雪音クリスは衛宮士郎に拾われる   作:バースデー

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後編です


AND THE beginning of a girl

 

 ―――かつて、この世界には“神”がいた。

 災害や天候、あらゆる現象を奇跡と呼び、畏れ敬った人々の夢想が生んだ偶像ではない。

 先史文明期において確かに存在し、今に至る人類を造り出した造物主――【アヌンナキ】。

 その中の一柱、【エンキ】。またの名を、エアと呼ばれる存在である。

 

 その【エンキ】に仕えていた巫女こそが、他ならぬ【フィーネ】であった。

 彼女は【エンキ】と語らい、ただの巫女という立場を超えて、心を通わせていた。

 少なくとも、彼女自身は――そうであったと信じている。

 

 

 やがて、彼女の胸には恋慕が芽生える。

 神を愛した巫女。

 ―――それが、彼女に課せられた最初の“罪”であったのかもしれない。

 

「……私がこの胸の内を、あの方に告げることはできなかった。

 “バラルの呪詛”によって、神と語らうことのできる唯一の言葉――統一言語が、失われてしまったからだ」

 

 呪詛が世を覆い、人々が文字通りに“言葉”を失った日。

 【エンキ】もまた、その姿を消した。

 そして、残されたのは沈黙だけ。

 

 ――その後に訪れた惨憺たる光景は、

 フィーネという女が“人間”という存在そのものを見限るには、あまりにも充分すぎるものだった。

 

 

「ノイズの正体を、教えてやろうか。

 あれは――統一言語を失い、意思の疎通が不可能となった人類が、互いを殺傷するために作り上げた“兵器”の一つだ」

 

 物質を透過し、周囲の生命に積極的に襲いかかるという性質。

 それは、環境や施設への被害を抑えつつ、最大効率で“相手だけを殺す”という、徹底した人間のエゴが生んだ結果だった。

 

 そして、先史文明は――己の手で滅びた。

 ノイズという負債は、製造目的のままに、今も人の命を摘み取り続けている。

 

「ああ、本当に……まったく以て、度し難い」

 

 吐き捨てるように笑う。

 なにが、ではない。

 ノイズを生み出した過去と同じ愚を、今なお繰り返す“人”そのものが、だ。

 

 新たな文明を興し、繁栄という爛熟の果実を味わいながら――彼らは、また同じ過ちを繰り返す。

 

 聖遺物の力に触れた。

 ――戦争の裏で、それを奪い合った。

 発動を試みた。

 ――暴走が血を呼び、命が踏みにじられても歩みを止めなかった。

 

 そして、私がシンフォギアを開発した。

 ――ノイズを駆逐し、人を救う技術としてではなく、その“戦闘能力”に沸き立つ愚者どものために。

 

「ああ……実に、醜い。

 あの方に見放されるのも、道理であり、摂理であり、当然であろうよ。」

 

 そして――静かに、微笑む。

 

「……それでも、私は、諦めきれなかった」

 

「……もしかして……だから?」

 

 その言葉が発せられたのは、フィーネの足元だった。

 襤褸切れのように蹲っていた“それ”――立花響が、顔を上げたのだ。

 

 フィーネが向ける視線に、嫌悪の色はない。

 あるのは、ただ、感情の欠片すらない空虚な観察のまなざし。

 まるで、長年棚の上に飾られ、存在を忘れられた小物を見るような――そんな、興味も価値も、邪魔ですらないものへの眼差しだった。

 

 だが、響は臆さなかった。

 その目で、正面から見返した。

 

 彼女の身体は傷だらけで、制服も破れ、血が滲んでいる。

 暴走の反動ではない。

 シンフォギアが解除された状態で、それでもなお意地でフィーネを止めようと掴みかかり――弄ばれた結果だった。

 

 先の語り口は、その過程で少しばかり高揚したせいだろう。

 感情を削がれたはずの彼女にすら、まだ“昂ぶり”は残っていたのだ。

 

 フラフラと立ち上がる響に、フィーネが視線を落とす。

 

「だから、だからって……こんなことを……!」

 

「――ああ。その通りだよ。」

 

 その返答は、あまりにあっさりとしていた。

 

 櫻井了子となってからだけではない。

 これまでフィーネとなった全ての存在が積み上げた偉業も、悪業も、功績も――その全ては一つのためにあった。

 

 カ・ディンギルによる月の破壊。

 その混乱と崩壊。

 人類を統率するという目論見。

 いや、“バラルの呪詛”を解くという大義ですら。

 

 ――すべて、ただの手段でしかなかった。

 

「あの方に届く、唯一にして絶対の統一言語で。

 あの時代に伝えられなかった想いを――捧げたかった。

 ただそれだけが、私がここに在る理由だ。」

 

 その声音は、狂気を孕みながらも澄んでいた。

 まるで、童話の王子に恋する少女のように。

 あるいは、亡夫に操を立て続ける老婦人のように。

 

 ――幾千年を経てなお、変わらぬ“恋心”。

 

 それだけのために、彼女は己を、人であることを捨てたのだ。

 

「それを――」

 

 その言葉尻に、怒りが宿る。

 フィーネは一歩踏み出し、響の髪を鷲掴みにして、強引に引き上げた。

 

「あっ、ぐっ、ぃぎいっっ!!」

 

「“そんなこと”だと!?

 愛も恋も知らぬ小娘が――賢しらに正論を振りかざすなぁッ!!」

 

 そのまま、まるで子供が人形を放り投げるように。

 響の身体は宙を舞い、地を二度三度と跳ね、瓦礫を崩して止まる。

 

「が、ぁ……っっ……!」

 

 呻きも声にならない。

 痛みも悲鳴も、喉が拒んでいた。

 それでもなお、響は意識を手放さない。

 

 その様を見て、フィーネは息を整えた。

 怒りが収まると、冷徹な観察者の顔が戻る。

 

(……融合体としての特性か?

 シンフォギアを解除しても、残留効果があるのか……

 あるいは、先の暴走による一時的な肉体強化……)

 

 幾つもの仮説が脳裏に浮かぶ。

 だがすぐに、彼女はかぶりを振った。

 

「――不要だな。」

 

 短く、吐き捨てる。

 その視線が、瓦礫と化したカ・ディンギルへと向く。

 唇が歪んだ。

 

「瑕疵は残すな。迷いも、躊躇も、要らん。

 この身もまた融合体。

 その力は、既に価値を無くしている」

 

 鞭刃が、蛇のようにうねる。

 黒い鉄が空気を裂き、紅の光を反射する。

 

 血を求める獣のように――その切っ先が、響を見据えた。

 

「……っ、ぅ……」

 

 呻きながら、響は涙に濡れた瞳で彼女を睨み返す。

 だが、それはあまりにか細い抵抗だった。

 

 立ち上がらなければ。

 戦わなければ。

 そう思っても、身体が動かない。

 

 まるで、心と体の歯車が噛み合わない。

 摩耗しきった風車のように、空回りするばかりだった。

 

 視線を巡らせる。

 瓦礫の向こうに、クリスが倒れていた。

 ギアの解除された姿。動く気配はない。

 

(クリスちゃん……)

 

 別の方向へ、ぼやけた視界を動かす。

 そこには、崩れ落ちた巨大な建造物――かつてリディアンの校舎を遥かに凌ぐ高さを誇った塔の残骸が横たわっている。

 

(……翼、さん……)

 

 自分を守るためだけに散ってしまった人。

 

 立たなければ。

 立たなければならない。

 

 ―――なのに。

 体に、力が入らない。

 

 周りにあるのは瓦礫の山。

 自分と一緒に立ってくれる人は、もうどこにもいない。

 いや、そもそも―――自分が立ったところで、いったい何が守れるというのか。

 

(だって……なにも、何も守れてない。守れなかった……)

 

 一緒に戦ってくれた人は、みんな消えてしまった。

 あの暖かい日だまりは、みんな燃えて、灰になってしまった。

 

 結局、自分は守られてばかりだ。

 痛いのも怖いのも我慢して、まっすぐ走ったつもりだったのに。

 気がつけば、何もかも崩れ落ちた焼け野原で、たったひとり、無様に転がっている。

 

(ああ―――もう―――)

 

 声も出ない。

 胸の奥はどうしようもなく冷たくて、

 支えになるものなんて、もうどこにも―――。

 

 ―――……。

 

(―――、え?)

 

 なにか、聞こえたような気がした。

 

「……、なんだ?」

 

 それは、フィーネも同じだった。

 眉をひそめ、左右に視線を巡らせ――ふと、ある一点で動きを止める。

 

 横倒しになった学び舎の残骸。

 そこに、ひび割れたスピーカーが一つ。

 

「……スピーカー?」

 

 倒れても、砕けても、電源はまだ生きていた。

 焦げついた外装の奥で、僅かに残った電流が機能を動かしている。

 

 やや劣化した音質のまま、それは空気を震わせ、

 耳朶の裏を掠めるように――細い声を、吐き出した。

 

「っっ……! 耳障りな……なんだ、この……」

 

 舌打ちを交えた罵声。

 だが、その声は途中で止まった。

 

 フィーネの表情が、わずかに変わる。

 その目に、微かな動揺――焦りが滲む。

 

 それは、ただの音ではなかった。

 それは、ただの声ではなかった。

 

 拙く、震えて、幼い囀りのような――けれど確かな「想い」。

 最初はか細く、それでも確実に、世界の隙間を満たしていく。

 

 瓦礫の上で、フィーネの瞳が大きく見開かれた。

 響も、焼けた喉を震わせて、その音の正体を確かめるように息を呑む。

 

 そして、二人の口から、同時に零れた。

 

「「――――――歌?」」

 

 

 

 

 図らずも、声は重なり。

 けれど、その内心に点る気持ちは全く違った。

 

 *

 

「――未来!!」

 

 ――なんで、ここに!?

 

 思わず叫んだ弓美に、未来は呆れたように息をつく。

 その表情は、驚きよりも“やれやれ”という諦めに近かった。

 

「どうして?って言うのは、こっちのセリフ。

 弓美ちゃん、何するか考えてなかったでしょ?」

 

「う……っ」

 

 図星だった。

 未来の指摘に、弓美の顔が引き攣る。

 言い返そうにも、言葉が出てこない。

 

 本当に――何も考えていなかった。

 ただ、あの映像を見て、気づいたら体が動いていた。

 

「そ、そんなの……考える暇なんて、なかったの!」

 

「ほんと、そう言うのはどうかと思うよ……」

 

 未来は短く嘆息して、目を細めた。

 けれどその声音には、叱責だけではなく、どこか安堵の色が混じっていた。

 

「でも――ありがとう」

 

 小さくそう呟いた声は、揺れる照明の下で、かすかに微笑んだように見えた。

 

「……まあ、感謝はありがたく受け取っておくけど」

 弓美は、どこか気恥ずかしげに頭を掻く。

「ってか、逆に貴女はどうすりゃいいとか、分かってんの?」

 

「うん。私が分かる……というか、あの後、思いついたんだけど」

 

「マジ!?」

 

驚いた表情の弓美に、未来は神妙な顔で頷いた。

 けれど、どうやって?

 そんな風に、その方法が思いつかず、ただ不安の籠った表情を見せる弓美に、未来は言葉を続ける。

 

「応援――私たちの声を、響たちに届けるの」

 

「……へ?」

 

 ポカンとした弓美の顔に、未来は静かに、それでも力強く言葉を重ねた。

 

「響たちは、今、ほんの数人だけで必死に戦ってる。

 でも、それは違う。私たちがついてる。

 私たちも、やれることは少ないけど……戦う。

 それを伝えるの」

 

 未来は、胸に手を当てて微笑む。

 

「言葉じゃ届かないかもしれない。邪魔になるかもしれない。

 だから――“歌”で」

 

「――どうやって?」

 

 自然と、言葉は口をついて出ていた。

 普段ならきっと、「意味がわからない」とか、「そんなの無理だ」とか、

 そう言った言葉が出てきたはずなのに――その時は違った。

 

 理由があるわけじゃない。

 ……いや、違う。語弊がある。

 

 これしかない。

 やらなければならない。

 ――そう、板場弓美は確信した。

 

 だからこそ出た言葉だった。

 “やるか、やらないか”ではなく、“やらなければならない”。

 なら、どうすればいい――。

 

 そんな、前向きな疑問がその中には込められていた。

 

「学校のスピーカーを利用するんだって。

 私にはよくわからないけど、歌を送るなら、それが一番だって――そう()()()()()()()。」

 

「……へ?」

 

 弓美はぽかんと顔を上げた。

 誰に? 教えてもらったって、どういうこと?

 

 未来は少しだけ首を傾げると、廊下の奥を指差した。

 

 

 

「私は元陸上部だから、先に走って合流したの。

 そもそも、“歌を送る”って、私だけの力で考えたんじゃない。

 一人の女の子がいて……その子の言葉が、私に気づかせてくれた。」

 

 奥から、多くの足音が響いてくる。

 それは、確かに“多くの人間の歩み”だった。

 

 けれど、その足音は軍隊のように揃ったものではない。

 バラバラで、不協和音のようで――それでも、ひとつひとつが必死で。

 “生きている音”だった。

 

「それでね、皆で考えたの。

 この中で私たちに何が出来るのかって。

 歌を届けるなら、スピーカーを使えば良い。

 スピーカーを使うなら、こっちに向かわないといけない。

 そう考えた人がいて、分からなくても一緒に動いた人がたくさんいたの。」

 

「……うそ……」

 

 弓美は思わず呟いた。

 口から出たのは、驚きとも、信じがたいという祈りにも似た言葉。

 未来が小さく笑って、首を横に振る。

 

「ううん、嘘じゃないよ。」

 

 その言葉と同時に、姿を見せたのは――あのシェルターに避難していた人々だった。

 

 

「私、今戦ってるお姉ちゃんに助けられたの!」

「スピーカーのアイデアを出したのは僕です!」

「翼さんの助けになると聞いて!」

 

 それぞれが、思い思いの声で語る。

 その声には、恐怖も、痛みも、諦めも混じっていた。

 けれど、それ以上に――

 確かな“意思”があった。

 

 もし仮に、これが物語なら――彼らは語られないだろう。

 登場すら許されない。

 出番が許されるとしたら、それは少しの野次だけ。

 せいぜい背景に映るだけの、“名もなき群衆(モブキャラクター)”だったはずだ。

 

 けれど今、彼らは確かに“登場していた”。

 

 

 

 

 

 

 

「急げ! なんかやばそうだったんだ! 早くしないと手遅れになるかも!」

「ちょっと待って、設備が壊れてる。これは……」

「はい! 私は一応、電気技師として働いている者なのですが、見せてください。

 ……これなら大丈夫です! 少しお待ちを、すぐに直します!」

 

 スピーカーへと繋がっている放送室に到着してから、話は驚くほどの速さで進んでいった。

 誰かが声を上げ、誰かが手を動かし、誰かがそれを支える。

 一人ではどうにもならないことでも、大勢が集まれば、出来ることは確かに増えていく。

 出来ないことは、少しずつ減っていく。

 

 ――この分なら、問題なく歌を届けられるだろう。

 

「はーあ……せっかくアイツのために飛び出したのに、これじゃあ私、何にも出来てないなあ。

 ……何やってんだろ、私」

 

 ポツリと漏らした弓美の言葉に、未来はふと立ち止まる。

 そして、少し微笑んで、首を横に振った。

 

「弓美ちゃん、それは違うと思うよ。」

 

 その声には、どこかあたたかく、確信めいた強さがあった。

 まるで、弓美自身が気づけていない“始まり”を肯定するように。

 

「私も含めて、みんな。

 あそこでどうにもならないって、絶望していたはずだったの。

 でも――弓美ちゃんが飛び出した。

 だから、みんな思ったんだ。私たちも、何かしなきゃって。

 最初に動いたのが弓美ちゃんじゃなかったら、本当に、何も始まらなかったんだよ。」

 

 未来の言葉に、弓美は一瞬、息を呑む。

 その瞳はどこか照れくさそうで、それでも真っすぐだった。

 

「……そんな、大げさな」

 

「ううん。大げさじゃないよ」

 

 未来は少しだけ微笑んでから、ぽつりと呟くように言葉を紡ぐ。

 

「南米にね、“ハチドリの一滴”っていう話があるの。

 森が燃えて、動物たちが逃げる中で、たった一羽のハチドリだけが池の水をくわえて火を消そうとしたんだって。

 他の動物は笑ったけど、そのハチドリは言ったの。

 ――“それでも、誰かが動かなきゃ何も始まらない”って。」

 

 弓美は目を瞬かせ、何かを言いかけて、言葉を失う。

 その沈黙の中で、未来はゆっくりと続けた。

 

「弓美ちゃんの行動は、まさにそれだったんだと思う。

 小さくて、無力で、何も変えられないように見えて――でも、それが最初の一滴になった。

 あの時、誰もが絶望していたのに、“あなた”が動いたから、みんなの心が動いたんだよ。」

 

 放送室の明かりが、わずかにちらつく。

 その光の中で、弓美の頬を伝うものは、決して涙だけではなかった。

 それは――ほんの少しの、誇りだった。

 

 *

 

 

 

 いつしか、周囲には光が零れるように舞い上がっていた。

 雪のように儚く、蛍のように淡く、陽の光のように暖かな光の粒。

 湧きいずるように辺り一面から舞い上がるそれらを鬱陶しく思いながら、フィーネはその正体に当たりを付けていた。

 

(『フォニックゲイン』……有象無象の歌が励起反応を起こしているか)

 

 別段、この現象自体はおかしくない。

 カ・ディンギルの崩壊で乱れた空間は、今やフォニックゲインを誘発する触媒のようなもの。

 その上、ここはリディアン音楽院――歌に心を込める者たちの場所だ。

 共鳴が起きても不思議ではない。

 ……そのはず、だった。

 

(だというのに、なんだ? この胸騒ぎは……!?)

 

 不快な焦燥。理由もなく、全身を灼かれるような感覚。

 それがこの歌から来ていると気付いた瞬間、フィーネの顔に苛立ちが走る。

 

「鬱陶しい雑音……!!」

 

 スピーカーを砕き散らさんと鞭刃を振りかぶった、その時――

 

「――っ」

 

 背後で、ザリ、と土を踏みしめる音。

 振り返ったフィーネは、そこで息を呑んだ。

 稜線から射す朝日の光が、少女を照らしていた。

 ボロボロの姿で、それでもなお――立っている。

 

「……よく出来た物語のようじゃないか。なぁ、立花 響」

 

 その声音に皮肉を滲ませながらも、

 フィーネの胸には確かに、得体の知れないざわめきが生まれていた。

 

 一方で、響は何も聞いていなかった。

 彼女の耳に届いているのは、壊れかけのスピーカーから流れる――“歌”。

 

「未来……みんな……」

 

 それは遠くから届く灯火のような旋律。

 恐怖も痛みも、優しく包み込んでくれるような声だった。

 誰かが自分を信じて歌ってくれている。

 その想いが、心の奥で燻っていた火種に触れる。

 

「この胸に……!」

 

 胸の奥が熱くなる。

 焼けた世界の中、まだ温もりが残っている。

 見上げれば、空に昇る光の粒があった。

 それは雪のようで、星のようで、まるで――希望の欠片。

 

 その瞬間、空気が震えた。

 ()()の胸に宿る聖遺物が、微かに共鳴する音を発した。

 誰も気づかぬほど小さな震動。

 けれど確かにそれは、世界の理を越えた“何か”の起動音だった。

 

 ()()()()()が、呼応する。

 

「ああ……」

 

 本当に良かった。

 容れ物は壊れてしまったけれど、守りたかった“日溜まり”は、確かにここにある。

 支えてくれる声が、ちゃんと届いている。

 だから――

 

「まだ、歌える」

 

 想いは胸にある。

 奏でる心はまだ燃えている。

 

「頑張れる!」

 

 

 瞳に輝きが宿り、魂が再び動き出す。

 昇る光の一粒を掴み取り、力強く握りしめて叫ぶ。

 

 

 

 

「―――戦え……!」

 

 声を張り上げた瞬間、力が抜けた。

 無理に踏み込もうとした足が震え、視界がぐらりと傾ぐ。

 もう一歩が出ない。

 確かに、今の歌によってシンフォギアは更なる状態に達した。

 だが、それを扱う響の体力が持たない。

 今の響は病人に大量の銃火器を持たせたような物だ。

 

 発揮できれば強いが、そもそもの話として発揮出来ない。

 

 

「あ……」

 

 地面が近づいていく。時間が足らない。少なくとも、現在のシンフォギアを扱うのに、響は数分の休憩を挟まなければならない。

 

(せっかく、託されたのに……)

 

 そう思った、その瞬間だった。

 

 誰かの手が、背を支えた。

 温かくて、確かで。

 その温もりに、思わず息を呑む。

 

「まあ、待て。確かにその力はいい物だが、万全じゃない。

あっちの風鳴翼も似たようなものだったぞ。

無理すんな。時間はあたしが稼いでやる。」

 

 耳に届いた声に、響の瞳が見開かれる。

 その声を、忘れたことなんて一度もなかった。

 

「……ちゃん……?」

 

 土煙の向こう、赤い光が揺れる。

 

「それに、随分アイツには借りがあるからな。――ここは、あたしに任せろ。」

 

言葉と同時に、紅の閃光が風を裂いた。

 

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