雪音クリスは衛宮士郎に拾われる   作:バースデー

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多分次回あたりでエピローグです。


last concert

 拳が、フィーネを叩き飛ばす。

 

「あぐっ……!」

 

 刃による攻撃を想定していたがゆえに、全くの予想外から飛んだその一撃は、フィーネの意識を激しく揺らした。

 

 終わるな。終わるな。終わるな。

 

 こんな程度で終わってなるものか。

 自分は過去、何度も何度も殺されてきた。

 

 時代に名を刻む英霊。

 決して存在を許されぬ怪物。

 名も知れぬ星からやってきた侵略者。

 

 その一体一体が、どうしようもなく強大であり、今、目の前の小娘よりも遥かに脅威であったはずだ。

 

 なのに、なのに。

 どうして――どうしてこの小娘に、これほどまで圧倒されている?

 恐怖している?

 その理由だけが、どうしても理解できない。

 

「ウオォォォオオオオオアアアアアッ!!!」

 

 その絶叫が空間を震わせた瞬間、フィーネの背後が影のように黒く染まる。

 跳躍したクリスの影だと察すると同時、彼女は反射的に後方へ飛び退き、薔薇の鞭を閃かせる。

 

 クリスの視線は、先ほどまで地面に縫い付けられていた。

 ならば普通、回避など出来るはずがない。

 

解析、開始(トレース・オン)

 

 だがクリスには、肉体の双眸とは別の“第三の視界”がある。

 解析によって世界の構造を瞬時に読み切る、もうひとつの目だ。

 

 その視界が開いた瞬間――

 

 地面から湧き上がった無数の刀剣が、暴風のように吹き上がり、迫る薔薇の鞭を片端から叩き落としていった。

 

「ーー何処までも、小癪な小娘め!!」

 

 最早、今手元にある“カード”では、この防御を掻い潜ることはできない。

 

 ノイズは当然のように撃ち落とされ、

 ネフシュタンも本質は回復の鎧――攻撃に転じれば心許ない。

 

 ならばどうする?

 

「──王の蔵よ」

 

 だからこそ、フィーネは新たな一手を切る。

 空間と宝物庫を繋ぎ、無数の宝具を自在に取り出すために用いられた、

 魔法の域に迫る奇跡の結晶。

 

 その宝具を、この瞬間――自ら破棄した。

 

「なに──」

 

 クリスがわずかに目を見開く。

 相手の行動を逃すまいと距離を取り、次の一手を潰すべく構える。

 だが、フィーネはその反応を見て、静かに口端を吊り上げた。

 

「貴様なら、そうすると思っていた。

 雪音クリス……確かに、それは“正解”だ!」

 

 フィーネが蔵の中に腕を差し入れ――

 そこから一本の剣を引きずり出した。

 

 黄金に輝く、あの聖剣。

 

 デュランダル。

 

「──ッ!」

 

 クリスの表情に、明確な焦りが走る。

 一瞬で悟ったのだ。

 自分が“何を間違えたのか”を。

 

 今、フィーネは デュランダルの永久エネルギー炉 を強引に逆利用し、

 その膨大な魔力をソロモンの杖へ上乗せすることで、

 本来なら王しか扱えぬはずの“王の蔵”へ接続している。

 

 だが――

 その手数がことごとく潰されたのなら、戦略を変えるのみ。

 

 王の蔵の“宝具”ではなく。

 王の蔵が保有するエネルギー総量そのもの を使う。

 

 その方法は、クリスの後の先を撃つ妨害すら、真正面から撃ち勝つほどの出力を誇る。

 

 その瞬間。

 

 警鐘。

 警鐘。

 警鐘。

 

 身体の本能が叫ぶ。

 蓄積してきた知識が悲鳴を上げる。

 脳内のあらゆる“生存”が赤く点滅する。

 

 ──この出力は危険。

 ──ネフシュタンをもってしても耐え切れる保証はゼロ。

 ──使用してはならない。

 ──これは“踏み越えてはならない領域”だ。

 

 

 

 

「知るか!! 限界を──こえろッ!!」

 

 

 その警告を、フィーネは――力ずくで踏み潰した。

 

 

 巻き起こる負荷?

 一歩誤れば即死?

 

 

 ――なにを今さら。

 

 数千年にわたる執念と恋慕に比べれば、そんなものは欠伸ほどの価値もない。

 恐れる理由が一つも存在しない。

 

 

 デュランダルと王の蔵が唸りを上げ、白い世界に魔力が奔る。

 フィーネは現存する限りのエネルギーを引きずり出し、無理矢理に制御系を解き放つ。

 

 一方で、クリスは――

 

 

 全身の魔力回路を焼きつぶしながら、今ある全ての魔力を刀剣へと変換する。

 投影の詠唱も精度の計算も、もはや贅沢だ。

 必要なのは“質”ではなく、“生き残るための一手”。

 

「……凍結、解除」

 

 

 

 考える得る司令(コマンド)などもう存在しない。

 

 

 ――ただ、生き延びる。

 ――ただ、一秒先の生存を勝ち取る。

 

 

 今は、それだけだ。

 

「さあ──輝きを見ろ。

 消えてなくなれ。これこそ折れることなき、消えることなき 永遠の絶世剣(デュランダル)

 

全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)……!

 全投影、一斉射出!!」

 

 その瞬間、歴史に名を刻んだ無数の宝具と、

 ただ一本で全てを凌駕しうる絶対の聖遺物が放つエネルギーは、最高潮へと跳ね上がり──

 

 

 ──ありとあらゆる砲火が、一斉に炸裂した。

 

「────────」

 

 

 世界が、割れる。

 

 

『デュランダル』の無限出力と、『無限の剣製』から撃ち出される数限りない贋作。

 

 

 その二つが正面衝突した瞬間、世界はただの“舞台”であることを強要される。

 

 一方に在るのは、人類史という名の連綿たる軌跡──その模造品。

 あらゆる概念が入り乱れ、ぶつかり、溶け、砕け、裂け、破れ、また生まれ、朽ちていく。

 

 

 その“無限”が、究極の“一”に蹂躙されていく。

 

 

 炎の魔剣は圧倒的な光量に呑まれ燃え尽き、

 水の聖剣は蒸発の暇すらなく消える。

 

 

 光も闇も、特性も系統も、存在理由すら関係なく、ただまとめて呑み込まれ──

 

 

 

 世界そのものが悲鳴を上げた。

 

「おおおおおおおお──ッ!」

 

 喉が裂けるほどの声が迸る。

 このままでは──一秒も保たない。

 死ぬ。

 その確信が、皮膚の内側から噴き出すように全身を満たす。

 

 間に合うのか。

 足りるのか。

 そんな問いすら、光の奔流に押し潰されそうになる。

 

投影(トレース)、完了《オフ》──

 “熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”!」

 

 咆哮と共に、クリスは盾を投影した。

 薄紫の七枚──否、形を成すより早く四枚へと収束した花弁が展開し、“全ての長距離攻撃を防ぐ”という概念そのものを前へ突き立てる。

 

 だが──

 

 花弁は、一瞬で焼き切れた。

 

(──いや、それでも“時間”は稼げた。)

 

 さきほどまでは、生き残るために質も選別も捨て、ただ無差別に剣を放つしかなかった。

 だが今は違う。

 

 今、花弁が焼き切れるまでの余りにも小さな一刹那。 その極小の時間で、クリスは投影に必要な情報をすでに解析し終えていた。

 

 どこから?

 無論、目の前で暴れ狂う“脅威そのもの”からだ。

 

「──I am the bone of my sword.(我が 骨子は 捻れ狂う)

 

 投影、開始。

 

 本来なら、この無数の剣の丘から唯一“対抗できる刃”を探すのは至難。

 だが──そんな悠長なことをしている暇などない。

 

 ならば、選ばない。

 探さない。

 

“脅威そのもの”を、そのまま投影する──!!

 

「さあ──輝きを見ろ。

 消えてなくなれ。これこそ折れることなき、消えることなき──!!」

 

 投影された宝具は、真作には及ばない。

 だが今この瞬間、相手の出力は“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”との衝突で確かに削がれている。

 

 ならば、贋作であろうとも勝ちの目は存在する。

 

永遠の絶世剣・影(デュランダル)!!」

 

 少女の咆哮が、夜空そのものを震わせた。

 贋作という形で結晶化した魔力の奔流が、真作デュランダルの噴き上げる灼熱の奔流と真正面から激突する。

 

 紅蓮と白炎、双方の光が世界を灼き、影を消し飛ばし、地平の輪郭さえ塗り潰す。

 高エネルギー同士が衝突するたび、空間が歪み、地面が軋み、草原に突き立つ剣の一本一本が悲鳴のような共鳴を上げる。

 

 そして──

 

 ベキリ、と世界の縁がひび割れる音が鳴った。

 固有結界そのものが、二つの“絶対”の圧力に耐え切れず崩壊を始めている。

 

「限界を超えろ……! “壊れた幻想(デストロイ)”!!」

 

 クリスの腹の底から絞り出すような声と共に、贋作の刃が震えた。

 ぴし、と細い罅の走る音。

 それは、偽りの聖遺物が内部から悲鳴を上げた証。

 

 次の瞬間、罅は一気に広がり、砕け散る寸前の宝具から、なおも魔力が暴風のように噴き上がる。

 

 悲鳴のように唸りながら、偽りの“デュランダル”が最後の意地を見せた。

 砕ける直前の刀身から、真作の火炎をも上回るほどの光刃が放射状に迸り、爆ぜるように広がっていく。

 

 宝具自身を使い潰すことで、そこに蓄蔵されていた全ての魔力を注ぎ込む──

 自爆を前提とした、文字通り“剣の寿命を削る”禁断の秘奥。

 

 偽りであろうとも、聖遺物は聖遺物だ。

 本来であれば、使い手の肉体も精神も焼き切ってしまう禁術。

 だが、今のクリスはそんなことを気にしている余裕など一欠片も無い。

 

 叫びと共に解き放たれたその一撃は、目前で荒れ狂っていた神の火焔を一気に捲り返し──

 正面から押し返し、ねじ伏せた。

 

 圧倒的だったはずの光が、贋作の暴発によって弾き飛ばされる。

 奔流は進行方向を逸らされ、空気を灼きながら遠方へと吹き飛んでいく。

 

 そして、役目を果たした偽の聖剣は、次の瞬間──

 木っ端微塵に四散した。

 

 *

 

 ベキリ。

 

 再び、嫌な音が世界を貫く。

 見れば、固有結界のあちこちから、朝の光が差し込むように亀裂が走っていた。

 

 ひび割れの隙間から漏れるのは、紛れもなく外の世界の光。

 そろそろ夜が明ける時間だ。

 

 ……日が完全に登る頃には、決着はついているだろうか。

 

 そんな考えが胸を過る。

 だが、次の瞬間には、剣を握る手に再び力が込められる。

 

 

 終わらせるのは、これからだ。

 

「随分と余裕だな。

 あそこまでのことをして、()()()()()だ。

 もしやと思うが、そのことが理解出来ていないのか?」

 

「クソッ!!」

 

 フィーネが再びエネルギーを溜め始めている。

 それ自体はおかしくない。問題は──その速度だ。

 

 明らかに早い。

 さっきまでの比ではない。

 クリスが想定していた“次撃”の充填より、二倍、三倍どころではない。

 

 経験の差か。

 執念の差か。

 それとも、もっと別の何かか。

 

 クリスには判別できない。

 だが、迫る脅威だけは、痛いほど理解できた。

 

「どうした? 次は耐えられるか?」

「……!」

 

「無理だな。おまえは耐えられない。

 いや──おまえが耐えられたとて、この世界が先に崩壊する!!」

 

「舐めるな! だったらこっちが先に終わらせるだけだッ!!」

 

 吠えるように叫び返しながら、クリスは両手に魔力を集中させた。

 

 両腕が震える。

 魔力が逆流し、血管を軋ませながら奔流の形を取り始める。

 

 限界なんてとうに超えている。

 だが──だからこそ、止まる理由など無い。

 

 コンマ一秒の間に、掌の血管が数十本は千切れるほどの負荷。

 コンマ一秒の間に、その痛みを正確に認識できるほどの集中。

 

 クリスの右手が、ゆっくりと、しかし確実に掲げられる。

 

 その刹那。

 フィーネは、クリスの手に“瞬間ごとに全く異なる剣が握られている”光景を見た。

 ただの残像ではない。

 過負荷でぶれているわけでもない。

 ──“投影が追いつかないほどの速度で、次々と最適解を上書きし続けている”のだ。

 

「──停止解凍(フリーズ・アウト)全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)……!」

 

 名乗り上げるのは、白と黒の双剣を握りしめた、ただの少女。

 だが、その一振りが世界を震わせる。

 

 指揮者のように双剣を振り払う。

 その瞬間、緑の草原に突き刺さっていた無数の刃が、一本、また一本と軋みを上げながら自ら抜け出し、クリスの周囲へと吸い寄せられるように浮遊し始めた。

 

 風を裂き、空気を震わせる音。

 ただそこにあるだけで、世界そのものを削るような圧。

 

 ──だが、それだけでは終わらない。

 

 空間には何も存在していないはずなのに、そこから剣が“生まれた”。

 輪郭も前触れもなく、ただ“必然”として出現し、湧水のように列へと加わっていく。

 

 空間に剣が現れる。剣が現れる。剣が現れる。剣が現れる。剣が現れ、剣が、剣が、剣、剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣────。

 

 瞬きする間に、数十の剣が整然と宙へ並び立つ。

 神話の残滓。

 英雄譚の影。

 歴史に埋もれた無銘。

 炎、雨、力──この世界にあるあらゆる“刃”が、少女の背に従うように集い、揃う。

 

 その全てが、たった一声で牙を剥く。

 

 世界を砕く“戦車砲”と化し、次の瞬間──解き放たれた。

 

「ってえ! やっさいもっさい!!」

 

 叫びと同時、空間そのものが爆ぜるような圧力。

 百や千、万や億──いや、そんな矮小な数値では断じてない。過去も現在も未来も、並行世界を含め、人類が生み出し、携えてきた戦うための刃が一斉に唸りを上げる。奔流は限りなく膨れ上がり、全てを巻き込むようにしてフィーネへと収束していく。

 

「ノイズ共よ!!」

 

 奔流を前にして怯むことなく、フィーネはノイズを呼び出す。彼女の選択もまた、質より量を優先した生存戦略だ。

 

「──行け!!」

 

 クリスが率いる“人類の軍勢”と、フィーネが操る“呪いの群れ”。睨み合う二つの軍勢が、それぞれの究極を解き放つ。

 

──ありとあらゆる砲火が、一斉に炸裂した。

 

「────────」

 

 すべてが悲鳴を上げ、世界が軋む。

 

 『ソロモンの杖』により呼び出されたノイズと、『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』から放たれた贋作の奔流は、容赦なく世界を蹂躙する。あらゆる概念が交錯し、ぶつかり、融け、砕け、裂け、破れ、再生し、朽ちていく。

 

 撒き散らされた破壊が作り出す景色は、すべてを呑み込む「黒」だった。砕かれた贋作宝具から噴き出す諸相の魔力が、ノイズの撒き散らす呪詛と混ざり合って毒の霧となり、世界を覆っていく。

 

 何もかもがぶつかり、消えていく──終末の光景。

 

 そんな黒一色の只中で、クリスはただ前へ進んでいた。

 

 視界は黒に染まり、轟音と禍々しい閃光が肉を刺す。呪いの風が皮を引き裂き、砕けた剣片が皮下へと食い込み、魔力の残滓が焼きつくす。だが彼女は歩みを止めない。牙をむいた獣のように、血煙を振り払いながら、ただ前へと踏み込んでいく。

 

(これしきで止まるかよ……!)

 

 黒の奔流を蹴散らすように、彼女はなお進む。その一歩ごとに、奔流は僅かに押し戻される。刃を掴む指先は血でぬめり、呼吸は荒れ、心臓は今にも胸を突き破りそうに暴れている──それでも、彼女は歩みを止めない。

 

 きっと、今フィーネは自分を見ていない。

 この魔力の奔流の果て、そのさらに奥底を踏み越えて迫る“自分”を、見えていない。

 

 そう信じて、ただ前へと突き進んだ。

 

「──なっ!?」

 

 その驚愕に染まる表情を見た瞬間、胸の奥がほんの僅かに冷え、そして澄んだ。

 

 投影したのは、巨大な大剣。

 もはや自分がそれを引きずっているのか、あるいはその質量に引きずられているのか――そんな感覚すら曖昧なほどの一撃の“形”。

 

「余所見を、したなァァアアアアアアア!! フィーネ!!

 喰らっとけ──! 全工程投影完了(セット)ッ!!」

 

 一息の間に、九つの連撃が閃光のように走った。

 

 ──激突。

 

「”是、射殺す百頭(ナインライブズ・ブレイドワークス)”!!」

 

 上段からの切り下ろし。

 大上段から叩き割る唐竹割り。

 横薙ぎの一閃。

 足元からえぐり上げる斬撃。

 斜め上からの一撃。

 正面からの刺突。

 左右、上下、あらゆる方向から放たれた九つの斬撃が、ほぼ同時に一点へと集中する。

 

 それは、まさしく神速。

 意識が追いつくより前に、フィーネの身体は吹き飛ばされていた。

 

「……それが、どうしたッ!!」

 

 空中へ弾き飛ばされながらも、フィーネはクリスを真っ直ぐに見据えていた。

 その視線の先には──彼女自身が握る、無尽のエネルギー炉・デュランダル。

 

「既にエネルギーは満ちた!

 もう、お前(せかい)は耐えられない!!」

 

 デュランダルには、確かに凄まじい力が収束している。

 彼女の言葉は虚勢ではない。

 このままでは世界そのものが、次の一撃に耐えられない。

 

 ならば──!

 

「ーーーッ!!」

 

 クリスは右手を高く突き上げた。

 やけになったわけではない。

 その握られた手の中には、短剣が確かに存在している。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)ッ!!」

 

 あらゆる魔術を“初期化”する、最強の対魔術宝具。

 今の彼女が掲げるのは、過去の決別とも言えるそれだ。

 

 展開した瞬間からずっと寄り添っていた、あの気配も──

 そのすべてを、この一瞬で振り切った。

 

ーー良いのか?

 

 問いかけなど、とうに終わっている。

 

 無論だ。

 過去にしがみつく必要など、もうどこにも無い。

 自分は、前へ進むと決めたのだから──未来へ向かって。

 

 *

 

「ーークリスちゃん!!」

 

 強烈な反動とともに、世界がねじ切れたような感覚が走り、クリスの身体は元の世界へと叩き返された。

 足が大地を踏んだ瞬間、視界が揺れ、地面がぐらりと回転するような酩酊が脳を刺す。

 

 奇跡に奇跡を重ねて突破した反動――その代償なのだろう。

 だが、今の彼女にそんな理屈を整理している暇などない。

 

 ただ、耳に届いたその声が。

 沈みかけていた意識を、氷水に飛び込んだかのように一気に覚醒させた。

 

「ーー来るぞ! 構えろ!!」

 

 叫ぶと同時に、クリスは右手を鋭く掲げた。

 その先に渦巻くのは、いまだ勢いを増し続ける破滅的エネルギーの奔流。

 世界を焼き尽くすその光は、もはや止まる気配すらない。

 

「先に世界を壊したところで、何になる!!

 このエネルギーごとだ……貴様らも、その背後の“目撃者”どもも……灰すら残さず消し炭にしてくれるわ!!」

 

 フィーネが咆哮し、頭上へ掲げたデュランダルが太陽のように輝きを増す。

 その光に宿ったのは、怒りでも憎悪でもない。

 ただ、逆鱗に触れた者へ下される、冷酷無比の断罪。

 

「逆さ鱗に触れたのだ……

 覚悟は、とうに出来ておろうな……?」

 

「フィーネ……」

「行きましょう! 翼さん! クリスちゃ──」

 

「ーー待て!!」

 

 飛び出そうと身を沈めた二人を、クリスの声が鋭く制した。

 

「あたしがどうにかして、アイツの攻撃を()()だけでも止める。

 その刹那に……お前らは全力で、あいつの撃ち出す攻撃にぶつけろ。」

 

 迫る時間の刃に背中を押されながら、クリスは淡々と告げていく。

 だが、言葉は明らかに早口だった。

 間に合わず、フィーネのエネルギーが溜まり切れば――その瞬間に全てが終わる。

 だから絶対に、僅かな猶予すら無駄にできなかった。

 

 あと十秒は持つはず。

 いや──先ほどの一撃はソロモンの杖の余剰エネルギーを上乗せしていた。

 本来より溜まる速度は鈍っているはずだ……そう、計算していた。

 

「──そう、思っていたのか?」

 

「ーーー!?」

 

 その声に、空気が一瞬で凍りついた。

 

 エネルギーが溜まっている。

 しかも──先ほどを遥かに凌ぐ、常軌を逸した速度で。

 

 なぜだ。どうしてだ。

 ソロモンの杖は、そこに蓄積された魔力は彼女が確かに使い切ったはず。

 ならば考えられるのはただひとつ。

 別の魔力リソースを新たに得ている──その事実。

 

 幾つもの仮説が脳裏をよぎる中、クリスはひとつの“正解”に辿り着いた。

 

「まさか……テメェ……」

 

「気づいたか? そうだ。二課の聖遺物の管理者はこの私だ。

 魔力を蓄えたものが眠っているのなら──例えば、そうだな。立花響が回収した願いを叶える願望器であろうとも──使わぬ理由があるまい?」

 

 フィーネの魔力の流れを凝視する。

 その身体の一点。

 そこに、常識を踏み越えた魔力の“濁流”が凝縮していた。

 

「テメェ……まさか()()()()()()()()()()?」

 

「──その通りだ!

 フフフ……ハハハハハハハハハハ!!!」

 

 その瞬間、フィーネの肉体が膨張し始めた。

 

 皮膚は破れ、剥き出しの筋線維のようにねじれ、脈打ち、その醜悪な質量は際限なく肥大していく。

 

 五メートル。十メートル。二十メートル──それでも止まらない。

 五十メートルを超えたあたりで、蠢く肉塊はようやく“形”を得始めた。

 

 頭部も、手足も、胴体も、どれひとつとして人の造形を留めていない。

 ただ“人型”という外枠だけが残り、他の全ては壊れた神話の残骸のように歪曲した。

 

 完全なる「怪物」が、そこに誕生した。

 

「お前らァ! 時間がないぞ!

 ──頼む。あたしを信じてくれ」

 

 自分でも驚くほど必死に、クリスは絞り出すように声を上げた。

 こんな勝手ばかりの自分を、本当に信じてくれるのか──そんな不安すら口に滲む。

 

「「了解ッ!!」」

 

 返ってきた答えは、あまりにも迷いがなく、あまりにも早かった。

 

「……随分と簡単に信じたな。

 ──良いのか?」

 

「勿論! だって、友達だもん!!」

 

「先ほどからずっとお前を信じて動いているんだ。

 無論、これからもそうするとも」

 

 翼と響の瞳は、一点の曇りもなくクリスを見ていた。

 その確かな光が、彼女の胸の奥に火を灯す。

 ほんの少しだけ、目の前が霞んで見えた。

 

「作戦会議は終わったか? 今さらどう足掻こうが無駄な話だがなァッ!!」

 

 咆哮とともに、怪物の全身から無数の光刃が放たれた。

 それはノイズの群れ──そして、もはやそれだけではない。

 

「来るかッ、小娘どもォ!!」

 

 刃は横に並ばせ、収束し、回転し、星の臨界光を孕み始める。

 黒色の怪物は、頭部に集束させたそのフレアを抱え込み──

 

「■■■■■■■ッ!!」

 

 宇宙の始まりを思わせる爆ぜる閃光を、一気に解き放った。

 

 闇を蹂躙する暴虐そのものの光が、瞬時に彼女たちを飲み込もうと迫りくる。

 

「投影、開始」

 

 クリスはその瞬間、自身の体内時間を極限まで加速させた。

 世界が止まったように錯覚するほどの刹那を延長し、永遠に偽装する。

 

 検索。選出。解析。投影。

 それが雪音クリスの役割。

 

 三度目の投影──

 生身を削り尽くす魔術。

 だが、この怪物を止めるにはこれしかない。

 

「──ッ!!」

 

 不安もある。

 恐怖もある。

 

 満身創痍の今、自分は先ほどと同じ投影を発動できるのか。

 そもそも、聖杯を燃料にしたこの光の奔流は、自分の想定を超えているのではないか。

 

「I am the bone of my sword.」

 

 だが、自分は言われた。

 信じるのだと。それならば、やらねばならない。

 

 この瞬間で、最良の選択肢を持って彼女達を勝たせてやらなければならない。

 

「“熾天覆う七つの円環《ロー・アイアス》”ッ!」

 

 最強の盾が、最強の殲滅光へと真正面から突き立てられる。

 

『ガ───!』

 

 衝突の瞬間、突き出した上腕が軋み、骨が震え、神経と筋肉と血管が一斉に悲鳴を上げた。

 左腕は弾け飛びそうなほど痙攣し、クリスは右手でそれを必死に押さえ込む。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl──」

「───el zizzlッ!」

 

 詠唱の余韻を震わせる彼女の背後で、もうふたつの気配が爆ぜた。

 限界ぎりぎりの防御で踏みとどまるクリスを護るように──ふたりの少女が飛び込んでくる。

 

世界貫く想い(ガングニール)!!」

「絶刀——天羽々斬!!」

 

 赤と蒼。

 想いを刃に変えた二つの光が、怪物の放つ黒い極光へと激突する。

 

 衝突の瞬間、空間が震えた。

 一瞬の均衡が砕け、巨圧が揺らぎ──

 

 黒い暴圧が砕き散らした四枚羽が、火花のように宙へ舞う。

 そして次の瞬間──夜の闇は、爆ぜる白光に呑まれた。

 

 光の幕越しに、一瞬だけフィーネの影が射抜かれたように視界へ映る。

 だが、それも僅か。

 その隙も、聖杯という無限のエネルギーを抱えたデュランダルであれば、あっという間に埋め尽くしてしまうだろう。

 

「クリスちゃん!!」

「──雪音!!」

 

 響と翼が、崩れかけた彼女の両手を強く掴んだ。

 それは迷いなど一欠片もない、ただ“信じる”者の手だった。

 

「——任せろ!」

 

 クリスの短くも確かな言葉。

 その意志を受け取り、二人は力の全てを込めて──

 

「「──行ってこい!!」」

 

 彼女を、未来へ。

 灼き尽くす光のただなか、“前”へと押し出した。

 

 

 *

 

「──雪音、クリスッ!!」

「応。呼んだか?」

 

 ただ、それだけの言葉の応酬。

 けれど、その一声で二人の魔力は共鳴し、爆発的に膨れ上がる。

 

 クリスの背後には無数の刃が生まれ、空気を切り裂きながら軌道を描く。

 対するフィーネの周囲では、黒い呪詛──ノイズが泡立つように湧き上がり、咆哮と共に形を成す。

 

「一瞬、エネルギーが緩んだ隙にここまで来たか?

 だが、それでどうする。限定解除を施したシンフォギアであれ、この出力に耐えられると──」

 

「だから、一瞬で終わらせる。

 具体的に言えば、()()だ!!」

 

 空気が裂ける。

 熱狂そのものが爆ぜる音がした。

 

 剣と呪いがぶつかり合い、両者の中間に存在するはずの“壁”は、もうどこにもない。

 両者とも、自らの身で全てを受け切り、全てを叩きつける構え。

 

「投影、開始」

 

 

 避けも、防御も、退路すらない。

 だからこれは、純粋な殴り合い──

 力と力が正面から衝突する、最終決戦だった。

 

「──終わりだァァァアア!!」

 

 フィーネの咆哮が空間を震わせる。瞬間、山をも砕く巨大な腕が一直線にクリスへ迫った。

 

「──ッ!!」

 

 即座に投影した剣を足場にし、彼女は空へ跳ね上がった。

 空中に不自然に生まれた一枚の刃を蹴りつけ、その反動だけで身体を無理やり浮かせる。

 

 迫り来る巨腕は、まるで天を落とすような質量の塊。

 クリスは空中で体を強引にひねり、身を裂く風切り音とともにそれを紙一重で躱した。

 

 視界の中心──“それ”が見えた。

 

 巨体の胸部、明らかに魔力が淀み渦巻く核の一点。

 あそこを穿たなければ、勝利はない。

 

 一瞬の隙、腕へと着地。

 クリスは歯を食いしばり、巨腕へ、そしてそのまま胸部へ向けて疾走する。

 

「させるかッ!!」

 

 フィーネの叫びとともに、怪物の肉体が膨れ上がる。

 内部で悲鳴のような音を立てながら、その肉は形を変え──

 

 無数の鞭となって爆ぜた。

 

 黒い肉鞭がしなり、振り下ろされる。

 それは警察の立ち入り禁止テープのように空間を区切り、蜘蛛の巣のように絡み合っては前方への道を完全に塞いだ。

 

 逃げ場など、どこにもない。

 

「投影。」

 

 短い一声と共に、クリスの右腕に蒼白い光が収束し──

 弓が形を取る。

 次の瞬間には、湾曲した刀身が“矢”としてその弦に番えられていた。

 

 ギチリ──ッ。

 

 限界まで引き絞られた弦が悲鳴を上げる。

 視界には肉の蜘蛛の巣が無数に揺らめき、その向こう側で脈打つ“胸の核”だけが赤々と輝いている。

 クリスはそのわずかな直線軌道を選び抜く。

 

 そして──放つ。

 

 一撃。

 

「行けッ!──屈折延命《ハルペー》!!」

 

 矢となったハルペーは轟音すら置き去りにし、一直線に突き進む。

 回復阻害の逸話を宿す刃は、肉の網を文字通り切り裂き、

 怪物の胸へと突き刺さった。

 

「壊れた幻想《ブロークン・ファンタズム》!!」

 

 直後、炸裂。

 

 肉壁が弾け飛び、空気ごと震える爆ぜる音が戦場に散った。

 

「──ガッ!」

 

 破裂した肉塊の奥から、フィーネの姿が露わになる。

 その胸には、未だ禍々しく光を放つ聖杯が抱えられたまま。

 

「終わりだ! フィーネ!!」

 

 怯んだ、その一瞬。

 緩んだ拘束を見逃すはずがない。

 

 クリスは破片の嵐を蹴り抜き、砕ける肉の網を強行突破し、なお前へ──ただひたすら、前へと突き進んだ。

 

「貴様ああああああああああああああ!!」

 

 フィーネの咆哮が炸裂し、青い光が奔流となって降り注ぐ。

 だがクリスは止まらなかった。

 青き鉄槌が空を割り、地を抉っても──その細い身体は、ただ一直線に前へ。

 

 飛び散る魔力の雨を掻い潜り、焦げる肌の痛みを振り払う。

 その手には、陽光を凝縮したかのように輝く黄金の剣。

 

 ――フィーネへ届けば、それでいい。

 

「コレでえええええええええええ……最後だあああああああああああッ!!」

 

 金と金が激突する。

 

 クリスの握る黄金の刃と、フィーネが抱える永遠の絶世剣(デュランダル)が、互いの存在を否定するように凄まじい火花を散らした。

 

 金属同士がぶつかっているだけではない。

 概念と概念、願いと願い、殺意と信念が衝突している音だ。

 

「随分と……互いに相容れんな……!」

 

 フィーネの声は怒りと嘲りの混じった震え。

 だがクリスは一切退かず、歯を剥いて叫んだ。

 

「そりゃあ──最初からだッ!!

 あたし達が“混ざり合う”ことなんて、今まで一度だって──

 あるわけねぇだろうがッ!!」

 

 二つの黄金の剣が噛み合い、空間が軋む。

 世界が、二人の衝突を中心にひび割れ始めるほどの圧。

 

 最初に会ったのは、誰も名も知らない何処かの地であった。

 何処か相容れず、それでも最終的に生きていない、別々の一人の男の為に戦った二人。

 

 一人はその男の亡霊を追い続け、過去の残滓に縛られたまま世界を呪い続けた。

 もう一人は、死者ではなく——未来に、生きる誰かのために戦う道を選んだ。

 

 その差は、あまりにも大きかった。

 

 だからこそ今、二つの刃は決して混ざり合わない。

 

「──憑依経験、共感……完了」

 

 呟きが漏れた瞬間、クリスの眼差しが変わる。

 眼の奥で、確かな“軌跡”が点火するように光を宿した。

 

 再び、鋼と鋼がぶつかり合い、爆ぜるように火花が散る。

 

 その一合目で、フィーネは自らの失策を悟った。

 

 硬い。——いや、“堅い”。

 

 先ほどまでの荒々しく粗削りな剣筋ではない。

 力の入れ方、伝わり方、さらには力の“受け流し”までが、別人のように洗練されている。

 

 たった一瞬で、まるで別の戦士が乗り移ったかのような変質。

 

 何が起こったのか。

 どうして変わったのか。

 フィーネがその答えに辿り着くよりも早く——

 

 デュランダルが弾き飛ばされ、手首に激痛が走った。

 

 音が遅れて聞こえるほどの鋭さで、衝撃が骨の芯まで響く。

 

「ぐッ……!? 貴様、何を……!」

 

 ただの少女が振るった一撃。

 だというのに、今のそれは間違いなく“英雄”のそれだった。

 

 フィーネが理解する間もなく、クリスの足元に風が巻き起こる。

 

次の一撃が——来る。

 

「──勝利すべき黄金の剣(カリバーン)……」

 

 アーサー王伝説の幕開けを飾り、

 あの男が“英雄”へ至る最初の礎となった、始まりの宝剣。

 

 その刃が生まれた瞬間、空気が震えた。

 

 フィーネが回避動作に移るより速く。

 迎撃の呪いを構築するより速く。

 

 クリスの身体が弾丸のように踏み込み、

 黄金の剣は、躊躇も、迷いもなく——

 

フィーネの心臓を、真正面から貫いた。

 

 それは体重を全て乗せた渾身の刺突。

 どれほどの呪いを積み上げようと、防げる性質の一撃ではない。

 

 避けられない。

 受け止められない。

 凌ぎようもない。

 

 その瞬間——フィーネは敗北した。

 

 口から噴き出す赤が、空中にひどく鮮やかに散った。

 

「……随分と、呆気ないものだな」

 

 力の抜けた声で、フィーネはぽつりと呟く。

 

「最悪だよ。ここまで積み重ねた計画をぶち壊されるなんて……

 こんな経験、今まで一度もなかったわ」

 

 その身体の末端から、ぽろ……ぽろ……と崩壊が始まる。

 

 それはきっと“代償”なのだろう。

 

 自身の身を削り続けた無茶への報い。

 あるいは、王の宝具を模造し、力として振るったことへの罰。

 

 どちらにせよ、逃れられない終わりが、静かに、しかし残酷に迫っていた。

 

「最後に一つ、良いだろうか?」

 

「──何だ? 負け惜しみか?」

 

「そうだ」

 

「ハッキリ言ったな」

 

 一瞬だけ、胸の奥で警戒が灯る。

 “最後に何か仕掛けてくるかもしれない”という戦士としての本能が、わずかに顔を覗かせた。

 

 だが、その懸念はすぐに霧のように消えた。

 

 同情か。

 それとも——この女は、敗北した以上、卑劣な手を使うような真似はしないと、どこかで確信していたからか。

 

 いずれにせよ、クリスはその問いを、あまりにも自然に、あまりにも素直に受け入れていた。

 

「何故、私は負けたのだろうな。

 力も速度も技術も、そして知識も……すべて私が勝っていた。

 なのに負けた? 何故だ」

 

「何だ──気づいてなかったのか?

 ああ、いや……気づいてないなら当然か。

 気づいてたら、お前は負けてねぇよ」

 

 その問いに、クリスはわずかに眉をひそめた。

 戦いの最中、確かに胸の奥に引っかかっていた“違和感”。

 苛立ちと、ほんの少しの親切心……そして、多分ほんのわずかな憐れみ。

 

 きっと、これは“八つ当たり”ではない。

 ただ、言うべきことを言うだけだ。

 

「お前……あたしと戦ってなかっただろ」

 

「──は?」

 

 フィーネの瞳に露骨な困惑が宿る。

 もはや四肢も消え始め、身体は静かに崩落し続けているというのに、その表情だけは妙に人間的だった。

 

 クリスは息を吐き、肩をすくめる。

 

 うん。勿体ぶっても仕方ねぇし、さっさと言ってやろう。

 

「アンタはずっと──“あたしじゃない、もっとデカい誰か”と戦ってた。

 その“誰か”を殺すつもりで振るった攻撃は、そもそも“今のあたし”に当たるはずがなかった。

 ……こんなとこだろ?」

 

 *

 

『ほう、不老不死か。

 我が旅に出ている間に、実に大きくなったものよ。

 だが──そんなものを手に入れたところで、貴様が満たされるわけでもあるまい』

 

『黙れ!! 元を辿れば……元を辿ればすべて貴様のせいだ!!

 不死の妙薬など探しに行かなければ……国を放り出してさえいなければ……

 あのお方に、私の声が届かなくなることも無かったッ!!』

 

『ふむ……国を空けたのは、まあ悪手ではあったな。

 シドゥリの助けがなければ、どうなっていたことか……』

 

『ふざけるな!!

 そんな事はどうでもいい……私は、私は必ずあの御方の“意思”を……!』

 

 

 

 

 

 

 

『フン。くだらん。

 貴様のやっていることは、人としてあるべき全てを投げ捨て、

 エンキめの“生”を泥で覆うような真似だ。

 道化としてはこれ以上ないほど様になっているがな』

 

 *

 

 それが──彼女の“最初の死”だった。

 

 

 なるほど──確かに、と思った。

 彼女の戦い方は、どこか“彼の王”に酷似していた。

 

 だが、明確に違っていた。

 もし本当に“彼の王”だったなら。

 あの時、自らの世界を壊してまで誰かに縋ることはなかっただろう。

 フィーネへ切りかかるその一瞬にしても、あの王ならば決して選ばない手だったはずだ。

 

 その、わずかな“ズレ”。

 積み重なった予想の狂いと、王との決定的な差。

 そのギャップこそが──彼女の明暗を分けたのだ。

 

「ハハハ……。まったく、これほど“つまらない幕切れ”もあるまいな……」

 

 身体が崩れる。

 命が崩れる。

 自分という形を保つものすべてが、砂の城のように音もなく崩落していく。

 

 その感覚を、フィーネは確かに味わいながら、ゆっくりと膝を折った。

 

「お前の勝ちだ……。

 私は――憎んだ“誰か”をお前に重ね、勝手に投影し……

 肝心のお前自身を見てもいなかった。

 そんな私に、勝利が与えられるはずも、なかった……」

 

 静かに、静かに、吐息のような声で言い残し――フィーネは目を閉じた。

 

 誤った形で思いを継ぎ続けた自分と、思いを抱えて未来(どこか)へ行こうとした自分(クリス)

 

 その“差”が、あまりにも残酷なほど明確だった。

 

 残された肉体は、最後の形を保つことなく、さらさらと崩れ落ちていく。

 

 崩壊の中心へ、クリスは歩み寄った。

 剣を握る手は震えているのに、その足取りだけは揺るがなかった。

 

 そして――崩れ落ちた“そこ”に、静かに黄金の剣を置く。

 

「……おやすみ。」

 

 たったその一言だけが、彼女に向けられた唯一の弔いだった。

 雪音クリスは、それだけをすると朝日の昇る背後へと歩いていった。

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