思った百倍くらい伸びてて、かなり難産でした。
うまい文を作るのは難しいです……
お待たせしてごめんね。
注:オリキャラが出てきますが、彼のことは忘れて良いです。
直ぐに出なくなります。
交差する運命の調律者
砂漠の朝は、一筋の風から始まる。
乾いた空気と、植物の乏しいこの大地では、風は迷うことなく一直線に吹き抜けていく。
砂粒の中に残ったわずかな水分すら、朝日が昇る頃には蒸発し、軽くなった粒子はパラパラと舞い上がる。
風に煽られて、空を漂うそれらの間を――人影がひとつ、飛んだ。
「ッぐぅ……ッ!」
雪音クリスは、舞い上がった砂塵と一緒に空を跳ね、地面に叩きつけられる。
「まったく……こんなことに、何の意味がある?」
呆れた声で言ったのは、衛宮士郎。
それを聞いたクリスは、砂を払いながらムキになって起き上がった。
「あるに決まってんだろ! “使えるもんは何でも使う”って言ったのアンタじゃねえか!
だったら、アンタのやり方を真似たって、ちゃんと意味あるっつーの!」
その強気な言葉に、士郎は小さくため息をつく。
乾いた風の中に、それは溶けて消えた。
「……それは、俺に何の才能もなかったからだ。
お前には銃火器の才能がある。わざわざ俺の真似をする必要はないだろう。」
「うるせーな!!あたしが何学ぼうが、あたしの勝手だろーが!」
「はぁ………」
またため息。
クリスはむっとした顔で、士郎を睨みつけた。
――そういうとこが、気に入らないんだよ。
“才能のない凡人”の顔をしておいて、あたしが歯も立たないってどういうことよ。
二年も死線を越えてきた。そんな彼女が今も生きていられているのは、一重に強いからだ。
それなのに、こいつには勝てない。
それでも、“自分には才能がない”とか、真顔で言いやがる。
ストイックぶってんのか? それとも、ただの自己否定野郎か?
……どっちにしろ、気に食わねぇ。
クリスは、そんな衛宮士郎の姿に、どうにも心が乱される。
「アンタ。そう言うところだぞ」
「?何処がだ?」
自身の言葉に首を傾げる衛宮士郎を見て、クリスは再び苛立ちを覚える。
「何でもねえよ。この鈍感、空っぽ野郎」
「おい。急にどうしたんだ。
今日は別に食欲が悪かったわけでは無かった筈だが。」
「ッ………!!」
衛宮士郎の言葉に、クリスは感情が荒立つのを感じる。
流石に、それは……ない。
「んなこと一々覚えてんじゃねえよ。
お前は私のマ……世話役か何かか!!」
怒鳴った直後、クリスは自分の声の大きさに気づいて、はっと口をつぐんだ。
士郎は、しばらく黙って彼女を見つめていた。
その視線が、どこまでも真っ直ぐで――だからこそ、胸がざわついた。
気まずい沈黙が、二人の間に流れる。
砂の舞う音だけが、その空気を埋めていた。
けれど士郎は、ほんの少しだけ目を細めて、そっと視線を逸らす。
まるで、何かを悟ったかのように。
「……悪いが、少しこの場を離れる。」
「はあ? どこ行くってんだよ?」
唐突な士郎の言葉に、クリスは怪訝そうに眉を寄せた。
「国連とは別ルートから、支援物資を受け取る手筈になっている。
だが、この場所の位置が敵国に漏れたらまずい。
だから俺一人で行く。」
「……あたしは連れてってくれねーのかよ。」
口を尖らせたその裏に――“信用されてねーのかも”と言う、子供らしいくだらない不安があった。
……そのことに気づいた途端、彼女は言葉を飲み込んだ。
「人数が増えれば、それだけ見つかるリスクも上がる。
今回は俺一人で十分ってだけだ。」
「……別に、あたしは……」
言いかけて、言葉が途切れた。
士郎はわずかに息をつき、呆れたような、それでもどこか優しい目をクリスに向ける。
そして、ぽんと頭を撫でた。
「……心配するな。
ここがいつ敵に襲われるか分からない状況で、お前のように冷静に判断できる奴が残ってくれる方が、俺としては助かる。
――それだけの話だ。」
「……ふん、そういうことなら、別にいいけどな」
そう言ったクリスの声が、最後まで届く前に。
士郎はもう、砂を踏んで歩き出していた。
「……チッ」
残されたクリスは、彼の背中を睨みつけて――小さく、舌打ちをした。
*
「よっ、クリスじゃねぇか」
乾いた風の吹く難民キャンプの一角。
埃っぽいテントの影から、少年の声が飛んできた。
声をかけられた少女――雪音クリスは、振り向きざまに僅かに眉をひそめた。
「……何だ。アミールかよ」
ぶっきらぼうに返すその声には、どこか警戒心が滲んでいた。
アミールは現地の難民の一人だった少年だ。
戦火の中で家族とはぐれながらも、奇跡的にこのキャンプに辿り着いた少年。
今は、ここで一人きりの生活を送っている。
年の割に快活な印象のある少年だが、その腕はひどく細く、顔色も決して良くはない。
彼の身に起きた過去が、決して軽いものでなかったことは、誰が見ても明らかだった。
だが、クリスはそのことに触れようとはしなかった。
このキャンプに集まった人々は、皆どこかに傷を抱えている。
それは、肉体的なものかもしれないし、精神的なものかもしれない。
いずれにせよ、無闇にその過去を掘り返すべきではないと、彼女は理解していた。
それが、彼女なりの距離感だった。
アミールの明るさは、おそらく彼なりの“鎧”なのだろう。
その裏に何があるのか、あえて知ろうとしないことが、今はきっと正しい。
「衛宮の旦那はいないのか?」
彼は、今日もキャンプのどこかで元気に動き回っていたのか、うっすらと埃をかぶった頬に、無邪気な笑みを浮かべている。
「知らん。そんな事、何であたしに聞く?」
クリスは、ちらりと彼に目を向けてから、素っ気なく答えた。
「いやいや、ちょっと料理の作り方でも教えてもらおうと思っただけよ。」
アミールは軽い口調で言葉を返す。まるで冗談でも言うような調子だった。
その軽薄な調子に、クリスは内心で小さく溜め息をつきながらも、適当に相手をする。
どうやらアミールは、以前に衛宮士郎から何かしらの助けを受けたらしく、折に触れて彼の居場所を尋ねてくることが多かった。
だが、今クリスも士郎の行き先を知らない。
出発前、彼は何処へ行くとも、何時戻るとも言わなかった。
つまり、それは――「他人に言うな」という意思表示でもある。
だから、クリスも余計なことは言わなかった。
「つーかさ、料理の作り方ならあたしに聞けばいいだろ?
あたしだって、ちょっとはアイツに教わってんだぜ?」
少し得意げに言うクリスに、アミールは満面の笑みで即答する。
「クリスが? ……無理無理。教えるの、下手だし。
てか、食うのも下手だろ? そんな奴が、うまい料理作れるわけねぇって」
「おう、喧嘩売る気か? 買うぞコラ」
ぴくりと眉を跳ねさせ、クリスが声を低くする。
が、アミールはケラケラと笑って逃げ腰になるだけだった。
「冗談だって! でも、次の炊き出し、ちゃんと見張ってないと俺が全部食っちまうからな~!」
「やってみろ。銃口が火を吹くぜ」
軽口の応酬。
だがその裏に、わずかに漂う不穏な気配を、クリスはどこかで感じ取っていた。
軽口の応酬。
アミールの無邪気な笑みに紛れて、クリスはほんのわずかに眉を寄せる。
何か――踏み込んではいけないものを探ってくるような、そんな視線を感じた。
「なあ、クリス」
不意にアミールが口を開く。
「前から思ってたんだけどさ。お前、歌……上手いんじゃないか?」
「は?」
唐突な問いに、クリスは思わず声を荒げる。眉間に皺が寄り、警戒心が露わになった。
「なんだよ、急に……」
アミールは悪びれる様子もなく、のんびりと肩をすくめる。
「いや、声の出し方っていうの? なんか、教会で讃美歌歌ってる人たちに似てる気がしてさ。
もしかして昔、そういうの、やってたんじゃないかな〜って思っただけ」
まるで天気の話でもするかのように、彼はさらりと続けた。
クリスは一瞬だけ口を噤み、視線を逸らす。
「……ああ。確かに、やってたことはあるよ」
ぽつりと、否定はしなかった。だが、その声音は冷ややかだった。
「でも、あたしは……歌は嫌いだ」
その言葉に、アミールはほんの少し顔を近づけた。興味を隠さない瞳が、クリスを見つめる。
「どうして? 昔やってたんだろ? 普通、そういうのって……楽しかったからやるんじゃないのか?」
その問いに、クリスはゆっくりと息を吐いた。
まるで胸の奥から何かを吐き出すように。
「――あたしの歌には、何の力もなかったんだよ」
言葉は静かだった。だが、そこにこもったものは重かった。
「争いを止められない。人も救えない。ただ耳に残るだけ。そんな歌に、何の意味があるんだ?」
淡々と語られるその口調に、悲しみも怒りもなかった。
ただ、諦めたような冷たさだけが、そこにあった。
「……だから、嫌いなんだよ。あたしは」
吹き抜ける風が、テントの布を揺らした。
誰も何も言わず、ただその音だけが、しばしの沈黙を埋めていた。
「いいじゃん。聞かせてよ、クリスの歌」
アミールが悪びれもせず笑いながら言った。
「音楽に何か力とか求める方が、おかしいって。
そりゃ戦争は止まらないかもしれないけど……でも、救われる奴も、いるかもしんないじゃん。
クリスはちょっと、期待しすぎ――な、だ――」
その言葉の最後までが届く前に――空気が、裂けた。
――それは、“音”ではない。
ただ、空気が震えていた。
空が軋み、大地がうねるような、存在そのものが世界に拒絶されているかのような――異質な“振動”。
その正体を目にするよりも早く、クリスの本能が叫んだ。
「きゃあッ!!」
「くそっ……!」
叫びと同時に、彼女は地面を蹴って駆け出した。
音のした方向――叫び声が上がった、あの場所へ。
途中、物資用の木箱の影に目を走らせる。
そこにあったのは、士郎から渡されていた一挺の小銃。
今の彼女に使える、唯一の“力”だった。
その手に冷たさと重みを感じながら、彼女は歯を食いしばる。
そして次の瞬間、更に声が重なる。
「ノイズだ!!」
“ノイズ”――
世界の各地に、突如として出現する謎の存在。
それはまるで神話に語られる怪物のように姿を変え、人の命を理不尽に奪っていく。
人型、獣型、果実のように膨れた肉塊。時にビルのような巨体でさえも。
その姿は統一されず、ただ“災厄”の概念のみが共通していた。
だが、彼らに共通する恐るべき性質が、一つだけある。
――ノイズは、こちらの世界とは“位相”が異なる。
通常の物理攻撃は通じず、干渉すらできない。
だが一度でも奴らがこちら側に干渉を許せば、その触れられた人間は瞬時に“炭化”し、塵一つ残さず死ぬ。
触れられただけで、終わり。
銃弾も、砲撃も、爆撃でさえ通用しない。
正にそれは、“人間では相手にできない災厄”だった。
――次元を跨ぐ、“天災”。
それが、今この場所に出現した。
(……なのに、あたしは……!)
銃を握る手に、力が入る。
分かっている。意味がないかもしれない。
それでも、走るしかなかった。
悲鳴が響いた。
テントの向こうから、砂煙が上がる。
誰かが、炭になって崩れ落ちる音すら聞こえてくるようだった。
それでも――クリスは、足を止めなかった。
そうして曲がり角を曲がった先、そこにいたのはノイズに追われる一人の少女。
「やめて……たすけ……」
その声が届くよりも早く、少女の身体が黒い影に包まれた。
一瞬、光が弾けたように見えた次の瞬間には――彼女の姿は、もうどこにもなかった。
残されたのは、空中に舞う細かな灰だけ。
風が吹くたびに、灰は砂塵に混じり、ゆっくりと崩れていく。
人間の名残とは思えないほど、あまりにも儚く、脆く。
そして、その“灰”は一人分ではなかった。
地面にも、空気にも、あちこちに漂っている。
――ここにいた多くの命が、ノイズに触れた瞬間、塵になったということだ。
「クソッ! クソッ!! クソォぉおおっ!!!」
怒声と共に、クリスの引き金を引く指が止まらなかった。
銃口から放たれる弾丸は、異形の存在に向けて無差別に撃ち込まれる。
わかっている。こんなものでは届かない。意味がない。
それでも、撃たずにはいられなかった。
怒りが、焦りが、悔しさが。
すべてが胸の奥で爆ぜて、銃を握る手に力を込めさせる。
(なんで……なんで、こうなる……!)
止められなかった。
守れなかった。
それが、ただの無力さの結果だということが、何よりも悔しかった。
「みんな! 死にたくねぇなら、全力で逃げろォーーーーーッ!!」
必死に声を張り上げる。
その声がかき消されないことを祈りながら、喉が裂けるほどに叫ぶ。
ノイズの出現に気づいた生存者たちは、もはや後ろを振り返る余裕すらなく、ただ本能のままに逃げていく。
生き残ろうとする意志。それは確かにあった。
だがその中に、すでに声を失った者も、恐怖に脚を止めた者も混じっている。
そして、そんな者たちから順に、ノイズは手を伸ばしていく。
(早く逃げろ……頼むから……!)
目の前で散っていく命。
誰一人助けられない現実。
それでも――
今、この場で立ち止まっていたら、自分自身が壊れてしまう。
「きゃあッ!!」
乾いた地面に響く、甲高い悲鳴。
その声に、クリスの意識が強く引き戻される。
見れば、幼い少女が一人、逃げる群れから外れて転倒していた。
砂に足を取られたのだろう。足元には、焦って脱げたサンダルがひとつ、転がっている。
周囲には誰もいなかった。
最初から一人だったのか、それとも一緒にいた誰かが――もう、灰になったのか。
(なんで……こんな子が、まだ――)
心臓を鷲掴みにされるような感覚と共に、その姿が、過去の自分と重なった。
誰も助けてくれなかったあの時。泣いて叫んでも、届かなかった声。
「……ッこっちだ!!」
考えるよりも先に、クリスの脚が動いていた。
足元に転がる瓦礫を踏み越え、肩をかすめるように飛来するノイズの咆哮をかわして、一気に駆け寄る。
そして、倒れた少女の手を強く握る。
「立て! あたしが連れてく! いいな!?」
少女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ただ小さく頷いた。
その瞬間、再び振動――ノイズの気配が間近に迫る。
「チィッ……!」
クリスは歯噛みしながら、少女を抱えるようにして駆け出した。
背後から迫る殺意を肌で感じながら、それでも目は決して逸らさなかった。
――守れなかった、なんて、もう二度と言いたくない。
「クリスちゃん!!」
「心配すんな」
あたしが守る。
その言葉は、何故か口から出てこなかった。
ああ、何て弱さ。二年も生き残ったのに、あの男について行ったのに、それにも関わらず、今の自分はこんなにも弱い。
ノイズの速度は、遅い。
その筈だ。
だが、少女の手を引きながら走り、その時に振り返った時、背後に迫っていたその姿は自分が知っている、何よりも早く感じられた。
その姿は、運命のように、否応なく迫っていた。
「あ……」
これはダメだ。
一瞬、その一瞬でノイズは目前へと迫っている。
もう、逃げられようが無い。
まるで示し合わせたかのように、心が諦めへと引っ張られていく。
──それでも
せめて、この子だけでも。自分が囮になれば……
そう思った、その瞬間。
キィィン、と空気が裂ける音だけが、耳を貫いた。
次の刹那、剣が天より舞い、ノイズを断ち割った。
斜めに走る光は、蒼く――
それはまるで、“祈り”の形を取った一閃だった。
ノイズの身体が、まるで存在ごと否定されたかのように音もなく割れ、
やがて残光の中、静かに散っていく。
人の手では届かないはずの敵。
その命が塵と消えていくさまは、凍える夜に舞う雪のようで、美しかった。
「……士郎」
名を呼ぶ声が、震えていた。
けれど、それは安堵と信頼が混じった声でもあった。
振り返った衛宮士郎の瞳が、柔らかく細められる。
「よく堪えたな、クリス。
……もう、大丈夫だ。あとは任せろ。」
静かに、だが確かに言い切って、士郎は虚空に向けて手を
「
そう言って、衛宮士郎が剣を
砂に塗れた地面を蹴る。
疾風のような加速。青い残光を引いて、彼は次なるノイズへと突き進む。
本来なら、人の身で敵うはずのない相手。
だが、今この手にあるは、干将・莫耶。
対となるその剣に宿るのは、“魔を斬る”という概念。
それは物理ではない。理屈ですらない。
“そう在る”という、真名の意味。
次元の果てに存在すると言う、“理屈”を、怪魔を屠ると言う“概念”が上回る。
――剣が触れたノイズは、再び跡形もなく消えた。
まるで最初から、そこには何も存在していなかったかのように。
*
「ああ……っ、ああああああああああああああああああああッ!!」
何も無い。
そこに在るのは、ただ砂でできた地面。
その地に爪を立てて、泣き崩れるひとりの母親。
彼女の娘は──ノイズに喰われ、灰となった。
もう、名前も、形も、生きた証すら、この世界には何ひとつ残っていない。
今回の襲撃で失われた命は、七人。
ノイズと人間が遭遇する確率は、極めて低い。
都心で通り魔に遭うほうが、よほど可能性は高い──
そんな統計が、皮肉にも現実を和らげることはない。
だからこそ、ひとたび悲劇が起きれば、
それは誰よりも鮮烈に、この世界に刻まれる。
「……クソッ……!」
壁に拳を打ちつけたのは、クリスだった。
その瞳には怒りよりも悔しさが浮かんでいる。
──あと数分、いや、数十秒でも早ければ。
そんな“もしも”が、胸を締めつけて離さない。
「クリス。」
静かな声が背後から届く。
士郎だった。
「一応言っておく。今回は、お前はよくやった。」
「……は?」
「ノイズの襲撃を予測できる人間なんて、この世界にいない。
その中で、お前は迅速に動き、被害を最小限に抑えた。
救えた命も、確かにあったんだ。」
「……そういうの、今は聞きたくねえんだよ。」
振り返らずに、低くそう返す。
声には、押し殺した怒りと悲しみが滲んでいた。
「黙ってろよ、士郎。
……なあ、お前だって、悔しいんだろ?」
その言葉に、士郎は答えなかった。
ただ、砂の上に崩れ落ちた母親の背を、
どこか遠くを見るような目で、じっと見つめていた。
「……そうか。」
衛宮士郎の後ろ姿が、何処までも遠く見える。
「なあ、士郎……あたしは、弱いな。
人が苦しんでいるってのに、何も出来なかった。」
声は震えていた。
自分に腹が立つ。無力な自分に、情けなくて仕方がない。
それでも、誰かに聞いてほしかった。
ただ、それだけだった。
しばらくの沈黙のあと、士郎が静かに言葉を落とす。
「……それが普通だよ。」
「は……?」
「人が死んで、何も感じないほうが異常だ。
苦しんでるのに、何も思わないなら、それこそ人間じゃない。」
クリスはその背に、ぎゅっと歯を噛みしめた。
初めて、彼の柔らかな声を聞いた気がした。
きっと、こいつは自分の両親の様な男だったのだろう。
初めは全てを救おうとして、それでも何処かで諦めるしかなかった。
きっと、そんな葛藤がこの男の過去には眠っているのだろう。
「……なあ、士郎。
なんだよ、あの力は。
ノイズを殺せる武器なんて、聞いたことがねえ。
アンタ、一体何者なんだ。」
問いかけに、士郎はすぐには答えなかった。
吹きつける風が、砂を撫でて通り過ぎていく。
その音だけが、ふたりの間に漂った。
やがて、ぽつりと士郎が言う。
「……俺は、ただ剣を作るだけの人間だよ。
でも――ときどき、“そういう形”ができることがある。」
「“そういう形”……?」
クリスが眉を寄せる。
「ノイズを断てる剣。
……人の祈りとか、願いとか、そういうのが形になった刃。
理屈じゃない。俺が、誰かが、それを“そうあるべきだ”って信じたから、ああなっただけだ。」
「……なんだよ、それ。
いや、違う……なんでもいい……!」
クリスが言葉を荒げる。
「士郎、どうして……そんな力があるって教えてくれなかったんだよ!
あたしにだって、あんな力があれば……もっと救えたかもしれないのに……っ」
声が震える。
それは怒りじゃない。ただ、悔しさと、自分の無力さに対する叫びだった。
士郎は静かに答える。
「この力は……“魔術”は、そう簡単に踏み込んでいいもんじゃない。
半端な覚悟で入ったら、その先は……戻ってこれない。」
「は? テメェ、あたしを馬鹿にしてんのか?」
クリスの瞳が鋭く光る。
「そんなもん、怖くねぇよ。
あたしはもう、何度だって地獄を見てきた。
でも……それでも、守りてぇ奴がいる。救いたい人がいる。
だったら――どんな痛みも、どんな絶望も、あたしは越えてみせる!」
吐き捨てるように、それでも真っ直ぐに。
「なあ、士郎……あたしは本気だ。
この世界に生きてる意味を、自分で決めたんだ。
だったら、そのために戦うしかないだろ!」
言い終えたクリスの肩が、小さく震えていた。
それでも背筋は折れず、目を逸らさない。
士郎は黙って、そんな彼女を見つめていた。
まるで、過去の誰かと重ねるように。
そして――
「……お前の目、いいな。」
ポツリと、笑うように言った。
「昔、似たような目をした奴を知ってる。
痛みを知って、怒りを知って、それでも人を救おうとしてた。
……だから、お前にも教える。中途半端な気持ちじゃないのは、よくわかった。」
士郎はゆっくりと歩み寄り、手にひと振りの剣を投影する。
その刃は、まるで意思を持つように、淡く青白い光を帯びていた。
「ただし――ひとつだけ、条件がある。」
「……なんだよ。」
「この力は、何かを壊すためのものじゃない。
“誰かを救う”って、その信念だけは絶対に忘れるな。
……それを曲げた瞬間、お前はもう、俺の知ってるお前じゃなくなる。」
「……フン、言われなくてもわかってらぁ。
あたしの目は、いつだって前だけ見てる。」
にやりと、泣き笑いのような笑みを浮かべるクリス。
その笑みに、士郎も静かに頷いた。
「よし――だったら、手伝うよ。
お前の戦いを、俺も背負う。」
「ああ。ありがとう。士郎」
雪音クリスは笑って、衛宮士郎の手を取る。
夕日が昇り、二人の影が、遠く重なる。
ーー衛宮士郎が処刑されるまで、残された時間はごく僅か。
この後どうしよう……