雪音クリスは衛宮士郎に拾われる   作:バースデー

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無限の剣製

「これで終わりだ──雪音クリス!」

 

 天穹に裂け目のように浮かび上がった黄金の門。その奥底から、濁った咆哮とともに無数のノイズが放たれた。

 空気が焼け、世界の輪郭が歪むほどの圧が迫り来る。

 

「──ッ!」

 

 クリスは反射よりも速く身を捻り、ノイズの群れを紙一重で抜ける。

 そのまま一直線に、彼女はフィーネへ肉迫した。

 

──だが。

 

「甘いぞ、雪音クリス!」

 

 視界の中心に、新たな黄金の門が花弁を開くように展開する。

 門の裏側を喰い破らんとするかのように、黒い影──ノイズがずるりと顔を覗かせた。

 

 逃げ場など、もう存在しない。

 クリスとノイズの距離、わずか数メートル。

 

 その速度を考えれば、次の瞬きには喉元へ牙が届く。

 反撃する時間など、本来なら一秒も残されていない。

 

 

 

 

 

 だが、彼女には方法が存在している。

 その一瞬で自身の命を救う、そんな魔法めいた、託された力が。

 

 

 

 

「──投影、開始《トレース・オン》」

 

 一瞬を、彼女は全力で切り裂いた。

 

「な……に?」

 

 フィーネの声から、初めて確かな驚愕が滲む。

 無理もない。

 クリス自身でさえ、確信があったわけではないのだから。

 

 これは理ではない。理論でもない。

 彼女はただ──夢の中で見た、あの男の背中を追っただけ。

 

 炎のように揺れる記憶。

 己が歩んできた道とは別の、誰かの生き様。

 その欠片を、ほんの少しだけ真似てみただけ。

 

 だが今、その模倣が世界を断ち割り、迫る死を消し飛ばしたのだ。

 

 彼女の両の手に握られているのは、黒と白の陰陽剣。干渉、そして莫耶。

 

 月への砲撃を防ぐ際に砕け散ったその双剣が、彼女の手には握られていた。

 

「──どうした? 何を驚いているんだ、フィーネ」

 

 クリスは静かに息を吐き、手にした双剣をゆるやかに回転させた。

 金属が空気を裂く軌跡は、まるで彼女の身体の一部が延長しただけのように滑らかだ。

 その重み、しなり、振動──あらゆる感覚を確かめるように。

 

──ああ、よく馴染む。

 

 不可思議なほどだった。

 つい先ほどまで、この武器は“扱える”だけの代物で、シンフォギアのように自然に馴染んでいたわけではなかった。

 どこか借り物めいた違和感が、常に腕の奥で燻っていた。

 

 それなのに、今は違う。

 まるで長年手にしてきた愛刀であるかのように、双剣は彼女の意思に応じて呼吸し、脈動していた。

 たった一振りで、どこまででも斬り払えると錯覚するほどに。

 

──解析。そして、経験憑依。

 

 双剣が何で構成され、どのような理屈で形をなしているのか。

 物質、構造、流れる魔力の癖に至るまで、すべてが理解とともに彼女の中へ流れ込む。

 

 それは知識の理解ではなく、経験の獲得だった。

 “この武器で戦ったことがある者の手”が、まるで自分の腕に重なるように。

 刃を握った瞬間から、自然と最適解を選び続ける。

 

 クリス自身、その原理を理解しているわけではない。

 何を行っているのか、どんな法則でそれが成立しているのか──深く考える余裕すらなかった。

 

 ただ、本能のように。

 呼吸をするように。

 選び取った動きが、必然の正解へと収束していっただけ。

 

 それでも、否……だからこそ。

 

──彼女は、この一瞬だけは確かに“剣”そのものの起源に触れていた。

 

 聖遺物としての理。

 剣として刻まれた概念の深淵。

 それを模し、再現し、己の内側にまで落とし込む。

 

 投影魔術を──まるで、生まれついての使い手であるかのように。

 

 雪音クリスは、完全に使いこなしていた。

 

「お前の目の前にいる、ただの小娘は、何も変わっちゃいない。

 昔と同じく、この瞬間。この一瞬の為に生きている。

 ただの、()()()()()だ!」

 

 刃先が並行に構えられ、クリスの声が空間の重力を裂くように響く。

 だが、フィーネはその挑発めいた宣言に一切の揺れを見せなかった。

 ただ、ゆっくりと、科学者として冷静に状況を整理し、この状況で最もあり得る答えを見極めている。

 

「………。」

 

 状況。 ──フォニックスゲインの異常活性。

 それに伴う聖遺物の同期率上昇。

 完全聖遺物が“覚醒”に至るほどのエネルギー供給。

 

 整合性は取れている。

 むしろ、この状況は過去のツヴァイウィングのライブ──ネフシュタンの鎧の機動実験を、完璧な形で再演していると言っていい。

 実験の“理想形”とも呼べる状況が、この場に整っていた。

 

 そして、何より異質なのは。

 

 クリスが見せたあの現象。

 武器の解析、構成理解、起源への接続──あれはどう見ても。

 

「……投影魔術。衛宮士郎が扱っていた、それそのものだな」

 

 フィーネの瞳に、淡く妖しい金が宿る。

 古き知識を参照し、現実の断片をつなぎ合わせ、導き出した答えに確信が生まれていく。

 

「つまり──」

 

 表情が、愉悦と不気味さを同時に孕んで歪む。

 

「あの男め。正体こそ分からぬが、クリスの身に“完全聖遺物”を仕込んでいたというわけか。

 それも、起源すら上書きしてしまうほどの、強力な代物を……」

 

 声は嘲るでもなく、驚くでもなく、ただ心の底から嫌悪するものだった。

 彼女は理解してしまったのだ。

 いま雪音クリスが振るう双剣は、ただの複製ではない。

 聖遺物の理と、異常の魔術理論が重なり合った“逸脱”であることを。

 

 そして、その逸脱が今、フィーネ自身へと突きつけられている。

 

「何とも、因果なものだ。

 あれほど骨を折って排した“その力”が、担い手を変えて私の目の前に立つとは。

 世界は、随分と趣味が悪いらしい」

 

 呟きは冷ややかで、嘲笑にも似た余裕を含んでいた。

 フィーネはゆっくりと、自らの魔術回路へと意識の糸を送り込む。掌に触れたのは──ソロモンの杖。その細部に宿る符号、王の名が刻まれた微小な回路列が、静かに応える。

 

 心配はいらない。かつては確かに、この力に屈した日があった。

 だが今は違う。

 掌にあるのは、最強たる王の力の一端。過去に分断され、封じられた歯車を、今や自分が回す。

 

 そんな自負が、フィーネの背筋を冷たく満たす。

 現代の小娘ごときに、この手の内が敗れる道理などない。

 

「良いだろう。やることは変わらぬ。

 ここで貴様も、その他すべても──塵へと還すだけだ」

 

 指先がピシャリと鳴る。音は小さいが空間を震わせる合図となった。

 足元の空気が引き裂かれ、黄金の門が一つ、二つ――やがて十二の輪郭が天底に縦列を成す。光る縁が空気を切り、門の向こう側で何かが蠢くのが見える。

 

「やってみな。そんなこと、させやしないけどな」

 

 クリスはただ、そう呟いた。

 まるで、これ以上最適な選択肢など存在しないと悟り、二度と迷うことを許さないかのように。

 

「雪音クリス!!!」

 

「フィーネェぇぇぇええええ!!!」

 

 互いに名を叫び──

 

 少女はゆっくりと、その手を前へ突き出した。

 

I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)!」

 

 門口から、形状も性質も異なる数え切れぬ「弾丸(ノイズ)」が吐き出される。

 あるものは鋭く丸い核を持ち、あるものは鱗のような断面で裂ける。色、振動、波長、魔力の脈動――それぞれが微妙に狂った個性を帯びている。

 

 だが、クリスの表情は微動だにしない。

 視界に映るノイズ群は瞬時に矩形化され、分解され、記号に置き換えられる。

 魔術回路の一部が微かに唸りを上げ、その解析結果は肉体の反応として還元され──それはコンマ数秒すら要しない。

 

 時間そのものが、彼女の掌の内にあるかのようだった。

 

 得られた分析を基に、対抗する“剣”が練り上げられる。

 魔術の線が空間に刻まれ、物質化の律動が十二箇所で同調する。

 瞬時に精製された刃は、素材の粒子配列に至るまで精密に再現された十二の贋作。

 投影と創造が溶け合ったような武器群が、クリスの周囲に立ち並ぶ。

 

 ──瞬きの間に、贋作たちは疾風となってノイズへ突撃した。

 

 衝突した瞬間、空気が裂け、光と静電が迸る。

 刃とノイズの接触点から無数の火花が生まれ、魔力の波紋が幾重にも重なり合う。

 刃はノイズの外殻を削り、核を破砕し、次々と性質の異なる攻撃を中和していく。

 

「──ッ!」

 

 フィーネの顔がついに崩れた。

 傲慢も余裕も剥がれ落ち、露わになったのは──“理解の外側”に踏み込まれた者の驚愕。

 

 だが、雪音クリスがそこに感情を向けることはない。

 ただ、己のすべきことを遂行するだけ。

 

Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で 心は硝子)

 

 ノイズの掃射に投影宝具を重ねて捌き、複製の追いつかないものは双剣で弾く。

 それでも一筋の攻撃が頬をかすめ、白い肌が炭色に焦げる。

 

 だが少女は、炭化した箇所を一瞬で切り捨ててなお、フィーネを睨み据えていた。

 

I have sung over a thousands songs(幾たびの戦場を越えて 不敗)。」

 

 剣を投影し、幾十もの贋作の中へ紛れ込ませ、そのままフィーネへと放つ。

 

 高速では無い。そも、射出の絶対値だけで言うなら、王の宝物蔵の方が僅かに上だ。

 門から出現し、加速し、限界速度へ至る一連の工程は、まさしく“神速”と呼ぶにふさわしい。

 

 ただの一介の少女が扱う魔術とでは、その差が生じるのも当然である。

 

 魔力が弾け、ノイズと贋作が再び激突する。

 その衝突点は先程より僅かにクリス側へ寄っていた。

 

「フ……」

 

 フィーネが第二のノイズ群を射出しようとした、その刹那──

 

 魔力の奔流の隙間で、紅い閃光がひらめいた。

 それは先ほど放たれた剣。

 破砕された残光の中で軌道を翻し、再びフィーネへ向かってきていた。

 

「なに!?」

 

 フィーネの顔に驚愕が走る。

 弾き飛ばした筈の剣が、目前から迫っているのだから当然だ。

 

「ぐっ……!」

 

 振り返りざま、赤き魔弾を迎撃する。

 鋼と鋼が激しく噛み合い、火花が散る。

 今度こそ完全に破壊し、二度と軌道を描かせない。

 

 本来、矢は放たれた瞬間に軌道が確定し、それを変えることは不可能。

 どのような手段であれ、それは覆せない原則だ。

 

 ──しかし、例外は存在する。

 

 例えば、放たれた矢そのものが聖遺物である場合。

 狙った獲物を追い続ける“必中”の逸話を持つなら、その矢は獲物の喉を狩る猟犬となる。

 

 故に、その真名は──赤原猟犬(フルンディング)

 

 その間にも、クリスの詠唱は途切れない。

 

Without a single intention(たった一つの答えは見つからず)。」

 

 フィーネは咄嗟に思考を切り替え、巨大な門を二つ展開すると、そこから超巨大なノイズを射出した。

 

 射出合戦に応じていては相手の思う壺だ。ならばこちらは、圧倒的な“質量”で潰すのみ。

 

Every singlestep(歩みは悉く、)I take all to none.(間違いと消えた)

 

 クリスは一瞬だけ顔を歪める。

 正直に言えば、最も厄介な手を出されたと感じたのだ。

 

 だが躊躇はない。彼女はただ、挑み続ける。

 

 巨大なノイズの背後を取るように、大きな弧を描いて疾走する。

 その間にもノイズの射出は続いているが、同時にそれらを叩き落としつつ思考を巡らせる。

 

 山のような巨大ノイズを、どう叩き落とすか。

 

「──ッ!!」

 

 投影、開始。

 

 投影されたのは二振りの剣。まず一つは、緑玉散りばめられた宝剣。ペルシア叙事詩に記された守護の剣、 翠玉宝剣・魔護断つ王威(シャムシール・ゾムロドネガル)

 かつてソロモン王が悪魔「フーラード・ゼレ」と戦った際、あらゆる武器や通常攻撃が無効化される中、この剣のみが魔力・魔法の防御を破ることができたという。

 

 ゆえに、この宝具の特性は──あらゆる防御特性の完全無視。

 

 パチリと稲妻が一つ。

 

 宝具は、別次元に存在していたノイズをこちら側へ引き出した。

 

 そしてもう一振り。──()()()()()()()

 

 厳密には言葉通りの山ではない。だが見間違えるほど巨大な、それ自体が“山”と称せられる大剣だ。

 メソポタミア神話に伝わる、戦の神ザババが用いた剣の一つ。斬山剣とも呼ばれるその刃は、人が振るうに足る代物ではない──神が振るうために作られた、超級の神造兵装である。

 

 物理的に山をも断つ規格外の刃は、刃面に地平線の概念を持ち、「天と地は分かたれているもの」という理を強制することによって、いかなる山でも一閃で切り裂く聖遺物。

 無論、神造兵装を少女が投影できる道理は無く。

 ここでの投影は、その外殻の“質量”のみを求めたものに過ぎない。

 

 地鳴りとともに地面が陥没し、巨大なノイズは一瞬で押し潰された。

 

A girl sings a lonely hymn upon a quiet hill..(少女はただ一人、孤独の丘で歌を詠う)

 

 視線を前へ戻すと、そこには先ほどの数倍──数十もの門が開いていた。

 

so there are nothing futile(故に、彼女は振り返ることはなく)

 

 荒れ狂う質量の奔流。死を撒き散らす波が迫る中、クリスは右手を大きく突き出す。

 

「”熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”!」

 

 七枚の花弁が展開され、迫り来るノイズの巨大群と激突した。

 

「──ッ!!」

 

 質量が重すぎる。このままでは押し負ける。

 だが、後退するという選択肢はない。一歩でも退けば、この死の波が背後の学校と避難民を飲み込む。

 

「何故守る! 背後にいるソイツ等に、お前が守るほどの価値があるのか!?」

 

 フィーネの絶叫が、どこか遠い音に聞こえる。

 わずかに意識が飛んでいたのだと気づく。最初の一撃で、無茶をしすぎたか。

 

 思考を繋ぎ止めた瞬間、周囲から無数の鞭刃が殺到する。

 

 ギリギリで身を捩り、致命打を避けながら詠唱を続ける。

 

My entrusted to me are(受け継がれしその身体は)

 

 もう止まれない。

 

 クリスは中空へ右手を翳す。酷使し、先ほどのノイズとアイアスの衝突で裂け、血を吹き始めている腕を、意志の力で強引に動かす。

 

 大元となった“彼”がそうであったように、この切り札の行使には莫大な魔力が要る。

 彼が異なる世界で別のバックアップに依存したように、クリスは周囲に満ちるフォニックスゲインを代替の魔力として掴み上げる。

 

 条件はすべて揃った。

 

 膨大な魔力が解き放たれる。炎の奔流のような輝きが、クリスを中心に炸裂し──。

 

unlimited blade works(無限の剣でできていた)

 

 

 

 *

 

 気がつくと、そこは別の場所だった。

 

 霧に満ち、白一色の世界。

 どこまで歩いても景色は変わらず、視界のすべてが白いキャンバスのように塗りつぶされている。

 

「これは……」

 

 フィーネの表情が驚愕に引き攣る。

 彼女ほどの知識をもってしても、この光景は()()()()()と断じるほかない。

 

「魔術の極致……外界と己の心象風景を入れ替える、固有結界」

 

 霧の向こうから、ゆっくりと足音が近づいてくる。

 

 ──霧が、静かに、確実に晴れていく。

 

「此処は、見る人間によって姿が違って見えるらしい。

 どうだ? 過去の遺物。神代の巫女。」

 

 少女――雪音クリスが一歩踏みしめるたび、周囲の白が払われ、姿を現すのは抜けるような青空と、遥か彼方まで続く草の原。

 

「美しいと思うか? 醜いと思うか?」

 

 雲ひとつない蒼穹。風に揺れる緑の絨毯。

 どれも澄み切った色彩で満ちている。

 

 だが、その草原のあちこちに、無数の剣が突き立っていた。

 美景を穿つように、冷たい輝きだけが点々と散らばっている。

 その美しさを汚すように、その穏やかさを脅かすかのように。

 

()()()()()()()()()()()

 

 淡々と告げると、クリスは足元に突き立っていた一本の剣を抜き上げた。

 刃が風を受け、わずかに鳴る。

 

「あたしは、美しかろうが醜かろうが、やることは変わらない。

 この意思が続く限り──立ち止まらず、ただ突き進むだけだ!」

 

「ほざけ! この程度の固有結界で、貴様に何が出来る?

 むしろ、貴様は、自ら孤立無援の孤島へ身を晒した愚か者だ!」

 

 フィーネが不快そうに顔を歪め、右手を掲げる。

 その動きに呼応するように周囲の空間が歪み、門が開き、ノイズが湧き出した──が、

 

 それが射出されるより僅かに早く、飛来した刃がノイズを叩き返した。

 

「──ッ!?」

 

「驚くことはない。

 ここは、世界そのものが剣で埋まった世界だ。

 どれほどお前の“それ”が速かろうと──もう、あたしは次の剣を用意してる。

 そうなれば、あたしはお前より一歩先を行ける。ただそれだけだ。」

 

 雪音クリスが一歩、前へと踏み出す。

 

 フィーネが一歩、後へと退がる。

 

「始めようぜ。

 この孤立無援の孤島で──

 お前とあたし、どっちが先に壊れるかを決める“決戦”を」

 

 *

 

「──ハ、ア──────、ハア──」

 

 呼吸が乱れる。

 だが、間違いなく倒れた時よりも身体は楽になっている──と思う。

 

「立花、無事か?」

 

「───翼さん!!」

 

 呼吸が乱れながらも、フラフラとした足取りで彼女の方向に向けて歩いてきたのは翼だった。

 

「翼さん、クリスちゃんが、いつの間にか消えてて……」

「……そのことならば、雪音から話は聞いている。」

「ーーえ?」

 

「信じて待っていてくれ。死んだわけでもなく、帰って来れないわけではない。

 必ず私たちの力が必要になるから……と」

 

 翼の低い声には、静かに燃える刃のような確信が宿っていた。

 その横顔を見つめながら、響は胸の奥がきゅっと熱くなる。

 

「……クリスちゃん、自分でそう言ってたんですか?」

 

「“まだ終わらせないで”とも」

 

 翼は短く息を吐いた。

 その羽根先が微かに震え、彼女自身も動揺を隠しきれていないのがわかる。

 でも──それでも真っすぐに立っていた。

 

 どれだけ傷だらけでも、彼女は折れない。

 その姿が、今の響には眩しくて仕方ない。

 

「……じゃあ、待ちましょう。

 クリスちゃんが、そう言ってたのなら」

 

 そう言って一歩踏み出そうとした響は、ふらりと足元をよろけた。

 すかさず翼が支える。

 

「無理はするな。お前の呼吸はまだ乱れている」

 

「大丈夫です、平気。ほら……ちょっとだけ痛いけど、へーき……」

 

 強がる声は裏返り、響は自分でも笑ってしまいそうになった。

 

「そう言えば、“これ”何なんですかね?」

 

 そう言って彼女は自身のギアを指差す。

 彼女達のシンフォギアは神々しく輝き、羽のようなモノが生えている。

 

「雪音からは、私たちの身体が適合するよりも早い成長だと言っていた。」

「……それって、つまりどういうことなんですかね?」

 

「……分からない。」

 

 翼は短く首を振った。

 だが、その声には曖昧さはなかった。

 むしろ“知らないからこそ信じている”とでも言うように、真っ直ぐだった。

 

 響は自分の胸元に触れる。

 ギアはまだ微かに熱を帯びていて、それが自分の体を無理やり引き上げているのだと分かる。

 

「……クリスちゃん、自分で……そう言ってたんですか?」

 

「ああ。

 “死なないし、帰れないわけじゃない。だから気にするな”と」

 

 翼は目を伏せる。

 そこにあるのは不安でも焦りでもなく――覚悟の深さだった。

 

「……雪音らしいだろう。

 言いたいことを全部飲み込んで、一言だけ残していく」

 

「……うん。らしい、です」

 

 響は目を細めて、薄く笑った。

 胸がきゅっとする。でも涙は出ない。

 

 ――だって、あの子が“信じろ”って言ったのだ。

 

「翼さん……その……助けに行った方が――」

 

「行かない」

 

 翼は迷いなくそう言った。

 間髪もなく。呼吸のように当然のように。

 

「雪音は“待て”と言った。

 なら、私たちは従うべきだ。

 あいつは助けを求めるとき、必ず言葉にする」

 

 その声音は断言であり、信頼であり、願いでもあった。

 

「……だから、信じて待つんだ。

 それが今、私たちにできる“戦い”だからな」

 

 響はその言葉が胸の奥にまっすぐ落ちていくのを感じた。

 

 焦る気持ちが完全に消えたわけじゃない。

 怖くないわけでも、心配じゃないわけでもない。

 

 それでも――

 

「……はい。待ちます。

 クリスちゃんが、自分で帰ってくるって言ったなら」

 

 そう言って、響は深く息を吸い込んだ。

 乱れた呼吸がまだ治りきっていなくても、その声はしっかりしていた。

 

 翼は小さく頷く。

 

「……あぁ。

 信じるというのは、剣を振るうことより難しいときもあるが――

 それでも、雪音は必ず戻ってくる。そう言える程度には……」

 

 翼の目が細められる。

 

「……あいつはしぶとい」

 

 その言葉に、響は思わず笑ってしまった。

 

 ふたりの間に、少しだけ風が通る。

 

 沈黙――けれど、決して不安ではない。

 むしろ静かに燃えるような、緊張の前の静けさ。

 

 クリスが“向こう”で戦っていることを、

 ふたりは確かに感じていた。

 

 信じるための静寂。

 

 それだけが、今この場を満たしていた。

 

 *

 

 剣とノイズが、更に密度と量を増してぶつかり合う。

 最早、小細工すら許されない。

 この場所では、巨大なノイズだろうと、小型のものだろうと、分散しようと分身しようと――

 

 すべて、詠まれた瞬間に後の先で撃ち抜かれ、砕かれていく。

 

 剣が舞う。

 刃が衝突し、槍が圧壊し、斧が粉砕し、鉾が崩壊する。

 鋼だけが聳える剣の丘で、轟音と火花の大合奏が暴れ狂い、破壊に次ぐ破壊が撒き散らされる。

 

 その地獄の只中を、少女は疾走する。

 

「フィーネェェェェエエエエ!!」

 

 叫びと共に、大剣を振りかぶり、そのままフィーネに叩きつける。

 

 迎え撃つように、フィーネも鞭刃を展開させた。

 銀線のような軌跡が走り、剣と鞭が正面から激突する。

 

 金属音ではなく、雷鳴にも似た破裂音。

 衝突の余波だけで足元の剣が数本まとめて弾け飛ぶ。

 

 互いの足が一歩も退かない中――

 刹那、ふたりの視線が交錯した。

 

「随分と調子に乗るな、正義の味方のつもりか?

 此処まで状況が悪化したのは、貴様のくだらない八つ当たりも原因の一つだろう」

「かもな。だが、そのことについて罰を受けるのは、お前を倒してからだ!!」

 

 クリスが大剣を鞭に絡めるようにして叩きつけると、そのまま大剣から手を離す。

 

「ーーぐっ」

 

 この場所は、剣を失ったとしても、そこかしこに剣が存在している。

 側に突き刺さっていた剣を引き抜くと、勢いよくフィーネを切り付けた。

 

「ーーッ!」

 

 弾け飛んだ。

 フィーネに刃は当たったが、それが決定打になることはなく、フィーネはそのまま殴られたように弾き飛ばされた。

 

「こいッ!!」

 

 ぐっと背後に手を出すと、大地に置かれていた巨大な弓が、勢いよく飛来する。

 

 それは、どこか、イチイバルの大弓に似ていた。

 

「──投影(トレース)開始(オン)

 

 その声と同時に、世界の密度が変わった。

 脳内に叩き込まれていたのは、いつ学んだとも知れぬ無数の刃の情報。

 金属の結晶構造、時代の変遷、伝承の傷跡、鍛冶師の息遣い──

 過去の武器体系が、あたかも自ら歩んだ歴史であるかのように脈動し始める。

 

 選ぶ。

 ただ最適だけを。

 ノイズはどうでもいい。ここで穿つべきは、ただ一人。

 

「──I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

 呟いた瞬間、世界の色が変わった。

 詠唱の言葉が空気を震わせ、空間の構造そのものに亀裂を刻む。

 

 クリスの腕には、巨大な弓が顕現する。

 しなり、重み、素材の癖──どれもが異質でありながら、まるで長年使い込んだ武器のように手へ馴染む。

 

 矢として番えるのは、剣。

 いや、“魔力を喰う螺旋”そのもの。

 

 捻れ、歪み、禍々しく収束するその形状は、

 矢であり、剣であり、宝具としての理そのもの。

 

 その刃は淡く脈打つたび、周囲の魔力を削り取り、牙となって研ぎ澄まされていく。

 

 かつて山を砕き、丘を三つ断ち割ったと伝えられた力。

 神話が誤記したのでも、誇張したのでもない。

 宝具本来の姿は“対人”などではなく、敵ごと大地すら穿つ“対地上破壊”の暴威。

 

 姿は捩れても、歪んでも──

 その本質は何一つ損なわれない。

 

 クリスの口元がわずかに歪む。

 名を告げる準備が整った証。

 

「───さあ、飛べ!」

 

 空気が悲鳴を上げる。

 弦が引き絞られ、魔力が一点へ圧縮され──

 

「“偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”――ッ!!!」

 

 放たれた瞬間、空気が逆流し、景色がねじれる。

 

 螺旋の破壊光が一直線に走り、空間そのものを割く音を立てながらフィーネへ迫る。

 

「チイッ──ッ!! !」

 

 フィーネは反射だけで指を弾いた。

 黄金の門が瞬時に展開され、亀裂のように世界へ咲いたその向こう側からノイズを引きずり出す。

 

 存在固定。

 本来なら別位相に漂うはずの生命を、世界へ強制的に縫い付け、質量と強度を与えて“盾”として使う暴挙。

 

 だが──

 

 螺旋光はノイズごと世界をえぐり飛ばし、衝突の爆風が地面を抉り、視界一帯を砂煙の白へと覆い尽くした。

 

 砂塵が濃霧のように漂う。

 地表が真っ白に沈み、境界線が消え、上も下も曖昧になる。

 

 視認不能。

 気配追跡困難。

 数秒の間、フィーネの瞳ですら判断を失う。

 

「───どこからッ!!」

 

 叫んだ瞬間だった。

 

 喉元へ、白い“線”が走った。

 

 ほんの刹那、フィーネの視界に映ったのは──影でも光でもない。

 ただ、静かに迫る“白”の軌跡。

 白い剣、その純白の輪郭が砂煙の中で幽霊のように揺らめき、寸分の揺れもなく喉へ吸い寄せられている。

 

 白い陰剣──「莫耶」。

 

 本来ならば黒鋼の相方と対になる一振り。

 それがまったくの気配を殺したまま、クリスの手によって投影され、砂煙を縫い裂きながらフィーネへ迫っていた。

 

 気配も呼吸も魔力波もない。

 完全に“影”としての剣術。

 彼女は、煙の幕を逆に利用したのだ。

 

 驚愕がフィーネの瞳に走る。

 

 まるで暗殺者の一撃のように──

 

 莫耶は音すら残さず、喉元へ触れんとしていた。

 

「──ネフシュタン!」

 

 フィーネの魔術回路が瞬時に赤熱し、内部に格納していた“鎧”が一拍で体表へ展開する。

 血肉の上に金属が走り、膜のようにまとわりつき、瞬時に形状を成した。

 

 ガキィンッ!と音が鳴り響き、硬質の火花が走り、クリスの莫耶は弾かれた。

 刃は跳ね上がり、白い光跡だけを残して煙の彼方へ飛んでいく。

 

 その一瞬の隙を、フィーネが逃すはずもなかった。

 

 指先から魔力の流れを反転させ、鞭刃を抽出。

 金属質のしなりを帯びたそれは雷のような速度でクリスへ襲いかかる。

 

「………。」

 

「──なにっ!?」

 

 だが、その攻撃すら意味を成さなかった。

 

 クリスは新たな剣を呼び出すでもなく、ただ片手で──

 あの莫耶を弾かれた“空いた方の手”で、その鞭刃を掴んだ。

 

 

 

 常人なら一瞬で手が千切れる圧。

 鎧を着た兵士ですら持て余す反作用。

 

 だがクリスは、微動だにしない。

 握り込む指の角度ひとつまで、まるで「そうすべき」と最初から知っていたかのようだ。

 

 不味い。

 

 本能ではない。直観ですらない。

 フィーネの脳髄が警鐘を鳴らした──この少女は、どこか別の“情報帯”に触れている。

 

 彼女は先ほどから、叫ばず、焦らず、怒らず。

 ただ静かに、何かを参照しては行動している。

 

 まるで、

 

 「此処ではないどこかにある“正解”から必要な動作だけを持ち帰っている」

 

 そんな不気味さを帯びていた。

 

「該当、アリ」

 

 淡々と。

 クリスが、答え合わせのように呟く。

 

 何かを起こす前触れだ。

 

 逃げたい。だが無理。

 鞭刃の基部はクリスに掴まれ、動けば自分の身体ごと捻られる。

 

 ──受けるしかない。

 

「投影、開始」

 

 クリスの反対側の腕。

 煙と光の向こう、その拳に“何か”が握られる。

 

 フィーネも即座にネフシュタンを強制展開。

 鎧を厚くして衝撃を軽減しつつ、同時に受けてからの再生──そして即斬殺までの工程を瞬時に組み立てる。

 

 勝負は一瞬。

 この刹那に、すべてを叩き込む。

 

「真名、解放。」

 

 空気が刃の形を思い出したように、クリスの腕に“それ”が顕現した。

 

 細長い湾曲。

 鉤爪にも似た弧。

 肉体と魂の“線”を断ち切るためだけに作られた、断罪の形。

 

 その姿を見た瞬間、フィーネの表情が微かに強張った。

 

 紡がれた真名は──

 

「──屈折延命(ハルペー)

 

 神話において、命の線を曲げ、断ち、運命を捻じ切った“刈り取りの宝具”。

 

 クリスの手にあるそれは、紛れもなく“死”をもたらす鎌だった。 

 

「──がっ!」

 

 鮮血が弾け、フィーネの腕が宙を舞った。

 視界の端で、自分の肘から先が遅れて回転しながら落下していく。

 

 今の二連撃──

 “螺旋の破壊矢”と“命を刈る宝具”の連続。

 完全にしてやられた。

 フィーネほどの再生能力を持つ者が、反応すら遅れたのだから。

 

 だが、まだ勝負は終わらない。

 

 少女の攻撃は、一瞬止まる。

 無理矢理押し込んで接近し、強引に叩き込んだ一撃。

 当然、その反動が少女側にも生まれる。

 

 ならば──

 

 その僅かな隙を突けばいい。

 

 フィーネはネフシュタンの魔術回路を最大起動し、失われた腕の再生を促す。

 

 ……だが。

 

「なにっ!?」

 

 治らない。

 骨の欠片すら生えない。

 再生阻害? いや──もっと根本的な“何か”が阻んでいる。

 

 ネフシュタンの鎧は正常。

 魔力の流れも、回路の発火も問題なし。

 

 にもかかわらず──

 回復が発動しない。

 

 あり得ない。

 だが、理由はひとつ。

 

 ――回復阻害。

 不死殺し、もしくはそれに類する“命の線そのものを断つ逸話”を持つ宝具。

 

 ハルペー。

 あの鉤爪の刃が、まさにそれなのか。

 

「クッ……!」

 

 理解が追いつくより早く──

 

「ウオォォォオラアァァァアア!!」

 

 クリスが吠えた。

 少女という枠を捨てた、ただ“目の前の敵を殺す意思”だけを凝縮した声。

 その勢いのまま、拳がフィーネへ叩き込まれた。

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