハァ?

 

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