雪音クリスは衛宮士郎に拾われる   作:バースデー

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あたしは何のために……

板場弓美は、リディアン音楽学院に通う、普通の、ありふれた女子高生だ。

……もっとも、「アニソン同好会を作る」という妙な野望を抱いていたり、そもそもリディアンに在籍したりしている時点で十分普通ではないのだが。

それも含めて、アニメが大好きな普通の女子高生――のはずだった。

 

断じて、アニメが好きだからといって、アニメのような出来事を望んでいるわけではない。

(まあ、日常が崩れない範囲なら……少しくらいは構わないけど)

 

だから、その日に起こったことは――。

彼女にとって、決して()()()()()()()()()()()ばかりではなかったのだ。

 

それは、雨の日のことだった。

傘を忘れたせいで、びしょ濡れになりながら下宿先のアパートへ走っていた――そんな時。

一刻も早く帰ろうと、近道のつもりで路地裏へ足を踏み入れた、その瞬間。

 

「動くな」

 

背後からの声。

次の瞬間、首をがっしりと掴まれ、冷たい刃の氷のような感触が喉元に突きつけられていた。

 

「え……っ!?」

 

状況が状況なので、分かることは少なかった。が、少なくともその声は少女のものに聞こえた。

だが、そんなことを知ったところで状況はどうにもならない。

ただ、動けば終わる――その恐怖だけが、現実として突きつけられていた。

 

「えっ……え!? な、何……?」

「動くなって言っただろ。いいから、黙ってあたしの言うことを――」

 

言葉が途切れる。

同時に、首筋へとのしかかる重圧。

肩に伝わる熱と、ハアハアと荒く震える呼吸。

 

非日常に慣れていない弓美でも分かる。

これは、ただの脅しなんかじゃない――何かがおかしい。

 

「ちょ、ちょっと……大丈夫?」

 

思わず問いかけて、そして。

振り返った瞬間、弓美の声は喉で凍りついた。

 

そこにいたのは、傷だらけの少女だった。

雪のように白い髪は泥に塗れ、顔は苦痛に歪んでいる。

 

そして何より。

 

その身には――()()()()()()()

 

「なにこれ?アニメかっての……」

 

 

そのまま、どうすれば良いのか、暫く彼女はその場で考え続けた。

 

 

意識が戻ったのは、どれくらい……恐らくは数時間ぐらい経ってからだったろうか――

 

「ぅ、ぁ……」

 

喉が震えた。

呻き声を上げたというより、声が勝手に漏れたのだ。

その音で、ぼんやりしていた意識が引きずり上げられる。

 

薄く開いた瞼に、白い光が刺さる。

まるで熱湯に指を突っ込んだように反射的に閉じた。

けれど、その痛みに似た刺激が逆に、ぼんやりとした意識に、輪郭を与えていく。

 

「……ここは……何処だ……?」

 

耳に届くのは、雨の滴る音でも、銃声でもない。

代わりに聞こえるのは、時計の秒針のような規則正しい音と、鼻をかすめる生活臭。

湿った空気はなく、乾いた布と薬品の匂いが漂っていた。

 

初めのうちはぼんやりと、時間が経つにつれてハッキリと意識が覚醒していく。

 

そこは、何処かの部屋だった。

けれど家族の団欒を思わせる広さではない。

精々多くても二人が精一杯暮らせる程度の、小さな箱庭。

 

 

「――ああ、やっと起きたのね。急に倒れるからびっくりしたわよ。

 アニメか!!ってツッコミ入れそうになっちゃった」

 

耳元でやかましい声が響く。

 

ああ。そうだ。自分は確か……道で何処ぞのバカっぽい奴に逃走を協力させようとして、それから……

 

「なんで、あたしがここにいるんだ……

 あたしを助ける理由なんて、お前にはないだろ?」

 

薄く目を細めると、自分を助けた馬鹿みたいな女は肩をすくめたように笑う。

 

「え? そりゃあまあ、そうなのかもしれないけど。

 貴女、見るからに訳ありでしょ? 逆に、そうじゃなかったら驚くわよ。

 それに、片腕のない子をそのまま放っておくのは流石に気が引けたのよ。

あ!私は板場弓美。好きなものはアニメ。よろしく」

 

笑いながらも、その声には軽い気遣いが含まれていた。

 

クリスは息を吐き、ゆっくりと身体を起こそうとした。

 

「……ぐっ」

「ちょ、ちょっと! まだ寝てなさいって! 熱もあるみたいだし。

 

………あれ、よく考えたらこれってお医者さんに連れてった方がよかったのかな。

 でもさ、アニメだったらとりあえず家に連れ帰る流れじゃん? そんなノリでつい……」

 

矢継ぎ早に流される言葉に、クリスは呆れた息を一つ。ああ。コイツ馬鹿だ。馬鹿だよ。

 

「お前、アニメなんかで行動決めてんのか? バカか」

「ちょっと!! “アニメなんか”って何よ!? アニメを信じて何が悪いの!

 ……ていうか今、バカって言った? 知らないの? バカって言った方がバカなんだからね、このバーカ!」

 

天井を見上げ、クリスは心の中で深々と嘆息した。

――ああもう、こういう奴の相手は、本当に勘弁してくれ。 胃が変な形に変形しそうだ。

 

「っせえ! バーカ! バーカ! バーーカ!!」

 

「ああ!? せっかく言っておいたのに、更に言ったわね! 三回も!

三回も言ったんだから、アンタはもうただの馬鹿じゃないわよ! 三馬鹿よ!!

いや、アニメを馬鹿にしたことも加えて……四馬鹿!!」

 

耳元でギャンギャン響く。

まるで拡声器でも仕込んでいるんじゃないかと思うくらい、うるさい。

……なんなんだよコイツ。どうして、ただ騒がれているだけなのに、こんなにも心が乱されるんだ。

 

「だーーッ!! もう! ……っていうか“四馬鹿”ってなんだよ!」

「はい、返事した。決定。アンタの呼び名は“四馬鹿”!」

 

弓美は嬉しそうに言い放つ。

呆れて声が漏れた。名前を聞かれないのは都合がいいはずなのに……。

なのに、なんでだ。胸の奥がチクチクして、落ち着かない。

 

「ちょっと待ってなさいよ。今、貴女のためにお粥を作ってるから。……サムゲタンでもいいけどね!」

 

そう言い残し、彼女はひらひらと手を振りながら扉を開け、隣の部屋へと消えていった。

 

「……いや、どうしろと」

 

思わず、声が漏れる。

部屋の中に残されたのは自分ひとり。

耳を澄ませば、水道をひねる音と、鍋に何かを入れる小さな気配が聞こえるだけだ。

 

……やはり、この部屋には彼女以外の人間はいないらしい。

連絡を取るでもなく、助けを呼ぶでもなく――ただ目の前のことに手を動かしている。

考えてやっているわけじゃない。ただの思いつきで、行動している。

 

(……となると、甘えても……いいのか?)

 

胸の奥に小さな呟きが芽生える。

それは否定したいのに、あまりにも自然に溢れ出してしまった。

 

 

 

 

「あ、あれっ!? えっと、これをこうして……

 ひゃあ!? な、なんで〜〜っ!」

「……いや、ダメだな」

 

瞬時にそう結論づけた。

扉と壁に遮られているせいで、詳細までは分からない。

けれど聞こえてくる慌てた声と、鍋のぐつぐつ音に混じる「ボチャッ」という嫌な水音で、だいたいの惨状は予想できた。

 

「……何やってんだ、お前」

 

無理矢理、布団から身体を持ち上げさせて扉を開く。 疲れているのもあって、口から漏れ出た言葉にはほんのちょっとだけ、変な棘があった。

 

「って!? 何起きてるのよ!アンタ! ちょっと、寝てなさいよ!」

「この様子を見てもか?」

 

呆れ声を漏らしながら手を顔に当てた。

視線の先――野菜は切られたはずなのに根元でつながり合い、まるで首の皮一枚で耐えているようだ。

鍋は吹きこぼれ、床には泡がじゅうじゅうと広がっている。

 

 

「お前……よくこれで一人暮らしなんてできるな」

 

「う、うるさい! お粥なんて滅多に作ったことないんだから、しょうがないでしょ!」

 

「いや、普段作ってないとか、そういう問題じゃねえだろ」

 

戦場跡地みたいなキッチンを前に、クリスは深く息を吐いた。

そして、弓美の手から危なっかしい包丁をひったくる。

 

「ちょ、アンタ……危ないって!」

 

「阿呆。黙って見てろ」

 

短く吐き捨て、クリスは手際よく包丁を振るった。

根本でつながっていた野菜が次々と切り分けられていく。

片手だけのはずなのに、その刃さばきは寸分も狂わない。

刻まれた野菜は均一な大きさで、音だけでもリズムの正確さが分かるほどだった。

 

「す、すっご……! アンタ片手じゃない。なんで野菜がずれたりしないの?」

 

「切り方があんだよ。大体な、片手になったぐらいで生活に困るこたあねえ。

 そういうふうに料理も、それ以外もやってきたんだ……あたしは」

 

「へえ〜〜」

 

弓美の声は素直な感嘆に満ちていた。

その視線に、クリスは一瞬だけ目を逸らし、無言で鍋に材料を放り込んだ。

 

 

「火加減は十分、あとは……」

 

「もう大丈夫よ。あとは私がやれるわ」

 

「………」

 

「ちょ、何よ? その顔は。大丈夫……大丈夫……な、筈よ」

 

胸を張りながらも、声の端に震えが混じっている。

クリスは無言でじっと見つめ、そして――盛大にため息を吐いた。

 

「信用しろってのが無理な話だろ……」

 

そう呟きながらも、布団へ戻る。

相手に任せるのが面倒になったのと、少しだけ――いやほんの少しだけ――この騒がしい少女の勢いに呑まれたせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、ありがたく食べなさいよ」

「馬鹿。結局あの後、ほとんど私がやったんじゃねえかよ」

 

弓美が差し出す湯気の立つお粥を受け取りながら、クリスは呆れたように呟く。

膝の上に皿を置いて、左手に持ったスプーンで、お粥を口に掻き込んていく。 出来立てで滅茶苦茶熱いが、気にするほどでもない。

 

「ねえ、アンタなんで私に目をつけたの? もしかして私に運命を感じちゃったとか? アニメのバディモノみたいに」

「お前が通った奴らの中で、一番阿呆で弱そうだったからだ」

「私、アンタが怪我人じゃなかったら、今頃思いっきりぶん殴ってたわよ」

 

弓美の軽口に、クリスは短く舌打ちをする――けれど、その目は少しだけ柔らかかった。

 

「ねえ、四馬鹿。今度は真面目な質問。どうして、()()()()()になってるの?」

 

「……色々あったんだよ。察しろ」

 

「私、エスパーじゃないんだから分かんないわよ」

 

呆れた声で返す弓美。

クリスはそれ以上話す気がないのか、完食した皿を押し付けると、壁に顔を向けて寝っ転がった。

 

「ったく。ここまで助けてやったのに、感謝の言葉ひとつもないなんて。薄情な奴ね」

 

沈黙が落ちる――と思ったその時。

 

「……少し、やらかしたんだよ。目的のために動いて、失敗した。それだけだ」

 

背中を向けたまま、低い声が返ってきた。

 

「なんだ、喋れるじゃないの」

 

「……薄情者なんて思われたくないだけだ」

 

雪音クリスは、熱に魘されるようにぼんやりと言葉を絞り出した。

話したくなんかない。話す意味もない。どうせコイツに理解できるはずがない。

……それなのに、今日はやけに口が滑る。

今まで胸の奥に押し込めていた弁が壊れたみたいに、アッサリと。

 

「あたしは――世界を救いたかった。

 争いのない、平和な世界を作りたかった。

 ……でも、結局上手くなんていかなかった。

 世の中、アニメみたいには上手くいかないってことだ」

 

「なに? 世界平和? もしかして貴女、そんなにツンケンしてるのに……結構、人間が好きなの? ツンデレなの?」

 

「阿呆。あたしは人間なんざ大っ嫌いだ。

 平気な顔で嘘をついて、自分のためなら恩人だって簡単に犠牲にする。

 その結果が――今の、この世界の地獄だ。

 そんな奴ら……好きなわけ、ねぇだろ」

 

「……そう」

 

弓美はしばし黙り込み、ぽつりと呟いた。

そして顔を上げると、まっすぐにクリスを見て言った。

 

「でも、それって――変な感じ」

 

「あ? 何がだよ」

 

苛立ちを隠さずクリスが声を荒げる。

だが弓美は怯むどころか、続けた。

 

「だって、“世界を救いたい”なんて、アニメの正義の味方が言うことよ。

 正義の味方って、人類が大好きで、人を守りたいから戦うの。

 “傷ついて欲しくない”って願うから、ヒーローなのよ」

 

一呼吸置いて、弓美は小さく肩をすくめる。

 

「それなのに……人間は嫌い? なんて言うのは、アニメのラスボスの台詞でしょ。

 ――世界を救いたい正義の味方なのに、人類嫌いのラスボスでもあるなんて。

 やっぱり変だわ」

 

「……そんなこと言ったって、あたしは――」

 

そこで言葉が途切れた。

 

(……アレ?

 あたしは、士郎のために……戦ってた。

 士郎の死を、無駄にしないために。

 でも……アイツについて行ったのは……あたしが誰かを助けたかったからで――)

 

思考が、絡まった糸のようにぐちゃぐちゃにこんがらがっていく。

目的はなんだった? 理由は? あたしは何を望んでいたんだ?

 

(……なんでだっけ)

 

「どうしたのよ?」

 

「寝る。もう考えるのは懲り懲りだ」

 

そう言うなり、クリスは布団をぐるぐる巻きにして、まるでミノムシみたいにくるまった。

 

「あっそ」

 

ぶっきらぼうな返事を返しつつも、弓美は気にした様子もなくテレビをつける。

クリスは眠っているような姿を見せているが、こんな直ぐに眠れるわけがない。

呼吸を深くして眠ったフリをしているのは明らかだった

――ただの「もう話す気がない」という意思表示。

 

「まあ、私が言うのもお門違いかもしれないけどね」

リモコンを握ったまま、弓美はテレビに目をやりながら続ける。

「人生でどうしても解決できない悩みにぶち当たったら――アニメを見ればいいのよ。

 人生の大事なことは、100%アニメから摂取できるから。

 悩んでるより、観ちゃった方が楽よ」

 

その言葉に、返事はなかった。

布団の中で目を閉じたクリスは――ただ、沈黙を選んだ。

 

布団の中で目を閉じたクリスは――ただ、沈黙を選んだ。

胸の奥に小さな棘が残ったまま、眠ったふりを続けるしかなかった。

 

 *

 

それはーーキンツ、と頭の奥を突き刺すように響いた。

けたたましいサイレンの音。

鼓膜を揺さぶるよりも早く、脳髄

に管鐘が鳴り渡る。

その瞬間、クリスは反射的に跳ね起きていた。

 

「……悪い。今の音はなんだ? 地震か、それとも……」

 

布団を蹴り飛ばし、周囲を睨むように問いかける。

すぐ傍では弓美が慌ててカバンを掴み、避難の準備を始めていた。

 

「何って、ノイズ警報よ! この辺りでノイズが出たの!

 ほら、アンタも早くシェルターに避難しないと!!」

 

やかましい声だが、それが自分を案じてのものだと言うことぐらい、クリスにも分かった。

 

「わかってる。早く行くぞ」

 

そう言って、クリスは弓美の背後を歩く。

時間が経つにつれ、群衆の数は増えていき、歩道を埋め尽くすほどの人波となっていた。

 

「……。」

 

ここなら、()()()()()()もう身動きは取れない。

 

「ーーじゃあな」

 

本当なら、何も言わずに去った方がよかった。

だが何となく、その一言を残してクリスは群衆をかき分けた。

避難の流れに逆らい、ただ一人、ノイズの発生源へと歩を進める。

 

小柄な身体と素早い足運びがあれば、人波を縫うのは難しくない。

片腕を失った分、必要な隙間も小さくなっているのは、皮肉なことだ。

 

「……」

 

ふと背後を振り返る。

あの馬鹿が、必死に何かを叫びながらこちらへ向かおうとしていた。

けれど彼女もまた、ごく普通の人間。人波に抗うことはできず、すぐに押し戻されていく。

 

それでも――自分を案じて声を張り上げる姿に、胸の奥がわずかに疼いた。

 

(……ああ)

そこでふと、思い至った。

あの綺麗事ばかり言っていた(やつ)も、同じように自分を思って行動してくれたのだ。

なのに、そんなことさえ頭から抜け落ちていた。

 

(……だからって、どうすりゃいいって話だけどな)

 

自分は分からない。

あんな馬鹿みたいに眩しい奴らにはなれない。

輝く景色を思い出しても、結局この暗がり(じぶん)から抜け出す理由は見つからない。

 

みっともない今までの自分の生き方を無駄にしたくないだけか。

それとも――……

 

いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

このノイズは、きっと自分を追ってきた。フィーネが差し向けたものだ。

ならば――

 

「ケジメを、つけてやる」

 

――Killter ichaibal tron。

聖詠が口の中で冷たく音を立てる。

クリスはそのまま呼吸を整え、シンフォギアを着装した。

 

片腕の分、小さくなった鎧にほんの少しだけ嫌な気持ちになる。

 

空へ跳び上がり、ビルの屋上へ着地する。

視界の先には、世界を汚すように羽ばたくノイズの群れ。

動きは常のものとは明らかに異なっていた。

 

「――あたしはここにいる。さっさとかかってこい!!」

 

「叫び」が届く。通り過ぎる風が音を削ぐ、ガラスが震える。

 

クリスの叫びが、街の空気を引き裂いた。

 

彼女の慟哭のような叫びに応えるように、ノイズたちが一斉に顔を向ける。

感情の読み取れない仮面の群れ。だが、向けられるよりも早く、クリスの銃口が先に動いた。

 

「遅ぇんだよ!!」

 

弾丸の雨が空を裂き、ノイズは次々と塵へと還る。

轟音と火花、鉄の臭い。残骸も残さず消えゆくそれは、まるで最初から存在すら許されなかったかのようだった。

 

――少なくとも、あたしがいる限り、これ以上無駄に死ぬ奴はいねぇ。

 

そう吐き捨てかけた時、クリスの視線が止まった。

街の瓦礫の中を駆けてくる、一人の少女(立花響)

必死の形相で走る、彼女の背後にノイズの群れに突っ込もうとしている。

 

「あぁ……馬鹿が」

 

自然と口をついた言葉。

不思議と、今は彼女に悪感情が湧くわけではない。だが、それでも――関わりたくない。

 

そう思いながらも、背後から迫るノイズの群れが、その馬鹿を呑み込もうとしている。

 

「……チッ、仕方ねぇ」

 

クリスは身を投げ出すように、()()()

着地の衝撃と同時に弾丸をばら撒き、群れの中心を粉砕する。

地響きが街を揺らし、ノイズは悲鳴もなく塵と化した。

 

「――クリスちゃん!!?」

 

振り返った少女の瞳が驚きと安堵に揺れる。

その声に、クリスは舌打ちを噛み殺しながら顔をしかめた。

 

「……おう。大丈夫だよ、バーカ」

 

ぶっきらぼうに、簡潔にクリスは言葉をかけた。

 

 

「……何て言うか、その……悪かったよ。色々と」

 

「――え?」

 

響がポカンと声を上げる。

思わず動きを止めてしまうほど、その言葉は意外だった。

 

クリスの声色は、いつものように荒々しく突き放すものじゃない。

ほんの少し――ほんの少しだけだが、どこか柔らかく、温度を帯びていた。

 

それはまるで、彼女自身も気付かぬうちに響を肯定してしまっているかのようだった。

そして響は、胸の奥が熱くなるのを抑えられなかった。

 

「お前、急いでんだろ。上から見てたぞ」

 

「あ! うん。逃げ遅れた人が……」

 

クリスは鼻で笑った。まったく、どこまで行っても“そういう奴”だ。

 

「……そういうとこだよ」

 

「え?」

 

「お前、なんでそんな必死になれるんだ。……人間が、好きだからか?」

 

問いに、響は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに笑って答えた。

「え? うん。すき……だと思うよ。それに、私が誰かの役に立てるなら、それは嬉しい事だから」

 

「……そうかよ」

 

 

 

ポカンとしながらも、迷いなく即答するその姿。

ほんの一瞬の間もなく「好き」と言い切った彼女に、クリスはやはり――自分とは違うものを感じていた。

 

それは光に手を伸ばしても掴めない、対極の在り方。

自分が“憎んだ”その対象を、こいつは当たり前のように“好き”と言う。

 

……馬鹿じゃねぇのか。

そう吐き捨てかけたのに、胸の奥に刺さったチクリはどうしても消えてくれなかった。

 

「だったら、シンフォギアを使えるあたしなんかに構ってないで、さっさと行け!」

 

「で、でも――」

 

響が言葉を投げかけるよりも早く、クリスは銃身を横薙ぎに振るった。

炸裂する銃声。瞬く間にノイズが霧散していく。

 

「見ての通りだ。あたしはお前より強い。……この前は負けたが、それはそれだ」

吐き捨てるように言い放ち、銃口を響に向ける。

「分かったらさっさと行け。じゃなきゃ、ノイズじゃなくてテメェを撃つからな」

 

「……ありがとう。クリスちゃん」

 

一拍。

響は迷いがちに、それでもはっきりと続けた。

 

「……また、会えるかな?」

 

その問いを無視して、クリスは銃弾を撃ち続けた。

背後は振り返らない。

だから――立花響がその後どう動いたのか、彼女の知るところではなかった。

 

……胸の奥に、あの馬鹿の言葉が針のように残ったまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この後、響と未来のアレコレがありますが、本小説ではテンポの為に泣く泣くカット致します。響と未来のやり取りもう少し書いておけば良かったかなあ。(後の祭り)
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