雪音クリスは衛宮士郎に拾われる   作:バースデー

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アウフヴァッフェン波形←言いづらそう。にゃー!!!


月を穿つ塔

 ゆらりと、女が立ち上がった。

 まるで――何事もなかったかのように。

 

 だが確かに、何かは起きていた筈なのだ。

 

 この女は、つい先ほどクリスに眉間を撃ち抜かれた。

 

 そうでなくとも、ここまで二課で大立ち回りをして見せたのだ。

 

 何事もない筈はない。

 間違いなく、二課の面々……更に言えば、風鳴弦十郎という、人類最強と称えられし男とも戦闘をした筈なのだ。

 

 にも関わらず、無傷。血すら流れず、無傷。

 

 その肌は、まるで世界の理に触れたことのない聖域のように、

どこまでも艶やかで、穢れを知らぬままだった。

 

 それも、当然のことだろう。

 そう、クリスは心の中で感じていた。

 

 

 クリスが動揺しない理由は――ただひとつ。

 

 

 知っているからだ。

 この女が、その身に“完全聖遺物”を宿しているということを。

 

「――ネフシュタン」

 

 名を呼ぶ声は、誰に向けたものでもなく。

 まるで空気そのものに刻みつけるように、静かに、深く。

 

 彼女はメガネを外し、髪をほどく。

 その瞬間、櫻井了子という仮面が剥がれ落ちた。

 

 現れたのは、まったくの別人――否、

人ではない“何か”だった。

 

 戦場に立つ者の基本は、敵を測ること。

 不意を許せば死に至る。

 だが、今この場でそれを実践できる人間が、

果たしてどれほどいるのだろうか。

 

 目の前のその存在は、“理解”という行為そのものを拒むようだった。

 

 瞳の色は黄金のような黄色。

 少し前まであったはずの柔らかい雰囲気は、既に消え去っており、そこにあるのは何処までも刺々しい圧迫感。

 

 妖艶な笑みですら、この場においては恐怖の象徴としか思えない。

 

「………………ウソ、ですよね?」

 

響の声が震える。

 

「嘘ですよ……? そんなの、嘘ですよ!?

だって、了子さん……私を、守ってくれたんです!」

 

「――守った? 違うな」

 

 フィーネは一歩踏み出し、微笑みのまま切り捨てた。

 

「守ったのは“お前”じゃない。

 ――デュランダルだ。私にとって必要なのは、それだけだ。」

 

 縋るような響の声を、刃のように断ち切る。

 

「嘘……ですよ。

了子さんがフィーネって言うなら……

じゃあ、本当の了子さんは、どこにいるんですか……?」

 

「――櫻井了子の肉体は、すでに食いつくされた。

正確に言えば、櫻井了子という意識は、十二年前に死んでいる」

「どういう……意味だ?」

 

 翼の声は低く、研ぎ澄まされた。

 フィーネはその視線を受けて、あざけるように唇を歪める。

 何処か気だるげで、無常で隔絶されており、とにかく不気味。

 何も無い(うろ)に、言葉を投げかけているかのようだった。

 

「フィーネとは――超先史文明……この時代風に言い直せば、神代の巫女。

私は己の意識を“遺伝子”に刻んだ。

時の彼方、条件が満ちたとき、血が呼び合い、私という記憶が再起動する。そういうふうに仕込んでいた」

 

「ある条件……? いや、十二年前……それは、アメノハバキリの覚醒と同じ……っ、まさか、アウフヴァッフェン波形か!?」

 

「ふふ。正解だよ、風鳴翼」

 

 偶然の連鎖。

 それは、薄氷に刻まれた線が一つの絵になるような、紛れもない奇跡だった。

――翼が覚醒した。了子が立ち会った。そして、彼女の血が“扉”を開けた。

 それだけの話だ。だがそれだけで、ひとつの神話が蘇った。

 これを奇跡と言わずして何と言おう。

 翼は、これは悪夢か何かなのではないかと、眩暈がした。

 

「無論、これまで目覚めたのは私だけではない。

歴史の節目――偉人、英雄、賢者として“私たち”は幾度も甦ってきた。

文明の転換、“パラダイムシフト”の度に、ね」

 

その声は穏やかだった。

穏やかで――人類を虫けらのように見下ろす、神の声だった。

 

 

 

「お前たちの使うシンフォギアも、その残滓にすぎん。

為政者どもの自己満足で作られた、安っぽい玩具だ。

本来の聖遺物としての力は、もっと荘厳で、危険で、そして美しかったのだぞ?」

 

 フィーネの声は、まるで天上から降り注ぐ祈りのように響く。

 だがその響きには、救いではなく――嘲りがあった。

 

 ここにいない者たちも、いや、古今東西に生きた全ての人間を愚かだと笑い捨てるその姿。

 悠久の時を幾度となく巡り、歴史の節目ごとに現れては滅びと再生を導く“影”。

 それが――【フィーネ】と呼ばれる存在の正体だった。

 

 翼が、静かに息を呑む。

 彼女の知識でさえ、今目の前の存在を完全には理解できなかった。

 聖遺物という存在がある以上、この世にあり得ないということがある。それこそ、あり得ない。

 だが、ここまで重い存在が現れるなど、誰が想像出来ようか。

 

 人類は、そもそも超古代の聖遺物などに、関わるべきでは無かったのではないか?

 そんな予感すら、彼女の中にはあった。

 

「……参ったな」

 

 沈黙を破ったのはクリスだった。

 

「只者ではないと思っていたが、正直……ここまでの大物だとは思ってなかった。

遺伝子を使った、時間を超える仕組み……いや、何処ぞで研究されているっていう“レイシフト”とやらの方が近いか?

自分という情報を、今とは違う時代に飛ばす技術。

お前が偉人として、パラダイムシフトに関わってるなんて話が本当なら、

お前は、既に何度も別人の英霊として“座”に登録されているのかもな」

 

「面白い解釈ね」

 

フィーネは楽しげに笑った。

 

「だが――どう呼ばれようとも、私はフィーネ。

 始まりからそうであり、終わりまでもそうだ。

 それ以外の呼び名など、取るに足らん」

 

 その声は、神でもなく、悪魔でもなく。

ただ、“永劫を生き続ける知性”そのものだった。

 それは、まるで……

 

「――まるで、過去から甦る亡霊……!」

 

 翼の呟きは、吐息のように震えていた。

 フィーネの口から語られる言葉の数々は、理解を超えたものだった。

 失われた超古代の知恵――その断片に触れたとき、

人類が積み上げてきた文明など、まるで子供の落書きにのように思える。

 

「問うぞ、フィーネ。

 ――お前は、何がしたい。

 そんなものにまでなり果ててまで、お前は一体、何を望む?」

 

 銃口を突きつけながらのクリスの問いに、フィーネの表情が――“無”へと沈んだ。

 

 あれほどまでに嘲りを浮かべていた女の顔から、感情が完全に消える。

 いや、もしかするとその薄皮の下で、抑えきれぬ激情が、灼熱の奔流のように渦巻いているのかもしれない。

 

 

 

 呼吸が止まるような静寂の中、フィーネの唇がわずかに動いた。

 

「……私はただ、もう一度“あの御方”と並びたかっただけだ」

 

 それは――誰のことなのか。

 響も、翼も、クリスも言葉を失う。

 その声色は、怒りでも狂気でもない。

 まるで、何千年も前に失った“祈り”を掘り起こすかのようだった。

 

「そのために打ち立てた塔は、天の怒りを買い、雷霆で崩された。

 ――そして人は、互いに交わす言葉すら失った」

 

「……なに?」

 

 訝しげなクリスの声。

 フィーネはゆっくりと、夜空を指差した。

 その指の先――赤く滲む、巨大な月。

 

「この世界で“月”が不和の象徴とされるのは、偶然ではない。

 理由を教えてやろう!!」

 

 ギチリ、と歯が軋む音。

 その声には、もはや“人間”の響きすらなかった。

 

「――【バラルの呪詛】。

 それは、驕り高ぶった人類に下された罰。

 相互理解を奪い、人と人とが“真に解り合う”ことを拒む、太古の呪い。

 その源こそが、今も天に浮かぶ――あの月だッ!!」

 

 その叫びと同時に、夜空の月が不気味に脈動する。

 重力が軋み、空気が歪んだ。

 響も翼も、クリスも息を飲んでその光景を見上げることしか出来ない。

 まるで、世界そのものがフィーネの言葉に呼応しているようだった。

 

「――バラルの、呪詛?」

 

 沈黙を破ったのは、響だった。

 その小さな声は、恐怖と理解の狭間で震えていた。

 

 響の問いに、クリスが短く息を吐く。

 

「……知らねぇのかよ。ま、一般人には関係ねぇ話だしな」

 

 彼女は拳銃を肩に担ぎながら、夜空を見上げた。

 

「神代の頃――人間は今みたいにバラバラな言葉じゃなくて、“統一言語”ってヤツで会話してた。

 それは人間同士だけじゃねぇ。獣も、風も、それこそ世界そのものとも通じ合えたらしい。

 言葉そのものが、世界と繋がる“回路”だったんだとよ」

 

 響は息を呑む。

 クリスは、続けながら眉をしかめた。

 

「けどな、その力がヤバすぎた。

 人間同士が完全に理解し合えるってのは、神の領域に踏み込みすぎた――そう神が判断した。

 だから、“罰”としてその言葉を奪った。

 人と人の心が、二度と繋がらねぇように」

 

 夜風が吹く。フィーネの笑みが、どこか満足げに歪んだ。

 

「……それが“バラルの呪詛”。

 魔術師の世界じゃ、常識だ。

 ――お前らが“解り合えねぇ”理由の、元凶ってわけだ」

 

「……」

 

 クリスの説明に、響は俯いたまま動かない。

 顔が見えない。何かショックを受けたのかと、クリスは怪訝に眉をひそめた。

 

「ん? どした?」

 

「し、知らない言葉の説明に、知らない言葉が使われてる……」

 

「……下手な説明だな。二課に所属していた櫻井了子(わたし)の方が、まだ上手く語れたかもしれんな。」

 

「っせえ!! いちいち口出すなッ!

 つーか、なんでテメェまで話に――」

 

 

 

 その瞬間、クリスが言葉を言い切るよりも早く、空気が変わった。

 

 

 

 言葉の続きは、轟音に飲み込まれる。

 地面が低く唸り、足元がかすかに震える。

 次の瞬間――地の底から、咆哮のような振動が響き渡った。

 

 瓦礫が跳ね上がり、崩れた校舎の壁面が一斉にひび割れる。

 空気が震動の波に押され、三人の髪が風に煽られた。

 

「何故、貴様等のくだらない話に割り込んだのか?」

 

 ゴウッ……と、地の底から響くような振動。

 空気が揺れ、周囲の瓦礫が跳ね上がる。

 フィーネの背後――崩れかけた校舎が、まるで内側から破裂するように吹き飛んだ。

 

 

 

「無論、時間稼ぎだとも」

 

 フィーネの声は、微笑みと共に。

 

「くだらない会話でも、リスクは減らせる。

 例えば――“カ・ディンギル”を起動する、そのわずかな隙を攻撃されるリスク、とかな。

 お前であれば、その程度のことはするだろう?

 我々は、互いを信用していなかった。だが、私たちほど、互いをよく理解した二人はいない。

ーーそうだろう?」

 

 

 

 その瞬間、瓦礫の中から“何か”がせり上がった。

 鉄骨とコンクリートがねじれ、ひしゃげ、まるで繭を破る成虫のように変貌していく。

 

 

 

「あ、あれは……!」

「オイ馬鹿!近寄るな!!」

 

 瓦礫が崩れる。

 あわや、落ちる瓦礫に生き埋めになりそうな所を、ギリギリで回避する。

 

 

 

 見る間に、かつての校舎の面影が消えていく。

 螺旋を描いて天に向けて伸びていくそれは、極彩色の文様に覆われた塔。

 まるで神代の神殿を反転させたかのような、毒々しくも荘厳な輝きを放つ。

 根元には砕け散った校舎の骨組みが絡みつき、まるで祈るように支えている。

 

 

 

「……塔、なのか……?」

「いや、違う」

 

翼が息を呑む。

 

「これは――兵器だ!」

 

 

 

 フィーネが両腕を掲げ、崩壊の只中で誇らしげに叫んだ。

 

「これこそが、地より屹立し天にも届く一撃を放つ荷電粒子砲――【カ・ディンギル】!

 これをもって、私は今宵、()()穿()()!!」

 

 

 

「月を……!」

「穿つ!?」

 

 

 

「そうだッ!」

 

 フィーネの目が紅く輝き、月光を裂く。

 

「忌まわしき【バラルの呪詛】――あの呪いを、月ごと破壊する!

 そして私は、再びこの世界を一つに束ねてみせようッ!!」

 

 

 

 夜空に浮かぶ赤い月が、不気味に脈動した。

それは、絶対の宣誓にして――宣戦布告。

 永き時の果てに、怨敵たる呪詛を打ち払わんとする、不変の意思の顕れ。

 

 顕現したその威容に、一同は言葉を失った。

 

「月を壊すなんて、そんなこと、本当に出来るの……?」

「……デュランダルは無限のエネルギー炉だ。時間さえあれば、出来ないことなんてない。月を穿つなんて、エネルギーさえあれば、可能なことなんざ、それこそお茶の子さいさいだろうな。」

 

 そこで、クリスは忌々しそうに顔を歪める。

 余りにも、その先が理解できないかのように。

 

「だが、今の地球は太陽と月。二つの天体からの引力が平等に引っ張っている事によって、成立している。

もし、月を破壊なんてすれば、太陽と月で釣り合っていた重力が崩れる。

 その結果、地上にどんな災害が起こるか――少なくとも、今の生物は生きていけないぞ」

 

 

 一瞬、空気が凍った。

 フィーネは、嘲るでもなく、淡々と答える。

 

「無論、理解している。

 だが、心配はいらん。統一言語――それは即ち、“世界と会話する力”。

 その力をもってすれば、災害など、調整可能な誤差にすぎぬ。」

 

「……そうか」

 

ただ一言、それだけを呟き、クリスはイチイバルを纏った。

紅の光が、静かに夜を染めていく。

 

フィーネの理屈に、賛同なんてできるはずがなかった。

 

人間が“進化”したところで、全部が救われるわけじゃない。

答えは、最初から“否”だ。

 

――もし、全ての人間が変わったとしても。

そこに「差」がある限り、争いは消えない。

 

むしろ、人間のまま力だけが強くなれば、

格差は――永遠に、埋まらない。

 

そして何より。

“統一言語”なんてものを取り戻すことは、

進化でも救済でもない。

 

それは、人類の後退、現在の否定。

未来のために命を懸けた()()()の想いを、踏みにじる行為だ。

アイツみたいに、“人間の未来”の為に命を散らした英霊たちへの――侮辱だ。

 

「ふん。ならば、言葉は不要──そう宣告するつもりか」

 

フィーネは無表情のままネフシュタンを纏い、鎧の継ぎ目から血の色をした鞭が薔薇状に展開した。鉄と花弁が混じり合うその姿は、饒舌よりも強烈な宣言となる。

 

「好い。お前の読みは間違いではない。カ・ディンギルの核は未だ充填を終えず、発射までには猶予がある。

 もし――私を斃し、その射を阻めるならば、その時は貴様の勝ちだ。

だが、その他すべての選択肢は私の勝利だ!!」

 

クリスは歪んだ笑みを返す。声は低く、だが刃のように鋭い。

 

「分かりやすくていい! 最高だ!

 だったら――刹那のうちに、あたしはテメェを潰す!!」

 

その刹那、世界の一行が鋭く振動した――戦いの幕が引かれたのだ。

 

 *

 

「オラァッ!!」

 

荒々しい叫びとともに、クリスの銃口が火を噴いた。

放たれた弾丸は、赤い閃光の群れとなってフィーネを包み込む――だが。

 

「――強化、置換、操作、憑依。

 他、十数の魔術式、同時展開。

 全てを、ネフシュタンへ」

 

低く、呟くような詠唱。

次の瞬間、フィーネの背に纏う鎧が、音を立てて脈動した。

 

鞭が、蠢く。

鉄が呼吸し、蛇が踊るように。

紅い線は生き物のように形を変え、瞬きの間に弾丸を打ち砕いた。

 

 熱い。

 冷たい。

 硬く、そして柔らかい。

 

矛盾のすべてを孕んだ鞭の壁が、空気を裂いてうねる。

まさに“鉄壁”の一語であった。

 

「ーーっ!?」

「驚くことはない。ネフシュタンとはそれ即ち、青銅の蛇。

神話を知らない、無知な人間では扱い切れなくて当然のものだ。」

「そうかよッ!!」

 

バックステップを一度挟み、距離を取ったと思わせながら、実際には別の行動を取る。

足に強化の魔術を付与し、その手に干将を持ち、一気に接近する。

 

後退する自分を追った鞭を無視した一撃を放とうとした瞬間、フィーネの口元がニヤリと笑って―クリスの足元から鞭が飛び出してくる。クリスの体を腰から胸にかけて切り裂く。クリスは慌てて、バク宙を交えて距離を取る。

 

「クソっ!」

「落ち着け、雪音!」

 

瞬間、幾十にも重なった刃の雨が、クリスとフィーネの間に割って入った。

アメノハバキリが輝き、翼が両腕を交差させて剣の陣を展開する。

 

「これで、しばらくは持つ!」

翼は短く息を吐き、鋭い視線をフィーネへと向けた。

「雪音、お前の所感を聞こう。あのネフシュタン――あれを速攻で潰してカ・ディンギルとやらを破壊する。

ーーその方法は、あるか?」

 

クリスは一度顎を振るってから、鋭く答えた。

 

「……無いとは言わねぇよ。おい馬鹿!」

「!なに!?クリスちゃん!」

 

響の声が跳ねる。だがそのことを気にすることもなく、クリスはただ短く簡潔に指示を投げる。

 

「私と(コイツ)で道を切り開く。

 その間に速攻で接近して、真名解放で決めろ。

 時間はない。あのエネルギーの溜まり具合を見るに――挑戦できるのは、一度きりだ」

 

「分かった! やろう!」

 

「……ッ! 良い返事だ!」

 

即答だった。気持ちのいいぐらいに。

それが立花響という少女の、本質なのだと今ならわかる。

迷いも理屈もない。ただ、心臓が動くままに走る。

――そんな真っ直ぐさを、かつては軽蔑していたはずなのに。

 

「そうか。じゃあ、さっさと行け。援護は任せろ」

 

「うん!!」

 

響は笑って駆け出す。その背中を見送りながら、クリスは息を吐いた。

呆れたような、それでいて胸の奥が温かくなるような――奇妙な感覚。

敵だった頃は、うるさくて、目障りで、どうしようもないやつだと思っていたのに。

味方になると、どうしてこうも頼もしく見えるのか。

 

「……チッ」

 

また、左腕が痺れた。

スカイタワーの一件と弦十郎と会話した時のと数えて、これで三回目

感覚が、途切れ途切れに抜け落ちていく。

ネフシュタンを手放してから、どうにも調子が出ない。

まるで、身体のどこかに残った毒が、まだ抜けきっていないみたいに。

 

「雪音?どうかしたか?」

 

  背後から、風鳴翼が声をかけてくる。

 幸いにも、背からだった。

 そのおかげで、己の身体の異常には気づかれていない――少なくとも、今は。

 

「……何でもねぇよ。そんなことより、早くしろ。

 さっさとしないと、ゲームオーバーだぞ」

 

「……ああ。だが、無茶はするなよ」

 

 その一言に、短く息が詰まる。

 “無茶はするな”――そんなこと、できるわけがない。

 (無茶しないわけにはいかないだろう。お前たちも、あたしも……)

 

 胸の奥で、鈍い音がした。

 だが、言葉にはしなかった。

 翼の真っ直ぐな瞳を見てしまえば、何も言えなくなると分かっていたからだ。

 

 ――風が吹く。焦げたコンクリートの匂い。

 目線の先では、カ・ディンギルが低く唸りを上げている。

 

 立ち話をしている時間など、どこにもない。

 そのことを理解している翼はすぐに踵を返し、響のもとへ駆けていった。

 

 残されたのは、銃火器の冷たい金属音と、

 ――ただ、ひとり息を吐く少女の影だけ。

 

「ガフッ――!」

 

 喉の奥を裂くような咳。

 次の瞬間、鉄の味が口いっぱいに広がった。

 掌を当てる。温い。ぬるりとした感触。

 見れば、赤。やけに鮮やかだ。月光に照らされているせいかもしれない。

 

「あーあ……」

 

 思わず、乾いた笑いが漏れた。

 ――早く行かなきゃ、ってのに。

 

身体のどこかが、もうどうでもいいって言っている。

もう満足だって、言っている。

 

ここで死ぬのか。

それとも、どこかで生き延びて、穏やかな死を迎えるのか。

 

 ……いや、それはないな。

 

ここまで情が湧くなんて、無い無い。

雪音クリスとして、それは余りにもナンセンスだ。

 

きっと死ぬのなら、彼女達に心配も悲しみも与えないように、孤独死だ。

 

静かに――ひっそりと。

誰にも心配も、悲しみも、与えずに。

 

うん。それがいい。それでいい。

 

……どこかの神話で聞いた。

神に近づきすぎた天使が、太陽の光に焼かれて墜ちた話。

 

あれと、同じなのかもしれない。

 

イチイの木から作られた、イチイバル。

女神ウルが使った、イチイバル。

 

()()()()()()()()()なら、毒ではなかったイチイバル。

だが今は――

あたしを焼く、神話の毒だ。

 

 

 

 

――それが、今はあたしの腕にある。

 

シンフォギアの枠に収まっていた時は、

ただの“歌”で済んだ。

 

けれど今は違う。

これは、あたしを焼く“毒”だ。

 

さて、どうなるのやら。

何処か人ごとに感じながら、クリスは大きな塔を睨みつけた。

 

 

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