その話は、互いにふと過去を語り合った時に聞いたものだ。
腹に銃弾を受け、血と一緒に命と呼べる何かが流れ出ていく感覚を、今でもよく覚えている。
助からない。そう直感して、らしくもなく絶望した。
そんな時だったからだろうか、柄にもなくこんなことを言った。
「あたしの黙ってた昔のことを話すから、アンタの昔のことを話してくれ」
彼は、頑なに自分のことを話さなかった。
どんな道を辿って今に至ったのか。
どんな経験の果てに、あんなにつまらない顔をするようになったのか。
それが知りたかった。
きっと死を前にして、ほんの少しだけ寂しくなったのだろう。
今だったら、絶対にしない。
でも、その時のあたしはしてしまった。
自分のなんてことのない経歴を話した。
パパとママがどんな人間で、どうして捕虜になったのか……そんな、悲劇としては三文小説にも劣る、ありきたりな物語を。
あたしの話を、彼はいつもの無表情で聞いていた。
そして、ようやく自分のことを語ってくれた。
死が目前に迫っているというのに――その時のあたしは、パパに我儘を聞いてもらえた子どものように、舞い上がる気持ちになっていたのをよく覚えている。
忘れじの行く末まで難ければ 今日を限りの命ともがな
*
ドクン、ドクン――。
それが自分の心臓の音なのか、それとも手にしたそれの鼓動なのか、クリスには判別できなかった。
もしこれが、これから行おうとしていることへの後悔や恐怖の証だとすれば――これほど馬鹿らしいこともない。
そう思って、自嘲する。
今、彼女の手にあるのは聖杯だ。
紛れもない、本物の。
あの時、衛宮士郎は自分の過去を語ってくれた。
今でも思う。
本当に信用できない相手に、彼がそれを打ち明けるはずがない。
だからこそ自分がそれを知っているのは誇らしい。
だが同時に、こんな自分などに過去を明かしてしまったことは、彼にとってなんという不幸だったのだろう、とも思う。
――聖杯戦争。
七人の魔術師が七体の英霊を従え、最後の一人になるまで争い合う、血塗られた儀式。
士郎の語った断片的な過去から、クリスはその真相を調べ上げた。
難しいことではなかった。
彼の出身地を突き止め、そこから彼をああまで歪めるに足る、忌まわしい魔術的儀式を洗い出しただけだ。
魔術師でない者には秘匿された情報でも、魔術使いである自分にとっては――調べるのは造作もなかった。
聖杯戦争という儀式が冬木という街で行われていたこと。
そして、その参加者も。
そこからは芋づる式だ。
聖杯戦争を作り上げた御三家。
現在では遠坂を除いて没落した二つの家系に接近し、聖杯戦争についての全てが書かれた資料を探し当てた。
そうして……
雪音クリスは、■■■スフィ■■■■■■べ■■の■を暴いて心■を抉り出した。
*
グチュリ、と鈍い音を立てて――聖杯の肉塊が響の体内へと押し込まれた。
「……あ……あ、あ」
内側から、何かが自分の肉をこじ開けて広がっていく。
倒れ込んだ響は、必死にその感覚を押し留めようとするが……無駄だった。
……感じる。
自分の中に流れ込んでくる、隠しようもない“悪意”。
それは、この世に存在する全ての悪意そのものだった。
――死ね。
頭の奥で、黒い染みのような言葉が滲み広がる。
「あああ■■■ああ”あ■■”あ”あ”■■■アア”ア”ア”ア”――――――ッッ!!」
濁流が押し込まれる。
死ね憎い死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い殺す死ね死ね死ね憎い死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね殺す死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね憎い死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い殺す死ね死ね死ね憎い死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね殺す死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね憎い死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね憎い死ね憎い死ね死ね死ね死ね死ね
痛い、痛い。頭が――痛い。
頭が痛くて可笑しくなる。
辛すぎて笑ってしまう。
笑いすぎて死んでしまう。
世界が、裏返った。
「な、に……?」
クリスが思わず声を漏らす。予期せぬ光景に、狼狽が走る。
可笑しい。立花響を聖杯に変える――そのはずだった。
だが、こんな事態は想定にない。
「……違う。聖杯は確かにお前の中に取り込ませた。なら……これは……?
まさか、聖杯の中身が影響を……?」
自分なりの仮説を絞り出しながらも、核心は掴めない。
少なくとも、この状態で目的が果たせるとは到底思えなかった。
「チッ……!」
焦燥と苛立ちを押し隠しながら、舌打ちと共に無意識に歯ぎしりしていた。
理由は分からない。だが、中身の影響が表れている以上、立花響は確かに聖杯へと近づいている。
ならば、まずは抑え込む――。
そう決断し、ノイズを差し向けた。
……その瞬間。
轟音が爆ぜ、ノイズの身体が一斉に崩壊した。
視界に飛び込んでくるのは、煤に塗り潰されたような響の姿。
「フォニックゲイン……!? 馬鹿な、こんな出力は……いや――これが融合症例の影響か」
畏怖とも感嘆ともつかぬ声を洩らしながらも、クリスの背筋を冷たいものが走る。
そして――瞳を失った伽藍堂の目が、真っ直ぐに彼女を射抜いた。
「――ッ!?」
瞬き一つの間に、立花響は目の前に迫り、拳を振りかぶっていた。
「チッ!?」
クリスは反射的に身を捻り、その勢いを殺さず回転。返す刃のように蹴りを叩き込む。
手応えはあった――確かに捉えた。
だが。
「……なに?」
衝撃に揺らぐはずの身体は、まるで大地に根を張った樹木のようにびくともしない。
響はわずかに傾きもしないまま、無表情の伽藍堂の目でクリスを見つめ返していた。
「險ア縺帙↑縺??りィア縺帙↑縺??ゅ←縺?@縺ヲ遘√′縺ゅs縺ェ逶ョ縺ォ」
響の口から溢れる。意味のわからない言葉の羅列。
背筋に、冷たいものが走る。
響は目にも止まらぬ速さでクリスの脚を掴むと、まるで空のペットボトルを放り投げるかのように、なんてこともなく振り上げた。
「……
地面に叩きつけられる直前、クリスは咄嗟に背中へ強化を施し、衝撃を殺す。
鈍痛が走るが――耐えられる。ネフシュタンの鎧がすぐに回復を促す。
「ぐっ……!」
回転する勢いを利用し、ストリートダンスのように身を翻して勢いよく立ち上がる。
立花響の状態は理解した。
もはや、出し惜しみをしている場合ではない。
魔術も、ネフシュタンも――全てを使う。
クリスは背後に隠し持っていた干将・莫耶を抜き放つ。
片方を宙へ投げ放ち、もう一方を手に残す。
余った右手にはネフシュタンの鞭――それを地面へ深く突き刺した。
鞭は大地を這い、死角から迫る獣のように響を狙う。
正面からは自らが莫耶を振り下ろし、
投げた干将は引き寄せられるように軌道を変え、背後から迫る。
――前、背後、そして死角。
三方向からの同時攻撃。逃げ場など、どこにもない。
だが響は――振り返りもせず、背後から飛来する干将を掴み取り、
正面の莫耶はクリスの手首ごと受け止めた。
「……クソッ、離せ!!」
必死に莫耶を引き抜こうとするが、響の手は鋼のように動かない。
恐ろしいのは、その力だけではない。
虚ろな瞳のまま――しかし確実に、最も危険かつ、最適な一手を選び取っていたことだ。
干将・莫耶。
かつて自身を無力化した、その凶器だけは決して通さない。
他の攻撃は受けてもいいとばかりに。
三方向のうち一点のみを冷徹に押さえ込み、響は自ら鞭を喰らう道を選んだのだ。
「チッ!オーバー――」
言葉を言い切るより早く、クリスの身体は横合いから叩きつけられた。肺が潰れるような衝撃と共に、視界が揺らぐ。
「ぐっ……!」
遅れて理解する。肩口に突き刺さった干将――さっきまで響に握られていたはずの刃が、自分の肉を穿っていたのだ。
顔を上げた時には、響はすでに鞭を引き抜いていた。その肩の傷は、逆再生の映像のように音もなく塞がっていく。血すら残さず、まるで最初から存在しなかったかのように。
「逞帙>縲ら李縺?h縲よ悴譚・」
「……最悪だ」
吐き捨てた瞬間――カシャン、と金属の蓋が跳ねる音が耳を裂いた。
視界の端で、アタッシュケースが弾かれるように開いた。
中に収められていたのは、欠けた先端を持ち、半ば石化しながらもなお周囲を圧倒する存在感を放つ一本の剣――デュランダル。
それは光を放ったわけでも、轟音を響かせたわけでもない。にもかかわらず、空気が震え、胸の奥に直接響くような重圧が場を支配した。
事前にフィーネは言っていた。
『万が一デュランダルが起動した際は、アタッシュケースのロックが自動的に外れる。しかしそんなことはあり得ない。奪取後、少女のフォニックゲインで起動させる――それ以外はない』
その“あり得ない”はずの事態が、目の前で起こっている。
考えている暇はなかった。
今やるべきことは、ただ一つ――奪うこと。
クリスは即座に干将・莫耶を投げ放った。
刃は唸りを上げて飛ぶが、立花響は一瞬でそれを弾き飛ばす。
――それでいい。狙いはそこではない。
刹那の隙を突き、クリスは踵を返し、一直線にデュランダルへ駆けた。
「なに!?」
だがその刹那、デュランダルは彼女の手を拒むように強烈な光を放ち、その光は一直線に立花響の方へ伸びていった。
呼応する。
まるで、選ぶかのように。
「ぐっッ!?」
クリスがその光に目を奪われた一瞬――ガン、と衝撃。
体当たりの一撃で吹き飛ばされる。
立花響だ。あの一瞬で迫り、迷いなく自分を弾き飛ばしたのだ。
そして、その手は確かにデュランダルへ伸びる。
「させるか!!」
空中で無理矢理体勢を捻じ曲げ、ネフシュタンの鞭をデュランダルに絡め取る。
だが、次の瞬間。
眩い光が迸った。
握られた刀身が、失われた欠片を光で補い、灰色に濁っていた金属が輝きを取り戻す。
青いラインが奔り、全長二メートルを越す大剣が再び現れる。
その光は“熱”となり、伸ばされた薔薇の鞭を一瞬で焼き切った。
「……起動だけじゃなく、再生まで!?」
間違いなく、この状況は予想外だ。
少なくとも、自分はフィーネからは聞かされていない。
と言っても、自分が聖杯という名の隠し事をしていた以上、彼女はこの事情を予想していた上で黙っていたのかもしれないが。
「ゥ……ァ……アアァァァァァァァッ!!!」
立花響が咆哮する。
それと同時に感じたのは、どこへ向けてでもない濃密な殺気。
後ろで浅い息遣いが聞こえた。思わず振り返ると、櫻井了子が今まで見たこともないような表情を浮かべ、呆然としていた。
それでも彼女が今なにを思っているのかは容易く想像できる。
その表情を一言で言い表すのなら、恍惚という言葉が最適解であろう。
「隠し事か。」
『それはお互い様だろう?』
クリスの呟きに、彼女だけに聞こえるように声が聞こえる。
どうするべきか。
そう、考えを巡らせていた時、立花響が自分の胸に、自分の手を突っ込んだ。
「まさか、お前……」
「アアァァァァァァァッ!!!」
クリスの考えを肯定するかのように――立花響は、自らの胸に手を突き入れた。
ずるり、と音を立てて引き抜かれたのは、脈動する肉塊。
血肉に似て、だが血肉ではない。黒く濁った聖杯の欠片だった。
「……お前、聖杯を……」
思わず呟くクリスの目の前で、響はその塊を無造作に放り投げた。
「クソッ!!」
反射的に身体が動く。
最優先事項は聖杯だ。これを失えば――彼の死は、本当に無意味になる。
計画も、努力も、あの記憶すら、全て。
他の何もかも忘れ、クリスは聖杯に飛びついた。
その瞬間だった。
――響から滲み出していた殺気の全てが、刃のように自分へと突き刺さったのは。
「ガアアァァァァァァッ!!」
獣の咆哮と共に、デュランダルが応じる。
剣から放たれた光柱は、天を貫き、雲を一瞬で焼き散らす。
その輝きは太陽をも塗り潰し、昼を夜と錯覚させるほどに。
だが同時に――その力は、神話のように神々しく、世界を蹂躙する暴威でもあった。
剛、と轟音。
奔流の光がすべてを吹き飛ばす。
*
「……響ちゃん」
了子の喉から洩れた声は、祈りとも呪いともつかぬ響きだった。
視線の先に広がるのは、ただの瓦礫ではない。
街を覆っていたビル群は幾筋にも裂かれ、鋭利な断面を晒している。
大地は焼け溶け、熱によって変質した地面が冷え固まり、ガラスの鏡面となって月光のように煌めいていた。
美しく――けれど、余りにも現実離れした光景。
避難は済んでいる。人的被害は、今のところは無い。
だが、それがどれほどの僥倖か、了子は理解していた。
そして。
「――■■■■■■■■」
立花響が、そこにいた。
黒に染まったまま、呻きのような声を垂れ流しながら。
皮膚を走るひび割れのような黒光が脈打ち、止まる気配はない。
彼女は人ではなく、ただ“災厄”として立ち続けていた。
もしかしたら――いや、間違いなく。
このままでは、彼女は取り返しのつかない場所へ堕ちていく。
そう悟った、その瞬間。
「……本当に、ふざけるなよ。お前」
白の陽剣が、響の腹を貫いた。
「■■■■■■■■!!」
腹を貫かれた衝撃か――それとも、消えたはずのクリスが背後に立っている事実か。
響の形をした獣は、初めて驚愕の色を浮かべた。
「どうやって……」
呻くような問い。
了子の視線が、ふと響の足元に落ちる。
そこには――人ひとりがようやく通れるほどの小さな穴が口を開けていた。
息を呑む。理解が、稲妻のように脳裏を走った。
クリスはデュランダルの直撃を受けてはいなかった。
――あの時。響と了子を飲み込んだ道路の穴。
彼女はそこへ飛び込み、地中を這うようにして回り込み……そして今、背後から剣を突き立てたのだ。
「さて……」
「■■■■■■■■!!」
腹を貫かれてなお、響は吼えた。
デュランダルが応じるように光を迸らせる。
その輝きは暴走か、あるいは彼女自身の意志か――判別などつかない。
「……まあいい。起動したのなら、もうお前は用済みだ。デュランダルは頂いて行く」
黒く染まった少女が唸り声をあげる。
パチパチと電流が迸り、光の柱はさらに太く、そして速く、空を裂いて駆け上がる。
――もし放てば、月すら穿つのではないか。そんな錯覚を抱かせるほどに。
「ぐ、ああ……」
だが、それはあくまでも打ち出される
今、それを打ち出そうとしている
振り下ろそうとする光の大剣も、振り下ろす動きに先ほどまでの切れはない。
デュランダルの威力は、火力と推進力の掛け算だ。
現在のデュランダルは、火力こそ先ほどより遥かに高い。だが推進力は天へと向けられたまま。
ならば――正面から受ける必要はない。側面に回れば隙はいくらでもある。
ただし、ネフシュタンは この状況に合わない。
あれは攻撃と言うよりは防御に重きを置いた聖遺物。
現状では役に立たないだろう。
本当に、癪だ。
だが、くだらない感情で最適解を捨てるほど、雪音クリスは子供ではない――少なくとも彼女自身はそう、信じている。
ーーーKillter ichaibal tron。
赤光が爆ぜ、空気が震える。
土煙を突き破って現れた姿は、赤と黒に彩られた新たな装甲だった。
腰裏から大きく展開するユニット。燕尾のように広がるそれは、花が咲いたようでも、血の傷口を晒したようでもある。
太腿を包む白いアーチ状の装甲は、まるでスカート。
胸元のコンバーターユニットから伸びる白の装甲は、黒と赤のインナーを覆い、簡素に、しかし力強く形を縁取る。
篭手のような両腕の装甲。蜂の巣を思わせる巨大なヘッドセット――。
その赤の煌きは、他のどの部位よりも鮮烈だった。
*
「……イチイバルだとォ!?」
その姿に、二課本部がどよめく。
かつて、司令の前任が紛失の責任を取り辞任するに至った曰く付きの聖遺物。
まさか、向こうの手に渡っているとは――。
「アウフヴァッヘン波形、検知!」
「データ照合完了! コード――イチイバルです!」
「まさか、あの娘は……」
弦十郎の呟きを遮るように、少女は口を開いた。
ーーーGatrandis babel ziggurat edenali
「この歌……まさかッ!?」
「絶唱だと!?」
二課本部に驚愕が走る。
絶唱――増幅したフォニックゲインを一気に解放し、破壊をもたらす奥の手。
だがその反動は、装者自身の肉体をも蝕む。
諸刃の剣。決して切ってはならぬ最後の手段。
……なのに。
少女は一切の躊躇なく、それを歌い上げた。
「ギリギリマックスだッ!!持ってけ――イチイバル!!」
少女の手に現れたのは、黒き巨弓。
小柄な身体では到底扱えぬはずの大きさ。だが彼女は迷わず弦を引き絞る。
「……ぐっ」
口端から血が滴った。
絶唱の負荷を、ネフシュタンの再生力で相殺する腹積りであったが、
絶唱の代償――命を削る負荷は、ネフシュタンの再生さえ追いつかない。
それでも雪音クリスは、見ない。感じない。
自らの身を喰い潰す痛みなど、今はどうでもよかった。
紅蓮の矢が、黒弓に番えられる。
絶唱のエネルギーを推進力へと全て注ぎ込み――狙うはただ一点。
「火力ならアイツが上だ……なら、あたしは一点特化で――ぶち抜くッ!!」
雪音クリスは、立ち上る光の塔を見て、獰猛に笑みを浮かべる。
「バーサク野郎には分かんねえだろうなあ。
聖遺物、その真の力を発揮する方法も」
嘲るような自嘲するような表情で何処か遠くを見た後、雪音クリスは矢を放つ。
「――血潮は鉄、心は慟哭。
絶望を束ね、慟哭を射抜く。
我が矢は、憎悪と共に世界を穿つ。
飛べ!!魔弓・
流星――ただ一陣。
天を穿つ光の奔流の前に、あまりにも脆く、儚い矢だった。
瞬きひとつで掻き消されるはずの、その一矢。
だが――矢は止まらない。
砕けても、裂けても、なお進む。
奔流に呑まれ、消え失せる寸前で、なお光を貫こうと足掻き続ける。
そして。
――閃光が裂けた。
奔流を割り裂き、光そのものを突き破って、矢は確かに彼方へ届いた。
だが、その煌きはあまりにも細く、儚い。
立花響を穿つには至らない。
このままでは、押し潰される。
ならば――壊すしかない。
「……はっ、最初から分かってたよ」
雪音クリスの口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
矢に宿した全ての力を、己の手で焼き尽くす。
聖遺物の奥義。
世界そのものを巻き込む自壊の一撃。
「――
爆発に等しい光と熱の奔流が走り抜けた。
世界が一瞬――音を失う。
耳鳴りすらなく、ただ虚ろな静寂だけが残った。
崩れ落ちる瓦礫の欠片が、最初に戻ってきた音だった。
その只中を、煙と光を裂いて、雪音クリスは歩み出る。
そして遂に――デュランダルを、その手に握り取った。
「……やっと」
低く、吐息のような声。
勝利の確信が胸を満たした、その瞬間――。
「ぐっ……うぅ……!」
剣先を素手で掴み、血を流しながらも離そうとしない立花響。
必死に縋り付くような瞳に、クリスは嘲りも憐れみもなく、無言で蹴り飛ばす。
「言っただろう。これがお前の限界だ」
瓦礫に叩きつけられ、なお立ち上がろうとする響。
だがクリスが背を向けかけた時、視界に飛び込んできたものに顔を歪めた。
「テメェ……!」
響の手には、自分が握っていたはずの――
デュランダルを巡っての攻防の中で、奪い去ったのか。
「返せ」
「ダメ!!」
血塗れのまま、それでも強い瞳で響は叫んだ。
「ダメ!!これは、ダメだよ。私、何も分からないけど、貴女がどうしてこんなことをするのか、分からないけど……こんな物、持っていちゃいけない。
これを持っていたら、貴女は……」
「この……!」
懐から剣を引き抜き、響に斬りかかろうとした刹那――クリスは胸を押さえ、呻いた。
骨が軋み、血肉が自分の意思と関係なく組み替えられていく。
絶唱の反動を癒すはずのネフシュタンが、逆に彼女を“異形”へと作り変えようとしていたのだ。
「……ッ、こんな……苦しみ……!」
それでもなお、立ち上がろうとする。
だが視線を上げれば、二課の車両がこちらへと迫っていた。
勝算はない。ここで留まるべきではない。
一瞬で判断し、クリスは踵を返す。ふらつきながらも、その背は遠ざかっていった。
「響ちゃん!!」
「奴を追え!!」
二課の仲間たちの声が響く。
けれど響には、それがひどく遠い世界の音のように聞こえた。
血に塗れた手の中で、なお鼓動を刻む“肉塊”を抱きしめながら――
彼女はただ、胸の奥で強く思った。
(……救わなきゃ)
シンフォギアとfateって油断するとどちらかの要素が出せなくなるっていうことに気がつきました。
マッジで戦闘シーン書くの難しい。
因みに今回の戦闘でクリスがやった絶唱の負荷をネフシュタンで回復するのは、ZEROのケリィVS言峰で、
――「アヴァロン+固有時制御」の回復コンボを見て、
「ネフシュタン+絶唱でも同じこと出来るんじゃね?」ってなったのが始まりです。
そこから勢いでガーッと書いたので、もし矛盾があれば指摘してもらえると助かります。
(調べた限りでは多分、大丈夫なはず……!)
⸻
魔弓・
• Rank:B+(真名解放時:A)
• 種別:対軍宝具
• レンジ:2〜60
• 最大捕捉:数百人
名前の元ネタはもちろん、雪音クリスの持ち歌「魔弓イチイバル」から。
本来ならA+級の火力を誇るはずの宝具だが、あくまで「欠片」であるためこの程度の威力に留まっている。
ただし、シンフォギアとして運用しているため、アームドギアを
Q, 聖杯戦争についての全てが書かれた資料って?
A,蟲爺が聖杯戦争を裏で観察していたことを纏めた資料。マキリの家から奪った。