雪音クリスは衛宮士郎に拾われる   作:バースデー

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すいません。今回は長くなり過ぎてしまったので、分割で投稿します。AND……・下は明日の夜九時に投稿するつもりでございます。


AND……・上

 放たれた矢は、光だった。

 祈りのようで、呪いのようで――それでも確かに、“誰かの願い”そのものだった。

 

 カ・ディンギルの砲口が、唸りを上げる。

 収束された荷電粒子が奔流となり、天を裂く白い閃光を吐き出す。

 天地が震え、空間が軋み、世界が焦げる。

 

 

 

 その中心で、二つの光がぶつかった。

 

 白と紅。

 創造と破壊。

 神と人。

 

 光と光が、世界の理を削り合いながら、ゆっくりと形を失っていく。

 それはまるで、夜空に浮かぶ二つの意志が、互いを飲み込みあうかのようだった。

 

 ――静止。

 

 次の瞬間、世界は、音を失った。

 時間が止まったかのように、全ての存在が“矢”に焦点を奪われる。

 その矢は、確かに届いた。

 

 それは、神代の塔を穿つ“人間の祈り”だった。

 

 砲身を貫く。

 光がねじれ、空間が弾け、塔の中枢を形作っていた魔術回路が崩壊する。

 そして――

 

 轟音。

 

 カ・ディンギルが爆発に包まれた。

 砲身が瓦礫となって砕け散っていく。

 

 轟音。カ・ディンギルが爆発に包まれた。砲身が瓦礫となって砕け散っていく。

 

「あぁ……あ……あぁっ…………」

 

 彼女のそれを一言で表すなら、絶望だ。

 長年の野望が、積み上げた全ての時が、崩れ去ったのだから。

 

「嘘……そんな、はずが……」

 

 その声は、もはや“神”のものではなかった。

 千年を超えて世界を見下ろしてきた巫女の声ではなく、ただ一人の、敗北を知った女の呻き。

 

 瓦礫が崩れる。

月光に照らされたその顔に――かつて櫻井了子であった面影が、ほんの一瞬だけ、戻る。

 

 だが、そのことに気を回せるような状態では、少女達は、決してなかった。

 

「雪音……」

「そんな……せっかく、仲良くなれたのに……こんなの、嫌だよ……嘘だよ……!」

 

 膝から崩れ落ちる響。

 今の彼女に掛けてやる言葉を、翼は持ち合わせていない。

 

 翼も、奏を喪ったあの時は、まさに同じだった。

 どうやって立ち直ったのかも覚えていない。

 だから、今の響に――何をしてやればいいのかが、分からない。

 

 響は、クリスと出会った日からずっと、彼女と分かり合いたいと願っていた。

 相手は同じ人間なのだから。言葉が通じるのだから。

 そう信じ続け、ようやく、彼女と手を取り合えた。

 

 だが、それを果たせたのは――ほんの数時間前のことだ。

 

 別れるには、あまりにも早すぎた。

 あれからまだ、夜すら明けていないというのに。

 

「もう……話せないの……?」

 

 響の声が震える。

 喉の奥から漏れる嗚咽は、叫びにもならず、ただ夜に溶けていく。

 

 翼も、胸の奥を締めつけられるような痛みに顔を歪めた。

 本当なら――もう少し、彼女と話したかった。

けれど今は、目の前の現実に立ち向かうために、

 震える心と身体を、無理やり立たせているだけだ。

 

「もっと……もっと、たくさん話したかった。

話さなきゃ、喧嘩することも――今より、もっと仲良くなることもできないんだよぉッ……!」

 

 響の慟哭が、瓦礫の間を這う風に溶けて消える。

 

 月光の下で、ただ静かに――少女たちは、喪失の重さを抱きしめていた。

 

 空から何かが墜ちてくる。

 淡雪のように仄かに輝く赤い光。

 それが、世界を護った少女であることは、誰の目にも明らかだった。

 

「………。」

 

 無言で立ち上がるフィーネ。

 

「もう、終わりだ。

 貴様の野望は、少女の命によって、無に帰した。

 

 櫻井女史……

 二課(われわれ)にも、貴女には何度も助けられた。

 例え、それが嘘偽りが故であったとしても。

 ……投降してください。

 そうすれば、悪いようには致しません。」

「………ハッ!!」

 

 翼の、慈悲のように紡がれる言葉。

 それをフィーネは、とんでもないと言わんばかりに、嘲笑った。

 

「悪いようにしない? 馬鹿な甘言だ。

 ここでこの命が終わったとて、一時(いっとき)の死だ。

 貴様らと違い、大した問題ではない。

 唯一の私の問題とすれば、そうだな……

 私の存在を知られてしまったことぐらいか?」

 

 ゆっくりと、フィーネは立ち上がる。

 戦闘体制は解除されていない。

 それよりも、寧ろ手負いの獣の如く、ゆらゆらと、空間が歪むような、強い殺意が湧き上がる。

 

 

「──ならば、皆殺しにしてやる。

 私ごと、ここにいる全てを灰燼に帰せばいい。

 そうすれば、ここにはいない、第三者にはただのノイズ災害として処理される。

 振り出しに戻せば、あの者の死も、無駄にはならぬ。

 次こそは、必ず、成功させてみせる……」

 

「戯れ言をッ!」

 

 翼の怒声が、瓦礫を震わせた。

 だが、フィーネはただ微笑むだけだった。あの女にとって、この戦場でさえも舞台装置の一つに過ぎぬかのように。

 足元の影がゆらりと伸び、空気の温度すら下がる。

 

 いくら弦十郎に匹敵する力を持つとしても、状況は明らかにこちらが有利だ。

 我々の勝利条件は彼女の拘束――それだけ。

 対して彼女の勝利は、この場にいる全ての命を屠り尽くすこと。

 理屈で言えば、勝ち目はない。

 ……なのに、感じる。この女の纏う、異様な“静けさ”を。

 

「♩――」

 

 瓦礫の中に、鼻歌が流れた。

 血と鉄と焦げた空気の中で、その旋律だけがあまりに清らかだった。

 不協和音。戦場に似つかわしくない音の連なりが、翼の神経を逆撫でした。

 

「……余裕のつもりか。」

 

 応急処置を終えた傷口が軋む。だが剣はまだ握れる。

 問題は、フィーネの視線――だ。挑発でもなく、虚空を見るでもない。

 その視線は、自分を過ぎて、隣を見ていた。

 

 立花響。

 膝をつき、項垂れた少女。肩が小刻みに震えている。

 すすり泣いているように見えた――その瞬間までは。

 

「立花!」

 

 気づくのが遅すぎた。

 震えていたのは、悲しみではない。

 噛み殺した唸り声。地を握り潰すように爪がめり込み、石が砕ける。

 前髪の隙間から覗く瞳は、狂気に濁り、不規則に焦点を彷徨っていた。

 

「……それが……」

 

 翼の喉が、凍りつく。

 立ち上がった響の顔に、もう“人の”表情は残っていなかった。

 唇は震え、剥き出しの歯の奥で犬歯が鋭く光る。

 全身が、怒りに軋んでいる。

 

「それが――夢ごとッ!!」

 

 低く、濁った声が、爆ぜた。

 

「命を握り潰した奴の言うことかアアアアアアアアッッ!!!」

 

 夜空が裂けた。

 獣の咆哮が、風も瓦礫も、全てを押しのけて吹き荒れる。

 爆風が背後を襲い、翼は反射的に腕で顔を庇った。

 次の瞬間には、響が黒い閃光と化して、フィーネへ跳んでいた。

 

 それは、怒りの化身。

 立花響という少女の皮を被った、“何か”だった。

 

 *

 

 ――時は、少し遡る。

 

 時間にすれば、カ・ディンギルにエネルギーが満ち、

 雪音クリスが命を捨てる、そのほんの少し前。

 

 カ・ディンギルのエネルギーの余波は、周辺のシェルターにまで影響を与えていた。

 頑丈な造りのはずの壁は軋み、天井には蜘蛛の巣のような亀裂が走る。

 一部のドアは歪み、開閉不能に。

 中に避難した人々の危機感を煽るには、十分すぎる惨状だった。

 

「きゃーっ!?」

「やばいって! これ、やばいって!!」

「逃げ……逃げるとこなんて、どこにもないよっ!?」

 

 まだ怪我人こそ出ていない。

 だが、避難してきたリディアンの生徒や町の住民たちは、すでに恐慌の淵に立っていた。

 このままでは――パニックが広がり、誰かが怪我をするのは時間の問題だ。

 

(……もう嫌だよ。誰か……誰か、助けて……)

 

 弓美は膝を抱え、震える声で祈るように呟いた。

 唇は青く、頬を伝う涙の筋が震えている。

 

「どうにか、外の様子だけでも見られないものでしょうか……」

 

 静かに言ったのは、寺島詩織だった。

 彼女はふと、壁際の端末に目を留める。

 シェルター内部のモニター――非常用の観測装置だ。

 恐る恐る電源を押す。カチリと音が鳴り、黒い画面に光がともる。

 

 幸か不幸か、その瞬間。

 二課の生存者たちが、シェルターの非常用回線を中継地点として使用していた。

 彼らが戦場の映像を取得し、断片的に転送していたのだ。

 

 結果として――詩織の指先が押したそのスイッチが、

 この閉ざされた避難所の運命を決定的に変える。

 

 そこに映し出されたのは――地獄の光景だった。

 

 輝きに満ちる、謎の塔。

 浮かび上がる魔術式の文様は、一般市民である彼らに理解できるはずもない。

 

 ただ、それは「恐怖」の象徴として、そこにあった。

 

「……なに、あれ……」

 

 状況を理解し、絶望の色を濃くする者がいる。

 

「え、やばくない……? マジで……?」

 

 理解が追いつかず、現実逃避の言葉を繰り返す者もいる。

 

「響……」

 

 それとは別に、友人の心配をする者もいる。

 

 けれど――そこにいた誰もが、根源的に同じ感情を抱いていた。

 それは、ある種の絶望感。

 何も出来ないとか、どうすれば良いのか分からないとかの感情は発生せず、ただ、ただ……漠然と感じる不安感。

 

 だからこそ、皆、食い入るようにモニターを見つめ続けた。

 

 その先にそびえる、あの塔を。

 世界の終わりを告げる、赤い光を。

 

「あ……」

 

 その中で、ただ一人。

 他の誰とも違う場所を見ている少女がいた。

 視線の先は、皆と同じモニターだ。

 だが――彼女が見つめているのは、塔ではない。

 

 その正反対。

 今まさに、自分を含めた誰かのために、

 文字通り“命を燃やしている”少女。

 

「……四馬鹿。」

 

 震える唇から、ぽつりと零れた。

 怒りでも、悲しみでもない。

 ただ、どうしようもないほどの悔しさと、

 誇りが混じり合った声だった。

 

画面の先では、名も知らない――一度会っただけの“そいつ”が、弓を構えていた。

 生き物としての本能が告げる。

 見てはいけない、と。

 それでも、視線は勝手に動く。

 自分たちに“死”を押し付けようとしている、あの塔へと。

 まるで何かに強制されるように、横へ、横へと引き寄せられる。

 

 ――それでも。

 

 たった数時間しか共にいなかった少女から、目を離すことができなかった。

 彼女の姿は、確かにそこにあった。

 

 光に焼かれ、命を削りながら、それでも弓を引き絞っていた。

 

 やがて――塔の光が最長点に達する。

 その刹那、避難民の中から、念仏を唱える声が漏れた。

 恐怖と祈りが入り混じった、どうしようもなく人間的な音だった。

 

 弓美は、その瞬間を見た。

 血を吐き、胸の中心――まるでそこだけ“ぽっかり”と消えたかのような空洞を、

 掻きむしるように押さえながら、倒れ込む彼女の姿を。

 

 次の瞬間、世界が弾けた。

 白が、視界を奪う。光が網膜を焼く。

 その次に、キィンと鋭い音が鼓膜を貫いた。

 

 誰もが息を飲む間もなく、膝をつく。

 あまりにも――一般人が体験するには大きすぎる、“世界の崩壊”だった。

 

 その中で、彼女は見た。

 ずっと、見続けていた。

 

 弓を引き、撃ち、そして――落ちていく、“彼女”の姿を。

 

「――ッ!!」

 

 次の瞬間、彼女は走り出していた。

 理由なんて、ない。死ぬかもしれない。

 それでも――どうしても、止まれなかった。

 

 いや、止まるという選択肢が、最初から存在していなかったのだ。

 

 背後からはその後も映像は届けられていた。

 そこに何が映ったのかは、彼女は結局分からない。

 

 *

 

「ガアァァァアア!!!」

 

 叫び声を上げ、立花響が疾走する。

 

(……速い)

 

 翼はその姿、その勢いに息を呑んだ。

 目測で分かる。先ほどまでとは、桁が違う。

 

 一歩、一歩――踏み出すたびに、空気が爆ぜる。

 地を踏み砕く衝撃が反発となって、響の速度は倍々に跳ね上がっていく。

 

 瞬きの間に距離が溶け、百メートルあった間合いが、数秒で――無へと変わった。

 

「復讐か! それもよかろう!

 いや、むしろその方がいい! そうして貴様は、感情のままにかつての覚悟すらも飲み込んでいく!

 人間とは、そうでなくてはならない!!」

 

 彼女は焦るどころか、うっとりとした恍惚の表情を見せた。

 

 互いに踏み込み、拳と拳が正面からぶつかり合う。

 衝撃波が校舎を包み、周辺にいたノイズたちが一瞬で霧散した。

 反動で、二人の身体が同時に後方へ弾き飛ばされる。

 

 着地の瞬間、フィーネが薔薇の鞭を投げつける。

 響は軽やかに跳び上がり、その一撃をかわした。

 だが、それも計算のうち。

 空を裂いた鞭の先端が、意思を持つ蛇のように軌道を変え、飛び回る響を追尾する。

 

 回避を繰り返しながら、響は気づいた。

 いつの間にか、無数の鞭が自分の周囲を取り囲み――球体を成していることに。

 

 逃げ場はない。誘導されていたのだ。

 

「っ……!」

 

 次の瞬間、鞭が一斉に収束し、響を押し潰さんと迫る。

 だが、響は拳を握り締め――叫びと共に叩きつけた。

 

 

 

「ガアァァァアアッ!!」

 

 轟音と共に、鞭の壁が弾け飛ぶ。

 それは、今までの彼女ならば決して破れなかったはずの障壁。

 だが――今の響は、違った。

 

 極めてあっさりと、荊の障壁を粉砕し、フィーネの眼前へと飛び出す。

 

「ほう……」

 

 感心の吐息。

 だが、驚愕の色は一切ない。

 次の瞬間には、フィーネの身体が拳に弾かれ、空を裂いた。

 

「ーーッ!?」

 

 翼は思わず息を呑む。

 その衝撃と共に、胸の奥にざらりとした違和感が走った。

 

 確かに――響は、暴走によって強くなっている。

 けれど、フィーネはこの程度で吹き飛ばされるような相手ではない。

 あの女は、“理”すらも己の手中に収めた怪物だ。

 

「ッ!」

 

 そして、気づく。

 フィーネが弾き飛ばされる、その軌道の先に――。

 

「まさか……それが、狙いか!?」

 

 視線の先。

 そこには、なお微かに燐光を漏らすカ・ディンギルの残骸があった。

 

 ドン、と。

 腹の底を叩くような音を立てて、フィーネの身体が瓦礫に突っ伏す。

 砕けた装甲片が、まるで嘲笑のように宙を舞う。

 

「ガアァァァアアッ!!」

 

 吼える。

 怒号と共に、響が地を蹴る。

 踏み荒らされた大地が悲鳴を上げた。

 

「待て! 立花!!」

 

 翼の声が、空気を震わせた。

 だが、その警告は届かない。

 響はただ、獣のように突き進む。

 

 ――違う。

 

 何かが、不味い。

 これは追い詰めているのではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 頭ではなく、魂の奥底が告げていた。

 風が止む。

 赤い月の光が、まるで息を潜めるように、静まり返る。

 

 予感ではなかった。

 それは、確信に変わっていた。

 

「ガアッ……!」

「立花ッ!!」

 

 次の瞬間、赤い閃光が走る。

 

 

 立花響に“何か”が突き刺さる。

 槍?それとも何かの長物?

 否、()()()()()()()()()()

 

 光のように現れ、闇のように喰らう。

 肉体の境界を無視して、響の胸を貫通していた。

 

「ぐっ……アアァァァァッ!!」

 

 響が絶叫し、己の胸を掴む。

 突き刺さったノイズを、素手で――握り潰す。

 その音は、骨の砕ける音に似ていた。

 

 しかし、それと同時に。

 翼の脳裏に、ひとつの閃きが走る。

 

(……まさか)

 

 冷たい戦慄が背骨を這う。

 脳裏に浮かぶのは、ほんの少し前――

 あの女が誇らしげに語った、言葉の断片。

 

 《完全聖遺物》

 

 フィーネの所持していた、もうひとつの神の遺産。

 ガ・ディンギルを制御していたのはネフシュタンだけではない。

 その奥に、まだ“何か”がある。

 

「立花、離れろッ!! そいつは――!」

 

 叫びは、間に合わなかった。

 

青銅の蛇(ネフシュタン)、外装より魔術回路へ転用。

 不毀の極聖(デュランダル)、用途を防御より供給へ。

 ソロモンの杖(クラヴィス・ソロモン)よ、再び門を開け。

 バビロニアの宝物庫を――今一度、この世に顕現せよ!」

 

 言葉が終わるのと同時に、空気が変わった。

 世界そのものが、彼女の詠唱に反応して軋みを上げる。

 

 瓦礫が震える。

 月が、鳴いた。

 まるで天地の位相そのものが、彼女の意志に従い書き換わっていくかのようだった。

 

「……チッ、中身が喪失している、か。

 それもそうだ。あの宝具群は、後世に持ち去られ、時代の果てに散った。

 だが――弾が無くなっただけ。

 射出する機構は、まだ此処に在るッ!!」

 

 フィーネの叫びと同時に、彼女の背後――虚空に金の輪が幾重にも展開する。

 それは確かに、“門”だった。

 虚無と現実を繋ぐ、神代の兵装庫。

 

 そして、その門の隙間から覗く光。

 それは、星の色に似て。

 だが、星よりも遥かに禍々しかった。

 

「ハハハハハ!! 素晴らしい……これが、あの王の遺した機構か!

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)――! 財は失われ、代わりに“呪い”が残った!

 細く、固く、柔らかく、脈動するノイズ共。

 人の憎悪と罪悪の象徴。これこそが、バビロニアの宝物蔵に相応しい!!」

 

 嘲笑と共に、黄金の環が空間に展開する。

 まるで星の墓標。

 数百の環が、天を覆い尽くすように光り、開いた“口”から放たれるのは――神の加護すら拒絶するノイズの群れ。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

 響の咆哮。

 暴走した彼女は、理性も痛みも投げ捨て、ただ目の前の“敵”を壊すために拳を握る。

 だが、それすらも“意思”ではない。ただの反射。

 ノイズが迫るたび、光と衝撃が弾け、世界が軋む。

 

「くっ……立花っ、やめろ!」

 

 翼の叫びも届かない。

 響の瞳にはもう、誰も映っていない。

 理性の最後の欠片は、怒りと悲しみに焼かれ、ただ破壊だけを求めていた。

 

 フィーネが手を掲げる。

 数百のノイズが一斉に動き、まるで生物のように渦を巻く。

 

 その中心、彼女の周囲だけが“静寂”に包まれる。

 

「美しいな……。

 怒りも、悲しみも、哀れも、すべて人の力。

 だからこそ、私は人を愛している。

 そして、殺すのだよ――。」

 

「ガアアアアアアアアッ!!」

 

 轟音。

 響が飛び込む。

 拳が大地を砕き、空間を裂き、ノイズを纏う黄金の環を粉砕する。

 だが、そのたびに別の“門”が開く。

 フィーネの背後に浮かぶ無数の環――まるで、空が血を流しているかのように、紅いノイズの奔流がそこから迸る。

 

「無駄だよ、立花響。お前が壊すたびに、新しい“憎悪”が生まれる。

 これが世界の理。滅びも進化も、同じ円環の中にある。」

 

「――立花ッ!!」

 

 翼が背後に刃を作り出す。

 神殺しの剣・デュランダルを模した斬撃を、一直線にフィーネへと投げ放った。

 

 だが、次の瞬間――。

 

「少ない、少ない! 少ないぞ風鳴翼!!」

 フィーネの声が、狂気を帯びて響く。

 開かれた“門”の奥で、無数のノイズがうごめく。

 まるでそれ自体が生きているかのように。

 

「わからないのか? 私が“王にしか許されぬ所業”を行える理由を!

 ――デュランダルだ! 私には“無限のエネルギー回路”がある!

 そして、その結果与えられる負荷は、ネフシュタンによって無へと還る!」

 

 声が反響する。

 地が震え、空が歪む。

 その異常な力の奔流に、翼は思わず膝をついた。

 

「これこそが、完全なる合理!

 雪音クリスが選んだ“戦い”など、理に過ぎぬ欠陥だった!

 あれは無駄死にだ! 感情に殉じただけの、愚行だ!!」

 

 血のように赤い魔力が空を染め上げる。

 カ・ディンギルの崩壊でさえ、この場の前では霞むほどの濃密な魔力。

 フィーネの身体を中心に、再び数十の“門”が開いた。

 

「ガアァァァアアァァァアア!!」

 

 咆哮。

 それはもはや言葉ではなく、獣の咆哮。

 理性を失った立花響の全身から、黒い波動が噴き出していた。

 

「怒りか? その状態でも、まだ“怒り”を感じるのか? 立花響!」

 フィーネの唇が愉悦に歪む。

「良いだろう! 馬鹿にされたのだから、愚弄されたのだから、怒るのは当然だ!

 だが――そこは既に、行き止まりだ!」

 

 パチン――。

 

 乾いた音が、夜空に響いた。

 その瞬間、響の周囲に幾十もの“門”が開く。

 それは魔術の陣ではない。

 空間そのものが穿たれ、異界と現世の狭間を繋げた“傷口”だった。

 

 そして――。

 

 爆ぜた。

 音も、光も、衝撃も、一瞬で世界を塗りつぶす。

 

 地を割り、瓦礫を吹き飛ばし、空を裂く。

 門の奥から吐き出されたノイズが、数百、数千という群れとなって、

 怒涛のように響へ殺到した。

 

 暴走する少女の身体が、次々と叩きつけられ、穿たれ、抉られていく。

 それでも響は止まらない。

 痛覚すら壊れた身体が、なお拳を振るい、ノイズを砕く。

 

 響の拳が、何度も空を裂いた。

 その度に、フィーネの背後の“門”が開く。

 金属の唸りと共に、無数のノイズが溢れ出す。

 いくら殴っても、いくら叫んでも、終わらない。

 破壊しても、次の瞬間には新しい“憎悪”が形を取る。

 

 息が荒い。

 拳を握るたびに、骨が軋む音が聞こえた。

 それでも響は前に出る。

 自分の怒りが、自分を焼いているのも気付かないまま。

 

「ガァァァァァァッッ!!」

「無駄だよ、立花響。お前が壊すたびに、新しい“怨嗟”が生まれる。

 それこそが人の定め――円環の理だ。」

 

 フィーネの声が、耳を刺す。

 響の拳が止まる。

 瞬間、無数のノイズの腕が彼女の身体を掴み、押し潰そうと迫った。

 

「――立花ッ!!」

 

 その声が響いた瞬間、世界が一拍、遅れた。

 次の瞬間、空気が震える。

 背後から迫る――無数のノイズ。

 黒い槍のように伸びた腕が、立花響の背を貫かんと迫る。

 

「ッ!」

 

 響は振り返れなかった。

 ただ、音もなく空気が弾ける音だけを聞いた。

 世界が、一瞬止まる。

 時間が伸び、音が遠ざかる。

 

 ――刺さった。

 

 胸の奥が冷える。

 遅れて、熱が広がる。

 自分の身体なのか、誰のものなのか、判然としない。

 

 振り向いた。

 そこにいたのは、翼だった。

 

「……え……」

 

 刹那、世界の色が失われる。

 背中から突き出たノイズの刃。

 翼の身体を貫き、血の霧が夜気に散る。

 

「ぐ……ぅッ……!」

 

 焼けた鉄の匂い。

 そのまま、翼は膝を折る――いや、折りかけて、止めた。

 彼女は、まだ立っていた。

 震える腕で、響を抱きしめるように庇いながら。

 

「……お前は……立花響だろう……ッ」

 

 震える声。

 けれど、その声音には、絶対の信念があった。

 

「ならば……その心を、忘れるな……!」

 

 血が喉を伝う。

 それでも翼は、笑った。

 奏がそうしたように。

 命を燃やして、ただ一つの想いを繋ぐために。

 

「■■ァ、ア■……アア……」

 

 翼の血が、響に流れ込む。

 それは、鋭く、それでいて、ひどく優しい熱だった。

 何かを断ち切るようで、何かを結び直すような――そんな血。

 

 そして、胸の奥で鳴る。

 自分にとっての“始まり”の歌が。

 

「ア……ああ……―――」

 

 暴獣ではなく、人としての理性と感情を取り戻した瞳で。

 響は、震える喉で――

 

「―――あああああああああっ!!!」

 

 悲嘆と無力を、そのまま声に変えて叫んだ。

 

 *

 

  走る。走る。

 あの映像を見た瞬間、考えるより先に、身体が動いていた。

 シェルターを飛び出して、灰と瓦礫だけが散らばる通路を、ただ、ひたすらに。

 

「たぶんこっち……きっとこっち……!」

 

 理由なんてない。

 名前だって知らない。

 けれど――ベッドで、苦しそうに眠っていたあの子の顔が、脳裏から離れなかった。

 どこか、泣きそうで。

 どこか、無理して笑っているみたいで。

 そんな顔、もう見たくなかった。

 だから走る。

 行き先も、出口も分からないのに。

 

「……あぁもう! どこよここ!!」

 

 叫んだ声が、瓦礫に反響して返ってくる。

 まるで誰かに嘲笑されているみたいだった。

 

 シェルターの内部は、ノイズの侵入を防ぐために複雑に入り組んでいて、どこが上で、どこが出口なのかも分からない。

 足音だけが、乾いた空気に吸い込まれていく。

 

「アニメだったら! アニメだったら、こんなとこ迷わないのに!

 迷っても、カットされて! ちゃんと、カッコよく助けに行って、終わるのに!

 ……どうして、できないのよ!」

 

 自分でも何を言っているのか分からない。

 それでも言わずにはいられなかった。

 声に出していなければ、きっと心が折れていた。

 

 そのとき――地面が揺れる。

 重たい衝撃音が、全身を貫いた。

 

「きゃあッ!!」

 

 崩れた瓦礫に足を取られ、前のめりに倒れ込む。

 手のひらに冷たい砂利が刺さる。

 涙で視界が滲み、世界が歪んで見えた。

 

 地面の低い視点から見える通路は、立って見るよりもずっと長く、恐ろしく、果てがない。

 まるでこの先に“出口なんて存在しない”と告げられているみたいで、胸が締め付けられる。

 

「たった……三日よ……」

 

 震える声が漏れた。

 たった三日。

 それだけで、あんなに辛そうな顔をしてた子が、幸せになれるはずないじゃない。

 

 だから、走らなきゃ。

 どうにかしなきゃ。

 ――どうにかしないと、誰も助からない。

 

「お願い……お願いだから……何か、起こってよ……!」

 

 そう願っても、神様は答えない。

 ただ、遠くで、崩壊の音が響いた。

 

 分かっていた。自分はアニメが好きなだけの、ただの一般人の女の子A。

 アニメを見れば、何かすごいことが出来る気がする。

 けれどそれは、登場人物が“主人公”だからであって、

 モブには何も出来ない。何も成せない。

 

 この世界は、どこまでも“モブ”に厳しい。

 

 現実は、誰の味方もしない。

……そう思った瞬間、遠くで誰かの声が響いた。

 

「――弓美ちゃん!!」

 

 だからこそ。

 それでも、だからこそ。

 

 ただの少女の“一歩”が、世界を変えることだってあるのだ。

 

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